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(原審・さいたま地方裁判所熊谷支部平成4年(ワ)第371号損害賠償請求事件(原審言渡日平成1
1年4月27日))
以下、控訴人兼被控訴人Aほか16名を「一審原告」、被控訴人兼控訴人株式会社Jを「一
審被告J」、被控訴人兼控訴人K株式会社を「一審被告K」という。
     主      文
1 (一審原告らの一審被告Jに対する請求)
  原判決中、一審原告らの一審被告Jに対する請求に係る部分を次のとおり変更する。
 (一) 一審被告Jは、一審原告Aに対し、2310万円及び内2100万円に対する平成5年
4月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (二) 一審被告Jは、一審原告b1に対し、1265万円及び内1150万円に対する平成5
年4月3日から、同b2及び同b3に対し、各632万円及び内575万円に対する同日から各
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (三) 一審被告Jは、一審原告cに対し、1320万円及び内1200万円に対する平成5年
4月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (四) 一審被告Jは、一審原告Dに対し、1320万円及び内1200万円に対する平成5年
4月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (五) 一審被告Jは、一審原告Eに対し、2310万円及び内2100万円に対する平成5年
4月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (六) 一審被告Jは、一審原告Fに対し、2310万円及び内2100万円に対する平成5年
4月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (七) 一審被告Jは、一審原告g1、同g3及び同g3に対し、各770万円及び内700万円
に対する平成5年4月3日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (八) 一審被告Jは、一審原告h1、同h2及び同h3に対し、各733万3332円及び内66
6万6666円に対する平成5年4月3日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支
払え。
 (九) 一審被告Jは、一審原告i1に対し、1100万円及び内1000万円に対する平成5年
4月3日から、同i2及び同i3に対し、各550万円及び内500万円に対する同日から各支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (一〇) 一審原告らの一審被告Jに対するその余の各請求をいずれも棄却する。
2 (一審原告g1、同g3及び同g3の一審被告Kに対する請求)
 (一) 原判決中、一審被告Kの敗訴部分を取り消す。
 (二) 前項の取消しに係る部分の一審原告g1、同g3及び同g3の一審被告Kに対する各
請求をいずれも棄却する。
 (三) 一審原告g1、同g3及び同g3の一審被告Kに対する控訴をいずれも棄却する。
3 (訴訟費用)
 訴訟費用は、一審原告らと一審被告Jとの間においては、第1、2審を通じてこれを5分
し、その2を一審原告らの、その余を一審被告Jの各負担とし、一審原告g1、同g3及び同
g3と一審被告Kとの間においては、第1、2審とも、一審原告g1、同g3及び同g3の負担と
する。
4 (仮執行の宣言)
 この判決は、一審原告らの勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
     事実及び理由
第一 申立て
一 一審原告らの控訴の趣旨
  1 原判決を次のとおり変更する。
  2 一審被告Jは、一審原告A、同c、同D、同E、同Fに対し、各3300万円及び内300
0万円に対する平成5年4月3日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  3 一審被告Jは、一審原告b1に対し、1650万円及び内1500万円に対する平成5年
4月3日から、同b2及び同b3に対し、各825万円及び内750万円に対する同日から各支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  4 一審被告J及び同Kは、各自、一審原告g1、同g3及び同g3に対し、各1100万円
及び内1000万円に対する平成5年4月3日から各支払済みまで年5分の割合による金員
を支払え。
  5 一審被告Jは、一審原告h1、同h2及び同h3に対し、各1100万円及び内1000万
円に対する平成5年4月3日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  6 一審被告Jは、一審原告i1に対し、1650万円及び内1500万円に対する平成5年
4月3日から、同i2及び同i3に対し、各825万円及び内750万円に対する同日から各支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  7 訴訟費用は、第1、2審とも一審被告らの負担とする。
  との判決及び仮執行宣言を求める。
二 同控訴の趣旨に対する一審被告らの答弁
  「本件控訴をいずれも棄却する。」との判決を求める。
三 一審被告らの控訴の趣旨
 1 原判決中一審被告らの敗訴部分を取り消す。
 2 前項の取消しに係る部分の一審原告らの一審被告らに対する請求をいずれも棄却す
る。
 3 訴訟費用は、第1、2審とも一審原告らの負担とする。
 との判決を求める。
四 同控訴の趣旨に対する一審原告らの答弁
  「本件控訴をいずれも棄却する。」との判決を求める。
第二 当事者の主張
   本件における当事者の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決「事実及び理由」
第二章に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 一審原告らの請求原因に関する付加的主張
1 最終じん肺管理区分認定及び最終合併症認定(原判決第二章第一の一2(二))
  労働大臣(当時)は、平成11年5月28日、一審原告Fに対し、先にされたじん肺管理区
分の決定を取り消し、じん肺管理区分管理4とする裁決をした。
2 遺族原告ら(原判決第二章第一の一2(三)、一審原告b1、同b2、同b3、同c、同g1、
同g3、同g3、同h1、同h2、同h3、同i1、同i2及び同i3を「遺族原告」ともいい、一審原告
A、亡B、亡C、一審原告D、同E、同F、亡G、亡H及び亡Iをそれぞれ「患者原告A」、「同
B」、「同C」、「同D」、「同E」、「同F」、「同G」、「同H」、「同I」ともいう。)
 (一) 遺族原告b1、同b2及び同b3は、患者原告Bの相続人である。
 (二) 遺族原告cは、患者原告Cの相続人である。
3 患者原告らの損害(原判決第二章第一の一一)
 (一) 患者原告Bの死亡
   患者原告Bは、昭和58年12月12日、じん肺管理区分管理4の決定を受けたが、そ
の後、呼吸困難等のじん肺の症状は進行し、平成13年2月21日、肺炎を併発し、死亡し
た。患者原告Bの遺族は、患者原告Bの死亡が業務上の事由に基づくものとして、労働者
災害補償保険法に基づく遺族補償給付を受けている。したがって、患者原告Bは、じん肺
により死亡したというべきである。
 (二) 患者原告Gの死亡
   患者原告Gは、平成2年5月23日、じん肺管理区分管理4の決定を受けたが、その
後、呼吸困難等のじん肺の症状は進行し、平成6年9月7日、肺癌を合併していることが判
明して、治療を継続していたが、同年11月26日、じん肺に合併した肺癌により死亡した。
患者原告Gの遺族は、患者原告Gの死亡が業務上の事由に基づくものとして、労働者災害
補償保険法に基づく遺族補償給付を受けている。したがって、患者原告Gは、じん肺により
死亡したというべきである。
 (三) 患者原告Hの死亡
   患者原告Hは、昭和52年5月16日、じん肺管理区分管理4の決定を受けたが、その
後、呼吸困難等のじん肺の症状は進行し、平成3年4月ころからは鼻から管を入れて酸素
吸入を行っていたところ、同年5月4日、死亡した。患者原告Hの遺族は、患者原告Hの死
亡が業務上の事由に基づくものとして、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付を
受けている。したがって、患者原告Hは、じん肺により死亡したというべきである。
 (四) 患者原告Iの死亡
   患者原告Iは、昭和57年4月23日、じん肺管理区分管理4の決定を受けたが、その
後、呼吸困難等のじん肺の症状は進行し、昭和60年3月1日、じん肺の進展と低心肺機
能状態により死亡した。患者原告Iの遺族は、患者原告Iの死亡が業務上の事由に基づくも
のとして、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付を受けている。したがって、患者
原告Iは、じん肺により死亡したというべきである。
 (五) 患者原告らの損害額
   一審被告らの患者原告らに対する安全配慮義務違反により、患者原告らは、いずれ
もじん肺に罹患したものであり、患者原告C及び同Dは、じん肺管理区分管理2の決定を受
けるとともに、合併症として続発性気管支炎に罹患していると診断され、その余の患者原
告らは、じん肺管理区分管理4の決定を受け、さらに、患者原告B、同G、同H及び同Iは、
じん肺により死亡するに至った。
   本訴においては、生存している患者原告らは、じん肺発症から現在に至るまで継続し
ているあらゆる精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料の支払を請求するものであり、じん肺
により死亡した患者原告らの相続人らは、生前の精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料の
支払の請求に加えて、じん肺によって死亡したことに対する慰謝料の支払も併せて請求す
るものであり、患者原告らの慰謝料額は、いずれの患者原告らについても3000万円を下
ることはない。
4 相続及び訴訟承継(原判決第二章第一の一二)
 (一) 患者原告Bは、平成13年2月21日に死亡し、遺族原告b1が2分の1、同b2及び
同b3が各4分の1の割合で、患者原告Bの権利義務を相続するとともに、本件訴訟を承継
した。
 (二) 患者原告Cは、平成11年2月12日に死亡し、遺族原告cがその権利義務を相続す
るとともに、本件訴訟を承継した。
二 請求原因に対する反論に関する一審被告Jの付加的主張
1 一審被告Jと直接雇用関係になかった患者原告C、同F、同G及び同Iに対する安全配
慮義務の不存在(原判決第二章第三の四)
   一審被告Jとは、直接雇用関係になく、その請負業者であるK組又はT組の従業員で
あった患者原告C、同F、同G及び同Iと同一審被告との間において、雇用関係に準ずる法
律関係があったと認められるためには、一審被告Jが同患者原告らの人事権を事実上掌
握し、同患者原告らが一審被告Jから事実上の指揮命令・監督を受けていることが必要と
されるところ、一審被告Jと同患者原告らとの間には、そのような関係はなかった。
   すなわち、一審被告JとK組及びT組との間の各請負契約中には、K組及びT組の従
業員が一審被告Jの定めた規則秩序に違反するなど一審被告Jが不都合と認めて解雇を
勧告した場合には、K組及びT組は、これに従わなければならない旨の条項があったが、
解雇の勧告は、解雇権限そのものではなく、また、現実に一審被告Jの解雇勧告によって
解雇されたという事例もなかったのであるから、一審被告Jが同患者原告らの人事権を事
実上掌握していたとはいえない。また、一審被告Jは、鉱山保安法等に基づいて鉱山全体
の巡視をするとともに、請負業者の従業員に対しても安全衛生に係る指導や教育をしてい
たが、請負契約の本質である作業内容そのものについて指示していたわけではないから、
同患者原告らが一審被告Jから事実上の指揮命令・監督を受けていたことにはならない。
   一審被告Jとその請負業者であるK組及びT組との関係は、後者が前者に従属する関
係にあって、対等な関係にはなかったとしても、そうであるからといって民法716条の注文
者免責の原則が適用されないものとする理由はなく、本件において注文者である一審被告
JにK組及びT組の従業員であった上記患者原告らに対する安全配慮義務違反を認めるこ
とは、同条に反するものである。
2 一審被告Jの安全配慮義務の遵守(原判決第二章第三の一ないし三)
(一) そもそも、鉱山作業における粉じんの発生をゼロにすることは不可能であるから、作
業員に対するじん肺罹患防止対策としては、粉じんの発生や吸入を極力少なくする以外に
はないところ、その具体的方法としては、湿式削岩機の使用、散水、通気、防じんマスクの
着用に尽きるというべきである。
(1) 一審被告Jは、原判決第二章第三に記載のとおり、昭和25年8月の設立以来、削岩
員に対して湿式削岩機を使用させ、削岩機に水を送る配水管も整備していたものであっ
て、その破損事故も例外的なものにすぎなかった。湿式削岩機を水を使わないで使用した
た場合には、削岩機が孔から抜けなくなったり、故障の原因となって作業効率が悪くなるた
め、削岩員が水を使用しないで湿式削岩機を使用するということはあり得ない。
  また、散水作業自体はごく単純な作業であって、技術や経験、教育を必要とするもので
はなく、散水をすべき場所や散水量は個々の作業現場の状況によって左右されるため、具
体的な散水の要否や散水量等は、現場の鉱山労働者の判断に委ねられていたが、一審
被告Jも規則で散水を義務づけ、散水について注意を促していたのであるから、鉱山労働
者には粉じん作業現場における散水の重要性、必要性についての十分な認識があった
し、実際にも十分な散水が行われていた。
  したがって、粉じんの発生及び飛散に対する一審被告Jの抑制措置に不十分な点があ
ったものとはいえない。
(2) 一審被告Jは、T鉱山の坑道を入気坑道と排気坑道とに分け、坑道内に高低差を設け
たほか、風門、分流門、主要扇風機を設置し、自然通気が望めないいわゆるめくら坑道に
おいては、風管を設置するなどの通気対策を施してきたのであり、一審被告Jの通気対策
にも不十分な点はなかった。
(3) 粉じん作業者が防じんマスクを着用しなければならない理由は明らかであり、着用方
法もごく単純であるから、そのためにじん肺罹患の危険性を説くなどといった高度の教育を
必要とするものではない。そして、一審被告Jは、作業員に防じんマスクを支給するととも
に、使用説明書も配布しており、その内容については、患者原告らも十分に了解していた。
一審被告Jは、粉じん暴露の機会の多い職種の鉱山労働者には、原則として防じん効果
のより高い1級のマスクを支給し、粉じん暴露の少ない鉱山労働者には、2級のマスクを支
給していたが、これらはいずれも国家検定に合格したものであり、これを半年から1年の周
期で定期的に交換していたものであって、同期間内にマスク本体が破損することは通常な
かったし、不具合が発生したときには直ちに交換していた。また、防じんマスクのフィルター
は、鉱山労働者の申告に応じて直ちに支給していたものである。したがって、一審被告Jと
してはなすべきことをすべて行っていたのであり、防じんマスクの支給及び管理に不十分な
点はなかった。
(二) また、T鉱山においては、鉱山労働に従事する従業員に残業を行わせる場合には、
本人の同意が必要とされていたものであって、残業を行わなかった者もおり、残業をした作
業員についても、残業時間は月15ないし16時間程度であって、長時間の残業が常態化し
ていたということはない。また、一審被告Jは、昭和44年6月ころ、作業量に応じて給料を
支給する業績給制度を導入したが、これによって効率よく業務が遂行され、粉じん暴露時
間の短縮が図られたものであって、労働時間の長時間化を招くものではなかった。したが
って、一審被告Jの労働時間の管理にも、不十分な点はなかった。
3 損害額(原判決第二章第三の六)
    個々の患者原告らについての慰謝料額は、その具体的症状や労働能力喪失の有
無、年齢、受給した労災給付金額等に基づいて個別的に算定されるべきである。じん肺法
上の管理区分は、単なる行政上の基準区分であり、健康管理のための指標にすぎないか
ら、このような個別的な事情を考慮することなく、専ら管理区分に基づいて慰謝料額を算定
することは許されない。
三 請求原因に対する反論に関する一審被告Kの付加的主張
1 一審被告Kの不法行為法上の安全配慮義務の不存在(原判決第二章第二の二の八)
 患者原告Gは、K組に採用された鉱山労働者であり、K組は、一審被告Kの請負会社で
あるM建設株式会社の下請業者であったから、一審被告Kと患者原告Gとの間には、雇用
関係に準じた法律関係すら認められないのであり、不法行為法上も、一審被告Kに患者原
告Gに対する安全配慮義務があるということはできない。また、仮に一審被告Kに不法行
為法上の安全配慮義務があるとしても、患者原告Gと直接の雇用関係を有するK組やこれ
を請負業者とするM建設が負うべき安全配慮義務とは、質的にも量的にも異なるものであ
るはずであって、両者を同一視することはできず、いずれにしても、一審被告菱光に患者
原告Gに対する不法行為責任があるということはできない。
2 一審被告Kの安全配慮義務の遵守(原判決第二章第二の二の七)
 (一) 一審被告Kは、U鉱山の坑道の断面積と長さ、使用する扇風機の換気能力を十分
に計算した上で、坑道内に通気設備を設置していたものであり、その設備は、当時の技術
水準からみて十分なものであった。
(二) 一審被告Kは、作業員に対し、国家検定2級合格品であったサカヰ式117型防じん
マスクを支給していたが、その捕集効率、吸気抵抗、排気抵抗等の水準は、優に1級以上
の規格を満たすものであって、呼吸抵抗も低く、作業に適したものであったから、当時とし
て最高水準の防じんマスクを支給していたものである。
四 一審被告Jの抗弁に関する付加的主張
1 消滅時効について(原判決第二章第五の四)
   (一) 最高裁平成元年(オ)第1667号平成6年2月22日第3小法廷判決・民集48巻2
号441頁は、雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺に罹患したことを理由とする損害
賠償請求権の消滅時効の起算点につき、「重い決定に相当する病状に基づく損害はその
決定を受けたときに発生し」、「損害賠償請求権の消滅時効は最終の行政上の決定を受け
たときから進行する」と判示した。そして、同判決の事案では、死亡した患者の遺族による
請求も含まれていたにもかかわらず、明示的に「最終の行政上の決定時」を消滅時効の起
算点とし、死亡時を起算点とすれば損害賠償請求が認容される可能性のある当事者の請
求をも消滅時効を理由として棄却した原審の判断を是認しているのであるから、同判決
は、じん肺管理区分管理4の決定を受けた者は、生存しているか死亡しているかを問わ
ず、その時点において同一の精神的損害が発生していると評価しているのであり、本件の
患者原告H及び同Iに係る損害賠償請求権の消滅時効も、両名の死亡時からではなく、最
終の行政上の決定時から起算されるべきである。
(二) 一審原告らの本訴請求は、じん肺管理区分に係る決定内容のいかんを問わず、じん
肺罹患によるすべての被害に対する慰謝料として一律3000万円の損害賠償を求めるい
わゆる包括一律請求であり、このような請求を前提とする限り、一審原告らの請求は、じん
肺に罹患した時点において権利の行使が可能であったのであるから、同時点をもって消滅
時効の起算点とすべきである。
2 過失相殺について(原判決第二章第五の一)
    過失相殺制度は、損害の公平な分担を図る制度であり、弾力的に運用すべきであっ
て、被害者の単なる不注意、あるいは賠償額を減額することを妥当とするような事情があ
れば足り、過失相殺をするに当たって被害者の責任能力は不要である。湿式削岩機にお
いて水を使用すること、粉じん現場において散水すること、防じんマスクを使用することな
どは、極めて単純なことであり、高度な教育は必要なかったものであって、粉じんを吸入す
れば体に悪いという事実さえ認識していれば足りるところ、患者原告らにその程度の認識
があったことはいうまでもなく、患者原告らに湿式削岩機における水の不使用、散水実施
義務違反、防じんマスク不使用という過失があったことも明らかであるから、一審被告Jの
教育が不十分であったとして過失相殺を認めないのは相当ではない。
 また、患者原告らの中には、じん肺患者でありながら、医師の注意にもかかわらず喫煙
を続けていた者がいるところ、喫煙がじん肺のみならず肺の疾病の症状を増悪させること
は明らかであり、喫煙を理由とする過失相殺は、当然に認められるべきである。
五 抗弁に対する反論に関する一審原告らの付加的主張(消滅時効の起算点、原判決第
二章第六の四)
  じん肺の症状は日々蓄積、拡大し、死に至るまで被害の進行は止まないものであり、こ
のようなじん肺被害の特質を考えた場合、死亡によってその進行が止んだときに初めてそ
の患者の生存中の被害の全貌が確定し、その者についての生存中の慰謝料請求が可能
となるのであるというべきであるから、じん肺により死亡した患者については、死亡に対す
る慰謝料はもちろんのこと、生存中の精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料についても、そ
の請求権の消滅時効の起算点は、その損害が確定する死亡時とされるべきである。
六 再抗弁(消滅時効援用の権利濫用性)に関する一審原告らの付加的主張(原判決第
二章第七)
そもそも、雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺にかかったことを理由とする損害賠償
請求に対する雇用者側の消滅時効の援用は、請求者側が自己に権利不行使についての
非難可能性がないこと、すなわち、権利の上に眠る者ではなかったことが立証されれば、
権利濫用ないし信義則の法理によって制限されるというべきであり、そのためには請求者
側に権利行使が著しく困難であったという事情が存することまで必要とするものではない。
患者原告Hは、昭和52年5月16日に、同Iは、昭和57年4月23日にそれぞれ管理区分
管理4の決定を受けたものの、その後は、いずれも過酷な闘病生活を余儀なくされていた
上に、じん肺についての正確な知識もなく、まして雇用者に対する損害賠償請求権が存す
ることを認識することは極めて困難で、しかも、患者原告H及び同Iは、T鉱山麓にある一審
被告Jが提供した鉱山住宅で生活し、日常生活に必要な様々な施設も一審被告Jによって
用意されるなど、一審被告Jと同患者原告らは、狭い地域社会の中において、密接な関係
を築き上げていたのであるから、損害賠償請求を提起することなどは到底不可能な状況に
あった。加えて、患者原告H及び同Iの権利意識が阻害されたのは、何よりも一審被告Jの
じん肺教育の欠如にその原因があったもので、しかも、一審被告Jは、鉱山における生産
性を維持し高めるために、意図的にじん肺教育を怠ったものである。
 以上のような事情に鑑みれば、患者原告H及びI並びにその遺族原告らは、決して権利
の上に眠っていたわけではないから、一審被告Jによる消滅時効の援用は、信義則に反
し、権利の濫用に当たるから、許されないというべきである。
第三 当裁判所の判断
一 患者原告らの鉱山労働における粉じん作業と同人らの健康被害との因果関係
1 本件の当事者及び本件各鉱山の概要
   患者原告らの本件各鉱山における職歴の概要(原判決別紙一認定職歴一覧表)、最
終じん肺管理区分認定及び最終合併症認定の内容(原判決別紙二管理区分等一覧表)
並びに本件各鉱山の概要は、次のとおり訂正するほかは、原判決第三章第一及び第二の
とおりである。
(一) 原判決別紙一認定職歴一覧表(二)「原告B」のM鉱山における雇用主に「J開発」
とあるのを「J肥料株式会社」と改める。
  (二) 原判決別紙一認定職歴一覧表(六)「原告F」のK坑における就労期間に「昭和48
年4月~昭和57年」とあるのを「昭和48年4月~昭和55年3月」と改める。
  (三) 原判決別紙二管理区分等一覧表六「原告F」の管理区分に「平成4年8月31日 
管理区分三ロ」とあるのを「平成11年5月28日 管理区分4」と改める。
  (四) 原判決148頁6行目の「10月末」を「10月以降」と改める。
 2 じん肺の病像並びに発症及び増悪の構造
 じん肺法2条1項1号は、じん肺を「粉じんを吸入することによって肺に生じた線維増殖性
変化を主体とする疾病」と定め、じん肺法施行規則1条は、肺結核、結核性胸膜炎、続発
性気管支炎、続発性気管支拡張症、続発性気胸をじん肺の合併症としているところ、証拠
(甲第1、第2、第4ないし第6号証、第12号証の1ないし7、第13号証、第14号証の1な
いし7、第125、第156及び第200号証、乙第4号証、第5号証の1ないし4、第8、第16、
第18及び第25号証、丙第200及び第201号証、第248号証の1、2、第252、第254
及び第256号証並びに証人Tの証言)によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 人体に侵入した粉じんのうち、血液等の体液に溶けやすい成分のものは、体液に溶
け込んで身体の各部に運ばれ、気道や肺胞内に沈着する可能性は少ないが、体液に溶け
難い成分のものは、気道表面の線毛による線毛運動によって気道外に排出され、あるい
は、肺胞内のマクロファージ(大食細胞)等の作用によって肺胞外に除去されるものの、こ
うした除去機能による処理能力を超えて粉じんが肺胞内に侵入した場合には、除去されな
かった粉じんが肺内に広く沈着し、貯留することになる。
(二) 粉じんが肺内に貯留すると、防御反応によってコラーゲン線維が過剰に増殖して粉じ
んを取り込む生体反応(線維増殖性変化)を起こし、やがて肺胞内の線維が固い結節とな
り、さらに、これらが融合して手拳大の塊となり(塊状巣、胸部レントゲン写真上、「大陰影」
と呼ばれるもの)、肺胞壁を閉塞させる。
 一方で、細気管支と肺胞を繋ぐ呼吸細気管支の気道壁が粉じんによって破壊されると、
息を吐く際に気道壁が破壊されて呼気が困難になるといった症状が現れ、やがて溜まり過
ぎた空気によって肺胞が過膨張となり、あるいは、その結果肺胞が破壊されて肺気腫の症
状を呈することがある。
(三) じん肺は、吸い込む粉じんの種類によって分類され、遊離珪酸の吸入による珪肺、炭
素吸入による炭素じん肺、アルミニウム等の金属の吸入による金属じん肺、石綿吸入によ
る石綿肺等がある。石英等の珪酸鉱物や長石等の珪酸塩鉱物は地殻の主成分であり、岩
石や土を掘ると珪酸ないし珪酸塩主体の粉じんが大量に放出されるため、珪肺は、鉱山
労働者等に見られる代表的なじん肺であるとされている。また、石英の成分である無水珪
酸(二酸化珪素)は、特に線維組織の増殖性の度合いが強いといわれている。
(四) じん肺に見られる線維増殖性変化や気腫性変化の進行の程度、速度は多様である
が、粉じんを発散する職場を離れた後も同変化は継続し、増悪を続けるため、その後にじ
ん肺の症状が発現することも少なくない。じん肺による病変は、不可逆的であり、現在の医
学では治療は不可能であって、症状が進行した場合の予後は不良であり、肺性心と呼ば
れる心不全や、肺感染症を合併して死に至ることもある。
(五) じん肺による線維増殖性変化によって、細気管支が細菌の感染を受けやすい状態に
なり、続発性気管支炎という合併症が引き起こされることもあり、そのほか、じん肺法施行
規則1条のとおり、肺結核、結核性胸膜炎、続発性気管支拡張症、続発性気胸といった合
併症が発症することもある。
(六) どの程度の粉じん作業歴によって、じん肺の症状が発現するかについては、作業現
場における粉じんの濃度、粉じんの性質、個人差によって大きく左右され、一概にはいえな
い問題ではあるが、終戦後シベリアに抑留され鉱山で強制労働に従事させられた経験の
ある者の中に、2年半程度鉱山労働に従事して復員し、その後20年から30年経過後に珪
肺を発症した例があるとの報告がある一方、高濃度の粉じんでは平均して10年程度の鉱
山作業歴で発症し、低濃度では30年ないし40年程度の鉱山作業歴で発症すると報告さ
れたこともある。
(七) 労働省(当時)に設置された「じん肺と肺がんとの関連に関する専門家会議」は、昭和
53年10月、検討結果報告書を発表したが、その中で「じん肺と肺がんの因果関係の存在
を医学的に確認できるような材料が得られなかったものの、我が国ではじん肺患者に肺が
んが合併する頻度が一般人口における場合よりも高いことのほか、じん肺患者に肺がん
が合併した場合には、高度に進展したじん肺病変の存在が、①肺がんの早期発見の困難
性、②肺がんの治療方法の制限、③予後不良という医療実践上の不利益を招く」と指摘し
た。労働省は、同年11月2日、同報告を受けて、じん肺管理区分が管理4と決定された者
であって、現に療養中の者に発生した原発性の肺がんについては、労働基準法施行規則
別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱うとの通達を発した(基発第608
号)。
3 石灰石粉じんとじん肺との一般的因果関係
  (一) 証拠(甲第159、第161、第166、第167、第171及び第240号証、丙第1、第
202、第203及び第217号証、第218号証の1、2、第219、第222及び第243号証、
第235号証の各1、2並びに第257号証)によれば、以下の事実を認めることができる。
   (1) 石灰岩とは、炭酸カルシウムからなる動物の殻や骨格等が水底に積もって生じた
堆積岩の一つであり、大理石として建築用材に使用されたり、石灰及びセメント製造の原
料として利用されている。日本で発掘される石灰岩は、一般的に塊状で堆積しており、純
度が高いとされている。
   (2) 金属鉱山や石炭鉱山とは異なり、石灰石鉱山では、元来、珪肺の発症が問題と
されることがなかったところ、早稲田大学理工学部鉱山学科の助教授であった房村信雄
は、昭和30年9月、石灰石鉱山における粉じんの中に含まれる遊離珪酸の割合を調査し
た論文(甲第167号証)を発表するなどして問題提起をした。
     また、九州大学医学部衛生学教室の高城靖夫は、家兎を使って石灰石粉じんの
吸入実験を行い、昭和33年11月、実験結果(甲第159号証)を発表したが、その中で、
高城は、1立方メートル当たり約30グラムの石灰石粉じん(K鉱山)を1日2時間15か月吸
入させたところ、軽症じん肺の比較的初期の所見を認めることができたとし、このような実
際上遭遇し得ないような超高濃度の石灰石粉じんを長期にわたって吸入してもなおこの程
度の僅少の変化にとどまったということは、一面、先人のいうように石灰石粉じんは、生体
にとって比較的無害であるように考えられるが、反面、これをさらに長期にわたって吸入し
続ければ、肺組織の線維化に結びつく高度の変化も当然起こり得ると考えられ、また、上
記所見は、当該石灰石粉じんに2.68パーセントの割合で含まれていた珪酸に起因するも
のと考えられると論じた。
   (3) 早稲田大学理工学部の岩崎孝助教授は、昭和60年1月、石灰石鉱業協会が発
行している雑誌に、「粉じんと、その対策入門(その1)基礎編・測定編」と題する論文(甲第
171号証)を寄稿し、その中で、日本産の石灰石は、遊離珪酸量が極めて少なく、石灰石
粉じんの吸入による珪肺はあり得ないと考えられてきたが、指摘されてきた遊離珪酸の分
析値は、あくまで試料としての石灰石であり、実際には、石灰石鉱床中に散見されるチャー
トや粘板岩あるいは表土中に遊離珪酸が大量に含まれているとして、石灰石粉じんは、無
害ではないと論じた。
   (4) 産業医科大学の大藪貴子らは、ラットを実験材料として1立方メートル当たり2.3
ミリグラムの濃度の不純物含有の少ない石灰石粉末(無水珪酸の割合は、0.25パーセ
ント)を6か月間(1日6時間、週5日)暴露する吸入実験を行い、平成8年6月、日本災害医
学会が発行している会誌に「石灰石粉末の吸入暴露による肺線維化について」と題する論
文(丙第202号証)を発表し、肺臓の病理組織学的変化について暴露群と非暴露群とで有
意差は認められなかったと論じた。
     また、大藪貴子らは、同じ石灰石粉末100ミリグラムを10ミリリットルの生理食
塩水に懸濁させた溶液0.25ミリリットルをラットの気管内に注入し、肺内残留石灰石粉末
量を測定する実験を行い、平成8年8月、同会誌において、その結果を発表し(丙第203
号証)、肺内残留石灰石粉末は、急激に減少し、その半減期は1日であり、7日後にはほと
んどが消滅していること、不純物の少ない石灰石粉末の肺内での溶解速度は速く、肺の線
維化を惹起し難いことを論じた。
   (5) 北里大学医学部の岡田充史らは、無水珪酸の割合が0.29パーセントの石灰石
粉末30ミリグラムないし300ミリグラムをリン酸緩衝液2ミリリットルに懸濁させた溶液を家
兎の気管内に注入し、肺に及ぼす障害作用を肺磁界測定法及び形態学的観察によって評
価する実験を行い、平成8年10月、日本災害医学会会誌に、その結果を発表し(丙第21
7号証)、肺組織の障害は認められず、石灰石粉じんが基本的には無害であるとする従来
の報告を支持すると論じた。
   (6) 日本産業衛生学会は、労働者の健康障害を予防するための手引きとして、各種
有害物質の許容濃度に係る勧告を行っているが、その中で、石灰石は、遊離珪酸の割合
が10パーセント未満の鉱物性粉じん等と並んで、より有害度の低いとされる第2種粉じん
に分類され、総粉じんの許容濃度は、1立方メートル当たり4ミリグラムであると勧告してい
る。
     一方、米国の産業衛生専門家会議は、石灰石粉じんは、過度の量を吸い込めば、
肺組織内の傷痕の原因となるものの、組織反応は復活可能であるとし、肺機能範囲には
コラーゲン組織傷痕が形成されない不快粒子状物質の一つとして石灰石粉じんを位置付
け、総粉じんの許容濃度は、1立方メートル当たり10ミリグラムであると勧告している。
  (二) 以上によれば、現時点における科学的知見に基づく限り、純粋な石灰石粉じん
は、肺内で溶解し、長く滞留することがないため、じん肺の症状を発症又は増悪させること
は考え難いというべきであるが、一方で、現実の石灰石鉱山においては、石灰石の中にも
少量ながら珪肺の原因となる無水珪酸が含まれ、また、鉱山を覆う表土や石灰石鉱石中
のチャートや粘板岩は、大量の無水珪酸を含有しているため、採掘する石灰石中に含まれ
ている無水珪酸等のじん肺発症の原因となり得る物質の割合、当該石灰石鉱山における
表土、チャート及び粘板岩の状況、鉱山労働者の個々の作業内容によっては、当該鉱山
作業が露天で行われていたとしても、珪肺に罹患する可能性がないとはいえないというべ
きである。
4 一審被告Jが鉱山権を有する各鉱山抗における労働実態
   一審被告Jが鉱山権を有する各鉱山抗における労働実態は、次のとおり訂正又は削
除するほかは、原判決第三章第五のとおりであるからこれを引用する。
(一) 原判決188頁12行目及び13行目を「昭和48年4月以降は、原則として一の方のみ
の勤務となった。」と改める。
(二) 原判決189頁9行目の「削岩員」から同10行目の末尾までを「削岩員に助手が不要
となり、また、掘進作業に運鉱員は不要となった。」と改める。
(三) 原判決193頁3行目の「その場合」から同9行目の「できない。)」までを削る。
(四) 原判決194頁11行目から同195頁2行目までを「しかしながら、岩盤の硬い場所で
は、削孔作業終了後、まず中心部(芯)のみを発破し、次に周辺部(払い)を発破する2回
発破が行われることもあった。」と改める。
(五) 原判決199頁9行目の「大体二人」を「原則として一人」と改める。
(六) 原判決200頁7行目を削る。
(七) 原判決202頁6行目及び7行目を「採鉱場所が袋状になっており、通気が悪いため、
発破の際に発生した粉じんが坑内に充満していることもあった。」と改める。
(八) 原判決204頁4行目の「内燃機関、」を削る。
(九) 原判決208頁2行目から同9行目までを削る。
(一〇) 原判決211頁11行目及び12行目を削り、同14行目から212頁3行目までを「坑
内の様々な場所で粉じんが浮遊していたため、坑内に入る作業員は、坑内巡視をする保
安係員であっても、粉じんを吸入することもあった。」と改める。
5 患者原告らの粉じん作業及び健康被害の概要と因果関係
(一) 患者原告A
 (1) 前記1の事実、証拠(甲第32、第68、第91、第200、第209及び第219号証並び
に患者原告A本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 患者原告A(昭和4年3月23日生まれ)は、昭和18年3月に旧制小学校を卒業して同
年4月、J開発株式会社(以下「J開発」という。)に入社し、昭和21年1月まで採鉱課調査
係に配属され、亜鉛鉱、硫化鉱、鉄鉱及びマンガン鉱を主に採掘するT鉱山D坑等の坑内
における測量作業に従事し、同年2月からは運鉱員に配置換えとなり、D坑及び鉄鉱を主
に採掘するT鉱山N坑において、鉱石、土砂等の運搬作業に従事し、昭和25年2月からは
削岩員としてD坑において削岩作業に従事した。
イ 昭和25年8月1日、J開発がその所有していた鉱山権、土地及び建物の所有権を現物
出資して一審被告J(当時の商号は、j株式会社。)が設立されると、患者原告Aは、一審被
告Jの社員となり、削岩員として、坑内における削岩作業を続け、昭和33年からは亜鉛
鉱、鉛鉱、鉄鉱及び硫化鉱を主に採掘するT鉱山A坑において削岩作業に従事した後、昭
和41年4月から坑内保安係員となって坑内巡視等に従事し、昭和42年10月に一審被告
Jを退職した。
  削岩作業をする際には、防じんマスクが支給されていたが、粉じんで目詰まりを起こし、
そのまま使用していると息苦しくなるため、患者原告Aは、防じんマスクのひもを緩めて作
業をすることもあった。
ウ 患者原告Aは、その後、4年間、造園会社に勤務したほか、O村のダム工事現場等に
おいて資材の運搬作業に従事し、昭和56年4月ころからは伐採やコンクリート作業に従事
していたが、昭和59年ころから平坦な道を歩いていても息切れを感ずるようになったた
め、同年、健康診断を受けたところ、じん肺であると診断され、S労働基準局長は、同年8
月9日、X線写真上、両肺野に粒状影又は不整形陰影が多数あり、著しい肺機能障害が
あるとして、じん肺管理区分管理4の決定をした。
エ 患者原告Aは、昭和63年8月ころ、肺結核を患って5か月間入院したことがあり、治療
は、平成4年まで続けられた。
オ 現在、咳及び痰が深夜早朝に頻繁に出るため、患者原告Aは、毎日、吸引機(ネブライ
ザー)を使用し、月に1回は通院している。
(2) 以上認定した事実によれば、患者原告Aは、じん肺管理区分管理4のじん肺に罹患
し、著しい肺機能障害を発症させていることが認められるが、これは、J開発や一審被告J
の従業員としてT鉱山において、24年以上にわたり坑内における削岩作業等を行ったこと
に起因するものと推認され、同認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) 患者原告B
 (1) 前記1の事実、証拠(甲第69、第77、第210、第221及び第238号証並びに患者
原告B本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 患者原告B(昭和2年7月25日生まれ)は、昭和17年3月、旧制小学校を卒業してJ肥
料株式会社に入社し、同年12月から宮崎県内の銅鉱を主に採掘するM鉱山において、掘
削員として坑内掘削作業に従事するなどし、昭和25年8月1日、一審被告Jが設立される
と、同社の社員となり、M鉱山における削岩作業を続け、昭和28年6月からはT鉱山D坑
に配置換えとなり、同様の作業を続け、昭和39年9月に退職した。
  削岩作業をする際には、一審被告Jから防じんマスクが支給されていたが、作業中に目
詰まりを起こすと、患者原告Bは、防じんマスクを使用しないで、布を手拭いで押さえて削
岩作業に従事したこともあった。
イ 患者原告Bは、昭和39年10月から昭和54年まで電話敷設作業に従事した。
ウ 患者原告Bは、昭和50年ころから息切れや咳や痰が出る症状が現れるようになり、昭
和58年に健康診断を受けたところ、じん肺であると診断され、S労働基準局長は、同年12
月12日、X線写真上、両肺野に粒状影又は不整形陰影が多数あり、著しい肺機能障害が
あるとして、じん肺管理区分管理4の決定をした。
エ 患者原告Bは、その後、肺癌に罹患していることが分かり、平成10年12月ころ、右上
肺の約3分の1を摘出する手術を受け、平成11年3月に退院した。
オ 患者原告Bは、平成12年1月28日、息切れ発作を起こして入院し、その後、肺炎を併
発して同年5月ころまで入院を続け、その後自宅で酸素療法を受けていたが、平成13年1
月に再び息切れ発作を起こし、入院して治療を受けたが、同年2月に肺炎を併発し、同月
21日、死亡した。
カ 患者原告Bの死亡診断書を作成したT生協病院のA医師は、患者原告Bの直接の死因
は、肺炎であり、その原因は、じん肺であると診断した。
キ 患者原告Bの遺族は、患者原告Bの死亡が業務上の事由に基づくものとして、労働者
災害補償保険法に基づく遺族補償給付を受けている。
(2) 以上認定した事実によれば、患者原告Bは、じん肺管理区分管理4のじん肺に罹患
し、著しい肺機能障害を発症させていたもので、その後、肺癌が発見され、右上肺の約3分
の1を摘出する手術を受けているものの、その後の経過や、上記死亡診断書の内容に加
え、前記2のとおり、じん肺は、その症状が進行すると、肺感染症を合併して死に至ること
があることを考え併せると、同人は、肺癌を原因としてではなく、じん肺に起因する肺炎に
よって死亡したものと推認され、同人のじん肺と死亡との間には因果関係があるものと認
められる。そして、患者原告Bのこのようなじん肺の発症は、21年以上にわたり、J肥料株
式会社や一審被告J等の従業員としてM鉱山やT鉱山において、坑内における削岩作業を
行ったことに起因するものと考えられ、以上の認定を覆すに足りる証拠はない。
  一方、患者原告Bは、上記のとおり、肺癌にも罹患していたことが認められるが、じん肺
と肺癌との因果関係については、上記2(七)のとおり、医学的には立証されていないという
べきであり、また、仮に関連性が認められるとしても、肺癌自体は、じん肺患者以外にも広
く発症するものであって、患者原告Bの肺癌が同人のじん肺によって発症したとは直ちに
はいえず、これを認めるに足りる証拠はないというほかない。
(三) 患者原告C
 (1) 前記1の事実、証拠(甲第60、第70、第93及び第215号証)及び弁論の全趣旨に
よれば、以下の事実を認めることができる。
ア 患者原告C(昭和2年4月19日生まれ)は、旧制小学校を卒業して、昭和18年2月17
日、J開発に入社し、T鉱山N坑の坑内において、削岩員として削岩作業に従事したほか、
昭和20年8月からT鉱山R坑において機械類の運搬作業に、昭和21年5月からT鉱山D
坑において鉱石の運搬作業や坑内における削岩作業に従事した。
イ 昭和25年10月、一審被告Jの下請業者であったK組に雇用され、昭和35年2月まで
削岩員として、D坑やA坑の坑内における削岩作業を続けた。
  削岩作業をする際には、防じんマスクが支給され、患者原告Cは、なるべくマスクをする
ように心がけていたが、マスクの隙間から粉じんが入ってくることがあった。
ウ 患者原告Cは、昭和58年ころから咳や痰が出る症状が現れるようになり、S労働基準
局長は、昭和61年9月30日、X線写真上、両肺野に粒状影又は不整形陰影が少数認め
られものの、著しい肺機能障害はないとして、じん肺管理区分管理2の決定をし、また、そ
の際、同人は、合併症として続発性気管支炎に罹患していると認定された。
エ 患者原告Cは、平成3年8月25日、高血圧症に起因する脳内出血を起こし、療養して
いたが、平成11年2月12日、死亡した。
(2) 以上認定した事実によれば、患者原告Cは、じん肺管理区分管理2のじん肺とその合
併症である続発性気管支炎に罹患したことが認められるが、これは、17年にわたり、J開
発やK組の従業員としてT鉱山において、坑内における削岩作業を行ったことに起因するも
のと考えられ、同認定を覆すに足りる証拠はない。
  一方、患者原告Cは、上記のとおり、平成11年2月12日に死亡しているが、平成3年8
月25日に高血圧症による脳内出血を起こして療養していたものであり、じん肺及びその合
併症によって死亡したと認めるに足りる証拠はない。
(四) 患者原告D
(1) 前記1の事実、証拠(甲第30、第71、第92、第211及び第222号証並びに患者原
告D本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 患者原告D(昭和6年2月1日生まれ)は、昭和20年3月、旧制小学校を卒業して、同
年4月、J開発に入社し、T鉱山A坑やD坑の坑内において、削岩員として削岩作業に従事
した。
イ 昭和25年8月1日、一審被告Jが設立されると、患者原告Dは、同社の社員となり、D
坑の坑内における削岩作業を続け、昭和36年10月からは鉄鉱を主に採掘するT鉱山B
坑に配置換えとなり、同様の作業を続け、昭和43年からは坑内保安係員となって坑内巡
視等に従事し、昭和49年3月に退職した。
  削岩作業をする際には、防じんマスクが支給され、患者原告Dは、削岩作業中にマスク
をするように心がけていたが、マスクの隙間から粉じんが入ってくることがあったほか、息
苦しさのため、マスクのひもを緩めて使用することもあった。
ウ 患者原告Dは、昭和49年7月23日から昭和51年2月までS土木の従業員として、W
鉱山等において坑道を掘り進める掘削作業や坑内巡視等に従事した後、昭和51年2月か
ら昭和61年2月まで陶器の卸問屋において商品管理の仕事に従事した。
エ 患者原告Dは、昭和35年ころから咳や痰が出る症状が現れるようになり、昭和59年4
月、じん肺と診断され、S労働基準局長は、同年11月21日、X線写真上、両肺野に粒状
影又は不整形陰影が少数認められるものの、著しい肺機能障害はないとして、じん肺管理
区分管理2の決定をした。また、同人は、平成9年10月8日、合併症として続発性気管支
炎に罹患していると認定された。
オ 現在、患者原告Dは、月に1回は通院して咳や痰を押さえる薬の処方を受けている。
(2) 以上認定した事実によれば、患者原告Dは、じん肺管理区分管理2のじん肺とその合
併症である続発性気管支炎に罹患したことが認められるが、これは、31年にわたり、J開
発や一審被告J、S土木の従業員としてT鉱山等において、坑内における削岩作業等を行
ったことに起因するものと推認され、同認定を覆すに足りる証拠はない。
(五) 患者原告E
(1) 前記1の事実、証拠(甲第72、第94、第200、第212及び第220号証)及び弁論の
全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 患者原告E(大正14年10月4日生まれ)は、昭和12年3月、旧制小学校を卒業して、
昭和17年4月、J開発に入社し、T鉱山D坑、A坑及びN坑の坑内において、削岩員として
削岩作業に従事した。
イ 昭和25年8月1日、一審被告Jが設立されると、患者原告Eは、同社の社員となり、昭
和46年11月までD坑の坑内における削岩作業を続け、その後、一時休職し、昭和47年5
月から坑外作業に従事して昭和56年3月に退職した。
ウ 患者原告Eは、昭和38年ころから息切れの症状が現れるようになり、昭和56年4月、
じん肺と診断され、同年、じん肺管理区分管理3の決定を受けた。しかしながら、同人の息
切れの症状は悪化し、患者原告Eは、管理区分の再認定の申請を行ったところ、S労働基
準局長は、昭和59年9月18日、X線写真上、両肺野に粒状影又は不整形陰影が多数あ
り、著しい肺機能障害があるとして、じん肺管理区分管理4の決定をした。
エ 患者原告Eは、夜間に痰が詰まることがよくあり、呼吸困難を理由に入退院を繰り返し
ている。
(2) 以上認定した事実によれば、患者原告Eは、じん肺管理区分管理4のじん肺に罹患
し、著しい肺機能障害を発症させていることが認められるが、これは、30年近くにわたり、
J開発や一審被告Jの従業員としてT鉱山において、坑内における削岩作業等を行ったこと
に起因するものと推認され、同認定を覆すに足りる証拠はない。
(六) 患者原告F
(1) 前記1の事実、証拠(甲第62、第73、第96、第200、第213及び第218号証並びに
患者原告F本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 患者原告F(昭和7年9月14日生まれ)は、昭和21年3月に旧制小学校を卒業し、昭
和22年4月から自動車解体業を営む会社の従業員として、解体作業や部品の販売を行
い、昭和32年ころから護岸工事やトンネル工事における作業員として、各地を転々とし
た。
イ 患者原告Fは、昭和44年に一審被告Jの下請業者であったT組に雇用され、昭和48
年3月までT鉱山B坑の坑内において削岩作業を行い、その後、昭和55年3月までT鉱山
K坑において、珪石を露天掘りする削岩作業を続けた。K坑における露天掘り作業は、山
の斜面において行うため、粉じんを押さえる散水ができず、相当の粉じんが発生した。
  削岩作業をする際には、防じんマスクが支給され、患者原告Fは、削岩作業中、これを
使用していたが、マスクの隙間から粉じんが入ってくることがあった。
ウ 患者原告Fは、昭和52年から息苦しさや咳、痰が出る症状がみられ、風邪を引きやす
く直り難いという症状を感ずるようになったところ、昭和55年3月末ころ、結核に罹患してい
ることが判明して入院し、T組を退職した。患者原告Fは、その後も療養を続ける生活をして
いたところ、平成4年初めころ、じん肺の診断を受け、S労働基準局長は、同年8月31日、
X線写真上、一側の肺野の3分の1以下に大陰影が見られ、肺機能の障害もあるとして、じ
ん肺管理区分管理3ロの決定をした。
エ 労働大臣は、平成11年5月28日、患者原告Fにつき、X線写真上、一側の肺野の3分
の1以下に大陰影があり、著しい肺機能障害があるとして、先にされたじん肺管理区分の
決定を取り消し、じん肺管理区分管理4とする裁決をした。
オ 患者原告Fには、息切れや、夜間における咳、痰、呼吸困難等の症状が顕著にみられ
る。
(2) 以上認定した事実によれば、患者原告Fは、じん肺管理区分管理4のじん肺に罹患
し、著しい肺機能障害を発症させていることが認められるが、これは、もっぱらT組の従業
員としてT鉱山において、11年にわたり削岩作業を行ったことに起因するものと推認され、
同認定を覆すに足りる証拠はない。
(七) 患者原告G
 (1) 前記1の事実、証拠(甲第34、第74、第95及び第200号証、丙第1、第5、第6、第
8、第9号及び第12号証、第15ないし第21号証、第30号証並びに患者原告G本人)及び
弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 患者原告G(昭和7年7月30日生まれ)は、旧制小学校を卒業後、約12年間、鍛冶屋
の仕事に従事していたが、昭和35年4月10日、一審被告Jの下請業者であったT組に雇
用され、一審被告Jが鉱業権を有するT鉱山B坑の坑内において削岩作業及び運搬作業
等に従事し、昭和44年、T組を退職した。
  削岩作業をする際には、防じんマスクが支給されていたが、粉じんで目詰まりを起こし
て息苦しくなるため、患者原告Gは、マスクのひもを緩めて使用していた。
イ 患者原告Gは、昭和44年、一審被告Kの下請会社であったM建設株式会社のさらに
下請をしていたK組に雇用され、B山の北斜面中央に位置し、一審被告Kが鉱山権を有す
るU鉱山に配置された。
ウ B山はS県T郡Y町にあり、周辺の地層は、中生代三畳紀に堆積したB山層は、概ね下
位より輝緑凝灰岩、石灰岩、粘板岩、珪質石灰岩、チャートの順に堆積し、地殻変動の結
果横倒しの状態となって、B山山頂から北側に輝緑凝灰岩、石灰岩、粘板岩、珪質石灰
岩、チャートの順で各地層が概ね地表面に現れており、B山の北側に位置する石灰岩の
塊状堆積物は、平均傾斜度が45度の斜面に南北に700ないし800メートル幅で地表面
から地中深く存在しており、B山の北側半分の大半が巨大な石灰岩の塊によって構成され
ている(丙第8、第9号証)。
  B山の石灰岩は、一つの大きな緻密な塊として堆積しており、U鉱山から採掘された石
灰石における炭酸カルシウムの割合は98パーセントと高く、一方、無水珪酸の割合は、
0.1パーセント程度と僅少である。
  B山では、まれに粘土層等の表土が石灰岩の上部を覆っていることもあったが、その場
合には、表土を除去した上で採掘作業が行われた。
エ U鉱山は、昭和42年9月、B山の石灰石を露天で採掘する開発が着手され、昭和44
年6月、第1グローリーホールが完成した。そこでは、石灰岩が山の斜面に露出しているこ
とを利用し、山麓近くに採掘された石灰石を搬出するための水平坑道を設け、さらにその
先端から山の斜面に向かって立抗を設けて貫通させ、採掘員が同貫通抗の上端から石灰
岩からなる山の斜面を掘削機と発破を使って上部に向かって漏斗状に削り取り、砕かれた
石灰石を立抗に落下させ、水平抗を通じて搬出するというグローリーホール採掘法と呼ば
れる作業が行われた。U鉱山では、昭和45年3月には第2グローリーホールが完成し、石
灰石の露天採掘が行われた。
  採掘作業員は、午前9時半ころグローリーホールに到着して、削岩機を用いる穿孔作
業のほか、1日1回正午に行われる発破作業等を行い、午後4時ころ下山していた。患者
原告Gは、昭和44年から昭和48年まで上記グローリーホールにおいて露天での掘削作
業に従事したほか、昭和47年ころ約8か月間輝緑凝灰岩と石灰岩の境界を確認するなど
の目的のために石灰岩鉱床の中を掘り進める探鉱坑道掘進作業に従事したこともあっ
た。
オ U鉱山は、昭和47年5月から採掘された石灰石を落下させるための斜抗を石灰岩鉱
床の中に貫通させた上、自走式削孔機(クローラドリル)や、その後導入された運転席のあ
る大型自走式削孔機(ロータリードリル)を用いて石灰岩鉱床を階段状に掘削し、採掘され
た石灰石を大型ホイールローダや大型ダンプで斜抗まで運搬して落下させ、鉱床内に設け
られたベルトコンベアで搬出するというベンチカット採掘法に移行するための準備が始めら
れ、昭和48年10月から同法による採掘作業開始された。
  U鉱山では、ベンチカット採掘法による採掘作業が始まったころから、集塵機が導入さ
れるようになり、採掘現場において使用された。
カ 患者原告Gは、昭和48年から昭和55年までU鉱山のベンチカット切羽における採掘
作業に従事し、昭和55年から昭和61年まで鉱床内に設けられた運搬坑道内において、
主にベルトコンベアの運転に従事し、昭和61年から昭和63年11月までの間、坑外にお
ける苗場整備、苗木採取、草刈り等の緑化作業に従事した。
キ 患者原告Gは、平成2年ころ、T生協病院において、じん肺であると診断され、S労働基
準局長は、同年5月23日、X線写真上、両肺野に粒状影又は不整形陰影が多数あり、著
しい肺機能障害があるとして、じん肺管理区分管理4の決定をした。
    患者原告Gは、肺癌に罹患しているものと診断され、平成6年9月12日、S医科大
学において、背部の腫瘍除去手術を受けるとともに、肺癌に対する化学療法や放射線療
法を受けていたが、同年11月26日、死亡した。患者原告Gの死亡診断書を作成したS医
科大学附属病院のS医師は、患者原告Gの直接の死因は、原発性肺癌であると診断し
た。
カ 患者原告Gの遺族は、患者原告Gの死亡が業務上の事由に基づくものとして、労働者
災害補償保険法に基づく遺族補償給付の支給を受けている。
 (2) 以上認定した事実によれば、患者原告Gは、じん肺管理区分管理4のじん肺に罹患
し、著しい肺機能障害を発症させたことが認められたが、同人は、その後、肺癌に罹患して
いるものと診断され、肺癌により死亡したものであるところ、前記のとおり、じん肺と肺癌と
の因果関係については、医学的には立証されていない上に、肺癌自体は、じん肺患者以
外にも広く発症するものであるから、患者原告Gの肺癌が同人のじん肺によって発症した
ものと直ちにはいえず、これを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。そうすると、
同人のじん肺と死亡との因果関係についても、これを認めることができないというほかな
い。上記のとおり、患者原告Gの遺族は、患者原告Gの死亡が業務上の事由に基づくもの
として、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付を受けていることが認められるが、
前記2(七)のとおり、労働省は、じん肺管理区分が管理4と決定された者であって、現に療
養中の者に発生した原発性の肺がんについては、労働基準法施行規則別表第1の2第9
号に該当する業務上の疾病として取り扱うものとする旨の通達を発しており、患者原告G
の遺族に対する上記遺族補償給付は、同通達に基づいて一律に実施されたものであるか
ら、同給付を受けているからといって、患者原告Gの肺癌が同人のじん肺に起因するもの
であるとは直ちにはいえない。
   一方、患者原告Gの上記のようなじん肺発症の原因について検討するに、同人は、T
組の従業員としてT鉱山において、9年にわたり坑内での削岩作業等に従事した後、昭和
44年から昭和55年まで、石灰石鉱山であるU鉱山において、露天での石灰石の掘削作
業に従事したほか、昭和47年ころ約8か月間、石灰岩鉱床の中を掘り進める探鉱坑道掘
進作業に、昭和55年から昭和61年まで鉱床内に設けられた運搬坑道内において、主に
ベルトコンベアの運転に従事したものであり、このうち、T鉱山において削岩作業等を行っ
たことが患者原告Gの上記のようなじん肺の発症及び増悪の原因となったことは明らかと
いうべきである。しかしながら、前記3のとおり、現時点における科学的知見に基づく限り、
純粋な石灰石粉じんがじん肺を発症させ又はその症状を増悪させるとは考え難いため、U
鉱山における石灰石の掘削作業等が患者原告Gのじん肺の発症やその症状の増悪の原
因となったか否かは、結局、U鉱山で採掘される石灰石の中に含まれる無水珪酸の量や、
U鉱山を覆う表土、石灰石鉱石中のチャート及び粘板岩の量とそれらに含まれている無水
珪酸の量、患者原告Gがこれらの暴露を受けた状況の如何によるものと解される。そして、
前記認定のとおり、U鉱山から採掘された石灰石における無水珪酸の割合は、0.1パー
セント程度と極めて僅少であって、石灰石の純度は高く、また、U鉱山の石灰岩鉱床は、一
つの大きな緻密な塊として堆積していたのであるから、石灰岩鉱床の中を掘り進めた約8
か月間の探鉱坑道掘進作業や、石灰石鉱床内の運搬坑道(掘削された石灰石が上部か
ら落下してくるものの、坑道内において削岩作業が行われたわけではない。)内における約
6年間のベルトコンベア運転作業等によって、患者原告Gが無水珪酸等のじん肺発症の原
因となる物質を吸入した量は限られていたものと推認される。また、U鉱山においては、ま
れに粘土層等の表土が石灰岩の上部を覆っていることもあったが、その場合には表土を
除去した上で採掘作業が行われたというのであり、しかも、採掘作業は露天で行われたの
であるから、坑内での削岩作業等と比較すれば、発生した石灰石粉じんが拡散し希釈され
る度合は高く、作業者が同粉じんを吸入する量も限られ、露天での石灰石の掘削作業にお
いて、患者原告Gが吸入した無水珪酸等のじん肺発症の原因となる物質の量も限られて
いたものというべきである。そして、前記2のとおり、じん肺は、粉じんを発散する職場を離
れた後も、線維増殖性変化や気腫性変化が継続し、増悪を続けるため、その後にじん肺
の症状が発現することも少なくなく、終戦後シベリアに抑留され鉱山で強制労働に従事さ
せられた経験のある者の中に、2年半程度鉱山労働に従事して復員し、その後20年から
30年経過後に珪肺を発症した者がいるとの報告があることなども考え併せると、患者原告
Gの上記のようなじん肺の発症やその増悪は、9年間のT鉱山における削岩作業等のみに
起因するものとしても不合理ではなく、これに、U鉱山における粉じんの暴露が寄与してい
ると認めるにはなお証拠が不十分というほかない。
   そうすると、その余について判断するまでもなく、一審被告Kに患者原告Gに対する損
害賠償責任を認めることができないことは、明らかである。
(八) 患者原告H
(1) 前記1の事実、証拠(甲第75号証、第88ないし第90号証、第226号証及び遺族原
告h2本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 患者原告H(大正10年1月2日生まれ)は、昭和30年7月に一審被告Jに入社し、同月
から昭和34年まではA県にあるS鉱山において、昭和34年から昭和37年まではG県にあ
るD鉱山において、昭和38年から昭和48年3月まではT鉱山において、いずれも崩落を
防ぐために岩盤に支柱を設置する支保作業に従事した。
イ 患者原告Hは、昭和50年に一審被告Jを退職したが、まもなくじん肺と診断されて入院
し、S労働基準局長は、昭和52年5月16日、X線写真上、両肺野に粒状影又は不整形陰
影が極めて多数あり、高度の心肺機能障害があるとして、じん肺健康管理区分管理4の決
定をした。
ウ 患者原告Hは、その後も入院を続けたが、咳及び痰と呼吸困難の症状は悪化し続け、
平成3年4月からは呼吸困難が更に悪化し、酸素吸入の措置を受けたものの、同年5月4
日、死亡した。患者原告Hの死亡診断書を作成したK病院のH医師は、患者原告Hの直接
の死因は、じん肺であると診断した。
エ 患者原告Hの遺族は、患者原告Hの死亡が業務上の事由に基づくものとして、労働者
災害補償保険法に基づく遺族補償給付を受けている。
(2) 以上認定した事実によれば、患者原告Hは、じん肺健康管理区分管理4のじん肺に罹
患し、高度の心肺機能障害を発症させたことが認められ、その後の経過や上記死亡診断
書の内容に加え、前記2のとおり、じん肺は、その症状が進行すると、肺性心と呼ばれる心
不全を合併して死に至ることもあるとされていることを考え併せると、同人はじん肺を原因
として死亡したものというべきであり、同人のじん肺と死亡との間には因果関係があるもの
と認められる。そして、患者原告Hのこのようなじん肺の発症及びその症状の増悪は、18
年近くにわたり、一審被告Jの従業員として坑内における支保作業を行ったことに起因する
ものと考えられ、同認定を覆すに足りる証拠はない。
(九) 患者原告I
(1) 前記1の事実、証拠(甲第62、第78号、第227、第232、第233号証及び遺族原告i
1本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 患者原告I(大正14年8月24日生まれ)は、昭和34年4月にT組に雇用され、昭和36
年まではT鉱山D坑において、同年から昭和46年まではT鉱山B坑において、同年から昭
和50年までは再びD坑において、いずれも崩落を防ぐために岩盤に支柱を設置する支保
作業に従事し、昭和50年から昭和54年まではT鉱山K坑において珪石の小割作業に、同
年から昭和55年7月までは同抗の坑外において、珪石の露天掘作業にそれぞれ従事し
た。
イ 患者原告Iは、昭和50年以降、咳及び痰と呼吸困難の症状が見られて、珪肺と診断さ
れ、S労働基準局長は、昭和57年4月23日、じん肺管理区分管理4の決定をした。
ウ 患者原告Iは、昭和57年5月からK病院に入院し、療養していたが、肺炎に感染したの
を契機として咳及び痰と呼吸困難の症状が悪化し、昭和60年3月1日早朝、突然著しい呼
吸困難の状態が発現し死亡した。
エ 患者原告Iの死亡診断書を作成したK病院のY医師が死因の確認のために、患者原告I
を解剖したところ、左肺の上葉及び下葉に塊状巣が、両肺に多数の珪肺結節が見られ、右
心室壁に高度な心肺機能低下による肺性心の所見が認められたことから、患者原告Hの
直接の死因は、珪肺症であると診断した。
(2) 以上認定した事実によれば、患者原告Iは、じん肺管理区分管理4のじん肺に罹患し、
著しい肺機能障害を発症させたことが認められ、その後の経過や上記死亡診断書の内
容、解剖所見に加え、前記2のとおり、じん肺は、その症状が進行すると、肺性心と呼ばれ
る心不全を合併して死に至ることもあるとされていることを考え併せると、同人は、じん肺を
原因として死亡したものというべきであり、同人とじん肺と死亡との間には因果関係がある
ものと認められる。そして、患者原告Iのこのようなじん肺の発症、増悪は、21年にわたり、
T組の従業員として坑内における支保作業等を行ったことに起因するものと考えられ、同認
定を覆すに足りる証拠はない。
二 一審被告Jの責任
  上記のとおり、患者原告らは、いずれも一審被告J若しくは一審被告Jの請負業者であ
るK組又はT組の鉱山労働者として粉じん作業に従事したためにじん肺に罹患し、その症
状を悪化させたものと認められるから、以下、一審被告Jの責任について検討する。
1 一審被告Jの患者原告らに対する安全配慮義務
  (一) 一審被告Jと患者原告A、同B、同D、同E及び同Hとの間には、前記一5認定のと
おり、直接の雇用契約が存在していたから、雇用契約上の付随義務として、一審被告J
は、同患者原告らに対して生命及び健康を危険から保護するように配慮すべき安全配慮
義務があることは明らかであるが、特定の法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係
に入った当事者間においても、当該法律関係の付随義務として、当事者の一方又は双方
が信義則上の安全配慮義務を負うことがあると解されるところ、患者原告C、同F、同G及
び同Iは、一審被告Jの請負業者であるK組又はT組の従業員として粉じん作業に従事した
ものであるから、そこに一審被告Jと同一審原告らとの間に雇用契約に準ずるような法律
関係が存在したかどうかが問題となる。
  (二) 証拠(甲第60、第62及び第66号証、乙第68及び第72号証、証人Kの証言並び
に患者原告Fの本人尋問の結果)によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) T鉱山周辺は、他にも石灰石鉱山や採石鉱山があり、鉱山労働者の確保が困難であ
るという事情があったため、一審被告Jは、昭和25年8月の設立以来、一審被告Jが直接
雇用してT鉱山の鉱山労働に従事させる従業員(いわゆる本工)のみでは足りず、鉱山労
働を請け負う周辺の複数の業者との間において請負契約を締結して、これらに鉱山労働を
請け負わせていた。患者原告Cが所属していたK組並びに同F、同G及び同Iが所属してい
たT組もその中の一つであって、いずれも当時は個人が経営する小規模な請負業者であっ
た。
(2) 上記の請負契約においては、一審被告Jが毎月作業出来高に応じた請負代金を請負
業者に支払うこと、作業に必要な器材は、保安と密接な関係を有する機器及び資材につい
ては、一審被告Jが支給し又は払い下げ、その余の器材については、請負業者が提供す
ること、請負業者は、各種法令を遵守するほか、一審被告Jの保安上の指揮命令に従わな
ければならないこと、請負業者は、その請負作業を他人に請け負わせることはできないこ
と、請負業者は、その労働者に関する労働者災害補償保険、健康保険、失業保険及び厚
生年金保険について一切の責任を負い、その費用を負担すること、請負業者は、全労働
者の名簿を毎月提出するとともに、新たに雇用又は解雇したときは、その都度、一審被告
Jにその旨を報告すること、請負業者の従業員で、一審被告Jの定めた規則秩序に違反す
るなど、一審被告Jが不都合と認めた者について解雇を勧告した場合には、請負業者はこ
れに従わなければならないこと、一審被告Jは、請負業者に対し、その従業員のための住
宅を無償で貸与すること、一審被告Jは、請負業者の従業員のために、供給所、病院その
他できる限りの便宜を供与すること、請負業者は、全労働者の保安教育を定期的に行うと
ともに、一審被告Jが行う保安教育を受けなければならないことなどが合意された。
(3) 一審被告Jは、上記患者原告らが所属するK組やT組に対しても、その所有する積込
機、運搬機、圧縮機、ポンプ等の大型機械等を無償で使用させて、契約で定められた作業
現場(切羽)における採掘、掘進等の鉱山労働に従事させていたが、作業員の労働時間、
休憩時間については、一審被告Jに直接雇用されていた本工と全く同じであった。K組やT
組の担当者は、毎朝、一審被告Jの担当係員に対し、各組の従業員の出勤状況、就業場
所を報告し、同担当係員から指示事項や注意事項の説明を受けて、これを各組の従業員
に伝達し、各作業現場において作業が開始された。
(4) 一審被告Jの担当係員は、K組やT組が請け負った作業現場についても、一審被告J
の本工が担当している作業現場と同様に巡回して、K組やT組の従業員に対しても、安全
衛生上の問題があれば直接注意して改善を求めるなどしたほか、本工と同様に、安全衛
生教育を施し、勤務成績のよい者に対しては表彰状や賞金を授与するなどしていた。
 (三) 上記認定事実に前記一で認定した事実を総合すると、一審被告Jは、T鉱山を開発
するに当たって必要な数の鉱山労働者を雇用することが困難であったため、T鉱山周辺の
鉱山労働を請け負う周辺の複数の業者との間において継続的かつ長期にわたって請負契
約を締結して、鉱山労働者を補充していたものであり、一審被告Jの請負業者であるK組
やT組の従業員であった患者原告C、同F、同G及び同Iは、一審被告Jの組織的な支配下
にあるT鉱山において、患者原告Cは、K組に就職した昭和25年10月から昭和35年2月
まで、同Fは、T組に就職した昭和44年から昭和55年3月まで、同Gは、同じく昭和35年
から昭和44年まで、同Iは、同じく昭和34年4月から昭和55年7月まで、一貫して鉱山労
働に従事し、この間に、T鉱山以外で稼働したことはなかったものである。そして、一審被告
JとK組やT組との各請負契約によれば、請負業者は、一審被告Jの保安上の指揮命令に
従うこと、請負業者は、一審被告Jに常に従業員の氏名を明らかにし、請負業者の従業員
が一審被告Jの定めた規則秩序に違反し、一審被告Jが不都合と認めて解雇を勧告した
場合には、これに従うこと、請負業者の従業員も、一審被告Jが行う保安教育を受けること
などを求められていたのであり、現に、一審被告Jの担当係員は、毎朝、K組やT組の担当
者に対し、各組の従業員の出勤状況等を報告させ、指示事項や注意事項を説明したほ
か、K組やT組が請け負った作業現場にも、一審被告Jの本工が担当している作業現場と
同様に巡回して、安全衛生上の問題があれば、K組やT組の従業員に対しても直接注意し
て改善を求め、本工と同様に安全衛生に係る指導や教育を施すなどし、また、K組やT組
の従業員は、一審被告Jが無償で提供した大型機械を使用するなどして、一審被告Jに直
接雇用された本工となんら変わることのない仕事をしていたものである。以上のような事情
に鑑みれば、一審被告JとK組やT組の従業員であった患者原告C、同F、同G及び同Iとの
間には、雇用契約に準ずる特別な社会的接触の関係があったことは明らかであり、したが
って、一審被告Jは、同患者原告らに対し、当該法律関係の付随義務として、信義則上の
安全配慮義務を負っていたものというべきである。
   これに対し、一審被告Jは、注文主が請負業者の個々の被用者に対して直接に業務
命令(指揮監督)を行っていない場合にも、注文者に安全配慮義務を認めるとすれば、民
法716条が定める注文者免責の原則に反することになるところ、一審被告Jは、K組やT
組の従業員に対してこのような直接の業務命令をしていなかった旨を主張する。しかしな
がら、上記認定のとおり、一審被告Jの担当係員は、毎日、請負業者の担当者に指示事項
や注意事項を説明し、K組やT組が請け負った作業現場を巡回し、安全衛生上の問題があ
れば、K組やT組の従業員に直接注意して改善を求め、本工と同様に、安全衛生に係る指
導や教育を施していたものであり、そもそも、本件では、安全衛生に関わらない作業上の
指示が不適正であったために、患者原告らがじん肺に罹患したかどうかではなく、一審被
告Jがじん肺罹患防止のために行うべき十分な措置を講じなかったが故に、患者原告らが
じん肺に罹患したかどうかが問題であることに鑑みると、本件において、一審被告JがK組
やT組の従業員に対して安全衛生に関わらない作業上の指示をしていなかったからといっ
て、信義則上の安全配慮義務が生ずべき特別な社会的接触の関係が生じないとはいえな
いし、もともと安全衛生上の指示とそうでない作業上の指示とを明確に分けることができる
ものでもない。
   また、一審被告Jは、直接雇用関係になかった患者原告らとの間において、雇用関係
に準ずる法律関係があったと認められるには、一審被告Jが同患者原告らの人事権を事
実上掌握していたことが必要であるところ、本件においては、そのような事情は認められな
い旨を主張するが、雇用契約に準ずる特別な社会的接触の関係があるというために、必
ずしも人事権を事実上掌握していたことが必要となるものではない上に、本件では、一審
被告JとK組及びT組との間の各請負契約上、K組及びT組の従業員が一審被告Jの定め
た規則秩序に違反するなど一審被告Jが不都合と認めて解雇を勧告した場合には、K組
及びT組はこれに従わなければならない旨の条項があったもので、実際にこれによって解
雇された従業員が存在したか否かは別としても、同契約の条項を前提として、一審被告J
は、K組及びT組の従業員に対して指揮命令することができる立場を有していたのである
から、一審被告Jの上記主張は、採用することができない。
2 一審被告Jの安全配慮義務違反
  (一) じん肺の歴史、社会的知見及び法制度の概要については、原判決第三章第四の
とおりであって、これによれば、じん肺の原因は、粉じんを吸入することであり、鉱山労働者
がじん肺に罹患するのを防止するためには、通気をよくし、削岩機を湿式化すること、散水
をして粉じんの飛散を防ぐこと、防じんマスクを使用すること、集じん装置を使用すること、
鉱山労働者に対し、じん肺及び粉じんに対する知識を得させ、粉じんの発生及び吸入防止
を徹底させること、特に、防じんマスクを好まない抗夫への着用指導が重要であることなど
が戦前から広く指摘されていたということができるから、一審被告Jとしては、雇用する鉱山
労働者及び雇用に準ずる関係にある請負業者の鉱山労働者に対し、鉱山労働による粉じ
んの吸入が将来死に至る可能性のあるじん肺罹患の原因となることを十分に認識される
ように繰り返し指導、教育するとともに、可能な限り粉じんの発生を防止できるように作業
現場の環境を整え、有効な防じんマスクを準備してその着用を徹底し、労働時間が過度に
多くならないように留意するほか、健康診断を通じて自らの健康状態に対する関心を高め
させるなど、じん肺罹患を防止するために必要な措置を講じるべき安全配慮義務を負って
いたものと解される。
 そして、一審被告Jは、個別の作業現場における粉じん濃度の把握並びにそれに基づい
た粉じんの発生及び飛散に対する抑制措置を十分には行っておらず、防じんマスク着用に
関する指導、管理も不十分であったばかりか、粉じんの暴露時間を短縮するための配慮
や、鉱山労働者に対するじん肺に関する安全衛生上の指導や教育も不十分であったこと、
したがって、一審被告Jは、その操業する鉱山抗における粉じん作業での過剰な粉じん暴
露によってじん肺に罹患したと認められる患者原告らについて、安全配慮義務を怠ったと
いうほかないことは、原判決第三章第八の五のとおりであるから(一審被告Jに患者原告ら
に対する故意責任までは認められないことは、原判決第三章第八の七のとおりである。)、
一審被告Jは、患者原告ら又はその相続人である遺族原告らに対し、患者原告らのじん肺
罹患によって生じた損害を賠償する責任(債務不履行責任)があるほかない。
(二) これに対し、一審被告Jは、粉じんの発生及び飛散に対する抑制措置として、湿式削
岩機や散水のための給水設備を整備していたものであり、湿式削岩機については、水を使
用しないで空繰りと呼ばれる作業を行えば、削岩機が孔から抜けなくなったり故障の原因
となるなどして、作業効率が悪くなるために、削岩員が水を使用しないで湿式削岩機を使
用したことはあり得ないし、規則で散水を義務づけ、散水について注意も促していたのであ
るから、鉱山労働者には粉じん作業現場における散水の重要性や必要性についての十分
な認識があり、実際にも必要な散水は行われていたのであるから、一審被告Jの採ってき
た粉じんの発生及び飛散に対する抑制措置に不十分な点があったとはいえない旨を主張
する。
 確かに、一審被告Jが昭和25年8月の設立以来、削岩機には先端付近から水が噴出し
て粉じんを押さえる湿式のものを使用し、湿式削岩機や散水のための配水管等の給水設
備を順次整備するなど粉じんの発生及び飛散に対する一定の抑制措置を講じてきたもの
であることは、前記一4で引用した原判決第三章第五のとおりであるけれども、他方、給水
が不十分であったり、給水ホースの破損等の事情から空繰りをせざるを得ない事態もみら
れ、また、鉱山労働者に散水の重要性や必要性についての十分な認識がなく、散水が十
分に行われないことがあったことも、原判決第三章第八の五のとおりであって、これらの方
の実施につき一審被告Jにはおよそ足らざるところがなかったとは到底いえない。
(三) 一審被告Jは、T鉱山の坑道を入気坑道と排気坑道を分け、坑道内に高低差を設け
たほか、風門、分流門、主要扇風機を設置し、自然通気が望めないいわゆるめくら坑道に
おいては、風管を設置するなどしていたのであるから、一審被告Jの通気対策に不十分な
点があったとはいえない旨を主張する。
 しかしながら、T鉱山における通気対策は、坑道内の自然の空気の流れを利用する自然
通気を基本とするものであったが、季節や坑道内の場所によっては、十分に換気されない
ことがあったこと、T鉱山において主要扇風機は昭和42年3月ころ1台設置されただけであ
り、局部扇風機の設置もごく限られていたことは、原判決第三章第八の五のとおりである
から、一審被告Jの上記主張は、採用することができない。
(四) また、一審被告Jは、国家検定に合格した防じんマスクを支給し、半年から1年でこれ
を定期的に交換し、防じんマスクのフィルターについても作業員の申告に応じて直ちに支
給していたものであって、一審被告Jの防じんマスクの支給、管理に不十分な点があったと
はいえない旨を主張する。
 確かに、一審被告Jは、坑内作業をする従業員に防じんマスクを支給し、また、請負企業
の従業員に対しては、一審被告Jが同種の防じんマスクを請負企業に売却し、請負企業が
その従業員らにこれを支給していたこと、破損した場合にはこれを交換したほか、半年から
1年の周期で定期的にこれを交換し、防じんマスクのフィルターについても鉱山労働者から
の申告に応じて支給していたことは、原判決第三章第八の五のとおりであるけれども、粉じ
んを吸い込んだからといって、直ちに人体に害が生ずるというものではないために、鉱山労
働者は、ともするとその暴露を防止する意識が緩みがちとなるものと推認されるところ、実
際、患者原告らは、削岩、発破等の大量の粉じんが発生する作業においては、概ね防じん
マスクを使用していたものの、作業中にフィルターが詰まって息苦しくなるなどから、防じん
マスクのひもを緩めたり、防じんマスクを着用しないで粉じん作業をすることもしばしばあっ
たこと、鉱山労働者の申告を待つことなく、フィルターの状況を作業現場で確認し交換させ
るなど、防じんマスクの着用を組織的に管理する体制が一審被告Jになかったこと、粉じん
の暴露によって罹患するじん肺の症状は深刻であり、場合によっては死に至る病であると
の危機意識を鉱山労働者に植え付けるための安全衛生上の指導教育も十分でなかったこ
とも、原判決第三章第八の五のとおりであるから、一審被告Jの上記主張は、採用すること
ができない。
(五) 一審被告Jは、鉱山労働者の間に、長時間の残業が常態化していたということはな
く、また、昭和44年6月ころから作業量に応じて給料を支給する業績給制度を導入した
が、かえってこれによって効率よく業務が遂行され、粉じん暴露時間の短縮も図られたもの
であって、労働時間の管理に不十分な点があったとはいえない旨を主張する。
  しかしながら、長時間の残業が常態化していたかどうかは別として、A坑以外の各抗に
おいては、1日平均2時間程度の残業が行われていたことは、原判決第三章第八の五のと
おりであり、また、業績給制度の導入によって、効率的に業務が遂行されたことはあって
も、それによってむしろ作業量自体は増加したとも考えられるのであって、いずれにしても、
一審被告Jには、労働時間を短縮し作業量自体を減らして、粉じんへの暴露を可及的に少
なくさせるという配慮において欠けるところがあったものといわざるを得ず、一審被告Jの上
記主張は、採用することができない。
三 一審被告Jの患者原告H及び同Iに対する消滅時効の抗弁
  雇用契約ないしこれに準ずる法律関係上の付随義務としての安全配慮義務の不履行
に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は、民法167条1項により10年と解され、同10
年の消滅時効は、同法166条1項により、同損害賠償請求権を行使し得る時から進行す
るところ、雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺に罹ったことを理由とする損害賠償請
求権の消滅時効は、じん肺法所定管理区分に係る最終の行政上の決定を受けた時から
進行するものと解されるところである(最高裁平成元年(オ)第1667号平成6年2月22日
第3小法廷判決・民集48巻2号441頁)。
  そして、一審被告Jは、患者原告H及び同Iが最終の行政上の決定である管理4の決定
を受けたのは、それぞれ昭和52年5月16日、昭和57年4月23日であるところ、本訴提起
日である平成4年10月12日までに10年が経過しているとして、両名に係る損害賠償請
求権につき消滅時効の援用をし、他方、同患者原告らに係る一審原告らは、じん肺に罹患
したことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、じん肺患者の死亡時であ
ると解すべきであるとも主張する。
   ところで、本件においては、一審原告らは、じん肺の発症以降その症状に伴って日々
継続的に発生する精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料を損害として請求するほか、じん
肺を原因として死亡した患者原告らに係る一審原告らは、これに加えて、患者原告らの死
亡により新たに生じた死亡に対する慰謝料をも請求しているものであり、両者は、その発
生時期や原因を異にするものであるから、これを同一に論じることはできない。すなわち、
患者原告H及び同Iが最終の行政上の決定である管理4の決定を受けたのは、それぞれ
昭和52年5月16日、昭和57年4月23日であることは前記一5のとおりであるところ、同
患者原告らは、これにより、じん肺罹患に伴う既往の精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料
のみならず、同決定後の管理4のじん肺に相当する病状に伴って予想される将来の精神
的、肉体的苦痛に対する慰謝料をも訴求することができたのであるから、これらの生前の
損害についての賠償請求権の消滅時効は、じん肺法所定の管理区分に係る最終の行政
上の決定を受けた時を起算点として進行するものと解するのが相当である。他方、同患者
原告らは、前記じん肺患者がじん肺法所定の管理区分に係る行政上の決定を受けたから
といって、もとより必然的にじん肺を原因として死亡するというものではないのであるから、
その生前において未だ発生していないじん肺を原因とする死亡に基づく損害の賠償を求め
ることができないことはいうまでもなく、したがって、これらの死亡に基づく損害についての
賠償請求権の消滅時効は、同患者原告らの死亡時を起算点として進行するものと解すべ
きことは明らかなところである。
そうすると、患者原告H及び同Iに対する管理4の各決定から本訴提起までに10年を経過
したことは明らかであるから、両患者原告らの生存中の精神的、肉体的苦痛に対する各慰
謝料については、消滅時効によって消滅したものというほかないが、他方、前記一5のとお
り、患者原告Hは平成3年5月4日に、同Iは昭和60年3月1日にいずれもじん肺を原因と
して死亡したものであって、それによる損害の賠償請求権については、未だ時効により消
滅したものということはできない。
 これに対し、一審被告Jは、上記最高裁判決は、じん肺管理区分管理4の決定を受けた
者について、同人らが生存しているか死亡しているかを問わず、その時点において同一の
精神的損害が発生していると評価し、その損害賠償請求権の消滅時効は、一律にじん肺
法所定の管理区分に係る最終の行政上の決定の時から進行するものとしているのである
から、本件の患者原告H及び同Iに係る死亡による損害賠償請求権をも含めた一切の損害
賠償請求権の消滅時効も、両患者原告らの死亡時からではなく、最終の行政上の各決定
時から起算されるべきである旨を主張する。しかしながら、同判決に係る事案においては、
当該じん肺患者の死亡がじん肺を原因とするものであるか否か、その相続人である原告ら
がじん肺を原因とする死亡によって生じた損害をも訴求する趣旨であるか否かを明らかに
しないまま、包括一律的に一定額の損害の賠償が求められたものであり、この点におい
て、患者原告H及び同Iの各死亡がじん肺を原因とするものであり、その遺族原告らも、両
名の死亡によって生じた損害の賠償を明示的に訴求している本件とは、およそ事案を異に
するものであって、本件には妥当しない。
四 消滅時効の抗弁に対する再抗弁(消滅時効援用の権利濫用性)
  患者原告H及び同Iの生存中の精神的、肉体的苦痛に対する各慰謝料は、上記四のと
おり、時効により消滅したというほかないが、一審原告らは、一審被告Jの消滅時効の援用
が権利濫用である旨を主張する。
  しかしながら、そもそも消滅時効の援用が権利濫用に当たるというためには、債務者に
おいて債権者が訴えの提起その他時効中断の挙に出ることを妨害したり、その他債権者
において時効中断の挙に出ることを期待することが酷であると考えられるような特段の事
情がある場合など、信義則上、債務者が消滅時効を援用するのが社会的に許容されない
ような場合でなければならないものと解すべきところ、患者原告H及び同I、同Iの遺族原告
らが訴えの提起その他時効中断の挙に出ることを一審被告Jが妨害したことを窺わせるよ
うな事情を認めるに足りる証拠はないし、また、患者原告H及び同I、同Iの遺族原告らが一
審被告Jを相手方に時効中断の挙に出ることを期待することが酷であったというに足りる事
情は認められず、一審原告らの上記主張は、採用することができない。
五 損害額
1 患者原告A
   患者原告Aは、昭和59年にじん肺と診断され、同年8月9日、X線写真上、両肺野に
粒状影又は不整形陰影が多数あり、著しい肺機能障害があるとして、じん肺管理区分管
理4の決定を受けたもので、現在も、深夜早朝に咳や痰の症状がみられることは、前記一
5(一)のとおりであり、その他、同患者原告の一切の事情を考慮すると、同患者原告のじん
肺罹患による精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料としては、2100万円が相当である。
2 患者原告B
   患者原告Bは、昭和58年にじん肺と診断され、同年12月12日、X線写真上、両肺野
に粒状影又は不整形陰影が多数あり、著しい肺機能障害があるとして、じん肺管理区分
管理4の決定を受け、呼吸困難や咳、痰の症状がみられていたところ、平成13年2月21
日、じん肺に起因する肺炎によって死亡したことは、前記一5(二)のとおりであり、その他、
同患者原告の一切の事情を考慮すると、同患者原告のじん肺罹患及びじん肺を原因とす
る死亡による精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料としては、2300万円が相当である。
3 患者原告C
   患者原告Cは、昭和58年ころ、咳や痰の症状がみられるようになり、昭和61年9月3
0日、両肺野に粒状影又は不整形陰影が少数認められたものの、著しい肺機能障害はな
いとして、じん肺管理区分管理2の決定を受け、さらに、その際、合併症である続発性気管
支炎に罹患していると診断されたこと、平成3年8月25日に高血圧症による脳内出血を起
こし、平成11年2月12日死亡したものの、じん肺と同死亡との間には因果関係が認めら
れないことは、前記一5(三)のとおりであり、その他、同患者原告の一切の事情を考慮する
と、同患者原告のじん肺罹患による精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料としては、1200
万円が相当である。
4 患者原告D
   患者原告Dは、昭和35年ころから咳や痰の症状がみられるようになったところ、昭和
59年4月にじん肺と診断され、同年11月21日、両肺野に粒状影又は不整形陰影が少数
認められたものの、著しい肺機能障害はないとして、じん肺管理区分管理2の決定を受
け、さらに、その後、合併症である続発性気管支炎に罹患していると診断されたことは、前
記一5(四)のとおりであり、その他、同患者原告の一切の事情を考慮すると、同患者原告
のじん肺罹患による精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料としては、1200万円が相当であ
る。
5 患者原告E
   患者原告Eは、昭和38年ころから息切れの症状が現れるようになり、昭和56年4月
にじん肺と診断され、同年、じん肺管理区分管理3の決定を受け、さらに、昭和59年9月1
8日、X線写真上、両肺野に粒状影又は不整形陰影が多数あり、著しい肺機能障害がある
として、管理4の決定を受け、深夜に痰が詰まり、呼吸困難のため入院を繰り返しているこ
とは、前記一5(五)のとおりであり、その他、同患者原告の一切の事情を考慮すると、同患
者原告のじん肺罹患による精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料としては、2100万円が
相当である。
6 患者原告F
   患者原告Fは、昭和52年ころから息苦しさや咳、痰の症状がみられるようになってい
たところ、平成4年ころじん肺と診断され、同年8月31日、X線写真上、一側の肺野の3分
の1以下に大陰影が見られ、肺機能の障害もあるとして、じん肺管理区分管理3ロの決定
を受け、さらに、平成11年5月28日、著しい肺機能障害があるとして、管理4とする裁決を
受けたもので、現在は、夜間における咳、痰、呼吸困難等の症状が顕著にみられること
は、前記一5(六)のとおりであり、その他、同患者原告の一切の事情を考慮すると、同患者
原告のじん肺罹患による精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料としては、2100万円が相
当である。
7 患者原告G
   患者原告Gは、平成2年ころ、じん肺と診断され、同年5月23日、X線写真上、両肺野
に粒状影又は不整形陰影が多数あり、著しい肺機能障害があるとして、じん肺管理区分
管理4の決定を受けたこと、肺癌が発見され、平成6年9月12日、背部の腫瘍除去手術を
受けたが、同年11月26日、肺癌により死亡したこと、じん肺と同死亡との間には因果関係
が認められないことは、前記一5(七)のとおりであり、その他、同患者原告の一切の事情を
考慮すると、同患者原告のじん肺罹患による精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料として
は、2100万円が相当である。
8 患者原告H
   患者原告Hは、昭和50年ころじん肺と診断され、昭和52年5月16日、X線写真上、
両肺野に粒状影又は不整形陰影が極めて多数あり、高度の心肺機能障害があるとして、
じん肺健康管理区分管理4の決定を受けたこと、同患者原告は、入院して治療を受けてい
たが、呼吸困難の症状が悪化し、平成3年5月4日、死亡したこと、同死亡は、じん肺を原
因とするものと考えられることは、前記一5(八)のとおりであるが、同患者原告のじん肺罹
患後、生存中の精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料部分については、前記三のとおり、
一審被告Jの消滅時効の援用によって時効により消滅しており、その他、同患者原告の一
切の事情を考慮すると、同患者原告のじん肺を原因とする死亡に対する慰謝料としては、
2000万円が相当である。
9 患者原告I
   患者原告Iは、昭和50年ころから咳、痰及び呼吸困難の症状がみられるようになり、
昭和57年4月23日、じん肺管理区分管理4の決定を受けたこと、その後、肺炎に感染し
たことを契機として、上記症状が悪化し、昭和60年3月1日、突然激しい呼吸困難の症状
がみられて死亡したこと、同患者原告の左肺の上葉及び下葉に塊状巣が、両肺に多数の
珪肺結節がみられ、右心室壁に高度な心肺機能低下による肺性心の所見が認められたこ
と、同死亡は、じん肺を原因とするものと考えられることは、前記一5(九)のとおりである
が、同患者原告のじん肺罹患後、生存中の精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料部分につ
いては、前記三のとおり、一審被告Jの消滅時効の援用によって時効により消滅しており、
その他、同患者原告の一切の事情を考慮すると、同患者原告のじん肺を原因とする死亡
に対する慰謝料としては、2000万円が相当である。
六 一審被告Jの責任の範囲
  患者原告A、同B、同C、同D及び同Eは、昭和25年8月に一審被告Jが設立される以
前からJ開発又はJ肥料株式会社に雇用されて鉱山労働に従事したこと、同Dは、一審被
告Jを退職した後も、昭和49年7月から昭和51年2月までS土木の従業員として鉱山労働
に従事したことは、前記一5で認定したとおりであるところ、一審被告Jは、一審被告JとJ開
発は全くの別会社であり、J開発の損害賠償債務を一審被告Jが承継することはないし、こ
れら他の会社との間において、共同不法行為が成立することもないから、寄与度に応じて
賠償額が減額されるべきである旨を主張する。
  患者原告A、同B、同C、同D及び同Eのじん肺の罹患及びその症状の増悪は、一審被
告Jの従業員又は一審被告Jの請負業者の従業員として鉱山労働に従事したほか、J開
発、J肥料株式会社又はS土木の従業員としてその前後に鉱山労働に従事したことが相ま
って生じた損害であるといえることは、前記一5のとおりであるから、民法719条1項後段
が類推適用すべきものと解されるところ、一審被告Jの安全配慮義務違反が上記患者原
告らの損害発生にどの程度寄与しているかについては確定することができないから、一審
被告Jは、上記患者原告らに生じた損害の全部について賠償責任を負うべきものというほ
かない。
七 過失相殺
  一審被告Jは、患者原告らに湿式削岩機における水の不使用、散水実施義務違反、防
じんマスク不使用という過失があったことは明らかであり、また、患者原告らは、じん肺患
者でありながら、医師の注意にもかかわらず喫煙を続けていたとして、過失相殺を適用す
べき旨を主張するが、同主張に理由がないことは、原判決第三章第一二の二のとおりであ
る。
  一審被告Jは、湿式削岩機において水を使用すること、粉じん現場において散水するこ
と、防じんマスクを使用することなどは、極めて単純なことであり、高度な教育は必要なか
ったもので、粉じんを吸入すれば体に悪いという事実さえ認識していれば足りるところ、患
者原告らにその程度の認識があったことは明らかであるから、一審被告Jの教育が不十分
であったことを理由に過失相殺を認めないのは誤りである旨を主張する。
  しかしながら、じん肺の危険性に係る認識について、一審被告Jの管理者に欠けるとこ
ろがあり、患者原告ら鉱山労働者に対する安全衛生上の指導や教育も必ずしも十分では
なかったこと、一審被告Jには、防じんマスクの着用やフィルターの交換等について組織的
に管理する十分な体制がなかったこと、水を使わないで湿式削岩機を使用したり、散水を
怠ったことがあったのも、給水設備が不十分であったという事情があったことは、前記二2
のとおりであり、これらの事情に照らすと、本件において過失相殺を適用するのは相当で
はないというべきである。
  また、一審被告Jは、喫煙がじん肺のみならず肺の疾病の症状を増悪させることは明ら
かであり、喫煙を理由とする過失相殺は当然に認められるべきである旨を主張するが、一
般的に喫煙には肺機能に対する何らかの悪影響があるとしても、患者原告らが暴露を受
けた高濃度のじん肺と比較した上で、患者原告らのじん肺罹患による上記認定に係る症
状にどの程度の寄与をしたものかは何ら明らかではないから、一審被告Jの上記主張も、
採用することはできない。
八 損益相殺
  一審被告Jは、患者原告らが労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付金若しくは
傷病補償金又は厚生年金保険法に基づく障害年金を受給しているから、患者原告らの受
けた損害からこれを控除すべきである旨を主張する。
  しかしながら、労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付金若しくは傷病補償金又
は厚生年金保険法に基づく障害年金は、患者原告らが被った消極損害(逸失利益)を填補
し得るものとしても、積極損害や精神的損害である慰謝料を填補するものではないところ、
一審原告らが本訴において求めている損害の賠償は、精神的損害である慰謝料について
のみであり、上記認定に係る患者原告らの損害も慰謝料であるから、仮に患者原告らが受
領した保険給付が同人らの消極損害を上回ることになるとしても、超過部分を上記認定に
係る慰謝料額から控除することは相当ではない。
九 相続
  前記一5で認定した事実及び弁論の全趣旨によれば、患者原告Bは、平成13年2月2
1日死亡し、遺族原告b1が2分の1(1150万円)、同b2及び同b3が各4分の1(各575
万円)の割合でその権利義務を相続したこと、患者原告Cは、平成11年2月12日死亡し、
遺族原告cがその権利義務を相続したこと、患者原告Gは、平成6年11月26日死亡し、遺
族原告g1、同g3、同g3が各3分の1(各700万円)の割合で、その権利義務を相続したこ
と、患者原告Hは、平成3年5月4日死亡し、遺族原告h1、同h2、同h3が各3分の1(各6
66万6666円、円未満切り捨て)の割合で、その権利義務を相続したこと、患者原告Iは、
昭和60年3月1日死亡し、遺族原告同i1が2分の1(1000万円)、同i2、同i3が各4分の
1(各500万円)の割合でその権利義務を相続したことが認められる。
一〇 弁護士費用
   弁論の全趣旨によれば、請求原因一一3記載の各事実が認められるところ、本件訴
訟の審理経過、認容された慰謝料額等諸般の事情を考慮すると、一審被告Jの安全配慮
義務違反と相当因果関係の認められる弁護士費用は、患者原告Aが210万円、遺族原告
b1が115万円、同b2及び同b3が各57万円、遺族原告cが120万円、患者原告Dが12
0万円、患者原告Eが210万円、患者原告Fが210万円、遺族原告g1、同g3、同g3が各
70万円、遺族原告h1同h2及び同h3が各66万6666円、遺族原告同i1が100万円、同i
2及び同i3が各50万円と認めるのが相当である。
一一 結論
 以上の次第で、一審原告らの一審被告Jに対する請求は、患者原告Aが2310万円及び
内2100万円に対する平成5年4月3日から支払済みまで年5分の割合による金員、遺族
原告b1が1265万円及び内1150万円に対する同日から、同b2及び同b3が各632万円
及び内575万円に対する同日から各支払済みまで同割合による金員、同cが1320万円
及び内1200万円に対する同日から支払済みまで同割合による金員、患者原告Dが132
0万円及び内1200万円に対する同日から支払済みまで同割合による金員、同Eが2310
万円及び内2100万円に対する同日から支払済みまで同割合による金員、同Fが2310
万円及び内2100万円に対する同日から支払済みまで同割合による金員、遺族原告g1、
同g3及び同g3が各770万円及び内700万円に対する同日から各支払済みまで同割合
による金員、同h1、同h2及び同h3が各733万3332円及び内666万6666円に対する
同日から各支払済みまで同割合による金員、同i1が1100万円及び内1000万円に対す
る同日から、同i2及び同i3が各550万円及び内500万円に対する同日から各支払済み
まで同割合による金員の各支払を求める限度で理由があるから、これを認容するべく、一
審原告らの一審被告Jに対するその余の各請求はいずれも理由がないから、これを棄却
すべきであるから、原判決中、一審原告らの一審被告Jに対する請求に係る部分を上記の
とおり変更することとし、また、遺族原告g1、同g3及び同g3の一審被告Kに対する各請求
はいずれも理由がなく、これを棄却すべきであるから、原判決中、一審被告Kの敗訴部分
を取り消して、その取消しに係る部分の遺族原告g1、同g3及び同g3の一審被告Kに対す
る各請求をいずれも棄却することとし、遺族原告g1、同g3及び同g3の一審被告Kに対す
る控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民
事訴訟法67条2項、61条、64条本文、65条1項本文を、仮執行の宣言について同法31
0条、297条、259条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第8民事部
     裁判長裁判官  村 上 敬 一
          裁判官  澤 田 英 雄
          裁判官  永 谷 典 雄

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