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平成15年6月26日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成5年(ワ)第1236号 損害賠償請求事件
判決
原 告       A
              原 告       B
被 告       C事業団
同代表者理事  D
       被 告       E
主文
1 被告C事業団は,原告Aに対し,3635万1103円(ただし,1000万円の限
度で被告Eと連帯して)及びこれに対する平成4年8月8日から支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え。
2 被告C事業団は,原告Bに対し,3635万1103円(ただし,1000万円の限
度で被告Eと連帯して)及びこれに対する平成4年8月8日から支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え。
3 被告Eは,原告Aに対し,被告事業団Cと連帯して,1000万円及びこれに対
する平成4年8月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告Eは,原告Bに対し,被告C事業団と連帯して,1000万円及びこれに対
する平成4年8月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告らの被告C事業団に対するその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は被告らの負担とする。
7 この判決は,第1項ないし第4項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 被告C事業団は,原告らに対し,各3650万円(ただし,各1000万円の限度
で被告Eと連帯して)及びこれに対する平成4年8月8日から支払済みまで年5
分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 主文第3項及び第4項に同旨。
第2 事案の概要
 本件は,プロラクチン産生腺腫に罹患した亡F(以下「亡F」という。)が,平成
4年7月7日,被告C事業団(以下「被告事業団」という。)の受託経営するG病
院(以下「被告病院」という。)において,H大学医学部脳神経外科のI教授(以
下「I教授」という。)を執刀医とする右前頭側頭開頭腫瘍亜全摘出手術(以下
「本件開頭手術」という。)を受けたところ,同年8月8日,脳圧亢進による呼吸
不全及び循環不全により死亡したことにつき,亡Fの相続人である原告らが,
①亡Fの主治医である被告E(以下「被告E医師」という。)及び被告病院の他
の医師が,亡Fの疾患を誤診し,又は,プロラクチン産生腺腫であるとの確定
診断をしないまま開頭手術を選択した,②被告病院の医師が,亡Fに対する開
頭手術の適応を誤った,③被告E医師及び被告病院の他の医師が,開頭手術
以外の治療方法に関する説明をしなかった(説明義務違反),④I教授が本件
開頭手術の手術操作を誤った,⑤被告E医師及び被告病院の他の医師が,本
件開頭手術後の経過観察を怠った,などと主張して,被告E医師ら被告病院の
医師及びI教授を被告病院の履行補助者とする被告事業団に対し,医療契約
上の債務不履行又は民法715条1項の使用者責任に基づき,損害額7770
万3240円のうち合計7300万円(うち合計2000万円の限度で被告E医師と
連帯して)の支払,及び,被告E医師に対し,民法709条の不法行為に基づ
き,被告事業団と連帯して合計2000万円の支払,並びに,これらにつき,そ
れぞれ亡Fが死亡した日である平成4年8月8日から支払済みまで民法所定の
年5分の割合による遅延損害金の支払を,原告らの法定相続割合(各2分の
1)に応じて求めた事案である。
1 基礎となる事実
(1) 当事者等
原告A(以下「原告A」という。)は,亡F(昭和50年6月14日生,平成4年8
月8日死亡。)の母であり,原告B(以下「原告B」という。)は,亡Fの父である
(争いがない)。
なお,原告Bは,福岡県宗像市内においてJ病院を経営する外科医であ
り,原告Aは,小児科医であり,同病院の副院長である(甲4,乙3,原告A本
人(第1回))。
被告事業団は,北九州市内にある被告病院を受託経営する社会福祉法
人である(争いがない)。
被告E医師は,平成4年当時,被告病院脳神経外科に勤務していた医師
であり,亡Fの主治医であった(争いがない)。
  (2) 被告病院における診療経過の概略
   ア 亡Fは,平成4年6月17日(以下,日付について,平成4年の記載は省略
することがある。),視野狭窄を訴えて,北九州市内のK眼科医院を受診し
たところ,視力が右眼0.2,左眼0.03であり,両耳側半盲が認められた
ため,同医院から被告病院の紹介を受けた(乙1)。
   イ 亡Fは,6月19日,被告病院の脳神経外科において,外来担当のL医師
(以下「L医師」という。)の診察を受けた結果,被告病院に入院することに
なり,6月22日,被告病院に入院した(乙1,2)。
     入院後の亡Fの主治医は被告E医師であった(争いがない)。
   ウ 原告Aは,6月23日,被告病院脳神経外科のM主任部長(以下「M」とい
う。)に対し,I教授を執刀医として欲しい旨を申し出たところ,Mはこれを承
諾し,その後,I教授が被告病院に出張して手術をすることが決まった(争
いがない)。
   エ 本件開頭手術は,7月7日,被告病院において,I教授を執刀医,M及び被
告E医師を補助医師として行われた(乙2,3)。
   オ 本件開頭手術後,亡Fの右中大脳動脈領域に脳梗塞の所見が認められ,
それが悪化したため,7月13日,被告病院において,M及び被告E医師
により,右中大脳動脈領域の術後脳梗塞による外減圧開頭手術が行わ
れた(乙2,3)。
   カ 亡Fは,原告らの申し出により,N大学病院救命救急センターへ転院するこ
ととなり,8月7日夕方,同病院に救急搬送されたが,8月8日午前1時33
分,同病院において,脳圧亢進による呼吸不全及び循環不全により死亡
した(争いがない)。
  (3) 下垂体腺腫,プロラクチン産生腺腫及び頭蓋咽頭腫について
    間脳下垂体部に発生する脳腫瘍としては,主に下垂体腺腫や頭蓋咽頭腫が
あり,下垂体腺腫のうち,乳汁分泌ホルモン(プロラクチン)を過剰産生する
ものをプロラクチン産生腺腫(プロラクチノーマ)という(甲11)。
 2 争点に関する当事者の主張
  (1) 被告E医師及び被告病院の他の医師に,亡Fの疾患を頭蓋咽頭腫と誤診
し,又は,プロラクチン産生腺腫であるとの確定診断をしないまま,開頭手術
を選択した過失があるか(争点(1))。
  (原告らの主張)
   ア 頭蓋咽頭腫と誤診したこと
     被告E医師及び被告病院の他の医師は,亡Fの疾患を頭蓋咽頭腫であると
誤診し,誤った診断に基づいて本件開頭手術を選択し,治療方法の選択
を誤った。
     すなわち,頭蓋咽頭腫の治療方法は一般的に開頭手術であるのに対し,プ
ロラクチン産生腺腫の治療方法にはブロモクリプチンによる薬物療法と手
術療法が存在し,手術療法にはその術式として開頭法と経蝶形骨洞法
(いわゆるハーディ法。以下「ハーディ法」ということもある。)が存在すると
ころ,経蝶形骨洞法が一般的な手術方法であるため,頭蓋咽頭腫である
かプロラクチン産生腺腫であるかによって治療方法が異なる。
     被告E医師は,入院当日の6月22日の時点で亡Fの疾患を頭蓋咽頭腫と
誤診し,その誤った診断を前提として,治療方法を開頭手術と決定してし
まった。そのため,原告らは,開頭手術の第一人者といわれているI教授
の出張手術を依頼し,I医師も頭蓋咽頭腫であることを前提に開頭手術を
引き受けた。
     被告E医師及び被告病院の他の医師は,その後も,診断や治療方法につ
いて検討や見直しをしないまま,本件開頭手術を実施した。
   イ プロラクチン産生腺腫の確定診断の遅れ
     仮に,亡Fの疾患を頭蓋咽頭腫と誤診していなかったとしても,被告E医師
及び被告病院の他の医師は,亡Fの疾患がプロラクチン産生腺腫である
との確定診断をしないまま,杜撰かつ不十分な診断及び治療方法の検討
に基づいて治療方法を開頭手術と決定してしまい,選択を誤った。
     すなわち,プロラクチン産生腺腫の確定診断をするためには血中プロラクチ
ン値が異常値であることを確認することが不可欠であるところ,被告病院
において血中プロラクチン値の測定を含む下垂体内分泌検査を実施した
のは6月30日であり,亡Fの血中プロラクチン値が1800ng/ml(ナノグ
ラム・パー・ミリリットル。以下「ng/ml」と表示する。)というプロラクチン産
生腺腫であることを示す結果が判明したのは手術前日の7月6日夕方の
ことであった。そのため,被告病院の医師やI教授らは,上記検査の結果
を治療方針の検討に生かすことができなかった。
     そして,亡Fの疾患が早期にプロラクチン産生腺腫であると確定診断されて
いた場合,「右内頸動脈は下垂体腺腫に取り込まれる」(MRI),「右内頸
動脈への2センチメートルの圧排癒着」(血管撮影)等の所見から,開頭手
術は実施されなかった蓋然性が高いから,術後合併症による死亡も回避
できたといえ,プロラクチン産生腺腫の診断治療が遅れた過失と亡Fの死
亡との間には因果関係がある。
 (被告らの主張)
   ア 頭蓋咽頭腫と誤診したとの主張について
     被告病院においては,亡Fの疾患につき,早い時期に頭蓋咽頭腫を否定
し,プロラクチン産生腺腫の確定診断をしていたものであり,頭蓋咽頭腫
であるとの前提で開頭手術を選択したものではない。
     被告病院における本件開頭手術前の診断の経緯は,次のとおりである。
     L医師は,6月19日,頭蓋エックス線(単純)及び頭部CTの検査を実施し,
亡Fの疾患を下垂体腺腫と診断し,視神経圧迫からの視力保存のために
減圧術が必要で,腫瘍の大きさからみて手術は開頭手術になるだろうと
考えたうえで,原告Aに対し,下垂体腺腫がいちばん考えられること,視力
障害を軽減させるために手術になること,急いだ方が良いことを説明し
て,入院予約をしたものであるが,この段階で,L医師は,下垂体腺腫の
中のプロラクチン産生腺腫との判断まではできておらず,かつ,その説明
もしていない。
     被告E医師は,6月22日,亡Fに無月経,乳汁分泌,肥満,視力低下,両耳
側半盲があり,頭部CT所見上,トルコ鞍内から鞍上部に嚢胞性腫瘍があ
り,石灰沈着が認められ,造影効果もあることから,頭蓋咽頭腫が考えら
れるが,下垂体腺腫などとの鑑別診断が必要であり,諸検査を進めて診
断を絞っていくことを説明したところ,原告Aから頭蓋咽頭腫であればどう
なるかとの質問を受けたため,一般的には開頭手術と放射線治療である
旨を説明したにすぎず,この時点で開頭手術と決定したわけではない。
     被告E医師は,6月23日,トルコ鞍断層撮影の結果,下垂体腺腫の可能性
が高くなったと判断した。また,6月23日の被告病院におけるカンファレン
スでは,無月経,乳汁分泌の臨床症状や,頭蓋エックス線(単純)及び頭
部CT所見においてトルコ鞍の拡大,トルコ鞍の鞍上部及び側頭部に伸展
した腫瘍性病変が認められることから,下垂体腺腫の可能性が高いと判
断された。
     被告E医師は,6月26日には,無月経・乳汁分泌というプロラクチン過剰分
泌による症状があること,頭部CT,MRI所見で,トルコ鞍から鞍上部にか
けて大きな腫瘍性病変が認められること,MRI所見で陳旧性出血を示唆
する所見が認められること,トルコ鞍断層撮影所見でトルコ鞍の風船様拡
大が認められることなどを総合的に判断すると,亡Fの疾患がプロラクチ
ン産生腺腫であり,可及的に早く視神経の減圧を行う必要があるため,開
頭手術を要すると判断した。
   イ プロラクチン産生腺腫の確定診断の遅れについて
     被告病院の医師は,遅くとも6月26日には,亡Fの疾患がプロラクチン産生
腺腫であるとの診断をしており,その段階で改めて治療方針を検討し,開
頭手術が適切であることを確認し,原告Aに対しても,右前頭側頭開頭に
よる開頭手術を行うことを説明した。
     血中プロラクチン値測定を含む下垂体内分泌検査を実施したのは6月30
日であり,その結果が判明したのは手術前日の7月6日ではあるが,それ
までにプロラクチン産生腺腫であるとの診断はできていたし,血中プロラク
チン値は手術前に判明すれば手術計画を考えるうえで十分であって,血
中プロラクチン値の程度によって治療方針が変わるものではない。なお,
当初手術の予定日は7月9日であったが,I教授の都合により7月7日に早
まった事情がある。
  (2) 被告病院の医師には,亡Fに対する開頭手術の適応を誤って,本件開頭
手術を行った過失があるか(争点(2))。
  (原告らの主張)
   ア プロラクチン産生腺腫の治療方法にはブロモクリプチンの投与による薬物
療法と手術療法が存在し,手術療法にはその術式として開頭法と経蝶形
骨洞法が存在する。
     平成4年当時におけるプロラクチン産生腺腫に対する標準的な治療方法
は,まずブロモクリプチンを投与して,腫瘍の縮小効果を観察し,ブロモク
リプチンが無効である場合や副作用のために服用できない場合に限り,
手術療法を試みるというものであった。そして,薬物療法を試みてから手
術を行う場合であっても,手術を第1選択とする場合であっても,その術式
は,原則として経蝶形骨洞法であり,開頭法が選択されるのはごく例外的
な場合である。このことは,プロラクチン産生腺腫が巨大な場合でも全く同
様であり,薬物療法は腫瘍の大きさにかかわらず著効を示すのに対し,
手術療法は腫瘍が大きいほど成績が悪いことから,むしろ大きい腫瘍に
対してこそ薬物療法によるべきなのである。
イ 本件において,亡Fの疾患はプロラクチン産生腺腫であったから,まずブロ
モクリプチンを投与し,1ないし3か月間(短くても1か月間)は血中プロラク
チン値の低下,腫瘍縮小効果を観察し,その時点で必要に応じて経蝶形
骨洞法による手術を段階的に行うべきであった。
     亡Fの腫瘍は,トルコ鞍から鞍上部に伸展しており,右の海綿静脈洞にも伸
展しているが,視力を守るためには経蝶形骨洞法による手術で十分であ
り,また,海綿静脈洞に伸展した部分については,手術を行うべきではな
く,薬物療法を行うべきであった。
     ところが,被告病院においては,プロラクチン産生腺腫の標準的治療方法
から著しく逸脱し,ブロモクリプチンの投与及び経蝶形骨洞手術について
一切検討することなく,開頭手術しかないと決めつけ,いきなり危険性の
高い開頭手術を実施した。
  (被告らの主張)
   ア プロラクチン産生腺腫の治療について,平成4年当時の一般的医学的知
見として,薬物療法がまず優先され,手術療法による場合であっても経蝶
形骨洞法が選択されるというコンセンサスは確立していない。
     ブロモクリプチンの効果については,平成4,5年ころから内分泌外科医の
間でその主張が徐々に広がりつつあったもので,本件以前には,すべて
のプロラクチン産生腺腫に対して第1選択であるとの見解は存在しない。
ブロモクリプチンによる薬物療法は,安全性に優れ,腫瘍縮小効果が認
められるものの,問題点としては,①効果が永続的,根治的ではなく,休
薬すれば必ず腫瘍の増大をきたし,血中プロラクチン値の再上昇などが
認められること,②薬物治療中に妊娠した場合,投薬を中止し,下垂体チ
ェックを厳重に行うことで,多大な精神的ストレスを抱え,流産の誘因にな
りかねないこと,③個人差はあるが,副作用が少なからずあるため,患者
に相当な負担がかかること,④薬物療法に対して抵抗性を示す腺腫が存
在すること,⑤薬物療法により,腺腫組織が繊維化し,易出血性となり,さ
らには腺腫と下垂体被膜が強く癒着して,根治的な全摘出が困難になる
ことが指摘されている。
     また,経蝶形骨洞手術の利点は,①腫瘍と下垂体組織を直視下に区別し,
腫瘍の選択的摘出が可能であること,②したがって,マイクロアデノーマ
はもちろん鞍内型腫瘍は同手術法でしか手術できないこと,③腫瘍の発
育方向と手術の進入方向が基本的に一致しているため死角が少なく,特
に間脳へ進展している部分の摘出が安全であること,④前頭葉や間脳を
圧排しないので手術侵襲が極めて僅かであり,術後合併症も少ないこと,
⑤手術創が残らないことであるが,経蝶形骨洞手術の欠点は,①手術野
が狭く深いため,長いバイオネット型の特殊な手術道具を必要とし,また,
手術操作も熟練を要すること,②腫瘍が硬い場合は,その摘出が不十分
に終わりやすいこと,③腫瘍の進展が不規則な場合,その部分の摘出が
できないこと,すなわち,腫瘍が前・中・後頭頭蓋窩へ大きく進展している
場合,経蝶形骨手術で摘除できる範囲はトルコ鞍部および鞍上部の腫瘍
に限られ,それ以外の部分の摘出にはそれぞれの開頭手術を要すること
である。
     これに対し,開頭手術の利点は,術野が広く,そのアプローチも脳神経外科
医になじみ深いため,多少腫瘍が硬くても,頭蓋底部の髄膜種と同様,時
間をかけて丹念に手術すればその摘出は可能であること,さらに,巨大な
頭蓋内伸展を伴う場合や,不規則な伸展を伴う場合にも,それに応じた開
頭手術を行えばその部分を摘出することができることである。
     そうすると,平成4年当時における我が国の巨大プロラクチン産生腺腫(視
野狭窄をきたすほどの)に対する治療の標準的な考え方は,①失明を避
けることが急務のため,最も腫瘍摘出効率のよい開頭腫瘍摘出術を行
う,②術後残存腫瘍に対してはブロモクリプチン投与を行う,③ブロモクリ
プチンが十分な効果を発揮しない場合は放射線治療を行う,というもので
あった。
   イ 本件においては,亡Fの術前視力の低下は著明であり,手術前,左眼は眼
前手動(目の前で手を動かすとやっと動いていることがわかる)の程度で
あり,視神経の減圧を比較的緊急に図り,視力を温存する必要があったと
ころ,薬物療法では視神経の減圧の効果が不確実であるから,手術療法
が適切であった。
     また,本件においては,腺腫が巨大であり,特に上方,側方のトルコ鞍外伸
展が著しいところ,経蝶形骨洞手術では,上方・側方が死角となるため,
操作上のリスクが大きく,部分摘出に終わらざるを得ず,術後出血の可能
性も高く,また,プロラクチン値の著明な低下も期待し難いため,開頭手術
が適切であった。
     被告病院では,本件につき,開頭手術によって視神経に対する減圧を図
り,可能な範囲の腫瘍を除去し,残存腫瘍に対してブロモクリプチンを投
与すべきであると判断していたものであり,実際にも,そのとおり実施して
いる。
  (3) 被告E医師及び被告病院の他の医師に説明義務違反があったか(争点
(3))。
  (原告らの主張)
   ア 説明義務違反
     医師は,診療契約に基づき,患者に対し,疾患の診断,実施予定の手術の
内容,手術に付随する危険性,他に選択可能な治療方法があればその
内容と利害得失,予後などについて説明すべき義務を負う。
     本件においては,医師は,プロラクチン産生腺腫に対する平成4年当時の
治療方法であるブロモクリプチンによる薬物療法と手術療法の内容と利害
得失,手術療法の術式として経蝶形骨洞法と開頭法が存在すること及び
両者の利害得失について,亡F及び原告らがそのいずれを選択するかに
ついて熟慮し,判断し得る程度に必要な説明をする義務を負っていた。
     しかし,被告E医師や被告病院の他の医師は,開頭手術以外の治療方法
である薬物療法や経蝶形骨洞手術については全く言及せず,それらの治
療方法の内容や開頭手術との比較,利害得失に関する説明をしなかっ
た。
   イ 説明義務違反と亡Fの死亡との間の因果関係
    (ア) 仮に,原告らが開頭手術以外の治療方法があり得るとの説明を受けて
 いれば,原告らは,薬物療法又は経蝶形骨洞手術を選択した可能性
が高い。
      すなわち,平成4年当時の水準的治療方法では薬物療法が第1選択であ
り,仮に手術をする場合でも経蝶形骨洞手術が一般的であり,開頭手
術の適応はこれらの療法が無効な場合に限定されていたものであると
ころ,原告らは,いずれも医師であるから,上記水準的治療法について
一通りの説明を受けていれば,これらの比較検討を十分行う結果,少
なくとも本件開頭手術を受けなかったことは明らかである。
    (イ) また,仮に,薬物療法や経蝶形骨洞手術では治療効果が上がらず,最
後の選択として開頭手術を受けていたとしても,それは7月7日の手術
ではあり得ないから,8月8日の亡Fの死亡当時には,亡Fはなお生存し
ていた高度の蓋然性が認められ,被告E医師の説明義務違反と亡Fの
死亡との間には法的な因果関係があるというべきである。
  (被告らの主張)
   ア 説明義務違反について
     本件において効果的な治療方法とは考えられない薬物療法や経蝶形骨洞
手術について詳しく説明をしなかったことは当然であり,正しい治療方法
選択のために必要な説明は尽くされている。
   また,インフォームド・コンセントの内容については,平成4年当時の理解と
現時点とではかなりの隔たりがある。社会の全分野において情報開示が
強く叫ばれるようになり,情報開示法の制定もあり,医療の分野において
も診療録等の開示が一般化し,インフォームド・コンセントに関してもより
厳格な説明と同意が求められるようになったのは,ここ数年来のことであ
り,本件平成4年当時と同一に考えることは相当でない。
   イ 被告E医師の説明内容について
     被告E医師は,6月22日,原告Aに対し,亡Fに無月経症,乳汁分泌,肥
満,視力低下,両耳側半盲があり,CT所見上トルコ鞍内から鞍上部に嚢
胞性腫瘍があり,石灰沈着が認められ,造影効果もあることから,頭蓋咽
頭腫が考えられるが,下垂体腺腫(プロラクチン産生腺腫)などとの鑑別
診断が必要であり,諸検査を進めて診断を絞っていくことを説明した。これ
に対し,原告Aから,頭蓋咽頭腫であれば治療がどうなるかとの質問を受
けたため,一般的には開頭手術と放射線治療である旨を説明したもので
ある。診断は,その後の鑑別診断のための検査に基づいて確定すべきも
のであり,被告E医師は,入院時から下垂体腺腫も考慮に入れて方針を
検討していた。
     被告E医師は,6月23日,原告Aに対し,頭蓋咽頭腫より下垂体腺腫の可
能性がかなり高くなったと説明した。
     被告E医師は,6月26日,原告Aに対し,MRI検査の所見を説明したうえ
で,診断は総合的に判断すると下垂体腺腫でプロラクチン産生腺腫であ
ること,可及的早くに視神経の減圧を行う必要があるため開頭手術を要
し,術式は右前頭側頭開頭によること,術後プロラクチン値の下がり方を
みて経蝶形骨洞手術(ハーディ法)を考慮するが,ブロモクリプチンの投与
が必要になるかもしれないこと,右の視力の温存を図るため手術は可能
な限り急いだ方がよいこと,手術は麻酔をかけるのでそのための危険もあ
るが,合併症として再出血,けいれん,脳浮腫,感染が考えられ,尿崩症
等術後のホルモン失調症があり得ること,また,左の視力の回復は困難
であるが,視野の改善は少し期待できること,何よりも右の視力がこれ以
上悪化しないよう温存することが大事であること,腫瘍の頸動脈への関連
を明らかにするために血管造影を要することを説明した。また,治療方法
の選択として,ブロモクリプチン療法や経蝶形骨洞手術(ハーディ法)につ
いても一応の説明はしてあり,そのうえで開頭手術を選択することを告げ
て開頭手術について詳しい説明を行った。
     なお,プロラクチン値が高かったことの家族への説明が手術当日になったこ
とは事実であるが,プロラクチン産生腺腫が最も考えられることは,6月2
6日の時点で説明しており,原告らが術後になって初めて亡Fの病名を知
ったものではない。
  (4) I教授に,本件開頭手術の手術操作上の過失があったか(争点(4))。
  (原告らの主張)
    本件開頭手術前の脳血管撮影所見によれば,腫瘍が浸潤して血管が細くな
り,脳血管攣縮や脳梗塞を起こしやすい状態になっていたため,手術操作と
しては,出血や脳血管攣縮などに配慮して一層慎重に行い,内頸動脈の損
傷や過剰な刺激を避ける必要があり,また,視神経の圧迫を除くのに必要な
範囲の手術にとどめ,あとは薬物療法によるべきであった。
    しかし,I教授は,本件開頭手術において,一度に腫瘍の大部分(80ないし9
0パーセント)を摘出,吸引除去し,下垂体茎を切断し,内頸動脈を損傷した
り,内頸動脈に触れ過ぎるなど,過剰な手術操作を行った。
    そのため,亡Fに,脳血管攣縮の発生,血栓の発生又は内頸動脈の血管損
傷による術後脳梗塞が発生した。
  (被告らの主張)
   ア 本件開頭手術前の脳血管撮影によれば,頸動脈は腫瘍により外側に圧排
されているが,動脈壁に不整はなく,術中所見でも浸潤の所見は全く認め
られない。このような脳血管撮影所見は,やや大きくなった下垂体腫瘍で
は通常よく見られるものであり,特に脳血管攣縮や脳梗塞が起こりやすい
状態ではない。
     下垂体腺腫や頭蓋咽頭腫の手術では,腫瘍を可及的に多く切除することが
原則である。腫瘍が大きい場合,周囲に付着した部分を残し,大部分の腫
瘍を取ることは,視神経の減圧の意味からも妥当なことである。本件で
は,周囲の構造物を損傷しない範囲で可能な限り腫瘍を切除するため,
内頸動脈に付着する被膜及びこれに付着した少量の腫瘍を残して,その
ほかは切除した。
     腫瘍の大部分を一度に除去するといっても,実際の切除は,数ミリメートル
ずつの小片として,慎重に切除を繰り返すものであるから,この操作が脳
血管攣縮の原因とはならない。
     下垂体茎は,腫瘍がある程度大きくなった場合,被膜との識別は困難であ
り,多くは腫瘍とともに切除される。本件では,腫瘍が大きかったため,下
垂体茎は著しく菲薄化して既にその効用を失っていたと考えられ,また,
同定は不可能であり,切断されたかどうかの証明はないが,仮に切断され
ていたとしても,この切断が術後の状態に悪影響を及ぼしたことは考えら
れない。
     下垂体腺腫は,通常,被膜により内頸動脈との境界は明確であり,腫瘍内
に動脈が巻き込まれていない場合,剥離は容易である。また,被膜内操
作であるため,内頸動脈に直接損傷が加わることはなく,また,乱暴な操
作を行わないことを特に留意しているため,血管を損傷したような事実は
ない。
     内頸動脈に触れずに腫瘍を摘出することは不可能であり,短時間頸動脈を
圧迫しながら腫瘍を切除するため,頸動脈が数ミリメートル動くことはごく
通常のことであるが,これにより血管攣縮を起こしたものではない。
   イ 本件では,本件開頭手術の実施から外減圧開頭手術の実施までに6日間
も経過している。本件開頭手術の操作が脳梗塞の直接の原因であれば,
本件のような広範囲の脳梗塞がこのように遅発性に見られることはない。
脳梗塞の原因は明らかではないが,少なくとも操作自体は脳梗塞の直接
の原因ではなかった。
  (5) 被告E医師及び被告病院の他の医師に,本件開頭手術後の経過観察義
務違反があったか(争点(5))。
  (原告らの主張)
   ア 気管内チューブの管理の不適切
     他の手術と同様,脳神経外科の術後の死亡及び合併症の原因は,呼吸循
環系の失調によることが多いため,術後の呼吸管理を慎重に行う必要が
あるところ,長期間にわたって経鼻挿管を継続した場合,①痰や分泌物が
挿管チューブ内にこびりついて閉塞を生じる,②チューブが自然に移動
し,深く入り過ぎたり,抜けたりする,③長期間異物を挿入しているため,
感染(口腔内,気管支炎,肺炎)の危険性が高いなどの弊害があるため,
被告E医師及び被告病院の他の医師は,7月13日の外減圧開頭手術
後,早い段階で気管内挿管を中止し,気管切開をすべきであった。
     しかし,被告E医師及び被告病院の他の医師は,気管切開をしないで気管
内挿管を継続し,原告Aが,亡Fに無気肺が認められた7月22日以後,何
度も気管切開に切り替えるように求めたにもかかわらず,これを聞き入れ
ず,気管切開をしなかった。
   イ MRSA感染を引き起こした過失
     亡Fは,7月13日の外減圧開頭手術後,以下の過失により,MRSAに感染
した。
    (ア) 被告病院は,ICUに出入りする医療関係者の手洗いなどのMRSA 感
染対策を十分に講じなかった。
    (イ) 被告E医師や被告病院の他の医師は,気管内チューブを長期間入れ
っぱなしにして,7月18日ころから,口腔内の膿汁が多量であったにも
かかわらず,口腔内洗浄を全くしなかった。
    (ウ) 被告E医師や被告病院の他の医師は,2ないし3種類の抗生物質及び
抗真菌剤を1日も欠かさず投与し,不適切かつ過剰に抗生剤を使用し
たことにより,菌交代現象が生じた。
   ウ 気管内チューブ交換時に低酸素性脳症を起こした過失
     気管内チューブの交換は再挿管時に気管攣縮を起こすために困難である
から,気管切開に切り替えるのが通常であり,また,気管内チューブの交
換は,かなりの技術・熟練を要する操作であり,当直医が1人でできる処
置ではない。
     被告病院のO医師(以下「O医師」という。)は,技術が未熟であるにもかか
わらず,夜間当直中に1人で困難な操作を行い,再挿管に固執したため,
気管内チューブの交換に長時間を要し,午後7時55分から午後9時15分
までの約1時間20分間もの間,気管内チューブが抜去されたままとなっ
た。
     そのため,亡Fの脳に酸素が十分に行かない状態が継続し,亡Fは低酸素
脳症に陥り,致命的な脳損傷を受けた。
     特に,筋弛緩剤で呼吸が停止していた間は,低酸素状態に陥っていた。
   エ 脳梗塞の観察,診断,治療が遅れた過失
    (ア) 本件開頭手術は下垂体腫瘍の開頭手術であることから,本件開頭手
術 後,尿崩症を含む下垂体ホルモン失調,術後浮腫,頭蓋内出血,
脳梗塞,術後感染症などの合併症に十分注意して経過観察を行うべき
であり,また,患者を常時厳格に観察し,症状に僅かでも異常な所見が
現れた場合には,速やかに各種検査を行い,必要があれば適時に適
切な治療を施すべきであった。
    (イ) 各時点の脳梗塞の治療に関する注意義務違反
     a 7月8日(本件開頭手術の翌日)
       亡Fには,7月8日時点で,左下肢の運動麻痺の徴候が窺われ,同日の
CT所見では右視床に梗塞巣及び右脳の腫脹が認められた。
       被告病院の医師は,7月8日時点において,脳梗塞を疑って脳浮腫を改
善する投薬等の治療を開始すべきであったにもかかわらず,治療を
開始しなかった。
     b 7月9日
       亡Fは,7月9日午後2時には左膝立てができなくなり,左半身麻痺の徴
候が認められ,右脳に何らかの異常が発生した。
       被告病院の医師は,亡Fの運動麻痺を認識できた以上,その原因として
脳梗塞を疑うかどうかにかかわらず,本件開頭手術に起因して頭部
に何らかの異常が生じたことを容易に認識できたものであるから,速
やかに検査を実施して原因を究明したうえで,必要な処置を講ずべ
きであった。そして,亡Fは同日午後5時には友人と笑顔で会話して
いたことから,同日午後2時時点での梗塞巣はまだ小さく,意識を司
る視床には影響を及ぼしておらず,この時点で適切な診断と薬物治
療を行っていれば,脳梗塞の進行を食い止められた可能性は高かっ
た。
       しかし,被告病院の医師は,7月10日正午過ぎに処置を開始したもので
あり,脳梗塞の発症と進行に対する観察,診断,治療が遅れた過失
がある。
     c 7月12日以降
       亡Fは,遅くとも7月12日午後7時には,呼名に対して右開眼をするのみ
であり,明らかな意識状態の悪化,脳梗塞巣の拡大が認められたも
のであるから,この時点でさらにCTを撮影のうえ梗塞巣の拡大を確
認し,直ちに減圧開頭手術を行うべきであった。
       しかし,被告病院の医師は,7月13日の朝に,ようやく意識状態の悪化
を確認し,抗浮腫治療の強化と手術療法を行ったものであり,脳梗塞
の発症と進行に対する観察,診断,治療が遅れた過失がある。
    (ウ) 脳梗塞の治療に関する注意義務違反と死亡との間の因果関係
      被告病院の医師の診断・治療の遅れにより,亡Fの脳梗塞は,7月8日以
後,不可逆的に進行した。
      亡Fの直接死因は感染症であるが,脳梗塞が不可逆的に進行したことに
より感染症に罹患し,これによる呼吸不全,循環不全により死亡したの
であるから,本件においても十分な観察と適切な治療を行っていれば,
8月8日に亡Fが死亡することはなかった。
      したがって,被告病院の医師による脳梗塞の治療に関する注意義務違反
と死亡との間には相当因果関係がある。
    (エ) 損害との間の因果関係
      また,被告病院の医師が,脳梗塞に関する適切な術後管理と治療を行っ
ていれば,亡Fは通常の社会生活・家庭生活を送ることが可能であった
というべきであるから,被告病院の医師による脳梗塞の治療に関する
注意義務違反と後記の損害との間の因果関係も認められる。
  (被告らの主張)
   ア 気管内チューブの管理について
    (ア) 13日間気管内チューブを交換せずにおくことは,長期の人工呼吸管 
理ではよくある。その理由としては,気管内チューブの材質が良くなって
おり,分泌物の付着,気管壁の刺激が少なくなったこと,気管内チュー
ブが気管内分泌物で閉塞することが稀になったこと,カフ圧が低くなり,
気管の粘膜を障害することも少なくなったことなどがある。したがって,
気管内チューブの閉塞の所見がない限り,2,3週間はチューブの交換
をしなくてもよい。本件の場合,7月13日から25日までの間,気管内チ
ューブの閉塞の所見はなかった
    (イ) 被告病院においては,7月16日,人工呼吸管理が長期になることを予
想し,原告らに対し,気管切開の必要性を説明して同意を求めたが,直
ちには承諾を得られなかった。その後,原告らから承諾する旨の返事を
受けたときは,貧血が進行し,DIC(汎発性血管内凝固症候群)をきたし
ており,外科的処置が危険であるので気管内挿管を継続し,チューブの
狭窄が起こらないよう厳重に監視した。
   イ MRSA感染を引き起こした過失について
    (ア) 被告病院では,平成3年2月12日にMRSA対策を目的とした感染 対
策委員会を設け,同年2月27日にはMRSA感染時の看護部マニュア
ルが作成され,同年7月1日には「MRSA感染対策マニュアル」が発刊
され,職員はそのマニュアルに従って行動することになっている。感染
対策委員会は,毎月調査した抗菌剤の使用状況を踏まえ,院内におけ
る第3世代セフェム系抗生物質の使用を徹底的に制限するよう指導し
た。ICUにおける感染対策については,平成3年に壁掛式足踏ディスペ
ンサー,自動水洗を各室に設置するなどの対策をとっていた。MRSA
患者発生時は,感染対策委員の副看護部長が必ず当該病棟の婦長と
対策について細かく打ち合わせ,感染対策委員長の指示を受けて患者
を隔離するなどの対応をチェックしている。
      このように,被告病院としては,一般的水準又はそれ以上のMRSA感染
対策を行っていたものであり,感染対策に落ち度はなかった。
     なお,亡FがICUに在室中の7月13日から8月7日までの間にICU部内に
おいて亡F以外にMRSAの発生はなかった。
    (イ) 口腔内清拭は頻回に行われていたから,この点に過失はない。
    (ウ) 亡FのMRSA感染の発生様式が,自己の保菌状態から感染症に至る
内因感染,患者間で起こる直接的又は医療従事者を通して起こる間接
的交叉感染,病院環境,医療器具を介して起こる外因感染のいずれで
あるかを断定することは困難である。
    (エ) 7月23日に亡Fの喀痰標本を提出して一般細菌検査を行ったところ,7
月25日にMRSAに感染していたことが判明したので,被告病院におい
て治療を行い,すぐに消失した。その後の7月27日,同月29日,8月4
日実施の各検査ではMRSAは検出されなかった。膿皮症の膿(7月29
日)からもMRSAは検出されなかった。
   ウ 気管内チューブ交換時に低酸素性脳症を起こした過失について
    (ア) O医師は,麻酔科標榜医の資格を有し,気管内挿管による全身麻酔約
     700例を経験しており,集中治療部内での気管内チューブ交換にも十分な
経験を有していた。
    (イ) 7月25日午後7時55分に気管内チューブを抜去したが,交換前の人
工呼吸設定は,間欠的強制換気で1分間に6回の補助呼吸設定であ
り,自発呼吸は1分間に34回であった。O医師は,亡Fの鼻孔粘膜の損
傷を認め,DICも改善していたため,気管内チューブの交換を行うことと
した。
      気管支ファイバースコープによる挿管を試みたが操作に時間を要したの
で,自発呼吸下の挿管を断念し,午後9時10分,筋弛緩薬を用いて挿
管を行った。
      筋弛緩薬の使用により,自発呼吸が消失しているので,挿管後人工呼吸
器に接続するまでアンビューバッグを用いて用手換気を行い,以後人
工呼吸器に接続して気管内チューブ交換前と同様の人工呼吸を行っ
た。気管内チューブ交換操作中,マスク5リットル/分にて酸素投与し,
呼吸状態は安定していたが,血圧が80mmHg(ミリメートル水銀柱。以
下「mmHg」という。)台に低下したので,エホチール1/10アンプル(1
ミリリットル)を使用し,2,3分後には血圧は100mmHg台,脈拍140
/分と回復した。この間も低酸素血症を示唆する所見(チアノーゼ,呼
吸の変化)はなかった。パルスオキシメーターにより動脈血酸素飽和度
もモニターしており,低酸素血症がないことを確認し,また,気管内チュ
ーブ交換の前後で意識レベルの変化はなかった。
      したがって,気管内チューブ交換時に脳低酸素症を起こしたという事実は
ない。7月26日からの痙攣が気管内挿管操作と関連があるとも考えら
れない。
   エ 脳梗塞の観察,診断,治療について
    (ア) 下垂体腺腫の開頭手術の後に本件のような広範な脳梗塞が起こるこ
と は大変稀なことであり,脳梗塞の初期段階と術後脳浮腫との鑑別も
大変難しいところであり,その予測は困難である。
    (イ) 各時点の脳梗塞の治療に関する注意義務違反について
     a 7月8日
       7月8日のCT上,右視床に直径約5ミリメートルの小梗塞巣(小さい低吸
収域)が認められ,右大脳半球(手術側)に軽度腫脹の所見が認めら
れたため,被告病院では,ソリタT3の輸液にソルメドロール(ステロイ
ド剤で脳減圧,脳浮腫軽減剤)を入れ,7月9日,10日に継続投与し
た。
       小梗塞巣が原因で軽度の片麻痺が出現することはよくあることである。
また,亡Fに対する開頭手術は,右側からのアプローチによる開頭手
術なので,腫瘍に到達するために右脳を圧排せざるを得ず,術後に
軽い対側の不全麻痺が一過性に生じることは一般的であり,手術直
後の時点で,脳梗塞による片麻痺と判断するには無理がある。
     b 7月9日
       7月9日の看護記録には,6時意識清明,両膝立可あるも左緩慢,両離
握手可,の記載がある。開頭術の後に開頭側の眼瞼周囲が腫張し,
反対側の手足の動きが若干悪くなることはよくみられるところである。
これは脳の圧排や静脈灌流障害等によって生じ,術後3ないし5日後
にピークとなり,その後次第に改善する。看護婦の観察記録は開頭
術後の経過として非常に多くみられるケースである。同日午後2時の
看護婦の観察記録に左膝立不可とあるが,本件のような大きな腫瘍
の場合,開頭術後の脳浮腫などによる一時的な脳機能低下による麻
痺が4,5日から1週間続くこともあり,術直後に見られない症状で
も,術後経過中に脳浮腫の発現及び増強により一過性に運動障害
が起こる例は,ときに経験することであるから,この症状を術後の脳
浮腫によるものか脳梗塞によるものかの判断をこの時点で求めるの
は極めて難しいことである。
       しかし,主治医は,慎重を期して,前記ソルメドロールに追加して,内服
可能ならばリンデロン錠(脳血流の改善,脳浮腫軽減作用を有するス
テロイド剤)を投与するようにとの指示を出している。
       7月9日午後5時ころ「友人と笑顔で会話している」状態というのは,左顔
面麻痺が認められず,意識状態にも変化がなかったと考えられ,左
下肢の膝立が困難であったことは必ずしも脳に由来する麻痺とは考
えられないと判断するのが妥当である。
     c 7月10日
       7月10日の看護記録によると,0時母親と会話中,6時頭痛なし,嘔気
なし,気分不良なし,左握手弱め,左膝立不可,底背屈可能となって
おり,これだけで新たな梗塞の発生を判断すること極めて困難である
が,朝の巡回診断で右眼瞼周囲の腫張のほか左片麻痺と左片側の
触覚低下を認めたので,直ちにCT検査を実施した結果,右中大脳動
脈領域に広範な低吸収域が認められたので脳梗塞と診断し,直ちに
リンデロンの増量とグリセオール200ミリリットルの点滴とフサン40ミ
リグラムの投与を指示し,指示どおりの投薬がなされている。この処
置は,時宜にかなったものである。
     d 上記以後
       開頭手術後の脳圧亢進に対して,いつ外減圧開頭手術を行うかは大変
困難な問題であり,より総合的な判断が求められるものである。梗塞
巣の拡大が認められる場合でも,高度の脳浮腫が出現せず巣の拡
大だけで止まることも多く,また外減圧開頭手術実施による合併症の
可能性も考えなければならないから,梗塞に伴い脳幹部網様体や視
床下部に悪影響を及ぼすような高度の脳浮腫が出現進行したと判断
されるときに外減圧開頭手術を行うのが一般であり,その実施時期
が遅れたというのは,結果論にすぎない。
       7月12日午後7時50分の看護記録の呼名に対して右開眼のみとの記
載されているが,看護記録によると午後6時10分には母親とも会話
しており,午前と午後に下垂体腺腫術後管理上最も懸念される尿崩
症による電解質の狂いの有無についてチェックされており,特に意識
状態,麻痺については特段の変化がなかった。
       意識状態の悪化が顕著になったのは,13日の未明からであった。そこ
で,同日朝,血圧,呼吸等のバイタルサインは安定していたが,CT撮
影を実施し,その結果右中大脳動脈領域の低吸収域及び浮腫の増
強を認め,減圧開頭が必要と判断して,家族の同意を得て,外減圧
開頭手術を実施したものである。
       この結果,翌14日は意識レベルの改善もみられ,その状態は15日まで
続いた。
       以上の経過から,外減圧開頭手術の実施が13日になったことを特に遅
れたと指摘するのは困難である。被告病院において,経過観察を怠
り,脳梗塞発症に対し,その対策が遅れた過失は存在しない。
       なお,どの時点で外減圧開頭手術に踏み切るかについては,明確な指
針があるわけではないが,外減圧開頭手術にもリスクがあるので,意
識レベルがJCS分類で100まで悪化したときや,瞳孔不同が出現し
たときに踏み切ることが多く,本件においても,意識レベルがJCS分
類で100まで悪化した7月13日に手術に踏み切ったものである。術
後,7月13日午後7時に意識レベルがJCS分類で10まで改善した
ことからも,手術時期は適切であった。
    (ウ) 外減圧開頭手術を早く行えば結果が異なった可能性については,その
経過をみても,結果は異ならなかった可能性の方が高いと考えられる。
  (6) 損害額
  (原告らの主張)
   ア 損害額
    (ア) 逸失利益   4470万3240円
      亡Fは,死亡当時17歳の高校2年生であったので,平成4年賃金センサ
ス全労働者全年齢平均賃金469万7100円を基礎収入とし,生活費控
除率を45パーセントとし,就労可能期間を18歳から67歳までの49年
間とし,5パーセントのライプニッツ方式(ライプニッツ係数17.304)に
より中間利息を控除すると,亡Fの逸失利益は,4470万3240円とな
る。
    (計算式)469万7100円×(1-0.45)×17.304=4470万3240円(円未満切捨)
    (イ) 死亡慰謝料  2500万円
    (ウ) 葬祭費     100万円
    (エ) 弁護士費用   700万円
    (オ) 原告らの相続
      上記(ア)ないし(エ)の合計7770万3240円につき,原告らは法定相 続
分に従い,各2分の1である3885万1620円をそれぞれ取得した。
   イ 被告事業団に対する請求          各3650万円
     原告らは,被告事業団に対し,医療契約上の債務不履行又は民法715条
1項の使用者責任に基づき,各3885万1620円のうち各3650万円(た
だし,各1000万円の限度で被告E医師と連帯して)及びこれに対する亡
Fの死亡の日である平成4年8月8日から支払済みまで民法所定の年5分
の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
   ウ 被告E医師に対する請求         各1000万円
     被告E医師には,前記2(1),(2),(3)ア,イのとおり,①亡Fの疾患を頭蓋
咽頭腫と誤診し,又は,プロラクチン産生腺腫であるとの確定診断をしな
いまま,開頭手術を選択した注意義務違反,②開頭手術以外の治療方法
を説明しなかった説明義務違反,③亡Fの気管内挿管の管理,MRSA感
染に関する経過観察義務違反が認められる。
     原告らは,被告E医師に対し,上記各義務に違反した同人の杜撰な診療,
不十分な説明,術後の不誠実な悪意に満ちた対応などの不法行為に基
づき,慰謝料として,被告事業団と連帯して,各1000万円及びこれに対
する亡Fの死亡の日である平成4年8月8日から支払済みまで民法所定
の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
  (被告らの主張)
    いずれも争う。
第3 当裁判所の判断
 1 事実経過
   争いのない事実,前記基礎となる事実並びに証拠(甲18,28の(2),乙1ない
し3,7の(1)ないし(5),8の(1)ないし(7),9の(1),(2),11の(1)ないし(9),証人L
(以下「L証人」という。),証人S(以下「証人S」という。),証人M(以下「証人
M」という。),証人I(以下「I証人」という。),証人O,証人R(以下「R証言」とい
う。),証人Rの供述書(以下「R回答書」という。),原告A本人(第1,2回),被
告E医師本人,鑑定人Rの鑑定の結果(以下「R鑑定」という。)及び弁論の全
趣旨により認められる事実は,以下のとおりである。
  (1) K眼科医院における外来受診(6月17日(水曜日))
    亡F(当時17歳)は,視野狭窄を訴えて,北九州市内にあるK眼科医院を受
診した。同医院における診察の結果,亡Fの視力は,右眼0.2,左眼0.03
であり,視野検査において両耳側半盲が認められたため,亡Fは,同医院か
ら,被告病院への紹介を受けた。
  (2) 被告病院脳神経外科における外来受診(6月19日(金曜日))
   (ア) 亡Fは,被告病院の脳神経外科において,L医師の診察を受けた。
     被告病院において,頭蓋エックス線(単純写)及び頭部CT(単純写及び造
影法)の検査が実施された。
     L医師は,亡Fに月経がなく,小学生のころから肥満傾向があったとの問診
結果,左眼視力の低下及び両耳側半盲の各所見,頭蓋エックス線検査に
おいてトルコ鞍の拡大が認められたこと,並びに,頭部CT検査においてト
ルコ鞍の鞍上部に右側方伸展を伴う嚢胞性の腫瘤が認められたことを総
合して,下垂体腺腫が最も疑われると考えた。
   (イ) L医師は,亡F及び原告Aに対し,亡Fの疾患について,下垂体腺腫が最
も疑われること,視力障害を軽減させる目的で速やかに手術を行う必要
があること,検査,手術及び放射線治療により約3か月間を要することを
説明し,被告病院への入院手続を行った。
     また,L医師は,手術の方法として,鼻の裏側から進入して腫瘍に到達する
方法を採る旨を告げ,経蝶形骨洞法(ハーディ法)の概略を説明した。
     なお,L医師は,亡Fの疾患について,プロラクチン産生腺腫であるか否か
という,下垂体腺腫の中の分類については言及しなかった。
  (3) 被告病院への入院から本件開頭手術までの経緯
   ア 6月22日(月曜日)
    (ア) 亡Fは,被告病院脳神経外科に入院し,被告E医師が亡Fの主治医に
      なった。
      亡Fに対する問診の結果,13,4歳ころから肥満傾向があったこと,月経
がないが,婦人科の診断では正常であると言われたこと,乳汁分泌が
あること,14歳ころから視力障害が出現し,徐々に増悪していること,
平成4年になってから,朝方に強い頭痛が出現していることなどが認め
られた。
      被告E医師は,亡Fに両耳側半盲が認められること,6月19日の頭部CT
検査により,トルコ鞍内,鞍上部及び右側頭葉にかけて嚢胞性の腫瘤
が認められ,腫瘍の一部に石灰化と造影効果が認められること,亡Fの
年齢が若いこと,及び,肥満が認められるなどの上記問診の結果等を
総合的に検討して,亡Fの疾患は,下垂体腺腫よりも頭蓋咽頭腫である
可能性が高く,頭蓋咽頭腫が最も疑われ,その場合は,右前頭側頭開
頭手術と放射線治療を行う必要があると考えた。
    (イ) そこで,被告E医師は,亡F及び原告Aに対し,亡Fの疾患について,下
垂体腺腫も否定できないが,頭蓋咽頭腫が最も疑われること,頭蓋咽
頭腫の場合は,開頭手術と放射線治療を行う必要がある旨を説明し
た。
    (ウ) 同日,被告E医師は,全身麻酔検査,下垂体ホルモンの内分泌検査,
頭部MRI検査,脳血管造影,頭蓋エックス線3方向撮影,トルコ鞍断層
撮影,αフェトプロテイン値(AFP)及びヒト絨毛性ゴナドトロピン値(HC
G)の測定を目的とする血液検査,眼科受診等を行う計画を立てた。
      そして,被告E医師は,被告病院にMRI検査装置がないことから,原告A
に対し,被告病院以外の施設でMRI検査を実施することを依頼し,原
告Aはこれを承諾した(その後,原告Aの紹介により,MRI検査は,6月
26日に福岡県宗像市内にあるU病院で実施されることが決定した。)。
    (エ) 原告Aは,亡Fの疾患が頭蓋咽頭腫であった場合,開頭手術の必要が
      あるとの説明を受けたため,ショックを受け,被告病院からの帰宅途中に
書店で文献を調べた。また,原告Aは,知人に相談して,H大学のI教授
が開頭手術の権威であるとの情報を得た。
   イ 6月23日(火曜日)
    (ア) 6月23日朝の回診の前に,被告病院において,被告E医師,M部長,
L医師を含む被告病院脳神経外科の医師らにより,6月19日に撮影さ
れた頭蓋エックス線(単純写)及び頭部CT(単純写及び造影法)のフィ
ルムを見ながら協議を行うカンファレンスが行われた(なお,被告病院
においては,毎週火曜日と金曜日にカンファレンスが行われていた。)。
      そのカンファレンスにおいては,亡Fの疾患が下垂体腺腫か頭蓋咽頭腫
のどちらかであろうという話はなされたが,結局,そのどちらであるかの
診断はできなかった。また,亡Fの治療方法については,下垂体腺腫と
頭蓋咽頭腫のいずれの場合であっても,開頭手術を行うという意見で
一致した。
    (イ) 原告Aは,6月23日午後,Mに対し,亡Fに対して開頭手術を行うに当
たり,I教授に執刀してもらいたい旨を申し出たところ,Mは,これを承諾
した。
      その後,Mは,I教授に対し,亡Fの症状をトルコ鞍上方に伸展した腫瘍で
あり,下垂体腺腫か頭蓋咽頭腫のどちらかであると説明したうえで,開
頭手術の執刀を依頼し,I教授はこれを承諾した。
    (ウ) 同日,被告病院において,頭蓋エックス線3方向及びトルコ鞍断層撮
影の検査,血液検査,肺機能検査並びに尿検査が実施された。
   ウ 6月24日(水曜日)
    (ア) 被告病院において,尿検査及び血液検査が行われた。血液検査は,ト
 ルコ鞍上部の奇形腫との鑑別のためのαフェトプロテイン値(AFP)
と,絨毛癌との鑑別のためのヒト絨毛性ゴナドトロピン値(HCG)を測定
する目的で行われた。
      なお,αフェトプロテイン値(AFP)は6月25日に,ヒト絨毛性ゴナドトロピ
ン値(HCG)は6月29日に,それぞれ正常値であることが判明した。
    (イ) 亡Fは,被告病院眼科を受診した。
眼科受診の結果,亡Fの視力は,右が1.0,左が0.02であり,対光反応
(直接)は,右が迅速・完全,左が遅鈍,不完全であり,対光反応(間接)
は,右が遅鈍・不完全,左が迅速・完全であった。視野は,両耳側半盲
であった。また,左視神経萎縮が認められたが,右視神経はやや蒼白
程度で,正常範囲内と認められた。
   エ 6月26日(金曜日)
    (ア) 被告E医師は,6月26日朝,「下垂体腺腫又は頭蓋咽頭腫疑いの患
     者です。」との趣旨を記載したMRI検査依頼書を作成し,原告Aに交付した
(なお,上記MRI検査依頼書の写しは,被告病院の外来診療録(乙1)
に綴じられていた。)。
      亡Fは,同日午前9時から同月29日午後零時50分ころまでの間,被告病
院の許可を受けて外泊した。
      亡Fは,6月26日,U病院において,頭部MRI検査を受けた(争いがな
い)。
    (イ) 原告Aは,同日夕方,同日に撮影されたMRIフィルムを被告病院に持
参し,被告E医師に交付した(争いがない)。
    (ウ) 被告E医師は,原告Aに対し,頭部CT検査,トルコ鞍断層撮影,頭部
MRI検査の各結果や亡Fの症状などを総合すると,亡Fの疾患は下垂
体腺腫が疑われること,治療方法としては,右眼の視力の温存を図る
ため,右前頭側頭開頭手術による減圧が必要であることを説明した。
      そして,被告E医師は,原告Aに対し,脳血管造影検査の合併症,開頭手
術の合併症(麻酔による合併症,再出血,痙攣,脳浮腫,感染,尿崩
症,内分泌的異常,精神症状),左眼の視力の回復は困難であるが,
右眼の視力の温存が開頭手術の目的であること,開頭手術により,視
野の回復は少し期待できることなどを説明した。
      また,被告E医師は,原告Aに対し,I教授の執刀を希望する意思を維持す
るかどうかを確認した。
      なお,この段階で,被告E医師は,亡Fの疾患について,下垂体腺腫が疑
われると判断していたものの,プロラクチン産生腺腫であるとの診断に
は至っていなかった。
   オ 6月27日(土曜日)
    (ア) 亡Fは,前日に引き続き,U病院において,MRI検査を受けた(争
     いがない)。
    (イ) U病院のMRIの読影を行ったWが作成した,6月27日付けのMRI検
査結果報告書(甲28の(2))には,「嚢胞性成分を有していますが,固形
の部分が多く,造影のされ方も下垂体腺腫所見で,側方伸展等からも
頭蓋咽頭腫らしくはありません。ただし,20才未満とすれば,発生頻度
から後者の可能性も完全には否定できないと考えます。左内頸動脈は
外側へ圧排されているのみですが,右内頸動脈は腫瘍によって完全に
取り囲まれています。嚢胞性成分の一部に液性のレベルがあり,過去
に出血を起こしていたと考えられます。」との趣旨が記載されていた。
   カ 6月30日(火曜日)
    (ア) 被告病院において,血中プロラクチン値及び抗利尿ホルモン値(ADH)
の測定を目的とした血液検査,並びに,脳血管造影検査が実施され
た。
    (イ) 被告E医師は,脳血管造影検査の結果,両側A1(血管)が挙上されて
いること,右内頸動脈の先端が狭小化していること,側方への偏位があ
ること,浸潤が認められること,サイフォン部の開大について,右が左よ
り大きいこと,左後交通動脈壁が不整であることを判断した。
(ウ) 被告E医師は,原告Aに対し,手術の危険性,特に,術後に眼球運動障
害が起こる可能性があることについて説明した。
   キ 7月1日(水曜日)
    (ア) 亡Fに対する開頭手術は,7月9日に実施されることとなった(争い
     がない)。
      亡Fは,7月1日から7月6日まで外泊許可を受け,7月1日午後1時30分
ころから,原告ら家族と共に外泊した。
    (イ) 亡Fの外泊期間中である7月4日ころ,執刀医のI教授の都合により,亡
Fの開頭手術の実施日が7月7日に変更されることとなり,原告らはそ
の旨の連絡を受けた。
   ク 7月6日(月曜日)
    (ア) 亡Fは,7月6日午前8時30分ころ,外泊から帰院した。
    (イ) Mは,原告らに対し,手術当日(7月7日)のスケジュールについて説明
した。
 原告Bは,その際,Mに対し,手術への立会いの許可を求めたが,同
人はこれを拒否した。
    (ウ) 7月6日,亡Fに対する血中プロラクチン値及び抗利尿ホルモン値(AD
H)の検査(6月30日実施)の結果が判明した。抗利尿ホルモン値(AD
H)は正常値であったが,血中プロラクチン値は,1800ng/mlであり,
基準値である1.4ないし14.6ng/mlをはるかに上回る数値であっ
た。
     (なお,亡Fの血中プロラクチン値の検査結果が原告らに伝えられたのは,
7月7日の本件開頭手術後であった。)
(4) 本件開頭手術の実施(7月7日(火曜日))
   ア 本件開頭手術の経過
     7月7日,被告病院において,右前頭側頭開頭(プテリオナルアプローチ)に
よる腫瘍亜全摘出手術(本件開頭手術)が実施された。
     亡Fの硬膜の切開から硬膜の閉鎖直前までの,顕微鏡を用いた手術操作
等は,執刀医であるI教授が行ったが,それ以外の操作は,補助医師であ
るMと被告E医師が行った。
     なお,I教授は,7月6日までの間に,Mが持参した亡Fの頭部CTフィルムや
頭部MRIフィルムを見ていたが,I教授が亡Fの血中プロラクチン値を知っ
たのは,7月7日の本件開頭手術直前のことであった。
     本件開頭手術の経過は,概ね以下のとおりである。
    (ア) 午前9時,亡Fは,手術室に入室し,午前10時25分から,本件開
     頭手術が開始された。
    (イ) 亡Fを仰臥位にして,頭部を固定フレームで4点固定し,左へ約30度
回転し,消毒し,滅菌した布で包んだ。
    (ウ) 皮膚切開は,右外耳孔前方1横指から正中線を越える切開とし,皮膚
を翻転した。
      帽状健膜,筋肉を同時に電気メスで切開,翻転し,骨を露出させた。
      穿頭孔を4か所設け,骨弁を外し,硬膜を露出させ,数か所に硬膜の吊り
上げ固定を施した。
    (エ) 硬膜を切開し,顕微鏡操作に入った。
      シルビウス裂の前頭葉側でくも膜に切開を加え,深部に達すると,右視神
経及び右内頸動脈が確認され,その両側に腫瘍が見えた。
      鞍上部の腫瘍の一部は,青黒く透見でき,この部分に割を入れると古い
出血が流出した。
      視神経,内頸動脈と剥離しながら,一固まりずつ腫瘍を摘出していった。
この際,主に,上方からと右内頸動脈と視神経の間からの2方向から接
近していった。
      出血は中等量であったが,左寄りの視交叉部での癒着が強く,この部分
は透き通って見えるほど菲薄化していた。
      視神経,内頸動脈ともに,腫瘍により上方に強く圧排されており,右視神
経は主に右A1(血管)によって圧痕が付いており,左視神経は左内頸
動脈により分割されていた。
      また,内頸動脈の穿通枝が腫瘍表面に癒着していたが,これらはバイポ
ーラという器具を用いるなどして剥離された。
      下垂体茎は,腫瘍摘出操作中に切断された。
      腫瘍のうち,トルコ鞍の鞍上部に伸展した腫瘍は,正常組織と癒着してい
る被膜部分を除いて,被膜ごと切除され,鞍上部の腫瘍の約8割程度
が摘出された。
      中頭蓋窩の腫瘍(硬膜外)の最も内側は青く見え,右動眼神経がここに入
っていくのが確認され,海綿静脈洞と推定されたので,その外側で硬膜
を一部切開したが,静脈血が流出してきたため,ビオボンド,オキシセ
ルで止血し,さらに外側で硬膜を切開し,嚢胞内容液のみ吸引し,さら
に積極的な操作は加えなかった。
      そのため,トルコ鞍の外側部(海綿静脈洞の上部)に認められた血腫状の
腫瘍は,吸引を試みたが,十分に摘出できなかった。
    (オ) 腫瘍断端からの止血を十分確認し,硬膜外ドレーンを挿入し,皮下を
絹糸,皮膚をナイロン糸でそれぞれ縫合し,手術を終了した。
      手術が終了したのは,午後3時5分であり,手術時間は4時間40分であっ
た(提出された本件開頭手術のビデオテープ(乙24の(1)及び(2))は,そ
のうちの約2時間26分のみが録画されている。)。
    (カ) なお,本件に提出された証拠に基づく限りでは,本件開頭手術におい
て,病理標本が2個採取されたが,病理組織検査の結果は存在しな
い。同検査結果が存在しない理由は明らかではなく,同検査が実施さ
れたかどうかも不明である。
イ I教授は,午後2時ころ,手術室から退室し,原告らに対し,本件開頭手術に
ついて,トルコ鞍の鞍上部の腫瘍は8割程度摘出できたこと,視神経の減
圧という目的は達成したことなどを説明した。
   ウ 被告E医師は,午後7時30分ころ,原告らに対し,本件開頭手術につい
て,腫瘍は8割程度摘出できたと思われること,右動眼神経の周囲に腫瘍
が強固に癒着していたため,その部分の腫瘍は無理に切除しなかった
が,視交叉部の周囲の腫瘍は概ね切除できたことなどを説明した。
     被告E医師は,その際,亡Fの手術前の血中プロラクチン値が1800ng/
mlであったことを告げ,亡Fの腫瘍がプロラクチン産生腺腫であったことを
説明した。
(5) 本件開頭手術後,脳梗塞による外減圧開頭手術までの経緯
   ア 7月7日(火曜日)(本件開頭手術後)
    (ア) 本件開頭手術終了後の午後3時45分ころ,亡Fは,硬膜外ドレーン
     を挿入した状態で,集中治療室(ICU)に入室した。
    (イ) 午後5時20分ころ,左手の握手が弱いことが認められた。
    (ウ) 午後6時30分ころ,JCS分類で意識レベル10の意識状態であり,軽
度の右眼瞼下垂が認められた。眼球運動は,十分に内転することがで
きなかった。
    (エ) 午後6時45分ころ,左膝の膝立てがやや緩慢であることが認められ 
た(午後10時30分ころにも,同様の状態が認められた。)。
    (オ) 午後9時ころ,右眼の眼瞼下垂は改善された。眼球運動については,
上下転・内転ともにできるが不十分であった。
    (カ) 午後11時30分ころ,再び,軽度の右眼瞼下垂が認められた。眼球運
動はほぼ正常であった。尿崩症は認められなかった。
   イ 7月8日(水曜日)
    (ア) 午前1時50分ころ,尿崩症の症状が認められたため,被告E医師の
     事前の指示に基づいて,インダシンが投与された。
    (イ) 午前5時ころ,尿崩症の症状が認められたため,被告E医師の事前の
指示に基づいて,水溶性ピトレッシンの投与が開始された。
    (ウ) 午前6時ころ,左膝の膝立てがやや緩慢であることが認められた(午前
9時25分ころにも,同様の状態が認められた。)。
    (エ) 午前9時ころ,意識は清明であり,眼球運動は正常であった。
      午前9時30分ころ,硬膜外ドレーンが抜去され,亡Fは,午前10時ころ,
集中治療室から一般病室に移動した。
    (オ) 午前11時30分ころ,CT検査(単純)が実施された。
      CT検査の結果,右視床部に直径約5ミリメートルの小梗塞巣(CT上は小
さい低吸収域)が発生し,右大脳半球が軽度に腫脹していたことが認め
られた。
      そこで,被告E医師の指示により,脳浮腫改善剤であるソルメドロール(ス
テロイド剤)の投与が開始された。
    (カ) 午後2時ころ,左膝の膝立てがやや緩慢であることが認められ,午後5
時ころ及び午後8時ころにも同様の状態が認められた。
   ウ 7月9日(木曜日)
    (ア) 午前6時ころ,両離握手はできるが,左膝の膝立てが緩慢であること 
が認められた。
    (イ) 午後2時ころ,左手の握手が弱く,左膝の膝立てができないことが認め
られた。
    (ウ) 午後5時ころ,亡Fは,面会に来た友人と,笑顔で会話をしていた。
    (エ) 被告E医師は,同日,亡Fに軽い構語障害があることを認めたが,一
     般的に,構語障害は右視床部の障害ではなく,左視床部の障害に起因す
ることから,右視床部の小梗塞に由来する症状かどうかが不明確であ
ると判断し,入院診療録に,「構語障害か?視床性失語か?」との趣旨
を記載した。
      また,尿崩症に対する治療を継続した。
   エ 7月10日(金曜日)
    (ア) 午前6時ころ,左手の握手が弱く,左膝の膝立てができないことが認 
められた。
    (イ) 亡Fに左半身麻痺の症状が認められたため,午前10時45分ころ,頭
部CT(単純)検査が実施された。
      CT検査の結果,右基底核から視床部に低吸収領域(点)が認められたほ
か,右中大脳動脈領域に淡い低吸収が認められ,右中大脳動脈領域
に脳梗塞が発生していることが判明した。
    (ウ) 午後零時ころ,ステロイドで,脳浮腫を軽減する効果のあるリンデロン
8ミリグラムの投与が開始された。
    (エ) 午後1時ころ,被告E医師は,原告Aに対し,脳梗塞が発生している
     旨を説明した。
    (オ) 午後2時ころ,意識は清明であったが,左上下肢ともに,右に比べて運
動が緩慢であった。
      くも膜下出血後の脳血管攣縮に対する治療薬であるフサン40ミリグラム
が投与された(以後,フサン40ミリグラムは,1日4回投与する指示が
なされた。)。
    (カ) 午後4時ころ,右中大脳動脈領域の脳梗塞に対する治療として,脳圧
降下剤であるグリセオール200ミリリットルの投与が開始された(以後,
グリセオール200ミリリットルは,1日3回投与する指示がなされた。)。
    (キ) 午後5時10分ころ,亡Fの意識は清明であり,面会に来た友人と談話
をしていた。
    (ク) 亡Fの右中大脳動脈領域に発症した脳梗塞の原因について,被告E医
師は,Mら被告病院の医師と検討の結果,強い血管攣縮が起きた可能
性,又は,本件開頭手術の腫瘍摘出に際し,内頸動脈をかなり動かし
たために血栓を形成した可能性が考えられると判断した。
   オ 7月11日(土曜日)
    (ア) 午後8時ころ,亡Fは,声かけに対し,返答はしたが,閉眼のままで
     あった。
    (イ) 同日,被告E医師は,亡Fの左半身麻痺の症状が変わらず認められ,
左上下肢に少し触れるだけで,ビリビリした痛みが起きることを確認し
た。
   カ 7月12日(日曜日)
    (ア) 午後2時30分ころ,亡Fは,声かけに対し,閉眼のまま返事をした。亡
Fは,原告Aと会話をしていた。
    (イ) 午後6時ころ,亡Fは,閉眼のまま,「気持ち悪ーい。」(看護記録(乙3)
の記載のまま。)と言い,また,原告Aと会話をしていた。
    (ウ) 午後7時50分ころ,亡Fは,呼名され,開眼を促されても,右眼を開眼
するのみであった。
    (エ) なお,同日の入院診療録(乙2)に,亡Fの脳梗塞について診察に基
     づく所見はなく,指示事項表(乙2)にも何ら記載がなかった。
   キ 7月13日(月曜日)
    (ア) 午前2時ころ,亡Fは,呼名されても,開眼せず,返答もはっきりし
     ない状態であり,頭痛の有無を問われ,「ない。」と答えた。
      原告Aは,被告病院の看護婦に対し,亡Fが,先刻まで「頭の中が痛い。」
と言っていた旨を話した。
    (イ) 午前4時ころ,亡Fは,呼名されても,閉眼のまま「ん?」と返答するの
みであり,質問に対して返答しないで,入眠した。
    (ウ) 午前6時ころ,亡Fは,呼名されても,開眼せず,返答もせず,やや落ち
着きなく右上肢で顔,腹,胸部をさすっていた。気分不良の有無の質問
に対し,やや首を振る返答が見られた。また,左上下肢を触れても反応
が見られず,痛刺激を与えても反応が見られなかった。
      原告Aは,被告病院の看護婦に対し,「昨晩から何も話してくれてない。」
と話した。
    (オ) 午前8時ころ,亡Fは,呼名されても,返答をせず,右手の離握手で
     応じる状態であった。左上下肢に痛刺激を与えても,渋面が見られなかっ
た。
    (カ) 被告E医師は,亡Fに左半身麻痺の症状を認めたほか,JCS分類で意
識レベル100の半昏睡の意識状態に低下し,浅速呼吸であることを認
め,午前9時30分ころ,頭部CT(単純)検査を実施した。
CT検査の結果,右中大脳動脈領域に低吸収域があり,著明な脳浮腫及
び右から左への正中偏位が認められ,7月10日のCT検査所見より増
悪していることが判明した。
    (キ) 午前11時30分ころ,被告病院において,右中大脳動脈領域の術後脳
梗塞による外減圧開頭手術を行うことが決定された。
    (ク) 午後零時10分ころ,マスクにて,酸素5リットル/分の吸入が開始さ
れ,午後零時30分ころには,酸素が7リットル/分に増量された。
  (6) 外減圧開頭手術の実施(7月13日(月曜日))
   ア 7月13日午後1時30分ころから,被告病院において,Mと被告E医師によ
り(執刀医はM),亡Fの右中大脳動脈領域の術後脳梗塞による外減圧開
頭手術が実施された。
     外減圧開頭手術の経緯は,概ね以下のとおりである。
    (ア) 亡Fを仰臥位に寝かせ,約60度左へ回転し,馬蹄型ヘッドレストに
     頭部を固定し,イソジンで消毒し,滅菌した布で包んだ。
    (イ) 本件開頭手術の皮膚切開を利用したうえで,さらに後方へ皮膚切開を
延長し,骨を露出させた。後方に新たに2か所の穿頭孔を設け,さらに
正中側へも開頭を広げ,骨弁を外した。
    (ウ) 頭蓋内圧の亢進のため,硬膜の緊張度は著明に高く,石のように硬か
った。過換気,マントール,ラボナールにて,若干緊張度(圧)が下がっ
たので,硬膜を切開し,人工硬膜を数枚当てて,疎(loose)に縫合し
た。その際,一部に筋膜を使用した。
    (エ) 皮下にポーティナーを挿入し,皮下,皮膚を2層に縫合し,午後3時 5
5分ころ,手術が終了した(麻酔の終了は午後4時15分であった。)。亡
Fは,午後4時20分ころ,集中治療室に入室した。
   イ 外減圧開頭手術後,経口気管内挿管から,経鼻気管内挿管による人工呼
吸器装着に変更された。
     午後7時ころ,亡Fの意識レベルは,JCS分類で意識レベル10の意識状態
まで回復した。
  (7) 外減圧開頭手術後の経緯
   ア 7月14日(火曜日)
     亡Fには,左半身麻痺の症状が認められたものの,JCS分類で意識レベル
10ないし20の意識状態であり,指示に正しく反応する程度に回復した。
     午後2時30分ころ,頭部CT(単純)検査が実施された。同検査によれば,
外減圧開頭部から脳が膨隆し,正中偏位が軽減したことが認められた。
   イ 7月15日(水曜日)
     亡Fに,左半身麻痺の症状が認められ,開眼できない状態であったが,うな
ずいて返答したり,右手離握手に応じることはできる状態であった。
   ウ 7月16日(木曜日)
     亡Fの意識状態は悪化し,JCS分類で意識レベル100ないし200の深昏
迷の意識状態であり,開眼ができず,指示にも反応しない状態となった。
頭蓋内圧亢進も認められた。
     そこで,同日から,バルビツレート療法(ネンブタールを投与し,脳の代謝を
抑えることで脳を保護し,かつ,頭蓋内圧を下げる治療方法)を実施する
こととなった。
     午前9時20分ころ,Mは,原告Aに対し,救命措置のため,人工呼吸器を
装着したうえで,ネンブタールという脳保護作用を有する薬を投与するバ
ルビツレート療法を実施することを説明し,原告Aの同意を得た。
     その際,被告E医師は,原告Aに対し,バルビツレート療法によって治療が
長期化するため,今後,気管切開をする必要が生じるであろうことを説明
したが,この時点では,気管切開を行うことについての同意までは求めな
かった。
   エ 7月17日(金曜日)から7月20日(月曜日)まで
     バルビツレート療法は,7月20日の午前9時ころまで続けられた。バルビツ
レート療法の結果,亡Fの外減圧開頭部(骨欠損部)は柔らかくなり,7月
20日には,骨縁部の触知が容易になった。
     7月18日ころから,軽度の消化管出血が認められた。
     また,7月20日に実施された血液検査の結果,血小板値が低下しており(9
万5000/μl(マイクロリットル。以下「μl」と表示する。)),このころから,
汎発性血管内凝固症候群(DIC。以下「DIC」という。)の徴候が認められ
るようになった。
   オ 7月21日(火曜日)
     亡Fは,深昏睡状態であった。
     亡Fの外減圧開頭部(骨欠損部)は柔らかいまま維持していた。
     亡Fの口腔内に膿分泌が認められたため,数回にわたり,吸引が行われ
た。
   カ 7月22日(水曜日)
     亡Fは,JCS分類で意識レベル300の意識状態であった。
     亡Fの外減圧開頭部(骨欠損部)の緊張度(圧)は,さほど高くなかった。
     午前9時55分ころ,胸部エックス線検査が実施され,左肺が無気肺の状態
であることが認められた。また,気管内チューブがやや深く入っていたた
め,同チューブを約2センチメートル引き抜いて再固定する措置が施され
た。
     午後零時20分すぎには,気管支ファイバーにより,中等量の粘調痰が認め
られたため,喀痰の吸引が行われた。
     同日実施された血液検査の結果,血小板値がさらに低下していた(4万50
00/μl)。
     原告Aは,被告E医師に対し,亡Fに対する気管切開の実施を依頼したが,
DICの徴候が認められたため,気管切開の実施は見送られた。
   キ 7月23日(木曜日)
     亡Fは,JCS分類で意識レベル300の意識状態であった。
     午前9時10分ころ,胸部エックス線検査が実施され,無気肺は認められな
かったが,肺炎への罹患が顕在化したため,抗生剤等を投与して治療が
行われた。
     多量の膿汁痰が認められたため,数回にわたり,喀痰の吸引が行われた。
   ク 7月24日(金曜日)
     亡Fは,JCS分類で意識レベル200の意識状態であり,痛み刺激に対し,
左上肢が右上肢より弱いものの,反応が認められた。
     亡Fの外減圧開頭部(骨欠損部)の緊張度(圧)は,中等度であり,昨日まで
より高くなっていた。
     同日も,多量の膿汁痰が認められたため,数回にわたり,喀痰の吸引が行
われた。
     また,同日実施された血液検査の結果,血小板値が3万9000/μlであっ
たため,血小板輸血が行われた。
   ケ 7月25日(土曜日)
    (ア) 7月23日に採取された亡Fの喀痰についての一般細菌検査の結果,
     メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA。以下「MRSA」という。)に感染して
いたことが判明した。
      そのため,投与する抗生剤が,ミノマイシンとチェナムへ変更された。
      痛み刺激に対して,動作が認められた。
(イ)午後7時15分ころ,O医師により,気管内チューブが約3センチメートル
引き抜かれ,右の鼻腔から24センチメートルの深さまで同チューブが
挿入された状態で再固定された。
    (ウ) 午後7時55分ころ,O医師により,気管内チューブの交換が実施され
た。
      交換を開始する際の亡Fの自発呼吸は,1分間に34回であり,補助的
に,1分間に6回の割合で人工呼吸器による間欠的強制換気がなされ
ている状態であった。
      O医師は,ファイバー挿管の方法を採ることとし,パルスオキシメーターや
自動血圧計等を装着させたうえで,左鼻から声帯付近までファイバーを
挿入し,胃管チューブ及び古い気管内チューブを抜去したが,右鼻から
挿入されていた古い気管内チューブを抜去した際,舌根が沈下したた
め,声帯を確認することができなくなってしまい,ファイバーを声帯に挿
入することができなくなった。
      その後,O医師は,亡Fの気道を確保したうえで,午後9時ころまで,約1
時間かけてファイバーの挿入を試みたが,結局挿入することができなか
った。
      午後9時ころ,最高血圧が80程度まで低下し,不整脈が出現したため,エ
ホチール2ミリグラムが投与された。
      午後9時15分ころ,O医師は,気管内チューブの挿入方法を筋弛緩剤を
用いる方法に変更することとし,筋弛緩剤のサクシン80ミリグラムを投
与し,マギール鉗子を用いて気管内チューブを挿入し,気管内チューブ
の交換が終了した。
      交換後,サクシンにより,一時的に呼吸停止状態をきたすため,人工呼吸
器により,1分間に20回の割合による強制換気を行った。また,アンビ
ューバッグによる用手加圧が行われた。
    (エ) 午後10時ころ,亡Fに1分間に50回の自発呼吸が認められ,人工
     呼吸器は,1分間に6回の割合による間欠的強制換気に切り替えられた。
      午後10時45分ころに実施された血液検査の結果,動脈血中酸素分圧は
124mmHgであり,良好な状態であった。
      7月26日朝までの間,3回にわたり,アンビューバッグによる用手加圧が
行われた。
   コ 7月26日(日曜日)
     亡Fの右半身に,痙攣が出現したため,抗痙攣剤(アレビアチン)が投与さ
れた。
     亡Fの外減圧開頭部(骨欠損部)の緊張度(圧)は,やや高くなってきてい
た。
   サ 7月27日(月曜日)
     両眼球及び右上肢の痙攣が認められた。
     亡Fの外減圧開頭部(骨欠損部)の緊張度は,さほど高くはなかった。
     同日実施された血液検査の結果,血小板値が低下しており(6万9000/
μl),FDP値及びD-ダイマー値が上昇していたことから(FDP値が10な
いし20μg/ml(マイクログラム・パー・ミリリットル。以下「μg/ml」と表
示する。),D-ダイマー値が4.0μg/ml),DICであることが確認され
た。
     7月27日に実施された亡Fの喀痰の一般細菌検査の結果,MRSAが陰性
化したことが判明した(その後,7月29日,8月4日に採取された喀痰から
も,MRSAは検出されず,7月29日に採取された膿皮症の膿からもMRS
Aは検出されなかった。)
   シ 7月31日(金曜日)
     同日実施された血液検査の結果,血小板値は9万6000/μl,FDP値が
40ないし80μg/ml,D-ダイマー値が8ないし16μg/mlであり,DIC
の増悪が認められた。
   ス 8月3日(月曜日)
     原告らの依頼により,N大学のP医師(元脳外科教授)とQ医師(麻酔科助
教授)が被告病院に来院し,Mから病状の説明を受けた。
   セ 8月5日(水曜日)
     気管支ファイバーによる観察の結果,分泌物により,気管内チューブが狭
窄していることが認められた。
     そのため,原告Bの承諾を得たうえで,気管切開が実施された。
    (なお,被告E医師は,8月1日から8月5日までの間,夏期休暇を取得してい
たため,気管切開は,Mにより行われた。)
  (8) N大学病院救命救急センターへの転院(8月7日(金曜日))及び亡Fの死亡
(8月8日(土曜日))
     8月7日,亡Fは,家族の申出により,N大学病院救命救急センターに転院
することとなり,午後6時30分ころ,同病院に搬入された。
     搬入時,亡FはJCS分類で意識レベル200ないし300程度の意識状態で
あり,血圧は90/50mmHg,脈拍は117(回/分),自発呼吸はほとん
どない状態であった。
     翌8月8日午前零時20分ころ,血圧が低下し,徐脈が出現し,すぐに心停
止状態に陥ったため,心マッサージや投薬が実施されたが,亡Fは,同日
午前1時33分,死亡した。
     亡Fの死因は,急性の頭蓋内圧亢進により,呼吸不全及び循環不全をきた
し,徐脈が出現し,心停止状態に陥ったことによるものであった。
 2 事実経過に関する認定の補足説明
  (1) 6月19日のL医師による説明内容について
   ア L医師の6月19日における亡Fの疾患に関する説明内容について,原告ら
は,同医師が,亡Fの疾患がプロラクチン産生腺腫であるとの説明をした
と主張し,被告らは,L医師はプロラクチン産生腺腫には言及しなかったと
主張する。
     L医師は,証人尋問において,亡Fの疾患がプロラクチン産生腺腫であると
までは考えておらず,乳汁分泌の有無について問診をしなかったし,プロ
ラクチン産生腺腫であるとの説明もしていない旨を供述しているところ,被
告病院の外来診療録(乙1)に,プロラクチン産生腺腫の典型的な臨床症
状である乳汁分泌の有無についての問診の結果が記載されていないこ
と,同診療録の6月19日の欄に「下垂体腺腫が一番疑われる」との趣旨
が記載されているにとどまり,プロラクチン産生腺腫については記載がな
いことに照らし,上記証言は信用するに足りるというべきである。
     この点につき,原告Aは,本人尋問(第1回)において,6月19日にL医師か
らプロラクチン産生腺腫という病名を告げられたか否かは不明確であるも
のの,説明された内容は,プロラクチン産生腺腫の内容であった旨を供述
しているが,原告Aは,本人尋問(第2回)において,L医師から下垂体腺
腫の中の詳しい分類名の説明はなかったとも供述しており,供述内容が
あいまいであることから,原告Aのこの点に関する供述部分を採用するこ
とはできない。
     そうすると,前記認定のとおり,L医師は,6月19日,亡Fの疾患につき,下
垂体腺腫が最も疑われると説明したが,それがプロラクチン産生腺腫であ
るか否かについては,言及しなかったものと解するのが相当である。
   イ L医師の6月19日における手術方法に関する説明内容について,原告ら
は,同医師が,経蝶形骨洞法(ハーディ法)を採る旨を説明したと主張し,
被告らは,L医師が,経蝶形骨洞法には言及していないと主張する。
     原告Aは,本人尋問(第1,2回)において,6月19日に,L医師から,鼻の
裏側から進入して腫瘍に到達する手術方法を採り,術後は1週間程度で
歩けるようになるが,術後の治療で1か月程度の入院が必要になるなど
の説明を受け,比較的安心していたため,同日から亡Fが入院するまでの
3日間は知人に相談していなかったこと,6月22日になって,被告E医師
から,開頭手術の必要があるとの説明を受けてショックを受け,書店で文
献を調べ,さらには,知人に相談して,H大学のI教授が開頭手術の権威
であるとの情報を得たこと,翌23日に,Mに対し,I教授の執刀による手術
を希望する旨を申し出たことを供述しているところ,上記供述は首尾一貫
しており,原告Aが6月23日にI教授による手術を依頼するに至った経緯
として不自然,不合理な点が認められないから,原告Aの上記供述部分
は,信用することができるというべきである。
     この点につき,被告病院の外来診療録(乙1)には,L医師の6月19日の説
明内容として,「検査,治療(手術と放射線治療)で約3か月必要」と記載さ
れており,L医師は,証人尋問において,経蝶形骨洞手術の場合には,順
調にいけば約1か月前後の入院が必要であるにすぎないが,開頭手術の
場合には,その後の治療も含めて約3か月の入院が必要である旨を証言
している。しかし,L医師は,証人尋問において,6月19日の時点で開頭
手術が必要であると考えていたと証言しているものの,同日に,開頭手術
の必要があると説明したとは証言していないこと,乙1の上記記載は,手
術前の検査から手術後の放射線治療の終了までを含めて約3か月間の
治療期間を要するという趣旨とも理解することが可能であり,経蝶形骨洞
手術の場合の入院期間が約1か月前後であるというL医師の認識を前提
とした場合と,必ずしも矛盾するものではないといえること,被告病院にお
いて,平成4年当時,下垂体腺腫の治療として経蝶形骨洞手術が行われ
ていたこと(L証人,被告E医師本人)に鑑みれば,経蝶形骨洞法を採ると
の説明をしていないというL医師の上記証言を,たやすく信用することはで
きない。
     そうすると,L医師は,6月19日,亡Fに対する手術の術式として,鼻の裏側
から進入して腫瘍に到達する方法を採るなどと,経蝶形骨洞法の概略を
説明したものと解するのが相当である。
  (2) 6月23日のカンファレンスの内容及び同日の説明内容について
   ア 被告らは,6月23日朝のカンファレンスにおいて,無月経,乳汁分泌の臨
床症状と,同月19日に撮影された頭蓋エックス線(単純写)フィルム,頭
部CTフィルムにより,トルコ鞍の拡大,トルコ鞍の鞍上部及び側頭部に伸
展した腫瘍性病変が認められることから,下垂体腺腫の可能性が高いと
判断された旨を主張し,被告E医師の本人尋問における供述もこれに沿
う。
     しかしながら,Mは,証人尋問において,6月23日のカンファレンスでは,亡
Fの疾患が下垂体腺腫と頭蓋咽頭腫のどちらかであろうという話はした
が,そのどちらであるかは判別できなかった旨を証言しており,L医師も,
証人尋問において,同日のカンファレンスでは,頭蓋咽頭腫ではないかと
いう話は出たが,下垂体腺腫とのどちらであるかという議論のところまで
はいかなかった旨を証言していること,同日のカンファレンスより後に出張
手術の依頼を受けたI教授も,証人尋問において,Mから,患者の疾患が
下垂体腺腫と頭蓋咽頭腫のどちらかであると思われると説明された旨を
証言していることに鑑みれば,同日のカンファレンスでは,亡Fの疾患が下
垂体腺腫と頭蓋咽頭腫のどちらかであろうという話がなされたにとどまり,
そのどちらであるかの診断には至らなかったものというべきである。
     そうすると,被告E医師の上記供述を採用することはできず,他に被告主張
の事実を認めるに足りる証拠はないから,被告らの上記主張を採用する
ことはできない。
   イ また,被告らは,被告E医師が,6月23日,頭蓋咽頭腫より下垂体腺腫の
可能性がかなり高くなったと説明した旨を主張するが,これを認めるに足
りる証拠はなく,被告らの主張を採用することはできない。
  (3) 6月26日の被告E医師の診断及び説明内容について
   ア 被告らは,被告E医師が,6月26日,亡Fの腫瘍について,プロラクチン産
生腺腫であるとの診断までできていたと主張する。
     この点につき,被告E医師は,本人尋問において,6月26日に,同日撮影さ
れたMRIフィルムを見たうえで,下垂体腺腫であろうと意を強くしたもので
あり,無月経や乳汁分泌という臨床症状を総合的に考慮するとプロラクチ
ン産生腺腫であると判断し,下垂体腺腫でプロラクチン産生腺腫であると
説明したと供述しており,被告病院の入院診療録(乙2)の6月26日の欄
には,被告E医師の原告Aに対する説明内容として,「診断はCT,断層撮
影,MRI,症状を総合すると下垂体腺腫(プロラクチン産生腺腫)であろ
う」「術後プロラクチンの下がり方を見てハーディ法を検討する」との趣旨
が記載されている。
     しかしながら,被告E医師は,6月22日の時点では,亡Fに無月経と乳汁分
泌というプロラクチン産生腺腫に特徴的な臨床症状があることを前提にし
ながら,下垂体腺腫よりも頭蓋咽頭腫が疑われると判断していたものであ
り(被告E医師本人),頭部MRI検査等の画像所見からは,下垂体ホルモ
ンを分泌するものかどうかを判断することはできないものであるから,無
月経と乳汁分泌という症状が認められることから直ちに,プロラクチン産
生腺腫であると判断することはできないというべきであり,被告E医師の上
記供述や入院診療録の上記記載部分をにわかに信用することはできな
い。
     むしろ,プロラクチン産生能を有しない下垂体腺腫(非機能性腺腫)は,ほ
ぼ全例が大型下垂体腺腫(マクロアデノーマ)であり,大半が鞍上部伸展
を伴い,大半の患者は視力視野障害を主訴としており,頭蓋エックス線検
査(単純写)上,トルコ鞍の風船様拡大(バルーニング),鞍背の菲薄化,
鞍底の破壊がみられること(甲11),頭蓋咽頭腫や非機能性腺腫であっ
ても,無月経や乳汁分泌という高プロラクチン血症が現れる場合がある
が,これらの原因による場合の血中プロラクチン値は通常200ng/mlを
上回ることはなく,200ng/ml以上の高値の場合はプロラクチン産生腺
腫の可能性が高いと解されること(甲10,11,14,16,17)に鑑みれ
ば,プロラクチン産生腺腫であるとの確定診断をするためには,画像診断
(頭蓋エックス線検査,頭部CT,頭部MRI)を実施するだけではなく,下垂
体ホルモンの内分泌検査により血中プロラクチン値を測定したうえで,総
合的に判断する必要があるものと解される。
     本件においても,亡Fに無月経や乳汁分泌の症状が認められるからといっ
て,必ずしもプロラクチン産生腺腫であるとは限らないのであるから,下垂
体ホルモンの内分泌検査が実施されていない6月26日時点において,亡
Fの疾患がプロラクチン産生腺腫であるとの確定診断をすることはできな
かったというべきである。
     したがって,前記認定のとおり,被告E医師は,6月26日時点において,亡
Fの疾患がプロラクチン産生腺腫であるとの診断には至っていなかったも
のと解されるから,被告らの主張を採用することはできない。
     なお,被告E医師が,原告Aに対し,同日,亡Fの疾患がプロラクチン産生腺
腫であると説明したとの被告らの主張も,同様の理由により,採用するこ
とができない。
   イ 原告らは,被告E医師が,原告Aに対し,6月26日,亡Fの疾患が頭蓋咽
頭腫であると説明したと主張し,原告Aは,本人尋問(第1,2回)におい
て,同日,被告E医師から,下垂体腺腫も否定できないが,頭蓋咽頭腫が
最も考えられるとの説明を受けた旨を供述している。
     前記認定のとおり,6月23日のカンファレンスにおいては,亡Fの疾患が下
垂体腺腫か頭蓋咽頭腫のどちらかであろうという話がなされたが,そのど
ちらであるかの診断はできなかったものであり,被告E医師は,トルコ鞍断
層撮影等(6月23日)を実施した後の6月26日朝に,MRI検査依頼書に
「下垂体腺腫又は頭蓋咽頭腫疑いの患者です。」との趣旨を記載してお
り,その時点では,上記のどちらであるかの診断はできていなかったこと
が窺われるから(なお,被告E医師は,証人尋問において,6月26日付け
のMRI検査依頼書を6月22日に作成したと供述するが,同医師が同日に
作成したと供述する血管造影照射録の臨床診断の欄には「脳腫瘍(頭蓋
咽頭腫)」と記載され,眼科診療依頼書には「頭蓋咽頭腫術前の患者で
す。」と記載されていること,及び,MRI検査の実施日は,原告らが6月23
日にU病院に依頼して,同日又は翌24日に決まったものであるとの原告
Aの供述に照らし,被告E医師の上記供述を採用することはできず,6月2
6日にMRI検査依頼書を作成したものと解するのが相当である。),被告
E医師は,6月22日当初の頭蓋咽頭腫が最も疑われるとの考えを維持し
ていたものではなく,頭部MRI検査の実施時までには,下垂体腺腫と頭
蓋咽頭腫のどちらかであるが,そのどちらであるかは断定できないと考え
ていたものと解されるところ,頭部MRI検査(6月26日分)の所見は,トル
コ鞍の中から鞍上部に伸びた大きな腫瘍があり,腫瘍が嚢胞性であるこ
と,視神経・視交叉部が上方に著明に圧迫されていることが認められるか
ら(被告E医師本人),カンファレンスにおける検討結果や頭部MRI検査実
施前までの被告E医師の考えを否定し,再び頭蓋咽頭腫が最も疑われる
と判断するに至る所見であるとは認められないというべきである。
     そうすると,被告E医師が,原告Aに対し,6月26日に,亡Fの疾患が頭蓋
咽頭腫であるとの説明をしたものと認めることはできず,原告らの上記主
張を採用することはできない。
   ウ 被告らは,被告E医師が,原告Aに対し,6月26日,ブロモクリプチンによ
る薬物療法や経蝶形骨洞手術(ハーディ法)についても一応の説明をした
うえで,開頭手術を選択することを説明した旨を主張する。
     しかしながら,被告E医師が,原告Aに対し,同日,プロラクチン産生腺腫の
第1次的な治療方法として,開頭手術のほかに薬物療法や経蝶形骨洞手
術が存在すること,及び,亡Fに対する治療方法として,薬物療法や経蝶
形骨洞手術を採らない理由について説明した事実は,これを認めるに足
りる証拠がないから,被告らの上記主張を採用することはできないという
べきである。
  (4) 7月22日に認められた左肺の無気肺の原因について
    原告らは,亡Fに7月22日に認められた左肺の無気肺の原因は,気管内チ
ューブが深く入りすぎて,右肺にのみ空気が送られる状態になったためであ
ると主張し,被告らは,無気肺は分泌物によるものであって,同チューブが
深く入りすぎていたためではないと主張する。
    この点,Mは,証人尋問において,喀痰の喀出が悪いと無気肺を起こすこと
があると証言しているが,本件の無気肺の原因が亡Fの喀痰等の分泌物で
あることを客観的に裏付ける証拠は存在しないから,これを採用することは
できない。
    むしろ,O医師は,証人尋問において,7月22日に気管内チューブが一度深
く入りすぎて無気肺を起こしたと聞いていた旨を証言しており,R医師は,無
気肺の原因について,7月22日の胸部エックス線所見での同チューブの位
置は適正であるが,体位交換や首の位置によりチューブ位置が変化するた
め,恐らく21日から22日の間のどこかの時点でチューブが深く入りすぎ,片
側の肺に酸素が送られなかったためであろうと述べているところ(R鑑定),7
月22日午前9時55分ころに実施された胸部エックス線検査の直後に気管
内チューブを引き抜く措置が行われ,同日午前11時50分ころに再度実施さ
れた胸部エックス線検査によって無気肺が改善していること(乙3,R鑑定)
に鑑みれば,無気肺の原因は,体位交換などの際に気管内チューブが深く
入りすぎ,左側の肺に酸素が送られなかったためであると解すべきである。
 3 医学的知見について
   証拠(甲6ないし11,14,16,17,20,72,77,証人M,被告E医師本人,R
鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,次のことが認められる。
  (1) 間脳下垂体部の脳腫瘍について
    間脳下垂体部に発生する脳腫瘍としては,主に下垂体腺腫や頭蓋咽頭腫が
ある。
   ア 下垂体腺腫
     下垂体腺腫とは,下垂体前葉細胞から発生する良性腫瘍である。
     下垂体腺腫は,下垂体ホルモンを分泌するか否かにより,下垂体ホルモン
を過剰分泌する腺腫である機能性腺腫(分泌性腺腫)と,下垂体ホルモン
を分泌しない非機能性腺腫(非分泌性腺腫)とに分類される。
     下垂体腺腫の大きさにより,直径1センチメートル以下の腺腫を微小腺腫
(マイクロアデノーマ),直径1センチメートルを超える腺腫を大型下垂体腺
腫(マクロアデノーマ)という。微小腺腫は,トルコ鞍内のどちらかに偏位し
て存在することが多い。大型下垂体腺腫では,トルコ鞍が大きく拡大(バ
ルーニング)し,その拡大が通常一側に偏しているため,頭蓋単純写上は
二重鞍底(ダブルフロアー)を呈し,鞍外伸展を示すものが多く,また,正
常下垂体が腫瘍のほぼ全周を取り巻くように認められることが多い。
     また,周辺の硬膜,骨,海綿静脈洞などに細胞浸潤像又は肉眼的腫瘍浸
潤像がある場合を,浸潤性腺腫という。
   イ プロラクチン産生腺腫
     プロラクチン産生腺腫は,下垂体前葉ホルモンの1つである乳汁分泌ホル
モン(プロラクチン)を過剰産生する下垂体腺腫の一種であり,機能性腺
腫(分泌性腺腫)に分類される。
プロラクチン産生腺腫の症状は,①プロラクチンの過剰分泌によるホル
モン異常症候群として,女性の場合,無月経(月経異常),乳汁分泌や不
妊が認められ,②腫瘍発育による局所圧迫症状として,腺腫による正常
下垂体ホルモン産生障害(汎下垂体機能不全),及び,腫瘍が増大してト
ルコ鞍外に伸展し,直上の視交叉部を圧迫することによる両耳側半盲等
の眼症状が認められる。
     血中プロラクチン値が200ng/ml以上の高値を示した場合は,プロラクチ
ン産生腺腫の存在が強く示唆される。
   ウ 頭蓋咽頭腫
     頭蓋咽頭腫とは,胎生期の頭蓋咽頭管の遺残から発生する先天性腫瘍で
ある。
     トルコ鞍上部から鞍内部にかけて存在するものが多いが,鞍上部又は鞍内
部に限局して存在することもある。トルコ鞍の拡大や破壊も認められる
が,皿状変形を呈することが多い。また,正常下垂体は,腫瘍の下方に認
められることが多い。
     頭蓋咽頭腫の多くは,単胞性又は多胞性の嚢胞を形成し,コレステリン結
晶を含む黄褐色の嚢胞液を含むが,充実性の場合もある。いずれも境界
が明らかな腫瘍である。また,石灰沈着が高頻度に認められる。
     頭蓋咽頭腫の症状は,両耳側半盲(部分半盲,又は,左右非対称で不規則
な視野狭窄を呈する傾向がある。)が認められるほか,視床下部や下垂
体茎が圧迫され,プロラクチン分泌抑制因子が遮断されることにより,無
月経や乳汁分泌が認められることがある。腫瘍が鞍上部に存在する場合
には,頭蓋内圧亢進症状と視力障害が早く現れるが,鞍内部に存在する
場合には,下垂体腺腫と同様の症状を呈する。また,前頭蓋窩及び中頭
蓋窩に伸展することもある。
     頭蓋咽頭腫は,組織学的良性腫瘍であり,手術全摘出により治癒が可能な
ものであるが,周囲組織との癒着が強い場合や,腫瘍が大きく視床下部
に浸潤している場合は,全摘出しても結果は必ずしも良くなく,腫瘍周囲
組織中に腫瘍細胞が巣状に存在しているような症例では全摘出しても数
年後に再発する。全摘出をしていない場合は,放射線治療が必要にな
る。
  (2) 高プロラクチン血症について
    高プロラクチン血症は,下垂体前葉より分泌されるプロラクチンの分泌過剰
によって,血中プロラクチン値の著しい増加が見られる病態であり,女性に
多く,女性の場合は,無月経や乳汁分泌の症状が高頻度で認められる。
    プロラクチン産生腺腫は,高プロラクチン血症の最も代表的な原因である。し
かし,頭蓋咽頭腫やプロラクチン産生能を有しない下垂体腺腫が,視床下部
や下垂体茎を圧迫することにより,プロラクチン分泌抑制因子の分泌障害を
生じた場合(PIF障害型)や,抗ドパミン剤,経口避妊薬の服用,原発性甲状
腺機能低下症や副腎疾患,腎不全,胸壁の刺激性疾患による場合にも,高
プロラクチン血症は惹起される。
    血中プロラクチン値が,女性(非妊娠)で15ng/ml以上の場合は高プロラク
チン血症の疑いがある。
    早朝空腹時に安静状態で採血した血中プロラクチン値が200ng/ml以上
の高値を示した場合は,プロラクチン産生腺腫の存在が強く示唆される。
    他方で,上記の頭蓋咽頭腫やプロラクチン産生能を有しない下垂体腺腫の
場合における血中プロラクチン値は,通常200ng/mlを上回ることはない
と解されている。
  (3) プロラクチン産生腺腫の鑑別診断の方法
    プロラクチン産生腺腫であるとの確定をするには,免疫染色による細胞内プ
ロラクチンの証明が必要であるが,術前の段階では,主に,画像診断と内分
泌学的診断によって鑑別診断が行われる。
    画像診断では,頭蓋単純エックス線撮影,トルコ鞍断層撮影,CT撮影,MRI
撮影,脳血管撮影などが行われる。頭蓋単純エックス線撮撮影によりトルコ
鞍の大きさ,形状,左右差,鞍内外の石灰化の有無などを調べ,トルコ鞍断
層撮影により,鞍底の局所的な菲薄化,欠損,腫瘍の突出像などを調べるこ
ととなる。CT撮影では,腫瘍の大きさや伸展方向のほか,腫瘍内出血,液
状成分,腫瘍の硬さを調べることができ,MRI撮影では,腫瘍と内頸動脈,
前大脳動脈,視交叉の関係を正確に把握することができる。脳血管撮影に
おいては,内頸動脈の走行異常や圧排所見,前大脳動脈の挙上などを調
べることができる。
    そして,前記のとおり,血中プロラクチン値が著しい高値(200ng/ml以上)
である場合は,プロラクチン産生腺腫であることが強く示唆されるため,血中
プロラクチン値の測定を含む内分泌検査は,プロラクチン産生腺腫であるか
否かを鑑別するうえで,画像診断と併せて必要な検査である。
  (4) プロラクチン産生腺腫の治療方法
    プロラクチン産生腺腫の治療方法としては,平成4年当時,主に,腺腫を摘出
する手術療法と,ブロモクリプチンを投与する薬物療法が存在し,手術療法
における術式として,経蝶形骨洞法と開頭法が存在していたところ,これら
は,いずれも医療水準として確立された治療方法であった。
   ア 経蝶形骨洞法
     経蝶形骨洞法(ハーディ法)とは,上口唇と上顎の移行部を左右両犬歯間
にわたり切開し,そこから鼻中隔両側の粘膜を剥離して,鼻中隔軟骨を下
方の骨から外して,一方に寄せ,蝶形骨洞前壁に達し,そこに窓を開けて
蝶形骨洞内に入り,その中を通してトルコ鞍底に達し,鞍底部の粘膜を焼
き,鞍底の骨を削り,硬膜へ達し,それを切開してトルコ鞍内の操作をす
る方法である。その際,蝶形骨洞前壁以後の操作には手術顕微鏡が導入
され,全経過を通じての側面のチェックはイメージテレビで行われる。そし
て,鞍内に入って腺腫を発見すれば(通常,腺腫は正常組織に比べて白く
て軟らかい。),腺腫を掻爬又は吸引で除去し,正常組織を残すという術
式である。
     経蝶形骨洞法は,下垂体腺腫の手術方法として,1967年ころ,ハーディに
よって開発されたものであり,日本では,1970年代中ごろから普及し始
め,平成4年当時,下垂体腺腫症例に対する手術の多くは経蝶形骨洞法
によるものであり,同法は確立された治療方法の1つであった。
     経蝶形骨洞手術の利点は,①腫瘍と正常組織を直視下に区別し,腫瘍の
選択的摘出が可能であること,②腫瘍の発育方向と手術の進入方向が基
本的に一致しており死角が少ないこと,③視床下部,下垂体茎及び視神
経に対する侵襲が軽度であること,④手術創痕が残らないことである。他
方で,経蝶形骨洞手術の欠点は,①手術野が狭く深いため,特殊な手術
道具を必要とし,手術操作も熟練を要すること,②一般に,下垂体腺腫は
軟らかい腫瘍であり,鞍内部腫瘍を摘出すれば鞍上部分が降下してくる
が,腫瘍が硬い場合は,鞍内部腫瘍の摘出しかできず,鞍上部分は一部
トンネルを掘るような部分摘除しかできないことがあること,③腫瘍が前・
中・後頭蓋窩へ大きく不規則に伸展している場合,経蝶形骨手術で摘除
できる範囲はトルコ鞍部及び鞍上部の腫瘍に限られ,それ以外の部分の
摘出には,それぞれの開頭手術を要することである。
     また,経蝶形骨洞手術特有の合併症としては,大型下垂体腺腫の場合,尿
崩症や髄液鼻漏が最も多く,稀に内頸動脈損傷があるとされており,経蝶
形骨洞法による手術の死亡例の要因は,摘出操作で視床下部障害をき
たしたり,腫瘍内血腫や頭蓋内血腫を生じたことが大半であると報告され
ている。
イ 開頭法
     開頭法は,皮膚や硬膜を外側から順に切開して腫瘍に到達する方法であ
る。
     開頭法による手術療法は,1970年代前半まで,プロラクチン産生腺腫の
唯一の治療方法であった。
     開頭手術の利点は,経蝶形骨洞手術の欠点の裏返しでもあるが,まず術
野が広く,そのアプローチも脳神経外科医になじみ深いことである。その
ため多少腫瘍が硬くても,頭蓋底部の髄膜腫同様時間をかけて丹念に手
術すれば,その摘出は可能である。さらに,不規則な伸展をしていてもそ
れに応じた開頭手術を行えばその部分を摘出することができる。開頭手
術の欠点は,経蝶形骨洞手術の利点の逆である。
   ウ ブロモクリプチンによる薬物療法
     ブロモクリプチンは,1968年に,乳汁分泌抑制剤として開発された強力な
ドパミン作動薬であり,ドパミン受容体,特にD2受容体の刺激作 用を持
つ薬剤である。
     ブロモクリプチンは,主に,高プロラクチン血症,プロラクチン産生腺腫,成
長ホルモン(GH)産生腺腫に対する適応がある。プロラクチン産生腺腫に
対しては,乳汁分泌,無月経,不妊等の症状の改善のほか,腫瘍縮小効
果も認められているが,成長ホルモン産生腺腫に対しては,成長ホルモン
低下率や腫瘍縮小率は高くなく,プロラクチン産生腺腫に対するほどには
顕著な治療効果を示さない。
     日本においてブロモクリプチン(市販名「パーロデル」)が承認されたのは,
1983年であり,それ以後,プロラクチン産生腺腫に対する手術数が激減
して,ブロモクリプチンによる薬物療法が広く行われるようになり,薬物療
法は,平成4年当時,確立された治療方法の1つであった。
     しかし,ブロモクリプチンをプロラクチン産生腺腫に投与する場合,①投薬を
中断すると,血中プロラクチン値が再上昇するため,患者は無期限に服薬
を続けなければならないこと,②ブロモクリプチンに抵抗性の症例が約10
パーセント程度存在し,より大量の投与量を必要とするうえ,一部の例で
はブロモクリプチンが無効になったり,腫瘍が悪性化したりする場合があ
ること,③逆に非常に感受性が良く,腫瘍が極端に縮小した場合は,頭蓋
内外がトルコ鞍部で交通するため,髄液鼻漏,髄膜炎や気脳症の合併症
を引き起こすことがあること,④ブロモクリプチンを用いて妊娠が可能にな
った場合,その経過中に腫瘍が急速に増大したり出血すること,⑤長期に
投与すると,腫瘍が線維化し,後に行う手術による腫瘍の摘出が困難に
なること,⑤胃痛,便秘,神経痛様の頭痛,脱毛などが見られることなど
が,短所として指摘されている。
  (5) 被告病院におけるプロラクチン産生腺腫の治療方法
    被告病院においては,平成3年10月ころから平成4年6月ころまでの間に,
下垂体腺腫の手術を約4例行っており,いずれも経蝶形骨洞法による手術
であった。
    また,Mは,被告病院に勤務していた間(平成3年7月から平成4年11月末
まで)のみならず,国立循環器病センターに在勤中から(昭和57年から),下
垂体腺腫の治療については,専ら経蝶形骨洞手術を行っていた。
  (6) プロラクチン産生腺腫の治療方法の選択に関する医学的知見
    プロラクチン産生腺腫の治療方法としては,ブロモクリプチンによる薬物療
法,経蝶形骨洞法による手術及び開頭法による手術が存在し,これらはい
ずれも平成4年当時の医療水準として確立された治療方法であったが,大
型のプロラクチン産生腺腫(マクロアデノーマ)の治療方法として,上記の治
療方法のいずれを選択し,又は組み合わせるかについては,平成4年当
時,統一された医学的知見は存在しなかった。
   ア 第1選択として,手術療法によるか薬物療法によるかについて
     プロラクチン産生腺腫のうち,大型のもの(マクロアデノーマ)の治療につ
き,第1選択として,手術療法によるか薬物療法によるかについては,手
術療法を先行させ,術後に薬物療法を補うという見解,手術療法を実施す
る前に薬物療法を試みるという見解,専ら薬物療法を行うという見解が存
在した。
    (ア) まず,手術療法を先行させ,術後に薬物療法を補う見解として,次の 
ようなものがあった。
     ① ブロモクリプチンの投与のみで腺腫を消失させることは難しいため,先
に手術を行い,足りないところを薬物療法で補うべきであるとする見
解(景山直樹,平成2年(甲6)。なお,手術療法による場合は,ほと
んどの症例において経蝶形骨洞法で腺腫が十分取れるが,それで
不十分なら,場合によって開頭術を追加すべきという意見である。)。
     ② 腫瘍量の減少と術後のブロモクリプチン療法による髄液鼻漏,気脳症
や髄膜炎等の合併症を予防する目的で,まず経蝶形骨洞法による
手術を行い,術後にブロモクリプチンを投与するという見解(寺本明,
平成元年(甲8))。
     ③ (a)視力・視野障害が高度な場合,手術の方が視路の減圧が迅速かつ
確実であること,(b)ブロモクリプチンに抵抗性を示す場合があり,血
中プロラクチン値の低下を得るまでに大量の投与と長期の治療期間
を要するため,手術により腫瘍実質部をできるだけ減じておく必要が
あること,(c)ブロモクリプチンを2,3か月以上用いると,腫瘍が線維
化により硬く,出血性があるため,残存腫瘍の摘出が困難になるこ
と,(d)ブロモクリプチンにより,髄液鼻漏や気脳症の合併症の危険が
あるため,手術により腫瘍の摘出腔を筋肉片で充填しておく必要が
あることなどの理由により,手術を第1選択とすべきという見解(高倉
公朋・寺本明,昭和61年(甲14)。なお,この場合の術式は,多くの
場合は経蝶形骨洞法によるべきという意見である。)。
    (イ) 次に,手術療法を実施する前に薬物療法を試みる見解として,次のよ
うなものがあった。
     ① 第1次的に手術を行うのが原則であるが,高度の視力,視野障害例に
おいては,ブロモクリプチンの著しい腫瘍縮小効果により視力・視野
障害等の臨床症状が改善される場合があるので,手術の準備期間
を利用してブロモクリプチンによる薬物療法を試みてみるべきであ
り,それにより自覚症状の改善とともに著しい腫瘍縮小効果が確認さ
れた場合には,手術を中止して薬剤単独又は放射線治療との併用
療法に変更するのも妥当であるが,薬物療法が無効な例や腺腫縮
小が不十分な場合には,速やかに手術を実施すべきであるという見
解(桑山明夫,昭和61年(甲7)。なお,この場合の術式は,ごく一部
の例外を除いて経蝶形骨洞法によるべきという意見である。)。
     ② すべての巨大下垂体腺腫症例は,手術療法を原則とし,その準備期間
中に試験的に薬物療法を試み,そのうち著効を呈したものに限って
のみ手術時期を延期すべきであり,また,その手術時期の決定は,C
T上の腫瘍陰影の縮小の速度や程度で判断し,場合によっては,非
手術療法のみで経過観察するという見解(桑山明夫・景山直樹,昭
和58年(甲17))。
    (ウ) さらに,専ら薬物療法を行う見解として,次のようなものがあった。
     ① ジャンボアデノーマで手術による摘除が困難な場合には,当初から薬
物療法を行うという見解(青野敏博・倉智敬一,昭和61年(甲7)。な
お,甲20にも米国における同様の意見の存在が紹介されている。)。
     ② トルコ鞍底の広範な破壊を伴う巨大腺腫の症例に対しても,ブロモクリ
プチンの単独療法で著明な腫瘍縮小効果が得られるという見解(桑
山明夫,平成元年(甲77))
   イ 手術療法を行う場合の術式の選択について
     プロラクチン産生腺腫のうち大型のもの(マクロアデノーマ)について手術療
法を行う場合に,いかなる術式を選択すべきかについては,腫瘍の大き
さ,形状などに応じて,次のような見解が存在した。
    ① まずすべての下垂体腺腫に対して,経蝶形骨洞法による手術を第1選択
として行い,鞍上伸展部が大きく十分摘出できなかった場合,腫瘍が硬
くて鞍上部分が残存した場合及び前・中・後頭蓋窩への伸展部分につ
いては,後日開頭手術を追加すべきであるという見解(寺本明,平成2
年(甲6))。
    ② 腺腫が大きくて,トルコ鞍上に伸展し,視力障害をきたしている場合に,
ほとんどの症例は経蝶形骨洞法による手術で腺腫が十分取れるが,そ
れで不十分な場合は,開頭手術を追加してもよいが,その場合でも腺
腫を取り切れないので,術後に薬物療法を行う必要があるという見解
(景山直樹,平成2年(甲6))。
    ③ 大型のプロラクチン産生腺腫(中でも,ラージ又はジャンボプロラクチノー
マ)の手術療法として,開頭法と経蝶形骨洞法のいずれの方法によって
も,減圧効果は十分に得られるが,開頭法は視神経を直接空間に露出
するので,機械的及び化学的刺激によって視神経機能障害を悪化する
ことがあり,経蝶形骨洞法による間接的減圧法の方が優れているという
見解(桑山明夫・景山直樹,昭和58年(甲17))。
    ④ 下垂体腺腫に対しては原則として経蝶形骨洞法によるべきであるが,(a)
鞍上部の腫瘍の主な局在が前,中又は後頭蓋窩に見られる場合,(b)
鞍上部に大きく発育を示すが,トルコ鞍がほぼ正常の大きさであるた
め,術野が狭い場合,(c)硬く出血性の腫瘍であることが強く示唆される
場合などには,開頭法を採用すべきとする見解(高倉公朋・寺本明・昭
和61年(甲14))。
    ⑤ 鞍外伸展を伴う下垂体腺腫のうち,上方,下方へ伸びる腫瘍の場合はま
ず経蝶形骨洞法による手術を行う傾向にあり,側方伸展の著しいもの
は開頭により腫瘍を摘出し,術後に腫瘍の残存があれば,ブロモクリプ
チン療法を行うという見解(郭隆?,平成2年(甲58))。
    ⑥ 相当大きなもので,傍鞍部伸展や第3脳室内部陥入の著しい下垂体部
腫瘍は,開頭手術の適応になるという見解(藤津和彦,平成元年(甲
8))。
    ⑦ 開頭法による手術の適応は,(a)鞍横隔膜が強靱で開口部が小さく,その
開口部又は硬膜裂隙より鞍上部に侵入した腫瘍部分が独立して大きく
なり,鞍横隔膜部で強くくびれた形で上下にダンベル型となった場
合,(b)頭蓋内伸展した巨大な突出部(前方伸展,側方伸展,後頭蓋窩
伸展及び巨大な視床下部伸展など),(c)鞍拡大が僅かで,それに比し
て頭蓋内腫瘍部分が大きいとき,(d)経蝶形骨洞手術による摘出が不十
分だった場合(硬い腫瘍又は経蝶形骨洞手術後の鞍上部残存腫瘍の
自然降下が不十分な場合)などに認められるが,開頭手術を選択する
場合であっても,浸潤性腺腫の大きな頭蓋内伸展部を主たる対象とす
ること,原則として有意の症状を伴う突出部分を対象とすること,到達法
を選択すること,腫瘍は被膜内摘出にとどめ,自然に剥脱してくる被膜
(菲薄化した鞍横隔膜又は肥厚したくも膜)部分のみを切除すること,下
垂体及び下垂体茎を保全すること,多段階手術をいとわないことが重
要であるという見解(魚住徹・向田一敏,平成2年(甲6))。
4 争点に対する判断
  (1) 頭蓋咽頭腫であるとの誤診の有無(争点(1)ア)について
    原告らは,被告E医師及び被告病院の他の医師が,亡Fの疾患を頭蓋咽頭
腫と誤診し,誤った診断に基づいて,本件開頭手術を選択,実施した旨を主
張する。
    前記認定によれば,被告E医師は,6月22日には,頭蓋咽頭腫が最も疑わ
れるという暫定的な診断に基づいて,開頭手術と放射線治療を行うという治
療方針を立てたものであるが,同日時点では,頭蓋咽頭腫と下垂体腺腫等
の他の疾患との鑑別に必要な検査(下垂体ホルモンの内分泌検査やαフェ
トプロテイン値(AFP),ヒト絨毛性ゴナドトロピン値(HCG)の測定検査)を行
う計画も立てているから,同日立てた上記治療方針は,頭蓋咽頭腫との確
定診断に基づいたものではないことが認められる。そして,6月23日のカン
ファレンスでは,亡Fの疾患が下垂体腺腫か頭蓋咽頭腫かどちらかであろう
という検討結果に基づいて,そのいずれの場合であっても開頭手術を行うと
いう意見で一致したこと,6月26日には,被告E医師は,下垂体腺腫が疑わ
れるとの診断に基づいて,開頭手術を行うという治療方針を立て,原告Aに
その旨を説明したことは前記認定のとおりであり,これらの事実を併せて考
慮すれば,開頭手術を行うという治療方針は一度も変更されることがなかっ
たものの,治療の前提となる亡Fの疾患は,当初の頭蓋咽頭腫が最も疑わ
れるという診断から,下垂体腺腫が疑われるという診断に変遷していたもの
であるから,少なくとも,頭蓋咽頭腫であるとの誤診に基づいて開頭手術が
選択,実施されたものではないというべきである。
    したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。
 (2) 開頭手術の適応の有無(争点(2))について
   ア 原告らは,被告病院の医師には,亡Fに対する開頭手術の適応を誤った過
失がある旨を主張する。
     そこで,亡Fのプロラクチン産生腺腫に対する第1次的な治療方法として,
開頭手術の適応が客観的に肯定されるか否かを検討するに,亡Fの腫瘍
は,トルコ鞍内から鞍上部及び右側方に伸展し,海綿静脈洞にまで浸潤し
た巨大なものであるところ(R鑑定),前記認定のとおり,平成4年当時,鞍
外伸展を伴う下垂体腺腫のうち,側方伸展の著しいものには開頭手術の
適応があるという見解,相当大きなもので,傍鞍部伸展が著しい下垂体腺
腫には開頭手術の適応があるという見解,腫瘍が鞍横隔膜部で強くくび
れた形で上下にダンベル型となっている場合や頭蓋内伸展した巨大な突
出部には開頭手術の適応があるという見解などが存在していたこと,被告
E医師が,亡Fの腫瘍は大きくて上方や側方に伸展していることから,経
蝶形骨洞手術の適応にならない旨を供述していること(被告E医師本
人),R医師が,亡Fの腫瘍は鞍上部分が鞍内部分より大きく,鞍隔膜部
でくびれた逆雪だるま型になっているため,経蝶形骨洞手術では十分な
視神経の減圧が図れないとして,第1次的に開頭手術を行うべきである旨
を述べていること(R鑑定)に鑑みれば,亡Fのプロラクチン産生腺腫に対
する第1次的な治療方法として開頭手術の適応は認められるというべきで
ある。
     そうすると,被告病院の医師が,亡Fに対し,第1次的に開頭手術を行うと
いう治療方針を立てたこと自体には,開頭手術の適応を誤った過失があ
ると認めることはできない。
   イ もっとも,後述のとおり,医師は,ある治療行為を実施するに当たっては,
患者側に対し,当該疾患の診断(病名と病状),実施予定の治療の方法,
内容及び必要性,その治療に伴い発生の予測される危険性,他に選択可
能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などについて説明し
たうえで,医師において実施予定の治療を受けるか否かについて,患者
側の同意を得る必要があるというべきであり,開頭手術の適応に誤りがな
かったとの一事をもって,医師による開頭手術の実施が直ちに正当化さ
れるというものではない。
  (3) 本件開頭手術の手術操作上の注意義務違反の有無(争点(4))について
    原告らは,I教授が,本件開頭手術において,一度に腫瘍の大部分を摘出,
吸引除去し,下垂体茎を切断し,内頸動脈を損傷したり,内頸動脈に触れ過
ぎるなど,過剰な手術操作を行ったことにより,脳血管攣縮の発生,血栓の
発生又は内頸動脈の血管損傷による術後脳梗塞を発症せしめた旨を主張
する。
   ア 前記認定事実に照らせば,亡Fの直接的な死因は,急性の頭蓋内圧亢進
による呼吸不全及び循環不全であるが,その頭蓋内圧亢進の原因は,右
視床部の小梗塞ではなく,右中大脳動脈領域に発生した脳梗塞であると
解される。
     そして,右中大脳動脈領域の脳梗塞の発生原因につき,被告病院の医師
らは,血管攣縮が起きた可能性か,本件開頭手術中に,腫瘍を摘出する
ために内頸動脈をかなり動かしたために血栓形成した可能性があると考
えていること(乙2,被告E医師本人),I教授は,トルコ鞍内に残留していた
古い出血が脊髄液腔に流出し,その血液が動脈に付着して,血管攣縮が
起きた可能性が高いと考えていること(I証人)に鑑みれば,亡Fの右中大
脳動脈領域の脳梗塞の発生原因は,①トルコ鞍内に残留していた古い出
血が脊髄液腔に流出し,その血液が動脈に付着して血管攣縮が起きた
か,②内頸動脈を動かした刺激により血栓が形成されたかのどちらかで
あると解すべきである。
     そうすると,上記いずれの場合であっても,右中大脳動脈領域の脳梗塞
は,I教授による手術操作に起因して発生したものと認められる。
   イ 原告らの主張のうち,一度に腫瘍の大部分を摘出,吸引除去し,下垂体茎
を切断したという手術操作に過失があるとの部分については,客観的な
腫瘍摘出量又は下垂体茎が切断されたこと自体と,亡Fの脳梗塞の発生
原因である動脈への血液付着又は内頸動脈への刺激とは,互いに関連
性を認めることができないというべきであるから,同主張を採用することは
できない。
     また,本件全証拠によっても,本件開頭手術中に内頸動脈の外壁に傷害が
与えられたことを示す所見は存在しないから,I教授が内頸動脈を損傷し
たとの原告らの主張も採用することができない。
     そして,前記認定事実及び証拠(乙24の(1),(2),I証人,R鑑定)によれば,
本件開頭手術中,しばしば,数秒から10秒前後の間,右内頸動脈を外側
に圧排しながら腫瘍の摘出が行われたことが認められるが,他方で,証
拠(甲6,I証人)によれば,血栓形成や脳梗塞が下垂体腺腫の開頭手術
の合併症として極めて稀であること,開頭手術によってトルコ鞍上部の腫
瘍を摘出するためには内頸動脈に触れざるを得ないこと,I教授は,綿を
当てて亡Fの内頸動脈を圧排したこと,本件開頭手術で腫瘍の摘出に要
した時間は,鞍上部腫瘍の摘出に通常要する2時間半から3時間程度の
時間であったことが認められ,R医師も,この程度の圧排で内頸動脈内壁
が傷害されることはないと述べていること(R鑑定)も併せて鑑みれば,手
術操作中に内頸動脈を動かした刺激により血栓が形成され,脳梗塞を引
き起こしたものであるとしても,当該手術を行う以上は,極めて稀ではある
にしても,不可避的な危険性がたまたま現実化したにすぎないというべき
であり,それによってI教授の手術操作上の注意義務違反を認めることは
できないと解すべきである。
     なお,亡Fの脳梗塞の原因がトルコ鞍内に残留していた古い血液の動脈へ
の付着による血管攣縮であった場合,I教授は,証人尋問において「より徹
底的に血腫を洗浄すべきだった」と証言しているものの,腫瘍断端からの
止血が確認されたうえで本件開頭手術が終了したこと(前記認定)に照ら
せば,本件開頭手術は血液の残存がないように注意を尽くして行われた
というべきであるから,I教授の上記証言をもって止血又は残存血液の洗
浄に関する手術操作を怠った事実を推認することはできず,他に,I教授
の手術操作上の注意義務違反を認めるに足りる証拠はない。
   ウ したがって,I教授の本件開頭手術中の手術操作上の過失に関する原告ら
の主張は,採用することができない。
  (4) 気管内チューブの管理上の注意義務違反の有無(争点(5)ア)について
    原告らは,7月13日の外減圧開頭手術後,早い段階で気管内挿管を中止
し,気管切開をすべきであり,かつ,7月22日に原告Aが気管切開を求めた
にもかかわらず,被告病院の医師が気管切開を怠った注意義務違反がある
と主張する。
    亡Fの外減圧開頭手術後の呼吸管理について,外減圧開頭手術の行われた
7月13日に経鼻気管内挿管が行われ,7月25日に気管内チューブが交換
され,8月5日に気管切開が行われたことは前記認定のとおりである。そし
て,前記認定によれば,7月21日ころから,亡Fの口腔内に膿分泌が認めら
れ,7月22日には,気管内チューブが深く入っていたことが原因で無気肺を
起こしたことが認められる。
    しかしながら,亡Fには,7月18日ころから軽度の消化管出血が認められ,7
月20日には血小板値が低下し,DICの徴候が認められ,7月22日には血
小板値がさらに低下したものであること(前記認定),気管切開が外科的な
侵襲を伴う措置であり,気胸や切開孔からの出血などの合併症のほか,死
亡率も高いこと(乙6)に鑑みれば,被告E医師が,7月22日時点で気管切
開をすべきでないと判断したことには,それなりの合理性が認められるという
べきである。
    また,7月13日から7月21日までの間に気管切開が行われなかったことに
ついても,上記の事情及び気管切開をいつ行うべきかについて見解が分か
れていること(乙6)に照らせば,不適切な措置であったとは認めることがで
きないと解すべきである。
    したがって,被告E医師に気管切開を怠った注意義務違反があるとは認める
ことができない。
    なお,本件全証拠によっても,他に,被告病院の医師が,気管内チューブの
衛生上の管理を怠った事実を認めることができない。
  (5) MRSA感染に関する注意義務違反の有無(争点(5)イ)について
    原告らは,被告病院又は被告病院の医師による注意義務違反により,亡Fが
MRSAに感染したと主張する。
   ア 原告Aは,被告病院のICUの衛生管理ができていなかった旨を述べており
(甲4,原告A本人(第1,2回)),甲44にも,被告病院の元入院患者の家
族による同趣旨の意見が記載されているが,これを裏付けるに足りる客
観的な証拠はなく,かえって,証拠(乙23,証人T)によれば,被告病院に
おいては,医師や看護婦で構成される感染対策委員会を設け,平成3年
7月1日にはMRSA感染対策マニュアル(乙23)を作成し,医療従事者の
手指の消毒,ICUの消毒,器具の消毒,MRSA患者の隔離等の措置を
行うよう定め,これらが実施されていたことが認められるから,被告病院に
おけるMRSAの感染対策が不十分であったとの事実を認めることはでき
ないというべきである。
   イ 原告らは,被告病院において,口腔内洗浄を全くしなかった旨を主張し,原
告Aは,7月21日に亡Fの口腔内から膿汁が流出したこと,亡Fの口腔内
洗浄が行われなかったことを述べている(甲4,原告A本人(第1,2回))と
ころ,7月21日,亡Fの口腔内に膿分泌が認められたことは前記認定のと
おりである。しかしながら,前記認定事実及び証拠(乙3,証人T)によれ
ば,7月13日の外減圧開頭手術後,1日に数回の喀痰の吸引及び1日に
最低朝夕2回の口腔内洗浄が行われていたこと,7月21日に膿分泌が認
められた後もこれらの措置が行われていたことが認められるから,口腔内
洗浄等を行わなかったとの原告らの主張を採用することはできないという
べきである。
   ウ 原告らは,被告病院において,不適切かつ過剰に抗生剤が使用された旨
を主張するが,抗生剤の投与によって菌交代現象が生じた事実,及び,
菌交代現象によって亡FのMRSA感染が発生した事実を客観的に裏付け
る証拠はないから,上記主張を採用することはできない。
   エ 以上によれば,亡FがMRSAに感染したことについて,被告病院又は被告
病院の医師の注意義務違反があるとは認めることができない。
     なお,前記認定によれば,7月25日に,7月23日に採取された喀痰からM
RSAが検出されたことが判明したが,抗生剤がミノマイシンとチェナムに
変更された結果,7月27日に実施された一般細菌検査ではMRSAが陰
性化したことが判明し,それ以後も亡Fの喀痰及び膿皮症の膿からMRS
Aが検出されなかったことが認められるから,MRSAに感染した後の治療
にも注意義務違反は認められない。
  (6) 気管内チューブ交換時の注意義務違反の有無(争点(5)ウ)について
    原告らは,気管内チューブの交換時に約1時間20分間も同チューブが抜去
されていたため,亡Fが低酸素脳症に陥ったと主張する。
    亡Fが7月25日の気管内チューブの交換時に無酸素状態に陥り,低酸素脳
症を引き起こしたとの事実を客観的に裏付けるに足りる証拠はない。
    かえって,7月25日午後7時55分ころの気管内チューブ交換開始時には,
亡Fに1分間に34回の自発呼吸が認められたこと,舌根沈下後,気道を確
保したうえでファイバーの挿入が試みられたこと,筋弛緩剤の投与後は人工
呼吸器による強制換気が行われたほか,アンビューバッグによる用手加圧
も併用されたこと,気管内チューブ交換後の同日午後10時ころには,1分間
に50回の自発呼吸が認められ,人工呼吸器が間欠的強制換気に切り替え
られたこと,同日午後10時45分ころに実施された血液検査の結果,動脈血
中酸素分圧が良好な状態であったことは前記認定のとおりであり,R医師
が,7月26日に出現した痙攣の原因には脳梗塞や高血糖も考えられると述
べていること(R鑑定)や,バルビツレート療法を行うと,数日後に痙攣が起こ
ることがあること(証人S)を併せて考慮すれば,亡Fが無酸素状態又は低酸
素脳症に陥ったとの事実を認めることはできないというべきである。
    したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。
  (7) 治療方法の選択,決定段階における注意義務違反の有無(争点(1)イ及び
争点(3))について
    原告らは,被告E医師及び被告病院の他の医師が,亡Fの疾患がプロラクチ
ン産生腺腫であるとの確定診断をしないまま,杜撰かつ不十分な診断及び
治療方法の検討に基づいて開頭手術を選択し,治療方法の選択を誤ったこ
と(争点(1)イ),及び,被告E医師及び被告病院の他の医師が,開頭手術以
外の治療方法の内容や開頭手術以外の治療方法との比較,利害得失につ
いて説明し,患者の同意を得る義務を怠ったこと(争点(3))を主張する。
   ア 治療方法の選択,決定段階における医師の注意義務の内容
     一般に,医師は,患者に対する問診,観察を行うとともに,必要な検査を実
施するなどして,当該患者の疾患(病名と病状)をできる限り確定的に診
断し,そのうえで,その時点における医療水準に従い,治療方法を慎重に
検討し,自らが最善と考える治療方針(実施予定の治療方針)を選択する
必要があると解される。
     その治療方針の選択は,患者の疾患の内容や程度のみならず,患者の年
齢,性別,体力の程度,既往症,治療による改善の見込み,治療に伴い
発生の予測される危険性,治療を行わない場合の危険性などの諸要素を
総合的に検討して行われるものであって,極めて専門性の高い判断が求
められることから,医師は,実施予定の治療方針の選択については,医療
の専門家として広範な裁量権を有しているというべきである。
     しかし,他方で,医療行為の多くは不可避的に患者の身体に対する侵襲を
伴うものであるから,医師がある治療行為を実施すべきであると判断した
場合であっても,その治療行為を適法に行うためには,患者の自己決定
権を尊重し,患者の同意を得る必要があるというべきである。特に,患者
の生命及び身体に重大な影響を及ぼすような外科的侵襲を伴う治療行為
が問題となる場面では,当該治療行為を行うことにより,患者は,自らの
疾患による苦痛や不安のほかに,当該治療行為そのものや治療に伴う合
併症から生じる肉体的,精神的苦痛を受け,また,重大な後遺症や死の
危険にさらされることになるのであるから,患者の同意の重要性は一層高
いといわなければならない。
     そこで,医師は,患者に対し,診療契約に基づき,治療方法の選択,決定段
階における注意義務として,当該患者の疾患(病名と病状)をできる限り
確定的に診断し,そのうえで,その時点における医療水準に従い,治療方
法を慎重に検討し,自らが最善と考える治療方針(実施予定の治療方針)
を選択する義務を負うとともに,緊急を要し時間的余裕がないなどの特別
の事情のない限り,当該患者(その者に判断能力がなければそれを補完
すべき者)において,患者の身に行われようとする治療行為につき,その
利害得失を理解したうえで当該治療行為を受けるか否かを熟慮し,決断
する前提として,当該疾患の診断(病名と病状),実施予定の治療の方
法,内容及び必要性,その治療に伴い発生の予測される危険性,他に選
択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などについて,
できる限り具体的に説明したうえで,実施予定の治療を受けるか否かにつ
いて,患者の同意を得る(選択させる)義務を負うというべきである。
   イ プロラクチン産生腺腫の治療方法の選択,決定段階における医師の注意
義務の内容
  (ア)プロラクチン産生腺腫の治療方法には,手術療法のほかに,ブロモク 
リプチンによる薬物療法があり,いずれも医療水準として確立された治
療方法であるところ,ブロモクリプチンの投与による薬物療法は,無月
経,乳汁分泌等の症状の改善のほか,プロラクチン産生腺腫の腫瘍縮
小効果が得られるため,第1次的な治療方法としてだけではなく,少なく
とも手術後の補助療法として実施できるという特徴を有しており,この点
がブロモクリプチンの適応のない下垂体腺腫や頭蓋咽頭腫とは大きく
異なるところである。
      そこで,医師は,患者にプロラクチン産生腺腫が疑われる場合には,速や
かに確定診断を行う必要があるところ,画像所見からは下垂体ホルモ
ン(プロラクチン)を分泌するかどうかを判断することができないこと,頭
蓋咽頭腫やプロラクチン産生能を有しない下垂体腺腫(非機能性腺腫)
であっても,無月経や乳汁分泌という高プロラクチン血症が現れる場合
があるが,これらの原因による場合の血中プロラクチン値は通常200n
g/mlを上回ることはなく,200ng/ml以上の高値の場合はプロラク
チン産生腺腫の可能性が高いと解されていることに照らし,エックス線,
CT,MRI等による画像診断を行うとともに,速やかに血中プロラクチン
値の測定を含む下垂体ホルモンの内分泌検査を実施して,プロラクチ
ン産生腺腫であるかどうかの確定診断をする必要があるというべきであ
る(なお,同検査は,一般の血液検査と同時に行うことが可能であり(被
告E医師本人),患者及び医師に困難な検査を強いるものではない。)。
      そして,医師は,プロラクチン産生腺腫の確定診断をした場合には,ブロ
モクリプチンの手術前又は手術後の投与が可能であることなども考慮し
たうえで,実施予定の治療方法の選択・組合せ,手術療法を採る場合
の術式の選択,腫瘍摘出の程度などの点について慎重に考慮し,自ら
が最善と考える治療方針(実施予定の治療方針)を立てる必要があると
解すべきである。
    (イ)a 一方,被告病院の医師は,亡Fの疾患がプロラクチン産生腺腫である
ことやその病状,実施予定の治療方法である開頭手術の内容とその
必要性,開頭手術に伴い発生の予測される危険性について説明義
務を負うことはいうまでもないが,本件においては,次の各事情が存
するので,これと並んで,亡Fに対して適応可能性があり,少なくとも
検討に値する治療方法である経蝶形骨洞手術と薬物療法について,
選択可能な他の治療方法として,原告らに説明する義務があるとい
うべきである。
       すなわち,亡Fの腫瘍は,トルコ鞍内から鞍上部及び右側方に伸展し,
海綿静脈洞にまで浸潤した巨大なプロラクチン産生腺腫であり(R鑑
定),手術による腫瘍の全摘出や,手術のみによる血中プロラクチン
値の正常化はいずれも困難である(甲6,17)から,最初から薬物療
法を行うという見解や,手術までの準備期間を利用して薬物療法を
試み,場合によっては手術を中止して薬物療法を行うという見解(前
記認定)にも合理性があり,亡Fにこれらの治療方法が適応する可能
性もあったと解される。
       また,第1次的に薬物療法を行うという治療方法に対しては,ブロモクリ
プチンに抵抗性を示す場合があること,ブロモクリプチンを2,3か月
以上用いると腫瘍が線維化により硬く,出血性があるため,手術が困
難になること,髄液鼻漏,気脳症や髄膜炎等の合併症が生じうること
などの欠点が存在する(前記認定)から,最初から手術療法を行うと
いう見解にも合理性がある。そして,その場合の術式については,平
成4年当時,すべての場合に経蝶形骨洞手術を行うという見解や,
大型のプロラクチン産生腺腫(ラージ又はジャンボプロラクチノーマ)
については開頭法より経蝶形骨洞法の方が優れているという見解が
存在しており(前記認定),R医師も,経蝶形骨洞手術で成功した経
験を持つ外科医は同手術を第1選択と主張するであろうと述べてい
ること(R回答書)に照らせば,亡Fに経蝶形骨洞手術が適応する可
能性もあったと解される。
       したがって,被告病院の医師は,経蝶形骨洞手術と薬物療法について,
それぞれの治療方法の内容と利害得失,予後などについて,できる
かぎり具体的に,分かりやすく説明する必要がある。
       なお,これらの説明は,亡Fに対してはもちろんのこと,同人が未成年者
であることから,その両親(同意権者)である原告らに対しても説明す
る必要がある。
     b 被告らは,より厳格な説明と同意が求められるようになった現時点と平
成4年当時との間では,説明義務の内容にかなりの隔たりがあり,同
一に考えるのは相当でないと主張する。
       まず,説明の対象となる治療方法の内容自体に関する事項,すなわち,
ある治療方法の内容,それが医療水準として確立された治療方法で
あるかどうか,その治療方法の利害得失の内容などについての医師
の説明義務の内容は,治療方法が臨床的結果の蓄積によって変容
したり,次第に確立されていくものであることに鑑みれば,診療が行
われていた当時の医療水準に基づくものが要求されることはいうまで
もない。
       他方で,医師において実施予定の治療方法以外の代替的治療方法に
関する説明の要否,及び,患者の病状やそれぞれの治療方法に関
する説明の程度など,医師の説明義務の範囲及び程度は,インフォ
ームド・コンセントに関する国民の意識の変化などに応じて時代によ
る変容を受ける性質のものではなく,本来は普遍的であるべきもので
ある。殊に,本件のように複数の治療方法が存在する場面では,採
用される治療方法によって患者の身体に対する侵襲の程度が大きく
異なるため,医師による説明が自己決定権を有する患者にとって極
めて重要な情報となることに鑑みれば,この点の重要性は決して軽
視し得るものではなく,本件の平成4年当時においても,医師は,当
該疾患の診断(病名と病状),実施予定の治療の方法,内容及び必
要性,その治療に伴い発生の予測される危険性のみならず,代替的
治療方法の内容と利害得失,予後などについて,できるかぎり具体
的に,分かりやすく説明する義務があったというべきである。
 ウ 治療方法の選択,決定段階における医師の注意義務違反の有無
     亡Fに対する治療方法の選択,決定段階における被告病院の医師の注意
義務違反の有無について検討する。
    (ア)a 本件において,入院当日の6月22日には,亡Fに無月経と乳汁分泌
というプロラクチン産生腺腫に特徴的な臨床症状があることが判明し
ていたものであるが,血中プロラクチン値の測定を含む下垂体ホルモ
ンの内分泌検査の実施が6月30日まで遅れたため,同検査の結果
が判明し,プロラクチン産生腺腫の確定診断ができたのは7月6日の
ことであった。ところが,被告E医師は,この確定診断がなされるより
も前の6月26日には,下垂体腺腫が疑われるという未確定の診断を
前提にして,開頭手術を実施すべきであると判断したものである。
       これらの事実に鑑みれば,被告E医師が血中プロラクチン値の測定を含
む下垂体ホルモンの内分泌検査の実施を怠ったため,速やかになす
べきプロラクチン産生腺腫の確定診断が遅れたというべきである。ま
た,プロラクチン産生腺腫の確定診断ができたよりも以前に,既にI教
授を執刀医として本件開頭手術を行うことが決定されていたものであ
るから,被告E医師は,未確定で不十分な病状の把握を前提として
開頭手術を実施するという治療方針を立ててしまい,プロラクチン産
生腺腫の確定診断ができた後には,その確定診断を前提にした治療
方針の再検討を行う義務を怠ったというべきである。
     b この点につき,被告E医師は,本人尋問において,亡Fが6月26日から
同月29日まで外泊していたために内分泌検査を実施することができ
なかった旨を供述するが,亡Fは6月22日から同月26日の外泊時ま
での間は被告病院に入院し,同月23日と24日には他の目的の血液
検査が行われていたものであって,6月30日よりも前に内分泌検査
のための血液採取の機会は十分あったというべきであるから,亡Fが
外泊したことは,同検査の実施が遅れたことを正当化する理由には
ならない。
       また,被告E医師は,本人尋問において,亡Fに対する治療方法の選択
は,カンファレンスを経て被告病院の脳神経外科の総意で決まったも
のであり,最終的には,MやI教授が決めた旨を供述している。しかし
ながら,下垂体腺腫か頭蓋咽頭腫のどちらかであるという程度の診
断に基づいて,いずれの場合であっても開頭手術を行うという意見で
一致した6月23日のカンファレンス以後,被告病院で毎週火曜日及
び金曜日に行われていたカンファレンスなどにおいて,亡Fの疾患の
確定診断や治療方法について話し合われたことを認めるに足りる証
拠はなく,また,本件全証拠に照らしても,プロラクチン産生腺腫の確
定診断ができた7月6日から翌日の本件開頭手術の開始までの間
に,本件開頭手術の主たる術者であるI教授と補助的な術者であるM
及び被告E医師との間で,亡Fに開頭手術を実施することの当否や,
術後にブロモクリプチンの投与ができることを前提にしてどの程度腫
瘍を摘出すべきかなどについて再度検討した事実を認めることはで
きないから,被告E医師の上記供述を採用することはできない。
     c R医師は,血中プロラクチン値の検査結果が判明する前に開頭手術が
決定されたことにつき,頭部MRI検査で,亡Fの疾患が下垂体腺腫で
あることが判明し,腫瘍伸展度も把握できているので,その腫瘍がプ
ロラクチンを産生しているか否かによって,視力を救うために早急に
開頭による可及的多量腫瘍摘出を行うという治療方針及び手術方法
は変わらなかったであろうと指摘している(R鑑定)。
       しかしながら,R医師の上記見解が正しいと認めるべき根拠が必ずしも
十分でないほか,医師がプロラクチン産生腺腫の確定診断に基づい
て治療方法を慎重に検討し,実施予定の治療方針を立てる必要があ
るのは,患者の疾患(病名と病状)に応じて治療方針が異なる可能性
があるという理由からだけではなく,その慎重な検討の過程及び検討
結果が,実施予定の治療行為を受けるか否かを熟慮し,決断するた
めに患者に対して提供されるべき重要な情報の内容(説明内容)の
前提にもなるからである。
       そうすると,亡Fの腫瘍がプロラクチンを産生しているか否かによって治
療方針が変わらない可能性があることをもって,被告E医師において
確定診断に基づいて治療方法を慎重に検討しなかったことが正当化
されるものではないというべきである。
 (イ) 被告E医師が,原告Aに対し,①6月26日,亡Fの疾患については下垂
体腺腫が疑われること,その治療方法としては,右前頭側頭開頭手術
による減圧が必要であること,左眼の視力の回復は困難であるが,右
眼の視力の温存が開頭手術の目的であること,開頭手術により,視野
の回復は少し期待できること,開頭手術の合併症として,麻酔による合
併症,再出血,痙攣,脳浮腫,感染,尿崩症,内分泌異常,精神症状の
発生する危険性があることを説明し,②6月30日,開頭手術後に眼球
運動障害が起こる可能性があることを説明したことは前記認定のとおり
であり,前記認定事実及び証拠(乙2)によれば,原告らは,6月30日
には,亡Fに本件開頭手術を行うことについて同意をしたものと認めら
れる(原告Aが6月23日にI教授による執刀を希望したのは,被告E医
師から,その前日に,亡Fの疾患について頭蓋咽頭腫が最も疑われる
という前提で,頭蓋咽頭腫の場合は開頭手術が必要になるとの説明を
受けたことによるものであるから,開頭手術を行うという治療方法が採
用された場合の執刀医に関する希望にすぎないというべきであり,原告
Aが6月23日時点で開頭手術の実施を希望し又は同意したものと解す
ることはできないというべきである。)。
      しかし,上記各説明は,亡Fの疾患が未確定の段階における説明であり,
原告らの上記同意を得るまでの間には,亡Fの確定的かつ正確な病名
及び病状の説明はなされなかったものである。また,上記各説明の時
点において開頭手術をすべきとした医師の治療方針は,未確定で不十
分な病状の把握を前提にして立てられたものであるから,開頭手術の
必要性などの重要な説明の内容も,プロラクチン産生腺腫の確定診断
を前提にする場合と比較して,不十分ないし不正確なものであるといわ
なければならない。
      さらに,被告E医師は,下垂体腺腫の代替的治療方法である経蝶形骨洞
手術の内容,利害得失,予後等について何ら説明をしなかったもので
あるばかりか,プロラクチン産生腺腫の確定診断がなされていなかった
ために,代替的治療方法として亡Fに対して適応可能性があり,少なく
とも検討に値するブロモクリプチンによる薬物療法の内容,利害得失,
予後等についても説明をしなかったものである。
      そうすると,原告らが6月30日にした本件開頭手術の実施に対する上記
同意は,医師による必要な説明を欠いた状態でなされたものであるか
ら,本件開頭手術は,原告らの十分な同意がないままに実施されたも
のであるというべきである。
    (ウ) 以上のとおり,亡Fの主治医である被告E医師は,血中プロラクチン値
の測定を含む下垂体ホルモンの内分泌検査を怠り,速やかになすべき
プロラクチン産生腺腫の確定診断を遅らせ,未確定で不十分な病状の
把握を前提に開頭手術を実施するという治療方針を立て,プロラクチン
産生腺腫の確定診断に基づく治療方針の再検討を行わなかったばかり
か,亡Fの治療に関して説明義務を負う相手方である原告らに対し,実
施予定の治療行為である開頭手術を受けるか否かを熟慮し,決断する
前提として必要な説明をせず,必要な説明を前提とした同意を得なかっ
たものであり,治療方法の選択,決定段階における医師の注意義務に
違反した過失があるというべきである。
 (8) 術後脳梗塞の発見,治療上の注意義務違反の有無(争点(5)エ)について
   ア 原告らは,本件開頭手術の翌日の7月8日,亡Fには左下肢の運動麻痺の
徴候が窺われ,同日のCT所見で右視床部の梗塞巣及び右脳の腫脹が
認められたため,脳梗塞を疑って脳浮腫を改善する投薬等の治療を開始
すべきであったにもかかわらず,被告病院の医師はこれを開始しなかった
と主張する。
     証拠(証人M,被告E医師本人,R回答書,R鑑定)によれば,7月8日午前
11時30分ころに実施されたCT検査所見上認められる右視床部に発生し
た小梗塞巣は,手術操作によって腫瘍後壁に接している穿通枝動脈が過
度に伸展され,血流が低下したために生じたものであるが,この部分の支
配血管は後交通動脈又は後大脳動脈からの細い穿通枝動脈であるか
ら,右中大脳動脈領域の脳梗塞の前駆症状ではないこと,同日のCT検
査所見上認められる右大脳半球の軽度腫脹は,その後24時間以内に意
識障害と明らかな片麻痺が出現していないことから,手術により右前頭葉
が圧排されたために生じたものであり,右中大脳動脈領域の脳梗塞の徴
候ではないことが認められる。
     また,本件開頭手術直後から,左膝の膝立てがやや緩慢であるとの所見が
認められているが(前記認定),R医師は,全身麻酔により脳の働きが一
時的に低下された状態下で脳を長時間圧迫すると,稀に,軽度の片麻痺
などの一時的な脳機能低下症状が出現するが,その症状は手術直後が
最も強く,遅くとも手術から24時間後にはほぼ消失するものであり,その
治療には脳圧降下剤やステロイド剤が投与されると述べていること(R回
答書,R鑑定)に照らせば,上記所見は,本件開頭手術後の一時的な脳
機能低下症状であると解される。そして,前記認定のとおり,7月8日のC
T検査実施後,脳浮腫改善剤であるソルメドロール(ステロイド剤)の継続
投与が開始されたことに照らせば,手術後の一時的な脳機能低下症状に
対する治療は適切に行われたものと解すべきである。
     そうすると,7月8日時点においては,右中大脳動脈領域の脳梗塞に対する
発見,治療の遅れがあったとは認められず,本件開頭手術後の一時的な
脳機能低下症状に対する治療も適切に行われていたものであり,被告病
院の医師の注意義務違反を認めることはできない。
   イ 原告らは,7月9日午後2時ころには,亡Fに左半身麻痺の徴候が認められ
たから,この段階で脳梗塞の診断及び薬物治療を行うべきであったにも
かかわらず,被告病院の医師はこれを怠ったため,翌10日の正午過ぎま
で治療の開始が遅れたと主張する。
     7月9日午後2時ころに,亡Fの左手の握手が弱く,左膝の膝立てができな
かったことは前記認定のとおりであるところ,証拠(R証言,R回答書,R鑑
定)によれば,上記症状は,本件開頭手術直後には見られなかったもので
あり,これまでの症状より明らかに重いから,手術後の一時的な脳機能低
下症状ではなく,新たに左下肢の運動麻痺が生じたものであると認められ
る。
     そこで,被告病院の医師は,亡Fの左下肢の運動麻痺の症状を直ちに把握
し,右側の頭蓋内に異変が起こったことを予想して必要な検査を直ちに行
い,脳梗塞の徴候が認められた場合には速やかに適切な治療を開始す
る必要があるというべきである(仮に,下垂体腺腫の手術後の合併症とし
て脳梗塞が発生する事態が極めて稀であるため,脳梗塞の発生を予見す
ることが困難であるとしても,本件開頭手術は右前頭側頭の開頭により右
視神経や右内頸動脈の部位を中心に行った手術であるから(前記認定),
医師としては,遅くとも左下肢の運動麻痺が認められた時点以後は,右側
の頭蓋内に異変が起きたことを予想し,これに対処する必要があるといわ
なければならない。)。
     それにもかかわらず,前記認定事実及び証拠(乙2,R証言,R鑑定)によれ
ば,CT検査が実施されたのは翌10日午前10時45分ころであり,CT検
査所見により右中大脳動脈領域に脳梗塞が発生したことが判明した後の
同日午後零時ころからは,グリセオール,脳浮腫改善剤であるリンデロン
及び脳血管攣縮の治療薬であるフサンの投与が行われたことが認められ
るものの,それまでの間に左下肢の運動麻痺に対する治療が行われたこ
とを認めるに足りる証拠はない。
     したがって,亡Fの主治医である被告E医師には,7月9日午後2時時点で
の脳梗塞の診断のための検査を怠り,脳梗塞の治療の開始が7月10日
午後零時ころまで遅れたという,本件開頭手術後の脳梗塞の発見,治療
上の注意義務を怠った過失があるというべきである。
   ウ 原告らは,7月12日午後7時には,亡Fの明らかな意識状態の悪化,脳梗
塞巣の拡大が認められたものであるから,この時点でCT検査を行い,梗
塞巣の拡大を確認し,直ちに減圧開頭手術を行うべきであったにもかか
わらず,被告病院の医師がこれを怠ったため,翌13日まで観察,診断,
治療が遅れたと主張する。
     前記認定によれば,亡Fは,7月12日午後2時30分ころ及び同日午後6時
ころには,原告Aと会話をしていたものの,同日午後7時50分ころには,
呼名され,開眼を促されても,右眼を開眼するのみであり,この時点で脳
梗塞の悪化による意識状態の低下の症状が現れていたこと,翌13日午
前9時30分ころには,JCS分類で意識レベル100の半昏睡の意識状態
にまで低下し,CT検査の結果,著明な脳浮腫と右から左への正中偏位が
認められたため,同日午前11時30分ころ,右中大脳動脈領域の術後脳
梗塞による外減圧開頭手術の実施が急きょ決定されたこと,同日午後1
時30分ころから同手術が行われたことが認められる。
     R医師は,開頭手術後の脳圧亢進に対して減圧開頭手術を行うひとつの指
標は,24時間以上にわたる薬物治療が無効で,CT所見及び意識状態が
悪化した時点であると述べているところ(R回答書,R鑑定),脳梗塞は,そ
れにより死滅した脳組織そのものは回復しないという重大な結果をもたら
すこと(R証言)に照らせば,少なくとも,外減圧開頭手術を実施するかどう
かを決めるための検査や診断は,24時間以上にわたる薬物治療が無効
で,CT所見及び意識状態が悪化した時点で直ちに行う必要があると解す
べきである。
     そうすると,7月10日午後零時ころから脳梗塞に対する薬物治療が行われ
ていたにもかかわらず,7月12日午後7時50分ころには意識状態の低下
が認められたものであるから,その時点で直ちにCT検査を実施し,中大
脳動脈領域の脳梗塞の悪化の有無及び程度を観察し,投薬治療を継続
するか,外減圧開頭手術を実施するかの判断をする必要があったにもか
かわらず,亡Fの主治医である被告E医師は,これを怠ったというべきであ
る。
     そして,R医師は,7月12日夜が外減圧開頭手術の実施を考慮すべき最初
の時期であった,この時点でCT検査所見上に梗塞巣の拡大を確認すれ
ば外減圧開頭手術を行うべきであったなどと述べていること(R回答書,R
鑑定),7月13日のCT検査の実施から間もなく,外減圧開頭手術が実施
されたこと(前記認定)を併せて考慮すれば,仮に,7月12日午後7時50
分ころの意識状態の低下が認められた段階でCT検査を実施していたとす
れば,直ちに外減圧開頭手術を行う必要があると判断された可能性は高
かったというべきであるから,被告E医師がこの時点でCT検査をするなど
の脳梗塞の観察,診断を行わなかったことにより,外減圧開頭手術の実
施も遅れたものと解するのが相当である。
     したがって,被告E医師には,7月12日午後7時50分時点で脳梗塞の検査
や診断を怠り,外減圧開頭手術の実施が遅れたという,本件開頭手術後
の脳梗塞の治療上の注意義務を怠った過失があるというべきである。
 5 被告事業団の責任
   被告E医師の過失は,前記のとおり,治療方法の選択,決定段階における過
失と本件開頭手術後の脳梗塞の発見,治療上の過失であるところ,これらは,
被告E医師が被告事業団の業務の執行中に引き起こしたものであるから,被
告E医師を使用する被告事業団には,不法行為上の使用者責任があるという
べきである。
6 被告E医師の過失と亡Fの死亡の結果との間の因果関係
   前判示のとおり,被告E医師には,治療方法の選択,決定段階における過失と
本件開頭手術後の脳梗塞の発見,治療上の過失(7月9日時点及び7月12日
時点の各過失)が認められるところ,それぞれの過失と亡Fの死亡の結果との
間の因果関係が認められるか否かを検討する必要がある。
  (1) 脳梗塞の発見,治療上の過失と亡Fの死亡との間の因果関係について
    まず,亡Fの死因が脳梗塞後の頭蓋内圧亢進に起因すること(前記認定)か
ら,脳梗塞の発見,治療上の過失と亡Fの死亡との間の因果関係について
検討する。
   ア 前記認定事実及び証拠(証人S,R証言,R鑑定)によれば,亡Fは,外減
圧開頭手術後,一時的にJCS分類で意識レベル10程度の意識状態にま
で回復したものの,同手術後3日目には,JCS分類で意識レベル100な
いし200程度の深昏睡の状態に再び悪化し,頭蓋内圧亢進も認められた
こと,そのため,バルビツレート療法が開始されたが,同療法により,長期
間にわたる気管内挿管を余儀なくされるうえ,免疫抑制作用により,口腔
内,上気道,肺感染の頻度が極めて高かったところ,亡Fは肺炎に罹患
し,MRSAに感染し,さらにはDICの発症を併発したこと,亡Fは,これら
により生体防御機能が著しく低下した状態下において,急性の頭蓋内圧
亢進により,呼吸不全及び循環不全をきたし,死亡したことが認められ
る。また,R医師は,7月12日の時点で外減圧開頭手術が実施されてい
た場合,亡Fに軽い麻痺や知能の低下が見られたとしても,歩いたり,名
前を正答できる程度には回復する可能性があったこと(R証言)を述べて
いる。
     これらの事実を総合考慮すれば,7月12日の時点で外減圧開頭手術が速
やかに行われていたとすれば,本件のような意識レベルの低下をたどるこ
とはなかったし,感染症への罹患を回避できたり感染症の症状が軽減さ
れていた可能性が高かったというべきであり,7月12日午後7時50分時
点で脳梗塞の検査や診断を怠り,外減圧開頭手術の実施が遅れたという
被告E医師の過失と,亡Fの死亡との間には因果関係が存在するというべ
きである。
   イ これに対し,前記認定によれば,7月9日午後2時時点で術後脳梗塞の発
見,治療が遅れたものの,翌10日午後零時ころからは薬物療法が実施さ
れ,7月12日午後6時ころまでは,亡Fの意識状態は辛うじて保たれてい
たと認められ,外減圧開頭手術後の亡Fの病状の上記経過を併せて考慮
すれば,7月9日午後2時時点での脳梗塞の発見,治療上の過失と亡Fの
死亡との間の因果関係を認めることは困難である。
  (2) 治療方法の選択,決定段階における過失と亡Fの死亡との間の因果関係に
ついて
   ア 本件においては,本件開頭手術が実施されたことにより,術後脳梗塞が発
生し,その後,脳梗塞の検査や診断を怠り,外減圧開頭手術の実施が遅
れたという被告E医師の過失を経て,亡Fを死亡させるに至ったものであ
るから,本件開頭手術の実施が亡Fの死亡の根本的な原因となった行為
であるといわざるを得ない。
     すなわち,前判示のとおり,本件開頭手術の手術操作上の注意義務違反
は認められないとしても,本件開頭手術を選択し,実施していなければ,
上記の経過をたどって亡Fが死亡することもなかったというべきである。
   イ 平成4年当時,下垂体腺腫に対する手術の多くは経蝶形骨洞法によるもの
であったこと,本件のような大型で浸潤性のプロラクチン産生腺腫に対し
ても経蝶形骨洞法の適応を肯定する見解が存在したこと,身体に対する
外科的侵襲を伴わないブロモクリプチンによる薬物療法を第1次的に行う
という見解も存在したこと,開頭手術は,麻酔による合併症,再出血,痙
攣,脳浮腫,感染,尿崩症,内分泌異常,精神症状や,眼球運動障害とい
う重篤な後遺障害を発生させる危険性のある治療方法であること(被告E
医師本人)は,前記認定のとおりである。これらの事実に加えて,原告A
は,6月22日に被告E医師から開頭手術の必要があるとの説明を受けて
ショックを受け,書店で文献を調べたり,知人に相談したりしたものであり
(前記認定),開頭手術を受けることについて必ずしも積極的な姿勢では
なかったこと(原告AがI教授による執刀を希望したのは,頭蓋咽頭腫が最
も疑われ,その場合に開頭手術が必要になるとの説明を受けた後のこと
であるから,原告Aの開頭手術の実施に対する積極性を示す行為ではな
い。),原告らがいずれも医師であり,開頭手術の必要があるとの説明を
受けたその日のうちに,I教授が開頭手術の権威であるとの情報を知人か
ら得ていたことからみても,代替的治療方法の説明を受けていれば,その
治療方法を実施している医療機関などについて自ら調査する意欲と能力
を有していたといえること,さらには,その場合には,亡Fに別の医療機関
を受診させる可能性があったといえることなどの事情を併せて考慮すれ
ば,確定的かつ正確な病名及び病状の説明がなされ,それを前提にし
て,開頭手術以外の代替的治療方法である経蝶形骨洞手術やブロモクリ
プチンによる薬物療法の内容,利害得失,予後等の説明がなされていた
とすれば,原告らは,本件開頭手術に同意するのではなく,他の希望を申
し出た可能性は多分にあったというべきであり,亡Fの死亡の根本的な原
因となった本件開頭手術の実施が避けられた可能性は十分にあったとい
うべきである。
   ウ そうすると,被告E医師の治療方法の選択,決定段階における過失と亡F
の死亡との間には因果関係が存在するというべきである。
 7 損害について
  (1) 亡Fの損害
ア 逸失利益      4470万2206円
     亡Fは,死亡当時17歳の高校2年生であった。したがって,亡Fの逸失利益
については,平成4年賃金センサス全労働者全年齢平均賃金469万71
00円を基礎収入とし,生活費控除率を45パーセントとし,就労可能期間
を高校卒業時の18歳から67歳までの49年間とし,5パーセントのライプ
ニッツ方式により中間利息を控除して算出するのが相当である。なお,ラ
イプニッツ係数については,亡Fの死亡時から67歳までの50年の係数よ
り,亡Fの死亡時から高校卒業時までの1年の係数を引いて,本件におい
て亡Fに適用するライプニッツ係数とした。
     そうすると,亡Fの逸失利益は,以下の計算式のとおり,4470万2206円
(円未満切捨て)となる。
  (計算式)
   469万7100円×(1-0.45)×(18.2559-0.9523)=4470万2206円(円未満切捨て)
   イ 死亡慰謝料     2000万円
     以上の認定事実及び本件にあらわれた諸事情を総合考慮すれば,亡Fの
被った精神的苦痛に対する慰謝料は2000万円をもって相当であると判
断する。
   ウ 相続
     本件において,亡Fが被った損害は,6470万2206円であるところ,前記
認定によれば,原告らは,亡Fの損害賠償請求権を法定相続分各2分の
1の割合で相続したと解されるから,原告らが相続により取得した損害賠
償請求権は,それぞれ3235万1103円となる。
  (2) 葬儀費用        100万円(各50万円)
    弁論の全趣旨によれば,原告らは亡Fの葬儀費用を支出したと解されるとこ
ろ,本件事件と相当因果関係のある葬儀費用としては,100万円(それぞれ
50万円)と認めるのが相当である。
  (3) 弁護士費用       700万円(各350万円)
    本件訴訟の難度,審理期間,審理の内容,認容額等を勘案すると,本件事
件と相当因果関係のある弁護士費用としては,700万円(それぞれ350万
円)と認めるのが相当である。
  (4) 損害額合計
    以上合計すると,原告らの損害額の合計は,それぞれ3635万1103円とな
り,被告事業団は,原告らに対し,上記各金員を支払う義務を負う。
  (5) 原告らは,被告E医師に対しては,上記損害のうち,被告E医師の不法行為
に基づいて慰謝料各1000万円の支払(被告事業団と連帯しての支払)を
請求するものであるから,被告E医師は,原告らに対し,慰謝料として,被告
事業団と連帯してそれぞれ1000万円を支払う義務を負うというべきであ
る。
 8 結論
   以上によれば,原告らの請求は,以下の限度でそれぞれ理由があるが,被告
事業団に対するその余の請求はいずれも理由がない。
 (1) 原告Aが,被告事業団に対し,3635万1103円(ただし,1000万円の限
度で被告E医師と連帯して)及びこれに対する亡Fの死亡の日である平成4
年8月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の
支払を求める限度。
 (2) 原告Bが,被告事業団に対し,3635万1103円(ただし,1000万円の限
度で被告E医師と連帯して)及びこれに対する亡Fの死亡の日である平成4
年8月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の
支払を求める限度。
 (3) 原告Aが,被告E医師に対し,被告事業団と連帯して1000万円及びこれ
に対する亡Fの死亡の日である平成4年8月8日から支払済みまで民法所定
の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度。
 (4) 原告Bが,被告E医師に対し,被告事業団と連帯して1000万円及びこれ
に対する亡Fの死亡の日である平成4年8月8日から支払済みまで民法所定
の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度。
   なお,仮執行免脱宣言の申立てについては,相当でないからこれを付さないこ
ととする。
 (口頭弁論終結日 平成15年3月13日)
福岡地方裁判所小倉支部第3民事部
     裁判長裁判官杉  本  正  樹
        裁判官山 田 真依子
裁判官田村政巳は,転補のため署名押印することができない。
     裁判長裁判官 杉  本  正  樹

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