弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役二年に処する。
     原審における未決勾留日数中五〇日を右本刑に算入する。
     押収に係る運転免許証一冊(東京高等裁判所昭和三七年押第一一二〇号
の一)の偽造部分を没収する。
         理    由
 検察官の控訴理由の要旨は、
 「原判決には法令の適用に誤りがあつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことが
明らかである。即ち
 原判決は本件公訴事実の中、窃盗、公文書偽造、同行使、詐欺の点についてはこ
れと同旨の事実を認定して有罪としたが、左記の公訴事実即ち
 被告人が公安委員会の運転免許を受けないで
 (一) 昭和三七年四月三日頃、東京都北多摩郡a町b番地先道路において、普
通貨物自動車第○に○×○×号を運転し、
 (二) 同月一八日頃、同都小金井市c町d丁目e番地先道路上において、営業
用貨物自動車第△き△□△□号を運転した
 との道路交通法違反の点については、各証拠によりこれを肯認するに十分である
としながら、被告人には右各無免許運転の際、(一)の場合には所謂安全運転義務
違反の罪があり、これについては東京北簡易裁判所において罰金一万円に処せら
れ、(二)の場合には所謂通行区分違反の罪があり、これについては武蔵野簡易裁
判所において罰金三千円に処せられ、右各罰金の裁判は確定済であるところ、これ
等の事実と前記各無免許運転の事実とは、夫々刑法第五四条第一項前段の観念的競
合の関係にあるものであるから、右各確定裁判の既判力は夫々前記無免許運転の事
実にも及び、結局右各無免許運転の事実は確定裁判を経たことに帰するとして、被
告人に対し右部分について免訴の言渡をなした。
 成程原判決の認定する如く、被告人が
 (1) 昭和三七年四月三日午後四時四五分頃東京都北多摩郡a町b番地附近道
路において、普通貨物自動車を運転中、雨天のため前方の見通しが悪く且つ路面が
濡れて滑走し易い状態であつたにも拘らず、除行することなく漫然時速約五〇粁で
進行したため、左端に駐車中の被害車輌の発見が遅く、接触を避けるため急制動し
たが間に合わず右車輌の後部へ自車の左前部を追突させ、更に同車を前方に押出す
などし、以て他人に危害を及ぼすような速度と方法で運転した、との事実につき、
同年五月三一日東京北簡易裁判所において、被告人A名義(被告人は原判示の如く
友人Aの運転免許証を窃取し、これに自己の写真を貼り変えてこれを偽造行使し
た)の略式命令により罰金一万円に処せられ、ついで
 (2) 同年四月一八日午前一〇時五分頃同都小金井市c町d丁目e番地附近道
路において、法定の除外事由がないのに、営業用普通貨物自動車を運転して道路の
右側部分を通行した、との事実につき、同年六月一五日武蔵野簡易裁判所におい
て、前同様被告人A名義の略式命令により罰金三千円に処せられたこと及び右各略
式命令は何れも同年七月一五日に確定したことは原判決挙示の証拠によつてこれを
認めることができる。
 然しながら前記(1)の確定裁判を経た罪と(一)の公訴事実との関係及び前記
(2)の確定裁判を経た罪と(二)の公訴事実との関係は何れも刑法第四五条後段
の併合罪であると解すべきであつて、これを同法第五四条第一項前段により一罪と
して処断すべき所謂観念的競合の関係にあると判決した原判決は、この点において
同条の解釈適用を誤つたものである。無免許運転は運転者自体と不可分的で身分的
性質を持つた行為であり、且つ継続犯的性格を有するに反し、安全運転義務違反或
は通行区分違反は資格の有無とは係わりなく運転中偶々犯されるものであつて、何
れも作為犯的、即時犯的性格を有し、法的評価の上からは別個の行為と解するのが
相当である。
 原判決は、被告人が同一の日時に、同一の場所で同一の機会に、同一の各自動車
を運転したという、その運転行為そのものは単一であつて、唯被告人の単一な運転
行為につき法律的な観点を異にしたに過ぎないと説明するが右は皮相の見解であ
る。更に原判決の見解を貫ぬくときは実質上極めて不都合な結果を招くもので、例
えば単一の無免許運転行為の継続中に、安全運転義務違反若しくは通行区分違反、
その他信号機無視、手信号無視、軌道敷内通行違反、追越方法違反、追越禁止違
反、踏切一時停止違反、右左折方法違反、優先順位違反、緊急自動車優先妨害、除
行義務違反、灯火違反、合図不履行、警笛不吹鳴、乗車積載方法違反、乗車積載制
限違反、酒酔い運転、制限速度遵守違反等の各道路交通法違反の事実があつた場合
において、その中一個の違反行為につき裁判が確定すれば他の多くの違反行為は皆
これと一所為数法の関係に立つものとして処罰することができないこととなり、一
見して不合理極まる結果を生じ、かくては道路交通取締の徹底を期することが困難
となるは勿論、ひいては道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図
るという道路交通法の立法目的の貫徹も又到底望み得ないこととなるので、その影
響するところ誠に由由しいものがあると云わざるを得ない。叙上の如く、原判決は
刑法第五四条第一項前段の解釈適用を誤り前掲(一)(二)の公訴事実につき免訴
の言渡をなしたもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明白であるから、原
判決を破棄した上、更に相当の裁判を求めるため本件控訴に及んだものである。
 と云うに在る。
 よつて案ずるに、検察官所論指摘の事実関係は本件記録上明らかである。原判決
が所論引用の(一)の無免許運転の所為と(1)の安全運転義務違反の所為、
(二)の無免許運転の所為と(2)の通行区分違反の所為とを夫々「一個の行為に
して二個の罪名に触れるもの」と認めた理由は、右各運転行為が同一の被告人によ
つて、同一の日時に同一の場所で、同一の機会に、同一の各自動車を運転すること
によつてなされたものであるから、各運転行為そのものは単一であつて、唯その際
に被告人が運転した行為について法律的な観点を異にしたに過ぎないと云うに在る
ことも所論の如くである。
 <要旨>然しながら、時間的に継続する無免許運転の所為中、他の違反運転の所為
がなされた場合において運転行為が外形的に単一の如く連続していることの
一事を以て直ちに右運転行為を目して刑法第五四条第一項前段に所謂一個の行為と
なすことは必ずしも相当ではない。本件において前掲(一)又は(二)の各無免許
運転行為の継続中、確定裁判を経た前記安全運転義務違反の所為又は通行区分違反
運転の所為が行われたものであるが、右二個の違反所為と各無免許運転の所為とは
その侵害法益、侵害の意思及び態様を全く異にするが故に、右法条に云う一個の行
為には該当せず、これを別個独立の行為と認めるのが相当である。
 かくの如く解することが自動車等の運転行為継続中犯された各種各様の道路交通
法違反行為を取締ることを目的とする同法の精神に合致するものと云わなければな
らない。してみれば原判決が前示の如く運転者、運転車輌、運転の日時場所、機会
の同一なるが故に上記(一)の無免許運転の所為と(1)の安全運転義務違反の所
為、(二)の無免許運転の所為と(2)の通行区分違反の所為とを夫々単一の運転
行為と認め、各刑法第五四条第一項前段に所謂一個の行為に該当するものとして、
(1)又は(2)の罪に関する既判力が(一)又は(二)に及ぶとの見解の下に、
右(一)及び(二)の各無免許運転の事実につき免訴の言渡をなしたのは、刑法第
五四条第一項前段の解釈適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼ
すことが明らかであるから、検察官の論旨は理由があつて、原判決はこの点におい
て破棄を免れない。
 (裁判長判事 尾後貫荘太郎 判事 鈴木良一 判事 飯守重任)

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