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裁判例


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○ 主文
一 被告が昭和四五年九月五日付でした原告の在留期間更新の不許可処分を取り消
す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求める裁判
一 原告
主文同旨の判決
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二 原告の請求原因
一 本件処分の存在および経緯
1 原告は、アメリカ合衆国国籍を有する外国人で、昭和三三年ハワイ大学美術科
を卒業し、ハワイ州で公立学校の教師等をした後、アジア平和奉仕団の一員として
韓国に渡つたが、同四四年四月二一日その所持する旅券に在韓国日本大使館発行の
査証を受けたうえ来日し、同年五月一〇日下関入国管理事務所入国審査官により、
出入国管理令(以下単に「令」という。)四条一項一六号、特定の在留資格及びそ
の在留期間を定める省令(以下単に「省令」という。)一項三号に該当する者とし
ての在留資格をもつて、在留期間を一年とする上陸許可の証印を受けて本邦に上陸
し、入国した。
2 原告は、入国後東京都内に居住し、当初はベルリツツ語学学校(以下「ベルリ
ツツ」という。)に、その後は財団法人英語教育協議会(以下「エレツク」とい
う。)に英語教師として生計をたてるかたわら、かねて念願していた琵琶の修練を
日本琵琶協会理事錦琵琶宗家P1に師事して週二回、また、琴の修練を生田流P2
に師事して週一回うけ、日本古来の音楽文化の研究を続けてきたものである。
3 原告は、昭和四五年五月一日さらに日本での英語教育および琵琶、琴等の研究
を継続する必要があつたので、被告に対し、右を理由として一年間の在留期間の更
新を申請したところ、被告は同年八月一〇日「出国準備期間として同年五月一〇日
から同年九月七日までの一二〇日間の在留期間更新を許可する。」との処分(以下
「本件(一)処分」という。)をした。そこで、原告は、さらに同年八月二七日被
告に対し、同年九月八日から一年間の在留期間の再更新を申請したところ、被告は
同年九月五日付で、原告に対し右更新を許可しないとの処分(以下「本件(二)処
分」という。)をした。
二 本件処分の違法性
しかし、本件(二)処分は、次の理由により違法である。
1 令二一条三項所定の在留期間の更新の許可は、「更新を適用と認めるに足りる
相当の理由があるときに限り」されるのであるが、日本国憲法の前文および九八条
は、国際協調主議を建前としており、また、令二一条一項は、日本在留の外国人に
対し在留期間の更新をうける権利を与えており、いつたん入国を許可された以上、
令五条一項各号の要件がないものと認められているのであり、さらに、法定の各在
留期間は、各在留資格の下での各在留目的に照らして、極めて短期間にすぎるので
あるから、日本に適法に在留している外国人は、在留期間満了後も令二四条各号の
要件またはそれに準ずべき事由その他とくに著しく不適当な事情がある場合を除い
ては、原則として在留期間の更新を受けることができるものと解すべきである。と
ころが、被告の本件(二)処分においては、原告の在留期間の更新を許可しないこ
とについてなんら合理的な理由が存しないのであるから、同処分は違法である。
2 また、仮に右主張が容れられないとしても、本件(二)処分は、次のとおり、
法務大臣の裁量権の範囲を逸脱し、違法である。
(一) (1)被告は、本件(二)処分の理由として、原告がベルリツツの教師と
しての活動をすることが、その在留資格であり、かつ、入国許可の要件であつたの
に、これに反して転職したことをあげるが、原告の上陸許可の証印としては、「四
-一-一六-(三)」との記載が、また査証には「雇用のため」との記載があるの
みであるから、被告が、右に表示されていない事項を在留資格として扱い、その資
格以外の活動を行なつたことを理由に、在留期間更新の不許可処分をすることは許
されない。
(2) 仮に、原告の在留資格を最も狭く解釈しても、それは英語教師として勤務
する資格であるというべきところ、原告は、エレツクに転職した後においても、原
告の右資格には全く変動がないのであるから、在留資格外の活動をしたことになら
ないのはいうまでもない。また、日本国憲法二二条は、外国人に対しても転職の自
由を保障しているというべきであるから、原告の同一在留資格内での転職を理由に
本件処分のような不利益処分をすることは許されないのである。
なお、在留外国人が転職して入管当局に許可を求めるとか、通知をするという手続
は要求されていないのであるから、外国人が入管当局に無断で転職することが許さ
れないものと解すべき余地はない。
(3) 仮に、ベルリツツの英語教師として勤務することが原告の在留資格であつ
たとしても、原告のべルリツツからエレツクへの転職(以下「本件転職」とい
う。)には、次のような正当な理由があつた。
すなわち、原告は昭和四四年五月一〇日入国後直ちにベルリツツに勤務したが、原
告は、ハワイや韓国での経験に基づき、自分なりの英語教育方法を有しており、ベ
ルリツツの画一的教授方法に疑問を持ち、生徒に進歩のないのを見て自己の信する
方法で教える必要を感じたが、ベルリツツは、放送設備により教師を監視して画一
的教授方法を強制するばかりでなく、授業のスケジユールが乱れて、当日にならな
いと授業担当時間が定まらず、余暇の予定も組めない状態になつた。さらに、原告
に対する給与の支払いが遅れたり、それがベルリツツの近辺に支店のない銀行払い
の小切手でされたうえ、原告が昼休みに当該銀行にその支払いをうけに行つて授業
に五分間遅刻したことをとがめられたりしたことなどの事情が重なつたため、原告
はベルリツツに対し強い不満と不信感とを抱くに至つた。他方、原告は、その頃フ
ルブライト委員会の人に紹介されて、エレツクに行き、その教授方法が自己の信ず
るとおりのものであることを知り、同年六月上旬ベルリツツを退職してエレツクに
勤務するに至つたのである。
なお、ベルリツツは、国際的な語学教育機関であるが、日本では設立されてから日
も浅いうえ、英語教育専門機関でないのに対し、エレツクは、昭和三一年七月学
界、財界の有志によつて設立された日本英語教育研究委員会の事業拡張により同三
八年二月設立された財団法人で、この種の英語教育機関としては、設備、教師、活
動、権威等の点で日本では最大の規模のものであつて、ベルリツツに比してなんら
遜色はなく、転職先が不適切といえないことも明らかである。
(二) また、被告は、本件(二)処分の理由として、(1)原告が外国人べ平連
に所属し、政治活動に参加したこと、および(2)本件(二)処分の前の在留期間
の更新たる本件(一)処分が出国準備期間としてされたことをあげている。
(1) しかし、右の各理由は本件訴訟以前には開示されなかつたものであるとこ
ろ、本件事案のように処分の裁量の範囲が大きく、かつ人身に関する処分の場合に
は、処分の理由を訴訟において追加、変更することは、被処分者にこの点に関する
充分な準備の余裕を与えずに訴訟進行を強いることになり、司法救済を困難ならし
めるから、許されない。
(2) 仮に右のような処分理由の追加が許されるとしても、(1)のような処分
理由に基づいてされた本件(二)処分は違憲、違法なものである。
すなわち、いわゆる「政治活動」の中には狭義のものと広義のものとがあり、前者
を行なう権利(Political rights)は、参政権であつて、具体的
には選挙権、被選挙権、公務員就任権、国民投票権などがこれに包含され、国の主
権者たる国民のみが有するものであるのに対し、後者を行なう権利は、国の政治に
ついて意見を表明したり、政治情報を収集したり、研究、討議などを行なう権利で
あつて、これらの行動は思想の自由、表現の自由、集会・結社の自由と結びついた
市民生活的行動であり、市民としての権利(civil rights)である。
このような思想の自由、表現の自由等は、民主主義社会の健全な発展、維持にとつ
て不可欠であるとともに、人間として根源的な自由であり、国家がこれを侵害する
ことは絶対に許されない天賦の基本的人権であつて、国の政策によつて直接に利
益、不利益を受ける在日外国人に対しても保障されるべきものである(なお、被告
は、わが国の特定の政治政策に影響を与える政治活動を他の政治活動から区別し、
また、政治的活動をそうでない表現活動から区別して、これらを外国人に憲法上保
障されていないものである旨主張するが、このような区別はそもそも根拠がないう
え、区別自体極めて困難であるから、右主張は結局外国人に対して・憲法二一条の
適用を全面的に認めないことに帰着し、失当である。)。
原告は、ベトナム侵略戦争を非人道的な許すべからざるものと考え、これに対する
反対の意思表明を、集会、デモ行進、ビラまき、反戦放送などの合理的かつ平和的
手段によつて行なつてきたものであるが、これは、アメリカ合衆国政府の戦争政策
に反対する政治的行為であることはいうまでもないが、同時に人間の良心から出発
した思考の末やむにやまれずした表現行為であつて、日本国憲法二一条の保障する
基本的人権の行使であるから、これを理由として在留期間更新の不許可処分をする
ことは許されない。
(3) また、前記(2)のような理由に基づく本件(二)処分も違法である。
すなわち、令二一条によると、在留期間更新の許否は申請のあつたときに判断され
るべきものであつて、事前に次回以降の処分を拘束するような処分は認められてい
ないし、かつ、そのような処分を認めるべき合理的必要性も全くない。
また、被告主張の出国準備期間という許可処分は、許可処分としての面と不許可処
分としての面とを併わせもつ、極めて内容の不明確なものであり、かつ、外国人の
地位を著しく不安定にする処分であるから、許されない。さらに、本件(一)処分
されても、原告の在留資格には変更はないというべきであるが、仮にこれが在留資
格を変更する処分であるとすると、令二〇条、二一条所定の在留期間の更新は在留
資格の変更を伴わない処分なのであるから、その申請に対して在留資格を変更する
処分は許されないはずである。
ところで、本件(一)処分が出国準備期間のためのものであつたとしても、右処分
は前記のとおり、原告の転職、政治活動を理由としてされたものであるから違法な
ものであるところ、これを前提としてされた本件(二)処分も、その違法性を承認
するものであるから、違法である。
(4) さらに日本国憲法による基本的人権および法の下の平等の保障は、在日外
国人についても合理的な範囲で及ぶものと解すべきところ、本件(二)処分は、原
告の前記のような英語教育、日本古典音楽の研究を途中で断念させることになつ
て、原告の幸福追求権(憲法一三条)、学問の自由(同二三条)、居住の自由(同
二二条)を侵害することになり、また、原告と同じくエレツク等に勤務している外
国人教師たちの多くが、在留期間の更新を再三許可されて安定した生活を営んでい
るのに対し、原告に対してのみ在留期間の更新を認めないで差別する合理的事由は
何もなく、法の下の平等の原則(同一四条)に反するもので、違法である。
三 よつて、原告は、本件(二)処分が違法であることに基づき、その取消しを求
める。
第三 請求原因に対する被告の認否および主張
一 請求原因に対する認否
請求原因一の事実のうち、原告の出身校、米国および韓国における職歴、原告の琵
琶・琴の修練・研究、将来におけるその継続の必要性の各点は不知であるが、その
余の事実は認める。請求原因二の事実のうち、被告が本件(二)処分の理由として
原告主張の各点をあげていることは認めるが、その余の事実は争う。
二 本件処分の適法性についての主張
1 原告は、令二一条一項が在留外国人に対し在留期間の更新を受ける権利を与え
ている旨主張するが、在留期間の更新は、令二一条三項により明らかなように法務
大臣において当該外国人が提出した文書により在留期間の更新を適当と認めるに足
りる相当な理由があるときに限り許可されるのであつて、その許否が法務大臣の自
由裁量に委ねられているのである(なお、外国人の入国および在留の許否は、もつ
ぱら当該国家の自由裁量により決定しうるのであつて、特別の条約がない限りは、
国家は外国人の入国または在留を許可する義務を負うものではないというのが、国
際慣習法上認められた原則であり、わが国の出入国管理令の各規定にもこの原則が
反映しているのであつて、令二一条は外国人に在留期間の更新を権利として付与し
たものではない。)。そして、法務大臣は、実質的には、在留資格に関する事項を
審査するほか、出入国管理令の定める上陸拒否事由(五条一項)および退去強制事
由(二四条)の趣旨に則り、従前の在留状況をも考慮して、右要件の有無について
判断するのであるから、在留期間の更新についての審査は、在留期間中における退
去強制事由の審査とは本質を異にし、従前の在留期間中の退去強制事由に至らない
程度の事由も更新拒否の理由となり得るのであつて、法務大臣の更新の許否につい
ての裁量の範囲は極めて広いのである。
2 次に、原告は、本件(二)処分が法務大臣に認められた裁量の範囲を逸脱する
違法なものであると主張する。
(一) しかし、原告のようにわが国において語学教師を行なおうとする者から入
国査証の申請があつた場合は、教師として勤務する施設が特定しており、かつ、実
際に有効な雇用契約が成立していることを確認したうえで、学校の規模、教師数、
経営内容を調査し、当該外国人が真実、かつ、もつぱら英語教師として活動するこ
とが確実であり、わが国の労働市場等も考慮してその者の入国を許可することがわ
が国にとつて利益であると認められる場合に限つて、令四条一項一六号、省令一項
三号の法務大臣がとくに在留を認めるものとしての在留資格をもつて入国を許可し
ているのが実情である。
ところで、原告は、昭和四四年三月二〇日在韓国日本大使館にベルリツツの英語教
師として勤務するという入国目的で入国査証の申請をし、同年四月二一日右目的の
ための特定査証の発給を受けたのであるが、もともと法務大臣が特に在留を認める
者に対して与えられる令四条一項一六号、省令一項三号に定める在留資格は、法務
大臣が当該外国人に対しどのような活動を認めるかによつて、その活動内容が特定
されるのであるところ、法務大臣は、原告の右査証申請に基づき外務大臣から協議
をうけた際、本邦における活動はベルリツツの英語教師として認める旨を回答し、
それにより前記査証が発給されているのであるから、同査証には「雇用のため」と
のみ記載されていても、これはベルリツツに英語教師として雇用されるためのもの
であり、単に英語教師として本邦に入国を許可することを表わすものではないので
ある。したがつて、原告のような外国人の英語教師の場合、入国査証申請にかかる
勤務先を入国後雇用契約期間中に変更すると、法務大臣が予め当該外国人に特に在
留を認めることとした事由が失われてしまい、当該外国人は退職により入国目的を
失うことになるのであるから、本邦における他の施設において英語教師として勤務
することを希望する場合には、本人の責めによらないで当初の勤務先で勤務するこ
とができなくなつた場合等を除き、原則としていつたん出国し、新たに入国査証申
請からやり直すべきものである。
しかるに、原告は、本邦入国後わずか一七日間でベルリツツを退職し、エレツクに
英語教師として就職しており、入国を認められた学校における英語教育に従事しな
かつたのであるから、法務大臣がその在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当
な理由があるものと認めず、本件各処分をしたことは適法である。
(二) また、原告は、被告が本件訴訟において本件(二)処分の新たな理由を追
加することは許されない旨主張する。しかし、被告が本件(一)処分をするにあた
つては、原告が政治活動をしたことが処分の実質的理由の一つとなつていたのであ
るから、本件(二)処分においてもこれがその理由に含まれていたものというべき
である。
そして、在留期間の更新の許否の処分をするにあたつて、その理由を明示すること
は法律上要求されていないから、本件日処分に際し、原告の政治活動がその理由と
なつていることを原告に告知しないのは当然であつて、本件において、右政治活動
が本件(二)処分の理由となつている以上、これを訴訟において主張することは許
されるべきである(なお、被告は本訴の最初の口頭弁論期日に答弁権により原告の
政治活動を処分理由の一つとして主張しているのであるから、原告がこれに対応し
て訴訟準備をする余裕も与えられていないということはありえない。)。
(三) (1)およそ、日本国憲法第三章の諸規定による基本的人権が在留外国人
に対しても保障されるかどうかは、当該権利の性質によつて判断すべきものである
が、民主主義政治体制をとつている日本国憲法下においては、わが国の政治は日本
国民の意思により決定されるべきものであるから、国民と異なり、わが国と身分上
の永続的結合関係を有しない外国人は、わが国の政治に直接参加する権制(参政
権)を有しないばかりでなく、わが国の政治的意思形成に影響を与える政治活動を
行なうことも、権利としては保障されてないものというべきである(実質的にみて
も、このような政治活動を許容することは、わが国と単に場所的結合関係にのみ立
つている外国人の無責任な政治活動による弊害をもたらす危険があり、また、外国
人がわが国を政治活動の場として悪用する危険もないとはいえない。)。したがつ
て、外国人の政治活動の自由には、右のような限界があるのであるから、その範囲
においては憲法二一条の表現の自由の保障は及ばないというべきである。そして、
政治活動の目的・内容からみて、わが国の政治体制の変更を主張する活動、国民の
参政権の行使に直接影響を与える活動、わが国の特定の政策(国内・外交)に影響
を及ぼす活動などは、右の趣旨からして憲法の保障の対象外であると考えるべきで
ある。
(2) ところで、原告は、入国後間もなく、米国のベトナム軍事介入反対、日米
安保条約反対、在日外国人の政治活動に対する日本政府の抑圧反対等を主唱し、こ
れらの政治活動を目的とする組織であるいわゆる「外国人べ平連」に所属し、昭和
四四年六月三〇日外国人べ平連定例集会に参加し、それ以来同年一二月二二日まで
九回にわたり同集会に参加したほか、同年七月一〇日左派華僑青年等が同月二日よ
り一三日まで国鉄新宿西口付近において行なつた出入国管理法粉砕ハンガーストラ
イキを支援するため、その目的等を印刷したビラを通行人に配布し、同年九月六日
および一〇月四日べ平連定例集会に参加し、同月一五日および一六日にはベトナム
反戦モラトリアムデー運動に参加して米国大使館にべトナム戦争に反対する目的で
抗議に赴き、同年一二月七日横浜入国者収容所に対する抗議を目的とする示威行進
に参加し、同四五年二月一五日朝霞市における反戦放送集会に参加し、同年三月一
日朝霞市の米軍基地キヤンプドレイク付近における反戦示威行進に参加し、同月一
五日べ平連とともに朝霞市における「大泉市民の集い」という集会に参加して反戦
ビラを配布し、同年五月一五日米軍のカンボジア侵入に反対する目的で米国大使館
に抗議のため赴き、同月一六日、五・一六ベトナムモラトリアムデー連帯日米人民
集会に参加してカンボジア介入反対米国反戦示威行進に参加し、同年六月一四日代
々木公園で行なわれた安保粉砕労学市民大統一行動集会に参加し、同年七月四日清
水公園で行なわれた東京動員委員会主催の米日人民連帯米日反戦兵士支援のための
集会に参加し、同月七日には羽田空港においてP3国務長官来日反対運動を行なう
などの政治的活動を行なつた。これら原告の政治活動は、令五条一項一四号の「日
本国の利益」を害する虞れのある行為に該当し、しかも原告が将来もそのような政
治活動を行なう虞れがあるものと認めるに足りる充分な理由があるのみならず、こ
れらは在留資格の内容となつている活動に附随して行なわれたものというよりは、
むしろ政治活動を行なうことを主たる目的として本邦に在留しているものと認めら
れるから、実質的には資格外活動に該当するものということができ、原告について
は在留期間更新を拒否すべき相当の理由がある。
よつて、このような理由に基づき被告のした本件(二)処分には裁量権の逸脱はな
く、適法である。
(四) 本件(一)処分は、出国準備のため在留期間を一二〇日とする更新許可で
あつて、形式的にはその在留資格に変更を加えるものではないが、その実質的な趣
旨は、出頭の準備をするためのものであつて、いわば実質上不許可処分に等しいも
のであるから、さらにこれを更新する必要は全くないのである。そして、このよう
な許可処分に対する取消訴訟が可能か否かについては疑問があるが、仮に、これが
可能であるとすれば、原告は右許可処分の取消訴訟を提起すべきであつたのであ
り、同処分がすでに確定した現在においては、その違法事由をもつて、本件(二)
処分の取消事由とすることは許されない、したがつて、本件(二)処分には裁量用
の逸脱はなく、適法というべきである。
第四 被告の主張に対する原告の認否
一 被告の本件処分の適法性に関する主張の2の(一)、(二)の各事実は、いず
れも争う。
二 同(三)の(2)の事実のうち、外国人ベ平連の目的、昭和四四年七月一〇日
のビラ撒きの目的、同年一二月七日の行為の目的、内容、同四五年三月一五日およ
び五月一六日の各行為はいずれも否認するが、その余の事実はすべて認める。
第五 証拠関係(省略)
○ 理由
一 本件処分の経緯
請求原因一の事実(本件処分に至る経緯)は、原告の出身校、米国および韓国にお
ける職歴、原告の琵琶、琴の修練、研究、その将来における継続の必要性の各点を
除き、当事者間に争いがなく、成立について争いのない甲第一四号証、乙第四、第
七、第一六号証および原告本人尋問の結果によると、原告は昭和三四年ハワイ大学
(教育学等専攻)を卒業し、ハワイ州立学校の教師、米国船舶局職員をした後、昭
和四一年米国平和奉仕団の一員として韓国に渡り、英語教育に従事したこと、原告
はかつてハワイにおいて二年間程琴を習つたことがあり、また、琵琶の演奏に魅了
されたこともあつて、かねてからこれら日本の古典音楽の研究をすることを念願と
していたが、昭和四五年一月ころから琵琶をP1に師事して週二回、琴をP2に師
事して週一回それぞれ習い、その研究を続けてきたこと、原告は、ゆくゆくはアメ
リカのアジア音楽部門を有する大学で琵琶、琴などの教授をすることを志してお
り、それには相当長期にわたつて、日本で英語教育に従事するかたわら、このよう
な古典音楽の研究を続けることが必要であることが認められ、右認定を覆すに足り
る証拠はない。
二 本件処分の違法性の有無
そこで、次に、本件(二)処分が違法か否かについて検討する。
1 令二一条三項によると、本邦に在留する外国人が在留期間の更新を申請した場
合には、法務大臣は「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があると
きに限り」これを許可することができる旨定められているのであるから、原告主張
のように、外国人は違法強制事由またはそれに準ずべき事由等が存しない限り在留
期間の更新をうける権利を与えられているということではない(令二一条一項は、
同条二、三項等の規定との関連において解釈されるべきことはいうまでもな
い。)。法務大臣は、当該外国人が提出した文書により在留期間の更新を認めるに
足りる相当な理由があるか否かを判断するに際し、在留の目的、必要性その他在留
資格に関する事項のほか、従前の在留状況等を考慮して更新の許否を決することが
できるものというべく、在留期間の更新の許否については、相当広汎な裁量権を有
するものと解すべきであるが、この裁量権も憲法その他の法令上、一定の制限に服
するのは当然である。
2 そこで、本件(二)処分が、原告主張のように、法務大臣に与えられた裁量の
範囲を逸脱する違法なものであるかどうかについて、以下に考察する。
(一) まず、原告が、わが国で英語教師として勤務するかたわら、念願としてい
た日本古典音楽の研究を志して来日し、在留の約一年間、ベルリツツおよびエレツ
クで英語教育に従事し、余暇に琵琶、琴の修練を積んできたが、本件(二)処分当
時いまだ日も浅く、そのいずれについても充分な成果をあげえないでいたことは、
前認定のとおりであるから、原告について本件(二)処分当時在留期間の更新を必
要とする相当の理由があつたものということができる。
(二) 被告は本件(二)処分の理由の一として原告の本件転職をあげるので、次
にこの点について検討する。
いずれも成立につき争いのない甲第一号証の二五、二六、第二ないし第六、第一
六、第一七号証、乙第一、第二、第八、第一一、第一六ないし第一八号証、弁論の
全趣旨によりその成立を認める乙第一二号証および証人P4、同P5、同P6の各
証言、原告本人尋問の結果の一部ならびに弁論の全趣旨を総合すると、原告は、韓
国からわが国に入国するにさいし、入国目的をベルリツツに雇用されることとして
査証の申請をし、ベルリツツとの雇用契約書およびその身元引受書を提出したの
で、被告において入国を許可したが、在韓国日本大使館発行の査証の上では、入国
の目的は単に「雇用されるため」(for employment)と記載され、
また法務省入国管理局名義の下関港における上陸許可の証印にも、在留資格は「四
-一-一六―(三)」すなわち、令四条一項一六号、省令一項三号に基づき法務大
臣が特に在留を認める者に該当することの略号が記載されたにすぎず、また、入国
および上陸の許可のさい、原告に対し、その入国目的および在留資格がベルリツツ
に雇用されることに限定される旨あるいは勤務先を変更するには関係当局の承認を
要する旨等の告知は、なんらされなかつたこと、原告は昭和四四年五月一〇日入国
後直ちにベルリツツに勤務したが、ベルリツツの教授方法の効果に疑問をいだき、
自己の従前の経験からみて効果的と確信する方法で教育する必要を感じたものの、
放送設備を通じて授業を監視されるため画一的な教授方法をとることを余儀なくさ
れたほか、同校の日々の授業担当時間が定まらないため、生活の予定すら立てられ
ない状態であり、さらに、同校では、給与の支払いが遅れたり、その支払いを学校
附近に支店のない銀行払いの小切手でしたりしたうえ、原告が昼休みに当該銀行に
その支払いをうけに行つて授業に五分ほど遅刻したところ、それをとがめられたこ
となどの事情が積み重なつたため、原告はベルリツツに対して強い不満をいだくに
至つたこと、他方、原告は、そのころエレツクの求人を伝え聞き、また、エレツク
が日本人に対する英語の教授方法として最良の方法を研究しながら教育しているこ
とを知り、同年五月末ころべルリツツの職員に辞意を告げて退職し、エレツクに勤
務するようになり、目下これによつて生計を立てていること、エレツクは昭和三八
年二月に学界、財界の有志によつて設立された財団法人であつて、英語教育機関と
しては教師、設備、コースの内容、種類の豊富さ等の点で日本でも屈指のものであ
り、ベルリツツに比して遜色がなく、王レツクは原告の生活費、帰国旅費、法規の
遵守および情報の提供について保証し、原告の講師としての在任期間一年間を延長
しうるものとしていることを認めることができ、右認定と原告のべルリツツにおけ
る在職期間について符合しない甲第一七号証および原告本人尋問の各一部は、前掲
各証拠に対比して採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
以上認定の事実関係によると、原告はベルリツツに雇用されることを入国目的とし
て査証の申請をし、被告においてこの点を審査したうえで入国を許可したのである
が、前記の査証および上陸許可の証印上の記載その他原告に対する入国許可の経緯
等からは、(被告係官の主観的意図はともかくとして)とうてい原告の在留資格が
ベルリツツにおける英語教師に限定されているものと解することはできず、したが
つて、被告の主張するように、原告がベルリツツからエレツクに転職したことを把
えて、在留資格外の活動を行なつたとか、これによつて入国目的を失つたとかいう
ことはできない。また、原告がベルリツツに就職後三週間足らずで勤務先の責任者
に正式に告知することなく転職した行為には、適切さに欠けるところがあるように
みえるが、右転職には前記認定のような一応の理由があるうえ、転職先は、従前の
勤務先と同種のものであり、かつ、これに比して遜色がなく、また外国人の在留状
況という観点からみて、なんら非難すべき点のない勤務先であつて、原告はそれ以
来本件(二)処分当時まで同所に引き続き勤務しているのであるから、右転職をも
つて、出入国管理上の秩序を乱したとはいえず、また、関係当局との信頼関係を破
壊したと解することもできない。
さらに、成立につき争いのない甲第七、第八、第一八、第一九号証、証人P5の証
言および弁論の全趣旨によると、そもそも在留期間更新の申請に対して不許可処分
がされることは極めて少いばかりでなく、原告の同僚その他同種の在留資格の者に
ついても更新の許可をされている例が相当多く、転職者についても更新を許可する
例があることが認められ、右認定に反する証拠はない。
したがつて、以上認定の各事実のほか、現行法の下では転職を希望する在留外国人
がその許可をうけ、あるいはその届出をするなどの手続が全く定められていないこ
とも合わせ考えると、被告が本件転職を理由として本件(二)処分をしたことは、
社会観念上著しく公平さ、妥当さを欠くといわなければならない。
(三) また、被告は、本件処分の第二の理由として原告の政治活動をあげるの
で、以下この点について判断する。
(1) まず、原告は、被告が本件訴訟においてはじめてこのような処分理由を追
加することは、被処分者の充分な訴訟準備を困難にするから許されない旨主張する
が、法務大臣が在留期間の更新の許否の処分をするにあたり、その処分理由を被処
分者に告知すべき法律上の義務はないから、原告が本件(二)処分の理由の一部を
知り、他を知らなかつたとしても、それは事実上のものにすぎず、また、本件訴訟
記録によれば、本件訴訟の第一回口頭弁論期日において、被告は右のような処分の
理由を陳述し、原告はこれを了知したことは明らかであるから、この点に関し、原
告が訴訟上充分に準備すべき余裕を与えられなかつたということもできない。した
がつて、原告の右主張は理由がない。
(2) 被告の本件処分の適法性についての主張の2の(三)の(3)の各事実
(原告の政治活動)は、外国人べ平連の目的、原告の昭和四四年七月一〇日のビラ
撒きの目的、同年一二月七日の行為の目的、内容、同四五年三月一五日および五月
一六日の各行為の点を除き、当事者間に争いがなく、証人P7の証言によりその成
立を認める乙第一三号証の二、成立につき争いのない乙第二〇ないし第二二、第二
四号証および証人P7の証言によると、外国人べ平連は、昭和四四年六月在日外国
人三〇数人によつて、アメリカのベトナム戦争介入反対、日米安保条約によるアメ
リカの極東政策への加担反対、在日外国人の政治活動を抑圧する出入国管理法案反
対の三つの目的のために結成された団体であるが、いわゆるべ平連からは独立して
おり、また、会員制度をとつていないこと、原告の昭和四四年七月一〇日、同年一
二月七日、同四五年一二月一五日、同年五月一六日の各行為の目的ないし内容がい
ずれも被告主張のとおりのものであること、被告の主張にかかる原告参加の集会、
集団示威行進等がいずれも平和的かつ合法的行動の域を出ていないことが認めら
れ、原告本人尋問の結果のうち右認定と符合しない部分は、前掲各証拠に対比して
採用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
ところで、ひとたび入国を許可された在留外国人の政治活動が在留期間更新の不許
可を相当とする事由に当たるか否かを判断するには、少なくとも令五条一項一一号
ないし一四号に準ずる事由があるか否かを考察すべきであつて、かかる事由もない
のにされた更新不許可の処分は裁量の範囲を逸脱するものと解され、本件において
は、原告の行なつた政治活動が日本国民および日本国の利益を害する虞れがあると
認められるか否かが問題となる。
このような観点から本件をみると、原告の行なつた前記のいわゆる政治活動のうち
には、まず、いわゆるベトナム反戦(米軍のカンボジア介入反対を含む。)を目的
とする集会、集団示威運動および反戦放送への参加があるが、米国のベトナム政策
については、人道上、外交上の見地からの批判が存し、米国内においても反対の意
見が少なくないことは公知の事実であるから、米国人である原告が本国の行ないつ
つある右政策に対し、滞在地である日本国内において自己の見解を表明し、主とし
て在日米国人に対して反戦を呼びかける行為(P3国務長官来日反対の行動も同趣
旨に出たものと解される。)は、政治活動というよりは、むしろ一米国人としての
自然の思想表現であつて、これをもつてわが国の政治問題に対する不当な容喙とみ
ることはできず、このために日本国民および日本国の利益が害される虞れがあると
いうこともできない。
次に、原告の参加した集会、集団示威運動の中には、ベトナム反戦とならんで日米
安保条約反対をも目的とするものがあつたことは前記認定のとおりであるところ、
日本国の安全保障の方策は、もつぱら日本国民が選択決定すべき政治問題であつ
て、外国人の干渉すべき事柄ではなく、日本国憲法がこのような問題についての在
留外国人の集会や集団示威運動等の自由を日本国民に対すると同等に保障している
ものとみることはできない。しかしながら、そのような政治活動を行なつた外国人
の日本在留を許容するかどうかの裁量にあたつては、当該外国人の在留が日本国の
利益を害する虞れがあるか否かを、その者の行なつた政治活動の実体に即して判断
すべきものである。そして、成立につき争いのない乙第一六号証、前掲乙第二四号
証、証人P8の証言および原告本人尋問の結果を総合すると、原告自身は、むしろ
日米安保条約を廃棄することは非現実的であるばかりでなく、そもそもこのような
日本の政治問題は日本国民みずからが決定すべきであるとの考えを持つており、従
来、日本の政治に関する発言をさし控えるように努めていたこと、原告が前記の集
会等に参加した意図は、もつぱらベトナム反戦を訴える点にあつたこと、および右
集会等における原告の参加の態様は、指導的または積極的なものではなかつたこと
が認められる。してみると、原告の参加した集会等は、原告が本来意図した目的と
は異なる政治主張をも包含しており、このような集会等に参加したこと自体思慮を
欠くものがあつたとしても、原告の集会等への参加の目的および態様が右のような
ものであつたことに鑑みるならば、この集会参加のゆえに原告の日本在留が日本国
民および日本国の利益を害する虞れがあるとまではとうてい考えられない。
さらに、原告の前記の入管法案反対ハンスト支援ビラ配布、横浜入国者収容所に対
する抗議の示威運動についてみると、出入国管理法制および入国者収容所の待遇の
いかんは、日本の政治問題であると同時に、在留外国人にとつて直接の利害関係を
もつ問題であるから、在留外国人である原告がこの問題について日本国民に呼びか
ける行為は、日本の政治に対する干渉というよりは、原告自身の身分上の利害に関
して日本政府および日本国民に善処を訴える行為という性質をもつものということ
ができ、そのさい原告のとつた行動自体についても、日本国民の政治的選択に不当
な影響力を行使し、あるいは国の政策遂行に支障を与えるようなものがあつたこと
を認めるに足る証拠はない。とすれば、この行為の故に原告の日本在留が日本国民
および日本国の利益を害する虞れがあるとみるべきでないことは、いうまでもな
い。
そして、原告の前記のいわゆる政治活動のすべてを合わせ考えても、それゆえに原
告の日本在留が日本国民および日本国の利益を害する虞れがあるとは考えられず、
また、被告の主張のように、原告の日本在留の主たる目的がこのような政治活動を
行なうことにあるとの事実を認めるに足りる証拠はないから、原告が実質的に在留
資格外の活動に従事したと断ずることもできない。したがつて、被告が原告の前記
のいわゆる政治活動を理由として本件(二)処分をしたことは社会観念上著しく妥
当性を欠くものといわなければならない。
(四) 以上認定の諸事情を総合して考察するならば、被告の本件(二)処分は、
原告の行なつた本件転職およびいわゆる政治活動の実体が、なんら在留期間の更新
を拒否すべき事由に当たらないのに、著しくこの点の評価を誤つたもので、日本国
憲法の国際協調主義および基本的人権保障の理念にかんがみ、令二一条により被告
に与えられた裁量の範囲を逸脱する違法の処分であるといわなければならない。
(五) 被告は、本件(一)処分は、出国準備のための猶予を与えた実質上の更新
不許可処分であるから、これをさらに更新する必要はないばかりでなく、仮に右処
分が違法であつたとしても、右処分はすでに確定しているのであつて、その違法事
由をもつて本件(二)処分の取消しを求めることはできない旨主張する。
原告が当初一年間の在留期間の更新を申請したところ、被告が出国準備期間として
一二〇日間に限つて更新を許可する旨の本件(一)処分をし、その後原告がさらに
一年間の在留期間の再更新を申請したのに対し、被告はこれを許可しないとの本件
(二)処分をしたことは当事者間に争いがない。
しかしながら、出国準備のための在留期間の更新許可の処分は、従前の在留資格を
変更または消滅せしめるものではなく、従前の在留資格を維持しながら、その更新
許可が出国の準備のため特に付与されたもので、期間満了後はもはや再度の更新を
行なわないことを事実上予告する意味をもつにすぎないから、右のような出国準備
のための許可処分があつても、法律上再度の更新許可申請に対する処分の内容が拘
束されるものではないから、再度の許可申請が却下されたとき、その却下処分を争
いうることはいうまでもない。本件において、本件(二)処分が被告主張の理由に
基づいてされ、かかる理由に基づく本件(二)処分が違法であることはすでに判示
したとおりであるから、この点に関する被告の主張は採用できない。
三 結論
以上判示のとおり、本件(二)処分が違法であるとして、その取消しを求める原告
の請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行訴
法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉山克彦 加藤和夫 石川善則)

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