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平成20年2月8日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成18年第255号損害賠償請求事件
口頭弁論終結の日・平成19年12月7日
判決
主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告らは,原告Aに対し,各自,金550万円及びこれに対する平成17年
9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは,原告Bに対し,各自,金550万円及びこれに対する平成17年
9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告らは,原告有限会社Jに対し,各自,金337万0405円及びこれに
対する平成17年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
略語は,別紙略語一覧表のとおりであり,各地点の名称等は,別紙本件現場
見取図の記載による。また,日付及び時刻は,特に記載のない限り,それぞれ
平成17年9月及び同月6日のものである。
本件は,台風14号が中国地方に接近した際,本件災害に遭った原告Aら及
び原告Aらの乗車していた本件車両の所有者である原告会社が,
1(1)被告国の管理所ないし所長としては,温井ダムから放流する際に太田川の
下流域が増水するおそれのある場合には,その放流に先立ち,適時,サイレ
ンを吹鳴すべき義務があったのにこれを怠り,本件現場近くのサイレンを吹
鳴せずに温井ダムから放流した
(2)被告県としては,
ア本件県道を適時交通規制すべき義務があったのにこれを怠り,原告A
らが本件車両で進入するまでに,その交通規制をしなかった
イ本件県道を交通規制するのに先立ち,要救助者の存否を確認し,要救
助者がいれば救助すべき義務があったのにこれを怠り,要救助者の存否す
ら確認せず,漫然と本件県道を交通規制した
(3)被告市としては,
ア本件現場近くの住民,通行人等に対し,その覚知することのできる手
段により,台風14号の接近に伴う大雨等で太田川が増水するおそれを周
知すべき義務があったのにこれを怠り,そのような周知をしなかった
イ本件県道を適時交通規制すべき義務があったのにこれを怠り,原告A
らが本件車両で進入するまでに,その交通規制をしなかった
ことにより,
2(1)原告Aらにおいては,救助されるまでの間,死の恐怖を感じ続ける精神的
苦痛を被った
(2)原告会社においては,本件車両が毀損された上,代わりの車両を入手する
までの間,本件車両で営業していれば得られたはずの利益を失った
として,
3(1)被告国に対しては,国家賠償法1条1項又は民法715条1項本文による
損害賠償請求権に基づき,
(2)被告県に対しては,国家賠償法1条1項による損害賠償請求権に基づき,
(3)被告市に対しては,国家賠償法1条1項又は2条1項による損害賠償請求
権に基づき,
各自,
4(1)原告Aらにおいては,各々,慰謝料500万円及び弁護士費用50万円並
びにこれらに対する不法行為の後の日である平成17年9月7日から支払済
みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
(2)原告会社においては,本件車両及びこれに積載されていた設備等の毀損に
よる損害金167万0405円,逸失利益140万円及び弁護士費用30万
円並びにこれらに対する前記(1)と同様の遅延損害金
の支払を求めている事案である。
第3基礎となる事実(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。)
1当事者等
(1)原告ら(弁論の全趣旨)
原告会社は,タクシー営業を行っている特例有限会社であり,原告Aらは,
いずれも原告会社にタクシー乗務員として勤務している者である。
(2)被告ら
ア被告国(乙7,8,弁論の全趣旨)
被告国は,河川事務所により,太田川等について,住民の生命や財産を
洪水から守るための治水等を行うとともに,管理所により,太田川の支川
である滝山川の中流部にある温井ダム,及び温井ダムからの放流に際して
鳴らすサイレンを管理しているものである。
イ被告県(弁論の全趣旨)
被告県は,本件現場を通る下佐東線を設置し,道路交通法4条1項に基
づき,危険を防止するなどのため必要があるときは,公安委員会により,
その交通を規制する権限を有するものである。
ウ被告市(弁論の全趣旨)
被告市は,本件現場を通る下佐東線を管理し,道路法46条1項に基づ
き,その通行を禁止し又は制限する権限を有するものである。
2太田川の概況等
(1)太田川の概況(乙7,弁論の全趣旨)
太田川は,冠山に水源を発し,途中柴木川,筒賀川,滝山川,丁川,水内
川,西宗川,吉山川,鈴張川等の支川を集めて流下し,広島市安佐北区可部
付近で根谷川及び三篠川を合流し,広島平野を南南西に流れて瀬戸内海に注
ぐ,広島県を流れる一級河川である。
(2)温井ダムの概要(乙3,8)
温井ダムは,太田川の総合開発の一環として,太田川水系滝山川の広島県
山県郡安芸太田町地先に建設された特ダム法2条1項に基づく多目的ダムで
あり,洪水調節,流水の正常な機能の維持を図り,水道用水の供給及び発電
をその用途とするものである。
(3)本件現場及びその付近の地理(甲14,15,乙9,丙4ないし6,8,
丁5,16,証人C,弁論の全趣旨)
本件現場は,別紙温井ダム下流域図の丸囲みの部分に位置しており,その
詳細な地理は,別紙本件現場見取図のとおりである。
このうち,②地点(養魚場魚碑先)付近については,可部署において,管
内66の洪水危険箇所のうち「国交省指定AA」という最も危険性が高い7
箇所のうちの一つとして把握されていた一方,本件県道については,洪水危
険箇所とされておらず,冠水により交通の支障が生じたこともなかった。
3サイレン及び立札について
(1)法令の定め(乙1ないし3)
特ダム法32条1項は,多目的ダムによって貯留された流水を放流するこ
とによって流水の状況に著しい変化を生ずると認める場合において,これに
よって生ずる危害を防止するため必要があると認めるときは,あらかじめ,
関係都道府県知事,関係市町村長及び関係警察署長に通知するとともに,一
般に周知させるため必要な措置をとらなければならないと定めている。
これを受けた施行令18条は,関係都道府県知事,関係市町村長及び関係
警察署長への通知の方法として,流水を放流する日時のほか放流量又は放流
により上昇する下流の水位の見込みを示して行わなければならないと定め,
一般への周知の方法として,立札による掲示を行うほか,サイレン,警鐘,
拡声器等により警告しなければならないと定めている。
そして,施行規則8条は,施行令18条に規定する立札による掲示は,別
紙立札様式図の例により行うものとすると定めるとともに,サイレンによる
警告の方法は,サイレンの吹鳴約1分と休止とを適宜の時間継続して繰り返
すものと定めている。
(2)温井ダムのサイレン及び立札について
アサイレンについて(乙4ないし6)
温井ダムの下流には,別紙温井ダム下流域図のとおり,全部で41か所
の警報所にサイレンが設置されており,本件現場付近では,③地点(安佐
北大橋西詰)にほど近い柳瀬第一警報所と⑤地点(③地点から下佐東線を
八木方面へ約600m進んだ地点)付近とに設置されている(以下,この
2つのサイレンを「本件サイレン」という。)。
操作規則26条並びに操作細則8条,9条2項及び10条2号は,操作
細則6条1項に規定する基準を超えて放流するとき等,所長が,ダムから
放流を行うことにより流水の状況に著しい変化を生ずると認める場合にお
いて,これによって生ずる危害を防止するため必要があると認めるときは,
一般に周知させるため,その放流により各警報所地点の水位が上昇すると
予想される約30分前にサイレンの吹鳴を行うものとしている。
上記各規定を受けて定められた実施要領には,警報を行う範囲として,
管理所から加計第4警報所まで(8警報所)の警報範囲1,管理所から坪
野第5警報所まで(17警報所)の警報範囲2,及びダム管理所から可部
第3警報所まで(全41警報所)の警報範囲3の3つが定められており,
この警報範囲は,警報開始時点から30分後及び40分後における各ダム
目標放流量と,警報開始時点における加計地点の河川流量との相関関係に
基づき,下記のとおり,定められている。

条件a:(警報開始時点から40分後のダム目標放流量)×(警報開始
時点の30分後から10分間のダム目標放流量の増加量)
条件b:警報開始時点の加計地点の河川流量
条件b
5.6以上10以上30以上50以上70以上
∼1611111
条∼2521111
件∼4131111
a∼6632111
∼8333111
(注)表は抜粋である。
イ立札について(甲1,乙8,弁論の全趣旨)
温井ダム下流のサイレンの付近,河川利用者が河川に進入する際に通過
する場所等には,温井ダムの直下流にある大平橋付近から安佐北区可部南
にある太田川橋付近までの43カ所に,施行令18条に基づく掲示のため
の立札が設置されており(以下,これらの立札を「本件立札」という。),
本件現場付近では,柳瀬第一警報所付近に設置されている。
本件立札の体裁は,施行規則8条の様式第五の例によるもので,「とき
どきダムに貯まった水を流し,この川の水が急に増えることがありますか
ら注意して下さい。」「ダムに貯まった水を流すときは,≪中略≫サイレ
ンや放送などで知らせますので,そのときには,危険ですから河原に降り
ないで下さい。」「あぶない!サイレンがなったら川から上がろうね!!」
などと記載されている。
4台風14号による大雨,これに対して関係各機関が採った措置等
(1)台風14号による大雨
ア概況(弁論の全趣旨)
台風14号は,3日から7日にかけて,秋雨前線とあいまって,中国,
四国及び九州地方に大雨をもたらした。その接近に伴い,中国地方でも,
4日から雨が降り始め,6日から7日にかけては,広島県西部から山口県
東部を中心に大雨となった。
気象庁の発表によると,6日,中国地方では,合計13か所の雨量観測
所において過去の日降水量の最高記録を更新し,広島県西部でも,1時間
に30mm以上の激しい雨が4時間から6時間にわたって降り続いたため,
廿日市津田(346mm),安芸太田町内黒山(298mm)及び安芸太田町
加計(229mm)の各雨量観測所で過去最高の日降水量を記録した。
イ太田川流域の雨量(乙12,丁4,弁論の全趣旨)
中国地方整備局設置の雨量観測所の記録によると,太田川流域における
6日午後6時から7日未明までの6時間雨量は昭和47年7月の洪水時の
100mmを超える147mmで,このような大雨は130年に1回の確率で
発生する程度のものであった。また,上記記録によると,4日の降り始め
から7日までの総降水量の平均は300mmを超えており,昭和18年9月
及び昭和47年7月の各洪水時に優るとも劣らないものであった。
本件現場よりも上流に設置された上記雨量観測所の記録によると,最大
時間降水量,6日の日降水量及び4日から7日までの総降水量の概要は,
次表のとおりであるが,このうち数値に下線を付した6日の日降水量は,
観測史上最高のものであった(なお,これらの雨量観測所の設置場所は,
別紙太田川流域図のとおりである。)。
雨量観測所最大時間降水量日降水量総降水量
(括弧内は設置場所)(括弧内は記録時間)
松原(温井ダム上流)33mm(6日午後7時)259mm339mm
雄鹿原(温井ダム上流)31mm(6日午後7時)209mm291mm
筒賀(筒賀川)41mm(6日午後6時)339mm436mm
溝口(丁川)30mm(6日午後11時)181mm264mm
加計(太田川本流)43mm(6日午後7時)229mm312mm
大谷(水内川上流)54mm(6日午後10時)399mm496mm
湯来(水内川)43mm(6日午後10時)292mm390mm
七曲(西宗川)37mm(6日午後11時)198mm307mm
戸山(吉山川)49mm(6日午後11時)279mm372mm
鈴張(鈴張川)43mm(4日午後3時)160mm290mm
飯室(太田川本流)44mm(6日午後11時)169mm260mm
(2)台風14号接近時の温井ダムの流入量及び放流量等(乙12ないし14,
弁論の全趣旨)
台風14号接近時の温井ダムの流入量及び放流量は,別紙事実関係一覧表
のとおりである。
また,台風14号の接近時に,本件現場から最も近い上流の雨量観測所で
ある飯室観測所で観測された太田川の水位及び流量並びに雨量は,別紙事実
関係一覧表のとおりである。
(3)台風14号の大雨に対する関係各機関の措置等(乙1ないし6,丙1ない
し3,7,丁2,3,9,10,14,15,証人D,弁論の全趣旨)
台風14号の大雨に対する関係各機関の措置等は,別紙事実関係一覧表の
とおりであるが,本件と関連する主なものは,次のとおりである。
ア管理所は,6日午後3時ころ,温井ダムから,流水の状況に著しい変化
を生ずると認める放流を行うことを決め,施行令18条に基づき,関係各
機関に対し,その旨を通知する(以下「本件放流通知」という。)ととも
に,実施要領に基づき,午後3時30分ころから午後4時06分ころまで
に,警報範囲1のサイレンを吹鳴した。
イ河川事務所は,6日午後8時45分ころ,被告市の対策本部に対し,飯
室観測所の水位が危険水位の6.60mを超えて8.0mまで上昇すると
予想されるため,左岸21K地点等4箇所が浸水するおそれがあるとの情
報(以下「本件冠水予告」という。)を電話で伝え,午後9時02分ころ
には,同じ情報をファックスで伝えた。
ウ可部署警備本部は,6日午後10時21分ころ,県警本部から,②地点
付近の道路が冠水しているという災害通報(以下「本件災害通報」とい
う。)を午後10時15分ころに受理したとの指令を受け,午後11時こ
ろ,警察官2名を派遣した上,午後11時50分ころから,③地点で下佐
東線の交通規制をした。
5本件災害のあらまし(甲1,丙3,9,丁1,5,弁論の全趣旨)
原告Aは,6日午後5時ころから,①地点(安佐北大橋東詰)付近の河原に
止めていた車の中で寝ていたが,その後に目を覚ました際には,川水が増え,
車を動かそうとしてもエンジンが掛からなくなっていた。
原告Bは,同日夜ころ,本件車両で,①地点付近の土手上にいた原告Aを迎
えに行き,可部中心部へ向かおうと,②地点付近まで宇津可部線を進んだが,
その先の道路が冠水していた。そこで,原告Aらは,宇津可部線を安佐北大橋
方面へ戻って安佐北大橋を渡り,③地点で左折して下佐東線を八木方面へ進ん
だが,④地点(養魚場南東向かい)から先の道路が冠水しており,本件車両の
エンジンが止まって水が車内へ入ってくる状態となった。
原告Aらは,本件車両の外へ出て,安佐北大橋へ戻ろうとしたが,最終的に
は,⑤地点で,山肌沿いに設置された落石防止用の金網につかまり,法面の段
を上ったところで身動きが取れない状態となった。
その後,水位が下がり濁流の勢いが衰えてきたため,原告Aらは,安佐北大
橋方面へ進み,7日午前2時30分ころ,③地点付近で交通規制中の警察官2
人から安否確認をされるなどした。本件車両は,警察官1人と確認に赴いた原
告Bにより,⑥地点(養魚場のほぼ東向かい)付近で発見された。
第4争点
1被告国の責任原因
(1)管理所ないし所長において,温井ダムからの放流に伴い,本件現場近くで
太田川が増水するおそれがあった以上,本件サイレンを吹鳴すべき義務があ
ったのにこれを怠ったか。
(2)管理所ないし所長が本件サイレンを吹鳴しなかったことにより,原告Aら
が本件災害に遭ったか。
2被告県の責任原因
(1)ア被告県において,本件県道を適時交通規制すべき義務があったのにこれ
を怠ったか。
イ被告県において,本件県道の交通規制に先立ち,要救助者の存否を確認
し,要救助者がいればその者を救助すべき義務があったのにこれを怠った
か。
(2)被告県が上記(1)アないしイの各義務を怠ったことより,原告Aらが本件災
害に遭ったか。
3被告市の責任原因
(1)ア被告市において,原告Aらを含めた本件現場近くの住民,通行人等に対
し,台風14号の接近に伴う大雨等で太田川が増水するおそれを周知すべ
き義務があったのにこれを怠ったか。
イ被告市が,本件県道を適時交通規制すべき義務があったのにこれを怠っ
たといえるか。
(2)ア被告市が原告Aらを含む本件現場近くの住民,通行人等に対し,その覚
知し得る手段により,台風14号の接近に伴う大雨等で太田川が増水する
おそれを周知しなかったことにより,原告Aらが本件災害に遭ったか。
イ被告市が本件県道を交通規制しなかったことにより,原告Aらが本件災
害に遭ったか。
4損害の発生及びその数額
第5争点に対する各当事者の主張
1被告国の責任原因(争点1)について
(1)原告らの主張
ア管理所ないし所長の義務違反
(ア)義務の一般的内容−サイレンに対する広島市民の認識
広島市民は,太田川の水難に何度も襲われた歴史や生活環境のすぐ近
くに河川があること等により,河川の安全確保に対する意識が高く,本
件立札を読んで,ダムからの放流がある前には必ずサイレンが鳴るとい
う認識を抱いていた。このような認識は,台風14号の通過後に被告国
が実施した説明会における住民の発言等からも裏付けられる。
管理所ないし所長としては,このような認識が広島市民にある以上,
行政法上の一般法理である信頼保護ないし禁反言の原則に基づき,温井
ダムからの放流で直接太田川が増水するおそれのある場合はもとより,
温井ダムからの放流と他の支流からの流水とがあいまって太田川が増水
するおそれのある場合にも,沿岸の住民ないし通行者のためサイレンを
吹鳴すべき義務があった。
(イ)本件時の具体的義務の内容と管理所ないし所長の不作為
a温井ダムからの放流で直接太田川が増水するおそれがある場合は,
そのおそれが温井ダムの下流の全区間で生ずるから,各々のサイレン
が設置された地点の水位が上昇すると予想される約30分前に,当該
サイレンを吹鳴すべきである。
台風14号の接近時,温井ダムからの放流は6日午後4時に開始さ
れ,温井ダムから約43km離れた本件現場付近では,午後5時50分
ころに太田川の水位が上昇すると予想された以上,管理所ないし所長
としては,午後5時20分ころ,本件サイレンを吹鳴すべきであった。
b温井ダムからの放流と他の支流からの流水とがあいまって太田川が
増水するおそれがある場合は,そのようなおそれが生じる範囲のサイ
レンを吹鳴すべきである。
本件現場近くの飯室観測所の水位は,6日午後5時40分には指定
水位を突破し,午後7時には警戒水位に到達するなど午後8時30分
ころまでに急激に上昇していた上,午後8時45分ころ及び午後9時
02分ころには被告市に対して本件冠水予告が伝えられるような状況
にあった以上,管理所ないし所長としては,午後8時45分から午後
9時過ぎころ,本件サイレンを吹鳴すべきであった。
cしかし,管理所ないし所長は,6日午後3時30分ころに警報範囲
1のサイレンを吹鳴しただけで,午後5時20分ころにも午後8時4
5分から午後9時過ぎころにも本件サイレンを吹鳴しなかった以上,
前記a及びbの義務を違法に怠ったものである。
イ管理所ないし所長の不作為と本件災害との間に因果関係があること
管理所ないし所長が,6日午後5時20分ころ又は午後8時45分から
午後9時過ぎころに本件サイレンを吹鳴していれば,原告Aらは,太田川
の水量がさらに増大することが予測でき,太田川のすぐ脇の本件県道を通
っていなかったはずであるから,原告らが本件災害に遭ったのは,前記ア
の義務に違反した管理所ないし所長の不作為によるものである。
(2)被告国の主張
ア義務違反がないこと
(ア)原告らの主張に係る義務はないこと
サイレンは,河川利用者を対象とし,特ダム法32条1項以下の関係
各法令の要件を満たす場合に,その吹鳴が義務付けられるもので,これ
以外の場合に,原告らの主張するような広島市民の認識を根拠に,その
吹鳴が義務付けられるものではない。
aそもそも特ダム法32条1項,施行令18条に基づくサイレン等の
吹鳴は,河道内の河川利用者又は河川を利用しようとする者が放流に
伴う水位上昇の危険を直ちに認識し,速やかに河道外の安全な場所へ
避難し得るよう,放流の事実を上記の者に告知するため,ダムからの
放流によって河道内の水位が急激に上昇すると予想される場合に実施
されるもので,支流からの増水の危険を知らせるためのものではない。
河川の氾濫による沿岸の住民ないし通行者に対する危険については,
上記各規定の適用範囲外の問題で,ダム管理者は,関係機関に対する
通知により,関係機関の措置を補佐するにすぎないものである。
b原告らは,広島市民の認識を根拠に,特ダム法32条1項,施行令
18条に基づく場合以外にも,沿岸の住民ないし通行者のためにサイ
レンの吹鳴が義務付けられることがあると主張する(前記(1)ア(ア))。
しかし,原告らの主張に係る広島市民の認識とそれに基づく義務の
一般的内容自体が対応していない。また,本件立札の記載(前記第3
の3(2)イ)からすれば,サイレンが河川利用者を対象としていること
は明らかで,広島に限り別の解釈がなされるような事情はなく,広島
市民の多くが上記記載に反して原告らの主張するような認識を有して
いることもない。
(イ)サイレンが法令等に基づき吹鳴されたこと
管理所は,台風14号の接近時にも,下流の河川の流水の状況に著し
い変化を生じるような放流を6日午後4時に開始する30分前の午後3
時30分ころ,実施要領に基づき,警報範囲1のサイレンを吹鳴してい
るから,管理所ないし所長が本件サイレンを吹鳴しなかったことに,義
務違反はない。
原告らは,6日午後4時以降の放流で本件現場近くの太田川の水位が
上昇することが予想されたとして,本件サイレンを吹鳴すべきであった
と主張する。しかし,放流により著しい水位の上昇が生じるか否かは,
温井ダムからの距離及び放流量,当該地点の雨量,河川流量等によって
異なり,下流になるにつれて,支流との合流,川幅の広がり等のため,
温井ダムから放流量の影響が減少するもので,上記放流の際には,本件
現場近くで放流による著しい水位の上昇が生じるとは認められなかった
以上,本件サイレンを吹鳴する必要はなかった。
また,原告らは,温井ダムからの放流と他の支流からの流水とがあい
まって太田川が増水するおそれがある場合も,そのおそれが生じる範囲
のサイレンを吹鳴すべきで,台風14号が接近した際には,6日午後8
時45分から午後9時過ぎころ,本件サイレンを吹鳴すべきであったと
主張する。しかし,そのような場合にまでサイレンの吹鳴を義務とする
ことは,温井ダムからの放流以外による増水についても管理所に責任を
負わせるもので,不当である。
イ管理所ないし所長の不作為と本件災害との間に因果関係がないこと
原告らの主張する不作為と本件災害との間に因果関係があるというため
には,温井ダムからの放流による危険を防ぐという,サイレン吹鳴の目的
からして,少なくとも,その放流により,本件県道が冠水し原告Aらが本
件災害にあったといえなければならないが,6日の温井ダムからの放流量
は,同日の記録的な大雨による流量と比べて圧倒的に少なく,その放流量
が6日午後9時から7日午前0時10分までは約400㎥/secで一定であ
るのに飯室観測所の水位が上昇していることからして,温井ダムからの放
流で本件県道が冠水したとはいえない。
また,自動車の運転者は,大雨による河川の水位の上昇と道路の状況を
確認した上,冠水の危険がなく安全に通行できるか否かを判断して道路を
通行するか否かを決めるはずで,水位が既に上昇していることを警告する
ものではないサイレンの吹鳴の有無で,これを決めるわけではない。原告
Aらは,大雨で太田川の水位が急激に上昇する様子を見て,大雨が降り続
きさらにそれが上昇することも分かっていた上,下佐東線の対岸にある宇
津可部線の道路が冠水で通行できなかったのに,別の車両が下佐東線を通
る様子をみて安全に通れると判断し,本件県道を通っているから,本件サ
イレンが吹鳴されていても,本件県道を通っているはずである。
そうすると,本件サイレンを吹鳴しなかったことと本件災害との間には
因果関係がない。
2被告県の責任原因(争点2)について
(1)原告らの主張
ア義務違反その1−交通規制の懈怠
本件災害前から,可部署管内の66箇所を洪水危険箇所として把握し,
そのうち本件県道の対岸である②地点付近等7箇所を「国交省指定AA」
という最も危険性が高いものとして把握していた可部署長としては,下流
の河川の流水の状況に著しい変化を生じるような放流を行う旨の本件放流
通知を6日午後3時ころに受けた以上,上記各洪水危険箇所を巡回させ,
特に最も危険性が高い7箇所については,風雨が強まって以降も念入りに
巡回させるべきで,そうすることもできた。そして,午後9時02分ころ
には被告市に本件冠水予告が伝えられる状況にあった以上,可部署長にお
いては,上記巡回をさせていれば,②地点付近の対岸に位置し,川面から
の高さ,道路の状況等が似ている本件県道についても,通行に危険を及ぼ
す程度に河川が著しく増水し,道路が冠水する危険性があると判断するこ
とができたから,この判断を基礎として,午後9時過ぎころに本件県道を
交通規制すべき義務があった。
しかし,本件県道は,②地点が冠水しているとの災害通報が可部署警備
本部に入った午後10時21分ころより後の午後11時50分ころによう
やく交通規制されたもので,可部署長は,上記義務を違法に怠ったもので
ある。
イ義務違反その2−要救助者確認の懈怠
被告県の警察官は,本件県道の交通規制に先立ち,当該交通規制区間に
入った車両があるかもしれないと考え,警察法2条1項に基づき,可能な
限り要救助者の存否を確認し,要救助者がいればこれを救助すべき義務が
あったのに,そのような確認すらせず,職務上の義務を違法に怠った。
被告県は,後記(2)イのとおり,警察官の現着した時点では,要救助者の
存否を確認できる状況にはなかったと主張する。しかし,それは警察官が
交通規制に向かったのが遅すぎただけで,本件県道を交通規制すべき6日
午後9時過ぎころ(前記ア)の時点では,まだ本件県道は冠水しておらず,
要救助者の存否を容易に確認することができたし,少なくとも本件県道が
交通規制された時点では,原告Aらが避難していた⑤地点近くまで来るこ
とができ,そこまで警察官が来れば,原告Aらが救助を求めることもでき
たから,できるだけ要救助者の存否を確認したのであれば格別,全くこれ
をしていない以上,職務上の義務違反が否定されることはない。
ウ可部署長ないし警察官の不作為と本件災害との間に因果関係があること
6日午後9時過ぎころに本件県道が交通規制されていれば,原告Aらは
本件県道を通行していなかったし,また,本件県道の交通規制に先立ち要
救助者の存否が確認されていれば,原告Aらは救助されていたから,原告
らが本件災害により損害を被ったのは,前記アないしイの各義務に違反した
可部署長ないし被告県の警察官の不作為によるものである。
被告県は,後記(2)ウのとおり,②地点付近の道路の冠水及び異常に高く
なった太田川の水位を見ていた原告Aらが,冠水を予見し得たのに本件県
道を通った以上,本件災害は自ら招いたもので上記不作為との間に因果関
係がないと主張するが,②地点付近が冠水していても対岸の下佐東線が大
雨で冠水していたことは過去になかったもので,原告Aらにおいては本件
県道の冠水を予見し得なかった。
(2)被告県の主張
ア適切に交通規制を行っていること
そもそも警察としては,大型台風の接近に伴う暴風雨で被害が広範囲に
発生することが予想される中,刻々と入ってくる道路冠水等の災害通報に
対する交通規制等の警備対策を採る以上の余裕はなく,特段の事情もない
のに,災害警報がない段階で,抽象的に把握されている危険箇所につき,
冠水した道路を通行するなどの無謀な行動を採る者の存在まで考慮して,
交通規制等の警備対策を採るべき義務はない。
可部署は,6日午後3時ころ,下流の河川の流水の状況に著しい変化を
生じるような放流を行うとする本件放流通知を受けたが,この連絡は本件
県道の冠水を予告するものではなく,この連絡だけで本件県道の冠水を具
体的に予見できるものではないし,また,この連絡だけで,常時把握され
ている災害危険箇所の全てについて,警察官を派遣したり巡回をしたりす
ることも現実的には不可能である。
そうすると,可部署において,上記連絡を受けた時点で本件県道を含む
災害危険箇所を巡回していなくても,著しく不合理とはいえず,午後10
時21分ころに②地点付近の道路が冠水しているとの災害情報が警備本部
に入るや,②地点付近へ警察官を派遣した上,午後10時35分ころに報
告等を受けて速やかに③地点付近へ警察官を派遣し,午後11時50分こ
ろには本件県道を交通規制しているから,義務を怠った事実はない。
イ要救助者の存否が確認できる状況になかったこと
警察法2条1項が要救助者との関係で義務となるのは,警察官が著しく
救助義務を怠ったような場合に限られる。本件県道は,可部署の警察官が
現着した時点では道路が冠水していて通行できず,要救助者の存否を確認
できる状態にはなかった上,③地点から⑤地点までの距離は約600mも
あり,具体的情報もないのに要救助者の存否の確認に向かうことなどでき
なかったから,被告県の警察官が,要救助者の存否を確認していなかった
としても,それはやむを得ないことで,上記義務を怠ったものではない。
ウ原告ら主張の交通規制の遅れと本件災害との間に因果関係がないこと
大雨で太田川の水位が急激に上昇する様子を見ていた上,②地点付近で
道路の冠水を確認していた原告Aらとしては,その水位が更に上昇するこ
とも分かるはずで,本件県道の冠水も予見することができたのに,別の県
道ではなく本件県道を通行している。
このように,本件災害は原告Aらが自ら招いたもので,原告らの主張す
るような本件県道の交通規制の遅れによるものではない。
3被告市の責任原因(争点3)について
(1)原告らの主張
ア職務上の義務違反−危険性周知の懈怠
台風14号の接近に伴う大雨の中で,6日午後3時ころに下流の河川の
流水の状況に著しい変化を生じるような放流を行うという本件放流通知を
受けていた被告市としては,太田川が氾濫し道路が冠水するおそれを予測
できたし,少なくともその水位が著しく上昇することを予測し得たから,
宇津可部線ないし下佐東線の近くに居住し又はその道路を通行する市民の
安全を確保するため,広報車で広報したり,緊急連絡網,拡声器等を使用
したりして,その危険性を市民に周知すべきであったし,河川事務所から
本件冠水予告を受けた午後9時過ぎには,この4箇所の近くへ直ちに広報
車を向かわせ,上記危険性を市民に周知すべき義務があった。
そうであるのに,被告市は,午後4時50分ころに街頭広報活動をした
だけで,それも危険箇所を網羅したり,冠水のおそれのある箇所を中心に
拡声器付きの広報車で周知したりするものではなかった以上,その職員に
おいて,上記職務上の義務を違法に怠ったものである。
被告市は,後記(2)アのとおり,報道機関に対する注意喚起の放送を依頼
したり,防災無線,インターネットのホームページ等で情報を提供したり
したというが,屋外にいるとホームページやテレビを見ることができない
し,屋内にいても風雨の音で防災無線が聞こえないことがあり得る以上,
冠水のおそれがある地域を中心に広報車で周知しない限り,必要な活動を
したとはいえず,上記職務上の義務を違法に怠ったといわざるを得ない。
イ本件県道の管理の瑕疵−交通規制の懈怠
本件県道の通行を禁止し又は制限する権限のある(前記第3の1(2)ウ)
被告市においては,6日午後3時ころに下流の河川の流水の状況に著しい
変化を生じるような放流を行うという本件放流通知を受けて,本件県道が
冠水する危険性を予見することができた上,午後9時過ぎには,河川事務
所から本件冠水予告を受けていた以上,遅くとも午後9時過ぎには,本件
県道の交通を規制すべき義務があったのに,これをしていない。
この不作為は,本件県道の管理に瑕疵がある(国家賠償法2条1項)と
評価されるものである。
ウ義務違反ないし管理の瑕疵と本件災害との間に因果関係があること
原告Aらは,被告市が広報車等で注意喚起していれば,これを聞いて太
田川の流量の増大を予測し,本件県道を通行していないはずであるし,本
件県道が交通規制されていれば,やはり本件県道を通行していないはずで
あるから,原告らが本件災害に遭ったのは,前記アの職務上の義務違反な
いし前記イの本件県道の管理の瑕疵によるものである。
被告市は,後記(2)ウのとおり,太田川の水位の上昇を把握していた原告
Aらの判断ミスゆえに因果関係が否定されると主張するが,下佐東線が大
雨で冠水したことが過去にない以上,原告Aらは,本件県道の冠水を予見
し得なかったし,その判断ミスにつき,一,二割の過失相殺がされること
はやむを得ないとしても,被告市の責任が否定されるものではない。また,
原告Aらは,広報車が走っていれば当然注意を払ったはずであるし,これ
に気付く可能性が低くても,その可能性が皆無でない限り,因果関係が否
定されるものではない。
(2)被告市の主張
ア職務上の義務違反がないこと−危険性の適切な周知
被告市は,報道機関に対して注意喚起の放送を依頼したり,防災無線,
防災情報メール,インターネットのホームページ等で情報を提供したり,
6日午後4時50分以降に警戒巡視等に伴う形で屋外の広報活動等を随時
行ったりしているし,本件冠水予告を受け,警戒巡視等のための調査班を
派遣したり,地域の自主防災会に電話で連絡したりなどしているもので,
災害対策基本法の趣旨・目的に沿って同法に基づく権限を適切に行使して
いるから,職務上の義務違反はない。
イ本件県道の管理の瑕疵の不存在−交通規制義務の不存在
本件災害は,台風14号に伴う太田川上流の記録的な集中豪雨により,
その水位が通常の予測の範囲を大きく超え,過去に冠水した例がない本件
県道が冠水したことによるもので,被告市においては,このような水位の
上昇を予見し得なかったし,仮に予見し得たとしても,本件冠水予告が伝
えられたのは6日午後9時過ぎで,本件車両が本件県道を通行したのはそ
の後間もなくであるから,その通行前に本件県道の交通を規制することは
できなかったもので,本件県道の管理に瑕疵はない。
ウ原告ら主張の義務違反等と本件災害との間に因果関係がないこと
原告らの主張に係る義務違反ないし管理の瑕疵と本件災害との間の因果
関係については争う。
そもそも本件災害は,地域の道路状況に精通する地元タクシーの運転手
である原告Aらが,本件現場近くで太田川の水位が上昇している様子を十
分認識し,本件県道の冠水を考えてしかるべき状況の下,その判断ミスに
より危険へ接近していったことによるものである。
4損害の発生及びその数額(争点4)について
(1)原告らの主張
ア原告Aらについて
(ア)慰謝料各々500万円
原告Aらは,本件災害により,一面が巨大な川となった本件現場の濁
流の中を歩いて進むことを余儀なくされた上,その足元の下数十㎝に濁
流が渦巻く中,5時間以上法面に懸命につかまって死を免れたものであ
るが,このような死の恐怖を堪え忍んだことの精神的苦痛は甚大で,そ
の慰謝料は,各々500万円を下るものではない。
(イ)弁護士費用各々50万円
イ原告会社について
(ア)本件車両等の毀損による積極損害167万0405円
原告会社は,本件災害により,その所有する本件車両及び積載されて
いた設備等が濁流に流されて一晩中水に浸かり,修理不能なまでに毀損
されたため,以下の各損害を被った。
a本件車両自体130万円
bMCA車載用無線設備一式28万円
cタクシーメーター等9万0405円
(イ)逸失利益140万円
原告会社は,本件車両について,売上から乗務員の給与を差し引いた
1か月平均70万円の利益を得ていたが,本件災害により,本件車両に
代わる車両が納品されるまでの約2か月間,これを得られなかった。
(ウ)弁護士費用30万円
(2)被告らの主張
ア被告国
不知
イ被告県
争う。
ウ被告市
争う。
第6当裁判所の認定した事実
証拠(甲14ないし16,乙1,4ないし6,丙1ないし3,7,10ない
し12,丁2,3,14,16,17,証人C,証人D,原告A本人,原告B
本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
1本件冠水予告前の関係者の動き
(1)管理所によるサイレン吹鳴等(乙1,4ないし6,丁2,弁論の全趣旨)
台風14号の接近に伴い,5日午前10時40分には管理所の防災体制を
警戒体制とし,同日午後5時には洪水警戒体制を発令していた所長は,6日
午後2時30分には,洪水に達しない流水の調節(操作規則17条)として,
温井ダムから下流に急激な変動を生じない放流(操作規則20条1項3号,
21条,操作細則6条1項本文)を行っていた。しかし,午後1時32分に
広島・呉地方の大雨洪水警報が発令されたこと,午後2時ころから温井ダム
上流域の雨足が強まり,午後4時ころには雨水が温井ダムへ流入すると予想
されたこと,レーダー雨量計によると,午後4時以降も温井ダム上流域に大
雨が長時間降り続くと予想されたこと等から,所長は,午後3時,操作細則
6条1項ただし書の限度で,午後4時以降,温井ダムからの放流量を400
㎥/secにまで増やすことを決定した。
午後4時以降の放流は流水の状況に著しい変化を生ずると認めるもので,
関係各機関への通知と一般への周知を行うものとされていた(操作規則26
条,操作細則8条3号)ことから,所長は,上記決定後,この放流に先立ち,
被告市の市長,可部署長等に対し,本件放流通知を行うとともに,河川巡視
職員を派遣し,午後3時30分ころから午後4時06分ころまでの間,警報
範囲1の8警報所のサイレンを上流側から順に吹鳴させるとともに,警報範
囲1の区間の河川の巡視を行わせた。このサイレン吹鳴の開始時(午後3時
30分),その30分後(午後4時)及びその40分後(午後4時10分)
における,温井ダムからの放流量は,それぞれ15.31㎥/sec,17.9
0㎥/sec及び19.71㎥/secであった。
(2)被告県の準備本部の設置等(丙1,10,証人C,弁論の全趣旨)
県警本部は,6日午前11時05分に広島・呉地方の暴風警報が発令され
たことから,午前11時10分,準備本部を設置した。
可部署においても,可部署長以下53名体制の準備本部が設置され,警戒
活動として,管内にある244の洪水,山崖崩れ等の災害危険箇所を警察用
車両で随時巡視するなどの措置が採られていた。
(3)被告市による広報等(丁14,16,証人D,弁論の全趣旨)
被告市及び被告市各区は,5日午後3時には警戒本部を,6日午後0時に
は対策本部を,それぞれ設置した上,台風14号の接近に伴う注意喚起の放
送を報道機関に依頼したり,市内及び各区内を対象として警報の発令状況,
台風14号の接近状況等を防災無線で伝えたり,防災情報メールの登録者に
台風14号の接近状況,注意事項等を配信したりしていた。
午後3時35分に被告市の対策本部からファックスによる本件放流通知の
転送を受けた安佐北区対策本部(以下「区対策本部」という。)は,午後1
時32分に広島・呉地方の大雨洪水等の警報が発令されていたことも踏まえ,
午後3時50分,安佐北区全域を対象として,台風14号の接近状況,注意
事項,早めの自主避難の必要性等を防災無線で伝え,午後4時50分ころか
らは,安佐北消防署により,平成16年の台風18号の際に土石流被害のあ
った箇所を中心に,可部6丁目,亀山,亀山南及び可部町勝木方面の警戒巡
視及び街頭広報が随時実施されていた。また,安佐北消防署可部指揮調査隊
は,午後8時30分ころ,水位の観測等を行うため,宇津可部線を通って②
地点付近に赴いたが,その時点における②地点付近の太田川の状況は,道路
の高さから約1.5m低いところを濁流が川幅いっぱいに流れているという
ものであった。
(4)原告Aらの状況(甲15,原告A本人,弁論の全趣旨)
原告Aは,平成17年9月当時,①地点付近の安佐北大橋の下で河原に車
を止めて寝泊まりしており,6日は未明に乗務を終えた後,昼間は同じく車
を止めて寝泊まりしていたE(以下原告Aらと行動をともにしている場合に
は,まとめて「原告Aら」という。)と話をして過ごした。原告Aも,台風
14号の接近については,ラジオを聞いて知っていたが,①地点付近の太田
川の様子は,少し水が濁り水位が少し高い程度であったので,大丈夫である
と判断し,翌日の乗務に備えて,午後5時ころからは,上記河原に止めた車
の中で睡眠を取っていた。
2本件冠水予告後の被告市の対応並びに原告Aらの避難及びり災
(1)本件冠水予告後の被告市の対応
ア区対策本部に対する本件冠水予告の転送(丁3,16,証人D)
6日8時45分ころの電話及び午後9時02分ころのファックスで河川
事務所から左岸21K地点の冠水のおそれを伝える本件冠水予告を受けた
被告市の対策本部は,午後9時ころの電話及び午後9時07分ころのファ
ックスで,区対策本部に対し,本件冠水予告の内容を連絡ないし転送した。
イ自主防災会に対する電話での状況確認(甲16,丁16,証人D,弁論
の全趣旨)
区対策本部は,本件冠水予告の各浸水予想箇所のある自主防災会の会長
宅へ電話をし,各浸水予測箇所近くの太田川の水位の確認を依頼するなど
した。左岸21K地点については,その地点に最も近い柳瀬自主防災会の
会長宅に電話がつながらかった一方,午後9時24分ころ,今井田自主防
災会の会長宅に電話がつながり,安佐北大橋から約1km上流にある筒瀬橋
から確認した結果として,太田川の水位は上がっていないとの回答を得た。
その後,午後9時49分ころ,柳瀬自主防災会の副会長に電話がつながり
状況確認を依頼すると,太田川の水位が上がっているため,柳瀬集会所に
自主避難しているとのことであった。
ウ調査班の派遣(丁16,証人D,弁論の全趣旨)
区対策本部は,本件冠水予告の各浸水予想箇所に水位調査等を行う調査
班をそれぞれ派遣した。左岸21K地点の調査班(以下,単に「調査班」
という。)は,午後9時20分ころ,安佐北区役所から出発し,宇津可部
線の②地点を通って現地に向かったが,②地点を通った時点では,同所の
道路は冠水していなかった。
調査班は,時間帯が夜間で川の近くへ歩いて行くのは危険であるため,
太田川と道路が接近している安佐北大橋の上からその水位を調査すること
とし,午後9時30分ころ,①地点付近に到着した。すると,後記(2)アの
とおり,原告Aらが,安佐北大橋の下の車の中から荷物を持ち出そうとし
ていたため,調査班は,避難するよう促した。
その後,調査班は,安佐北大橋の上から太田川の水位を調査し,安佐北
大橋の南の河川敷にある柳瀬キャンプ場の駐車場までその水位が上がって
きていること,その水位は安佐北大橋の橋桁や道路の高さからはまだ十分
余裕があるが,少しずつ増えていることを確認して,区対策本部に対し,
その旨を報告した。
上記調査を約30分で終了した調査班は,宇津可部線を通って安佐北区
役所へ戻ろうとしたが,その時点では,②地点が冠水していて通ることが
できない状況となっていた。調査班は,宇津可部線を②地点方向に進んで
くる車両に引き返すように指示しながら安佐北大橋まで引き返し,今井田
緑井線を通って,午後11時ころ,安佐北区役所に帰着した。
(2)原告Aらの避難及び本件災害(甲14,15,丙3,丁17,原告A本人,
原告B本人)
アEは,河川敷の小屋で飼っていた数匹の猫がニャアニャアと鳴く声で目
を覚まし,太田川が増水していることに気付いた。原告Aは,Eに起こさ
れて目を覚ましたが,その時点では,原告Aの車もEの車も冠水してエン
ジンがかからない状態となっていたため,各々の車にある荷物を①地点の
土手の上まで持ち出そうとした。原告会社の代表者から頼まれて原告Aを
本件車両で迎えに来ていた原告Bは,①地点付近にそのころ到着した。
(甲14,15,原告A本人,原告B本人)
イ荷物をすべて運び出せなかった原告Aらは,原告Bの運転する本件車両
で原告会社へ戻るため,宇津可部線で可部中心部へと向かったが,②地点
付近でその先の道路が冠水していたため,結局その場から引き返し,①地
点まで戻って安佐北大橋を東から西へ渡った。(甲14,15,原告A本
人,原告B本人)
ウ③地点で下佐東線を八木方面へ進む車両を見た原告Bは,下佐東線の方
が今井田緑井線よりも原告会社まで近いと考え,③地点で左折して下佐東
線を八木方面へ進んだ後,④地点付近に至り,その先の道路が冠水してい
る様子を目にした。
原告Bは,10cm程度の深さの冠水であれば通行できると思い,本件車
両で冠水している道路を約100m進んだが,徐々に冠水が深くなり,エ
ンジンに水が入って本件車両が動かなくなってしまった。その場で二,三
分思案していると,本件車両の中に水が入ってくる状況となったため,原
告Aらは,本件車両の外へ脱出した。(甲14,15,丙3,丁17,原
告A本人,原告B本人)
エ原告Aらは,徒歩で避難を始め,途中,処理施設へ避難したが,同所に
ある小屋には鍵がかかっていて入ることができず,雨風をしのぐことがで
きなかったため,10ないし15分程度で,安佐北大橋方面への避難を再
開し,採石場にある屋根付きの事務所まで進もうとした。しかし,その時
点で既にその途中の道路が腰の高さ近くまで冠水しており,原告Bが流水
に流されそうになったこともあったため,⑤地点付近で,山肌沿いに設置
された落石防止用の金網につかまり,法面の段を登って避難したが,そこ
で身動きが取れなくなってしまった。(甲1,14,15,丙3,9,丁
1,5,原告A本人,原告B本人,弁論の全趣旨)
3本件災害通報前後の動き,原告河野らの生還等
(1)本件災害通報前後の動き(丙1,7,10ないし12,証人C)
県警本部準備本部には,6日午後6時31分のものを最後として午後9時
までには3件しか災害に関する通報が入っていなかったが,風雨の強まりに
伴い,午後9時40分及び58分に相次いで本件現場の上流にある下佐東線
及び国道191号線の道路が冠水しているとの通報が入ったため,県警本部
及び可部署は,午後10時,警備本部に体制を強化した。
可部署警備本部は,午後10時21分,県警本部通信司令室から,②地点
付近の道路が約50mの間冠水しているとの通報が午後10時15分ころに
入ったとの連絡を受け,可部交番の警察官に対し,現地確認等を行うよう指
令し,午後10時35分,現着した警察官から,可部側から養魚場側に向け
て②地点付近の道路が冠水しているとの報告を受けた。
県警本部警備本部は,以上の通報等を総合した結果,太田川両岸の道路が
安佐町飯室以南一帯の低い場所で冠水していることが明らかとなったため,
太田川両岸の宇津可部線及び下佐東線への車両の流入を遮断すべく,災害に
関する通報が寄せられていなかった③地点を含む7箇所に一,二名の警察官
及び警察用車両を配置して交通規制を行うこととした。
(2)本件県道の交通規制,そのころの冠水の状態等(丙1ないし3,10,証
人C)
可部署警備本部から③地点で交通規制を実施せよとの指令を受けたF巡査
部長及びG巡査長(以下「Fら」という。)は,午後11時ころ,警察用車
両で可部署を出発し,②地点は冠水で通行できないとの情報を得ていたため,
下佐東線を通って安佐北大橋へ向かおうとした。しかし,⑦地点(井上方
先)から東へ約300mの地点で道路が冠水し始め,⑦地点付近で冠水が1
0cm程度の深さとなっていたため,Fらは,これ以上は進めないと判断して
引き返し,今井田緑井線を経由して,午後11時50分ころ,③地点に現着
し,下佐東線及び安佐北大橋の交通規制を開始した。この時点で,下佐東線
は,③地点の南方二,三〇m先から道路が冠水し,人や車の往来ができなく
なっており,街灯も設置されていないため,③地点付近から⑤地点付近の様
子を確認することもできない状況であった。
その後,交代要員であるH巡査及びI巡査(以下「Hら」という。)が7
日午前1時30分ころ,③地点に現着したが,その時点でも,下佐東線は,
③地点の南方約50m先から道路が冠水していた。
(3)原告Aらの生還等(甲14,15,丙3,原告A,原告B)
原告Aらは,水位が下がって濁流の勢いが衰えてきたため,安佐北大橋方
面へ避難を再開し,7日午前2時30分ころ,③地点付近で交通規制中のH
らと会い,安否確認,事情聴取等を受けたりした。この時点において,下佐
東線の道路の冠水は,③地点の南方約200m先まで引いていた。
その後,一般車両が下佐東線を八木方面から安佐北大橋方面へ立て続けに
進んでくるようになったため,原告Bは,同日午前3時ころ,前記Hととも
に警察用車両で本件車両の確認に向かい,⑥地点において,本件車両を発見
したが,本件車両は,上部の表示灯及び窓ガラスが流木等で破壊され,車内
が水浸しで,電柱に左前部が衝突した状態で停止していた。
以上の事実が認められる。
これに対し,原告らは,④地点付近では冠水部分の手前で本件車両を止めて
いたが,水位が上昇して本件車両の中に水が入ってきたもので,Hらの作成し
た報告書(丙3)及び原告会社の作成したり災証明書交付願(丁17)に記載
されている,本件車両で④地点付近の冠水部分を進んだとの事実は誤りである
と主張する。しかし,本件災害の状況を知っているのは原告Aらだけであって,
原告AらがHら及び原告会社の関係者に対して本件車両で冠水部分を進んだも
のと説明しない限り,そのような事実が丙3及び丁17に記載されるとは考え
難く,原告Aら自身も,ある程度の距離は④地点付近の冠水部分を本件車両で
進んだと供述しているものであるから,上記主張は採り得ない。
第7当裁判所の認定した事実に基づく判断
1被告国の責任原因(争点1)について
(1)国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法
令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,
その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められると
きは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国家賠償法1条
1項の適用上違法となる(最高裁昭和61年第1152号平成元年11月
24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁,最高裁平成元年第
1260号同7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁,
最高裁平成13年第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集
58巻4号1032頁,最高裁平成13年第1194号・第1196号,
同年第1172号・第1174号同16年10月15日第二小法廷判決・
民集58巻7号1802頁参照)。
(2)サイレンの吹鳴は,多目的ダムによって貯留された流水を放流することに
よって流水の状況に著しい変化を生ずると認める場合に,これによって生ず
る危害を防止することを目的とし,特ダム法以下の法令等に基づき,所定の
要件を満たす場合に,それが義務付けられるのであって,サイレンを吹鳴す
べき範囲については,その要件であるところの,警報開始時点から30分後
及び40分後のダム目標放流量と警報開始時点における加計地点の河川流量
との相関関係から自動的に決定される(前記第3の3(1)及び(2)ア)。
管理所がサイレンの吹鳴を開始してから30分後及び40分後における,
温井ダムからの放流量は,それぞれ17.90㎥/sec及び19.71㎥/sec
であり,管理所がサイレンの吹鳴を開始した時点の温井ダムからの放流量は,
15.31㎥/secである(前記第6の1(1))。前二者の数値については,
警報開始時点から30分後及び40分後における各ダム目標放流量と多少の
差はあっても大きく離れたものではないと推認され,また,加計地点までに
支流等からの水が流れ込む可能性があることからすれば,後一者の数値につ
いては,警報開始時点における加計地点の河川流量を下回るものではないと
推認される。そこで,これらの数値を基礎として,管理所が6日午後4時の
放流に先立ちサイレンを吹鳴させるべき警報範囲を検討すると,前記第3の
3(2)アの条件a及びbについては,それぞれ35.6751(計算式:19.
71×(19.71−17.90))及び15.31となり,これらの数値
を前記第3の3(2)アの表にあてはめると,警報範囲1のサイレンを吹鳴すべ
きであったことになるから,6日午後4時以降の放流に先立ち,管理所が警
報範囲1のサイレンのみを吹鳴したことは特ダム法以下の法令等に基づく措
置として誤りがないものというべきである。
台風14号接近時の温井ダムの放流量及び飯室観測所で観測された太田川
の水位(前記第3の4(2))をみると,温井ダムからの放流量が約400㎥/
secに達し,その後はほぼ一定していたのに対し,飯室観測所における太田
川の水位は,上昇を続け,温井ダムの放流量が約400㎥/secに達してから
約3時間半後に最高水位を記録している。そして,太田川流域における6日
午後6時から7日未明までの6時間雨量が130年に1回という極めてまれ
な確率で発生する程度に多いものであり,おおむねその時間帯に各雨量観測
所の最大時間降水量が記録されていること(前記第3の4(1)イ)等をも考慮
すると,④地点付近が冠水した最大の要因は,台風14号に伴う大雨が温井
ダムより下流にある支流等から流れ込んだことにあると認められる。
このようにサイレンの吹鳴が関係法令等に基づく裁量の余地がない行為で
あること,実施要領に基づき,吹鳴すべき範囲のサイレンが吹鳴されている
こと,サイレン吹鳴の目的がダムからの放流による流水の状況の著しい変化
によって生ずる危害を防止する点にある一方,台風14号に伴う大雨が温井
ダムより下流にある支流等から流れ込んだことが④地点付近が冠水した最大
の要因であること等の事情を総合すると,所長が本件サイレンを吹鳴しなか
ったことについては,著しく合理性を欠くとは認められず,国家賠償法1条
1項の適用上違法となるものではない。
そして,河川事務所は,飯室観測所で観測された太田川の水位が上昇し,
太田川上流で洪水のおそれがあると認められることから,太田川上流の洪水
注意報及び洪水警報を気象台とともに発令し,その水位又は流量を被告県の
知事へ通知したり,報道機関の協力を求めて,一般に周知させたりしている
(水防法10条2項)上,6日午後8時45分ころ及び午後9時02分ころ
には,飯室観測所の水位が危険水位の6.60mを超えて8.0mまで上昇
すると予想されたため,被告市の対策本部に対し,左岸21K地点等を含む
4箇所が浸水するおそれがあるとして,本件冠水予告を伝えているものであ
る(第3の4(3)及び同イ)から,被告国全体の体制としても,太田川の水位
が上昇するおそれを周知しているといえ,国家賠償法1条1項の適用上違法
となるような,著しく合理性を欠くところまでは認められない。
(3)これに対し,原告らは,サイレンに対する広島市民の認識を根拠に,温井
ダムからの放流で直接太田川が増水するおそれがある場合には,温井ダムの
下流にあるすべてのサイレンを,温井ダムからの放流と他の支流からの流水
とがあいまって太田川が増水するおそれがある場合には,そのようなおそれ
のある範囲のサイレンを,それぞれ吹鳴させる義務があると主張する(前記
第5の1(1)ア)。
確かに,特ダム法32条1項は,サイレンの吹鳴により防止しようとする
危害を河川利用者に対するものに限定していない上,「危険ですから河原に
降りないで下さい。」等と記載された本件立札を読んでいたとしても,河川
近くにサイレンが設置されている以上,河川の増水により河原以外の場所で
危険が生じるおそれがある場合にサイレンが吹鳴されると思うことは,ごく
自然のことであり,そうであるからこそ,台風14号の通過後に実施された
説明会においては,サイレンが吹鳴されなかったことに対し,住民の非難が
寄せられているものである(甲2,9,10)。
しかし,このような認識を受け,関係各機関と調整の上,サイレン吹鳴の
要件等をそれに沿うものに改めることを検討するのは格別,このような認識
だけを根拠として,一般法理である信頼保護ないし禁反言の原則に基づき,
一義的義務が発生すると解することには無理があるものといわざるを得ない。
また,サイレンを吹鳴すべき範囲が関連各数値から自動的に定まるものと
されている(前記(2))のは,特ダム法32条1項の目的に照らせば本来吹
鳴すべき範囲にあるサイレンが吹鳴されないような事態を避けるためであり,
そうである以上,サイレン吹鳴の根拠規定が特ダム法32条1項の目的に照
らして不合理なものでない限りは,その規定どおりにサイレンを吹鳴させる
べきである。この点,温井ダムから放流があっても,下流へ行くに従い,川
幅の変化,支流からの川水等の影響を受けて,その放流が太田川の水位に著
しい変化を及ぼさないこともあるし,管理所にはいかんともし難い支流から
の川水の影響までも考慮し,太田川の水位の変化を予測することは極めて困
難であるから,実施要領は,温井ダムからの放流を直接の原因として,流水
の状況に著しい変化が生ずる範囲のサイレンを吹鳴させることとしていると
解され(前記第3の3(2)ア),このような実施要領は,ダムからの放流によ
る流水の状況の著しい変化によって生ずる危害を防止するという特ダム法3
2条1項の目的に沿うものといえるから,これを不合理なものということは
できない。
2被告県の責任原因(争点2)について
(1)交通規制の懈怠の有無について
アそもそも道路の冠水による通行上の危険は,車両の運転手の注意次第で
容易に回避することができる類のものである一方,交通規制することは,
付近住民の避難経路を閉ざすことにもなるから,抽象的な冠水の危険性が
あるというだけでその道路を交通規制すべき義務はなく,少なくともその
道路が冠水し,それにより通行車両等が回避し難い危険が生ずる蓋然性を
認識し得る段階に至って初めてその道路を交通規制すべき義務が発生する
というべきである。
この点,本件県道の対岸にある②地点付近は,最も危険性が高い洪水危
険箇所とされている(前記第3の2(3))。しかし,本件県道は,洪水危
険箇所とすらされておらず,本件災害以前には,道路の冠水により交通の
支障が生じたこともなかったところである(前記第3の2(3))。そして,
可部署は,午後9時40分及び58分に本件現場の上流にある道路が冠水
しているとの通報を受けた後,午後10時21分には②地点付近の道路が
約50mの間冠水しているとの指令を受けて速やかに警察官を現地確認等
に向かわせ,午後10時35分ころにその事実を確認しているから(前記
第6の3(1)),可部署としては,そのころ,本件県道の道路が冠水し,
それにより通行車両等が回避し難い危険が生ずる蓋然性が認識し得る段階
に至ったと認められる。
そして,可部署警備本部は,太田川両岸の宇津可部線及び下佐東線へ車
両が流入するのを遮断すべく,まだ災害の通報がなかった③地点を含む7
箇所で交通規制を行うこととし,午後11時ころにはFら2名の警察官を
③地点に向かわせている。Fらが本件現場の下佐東線の交通規制を開始す
るまでには約50分を要しているが,これは,当初③地点へ向かう最短ル
ートをFらが選択したものの,⑦地点付近の道路が冠水していて通行でき
なかったことから,やむなく引き返して今井田緑井線を通って③地点へ向
かったためであって(前記第6の3(2)),Fらにおいては,その当時の
状況の下で最善を尽くしたというべきものである。
そうすると,可部署においては,本件県道の道路を交通規制すべき義務
が発生してから,可及的速やかにその交通規制を開始しているものである
から,交通規制すべき義務を怠ったとはいえない。
イこれに対し,原告らは,本件県道の対岸にある②地点付近を洪水の危険
性が最も高い箇所として把握していた可部署においては,本件放流通知を
受けた時点以降,当該場所を念入りに巡回させるべきであり,それをして
いれば,本件冠水予告が被告市に伝えられていた午後9時02分ころには,
川面からの高さ,道路の状況等が②地点付近と似ている本件県道について
も,河川の著しい増水により,道路が冠水する危険性があると判断できた
ものであるから,午後9時過ぎころには本件県道を交通規制すべき義務が
あったと主張する(前記第5の2(1)ア)。
しかし,可部署においても,台風14号接近時には,しかるべき体制を
組んだ上,管内にある洪水,山崩れ等の災害危険箇所を警察用車両で随時
巡視するなどの警戒活動は行っている(前記第6の1(2))。また,本件
現場付近の太田川の様子をみるに,午後8時30分ころの段階で,既に②
地点付近で濁流が川幅いっぱいに流れている状態にあるものの,その水位
自体は道路の高さから約1.5mも低く(前記第6の1(3)),午後9時
20分ころから30分ころの間においても,②地点付近の道路は冠水して
おらず,安佐北大橋上からの見た目では道路の高さから余裕のある水位に
あったもので,午後10時を過ぎたころ,②地点付近の道路が冠水するに
至ったというのである(前記第6の2(1)ウ)。そうすると,仮に午後9時
過ぎの直前に②地点付近を巡視していたとしても,その時点で,本件県道
について,道路が冠水し,それにより通行車両等が回避し難い危険が生ず
る蓋然性が認められる段階に至っていたとは認められないから,午後9時
過ぎころに本件県道を交通規制すべき義務まであったとはいえず,原告ら
の主張は理由がない。
(2)要救助者確認の懈怠の有無について
Fらが③地点に現着した6日午後11時50分ころにおける,本件現場付
近の状況は,③地点付近から⑤地点付近の様子を確認することができないも
のであった上,③地点の南方二,三〇m先から下佐東線の道路が冠水し,⑤
地点付近の様子を確認しようとしても,そこに行くことすらできなかったも
のである。このような状況は,7日午前1時30分ころになっても大きく変
化しておらず,7日午前2時30分ころになっても⑤地点から約400m離
れた,③地点の南方約200mのところまでしか冠水は引いていない。(前
記第6の3(2)及び(3))
このような本件現場付近の状況によれば,原告Aらが生還した7日午前2
時30分ころまでに,交通規制区間内に要救助者が避難しているといった具
体的情報もないのに,交通規制区間内に要救助者がいるか否かを確認するこ
とは極めて困難かつ危険であったから,被告県の警察官においては,要救助
者の存否を確認すべき義務はなかったもので,これを行っていなかったとし
ても,要救助者の確認を違法に怠ったとはいえない。
これに対し,原告らは,午後9時過ぎころに本件県道の交通規制をしてい
れば,その時点で容易に要救助者の存否を確認し得たし,また,実際に本件
県道が交通規制された時点でも,⑤地点近くまでは確認に赴くことができる
状況にあったと主張する。しかし,前記(1)アのとおり,午後9時ころまでに
本件県道を交通規制すべき義務はないし,また,上記のとおり,本件県道が
実際に交通規制された時点では,⑤地点付近まで要救助者の確認に赴くこと
などできない状況にあったものであるから,原告の主張は採り得ない。
3被告市の責任原因(争点3)について
(1)危険性周知の懈怠の有無について
被告市は,本件放流通知の前後を問わず,報道機関に放送を依頼して注意
喚起したり,警報の発令状況,台風14号の接近状況,注意事項等の情報を
防災無線で伝えたり防災メールの登録者に配信したりしている上,本件放流
通知後の午後4時50分ころ以降は,過去の台風の際に被害のあった箇所を
中心として,随時,消防署による警戒巡視及び街頭広報を行っている(前記
第6の1(3))。そして,被告市は,左岸21K地点の冠水するおそれを指
摘する本件冠水予告を受けて調査班を派遣し,その調査班が,①地点付近で
安佐北大橋の下の車の中から荷物を持ち出そうとしていた原告Aらに対し,
避難を促しているものである(前記第6の2(1)ア及びウ)から,被告市にお
いて,危険性を周知すべき義務を怠ったとは認められない。
これに対し,原告らは,被告市においては,本件放流通知を受けた時点で,
拡声器付きの広報車で広報するなどし,太田川の水位が著しく上昇する危険
性等を周知すべきで,本件冠水予告を受けたのであれば,左岸21K地点の
近くへ直ちに広報車を向かわせて,上記危険性を周知すべき義務があったと
主張する(前記第5の3(1)ア)。しかし,上記のとおり,街頭広報による危
険性の周知は十分に行われている。また,後記(2)のとおり,被告市におい
て,本件県道の道路が冠水し,それにより通行車両等が回避し難い危険が生
ずる蓋然性を認識し得る段階に至ったのは,②地点付近の道路の冠水が確認
された午後10時ころで,そのころまでに本件県道に対象を絞って危険性を
周知すべき義務などないし,上記のとおり,①地点付近にいた原告Aらに対
しては直接に避難を促しているから,やはり義務違反はない。
(2)交通規制の懈怠の有無について
道路の冠水による通行上の危険について,ある時点でその道路を交通規制
しなかったことをもって,その管理に瑕疵があった(国家賠償法2条1項)
というためには,前記2(1)アと同様の理由から,その道路が冠水し,それに
より通行車両等が回避し難い危険が生ずる蓋然性を認識し得る段階に至って
いなければならないものというべきである。
この点,本件県道自体は,本件災害以前は,道路の冠水で交通に支障が生
じたことなどなかったところである(前記第3の2(3))上,安佐北消防署
可部指揮調査隊が②地点付近の水位の観測等を行った午後8時30分ころの
時点では,太田川の状況は,川幅いっぱいに濁流が流れていたものの,道路
の高さから約1.5m低い水位にとどまっている(前記第6の1(3))。被
告市の対策本部は,午後8時45分ころに左岸21K地点が浸水するおそれ
を知らせる本件冠水予告を受けている(前記第6の2(1)ア)が,それ自体は,
右岸21K地点も含めた本件県道の道路が冠水するおそれを知らせるもので
はない。そして,調査班が午後9時20分ころから30分ころまでの間に②
地点付近を通った時点でも,②地点付近の宇津可部線の道路は冠水していな
かったというのである(前記第6の2(1)ウ)から,被告市として,そのころ
までに,本件県道の道路が冠水し,それにより通行車両等が回避し難い危険
が生ずる蓋然性が認識し得る段階に至ったとは認め難いというほかなく,②
地点付近の宇津可部線の道路が冠水していることが明らかになった午後10
時ころの時点で,初めてそのような蓋然性を認識し得る段階に至ったものと
認められる。
そうすると,原告らの主張(前記第5の3(1)イ)のように,午後9時過ぎ
ころに本件県道の道路を交通規制していなかったとしても,このことについ
て,道路の管理に瑕疵があったと認めることはできない。
第8結論
よって,原告らの本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく理由
がないから,これをいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき,民事
訴訟法65条1項本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。
広島地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官野々上友之
裁判官大森直哉
裁判官安木進
(別紙の図面は略)
略語一覧表
略語正式名称略語正式名称
原告A原告A特ダム法特定多目的ダム法
原告B原告B施行令特定多目的ダム法施行令
原告Aら原告A及び原告B施行規則特定多目的ダム法施行規則
原告会社原告有限会社J操作規則温井ダム操作規則
被告県被告広島県操作細則温井ダム操作細則
被告市被告広島市実施要領温井ダム放流警報実施要領
河川事務所国土交通省中国地方整備局運営要領温井ダム災害対策支部運営
太田川河川事務所要領
管理所国土交通省中国地方整備局サイレンダム放流警報設備
温井ダム管理所防災無線防災行政無線放送
所長国土交通省中国地方整備局本件車両広島xxx●xxxxの
温井ダム管理所長タクシー営業用車両
県警本部広島県警察本部本件災害原告Aらが遭った,本文中
可部署可部警察署第3の5の災害
準備本部災害警備準備本部本件現場原告Aらが本件災害に遭っ
警備本部災害警備本部た現場
警戒本部災害警戒本部○〔数字〕別紙本件現場見取図中,○
対策本部災害対策本部地点〔数字〕の地点
気象台広島地方気象台本件県道本件現場付近の下佐東線
台風14号平成17年の台風14号

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