弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1 被告が原告に対し平成12年12月13日付けでした個人情報非開示決定処分
(ただし、平成14年11月12日付け個人情報一部開示決定処分により一部取消
し後のもの。)を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
   主文同旨
第2 事案の概要
 原告は、平成12年度東京都保育士試験を受験したが、東京都個人情報の保護に
関する条例(以下「本件条例」という。)に基づき、被告に対し、同試験科目「保
健衛生学及び生理学」に係る原告作成の解答用紙の開示を請求した(以下「本件開
示請求」という。)ところ、被告が、個人の選考に関する情報であって、開示する
ことにより、今後の適正な試験事務の執行に支障が生ずるおそれがある(本件条例
16条2号)として非開示決定をした(以下「本件非開示決定」という。)ため、
これを不服として本件非開示決定の取消しを求める本件訴えを提起したものであ
る。なお、被告は、平成14年11月12日付けで、本件非開示決定の一部を取り
消し、本件開示請求に係る個人情報の一部を開示する旨の決定(以下「本件一部開
示決定」という。)を
したため、原告は、本件一部開示決定により開示された部分について、訴えを取下
げた。
1 本件条例の定め
(1) 本件条例は、個人に関する情報の取扱いについての基本的事項を定め、都の実
施機関が保有する個人情報の開示及び訂正を請求する権利を明らかにし、もって個
人の権利利益の保護を図るとともに、都政の適正な運営に資することを目的として
(1条)定められたものである。
(2) 本件条例2条2項は、「個人情報」とは、個人に関する情報(特定の個人を識
別できるものをいう。)で、実施機関(知事、教育委員会等並びに東京都規則で定
める行政機関の長をいう。同条1項)が管理する文書、図画、写真、フィルム、磁
気テープ、磁気ディスク等(以下「文書等」という。)に記録されたものをいうと
規定している。
(3) 本件条例2条4項本文は、「公文書」とは、実施機関の職員が職務上作成し、
又は取得した文書等であって、当該実施機関の職員が組織的に用いるものとして、
当該実施機関が保有しているものをいう旨を規定している。
(4) 本件条例12条1項は、何人も、実施機関に対し、公文書に記録されている自
己の個人情報の開示の請求をすることができる旨を規定している。
(5) 本件条例16条は、開示しないことができる個人情報を規定しており、その2
号は、「個人の評価、診断、判断、選考、指導、相談等に関する個人情報であっ
て、開示することにより、事務の適正な執行に支障が生ずるおそれがあるとき。」
と規定している。
2 前提となる事実(括弧内に認定根拠を掲げた事実のほかは当事者間に争いのな
い事実か、弁論の全趣旨により容易に認定できる事実である。)
(1) 保育士試験は、①社会福祉、②児童福祉、③児童心理学及び精神保健、④保健
衛生学及び生理学、⑤看護学及び実習、⑥栄養学及び実習、⑦保育原理及び教育原
理、⑧保育実習の8科目で成り立っており、全科目につき合格点を取得すると、保
育士の資格を取得することとされているが(児童福祉法施行令第13条、同法施行
規則41条)、一部の科目にのみ合格点を取得した場合には、当該科目につき、そ
の翌年及び翌々年に限って受験免除の特典が与えられている。
(2) 原告は、平成10年度に保育士試験を受験し、③児童心理学及び精神保健の科
目に合格し、平成11年度には⑤看護学及び実習、⑥栄養学及び実習、⑦保育原理
及び教育原理の各科目に合格したため、平成12年8月2日及び同月3日に実施さ
れた同年度保育士試験において、既に合格している上記各科目を除く4科目を受験
したところ、被告から、同年10月30日付けで、そのうち3科目に合格したもの
の、④保健衛生学及び生理学の試験に不合格となった旨の一部科目合格の通知を受
けた(甲2)。
(3) 原告は、平成12年11月29日、被告に対し、開示請求に係る個人情報の内
容を「平成12年度保育士試験『保健衛生学及び生理学』について解答用紙、正誤
の配点」として、上記保育士試験の同科目(以下「本件試験」という。)に係る原
告作成の解答用紙(以下「本件解答用紙」という。)及び原告が本件試験の各問題
に対し取得した得点について開示請求をしたところ(乙2)、被告は、同年12月
13日、原告に対し、本件解答用紙上には、受験者が記入した解答の上に試験委員
が直接記入した正誤及びその点数並びに問題に対する配点(原告が本件試験におい
て取得した合計点)が記入されており、それを開示すると、採点の結果又は方法に
対して個別的な意見等が寄せられることが考えられ、今後の適正な試験事務の執行
に支障を生ずるおそ
れがあるとし、請求に係る情報は、本件条例16条2号の非開示情報に該当するた
め、非開示とする旨の本件非開示決定をした(甲1)。
(4) 原告は、本件非開示決定を不服として、平成13年2月9日、被告に対し、異
議申立てを行う(乙3)とともに、同年10月4日付けで本件非開示決定の取消し
を求める本件訴えを提起した。
(5) 被告は、平成14年11月12日付けで、本件非開示決定の一部を取り消し、
本件開示請求に係る個人情報について、一部の非開示部分を除いて開示する旨の本
件一部開示決定をした(乙7、8、10)ため、原告は、同年12月26日、本件
一部開示決定に基づき、本件解答用紙上の記載のうち、一部開示決定により開示す
ることとされた情報について、開示を受けた(乙10、11)。
(6) 本件一部開示決定により開示された部分は、解答用紙上に記載された情報のう
ち、原告自身が記入した解答、選択問題又は語句問題に対し採点者が記入した正
答・誤答の記号(丸や斜線)、両問題の解答に対して採点者が各問の得点欄に記入
した点数、本件試験の科目としての得点欄並びに客観的記載事項である原告の受験
番号及び生年月日である。
(7) 本件一部開示決定によっても引き続き非開示とされた部分(以下「本件各非開
示情報」という。)は、以下の5か所である(甲26、乙7、8、10)。
ア 第1問関係
記述問題「健康の定義について知っていることを述べなさい。」に対する解答の得
点欄(以下「非開示部分1」という。)
イ 第9問関係
問題「左側の内分泌器官から分泌されるホルモンを一つあげその主な働きを簡単に
述べなさい」のうち「主な働きを簡単に述べなさい」という記述問題の解答上に記
載された採点記入部分(以下「非開示部分2」という。)
非開示部分2に記載された採点と「左側の内分泌器官から分泌されるホルモンを一
つあげ」という語句問題に対する解答の採点を集計した第9問の得点欄(以下「非
開示部分3」という。)
ウ 第10問関係
問題「呼吸器の器官の流れを下の番号を並べ替えて矢印で示しなさい。また、肺呼
吸でのガス交換についてわかりやすく簡単に述べなさい。」のうち「肺呼吸でのガ
ス交換についてわかりやすく簡単に述べなさい。」という記述問題の解答上に記載
された採点記入部分(以下「非開示部分4」という。)
非開示部分4に記載された採点と「呼吸器の器官の流れを下の番号を並べ替えて矢
印で示しなさい。」の解答の採点とを集計した第10問の得点欄(以下「非開示部
分5」という。)
3 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は、本件各非開示情報が、本件条例16条2号の非開示情報に該当する
か否かであり、この点に関する当事者の主張は、以下のとおりである。
(1) 被告の主張
ア 本件条例16条2号の意義について
本件条例16条2号の規定は、実施機関は、開示請求に係る個人情報が「個人の評
価」に関するものであって、開示することにより「事務の適正な執行に支障が生ず
るおそれ」があるときには、これを開示しないことができると定めているところ、
「個人の評価」とは、個人の学業成績その他の能力、性格、適正等について、専門
的見地又は一定の基準に基づいて行った審査等の判定の記録であり、「事務の適正
な執行に支障が生ずるおそれ」とは、本人に個人情報を開示することにより、事務
の性質上、事務の執行が阻害されたり、事務を実施する意味を失わせたり、関係者
間の信頼関係を損なうおそれがあることをいい、当該個人情報に関係する具体的な
事務における支障が生ずるおそれのみならず、将来の同種の事務の支障となるおそ
れを含むものである

イ 本件各非開示情報の条例16条2号該当性
(ア) 受験者と試験実施機関の信頼関係を失わせるおそれ
本件一部開示決定により採点・得点部分を開示した選択問題及び語句問題は、問題
と解答が一義的に対応するものであり、得点も正誤に応じて与えられているもので
ある。したがって、選択問題及び語句問題の正誤の判断は、これを開示した場合、
開示を受けた者が十分な科目研究をすれば、その評価が正しいことを認識すること
が客観的に可能である。また、採点は、当該正誤の判断に応じてされている。そう
すると、選択問題及び語句問題の正誤の判断・採点を開示しても、開示を受けた者
が、正答であるのに誤答と評価されたとか、得点に反映されていないという不服が
生ずる可能性は低く、また、そのような不服が生じたとしても試験実施機関が十分
な説明を行えば、納得を得ることが可能である。
これに対し、本件各非開示情報は、非開示部分1、同2及び同4は記述問題に対す
る個別的な得点を記載した部分であり、非開示部分3及び同5は記述問題の得点を
含む得点集計を記載した部分である。
ところで、記述問題に対する解答の場合、これらに対しては正解か不正解かという
単純な正誤の判断が行われるのではなく、設問の趣旨をよく理解し、問われている
事項について適切な用語を用いて、的確な説明がされているかどうかを評価し、そ
の程度に応じて部分点が与えられている。そして、どの程度の部分点が与えられる
かというのは、完全に客観的、一義的基準によることはできず、採点者である試験
委員が各科目の専門的見地から、受験者の理解度、知識及び表現力の程度を判断し
て行う評価であり、採点に当たって試験委員の主観的判断が介在している。したが
って、部分点が与えられている問題の採点(これをベースとして集計している非開
示部分3及び同5のような得点を含む。)を開示した場合、開示を受けた者が他に
開示を受けた者との
点数を比較したり、試験実施機関以外が発表する正答情報と比較することにより、
自己の解答が不当に低く評価されているとの不服を持つ場合がある。しかし、本人
の認識と試験委員の評価との間に不一致が生じたとしても、その解消の方法はな
く、その結果、保育士を目指す本人の意欲を阻害したり、自尊心を傷つけたりし
て、保育士を目指す者に機会を与えるという本件試験の実施の意味を失わせたり、
あるいは、受験者に試験の採点方法に不信感を与え、試験実施機関に対する信頼感
を失わせることになる。
さらに、非開示部分1、同2及び同4が当該問題に対する配点の満点であったとし
ても、他の受験者との対照情報を開示することになるので、本件試験の実施の意味
を失わしめたり、あるいは、受験者と試験実施機関の信頼関係を失わせるおそれが
ある場合に該当する。
(イ) 試験委員確保の困難の発生
被告は、保育士養成に理解があり、専門分野を担当するにふさわしい試験委員の確
保に苦慮している現状にある。試験委員の主観的判断要素が介在する評価・採点を
巡って受験者から問題が提起されれば、被告は試験委員の見解を確かめざるを得な
いので、試験委員の心理的・物理的な負担が増大し、一層人材の確保が難しくなる
こととなり、試験事務の執行が阻害されるおそれがある。
ウ 「事務の適正な執行に支障が生ずるおそれ」があることが、客観的にみて相当
の蓋然性があることについて
(ア) 本件試験の性格
本件試験は、保育士資格の取得要件である資格試験である。また、一度合格した科
目は、合格の翌年及び翌々年に限り、受験を免除となるため、科目ごとの合格・不
合格は、受験者にとって重大な利害のある事項である。
(イ) 原告の例
平成12年11月20日に原告に得点の開示をした際、原告から問題の2か所に誤
りがあるとの指摘を受けたため、被告(福祉局地域福祉部福祉人材課)は、早速作
問者に問い合わせ、問題に誤りがないことを確認した。また、単に「問題に誤りが
ありません」と伝えても理解が難しいと考えたため、一般的に参考書として妥当と
思われる「厚生白書」(政府刊行物)の中から参考箇所を探して原告に連絡し、納
得を得た。このように、受験者一人ひとりの納得を得るまでには大変な手間と時間
がかかる。
(ウ) 平成12年度試験の受験者数及び平成13年度試験分から実施した簡易開示
の状況
平成12年度に実施した保育士試験の受験者は1904人、1回の試験で合格した
人は10人である。大部分が数年間受験し続け、その結果全科目に合格する人が平
成12年度を例に採ると123人である(全体の合格率7%、「保健衛生学及び生
理学」の受験者は、1283人、合格者は304人、合格率は23.7%であ
る。)。
そして、保育士試験の試験科目は8科目であるが、一人の受験者が全科目を受験す
ると、その解答用紙は11枚になる上、保育士試験は、一部科目受験を認め、全員
が全科目を受験しているわけではないため、平成12年度の解答用紙は合計1万5
137枚であった。
また、平成13年度試験分からは、希望者に対し、各科目の得点の簡易開示を行う
こととしたが、1週間で214人、1日当たり22人から82人が来庁し、その後
も正規の手続による得点の開示請求者は続き、中には前年の試験結果を請求した人
もいた。
(エ) 試験委員確保の困難な状況
東京都の試験委員は、児童福祉法施行令第13条第12ないし14項により10名
任命されており、その任期は1年である。
試験委員は、各専門分野を担当し、1分野につき1名である(「保育実習」のよう
に1科目であっても、絵画や音楽の専門家が必要である。)。また、試験委員とし
て常時都庁に勤務しているわけではなく、専門職として学校等で勤務し、その職責
を果たしながら、試験委員としての職務をこなしている。
被告は、毎年度当初に保育士試験委員を任命すると、委員会を開催し、当該年度の
問題作成の基本方針を定め、7月までの2か月半で試験問題の作成を依頼してい
る。試験の採点は、夏の暑い時期(学校の夏休み中)の大量の作業(平成12年度
採点枚数、1科目1183枚から1532枚、全部手作業)であるため、試験委員
からは、夏休みが取れない、自己の研究時間が取れない、病気や旅行もできない等
の苦情がでており、無理を言って依頼している状況である。
また、試験委員に対しては、試験の実施方法の打ち合わせ、問題作成、印刷校正、
他分野の委員との打ち合わせ(重複出題を避けるため)等のため、来庁や事務連絡
で時間を取るほか、合格発表後にも上記のようなことがあれば、電話連絡や来庁し
てもらい説明を依頼している。
こうした状況の中で、被告は、保育士養成に理解があり、専門分野を担当するにふ
さわしい試験委員の確保に苦慮している状況にあるから、解答用紙の開示により評
価・採点を巡って受験者から問題提起があれば、試験委員の心理的・物理的な負担
が増大し、人材の確保が一層難しくなることとなり、試験事務の執行が阻害される
おそれがある。
(オ) 前記のとおり、本件試験の対象者は多数にのぼること、本件試験が保育士資
格の取得要件である資格試験であり、合格科目は、合格の翌年及び翌々年に受験免
除となること、得点の簡易開示を求める受験者が多いことからすると、原告に対
し、本件解答用紙が開示された場合には、多数の受験者が解答用紙の開示を求める
ことが具体的かつ現実的に予測できるところ、開示を受けた受験者の自己評価と試
験委員の評価が一致しない場合には、受験者の間に、正答の要素があるのに相当の
評価がされていない等不当に評価が低いという不服が必然的に生ずるのであって、
このような場合にその不服を解消する手段がないことは前記のとおりである。
エ 原告の主張に対する反論
(ア) 原告は、本件試験は、出題の方式やその内容に照らし、正解が明快であるこ
と、試験に関し質問が生ずるのは、問題が不明瞭であったり、解答が複数存在する
等の場合であり、試験問題が明確かつ適正であり、解答も同様である場合にそれら
が公表されていれば、かえって受験者からの質問はほとんどなくなるはずであるこ
と等を主張する。
しかし、本件試験の第1問、第9問及び第10問の各記述問題(第4問は本件にお
いては開示済みである)を選択問題及び語句問題と同列におき、簡単な説明を求め
ている問題であり、非常に客観的なものと評価することは誤りである。また、この
ような主観的要素が介在する評価に関する受験者と採点者の評価の不一致は、前記
のとおり、スタッフの増強を図ったからといって解決できる問題ではないから、原
告の上記主張はいずれも失当である。
(イ) 保育士試験の問題作成及び採点上の指針
平成元年3月27日児発第186号、各都道府県知事宛厚生省児童家庭局長通知
「保育士試験の実施について」(以下「児童家庭局長通知」という。)は、厚生省
(当時)が保育士試験の実施の要領を定め、各都道府県に事務運営の方針として通
知したものであるところ、同通知によれば、保育士試験は、同通知の別紙1に定め
る保育士試験実施要領(以下「保育士試験実施要領」という。)により実施される
ものとされ(同通知の1)、また、各都道府県の試験委員が具体的問題を作成し又
は採点するに当たっては、保育士試験実施要領によるものとされている。
そして、保育士試験実施要領の指針によれば、本件試験の出題において留意すべき
重要な事項は、専門知識を機械的に記憶すれば解答できるような問題ではなく、保
育における実践的事項についての知識を体系的に理解しているかどうかを試す問題
を出題することであるとされているから、本件試験の採点も、本件試験に関する知
識が保育の実践的知識として体系的に理解できているかどうか及びその理解度の深
さを評価することに重点があるということができる。
また、出題方針にある「機械的記憶に頼るような出題は避け、理解の深さを試す出
題に心掛ける」ことを実行するのに、最適な問題の形態が記述問題であることは経
験則上明らかであるから、記述問題においては、特に上記の理解度の深さに試験委
員が注目して採点することはいうまでもないことである。なお、選択問題及び語句
問題の作問においても、出題方針に即した工夫を図るべきことはもちろんである
が、これらの問題に対する解答自体は客観的・一義的なものである点において、こ
れら客観的に採点可能な問題と記述問題とは質的に異なる。
本件試験の設問も、第1問「健康の定義について知っていることを述べなさ
い。」、第9問「左側の内分泌器官から分泌されるホルモンを一つあげその主な働
きを簡単に述べなさい。」及び第10問「(略)また、肺呼吸でのガス交換につい
てわかりやすく簡単に述べなさい。」と一見機械的記憶で対応可能な問題に見える
が、各設問を表面的に理解して客観的に採点可能な問題であると評価するのは、保
育士試験実施要領が示す試験問題作成の指針に照らしてみれば失当である。このよ
うな出題については、要素の過不足があるもの、誤字脱字があるもの、表現が端的
または冗長であるもの等様々な解答が発生するのであるから、一義的な基準を設定
して、客観的評価をすることはできないのであり、微妙な増減点は採点者に委ねら
れている。
(ウ) 主観的評価への疑義はスタッフの増強によっては解消されないこと
保育士試験は科目ごとに合否が決定される試験であり、その合格基準は満点の6割
以上である(児童家庭局長通知)。一方、同試験は「試験時間内に8割以上の受験
者が問題の内容を理解し、解答を作成し得る程度の分量及び難易度とする。」(保
育士試験実施要領第2の4ウ)ことを難易度の目安としているため、白紙答案がで
るような超難問ばかりではなく、記述問題にしても受験者が一定の解答記入をする
ことが可能な難易度で出題されている。
そうすると、合格基準点に近い得点を得た受験者が、記述問題の得点に納得できな
い場合、採点に関する質問を被告にすることは、ごく自然に想定できることであ
る。この場合、被告は採点の方法等を回答するかどうかは置くとして、受験者の質
問には誠意をもって対応することが求められている(本件条例23条においても、
実施機関は、個人情報の取扱いに関する苦情について、迅速かつ適切に対応しなけ
ればならないと定められている。)が、前記のような冗長な表現の解答について、
仮に被告職員が試験委員にその出題意図及び解答に求められる水準等を問い合わせ
する等して受験者に説明したとしても、科目合格がかかっているような場合、当該
受験者が納得することは必ずしも期待できず、スタッフの増強を図れば解決できる
問題ではない。
(2) 原告の主張
ア 本件条例12条1項は、個人情報の開示請求権を明確に規定し、同16条は、
例外的に個人情報を開示しないことができる場合について規定している。したがっ
て、開示が原則である以上、開示しない事由に該当するか否かについては、厳格に
解釈しなければならないところ、被告の主張する不開示の理由はいずれも不合理か
つ不当なものであり、条例の規定する非開示事由を具体的に裏付けるものではない
から、是認することができない。
イ 被告は、解答用紙を開示すれば、今まで以上の質問等が寄せられ、現行の事務
体制や試験委員制度では不合格者の質問等に到底応じることができない事態に陥
り、試験事務の執行を阻害するおそれがある旨を主張する。
しかし、試験問題及びこれに対する解答が明確・適正であり、それらが公表されて
いれば、受験者からの質問はかえって少なくなるはずであることが経験則上明らか
である。すなわち、試験問題に対して質問が生ずるのは、問題が不明瞭であった
り、複数の解答が生ずる場合等であり、試験問題及び解答が明解・適正であって公
表されている場合には、質問の量は減少することが明らかである。
ウ 本件試験は、筆記試験であり、合格点に達しているかどうかを判断する客観的
な試験であって、相対的な基準は一切ない。その中には、記述問題も出題されてい
るが、その内容は簡単な説明を求めるものであり、いずれも非常に客観的なもので
ある。
これに対し、被告は、記述問題の解答に対しては、部分点が与えられており、この
部分点については、採点に当たる試験委員の主観的判断が介在することや、これに
対し受験者が不信感を抱く可能性があることによる不都合を指摘するが、これらの
不都合は、前記のとおり試験問題、解答、配点、採点基準を明確・適正なものにす
ることにより解消されていくものであるから、被告は、この点に関する努力を怠り
その不都合性のみを主張するものといわざるを得ない。
また、仮に、被告の主張するように、解答用紙の開示により質問の数が増えるとし
ても、それは事務体制や試験委員数の増強により容易に対処可能である。すなわ
ち、試験は年に1回行われるものにすぎないし、当該試験により受験者の一生が左
右されることに照らせば、試験体制もそれにふさわしいものが採られるべきである
から、開示できない理由として人的資源を問題にすることは失当である。
そもそも、本件条例の定める非開示事由は、単なる事務執行の阻害のおそれではな
く、「事務の『適正な』執行に支障が生ずるおそれがあるとき」であるから、不合
格者からの質問に対応できないことは、上記非開示事由に該当しないというべきで
ある。
エ 原告は、本件試験の不合格という結果に納得できなかったため、被告に対し、
解答用紙の開示を求めたものであり、本件試験においては、解答、採配点、採点基
準は何一つ公表されていないため、解答用紙の開示は、近年問題となっている各種
試験における採点ミス等を発見する唯一の手段となっている。
本件でも、一部開示決定はされたものの、依然として記述問題の採点が3箇所非開
示とされたため、この3箇所について正しく採点され、集計されたか否かは依然と
して不明確である。原告は、採点の正確性に疑問を持っている部分もあるが、本件
解答用紙の開示が認められない限り、この疑問を払拭できる手段はない。したがっ
て、採点ミスがないことを確認し、試験の公正性や試験制度に対する信頼を確保す
る見地からも、本件解答用紙全体の開示が認められるべきである。
第3 争点に対する判断
1 本件開示請求の対象は、試験の解答用紙に記載された個別的な採点であるか
ら、それが本件条例16条2号にいう個人の選考に関する個人情報に該当すること
は明らかであり、その開示の可否は、開示によって同号の定める「事務の適正な執
行に支障が生ずるおそれ」があるか否かにかかることとなる。この「事務の適正な
執行に支障が生ずるおそれ」との要件がいかなる場合を指すかは、その文言自体か
らは必ずしも明らかではないが、本件条例1条が、個人情報訂正請求権を明らかに
し、個人の権利利益の保護を図ることを目的の一つとし、しかも、選考の内容が個
人の権利利益にかかわることが多い反面その正確性を受験者側から検証する手段が
他に用意されていないことからすると、本件条例の目的とする個人の権利利益の保
護を実効あるものとす
るには、上記要件を広く解することはできず、少なくとも個人情報の開示により上
記のような支障が生ずる具体的かつ客観的なおそれがあることが必要であり、単な
る実施機関の主観的なおそれや抽象的なおそれがあるのみでは非開示事由に該当す
るとは認められないというべきである。また、被告の主張するように、将来の同種
の事務の支障となるおそれを含むとしても、将来の当該おそれも同様に、具体的か
つ客観的なものであることが必要であると解される。
そこで以下、被告の主張する具体的事由ごとに、それが同号所定の非開示情報に該
当するか否かを順次検討する。
(1) 受験者と試験実施機関の信頼関係を失わせるおそれについて
ア 本件各非開示情報は、いずれも記述問題に対する得点ないしは記述問題の得点
を含む得点集計であるところ、被告は、記述問題に対する解答の場合には、設問の
趣旨の理解や、解答の際に用いられた用語の適切性、説明の的確性等に応じて部分
点を与えることが予定されていること、要素の過不足があるもの、誤字脱字がある
もの、表現が端的または冗長であるもの等に対し、どの程度の部分点を与えるかに
ついては、採点者である試験委員の主観的判断が介在していること等を指摘した
上、これらの点数を開示した場合には、開示を受けた受験者が、自己の解答が不当
に低く評価されている等の不満を持つこととなり、これにより受験者の意欲を減退
させ、自尊心を傷つけ、保育士を目指す者に機会を与えるとの試験実施の意味を失
わせ、あるいは、受験
者に試験の採点方法に対する不信感を生じさせ、試験実施機関に対する信頼を失わ
せる結果になると主張する。
イ(ア) 確かに、複数の選択肢の中から、最も適切な選択肢一つを選択するこ
とが求められている選択問題や、正解となるべき語句を記載する語句問題は、正解
と評価される解答と、不正解と評価される解答の区別が容易である場合が多く、し
たがって、記載された解答に対しては、正解と判断されて満点が付与されるか、不
正解と判断されて点数が全く与えられないかの二者択一である場合が多数であるか
ら、部分点を付与することがあらかじめ予定されている記述問題に比べ、採点の適
正性の判断も比較的容易になし得るものということができる。
(イ) しかしながら、選択問題ないし語句問題であっても、例えば、誤字脱字の含
まれる解答がされる場合や、予定された語句の一部しか記載がない解答がされる場
合には、このような解答に満点を与えるか、あるいは、これを不正解と判断して点
数を与えないかについての判断は必ずしも容易ではなく、記述問題の採点における
のと同様に、採点者の主観的判断が全く排除されているものということはできな
い。すなわち、このような場合には、採点者には、正解と判断されるべき解答とど
の程度の同一性が認められる場合にこれを正解と判断するか、あるいは、基本的な
採点基準を前提とした上で、具体的な解答に対し、どの程度の得点を付与するかに
ついての判断が委ねられたものと解さざるを得ないのであって、結果として、具体
的な採点が、全て客観
的・一義的であるものと断言することはできないし、現実には、具体的な採点に幅
が生ずる余地も十分あるものというべきである。そして、平成13年4月から平成
14年3月まで保育士試験に係る事務を担当していたFの陳述書(乙5)に、「文
章で答える解答のみならず単なる語句記載形式の解答であっても解答には様々なバ
リエーションがあるため、採点は個々の解答に即して判断することとなります。」
「また、単に記号で解答する問題でも、紛らわしい記載(aとd、bとh、アと
マ、ミとシ、イとト、くとし、等々)について、斜めに書いたり、慌てて書いた
り、判読し難い癖字であったりするものがあり、記載者である受験者の意図と客観
評価は必ずしも一致しません。」と記載されていることに照らせば、語句問題ない
し選択問題においても、
採点に際して、採点者の個別具体的な判断に委ねられる部分が存することを被告も
自認するものと解されるのである。
(ウ) 他方、記述問題(問いに関し、文章を用いて解答することが求められている
問題。)の中には、当該科目の基礎的な語句の定義や基礎的事項に関する説明を記
載させるものから、一定の事象に対する個人の知見ないし見解をある程度の長さを
もって記載させる形式のものまで含まれているのであるから、採点に際して採点者
に与えられている裁量の幅も、当該問題の内容に応じて異なるものというべきであ
る。すなわち、受験者の見識を問うような問題、例えば、受験者個人の体験をある
程度の長さをもって述べさせるような小論文試験の場合には、採点基準を明確にす
るとしても、その基準は、出題の趣旨を理解しているかや、論理的構成が取られて
いるか、説得性をもった記載になっているか等、抽象的なものにとどまらざるを得
ず、採点に関し採点
者の主観的判断に委ねられる幅が広くなり、具体的な採点結果にも一定範囲の幅が
生じ、その適否を第三者が客観的に判断することは著しく困難とならざるを得な
い。これに対し、語句の定義等を簡潔に答えさせるような問題であれば、採点に際
しては、同様の解答に対して与えられる得点に幅が生じないよう、採点基準があら
かじめかなり詳細に定められている場合が多く(例えば、解答の中に含められるの
が相当である語句ないし要素を抽出し、この語句ないし要素毎に部分点が定めら
れ、これらの総合により得点が算出される場合が多い。)、解答者が用いた表現の
巧拙については、その評価に当たって採点者に若干の裁量の余地があることは否定
できないものの、解答自体が簡潔なものである以上、その裁量判断の幅は、それほ
ど大きいものとはいえず
、上記のように語句問題や選択問題において採点者に認められる裁量の幅とそれほ
ど異なるものとは考えられないし、少なくとも、その裁量判断の適否については、
第三者が客観的に評価することが容易なものと考えられる。
(エ) このように、出題の形式が、記述問題であっても、採点者の主観的判断の介
在する程度や質が選択問題や語句問題と異ならないものもあり、そのようなものに
ついては、選択問題や語句問題と異なった取扱いをすべき理由はないと考えられ
る。
ウ そこで、以上を前提として、本件各非開示情報に係る記述問題の採点について
検討する。
乙第9、第10号証によると、本件試験の実施要領において、保健衛生学について
は、出題上の留意事項として、「1 医師として必要な知識ではなく、保育士が保
育の実際においてしばしば出会うと思われる事項に関する知識についての理解を試
す出題とする。」「2 文章による解答を求める問題は、解答に長文を要するよう
な大きな問題を避け、簡単に解答しうるような小さな問題を数多く出題することが
望ましい。」と定められ、生理学については、出題の基本方針として、「保育等に
実際と関連して、保健衛生学、看護学、精神保健などの基礎になるような、児童の
身体の構造及び機能の理解を見ることを基本とする。」との定めがあること、各非
開示部分の解答欄も3行分又は数センチメートルの枠内とされていることが認めら
れる。
個々の非開示部分についてみると、まず、非開示部分1は、「健康の定義について
知っていることを述べなさい。」という問題に対し原告の取得した得点が記載され
た部分である。被告は、本件試験の記述問題が、保育士試験実施要領の指針に基づ
き、「機械的記憶に頼るような出題を避け、理解の深さを試す出題に心がける」方
針に基づき出題されたものであることから、その採点に際しても、理解度の深さを
評価することに重点が置かれている旨を主張し、非開示部分に係る記述問題の採点
には、採点者の主観的判断が介在していると主張する。しかしながら、非開示部分
1は、健康の定義について問う問題である以上、解答の中に記載されるべき要素な
いし用いられるべき語句があらかじめ予定され、これに対応する部分点が決定され
ており、このような
採点基準に照らした採点が行われるものと解されるから、採点者の主観的判断によ
り採点にそれほどの幅が生ずるものと解することはできない。
次に、非開示部分2及び3は、「左側の内分泌器官から分泌されるホルモンを一つ
あげ、その主な働きを簡単に述べなさい。」といううちの、「主な働きを簡単に述
べなさい。」という問い部分に対応する解答に対する得点情報であるところ、上記
問いは、現在の保健衛生学及び生理学の学問水準において一般的に理解されている
ところの、特定のホルモンの働きに関する知識を問うものといわざるを得ず、受験
者個人の主観的見解を問うものではない。そうすると、受験者の理解度の深さに注
目した採点がされるとしても、それはせいぜい語句の選択の適否や説明の過不足に
表れるにすぎない。したがって、その採点に際しても、それぞれのホルモンの働き
として説明されるべき点が予定されており、その要素の過不足により得点が決定さ
れるものといわざる
を得ないのであって、その採点に関して採点者の主観的判断により大きなふれ幅が
生ずる問題であるとはいい難い。
さらに、非開示部分4及び5は、「肺呼吸でのガス交換についてわかりやすく簡単
に述べなさい」という問題への解答に対する得点情報であるところ、前記非開示部
分2及び3と同様に、当該問題は、受験者個人の主観的見解を問うものではなく、
現在の学問水準に照らし、一般に理解されているガス交換の仕組みについての知識
を問うものというべきであるから、その採点に採点者の主観的判断が入る余地は極
めて少ないものといわざるを得ない。
そうすると、非開示部分に記載された得点は、いずれも記述問題の解答に対する得
点情報であるものの、その採点に際して、採点者の主観的判断が入る余地は少な
く、その適否を第三者が客観的に判断することも容易なものといわざるを得ず、本
件試験の語句問題における採点の場合と被告の主張するような質的な差異は認めら
れないものというべきであって、一部開示決定により開示を認めた語句問題に関す
る得点情報と取扱いを異にする理由はない。
エ 以上に対し、被告は、本件各非開示情報に係る得点を開示すると、受験者が自
己の解答が不当に低く評価されているとの不服を持つおそれがあり、これを解消す
る手段はなく、結果として保育士を目指す受験者の自尊心を傷つけたり、試験に対
する信頼感を喪失させることになり、ひいては試験の適正な実施に支障が生ずるお
それがある旨を主張する。
しかしながら、前記被告事務担当者の陳述書(乙5)には、「採点の目安として、
全体としてどこまで書けていれば何点、誤字は1字について何点減だが全体の流れ
が特によければ何点減で止める。Aが正解であるが、Bまでの記載があれば何点、
CとDの双方を記載すべきだが片方が記載され、かつ片方が一定程度評価できる内
容が含まれれば何点など、問題により様々ですが、それぞれ検討し採点の基準とし
ます。」「また、類似の解答があった場合には、バランスのとれた評価点になって
いるか、全体を見渡し増減の調整を行う必要性が発生します。」という記載や、
「1科目当たり2000枚近い用紙を採点する過程では、当初の採点の基準やチェ
ックポイント検討時に予測しえない様々な解答にぶつかることもあり、採点にあた
って微妙な問題が生じ
ます。そこで、採点にあたり一度採点した解答用紙を再点検し、受験者全体の評価
のバランスがとれているか否かの調整を行っております」等という記載が認められ
るから、本件試験の記述問題の採点に当たっては、あらかじめ採点基準が決められ
ており、その採点基準に従った採点がされていること、具体的な採点結果にばらつ
きが生じないよう、一通り採点が終了した後に点数の調整を行っていることが認め
られ、このような採点基準の決定とその修正は責任ある試験実施機関としては当然
に行うべきことであって、しかも、採点の適正さを確保するためには、それらの内
容を覚書等の形で文章化しておくべきものと考えられる。このことと、前記認定の
とおり、本件各非開示情報に係る問題が、いずれも試験科目において客観的に確立
している語句の定義
や基礎的事項を説明させる問題にすぎないことを合わせ考えると、本件試験の採点
に関して、被告が危惧する程度にまで採点者の主観的判断により得点の差異が生ず
るものと認めることはできない。
したがって、具体的な採点結果に対する受験者の不服は、被告が選択問題や語句問
題に関する受験者からの質問に対し、既に事実上行っているような説明と同様の説
明を行うことにより、ある程度まで払拭することが可能であるし、それでも問題が
解決しない場合には、適切な争訟手段を通じて第三者が採点の適否を判断すること
によって問題の解決が可能であると考えられるのであって、上記のような不服が生
ずる可能性があることから、試験に関する事務の適正な執行に支障が生ずる客観的
かつ具体的なおそれが生ずるとは到底認めることができない。
オ さらに、仮に被告の主張するように、本件各非開示情報に係る問題の採点に対
し、受験者が不服を持ち、これが解消されることがなかったとしても、そのことが
直ちに受験者と試験実施機関との間の信頼関係の破壊をもたらし、ひいては当該試
験実施の意味を失わせるものということもできない。このような信頼関係は、適正
な採点が行われること自体に対する信頼関係と裏腹のものであって、むしろ採点の
透明性を高めるし、不服のある者には適切な争訟手段によって、自己の不服の適否
を争わせる機会を与えることにより最も効果的に維持されると考えられる。そし
て、採点の開示は、試験の透明性を最大限確保するものであり、受験者と試験実施
機関との間の信頼関係を維持増進するものと評価すべきである。むしろ、これと反
対に採点結果を開示し
ないことこそが、自己採点等により試験結果に疑問を有する者からその解消を図る
機会を奪うことにより、試験制度自体に対する不信を固定化し、試験に関する事務
の適正な執行に支障を生じさせかねないものと考えられる。
特に、原告については、甲第10、第21号証によると、本件試験直後の自己採点
及びその翌年に刊行された市販の問題集により、各非開示部分についての自己の解
答が正解又はそれに近いものであって、それほどの減点の対象となるものではない
と確信し、そのことによって本件試験の採点に疑問をもっていることが認められ、
この点については、本件試験の採点結果を開示するとともに採点基準を説明し、な
お疑問が残る場合には適切な争訟手段によって問題の解決を図るほかなく、このよ
うな手段を講じない限り、原告の本件試験制度への信頼を回復することはできない
し、このような事態を放置することは受験者一般の本件試験制度への信頼を失わせ
ることとなりかねないものと考えられる。
そうすると、開示の結果、受験者と試験実施機関との間に、被告主張のような見解
の対立が生ずるとしても、そのような事態は、試験自体に対する信頼関係の毀損を
招くものとは考えられず、試験事務の適正な執行に支障が生ずる客観的かつ具体的
なおそれを生じさせるものと認めることはできない。
したがって、いずれにしても、被告の前記主張は採用することができない。
カ 以上によれば、本件各非開示情報を開示することによって、受験者と試験実施
機関の信頼関係を失わせるおそれがあり、本件条例16条2号の「事務の適正な執
行に支障が生ずるおそれ」があると認めることはできない。
(2) 試験委員確保の困難の発生について
ア 次に、被告は、本件試験の実施に際して、既に試験委員の確保に苦慮してお
り、本件各非開示情報を開示した場合には、採点をめぐって受験者からの質問が相
次ぐことが予測され、試験委員の心理的・物理的負担が増大し、人材確保が困難に
なる旨を主張する。
イ 確かに、本件試験の簡易開示の状況(乙5)等からすれば、本件試験に関して
は、既に受験者の多くが強い関心を寄せていることが認められるのであるから、原
告に対し、本件各非開示情報を含めた解答用紙全体の開示をする場合には、さらに
多くの受験者が同様に開示を求める可能性が高く、その結果、採点に対する批判、
非難等も増加する可能性は否定できないところであるから、その批判の手段や方法
によっては、これらに対処する採点者が心理的負担を感じる可能性があることも想
像に難くないところである。
しかしながら、乙第5号証によれば、保育士試験の出題及び採点に関しては、1分
野につき1名、8科目全体で10名の試験委員が関与していること、試験の公平性
確保の見地から、試験委員の名前は公表されていないこと、採点に際し、解答用紙
上には、解答に対する正誤、問題毎の得点(部分点を含む。)、得点集計、場合に
よっては、採点の調整経過等が記入されるにすぎず、採点者が、氏名等の自己を特
定する痕跡を残すことはないことが認められる。そうすると、本件各非開示情報を
含む解答用紙全体を開示したとしても、開示を受けた受験者において、自らの解答
用紙を採点した者が誰であるかを特定することは一般的には困難であるというべき
であるから、本件試験に対する解答用紙全体を開示した場合に採点者に対して向け
られる批判が、個人
的・感情的なものに発展する可能性は低いというべきであって、採点者が感じる心
理的負担は、批判に耐え得るような適正な採点をすることに対する強い自覚にとど
まるものと解される。
ところで、このような公正・適正な採点を行うということ自体に対する試験委員の
心理的負担は、本件解答用紙の開示の有無にかかわらず負担させられているものと
いうべきであるから、その開示によって変化が生ずるものでもないと解するのが相
当である。したがって、本件解答用紙の開示により、採点に関し試験委員の心理的
負担が増大し、その確保が困難になるものともいうことができないのである。
ウ また、被告は、試験委員の物理的負担の増大も指摘するところ、保育士資格の
取得に関して試験制度を採用し、当該試験に合格した者のみに保育士の資格を付与
することとされている以上、出題者あるいは採点者が、出題ないし採点に関し疑問
が生じないようにあらかじめ十分な調査・準備を行い、また、現実に寄せられる疑
問に対し、適切な根拠を示して説明を行うことは、試験制度を採用する以上これに
内在する当然の負担であると解される。前記のとおり、受験者個人の見識を問う小
論文形式の出題のように、その採点基準が抽象的なものとならざるを得ないものは
さておき、前記認定事実によれば、本件各非開示情報に係る出題は、当該科目にお
いて客観的に確立している語句の定義や基礎的事項についての説明を求めるものに
すぎないから、あら
かじめ採点基準を定め、現に採点を行った際に適宜これを修正し、それらを覚書等
の形で保存することにより、それらに基づいて採点の根拠を示すことは比較的容易
であると解されるのであって、このような場合に、被告が、受験者に対して試験に
関する情報を開示しないことにより上記負担の軽減を図ることは、行政庁の負う説
明責任を放棄するに等しいものであり不当といわざるを得ない。むしろ、このよう
な負担の軽減を図るためには、原告の主張するように、出題及びこれに対する採点
の適正化・公正化に努めることにより、受験者からの質問を可及的に少なくすると
いう対処方法によるべきであり、それが適切にされれば採点の結果を開示すること
が、かえって試験制度自体への信頼を高め、その事務の適正な執行に資する可能性
も否定できない。
エ そうすると、試験委員の採用に当たって、被告が現状においてもなお苦慮して
いることはそのとおりであるとしても、本件各非開示情報の開示によって、直ちに
試験委員確保が一層困難になるものと認めることはできない。そして、被告には、
試験委員の確保に当たって、上記試験制度を適正かつ公正に執行するとの趣旨に沿
うような委員の確保に努めるべき責任があるものというべきであるから、本件で
は、本件条例16条2号に定める試験制度の適正な執行に支障が生ずるおそれがあ
ると認めることはできない。
2 以上によれば、本件各非開示情報を開示することにより、本件試験の適正な執
行に支障が生ずるおそれがあるものと認めるに足りる事実は存在しないものという
べきであるから、被告が、本件条例16条2号を根拠に行った本件非開示決定(た
だし、本件一部開示決定による一部取消し後のもの)には本件条例解釈を誤った違
法があり、取消しを免れないものというべきである。
第4 結論  
   よって、本件請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につ
いて、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決す
る。
東京地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官       藤山雅行
   裁判官鶴岡稔彦
   裁判官加藤晴子

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