弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人松永芳市、同横田隼雄、同大塚春富、同蓬田武、同高橋正義、同長野
国助、同前野順一、同青山新太郎、同三野昌治、同佐々木吉長、同阿比留兼吉、同
柴田武、同佐竹晴記の上告理由は、末尾に添えた別紙記載のとおりである。
 上告理由第一、第二点について。
 最高裁判所裁判官任命に関する国民審査の制度はその実質において所謂解職の制
度と見ることが出来る。それ故本来ならば罷免を可とする投票が有権者の総数の過
半数に達した場合に罷免されるものとしてもよかつたのである。それを憲法は投票
数の過半数とした処が他の解職の制度と異るけれどもそのため解職の制度でないも
のとする趣旨と解することは出来ない。只罷免を可とする投票数との比較の標準を
投票の総数に採つただけのことであつて、根本の性質はどこ迄も解職の制度である。
このことは憲法第七九条三項の規定にあらわれている、同条第二項の字句だけを見
ると一見そうでない様にも見えるけれども、これを第三項の字句と照し会せて見る
と、国民が罷免すべきか否かを決定する趣旨であつて、所論の様に任命そのものを
完成させるか否かを審査するものでないこと明瞭である。この趣旨は一回審査投票
をした後更に十年を経て再び審査をすることに見ても明であろう、一回の投票によ
つて完成された任命を再び完成させるなどということは考えられない。論旨では期
限満了後の再任であるというけれども、期限がきれた後の再任ならば再び天皇又は
内閣の任命行為がなければならない、国民の投票だけで任命することは出来ない、
最高裁判所裁判官は天皇又は内閣が任命すること憲法第六条及び第七九条の明定す
る処だからである。なお論旨では憲法第七八条の規定を云為するけれども、第七九
条の罷免は裁判官弾劾法の規定する事由がなくても、国民が裁判官の人格識見能力
等各種の方面について審査し、罷免しなければならないと思うときは罷免の投票を
するのであつて、第七八条とは異るものである。しかのみならず一つ事項を別の人
により、又別の方法によつて二重に審査することも少しも差支ないことであるから、
第七九条の存するが故に第七八条は解職の制度でないということは出来ない。最高
裁判所裁判官国民審査法(以下単に法と書く)は右の趣旨に従つて出来たものであ
つて、憲法の趣旨に合し、少しも違憲の処はない。かくの如く解職の制度であるか
ら、積極的に罷免を可とするものと、そうでないものとの二つに分かれるのであつ
て、前者が後者より多数であるか否かを知らんとするものである。論旨にいう様な
罷免する方がいいか悪いかわからない者は、積極的に「罷免を可とするもの」に属
しないこと勿論だから、そういう者の投票は前記後者の方に入るのが当然である。
それ故法が連記投票にして、特に罷免すべきものと思う裁判官にだけ×印をつけ、
それ以外の裁判官については何も記さずに投票させ、×印のないものを「罷免を可
としない投票」(この用語は正確でない、前記の様に「積極的に罷免する意思を有
する者でない」という消極的のものであつて、「罷免しないことを可とする」とい
う積極的の意味を持つものではない、――以下仮りに白票と名つける)の数に算え
たのは前記の趣旨に従つたものであり、憲法の規定する国民審査制度の趣旨に合す
るものである。罷免する方がいいか悪いかわからない者は、積極的に「罷免を可と
する」という意思を持たないこと勿論だから、かかる者の投票に対し「罷免を可と
するものではない」との効果を発生せしめることは、何等意思に反する効果を発生
せしめるものではない、解職制度の精神からいえば寧ろ意思に合する効果を生ぜし
めるものといつて差支ないのである。それ故論旨のいう様に思想の自由や良心の自
由を制限するものでないこと勿論である。
 最高裁判所の長たる裁判官は内閣の指名により天皇が、他の裁判官は内閣が任命
するのであつて、その任命行為によつて任命は完了するのである。このことは憲法
第六条及び第七九条の明に規定する処であり、此等の規定は単純明瞭で何等の制限
も条件もない。所論の様に、国民の投票ある迄は任命は完了せず、投票によつて初
めて完了するのだという様な趣旨はこれを窺うべき何等の字句も存在しない。それ
故裁判官は内閣が全責任を以て適当の人物を選任して、指名又は任命すべきもので
あるが、若し内閣が不適当な人物を選任した場合には、国民がその審査権によつて
罷免をするのである。この場合においても、飽く迄罷免であつて選任行為自体に関
係するものではない。国民が裁判官の任命を審査するということは右の如き意味で
いうのである。それ故何等かの理由で罷免をしようと思う者が罷免の投票をするの
で、特に右の様な理由を持たない者は総て(罷免した方がいいか悪いかわからない
者でも)内閣が全責任を以てする選定に信頼して前記白票を投ずればいいのであり、
又そうすべきものなのである。(若しそうでなく、わからない者が総て棄権する様
なことになると、極く少数の者の偏見或は個人的憎悪等による罷免投票によつて適
当な裁判官が罷免されるに至る虞があり、国家最高機関の一である最高裁判所が極
めて少数者の意思によつて容易に破壊される危険が多分に存するのである)、これ
が国民審査制度の本質である。それ故所論の様に法が連記の制度を採つたため、二
三名の裁判官だけに×印の投票をしようと思う者が、他の裁判官については当然白
票を投ずるの止むなきに至つたとしても、それは寧ろ前に書いた様な国民審査の制
度の精神に合し、憲法の趣旨に適するものである、決して憲法の保障する自由を不
当に侵害するなどというべきものではない。総ての投票制度において、棄権はなる
べく避けなければならないものであるが、殊に裁判官国民審査の制度は前記の様な
次第で棄権を出来るだけ少なくする必要があるのである。そして普通の選挙制度に
おいては、投票者が何人を選出すべきかを決するのであるから、誰を選んでいいか
わからない者は良心的に棄権せざるを得なくなるということも考えられるのである
が、裁判官国民審査の場合は、投票者が直接裁判官を選ぶのではなく、内閣がこれ
を選定するのであり、国民は只或る裁判官が罷免されなければならないと思う場合
にその裁判官に罷免の投票をするだけで、その他については内閣の選定に任かす建
前であるから、通常の選挙の場合における所謂良心的棄権という様なことも考慮し
ないでいいわけである。又投票紙に「棄権」という文字を書いてもそれは余事記入
にならず、有効の投票と解すべきものであることの論があるけれども現行法の下で
は無理と思う。原判決は措辞において多少異る処があるけれども、結局本判決と同
趣旨に出たもので正当であり論旨は理由なきに帰する。
 第三点について。
 裁判官の取扱つた事件に関する裁判上の意見を具体的に表示せず、ただ事件名の
みを記載しても、毫も国民審査法施行令第二六条の条件に反するものではない。原
判決は結局右と同旨に出でたものであるから、何等所論の違法はなく、論旨は理由
がない。
 よつて民訴第四〇一条、第九五条、第八九条により主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    眞   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    谷   村   唯 一 郎

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