弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決のうち、主文B項一を破棄し、右部分につき、被上告人の控訴を
棄却する。
     上告人のその余の上告を棄却する。
     訴訟の総費用はこれを三分し、その一を上告人の、その余を被上告人の
負担とし、参加によって生じた訴訟の総費用はこれを三分し、その一を上告人の、
その余を被上告補助参加人の負担とする。
         理    由
 第一 上告代理人中町誠の上告理由第三点について
 一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 上告人は、精密小型モーターの製造、販売を業とする株式会社であり、本社
のほか、柏市にD事業所を、土浦市、高松市、鶴岡市に各事業所を有していた。被
上告補助参加人(以下「組合」という。)は、上告人及びその子会社の従業員らに
より昭和四九年一二月二二日に結成された労働組合である。
 2 組合は、昭和五〇年五月一二日公然化大会を開き、翌一三日上告人に対して
組合結成を通知するとともに、要求書を提出した。上告人と組合とは同月一五日以
降要求事項について団体交渉を重ねていたが、夏期一時金等に関する要求に対する
上告人の回答を不満とした組合が、同年七月三日に統一時限ストライキを実施し、
上告人と組合との間に対立が生じた。
 3 上告人は、昭和五〇年五月ころ、組合との団体交渉の結果、D、土浦の各事
業所に組合事務所を設置することを基本的に了解した。D事業所について、同年六
月の団体交渉では、従業員食堂(以下「食堂」という。)に組合事務所を設置する
ことは上告人が拒絶したものの、設置場所について双方が案を提示し、その検討を
進める一方、既存事務棟の一部を暫定的に組合事務所として使用することを合意し、
その後上告人において必要な工事を実施した。ところが、同年七月上旬、組合が右
暫定的使用に関する協定書にまだ合意に至っていない最終的な組合事務所設置場所
等を内容とする覚書を添付して上告人に交付したことなどから、上告人は右協定の
締結に応じられないとし、その後、組合事務所の貸与について合意ができず、協定
が締結されないままとなっていた。
 4 上告人は、組合結成通知を受けて以来、会場使用許可願の提出があれば、業
務に支障がない限り組合に食堂の使用を許可していた。昭和五一年二月二三日午後
六時三〇分ころ、組合が上告人の許可を得て食堂の一角で春闘の学習会を行ってい
たところ、守衛のEが近づき、守衛業務として右学習会に参加していた者の氏名を
記録した。これを見た組合執行委員長らは、E守衛に抗議して右記録用紙の交付を
迫り、E守衛からこれを提出させた(以下、この事件を「E守衛事件」という。)。
その際、組合執行委員長らが暴言、脅迫を用いて記録用紙を取り上げたとまでは認
められないが、E守衛は少なくとも自発的に記録用紙を交付したものではない。ま
た、上告人が、企業施設の保安管理の必要から、就業時間後の食堂使用について守
衛に巡回させ、居残った者の人数及び氏名を確認させたことを特別不当とすべき事
情は認められない。
 組合は、翌二四日、E守衛の行動は組合活動に対する内政干渉であると抗議した
ところ、上告人は、同月二七日、組合に対し、就業時間終了後社内を巡回して残っ
ている者の氏名及び人数を確認することは守衛の重要業務であり、E守衛事件は極
めて重大な業務妨害行為であるとして、記録用紙の返還を求めるとともに、組合が
このような守衛業務を組合に対する内政干渉であるとする主張を今後も維持するの
であれば、上告人は組合に対し会社施設の使用を一切認めないとの警告及び通告を
行い、同日の組合からの食堂の使用許可願を却下した。
 ところが、組合は、会場使用許可願用紙を会場使用届と書き直して提出しただけ
で上告人の許可なく食堂を使用し、その後も、上告人が同年七月に食堂の出入口に
扉をつけて施錠するまで、食堂の使用に際して会場使用届を提出するのみで上告人
の許可を得なかった。上告人は、これに対し、組合の食堂使用は無許可使用である
として、食堂から組合員の退去を求め、電灯を消すなどして対抗した。
 組合は、同年三月九日、上告人に対し、食堂の使用等につき団体交渉を申し入れ
た。これに対し、上告人は、同月一一日に、食堂使用については、前記警告のとお
り、E守衛から取り上げた記録用紙の返還と陳謝があれば、事前の申入れにより組
合に使用を許可することがあると文書で回答をしたが、団体交渉には応じなかった。
 5 上告人は、同月一八日、組合に対し、(1) 所定の会場使用許可願を使用目
的、使用人数、使用時間を明確にして遅くとも前日までに提出すること、(2) 上
部団体の役員以外の外部者の入場は総務部長の許可を得ること、(3) 組合員以外
の入場を拒むような排他的な使用をしないこと等を組合が今後誠実に守る旨の意思
表示があれば、支障のない限り組合大会開催のため食堂の使用を許可する旨を文書
で申し入れた。組合は、右申入れに対し、同月二九日、(1) 上告人は正当な理由
がない限り組合による食堂の使用を拒まないこととし、組合が食堂を使用する場合
には従来どおり上告人の会場使用許可願用紙を用い事前に届け出ること、(2) 外
部者の入場は従来どおり制限すべきではないこと、(3) 組合は食堂使用に当たり、
上告人が意図的に組合介入を行わない限り、従来どおり非組合員の入場を拒むよう
な排他的使用はしないこと等を上告人に申し入れた。これに対し、上告人は、同年
四月五日、組合の右申入れは上告人の施設管理権を全く無視した要求であるから容
認することができず、組合が右見解を今後とも維持するのであれば、食堂使用は許
可できない旨を文書で回答した。
 6 千葉県地方労働委員会(以下「千葉地労委」という。)は、同年四月一三日、
上告人に対し、組合が組合会議、職場大会、分会大会等のため会場使用許可願を提
出して食堂の使用を申し入れたときは、上告人が使用する場合を除き、その使用を
拒否しないよう、また、組合事務所問題が解決するまで組合備品を食堂に保管して
使用することを認めるよう勧告したが、上告人は、同年五月一二日付け千葉地労委
あて上申書で、右勧告は食堂使用について許可制を認めているものの、ほとんど無
制限に近いものとしているとして、これを拒否した。
 7 上告人と組合は、千葉地労委の勧告に基づき、昭和五二年七月五日から同月
二七日までの間六回にわたり団体交渉を行い、食堂使用の問題を組合事務所貸与の
問題とともに話し合った。組合は、組合事務所について、上告人が設置する事務所
の面積については上告人の提案を受け入れてもよいが、その場合には、組合事務所
問題が解決するまで、食堂使用については前記6記載の千葉地労委の勧告どおり実
施してほしいと主張した。これに対し、上告人は、組合事務所貸与協定書に調印す
る前に組合主張のとおり食堂の使用を認めることは食堂が実質的に組合事務所化す
るおそれがあるため認められず、組合事務所貸与の問題が先決であること、組合が
前記5記載の昭和五一年三月一八日付け文書記載の条件を受諾すれば食堂を使用さ
せる意思のあることを主張し、結局、双方とも主張を譲らず、団体交渉は打ち切ら
れた。
 8 千葉地労委は、組合の申立てに係る千労委昭和五〇年(不)第三号不当労働
行為救済申立事件につき昭和五三年一月一三日付けで発した救済命令(以下「初審
命令」という。)において、右食堂使用をめぐる紛争に関し、上告人が組合の食堂
使用を排除しているのは不当労働行為に当たるとした。初審命令に対しては上告人
から再審査申立てがされたが、被上告人は、右再審査申立てに係る中労委昭和五三
年(不再)第四号事件につき昭和六二年五月二〇日付けでした命令(以下「本件命
令」という。)において、右部分に関しては、初審命令と同様不当労働行為に当た
ると判断し、その救済として、「上告人は、組合が支部大会及び分会大会開催のた
め、会場使用許可願を提出して、D事業所の食堂の使用を申し入れたときは、上告
人が自ら使用する等特段の事情のある場合を除き、その使用を拒否してはならない。
組合の支部大会及び分会大会以外の会議又は集会のためにする同食堂の使用許可の
範囲について、改めて組合から団体交渉の申入れのあったときは、上告人は、誠意
をもってそれに応じなければならない。」と命令した(以下、右部分に関する再審
査申立てを棄却した点を含め、「本件命令一」という。)。
 二 原審は、右事実関係の下において、次のとおり判断し、第一審判決中本件命
令一を取り消した部分を取り消して、本件命令一の取消しを求める上告人の請求を
棄却した。
 1 上告人が、E守衛事件を契機に、その直後組合の食堂使用について従前の取
扱いを変更したことには、合理的な理由がないとはいえないのであって、これをも
って施設管理権の濫用とまでいうことはできない。
 2 しかし、組合は、会社の物的施設内をその組合活動の主要な場所とせざるを
得ないのであるから、組合事務所が貸与されていない現状において、前示の程度の
事実があったからといって、食堂の使用を、一時的にはともかく、一切拒否し続け
るならば、組合の組合活動を著しく困難にすることが明らかであり、昭和五一年四
月五日の食堂使用不許可の回答以後の会社の対応は、組合運営に対する支配介入に
当たるものというべきである。組合が上告人の許可を得ることなく食堂を使用する
ことを続けたことは、上告人の施設管理権に対する侵害というべきであるが、右の
ような組合の行為があったからといって、上告人の食堂使用拒否が正当とされるこ
とにはならず、組合の食堂の使用を一切不許可としたことは、施設管理権の濫用に
当たり、不当労働行為に当たるというべきである。
 三 しかし、原審の右二の2の判断は是認することができない。その理由は、次
のとおりである。
 当該企業に雇用される労働者のみをもって組織される労働組合(いわゆる企業内
組合)は、当該企業の物的施設(以下「企業施設」という。)内をその活動の主要
な場とせざるを得ないのが実情であり、その活動につき企業施設を利用する必要性
の大きいことは否定することができない。しかし、労働組合が当然に使用者の所有
し管理する企業施設を利用する権利を保障されているということはできず、労働組
合による企業施設の利用は、本来、使用者との団体交渉等による合意に基づいて行
われるべきものであって、労働組合にとって利用の必要性が大きいことのゆえに、
労働組合又はその組合員において企業施設を使用者の許諾なしに組合活動のために
利用し得る権限を取得し、また、使用者において労働組合又はその組合員の組合活
動のためにする企業施設の利用を受忍しなければならない義務を負うと解すべき理
由はない。そして、労働組合又はその組合員が使用者の許諾を得ないで企業施設を
利用して組合活動を行うことは、これらの者に対しその利用を許さないことが当該
企業施設につき使用者が有する権利の濫用であると認められるような特段の事情が
ある場合を除いては、当該企業施設を管理利用する使用者の権限を侵し、企業秩序
を乱すものであり、正当な組合活動に当たらない(最高裁昭和四九年(オ)第一一
八八号同五四年一〇月三〇日第三小法廷判決・民集三三巻六号六四七頁、最高裁昭
和六三年(行ツ)第一五七号平成元年一二月一一日第二小法廷判決・民集四三巻一
二号一七八六頁参照)。
 もとより、使用者が労働組合による企業施設の利用を拒否する行為を通して労働
組合の弱体化を図ろうとする場合に不当労働行為が成立し得ることはいうまでもな
いが、右に説示したとおり、使用者が組合集会等のための企業施設の利用を労働組
合又はその組合員に許諾するかどうかは、原則として、使用者の自由な判断にゆだ
ねられており、使用者がその利用を受忍しなければならない義務を負うものではな
いから、右の権利の濫用であると認められるような特段の事情がある場合を除いて
は、使用者が利用を許諾しないからといって、直ちに団結権を侵害し、不当労働行
為を構成するということはできない。
 これを本件についてみると、組合結成通知を受けてからE守衛事件まで約九箇月
にわたり、上告人は、許可願の提出があれば業務に支障のない限り食堂の使用を許
可していたというのであるが、そのことから直ちに上告人が組合に対し食堂の使用
につき包括的に許諾をしていたものということはできず、その取扱いを変更するこ
とが許されなくなるものではない。一方、E守衛事件が起きた直後に上告人から会
場使用許可願を却下されて以来、組合は、上告人所定の会場使用許可願用紙を勝手
に書き変えた使用届を提出するだけで、上告人の許可なく食堂を使用するようにな
り、こうした無許可使用を上告人が食堂に施錠するようになるまで五箇月近く続け
ていたのであって、これが上告人の施設管理権を無視するものであり、正当な組合
活動に当たらないことはいうまでもない。上告人は、組合に対し、所定の会場使用
許可願を提出すること、上部団体の役員以外の外部者の入場は総務部長の許可を得
ること、排他的使用をしないことを条件に、支障のない限り、組合大会開催のため
食堂の使用を許可することを提案しているのであって、このような提案は、施設管
理者の立場からは合理的理由のあるものであり、許可する集会の範囲が限定的であ
るとしても、組合の拒否を見越して形式的な提案をしたにすぎないということはで
きない。また、上告人は組合に対し使用を拒む正当な理由がない限り食堂を使用さ
せることとし、外部者の入場は制限すべきではないなどとする組合からの提案も、
上告人の施設管理権を過少に評価し、あたかも組合に食堂の利用権限があることを
前提とするかのような提案であって、組合による無許可使用の繰り返しの事実を併
せ考えるならば、上告人の施設管理権を無視した要求であると上告人が受け止めた
ことは無理からぬところである。そうすると、上告人が、E守衛事件を契機として、
従前の取扱いを変更し、その後、食堂使用について施設管理権を前提とした合理的
な準則を定立しようとして、上告人の施設管理権を無視する組合に対し使用を拒否
し、使用条件について合意が成立しない結果、自己の見解を維持する組合に対し食
堂を使用させない状態が続いたことも、やむを得ないものというべきである。
 以上によれば、本件で問題となっている施設が食堂であって、組合がそれを使用
することによる上告人の業務上の支障が一般的に大きいとはいえないこと、組合事
務所の貸与を受けていないことから食堂の使用を認められないと企業内での組合活
動が困難となること、上告人が労働委員会の勧告を拒否したことなどの事情を考慮
してもなお、条件が折り合わないまま、上告人が組合又はその組合員に対し食堂の
使用を許諾しない状態が続いていることをもって、上告人の権利の濫用であると認
めるべき特段の事情があるとはいえず、組合の弱体化を図ろうとしたものであると
も断じ得ないから、上告人の食堂使用の拒否が不当労働行為に当たるということは
できない。
 そうすると、本件命令一を適法であるとした原審の判断には、労働組合法七条三
号の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ず、その違法が判決の結論に影響
を及ぼすことは明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決のうち本件
命令一に関する部分は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、本件命令一を
違法として取り消した第一審判決は正当であり、右部分に関する被上告人の控訴は
これを棄却すべきである。
 第二 同第四点について
 一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、前記第一の一1及び2の各事実の
ほか、次のとおりである。
 1 上告人は、昭和五〇年四月二一日、D事業所の従業員代表との間で労働基準
法三六条に規定するいわゆる三六協定を締結し、松戸労働基準監督署長に届け出て、
残業を実施していた。ところが、組合は、同年六月五日の団体交渉において右三六
協定は無効であると主張し、同年九月一八日、上告人に対し、組合は従業員の過半
数で組織されている組合であるから、組合との間で三六協定を締結するよう要求し
た。
 2 松戸労働基準監督署は、組合から右三六協定の適法性についての異議が出さ
れたことから、上告人に対し、同年一〇月二二日、右三六協定の締結当事者である
従業員代表の選任方法に疑義があるとして是正勧告をし、さらに、同年一一月七日、
右従業員代表が三六協定の締結当事者としての資格要件を欠くとして、残業を中止
するよう指示したため、上告人は残業を中止した。
 3 上告人は、同月四日、組合が三六協定の締結当事者としての適格があるか否
かを知る必要があるとして、組合に対し組合員名簿の提出を求めたが、組合はこれ
を拒否した。上告人は、同月一一日は団体交渉において、同月一四日及び一八日に
は文書で、重ねて組合員名簿の提出を求めたが、組合はこれに応じなかった。
 4 上告人は、同月一八日、本社、Dその他の各事業所において、所属課長を通
じて、就業時間中に一斉に、従業員全員に対し、別紙のとおりの文面で組合加入の
有無を調査する照会票(以下「本件照会票」という。)を配付し、記名の上即刻回
答するよう求めた。
 5 組合は、同日、上告人に対し、本件照会票の配付は組合に対する不当な介入
であるとして、謝罪等を求めた。上告人と組合は、同月二一日、本件照会票配付の
件について団体交渉を行ったが、組合が本件照会票の配付は組合に対する支配介入
であると主張したのに対し、上告人は、三六協定を締結する以上は、組合員が従業
員の過半数を超えているかどうかを知る必要があり、再三にわたり組合員名簿の提
出を求めたにもかかわらず提出されなかったので、調査する以外に方法がなかった
と主張し、双方の主張が対立したままであった。
 6 上告人が本件照会票に対する回答書を集計したところ、D事業所では従業員
の過半数の者が非組合員と回答していた。そこで、上告人は、同年一二月四日、D
事業所につき非組合員であるFほか五名の従業員代表と三六協定を締結して松戸労
働基準監督署長に届け出、同月九日同署から右三六協定が適法である旨の連絡を受
けた。また、土浦事業所においても同月四日までに従業員代表との間で三六協定を
締結した。
 7 初審命令及び本件命令は、いずれも、本件照会票を配付してした組合加入状
況の調査は不当労働行為に当たるとして、組合の組合員に対して組合加入の有無を
照会するなどして組合の運営に介入してはならないと命じ、かつ、右調査に関する
いわゆるポストノーティスを命じた(以下、本件命令中これらに関する部分を、再
審査申立てを棄却した点を含め、「本件命令二」という。)。
 二 原審は、右事実関係の下において、次のとおり判断し、第一審判決中本件命
令二を取り消した部分を取り消して、本件命令二の取消しを求める上告人の請求を
棄却した。
 上告人は、早急に新たな三六協定を締結する必要に迫られていたため、組合が三
六協定の締結当事者としての適格性を有しているか否かを確かめようとして、組合
に組合員名簿の提出を求めたが、これを拒否されたため、本件照会票を配付して組
合加入状況を調査したものであるが、右適格性の有無、すなわち組合が従業員の過
半数の組合員によって組織されているか否かは、組合加入の有無について無記名秘
密投票の形式によって調査すれば判明することであって、あえて、各個の従業員に
ついて組合加入の有無を調査しなければ判明し得ないものではない。上告人が右の
無記名秘密投票の形式を採ることなく記名式の本件照会票を交付したことは、組合
員の氏名を知ろうとした行為であり、そのような行為は組合員に動揺を与え、組合
の弱体化を図るものであって、支配介入に当たる。
 三 しかし、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおり
である。
 労働組合には、その組合員の範囲を使用者に知らせる義務あるいは組合員名簿を
使用者に提出する義務が一般的にあるわけではない。他方、使用者がその雇用する
労働者のうち誰が組合員であるかを知ろうとすることは、それ自体として禁止され
ているものではなく、協約の締結、賃金交渉等の前提として個々の労働者の組合加
入の有無を把握する必要を生ずることも少なくない。もとより、本来使用者の自由
に属する行為であっても、労働者の団結権等との関係で一定の制約を被ることは免
れないが、右に述べたところからすれば、使用者が、組合加入が判明することによ
って具体的な不利益が生ずることをうかがわせるような状況の下で、組合員に動揺
を与えることを目的として組合加入についての調査をしたと認められるような場合
であれば格別、一般的に、使用者において個々の労働者が組合員であるかどうかを
知ろうとしたというだけで直ちに支配介入に当たるものではないというべきである。
 前記事実関係によれば、本件紛争当時、労働基準監督署が、組合からの異議に基
づき、現行の三六協定の適法性について疑義があるとして、上告人に対し時間外労
働の中止を指示したため、上告人は、残業を中止せざるを得ない事態に立ち至って
おり、早急に新たな三六協定を適法に締結する必要に迫られていた。他方、組合は、
事業場の労働者の過半数で組織する労働組合であるとして、上告人に対し組合との
間での三六協定の締結を要求していながら、その要件を確認するため再三にわたり
組合員名簿の提出を求められたのに対しては、これを拒否し続けていたのである。
上告人は、このように組合が協力しない状況の下で、組合の組織率を把握する必要
があったのであり、上告人が、無記名での回答によっては正確性を必ずしも担保で
きないとして、正確を期するために記名式の用紙による照会をしたとしても、無理
からぬところであり、これを不当視することは相当でない。使用者が組合員の氏名
を知ろうとしたというだけで直ちに支配介入に当たるものでないことは前記のとお
りであり、右のような状況の下においては、本件照会票の配付及び回答の指示が、
秘密投票の方法によるものでなかったことのみをもって、組合員に動揺を与え、組
合の弱体化を図るために組合員の氏名を知ろうとした行為であるということはでき
ない。したがって、本件照会票の配付及び回答の指示は、不当労働行為には当たら
ないというべきである。
 そうすると、本件照会票を配付してした組合加入状況の調査を不当労働行為に当
たるとし、本件命令二を適法であるとした原審の判断には、労働組合法七条三号の
解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ず、その違法が判決の結論に影響を及
ぼすことは明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決のうち本件命令
二に関する部分は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、本件命令二を違法
として取り消した第一審判決は正当であり、右部分に関する被上告人の控訴はこれ
を棄却すべきである。
 第三 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当とし
て是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属す
る証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論
難するものであって、採用することができない。
 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、
九六条、九四条、八九条、九二条に従い、上告理由第三点及び第四点について裁判
官河合伸一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決す
る。
 上告代理人中町誠の上告理由第三点及び第四点についての裁判官河合伸一の反対
意見は、次のとおりである。
 多数意見は、上告人が組合による食堂の使用を拒否していること及び本件照会票
を配付して組合加入状況を調査したことがいずれも不当労働行為に当たらず、本件
命令一及び二は取り消されるべきものであるというのであるが、私はこれに賛成す
ることができない。その理由は、以下のとおりである。
 第一 右上告理由第三点について
 一 企業施設の利用関係は使用者の有する施設管理権に服するものであり、労働
組合が当然に企業施設を利用する権利を保障されているものでないことは、多数意
見の説くとおりである。しかし同時に、憲法二八条は労働者の団結権及び団体行動
権を保障しており、労働組合法も労使対等の理念に基づく団体交渉を助成し、労働
者の団結と団体行動を擁護することをその目的として宣言しているのであるから、
使用者の施設管理権の行使がこれらの法的要請に反するものであってはならないこ
とも、多言を要しないところである。そして、現実には、使用者が施設管理権の行
使としてする行為と労働組合が組合活動としてする行為が衝突し、正常な労使関係
を実現するため、その間の調整を図る必要のある場面を生ずることは、避けること
ができない。
 多数意見は、その引用する判例とともに、右調整の手法として、権利濫用の法理
を用いるものである。そのこと自体については、私も本件において特に異を唱える
ものではない。しかし、その場合、右に説示したところからすれば、前示の法的要
請が、施設管理権の濫用の有無を判断するについての要素として作用することを認
めなければならない。そして、一般に、具体的な権利行使が濫用に当たるかどうか
については、当事者間の利益較量等の客観的事情と権利行使者の意図等の主観的事
情の両面を考慮してこれを判断すべきことは、ほぼ異論のないところである。した
がって、本件のように施設管理権の行使としてされた使用者の行為をその濫用と評
価すべきか否かは、主として、その行為によって使用者が確保しようとした利益に
比較して労働者の団結権等に及ぼす支障の程度が過大であったか否か、使用者のそ
の行為が労働者の団結権等を侵害する意図に基づくものであったか否かの両面から、
これを判断すべきことになる。そして、使用者の行為が労使間の一連の対立ないし
紛争の経緯の中で行われた場合には、右の判断もまた、その経緯の全体を視野に置
いてしなければならないのである。
 二 原審が適法に確定した事実及び記録によれば、右の判断をするについて考慮
すべき本件の事実関係として、多数意見の摘記するもののほか、次の事実がある。
 1 上告人の昭和五〇年ころの従業員数は、子会社を含め約九七〇名であった。
組合の加入者数は、同年七月の統一時限ストライキの当時には約六〇〇名程度に及
んでいたが、本件に関する千労委昭和五〇年(不)第三号不当労働行為救済申立事
件(昭和五三年一月に命令発令)の結審時には、約五〇名になっていた。
 2 本件食堂は、D事業所内に所在し、四〇〇人分以上のテーブル、椅子等が配
置され、従業員のサークル活動、勉強会等に利用されていた。昭和五一年七月まで
は、その出入口に施錠し得る扉がなく、事実上自由に出入りできる状態であった。
 3 組合は、その公然化以来、各種の集会のため頻繁に食堂を使用していたが、
E守衛事件が起きるまで、上告人が組合の集会のための食堂使用そのものを拒否し
たことはなかった(当時、食堂利用に関して両者間に対立があったのは、組合がそ
の備品を食堂内に設置したことについてであった。)。
 4 E守衛事件においては、同守衛は、組合の学習会が行われている食堂内の一
角に近づいて参加者の氏名を記録したのであるが、本件命令及び初審命令によれば、
それ以前には、食堂内での組合の集会についてその種の行為がされたことはなく、
遠くから人数を確認するだけであったと認定されている。
 三 以上によれば、本件について、次のとおり指摘することができる。
 1 労働組合が、組織を維持し、その結成の目的に沿う諸活動をするためには、
各種の集会を持つことが不可欠である。
 本件の組合は、いわゆる企業内組合であって、しかも結成から日も浅かったから、
企業内施設に集会の場所を求めるのは自然の成り行きであり、現に、昭和五一年二
月のE守衛事件を理由に上告人がこれを拒否し始めるまでの九箇月余、本件食堂を
使用して頻繁に各種の集会を開いてきた。組合事務所を持たない組合にとって、以
後食堂の使用が不可能になることは、組合の維持、運営を困難にするであろうこと
は、容易に推認できるところである。殊に、当時の組合は、組合事務所の貸与に関
する問題のほか、就業時間中の組合活動の範囲に関する団体交渉拒否の問題、人事
異動に関する団体交渉拒否の問題等、多くの問題を抱えて上告人と対立し(右二件
の団体交渉拒否が不当労働行為に当たるものであったことは、多数意見も、その第
三において認めるところである。)、同年一〇月には千葉地労委に本件救済申立て
をすることになる状況にあったから、これらに関する組合の諸活動のためにも、大
小各種の集会を催す必要があったのであって、これが不可能又は困難になることは、
前示の労使対等の団体交渉の助成という労働組合法の要請に反して組合の団体交渉
能力を著しく減殺し、ひいては組合員の団結権等に重大な障害を及ぼすものであっ
たと考えられる。これに対し、食堂の前記のとおりの状況からして、これを組合の
集会に使用させることにより、上告人の業務や他の従業員による使用に具体的な支
障が生ずることはほとんど考えられない。
 そうすると、上告人が組合の集会のための食堂使用を全面的に拒否した行為は、
それによって守るべき利益に比較して、組合及び組合員の団結権等に与える障害が
著しく過大であったことが明らかである。
 2 上告人が組合に対し食堂の使用を拒否する理由として主張するのは、E守衛
事件における組合側の行動あるいはその後の組合の主張や行動が上告人の施設管理
権を無視するものであって容認できないというところにある。
 しかしながら、まず、右事件において組合側が暴言、脅迫等の行為をした事実は
認められていない。かえって、当時の上告人と組合との間の対立関係を背景にE守
衛の前記行動を見れば、組合がこれを組合活動に対する介入と受け取ったのも無理
からぬところである。その後の組合の食堂使用の態様には、多数意見のいうとおり、
正当な組合活動とはいえないところもあるが、それとても、当時の組合として食堂
を使用せざるを得ない緊急の状況があったことと、右事件以後の会社の対応が硬直
的であったことを考えると、それを理由に、上告人が従来の取扱いを一方的に変更
し、組合に対して自己の定めた食堂使用に関する準則を押しつけようとすることを
正当化するものということはできない。
 また、上告人が昭和五一年三月一八日に組合にした申入れは、一定の条件の下に
組合大会開催のための食堂使用を許可するというものにすぎない。まだ組合事務所
を持たず、しかも頻繁に各種の会合を開くことが不可欠であった当時の組合として
は、そのままでは右申入れに同意することができなかったのは当然である。しかも、
右申入れとこれに対する組合の反対提案との間には、集会目的の点を除いては、実
質的にさしたる懸隔はなく、双方で誠実に交渉することによってその間の調整をす
ることも可能であった。しかるに、上告人は、自己の申入れの条件に固執し、千葉
地労委の勧告にもかかわらず、その内容の変更に一切応じようとしなかったのであ
る。
 本件事実関係の経緯に照らせば、上告人は、このような態度を貫くことによって、
組合の活動に深刻な支障が生じ、ひいては組合員の団結権等が侵害されることを認
識していたことは明らかであって、むしろ、これを侵害する意図をも有していたと
みざるを得ない。
 四 以上を総合して判断すると、上告人が組合に対して食堂の使用を一切不許可
とした行為は施設管理権の濫用と認めるべきであり、したがって、これを不当労働
行為に当たるとした原審の判断は、結論において正当として是認することができ、
原判決に所論の違法はなく、この点に関する論旨は理由がない。
 第二 同上告理由第四点について
 原審の確定した事実関係によれば、本件照会票配付による組合加入状況調査が行
われた当時、上告人は、組合の種々の要求事項についての団体交渉において対決的
姿勢を示しており、組合に対し組合員名簿の提出を執ように求めていた。他方、組
合は、当時、結成後約一一箇月、組合結成通知後約六箇月の時期にあり、上告人の
要求にもかかわらず組合員名簿の提出を拒否していたというのである。右の事情か
らすれば、組合は、当時、組織固めの時期にあるため、組合員の氏名を明らかにす
ることにより、上告人から個別の脱退工作や不利益取扱等をされることを恐れて、
組合員名簿の提出を拒否し、幹部組合員や交渉担当者以外の組合員の氏名を明らか
にしないという方針の下に上告人と対じしていたことがうかがわれる。
 当時、上告人に、三六協定締結の前提として、組合の組織率を把握する必要があ
ったことは認められるが、そのためには、無記名方式での回答を求めるなど、組合
に対する支配介入の疑いを招かない調査方法があったのである。しかるに、上告人
は、そのような方法を採らず、また、調査方法について組合と協議する姿勢も示さ
ずに、組合に対して組合員名簿の提出を要求し続け(ちなみに、労働組合が使用者
と三六協定を締結するには、組合員の氏名まで明らかにする必要はない。)、これ
を拒否されたことを理由に、本件照会票による調査を行った。そして、この調査は、
抜き打ちに、就業時間中、各就業場所において、各組合員の所属課長を通じて本件
照会票を配付し、記名の上即刻回答するよう求めるものであった。しかも、本件照
会票の文面には、あたかも労働基準監督署の指導によって行う調査であるかのよう
な表現が含まれていた。
 所論は、上告人が右調査をするに際し、これによって組合員に対し不当な動揺を
与えないよう十分に配慮を尽くしたと主張するが、前記の状況の下で採られた右の
方法には、そのような配慮があったとは到底認められず、かえって、組合員に威圧
を加えて動揺させ、組合を弱体化することを図るものであったとみるのが相当であ
る。
 そうすると、上告人が本件照会票を配付してした組合加入状況の調査が不当労働
行為に当たるとした原審の判断も、結論において正当として是認することができ、
原判決に所論の違法はない。この点に関する論旨も理由がない。
 以上によれば、論旨はすべて採用することができず、原判決は相当であるから、
本件上告は棄却すべきものである。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    河   合   伸   一
            裁判官    中   島   敏 次 郎
            裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    根   岸   重   治
(照会票は末尾添付)

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