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平成12年(行ケ)第192号 審決取消請求事件
平成13年11月29日口頭弁論終結
判          決
 原      告     大丸興業株式会社
訴訟代理人弁理士     西   川   惠   清
同            森       厚   夫
 被      告     ダイワ精工株式会社
訴訟代理人弁理士     鈴   江   武   彦
同            峰       隆   司
同            鷹   取   政   信
主          文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成11年審判第35164号事件について平成12年4月17日
にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は、考案の名称を「釣竿」とする実用新案登録第1932638号(昭
和60年3月25日出願。平成4年10月14日設定登録。以下「本件登録実用新
案」といい,その考案を「本件考案」という。)の実用新案権者である。
原告は,平成11年4月8日,本件登録実用新案の登録を無効とすることに
ついて審判を請求し,特許庁は,この請求を平成11年審判第35164号事件と
して審理した結果,平成12年4月17日に,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との審決をし,同年5月10日にその謄本を原告に送達した。
2 審決の理由の要点
別紙審決書の理由の写し記載のとおりである。要するに、本件考案は,審判
甲第1ないし第6号証(本訴甲第3ないし第8号証)記載の発明及び考案に基づい
てきわめて容易にできたものとすることはできない,としたものである。
3 本件考案の実用新案登録請求の範囲
「補強繊維に熱硬化性合成樹脂を含浸したプリプレグの引揃シート又は織布で
形成した竿管表面に、これと同質材料からなりかつねじ山とねじ谷とが一体に連設
形成された雄螺子部材を一体に密着成形して移動フード進退用の雄螺子を設けると
共に前記雄螺子部材が引揃シートで構成されているときは繊維方向が周方向に、織
布で構成されているときは高密度の繊維方向が周方向になるように形成したことを
特徴とする釣竿。」
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,「1,手続の経緯・本件考案」(1頁末行~2頁11行)は
認める。「3-1,甲号各証記載の考案」のうち,審判甲第1号証(本訴甲第3号
証)記載の技術内容についての認定(3頁19行~22行),審判甲第2号証(本
訴甲第4号証)記載の技術内容についての認定(4頁10行~12行),審判甲第
3号証(本訴甲第5号証)記載の技術内容についての認定(5頁5行~8行),審
判甲第1ないし第3号証記載の考案と本件考案との相違点の認定(5頁29行~6
頁12行)は否認する。進歩性についての判断(6頁18行~29行)は争う。
審決は,甲第3号証(審判甲第1号証)記載の技術内容(以下「引用考案
1」ということがある。)を誤認して,本件考案と引用考案1との一致点・相違点
を誤認し(取消事由1),甲第4,第5号証(審判甲第2,第3号証)記載の技術
内容を誤認して相違点についての判断を誤り(取消事由2),甲第3ないし第5号
証記載の各考案の釣竿への適用の容易性の判断を誤った(取消事由3)ものであ
り,これらの誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なも
のとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(甲第3号証記載の技術内容の誤認による一致点・相違点の誤
認)
審決は,甲第3号証記載の技術内容(引用考案1)を誤認し,その結果,本
件考案と引用考案1との一致点・相違点の認定を誤り,一致点としなければならな
いものを相違点とする誤りを犯した。
(1) 審決は,甲第3号証記載の技術内容(引用考案1)について,「管120
は,ガラス繊維フリース又はガラス繊維の粗紡糸から成る織布に熱硬化性プラスチ
ックを含浸したプリプレグで形成されており,ねじ山は,プラスチック材料を含浸
した粗紡糸100を巻着して形成されているから,管120とねじ山が同質材料か
らなるとはいえない」(審決書3頁19行~22行)と認定し,この認定に基づ
き,本件考案と引用考案1とは,管の材料とその表面に密着成形した雄螺子部材の
材料とが「同質材料」であるかないかで相違するとした。しかし,引用考案1につ
いての上記認定は,誤りであり,それに基づく上記相違点の認定も誤りである。
引用考案1におけるねじ山部分の補強繊維である粗紡糸100は,管12
0の補強繊維であるガラス繊維の粗紡糸を含む概念であり,管120とねじ山と
は,同種の補強繊維に同種のプラスチック材料を含浸させて形成されるものであっ
て,同質材料から成るものである。
引用考案1の管体とねじ山及びねじ谷とは,共に「プリプレグからなる引
揃シート又は織布」で形成されているものではないとしても,成形後の管体とねじ
山及びねじ谷とは同一の材質で構成されているから,甲第3号証には,本件考案の
構成要件である「管表面に,これと同質材料からなりかつねじ山とねじ谷とが一体
に連設形成された雄螺子部材」と同一の構成が実質的に開示されているということ
ができるのである。
(2) 審決は,引用考案1が本件考案の「雄螺子部材が引揃シートで構成されて
いるときは繊維方向が周方向に,織布で構成されているときは高密度の繊維方向が
周方向になるように形成した」構成を有していないと認定し,この認定を前提に,
この点が両考案の相違点の一つとなるとした。
しかしながら,本件考案におけるプリプレグの引揃シートと,引用考案1
におけるプラスチック材料を含浸させた粗紡糸100とは,管に巻着される前の状
態が異なるだけであって,共にプラスチック材料を補強繊維で強化したものである
点において同じである。また,引用考案1において粗紡糸100で形成されたねじ
山及びねじ谷は,プラスチック材料を含浸した粗紡糸100を管の接線方向に巻き
つけるととも成形と平滑化を行って形成されているため,本件考案の雄螺子部と同
様に繊維方向が周方向にそろっている。このように本件考案におけるプリプレグの
引揃シートと,引用考案1におけるプラスチック材料を含浸させた粗紡糸100と
は,実質的に同一の技術的手段であり,甲第3号証には,「雄螺子部材が引揃シー
トで構成されているときは繊維方向が周方向に,織布で構成されているときは高密
度の繊維方向が周方向になるように形成した」という,本件考案の構成要件と実質
的に同一の構成が開示されているということができるのである。
2 取消事由2(甲第4,第5各号証記載の技術内容の誤認による相違点につい
ての判断の誤り)
仮に,引用考案1についての審決の認定が正しいとしても,審決は,甲第
4,第5各号証記載の技術内容を誤認し,その結果,本件考案と引用考案1との相
違点についての判断を誤った。
(1) 甲第4号証記載の技術内容について
審決は,甲第4号証記載の技術内容について,「管2は,樹脂を含浸させ
たトウで形成されており,雄螺子山部は,トウに含浸させた樹脂を型成形によって
形成しているから,管2と雄螺子山部が同質材料からなるとはいえない」(審決書
4頁10行~12行)と認定しているが,誤りである。
ア 甲第4号証における,樹脂を含浸させたトウで形成された管2と,トウ
に含浸させた樹脂を型成形によって形成された雄螺子山部とは,当然のことなが
ら,共に同一の樹脂がトウを構成する繊維で補強されて形成されているものであっ
て,同質材料から構成されている。したがって,甲第4号証には,本件考案の構成
要件である「管表面に,これと同質材料からなりかつねじ山とねじ谷とが一体に連
設形成された雄螺子部材」と同一の構成が開示されているということができる。
イ また,甲第4号証には,本件考案の雄螺子部材におけるのと同様に,フ
ープ強度の向上のために雄螺子部材の繊維方向を周方向に配置することが記載され
ている。したがって,同号証には,「雄螺子部材が引揃シートで構成されていると
きは繊維方向が周方向に,織布で構成されているときは高密度の繊維方向が周方向
になるように形成した」という本件考案の構成要件と,実質的に同一の構成が開示
されているということができる。
(2)甲第5号証記載の技術内容について
審決は,甲第5号証記載の技術内容について,「管は,周方向に配列した
ガラス繊維等のフィラメントによってフープ補強するものであるが,補強繊維に熱
硬化性合成樹脂を含浸したプリプレグの織布で形成したものとは認められず」(審
決書5頁5行~7行)と認定しているが,誤りである。
ア 甲第5号証の「ガラス繊維を周方向に配列して形成した管」は,本件考
案の「補強繊維に熱硬化性合成樹脂を含浸したプリプレグの引揃シート又は織布で
形成した竿管」と実質的に同一である。したがって,甲第5号証には,本件考案の
構成要件である「管表面に,これと同質材料からなりかつねじ山とねじ谷とが一体
に連設形成された雄螺子部材」と同一の構成が開示されているということができ
る。
イ また,甲第5号証には,溝68を管36の本体に一体に形成し,さら
に,溝68に,補強繊維を周方向に配置したフープ補強を施すことが開示されてい
る。したがって,同号証には,「雄螺子部材が引揃シートで構成されているときは
繊維方向が周方向に,織布で構成されているときは高密度の繊維方向が周方向にな
るように形成した」という本件考案の構成要件と,実質的に同一の構成が開示され
ているということができる。
3 取消事由3(甲第3ないし第5号証記載の発明の釣竿への適用容易性の判断
の誤り)
甲第3ないし第5号証記載の技術は,いずれも,管体に溝を形成する技術で
ある点で,本件考案と密接に関連する技術分野に属するものである。
甲第3号証記載の技術(引用考案1)は,化学プラントや電信柱がその好適
な用途の例として挙げられてはいるものの,特に用途を限定しなければならないよ
うなものではなく,管の大きさについても特に限定されていないため,釣竿のよう
な管体にその構成を適用することは,何ら妨げられるものではない。
したがって,釣竿のような管体にねじ溝を形成するに当たって,甲第3ない
し第5号証のいずれかに記載されている技術を,甲第6号証や甲第7号証に記載さ
れているような周知の釣竿に適用することにより,溝の補強を行うことは,当業者
であればきわめて容易に想到できたことである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は,正当であり,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(甲第3号証記載の技術内容の誤認による一致点・相違点の誤
認)について
(1) 原告は,引用考案1のねじ山部分の補強繊維である粗紡糸100は,管1
20の補強繊維であるガラス繊維の粗紡糸を含む概念であり,管120とねじ山と
は,同種の補強繊維に同種のプラスチック材料を含浸させて形成されるもので,同
質材料から成るものであるから,審決が引用考案1について「管120は,ガラス
繊維フリース又はガラス繊維の粗紡糸から成る織布に熱硬化性プラスチックを含浸
したプリプレグで形成されており,ねじ山は,プラスチック材料を含浸した粗紡糸
100を巻着して形成されているから,管120とねじ山が同質材料からなるとは
いえない」(審決書3頁19行~22行)とした認定は誤りであると主張する。
しかし,本件考案は,竿管及び雄螺子部材の双方が同質材料の「プリプレ
グからなる引揃シート又は織布」で形成されているという構成であり,甲第3号証
には,このような構成は記載されていないから,審決の認定に誤りはない。
原告は,引用考案1の管体とねじ山及びねじ谷とは,共に「プリプレグか
らなる引揃シート又は織布」で形成されているものではないとしても,成形後の管
体とねじ山及びねじ谷とは同一の材質で構成されているから,甲第3号証には,管
体と雄螺子部材とを同質材料で形成するという本件考案と同じ構成が実質的に開示
されている旨主張する。
しかしながら,本件考案における同質材料とは,「プリプレグからなる引
揃シート又は織布」のことであることが明らかであり,補強繊維が引揃シート又は
織布の形態に加工され,樹脂も単に含浸されただけではなくプリプレグ(半乾燥状
または半硬化状)に加工されていることを要件としているのに対し,引用考案1の
管体の材料は,ガラス繊維フリース又はガラス繊維の粗紡糸から成る織布であり,
ねじ山の材料は,プラスチック材料を含浸した粗紡糸であるから,甲第3号証に
は,本件考案における上記「同質材料」は,開示されていない。
原告は,甲第3号証には,本件考案の構成要件である「管表面に,これと
同質材料からなりかつねじ山とねじ谷とが一体に連設形成された雄螺子部材」と同
一の構成が実質的に開示されている旨主張する。しかし,同号証には本件考案のね
じ山及びねじ谷をプリプレグにより一体に連設形成する構成は全く示されていな
い。
(2) 原告は,本件考案におけるプリプレグの引揃シートと,引用考案1におけ
るプラスチック材料を含浸させた粗紡糸100とは,実質的に同一の技術的手段で
あって,本件考案の雄螺子部と同様に繊維方向が周方向に揃っているものであるか
ら,甲第3号証には本件考案の構成要件と実質的に同一の構成が開示されていると
主張する。
しかし,引用考案1における「単に熱硬化性樹脂等のプラスチック材料を
含浸した粗紡糸100」は,強化繊維に樹脂を含浸し,それを半硬化状,又は,半
乾燥状にしてシート状のプリプレグ材に加工した「引揃シート」と同一の技術手段
ではないから,この紐状の粗紡糸はシートといえるものではない。したがって,甲
第3号証に,「雄螺子部材が引揃シートで構成されているときは繊維方向が周方向
に,織布で構成されているときは高密度の繊維方向が周方向になるように形成し
た」という本件考案の構成要件と,実質的に同一の構成が開示されている,という
ことはできない。
2 取消事由2(甲第4,第5各号証記載の技術内容の誤認による相違点につい
ての判断の誤り)について
(1) 甲第4号証記載の技術内容について
ア 原告は,甲第4号証における,樹脂を含浸させたトウで形成された管2
と,トウに含浸させた樹脂を型成形によって形成された雄螺子山部とは,同質材料
から構成されていると主張する。
しかし,甲第4号証に記載された発明の構成は,本件考案の特徴的構成
である,管表面の主な繊維方向が長手方向である点では同様であるものの,管とは
別体のプリプレグの引揃シート又は織布からなる雄螺子部材(主な繊維方向が周方
向)で構成されることを開示しておらず,何らこれを示唆するものでもない。同号
証には,本件考案の構成要件である「管表面に,これと同質材料からなりかつねじ
山とねじ谷とが一体に連設形成された雄螺子部材」と同一の構成は,開示されてい
ない。
イ 原告は,甲第4号証に,本件考案の雄螺子部と同様にフープ強度を向上
させるために繊維方向を周方向に配置することが記載されていると主張する。
しかし,同号証記載のフープ強度を向上させるために繊維方向を周方向
に配置する構成は,雄螺子部の構成ではなく,管体の補強用にわずかに一部の繊維
方向を周方向に延出するものにずぎず,トウの大部分の繊維は長手方向に向いた状
態であるから,円滑な緊締ナットの回動を実現するものではない。したがって,同
号証には,「雄螺子部材が引揃シートで構成されているときは繊維方向が周方向
に,織布で構成されているときは高密度の繊維方向が周方向になるように形成し
た」という本件考案の構成要件と,実質的に同一の構成は,開示されていない。
(2) 甲第5号証記載の技術内容について
ア 原告は,甲第5号証の「ガラス繊維を周方向に配列して形成した管」
は,本件考案の「補強繊維に熱硬化性合成樹脂を含浸したプリプレグの引揃シート
又は織布で形成した竿管」と実質的に同一であると主張する。
しかし,同号証記載の発明における管体表面は,フィラメントの巻き回
しによって形成され,繊維が母材樹脂に含浸されてなるものであって,そもそも,
本件考案の特徴の一つである管表面がプリプレグの引揃シートまたは織布で形成さ
れるものではない。したがって,同号証には,本件考案の構成要件である「管表面
に,これと同質材料からなりかつねじ山とねじ谷とが一体に連設形成された雄螺子
部材」と同一の構成は,開示されていない。
イ 原告は,甲第5号証には,溝68を管36の本体に一体に形成し,さら
に,溝68に,補強繊維を周方向に配置したフープ補強を施すことが開示されてい
ると主張する。
しかし,同号証にはその旨の記載は見当たらず,仮に同号証の記載から
そのような事項が推認できたとしても,それは管の周方向強度を強化するためで,
雄螺子部の形成に何ら関与するものではない。したがって,同号証には,「雄螺子
部材が引揃シートで構成されているときは繊維方向が周方向に,織布で構成されて
いるときは高密度の繊維方向が周方向になるように形成した」という本件考案の構
成要件と実質的に同一の構成は,開示されていない。
3 取消事由3(甲第3ないし第5号証記載の発明の釣竿への適用容易性の判断
の誤り)について
本件考案が属する技術分野は,プリプレグの補強配置の仕方によって微妙な
竿調子を調整することを課題とするものであって,管体の内圧や頑丈な構造体を対
象とする産業用の管構造体が属する技術分野とは,相当にかけ離れている。
本件考案は,竿管表面と雄螺子部材とに,同質材料,すなわち,プリプレグ
の引揃シート又は織布を採用すること,及び,雄螺子部材の繊維方向を特定するこ
とにより,釣竿自体にリール取付脚を直接,確実かつ強固に装着できるようにし
て,釣竿の握持を容易にするとともに,魚釣り時における重量の軽減を図るとい
う,釣竿特有の課題を解決したものであり,釣竿の技術分野のものとして,格別な
考案に想到したものであるから,甲第3ないし第5号証記載の化学プラント建設用
管材,電信柱で大径寸法長大の等径等肉厚の管体についての発明とは,課題,作
用・機能,技術分野のいずれにおいても共通性を有さず,上記各号証は,本件考案
の着想の起因ないし契機(動機づけ)とはなり得ない。
第5 当裁判所の判断
1 本件考案の概要について
(1) 甲第2号証(本件公報)によれば,本件考案の概要は次のとおりであるこ
とが認められる。
ア 考案の利用分野
本件考案は,リール取付脚を装着するために用いられる移動フードを固
定するのに用いられる緊締ナットが作用するところの雄螺子を釣竿に直接に形成し
た釣竿に関するものである。
イ 考案の目的(課題)
従来技術では,リールシートを介してリールを取り付けるため固定フー
ド及び移動フードが釣竿外周から大きく突出し,釣竿を握持しにくくするとともに
釣竿重量も増加する欠陥がある。
本件考案は,釣竿自体に直接リール取付脚を確実かつ強固に装着できる
ようにして釣竿の握持を容易にするとともに魚釣り時における重量の軽減も図るよ
うにした釣竿を提供することを目的とする。
ウ 考案の構成
上記課題を解決するため,本件考案は,その実用新案登録請求の範囲に
記載された構成を採用した。
エ 作用効果
本件考案では,雄螺子のねじ山及びねじ谷が一体に連設形成された雄螺
子部材が竿管表面上に一体に密着成形されているため,緊締ナットの移動フード緊
締時におけるねじ山部に作用する応力はこれと一体に形成されたねじ谷部で緩和さ
れて雄螺子が強固に竿管に固定保持され,緊締ナットの螺合作用による負荷によっ
て雄螺子が破損したり,剥離したりすることがない。また,雄螺子部材の繊維方向
が周方向に形成され,雄螺子の補強繊維の方向が緊締ナットの回動方向と一致して
いるため,両者間の摩耗が可及的に軽減され,特に竿管を摩耗損傷させるようなこ
ともなく,円滑容易に螺合作用を行うことができる。
(2) 上記認定によれば,本件考案に係る釣竿の構成の特徴は,①竿管がプリプ
レグの引揃シート又は織布で形成されていること,竿管表面に形成される雄螺子の
部材が,これと同質材料から成ること,②雄螺子部材には,ねじ山及びねじ谷が一
体に連設形成されていること,③雄螺子部を引揃シートで形成するときは繊維方向
が周方向に配されていること,雄螺子部を織布で形成するときは高密度の繊維方向
が周方向に配されていること,にあるものと認められる。
弁論の全趣旨によれば,ここにいう,「プリプレグの引揃シート」とは,
強化繊維を一方向に引き揃えて樹脂を所定パーセント含浸し,それを半硬化状(低
温加熱),又は,半乾燥状(樹脂溶剤を低温乾燥で一定量揮発させ,樹脂を一定水
準まで固化させた状態。低温乾燥なので,樹脂分は完全には硬化せず柔軟性を有し
ている。)にして一定厚さのシート状にしたものであり,「プリプレグの織布」と
は,強化繊維を経緯に織り込んだ布に樹脂を所定パーセント含浸させ,それを半硬
化状,又は,半乾燥状にして一定厚さのシート状にしたものであること,単に強化
繊維に樹脂を含浸させただけで,半硬化状,又は,半乾燥にする処理をしていない
ものはプリプレグとはいわないものであること,が認められる。そして,乙第2,
第3号証及び弁論の全趣旨によれば,①釣竿製造の分野においては,上記シート状
のプリプレグは,釣竿としての竿調子を整えたり,必要な強度を確保したりするた
めに,任意の部位での補強仕様に合わせて種々の形状に裁断され,それを芯金に巻
着し,常法に従い加熱硬化するものであることから,高精度に設定した強化繊維量
と樹脂量とがあらかじめ一体化され,それ自体がシート状の一定形状を有するもの
であること,②釣竿は湾曲時の弾発を重要な基本性能の一つとしていることから,
強化繊維の配置は釣竿の周方向よりも長手軸方向に多くが積層され,一定の方向性
を有して密集配置されること,また,③釣竿は穂先に向って先細状となることか
ら,長手方向の部位によって繊維の強化量が調整されることが釣竿製造技術特有の
常套手段として従来周知であること,が認められる。
2 取消事由3(甲第3ないし第5号証記載の発明の釣竿への適用容易性の判断
の誤り)について
(1) 甲第3ないし第5号証記載の発明について
ア 甲第3号証によれば,①同号証記載の技術(引用考案1)は,主とし
て,化学プラントの建設用のパイプライン材(甲第3号証6欄12行~13行,9
欄28行~29行)や電信柱(同9欄36行)等の,ほぼ等径・等肉厚状の長い管
(例えば4m長,10cm径)を経済的に製造する方法に関するものであること,②
このような長い管の成形に際しては,繊維強化材である生地(フリースまたは織
布)を乾燥状態で巻着マントルに送り込み,これにプラスチック材料を含浸し,加
熱硬化して成形し(同2欄24行~28行),管壁の積層構造の一層にガラス繊維
粗紡糸の織布を用いること(同4欄15行~17行),③ねじ山形成に際しては,
あらかじめプラスチックを含浸した撚糸,例えばガラス繊維粗紡糸をねじ山付きロ
ーラの谷である螺旋溝に充填し,これを前記成形された長い管に接触させながら回
転することにより,その管上に移して巻着して螺旋状のねじ山を形成すること(同
第5欄21行~26行,8欄34行~36行,10欄35~44行)が認められ
る。
イ 甲第4号証によれば,①同号証に記載された技術は,例えば海上沖合い
のオイル又はガス施設に使用される垂直導管に適した繊維強化樹脂製の管状構造体
に関するものであること(甲第4号証の部分訳(被告提出のもの)[第1頁,第1
5行目から22行目],同号証の抄訳(原告提出のもの)「第1頁75行目から第
101行目」の項の11行~12行),②この管構造体は円筒を形成するように積
層されたトウ(粗麻)から成り,このトウはその大多数の繊維の方向が管構造体の
長手方向に向くように,例えば8mm幅で,5000~10000本の繊維が密接して積層さ
れること(同号証の抄訳「第1頁第75行目から101行目」の項の5行~10
行),③このトウで構成された管状構造体の表面には,ねじ山及びねじ谷が,何ら
の雄螺子部材を介することなく,直接成形されること(同号証の抄訳「第1頁第7
5行目から第101行目」の項の6行~7行),④繊維のうちの幾らかは好ましく
は周方向に延出して,この管構造のフープ強度を向上することができること(同号
証の抄訳「第1頁67行目から69行目」の項),⑤成形部分3は,成形部分3の
フープ強度を向上させるために多数の周方向に延出した繊維を追加的に含むことが
できること(同号証の抄訳「第2頁74行目から77行目」の項),⑥ねじ溝に配
される補強繊維のかなりの体積割合(好ましくは大部分)は,管構造体の実質的に
長手方向に延びるように優先的に配向されていること(同号証の部分訳[第1頁,
第48行目から53行目]の項」)が認められる。
ウ 甲第5号証によれば,①同号証に記載された発明は,繊維補強されたプ
ラスチック材料製の管体に関するもので,この管体は,深海油田掘削に適するもの
であること(甲第5号証の部分訳(被告提出のもの)[第1頁,第33行目から36
行目]),②管体表面はガラス繊維等のフィラメントの巻き回しによって形成され,
繊維が母材樹脂に含浸されてなるものであること(同号証の抄訳(原告提出のも
の)「第3頁第90行目から第103行目」及び「4頁第30行目から第44行
目」の項),③長手方向補強は螺旋状に巻き回された繊維によって提供され,フー
プ方向補強材もまた管の軸に対して比較的大きな角度で螺旋状に巻き回された繊維
によって提供されること(同号証の抄訳「第2頁第17行目から第26行目」),
が認められる。
(2) 原告は,甲第3ないし第5号証に記載された技術は,管体に溝を形成する
技術である点で,本件考案と密接に関連する技術分野に属するものであるから,釣
竿のような管体に甲第3ないし第5号証に記載された管の構成を適用することを妨
げるものではない旨主張する。
しかしながら,前記認定によれば,本件考案は,釣竿に関し,プリプレグ
の補強配置の仕方によって微妙な竿調子を調整する分野であって,甲第3ないし第
5号証の発明のように管体の内圧や頑丈な構造体を対象とする産業用の管構造体の
応用の分野とは,技術分野を相当に異にするものであるというべきである。
すなわち,前記のとおり,本件考案は,竿管表面にプリプレグの引揃シー
ト又は織布を採用し,これと同質材料から成る雄螺子部材をこれと一体に密着成形
するとともに,螺子部材の繊維方向を特定することにより,釣竿自体に直接リール
取付脚を確実かつ強固に装着できるようにして,釣竿の握持を容易にするととも
に,魚釣り時における重量の軽減を図るという釣竿特有の課題を解決して,釣竿の
技術分野に特有の問題に関する考案に想到したものである。
これに対し,甲第3号証の管状構造体は,主として化学プラントの建設用
のパイプライン材や電信柱として用いられるものであり,甲第4号証の管状構造体
は,例えば海上沖合いのオイルまたはガス施設に使用される垂直導管に適した繊維
補強樹脂製の管状構造体であり,甲第5号証の管状構造体は,深海油田掘削に適す
るように設計された管体に関するものであることは,前記認定のとおりである。甲
第3ないし第5号証の技術分野の管状構造体が,釣竿のように,強化繊維の配置が
釣竿の周方向よりも長手軸方向にほとんどが積層されて,一定の方向性を有して密
集配置されるものであること,操作のために軽量化・握持性が要求されるものであ
ること,雄螺子と緊締ナットの間の摩耗を可及的に軽減し,かつ,釣竿の握持を容
易にするとともに魚釣り時における重量を軽減する,という技術課題に関連を有す
るものであることについては,証拠が全くない。そして,他に甲第3ないし第5号
証記載の技術が釣竿を含む管体一般に溝を形成する技術として汎用性を有するもの
であることを認めるに足りる証拠はない。
そうだとすると,このように釣り竿とは属する技術分野において異なると
ころの大きい甲第3ないし第5号証の技術を,釣り竿の改良に適用することは,釣
竿の開発に従事する当業者にとって,きわめて容易になし得るところではなかった
というべきである。
取消事由3についての原告の主張は採用することができない。
(3) 以上によれば,原告主張の他の取消事由について検討するまでもなく,本
件考案を甲第3ないし第5号証記載の技術に基づいてきわめて容易に考案すること
ができたものとすることはできないとした審決の判断には,誤りはないことが明ら
かである。その他,審決の認定判断にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
第6 以上によれば,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することと
し,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主
文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官     山   下   和   明
裁判官     宍   戸       充
裁判官    阿   部   正   幸

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