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裁判例


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         主    文
     原判決中上告人ら敗訴の部分を破棄する。
     右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 本件の上告理由は、原判決全般についての多岐にわたる論点を含み、必ずしも上
告理由の順序に従つて判断することを適当としないので、以下においては、上告人
国及び同大阪府の上告理由に関するものと上告人大東市の上告理由に関するものと
に大別し、それぞれにつき適宜の順序に従つて順次判断を示すこととする。
 (上告人国及び同大阪府の上告理由に関する判断)
 一 上告人国指定代理人蓑田速夫、同田代暉、同篠原一幸、同服部勝彦、同丸山
稔、同西野清勝、同安仁屋政彦、岡川本正知、同萩原兼脩、同近藤徹、同宮崎潮、
同上村光、同石田真一、同日野峻栄及び上告人大阪府訴訟代理人道工隆三、同井上
隆晴、同柳谷晏秀、同中本勝の各上告理由第二の第一点ないし第四点及び第六点に
ついて
 所論は、要するに、(一) 自然公物たる河川は、管理以前から本来的に洪水氾濫
の危険を内包しているものであつて、その管理はその危険を治水対策事業により軽
減し、より安全なものに近づける努力の過程であるから、絶対的安全性を具備する
ことは不可能であるとともに、道路におけるような一時閉鎖、通行止め等の緊急の
危険回避手段を有しない点において道路その他の営造物の管理とは大きな差異があ
るのであり、(二) また、河川管理には、(1) 財政上の制約、すなわち、国は永
年にわたり多額の治水投資を行つてきたが、河川の整備率はいまだに高くなく、全
国の河川を整備するには膨大な財源を要するところ、他の財政負担を伴う社会需要
を大幅に制限して河川改修のみに投資することについて国民の同意を得られないこ
と、(2) 時間的制約、すなわち、河川改修工事は一般に長い延長の工事であると
ともに順次改修区間を延ばして行く工事であるため長い工期を要すること、(3) 
技術的制約、すなわち、河川改修工事はその河川の水系の全体計画との関連におい
て危険の度合、改修の効果等を総合的に考慮して段階的に実施され、一般的には下
流部から上流部に向つて順次工事を進めていかなければならないことなど、(4) 
社会的制約、すなわち、人口の急激な都市集中に伴う土地利用の変化のため、排水
が不完全のまま宅地化したことによる内水滞水、河川流域の宅地開発による保水機
能の低下、地下浸透の減少、雨水流下時間の短縮等、流出機構の変化がもたらされ
るとともに内水氾濫が浸水被害として顕在化しその速度に河川整備が追いつけない
こと、また、これら都市化区域の河川改修に必要な用地取得が地価の高騰、住民の
所有権意識等のため困難となり、河川改修を困難にしていること、などの諸制約が
存するのであるから、特定の河川について安全性が欠如しているかどうかを判断す
るにあたつては、以上のような河川に特有の諸要素についての考慮をゆるがせにす
ることができないというべきであるのに、これらの点をなんら顧慮することなく、
本件未改修部分の存在及び原判示c点(以下「c点」という。)付近の土砂堆積の
放置をもつて河川の有すべき安全性に欠けるとし、また、c点の上流の原判示a点
(以下「a点」という。)から原判示b点(以下「b点」という。)までの間は川
幅が狭くその流下能力よりもc点の疎通能力がより大きいからc点急縮の状態には
なんら溢水の危険はないのに、その危険があつたとし、これらがいずれも国家賠償
法二条一項の営造物の管理の瑕疵にあたるとした原審の判断には、同条項の解釈適
用の誤り、理由不備等の違法がある、というのである。
 1 国家賠償法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有す
べき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい(最高裁昭和五一
年(オ)第三九五号同五六年一二月一六日大法廷判決・民集三五巻一〇号一三六九
頁参照)、かかる瑕疵の存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及
び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものである(最
高裁昭和五三年(オ)第七六号同年七月四日第三小法廷判決・民集三二巻五号八〇
九頁)。
 ところで、河川の管理については、所論も指摘するように、道路その他の営造物
の管理とは異なる特質及びそれに基づく諸制約が存するのであつて、河川管理の瑕
疵の存否の判断にあたつては、右の点を考慮すべきものといわなければならない。
すなわち、河川は、本来自然発生的な公共用物であつて、管理者による公用開始の
ための特別の行為を要することなく自然の状態において公共の用に供される物であ
るから、通常は当初から人工的に安全性を備えた物として設置され管理者の公用開
始行為によつて公共の用に供される道路その他の営造物とは性質を異にし、もとも
と洪水等の自然的原因による災害をもたらす危険性を内包しているものである。し
たがつて、河川の管理は、道路の管理等とは異なり、本来的にかかる災害発生の危
険性をはらむ河川を対象として開始されるのが通常であつて、河川の通常備えるべ
き安全性の確保は、管理開始後において、予想される洪水等による災害に対処すべ
く、堤防の安全性を高め、河道を拡幅・掘削し、流路を整え、又は放水路、ダム、
遊水池を設置するなどの治水事業を行うことによつて達成されていくことが当初か
ら予定されているものということができるのである。この治水事業は、もとより一
朝一夕にして成るものではなく、しかも全国に多数存在する未改修河川及び改修の
不十分な河川についてこれを実施するには莫大な費用を必要とするものであるから、
結局、原則として、議会が国民生活上の他の諸要求との調整を図りつつその配分を
決定する予算のもとで、各河川につき過去に発生した水害の規模、頻度、発生原因、
被害の性質等のほか、降雨状況、流域の自然的条件及び開発その他土地利用の状況、
各河川の安全度の均衡等の諸事情を総合勘案し、それぞれの河川についての改修等
の必要性・緊急性を比較しつつ、その程度の高いものから逐次これを実施していく
ほかはない。また、その実施にあたつては、当該河川の河道及び流域全体について
改修等のための調査・検討を経て計画を立て、緊急に改修を要する箇所から段階的
に、また、原則として下流から上流に向けて行うことを要するなどの技術的な制約
もあり、更に、流域の開発等による雨水の流出機構の変化、地盤沈下、低湿地域の
宅地化及び地価の高騰等による治水用地の取得難その他の社会的制約を伴うことも
看過することはできない。しかも、河川の管理においては、道路の管理における危
険な区間の一時閉鎖等のような簡易、臨機的な危険回避の手段を採ることもできな
いのである。河川の管理には、以上のような諸制約が内在するため、すべての河川
について通常予測し、かつ、回避しうるあらゆる水害を未然に防止するに足りる治
水施設を完備するには、相応の期間を必要とし、未改修河川又は改修の不十分な河
川の安全性としては、右諸制約のもとで一般に施行されてきた治水事業による河川
の改修、整備の過程に対応するいわば過渡的な安全性をもつて足りるものとせざる
をえないのであつて、当初から通常予測される災害に対応する安全性を備えたもの
として設置され公用開始される道路その他の営造物の管理の場合とは、その管理の
瑕疵の有無についての判断の基準もおのずから異なつたものとならざるをえないの
である。この意味で、道路の管理者において災害等の防止施設の設置のための予算
措置に困却するからといつてそのことにより直ちに道路の管理の瑕疵によつて生じ
た損害の賠償責任を免れうるものと解すべきでないとする当裁判所の判例(昭和四
二年(オ)第九二一号同四五年八月二〇日第一小法廷判決・民集二四巻九号一二六
八頁)も、河川管理の瑕疵については当然には妥当しないものというべきである。
 以上説示したところを総合すると、我が国における治水事業の進展等により前示
のような河川管理の特質に由来する財政的、技術的及び社会的諸制約が解消した段
階においてはともかく、これらの諸制約によつていまだ通常予測される災害に対応
する安全性を備えるに至つていない現段階においては、当該河川の管理についての
瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、
降雨状況、流域の地形その他の自然的条件、土地の利用状況その他の社会的条件、
改修を要する緊急性の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、前記諸制
約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念に照らして是認し
うる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきであると解
するのが相当である。そして、既に改修計画が定められ、これに基づいて現に改修
中である河川については、右計画が全体として右の見地からみて格別不合理なもの
と認められないときは、その後の事情の変動により当該河川の未改修部分につき水
害発生の危険性が特に顕著となり、当初の計画の時期を繰り上げ、又は工事の順序
を変更するなどして早期の改修工事を施行しなければならないと認めるべき特段の
事由が生じない限り、右部分につき改修がいまだ行われていないとの一事をもつて
河川管理に瑕疵があるとすることはできないと解すべきである。そして、右の理は、
人口密集地域を流域とするいわゆる都市河川の管理についても、前記の特質及び諸
制約が存すること自体には異なるところがないのであるから、一般的にはひとしく
妥当するものというべきである。
 2 以上の見地に立つて本件をみると、原審の適法に確定した事実関係は次のと
おりである。すなわち、(一) d川を支川の一つとするe川の流域は、低湿地が多
く、戦前は宅地化がそれ程進んでいなかつたが、戦後は急速に市街化が進行し、昭
和三〇年から昭和四五年にかけて人口は二・五倍に急増し、農地は三分の一に激減
したため、流域の全体において内水氾濫が浸水被害として顕在化するに至つた。こ
れに対応する治水対策として、e川の計画高水流量を毎秒五三六立方メートルと定
めて同川の改修計画が立てられ、昭和二八年から逐次改修工事が行われ、f水門の
改築、g川分水路の開削、最下流部浚渫、第二e川開削等をみたが、流域の予想外
の急激な都市化により、昭和四三年に基本高水流量を約三倍の毎秒一六五〇立方メ
ートルとする計画に変更され、本川から支川へと順次改修が進められ、d川合流点
付近の改修工事が昭和四五年に完成したので、昭和四六年以降から支川の改修に着
手された。昭和二八年度から同五〇年度までのこれら改修に要した投資額は大阪府
全体の事業費の五割にも達したほか、内水対策たる流域下水道事業が昭和四〇年に
相当の投資額で行われ、同程度の規模の水系に対する投資額としては全国一である
のに、その全域の改修はいまだ完成していない。(二)(1)d川は、昭和四〇年四月
一日にh橋より下流が、同四一年四月一日にその上流のa点までの部分が一級河川
に指定されたのであるが、その改修計画は、昭和四一年に一級河川指定区間の改修
規模及び断面についての一応の技術基準が定められ、昭和四一年度に国鉄片町線複
線化に伴う関連部分工事、同四二年度に右工事の残工事とi駅前下流防災工事(板
柵工)、同四三年度に大阪外環状線道路の新設に伴う交差部分工事、同四四年度に
下流部用地買収着手及び片町線交差部下流の羽口工、同四五年度に野崎中川下流端
取付工事、片町線交差部下流羽口工及びi駅前左岸羽口工、同四六年度に下流端左
岸の改修、下流端右岸の羽口工及びi駅前用地取得事務の大東市委託、同四七年度
に下流部用地取得完了(水害前)及びi駅前付近の用地取得促進がそれぞれ実施さ
れた。(2) 右昭和四一年度の国鉄片町線複線化工事に伴う関連部分工事は、当時
のd川が国道一七〇号線より西へ一・五メートルほどの川幅で流下し、片町線をく
ぐり、集落の中を南下して南津乃辺水路を合わせ、片町線を再度くぐつてc点上流
に至つていたところ、その状態のまま片町線の鉄橋を新設すれば、後日の河川改修
のとき、鉄道の下で河川を拡げるという大工事が二箇所で必要となり、大きな手戻
りとなること、集落の中での河川拡幅は非常に困難であること、当時の河川の位置
では計画流量の流水を流下させるのに非常に線型が悪いことから、現状のとおりに
片町線に沿つてその東側を直ちに南下させて、c点上流に直線で継ぐという工事(
いわゆるシヨート・カツト工事)として計画、実施されたものであり、全体として
のd川改修工事についての二重投資となることを避けるため、その一部を繰り上げ
て先行投資事業として行われたものである。(3) また、昭和四三年度大阪外環状
線道路の新設に伴う交差部分改修工事は万国博覧会関連工事として行つたものであ
るが、これも二重投資を避けるため先行投資事業として行われた。(4) 右片町線
複線化に伴う工事により、h橋の上流約一一〇メートルの地点から上流へ四一八メ
ートルのb点までの区間につき、また、昭和四四年頃には同橋下流二一五メートル
の地点から下流へ一四六メートルの区間につき、それぞれ上幅七・九九メートルな
いし八・四四メートル、底幅六メートル、高さ三・三二メートルないし四・〇七メ
ートルとする改修工事が完了していたが、右両区間に挾まれた国鉄i駅前の約三二
五メートルに及ぶ本件未改修部分は後記の理由からそのまま残され、その最上流端
から下流へかけて徐々に川幅が狭くなつて行き、h橋上流約二〇メートルのc点で
は、上底幅約一・八メートル、高さ一・一五メートルないし一・二メートルと急縮
し、ほとんどそのままの状態で下流の改修完了部分まで続いており、堤防天端高に
おいては、上流側改修完了部分の最下流端と未改修部分の上流側端とでは約一・三
一メートルの差が存する状態にあつた。(5) d川の下流からの改修は、前記のと
おりe川のd川合流点付近の改修が昭和四五年に完了したので、昭和四六年より同
五一年を目標に行い、同四六年度には下流端より約三分の一の用地取得を完了し、
一部下流端左岸の改修に着手した。(6) 前記d川のi駅前部分の改修については、
九戸の店舗を含む二九戸の家屋の立退と用地取得を行わねばならず、その対象者の
生活上の問題から短時日の解決は困難であるとの判断のもとに、上告人大阪府は、
昭和四三年一一月に地元に工事説明を行つたのを皮切りに、計画予定区域内の物件
調査、物件所有者との交渉、上告人大東市及び枚方土木事務所との協議等を経て、
昭和四六年六月五日上告人大東市に対し用地取得等についての委託をし、上告人大
東市が用地取得の交渉に入り、昭和四六年末には一五の物件補償と約六〇〇平方メ
ートルの用地取得を終え、その余の用地取得について交渉中に、本件水害の発生を
みたのである(なお、河川上の家屋所有者は、戦後間もなくから住み、同所に生活
基盤が形成されていたことから、d川の一級河川指定後も占用許可を受けてきたが、
前記用地買収交渉が軌道に乗つた昭和四六年四月以降の占用許可は、与えられてい
ない。)。
 右のe川水系河川及びd川の改修計画及びその実施の状況については、これを全
体として観察し、前示の過去における水害の発生状況その他諸般の事情を考慮して
判断する場合には、前示の河川管理の一般水準及び社会通念に照らして特に不合理
なものがあるとは認められないとされる余地が十分に存するものと考えられるので
あつて、そうであるとすれば、d川全体の改修計画中本件未改修部分の改修工事を
他の未改修部分のそれに先がけて実施しなければならず、それをしないことが河川
管理者の管理の瑕疵にあたるといいうるためには、それ相当の特段の理由が存しな
ければならないというべきである。しかるところ、原審は、この点に関し、(一) 
自然公物である河川においても、人工公物である道路の場合と同様に、そこにおけ
る客観的な安全性の欠如(危険)が第三者の行為若しくは不可抗力的外力によつて
招来され、あるいは管理者による管理開始前から管理者の責任によらないでその物
自体に内在していた等の外部的要因によるものである場合であつても、かかる瑕疵
からの発生が予想される被害が社会通念上これを受ける者において社会的に受忍す
べきものと認められる範囲を超え、かつ、その危険の放置が当該危険性の程度と対
比して技術的、社会的にやむをえないと認められる期間を超えて継続されているよ
うな場合には、営造物の管理の瑕疵に基づく責任を負うべきものであり、この場合、
予算上の制約の問題は、右の危険除去に要する費用が被害の程度やその発生の確率
と対比して不相当に莫大であるようなときには、被害者において社会観念上これを
容認すべきであるとされる場合が生ずるという意味及び程度において右の判断に影
響を及ぼすにすぎないとし、(二) 本件においては、(1) d川はいわゆる天井川
であつて、多量降雨時には本件未改修部分からの溢水により沿岸住宅に床上浸水等
の被害が発生する危険が存しており、かかる被害はこれら住民の受忍限度を超える
ものというべきところ、右の危険性の存在は、前記シヨート・カツト工事がされた
当時において上告人らの知り、又は知りうべきものであつたと認められること、(
2) 本件未改修部分の改修工事は、技術的には困難ではなく、それに要する費用
もe川水系ないしd川全体の改修計画に要する費用に比してさほど多額ではないこ
と、(3) 河川の改修は原則として下流から順次上流に至るというやり方で行われ
るという点も、すでに本件未改修部分の前後の区間について部分的改修が先行的に
行われた以上、その妥当性を失つていること等を挙げて、上告人らが本件未改修部
分をそのままに放置したことには、河川管理上の責任があるといわざるをえないと
判断している。原審の右判断は、前記のようなe川水系河川及びd川全体の改修計
画及びその実施の全体的な合理性の問題を考慮外に置き、これとの関連についてな
んら言及することなく、右計画の実施過程において当初の計画を一部変更して本件
未改修部分を他に先んじて行わなければならない理由としては、単に本件未改修部
分を含むd川についての一般的な水害発生の危険の存在と、本件未改修部分の前後
の区間については前記シヨート・カツト工事が先行的に行われたことを挙げるにと
どまつているところ、右の前者の点は前記の全般的な改修計画においてすでに折込
みずみであつてその後に新たに生じた事由ではないと考えられ、後者の点について
も、いわゆるシヨート・カツト工事は前記のような事情により、かつ、二重の投資
を避けるための先行投資事業として行われたというのであつて、d川の水害発生の
危険が特に顕著となつたというような水害の危険防止上の必要とは関係のない理由
に基づくものであり、それはそれなりの合理性を有するものということができ、他
方、その際に本件未改修部分がシヨート・カツト工事と同時に施行されなかつたこ
とについてもさきに述べたような事情が存したためであることを考慮するときは、
原審の挙げる上記の諸点は、いずれもそれをもつて当然に本件未改修部分について
も当初の予定を繰り上げてシヨート・カツト工事と同時に、又はこれに引き続いて
改修工事を施行すべきことが要求され、これを行わないことが管理の瑕疵にあたる
ものとするには足りないといわなければならない。それ故、原審の右の判断には、
国家賠償法二条一項の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法がある
といわなければならない。
 3 もつとも、前記先行投資事業として行われたシヨート・カツト工事の結果、
本件未改修部分における水害発生の危険性がそのために特に著しく増大し、これを
放置することが河川管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認することができ
ないと認められるような特段の事情が生ずる場合には、河川管理者として当然にこ
れに対する対応措置を講ずべきであつて、シヨート・カツト工事部分の改修工事を
行いながら本件未改修部分を放置したときは、これにつき河川管理上の責任を問い
うる余地があるというべきところ、原審は更にこの点についても触れ、c点付近の
状態について、d川がc点の前記急縮部及びそれに続く狭窄区間においては、その
上流から河道に満ちた水が流れてくればこれを持ちこたえることができず、その形
状において物理的に溢水の危険性があるとし、また、前記シヨート・カツト工事に
よりc点上流の区間に毎秒二〇立方メートルの計画高水流量を流下させうる改修を
終えながら、その直下流に明らかにこれを通過させえない本件未改修部分を残して
おくことは従来より危険性を高めることが明白であると判断し、この点も本件にお
ける河川管理上の責任の有無について無視することができない旨を判示している。
 しかしながら、前記事実関係によれば、シヨート・カツト工事以前からc点の直
上流の一定区間は、川幅が広くそれが徐々に狭くなつてc点急縮部に至つていたと
いうのであるから、右工事によつてc点上流の川幅の広い区間が延長されたにすぎ
ないのであつて、このことが直ちにc点における流水の流速等に影響を与えて溢水
の可能性を高めることになるとは、右事実関係のみからは速断し難い。また、仮に、
そもそもc点及び右狭窄部分がc点より上流の区間に比して川幅が狭いため川幅が
両区間を通じて異ならない場合よりもc点において溢水しやすいということがいえ
るとしても、前記事実関係によれば、右両区間よりも更に上流のa点とb点の間の
区間は当時未改修であつて川幅が狭く流量が制限されていたのであるから、右a点・
b点間の区間の勾配、b点とc点との間の区間に流入する水路の状況等についての
審理の結果いかんによつては、右の事情を考慮してもなおc点急縮部及び本件未改
修部分における河川の形状による溢水の危険が、d川の前記改修計画で予定された
時期よりも特に早い時期に他に優先して同箇所を改修すべき特段の事情があるとす
るに足りるほどの状況にあつたとは認められない可能性がなくはないのである。原
審の前記判断には、理由不備、審理不尽の違法があるものといわなければならない。
 4 なお、原審は、更に、c点付近の土砂の堆積について、(一) d川は、昭和
三七年頃には子供が入つて遊べるくらいの深さの川であつたところ、昭和三八年頃
以降上流部の宅地造成や土砂採取が始つてから徐々に上流部からの土砂流出が多く
なり、全般に川底に相当量の土砂が堆積した状態になつており、本件水害当時には
c点付近において〇・五メートル前後の土砂堆積があつて、河道の深さを減じてい
たこと、(二) d川の浚渫は、昭和四二年一一月から同四三年二月にかけてc点付
近を含むh橋上流三〇メートルの地点からe川合流点までの区間で行われたほか、
昭和四四年及び同四五年に他の区間について行われたことを確定したうえ、右事実
関係に基づき、右土砂の堆積は、土砂の流送度の高いd川において、c点付近につ
き四年半近くも浚渫が行われていなかつたためであると推認されるとし、溢水の危
険の高いc点付近においては他区間よりも頻繁な浚渫が行われるべきであるのに土
砂の堆積が右状態に置かれていた点でも、都市河川の管理としては瑕疵が存したも
のと判断している。
 しかしながら、河川管理の瑕疵の有無は、前示のとおり当該河川が過去の水害の
発生状況その他前記の諸般の事情を総合的に考慮し河川管理の一般水準及び社会通
念に照らして是認しうる安全性を備えているか否かの観点から判断されるべきもの
であるところ、原審が右のような諸点を勘案することなくc点付近の土砂の堆積の
状況から直ちにd川の管理に瑕疵があつたとした判断には、国家賠償法二条一項の
解釈適用を誤つた違法があるのみならず、c点付近が溢水の危険の高い箇所である
との原審の判断には前記の違法があり、原審が右判断を前提としてc点付近が特に
他区間よりも頻繁な浚渫を要するとしたことに基づき前記の管理の瑕疵があるとし
た点には、右判断と同じく理由不備等の違法があるといわなければならない。
 5 以上判示の原判決の各違法は、原判決中被上告人らの上告人国及び同大阪府
に対する各請求を認容した部分の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論
旨は理由があり、原判決中右の部分は破棄を免れない。そして、右各請求の当否に
ついては叙上の点につき更に審理を尽くさせる必要があると認められるので、右各
請求認容部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。
 二 同第一の第三点及び第三の第一点について
 1 所論は、要するに、証人Dは環境地学専攻の学者であつて、水理学上の問題
に関して専門家とはいえず、また、その調査も本件訴訟提起後に主に被上告人らか
らの聴取によつて行つた程度で、非科学的なものであるのに、内水(原判示内水滞
水をいう。国道越流水を含む。)だけだつたならば浸水の最高水位の半分ぐらい前
後じやないかと思うという同証人の勘で述べた一片の証言によつて、極めて高度な
水理学上の問題であり専門家でも水理解析及び実験によらなければ解明しえない本
件湛水中における内水と外水(原判示c点溢水の水をいう。)の割合について五分
五分という認定をした原判決には、採証法則違背の違法がある、というのである。
 原審は、内水と外水との割合については、目撃証人の証言によつて把握すること
はできないとし、上告人国、同大阪府が右割合について水理学の専門家による水理
解析、模型実験の結果に依拠した立証を試みたのに対し、右解析・実験にはその前
提となる資料の把握方法、仮定的に設定されて諸条件の正当性、正確性等に問題が
あるとして、これを排斥したうえ、所論の証人Dの証言について、同証人が環境地
学を専攻し、特に水害関係の研究に造詣の深い者であり、右証言がその専門的な知
識経験を基礎にして現地踏査と被害住民からの当時の状況の聴取とから得た認識に
基づく同証人の判断であつて、所論の内、外水の割合というような問題については、
案外右のような事実認識を経た専門家の直感に基づく判断が結果的に正当であるこ
ともまれではなく、他にこれによることの妨げとなる資料もないとし、右証言に依
拠して内、外水の割合を五分五分と認定している。
 しかしながら、記録によれば、証人Dは、河川災害についての調査・研究歴を有
するものの、環境地学専攻の学者であつて、本件水害の被災者らからの依頼に基づ
き、河川工学、地質学等の専門家らから成る調査団を組織し、本件水害の原因等を
解明するため、現地の実測、被害住民からの当時の水害の状況についての聴取等に
よる調査を行つた旨を証言したうえ、c点付近の溢水状況については、溢水の開始
時期、休止、再開、湛水のピーク、減水等の概略の経過に関して述べているものの、
その間の溢水量の把握はしていない旨の証言をいつたんはしながら、裁判長の尋問
に対し、水位計算はしていないが大ざつぱな計算で内水だけだとした場合には浸水
の最高水位の半分くらい前後ではないかと思うという所論の証言をしているのであ
つて、右証言内容の根拠については、同証人の他の証言部分においても全く明らか
にされていないのである。本件における内、外水の割合の認定が高度の専門的、技
術的事項であることは上告人らの指摘するとおりであり、この問題の究明のため上
告人国、同大阪府が実施した解析・実験の結果は、それ自体としては一応の科学的
根拠を有するものと考えられるから、たとえ、これにつき原審の指摘するような問
題点があり、右の結果を本件に適用して結論を出す場合にはそれ相当の修正を施す
か、ないしは誤差の可能性とその程度を考慮に入れる等の方法をとることが要求さ
れるとしても、これらの点についてなんらの配慮を示すことなくこれを排斥し、か
えつて専ら、水理学の専門家とはいえない証人Dのなんら客観的根拠を示さない前
記証言のみに依拠して内、外水の割合を五分五分であるとした原審の事実認定は、
当該事項の立証の困難性を考慮してもなお著しく合理性を欠き、客観的根拠に基づ
かない独断のそしりを免れず、採証法則に違背したものであるといわなければなら
ない。
 2 所論は、要するに、原審は、内、外水の割合を五分五分としたうえ、被上告
人らの居住家屋の床高と床上浸水位との関係(原判決別表I)からみて、ごく大ざ
つぱな平均的把握であるけれども、内水洪水だけならばおおむね床高一杯一杯ぐら
いで済んでいたものと推認できる旨の認定をしているが、右別表記戦の各床高と床
上浸水位との関係からは右のような認定はできないから、右認定には採証法則違背、
理由不備の違法がある、というのである。
 原審は、所論のとおりの事実認定をしているが、所論の別表によれば、被上告人
らの居住家屋の床高は、op三・六メートルから四・四四メートルまでの間に分布
しており、最高のものと最低のものとの間には、〇・八四メートルもの高低差があ
ることが明らかであるから、被上告人らの各居住家屋につき内水のみで床上浸水位
に達するか否かは、各家屋ごとに各別に認定すべきところ、平均的把握により内水
洪水の水位が一率に被上告人らの居住家屋のおおむね床高一杯一杯ぐらいであると
した原審の所論の事実認定は、著しく不合理であつて、経験則に違背するものとい
わなければならない。
 3 そこで、原判決における右各違法が判決の結論に影響を及ぼすか否かについ
て検討する。原審は、被上告人らの一部の者の居住家屋に床上浸水が始まつたのは
昭和四七年七月一二日午後五時頃であり、その後浸水位は次第に上昇し、一三日午
前三時頃ピークに達し、一四日朝から漸く減水し始め、完全に引水するまでには一
六日を待たねばならないところもあつたこと、c点からの溢水は一二日午前九時頃
から始まり、その強弱は別として終日続き、被上告人らの居住地域に流入して本件
湛水の一部を構成したことを認定しているところ、右事実認定は、原判決挙示の証
拠関係に照らし肯認することができないものではない(なお、原審は、c点からの
溢水が単に本件未改修部分の河道の狭窄状態による相対的疎通能力の低さのためば
かりでなく、右未改修部分の堤防高が従前のままで、改修工事が行われた前後の区
間の堤防高に比べてかなり低く、そのためにe川本川の水位が上昇して右未改修部
分の堤防高を超えるに至つてこれによる溢水も加わつたことを認定しているところ、
上告人らはこの点について審理不尽等の違法をいうが、本件記録及び原判決の判示
に照らせば、右の非難はあたらない。)。そして、右事実関係によれば、c点溢水
は、長時間床上浸水による被上告人らの被害の発生後に生じたものではなく、内水
滞水等とともに右被害の発生以前から生じていたものであつて、他の原因と共同し
て右被害の発生に実質的に寄与したものということができるから、その本件湛水に
対する寄与の割合の大小にかかわらず、これと本件被害発生との因果関係の存する
ことは否定することはできない。そうすると、原判決中の前記1・2の各違法は、
因果関係の成否に関する原判断の結論に影響を及ぼさないものといわざるをえず、
論旨は採用することができない。
 (上告人大東市の上告理由に関する判断)
 上告人大東市訴訟代理人俵正市、同草野功一の上告理由第二の三について
 所論は、要するに、本件水害の原因は内水滞水、c点溢水、e川水位の上昇、排
水ポンプの不設置、サイホン管部の狭隘さにあるのに、原判示甲路(以下「甲路」
という。)の土砂堆積と本件水害との間に相当因果関係があるとした原審の認定判
断は違法である、というのである。
 原審の適法に確定した事実関係によれば、(一) 甲路はj参道沿いを東から西に
向けて流れ、d川に突き当たり、d川と国鉄線路を暗渠(以下この暗渠部を「サイ
ホン管部」という。)でくぐり、西側へ出て七〇〇メートルで南へ折れ、四〇〇メ
ートルでd川に通じているが、もともとその西端のd川合流点から被上告人らの居
住地域を含むkへの灌漑用の取水路として用を果たしていたもので、その勾配はほ
とんど水平であつて、取水の際は、d川合流点の落し込みを開き、e川cの樋門を
閉めてe川の水を逆流させていたものであるが、被上告人らの居住地域の市街化が
進み、農地が減少して以来、右農業用水路としての使用は自然に止み、逆に生活排
水や雨水の排水路として利用されるようになつた、(二) 甲路においては、通常の
雨水や生活排水は、その自然水圧によつて被上告人らの居住地域から逆に流れ出し
て行く仕組みになつていたが、かねてからゴミや土砂が堆積して疎通が悪く、僅か
の大雨でもなかなか水が引かない状態であつた、(三) 甲路は、本件水害当時にお
いても、E建設前に埋設されていた直径〇・八メートルのヒユーム管の内径半分位
に土砂がつまつていたほか、j参道沿いの部分は全般に土砂やゴミが堆積し、サイ
ホン管部は狭隘でその通りも余りよくはなかつた、(四) 甲路は、サイホン管部を
含め、国有財産であり、上告人大東市はこれを事実上管理していた、というのであ
る。原審は、右事実関係に基づき、甲路はその自然的排水機能が不十分なのである
から、これに事実上の都市排水路としての機能を期待する以上、常時浚渫をして、
その不十分ながらも本来有するだけの排水機能は常にこれを保持させて置かなけれ
ばならないところ、前記のとおり土砂が堆積して排水能力が低下した状態に置かれ
ていたことは、その公の営造物として備えるべき安全性を欠いた状態にあつたもの
であるとして、上告人大東市の甲路の管理に瑕疵があつたと判断している。
 しかしながら、前記事実関係によれば、甲路の排水機能が不十分であるのは、ゴ
ミや土砂の堆積のほか、甲路はもともと勾配がほとんどなく、また、サイホン管部
が狭隘であったことなどによるものであるところ、甲路の上流部からサイホン管部
に至るまでの甲路全般の具体的な土砂の堆積の程度及びサイホン管部の狭隘さの程
度がいずれも明確にされておらず、ひいては、本件水害当時における甲路の排水能
力の低さの原因がサイホン管部の狭隘さを含めた甲路の構造と土砂の堆積のいずれ
にあるかが必ずしも明らかでなく、かえつて、本件湛水が一四日朝から上告人大東
市の行つたポンプ排水によつてやつと減水し始めたことは原審の確定するところで
あり、右事実に鑑みるときは、右排水能力の低さの原因は主としてサイホン管部の
狭隘さを含めた甲路の構造にあり、甲路における前記の土砂の堆積は、右の低下の
原因でないか、又はこれに実質的に寄与しているものではなく、その原因としては
無視しうる程度のものであつたと認定され、被上告人らの前記被害の発生との間に
相当因果関係があるとは認められない可能性があるものというべきである。してみ
ると、甲路の排水能力の低下の原因について具体的事実関係を確定することなく、
上告人大東市には甲路の管理につき瑕疵があると速断した原判決には、理由不備及
び審理不尽の違法があるものといわなければならない。したがつて、論旨は理由が
あり、原判決中被上告人らの上告人大東市に対する各請求を認容した部分は、その
余の論旨について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、右各請求の当否
については叙上の点につき更に審理を尽くさせる必要があると認められるので、右
各請求認容部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判
決する。
 裁判官団藤重光は退官につき評議に関与しない。
    最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    中   村   治   朗
            裁判官    谷   口   正   孝
            裁判官    和   田   誠   一

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