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平成18年12月7日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成17年(ワ)第2864号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成18年9月27日
判決
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告らは,原告に対し連帯して500万円及びこれに対する平成14年1月2
8日以降完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,いわゆる引きこもりの状態にあった原告が,そのような児童等に対す
る矯正教育・指導を標榜する被告会社の実質的主宰者である被告A(以下,被告
会社と併せて「被告ら」という。)及びその補助者らによって,①意思に反して,
被告会社の設置・運営する施設に拉致され,②同施設内において補助者から暴行
を受け,③その後,別のアパートに軟禁されるなどの人格権侵害を受け,さらに,
④被告らがNHKによる取材,撮影等に協力することによって,プライバシーや
肖像権を侵害する番組を放映されたなどと主張して,これら一連の行為が継続的
な不法行為に当たることを理由に,被告らに対し,損害賠償及びこれに対する遅
延損害金の連帯支払を求めた事案である。
1前提事実(当事者間に争いのない事実,証拠によって明らかな事実等。なお,
以下においては,平成13年中の出来事については,原則として,月日のみで
表記する。)
(1)当事者等
ア原告は,歯科医であった父(平成11年4月15日死亡)と内科小児科
医であるBの間に出生した長男であり,平成13年当時,祖母,親権者の
B,姉及び妹と肩書地の自宅で生活していた。
原告は,中学校卒業後,県立高校に進学し,入学後数日間は登校したも
のの,すぐに不登校となり,6月には高校を退学して,自室に閉じこもっ
て生活する状態となった。
イ被告会社は,学習塾の経営,学習塾に入塾希望の児童に対して希望に沿
った学習塾を選定し,紹介・斡旋する業務及び教育資材の販売等を目的と
する有限会社であり,その実質的な主宰者(取締役)は被告Aである。
被告会社は,「C」の名称で,いわゆる不登校・引きこもりの子どもの
自立支援を標榜した矯正教育・指導を行っており,そのための施設として,
名古屋市a区bc番地に所在する「D寮」を所有している。
(2)D寮入寮とその後の経過(本件で違法性の有無が争点となっている。)
アB及び原告の祖母は,上記(1)アのような原告の状態を心配し,5月こ
ろ,テレビ番組で知った被告Aに連絡を取った。
これを契機に,Bと被告Aの交渉が始まり,6月20日,Bと被告会社
との間で,原告「の問題行動の改善を目的として」,居所をD寮に指定し,
「教育及び訓練(中略)を委託する」内容の「D寮入寮契約」(以下「本
件委託契約」という。乙2)が締結された。
イ被告A及びその依頼を受けたE某は,8月12日,原告をD寮に入寮さ
せることを目的として,Bの自宅を訪れた。
その際,引きこもり問題の特集を放映することを企図していたNHK名
古屋放送センター報道部のFディレクター,カメラマン及び音声係らが同
行し,原告の居室の様子などを撮影した。
被告Aは,最終的に,原告を連れて名古屋に戻り,D寮に入寮させた。
ウNHKは,11月23日,「ホリデーにっぽん・親が直れば,子も直る
∼ひきこもり・非行を乗り越えて」とのタイトルで,被告Aらが原告の自
室に入った場面及びD寮入寮後に撮影した原告の生活について放映した
(甲4)。
エ被告Aは,12月8日,原告に対し,D寮から愛知県春日井市d町所在
のアパート「G荘」の1室に移るよう指示し,原告は,G荘にて独居生活
を始めた。
オBの依頼を受けたH弁護士(本訴における原告代理人)は,平成14年
1月25日,当時被告Aの代理人であったI弁護士らの立会を得て,G荘
にいた原告と面会し,そのままH弁護士の事務所に同行した。そして,原
告は,同月27日,迎えに来たBと自宅へ戻った。
H弁護士は,同月28日,Bの代理人として,被告会社に対し,本件委
託契約を解約する旨の意思表示をした。
(3)原告による損害賠償の請求と訴えの提起
原告は,平成17年1月26日到達の書面をもって,被告らに対し,不法
行為に基づく損害賠償を請求する旨の催告を行った(甲1の1・2)上,同
年7月22日,本訴を提起した。
2本件の争点及びこれに関する当事者の主張
(1)被告らによる不法行為の成否
ア引きこもり,不登校の児童等に対する指導の在り方について
(原告の主張)
(ア)現代の我が国における学校教育制度は,大きな矛盾を抱えており,
豊かな情操を養うことより,知育中心に偏り,管理主義や競争によって
子どもに強いストレスを生じさせている。
このような学校環境において,いじめ問題が解決されないまま拡大し,
学級崩壊や校内暴力,これらを力で押さえ込もうとする教員による暴力
などがまん延しており,子どもがそのような環境にある学校を息苦しく
感じて離れるのが不登校という現象である。
学歴信仰が根強い我が国では,子どもが不登校になると,周囲の無理
解や偏見の視線の中で,親は不安を増大させ,孤立し勝ちになり,非常
な焦りや無力感に陥る。そして,子どもは,学校へ引き戻そうとする学
校関係者と親によって追いつめられ,自己否定に陥り,自分の殻に閉じ
こもるという現象が目立つようになった。
(イ)被告Aは,上記のような子どもや親を対象に,「引きこもり児を2
時間で直す体当たりカウンセリング」などとマスコミを利用した誇大宣
伝を行い,親に対しては育児の失敗などを徹底的に非難・批判して,無
力感に陥った親を心理的に支配した上,メンタル料金,寮費などの名目
で対価を得ている。
その子どもに対する支配方法は,子どもが悩んでいる状態を徹底的に
否定し,あるいは補助者などをして殴る,脅すなどの暴力を用いて子ど
もの抵抗を抑圧することもある一方,子どもの心理的自由を拘束して,
「不登校,引きこもりにしたのは,お前が悪いのじゃない。つらい気持
は分かる。前向きに生きろ。」などといって,従順に行動するようコン
トロールするというものである。
しかし,D寮を脱走した子どもに対して,頭髪を丸刈りにして殴った
り,塾生らが取り囲んでこもごも批判するなどの方法は,自分が受けて
いる暴力的支配を,自分より弱い立場の者に対して再現するという「暴
力の連鎖」を生じる危険をはらんでいる。
かかる方法は,子どもの人格と人権を否定するものであり,子どもの
状態をありのまま肯定的に認めた上,子どもの主体的,自発的な意思や
人格を尊重しながら,対等な人間関係を形成しつつ,子どもをサポート
するという非暴力主義的,民主的な方法を取る少数のフリースクールと
は対極に位置する。
(ウ)現代の不登校問題に造詣の深い識者(J大学医学部助教授K,社会
評論家L)の意見書(甲19,20)によれば,子どもが不登校状態に
なったときに基本的に必要な親の対応は,子どもを受けとめ,見守るこ
とであり,治すことではないこと,親がそのような子どもを受けとめる
力を持つためには,不安な自分自身に耐えることが必要であり,そのた
めに親をサポートすることも必要とされている。
要するに,原告をD寮に連行し,そこでの集団生活の中に放り込んで
「問題行動を改善」するような方法で「治す」ことは,原告にとって何
ら合理性も必要性もなく,誤った方法であって,原告の自由と成長を侵
害する違法な干渉,加害行為であることが明らかである。
(被告らの主張)
(ア)被告Aは,約28年ほど前から,子どもの引きこもりに悩む親に対
するカウンセリングや,引きこもりの子どもの立ち直りに助力し,近年
は,親には意識改革をしてもらい,子どもたちには集団生活を体験して,
コミュニケーションの取り方などを取得してもらう事業を営んでいる。
この事業を行うに当たっては,もちろん親権者の承諾を得ている。
被告Aは,個人として助力させていただいたころを含め,約1000
件の家族の問題解決の指導に当たっているが,在宅のまま,指導を受け
た方が多い。他方,入寮して指導する方法を受けた結果,引きこもりが
解消され,社会で活溌に生活している卒業生も約100人に達している。
このような実績によって,被告Aは,マスコミ等からの取材を受ける
ことがあり,また,親を対象とする啓蒙出版物をいくつかの出版社から
出版してもらっている。
(イ)被告らの事業が,原告の主張するように,暴力的内容に満ち,子ど
もたちの自我を真に傷つけているのであれば,多数の卒業生が社会で元
気に活躍していることはあり得ず,現在でも指導を求めてくる親子に評
価してもらえることはない。
原告の主張は,虚偽であるとともに,引きこもりの子どもの対処方法
には一つの方法しかあり得ないという独りよがりな結論に持っていくこ
とを企図した,ためにする主張というほかない。
イ原告のD寮への入寮について
(原告の主張)
(ア)被告Aは,8月12日,被告会社の補助者で屈強な若い男性である
E,NHKディレクターのFらを伴って,原告の了解を得ることもなく,
突然,原告の居室に侵入した。また,被告Aは,原告の自宅出入口に大
人を配置して,原告が逃げるのを防ぐようBらに指示した。
被告Aは,原告の居室において,Bや祖母をして,原告にD寮へ入る
よう説得させるとともに,自身も語気鋭く原告を非難し,突然未知の大
人たちの侵入に驚き,動揺して恐怖に陥っている原告に対し,D寮に入
所することを迫った。また,被告Aは,Bに対し,原告を殴れと指示し
た。
(イ)被告Aから執拗に迫られた原告が,やむを得ず「働く」と言ったと
ころ,被告Aは,原告の主体的な意思によって就職するのを待つのでは
なく,即時に付近の新聞配達店,ガソリンスタンドに就職の申込みをす
るように一方的に要求し,即時の就職が事実上不可能であることを承知
の上で,Eをして原告の頭髪をつかんで外へ引っ張り出し,それらの店
舗に連れ回し,原告を追いつめた。
さらに,Eは,ガソリンスタンドで購入した缶コーヒーの金属製空き
缶を原告の面前において手で握りつぶして腕力を誇示し,「寮に入るこ
とは決まっている。列車の時間だ。早くしろ。力ずくで連れて行くか,
自分で歩いて行くか。」と語気鋭く迫り,その命令に従わなければどの
ような危害を加えるかも知れない気勢を示して,原告を著しく畏怖させ
る脅迫を加えた。そして,被告Aらは,原告がD寮へ行くことを明確に
拒否したにもかかわらず,原告を取り囲み,約6時間にわたってD寮へ
行くことを強要し続けた。
このような脅迫の結果,原告は,最終的に「自分で歩いて行く。」と
答え,入寮に同意させられた。
(ウ)さらに,被告Aは,D寮へ行く途中の列車内において,原告に対し,
「逃げたら連れ戻して坊主にする。」などと言って原告を脅迫し,被告
A,E,NHK職員3人の合計5人で原告を監視しながら,原告をD寮
へ拉致した。
(エ)原告は,当時親権者であったBの意思に基づいたとしても,自己の
意思に反して強制的にD寮に連行され,集団生活による指導を強制的に
受けさせられる必要も合理的な根拠もなく,それが原告にとって最善の
利益となり得るものではなかったことは明らかである。
この点につき,被告らは,8月の時点において,原告をその希望や意
思に反してもD寮に入寮させなければならないどのような必要性があっ
たのかについて,何ら合理的な説明をしていない。そもそも,不登校問
題や引きこもりの原因が親にあるという被告Aの主張自体が何ら根拠の
ないことであることは,前記各意見書に照らしても明らかである。
なお,被告Aは,原告をD寮へ拉致した行為を正当化するために,当
時,原告の家族に対する家庭内暴力があったかのごとく主張するが,こ
れは虚偽の内容である。
(オ)また,Bが,D寮を原告の居所と定め,その監護を被告Aらに委ね
た行為は,親権の濫用であり,被告Aらの行為を正当化するものではな
い。
(カ)さらに,被告Aが原告に対してD寮入寮を促した経緯には,インフ
ォームド・コンセントを構成する要素がことごとく欠けている。
すなわち,入寮を促すに当たっては,寮での生活がどのようなもので
あるのか,入寮後の生活がどのような変化をもたらすのかという見通し
やその効果などについて,十分適切な情報を提供し,一緒にそのプラス
マイナスを考えて,寮へ行くかどうかを選択,決定できるようにしてい
くという,共同の意思決定プロセスが必要であるところ,このような共
同意思決定プロセスを全く経ることなく,大人が一方的に決定し,子ど
もがそれを拒否,抵抗できずに従うのは,強制以外の何物でもない。
(キ)以上のとおり,被告Aは,原告に対し,その自由を拘束して連行す
る何らの法的権限もないのに,義務なきことを強要し,また,社会的相
当性も認められないのに,原告の心理的自由を抑圧して,名古屋市のD
寮まで連行したものであって,かかる行為は違法である。
(被告らの主張)
原告の主張は争う。
(ア)原告の部屋への入室の経緯は,以下のとおりである。
最初に,Bと原告の祖母が入室した。このとき,部屋と階段を隔てる
扉又はふすまは,Bによって開けられたままの状態であった。その状態
で,Bが,被告Aらについて説明したが,原告は,入室につき特段の拒
否行為や発言をしなかった。そして,当時原告の親権者であり,建物管
理者であるBが入室を勧めたため,被告Aらは入室した。
被告Aは,Bから,原告に対して現状が今後どのような事態となるか
説明するよう求められたため,原告に対し,社会との接触を嫌って部屋
に閉じこもることで,社会や他人と関わる能力が低下すること,この能
力の低下は,接触を拒む時間が長ければ長いほど急速に失われていくこ
となどを今までの経験談を交えながら説明した。その上で,被告Aは,
引きこもり状態を解消することがBの要望であり,被告A自身の経験か
らしても,引きこもり状態からの解消を図るべきであり,そのためには,
他人と接触することが不可避となる同年齢の子どもらとの共同生活がよ
いと考えると説明した。
これに対し,原告は,現状がすべて正しいとは言わなかったが,「今
日から閉じこもることはやめる。」,「自分でやめられる。」などとそ
の場限りの言い逃れをするのに終始し,原告の姉妹などは,全く信用し
ていなかった。
(イ)そのうち,原告から,仕事をする,自分で探すという話が出たので,
探しに行くこととし,入室者から祖母を除いた者たちが室外に出た。
その際,原告は,Eに頭髪を引っ張られて野外に連れ出されたと主張
する。しかし,原告自身,屈強な身体を有しており,現にこの時点まで,
その肉体から放たれる暴力とも相まって,家族を威圧していたのである。
このような原告に対し,普通の成年にすぎないEが,抵抗を排除しつつ
頭髪をつかんで引きずり出すのが物理的に不可能であることは明らかで
ある。また,被告Aは,話合いに基づく指導を行っているのであり,頭
髪を引っ張るような行為をEに命じたことはない。
(ウ)外に出た原告は,まず,「新聞配達をする。」と言い出した。これ
に対し,地元の事情に明るいBが,自宅の裏手に新聞販売店があると指
摘したため,そこに行くことにした。販売店では,原告及びBが就業の
依頼を行ったが,断られてしまった。
原告は,断られた後,次にどこに行くかを言わなくなってしまった。
そこで,被告Aが,比較的アルバイトの募集が多いガソリンスタンドを
当たってみてはどうかと原告及びBに提案し,聞いてみることになった
が,これも断られた。
かくして,被告Aら及び原告は,屋外で4時間ほど過ごした。その際,
原告の祖母もいた。その時間の多くは,原告のその場限りの言い逃れに
費やされた。これに対し,原告の姉妹が,そのいい加減さに対して反論
した。被告Aは,原告に対し,具体的方法を聞いたり,今までやろうと
もしなかったことがどうして急にできるといえるのかなどと話した。
なお,原告は,このときにEが缶コーヒーの空き缶を両手でつぶして
威力を誇示したと主張するが,Eは,原告の言動にいらだって無意識に
缶コーヒーの空き缶をつぶしたにすぎず,原告に殊更威力を誇示したわ
けではない。また,Eが,原告に対して,寮に入ることは決まっている
などと発言したことはない。
(エ)その後,原告自ら,D寮に行くと言ったが,原告がD寮に行く気に
なったのは,Bから,とにかく1か月行ってきたらいいと言われたため
である。
また,原告が,被告Aらと自宅からJRの駅まで向かった際に使用さ
れた自動車は,原告の親戚の所有車両であり,その態様も,原告は親戚
に挟まれて座っていただけで,羽交い締めにされたことなどない。さら
に,原告は,公共の場であるJRの駅や列車の中も含め,第三者に救助
を求めるなどの行為を何も行っていない。
以上のように,屈強な体格の原告を,その意思に反し,公共交通機関
を用いて,いわき市から名古屋まで連れてくることは不可能である。し
たがって,原告は,自らの意思で被告Aらと同行したというほかない。
ウD寮における自由侵害の有無について
(原告の主張)
(ア)D寮に連行された後の原告の生活は,午前5時55分に起床し,午
前中は学習,午後は作業,夜は午前中にした学習のうち間違った箇所を
直す学習などをして過ごし,やり直しが済むまで寝かせてもらえないと
いうものであった。そして,それらを怠る塾生は,指導員に殴られると
いう状態であった。
(イ)原告は,D寮からの逃走を試みた制裁として強制的に頭髪を丸刈り
にされた。この点につき,被告らは,丸刈りが盗みに対する指導である
と主張する。しかし,仮に被告らがそう考えたとしても,頭髪を丸刈り
にすること自体は暴力(傷害)であり,そのような暴力が原告に対して
正当な教育効果をもたらすことはなく,教育効果を実証できるわけでは
ないから,違法性を阻却する理由にはならない。
(ウ)さらに,原告は,9月25日朝,D寮を脱出したが,所持金もなか
ったので,歩いて福島県いわき市の自宅まで帰ろうと考え,水を飲むだ
けで何も食べることなく約24時間歩き続け,翌26日朝,豊田市内の
公園で疲れてうずくまっているところを通りがかりの人に保護され,同
月29日,自宅へ送ってもらった。
その際,被告Aは,Bに対し,原告を自宅に入れないよう施錠するこ
とをファックスで指示しているが,これは,被告Aが,原告の行き先が
自宅しかないことを見越して,Bを自分の手足のごとく使って原告を支
配していることを明らかに示す事実である。
(エ)Bは,同月29日,D寮へ原告を連れ戻した。その際,被告Aの指
導の下,原告とBを塾生が取り囲む形でミーティングが行われ,塾生は,
原告を厳しく批判し,被告Aは,Bに対して,原告を殴るよう指示した。
しかし,Bは,原告を殴ることができなかったため,被告Aは,Bを無
能呼ばわりして非難した。
(オ)原告は,同月30日早朝,再びD寮から脱走したが,名古屋駅でB
と待ち合わせをしたところ,被告Aの指示を受けたNHKのFが来て,
原告を捕まえてその場で原告の頭を殴り,さらにタクシーに引きずり込
んだ上,D寮へ連行した。Fは,D寮においても,原告を殴り,正座を
命じた。
また,被告Aの指示により,その長男であってCの指導員であるMが,
正座させられている原告に対し,顔面を約30分間殴るなどの暴行を加
えた。
被告Aは,原告の自宅から原告の祖母,姉,妹を呼び出し,自宅に帰
ると主張する原告に対し,姉及び妹をしてD寮に残るよう説得させ,結
局,原告をD寮に置き去りにさせ,帰宅を許さなかった。
(被告らの主張)
原告の主張は争う。
(ア)原告の頭髪を丸刈りにした行為について
原告は,自転車窃盗行為をしたことを否認したが,警察官に対して,
自ら他人の自転車を盗んだと明言し,一緒にいた寮生もこれに沿う発言
をしていた。とすれば,原告は,現実に他人の財物を窃取したというほ
かない。このように,高校生にもなって,他人の物を盗んではいけない
ということが理解できない原告に対し,教育的効果を求めて,頭髪を刈
ることは,何ら不法行為にはならない。
また,かかる指導行為は,当時原告の親権者であったBの承諾を得て
いた。
(イ)9月25日の行為について
引きこもっていた子どもにとっては,自宅に引きこもり続けることが
最も快楽である。そこで,子どもが引きこもるために自由に帰宅できる
とすれば,指導の効果が上がらない。また,親権者の毅然とした態度を
子どもに示すことも,指導の実を上げるために必要である。そこで,被
告Aは,Bに対し,原告を自宅に受け入れないように指導したものであ
る。
また,現実的に子どもを効果的に捜索できるのは警察であるところ,
単なる家出のレベルでは,十分な捜索が行われないことは被告らの経験
上判明した事実である。そこで,被告Aは,原告の安全を確保すべく警
察による十分な捜索が行われるよう,Bに対し,警察への通報の仕方を
指導したものである。
(ウ)9月29日の行為について
被告らは,暴力団と分かっても同行を希望し帰宅するという社会性の
かけらもない原告の行動に驚愕し,指導の中止をBに提案した。
しかし,日頃から原告の行動に強い恐怖を覚えていた原告の姉妹が,
原告の帰宅に特に反対し,原告も指導の継続に同意し,Bも指導の継続
を希望したことから,被告Aらは,やむなく指導を継続したものである。
この事情は,B及び原告の姉妹が,後日被告らに寄せた書簡から明らか
である。
原告は,被告らが個人の事情で原告を強く引き留めたと主張したいよ
うであるが,被告らは,原告を含め当時指導していた子どもについて,
定額で指導していたにすぎない。また,被告Aらの指導を受けることを
希望してD寮の空きができるのを待っていた親子は当時多数存したので
あり,被告Aらに,親権者の反対を押し切ってまで,原告をとどめおく
何らの理由も存しないことは明らかである。現に,原告も,被告らが原
告をとどめおく理由を特に指摘していない。
また,上記の話合いの際,被告AがBに,原告を殴るよう指示した事
実はない。
(エ)9月30日の行為について
a原告は,NHKの職員であるFが,駅という公共の場で原告を殴打
したという荒唐無稽な事実を主張している。
これが事実であれば,NHK及びFを共同被告とするのが理の当然
と思われるが,原告は,どちらにも訴訟を起こしておらず,裁判所の
質問に対しても,その理由を全く説明していない。加えて,公共の場
やタクシーの中で,原告主張のような暴行が行われたのであれば,タ
クシーの運転手を含めた第三者が警察に通報するのは必須と考えられ
るが,かかる通報の事実はない。
D寮においても,Fが原告を殴打していないことは明らかである。
また,原告は,行為者に対して提訴していないのに,行為者と雇用
関係のない被告らに対して責任を追及する法律構成を何ら提示してい
ない。
b原告は,その後,D寮の指導員からも殴打を受けたとか,Bが原告
を連れて帰ると言ったにもかかわらず,被告らが納得せず,原告を置
き去りにしたなどと主張する。
しかし,Bが原告を連れて帰ると固く決意していたのであればなお
さら,そうでなくても,既に30分以上顔や頭を殴打され,見るに耐
えない状況になってきた我が子が,更に目の前で殴打されているのに
これを放置して帰宅することなど,絶対にあり得ない。いわんや,被
告Aらの指導に感謝する書簡を作成するはずなどない。
エG荘における不当な支配の有無について
(原告の主張)
(ア)原告は,9月29日にD寮に連れ戻されてからは,半ば逃亡をあき
らめるようになった。被告Aは,12月8日,豊田市内の公園で原告を
保護しようとした人物が暴力団組員であり,暴力団から原告を守るとの
理由で,原告をG荘に軟禁した。
その方法は,原告に所持金を一切持たせず,一人で外出することを一
切禁止し,部屋には学習机,教材,クーラーボックス及び洗濯機のみを
置き,毎日,被告会社の従業員であるNが同室を訪問して監視するとい
うもので,当時原告の親権者であったBには原告の所在を知らせなかっ
た。
食材については,Nが購入したり,たまにNと原告が一緒に買物に行
って購入し,原告が自炊するよう命じられた。原告は,G荘には電話が
なく,かつ,所持金もなかったため,非常の場合に公衆電話で誰かに連
絡して救助を求めることも不可能な状態に置かれていた。
(イ)上記のような方法は,原告の自由を抑圧し,意思を強制する違法状
態を継続させるものといえる。また,Bと被告会社間の本件委託契約に
も反するものであり,親権を侵害する行為である。
しかし,原告は,所持金もなく,逃げ出しても行くあてもなく,連れ
戻されたときの制裁に対する恐怖から脱出することをあきらめ,ただ一
人で,被告Aから指示された学習をしていた。被告Aは,原告に対して,
O高校の定時制へ入学することを指示したが,原告は,表面上,それに
対して反抗しなかった。
(ウ)なお,被告Aは,G荘の入居費用として,Bに60万円を要求した。
Bはこれを支払ったが,賃貸借契約書を見せられず,原告の所在地も教
えることを拒否された。そこで,Bは,被告Aに対する不信感を深め,
平成14年1月になって,H弁護士に相談するに至った。
原告と面会したH弁護士は,同月25日,原告が二度と被告Aの下へ
戻りたくないと明確に意思表示したので,とりあえずは原告をH弁護士
の自宅に宿泊させた。原告は,同月27日,H弁護士の事務所において,
迎えに来たBと面接した。その際,H弁護士は,自宅へ戻るという原告
の意思を再確認したので,原告は,同日,Bと共に自宅へ戻った。
H弁護士は,同月28日,Bの代理人として,Nに対し,原告に関す
る被告会社との本件委託契約を解約して,原告を被告Aの下には戻さず,
かつ,G荘の賃貸借契約も解約する旨口頭で通知し,被告会社の同意の
下で,G荘から原告の所有動産類を搬出した。
(被告らの主張)
原告の主張は争う。
(ア)被告らが,原告の所在をBに知らせなかったのは,原告が暴力団を
利用した際,Bが暴力団に多額の金員を交付したため,暴力団が,再度
の金員欲しさに,原告を捜すおそれが存したこと,及びBが暴力団にD
寮の所在を開示するなどした前例が存したため,原告の安全を確保する
には,Bに住所を開示することが適切でないと判断したからである。
また,Nが,Bと面談し,賃貸借契約書の内容を説明し,これに署名
押印してもらった際,1日に1度はNに連絡するよう要請したにもかか
わらず,連絡してこなかったのはB自身である。
(イ)さらに,G荘は,普通の民家であって,外部のみから施錠すること
は不可能であり,Nも四六時中監視していたわけではなかったから,原
告が野外に出ることは十分可能であった。
加えて,Bの要請で,H弁護士が本件委託契約の解除を告げた際にも,
被告らは直ちに応じており,これを妨害することは一切なかった。
(ウ)上記各事情は,平成14年2月21日には,当時被告会社代理人で
あったI弁護士から書面でH弁護士に説明されていたところ,この説明
で原告が納得したからこそ,同時点では,これ以上の紛争にならなかっ
たのである。
オ被告Aらによる原告のプライバシー権,肖像権の侵害の有無について
(原告の主張)
(ア)被告Aは,あらかじめ,Bに対し,原告をその自宅から拉致する際
にFらNHK職員を同行すること,及びその取材・撮影に協力するよう
指示した。その際,被告Aは,取材及び撮影に協力しないのであれば,
原告を連れ出しに行かないと述べた。
(イ)そして,被告Aは,「メンタルケア」と称する業務を原告に行うに
際して,対象者である原告のプライバシー権の保護を何ら顧慮すること
なく,Fらを伴って,原告の承諾なくしてその居室内に侵入し,原告や
Bらの修羅場のような居室内の様子を至近距離から撮影することを許容
した。
報道機関が,原告の承諾を得ずにテレビカメラを持ち込み,被告Aら
の突然の侵入によって恐怖と精神的混乱に陥っている原告の様子を撮影,
取材することは,原告のプライバシー及び肖像権を侵害し,原告の自尊
心を著しく傷つける違法行為であることは明らかである。
(ウ)NHKは,11月23日,「ホリデーにっぽん・親が直れば,子も
直る∼ひきこもり・非行を乗り越えて」との番組名で,被告Aが原告の
自室に侵入した際の上記場面をそのまま放映し,原告の実名と顔の映像
を公表した。
原告は,そのような映像が放映されることは,あらかじめ知らされて
いなかったので,後にその放映の内容を知ってショックを受け,H弁護
士の援助によって,被告Aの支配下から脱出して自宅へ戻ってからも,
周囲の目が気になり,外出も一層困難になって苦しむことになった。
(エ)被告Aは,上記番組の放映当時,Bの委託により原告を監護してい
たものであるから,プライバシーや肖像権を含む原告の権利・利益を適
切に保護する注意義務を負担していた。
そして,NHKによる上記のような撮影,取材及び放映は,被告Aの
指示によりBが同意していたとしても,実質的には被告らの宣伝のため
に被告Aが指示し,許諾したものであるから,被告Aは,その取材対象
とされた原告の法的保護に値する権利・利益を故意又は重大な過失によ
り侵害したものであり,かつ,上記の原告に対する監護上の注意義務に
も故意又は重大な過失により違反したものであって,被告らの原告に対
する不法行為の一部を構成する。
(オ)仮に,Bが,被告Aの指示を受けて,NHKによる上記撮影,取材
並びに実名及び顔写真の放映に同意したとしても,それは親権の濫用で
あって,原告に対するプライバシーの権利や肖像権侵害の違法性を阻却
するものではない。
被告Aは,被告らの利益を図るために,Bに対して上記のような親権
濫用を指示したのであって,本件のように,プライバシー及び肖像権を
侵害し,原告の自尊心を著しく傷つける報道機関の撮影,取材及び放映
を許諾する権限は,親権者も有していない。
それは,国連子どもの権利条約第16条が,子どものプライバシーは
子ども自身の権利であると定めていることに照らしても明らかである。
なお,被告らは,原告がNHKに対してプライバシー権及び肖像権侵
害による訴えを提起していないことを批判するが,これは,撮影等につ
いて,Bが同意し,原告も外見的には承諾していたからにすぎない。
(被告らの主張)
原告の主張は争う。
NHKは,撮影,取材及び放映を行うについて,Bの承諾を得ていた。ま
た,放映前には,その可否を原告にも確認している。
なお,原告は,行為者であるNHKをプライバシー権及び肖像権侵害で訴
えなかったのは,Bが同意し,自分も外見的には承諾していたからであると
主張するが,そうであれば,なぜ行為者でない被告らが不法行為責任を負う
のか全く理解できない。
(2)消滅時効の成否
(被告らの主張)
ア原告は,平成14年1月にG荘を退去しているところ,本訴提起は平成
17年7月22日であるから,その時点で3年以上が経過している。
もっとも,原告は,被告らに対し,平成17年1月24日付け内容証明
郵便を送付しているが,損害金額を特定しておらず,時効中断事由である
催告の書面とはとてもいえない。
イまた,原告は,被告らによる前記行為を一連の継続的な不法行為と主張
するが,NHKによる取材,放映に対する同意を含め,被告らの行為につ
いては,これを一連の継続的な不法行為と見るべきではなく,すべて個々
の行為と見るのが適切である。
したがって,原告が,被告らに対し,平成17年1月26日に損害賠償
の支払催告をしたとしても,平成14年1月25日以前の行為については,
もはや消滅時効が成立している。
ウとすれば,仮に同日以前の被告らの行為が原告に対する不法行為を構成
するとしても,消滅時効により損害賠償請求は認められないから,被告ら
は,本訴において,消滅時効援用の意思表示を行う。
(原告の主張)
被告らの主張は争う。
ア被告らの行為は,拉致が行われた8月12日からH弁護士によって被告
会社との本件委託契約が解消された平成14年1月28日までの間,原告
を暴力的・心理的支配下に置いていたものであるから,被告会社の事業の
一環としてなされた被告Aによる原告に対する一連の継続的な不法行為と
いうべきである。
イ原告は,平成17年1月26日に被告らに到達した内容証明郵便により,
本件の不法行為による損害賠償の請求をした。その上で,原告は,同年7
月22日,名古屋地方裁判所に対し本件訴えを提起した。
したがって,NHKによる放送行為も含め,被告らの不法行為に基づく
損害賠償請求権について,消滅時効は成立していない。
(3)被告らの責任と損害
(原告の主張)
ア被告Aの原告に対する不法行為は,被告会社の営利事業の一環として行
われたものであり,及び被告Aは,被告会社の役員の職務に関して不法行
為を行ったものであることは明らかである。
そして,被告会社代表取締役Pは,実質的経営者である被告Aが上記不
法行為を実行することを当然承認していたものであるから,被告Aの不法
行為は,被告会社代表者の行為,あるいはその許諾の下に行われた行為と
評価すべきである。
よって,被告会社は,民法709条,715条1項,有限会社法32条,
改正前の商法78条2項,民法44条1項に基づき,上記不法行為によっ
て原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
また,被告Aは,民法709条,有限会社法30条ノ3第1項により,
被告会社と連帯して上記不法行為により原告に生じた損害を賠償すべき責
任がある。
イ被告らの不法行為により原告が受けた精神的苦痛を慰謝するには,50
0万円を下らない金員が必要である。
(被告らの主張)
原告の主張は争う。
第3当裁判所の判断
1前記前提事実に証拠(甲1の1・2,4,6の1・2,7,8の1,9及び
10の各1ないし3,14ないし16,18,21,乙1ないし3,4の1な
いし130,5ないし8,原告本人,被告A本人。ただし,認定に反する部分
を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
(1)当事者等
ア原告は,歯科医であった父と内科小児科医であるBの間の子であるとこ
ろ,平成11年4月15日に父が死亡したため,平成13年当時,Bが原
告の単独親権者であった。原告には,当時,Bのほかに祖母,姉及び妹が
おり,5名で自宅にて生活していた。
原告は,父親が死亡した中学2年生のころから学校を欠席することがあ
った。原告は,中学校を卒業後,県立高校に進学したところ,入学後数日
間は登校したものの,すぐに不登校となり,平成13年5月ころからは,
1日当たり1,2回の食事のためや新聞を取るために部屋を出ることはあ
るものの,それ以外は専ら自室に閉じこもって生活するようになった。そ
して,原告は,6月ころ,担任から単位が不足することを指摘されたこと
から,上記高校を退学した。
イ被告会社は,学習塾の経営,学習塾に入塾希望の児童を希望に沿った学
習塾を選定し,紹介,斡旋する業務及び教育資材の販売等を目的とする有
限会社である。
被告会社は,いわゆる不登校・引きこもりの子どもの自立支援を標榜し
て,「メンタルケア」と称する子ども及びその親に対する指導を行ってい
る。その指導方法は,「C」の名称で,親などの家族に対するセミナーを
毎月2回実施したり,また,名古屋市a区所在のD寮において,不登校・
引きこもりの子どもを親から預かり,集団生活をさせながら指導すること
で自立を支援するというものである。
被告Aは,被告会社の実質的な経営者(取締役)であるとともに,Cの
主宰者であり,D寮における事業を含め,被告会社のメンタルケア事業に
ついても,中心的立場で活動している。
(2)原告によるD寮入寮の経緯等
アB及び原告の祖母は,上記(1)アのような原告の状態を心配していたと
ころ,テレビ番組で被告A及び被告会社の存在を知り,Bは,5月中旬こ
ろ,被告Aに相談の手紙を送った。
Bの手紙を読んだ被告Aは,6月13日,Bと面接し,原告の状況を聴
いた上で,Bに対して,原告をD寮に入寮させるとともに,月2回日曜日
に行うCに家族で参加するよう求めた。このような交渉を経て,Bは,原
告を被告Aに預けることを決め,6月20日,被告会社との間で,「問題
行動の改善を目的として」,原告をD寮に入寮させ,被告会社にそのため
の教育及び訓練を委託する内容の本件委託契約を締結し,それとともに,
B,原告の祖母,妹は,Cに参加するなどした。
そこで,被告Aは,Bに対し,8月12日に迎えに行くが,その際,N
HKの取材があるので同意すべきこと,被告A及びE(Mの知人であって,
被告Aから同行を依頼された人物)及びNHKの職員3人の合計5人が原
告を迎えに行くので,5人分の列車の往復切符を購入して送ってもらいた
いことを連絡した。Bは,この申出を了解し,5枚の切符を購入して被告
Aに送った。
イ被告Aは,8月12日,E,NHK名古屋放送センター報道部のF,カ
メラマン及び音声係の4人を伴って原告宅を訪れた。また,事前に連絡を
受けていた近所の住人及び原告の父の友人も来ていた。
そして,被告Aら,B,原告の祖母,姉及び妹は,原告の居室に入り,
B及び祖母は,原告にD寮へ行くよう説得したが,原告はこれに応じよう
とはしなかった。その際,被告Aは,Bに対し,「原告を殴れ。」と発言
したが,Bは原告を殴らなかった。そのようなやりとりをしている間,B
は,診療所の看護師夫妻に自宅の出口を見張ってもらっていた。
やがて,被告Aから,これからどうするつもりかと問われた原告が,働
くつもりであると言ったため,一同は,原告宅の近所にある新聞配達店及
びガソリンスタンドを訪れ,就職の申込みをしたが,いずれも断られた。
その後,自宅近くの公園に移動し,D寮への入寮を求める被告Aらとこれ
に応じない原告との間で話合いが続けられたが,原告の部屋に入ってから
数時間が経過したころ,業を煮やしたEが,「もう新幹線の時間だ。早く
しろ。」などと促し,Bも,1か月だけでも入寮してもらいたいと述べた
ことから,原告は抵抗することをあきらめ,「自分で歩いて行く。」と発
言した。そして,原告は,同日,被告Aらと共に新幹線を利用して名古屋
へ行き,D寮に入寮した。列車内では,原告の隣にEが,通路を挟んだ右
側に被告Aが座った。
なお,D寮へ行くことが決まるまでの間,NHKのスタッフが,上記の
状況を撮影及び取材していた。
Bは,原告がD寮に入寮したすぐ後に,被告Aに対して,原告の面倒を
よく見てもらいたいと考えて100万円を渡したが,被告Aから返金され
た。
(3)D寮及びG荘での生活等
ア原告は,8月12日からD寮において他の寮生らと集団生活を始めたと
ころ,その日課は,午前5時55分ころに起床し,午前中は学習,午後は
様々な作業,夜間は午前中の学習の間違い直しなどで,就寝は午後12時
ころになることもあった。
原告は,隙を見て逃走しようと考えていたところ,9月7日,他の寮生
と共にD寮を抜け出したが,同日,D寮に連れ戻された。その際,原告ら
は,寮を抜け出した後に自転車を盗んだ旨述べたため,盗みとD寮を抜け
出した罰として,被告Aの指示で,頭髪を丸刈りにされた。
原告は,同月25日にもD寮を抜け出し,歩いて自宅まで帰ろうとした
ところ,原告がD寮を抜け出したことを知った被告Aは,Bに対し,ファ
ックスで,自宅をすべて施錠し,自宅内へ原告を入れてはならないことや,
原告が何をするか分からない危険な子どもだという情報を警察に提供して
警察官の出動を促すことなどを指示した。
原告は,同月26日朝,愛知県豊田市内で疲れのために通りすがりの人
物に助けを求め,その人物の家で過ごした後,同月29日に,この人物に
自宅へ送ってもらった。なお,原告は,その間に,上記人物が暴力団関係
者であることを知った。
イ原告は,自宅に着いたものの,Bから,被告Aらが連れ戻しにくると聞
かされたことと,本件委託契約を解約して自宅に戻れるようにすると言わ
れたことから,D寮に戻ることとし,同日夜,Bと共にD寮へ戻った。
帰寮した原告は,同日午後10時ないし11時ころから翌30日午前2
時ころまで,被告A,M及びD寮の寮生らに囲まれたミーティングと称す
る会合で,批判・非難を受けた。その際,Bは,被告Aから原告を殴るよ
う指示されたが,Bは,これに従うことができず,被告Aに対する不信感
が芽生えた。
原告は,同日早朝,三度,D寮から逃げ出し,名古屋市内のホテルに宿
泊していたBと連絡を取って,一緒に自宅へ戻るべく,名古屋駅で待ち合
わせる約束をした。
原告が逃げ出したことを知った被告Aは,Bと連絡を取って,名古屋駅
内の喫茶店で会い,自分は当日福井での講演があるから,Fを呼んで,原
告を連れ戻してもらうと話した。そして,被告Aから連絡を受けたFは,
その要請を容れて協力することとし,JR名古屋駅に来て原告を見つけ,
タクシーに乗せてD寮まで連れ戻した。帰寮した原告は,Mからこづかれ
たり,顔面付近を叩かれたりした。
連絡を受けた原告の祖母,姉及び妹も,同日,D寮を訪れ,原告を自宅
へ帰宅させるかD寮に残して指導を続けるかについて話し合った。話合い
の中で,原告の姉及び妹は,原告には自宅に戻ってきてほしくないと述べ
たため,結局,原告の家族は,原告を自宅へ連れて行くことはせず,その
後も原告がD寮において集団生活を送ることを委ねた。
ウNHKは,11月23日,「ホリデーにっぽん・親が直れば,子も直る
∼ひきこもり・非行を乗り越えて」とのタイトルで,被告Aらが原告の居
室に入った場面及びD寮入寮後に撮影した原告の生活について放映した。
その際,原告の実名を出し,顔を隠すことなく放映した。
事前に上記番組の放映について了承を求められた原告は,反対の意思を
示すことはしなかったが,複雑な気持を抱いた。その後,原告は,Fから
物品(腕時計)を提供されている。
エBは,12月初旬,被告Aから,原告が暴力団に連れ去られたとの連絡
を受け,D寮へ向かった。実際,原告は,暴力団関係者に自宅へ送っても
らい,自宅で過ごした後,姉と共にD寮へ戻った。
そこで,被告Aは,Bに指示して,G荘の一室を賃借させ,同月8日,
そこに原告を移して独居させた。被告Aは,同室に鍵は掛けなかったもの
の,単独での外出禁止を原告に命じ,また,Bが暴力団組員にG荘の住所
を教える可能性があると考え,G荘の住所は教えなかった。
原告は,G荘で一人で生活し,学習等をするよう指導されており,被告
会社のインストラクターと称するNが,原告の指導係として,その監督や
食料の調達等を行っていた。G荘には電話及びテレビはなく,原告は所持
金も有していなかったため,そこから抜け出すことは事実上の困難を伴っ
た。
オH弁護士は,原告の居場所も知らせてくれない被告Aに不信感を抱いた
Bからの依頼を受け,平成14年1月24日,Nと連絡を取り,親権者に
子どもの居場所を知らせないことは違法である旨伝えた。
これを受けた被告Aは,I弁護士に処理を依頼した結果,H弁護士は,
同月25日,I弁護士及びNの立会の下,G荘で原告と面会することがで
き,そのまま原告をH弁護士の事務所へ同行させた。そこで,H弁護士は,
原告の意向を確認したところ,D寮に帰りたくないとの回答を得たので,
同日の夜はとりあえず原告を自宅に宿泊させ,翌26日,原告が関心を示
した金沢市内のオープンハウスに連れて行き,同夜はそこに宿泊させた上,
同月27日,名古屋に戻って,原告を迎えに来たBと事務所で面接した。
そして,原告は,同日,Bとともに自宅へ戻った。
H弁護士は,同月28日,Bの代理人として,Nに対し,原告に関する
被告会社との本件委託契約を解約し,原告を被告Aの下には戻さず,かつ,
G荘の賃貸借契約も解約する旨口頭で通知した上,G荘から原告の所有動
産類を搬出した。
カH弁護士は,平成17年1月24日付け内容証明郵便により,被告らに
対し,原告に対する不法行為を理由に,損害賠償を請求すること,金額は
あえて特定せず,被告らが謝罪の意思を誠実に表す金額を提示すべきこと
を通知し,同書面は,同月26日,被告らに到達した。
その後,原告は,同月27日付け内容証明郵便をもって,上記請求には
応じられない旨の被告らの回答を得たので,同年7月22日,本訴を提起
した。
2上記認定事実を基に,原告の被告らに対する損害賠償請求の当否について判
断する。
(1)一般に,子どもに対する教育は,その人格,才能並びに精神的及び身体的
な能力をその可能な最大限度まで発達させることを指向すべきものであり
(児童の権利に関する条約29条1項(a)参照),保護者,監護者であって
も,身体的若しくは精神的な暴力,傷害若しくは虐待,放置若しくは怠慢な
取扱い,不当な取扱い又は搾取を行うことは許されないと解される(同19
条1項参照)。
もっとも,子どもは,その未熟さゆえに,社会的な規範を逸脱する行動を
取ることがあるから,そのような場合,保護者・監護者は,社会的に相当と
認められる範囲内の手段,方法をもって,懲戒権を行使することができるこ
とはいうまでもない。このことは,親権者や学校教育に携わる者にとどまら
ず,これらの者から監護,教育を委託された者であっても,基本的に妥当す
ると考えられる。ただし,この場合であっても,体罰は,原則として上記範
囲を超えるものとして,違法性を帯びるというべきである(学校教育法11
条ただし書参照)。
また,暴力や体罰に至らない程度の自由の制約や,学習や作業の押し付け
については,その目的・趣旨,形態,程度等を総合し,社会通念上,許容さ
れる範囲内の行為か否かによって,違法性の有無を判断すべきものである。
(2)この点について,原告は,被告らによる引きこもり・不登校児童に対する
教育・指導方法は,子どもが悩んでいる状態を否定し,あるいは暴力を用い
て子どもの抵抗を抑圧するなどして,従順に行動するようコントロールする
ものであり,何らの合理性,必要性も認められない誤った方法である旨主張
する。
暴力を用いることが原則として不法行為法上の違法をもたらすことは上記
のとおりであるが,被告らが実践している指導方法が,果たして不登校・引
きこもりの子どもを立ち直らせる実際上の効果を有するものか否かについて
は,様々な議論があり得るところ(乙8には,被告らによる実績を誇示する
記述があるのに対し,甲19,20は,その指導方法に疑問,批判を投げか
けている。),本件においては,これを実証する証拠がない上,そもそも,
このような教育学的な方法論の当否については,裁判所による認定・判断に
なじまないと考えられる(少なくとも,専門家等によって,いろいろな議論
や実践が試みられている割りには,現代社会における引きこもり・不登校問
題の深刻さが解消するきざしが見えていないことは公知の事実である。)。
そして,教育上の効果がないことから,直ちに被告らの行為が不法行為と
評価されるものではない一方,効果があるからといって,どのような手段・
方法を採っても違法でないといえるものでもない。結局,被告らの行為が不
法行為と評価されるか否かは,上記のとおり,諸事情を総合し,社会通念上,
許容される範囲内の行為か否かによって,個別的に判断していくほかないと
いうべきである。
(3)かかる観点から判断すると,被告らの行為のうち,少なくとも,①原告の
事前承諾を得ることなく,NHK関係者が原告の居室内や容ぼう等を撮影す
るのに便宜を与えた行為,②原告の頭髪を丸刈りにした行為,③Mが原告を
こづいたり,顔面付近を叩いたりした行為は,違法と評価する余地が十分に
認められるというべきである。
この点について,被告らは,①については,事前にBの同意を得ていたと
主張するが,この事実があるからといって,本人の承諾を得ることなく,思
春期である15歳の少年のプライバシーに関する内容を撮影するについて便
宜を与えた行為を適法化するものとは考え難く,特に,被告AがFらを同行
したのは,引きこもり・不登校問題についての社会的関心を集めることより
も,これが放映されることによる自己の社会的評価を高めようとする意図に
出たと推測されることを考慮すると,原告に対する配慮を欠く行為と評価さ
れてもやむを得ないというべきである。また,②については,盗みがいけな
いことを理解できない原告に対する教育的効果を求めた行為であって(もっ
とも,甲15及び原告本人の供述では,自転車の盗みの話は所持金の存在を
隠すための方便にすぎないとされている。),親権者であったBから承諾を
得ていたと主張するが,これが体罰の一種であることは否定できない上に,
頭髪を丸刈りにされることによって,男子であっても一定の屈辱感がもたら
されることを考慮すると,これが社会通念上相当な行為とはいえない。さら
に,③については,かかる暴力的行為の存在を否定するが,甲4によれば,
同日ころの原告の首や唇に傷跡のようなものが見えること,甲14,15に
は,やや誇張されているとの印象は拭えないものの,暴行を受けたときの状
況が具体的に記載されていること(甲21にも同旨の記載がある。),被告
Aも,本人尋問において,Mが原告を突いたことはあるかもしれないと供述
していることなどを総合すれば,Mは,度重なる抜け出しに対する懲罰とし
て,上記の暴行を行ったと推認するのが相当である。
(4)すすんで,消滅時効の主張について判断するに,上記認定事実のとおり,
Bから依頼を受けたH弁護士は,平成14年1月25日,G荘で原告に面会
した後,そのまま同弁護士の事務所に同行し,原告の意向を確認した上,同
夜は同弁護士の自宅に宿泊させたこと,H弁護士は,翌26日,原告を金沢
市内のオープンハウスの催しに連れて行き,同夜はそこで宿泊して,同月2
7日,名古屋に戻って迎えに来たBに面接したこと,その結果,原告は,一
度も被告らの監督・支配下にあるD寮やG荘に戻ることなく,同日,Bと共
に自宅に戻ったこと,以上の事実が明らかである。
ところで,消滅時効は,権利を行使することができる時から進行すると規
定されている(民法166条1項)ところ,ここにいう権利を行使すること
ができるとは,一般に,権利を行使することについて法律上の障害がなくな
ったというだけでなく,権利の性質上その行使が現実に期待することができ
ることを要すると解される(最高裁昭和45年7月15日大法廷判決・民集
24巻7号771頁ほか参照)。これを本件についてみるに,原告は,平成
14年1月25日にH弁護士に面会し,同弁護士に同行してG荘を離れて以
来,一度も被告らの管理,支配下に戻ることがなかったというのであるから,
同日以降は,原告が被告らに対して損害賠償を請求することが現実にも期待
できたといわざるを得ない(H弁護士が本件委託契約を解約する旨の意思表
示をしたのは同月28日であるが,Bが締結した同契約が終了しなければ,
原告による不法行為法上の権利行使が法律上あるいは事実上困難であるとは
考えられない。)。
そうすると,同請求権の消滅時効は,同月26日から進行を開始する(初
日不算入)から,平成17年1月25日の満了をもって完成することが明ら
かである。しかるところ,原告が被告らに対して損害賠償を求める前記内容
証明郵便が到達したのは同月26日であるから,仮に同書面の内容が民法1
53条所定の催告としての適格性を満たすとしても,なお,消滅時効の中断
事由にはなり得ないといわざるを得ない。
しかして,被告らが,本訴において消滅時効援用の意思表示をしたことは,
本件記録上明らかである(NHKの放送行為については答弁書,被告らの行
為については第3回口頭弁論調書)から,結局,被告らの行為が一連の継続
的不法行為と評価できるか否かにかかわらず,不法行為に基づく損害賠償請
求権は消滅していると判断せざるを得ない。
3結論
以上の次第で,原告の被告らに対する本訴請求は,その余について検討する
までもなく,いずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につ
き,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第4部
裁判長裁判官加藤幸雄
裁判官倉澤守春
裁判官奥田大助

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