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平成24年3月16日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成23年(行ウ)第542号決定処分取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年12月14日
判決
ドイツ連邦共和国<以下略>
原告ヴァレオ・シャルター・ウント・
ゼンゾーレン・ゲーエムベーハー
同特許管理人弁理士竹沢荘一
中馬典嗣
森浩之
東京都千代田区<以下略>
被告国
処分行政庁特許庁長官
同指定代理人秦智子
進藤晶子
佐藤一行
大江摩弥子
河原研治
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
1特許庁長官が平成22年6月9日付けで原告に対してした特願2009-5
45879についての国内書面に係る手続の却下処分を取り消す。
2特許庁長官が平成22年6月9日付けで原告に対してした特願2009-5
45879についての国際出願翻訳文提出書に係る手続の却下処分を取り消す。
第2事案の概要
1本件は,外国語でされた国際特許出願の出願人である原告が,当該国際特許
出願について,特許法184条の4第1項に規定する明細書,請求の範囲,図
面(図面の中の説明に限る。)及び要約の日本語による翻訳文(以下「明細書
等の翻訳文」という。)並びに同法184条の5第1項に規定する書面(以下
「国内書面」という。)を提出したところ,特許庁長官から,①明細書等の翻
訳文に係る手続については,特許法184条の4第1項ただし書に規定する翻
訳文提出特例期間経過後の提出であることを理由として,②国内書面に係る手
続については,上記特例期間内に明細書等の翻訳文が提出されなかったことに
より国際特許出願が取り下げられたものとみなされることを理由として,それ
ぞれ手続の却下処分を受けたことから,被告に対し,当該各却下処分の取消し
を求める事案である。
2前提事実(証拠等を掲げたもののほかは当事者間に争いがない。)
(1)原告は,2008年(平成20年)1月23日,「道路ビデオ画像内の反
射光像を検出するための方法および装置」(日本語訳)と題する発明につい
て,パリ条約による優先権主張日を2007年(平成19年)1月23日(ア
メリカ合衆国における先の出願の特許出願日),受理官庁を欧州特許庁とし
て,千九百七十年六月十九日にワシントンで作成された特許協力条約(以下
「特許協力条約」という。)に基づく国際出願(PCT/EP2008/0
00485。以下「本件国際出願」という。)をした。
本件国際出願は,特許協力条約4条(1)(ⅱ)の指定国に日本国を含むもので
あったため,特許法184条の3第1項の規定により,その国際出願日にさ
れた特許出願とみなされる(日本における出願番号:特願2009-545
879。以下「本件国際特許出願」という。)。また,同出願は,外国語で
ある英語でされたものであるから,同法184条の4第1項所定の外国語特
許出願に該当する。
(2)ア原告は,平成21年7月14日,特許庁長官に対し,本件国際特許出願
についての国内書面(甲1。以下「本件国内書面」という。)を提出した。
外国語特許出願である本件国際特許出願についての特許法184条の4
第1項本文の国内書面提出期間は,本件国際出願に係る特許協力条約2条
(xi)の優先日である平成19年1月23日から2年6月が経過する平成2
1年7月23日までであったところ,上記のとおり,本件国内書面が国内
書面提出期間の満了前2月から満了の日までの間に提出されたため,特許
法184条の4第1項ただし書により,本件国際特許出願についての明細
書等の翻訳文の提出期間は,本件国内書面の提出日(平成21年7月14
日)から2月以内,すなわち同年9月14日までとされることになった。
イ原告は,特許庁長官に対し,平成21年9月14日までに,本件国際特
許出願についての明細書等の翻訳文を提出せず,同月17日にこれらの翻
訳文を添付した「国際出願翻訳文提出書」と題する書面(甲2。「本件翻
訳文提出書」という。)を提出した。
(3)原告は,平成22年1月22日,特許庁長官に対し,「パリ条約による優
先権主張取下書」と題する書面(甲4。以下「本件取下書」という。)を提
出した。本件取下書には,【事件の表示】として,本件国際特許出願に係る
日本における出願番号「特願2009-545879」が記載されている。
(4)ア特許庁長官は,原告に対し,本件翻訳文提出書の提出が明細書等の翻訳
文の提出期間経過後であるとの理由により,本件翻訳文提出書に係る手続
は却下すべきものと認められる旨の平成22年3月3日付け「却下理由通
知書」(甲3の2)を送付した。
イ特許庁長官は,原告に対し,本件国際特許出願は,特許法184条の4
第1項ただし書の翻訳文提出特例期間内に明細書等の翻訳文の提出がない
ため,取り下げられたものとみなされたから,国内書面に係る手続は認め
られないとの理由により,本件国内書面に係る手続は却下すべきものと認
められる旨の平成22年3月3日付け「却下理由通知書」(甲3の1)を
送付した。
(5)ア特許庁長官は,平成22年6月9日付けで,前記(4)アの却下理由通知書
記載の理由により,本件翻訳文提出書に係る手続を却下する旨の処分(以
下「本件翻訳文提出書却下処分」という。)をした。
イ特許庁長官は,平成22年6月9日付けで,前記(4)イの却下理由通知書
記載の理由により,本件国内書面に係る手続を却下する旨の処分(以下「本
件国内書面却下処分」といい,これと本件翻訳文提出書却下処分とを併せ
て「本件各却下処分」という。)をした。
ウ本件各却下処分に係る通知は,平成22年6月16日に原告に到達した
(甲5の1,2,甲6)。
(6)ア原告は,平成22年8月16日付けで,本件各却下処分について,行政
不服審査法による異議申立て(以下「本件異議申立て」という。)をした。
イ特許庁長官は,平成22年11月17日,「本件異議申立てを棄却する。」
との決定(以下「本件異議決定」という。)をした。
ウ本件異議決定は,平成22年11月18日に原告に送達された。
(7)原告は,平成23年5月18日,被告を相手方として,本件異議決定の取
消しを求める訴訟(東京地方裁判所平成23年(行ウ)第317号。以下「3
17号事件」という。)を提起し,さらに,同年9月16日,行政事件訴訟
法19条1項前段所定の関連請求に係る訴えとして本件各却下処分の取消し
を求める本件訴訟を追加的に併合提起し,同年11月11日に行われた第2
回口頭弁論期日において317号事件に係る訴えを取り下げた。
3争点
本件各却下処分の違法性(取消事由の存否)
4争点に関する当事者の主張
〔原告の主張〕
(1)平成22年1月22日に原告が特許庁長官に対し本件国際特許出願に関し
て本件取下書を提出したことにより,本件国際特許出願における2007年
(平成19年)1月23日を優先日とするパリ条約による優先権主張は取り
下げられたものであり,その結果,本件国際特許出願に係る特許協力条約2
条(xi)の優先日は,本件国際出願の国際出願日である2008年(平成20
年)1月23日に繰り下がる。
その結果,本件国際特許出願についての国内書面提出期間(特許法184
条の4第1項)の満了日も,上記国際出願日である平成20年1月23日か
ら2年6月が経過する平成22年7月23日に繰り下がることになる。
原告は,特許庁長官に対し,いずれも上記満了日前である平成21年7月
14日に本件国内書面を,同年9月17日に本件翻訳文提出書をそれぞれ提
出した。
したがって,本件国際特許出願については,特許法184条の4第1項本
文の国内書面提出期間内に明細書等の翻訳文が特許庁長官に提出されたこと
になるから,その提出が提出期間経過後であることを理由とする本件翻訳文
提出書却下処分は違法であり,また,明細書等の翻訳文の提出が提出期間内
になかったため,本件国際特許出願は取り下げられたものとみなされたから,
国内書面に係る手続は認められないことを理由とする本件国内書面却下処分
も違法である。
よって,本件各却下処分は取り消されるべきである。
(2)本件異議決定は,特許法43条1項に基づくパリ条約による優先権主張の
取下げについて,同法にその要件及び効果等に関する規定が何ら設けられて
おらず,特許庁の方式審査便覧においても認められない旨が明記されている
から,現行法上認められない手続である旨判断しているが,かかる判断は誤
りである。
すなわち,特許法には,パリ条約による優先権主張の取下げができないと
する規定は存在せず,他方,出願審査の請求については,「出願審査の請求
は,取り下げることができない。」(特許法48条の3第3項)との明文の
規定が置かれているところ,出願審査の請求が「出願に吸収され,当該出願
の一部」になるという点で,パリ条約による優先権主張と同一の法的性格を
有することからすれば,特許法が出願審査の請求については明文の規定で取
下げを禁止しているのに,これと同一の法的性格を有するパリ条約による優
先権主張については取下げを禁止する明文の規定を置いていないのは,出願
審査の請求とは異なり,パリ条約による優先権主張については,その取下げ
を認める趣旨であると解すべきである。
〔被告の主張〕
(1)本件国際特許出願は,特許法184条の4第1項ただし書の翻訳文提出特
例期間内に明細書等の翻訳文が提出されなかったことにより,その期間の経
過をもって取り下げられたものとみなされ(同条3項),その出願の効果が
消滅したのであるから,その後に優先権主張を取り下げる旨の本件取下書が
提出されても,何らの効果も生じない。
したがって,原告による本件取下書の提出は,本件国際特許出願に係る本
件翻訳文提出書及び本件国内書面に係る各手続に対する処分(本件各却下処
分)にも何ら影響がなく,その理由を覆すものとならないことは明らかであ
る。
(2)また,上記(1)の点をおくとしても,以下のとおり,原告による優先権主張
の取下げを認める余地はない。
ア特許協力条約における優先権主張の取下げについて
(ア)まず,原告による本件取下書の提出について,本件国際出願における
特許協力条約に基づく優先権主張の取下げとしての効力を認める余地は
ない。
すなわち,国際出願における特許協力条約に基づく優先権主張の取下
げについては,特許協力条約に基づく規則90の2.3に手続が定めら
れており,その要件及び効力については,以下のとおりとされている。
①優先日から30月を経過する前に取下げ手続を行う。
②取下げは,出願人の選択により国際事務局,受理官庁又は(予備審
査請求をした場合は)国際予備審査機関に対して行い,取下書を各機
関が受領したときに効力を生ずる。
③優先権主張の取下げが優先日について変更が生じる場合には,もと
の優先日から起算した場合にまだ満了していない期間は,変更後の優
先日から起算する。
(イ)しかるところ,原告による本件取下書の提出(平成22年1月22日)
は,本件国際出願の「優先日」(2007年〔平成19年〕1月23日)
から30月を経過した後にされたものである上に,当該出願の受理官庁
である欧州特許庁に対して行われたものではないから,特許協力条約に
基づく優先権主張の取下げとしての効力が生じるための要件を欠くもの
であることが明らかである。
イ特許法に基づくパリ条約による優先権主張の取下げについて
特許法は,43条においてパリ条約による優先権主張の手続を定めてい
るが,その取下げについては,パリ条約にも,特許法にも,その要件及び
効果等についての規定が何ら設けられていない。
したがって,我が国の特許法においては,パリ条約による優先権主張の
取下げの手続は認められていないと解すべきであるから,原告による本件
取下書の提出について,特許法に基づくパリ条約による優先権主張の取下
げとしての効力を認める余地はない。
(3)よって,本件国際特許出願について,特許法184条の4第1項ただし書
の翻訳文提出特例期間内に明細書等の翻訳文が提出されなかったことにより,
取り下げられたものとみなされたことを理由として行った本件国際特許出願
に係る本件翻訳文提出書及び本件国内書面に係る各手続に対する処分(本件
各却下処分)は適法である。
第3当裁判所の判断
1原告は,①平成22年1月22日に原告が特許庁長官に対し本件国際特許出
願に関して本件取下書を提出したことにより,本件国際特許出願における20
07年(平成19年)1月23日を優先日とするパリ条約による優先権主張は
取り下げられた,②その結果,本件国際特許出願に係る特許協力条約2条(xi)
の優先日は,本件国際出願の国際出願日である2008年(平成20年)1月
23日に繰り下がる,③その結果,本件国際特許出願についての国内書面提出
期間(特許法184条の4第1項)の満了日も,上記国際出願日である平成2
0年1月23日から2年6月が経過する平成22年7月23日に繰り下がるこ
とになる旨主張する。
しかしながら,原告の主張は採用することができない。すなわち,原告は,
2008年(平成20年)1月23日,特許協力条約に基づいてパリ条約によ
る優先権主張を伴う本件国際出願をし,本件国際出願は,日本において,特許
法184条の3第1項の規定により,その国際出願日にされた特許出願とみな
され(本件国際特許出願),本件国際特許出願についての明細書等の翻訳文の
提出期間は,同法184条の4第1項ただし書の適用により,原告が本件国内
書面を提出した日である平成21年7月14日から2月が経過する同年9月1
4日までであったにもかかわらず,原告は当該提出期間の満了日までに上記翻
訳文を提出しなかった(前記第2の2(1),(2)ア,イ)のであるから,同法1
84条の4第3項の規定により,当該満了日が経過した時点で,本件国際特許
出願は取り下げられたものとみなされる。
そうすると,原告が本件取下書を特許庁長官に提出した平成22年1月22
日の時点においては,本件国際特許出願は既に取り下げられたものとされ,そ
もそも特許出願として特許庁に係属していなかったことになるから,当該出願
に関して,優先権主張の取下げを含む特許庁における法律上の手続を観念する
ことはできないというべきである。
したがって,原告による本件取下書の提出をもって,原告が主張する上記②
③のような本件国際特許出願に関する優先権主張の取下げの効果を生じさせる
ものということはできず,これに反する原告の主張は採用できない。
2原告は,特許法43条1項に基づくパリ条約による優先権主張の取下げにつ
いて,現行法上認められない手続であるとした本件異議決定は誤りであるとも
主張する。
しかしながら,上記1の判断は,特許法がパリ条約による優先権主張の取下
げを認めるものか否かの解釈によって左右されるものではないから,上記原告
の主張については判断の限りでない。
3以上によれば,本件各却下処分について原告が主張する違法事由はいずれも
認められず,ほかに本件各却下処分を違法なものとすべき理由は認められない。
4結論
よって,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし
て,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
岡本岳
裁判官
坂本康博
裁判官
寺田利彦

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