弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人弁護士野瀬長治の上告理由は末尾添付のとおりである。
 上告理由第一点について。
 意思表示をなすについての動機は表意者が当該意思表示の内容としてこれを相手
方に表示した場合でない限り法律行為の要素とはならないものと解するを相当とす
る。原判決の認定した事実によれば、買主Dは現居住者Eより同居の承諾を得た結
果、被上告人から本件家屋を買受けるに至つたのであるが、本件売買契約を締結す
るに当り買主側において、右Eの同居承諾を得ることについては相手方たる売主被
上告人に対し何等表示されなかつたばかりでなく、却つて売買に際し売主被上告人
は買主Dの代理人Fに対し、Eが居住したまま且つEの立退については責任を負わ
ない旨申し入れており、更に買主代理人Fは本件一万円を被上告人方に持参の際、
被上告人の妻よりその前夜Eから同居拒絶の旨買主側に伝えてほしいとの申し出で
があつた旨告げられたのにかかわらず、Fはなお且つ被上告人に右一万円を支払つ
たものであるというのである。以上の事実によれば、Eの同居承諾を得るというこ
とは、買主Dの本件売買の意思表示をなすについての動機に過ぎず、そしてこの動
機は相手方に表示されなかつたのであるから、相手方に表示されなかつた動機の錯
誤は法律行為の要素の錯誤とならない旨判断した原判決は正当といわなければなら
ない。原判決には所論の如く首尾一貫を欠く理由不備の違法ありとの非難の当らな
いのは勿論、所論引用の判例は事案を異にし本件には適切のものとは認められない
から判例違反の論旨も採用することができない。
 同第二点について。
 他人の賃借居住している家屋の売買につき買主が当該家屋を自己使用(賃借人よ
り明渡しを受け又は賃借人と同居する等)するには賃借人との直接交衝によつても
その目的を達し得るところであるから、たとえ所論売主である被上告人が買主Dの
自己使用の目的の買入であることを熟知していたからといつて、そのことだけで所
論現住者Eの同居承諾を得ることが本件売買契約の要素であるとは断ずることはで
きないのである。それ故本件の場合要素の錯誤に当らないと判断した原判決に所論
の違法ありということはできないから論旨は採るを得ない。
 同第三点について。
 論旨は「最高裁判所における民事事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年
五月四日法律第一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、また同法にいわゆ
る「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものとは認められない(しかし、要素
の錯誤による契約の無効を原因とする本件請求は、所論の如くその本質は不当利得
による返還請求の一種と解せられるから、もし本件が右以外の理由を原因とする一
般の不当利得としての要件に欠けるところがないならばその返還請求を為し得るこ
とは格別である)。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見によつて
主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    谷   村   唯 一 郎

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