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平成24年3月7日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成23年(行ケ)第10214号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成24年2月22日
判決
原告ミッチャムグローバル
インヴェストメンツリミテッド
同訴訟代理人弁理士杉村憲司
塚中哲雄
大倉昭人
岡野大和
被告特許庁長官
同指定代理人鈴木秀幹
長島和子
新海岳
東治企
板谷玲子
主文
1特許庁が不服2009-20975号事件につい
て平成23年2月21日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を下記
2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,同請求は
成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のと
おり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯
(1)ポラロイドコーポレイション(以下「ポラロイド社」という。)は,平
成17年11月9日,発明の名称を「熱応答補正システム」とする発明について,
特許出願(特願2007-541283号。パリ条約による優先権主張日:平成1
6年11月15日,米国。請求項の数10)をした(甲5)。
(2)特許庁は,平成21年6月26日付けで拒絶査定をした。
(3)ポラロイド社は,平成21年10月29日,これに対する不服の審判を請
求した(不服2009-20975号事件)。
(4)ポラロイド社は,平成22年2月11日,PLRIPホールディング
スエルエルシーに対し,本件出願に係る特許を受ける権利を譲渡し,さらに,同
月12日,原告は,同社から同権利を譲り受け,同年4月7日,特許庁長官に対し,
その旨の名義変更を届け出た(甲7~10)。
(5)特許庁は,平成23年2月21日,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との本件審決をし,その謄本は同年3月8日,原告に送達された。
2特許請求の範囲の記載
本件審決が判断の対象とした特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおり
である(ただし,平成21年10月29日付け手続補正書(甲6)による補正後の
ものである。以下,同補正後の特許請求の範囲に属する発明を「本願発明」といい
い,本願発明に係る明細書(甲5)を「本願明細書」という。)。
プリントヘッド素子を含むサーマルプリンタにおいて,
(A)周囲温度と,該プリントヘッド素子に以前に提供されたエネルギと,該プ
リントヘッド素子が印刷する予定の印刷媒体の温度とに基づいて,該プリントヘッ
ド素子の温度を予測するステップと,
(B)該プリントヘッド素子の該予測された温度と,該プリントヘッド素子によ
って印刷されるべき所望の出力濃度の複数の一次元関数とに基づいて,該プリント
ヘッド素子に提供される入力エネルギを計算するステップと
を包含する,方法
3本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記アの引用例に記載された
発明(以下「引用発明」という。)及び下記イないしエの周知例1ないし3に記載
された周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり,特許
法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
ア引用例:国際公開第03/018320号公報(甲1。平成15年3月6日
公開)
イ周知例1:実願昭63-35484号(実開平1-138745号)のマイ
クロフィルム(甲2)
ウ周知例2:特開平7-76121号公報(甲3)
エ周知例3:特開昭63-89359号公報(甲4)
(2)なお,本件審決が認定した引用発明並びに本願発明と引用発明との一致点
及び相違点は,以下のとおりである。
ア引用発明:ヒートシンク,セラミック及びグレーズを含むいくつかのレイヤ
と,前記グレーズの下にあるプリントヘッド要素の線形アレイとを備えたプリント
ヘッドを有するサーマルプリンタにおける方法であって,前記ヒートシンク上の特
定のポイントにおいて測定された温度と,前記プリントヘッド要素に事前に供給さ
れたエネルギーとに基づいて予測される該プリントヘッド要素の現在の温度Ta及
び該プリントヘッド要素によって印刷される所望の出力濃度dの複数の1変数関数
に基づいて,該プリントヘッド要素に供給する入力エネルギーを計算するステップ
であって,以下の形態の等式E=G(d)+S(d)Taを用いて,該入力エネル
ギーを計算するステップを包含する,方法
イ一致点:プリントヘッド素子を含むサーマルプリンタにおいて,(A)周囲
温度と,該プリントヘッド素子に以前に提供されたエネルギーとに基づいて,該プ
リントヘッド素子の温度を予測するステップと,(B)該プリントヘッド素子の該
予測された温度と,該プリントヘッド素子によって印刷されるべき所望の出力濃度
の複数の一次元関数とに基づいて,該プリントヘッド素子に提供される入力エネル
ギーを計算するステップとを包含する,方法
ウ相違点:前記プリントヘッド素子の温度の予測が,本願発明では,周囲温度
と該プリントヘッド素子に以前に提供されたエネルギーと該プリントヘッド素子が
印刷する予定の印刷媒体の温度とに基づいて行われるのに対して,引用発明では,
周囲温度と該プリントヘッド素子に以前に提供されたエネルギーとに基づいて行わ
れる点
4取消事由
容易想到性に係る判断の誤り
第3当事者の主張
〔原告の主張〕
(1)相違点に係る判断の誤りについて
ア本件審決は,周知例1ないし3に基づき,印刷媒体の温度に応じてサーマル
ヘッドへの印加エネルギーを制御するサーマルプリンタは,本件出願の優先権主張
日前に周知であったと認定した上で,入力エネルギーを計算するための等式として
どのようなものを用いるかは,当業者が計算効率等を考慮して適宜決定すべき設計
事項であるから,引用発明において,印刷媒体の温度に応じてサーマルヘッドへの
印加エネルギーを制御するとともに,等式E=G(d)+S(d)Taに代えて,
印刷媒体の温度Tmをも含むように拡張した等式E=G(d)+S(d)Ta’
(ただし,Ta’=Ta+f(Tm),f:実験等で定める関数である。)を用い
て,プリントヘッド要素に供給する入力エネルギーを計算することは,当業者が容
易に想到し得たことであり,この等式で計算することは,相違点に係る本願発明の
構成を採用することと同じであるから,引用発明において,当該構成とすることは,
当業者が周知技術に基づいて容易に想到し得たことであると判断した。
イしかしながら,周知例1には,記録紙の温度にほぼ対応した温度を検出する
温度検出手段と,この温度検出手段により検出された温度により印字電力を制御す
る印字濃度補正手段とを備えた感熱転写記録装置が,周知例2には,印刷媒体の温
度に基づいて発熱抵抗体に印加するエネルギーを補正する熱転写記録装置が,周知
例3には,検知したサーマルヘッドの温度と記録媒体の温度に基づいてサーマルヘ
ッドの温度補償を行う感熱記録装置がそれぞれ記載されているが,これらは,印刷
媒体の温度の単独で,あるいは他の検出温度に基づく補正と関係なく,印刷媒体の
温度のみに基づいてサーマルヘッドへの印加エネルギーを補正するサーマルプリン
タであり,プリントヘッド要素の現在の温度の予測に際して印刷媒体の温度を考慮
することの記載や示唆はない。
また,入力エネルギーを計算するための等式の選択は,当業者が適宜決定すべき
設計事項であるということはできない。すなわち,引用例には,「計算効率を高め
るために,等式に対する近似もまた用いられ得る」との記載があるが,この記載の
意味は,計算効率を高めるため,ある程度の誤差を許容して等式に対する近似式を
用いることができるということであり,設計事項といえるのは,せいぜい,入力エ
ネルギーを効率的に計算するために,計算に使用する近似式を適宜選択することで
ある。引用例の上記記載から,入力エネルギーを計算するための等式の選択が,当
業者が計算効率等を考慮して適宜決定すべき設計事項であることが明らかであると
いうこともできない。
ウ以上によれば,周知例1ないし3に接した当業者は,引用発明において,プ
リントヘッド要素に供給する入力エネルギーを印刷媒体の温度のみに基づいて補正
することは着想し得るとしても,プリントヘッド要素の現在の温度Taを,「周囲
温度」と「プリントヘッド素子に事前に供給されたエネルギー」という2つの事象
に,更に「プリントヘッド素子が印刷する予定の印刷媒体の温度」を追加し,これ
ら3つの事象に基づいて予測すること,すなわち,引用発明が用いる等式E=G
(d)+S(d)Taに代えて,印刷媒体の温度Tmをも含むように拡張した等式
E=G(d)+S(d)Ta’を用いて,プリントヘッド要素に供給する入力エネ
ルギーを計算することが,当業者が周知技術に基づいて容易に想到し得たことであ
るとした本件審決の判断は誤りである。
(2)本願発明の効果に係る判断の誤りについて
本件審決は,本願発明が奏する効果は当業者が引用発明及び周知技術から容易に
予測し得た程度のものであると判断した。
しかし,本願発明は,周囲温度,プリントヘッド素子に以前に提供されたエネル
ギー及びプリントヘッド素子が印刷する予定の印刷媒体の温度とに基づいてプリン
トヘッド素子の温度を予測するというステップを採用することにより,より正確な
プリントヘッド素子の温度を予測し,このより正確な予測温度に基づいて所望の出
力濃度を出力するための入力エネルギーを計算できるという,引用発明及び周知技
術からは予測し得ない顕著な効果を奏するものである。
(3)小括
したがって,本願発明の容易想到性に係る本件審決の判断は誤りである。
〔被告の主張〕
(1)相違点に係る判断の誤りについて
ア原告は,周知例1ないし3では,印刷媒体の温度の単独で,あるいは他の検
出温度に基づく補正と関係なく,印刷媒体の温度のみに基づいてサーマルヘッドへ
の印加エネルギーを補正するサーマルプリンタが記載されているのみであり,プリ
ントヘッド要素の現在の温度の予測に際して印刷媒体の温度を考慮することについ
ての記載や示唆はないと主張する。
しかし,周知例1には,ラインサーマルヘッドの発熱抵抗体により,転写紙表面
のインクを記録紙に転写する感熱転写記録装置において,記録紙の温度を検出しそ
の温度に応じ印字電圧を制御することが,周知例2には,サーマルヘッドの蓄熱温
度,インクシートの近傍の検知温度,記録紙の温度に基づいて,印加エネルギー
を補正することが,周知例3には,サーマルヘッドの温度データ,記録媒体の温度
データ及び熱履歴データから作成した補正データに従って印加パルスのパルス幅を
変化させることがそれぞれ記載されているところ,プリントヘッド要素を用いるサ
ーマルプリンタにおいては,適正な印刷を行うために温度を適切なものとする必要
があることは自明であるから,引用発明に周知技術を適用し,プリントヘッド要素
の現在の温度を,周囲温度とプリントヘッド要素に事前に供給されたエネルギーだ
けでなく,印刷媒体の温度を加えて予測することは,当業者が通常の創作能力を発
揮して行うことができる範囲内のことである。
イまた,原告は,入力エネルギーを計算するための等式の選択は当業者が計算
効率等を考慮して適宜決定すべき設計事項であるということはできないと主張する。
しかし,入力エネルギーを効率的に計算するために,計算に使用する近似式を適
宜選択することは設計事項であり,引用発明が用いる等式E=G(d)+S(d)
Taが,そもそも計算結果の正確性をある程度犠牲にした近似式であるから,引用
発明において,入力エネルギーを計算するための等式として,どのようなものを用
いるかは,当業者が計算効率と計算結果の正確性とを比較衡量して適宜決定すべき
設計事項である。そして,引用発明において,周知例1ないし3記載の周知技術を
勘案して,印刷媒体の温度Tmに基づいてプリントヘッド要素に供給する入力エネ
ルギーを補正しようとする際,引用発明の等式E=G(d)+S(d)Taに代え
て,印刷媒体の温度Tmによる補正を,単純に補正前のエネルギーに加算するので
はなく,計算効率の観点から,この等式の形が大きく変更されることがないように,
周囲温度とプリントヘッド要素に以前から提供されたエネルギーとに基づいて予測
されるプリントヘッド要素の現在の温度Taに加算するように拡張した等式E=G
(d)+S(d)Ta’を用いて,プリントヘッド要素に供給する入力エネルギー
を計算することも,当業者が適宜設計し得ることである。
(2)本願発明の効果に係る判断の誤りについて
原告は,本願発明は印刷媒体の温度を考慮したより正確なプリントヘッド素子の
温度に基づいて,所望の出力濃度を出力するための入力エネルギーを計算できると
いう,引用発明及び周知技術からは当業者が予測し得ない顕著な効果を奏するもの
であると主張する。
しかし,原告が主張する効果は,本願明細書に明示されているわけではないし,
本願発明では各変数の関係につき何ら特定がないものである以上,到底顕著な効果
が認められる余地はない。
第4当裁判所の判断
1本願発明について
(1)本願発明は,前記第2の2のとおり,プリントヘッド素子を含むサーマル
プリンタにおいて,(A)周囲温度と,該プリントヘッド素子に以前に提供された
エネルギと,該プリントヘッド素子が印刷する予定の印刷媒体の温度とに基づいて,
該プリントヘッド素子の温度を予測するステップと,(B)該プリントヘッド素子
の該予測された温度と,該プリントヘッド素子によって印刷されるべき所望の出力
濃度の複数の一次元関数とに基づいて,該プリントヘッド素子に提供される入力エ
ネルギを計算するステップとを包含する,方法であるところ,本願明細書(甲5)
には,本願発明について,概略,以下の記載がある。
ア本願発明は,サーマルプリントヘッド上での熱履歴の影響を補償することに
より,サーマルプリンタの出力を改善する技術に関するものである(【000
1】)。
イ従来のサーマルプリンタにおける一つの問題は,プリントヘッド素子が各プ
リントヘッドサイクル終了後に熱を保持することから生じる。一部のサーマルプリ
ンタでは,特定のプリントヘッドサイクルの間に特定のプリントヘッド素子に提供
されるエネルギー量は,プリントヘッドサイクル開始時におけるプリントヘッド素
子の温度が既知の固定温度であるという仮定に基づいて計算されるが,現実には,
プリントヘッドサイクルの開始時におけるプリントヘッド素子の温度は,以前のプ
リントヘッドサイクルの間にプリントヘッド素子に提供されたエネルギー量に依存
するため,プリントヘッドサイクルの間にプリントヘッド素子によって達成される
実際の温度は,キャリブレーションされた温度とは異なることがあり,そのため,
望まれるより高い出力濃度または低い出力濃度となる。特定のプリントヘッド素子
の現在の温度が,それ自身の以前の熱履歴のみならず,室内温度及びプリントヘッ
ド内の他のプリントヘッド素子の熱履歴によっても影響を受けることにより,更に
複雑となる(【0005】)。
ウサーマルプリントヘッド素子へのエネルギー提供に対し,そのサーマルプリ
ントヘッド素子の熱応答をモデル化するサーマルプリントヘッドモデルが提供され
る。このサーマルヘッドプリントモデルは,(1)サーマルプリントヘッドの現在の
周囲温度と,(2)プリントヘッドの熱履歴と,(3)プリントヘッドのエネルギー履歴
と,(4)印刷媒体の現在温度とに基づいて,各プリントヘッドサイクル開始時にお
ける各サーマルプリントヘッド素子の温度を予測する。所望の濃度を有するスポッ
トを生成するため,プリントヘッドサイクルの間にプリントヘッド素子に提供する
エネルギー量は,(1)プリントヘッドサイクルの間に,プリントヘッド素子によっ
て生成される所望の濃度と,(2)プリントヘッドサイクル開始時におけるプリント
ヘッド素子の予測温度とに基づいて計算される(【0009】)。
(2)以上のとおり,本願発明は,プリントヘッド素子を含むサーマルプリンタ
において,周囲温度,プリントヘッド素子に以前に提供されたエネルギー及び印刷
する予定の印刷媒体の温度に基づき,プリントヘッド素子の温度を予測し,その予
測温度と所望の出力濃度に基づき,プリントヘッド素子に提供される入力エネルギ
ーを計算するというものである。
2引用発明について
(1)引用発明は,前記第2の3(2)アのとおり,ヒートシンク,セラミック及び
グレーズを含むいくつかのレイヤと,前記グレーズの下にあるプリントヘッド要素
の線形アレイとを備えたプリントヘッドを有するサーマルプリンタにおける方法で
あって,前記ヒートシンク上の特定のポイントにおいて測定された温度と,前記プ
リントヘッド要素に事前に供給されたエネルギーとに基づいて予測される該プリン
トヘッド要素の現在の温度Ta及び該プリントヘッド要素によって印刷される所望
の出力濃度dの複数の1変数関数に基づいて,該プリントヘッド要素に供給する入
力エネルギーを計算するステップであって,以下の形態の等式E=G(d)+S
(d)Taを用いて,該入力エネルギーを計算するステップを包含する,方法であ
るところ,引用例(甲1)には,引用発明について,概略,以下の記載がある。
ア引用発明は,サーマル印刷に関し,サーマルプリントヘッドの熱履歴の影響
を補償することによって,サーマルプリンタの出力を改善する技術に関するもので
ある(【0001】)。
イいくつかのサーマルプリンタでは,概して,プリントヘッドサイクルの開始
時におけるプリントヘッド要素の温度は既知の固定値であるとの推測に基づいて,
プリントヘッド要素に渡されるエネルギー量が計算されるが,あるプリントヘッド
サイクルの開始時におけるプリントヘッド要素の温度は,前のサイクルで渡された
エネルギー量に依存するので,実際の温度は,較正された温度と異なることがあり,
所望の濃度より高いか又は低い出力濃度となる。特定のプリントヘッド要素の現時
点の温度は,プリントヘッド要素自身の熱履歴だけでなく,環境(部屋)温度及び
プリントヘッドの他の要素の熱履歴によっても影響されるため,事態が更に複雑に
なる(【0005】)。
ウ各プリントヘッドサイクルの開始時における各サーマルプリントヘッド要素
の温度は,現時点での環境温度,プリントヘッドの熱履歴及びプリントヘッドのエ
ネルギー履歴に基づき予測され,各プリントヘッド要素に供給するエネルギー量は,
所望の濃度及びプリントヘッドサイクルの開始時におけるプリントヘッド要素の予
測温度に基づき計算される(【0010】)。
エ逆媒体密度モデル(図4)は,(1)タイムインターバルnの開始点での各プ
リントヘッド要素の予測温度Ta(n)と,(2)タイムインターバルnの間のプリ
ントヘッド要素によって出力されるべき所望の密度ds(n)とに基づいて,タイ
ムインターバルnの間の各プリントヘッド要素に供給するエネルギーE(n)を計
算するものであるが,同モデルによって定義された伝達関数は,2次元関数E=F
(d,Ta)であり,この関数は,代替的実現として,E=G(d)+S(d)T
aとして書き直すことができる(【0024】【0027】~【0031】)。な
お,Taはプリントヘッド要素の予測温度(【0020】),ds(n)は,時間
インターバルnの間に印刷されるソース画像の行の濃度分布(【0019】),E
は入力エネルギー(【0027】),dは出力密度(【0027】),G(d)及
びS(d)は,一次関数のルックアップテーブル(【0031】)である。
(2)以上のとおり,引用発明は,プリントヘッドの周囲温度,プリントヘッド
の熱履歴及びエネルギー履歴から予測されるプリントヘッド要素の温度と所望の濃
度に基づいて,プリントヘッド要素に供給する入力エネルギーを計算するというも
のである。
3周知例について
(1)周知例1について
ア周知例1(甲2)には,概略,以下の記載がある。
(ア)実用新案登録請求の範囲
ラインサーマルヘッドの発熱抵抗体により,転写紙表面のインクを記録紙に転写
する感熱転写記録装置において,上記記録紙の温度に略対応した温度を検出する温
度検出手段と,この温度検出手段により検出された温度により印字電力を制御する
印字濃度補正手段とを備えたことを特徴とする感熱転写記録装置
(イ)考案の詳細な説明
a感熱転写記録装置の印字濃度は,サーマルヘッドベースの温度だけでなく,
記録紙の温度にも影響される。
b本考案は記録紙の温度を検出しその温度に応じ印字電圧を制御することによ
って,最適の印字濃度を保つようにしたものである。
イ以上のとおり,周知例1には,ラインサーマルヘッドの発熱抵抗体により,
転写紙表面のインクを記録紙に転写する感熱転写記録装置において,記録紙の温度
を検出しその温度に応じ印字電圧を制御することにより,最適の印字濃度を保つと
いう技術が開示されている。
(2)周知例2について
ア周知例2(甲3)には,概略,以下の記載がある。
(ア)本発明は,熱転写記録方式を用いたプリンタ,複写機,ファクシミリ装置
等に使用される熱転写記録装置に関するものである(【0001】)。
(イ)従来の技術では,サーマルヘッド基板上あるいはその周囲の温度に基づい
て,印加エネルギーを補正しているものの,印写画像の濃度がサーマルヘッド基板
上あるいはその周囲の温度のみでなく,印写媒体及び被印写媒体等の温度によって
も影響を受けるため,補正精度に限界があった(【0006】)。
(ウ)図5の印加エネルギー補正部は,サーマルヘッド上の各発熱抵抗体に印加
する補正前印加エネルギーE0を入力し,サーマルヘッドの蓄熱温度を検知する温
度検知センサA,インクシート(印写媒体)が置かれている部分の環境温度を検知
する温度検知センサB及び被印写媒体である記録紙が置かれている部分の環境温度
を検知する温度検知センサCによる検知温度(TA,TB,TC)に基づいて補
正し,補正後印加エネルギーEを出力する。補正後印加エネルギーEは,補正前印
加エネルギーE0を決定した際に使用した温度を基準温度T0,温度検知センサA
で検知した検知温度TA,温度検知センサBで検知した検知温度をTB,温度検知
センサCで検知した検知温度をTCから,次の式から求められる。
E=E0+α(TA-T0)n
+β(TB-T0)n
+γ(TC-T0)n
(ただし,α,β,γは定数,nは自然数)
ここで,定数αはサーマルヘッドの畜熱温度である検知温度TAに対する印加エ
ネルギーの変化率(寄与率)を示し,定数βはインクシートの近傍の検知温度TB
に対する印加エネルギーの変化率,定数γは記録紙の近傍の検知温度TCに対する
印加エネルギーの変化率を示す(【0039】【0058】【0060】【006
3】【0064】)。
イ以上のとおり,周知例2には,サーマルヘッドの蓄熱温度である検知温度T
A,インクシートの近傍の検知温度TB及び記録紙の近傍の検知温度TCに基づいて
印加エネルギーを補正するという技術が開示されている。
(3)周知例3について
ア周知例3(甲4)には,概略,以下の記載がある。
(ア)特許請求の範囲
発熱素子を有し印加パルスの個数に応じた階調で記録媒体上に記録を行うように
構成されたサーマルヘッドを備え,それぞれの色の濃淡データに基づいて面順次式
に複数回記録を行うことにより多色の記録を行うように構成され,前記サーマルヘ
ッドの温度を検出する第1の温度センサと,記録媒体の温度を検出する第2の温度
センサと,前記第1及び第2の温度センサの出力のアナログ信号をそれぞれディジ
タル信号に変換するアナログ・ディジタル変換器と,前記第1及び第2の温度セン
サに対応する前記アナログ・ディジタル変換器の出力をそれぞれ温度データに変換
するとともに一方画像データを読み込み画像データを熱履歴データに変換し前記第
1の温度センサの温度データ及び前記第2の温度センサの温度データ及び熱履歴デ
ータから補正データを作成する変換手段と,補正データに従い印加パルスのパルス
幅を変化させ前記サーマルヘッドの温度補償を行う処理手段を備えたことを特徴と
する感熱記録装置
(イ)発明の詳細な説明
a従来の感熱記録装置では,温度補償に当たり,サーマルラインヘッドの温度
検出しか行っていなかったため,記録媒体の温度変化により発色濃度が変化し,同
じ画像データでも同一の階調が得られないという問題点を有していた。
bこの発明は,印加パルスの個数に応じた階調で記録を行うサーマルヘッドと,
画像データを熱履歴データに変換し,サーマルヘッドの温度データ,記録媒体の温
度データ及び熱履歴データから補正データを作成する変換手段と,補正データに従
って印加パルスのパルス幅を変化させ,サーマルヘッドの温度補償を行う処理手段
を備えたものである。上記構成により,画像データから熱履歴を見込むことにより,
サーマルヘッド及び記録媒体の温度変化,及び熱履歴に対応して安定した温度補償
を行うことができる。
(4)以上のとおり,周知例3には,サーマルヘッドの温度データ,記録媒体の
温度データ及び熱履歴データから作成した補正データに従って印加パルスのパルス
幅を変化させ,サーマルヘッドの温度補償を行うという技術が開示されている。
4相違点に係る判断について
(1)前記3のとおり,周知例1ないし3には,従来のサーマルプリンタにおい
ては,印刷媒体の温度によって印字濃度が影響を受けるという問題点があったこと
から,印刷媒体の温度に応じてサーマルヘッドへの印加エネルギーを制御するとい
う技術が開示されているところ,引用発明のサーマルプリンタにあっても,印刷濃
度が印刷媒体の温度の影響を受けるという問題を有することは,当業者に自明であ
るということができるから,引用発明において,この問題を解決するため,印刷媒
体の温度を検知し,検知した媒体温度に基づいて,プリントヘッド要素に入力する
エネルギーを補正すること自体は,当業者が容易に想到し得ることといわなければ
ならない。
しかしながら,本願発明は,周囲温度と,プリントヘッド素子に以前に提供され
たエネルギと,プリントヘッド素子が印刷する予定の印刷媒体の温度とに基づいて,
プリントヘッド素子の温度を予測するステップを有するものであるが,周知例1な
いし3には,印刷媒体の温度に基づいて,サーマルヘッド(本願発明の「プリント
ヘッド要素」に相当する。)への印加エネルギー(同様に「入力エネルギ」に相当
する。)を補正することは記載されているといっても,この補正は印刷媒体の温度
に基づいて補正されるべきエネルギーを計算するものであって,プリントヘッド要
素の現在の温度を予測するのに際して印刷媒体の温度を考慮することは何ら記載も
示唆もされていない。周知例1ないし3においては,印刷媒体の温度の影響を考慮
して入力エネルギーを補正することによって,より適正な印刷ができるようにする
との目的を達成しているのであるから,周知例1ないし3は,プリントヘッド要素
の温度を予測するために用いる要件として,印刷媒体の温度を選択することの契機
となり得るものではない。
また,引用例には,周囲温度及びプリントヘッド要素に以前に提供されたエネル
ギーに基づいてプリントヘッド要素の現在の温度を予測するという引用発明を上位
概念化して捉えることを着想させるような記載はないから,引用例にはプリントヘ
ッド要素の温度を予測することが開示又は示唆されていると解釈した上で,印刷媒
体の温度もプリントヘッド要素の温度に影響を及ぼす要素として周知であるとの事
情を考慮することにより,プリントヘッド要素の現在の温度を予測する要件として,
印刷媒体の温度を採用することが容易であるということもできない。
したがって,引用発明に周知例1ないし3記載の周知の技術事項を適用しても,
当業者が相違点に係る本願発明の構成を容易に想到することができたとはいえない。
(2)また,被告は,印刷媒体の温度に基づく補正において,単純に補正前のエ
ネルギーに加算するのではなく,計算効率の観点から等式の形が大きく変更されな
いように,周囲温度とプリントヘッド要素に以前から提供されたエネルギーとに基
づいて予測されるプリントヘッド要素の現在の温度Taに加算するように拡張した
等式E=G(d)+S(d)Ta’を用いて,プリントヘッド要素に供給する入力
エネルギーを計算することも,当業者が適宜設計し得ることであると主張する。
しかしながら,印刷媒体の温度に基づいてプリントヘッド要素への入力エネルギ
ーを補正するに当たり,印刷媒体の温度を考慮してプリントヘッド要素の温度を修
正することは,周知例1ないし3に開示されていないし,入力エネルギーの計算効
率を向上するために印刷媒体の温度を考慮してプリントヘッド要素の温度を修正す
ることが技術常識であるとすべき根拠も見当たらないから,プリントヘッド要素の
温度を修正して入力エネルギーを計算することが,当業者が適宜設計し得るもので
あるということはできない。
(3)以上のとおり,本願発明は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容
易に発明することができたものではなく,本願発明の容易想到性に係る本件審決の
判断は誤りであるといわざるを得ない。
5結論
以上の次第であるから,本件審決は取り消されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官滝澤孝臣
裁判官髙部眞規子
裁判官齋藤巌

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