弁護士法人ITJ法律事務所

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          主     文
      本件控訴を棄却する。
      当審における未決勾留日数中130日を原判決の刑に算入する。
          理     由
 本件控訴の趣意は弁護人環直彌,同日野久三郎,同永山忠彦,同江口英彦,同牧義
行,同辻嶋彰,同石部奈々子,同日野明久及び同松本佐弥香が連名で作成した控訴
趣意書並びに弁護人環直彌が作成した控訴趣意書訂正申立書に,これに対する答弁
は検察官立澤正人が作成した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから,これらを
引用する。
 原判決は,被告人(A)が分離前相被告人B,同C,同D,同E,同F,同G,同H,同I及
び同Jと共謀の上,平成9年12月26日(以下,年の記載のないものは平成9年を指
す。),法定の除外事由がないのに,①東京都港区a町の路上に停車中の普通乗用自
動車内において,自動装てん式けん銃2丁及び回転弾倉式けん銃1丁をこれらに適合
する実包21発と共に携帯して所持し,②同区b町所在の辛ビル植え込み付近路上にお
いて,自動装てん式けん銃1丁をこれに適合する実包6発と共に携帯して所持し,③同
区c町の路上において自動装てん式けん銃1丁をこれに適合する実包6発と共に携帯し
て所持するとともに,けん銃実包1発を所持したとの事実を認定し,被告人につき共謀
共同正犯の成立を認めている(以下,以上のけん銃5丁を「本件けん銃」といい,これに
以上の実包を含めるときは「本件けん銃等」と表記する。)。これに対し,論旨は,要する
に,本件において,被告人を共謀共同正犯に問擬するには,①被告人が実行犯らの犯
罪事実を認識し,認容していること,②被告人が実行犯らとけん銃不法所持の犯罪を行
うため,共同意思のもとに一体となって互いに他人の行為を利用し,各自の意思を実行
に移すことを内容とする謀議をしたことが,いずれも厳格に立証されなければならないと
ころ,これらの事実を認める直接証拠は存しないので,原判決は情況証拠による推認と
いう方式をとって①の事実を認定しているが,原判決の情況証拠によるこの推認は,論
理則,経験則に反するものであって,事実を誤認したものである上,刑訴法317条,31
8条にも違反するものである,また,②の事実を認めないで(もとよりそのような事実は
存在しない。),①の事実のみにより被告人に共謀共同正犯の成立を認めた原判決は,
刑法60条の解釈適用を誤ったものである,というのである。
 しかし,原判決が挙示する関係証拠を総合すれば,原判示の事実を認めるに十分で
あり,原判決が(弁護人の主張に対する判断)の項において認定・説示するところもおお
むね正当として肯認することができる。そして,この結論は,当審における事実取調べの
結果によっても左右されない。以下,原判決が認定したところを敷衍しつつ,当審におけ
る事実取調べの結果をも参酌して検討する。
 1本件の基本的事実関係
 まず,原審で取り調べられた関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
 (1) 被告人や共犯者の所属組織,経歴・地位等
 被告人は,若いころから暴力団組員として活動し,昭和44,5年ころ,発足した三代目
山口組初代山健組健竜会(会長K)の副会長になり,昭和57年ころ,健竜会会長に昇
格し(Kは山健組組長に昇格),平成元年ころ,三代目山健組組長に昇格し(Kは五代目
山口組組長に就任),その後五代目山口組若頭補佐に就任し,本件当時は,三代目山
健組組長であると共に五代目山口組若頭補佐の地位にあり,配下組員数は総勢約31
00名余であった。
 Cは,山健組兼誠会会長で被告人の秘書見習をしており,当番秘書と呼ばれる二日交
替制の他の組長秘書とは異なり,被告人が用事で外出する際には常に共に行動し,被
告人のスケジュール管理などをしていた。Bは,山健組兼昭会(秋田市内で活動)の会
長であり,山健組の東北ブロック長(関東ブロック長とも呼ばれる。)として関東地域をも
取り仕切っており,被告人が上京する際の東京側の受入れ責任者であった。Hは,Bの
実兄であるところ,姉ヶ崎連合会佐藤二代目畠山組(東京都内で活動)の組長であると
共に,山健組兼昭会の相談役であり,Bが普段は秋田市にいることから,被告人上京時
の接待の具体的段取りを付けていた。Dは畠山組組員であり,これまでに10回ほど被
告人の上京時の接待に参加して車の運転などをしていた。Gは,山健組二代目伊藤会
から行儀見習として山健組本部に来ている者で,平成8年2月ころから,被告人専属の
ボディーガード(後記大阪スワット)をしており,平成9年10月ころから,その責任者的立
場にあった。Eは,山健組鷲坂組組員で,平成6年10月ころから,山健組本部で行儀見
習として被告人専属のボディーガードをしていた。Fは,山健組矢倉会組員で,平成9年
12月から,被告人専属のボディーガードをしていた。Jは,山健組武道会組員で,平成2
年ころから5年ころにかけて山健組本部に詰めて被告人専属のボディーガードをしてい
たことがあり,その後武道会に帰っていたが,平成9年12月から再び被告人専属のボ
ディーガードをしていた。Iは,平成9年5月ころ山健組兼昭会奥山組組員となり,これま
でにも被告人の上京時に接待の手伝いをしたことがあった者である。
 (2) 本件犯行前の被告人の上京と警察官による内偵,本件捜索までの経緯等
ア 被告人は,秘書らを伴って本件以前にも度々上京していた。被告人らは,警視庁
が内偵して把握しているだけでも,2月10日,3月25日を始めとして平成9年には本件
以前に合計7回上京している。また,被告人が上京した際の東京側の責任者は,前記
のとおり,山健組関東ブロックの責任者をしている兼昭会会長のBであり,被告人の秘
書らがBに対して被告人が上京する旨の連絡をし,Bが中心となって上京する被告人の
出迎えや東京での接待等の準備をしていた。
 イ 被告人らの上京時の行動を見ると,被告人らが羽田空港に到着すると,Bの指示
で,配下の組員らが車数台(おおむね5台から6台)をそれぞれ運転して被告人の到着
先の羽田空港に赴き,被告人らをこれらの車に乗せるなどして都内を移動していた。そ
の間の行動は,おおむね,1台目が被告人らの行く先での駐車スペース確保,不審者
がいないかの確認等を担当する者が乗車した車(先乗り車),2台目が被告人が乗車し
た車の誘導に当たる車(先導車),3台目が被告人が乗車した車(A車),4台目がボディ
ーガード(スワット)が乗車した車(スワット車。通常後記大阪スワットが乗車),5台目以
降が雑用係が乗った車(雑用車)である。先乗り車を別として,その余の車両は常に一
体として行動していた。以上のような被告人らの上京時の行動は毎回ほぼ同様であっ
た。
 ウ 警視庁生活安全部銃器対策室所属の警察官らは,1月上旬,「山健組のA組長
が時々ボディーガードを引き連れて上京する。上京する際には,そのボディーガードが
けん銃を所持して同組長をガードしている」旨の情報を得たことから,名前の出た人物
の特定,被告人の上京の有無,被告人らが遊興したとされる店舗の所在確認,関係者
の身元の調査等の捜査を開始した。
 エ その結果,2月10日,羽田空港に到着した被告人がボディーガード数人と共に行
動し,東京都港区内のホテル甲に宿泊したことが確認されたのを始め,以後,3月25日
に同様に上京するまでに4回の上京が確認された。特に,被告人が3月25日上京した
際,羽田空港でボディーガードと認められる者のうち,Lがけん銃と認められるものを所
持しているのが現認されたことから,被告人に随行していたボディーガードの身元の割り
出しと同人らが使用していた車両の所有者の確認等の捜査が実施された。そして,3月
25日までの内偵において,飲食店に入るのは,被告人,その時々の秘書,B,Lのほぼ
4人で固定されていること,赴く飲食店についてはその都度異なることがあるが,最終的
に行く店は,東京都港区a町にある乙店であって,その後は同店から宿泊先のホテルに
帰ること,被告人らが店に入る前に,先乗り車が先行して店付近に駐車していることなど
が確認された。また,その前後ころまでに把握できていた人物は,被告人,M(被告人の
秘書),L,N(山健組秋田兼昭会奥山組組長),O(山健組木村一家政風会若頭補佐),
G,E,Pらである。
 オ 同警察官らは,これまでの内偵の結果によると,山健組組長である被告人が行
動する際には,ボディーガードが一体として行動していたこと,これまでの他の事例から
みてもボディーガードは当然けん銃等を所持していると考えられること,特に3月25日
にLがけん銃と認められるものを所持していたところが現認されたこと等から,けん銃の
共同所持を被疑事実として,7月11日付けで捜索差押許可状を請求し,その発付を得
た(発付された令状は約120通で,うち車両分が約30台,その余は,被疑者らの自宅
や組織の事務所などである。)。なお,警察官がこの時点でこれらの令状を請求したの
は,被告人の7回目の上京に当たる5月29日早朝,被告人,共政会沖本組の組長,会
津小鉄の会長の3名が「乙店」で飲食中,同店前でボディーガードの1人が発砲する事
件が発生したため,至急捜索を実施する必要があると判断したからである。そして,これ
らの令状による捜索差押えについては,被告人が上京し,ボディーガードがそろって被
告人をガードしているところを,一般人を巻き込まないような配慮をしてこれを実施する
必要があると判断されたが,8月28日,山口組若頭(宅見組組長)のQが殺害される事
件が発生したことから,被告人もしばらくは上京を控えると推測され,実際にその後被告
人が上京した事実が確認されなかったことから,令状による捜索差押えの実施の機会
がないまま推移した。
 カ本件当日である12月26日午前4時20分ころ,警視庁警察官らは,総勢71名
で,あらかじめ発付を受けていた被告人ら数名に対する銃砲刀剣類所持等取締法違反
を被疑事実とする捜索差押許可状に基づく捜索差押えを実施すべく,東京都港区a町庚
店前付近路上において検問を開始し,被告人一行の車列が飯倉一丁目交差点方向か
ら進行してきたところで,その車列の前後を警察車両で阻止し,車列を完全に停止させ
た。そして,同警察官らは,各捜索対象車両が確認できる位置に「令状による捜索を実
施する。警視庁」の垂れ幕を掲げ,その旨拡声器を使用して告げつつ捜索を開始した
が,令状による捜索の目的としたけん銃は発見することができなかったものの,Gらが乗
った車両から本件のけん銃3丁と実包を発見したため,被告人らをけん銃等所持の現
行犯として逮捕するとともに,これらのけん銃等を差し押さえた。なお,R及びIは,同日
午前4時39分ころ,被告人が宿泊を予定していた同区a町所在のホテル甲別館玄関前
車寄場において,上記けん銃等所持の共同正犯として現行犯逮捕された(なお,その後
の捜索の結果,同区c町の民家の玄関前と同区b町のビルディング植え込み内からそれ
ぞれ実包が装てんされた本件けん銃1丁ずつが発見・押収された。)。
 (3) 被告人らが上京するまでの経緯等
ア 被告人を組長とする山健組には,被告人の秘書としてSら6人がいて,当番制で
任務に就いていた。また,Cは,前記のとおり,被告人の秘書見習として,常時被告人と
行動を共にしていた。山健組では,被告人を専属で警護するボディーガード役すなわち
通称スワット(以下「スワット」という。)として数名の者が任命されていた。スワットは,襲
撃してきた相手に対抗できるだけのけん銃などの装備を持ち,被告人が外出して帰宅
するまで終始被告人の側に付き,敵の襲撃から被告人を警護する役割を担った者で,
被告人の警護のみに専念し,それ以外の雑用を課されることがない。スワットは,山健
組内の各組から「やる気のある人間」が厳選されており,本件当時は,G,E,F,Jらが
選抜されており,Gが山健組スワットのリーダー格であった(以下,「大阪スワット」という
ときは,これらの被告人付きの専属のスワットを指す。)。
 Cは,秘書見習として,被告人の行動のスケジュールの管理をし,被告人の身辺警護
の態勢を決め,スワットであるGに指示を出すなどし,被告人が上京するときには,受入
れ側であるBに対してその旨連絡して,被告人を出迎える態勢を整えさせていた。なお,
大阪スワットに指示命令ができるのは,被告人のほかには秘書又は秘書見習のCだけ
である。
イCは,12月22,3日ころ,被告人から同月25日ころに上京する意向を有している
ことを聞き,直ちにその旨Bに連絡し,同月24日にはGに対し同月25日の東京行きの
航空券の手配を指示するとともに,上京する大阪スワットの人数をGの意見を聞くなどし
て決め,Gに大阪スワットらに上京の準備をさせるように指示した。また,Cは,同月25
日の昼ころ,再度Bに被告人の羽田空港への到着時刻等を連絡した。なお,大阪スワッ
トは,これまでの被告人の上京に当たっても同行して警護についており,その都度,けん
銃を携行していた。
ウ Bは,前記のとおりの地位(山健組兼昭会会長,山健組の東北ブロック長ないし関
東ブロック長)にあり,被告人が上京するときの受入れ側である東京側の責任者でもあ
ったところ,Cから被告人が12月25日に上京する旨の電話連絡を受けると,前記のと
おりの地位(畠山組組長,兼昭会相談役)にある実兄のHに電話して,「25日に親分が
上京するみたいだから,今回はちゃんと車とか用意しておいてくれよな。ベンツは俺が用
意するから」などと伝えた。兼昭会では,これまで10回くらい被告人の上京時の接待を
したが,Bは秋田県に居住し,常時東京にいないことなどから,Hに接待のための具体
的な段取りを付けさせるとともに,これまで被告人が上京すると,いずれも兼昭会関係
の組員(畠山組関係者を含む。以下同じ。)が10人くらい動員されて被告人の身辺警護
等に当たっていた。BがHに指示した接待の段取りは,単に飲食の世話をするだけでは
なく,親分である被告人の身体の安全を護ることが当然のこととして含まれており,先乗
り車,先導車,A車,スワット車,雑用車の運転担当者の選定,スワットら関係者の乗車
区分の策定,車列の編成などが含まれている。そして,Bは,これまでも万全の警護態
勢を敷いて被告人の警護に当たっていたが,今回の上京は,8月に山口組最高幹部の
Q組長が殺害されるという非常事態が起こり,同じく山口組最高幹部の被告人の命を狙
う者がいないとは限らない状況にあるとの認識から,一層慎重な警護が必要と判断され
たため,Hに対しての依頼の中に,兼昭会としての被告人を迎える準備・段取りとして被
告人を警護する者が使うけん銃の準備の点も含むものとしていた。そして,HもBの依頼
にこの点が含まれているものと認識していた。なお,兼昭会関係の組員らは,被告人の
上京の際の警護や雑用を「公用」と称して,兼昭会では重要な仕事と位置づけており,
兼昭会には,「公用」に従事するボディーガードと雑用係がおり,このボディーガードはこ
こでもスワットとも呼ばれていた(以下,東京側のボディーガードを「東京スワット」と呼ぶ
ことがある。)。
 エ Gは,Cからスワットとして上京する準備をするように指示された。従前は3名のス
ワットが被告人の警護のため上京していたが,今回はG,E,Fに加え,Jもスワットとして
参加することになった。Gは,4名のスワットで打合せをした上,山健組の地元の兵庫や
大阪などでは,警察の警備も厳しく,けん銃を携行して上京するのは危険と考え,兼昭
会のTに電話をかけてけん銃を3丁用意してほしい旨依頼し,Tはその旨をHに伝えた。
また,Gらは,これまで持っていかなかった防弾盾を大阪から持って上京することにし,E
が新幹線に乗ってこれを運んだ。特に防弾盾を持参することにしたのは,今回は,時期
が時期だけに,いつ被告人が襲撃されるかもしれないと判断され,また,東京で被告人
が乗る車は防弾仕様になっていなかったことなどからである。
 オ そこでHは,直ちに被告人の送迎・警護等に使用する車やこれらの車の運転手の
手配,警護に当たる組員の振り分け等を行った。Hは,今回は5台の車を用意し,先乗り
車は,Uが運転し,これに東京スワットとしてI,Rが乗車し,先導車は,Vが運転し,これ
にB,被告人の友人のLが乗車し,被告人が乗車するA車は,Tが運転し,これに被告
人,S,Cが乗車し,スワット車は,Dが運転し,これに大阪スワットらが乗車し,雑用車は
Wが運転するなどの乗車区分を決めた。また,Hは,Dと共に,Hが所持していた本件の
けん銃5丁にそれぞれ実包を装てんした上,これらのうち2丁をセカンドバッグ,3丁をシ
ューズバッグに入れ,Dに対し,「道具2丁が入った方のバッグはIに渡せ。もう一つのバ
ッグはお前が運転する車に置いておけ」と指示し,Dは,指示どおり,けん銃3丁が入っ
たシューズバッグを,自分が運転し大阪スワットが乗車する予定のスワット車の運転席
下に押し込み,けん銃2丁が入ったセカンドバッグを,Iに「道具だから車に積んでおけ」
と言って渡した。
 (4)被告人らの上京と東京都内での行動等
ア 12月25日,被告人は,大阪にある自宅から専属運転手の車に乗り,これにS,C
の2人が同乗して大阪伊丹空港に向かい,大阪スワットの乗った車両がこれに続いた。
そして,被告人,S,C及びGは東京行きの飛行機に乗った。また,大阪スワットのE,F,
Jは,新幹線で東京に向かった。
 イ 一方,被告人らを出迎える東京側では,Iが,Dから渡されたけん銃等入りセカンド
バッグを乗せた車を運転して午後4時ころ羽田空港に赴き,Dが,車を運転して東京駅
に赴き,新幹線で上京したE,F,Jを乗せて羽田空港に向かったが,その車内で,DがE
らに対してけん銃3丁を運転席の下に置いていることを伝えた。そして,羽田空港に到
着すると,Eは,大阪から持参してきた防弾盾を被告人が乗車することになっているA車
の後部中央の肘掛けの下に置いた。
 ウ 被告人は,S,C,Gと共に午後6時ころ羽田空港に到着し,同空港でB,Iら兼昭会
関係者及びE,F,Jら大阪スワットが,被告人らを出迎えた。そして,被告人らは,Hがあ
らかじめ決めておいた乗車区分に従って車に分乗した。先乗り車は,Uが運転し,これに
東京スワットとしてIがRと共に乗車し,先導車は,Vが運転し,これにB,L及びPが乗車
し,被告人が乗車するA車は,Tが運転し,これに被告人,S,Cが乗車し,大阪スワット
の乗るスワット車は,Dが運転し,これにG,E,F,Jが乗車して,高速道路を利用して都
心に向けて出発した。Gらが乗ったスワット車では,車内に準備された3丁のけん銃を
G,E,Fがそれぞれ身に着け,Jは,途中から先乗り車に乗り換えた。先乗り車にはR及
び東京スワットとしてIが乗車していたが,Jは同車に乗り移ると,Iが渡したけん銃が2丁
入ったセカンドバッグ内からけん銃1丁を取り出して身に着けた。Iは,所属の稲野辺組
の副長Xから,Iも東京スワットとして参加するものであると告げられており,残ったけん
銃1丁はセカンドバッグに入れたまま常時Iが所持していた。
 エ A車を中心とした車列は,同日午後7時半ころ有楽町にある丙店に到着した。その
ころ,Hは,X,δと共に,Wが運転する車に乗って,丙店のある壬前に到着し,その後
は,上記車列に加わり行動を共にした。被告人は,S,C,B,Lらと共に同店で食事を
し,同日午後8時半ころ同所を出て,銀座にある丁クラブに赴き,被告人らはここで飲酒
した。被告人らは,さらに,午後10時ころ同所を出て,新宿歌舞伎町にある韓国クラブ
戊に行き,ここでも同様に飲酒した。そのころ,Y(Lの兄)がLに頼まれて1人で車を運転
して同所に赴き,以後,上記車列に加わり行動を共にするようになった。被告人ら一行
は,翌日の12月26日午前零時ころクラブ戊を出て,赤坂にあるキャバレー己に赴き,
午前2時ころ同所を出て,a町にある乙店に赴いて午前4時過ぎころまで同所で飲酒し
た。そして,被告人らの一行は,先乗り車による先発隊を除き,宿泊先のホテルに車列
をなして向かう途中,前記のとおり警察官による捜索が実施され,被告人らはけん銃等
所持の現行犯人として逮捕された。
 オ J,R,U,Iの乗った車(先乗り車)は,先に被告人の宿泊先であるホテル甲別館に
赴いて玄関前車寄場に駐車し,被告人の到着を待っていたが,その情報を得た警察官
らは,同車に対する捜索差押許可状に基づく捜索を実施するため同所に向かい,Iらに
対する職務質問を開始し,さらにGらが乗った車両からけん銃等が発見されたことから,
I及びRをけん銃及び実包の共同所持の現行犯人として逮捕した。なお,警察官が来た
ことを察知したIは,所持していたけん銃1丁等が入ったセカンドバッグをUに渡し,これを
受け取ったUがその場から逃走し,また,Jはけん銃1丁等を持ったままその場から逃走
して,同人らは,これらのけん銃等を同区c町の民家の玄関前と同区b町のビルディング
植え込みに投棄したが,同日午前7時ころ各投棄場所からけん銃等が発見・押収され
た。
 (5)本件上京時の警護状況等
 ア 被告人ら一行は,A車を中心に,先導車,スワット車,雑用車で車列を組み,これ
らの車の間に他の一般車両が入らないようにしながら移動した。その際,Dが運転する
スワット車は,常にA車の直後を走行したが,A車の真後ろではなく,同車が左車線を走
っているときは,右斜め後方を走り,右車線を走っているときは,左斜め後ろを走るなど
して,A車の隣に他の車両が来ないように警戒し,また,スワット車の斜め後方(A車の
真後ろ)にも雑用車等の車が付いて走行し,A車の後方に他の車両が入らないように注
意し,他の車両が車間に入りそうになるとその運転者に対して手で合図して車間から抜
けるようにさせていた。
 イ 被告人らが遊興先の飲食店に到着すると,先導車,A車,スワット車が停車し,被
告人が降車して店に入るまでと,店から出てから乗車するまでは,被告人の回りにSや
Cらが位置し,その外側から本件けん銃等を所持したGらスワットが警戒していた。な
お,先乗り車は,2軒目の店から,被告人らが店から出る前に次の遊興先の店に赴き,
A車の駐車スペースを確保したり,辺りを警戒したりしていた。そして,被告人が店に入
る際は,SやCらが先に店内に入って不審な人物がいないかを確認するなどして警戒
し,被告人らが飲食中は,Gらスワットが店の出入口付近などで本件けん銃等を所持し
て警戒に当たった。すなわち,Gらは,丙店では地下1階の入り口や地下通路付近で,
丁クラブでは,同店が2階にあったことから入り口脇の非常階段付近や,同店入り口の
道路反対側歩道付近で,クラブ戊では,店に下りる階段や付近の路上で,「乙店」では,
同店入り口の道路反対側で,それぞれ辺りを警戒したが,キャバレー己では,同店が地
下にあり,階段を下りるとすぐ店になっていて道路で警戒していては目立つため(以前職
務質問を受けたことがあった。),大阪スワット4人全員が車の中で地下に下りる階段を
見張って警戒した(キャバレー己での状況につき,同店従業員であるZは司法警察員に
対する供述調書(原審甲98号証)において「先乗り車で駆け付けた者らが辺りを警戒し
ながら被告人の到着を待ち,間もなく被告人らが乗ったA車を含む車が同店前に到着
し,A車は店の前で停車した。そして,同車のドアを同店従業員が開けると,先導車に乗
ったBが素早く飛び出して従業員2名の後方に立って被告人が車から降りるのを待ち,
さらに先導車からLが,A車からCとSが,スワット車からスワットの3人が素早い動作で
降り,1拍置いて被告人が降りた。そして,被告人らが同店内に入ると,3台の車は,道
路を挟んだ右斜め前にある駐車場に移動した。その間,各人がそれぞれの役割を承知
し,素早く統制の取れた行動を取り,1分もかからなかった。被告人らが店を出る際も,
同店従業員が上記車が駐車している駐車場に駆け寄り,被告人らが帰ることを知らせ
ると,3台の車が同じ順序で店の前に移動し,間もなく店内から,被告人らが一団となっ
て出てきてそれぞれが車に素早く乗り込んで出発した」旨供述している。)。
1 事実関係についての補足説明等
 以上の事実を総合するだけで,他に特段の事実がない限り,被告人が本件けん銃等
を原判示の日時場所において配下のスワットの者らと共謀の上所持していた事実を優
に推認することができる(警察官らが,被告人らの従前の上京時や今回の上京後の行
動の観察等の捜査結果を踏まえて,被告人らを本件けん銃等所持の現行犯人として逮
捕した措置は,適法なものとして是認することができる。)。この推認の点については,後
に更に説明を加えるが,ここでは,上記の事実認定に関し所論が特に争っている点につ
き補足して説明するほか,上記推認を妨げる事実の存否につき検討を加える。
(1) スワットについて
 所論は,「山口組ないし山健組には,組と組との抗争が激しかったころにはスワットと
呼ばれる者がいたことはうかがわれるものの,現在ではスワットと呼ぶにふさわしい役
割の者はおらず,ただスワットという言葉だけが残り,被告人の身の回りの世話や雑用
などをする一部の付け人たちが,自分たちを格好よく呼ぶためスワットという言葉を使っ
ていたことがあるだけで,その実態は,原判決がいうような『実包の装てんされたけん銃
を携帯所持して組長と行動を共にし,敵の襲撃に対抗して専ら組長の警護のみに専従
している者』とはほど遠いものである。被告人も山健組にこのようなスワットが存在して
いるとの認識はなく,特に,Gが自分の付け人であり雑用係として秘書と共に被告人に
同行しているとの認識はあったものの,F,E,Jらについては,山健組の下部組織から
行儀見習に来ている若い者という程度の認識しかなく,自分の警護は自分の身近にい
るCやSら秘書の役割であると考えていたのであり,Gらに警護してもらおうという気持ち
など持っていなかった。クラブや飲食店は最も危険な場所の一つであるはずなのに,G
らは被告人と一緒に店内に入れないのだから,警護役としては何の役にも立たないの
であり,被告人の認識は警護の実情にも合致している」旨主張する。
 そして,Cは,検察官に対する平成10年1月7日付け供述調書(原審乙13号証)及び
原審第6回公判期日(証人として)において「私が見習で入ったときは,そういうスワット
はいなかったと思うが,周りの人が皆スワットという言い方をしていたので,γ(被告人の
秘書をしていたことがある者)との間で,スワットとはどういうものかというやりとりがあっ
た。スワットという言葉は残っていたが,本当の意味のスワットがいたのは,大分昔の抗
争のときという話をしていた。けん銃を持っていたのは,多分一和会との抗争のころで1
0年くらい前ではないかと思う。要するに,本来の意味でのスワットはなくなったが,現実
にはスワットと呼ばれる者がいる。それは,親分付きの者らが,かっこよく言いたかった
んではないかと思う」旨供述している。
しかし,原判示のような意味でのスワットが存在していたことは,関係者の供述から明
らかである。すなわち,①秘書のSは,「本来のスワットというのは,けん銃などを持っ
て,親分の回りに人知れず紛れ込み,親分が襲撃されたような場合に,どんな手段を使
ってでも親分を護る者のことをいう。ただ,現在は,抗争華やかりしころと違い,それほど
襲撃されなくなったことから,いつもスワットがけん銃を持ったりはしなくなった。もちろ
ん,絶対に持たないというものではなく,彼らの判断で持たなければならないと思えば持
つことも当然ある。自分の器量と判断でけん銃であろうが何であろうが用意して,親分を
護るという責任を果たすことになる」旨(Sの検察官に対する平成10年1月9付け供述調
書=原審甲106号証),「スワットは大体いつも5人くらいはおり,古いのではGとEがお
り,あとは最近スワットになった連中が何人かいる。スワットというのは,親分を護るため
に専属で銃火器等を持って敵の襲撃に対抗する連中のことである。山健組の各組か
ら,やる気のある使える人間を厳選して出されてくるので,それなりに自分の器量で親分
を護るために動ける人間がスワットになっている。ガードの方法はスワットに任されてお
り,彼らの器量でどのようにガードするか判断している。スワットは,親分が家を出てか
ら,帰るまでは親分にくっついてガードする。スワット専用車は2台あり,1台をスワット
車,2台目を黒子などと呼んだりしている。スワットの中で,Gが一番親分の近くにいる。
私は3,4回親分に同行して上京しているが,そのときもスワットの何人かが付いてきて
いた」旨(Sの検察官に対する平成10年1月9日付け供述調書=原審甲105号証)供
述している。そして,②大阪スワットのGは「平成8年2月から,A親分の秘書をしている
C’の叔父貴(Cを指す。単に「C’」というときも同様。以下同じ。)から,A親分の専属ボ
ディーガード,通称スワットをするように言われた。以来,今日までスワットとして,ボディ
ーガードをしてきた。スワットというのは,普通に親分を護るのではなく,襲撃してきた相
手に対抗できるだけのけん銃などの装備を持って,親分を護る者のことである。今回も,
私,E,F,Jはけん銃を持って終始A親分の近くにいて,いつ敵から襲撃があってもA親
分を護れるようにしていた。とにかくA親分のみを護るというのが仕事であり,それ以外
の雑用は一切させられない。A親分が歩いているときは,大体私が親分の前,EとFが左
右後方を歩いてガードし,親分の左右は2人の秘書が固めるというスタイルである。J
は,少し違う位置から,全体を見てガードしていた。私たちスワットは,一応選ばれた存
在であり,大親分であるA組長を護れるということで,自分たちも光栄に思っている」旨
(検察官に対する平成10年1月3日付け供述調書=原審乙46号証),「スワットになっ
てからは,けん銃を持ってA親分の護衛をしなければならなくなり,けん銃の腕も磨かな
ければならないが,それは,上の者がいちいち訓練してくれない。射撃の腕もけん銃の
管理もすべてスワットの個人の器量と責任で行う。けん銃を人に預けるような危険なま
ねはしない。A親分がスワットに対し,警護についていちいち具体的な指示をすることは
決してない。直接口を利いてもらえることはあり得ない。スワットのメンバーの行動は,
C’の叔父貴から指示されるのがほとんどだったが,護衛の細かな方法の指図はなかっ
た。だから,護衛のとき,けん銃を用意しろとか,けん銃はこの護衛のときは使うなとか
の具体的な指示はない。いつけん銃を持って護衛するかは,自分たちの器量と責任で
決めていた」旨(検察官に対する平成10年1月9日付け供述調書=原審乙48号証),
③同じくFは「昨年11月中旬,Gにスワットにしてくれるように頼んだ。決めるのはC’の
叔父貴と思うが,Gに口利きしてもらおうと思った。12月中旬ころ,EかGから一度来るよ
うに言われ,それ以降,私もスワットとしてA親分の専属ボディーガードとなった。A親分
をガードして上京したのは,今回までに2回ある」旨(検察官に対する平成10年1月4日
付け供述調書=原審乙54号証),④同じくEは「平成6年10月から,本家山健組に行儀
見習にきている。そのころから,A親分専属のスワットと呼ばれるボディーガードになっ
た。スワットは,大体5,6人いる。スワットは,主にC’の叔父貴の指示で動く。私とG以
外は,逮捕の1,2週間の間にスワットになったため,私とGがどうしてもA親分と一緒に
行動し,残りは大体2人が留守番になる。A親分が上京するときは何人付いて行くかは
最終的にはC’の叔父貴が決めるが,今回は,Gと私で,C’の叔父貴に4人で行った方
がいいと進言し,C’の叔父貴もこれを了承してくれた。4人で警護することになったの
は,この時期は中野会がQ組長を殺した後であり,中野会会長はずっとA親分に出世で
出し抜かれてきており,A親分に恨みを持っていて,血迷って親分を殺すことも十分考え
られたからである」旨(検察官に対する平成10年1月4日付け供述調書=原審乙60号
証),⑤同じくJは「親分の専属ボディーガードはスワットと呼ばれることがあった。近ごろ
は,相手がけん銃などを使って襲撃してくることも十分考えられ,素手では護りきれない
こともあるので,A親分の専属ボディーガードをやる以上,けん銃などの武器を持って警
護することになるから,武装しているという意味でスワットと呼ばれている。私が専属の
ボディーガードをしているとき,常にではないがけん銃を持って警護したこともあった」旨
(検察官に対する平成10年1月4日付け供述調書=原審乙67号証)それぞれ供述して
いる。さらに,⑥兼昭会のWは「ボディーガードにはスワットと呼ばれる者がいる。スワッ
トの役目は,東京には山口組以外の組織がたくさんあり,東京にA親分が出てくれば,
いつ,だれがその命を狙って攻撃してくるかもしれず,その時は,けん銃を使って攻撃し
てきた者を撃ったりして反撃し,A親分を護ることにある。スワットには,関西から4,5
人,関東から2,3人の若い者がなった」旨(検察官に対する平成10年1月8日付け供
述調書抄本=原審甲113号証),「N組長から,スワットとは,ボディーガードで,けん銃
を持ってA親分を警護している人であると教えてもらった。スワットの連中は素手ではA
親分を護りきれないので,当然けん銃を持っていると思っていた。というのは,スワットが
けん銃を持ってA親分を警護していると聞いていたし,A親分のガードの者が銀座で発
砲事件を起こしたとN組長から聞いていたので,公用に参加した者の中に,けん銃を持
っている者がいると思った」旨(検察官に対する平成10年1月11日付け供述調書抄本
=原審甲114号証),⑦大阪スワットの乗った車の運転を担当したDは「私は,A親分が
上京したとき,これまで10回くらい付いて回った。3,4回目から大阪スワットを乗せた車
の運転をするようになった。A親分がホテルに戻った後,反省会があり,そのとき,スワッ
トの意見を聞いた。NやP’(Pを指す)が中心になり,問題点などを話し合った。初めてス
ワット車を運転したときの反省会と思うが,P’から『お前はA組長の乗った車から離れす
ぎだ。もっとすぐ後ろにくっついて走れ』『お前の車にはスワットを乗せている。スワット
は,A組長に万が一のことがあったら,大変だからいるんだ』と言われた。スワットは,け
ん銃を持ってA親分をガードする者と思った」旨(検察官に対する平成10年1月9日付け
供述調書=原審乙38号証),「スワットには,東京サイドで用意するスワットと,A親分の
専属スワットがいた。東京スワットは,大概,1人はRであり,Uもよくこれをやっていた。I
は今回が初めてのスワットである。私は,必ず,大阪の専属スワットの車の運転をしてい
た。大阪スワットは,20代の若い男2,3人であり,これまでは大阪からけん銃を用意し
てくることもあったが,今回は私の方で5丁のけん銃を用意した」旨(検察官に対する平
成10年1月5日付け供述調書=原審乙35号証),⑧東京スワットを務めたIは「A組長
が上京するときには,護衛が付けられる。山口組関係者の間では,組織の上の人の身
辺警護をする役目をスワットと呼んでいる。護衛の中でも特別の護衛という意味で使っ
ている。スワットには,けん銃が渡され,偉い人に危害が加えられる場合は,当然このけ
ん銃で相手をやっつける役割が与えられている」旨(検察官に対する平成10年1月4日
付け供述調書抄本=原審乙75号証)それぞれ供述している。
 そして,これらの供述は,相互に符合し,その信用性に疑いを容れる余地はないという
べきである。もっとも,これらの者も原審公判廷や当審において,これに反するような内
容を供述するに至っているが,これらの者は捜査段階において一貫してスワットの存在
について供述しておきながら,原審ないし当審においてその存在を希薄化し,あるいは
否定するかのような供述をするに至ったものであって,到底信用することができない。所
論は,スワット本来の意味とは異なる意味でスワットという言葉が用いられていたことを
強調し,Fの「スワットとはアメリカ特殊部隊のこと」(上記検察官調書),Jの「スワットと
は犯人を射殺することもあるアメリカの武装警官のこと」(上記検察官調書)といったもの
とはほど遠いものであるというが,ここで重要なのは,被告人のボディーガードを務める
Gらが本来の意味でのスワットと同様の訓練と装備のもとに配置されていたかどうかで
はなく,スワットと称されるGらボディーガードがけん銃を所持して被告人の警護の任に
当たっていた事実の存在なのであって,G,F,Iらがボディーガードの実態とこれについ
ての同人らの認識を述べた上記各供述は,いずれも十分に信用することができるので
ある。スワットに関してGらが供述するところを検察官による誘導,押し付けであるとする
所論は失当であり,原判決のスワットに関する認定・説示は正当として是認することがで
きる。なお,スワットの存在やスワットに警護されていることについての被告人の認識の
点は,後述する。
 (2) 警護の状況について
 所論は,被告人が上京した後の行動につき,原判決は,各店舗の出入口の状況,A車
やスワット車の停車位置など,客観的な状況からの検討を全く行わないまま,あたかも,
被告人の周りをGら付け人が取り囲んで移動する様子がはた目にも一目瞭然であるか
のような認定をしているが,Gらは,被告人に常に接近して被告人を取り囲むような位置
にいたことはなく,むしろ被告人から見えない位置にいた,という。
 しかし,原判決は,前記1(5)と同様に,スワットらが被告人の移動に伴って常に移動
し,被告人の飲食中は周辺で警戒に当たっていたことなどの状況を認定しているのであ
り,所論のように,車から降りた被告人をスワットらが常に取り囲むように警護していた
などとまで判示しているものでないことはその判文から明らかである。そして,被告人が
自己を直接取り囲むような態様での警護を嫌っていたことは被告人自身の供述からも
明らかである(Eは「C’の叔父貴から,常々親分は大勢に取り巻かれるのが嫌いだか
ら,お前らは近くに寄るな,親分の目に付かないように離れていろと言われていた」旨供
述している。Bらの第16回公判調書中のEの供述部分写)。ところで,警護の方法とし
て,被告人を直接取り囲むような形態をとるか,被告人を遠巻きにしながらその回りを警
戒する形態をとるかは,その時々の状況によるのであり,本件の場合のように,スワット
が常に被告人を取り囲み,飲食店内にも同道して辺りを警戒するという形態ではなく,前
記1(5)イのとおりの形態がとられたとしても,被告人の警護であることには何ら変わりは
なく,被告人の警護として十分に意味のあるものと認められる。なお,店内については,
SやCらが先に店内に入って不審者の有無等をチェックしている上,同人らが同席してお
り,また,店関係者も被告人が山口組内の大物組長であることは知っており,他の客に
ついても注意を払っていることから,前記の所論とは逆に,店内の方が比較的危険は少
ないともいえる。このことは,丁クラブの経営者であるαが「当店に暴力団関係者が出入
りするのは好ましくない。それで,他の客からは目立たない場所に席を用意していた。当
店には,関東の暴力団関係者も来るが,暴力団幹部と思われる人を警護するため若衆
がいても,店の雰囲気が壊れるから若衆の入店は一切断っている。だから組長クラスだ
けが安心して,落ちついて飲んでいられる」旨供述している(検察官に対する供述調書
=原審甲100号証)ことからもうかがうことができる。警護の状況に関する所論は,原判
決を正解しないものというほかない。なお,被告人の認識の点については後述する。
 (3) BからHへの指示内容
 所論は,BからHに対するけん銃準備の暗黙の指示はなかった,という。
 しかし,BからHに対して,被告人の上京に備えての準備の依頼があり,その際,けん
銃を準備することもその依頼の趣旨に含まれていたことは,B及びHが捜査段階で共に
認めるところである。そして,これらの供述は,今回の上京に際しては,山健組本部で
は,Gらスワットに大阪からけん銃を携行して上京させることは,大阪での警察の警備状
況からみて危険であると判断したことと符合するのであり,CがBに対して被告人の今回
の上京予定を連絡した際,東京の兼昭会の方でけん銃を準備してくれるように依頼した
ものと認めるに足りる明白な証拠はないものの,これまでGらは大阪からけん銃を携行
して上京し,警護に当たっていたと認められることに照らし,山健組本部の意向を受けて
Bらがけん銃を準備するに至ったものと推認されるのであり(山健組本部からの指示が
ないのに,今回の上京に限って兼昭会側独自の判断で5丁ものけん銃を準備するという
ことは不自然である。),B及びHの捜査段階での供述は十分に信用することができる。
これに対し,同人らの原審及び当審における供述は,全体として,被告人の関与を極力
薄めるための供述に終始していると認められるのであり,Bが事実を認めた理由に解任
前の同人の弁護人らの示唆ないし指示があったかのように供述するところは,弁護人が
そのような虚偽供述を指示するようなことは考えられないことに徴しても,到底信用する
ことができない(Bの捜査段階の上記供述がBやHのみならず被告人にとっても不利に
働くことは,極めて明白であって弁護士である弁護人にそれが見通せないはずはない
し,弁護人が自己が弁護する被疑者に対して,そのような自爆的ともいえる虚偽供述
を,弁護士倫理に反し,資格を停止されたり奪われたりするなどの危険を冒してまで指
示等するとは考えられない。)。所論は採用できない。
(4) 被告人のけん銃に関する指示について
 所論は,被告人は,秘書や秘書見習のCに対し,周りの者はけん銃を持たないように
指示していたものであり,本件けん銃等はGが勝手に準備したもので,被告人やCは全
く予想していなかったものであるなどという。
 確かに,被告人は,所論のとおりの供述をし,また,Cも検察官に対する平成10年1月
7日付け供述調書(原審乙13号証)及び当審で取り調べたCの控訴審における供述調
書等において「A親分は以前から道具を持つようなことがあってはならないと言ってお
り,私もスワットの連中にはけん銃を持つなと言っていた。A親分や私がこのようなことを
言っているということは,G,E,F,Jを始め,そのほか3人くらいいるスワットの連中は,
全員間違いなく何度も聞いており知っているし,秘書ももちろん知っている。だから,今
回スワットの連中がなぜけん銃を持っていたのか私には理解できない」などと供述して
いる。もっとも,Cは,他方で,「今回,スワットが乗った車からけん銃が発見され,彼らが
けん銃を持っていたことは間違いないが,なぜ持っていたのか私には分からない。東京
の人間がけん銃を持つことについては親分を護るために持っていることもあり得ると思う
が,これは東京が勝手にやったことであり私には関係ない。しかし,大阪のスワットに関
しては,指示命令をするのは私の仕事であり,彼らにけん銃を持てとか持つなとか指示
する者がいるとすれば私しかいないと思う。それなのに,Gたちスワットが実際けん銃を
持っていたわけだから,私が指示したと言われても仕方がないが,私自身はスワットに
はけん銃を持つなと言っていたのであり,けん銃を持って行くよう指示したりはしていな
い。スワットが私の命令を勝手に破って持ったぐらいしか考えられない。彼らが彼らなり
の判断で自分たちの責任を果たすためけん銃を用意したのではないかと思う」(検察官
に対する平成10年1月11日付け供述調書=原審乙14号証)とも供述している。
 しかし,山健組関係者は,そろって山口組の御法度としてけん銃所持の禁止があるこ
とは聞いたことがないし,これまでけん銃を持つなという指示はなかったなどと供述して
いる。すなわち,兼昭会組員のRは,「山口組での御法度としてけん銃を持つことがある
とは聞いたことがない」旨(検察官に対する平成10年1月4日付け供述調書抄本=原審
甲118号証),大阪スワットのFは「けん銃所持の禁止は山健組では言われていない」
旨(検察官に対する平成10年1月4日付け供述調書=原審乙54号証),同じくEは「け
ん銃については,一切親分や直参の叔父貴たちから指図されたことはない。けん銃を持
てとも持つなとも言われていない」旨(検察官に対する平成10年1月11日付け供述調
書抄本=原審乙61号証),同じくJは「A親分が上京するのに,警護の者がけん銃を持
たないなど考えられない。ボディーガードはけん銃を持たなければA親分を護れないの
で,けん銃を持つことが禁止されているなどということはない。当然,専属のGらにもけん
銃が用意されていると思った」旨(検察官に対する平成10年1月4日付け供述調書=原
審乙67号証)それぞれ供述している。そして,組長である被告人が指示した事項がこれ
らの組員に伝達されていないということは考えられず,現に東京スワットのみならず,被
告人付きのスワットであるGらが本件けん銃等を携帯所持しているのであり,この点で
被告人やCの所論に沿う供述は到底信用することができない。また,Jは自己の第一審
公判廷においてさえ「以前組長付きのボディーガードをしていたときは,大雑把な指示は
C’の叔父貴がしていた。当時同人からけん銃を持つなと指示されたことがたまにあっ
た。けん銃は自分の判断で持っていたので,同人が持つなと言わないときは持ってい
た」旨(Bらの第17回公判調書中のJの供述部分写)供述し,必ずしもCからけん銃を持
つなという一般的な所持禁止の指示を受けたとは供述していないし,Fも自己の第一審
公判廷で,山健組ではけん銃を持つなという指示があったなどとは供述していない(Bら
の第16回公判調書中のFの供述部分写)。そして,Gも自己の第一審公判廷において
「C’の叔父貴がけん銃を持つなと言っていたことは確かであるが,実を言えば,C’の叔
父貴もそんなことは言いながらも,次の日には,親分は銃を持つなというけどな,みたい
な,そういうあいまいなことを言うときもあった」旨(Bらの第17回公判調書中のGの供述
部分写),けん銃所持の禁止命令とは相容れない内容の供述をしているのである。した
がって,被告人やCの前記供述は,被告人の刑事責任を否定せんがための虚偽供述と
認められる。
 所論は,Fらの上記供述は,けん銃所持禁止の指示が不徹底に終わり,山健組の規
則となるに至らなかったことからなされたものと考えられるというが,F,Eは被告人付き
のスワットであり,まさに被告人の足下にいる者であって,このようなFらがけん銃所持
禁止の命令があったのにこれを知らなかったなどとは考えられないのであり,単に指示
が不徹底に終わったなどということで説明できるものとは思われない。さらに,所論は,
GはCのけん銃を持つなとの指示に反して,勝手にけん銃の携帯所持を決め,自らの模
索したルートでけん銃の準備をしたもので,これには被告人,C,Bの関与は全くないと
いう。しかし,Gがけん銃を携行した理由として自己の第一審公判廷で述べるところは,
「親分らが店の中に入っているとき,店の近くの路上で立って待つことが多いが,そうい
ったときにチンピラや酔っぱらいが時々絡んでくることがある。そういったとき,相手が大
勢で私たちがけんかで負けてしまっては立場がない。けん銃を使えば,相手は逃げてい
くから,そういった意味でもけん銃はあった方が私としては心強い気持ちだった」(Bらの
第16回公判調書中のGの供述部分写),「けん銃など持つ必要がない情勢だったの
に,自分の心細さをカバーするためけん銃を頼んでしまった。今回の事件は私の判断ミ
スとしか言いようがない」(Bらの第17回公判調書中のGの供述部分写)などというもの
であって,この程度の理由でけん銃所持禁止の命令に反して,わざわざ兼昭会にけん
銃の準備を依頼し,Gらがけん銃を所持していることが警察官に発覚した場合の危険を
冒してまでけん銃を所持するなどとは考えられないところであり,Gのこの点の供述は到
底信用できない。上記認定のとおりの経過に徴すれば,Gらは,これまでの被告人の上
京に際してもけん銃を所持して被告人の警護に当たっていたが,山健組本部において
は,大阪での警察の取締りが厳しくなり,大阪からけん銃を所持して上京することが危
険であることから,東京の責任者であるBをしてけん銃の準備をさせたものであり,その
準備はCら山健組本部の意向に沿ったものであると推認することができる。
 なお,被告人の供述を前提とすれば,本件でけん銃等を準備し所持した共犯者らは,
いずれも組の御法度を破り,親分である被告人の指示にも違反し,被告人に多大の迷
惑をかけた者ということになるが,山口組内や山健組内でその責任を追及されて処分を
受けているようにはうかがわれないのみならず,控訴審においては,被告人と共通の私
選弁護人6名による手厚い弁護を受けている。少なくとも監督責任は問われてしかるべ
きCについても同様である。
 被告人のけん銃に関する指示についての所論は,失当というほかない。
 (5) 警護の必要性について
 所論は,被告人が本件当時襲撃される危険がなく,被告人もそのような危険の認識が
なかったことが,山口組Q若頭殺害事件後の客観情勢,被告人と中野会会長との関係,
被告人のその事件後本件までの飲食遊興の実態等の証拠により立証されているのに,
原判決は,不当にも共謀認定に重要な意味を持つこの点につき何らの判断も示してい
ない,という。
 確かに,被告人は,原審及び当審公判廷において,Q組長殺害後,中野会関係者が
殺害したと見られていたが,自己と中野会会長βとの関係等から見て,被告人が中野
会関係者から狙われることは考えられないなどと供述し,また,被告人が中国地方など
で飲酒遊興をしたことが認められる。しかし,β会長との関係が被告人の供述するとお
りであるかは,被告人が本件以前にCら配下の者に伝わるような形でそのような認識を
明らかにしていた証跡は全くうかがわれない上,中野会関係者の供述も得られていない
ことでもあるから(もっとも,事柄の性質上供述が得られてもその信頼度には大きな限界
がある。),そのままこれをすべて事実と認めることはできない。また,このような飲酒遊
興が,被告人に対するどのような警護状況下で行われたかについても,被告人や山健
組関係者の供述しかなく,被告人が警護に無関心であったとか,その必要性を感じてい
なかったなどと断定することはできない。むしろ,山口組内で大物組長であったQ組長が
殺害されたことから,山口組内では出世競争で後れを取ったβ会長がQ組長を狙ったと
いう見方が行われており,山健組内では,K山口組組長の直参で同組若頭補佐の地位
にある被告人も同様に狙われるおそれがあると懸念する声もあったものであり,また,
当審における事実取調べの結果によれば,週刊誌等においても,被告人に対する中野
会関係者による襲撃を予想する記事が繰り返し載せられていたことが認められるのであ
る。そして,被告人の警護の必要性の有無は,真実中野会関係者が被告人を襲撃する
計画を有していたかどうかではなく,被告人の側近である秘書見習のC,Gらスワット,B
ら東京側の兼昭会関係者らがそのような襲撃が行われる可能性を予測していたか否か
にかかるのであり,スワットら被告人の側近や東京側の組関係者が,このような不測の
事態に備えて,これに対処すべく準備し行動していたことが認められるのである。そし
て,前記のような経歴で山口組の最高幹部の一人ともいうべき地位(組内の最大組織の
大親分)に就いている被告人が,スワットらが,このような状況を予測して被告人の警護
に当たっていたことを知らなかったということは,およそ考えられない(被告人は,秘書ら
を通じてけん銃を携帯しないように指示していたなどと供述しているが,この点の供述が
信用できないことは,前記のとおりである。)。
 もっとも,Cは,「一般的に,A親分が襲われる可能性は,普通の生活上それはないと
思っている」(原審第6回公判期日における証人としての供述)などと供述し,Gもこれに
沿う供述をしながらけん銃を所持した点に関し前記のとおり供述している。しかし,Gの
この点の供述が不自然で到底信用することができないことは前記のとおりである。そし
て,Eは自己の第一審公判廷においても「中野会が次はA組長を狙うのではないかと心
配した。とにかくあのような襲撃事件が起こり,きな臭い感じになったので,心配な気持
ちになった。週刊誌などの記事の影響もあったと思う」旨(Bらの第16回公判調書中のE
の供述部分写)供述しているが,むしろ,このE供述が組関係者の意識に共通するとこ
ろを述べているものと認められる。
 なお,所論は,原判決が中野会の襲撃の危険性について触れていないことはその可
能性を否定したと認められるところ,それにもかかわらず,原判決が被告人がGらのけ
ん銃所持を認識していたと判断したのは不可解であるともいうが,中野会関係者による
被告人襲撃の可能性の有無とこれを周囲の者がどのように認識していたかということは
自ずから別問題であることは前記のとおりであり,原判決が中野会関係者の襲撃の可
能性について触れずに,被告人がGらのけん銃所持の事実を認識していたと認定しても
何ら異とするに足りない。
 警護の必要性に関する所論に対する判断を要約すると,結局次のようになる。「論より
証拠」という言葉があるが,本件当日Gらスワットが本件けん銃等を携行して被告人を警
護しており,被告人もこれを受け入れていたことは,何よりも明白な動かし難い証拠とい
うべきであって,これによれば,本件当時被告人や本件共犯者らが当時警護の必要性
を感じていたか否かの論には明白に決着が付くのである。なお,被告人の認識の点に
ついては,さらに後述する。
 (6) その他,弁護人らが控訴趣意書においてるる主張する点について,当審における
事実取調べの結果を併せて検討しても,これらの点が上記1の事実認定及び2の(1)な
いし(5)での認定・判断を左右するものとは考えられない。
2被告人に対する共謀共同正犯の成立について
 (1) 前記1で認定した事実関係及び2で補足的に説明した事実関係を総合すれば,
本件当時,スワットであるG,E,F,J,Iの5名は,被告人を警護するため,それぞれ本
件のけん銃や実包を携行していたものであり,これらの本件けん銃等を実際に準備した
のはHとDであり,これを準備するようにHに依頼したのはBであるから,これら8名の者
につき,本件けん銃等の所持についての(共謀)共同正犯が成立することは明らかであ
る。また,Cは,被告人の秘書見習として,終始被告人に付き従っており,被告人付きの
スワットであるGらを指揮する立場にあるところ,今回の被告人の上京に当たっては,東
京での被告人の接待・警護の責任者であるBへの連絡,Gらスワットに対する上京の指
示等をしたものであり,CがGらに対しけん銃を携行することを直接的に指示したことを
認めるに足りる証拠はないものの,Cも,Gらスワットがけん銃を所持して被告人の警護
に当たることは当然の前提としていたものと優に推認されるものであり,Cについても,G
らの本件けん銃等の所持についての共謀共同正犯の成立を認めるに十分である。
 さて,被告人に対する共謀共同正犯の成否について見ると,確かに,被告人は,今回
の上京に際して,Gらへのけん銃所持の点を含め具体的な指示をした形跡は存しないと
ころである。しかし,被告人は,山口組での最高幹部の1人であり,山口組内でも最大規
模の山健組組長の地位にあり,このような被告人が今回の上京のように外出して遊び
回るに際しては,万全の警護態勢が敷かれることは,山健組関係者には当然のこととし
て予想できるものと認められるのであり,被告人の回りには,被告人の身辺の世話や警
護を担当する秘書やスワットが置かれていることは前記のとおりである。そして,被告人
は,若いころから暴力団組織に身を置き,自らも親分の警護役を担当した経験もあり,
そのような経験や実績を積み重ねて現在の地位に登りつめている者であるから,自己
についてこのような警護態勢が取られていることは,当然に了解しているところと推認さ
れる。
 この点につき,被告人は,捜査段階において「親父には何があっても迷惑をかけては
いけないということが極道にとって最も大切なことの一つである。自分で親父の気持ちを
汲み,正しい判断をし,それに基づいて親父のために尽くすことが器量であり腹である。
これは自分で覚えてゆくことである。このような考えだから,私は自分の配下たちに,直
接細かな指示を出したり,小言を言ったりはせず,側近の者に大筋を指示するだけで,
あとは各責任者たちに任せてやらせている。親分の警護や身の回りの世話は,下の者
が気を利かして万全な体制でやることが当たり前のことであり,これができないようでは
秘書や東京での責任者は務まらない。私も初代山健組組長の付け人として上京した折
りもそうだった。このようなときの警護は,以前は,親分のボディーガードはけん銃を持っ
て,ピッタリ親分に付き添い,常時襲撃してくる敵に備えていた。組長の秘書やボディー
ガードが敵の襲撃に備えて警護しなければならないのは当然だが,親分である私までけ
ん銃の共同所持で逮捕されては何にもならないので,C’やSに対しては,『自分に密着
するボディーガードはけん銃を抱いてはいかん』と言っていた。警察に銃器対策課がで
きてから私なりに,いずれ側近やボディーガードにけん銃を持たせていたら,共同所持
で親分まで逮捕される時代がくる,と考えていた。また,自分の乗った車からけん銃が発
見されれば,共同所持の責任は逃れられないので,自分の車の中にいる者にはけん銃
を持たせないようにしようと考えていた。そうなると,全く敵の攻撃に対し無力になる心配
が出てくるが,そうさせないのが現場責任者の器量である。つまり,私を受け入れる側で
ある東京のBの側では,偵察を始めとする情報収集と,警備体制をとり,時と場合によっ
てはけん銃等による武装などの配慮をして,親分には迷惑をかけない形でその責任を
果たすというのが極道の務めである。山健組の組長である私の立場で,東京のBに対し
てまで,『ああせい,こうせい』などと言うべきではないし,親分にそういうことを言わせて
はならない。仮にけん銃を抱いて親分を護るとしても,陰ながらひっそりと親分を護るべ
きであり,目立って警察に捕まるような下手なことをしてはならない。そのため秘書を始
め,Bら幹部には細かな指示もせず任せてやらせていた」旨供述している(検察官に対
する平成10年1月11日付け供述調書=原審乙2号証)。被告人の上記供述は,子分
は親分からいちいち指図されて動くのではなく,いかなる場合でも親分の気持ちをくみ取
り,親分に迷惑をかけない形で最善の警護態勢をとるべきであり,場合によっては,け
ん銃を所持してでも親分を警護するのが付け人である子分の役割であるとの認識を被
告人が有していたことを示すものというべきである。この点は,秘書であるSが,「A親分
は大親分で山口組の最高幹部であり,しかもQ組長が中野会に殺された後であり,A親
分を狙うような者も多く,A親分を護るために子分がけん銃を持ったりすることもあると思
うが,それは飽くまでその子分が自分の判断,自分の器量で親分のために用意するも
のであり,親分に迷惑がかからないように決して親分にけん銃を持っていることを報告し
たり,親分が知ったりするようなことはしない。もちろん,親分が自らけん銃を持つように
指示したりするようなことは絶対にない。それが親分をガードする場合の基本であり,私
も昔からそのように教えられてきている。今回,親分のボディーガードと雑用をするスワ
ットと呼ばれる連中がけん銃を持っていたようだが,これはすべてスワットの連中が自分
たちの判断で親分を護るため用意して持っていたものと思う」旨供述し(検察官に対する
平成10年1月7日付け供述調書=原審甲103号証),また,大阪スワットであるJも「
我々ヤクザは,いちいち親分の指図がなくても,常に親分の望むことを先回りして考え,
親分の気持ちを察して親分の気持ちに沿った行動をとらなければならない。子分が親分
のためすべての面で気を配るのが当たり前なので,親分もそれが分かっていて,細かい
ことを子分にいちいち指図などしない。今回のけん銃についても親分の気持ちを察し
て,親分の気持ちに沿った行動をとろうとして子分の判断で用意したと思う。親分の命を
護るため,できるだけの準備をするのがヤクザとして当然の行動であり,ましてや,Q組
長の事件があって間がなく,親分がけん銃で狙われる危険もあり,けん銃がなければ親
分は護れない」(検察官に対する平成10年1月10日付け供述調書抄本=原審乙68号
証)旨供述しているところであり,これらの供述は,まさに,Gらがヤクザとして被告人の
意を汲んで行動することを期待されていること,及びGらもそのことを認識しつつ,その
期待に沿うべく行動していることを示すものである。
 そうすると,被告人は,今回の上京に際し,被告人と行動を共にして,被告人を警護し
ているスワットと呼ばれる者らが,被告人を警護するために大阪から上京したり,東京側
で準備されて,都内においてけん銃を携行して被告人の行く先に同行し,終始被告人の
警護に当たっていることを当然に認識していたものと認められる。そして,被告人がこれ
らのスワットに対して直接けん銃を携行しての警護を指示していなかったとしても,スワ
ットらのけん銃所持がまさに被告人の警護を目的としており,けん銃を所持しての警護
を継続させるかどうかは被告人の意思にかかっているのであるから,被告人がけん銃を
携行したスワットによる警護がなされていることを認識し,けん銃所持を認容して,スワッ
トらと一体として行動している前記のような事実関係のもとにおいては,被告人がC,B,
D,E,F,G,H,I及びJと共謀の上で,本件けん銃等を所持したものと認めることができ
る。
 (2) 所論は,①原判決は,Gらが被告人と行動を共にし,専ら被告人の警護のみに専
従している旨認定しているが,Gらが専ら警護のみに専従しているという事実はないし,
被告人がこのようなことを認識していた事実もない,②仮に被告人が山健組にスワット
が存在する事実を認識していたとしても,被告人は,今回の上京で東京都内を移動して
遊興して回った際に,Gら5名のスワットがけん銃及び実包を所持していたことはもとよ
り,同人らが同行しているとの認識さえなかった(スワットの存在の認識だけから,被告
人が本件当時スワットによるけん銃携行を認識していたものと確定的に推認することは
できない。),という。
 しかし,①山健組本部では,専ら被告人に付き従い,その警護や被告人のための雑用
のみに従事している,ボディーガード(スワット)と呼ばれる者が存することは前記のとお
りである。同人らは,山健組傘下の組織から精鋭が選ばれたものであり,事務所当番等
の雑用は免除されているのであって,このような者が被告人の警護に当たっていること
は被告人も当然に認識していたものと推認される。②本件当時,Gらスワットが被告人と
終始行動を共にし,その間,被告人の警護に当たっていることは,被告人が上京後のス
ワットを含む関係者の一連の行動経過に照らし,被告人も当然に認識していたものと推
認される。すなわち,被告人が乗った車の前後にGらスワットを始め,組員らが乗った数
台の車が被告人の行く先々まで随行し,被告人を中心としてこれらの者らが一体となっ
て行動していることが明らかであり,しかも,このような形態での行動は,今回が初めて
ではなく,これまでの多数回に及ぶ上京時にも同様の形態で行動していることが認めら
れるのであるから,被告人は,前記のような意味でのスワットの存在を認識していたこと
はもとより,今回の上京の際,自己の警護を目的としたスワットが随行して,これらが一
体となって移動し,飲食の間は,付近を警戒するなどの組織として一体として行動してい
たこと,及びGらスワットがけん銃を携行して被告人の警護に当たっていることをも認識
しており,Gらスワットのこのような警護を当然のこととして受け入れていたものと,優に
推認することができる。なお,被告人は,A車以外の車両の存在にも,スワットらの存在
にも全く気付かなかったなどとも弁解しているが,よほど鈍感でなければそのようなこと
はあり得ないし,被告人ほどの地位の者がそのように鈍感な人物であるとは考えられな
い。所論はいずれも採用できない。
 (3)所論(法令適用の誤りの主張)は,被告人に共謀共同正犯の成立を認めるために
は,Gらによる本件けん銃等の所持の事実を認識・認容していただけでは足りず,いわ
ゆる謀議の事実(黙示的なものも含むが,具体的な謀議行為でなければならないとの趣
旨と解される。)が厳格に認定されることが必要である,という。しかし,一概に共謀共同
正犯といっても,その中には様々な類型があるのであって,実行行為の現場には全く登
場しない黒幕ともいうべき者もあれば,実行行為の現場で指揮をしている者なども含ま
れるのであって,共謀共同正犯の成立を認めるには,常に必ず具体的な謀議行為の事
実を特定して認定しなければならないとは解されない。被告人は,Gら本件けん銃等を
携行している者らの暴力団組織における上位者であり,今回の上京後本件で現行犯逮
捕されるまでGらと組織的に行動を共にしていたのであり,実行行為の現場にいた実行
犯の上位者ということができる。そして,Gらによる本件けん銃等の所持は,被告人の警
護のためになされているのであって,被告人はその受益者なのであり,また,このような
形態での警護をやめさせることができるのも被告人だけであったのである。このような被
告人の地位,立場,共犯者らとの関係等の事情に徴すると,被告人がGらによるけん銃
所持を認識し,これを認容していた事実が認められれば,被告人がGらに本件けん銃等
を所持させ,自己を警護させていたものと評価できるのである(このことは,例えば,御
輿に乗っている者は,乗っている事実を認識し,これを認容しているのであれば,御輿を
担いでいる者にこれを担がせていると見られるのと同様なのである。)。Gらが被告人の
ために本件けん銃等を所持していたことはもとよりであるから,被告人の方に上記のよ
うな意思があったと認められる以上,被告人とGらとの間に本件けん銃等の所持という
犯罪を共同遂行する合意が成立しているものといえるのであるし,本件けん銃等所持の
犯行は,被告人にとっても自己の犯罪であり,被告人の正犯意思は十分に認められる
のであって,被告人に共謀共同正犯が成立するのは当然のことというべきである。原判
決もこれと同様の事実関係を認定して同旨の法解釈を示しているものと解されるのであ
って,所論は失当である。
 (4)所論は,仮に被告人がGらがけん銃を持っているとの未必的認識を有していたと
しても,共謀共同正犯の成立に必要な実行行為者と被告人間の意思疎通行為があった
といえるためには,未必的認識だけでは足りず,実行行為に匹敵するような意思の疎通
が必要であるところ,被告人が「子分や親分からいちいち命令されて動くのではなく,親
分の気持ちを汲み,親分のために尽くすべきであり,親分から指示されるまでもなく,け
ん銃を抱いて親分を警護するのが付け人たるべきものの行動であるとの見解を有して
いる」としても,けん銃を所持して被告人を警護することが,実行行為者・共謀者間に共
通の認識になっていなければ,被告人の見解のみで共謀の存在を推認することはでき
ず,むしろ,被告人がこのような見解を有しているということは,被告人の付け人らによ
るけん銃所持の認識が未必的なものにとどまっていたことの証左であり,この点は被告
人と付け人らとの共謀がなかったことを裏付けるものである,という。
 しかし,被告人のスワットの存在や本件当時のGらのけん銃所持についての認識が,
いずれも肯認できることは前記のとおりである。所論は,被告人のスワットらがけん銃を
携行していることについての認識が未必的なものであることを共謀が否定される根拠と
しているが,被告人が個々的にスワットら何名がどのようなけん銃を何丁所持している
のかを確認していないとしても(被告人自身がこのような確認をするはずはないし,秘書
やスワットらも,進んで被告人にけん銃所持の事実を報告することはしないと述べてい
る。),ただ単に,もしかしたらスワットらがけん銃を携行しているかもしれないと思ってい
たにすぎない,とは考えられない。被告人のけん銃に関する認識は,被告人を周辺で警
護するために必要な限度でスワットら数名の者が数丁のけん銃を所持しているという程
度の,ある程度概括的なものではあるが,その限度では確定的なものであったと推認で
きるのである。そして,被告人は,例えば車の運転を担当したにとどまるような立場の者
とは異なり,スワットらによるけん銃所持は専ら被告人の警護のためであって,被告人
はその受益者なのであり,また,このような形態での警護をやめさせることができるのも
被告人だけであり,このような被告人の地位,立場,共犯者らとの関係等の事情に徴す
れば,スワットらのけん銃所持を直接確認したり,報告を受けたりするなどして明確に認
識していなかったとしても,すなわち,けん銃所持の点の認識が概括的なものにとどまっ
ていたとしても(所論のように未必的認識にとどまるとはいえないことは前述したとおりで
ある。),この点が共謀共同正犯の成立を妨げるものとはいえない。所論は採用できな
い。
 (5) 所論(訴訟手続の法令違反の主張)は,原判決の情況証拠による被告人の共謀
についての推認は,刑訴法317条の証拠裁判主義に違反するとともに,同法318条の
自由心証主義に内在する法規に違反するものである,という。
 弁護人らは,この点の所論を含め,被告人の共謀を否定するために大論陣を張ってい
るが,本件は被告人の共謀を推認するための豊富な間接事実が確実に証明できている
事案である。被告人が,周囲の状況に気付かない極めて鈍感な人物であり,かつ,山健
組が,配下の者は親分である被告人の指示を平気で無視し,また指示違反に対する制
裁もなされないという,統制が全くといってよいくらいにとれていないルーズな組織である
というのでなければ,被告人につき共謀共同正犯の成立を疑問とする余地はない。しか
し,被告人はそのように鈍感な人物ではないし,山健組もそのようなルーズな組織であ
るとは認められない。原判決及びこれを是認する本判決は,被告人が今回上京するま
での経緯,上京してからの状況,特に山健組本部から同行したスワット及び東京側であ
る兼昭会関係の組員らによる警護の状況等,被告人の自己の警護の在り方についての
認識等の事情を総合して,被告人と実行行為者らとの本件けん銃等所持についての共
謀を認定するものであり,これは経験則や社会常識に即した当然の推論というべきであ
って,証拠裁判主義に反したり,自由心証主義に内在する推論の合理性等の要請に反
したりするものとは到底考えられない。この点の所論が理由のないことは明らかである。
 以上のとおり,原判決が被告人がほか9名と共謀の上で原判示の犯行に及んだ旨の
事実を認定した点に,所論のような事実誤認,訴訟手続の法令違反,法令適用の誤り
はない。論旨はすべて理由がない。
 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における未決勾留日数の本刑算
入につき刑法21条を適用して,主文のとおり判決する。
  平成13年12月20日
    東京高等裁判所第2刑事部
        裁判長裁判官   安  広  文  夫
             裁判官   松  尾  昭  一
             裁判官   竹  花  俊  徳

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