弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴をいずれも棄却する。
     控訴費用は控訴人らの負担とする。
         事    実
 第一 当事者の求めた裁判
 控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは、連帯して控訴人らに対し、各金
一〇二五万〇八〇〇円及び内金九二五万〇八〇〇円に対する昭和四九年一月五日か
ら支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣
言を求め、被控訴人らは、主文同旨の判決を求めた。
 第二 当事者の主張
 当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであ
るので、これを引用する。
 (控訴人ら)
 一 説明義務違反に関する主張(原判決の三枚目表六行目から同裏二行目まで)
を、次のとおり補足する。
 1 治療行為を受けるかどうか、また、いかなる内容の治療行為を受けるかは、
患者自身がこれを決定する自由を有しており、これは憲法一三条の保障するところ
である。したがつて、患者の自己決定、すなわちその同意を得ない治療行為は、右
自由に対する違法な侵害であつて、専断的治療行為として違法となる。治療行為に
対する患者の自己決定権の当然の帰結として、医師には、患者に対し、実施する治
療の内容、それに伴う危険性、治療の必要性を説明する義務が生じる。医療に関し
無知な患者の同意は、右の説明を理解したうえでのものでなければ、真の同意とい
うことができないからである。それゆえ、かかる説明義務を尽くさずになされた治
療行為も、患者の自己決定の自由を侵害する専断的治療行為として、違法となる。
 2 問題は、手術に伴う危険が、いかなる範囲で説明義務の対象となるかであ
る。
 ドイツにおいては、(1)医学上予期し得るが、通常の医術の法則に従えば容易
に結果の発生を防止し得るようなノーマルな危険、(2)容易に結果の発生を回避
し得るものではないが、まれにしか起こらないような非定型的な危険については説
明義務がないが、(3)結果の発生が予見し得て、しかもそれに対して確実に有効
な防禦手段があるとはいえない定型的な危険については説明義務があるとされてい
る。
 しかしながら、右の区分には、危険の程度及び手術の緊急性の有無が考慮されて
いないという点において、重大な欠点がある。説明義務は、患者の自己決定権の帰
結である以上、患者の人権を確保するという理念に従つてその要否、範囲を定立す
べき概念であり、医師の立場からこれを定立すべきものではない。人権の究極が生
命の維持にあることは自明のことであり、だとすれば、手術に伴う危険は、それが
定型的なものであれ非定型的なものであれ、あるいは、まれにしか起こらないもの
であるか否かにかかわらず、少なくともそれが患者の死をもたらすものである限
り、全てこれを説明すべきであるといわなければならない。特に、当該手術が、こ
れを行わなくとも生命に別状を来たさないような緊急性のないものである場合は、
右の危険を説明する義務が強調されなければならない。患者は、手術による自己の
生命に対する危険と手術による健康の改善の可能性とを比較し、自由にこれを選択
することができるのであつて、手術の施行を選択する場合であつても、それを行う
医師及び医療設備を自由に決定し、自ら生命の維持をはかることができなければな
らないのである。
 3 腰椎麻酔に伴う危険は常に生命の危険であり、しかも、本件手術は緊急性を
有しないものであつた。
 したがつて、被控訴人Aは、麻酔シヨツクの危険について説明する義務があつた
ものである。
 4 また、仮りにドイッにおける前記の区分によるとしても、被控訴人Aは麻酔
に伴う生命の危険について説明する義務があつたものである。すなわち、右区分に
おける定型的危険、非定型的危険の概念は明確ではないが、少なくとも稀少な危険
か否かとは同義ではない。しかして、麻酔に伴う生命の危険は、まれではあるけれ
ども、医師の技術を超えて常に存在する危険てあり、現代医学において、必ず発生
する生命への危険として予見され、それゆえ、麻酔学の講議対象としてその回避技
術が説かれているのである。つまり、これは定型的な生命への危険であり、高度の
回避技術を施さなければ防禦できない危険として、説明義務の対象となるものであ
る。
 5 控訴人らは、医療に関して素人であつて、その認識しているところは、盲腸
手術で死ぬことはないという程度のものであり、麻酔による死亡の危険について
は、なんらの知識を有していなかつたものであるから、正しい自己決定のために説
明を受ける必要があつたものである。
 二 同意能力のない未成年者に対する手術の場合、親権者が代諾権を有するとい
うべきであるが、共同親権者が存するときは、父母双方の同意を要すると解すべき
である。けだし、財産管理権についてさえ親権の共同行使が必要である以上、生
命、健康という財産を超える絶対価値にかかわる手術については、当然のことであ
る。
 しかして、本件においては、控訴人Bにおいて本件手術に同意を与えたことはな
く、控訴人CがBの名において同意したこともなく、被控訴人Aが控訴人Bの同意
の有無を認識した形跡もない。したがつて、本件手術は、代諾権者の同意を得るこ
となくされたものであつて、違法である。
 (被控訴人ら)
 一 控訴人らの右主張は争う。
 二 医療の現状からすれば、未成年者に対する手術につき父母双方の同意を要す
るというものではないが、本件手術については、昭和四八年一二月二七日、母親の
控訴人CがDを連れて被控訴人ら方病院を訪れて、過去の病症からみて学校の冬期
休暇中に手術を受けたい旨申し出て診察を受け、手術を要するとの診断を得て、手
術日を翌年にすることとしたうえ、昭和四九年一月五日、再来院して手術を受ける
に至つたものであり、当初の来院はもとより、再来院についても、父親の控訴人B
において当然その内容を承知、承諾していたものであつて、控訴人Bが本件手術に
同意していたことは明らかである。
 第三 証拠関係(省略)
         理    由
 当裁判所も、控訴人らの本件請求はいずれも理由がなく、これを棄却すべきもの
と判断する。その理由は、次のとおり訂正するほか、原判決の理由欄の記載のとお
りであるので、これを引用する。
 一 原判決の一一枚目裏一〇行目から同一一行目の「原告C及び被告A(第一、
二回)各本人尋問の結果」を「被告A本人尋問の結果(第一、二回)」と訂正し、
同一二枚目表一〇行目から同一二行目までを削除し、同一三行目の「(五)」を
「(四)」と訂正し、同裏二行目の「証拠はなく」から同四行目末尾までを「証拠
はない。しかして、以上の事実のほか、本件においては、後記のとおり、被控訴人
Aは亡Dのため間欠期における虫垂切除手術を行うことを希望する旨その親権者で
ある控訴人らから表明されていたものと認められるのであるから、本件手術を昭和
四九年一月五日に行なう旨決定した被控訴人Aの判断は、右事情のもとで許容され
る適切な医療行為を選択した相当なものであつて、そこになんらの過失はない。」
と訂正する。
 二 原判決の理由第三項(原判決の一二枚目裏五行目から同一三枚目裏末行ま
で)を削除し、これに替えて、理由第三項として、次のとおり付加する。
 「控訴人らは、本件手術は、被控訴人Aにおいてその危険についての説明義務を
尽くさなかつたものであるから、患者の自己決定権を侵害する違法なものであり、
また、亡Dの共同親権者である控訴人Bにおいてはなんら本件手術に同意していな
かつたのであるから、代諾権者の同意を欠く違法なものである旨主張する。
 1 原審における控訴人C、被控訴人A(第一、二回)、当審における控訴人B
の各本人尋問の結果によれば、
 (一) 亡Dは、控訴人ら夫婦の共同親権に服していたものであるところ、前認
定のとおり、急性虫垂炎及びその後の腹痛等の既応症を有していたことから、控訴
人らは、亡Dの在学していた中学校の先生から、亡Dに対し虫垂切除手術を受けさ
せた方がよい旨勧められていた。
 (二) そこで控訴人Cは、控訴人Bとも相談のうえ、昭和四八年一二月二七
日、亡Dを伴つて被控訴人ら方博愛病院を訪れ、亡Dの従前の病症からみて学校の
冬期休暇中に虫垂切除手術を受けさせたい旨申し出て、被控訴人Aの診断を受けさ
せた結果、右被控訴人から虫垂切除手術を行うことが望ましい旨の診断を得て、右
手術を翌年一月四日に受けさせることとして帰宅し、右結果を控訴人Bに報告し
た。
 (三) しかして、控訴人Cは、昭和四九年一月五日、亡Dに右手術を受けさせ
るべく、入院の準備を整えたうえ、亡Dを伴つて再度被控訴人ら方博愛病院を訪
れ、本件手術を受けさせるに至つたものであり、控訴人Bは、控訴人Cが右当日亡
Dを博愛病院に連れて行くことを了承していた。
 以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。しかして、右認定の事
実によれば、控訴人Bは、冬期休暇中の手術を希望して博愛病院における診断を受
けさせるについてはもとより、同病院において右手術を受けさせるについても、す
べてこれを了承のうえ、その旨を医師に伝達することを控訴人Cに委ねていたもの
であり、控訴人Cからその旨被控訴人Aに伝えられたものであると推認することが
でき、これに反する控訴人Bの当審における供述はとうてい措信できない。してみ
れば、本件手術は亡Dの親権者の承諾のもとに行われたものであるから、それが代
諾権者の同意を欠く違法なものである旨の控訴人らの主張は失当である。
 2 原審における控訴人C及び被控訴人A(第一、二回)の各本人尋問の結果に
よれば、被控訴人Aは、本件手術の施行を決定するに際し、控訴人Cに対し、亡D
の虫垂炎は再発しやすいから虫垂切除手術をした方がよく、右手術は腰椎麻酔によ
つて行われる旨を説明したが、右麻酔に伴う死亡事故発生の可能性等の右手術の危
険性についてはなんら特段の説明をしなかつたとの事実を認めることができ、右認
定に反する証拠はない。
 3 原審証人Eの証言、原審における被控訴人Aの本人尋問の結果(第一、二
回)、原審における鑑定人F及び同Eによる各鑑定の結果によれば、
 (一) 本件虫垂切除手術は、前記のとおり、虫垂炎の間欠期にその再発を予防
するために行われたものであつて、亡Dの生命、身体にさし迫つた危険を避けるた
めその実施の時機を争うという緊急を要する手術ではなかつたものである。
 (二) 虫垂切除手術を行うに当たつては、腰椎麻酔の方法によるのが通例であ
るところ、右麻酔の操作を含め右手術の施行は比較的容易に管理することができ、
大規模な総合病院によらず、被控訴人ら方博愛病院におけると同程度の施設及び人
員を擁する一般の医院において、日常的にその多くが実施されているものである。
 (三) しかしながら、虫垂切除手術も、生体に対する侵襲として、たとえなん
らの過誤もなく実施された場合であつても、これに伴い死亡事故が発生する可能性
は否定し得ず、特に、後記六に認定のとおり、麻酔操作が適切に行われても、患者
が胸線腺リンパ体質又は循環虚弱体質等の特異体質を有するときは、腰椎麻酔が誘
因となつて急性循環不全が発生し、死亡するに至ることが起こり得るのであつて、
かかる麻酔による死亡事故の発生の可能性は極めて微々たるものではあるけれど
も、本件手術の施行をし決定た際、被控訴人Aにおいては、右可能性が存すること
の認識を有していたものである。
 (四) ところで、患者が具体的に右のような特異体質を有しているものか否か
について、事前にこれを覚知することは、現在の医学の水準をもつては実際問題と
して不可能であり、死亡事故が発生した後に解剖を行つてはじめて特異体質であつ
たものと推認できることがあるに過ぎない。
 (五) しかして、いつたん右のようにして急性循環不全が発生した場合には、
専門の麻酔医を擁する大病院においても、後記七に認定のとおり本件手術に際して
行われた応急措置以上の有効な救命措置を講じることは、現実に不可能である。
 以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。さらに、虫垂切除手
術は比較的簡易に行われている手術ではあるが、これとても絶対に安全なものでは
なく、その発生の機序はともかく、まれに死亡事故も起こる可能性をはらんだもの
である旨の認識が一般社会人の常識に属していることは、公知の事実というべきで
ある。そして、被控訴人Aが控訴人らにおいてかかる常識を備えているものと考え
たことは弁論の全趣旨から明らかであり、被控訴人Aがそう考えたことが相当でな
いとするような事情は認められない。
 <要旨>4 以上認定の事実をもとに、被控訴人Aにおいて控訴人らに対し本件手
術に伴う死亡事故発生の危険性について説明をなさなかつたことが、本件手
術の施行を違法ならしめるか否かにつき検討する。
 医師が患者に対し医学上適切な判断に基づいた診療行為を施す場合であつても、
本件手術のように、その選択に係る診療行為が患者を特別の負担ないし危険にさら
すものであるときは、これが患者において重大な利益を有するその生命、身体に対
する侵襲である一面を有することに鑑み、応急の場合その他特段の事情のある場合
を除き、当該診療行為についての患者の個別の承諾を要するものと解するのが相当
である。しかして、患者において当該診療行為のもつ積極及び消極両面の意義を少
なくともその大綱において理解したうえでなされたものでない限り、その承諾は有
効なものと解することができないから、診療行為の有するすぐれて専門的性格に照
らせば、医師が現に有し又は有すべき専門的知識に基づいて認識し得べき当該診療
行為の患者に対して有する積極、消極両面の大綱的意義については、これが一般社
会人の常識のうちに含まれていないものである限り、あらかじめ医師において患者
にこれを説明のうえその承諾を求めるのでなければ、有効な承諾を得ることができ
なくなるものというべきである。かかる意味において、医師にはその行おうとする
診療行為に関し患者に対し一定の説明をなす義務が認められるところ、これを診療
行為のもつ患者の生命に対する危険性の側面についてみるならば、これが患者の最
も重大な利害に係わるものであることに照らし、生命の危険を賭しても治療効果を
期待して当該診療行為を受けるか否か、また、これを受けるとしてもいかなる医療
施設でこれを受けるかにつき選択する自由が患者に保証されるよう、可能な限り右
危険性についての説明がなされることが望ましいことはいうまでもない。しかし
て、死亡事故発生の可能性が相当の確率をもつて見込まれる治療行為が問題となる
場合や、当該治療行為に伴う死亡事故発生の確率は極めてまれなものであつても、
万一これに連なる緊急事態が発生したときに、当該医療施設においては現在の医学
の水準からみて右事態に適切に対処する設備、人員を擁していないような場合に
は、右の危険性について説明をなすことは、医師の右説明義務の範囲に属するもの
というべきである。しかしながら、本件虫垂切除手術のように、死亡事故発生の可
能性は極めてまれなものであつて、かかる危険の存在にもかかわらず、前記のとお
り、虫垂炎の間欠期における予防的切除が一般に是認された治療方法となつてい
て、日常的に一般の医院でその多くが行われている治療行為が問題となつている場
合に、これを適切に施行できるとともに、万一死亡事故に連なる緊急事態が発生し
ても、これに適切に対処し得る設備と人員を擁した医療施設(被控訴人ら方博愛病
院がかかる施設であるといい得ることは、前認定の事実よりして明らかである。)
においてこれを施行しようとするときは、医師としては、虫垂切除手術とても絶対
に安全なものとはいい得ない旨の一般社会人の常識を患者において備えていると考
えることを相当としない事情があるなど特段の事情が認められない限り、あえて右
手術に伴う生命に対する極めてまれな危険についてまで特に説明をなす義務を負担
するものではないというべきである。けだし、右のような場合には、あえて医師の
説明により注意を喚起するまでもなく、患者はその自由意思に従つて常識的に想起
し得る危険性との関連で右手術を受けるか否かを決定することができるとともに、
緊急な事態がたとえ発生しても、現在の医学の水準のもとで期待し得る応急の救命
措置を一般の場合と同様に享受し得るのであつて、そこになんら患者の保護におい
て欠けるところはないものと解されるからである。もとより、それにもかかわら
ず、いつたん不幸にして死亡事故の発生をみた場合には、遺族らにおいて、他の最
新設備を擁する大規模な病院において手術を行つていたならば異なる結果があつた
のではないかとの悔悟の念を抱くであろうことは容易に推察でき、心情において十
分理解し得るものがあるけれども、かかる心理的な負担が残存し得るからといつ
て、これをもつてはいまだ医師に説明義務を課する根拠とはなり得ないものという
べきである。
 してみれば、被控訴人Aが本件手術に伴う生命の危険について控訴人らに対し説
明をなす義務を負つていたものとは認めることができず、したがつて、右義務の存
することを前提として本件手術の違法ないし過失をいう控訴人らの主張は失当であ
る。」
 三 同一四枚目表一四行目(末行)の「前記二3(五)」を「前記二3(四)」
と、同一七枚目裏六行目の「六」を「七」と、同一九枚目裏五行目の「七」を
「八」と、各訂正する。
 以上のとおりであるから、控訴人らの請求をすべて棄却した原判決は相当であ
り、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民
事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 輪湖公寛 裁判官 矢﨑秀一 裁判官 八田秀夫)

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