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裁判例


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平成16年3月25日宣告 裁判所書記官
平成15年(わ)第811号 非現住建造物等放火被告事件
平成15年(わ)第886号 殺人未遂被告事件
             判        決
             主        文
   被告人を懲役13年に処する。
   未決勾留日数中220日をその刑に算入する。
             理        由
(罪となるべき事実)
 被告人は,
第1 無職で生活費に窮したことから将来を悲観し,自殺を決意した際,かねて近隣
住民らから自分の陰口を言われていると思い込んでいたことから,その仕返し
をするなどのために,通りすがりの子供を殺害しようと企て,平成15年5月12
日午前8時6分ころ,福岡市a区bc丁目d番e号付近路上において,通学途中
のV(当時10歳)に対し,瓶に入れて携帯していたガソリンを同児の背後から
その着衣等に浴びせかけた上,所携のライターでその着衣等に点火して燃え
上がらせ,同児を殺害しようとしたが,同児が逃走し,近隣住民に救護された
ため,同児に加療約6か月間以上を要する背部等熱傷(第3度,29パーセン
ト)の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった
第2 上記第1の所為後,自宅に戻り,自殺しようとした際,自宅に放火しようと企
て,同日午前8時11分ころ,福岡市a区bc丁目f番g号の実母Aら所有の木造
瓦葺2階建家屋(床面積合計約74.08平方メートル)の1階の居間に置かれ
た紙くず等の入ったゴミ袋や,同室内及び仏間の畳等にガソリンをまいた上,
ガソリンのかかった上記ゴミ袋にライターで点火するなどして放火し,その火を
同家屋の床板,内壁等に燃え移らせてこれを全焼させ,もって現に人が住居に
使用せず,かつ,現に人がいない建造物を焼損した
ものである。
(証拠の標目)〈略〉
(法令の適用)
 被告人の判示第1の所為は刑法203条,199条に,判示第2の所為は同法109
条1項にそれぞれ該当するところ,判示第1の罪について所定刑中有期懲役刑を選
択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重
い判示第1の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被
告人を懲役13年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中220日をその刑に
算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人
に負担させないこととする。
(弁護人の主張に対する判断)
第1 争点
   弁護人らは,被告人が,本件各犯行当時,精神障害により事理の是非を弁別
しその弁別に従って行動する能力が著しく減退した状態すなわち心神耗弱の
状態であったと主張するが,当裁判所は,被告人には完全責任能力が認めら
れると判断した。以下その理由を述べる。
第2 前提事実
   関係各証拠によれば以下の各事実が認められる。
 1 被告人の生活歴及び本件各犯行に至るまでの行動等
  (1) 被告人は,高校卒業後,職を転々としていたが,後述するように昭和62年7
月から昭和63年9月までの間に,3回精神病院への入退院を繰り返し,そ
の後は,日雇いや派遣会社社員などの短期間の仕事をしていた。
    被告人は,かねて判示第2記載の家屋(以下「自宅」という。)において両親と
同居していたが,実父に対して暴力を振るうなどしたことから,昭和63年9
月に被告人が精神病院を退院した後,両親は家を出て行き,被告人は一人
暮らしとなった。その後平成6年に被告人の実父が死亡すると,被告人の実
母が戻ってきて被告人と再び同居するようになったが,平成13年1月には
実母が脳梗塞等で入院し,一旦退院したものの平成14年5月27日には再
び入院して,被告人は再び一人暮らしとなった。
    被告人は,当時,明太子製造会社に派遣会社社員として勤務し,比較的真
面目に稼動していたが,同年8月10日に出勤したのを最後に,急に無断欠
勤を始め,そのまま解雇された。そして,同年9月には,実母が掛けていた
農協の共済保険を解約して約88万円の解約返戻金を受け取り,信販会社
からの借金を返済するなどした後も40万円以上の金が残ったので,しばらく
は仕事をしなくても暮らしていけると考えて仕事を探すことをしなくなり,朝起
きてテレビを見て,1日に1度酒や食べ物を買いにコンビニエンスストアなど
に行き,その他はまたテレビを見て酒を飲んで夜寝るという生活を繰り返し
ていた。
    被告人は,平成15年1月には,前記返戻金もほとんど使い尽くし,再び信販
会社から借入れをしたり,自宅にあった家具や電化製品などを売却するなど
して生活費を捻出するようになった。
  (2) 一方,被告人は,平成14年10月ころから,度々,近隣住民に「あの人,仕
事もしていないみたいやし何やってるんやろ,何かするんじゃないの。」など
と被告人が他人に危害を加えるのではないかと言われたり,「大丈夫,何も
しきらん。」などと被告人が何もできない人間であると言われたりしていると
感じるようになった。被告人は,度々「何もしきらん。」などと言われていると
感じたので,他人に迷惑をかけた訳ではないのに,なぜこんなことを言われ
なければならないのだろうと思い,次第に近隣住民に対する不満を募らせて
いった。さらに,被告人は,平成15年2月か3月ころからは,大人だけではな
く,中学生からも「何もしきらん。」などと言われていると感じるようになった。
被告人は,中学生がこのようなことを言うのは,大人達が中学生に言わせて
いるからだと思い,ますます近隣住民に対する不満を募らせていった。
    もっとも,近隣住民からの「何もしきらん。」などという発言については,被告
人は幻聴ではない旨主張するものの,中学生を含めた近隣住民がこぞって
このようなことを被告人に対して言うとは到底思われない上,このような声
は,自宅の室内にいる時や,フルフェイスのヘルメットを着用して原付バイク
に乗車中に中学生らとすれ違った時にも聞こえたというのであるから,それ
自体,状況的に考えて大変不自然なことといわなければならず,また被告人
自身,自分が仕事に就いていた時にはこのような声が聞こえたことはない旨
供述していることからすれば,このような声は,実際には聴取可能な音声と
して発話された言葉ではなく,被告人の幻聴もしくは思い込みであったに過
ぎないものと認められる。
  (3) 被告人は,平成15年3月終わりころから同年4月初めころにかけて,自分
の人生にこの先何も変化はないだろうし,生きていても仕様がないなどと将
来を悲観して自宅で首を吊って自殺することを決意した。しかし,被告人は,
近隣住民に「何もしきらん。」などと言われたままで死んでいくのでは気が済
まず,近隣住民を見返して自分が何もできない人間ではないということを思
い知らせるため,仕返しをしようと考えた。そして,被告人は,子供を殺害す
る方が大人を殺害するよりも大人達に与えるダメージが大きいと考え,さら
に,被告人は,中学生が被告人に「何もしきらん。」などと言うのは,大人が
言わせているためで,中学生が自分で考えたのではないと思っていたので,
大人達が中学生にこのようなことを言わせたために中学生が殺害されたと
いうことを大人達に思い知らせてやりたいと考え,中学生を殺害することとし
た。同年4月中旬ころまでには,被告人は,中学生を殺害する方法として,刃
物で人を刺すよりも確実と思われる,ガソリンをかけて火をつけるという方法
を選ぶことにした。また,被告人は,自殺した後には,自分の死体も自宅の
中の物も全部燃えた方がさっぱりし,自分が死ねば自宅はいらなくなるの
で,自宅の土地を売るためには更地になっていた方が便利だろうなどと考
え,自殺するときに自宅にガソリンをまいて放火することを考えた。
    ただし,被告人は,まだ実母が退院して自宅に戻ってくると思っていたこと
や,もしかしたら仕事が見つかり,まだ何とかなるかもしれないなどと希望も
持っていたので,すぐにはその決意を実行に移すことができずにいたが,現
実には相変わらず仕事を見つけることはできず,新たな借金をすることもで
きなかったので,自宅にある物を売却して現金を入手する生活を続けるしか
なかった。
    そして,被告人は,平成15年4月29日夕方,借金をしに次姉の家へ行ったと
ころ次姉から,被告人の実母は最早退院して自宅に戻ることは難しいことを
知らされた。被告人は,家族の中では実母を一番頼りにしており,実母と一
緒に生活している間は,まだ生活に張りがあり,仕事をする気にもなってい
たのに,実母が退院するのは無理であろうという話を聞いて,ますます生き
ていても仕方がない,やはり死のうという気持ちになった。また,実母が戻っ
て来ないのであれば,自宅もいらないと思い,いよいよ中学生を殺害し,自
宅に放火した上で自殺をするという決意を固めた。
  (4) 被告人は,翌30日夜,犯行に使うガソリンを用意する方法について考え,ガ
ソリンスタンドに単純に容器を持参しても,ガソリンは売ってくれないだろう
し,仮に売ってもらえても,そんなことをしたら怪しまれ,警察に通報されたり
したら自分がやろうとしていることが発覚するかもしれないので,なるべく他
人に怪しまれる方法は止めようと思った。そこで,ガソリンスタンドで原付バイ
クに給油して,その後,原付バイクからガソリンを抜き取ることとし,その翌日
である同年5月1日午前中,福岡市a区内のガソリンスタンドで原付バイクに
ガソリンを満タンに給油した。
    そして,被告人は,原付バイクからガソリンを抜く様子を人に見られたら,怪し
まれて警察に通報されるのではないかと思い,人通りの少ない午後3時ころ
という時間帯を選んで,自宅前の道路に駐輪した原付バイクからガソリンを
抜くこととし,その際には,他人から不審に思われないよう,原付バイクから
ポリタンクに直接ガソリンを移すのではなく,給油ポンプで一旦ペットボトル
に移したガソリンを,さらにポリタンクに移し替えるという方法を採った。また,
その際には,ペットボトルよりアイスポットの方が使い勝手が良いのではない
かと考えて,これを代わりに使ってみたり,それが意外に使いづらかったの
で,次からはアイスポットを使うことを止めようと考えた経緯もあった。
  (5) こうしていよいよかねてよりの計画を実行に移すこととした被告人は,同年5
月2日午前7時ころ,部活動の朝練などのため,1人で登校する中学生を狙
って殺害しようと考え,ポリタンクからガソリンを移し入れたペットボトルをジャ
ンパーの中に隠し持ち,100円ライターをジャンパーのポケットに入れて原
付バイクで自宅の近所を走り,殺害するのに適当な中学生がいないか探し
回った。被告人は,捕まってしまったら自殺できなくなってしまうし,警察に逮
捕されるのも嫌だったので,2人以上で歩いている中学生は狙わず,余り身
体が大きくなく,1人で歩いている中学生に火をつけること,また,標的となる
中学生を見つけたら,原付バイクで一旦通り越して先のところで待ち伏せし,
中学生が来たら服をつかんで頭からガソリンをかけ,ライターで火をつけた
ら,すぐに原付バイクで逃げることを計画していた。しかし,被告人は,通学
路を10分間くらい原付バイクで走ってみたものの,1人で歩いている中学生
を見つけることができなかった。さらに,被告人は,その日の昼ころにも,早
退してくる中学生を狙おうと考え,同様にして1人歩きの中学生を探したが,
見つけることはできなかった。また,被告人は,集団帰宅する中学生が多い
夕方には,あえて犯行を行おうとは考えなかったので,結局この日は,中学
生の殺害も,自殺や放火も実行することができなかった。
  (6) 被告人は,同月5日ころ,連休明けに今度こそ中学生を殺害して自殺しよう
と思い,もう一度ガソリンを用意することとし,福岡市a区内のガソリンスタン
ドで原付バイクに給油した。そして,前回,午後3時ころにガソリンを移し替え
た時には,通行人に見られたような気がしたことから,今度は雨が降ってい
た同月7日の午後11時ころに,夜なら人目につきにくいし,傘をさせば傘で
手元を隠すことができ,怪しまれることが少ないと思って,再び,自宅前に駐
輪した原付バイクから,前回と同様の方法でペットボトルを用いてポリタンク
にガソリンを移し替えた。
  (7) また,被告人は,中学生を殺害するチャンスが来るまでは自殺するつもりは
なく,その間の生活費を得るために原付バイクを売却することとし,中学生を
殺害した時の逃走用に自転車を買うことにした。そこで,被告人は,同月9日
朝,原付バイクを2万円で質入れし,その金で中古自転車,ライターを買っ
た。被告人は,買った自転車に乗ってみたところ,体力がなくなっていて坂道
がとてもきつく,中学生を殺した後,坂の上にある自宅まで自転車で逃げる
のは難しいと思い,逃げるときは自転車を乗り捨てて走って逃げることにし
た。
    被告人は,同月10日からは,自転車のかごにガソリン入りのペットボトルを
入れた布袋を入れて,自転車で殺害するのに適当な中学生を探し回った。し
かし,被告人は,同日も翌11日も1人で歩いている中学生を発見することが
できず,中学生の殺害を実行することはできなかった。被告人は,同月11日
には,残りの金が数十円となってしまい,もはや売却したり質入れしたりする
物もなく,食べる物もなかったので,体力的に限界だと思い,翌12日に中学
生を殺すことができなかったら,もう諦めて1人で死ぬこととした。そして,被
告人は,もう今日しかない,という気持ちで同月12日を迎えた。
 2 本件各犯行の実行
  (1) 殺人未遂の実行
    平成15年5月12日朝,被告人は,自転車をこぐのがきつかったことなどか
ら,自宅近くを通る中学生に火をつけるつもりで玄関の窓から外の様子を見
ていたが,15分くらい外を見ていても1人で歩いてくる中学生はいなかった。
被告人は,どうしてもこの日のうちに中学生を殺害しなければならないと考え
ていたので,外に出て歩いて中学生を探すことにした。被告人は,ペットボト
ルを持ち歩いていると目立ってしまうと思い,ガソリンをより小さな容器に入
れて持ち歩くことにしたが,どのくらいの量のガソリンがあれば中学生を殺す
ことができるか分からなかった。そこで,被告人は,ガソリンに点火した際の
火力について実験してみることにし,チラシにガソリンをしみこませてライター
の火を近づけてみたところ,チラシはそれだけで引火し,ものすごい勢いで
燃えたので,こんなによく燃えるなら1リットル近くもガソリンを相手にかける
必要はない,もっと少なくても十分中学生を殺害することもできるし,あまりガ
ソリンが多いと,却って自分にも火が燃え移ってしまうかもしれないと思い,
ガソリンを360ミリリットルの容量の焼酎瓶に移し替えた。
    被告人は,準備を終えた午前8時2分ころ,丁度大勢の中学生が登校し始め
るより若干早い時間帯であったので,1人で早めに登校する中学生がいるだ
ろうと思い,ガソリンを入れた焼酎瓶を持って急いで自宅を出た。被告人は,
自宅を出て少し歩いたところ,少し先に通学途中の小学生のVを見つけた。
しかし,被告人は,小学生を狙うつもりはなかったので,このときは何とも思
わず,そのまま1人歩きの中学生を探して歩いた。途中被告人は,男女1人
ずつの中学生が歩いてくるのを見つけ,女子中学生を殺害するのはかわい
そうな気がしたので,男子中学生の方を殺害しようと考えたが,同人に近づ
いた時点で,他にも男子中学生複数人が歩いてくるのに気づき,ここで狙っ
た男子中学生に火をつけても捕まってしまうと思い,同人を襲撃するのはあ
きらめた。しかし,被告人は,中学生を殺害すること自体はあきらめず,さら
に1人歩きの中学生を捜して歩き続けた。その際被告人は,再び通学途中
のVを見かけたが,この時点でもまだ小学生を殺すつもりはなかったので,
そのままVを追い越した。しかし,被告人は,さらに先に行くと家から遠くなる
し,坂も多くなるので逃げるのが大変になると思い,ついに先に進むのを止
めて引き返し始めた。そして,被告人は,少し歩いたところで,再びVを見た。
被告人は,中学生を殺して近所の人に思い知らせることを実行するのは今
日しかなく,それができず1人で死んでいくのは悔しいと思っていたが,その
先にはもう1人で歩いている中学生はいないかもしれないし,一旦自宅に戻
って昼か夜にもう一度やるとしても1人で歩いている中学生が見つかるとは
限らない,小学生なら確実に殺すことができると考えてVを殺害することにし
た。そこで,被告人は,Vの方に向かって行き,Vの背後から焼酎瓶に入れ
ていたガソリンをかけ,ライターを取り出した。Vが逃げ出したので,被告人
は,逃げるVを後ろから追いかけライターでVに火をつけて,判示第1の犯行
を敢行した。
  (2) 放火の実行
    被告人は,その後,かねてよりの計画どおり自殺しようと思い,急いで自宅に
戻ると,誰にも邪魔されないよう玄関の鍵をかけ,ガソリンの入ったポリタン
クを取ると,1階及び2階にそれぞれガソリンをまいてライターで火をつけ放
火して,判示第2の犯行を敢行した。その後,被告人は,2階ベランダで首を
吊って自殺しようとしたが,死にきれず救助された。
 3 救助後の被告人の状況
   被告人は,救助後,同日午前8時30分までには,火災に際し設置された消防
の現場本部の車両に収容された。このとき,被告人からは酒臭はせず,被告
人は,火事に対する動揺は見られたものの,消防士からの質問に対して慌て
る様子もなく素直に受け答えをした。
 4 被告人の精神病院への入退院歴,入院状況等
   被告人は,昭和62年4月ころから無職の状態で昼間から多量の飲酒をするよ
うになり,実父に暴力を振るったり,他人の自動車に放火したりし,さらに,自分
ではどうもない,酒を飲む,毎日飲む,時々虫が壁をはったり,人影が見えたり
するなどと訴え,昭和62年7月24日から同年10月3日までの間,福岡市a区
内にある精神病院にアルコール精神病,アルコール依存症,人格障害の診断
で措置入院となった。当時の診療録によれば,被告人は1日焼酎を10杯位飲
むと述べていた。入院中,被告人は,他人に暴力を振るったり,荒々しい言葉
を使うことはなかったし,他人とトラブルを起こすこともなかった。しかし,被告
人は,退院後は再び酒浸りの生活をするようになり,同年11月末から12月初
めころにかけて,精神病院に入院したことで将来を悲観して自殺しようと考えて
自宅に灯油をまいて放火しようとしたものの,途中で焼け死ぬのが怖くなり,つ
けた火を消したということがあった。そこで,被告人は,同年12月30日から昭
和63年3月31日まで,再び同病院にアルコール精神病の診断で入院した。当
時の診療録によれば,被告人の両親は,被告人が1日5合程度飲んでいると
述べていた。この入院をする際,被告人は,両親に対し,「どうして,俺に相談
もなしに入院させる,気にくわん。」と言い,反抗的な態度だったが,2,3日くら
いすると他人とのコミュニケーションも良好でトラブルを起こすこともなかった。
さらに,被告人は,その後も酒を飲んでは両親に対して暴力を振るい,同年6
月16日から同年9月22日までの間,同病院に精神病質,アルコール依存症
の診断で入院した。当時の診療録によれば,入院時,被告人は,「ビール3本
以上毎日飲んだ。親にやかましく言った。親をたたいた。親と離れて暮らした
い。」などと言い,入院当初は他の患者との交流もなかったが,2,3日くらいす
ると他人とのコミュニケーションも良好となり,看護者の指示にも温和に従い,
他人に暴力を振るったり,他の患者とトラブルを起こすこともなかった。そして,
被告人は,退院後も数回同病院に通院した。
 5 被告人の本件各犯行直前の飲酒状況,生活状況等
   被告人は,精神病院の3回目の退院後も飲酒を止めず,酒に酔って父親に暴
力を振るうということがあった。そのため,被告人の両親は自宅を出てしまい,
被告人は仕事をしなければならなくなり,昼間から酒を飲むことはなくなったの
で,その後精神病院に入院することはなかった。
   被告人は,父親の死後,母親と再び同居するようになったが,母親が入退院を
繰り返すようになってから,夕方暗くなっても2階の部屋で電気をつけずにテレ
ビを見たり,平成12,3年ころから,深夜に「お母さーん。」と泣き叫ぶようなう
めき声をあげたりしたことが何度もあり,近隣住民に薄気味悪い印象を与えて
いた。
   なお,被告人は,深夜にこのような大声を出した記憶はない旨供述するが,被
告人宅の近くに居住する住民であるBは,その娘から,深夜に被告人の部屋
から「お母さーん。」と泣き叫ぶようなうめき声が聞こえて気持ち悪いという話を
何度も聞いたということであり(甲28),多数回に渡ってそのような聞き間違い
が生じるとは考えられず,被告人が深夜に「お母さーん。」と泣き叫ぶようなう
めき声をあげたとの事実が認められる。他方被告人は,公判において,夜間,
ほとんど2階から外に向けて小便をしていた旨供述している。しかし,近隣住民
は,被告人の他の薄気味悪い行為については供述しているが,この点につい
てはいずれも全く供述しておらず,多数回放尿行為に及んでいるのに全く目撃
されなかったというのは不自然である上,被告人が主張するほど頻繁に2階か
ら放尿行為をしていれば,周囲に悪臭がただようことは容易に予想されるとこ
ろ,近隣住民からはその点の訴えも全くなされていない。また,被告人自身,捜
査段階においてはかかる放尿行為について全く供述しておらず,公判において
突然供述し始めるのも不自然であり,被告人のこの点の供述は信用できない。
   ちなみに,被告人の飲酒量は,平成14年8月を最後に無職状態に陥って以後
は,焼酎1升を2,3日で空けるくらいであり,その後一旦禁酒したものの,同年
12月に入ってから飲酒を再開して,それ以降の被告人は,毎日日本酒5合ぐ
らいを飲むようになっていた。しかし,平成15年3月末ごろからは,金がなくな
ったために,1日焼酎2合という飲酒量にまで減少していた。
   また,本件各犯行前日の平成15年5月11日,被告人は,午後3時くらいから
午後7時くらいまでの間に焼酎2合を飲んだが,その後,本件各犯行に及ぶま
での間,被告人は,一切飲酒はしていない。
 6 被告人の簡易精神鑑定
   平成15年6月2日午後3時45分から午後5時までの間,C医師により被告人
の簡易精神鑑定のための質問と診断が行われた。C医師は,犯行時の被告人
には,性格障害(情性欠如)とアルコール幻覚症の疑いが認められるものの,
狭義の精神障害はなく,是非善悪を識別する能力,弁識に従い自己の行為を
制御する能力はあった旨診断し,その理由について要旨以下のとおり説明して
いる。
   「被告人の幻聴(ただし,被告人には病識はない。)は,平成14年10月ころ,
仕事をしなくなってから聞こえ始めたと言うが,もし幻聴が強く,被告人をひどく
苦しめるものであれば今回の犯行前にも,中学生に対し何らかの行動をしてい
たと思われるのに,本件犯行前まで,幻聴による他人への行動はとっていない
し,逮捕後には全く幻聴は消失している。したがって,幻聴は強く,根強いもの
であるとは考えにくい。被告人は,頼りにしていた母親が病院から今後ずっと
退院できなくなり,今から1人で生活しなければならない不安,母親が契約して
いた保険金を使ってしまい,今も働く意欲はなく,死ぬしかないと考えて自殺を
考えたのであろう。自分で死のうと考えたとき,道連れとして,日頃自分のこと
を『何もしきらん。』と悪口を言っていた中学生に復讐的に道連れに殺そうとし
た犯行であろう。放火についても,八つ当たり的な自暴自棄の犯行と考える。」
第3 争点に対する判断
 1 アルコール精神病の影響について
  (1) アルコール精神病の罹患事実の存否
    前記のとおり,被告人が,アルコール精神病又は精神病質等の診断名で精
神病院に入退院を繰り返した期間は,昭和62年7月から昭和63年9月まで
という本件各犯行より14年以上前のことである上,それぞれに当時の症状
は寛解,軽快したものとして退院を許可されているものであり,またその当時
見たことがあるという,虫が壁をはったり,人影が見えるなどといった幻視体
験についても,被告人自身,その後も継続して体験していたと訴えているわ
けではないから,入院当時の被告人の疾病やその症状及び精神状態が,本
件各犯行当時の被告人の心神状態に直接影響を与えた一事情として考慮
すべきものとは考えがたい。
   とはいえ,被告人が,過去にアルコール精神病と診断されたことがあったの
は間違いなく,その後も被告人は,昼は仕事をしつつ,夜は相当多量の飲酒
をする生活を長く続け,本件各犯行の直近では,仕事もせず,ほぼ一日中
自宅にこもってテレビを見,相当量の酒を飲み,夜も部屋の明かりをつけず
にテレビの明かりだけで生活するといったかなり不健康な,社会的不適合状
態をきたしていたほか,深夜に外まで聞こえる程の声で,「お母さーん。」と泣
き叫ぶようなうめき声を出していながら,自分ではその事実について自覚が
ないとか,さらには,「あの人,仕事もしていないみたいやし何やってるんや
ろ,何かするんじゃないの。」「大丈夫,何もしきらん。」などといった声が聞こ
えたという幻聴,もしくは今なおそれが現実の声であったと主張する程の強
い思い込みが認められるところである。前示の簡易精神鑑定においても,犯
行前に幻聴があった事実を前提とし,犯行時におけるアルコール幻覚症の
疑いが指摘されている。とすれば,これらの生活態度や被告人の幻聴もしく
は強固な思い込み体験は,被告人が無職となって経済的に破綻すると共
に,怠惰で閉塞的な暮らしぶりが加わって精神的にも追いつめられたことの
みならず,長年にわたり多量の飲酒に耽溺した結果としての,アルコール精
神病としてのアルコール幻覚症が発現したものである可能性を否定すること
はできないと判断される。
 (2) アルコール精神病たるアルコール幻覚症の具体的症状とその影響
   被告人の供述によっても,本件各犯行当時,アルコール精神病の一種であ
るアルコール幻覚症として,被告人に発現していたと疑われる具体的症状
は,前示のとおりの「何かするんじゃないの。」「大丈夫,何もしきらん。」など
といった幻聴もしくは思い込みが主たるものである。しかも,前示の簡易精神
鑑定でも指摘されているとおり,被告人は,平成14年10月ころから聞こえ
始めたというこのような声に対しても,本件各犯行に至る以前には,特段の
行動や反応を示していたとは認められず,逮捕後には一切そのような声自
体を聞いていないというのであるから,このような幻聴もしくは思い込みが,
根強く,また被告人に対する脅威的なものとして受け止められていたとは考
えがたい。
    そもそも,「何かするんじゃないの。」「大丈夫,何もしきらん。」などといった発
言にかかる幻聴もしくは思い込みは,確かに近隣住民らの被告人に対する
不信感や侮蔑的評価を表すものとして,被告人にとっては,被害的に受け止
められた事象であり得るとは考えられる。しかし,客観的に見れば,それ自
体,被告人に対する直接的な危害や危険をもたらすものとはいえないし,ま
た,被告人自身,このような声を聞いたことによって,自らの生命,身体,あ
るいはその生活状況等が,直接に脅かされたとか,そのような危険を排除す
るために本件各犯行を惹起したなどと主張しているわけでもない。
    とすれば,結局,被告人が「何もしきらん。」などといった声を聞いたと思った
ことが,アルコール精神病に由来する幻聴であったとしても,かかる幻聴が,
被告人に対して直截に,法規範も社会倫理をも乗り越えて,殺人行為や自
殺に伴う放火行為を引き起こさねばならないほどの,抵抗しがたい衝動や強
迫観念を,必然的に呼び起こすような影響を与えたとは容易に考えられない
し,またかかる幻聴があったが故に,殺人や放火行為の衝動を自制できなく
なったとも考えにくいところであり,むしろ次に述べるとおり,被告人が本件各
犯行を決意するに至った主たる要因には,十分了解可能な別の事情があっ
たと認められ,上記幻聴は,その動機形成に至るきっかけの一つとなったに
過ぎないことが認められるところである。
 2 本件各犯行の動機等の了解可能性
  (1) 本件放火の動機について
    被告人は,実母が入院して生活に張りがなくなり,無職で怠惰な生活を送っ
たあげくに,食事にも事欠く困窮状態に陥っていたので,将来を悲観して首
吊り自殺をすることを決意し,自分の死体も自宅の中の物も全部燃えてしま
った方がさっぱりし,自分が死ねばもう自宅はいらなくなるのだから,自宅の
土地を売るためには更地になっていた方が便利だろうなどと思い,自殺する
際に自宅に放火することも考えていたが,母親が自宅に戻って来るかもしれ
ないと思って自宅に放火して自殺することをためらっていたところ,次姉から
母親がもう自宅に戻って来ることはない旨聞いて,歯止めがなくなり,自宅は
もう必要ないと考えて,全てを清算するために自殺する際に自宅に放火する
こととしたというものであって,被告人の生活状況等にかんがみれば,本件
放火の動機は十分了解可能である。
  (2) 本件殺人未遂の動機等について
    さらに被告人は,このように,当初から自殺することを決意していたところ,こ
れを実行するに先立って,近隣住民から「何もしきらん。」などと言われてい
ると思い込んでいたことから,その仕返しをしようと思い,子供を殺害した方
が大人を殺害するよりも大人に対して与えるダメージが大きいなどと考えて
中学生を殺害することを決意したものである。近隣住民から「何もしきらん。」
などと言われているという幻聴があったことを前提としても,その仕返しとい
うだけで,いきなり殺人を,しかも悪口を言っている当人とも限らない中学生
を,無差別に狙って殺害しようと決意するということは,傍目からすると余り
に飛躍のあることに思われる。しかし,前示のとおり,被告人は,既にこの時
点で,自殺し,併せて自宅にまで放火するという決意を固めていたもので,
極めて自棄的,悲観的な気持ちになっていたことが認められるし,そのよう
な心理状態下において,1人で死ぬのは悔しいし,寂しいといった思いから,
仕返しついでに誰かを道連れにして自殺しようという破滅的な結論に達する
ということは,これまた決して了解不能な動機とはいえないものと思料され
る。むしろ,仕返しという目的に照らした場合,被告人が近隣住民により大き
な衝撃を与えようと図って,殺害する標的として,あえて大人ではなく,中学
生を選ぼうと考えたことなどは,広く社会に与える心理的影響にまで慮った,
冷徹な判断とも見得るものである。そして,被告人が,最終的には,標的を
中学生から小学生のVに変更したことは,当初企図した中学生を実際に狙う
機会を作れなかったために,たまたま1人で歩いていた小学生のVを襲うこ
とにしたものに過ぎず,被告人の殺人行為に対する前示のとおりの意図目
的は,その計画から実行まで,本質的に何ら変化しているものでもない。
 3 本件各犯行の計画性,犯行態様,被告人の犯行直後の状況等
  (1) 本件各犯行の計画性
    被告人は,中学生を殺害して自殺する際に自宅に放火することを決意し,あ
らかじめ本件各犯行に用いるガソリンを用意し,中学生殺害後の自宅までの
逃走などについても十分考慮に入れた上で捕まらないように1人歩きの中学
生を狙い,数日に渡って執拗に標的となる中学生を探し回ったが,最終的に
襲撃できそうな中学生を発見することができなかったので,たまたま1人歩き
をしていた小学生のVを殺害することとして本件殺人未遂の犯行を実行し,
しかも,その後はこれに引き続いて当初の予定どおり本件放火を実行してい
るのであって,本件各犯行はいずれも計画的なものである。
  (2) 本件各犯行の犯行態様
    また,被告人が本件各犯行につき選択した犯行態様もいずれも合理的なも
のである。
    すなわち,本件殺人未遂は殺害対象にガソリンをかけて火をつけるというも
のであるが,この方法は人を確実に殺害するのに十分な方法であるとい
えるし,被告人は,以前に灯油をまいて放火しようとしたことがあり,ガソリ
ンをかけて火をつけるという方法は,失敗する可能性が低く,刃物で刺す
よりも相手に与えるダメージが大きいなどと考えてこの方法を選択したも
のであって,被告人のこの殺害方法の選択は十分合理的であるといえ
る。
    また,本件放火の犯行態様は,自宅の1階及び2階にそれぞれ揮発性が高く
燃焼しやすいガソリンをまいて火をつけるというものであり,自宅に放火を
するために極めて合理的な方法を採っているといえる。
  (3) 本件各犯行の準備行為
    被告人は,本件各犯行に使用するためのガソリンを準備する際,直接ガソリ
ンスタンドにガソリンを買いに行ったら怪しまれると思って原付バイクにガソリ
ンを給油してもらうという方法でガソリンを入手している。さらに,被告人は,
自宅前の路上で原付バイクからガソリンを抜く際には,怪しまれないようポリ
タンクを直接原付バイクのところへ持っていかず,しかも,原付バイクからガ
ソリンを抜いているところを見られて不審がられないように人通りの少ない時
間帯を選ぶなどして原付バイクからガソリンを抜いている。これらの事実から
すれば,被告人が中学生を殺害することや自宅に放火することを悪い行為
であると認識していたことは明らかである。さらに,被告人は,原付バイクか
らガソリンを抜く際に最初ペットボトルを使用したものの,ペットボトルでは1
回に抜くことができる量が少ないということで2回目に抜くときにはアイスポッ
トを使うことを試みるなど本件各犯行の準備をする際にも効率的な手段を選
択しようとしている。また,本件殺人未遂の直前には,ガソリンを入れたペッ
トボトルを持ち歩くことで他人に不審がられるのを危惧し,もっと小さな焼酎
瓶にガソリンを移し替えることとし,その際には中学生殺害に必要な火力を
得ることができるか確認するために,事前にガソリンをしみこませたチラシで
燃焼実験まで行っているのであって,目的遂行に向けた極めて合目的的な
行動を取っていることが認められる。以上からすれば,被告人の犯行準備行
為は極めて周到かつ合理的であるというべきである。
  (4) 本件各犯行後の被告人の言動
    被告人は,本件放火後,救助され,午前8時30分までに,消防の現場本部
の車両に収容された際,火事に対する動揺はあったものの,消防士からの
質問に対し,慌てる様子もなく,素直に受け答えをしており,被告人が,本件
各犯行直後,さほど間もない時間帯に落ち着いた様子であったことは,本件
各犯行時においても特段異常な精神状態ではなかったことを強く推認させ
る。
  (5) 以上のとおり,被告人は,本件各犯行を思いつくや,目的達成のために,周
到かつ合理的な計画を立てて準備行為を行って本件各犯行を遂行してお
り,本件各犯行直後においても,特段慌てるような様子がなく,被告人は本
件各犯行の準備段階から本件各犯行時に至るまで自己の行動の是非を認
識した上で冷静に行動していたと強く推認される。
 4 被告人の記憶保持について
   加えて,被告人は,捜査段階から公判に至るまで,本件各犯行前の生活状
況,自己の心理状態,本件各犯行を決意するに至った理由,その後の計画内
容と準備状況,具体的な犯行状況やその当時及び現在の心境など,本件各犯
行の経緯態様について極めて詳細に供述しており,公判においても事件の記
憶がなくなったということはないと供述しているところである。したがって,被告
人の事件に関する記憶は清明に保たれていると認められる。
 5 被告人の公判における供述態度等
   被告人は,公判においては,冷静な態度で本件各犯行について供述し,本件
各犯行についてVらに対する謝罪や反省の言葉を口にするなど,特段不自
然,不合理な言動は見受けられない。
 6 総括
   以上の諸事情を総合勘案すれば,被告人は,本件各犯行時,アルコール精神
病であるアルコール幻覚症に罹患して,時折「何もしきらん。」などといった幻聴
の症状が発現していたことや,かかる幻聴が,被告人が本件各犯行を決意す
る際のきっかけの一つとなったことは否定できないが,他方で,被告人は,十
分に了解可能な動機によって,本件各犯行を行うことを決意し,その実行に向
けて周到な計画と準備をし,犯行完遂のために極めて合理的,合目的的な行
動を取り,各犯行の前後を通じて意識は清明であったと共に,当時の明確な記
憶を有しており,公判における供述態度を見ても格別の異常を感じさせる言動
は見られないのであるから,本件各犯行当時の被告人が,上記アルコール精
神病その他の要因によって,事理の是非を弁別する能力及びその弁別に従っ
て行動する能力を著しく損なわれていなかったことが十分に認められるのであ
って,被告人はこれらの能力をいずれも有していたものとして完全責任能力を
認めるのが相当であり,弁護人らの心神耗弱の主張は採用できない。
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,将来を悲観し,自殺を決意するにあたって,自己の陰口を言
っていると思い込んでいた近隣住民に対する仕返し目的で,通学途中の小学生
に対し,殺意をもってガソリンをかけて火をつけた殺人未遂(第1)及び自殺を図
る際に実母らが所有する自宅に放火した非現住建造物等放火(第2)の事案であ
る。
2 被告人は,平成14年8月に無職となってから,実母が掛けていた共済保険を解
約して解約返戻金を受け取ったり,信販会社から借金をしたり,自宅の中の物を
売却したりするなどして生活していたが,自分の人生にこの先何も変化はないだ
ろうし,生きていても仕様がないなどと将来を悲観して自宅で首吊り自殺をするこ
とを決意した。しかし,被告人は,かねて近隣住民から,何もできない人間である
という趣旨の陰口をたたかれているという幻聴もしくは思い込みを持っていたの
で,自殺する前に近隣住民を見返すために近隣住民に仕返しをしようと考え,最
終的には,何の関係もない小学生を殺害しようとしたものである。近隣住民から
陰口を言われているという被告人の認識は,アルコール幻覚症による幻聴もしく
は思い込みであったことを否定できないが,これをきっかけの一つとして,その仕
返しのために何の落ち度もない通りがかりの小学生という弱者の殺害を企てたの
は,専ら被告人自身の誠に身勝手かつ卑劣な選択というべきものである。さら
に,被告人は,自殺した後,自分の死体も自宅の中の物も全部燃えてしまった方
がさっぱりするし,自分が死ねばもう自宅はいらなくなるのだから,売るためには
更地になっていた方が便利だろうなどと考えて,近隣住民への危険や迷惑を全く
顧慮することなく自宅に放火しており,これまた余りに身勝手かつ短絡的な行為
といわなければならず,本件各犯行の動機にいずれも酌量の余地はない。
3 被告人は,あらかじめ本件各犯行のためにガソリンを用意し,10日前から中学
生を殺害しようとして1人歩きの中学生を探し回るなどし,たまたま1人歩きの中
学生が見つからなかったので標的を小学生である被害児童に変更したもので,
本件殺人未遂も本件放火もいずれも計画的な犯行である。
  加えて,被告人は,たまたま通りかかった被害児童に背後からガソリンをかけて
ライターで火をつけて炎上させており,本件殺人未遂の犯行態様は,極めて残忍
かつ非道な通り魔的犯行であり,その犯情は極めて悪質であるといわなければ
ならない。
  また,本件放火の犯行態様は,住宅密集地にある被告人の自宅の1階にガソリ
ンをまいて火をつけた上,さらに,2階にもガソリンをまいて火をつけるというもの
であり,人の生命,身体の安全を全く顧みない危険極まりないもので,やはり犯
情は甚だ悪質である。
4 本件殺人未遂の犯行により,被害児童は,まもなく病院に搬送されたものの,重
度の熱傷が広範囲に渡って生じており,いつ死亡してもおかしくない状態であっ
たもので,直ちに緊急手術を受けた。たまたま,被害児童が近隣住民に救助され
た際,その機転で大量の水をかけられ患部を冷やされていたことや,被害児童が
大人に近い体格をしていたおかげで,幸いにも一命を取り留めたが,完治するに
は1年以上かかると思われる状態であり,被害児童自身も,被告人から火をつけ
られたときには,もうだめかな,ぼくは死んじゃうのかななどと死の恐怖を強く感じ
させられた。しかも,被害児童は,その後,皮膚移植手術やリハビリのために長
期の入院を余儀なくされ,血管の細い被害児童は,注射の針がささりにくく,点滴
や採血のたびに泣き叫んだり,皮膚移植のために取った被害児童の腰やお尻の
皮膚は,すりむき傷のようになっており,血がにじみ,被害児童は,ちょっと身体を
動かすたび,激しい痛みを訴えたり,夜も夢でうなされ,うわごとをよく言ったりし
た。また,被害児童は,感染症を防ぐために入浴して傷口の菌を洗い流す際に痛
みの余り泣き叫びながら「ぼく,なんでこんな目にあうと?ぼく,何か悪いことした
と?」と聞くこともあった。それから,被害児童は,約4か月半に及ぶ長い入院生
活を終え,平成15年11月にはようやく小学校に登校でき,短時間教室で過ごせ
るようにはなったものの,火傷の影響で体温調節が難しくなっているうえ,未だに
被害児童の火傷の跡は広範囲に及び,赤くでこぼことしていたり,左脇と首の右
側は皮膚がつっぱり動きにくかったり,右耳に特に大きな傷痕が残るなどして,数
年後,手術が必要と思われる状態にある。また,被害児童には,時に「手が汚れ
ている,汚い。」と水をいっぱいに出して,長く手を洗ったり,「きれいにならん。」と
泣きながら手を洗ったりする動作が見られ,本件被害を被ったことによる心の傷
が今なお深く残っていることが窺われる。このように,被害児童が本件犯行によっ
て受けた肉体的苦痛は極めて甚大で,筆舌に尽くしがたいものがあったであろう
ことは言うに及ばず,その精神的苦痛も重かつ大であり,未だ癒されてはいない
ものである。さらに,被害児童の一家は,同じ通学路を通ることでの被害児童の
精神的影響を考慮して転居したりするなど被害児童の一家の日常生活にも多大
な影響を及ぼしている。これらの事実に照らせば,本件殺人未遂の被害結果は
極めて重大で,取り返しのつかないものであると言わなければならない。
  にもかかわらず,被告人は,現在までのところ,謝罪の手紙を送付した他は見る
べき慰謝の措置を講じておらず,このような甚大な苦痛を受けた被害児童は,
「犯人のことは怖いと思うし,許せないとも思います。悪いことをした人が刑務所
に行くということはぼくも知っていますが,ぼくに火をつけた犯人も刑務所に行って
もらいたいと思います。」と述べ,被害児童の実母も「(被害児童が)病院のベッド
で首くらいから下を包帯でグルグル巻かれ,痛い痛いと言っている姿を見て,犯
人のことをいくら憎くて,悔しく思っても私たちにはどうすることも出来ません。渓と
私たち家族に一生続くかもしれないような傷と心の痛みを与えた犯人に対し,法
で厳正に処罰して下さい。」などと,また被害児童の実父も「犯人に対しては,私
たちに与えた被害の大きさを考えると,やはり厳しい処分を受けて責任をとっても
らわなければならないと思います。」などと述べており,被害児童並びにその両親
の被告人に対する処罰感情が峻烈なものであるのも至極当然のことである。
  また,本件放火についても,被告人の自宅が全焼したほか,近隣住宅のクーラ
ーの裏側の一部,引き戸の外枠,雨樋のパイプなどが溶解したり,車庫の屋根が
変形変色したり,植木が茶褐色に変色したりするなどの現実的被害が発生してお
り,他の建造物等に延焼こそしなかったものの,発生した公共の危険は極めて大
きいものであったといえる。しかし,本件放火についても見るべき慰謝の措置等
は現在まで講じられておらず,近隣住民らはいずれも被告人の厳重処罰を求め
ている。
5 しかも,被告人の本件殺人未遂の犯行は新聞等で広く報道され,世人特に学齢
期の子供を持つ親らを震撼させ,児童の安全確保のために,周辺の小学校が児
童を集団下校させたり,PTAや警察が児童の通学路を巡回したりするなど社会
に与えた影響は甚大であったものである。本件第1の犯罪事実のような社会的弱
者に対する通り魔的犯行はこれまでにもマスコミに登場するなど,社会的にみて
も模倣性の危惧される犯罪であり,同種事犯の再発を防ぐためにも被告人に対し
ては厳しい態度をもって臨むことが社会的要請であると思料されるところである。
6 以上からすれば,被告人の刑事責任は極めて重大である。
7 他方,被告人自身は何らの救助行為も行ってはいないが,幸いにも被害児童は
一命を取り留めたこと,被告人は,本件各犯行を認め,被害児童の両親に対し,
謝罪の手紙を送付したり,本件各犯行について反省の言葉を述べるなど反省の
態度を示していること,被告人の次姉が公判廷に情状証人として出廷し,被告人
の社会復帰後,その更生のためにできる限りの協力をする意向を表明したことな
どの被告人のために酌むことのできる事情も認められる。
8 そこで,以上の諸事情を総合考慮して,被告人を主文の刑に処するのが相当で
あると判断した。
  よって,主文のとおり判決する。
(検察官長田守弘,国選弁護人田村雅樹(主任),同山内良輝各出席)
(求刑-懲役15年)
 平成16年3月25日
福岡地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官   谷       敏   行
裁判官 荻   原   弘   子
裁判官 小   川   弘   持

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