弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 (上告趣意に対する判断)
 弁護人清水徹の上告趣意のうち、憲法三八条一項違反をいう点は、原審において
主張及び判断を経ていない事項に関する違憲の主張であり、憲法三九条後段違反を
いう点は、実質において単なる法令違反の主張であり、その余の点は、単なる法令
違反、量刑不当の主張であつて、すべて刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 (職権による判断)
 一 原判決の維持した第一審判決認定の事実によると、被告人は、ほか二名と共
謀のうえ、(一)営利の目的で、麻薬であるジアセチルモルヒネの塩類である粉末
を覚せい剤と誤認して、本邦内に持ち込み、もつて右麻薬を輸入し、(二)税関長
の許可を受けないで、前記麻薬を覚せい剤と誤認して、輸入した、というのである。
第一審判決は、被告人の前記(一)の所為は刑法六〇条、麻薬取締法六四条二項、
一項、一二条一項に、前記(二)の所為は刑法六〇条、関税法一一一条一項に該当
するとしたうえ、被告人は前記(一)の罪を犯情の軽い覚せい剤を輸入する意思で
犯したものであることを理由として、刑法三八条二項、一〇条により同法六〇条、
覚せい剤取締法四一条二項、一項一号、一三条の罪の刑で処断する、としており、
原判決は、第一審判決の右法令の適用を肯認している。
 二 そこで、右法令適用の当否につき判断する。
 (一)麻薬と覚せい剤とは、ともにその濫用による保健衛生上の危害を防止する
必要上、麻薬取締法及び覚せい剤取締法による取締の対象とされているものである
ところ、これらの取締は、実定法上は前記二つの取締法によつて各別に行われてい
るのであるが、両法は、その取締の目的において同一であり、かつ、取締の方式が
極めて近似していて、輸入、輸出、製造、譲渡、譲受、所持等同じ態様の行為を犯
罪としているうえ、それらが取締の対象とする麻薬と覚せい剤とは、ともに、その
濫用によつてこれに対する精神的ないし身体的依存(いわゆる慢性中毒)の状態を
形成し、個人及び社会に対し重大な害悪をもたらすおそれのある薬物であつて、外
観上も類似したものが多いことなどにかんがみると、麻薬と覚せい剤との間には、
実質的には同一の法律による規制に服しているとみうるような類似性があるという
べきである。
 本件において、被告人は、営利の目的で、麻薬であるジアセチルモルヒネの塩類
である粉末を覚せい剤と誤認して輸入したというのであるから、覚せい剤取締法四
一条二項、一項一号、一三条の覚せい剤輸入罪を犯す意思で、麻薬取締法六四条二
項、一項、一二条一項の麻薬輸入罪にあたる事実を実現したことになるが、両罪は、
その目的物が覚せい剤か麻薬かの差異があるだけで、その余の犯罪構成要件要素は
同一であり、その法定刑も全く同一であるところ、前記のような麻薬と覚せい剤と
の類似性にかんがみると、この場合、両罪の構成要件は実質的に全く重なり合つて
いるものとみるのが相当であるから、麻薬を覚せい剤と誤認した錯誤は、生じた結
果である麻薬輸入の罪についての故意を阻却するものではないと解すべきである。
してみると、被告人の前記一(一)の所為については、麻薬取締法六四条二項、一
項、一二条一項の麻薬輸入罪が成立し、これに対する刑も当然に同罪のそれによる
ものというべきである。したがつて、この点に関し、原判決が麻薬輸入罪の成立を
認めながら、犯情の軽い覚せい剤輸入罪の刑によつて処断すべきものとしたのは誤
りといわなければならないが、右の誤りは判決に影響を及ぼすものではない。
 (二)次に、被告人の前記一(二)の所為についてみるに、第一審判決は、被告
人は、税関長の許可を受けないで覚せい剤を輸入する意思(関税法一一一条一項の
罪を犯す意思)で、関税定率法二一条一項一号所定の輸入禁制品である麻薬を輸入
した(関税法一〇九条一項の罪にあたる事実を実現した)との事実を認め、これに
対し関税法一一一条一項のみを適用している。そこで、右法令適用の当否につき案
ずるに、関税法は、貨物の輸入に際し一般に通関手続の履行を義務づけているので
あるが、右義務を履行しないで貨物を輸入した行為のうち、その貨物が関税定率法
二一条一項所定の輸入禁制品である場合には関税法一〇九条一項によつて、その余
の一般輸入貨物である場合には同法一一一条一項によつて処罰することとし、前者
の場合には、その貨物が関税法上の輸入禁制品であるところから、特に後者に比し
重い刑をもつてのぞんでいるものであるところ、密輸入にかかる貨物が覚せい剤か
麻薬かによつて関税法上その罰則の適用を異にするのは、覚せい剤が輸入制限物件
(関税法一一八条三項)であるのに対し麻薬が輸入禁制品とされているというだけ
の理由によるものに過ぎないことにかんがみると、覚せい剤を無許可で輸入する罪
と輸入禁制品である麻薬を輸入する罪とは、ともに通関手続を履行しないでした類
似する貨物の密輸入行為を処罰の対象とする限度において、その犯罪構成要件は重
なり合つているものと解するのが相当である。本件において、被告人は、覚せい剤
を無許可で輸入する罪を犯す意思であつたというのであるから、輸入にかかる貨物
が輸入禁制品たる麻薬であるという重い罪となるべき事実の認識がなく、輸入禁制
品である麻薬を輸入する罪の故意を欠くものとして同罪の成立は認められないが、
両罪の構成要件が重なり合う限度で軽い覚せい剤を無許可で輸入する罪の故意が成
立し同罪が成立するものと解すべきである。これと同旨の第一審判決の法令の適法
は、結論において正当である。
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、
主文のとおり決定する。
  昭和五四年三月二七日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    本   山       亨
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    戸   田       弘
            裁判官    中   村   治   郎

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