弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中70日をその刑に算入する。
さいたま地方検察庁で保管中の払戻請求書1通(平成20年さい
たま領第1448号の21)及び解約請求書1通(同号の22)
の各偽造部分を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1分離前相被告人Xの夫であるA(当時75歳)を殺害して同人から金品を強
取しようと企て,上記Xと共謀の上,平成20年5月23日午前11時30分
ころ,a県b市内のA方四畳半洋間において,同人に対し,殺意をもって,その
頸部をポリプロピレン製ロープで絞め付けた上,手でやく圧し,さらに,その
鼻口部を右手やタオルで押さえてふさぐなどし,よって,そのころ,同所にお
いて,同人を窒息により死亡させて殺害した上,同人所有の現金約12万10
0円及び預金通帳6通等13点を強取し,
第2不正に入手した前記A名義の預金通帳等を使用して,預金払戻し又は解約の
名目で現金を詐取しようと企て,前記Xと共謀の上,
1同月26日午前9時16分ころ,b市内の銀行において,行使の目的で,
同支店備付けの払戻請求書のおなまえ欄に「A」,金額欄に「¥13500
0」とボールペンで各冒書し,払戻請求印欄に「A」と刻した印鑑を押なつ
し,もってA作成名義の払戻請求書1通(平成20年さいたま領第1448
号の21)を偽造した上,同店係員Bに対し,上記偽造の払戻請求書を真正
に成立したもののように装い,A名義の預金通帳と共に提出行使して,普通
預金13万5000円の払戻しを請求し,上記Bに正当な権限に基づく払戻
請求であると誤信させ,よって,そのころ,同所において,上記Bから,預
金払戻しの名目で現金13万5000円の交付を受け,
2同日午前10時30分ころ,b市内の銀行の出張所において,行使の目的
で,同出張所備付けの解約請求書(2枚つづりの1枚目)のおなまえ欄に
「A」,口座番号欄にAの預金口座の口座番号をボールペンで各冒書し,お
届け印欄に「A」と刻した印鑑を押なつし,もってA作成名義の解約請求書
1通(同号の22)を偽造した上,同出張所係員Cに対し,上記偽造の解約
請求書を真正に成立したもののように装い,A名義の預金通帳と共に提出行
使して,普通預金口座の解約を請求し,上記Cらに正当な権限に基づく解約
請求であると誤信させ,よって,そのころ,同所において,上記Cから,預
金解約の名目で現金20万5007円の交付を受け
もって人を欺いて財物を交付させ
たものである。
(証拠の標目)【省略】
(争点に対する判断)
弁護人は,判示第1について,被告人にXとの共謀による強盗殺人罪が成立する
こと自体は争わないものの,被告人が,判示第1記載の暴行を加えたことによりA
は死亡するまでには至らずに仮死状態に陥ったにとどまり,その後,他の暴行手段
により死亡した可能性がある旨主張する。しかしながら,関係各証拠によれば,判
示第1記載のとおり,被告人が本件犯行日時場所において約20分にわたりAの頸
部をポリプロピレン製ロープで絞め付けた上,手でやく圧し,さらに,その鼻口部
を右手やタオルで押さえてふさぐなどし,Aがぐったりしたところを確認すると,
その吐く息は感じられず,呼吸音もなかったこと,Aの死因は頸部圧迫による窒息
であり,他に内因性の疾患や窒息の際に見られる所見以外の致死的外傷等の異常は
なかったことが認められる。加えて,Xの当公判廷における証言によれば,同人は,
被告人が平成20年5月23日にAに暴行を加えて同人が動かなくなってから同年
6月1日に警察に出頭するまでの間,同人の身体に保冷剤等を置くために毎日同人
の様子を目にしていたところ,同人が動いたりあるいは息を吹き返したりしたこと
はなかったことや,同人の顔を見るのが怖くてタオルを被せたことはあったものの,
タオルの上から同人の鼻や口を押さえつけたりしたことはなかった旨証言しており,
同証言の信用性に特段疑問を差し挟むような事情は認められない。以上によれば,
Aは,判示第1記載の日時場所において同記載の被告人らの行為により死亡したも
のと認められ,これを覆すに足りる証拠はない。よって,弁護人の主張は採用の限
りでない。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は刑法60条,240条後段に,判示第2の各所為のう
ち,有印私文書偽造の点はいずれも同法60条,159条1項に,偽造有印私文書
行使の点はいずれも同法60条,161条1項,159条1項に,詐欺の点はいず
れも同法60条,246条1項にそれぞれ該当するところ,判示第2の1及び2の
各罪それぞれにつき有印私文書偽造とその行使と詐欺との間には順次手段結果の関
係があるので,いずれも同法54条1項後段,10条により,一罪として最も重い
各詐欺の罪の刑(ただし,短期はいずれも各有印私文書偽造罪の刑のそれによる)
でそれぞれ処断することとし,判示第1の罪については無期懲役刑を選択し,以上
は同法45条前段の併合罪であるから,同法46条2項本文,10条により最も重
い判示第1の罪につき選択した無期懲役刑で処断し,他の刑を科さないこととして,
被告人を無期懲役に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中70日をその刑に
算入することとし,さいたま地方検察庁で保管中の払戻請求書1通(平成20年さ
いたま領第1448号の21)の偽造部分は,判示第2の1の偽造有印私文書行使
の犯罪行為を組成した物,解約請求書1通(同号の22)の偽造部分は,判示第2
の2の偽造有印私文書行使の犯罪行為を組成した物で,いずれも何人の所有をも許
さないものであるから,いずれも同法19条1項1号,2項本文を適用してこれら
を没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担
させないこととする。
(量刑の理由)
1本件は,被告人が,共犯者と共謀の上,共犯者の夫を殺害して現金や預金通帳
等を強取したという強盗殺人(判示第1の事実),その預金通帳等を用いて同人
の預金を引き出すため,払戻請求書や解約請求書を偽造してこれらを行使するな
どして預金払戻しあるいは預金解約名下に現金を詐取したという有印私文書偽造,
同行使及び詐欺2件(判示第2の各事実)の各事案である。
2被告人と共犯者との関係及び本件各犯行に至る経緯は概ね次のとおりである。
(1)被告人は,平成5年ころに共犯者と知り合い,互いに配偶者がいる状況で
あったにもかかわらず交際を始めた。平成17年2月ころ,当時被告人が経営
していた会社の運営資金として信用金庫から400万円の借り入れを行うこと
になったところ,その借り入れに際し共犯者に連帯保証人になってもらった。
しかし,その後被告人の会社の経営状況が悪化の一途をたどり,平成19年
には,借金の総額が500万円を超え借金の返済が困難になり,共犯者に上記
信用金庫からの借金を肩代わりしてもらっていたことに加え,自宅アパートの
家賃も滞納し,平成20年4月ころには同アパートを追い出され,車の中での
生活を余儀なくされるなど,その生活は困窮を極めた。
(2)ところで,被告人は,共犯者との会話の中で,共犯者の夫である被害者が
退職金等で多額の預金を有しており,その預金通帳等を自宅の金庫に保管して
いる旨の話を聞き,その話に興味を示し,何度か被害者がいない隙に預金通帳
等を持ち出して預金を引き出すことを共犯者に持ちかけたりしたものの,同人
に断られ,実行に移すことはなかった。
しかし,前記のように,借金の返済に窮し,自宅アパートも追い出された状
況の中,さらに共犯者から,平成20年5月分の借金の返済が困難であること
を聞かされたことで,やはり大金を得て借金を返済するには被害者の預金通帳
等を奪ってその預金を引き出す必要があり,また,その発覚を防ぐために被害
者を殺害するほかないと考えるようになり,これを共犯者に持ちかけたところ,
同人が了承したことから,本件各犯行に及ぶに至った。
3このように,被告人は,共犯者から被害者が多額の預金を有していることを聞
き,これを奪って借金の返済等に充てようと考え,本件各犯行に及んだものであ
る。この点,自己の会社の経営が悪化し,挙げ句の果てには家賃滞納で自宅アパ
ートから追い出されるなど,被告人の生活が相当困窮していたことは確かであり,
さらに,借金の肩代わりをしていた共犯者から,今後の借金返済が困難である旨
聞かされたこともあって,被告人が心理的に追いつめられた状況であったことが
窺える。しかしながら,そのような経済状態を解消するためには,法的に債務整
理手続をとるなどとりうる手段は他にも考えられたにもかかわらず,これを被告
人に対しては何ら落ち度のない被害者に対する凶行により解消しようとしたこと
は誠に短絡的で身勝手というほかなく,その利欲的な動機に酌量の余地は皆無で
ある。
なお,弁護人は,本件強盗殺人に至る経緯について,夫である被害者に対して
恨みを抱いていた共犯者が,被告人を利用して被害者を殺害しようと考え,被害
者が多額の預金を有している旨の虚偽の事実を被告人に告げて同人を巻き込んだ
疑いがある旨主張する。しかしながら,共犯者が被告人に対し,被害者が400
0万円程度の預金を有している旨初めて告げたのは相当前のことであること,そ
の当時は被告人の生活状況が困窮していたような事情は窺われず,その後被告人
の生活状況が悪化したのは共犯者の関与し得ない偶然の事情からであるといえる
ことなどの事情にかんがみれば,被害者殺害に被告人を協力させるべく共犯者が
被害者の預金額を被告人に告げたと考えることには相当無理がある。さらに共犯
者が被告人に対し,自宅を新築して被害者の預金が減少しているという事実を告
げなかったことなど,弁護人の指摘する事情を考慮しても,被告人自身が共犯者
に対し被害者の所有する預金通帳等を盗み出すことや,強盗殺人を持ちかけたこ
とを自白している事実に照らせば,共犯者が被害者殺害を発案し,その虚言によ
り被告人を利用して被害者殺害を遂行した旨の弁護人の主張は採用できないとい
うべきである。
4被告人は,被害者殺害を決意するや,共犯者との間で殺害方法等について具体
的に話し合った上,首を絞めるためのロープなどを購入し,さらには,共犯者か
ら同人宅の間取りの教示を受けるなどしている。このように,本件強盗殺人は入
念な準備に基づく計画的な犯行であるといえる。
また,被告人らは,平成20年5月中旬頃に犯行の実行を試みたが,被害者宅
の2階に共犯者の娘家族がいると知って被告人が逃亡したことから一度は殺害に
失敗しているにもかかわらず,再度本件犯行に及んでいることや,判示第1の犯
行後,道路交通法違反で警察に検挙されてもなおかつ判示第2の各犯行に及んで
いることからすれば,被告人の本件各犯行遂行に対する強い意欲をみてとること
ができる。
そして,判示第1の強盗殺人の犯行態様についてみると,被告人において被害
者の正面からロープでその首を絞め,さらに逃げようとする被害者をベッド上に
押し倒して全体重をかけてその首を絞めながら,同時にその口や鼻を手で押さえ
つけた上で,とどめを刺すべく,被害者の顔にタオルを被せて全体重を乗せてそ
の口と鼻をふさぐなどして被害者を殺害している。このように,その犯行態様は,
強固な殺意に基づく,非道かつ残忍なものであり,極めて悪質であるというべき
である。
5被告人の犯行により,被害者の尊い生命が奪われたのであり,その結果自体極
めて重大である。被害者は長年にわたり鉄道会社職員として真面目に稼働する一
方で,堅実で質素な生活を送り,定年退職後にようやくその貯蓄などで老後の人
生を謳歌していたところ,最も安心できるはずの自宅内において,突然見ず知ら
ずの被告人に襲われ,その最期を迎えることを余儀なくされたのである。苦悶の
中で予期せぬ非業の死を迎えることになった被害者自身が受けた驚愕,苦痛,無
念さは察するに余りある。被害者の長女及び実姉ら遺族が受けた衝撃も大きく,
とりわけ,被害者の長女については,被害者とは何らの関係もない被告人が金品
目的で被害者を殺害したことに対して強い憤りを露わにしており,その処罰感情
には厳しいものがある。
また,財産的被害も現金約12万100円及び預金通帳6通等と少なくない。
6判示第2の1及び2の各有印私文書偽造,同行使,詐欺についてみても,被害
者を殺害してわずか3日後に多額の金員を得るべく何らの躊躇もすることなく各
犯行に及んだものであり,まさに利欲的な動機に基づく悪質な犯行であるといえ,
その被害額も合計で約34万円と多額である。
7さらに,共犯者との間に主従関係までは認められないものの,本件各犯行を持
ちかけたのは被告人であり,強盗殺人については実行行為の大部分を自ら行って
いるほか,各犯行により得られた利得の大部分を手にしている。また,共犯者が
警察に本件犯行中の殺人について申告したことを知ったにもかかわらず,自らは
警察に出頭することなく逃亡を続け,また,本件各犯行により得た金員を前記信
用金庫からの債務の返済に充てず,共犯者とは別の女性との遊興やギャンブルに
費消するなど,事後の行動も芳しくない。
8他方,被告人自身は本件各事実を素直に認めて,被告人なりに反省の態度を示
し法廷で落涙して悔悟の念を示している。また,現在65歳と高齢であるが,こ
れまで前科前歴はなく一時は家庭を持ち,会社を経営するなど正業に就いてそれ
なりに真面目に稼働していた時期があったと認められる。
しかしながら,被告人にとって酌むべき上記の事情を十分考慮しても,本件に
おいては,その結果の重大性や犯行態様の悪質さ,不倫相手の共犯者と共にその
夫を殺害するという人倫に反する非道な行為により,被告人はもとより共犯者の
人生をも奈落の底に落とす結果となったこと,被害者の尊い生命に対する畏敬の
念が微塵も感じられない凶行がもたらした社会的悪影響の深刻さは否定できない。
以上に照らせば,被告人について酌量減軽すべき事情は認め難く,被告人に対し
ては無期懲役刑を選択し,その残りの全生涯をもって贖罪させることが相当であ
ると判断した。
(求刑無期懲役,主文記載の払戻請求書及び解約請求書の各偽造部分の没収)
平成20年11月4日
さいたま地方裁判所第5刑事部
(裁判長裁判官大谷吉史裁判官西野牧子裁判官長橋政司)

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