弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,原告に対し,3522万2231円及びこれに対する平成25年3
月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを100分し,その39を被告の負担とし,その余を原告
の負担とする。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,9028万3765円及びこれに対する平成25年3
月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,亡Aの共同相続人の1人である原告が,Aは被告の従業員として長
年にわたり塗装作業等に従事していたところ,被告の安全配慮義務違反により
石綿肺にり患して死亡し,原告はその損害賠償請求権を遺産分割により単独相
続したと主張して,被告に対し,債務不履行に基づき,総損害額9028万3
765円及びこれに対する請求日の翌日である平成25年3月20日から支
払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案で
ある。
被告は,Aが石綿肺にり患したことは認められない上,石綿粉じんのばく露
に関する安全配慮義務を負っていなかったなどと主張している。
2前提事実(当事者間に争いがないか,後記各書証及び弁論の全趣旨により容
易に認められる事実)
(1)A(昭和10年▲月▲日生まれ)は,被告に入社した昭和26年6月
から依願退職した平成10年6月30日までの約47年間,建築塗装工事等
を営む被告の従業員(塗装工)として内装の塗装作業等に従事した。塗装作
業の現場には,新築工事現場と改修工事現場があり,改修工事現場における
塗装作業は,塗り替え作業とも呼ばれる。Aは,昭和58年以前は,新築工
事現場と改修工事現場の双方で塗装作業に従事したものの,同年に昭和58
年にa百貨店b店における内装工事の責任者に就任してからは,概ね同店で
の塗り替え作業に専従した。
新築工事現場における内装塗装作業は,基礎工事及び建物の躯体工事が終
わり,内装工事の仕上げの段階で行われ,その工程には,下地調整作業(電
動工具等を用いて,モルタル壁やボード壁といった素地の表面を平滑にする
作業),シーラー塗り作業及び塗装塗り作業がある。シーラー塗り作業や塗
料塗り作業の際には,塗装面をきれいにするため,それ以前の工程で発生し
た粉じんやほこりを刷毛等で取り除く必要があった。
また,塗り替え作業の場合は,下地調整作業において,前記作業工程に加
えて,従前の塗料を取り除く作業が必要となる場合があった。
(2)Aは,間質性肺炎により,平成14年8月2日から同年9月14日ま
で,及び平成15年3月11日から同年6月17日までの合計143日間,
甲病院に入院した。
Aは,平成15年6月17日,間質性肺炎により死亡した。Aの妻はB,
子は原告及びCである。(甲4の1~4の6)
(3)Bは,厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金として,平成15年8月
14日から平成25年2月15日までに合計1706万5309円,同月1
6日から当審口頭弁論終結時までに合計318万3832円を受領した(そ
れとは別の支給確定分があるとの主張立証はない。)。
また,Bは,平成21年2月から平成26年8月までに,石綿による健康
被害の救済に関する法律(以下「石綿救済法」という。)に基づく特別遺族
年金として,合計1352万5000円を受領した。(甲41の1~41の
6,69~72)
(4)B,原告及びCは,平成25年2月15日付け遺産分割協議をもって,
同日,原告が,Aの被告に対する本訴請求債権を単独で相続する旨合意した。
(甲5の1~5の4)
(5)原告は,平成25年3月19日到達の特定記録郵便をもって,被告に
対し,本訴請求債権の履行を請求した。(甲10の1,10の2)
3争点及び争点に関する当事者の主張
(1)Aの石綿ばく露の有無及び死亡との間の因果関係
(原告の主張)
ア下地調整においては削ったモルタル壁やボード壁から細かい粉じんが発
生していたところ,モルタル壁やボード壁の多くには石綿が含まれていた
ため,被告の塗装工は,下地調整の際,石綿粉じんにばく露した。また,
塗り替え作業における従前の塗料を削り取る作業の際には,古い塗膜が粉
末状の粉じんとなって舞い上がるところ,従前の塗料には石綿含有のもの
があり,塗装工は,この作業の際にも,石綿粉じんにばく露した。さらに,
塗装工は,塗装工事に先立ち,壁,床,配管等に堆積した粉じんやほこり
を掃除する必要があったところ,これらの粉じんやほこりには石綿が含ま
れており,塗装工は,この掃除作業の際にも石綿粉じんにばく露した。塗
装工は,毎日の作業終了後の清掃や少なくとも週1回の一斉清掃において
も,石綿粉じんにばく露した。
また,塗装工が塗装作業を行う同じフロア等で,別業種が,耐火被覆の
吹き付けや天井のボードの切断作業等を行うことがあり,この場合,塗装
工は,別業種の作業によって生じた石綿粉じんにばく露した。
Aは,被告の従業員(塗装工)として,約47年間にわたり前記作業を
継続し,石綿粉じんにばく露し続けた。Aに胸膜プラークがあることや,
被告の他の従業員に石綿関連疾患である中皮腫にり患した者がいることも
考慮すると,Aが,被告の作業現場において,石綿粉じんにばく露したこ
とは,明らかである。
イAが長年にわたり石綿粉じんにばく露したことからすると,石綿粉じん
のばく露と間質性肺炎(石綿肺)にり患して死亡したこととの間に因果関
係があることは,明らかである。
(被告の主張)
ア原告の主張アは否認し争う。被告の現場で取り扱っていた塗料は,石綿
含有のものではなかった上,塗装作業は,仕上がりが汚れないよう,他の
作業が終了した後に行われるのが通常であり,塗装作業の現場に石綿粉じ
んが大量に飛散していたことは,ありえない。また,下地調整におけるモ
ルタルの凹凸をなくす作業等や塗装作業前の清掃は,被告の塗装工の作業
ではなかった。
さらに,Aが昭和58年以前に従事したのは,主に改修工事現場での塗
り替え作業であり,他の作業工程を全く伴わない作業であった。Aが同年
からほぼ専従したb店での内装工事も,他の作業工程を伴わない壁の塗り
替え作業であった。このように,Aが被告において従事した作業は,いず
れも,石綿粉じんを大量に,かつ長期間にわたって吸入するおそれのある
ものではなかった。
イ原告の主張イについて,Aの診療記録に「CT上,壁側・臓側胸膜肥厚
と石灰化がみられる」との記載があること,及び被告の他の従業員で石綿
関連疾患である中皮腫にり患した者がいることは認め,その余は否認し争
う。中皮腫にり患した当該従業員は,被告の現場以外で石綿粉じんにばく
露したのであり,Aが被告の現場で石綿粉じんにばく露したことを裏付け
る事情にはならない。また,胸膜の異常の原因が間質性肺炎の原因と一致
するとは限らないところ,Aには,少なくとも33年間に及ぶ1日20本
程度の喫煙歴など間質性肺炎の様々な原因が考えられるから,仮にAが石
綿粉じんにばく露したとしても,死亡との間の因果関係は,立証されてい
ない。
(2)被告の安全配慮義務違反の成否
(原告の主張)
ア被告は,Aが入社した昭和26年当時,また,どれほど遅くとも昭和3
5年には,被告の従業員が,石綿粉じんを吸入することによって,石綿肺
等を発症して人の生命,健康に重大な影響を及ぼすことを予見可能であり,
これを回避するために従業員の生命,健康に配慮する義務があった。具体
的には,被告の従業員を,石綿粉じんを吸入するおそれのある作業に従事
させる際,①石綿粉じんの発生及び抑制義務,②体内侵襲防護義務,③健
康診断実施義務,④石綿肺発症の危険性に関する教育等を尽くす義務があ
った。
イ被告は,Aが入社した昭和26年から依願退職した平成10年まで,前
記ア①~④のいずれの義務も尽くさず,安全配慮義務に違反した。
すなわち,被告は,被告の塗装現場において,粉じん発生防止及び抑制
のための通気システムを設置せず,塗装工に対して撒水,噴霧などの湿化
対策をとらず,更に粉じん作業と非粉じん作業を混在させており,①の義
務に違反した。
また,被告は,塗装現場において,従業員に対し,粉じんマスク等の呼
吸用保護具の備え付けや支給をせず,装着の指導も行わずに,②の義務に
違反した。
さらに,使用者は,法令上,常時粉じん作業に従事する労働者に対して
3年に一度,じん肺検診を行わなければならず,また,石綿健康診断の実
施が義務づけられていたところ,被告は,Aに対し,これらの健康診断等
を実施しておらず,③の義務に違反した。
最後に,石綿肺の特徴や症状の重大性に照らすと,被告は,Aに対し,
石綿肺の原因,症状などの医学的知見,予防方法等について十分に教育を
行い,防じんマスク着用等の石綿肺防止対策の重要性を認識させる義務が
あったところ,被告は,Aに対し,そのような措置をとっておらず,④の
義務に違反した。
(被告の主張)
ア原告の主張アは否認し争う。被告は,石綿を含む粉じん等が発生する可
能性のある事業を行う事業主体ではなく,石綿を含む粉じんの発生につい
て予見できなかった以上,原告が主張する安全配慮義務を負わない。
イ原告の主張イは否認し争う。②について,被告は,塗装工に対し,創業
当初から,石綿粉じんの体内侵襲を防ぐことはできないものの,防じん用
マスクを配付し,清掃(一斉清掃)や下地調整作業等,ごく微量であって
もほこりが舞うような状況では,これを着用するよう指導していた。法令
上,平成24年時点においてすら,石綿除去という極めて石綿ばく露の危
険性が高い現場における作業であっても,石綿除去等以外の作業では,石
綿の体内侵襲を防げない使い捨て防じん用マスクの備付けで足りるとされ
ているのであるから,石綿除去現場とは比べられないほど石綿ばく露の危
険性の低い内装塗装現場においては,その程度のマスクの備付けで十分で
あった。よって,被告に安全配慮義務違反はない。
(3)原告の損害額
(原告の主張)
アAは,被告の安全配慮義務違反により,次の(ア)~(ク)のとおり合
計9028万3765円の損害を被った。
(ア)付添看護費(85万8000円)
1日当たり6000円×143日=85万8000円が相当である。
(イ)入院雑費(21万4500円)
1日当たり1500円×143日=21万4500円が相当である。
(ウ)葬儀関係費用(150万円)
(エ)休業損害(2283万8475円)
Aは,平成10年7月1日から平成15年6月17日までの間(59
か月と16日),休業せざるを得なかった。Aの休業時の年収は,46
0万3500円(平成10年賃金センサス男子労働者学歴計60~64
歳年収額。月収に換算すると38万3625円)であるから,休業損害
としては,2283万8475円(=月収38万3625円×(59ヶ
月+16日/30日))が相当である。
(オ)死亡逸失利益(2290万5175円)
生活費控除率は3割が相当であり,Aの死亡逸失利益は,2290万
5175円(=年収460万3500円×(1-0.3)×7.108
(67歳の場合の就労可能年数である9年のライプニッツ係数))を下
らない。
(カ)入通院慰謝料(376万円)
Aは,前記アのとおり143日間入院し,また,平成10年以降,少
なくとも49か月間通院を続けた。したがって,入通院慰謝料としては,
376万円を下らない。
(キ)死亡慰謝料(3000万円)
Aは一家の支柱であり,長年にわたり石綿粉じんにばく露し,石綿肺
を発症して生命を奪われた無念さに鑑みると,Aの死亡慰謝料は,30
00万円を下らない。
(ク)弁護士費用(820万7615円)
弁護士費用は,前記(ア)~(キ)の合計額である8207万615
0円の1割である820万7615円が相当である。
イ被告の主張イは否認し争う。原告らは,葬祭料を受領していない。
ウ被告の主張ウ,エは否認し争う。
(被告の主張)
ア原告の主張アは否認し争う。原告の主張ア(エ),同(オ)に関し,A
が依願退職したのは,Aが年金受給資格を得たこと(当時62歳)に加え,
高齢により従来の仕事を続けることが困難になったためであり,労働意欲,
労働能力共に極めて低く,就労可能性はなかった。よって,休業損害及び
死亡逸失利益は認められない。仮に死亡逸失利益の発生自体は認められる
としても,Aが一家の支柱であったとはいえず,生活費控除率は50%以
上が相当である。
イ原告らは,労災保険給付として葬祭料を受領しており,損益相殺すべき
である。
ウ従業員には職場の安全確保に配慮し,自己の健康,安全を保護すべき義
務がある。Aが大量かつ長期間の石綿粉じんばく露の可能性を認識してい
たのであれば,それを被告に報告し,じんあい用マスクの改善等の措置を
要求すべきであったにもかかわらず,それらの報告,要求を怠ったのであ
るから,過失相殺すべきである。
エ本来の責任主体は,建物所有者,元請事業者,石綿取扱業者等であり,
塗装業者(被告)の結果に対する寄与度は著しく低いから,寄与度減殺さ
れるべきである。
第3当裁判所の判断
1認定事実
証拠(乙21のほか後記各書証,証人D。ただし,後記認定に反する部分を
除く。)及び弁論の全趣旨によれば,次のとおりの事実が認められる。
(1)石綿は,ほぐすと綿のようになる一群の繊維状鉱物の総称であり,ク
リソタイル,アモサイト,クロシドライト等に分類される。石綿は,紡織性,
抗張力,耐熱性,断熱性,防音性,耐腐食性などにその特長を有しており,
石綿以外の単一の天然鉱物や人工物質にはほとんど見られないことから,「奇
跡の鉱物」と呼ばれ,古くから紡織品や建築材料等に広く利用されてきた。
我が国では,明治20年代に石綿製品の輸入が始まり,高度経済成長に伴
って石綿の消費量が大きく伸び,昭和40年代半ばから昭和60年代にかけ
て大量消費が続いた。石綿は,戦後,経済復興の重要な資材として各分野で
使用され,とりわけ建築材料として,工業用建築物や住宅用資材の屋根材,
壁材,塗料などに広く利用された。その後,平成2年頃から急激に石綿の消
費量が減少し,平成18年9月には,石綿含有製品の製造,使用等がほぼ全
面的に禁止されるに至って,ほとんど利用されなくなった。(甲6,37,
38,77)
(2)石綿関連疾患には,石綿肺,肺がん,中皮腫等がある。このうち石綿
肺は,石綿の粉じんを大量に吸入することにより発生するじん肺であり,肺
線維症(間質性肺炎)の一種である。ある程度以上の高濃度の石綿累積被ば
く量を上回らない限り発症せず,その閾値は少なくとも25繊維/cc×年
以上であるとされる。画像所見としては,石綿粉じんばく露から通常10年
以上経過して,両側下肺野を中心に不整形陰影を呈するようになり,病状が
進行すると下肺野に蜂巣肺を呈するようになる。自覚症状としては,労作時
の息切れ,せき,たん等が見られ,病状が進行すると安静時でも息切れがし
て常時酸素吸入が必要となることもある。石綿の粉じんのばく露がなくなっ
た後でも病変は徐々に進行し,拘束性呼吸機能障害を来して肺活量が減少す
るため,他のじん肺に比べても予後は悪く,治療は対処療法のみで本質的な
治療方法はない。
肺線維症の原因としては,粉じん,膠原病,アレルギー,薬物等,様々な
ものがあり,中には原因の特定できないものもある。石綿粉じんを原因とす
る肺線維症が石綿肺,原因の特定できない肺線維症が特発性肺線維症である。
石綿肺の診断に当たっては,①職業上石綿ばく露があること,②胸部X線
所見で,下肺野を中心に不整形陰影があること,③他の類似疾患や石綿以外
の原因物質による疾患が除外できることの3要件を必ず満たさなければなら
ないとされる。そして,③のうち,特に石綿肺と特発性肺線維症との区別が
困難とされ,そのため,我が国では専ら石綿に起因し,過去の石綿ばく露の
指標となる胸膜プラーク(限局性,板状の胸膜肥厚)の所見が重要視されて
いる。胸膜プラークは,石綿ばく露開始から10年未満では発生せず,15
~30年を経て出現し,ばく露開始後20年を経過すると一部が石灰化する
場合が出てくる。また,胸膜プラークは,石綿肺と異なり,低濃度の石綿ば
く露でも発生しうる。
なお,特発性肺線維症の患者のうち7割に喫煙歴があることが知られてお
り,喫煙は特発性肺線維症の危険因子の1つとされている。(甲6,29~
34,乙19)
(3)欧米では,明治の終わり頃から石綿肺の精力的な調査研究が行われ,
昭和5年頃には,石綿ばく露と石綿肺との因果関係に関する知見が疫学的に
も病理組織学的にも確立されたが,我が国では,欧米から遅れて石綿紡織製
品が国産化されたこともあって,昭和5年前後からようやく欧米の石綿肺の
知見や症例が紹介され,石綿肺の危険性が指摘され始めた。保険院社会保険
局健康保険相談所大阪支所長らにより,我が国で初めて本格的な石綿肺の調
査が行われたのは,昭和12年~同15年のことであった。同調査では,泉
南地域等に所在する石綿工場の労働者を対象として石綿肺の発生状況等が調
査され,相当数の労働者に異常所見が見られるとともに,勤続年数が長期に
なるほど石綿肺の発症率が高くなる(勤続年数が3年以下でり患率は1.
9%,3~5年で20.8%,10~15年で60.0%,20年以上で1
00%)旨の結果が得られた。
もっとも,第2次世界大戦以前は,鉱山関係等の遊離けい酸粉じんによる
けい肺が社会問題になっており,その対策に重点が置かれた。すなわち,昭
和22年に公布,施行された労働基準法(労働安全衛生法による改正前の労
働基準法で,以下「旧労基法」という。)には,石綿に着目した規定は置か
れず,粉じん一般につき,包括的に,発じん防止,吸入防止のための保護具
の規定等が設けられたに過ぎず,その運用においても,けい肺予防対策に重
点が置かれた。また,国は,昭和20年代に,けい肺対策のため,けい肺の
実態調査(けい肺健診)を行い,その結果に基づき,指導基準として「けい
肺措置要綱」を定め,環境対策,保護具対策,作業改善対策,健康管理対策,
配置転換対策等の一連の予防対策の素地を確立するとともに,昭和30年7
月にはけい特法(けい肺および外傷性せき随障害に関する特別保護法)を制
定した。同法は,遊離けい酸粉じんによるけい肺に規制対象を限定しており,
石綿肺は,規制対象とされなかった。
しかしながら,前記実態調査の結果によっても,けい肺粉じんのみならず
石綿粉じんも重篤な障害をもたらすことが示され,昭和30年までには石綿
を含めた鉱物性粉じん全体に対するじん肺対策を行う必要のあることが認識
されるようになっていた。労働省は,昭和30年度から昭和34年度にかけ
て,けい肺以外のじん肺を対象とした調査研究を実施し,昭和34年度には
「石綿肺等のじん肺に関する研究」として,7名の研究班を活動させた。ま
た,労働省は,石綿粉じんの有害性を前提とした上,石綿肺を含めたじん肺
規制法規を立法化するに当たって必要となるじん肺の管理区分の設定などに
必要な詳細な知見を得るため,昭和31年から昭和34年にかけて,石綿肺
の診断基準に関する研究を行った。そして,これらの研究の成果を踏まえ,
昭和35年3月31日,けい特法が廃止されるとともに,鉱物性粉じん全て
に適用されるじん肺法(以下「旧じん肺法」という。)が新たに公布され,
同年4月1日施行された。(甲42,47)
(4)昭和22年施行の旧労基法は,労働者が人たるに値する生活を営むた
めの必要を充たすべきものとして労働条件を確保することを目的とするも
のであり(1条),使用者に対し,粉じん等による危害を防止するために必
要な措置を講ずべき義務(42条),安全衛生教育を実施する義務(50条),
健康診断を実施する義務(52条)を規定した。そして,同年に制定された
労働安全衛生規則(昭和22年労働省令第9号。以下「旧安衛則」という。)
は,旧労基法を受けて,使用者に対し,粉じんを発散する場所における業務
に常時使用する労働者を雇い入れる場合,及び同業務に常時従事する労働者
に対する健康診断実施義務(48条,49条),粉じんを発散する作業場に
おけるその原因を除去するための作業施設の改善努力義務(172条),粉
じんを発散する屋内作業場における換気(局所排気,全体換気)装置の密閉
等の実施義務(173条),著しく飛散する作業場における注水等の粉じん
飛散防止装置の実施義務(175条),粉じんを発散する業務において,そ
の作業に従事する労働者に使用させるための保護具等の備付義務(181
条)等を課した。
昭和35年施行の旧じん肺法は,じん肺を「鉱物性粉じんを吸入すること
によって生じたじん肺及びこれと肺結核の合併した病気」と定義し(2条1
項1号),石綿肺もその対象とした上,労働省令で粉じん作業の範囲を定め
るものとした(同条1項2号及び2項)。そして,これに基づき制定された
じん肺法施行規則1条及び別表第1の23は,「石綿をときほぐし,合剤し,
ふきつけし,りゅう綿し,紡糸し,紡織し,積み込み,若しくは積みおろし,
又は石綿製品を積層し,縫い合わせ,切断し,研まし,仕上げし,若しくは
包装する場所における作業」を粉じん作業とした。さらに,旧じん肺法は,
使用者に対し,じん肺の予防に関し,粉じんの発散の抑制,保護具の使用そ
の他について適切な措置を講ずるように努める義務(5条),常時粉じん作
業に従事する労働者に対してじん肺に関する予防及び健康管理のために必要
な教育を実施する義務(6条),常時粉じん作業に従事する労働者等に対し
て,じん肺健康診断を実施する義務(7~9条)を課し,同法6~9条の規
定に違反した者には罰則を科することとした(45条)。(甲42,47)
(5)労働省労働基準局長は,昭和43年9月26日,「石綿をときほぐし,
合剤し,吹き付けし,りゅう綿し,紡織する屋内作業あるいは石綿製品を切
断し研磨する屋内作業については,旧安衛則173条により局所排気装置を
設置する必要がある」旨の同日付通達を発出した。また,昭和45年9月に
は石綿取扱事業場の現状を把握するための総点検が行われ,労働省労働基準
局長は,その結果を受けて,昭和46年1月5日,石綿肺の予防等を目的と
した石綿取扱い事業場の環境改善を求める同日付通達を発出した。
同年4月には,このような石綿障害予防対策の重要度の高まりに応じ,関
係者の義務を明確にするため特定化学物質等障害予防規則が制定された。同
規則は,石綿を第2類物質(局所排気装置の対象物質)に指定し,使用者に
対し,その屋内発散源への局所排気装置の設置,環境測定,呼吸用保護具の
備付け等の義務を課した。(甲47,56)
(6)Aは,昭和26年3月に中学校を卒業した後,同年6月20日に被告
に入社し,以後依願退職した平成10年6月30日までの約47年間,被告
の従業員(塗装工)として勤務した。
Aは,昭和58年までは,新築工事現場と改修工事現場の双方で塗装作業
を行い,同年にa百貨店b店における内装工事の責任者になってからは,平
成10年6月の依願退職まで,同店において被告が携わる改修工事現場にお
ける塗装作業(塗り替え作業)にほぼ専従した。また,Aは日給制であった
ため,被告の仕事がないときは他の会社の現場に応援に行くこともあったも
のの,その頻度は,全体の1,2割程度であった。(甲16~18)
(7)塗装作業は,下地調整作業,シーラー塗り作業,塗装塗り作業の順に
行われるところ,下地調整作業においては,手触りを良くするため,サンド
ペーパーや電動のオービタルサンダー等を用いて,塗装面にある細かい凹凸
をできる限りなくす作業や,パテでボード壁にあるボードとボードのつなぎ
目の隙間を埋めた上,サンドペーパー等を用いて表面を平滑にする作業が行
われた。また,改修工事現場における塗装作業(塗り替え作業)では,前記
作業に加えて,従前の塗料にネオリバーを塗って,へらでこそげ落とす作業
が行われた。これらのサンドペーパー,へら等を用いた下地調整作業の際に
は,モルタル,ボード及びパテ等の細かい粉じんが発生した。
また,シーラー塗り作業や塗料塗り作業の際には,塗装面に付着した粉じ
んやほこりをはけ等で取り除く作業が行われ,その際にも,細かい粉じんや
ほこり等が舞うことがあった。
さらに,新築工事現場では,1週間に1回,一斉清掃(塗装作業のフロア
等,指定されたフロアをほうきで掃いてごみを集めるもの)をすることが通
例であり,その際,塗装作業前の工程で発生した粉じんやほこりが舞うこと
もあった。
被告は,塗装作業の際,このように細かい粉じんやほこりが舞うことを認
識し,塗装工に対し,防じんマスク(スポンジマスクや紙マスク)を支給し
ていたものの,そのマスクには,石綿粉じんのばく露を防ぐ効果はなかった。
なお,被告は,支給した防じんマスクの着用を個々の塗装工の判断に委ねて
いたところ,Aは,粉じんやほこりを気にして,この防じんマスクをまめに
着用していた。
(8)新築工事現場における塗装工事は,基礎工事及び建物の躯体の工事が
終わり,内装工事の仕上げをする段階で行われた。例えば,ビルやマンショ
ンの新築工事の場合,フロアごとに工程が管理されており,塗装工があるフ
ロアで塗装工事を行うのと同時並行で,別のフロアで別職種の者が内装工事
を行ったり,耐火被覆の吹き付けを行ったりすることがあった。また,作業
現場によっては,工期が詰まった突貫工事となることがあり,その場合,塗
装工が塗装作業を行っているのと同じフロアの目に見える範囲で,ボード貼
りやモルタル塗り等の作業等が行われる場合もあった。
(9)被告は,昭和26年6月から平成10年6月までの間を通して,被告
の塗装作業現場に,石綿粉じん発生防止,抑制のための通気システムを設置
せず,また,撒水,噴霧などの湿化対策を取ることもなかった。また,被告
は,塗装工に対して,石綿粉じんに対応できる防じんマスクの備え付け,着
用指導をすることはなかった。さらに,被告は,塗装工に対して,石綿粉じ
んへのばく露に関し,健康診断を実施するなどの健康管理を行わなかった。
(10)Aは,石綿粉じんのばく露による体調の悪化により塗装工を続ける
ことが難しくなったことから,平成10年6月30日,被告を依願退職し,
その後,乙内科に通院するようになった(乙内科に通院を開始した具体的な
時期を認めるに足りる的確な証拠はない。)。Aの依願退職時の月給は,合
計30万円程度であった。なお,Aは,少なくとも昭和41年頃から平成1
1年頃までの約33年間にわたり,1日当たり20本程度喫煙していた。(甲
12,13,16,18,19,22)
(11)Aは,平成13年の冬,乙内科の担当医師から,丙病院を紹介され,
同病院での精密検査の結果,間質性肺炎にり患しているとの診断を受けた。
Aは,丙病院を紹介された後も,乙内科への通院を継続した。(甲18,2
2)
(12)Aは,平成14年8月2日,呼吸が困難になり,甲病院に緊急入院
した。Aを検診した甲病院呼吸器内科の担当医師は,Aにつき,胸部CT上,
左右下肺野に優位に分布する網状影を認め,かつ,壁側・臓側胸膜の肥厚と
石灰化(胸膜プラーク)が後背部に多く存在したこと,血清学的に膠原病を
思わせる特異的所見がないこと,職歴にて約50年前より建物専門の塗装業
に従事していたこと,特異な胸膜肥厚および石灰化が認められたことから,
石綿ばく露が原因の肺線維症,すなわち石綿肺であると診断した。
Aは,平成14年9月14日に甲病院を退院し,乙内科での治療を続けた
が,平成15年3月11日,呼吸が困難になり甲病院に再入院し,同年6月
17日,間質性肺炎により死亡した。(甲3,22)
(13)アBから平成20年10月17日石綿救済法の特別遺族年金の申請
を受けたc労基署長は,甲病院に対し,Aの病状等についての意見を求め,
甲病院の担当医師は,c労基署長に対し,同年11月11日付け意見書を
提出した。同医師は,同意見書において,Aの胸膜プラークの有無及び範
囲に関し,X線の検査によると両側下肺野に網状影があり,また,CTの
検査によると両下肺背側および胸膜直下他全肺にわたり蜂巣肺が見られ,
両側下肺の胸膜が石灰化している旨の意見を述べた。もっとも,同医師は,
Aの石綿ばく露歴と発症(死亡)との因果関係に関し,「工事現場でホコ
リ(粉塵)(アスベスト)を多く吸引していたとのこと。間質性肺炎がア
スベストによるものか原因不明。死因は間質性肺炎に気道感染が繰り返し
起こしたことにより,重度の呼吸不全におちいり,死亡したものと思われ
る。」との意見を述べた。(甲12,19)
イc労基署長は,地方労災医員の医師に対し,Bの請求についての意見を
求め,同医師は,平成20年12月22日,Aに関する意見書を提出した。
同医師は,同意見書において,職歴上石綿ばく露の可能性が高いこと,A
の左横隔膜に胸膜プラークが見られること,喫煙指数が低く,職歴以外の
外的因子がみられないこと,免疫学的異常所見もなく石灰化胸膜プラーク
を伴う通常型間質性肺炎像であることなどから,特発性間質性肺炎や膠原
病性の可能性は低く,業務上り患した石綿肺と診断される旨の意見を述べ
た。(甲12,20)
ウc労基署長は,平成21年1月6日頃,Aの死亡原因が石綿救済法に該
当する指定疾病である石綿肺であると認め,支給事由発生日を平成20年
12月1日とみなして,Bに対する特別遺族年金の支給を決定した。(甲
7,12,41の1~41の6)
2争点(1)(Aの石綿ばく露の有無及び死亡との間の因果関係)について
(1)前記1で認定した事実によれば,Aは,昭和26年6月から平成10
年6月までの約47年間にわたり,被告の塗装工として,被告の塗装現場に
おいて塗装作業に従事したこと,塗装作業の際には,石綿を含むモルタル,
ボード,塗料等の粉じんにばく露した可能性があること,Aの左右下肺野に
は胸膜プラークが認められるところ,胸膜プラークは我が国においては専ら
石綿粉じんへのばく露に起因するものであることから,被告の作業現場には
石綿粉じんが飛散しており,Aがそれを長年にわたって吸引し続けたことが
認められる。
そして,石綿粉じんの吸引状況,吸引期間,Aの健康状態すなわち病院で
の精査結果や診察結果等を総合考慮すると,Aは,被告の作業現場における
石綿粉じんの吸引を原因とする肺線維症,すなわち石綿肺にり患し,それに
よって死亡したと認めるのが相当である。
(2)被告は,仮にAが石綿粉じんを吸引したとしても,死因となった間質
性肺炎の原因がそれと一致するとは限らないところ,喫煙など他の原因も十
分考えられるから,石綿粉じんのばく露と死因となった間質性肺炎との間の
因果関係は認められない旨主張する。そして,前記1で認定した事実によれ
ば,甲病院の担当医師は,c労基署長に対し,間質性肺炎が石綿粉じんに起
因するものであるかどうかは不明である旨の意見を述べたこと,また,喫煙
は特発性肺線維症の危険因子の1つとされ,Aは約33年間にわたり1日当
たり20本程度喫煙していたことが認められる。しかしながら,前記(1)
で判示したとおり,Aの作業状況やその期間等に照らし,Aは石綿肺にり患
したと認めるのが相当であり,かつ喫煙と石綿肺との因果関係を認めるに足
りる証拠はないから,被告の前記主張は,前記(1)の判断を左右するもの
ではなく,採用できない。
3争点(2)(被告の安全配慮義務違反の成否)について
(1)安全配慮義務の前提として,使用者が認識すべき予見義務の内容は,
生命,健康という被害法益の重大性に鑑み,石綿粉じんにばく露することに
よって,生命,健康に重大な障害が生じる危険性があることについての認識
があれば足り,生命,健康に対する障害の性質,程度や発生頻度まで具体的
に認識する必要はないというべきである。
前記1で認定した事実によれば,昭和5年前後には,石綿ばく露と石綿肺
に関する欧米の知見が我が国にも紹介され,昭和12年から昭和15年にか
けて石綿肺に関する本格的な調査が実施され,石綿工場の労働者の相当数に
異常所見が見られるとともに,勤続年数が長期になるほど石綿肺の発症率が
高くなる旨の結果が得られ,昭和20年から昭和34年にかけてけい肺のみ
ならず石綿肺に対する対策が必要であると認識されるに至り,昭和35年に
は,石綿も規制対象とする旧じん肺法が制定され,石綿を吹き付けたり,石
綿製品を切断,研磨したりする場所における作業が規制対象とされたという
のである。そして,被告の塗装工は,サンドペーパー等を用いた下地調整の
際,モルタル,ボード及びパテ等の細かい粉じんを発生させており,また,
被告の塗装現場では,塗装作業と同時並行で,別フロアで耐火被覆の吹き付
けが行われたり,内装工事が行われたりすることもあったというのであるか
ら,被告は,昭和35年には,石綿を含む粉じんが人の生命,身体に重大な
障害を与える危険性があること,及び被告の塗装工が石綿粉じんにばく露し
て,生命,身体に重大な障害が生じる可能性があることを十分に認識でき,
また認識すべきであったと認められる。
そうすると,被告には,同年以降,被告の塗装工が石綿粉じんを吸入しな
いようにするための措置を講じるべき安全配慮義務があった。そして,前記
1で認定した石綿粉じんによる健康被害の蓋然性,作業内容,同年頃までの
知見や法令等による規制などに照らせば,被告は,同年以降,安全配慮義務
の具体的内容として,①石綿粉じんの生じる作業とそうでない作業を隔離す
るなどして可能な限り塗装工が石綿粉じんに接触する機会を減少できるよう
な作業環境を構築するとともに,塗装工の作業場に堆積した粉じん等が飛散
しないように撒水等をする設備ないし態勢を整える義務,②粉じんの飛散す
るおそれのある場所で作業する塗装工が石綿粉じんを吸入しないように,塗
装工に対して石綿粉じんの吸引防止効果のある粉じんマスクを支給し,その
着用を指示指導する義務,③塗装工に対し,健康診断を実施したり,石綿粉
じんの危険性を認識させるための必要な安全教育を実施したりして,同人の
健康を管理する義務を負っていたというべきである。
(2)被告が,昭和35年から平成10年6月までの間,①石綿粉じんの生
じる作業とそうでない作業を隔離するなどして,可能な限りAが石綿粉じん
に接触する機会を減少できるような作業環境を構築すること,及び,Aの作
業場に堆積した粉じん等が飛散しないように撒水等をする設備ないし態勢を
整えること,②Aに対して石綿粉じんへのばく露を防止する効果のある防じ
んマスクの着用を徹底させること,③Aに対して石綿粉じんばく露に関する
健康診断を実施したり,石綿粉じんの危険性を認識させるための必要な安全
教育をしたりしたことを認めることはできず,被告は,Aに対し,石綿粉じ
んに関する対策を何ら講じなかったことが認められるから,被告は昭和35
年以降には安全配慮義務に違反していたというべきである。
(3)そして,前記1で認定したとおり,石綿肺が一定以上の高濃度の石綿
累積ばく露がなければ発症しないものであることに加え,本件において,A
が昭和26年に入社してから平成10年に依願退職するまでの間,石綿粉じ
んへのばく露量という観点からのAの作業内容に顕著な差異があったことは
認められず,一定量の石綿粉じんを継続的に長期間ばく露し続けたものと推
認されることからすると,Aは,昭和35年以前の石綿粉じんばく露と同年
以後の石綿粉じんばく露とが競合して,石綿肺にり患し死亡したものと認め
られる。よって,被告の昭和35年以降の安全配慮義務違反とAの死亡との
間の因果関係は認められるものというべきである。
4争点(3)(原告の損害額)について
(1)付添看護費(0円)
前記前提事実によれば,Aは,通算143日間の入院を余儀なくされたこ
とが認められるものの,甲22などの本件全証拠によっても,病院による看
護とは別に付添看護が必要であったと認めることはできない。
(2)入院雑費(18万5900円)
前記前提事実及び前記1で認定した事実によれば,Aは,被告の安全配慮
義務違反により,通算143日間の入院を余儀なくされており,Aの症状等
にも照らすと,Aの被った入院雑費としては,合計18万5900円(1日
当たり1300円)が相当である。
(3)葬儀関係費用(150万円)
Aの被った葬儀関係費用の損害としては,150万円が相当である。
被告は,原告らが受領した葬祭料を控除すべき旨主張するが,B,原告又
はCがこれを受領したことを認めるに足りる証拠はないから,被告の前記主
張は,採用できない。
(4)休業損害及び死亡逸失利益(合計2799万1030円)
ア前記1で認定した事実によれば,Aは,被告の安全配慮義務違反により,
石綿粉じんにばく露し,肺疾患を発症して平成10年6月30日に依願退
職せざるを得なくなったことが認められるから,同年7月1日以降の休業
損害及び死亡逸失利益を請求することができるものというべきである。そ
して,前記1で認定したとおり,Aの依願退職時の月給は30万円程度で
あり,平成10年当時の62歳の就労可能年数は10年というべきである
から,Aは,同年7月1日から平成15年6月17日まで(約5年間。原
告の主張するとおり59ヶ月と16日間として算定する。)の休業損害と
して,1786万円(=30万円/月×(59ヶ月+16日/30日))
の損害を被ったものというべきである。
イまた,Aは,前記アの判示に照らし,死亡後5年分の死亡逸失利益の損
害を被ったものというべきであり,証拠(甲18)によれば,Aの死亡時
において,B及びAの母親がAと同居し,Aの収入で生計を維持する見込
みがあったと認められることから,生活費控除は35%が相当である。よ
って,Aの被った死亡逸失利益は,次式のとおり,1013万1030円
をもって相当と認める。
30万円×0.65(=1-0.35)×12ヶ月×4.3295(就労
可能年数5年に相当するライプニッツ係数)=1013万1030円
(5)入通院慰謝料(360万円)
前記1で認定した事実によれば,Aは,甲病院に合計143日間入院し,
少なくとも平成13年の冬から平成14年8月まで及び同年9月から平成1
5年3月までの合計約16ヶ月間,丙病院及び乙内科に通院したことが認め
られるから,入通院慰謝料としては,360万円が相当である。
(6)死亡慰謝料(2700万円)
前記1で認定したAの死亡に至った経緯,被告の安全配慮義務違反の態様
など,本件に表れた一切の事情を考慮すれば,Aの死亡慰謝料としては,2
700万円が相当である。
(7)小計(前記(1)~(6)の合計)6027万6930円
(8)損益相殺(-2024万9141円)
前記前提事実によれば,Bは,遺族厚生年金として,平成15年8月14
日から遺産分割協議のあった平成25年2月15日までに合計1706万5
309円を,同月16日から当審口頭弁論終結時までに合計318万383
2円を受領したというのである。このうち,遺産分割協議までに受領した合
計1706万5309円については,Aの休業損害及び死亡逸失利益に係る
損害額合計2799万1030円の元本との間で損益相殺的調整を行うべき
である(最高裁平成24年第1478号同27年3月4日大法廷判決・裁
判所時報1623号1頁参照)。よって,遺産分割協議時のAの休業損害及
び死亡逸失利益の損害額合計は,1092万5721円(=2799万10
30円-1706万5309円)となる。また,Bが遺産分割協議後に受領
した合計318万3832円については,Bの相続分である546万286
0円(=1092万5721円×1/2)の元本との間で損益相殺的調整を
行うべきであり,その結果,Bが受領した遺族厚生年金の全額が損益相殺的
調整により控除されることになる。
他方,前記前提事実によれば,Bは,石綿救済法に基づく特別遺族年金を
受領していることが認められるものの,特別遺族年金は,労働者災害補償保
険法29条に規定する労働福祉事業の一環として行われ,その性質上,被災
者遺族の生活の援護等によりその福祉の増進を図るためのものであるから,
損害填補の性質を有すると解することはできない。よって,これをもって損
益相殺すべきである旨の被告の主張は,採用できない。
損益相殺後の損害額(弁護士費用を除く。)は,4002万7789円(=
6027万6930円-2024万9141円)となる。
(9)過失相殺
被告は,従業員には職場の安全確保に配慮し,自己の健康,安全を保護す
べき義務があることを前提に,Aが石綿粉じんばく露への対策を自ら講じな
かったことを過失相殺事由として主張する。しかし,本件の事実関係におい
ては,使用者である被告がその従業員であるAを石綿粉じんばく露のある業
務に就かせたのであり,Aが使用者の指示に従わなかったともAに石綿の危
険性が簡単に理解できたとも認めるに足りる証拠がない。Aが石綿粉じんば
く露による健康被害を避けるよう配慮しなかったとしても,それを過失相殺
事由するのは相当でなく,被告の前記主張は,採用できない。
なお,石綿肺と喫煙歴との間の因果関係を認めるに足りる証拠はないから,
Aが喫煙していたことをもって過失相殺することもできない。
(10)寄与度減殺
従業員の生命,健康の保護は第1次的に使用者の責務であるから,Aの石
綿ばく露に関する本来の責任主体が建物使用者,元請事業者等にあるという
ことはできない。
しかしながら,前記3(3)で判示したとおり,Aの死亡は,被告に責任
のない昭和35年以前の石綿粉じんばく露と,被告が責任を負う昭和35年
以後の石綿粉じんばく露とが競合して生じたものであるから,損害の公平な
分担の見地から,被告は,Aに生じた損害(弁護士費用を除く。)の8割を
限度として賠償すべき義務を負うものというべきである。
寄与度減殺後の損害額(弁護士費用を除く。)は,3202万2231円
(=4002万7789円×0.8。円未満切捨て。)となる。
(11)弁護士費用(320万円)
弁護士費用については,事案の難易,請求額,認容額その他諸般の事情
を斟酌して,320万円をもって相当と認める。
(12)合計
前記(1)~(11)によれば,原告の損害額は,3522万2231円
(=3202万2231円+320万円)となる。
第4結論
以上によれば,原告の請求は,3522万2231円及びこれに対する平成
25年3月20日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を
求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することと
して,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第8民事部
裁判長裁判官久留島群一
裁判官中山裕貴
裁判官田中秀幸は,転補のため署名押印できない。
裁判長裁判官久留島群一

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