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茶のしずく石けん東京訴訟
第1審判決
東京地方裁判所民事第6部
目次
主文・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
事実及び理由・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
第1章請求・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
第2章事案の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
第1事案の骨子・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
第2前提事実・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
1当事者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
2本件石けんの製造・販売・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
3食物アレルギーに関する医学的知見の概要・・・・・・・・・・・・・・7
4本件石けんによる小麦アレルギーの発症・・・・・・・・・・・・・・・10
5本件アレルギーの症例報告とその後の被告悠香及び関係機関の対応・・・10
6日本アレルギー学会の対応・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13
第3争点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17
第3章争点に関する当事者の主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17
第1争点1(本件石けんには欠陥があったか)・・・・・・・・・・・・・・・17
1原告らの主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17
2被告悠香の主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22
3被告フェニックスの主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27
4被告片山の主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
第2争点2(被告悠香は製造物責任法2条3項所定の製造業者等に当たるか)34
1原告らの主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
2被告悠香の主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36
第3争点3(本件石けんの引渡時に欠陥があることを認識できなかったか)・・39
1被告悠香の主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39
2被告フェニックスの主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51
3被告片山の主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59
4原告らの主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59
第4争点4(グルパール19Sには欠陥があったか)・・・・・・・・・・・・68
1原告らの主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・68
2被告片山の主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・82
第5争点5(グルパール19Sの引渡時に欠陥があることを認識できなかったか)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・95
1被告片山の主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・95
2原告らの主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・95
第6争点6(損害額の算定等)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・95
1原告らの主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・95
2被告悠香の主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・107
3被告フェニックスの主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・117
4被告片山の主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・121
第4章当裁判所の判断・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・121
第1基礎的事実関係に関する認定事実・・・・・・・・・・・・・・・・・・121
1グルパール19Sの概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・121
2本件石けんの概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・124
3アレルギーの概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・130
4食物アレルギーの概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・132
5本件アレルギーの概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・142
6行政上の安全規制・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・160
第2争点1(本件石けんには欠陥があったか)について・・・・・・・・・・163
1製造物責任法における欠陥について・・・・・・・・・・・・・・・・・163
2本件石けんの特性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・165
3被告悠香が本件石けんを引き渡した時期・・・・・・・・・・・・・・・172
4行政上の安全規制等・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・175
5本件石けんの欠陥の有無に関する結論・・・・・・・・・・・・・・・・176
第3争点2(被告悠香は製造物責任法2条3項所定の製造業者等に当たるか)に
ついて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・177
第4争点3(本件石けんの引渡時に欠陥があることを認識できなかったか)につ
いて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・182
1開発危険の抗弁の意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・182
2本件における開発危険の抗弁の適用と判断の枠組み・・・・・・・・・・184
3経皮・経粘膜感作・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・186
4交差反応・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・198
5経皮・経粘膜感作と交差反応の認識可能性に関する検討・・・・・・・・200
第5争点4(グルパール19Sには欠陥があったか)について・・・・・・・208
1部品・原材料の欠陥の判断枠組み・・・・・・・・・・・・・・・・・・208
2グルパール19Sの特性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・208
3通常予見される使用形態・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・216
4グルパール19Sの欠陥の有無に関する結論・・・・・・・・・・・・・216
第6争点6(損害額の算定等)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・217
1損害評価の基本的な考え方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・217
2損害額の算定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・225
3過失相殺について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・231
4素因減額について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・234
5各原告の損害の有無及びその額・・・・・・・・・・・・・・・・・・・235
6損益相殺について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・287
7遅延損害金の起算点について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・288
第7結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・288
平成30年6月22日判決言渡同日原本領収裁判所書記官長尾崇人
平成24年第11529号損害賠償請求事件(以下「第1事件」という。)
平成24年第21925号損害賠償請求事件(以下「第2事件」という。)
損害賠償請求事件(以下「第3事件」という。)
損害賠償請求事件(以下「第4事件」という。)
損害賠償請求事件(以下「第5事件」という。)
平成2621337号損害賠償請求事件(以下「第6事件」という。)
平成280213号損害賠償請求事件(以下「第7事件」という。)
口頭弁論終結日平成29年12月15日
判決
当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり
主文
1被告株式会社悠香及び被告株式会社フェニックスは,別紙損害金目
録の「原告名」欄記載の各原告に対し,連帯して,同目録の「認容額」
欄記載の金員及びこれに対する平成29年12月15日から支払済
みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告らの被告株式会社悠香及び被告株式会社フェニックスに対する
その余の請求並びに被告株式会社片山化学工業研究所に対する請求を
いずれも棄却する。
3訴訟費用は,原告ら,被告株式会社悠香及び被告株式会社フェニッ
クスに生じた各費用のそれぞれ9分の8並びに被告片山化学工業研究
所に生じた費用を原告らの負担とし,原告らに生じた費用の18分の
1及び被告株式会社悠香に生じた費用の9分の1を被告株式会社悠香
の負担とし,原告らに生じた費用の18分の1及び被告株式会社フェ
ニックスに生じた費用の9分の1を被告株式会社フェニックスの負担
とする。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1章請求
被告らは,別紙損害金目録の「原告名」欄記載の各原告に対し,連帯して,同
目録の「請求額」欄記載の金員及びこれに対する平成22年9月25日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2章事案の概要
第1事案の骨子
1本件は,通称「茶のしずく石けん」を使用した原告らが,石けんの使用によ
り小麦アレルギーに罹患し,その多くは小麦依存性運動誘発アナフィラキシー
を発症し,小麦摂取の制限や摂取後の日常生活の制限を受けることとなったな
どと主張して,上記石けんを製造販売した被告株式会社悠香(以下「被告悠香」
という。),上記石けんを製造した被告株式会社フェニックス(以下「被告フェ
ニックス」という。)及び上記石けんの原材料の一つとして配合された加水分解
コムギ末を製造した被告株式会社片山化学工業研究所(以下「被告片山」とい
う。)に対し,製造物責任法3条に基づき,連帯して,損害賠償として,別紙損
害金目録の「請求額」欄記載の金員(原告一人当たり1500万円又は100
0万円の包括一律請求)及びこれに対する上記石けんの最終出荷日である平成
22年9月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
の支払を求める事案である。
2原告らは,第1事件から第7事件まで7次にわたり訴えを提起し,原告らの
総数は169名となったが,そのうち,平成29年3月8日に118名,平成
30年2月13日に28名(訴訟承継が生じた原告については被承継人の数に
よる。)については,被告悠香及び被告フェニックスとの間で和解が成立し,被
告片山との間では訴えを取り下げたことにより訴訟が終了し,その余の原告ら
である別紙当事者目録記載の原告ら23名が本判決の対象となったものであ
る。
第2前提事実(末尾に証拠等を掲げたもののほかは当事者間に争いがない。)
1当事者
⑴原告らは,被告フェニックス又は被告悠香が製造し被告悠香が販売した「薬
用フェイスソープP」又は「薬用悠香の石鹸」を使用し,これらの石けん
に配合されていた加水分解コムギ末によって感作(特定種類の抗原に対して
生体の免疫細胞が反応しやすくなり,再度,これと同種の抗原が入ってきた
ときにアレルギー反応を発症しやすくなった状態をいう。)され,食物アレル
ギーの一種である小麦アレルギーに罹患した者である。(甲C◯(◯は本判決
の対象となる原告ら23名の各原告番号全てを指すものとする。)の1から3
まで(ただし,168の3,169の3を除く。),27の4,56の4,7
4の4)
⑵被告悠香は,平成15年5月に設立され,基礎化粧品,医薬部外品等の企
画,開発,通信販売等を主たる業務とする株式会社である。
⑶被告フェニックスは,昭和23年6月に設立され,洗顔石けん,浴用化粧
石けん,洗髪用シャンプー等の製造,輸入,販売等を主たる業務とする株式
会社である。
⑷被告片山は,昭和31年12月に設立され,ボイラー用水処理剤,冷却循
環水系防食剤,工業用水処理剤,食品素材の品質改良剤等の各種化学製品の
製造等を主たる業務とする株式会社である。
2本件石けんの製造・販売
⑴被告片山は,平成元年4月頃,工業用(配管等にカルシウム等が付着する
のを防止するためのスケール防止剤)として小麦中のタンパク質であるグル
テンの加水分解物の研究をする中で,これを加工食品の品質改良剤や食品・
食器の洗浄剤等としても利用できることを見いだし,この加水分解物に「グ
ルパール」との名称を付け,数種の製品を開発した。そのうち,「グルパール
19」は,乳化力(乳化剤が効率よく乳化粒子を分散させる性能),保水力(
保湿力)及び粒子分散力(粒子の凝集を防ぎ分散させる性能)に富む特徴を
有し,用途によって数種の製品がある。医薬部外品・化粧品用としては「グ
ルパール19S」があるが,これは食品用の「グルパール19H」と全く同
じ物質である。グルパール19Sは,分子量200万程度のグルテンをpH
1程度の酸によって95℃で40分間の加水分解をして製造されたものであ
り,その過程でグルテンの構成タンパク質であるグルタミンをグルタミン酸
に変化させること(脱アミド化)によって乳化性,親水性を高めていて,そ
の平均分子量は6万程度であった。グルパール19Sは,化粧品原料基準外
成分規格(以下「粧外規」という。)1993追補,化粧品種別配合成分規格
(以下「粧配規」という。),医療部外品原料規格(以下「外原規」という。)
2006に収載されている加水分解コムギ末に相当するとされている。加水
分解コムギ末とは,コムギの種子の粉を加水分解して得られる水溶性成分の
乾燥粉末をいう。(甲B78,乙ロA2から5まで,25,27,28,乙ハ
A1の1,31,39,137)
⑵被告フェニックスは,平成9年頃,石けんの製造をする中で,石けんにひ
び割れが生ずる現象を抑制する効能を有する添加成分を探しており,化学薬
品商社部門を有する篠永化成株式会社(以下「篠永化成」という。)に相談し
たところ,グルパール19Sを紹介された。そこで,被告フェニックスは,
サンプルを入手し石けんを試作したところ,石けんの泡の性状の改質効果が
あることが判明し,平成10年11月,篠永化成を通じて,被告片山から,
グルパール19Sを買い入れ,これを石けんに配合するようになった。なお,
被告フェニックスがグルパール19Sを買い入れる取引は平成22年8月ま
で継続し,被告片山から被告フェニックスに対する出荷は平成10年11月
30日から平成22年8月4日までであった。(甲A38,乙ロA45,乙ハ
A5,124,137)
⑶被告悠香の代表取締役社長であるBの両親であるC1及び
C2(以下「C夫妻」という。)は,無農薬茶葉の成分を含有する洗顔石け
んの製造を発案し,このアイディアを被告フェニックスに持ち込み,被告フ
ェニックスは,平成14年11月頃には,試作品を完成させた。当初は,販
売を目的としない試供品としてC夫妻によって配付されていたが,極めて
好評であったことから,Bがこの石けんの販売を事業とすることを
企図し,そのための会社として被告悠香が設立されるに至った。(被告片山と
の関係で,甲A20(いずれの枝番も含む。以下,枝番のある書証について
特に断らない限り同じ。),22)
⑷被告フェニックスは,薬事法(平成25年法律第84号による改正により
法律名が「医薬品,医療器機等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する
法律」に変更された。以下「薬事法」という。)に基づく化粧品及び医薬部外
品の製造業又は製造販売業の許可を得た上で,C夫妻の発案に係る石けん
「フェイスソープW」について化粧品製造承認を得て,製品販売名の届けを
行い,平成16年2月,被告悠香の委託により,これを製造するようになり,
被告悠香は,同年3月,「茶のしずく石けん」の名称で,化粧品として,通信
販売の方法により販売を開始した。さらに,被告フェニックスは,同年4月
16日,厚生労働大臣に対し,「フェイスソープW」の後継商品である「薬用
フェイスソープP」について薬事法に基づく医薬部外品製造承認の申請を行
い,厚生労働大臣は,平成17年6月7日,同申請を承認した。これを受け
て,被告フェニックスは,同日以降,医薬部外品として「薬用フェイスソー
プP」を製造することになった(以下,「フェイスソープW」も含めて,「薬
用フェイスソープP」ということがある。)。(甲A10,乙イA2の2,乙ロ
A1,45)
「薬用フェイスソープP」には,30グラム,60グラム及び110グラ
ムの3種類があり,いずれも被告片山が製造したグルパール19Sが重量比
で0.3%配合されていたが,これは,石けんの泡立ちやすさや使用後の顔
面皮膚の保湿維持等を目的とするものであった。「薬用フェイスソープP」は,
30グラムの商品につき平成22年9月26日まで,60グラムの商品につ
き同年5月21日まで,110グラムの商品につき同月12日まで出荷,販
売された。(甲A100,101,乙イA17,被告フェニックス及び被告片
山との関係で,甲A2,10,弁論の全趣旨)
⑸被告悠香は,平成21年3月19日,「薬用悠香の石鹸」について,薬事
法に基づき医薬部外品製造販売承認申請を行い,同年9月4日,同承認を取
得した。そして,被告悠香は,平成22年,「薬用フェイスソープP」の名称
を「薬用悠香の石鹸」に変更し,被告悠香が「製造販売元」となってこれ
を販売するようになった。もっとも,同石けんを実際に製造していたのは被
告フェニックスの工場であった。(甲A17の2,乙ロA45〔18頁〕)
「薬用悠香の石鹸」についても,30グラム(1個1050円),60グ
ラム(1個1980円)及び110グラム(1個3500円)の3種類があ
り,30グラムの商品については同年9月27日から,60グラムの商品に
ついては同年5月22日から,110グラムの商品については同年5月13
日から,それぞれ出荷,販売された。そして,同年9月26日までの出荷分
については被告片山が製造したグルパール19Sが配合されており,その後
は,これに代わって,同年12月7日までの出荷分につき加水分解コムギ末
であるプロモイスWG-SP,同月8日から平成23年6月19日までの出
荷分につき加水分解シルクであるシルクゲンGソルブルS-30Bが配合さ
れ,その後の出荷分については加水分解シルクも除外された(以下,グルパ
ール19Sが配合された「薬用フェイスソープP」及び「薬用悠香の石鹸」
を「本件石けん」という。)。(甲A2,10,18,乙イA17,乙ロA45
〔18頁〕,弁論の全趣旨)
⑹被告悠香は,本件石けんについて,登録制の通信販売により,顧客総数4
54万8000人ないし466万7000人に対して4650万8000個
を販売した。(甲A10,乙イA15,弁論の全趣旨)
3食物アレルギーに関する医学的知見の概要
⑴アレルギーとは,通常は無害な環境中の抗原に対して免疫系が過剰・異常
に反応し,様々な症状を引き起こすことをいう。世界アレルギー機構によれ
ば,アレルギー疾患とは,過敏症(健常被験者には耐えられる一定量の刺激
への暴露により,客観的に再現可能な症状又は徴候を引き起こす疾患)のう
ち免疫反応が関係するものと定義されている。細菌やウイルスのような危険
な異物(抗原)が体内に入ったときに,それを撃退する仕組みを免疫反応と
いうが,危険でない異物が体内に侵入したにもかかわらず,誤って免疫反応
が働き,体が不要な反応をしてしまうことがアレルギー反応である。アレル
ギー反応にはⅠ型からⅣ型までの4種類があるが,本件で問題になるⅠ型(
即時型)アレルギーでは,粘膜や皮膚などに多数存在する樹状細胞が体内に
侵入したアレルゲン(アレルギー反応を引き起こす抗原)に出会うと,これ
を異物として認識し,その異物がウイルスや細菌などの有害なものではない
と判断した場合には,その異物の情報を2型ヘルパーT細胞に伝え(抗原提
示),2型ヘルパーT細胞はB細胞に情報を伝え,B細胞はアレルゲン特異的
IgE抗体を作る。アレルゲンが体内に侵入して細胞がこれを認識して記憶
することを「感作」といい,こうして感作が成立すると,IgE抗体は,皮
膚や粘膜に多数存在するマスト細胞の表面にあるIgE受容体に結合する。
そして,アレルゲンが2回目以降に体内に侵入した際に,IgE抗体はアレ
ルゲンと結合する。すると,マスト細胞は,ヒスタミンやロイコトリエン等
の化学伝達物質の顆粒を放出し,これによってアレルギー反応が生ずること
になる。(以上につき,甲B24〔16頁以下,31頁以下〕,101,乙イ
B5,6,9,乙ロB1〔19頁以下,30頁以下〕,2〔45頁以下〕)
⑵食物アレルギーとは,食物中のタンパク質がアレルゲンとなるアレルギー
反応をいい,摂取した食物に対して免疫システムが過剰に反応して有害な症
状を起こすものである。食物アレルギー診療ガイドライン2012によると,
食物アレルギーとは,「食物によって引き起こされる抗原特異的な免疫学的機
序を介して生体にとって不利益な症状が惹起される現象」をいうとされてい
る。食後おおむね2時間以内に反応が出るタイプの食物アレルギーを即時型
という。原因となる食物としては,鶏卵,牛乳,小麦が多いとされ,患者ご
とにどのアレルゲンと反応するかは様々である。その症状としては,最も頻
度が高いのは皮膚症状であるが(88.6%),一つの臓器にとどまらず,皮
膚,呼吸器,消化器,循環器,神経等の複数の臓器に重い症状が現れること
もあり,このような複数臓器に全身性のアレルギー症状が惹起され生命に危
機を与え得る過敏反応をアナフィラキシーという。そのうち,血圧低下や意
識障害等のショック症状を伴う場合をアナフィラキシーショックといい,我
が国では,毎年3人程度が食物アレルギーによるアナフィラキシーショック
が原因で亡くなっている。原因食物を摂取した後に運動負荷や非ステロイド
系消炎鎮痛剤(NSAIDs)服用などの二次的な要因が加わったときにアナフィ
ラキシーを起こす疾患を食物依存性運動誘発アナフィラキシー(
Food-dependentexercise-inducedanaphylaxis;FDEIA)といい,食物抗原に対す
る即時型アレルギーが基本病態と考えられている。そのうち原因食物が小麦
であるものを小麦依存性運動誘発アナフィラキシー(
Wheat-dependentexercise-inducedanaphylaxis;WDEIA)という。(甲B26,2
7,28,甲総C29,43,108〔1頁〕,乙イB23の1〔6,7,9,
12頁〕・2,乙ロB10)
⑶日本小児アレルギー学会食物アレルギー委員会が作成した食物アレルギー
診療ガイドライン2012では,アナフィラキシー症状について,
Burks&Sampsonの提案したグレード分類を一部改訂した重症度分類が紹介さ
れている(別紙1。以下「アナフィラキシーのグレード分類」という。)。グ
レード1は限局性の症状であり,アナフィラキシーには当たらないもの,グ
レード2以上が全身性の症状でアナフィラキシーとなる。グレード4では,
皮膚症状,消化器症状のほか,呼吸器症状として喉頭絞扼感,ぜん鳴,呼吸
困難,チアノーゼ,嚥下困難等が,循環器症状として不整脈,血圧低下が,
神経症状として不穏,死の恐怖感が挙げられている。グレード5では,皮膚
症状,消化器症状のほか,呼吸器症状として呼吸停止が,循環器症状として
重篤な徐脈,血圧低下著明,心停止が,神経症状として意識消失が挙げられ
ている。なお,これらの症状が全て見られることが必須となるわけではない。
(甲総C29)
また,日本アレルギー学会が作成したアナフィラキシーガイドラインでも,
アナフィラキシーの重症度評価が掲載されており(別紙2。以下「臨床所見
による重症度分類」という。),最重度のグレード3(重症)では,消化器症
状として,持続する強い腹痛(自制外),繰り返す嘔吐・便失禁が,呼吸器症
状として,持続する強い咳き込み,呼吸困難,チアノーゼ,呼吸停止,締め
付けられる感覚等が,循環器症状として,不整脈,血圧低下,重度徐脈,心
停止が,神経症状として,ぐったり,不穏,失禁,意識喪失が挙げられてい
る。(甲総C108)
⑷免疫反応では,B細胞等の1個のリンパ球が反応する抗原は厳密に1種類
に限られ,他の抗原には反応しない。したがって,抗原とこれに対応する抗
体とは1対1の関係にある。このような1対1の対応性を免疫学的特異性と
いう。そのため,特定の抗原(アレルゲン)に対しては特定の抗体しか反応
しないのが原則であるが,当該アレルゲンのタンパク質の分子配列(エピト
ープ=抗原決定基の配列)が別種のアレルゲンと類似しているような一定の
場合には,その別種のアレルゲンについても反応することがある。このよう
な現象を交差反応といい,このようなアレルゲンの性質を交差抗原性と呼ぶ。
(甲B24〔16頁以下〕,104,乙イB23の1〔14頁〕・2,乙ロB
12)
4本件石けんによる小麦アレルギーの発症
平成21年頃,本件石けんを使用した者の中に,使用開始後数か月から数年
して,食物アレルギーの一種である小麦アレルギーに罹患する症例が,急に増
加してきた(以下,本件石けんの使用後に発症する小麦アレルギーを「本件ア
レルギー」という。)。典型的には,症状は,まず,本件石けんを使用したとき
に眼や皮膚のかゆみ,鼻炎症状が始まる。本件石けんの使用を続けると,石け
ん使用時の症状は少しずつ悪化する。そして,小麦を食べると,眼のかゆみや
腫れ,顔のかゆみや腫れ,鼻炎症状等の本件石けんを使用したときに出るのと
同様の症状が出ることが多く,症状が重篤の場合には,腹痛・下痢,血圧低下,
ふらつき,呼吸困難等の様々な症状(アナフィラキシー)が出現する。このよ
うな症状は,小麦を食べたときに必ず起こるとは限らず,小麦を食べた後,運
動をしたときにのみ症状が起こることも少なくない(小麦依存性運動誘発アナ
フィラキシー:WDEIA)。(甲A14,甲総C112)
5本件アレルギーの症例報告とその後の被告悠香及び関係機関の対応
⑴国立病院機構相模原病院(以下「相模原病院」という。なお,以下,病院
名については,初出から適宜略称を用いることとする。)の福冨友馬医師らは,
平成21年10月,第59回日本アレルギー学会秋季学術大会において,本
件アレルギーについて,初めての症例報告をした。(被告片山との関係で,甲
B10,甲総C112,乙ロB27)
⑵その後,同様の症例が20例近く報告されたことから,厚生労働省は,平
成22年10月15日,各都道府県衛生主管部(局)長に対し,「加水分解コ
ムギ末を含有する医薬部外品・化粧品の使用上の注意事項等について」(医薬
食品局安全対策課長・審査管理課長通知。甲A1)を発出し,その中で,複
数の医療機関から加水分解コムギ末を含有する製品(ただし,本件石けんを
特定していない。)を使用後に顔のかゆみ等が現れるほか,小麦含有食品を摂
取した後の運動時にアナフィラキシー反応等の全身性のアレルギーを発症し
た症例が報告されているとして,①加水分解コムギ末を含有する医薬部外品
・化粧品については,製品中に小麦由来成分が含まれている旨及び使用中に
異常があった場合は使用を控える旨をその容器又は外箱等に記載すること,
②各製造販売業者において,その製造販売する加水分解コムギ末を含有する
製品の使用者が全身性のアレルギーを発症したとする研究報告を入手してい
る場合は,医薬品医療器機総合機構あて速やかに報告を行うとともに,購入
者に対して全身性のアレルギーを発症した症例が報告されている旨の情報提
供と注意喚起に努めることなどの指導を要請した。
⑶被告悠香は,平成22年10月20日,ホームページに「安心してお使い
いただくために」と題して,本件石けんの使用者に対し,使用に当たって何
か異常を感じたら医師に相談するように求める内容の案内を掲載し,同年1
1月,直近2年間に購入実績のある顧客を中心にダイレクトメール約124
万通を送付し注意喚起をした。さらに,被告悠香は,同年12月8日に本件
石けんへの加水分解コムギ末の配合をやめ加水分解シルクを配合することに
する成分の変更を行い,平成23年1月4日及び4月19日にも,顧客に対
し,成分変更後の石けんとの交換を呼びかける旨のダイレクトメールをそれ
ぞれ約127万通及び約105万通送付して注意喚起をした。(被告フェニッ
クス及び被告片山との関係で,甲A4,15の1,24)
⑷その後も,平成23年5月の第23回日本アレルギー学会春季臨床大会に
おいて,複数の医療機関から症例報告がされたことから,被告悠香は,厚生
労働省と協議の上,石けんの自主回収に踏み切り,同月20日,ホームペー
ジに「旧茶のしずく石鹸(昨年12月7日以前販売分)をまだお持ちのお客
様へ」を掲載し,自主回収を行う旨を公表した。なお,自主回収は,グルパ
ール19Sを配合した本件石けんのほか,その後継商品であるプロモイスW
G-SPを配合した石けんについても対象とされた(ただし,プロモイスW
G-SPを配合した石けんについて小麦アレルギー発症の報告がされた形跡
はない。乙ハA139の3〔35頁〕)。厚生労働省も,同日,「小麦加水分解
物含有石けん『茶のしずく石鹸』の自主回収について」を公表した。被告悠
香は,同月30日,平成22年12月7日以前の購入者466万9000人
に対し,回収のお知らせの葉書を送付し,平成23年7月にも約441万人
に対して同様の葉書を送付した。(被告フェニックスとの関係で,甲B14か
ら16まで,被告フェニックス及び被告片山との関係で,甲A2,4,5,
15の2・3,23から25まで,34)
⑸消費者庁は,平成23年6月7日,「小麦加水分解物含有石鹸『茶のしずく
石鹸』について」と題するプレスリリース(甲A3)を発し,その中で,茶
のしずく石けんの使用者が小麦アレルギーとなった事例がこれまでに医療機
関から67件報告されているとし,被告悠香では,平成22年12月7日以
前の旧製品を使わないようにお願いするとともに自主的に回収しているとし
て,消費者に対し,新製品との交換又は返品を呼びかけた。
⑹独立行政法人国民生活センターは,平成23年7月14日,「小麦加水分解
物を含有する『旧茶のしずく石鹸』(2010年12月7日以前の販売分)に
よる危害状況について-アナフィラキシーを発症したケースも-」(甲A4)
を報道発表し,消費者に対して被告悠香が石けんの回収を行っていることを
情報提供し商品を使用しないよう注意を呼びかけるとともに,同センターに
多くの危害情報が寄せられていること及びその概要等を公表した。消費者庁
は,同年9月8日にも,続報(甲A5)を報道発表した。
⑺厚生労働省は,平成23年8月24日,各都道府県知事に対し,「医薬部外
品又は化粧品の使用による健康被害の報告について」(医薬食品局長通知。甲
A6)を発出し,小麦を加水分解した成分を含有した洗顔製品の使用者にお
いて,小麦含有食品を摂取してその後に運動した際に全身性のアレルギーを
発症した事例の報告に言及した上で,医療機関からの医薬品・医療器機等安
全性情報報告制度に基づく報告がされていない症例があるとして,医療機関,
薬局等に症例の迅速な報告を周知させるよう依頼した。また,厚生労働省は,
同日,各都道府県衛生主管部(局)長に対し,「医薬部外品又は化粧品にかか
る研究報告について」(医薬食品局安全対策課長通知。甲A7)を発出して,
医薬部外品又は化粧品の製造販売業者等は,法令上,その製造販売し,又は
承認を受けた医薬部外品又は化粧品について,有害な作用が発生するおそれ
があることを示す研究報告を知ったときは厚生労働大臣に報告しなければな
らないとされていることを踏まえ,遅滞なく報告を行うことの周知徹底を依
頼した。さらに,厚生労働省は,同年9月9日,各都道府県衛生主管部(局)
長に対し,「小麦由来成分を配合する医薬部外品及び化粧品への成分表示につ
いて」(医薬食品局審査管理課長・安全対策課長通知。甲A8)を発出して,
小麦由来成分を配合する医薬部外品及び化粧品について,容器又は外箱等に
その成分名及び小麦由来である旨等を表示するよう医薬部外品製造販売業者
等及び関係団体等に対して周知することを依頼し,自らも日本化粧品工業連
合会等の業界団体に対して周知を行った。
⑻日本化粧品工業連合会は,平成23年8月26日,傘下の会員に対し,「加
水分解コムギ末を含有する化粧品(薬用化粧品等を含む)の安全性に関する
問題とその対応について」を発出し,加水分解コムギ末のうち,酸分解で製
造したものであって平均分子量5万~6万程度のものを,今後化粧品及び薬
用化粧品等の医薬部外品に配合しないこと,化粧品規制緩和により化粧品に
配合する成分については企業責任の下に安全性を確認し選択した上で配合で
きる制度となったが,「企業責任」ということを今一度よく考え,成分の安全
性については万全を期すこと,石けん類等は皮膚に適用する化粧品として注
意表示を記載すること等について要請をした。(甲A68)
6日本アレルギー学会の対応
⑴一般社団法人日本アレルギー学会(以下「日本アレルギー学会」という。)
は,本件アレルギーに対応するため,平成23年7月4日,化粧品中のタン
パク加水分解物の安全性に関する特別委員会(委員長:藤田保健衛生大学・
松永佳世子教授。以下「アレルギー学会特別委員会」という。)を設置し,診
断基準の策定,検査法の構築,発症機序の解明,障害実態の把握,症例集積
方法の確立等を行った。(甲総C129,乙イB1の1)
⑵アレルギー学会特別委員会は,平成23年10月11日,「茶のしずく石鹸
等に含まれた加水分解コムギ(グルパール19S)による即時型コムギアレ
ルギーの診断基準」(以下「本件診断基準」という。甲A13)を作成した。
本件診断基準では,次のとおりとされている。
ア確実例
以下の①,②,③をすべて満たす。
①加水分解コムギ(グルパール19S)を含有する茶のしずく石けん等
を使用したことがある。
②以下のうち少なくとも一つの臨床症状があった。
②-1)加水分解コムギ(グルパール19S)を含有する茶のしずく石
けん等を使用して数分後から30分以内に,かゆみ,眼瞼浮腫,鼻汁,
膨疹などが出現した。
②-2)小麦製品摂取後4時間以内にかゆみ,膨疹,眼瞼浮腫,鼻汁,
呼吸困難,悪心,嘔吐,腹痛,下痢,血圧低下などの全身症状が出た。
③以下の検査で少なくとも一つ陽性を示す。
③-1)グルパール19S0.1%溶液,あるいは,それより薄い溶液
でプリックテスト陽性を示す。
③-2)ドットブロット,ELISA,ウエスタンブロットなどの免疫学的
方法により,血液中にグルパール19Sに対する特異的IgE抗体が存
在することを証明できる。
③-3)グルパール19Sを抗原とした好塩基球活性化試験が陽性であ
る。
イ否定できる基準
グルパール19S0.1%溶液でプリックテスト陰性
ウ疑い例
ア①②を満たすが③を満たさない場合は疑い例となる。
*ただし①②を満たすが③を満たさない場合でも,血液特異的IgE抗
体価検査やプリックテストでコムギ又はグルテンに対する感作が証明さ
れ,かつω-5グリアジンに対する過敏性がないか,コムギ及びグルテン
に対する過敏性よりも低い場合は強く疑われる例としてよい。
⑶アレルギー学会特別委員会は,平成24年5月28日,中間報告を公表し
た。同中間報告では,本件アレルギー発症のメカニズムとして,本件石けん
により繰り返し入念に洗顔をすることで,抗原(グルパール19S)が毎日
少しずつ経皮的・経粘膜的に吸収され,抗原提示細胞によって抗原がリンパ
球に提示され,特異的IgE抗体が産生し,肥満細胞の表面に結合して,ア
レルギー症状の準備状況を作ったと考えられること,経皮・経粘膜的に感作
され,特異的IgE抗体を産生し続けた個体では,やがて,コムギ製品を摂
取すると全身性のアレルギー症状を発症するようになることが示されてい
る。(乙イB1の1〔特に11頁〕)
⑷アレルギー学会特別委員会の委員らは,平成29年6月17日,本件アレ
ルギーに関する最終的な報告を取りまとめ,免疫アレルギー分野の臨床医学
雑誌JournalofAllergyandClinicalImmunologyにおいて「日本での洗顔石けん
による加水分解コムギタンパク質に対する即時型アレルギーのアウトブレイ
ク」と題する論文を発表するとともに,日本アレルギー学会は,その要旨を
プレスリリースとして公表した。その概要は,次のとおりである。
ア平成24年4月から26年10月まで実施された本件アレルギーの疫学
調査の結果,本件診断基準を満たす確実例は2111例であり,そのうち
詳細な臨床情報を得ることができる899例についてみると,①石けんを
使用中又は使用後の皮膚症状については,症状があったものが71%(眼
瞼の腫れが40%,蕁麻疹,かゆみ,発赤が31%),症状がなかったもの
が27%,②小麦摂取後の症状については,眼瞼の腫れ77%,蕁麻疹6
0%,呼吸困難43%,紅斑38%,かゆみ31%,アナフィラキシーシ
ョック25%,下痢16%,吐き気14%,鼻水13%,嘔吐11%,鼻
づまり11%で経験があるとされている。小麦摂取後の眼瞼腫脹が本件ア
レルギーの特徴であり,本件アレルギーは,洗顔時に眼や鼻の粘膜から感
作した可能性を示している。患者は,本件石けんを繰り返し顔に使用した
ため,おそらく,瞼や鼻を通じてアレルゲンへの暴露が行われ,瞼に強い
アレルギー反応がもたらされたと思われる。
イ本件アレルギーの症例では,血液中にグルパール19S特異的IgE抗
体が認められる。また,多くの症例でグルテン特異的IgE抗体も認めら
れる。グルパール19Sに感作したことで体内に作られたIgE抗体は,
食物中の小麦に対しても交差反応により結合し,アレルギー症状が誘発さ
れたと考えられる。これらの結果は,本件石けんに使用されたグルパール
19Sが本件アレルギーの発症原因であることを示している。これまでの
他の研究から,小麦グルテンの酸加熱処理により抗原性が増すこと,本件
アレルギーのIgE抗体は,小麦タンパク質の脱アミド化されたアミノ酸
配列に強く結合することなどが分かってきており,小麦の脱アミド化した
タンパク質が経皮・経粘膜的に感作し,本件アレルギーが発症したものと
考えられる。
ウ本件石けんの使用を中止した後,患者のグルパール19S特異的IgE
抗体は,経時的に減少し,症状も緩和し小麦摂取が可能になるまで回復し
た症例も多く見られるようになってきており,今後も小麦摂取が可能な症
例の割合は増えていくことが予想される。110名の本件アレルギーの患
者に関する報告では,寛解率は,本件石けんの使用中止の60か月後で5
6.1%とされている。他方で,現在も小麦の摂取を回避している,又は
制限のある状況で小麦を摂取している症例もある。
(以上につき,甲総C129,130,乙ハB26)
第3争点
原告らは,製造物責任法3条に基づき,被告悠香及び被告フェニックスに対し
て本件石けんの欠陥による製造物責任を主張し,また,被告片山に対してグルパ
ール19Sの欠陥による製造物責任を主張する。これに対し,被告らは,本件石
けんの欠陥(同法2条2項)を否認し,被告悠香においては,被告悠香が製造物
責任の主体となる製造業者等(同法2条3項)であることを否認し,被告片山に
おいては,グルパール19Sの欠陥についても否認する。また,被告らは,本件
石けん又はグルパール19Sの引渡時における科学又は技術に関する知見によっ
ては欠陥があることを認識できなかったとする,いわゆる開発危険の抗弁(同法
4条1号)を主張する。さらに,原告は,包括一律請求としての損害賠償を主張
するのに対し,被告らは,損害額について争い,過失相殺・素因減額・損益相殺
を主張する。
したがって,本件の争点は,次のとおりとなる。
1本件石けんには欠陥があったか(争点1)
2被告悠香は製造物責任法2条3項所定の製造業者等に当たるか(争点2)
3本件石けんの引渡時に欠陥があることを認識できなかったか(争点3)
4グルパール19Sには欠陥があったか(争点4)
5グルパール19Sの引渡時に欠陥があることを認識できなかったか(争点5)
6損害額の算定等(争点6)
第3章争点に関する当事者の主張
第1争点1(本件石けんには欠陥があったか)
1原告らの主張
⑴製造物責任法における欠陥の考え方
ア製造物の「欠陥」とは,「当該製造物が通常有すべき安全性を欠いている
こと」をいい,その判断においては,「当該製造物の特性,その通常予見
される使用形態,その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の
当該製造物に係る事情を考慮」すべきことになる(製造物責任法2条2
項)。具体的な考慮事情としては,製品の表示・警告,製品の効用・有効
性,価格,被害発生の蓋然性・程度・内容,被害発生の回避の可能性,代
替製品の利用可能性,法令上の安全規制等が挙げられるが,これらの考慮
事情がすべての製品事故で考慮されるというのではなく,個々の製品事故
ごとに必要な範囲で考慮して判断すべきものである。
イ欠陥の認定に当たっては,製造物の客観的性状を基準とすべきであって,
過失判断において考慮される予見可能性や結果回避可能性といった製造
業者等の主観的要素等を考慮することは,厳格責任・無過失責任による製
品被害の救済を本旨とする製造物責任法の法意を損なうものであって許
されない。
ウ製造物の欠陥に起因して被害を受けた者が損害賠償請求訴訟を提起する
に当たっては,①被害が当該製造物によって発生したこと(製品起因性)
と,②その被害発生の時点において被害者たる製造物使用者が当該製造物
を「通常予見される使用形態」の下で使用したこと,の2点を主張立証す
れば足り,これらの2点が主張立証されれば,当該製造物に欠陥が存在す
ることが事実上推認される。被害者は,これ以上に,被害発生の科学技術
的,専門的機序のレベルの詳細にまで立ち入って,製品事故の発生原因と
なった当該製造物の技術的欠陥を個別具体的に特定して主張立証するこ
とまで求められるものではない。
したがって,原告らは,上記①②を主張立証すれば足りるが,被告らの
反論に鑑み,上記アの考慮事情についても以下のとおり適宜主張すること
とする。
⑵製品起因性
原告らが本件石けんを継続的に使用した結果により本件アレルギーを発症
したことは,本件アレルギーの医学的機序に係る多くの医学文献があること,
原告ら全員について本件石けんの購入・入手の履歴があること,原告らはア
レルギー学会特別委員会の本件診断基準に合致するとの診断を受けているこ
との各事実に照らし,明らかである。
⑶本件石けんの特性
本件石けんは,医薬部外品である洗顔石けんであるから,日々,継続的に
人肌に直接使用され,その配合成分が表皮の脆弱な顔面の皮膚や眼瞼粘膜・
鼻腔粘膜に不可避的に反復継続して長期間にわたり接触し続けることが想定
されている製品である。本件石けんのパッケージには,「医薬部外品無農薬
栽培茶葉使用」「皮膚の清浄,にきび・肌荒れを防ぎます」「もっちり泡」な
どの様々な効能が表示され,チラシ・パンフレット等では肌質改善,シミ対
策が強調され,1個1980円(60gの商品)で一般消費者に通信販売さ
れたものである。
⑷本件石けんの通常予見される使用形態
本件石けんの使用上の注意としては,毎日の洗顔やダブル洗顔(二度洗い)
が推奨され,他方,パッケージ上の注意事項としては「お肌に異常があると
き,お肌に合わないときはご使用をおやめください。」との医薬部外品・化粧
品においてよく見られる一般的な記載があるにとどまり,Ⅰ型アレルギーの
感作の危険性との関係で特段の指示・警告は存在しない。原告らは,本件石
けんをパッケージやパンフレット等の表示に従って,日々の洗顔・身体洗浄
に使用していたものであって,このような原告らの使用が「通常予見される
使用形態」の範囲内のものであることは明らかである。
⑸被害発生の蓋然性と被害の程度及び本件石けんの効用・有用性
ア本件アレルギーの患者は,アレルギー学会特別委員会の本件診断基準を
満たす確実例だけで2111名とされており,未登録の症例も含めると最
大4000名もの患者が発症したものと推測されており,本件石けんの使
用者の約1000人に1人の割合で発症した計算となる。このように本件
アレルギーの発症率は約0.1%と高く,患者は全国に広がっている。ま
た,アレルギー学会特別委員会委員長の松永佳世子教授によれば,症例全
体の55%が小麦摂取時にアナフィラキシー等で生命の危機を脅かされ
た重症例であったと指摘されており,本件アレルギーの症状は重篤であ
る。さらに,本件アレルギーの患者らの半数が略治(3か月間症状が出な
い状態であって完治を意味するものではない。)に至るには65.3か月
を要し,石けん使用中止後5年経過時点の略治率は約40%にとどまって
おり,現在もなお相当数の患者が小麦アレルギーの症状に苦しめられてい
る。
イ他方で,医薬品については,その不可欠な社会的効用から,極めて低い
発症率で副作用があるとしても社会通念上安全と評価される場合もある。
しかし,本件石けんは医薬部外品である洗顔石けんにすぎず,その本質は
嗜好品であって,グルパール19Sを配合したことによる効用・有用性は
単に泡の改質程度にすぎず,同程度の品質・性能の代替製品は無数に存在
することから,1000人に1人という発症率とアナフィラキシーの発症
を正当化するに足りる強度の社会的有用性は認められない。
ウなお,被告らは,本件アレルギーの遷延例に対して,ゾレア(オマリズ
マブ)による治療が可能である旨を主張するが,ゾレアの長期投与の臨床
試験は現在も実施の途上にあり,本件アレルギーがゾレアの長期投与によ
って治癒ないし略治に至るかに関する医学文献(エビデンス)はない。ま
た,仮に今後ゾレアによる治療法が確立したとしても,本件石けんが市場
に置かれた引渡時には未確立であったのであるから,本件石けんの欠陥を
否定すべき事情となるものでもない。むしろ,本件石けんの引渡時には,
成人のWDEIAについては,治癒・寛解が非常に困難であるとの知見が存
在していたのであり,これを前提として安全性の有無を評価すべきであ
る。
⑹本件石けんを引き渡した時期
ア本件石けんが引き渡された時期は平成16年3月から平成22年9月
までであるが,医薬部外品である洗顔石けんとしての本件石けんの特性
や,毎日,反復継続して洗顔・身体洗浄に使用されるという本件石けんの
用途に加え,本件アレルギーによりアナフィラキシー等の重篤な症状を発
症して生命の危険にさらされるという危険性のレベルを踏まえると,引渡
時に社会通念上求められていた安全性の要請を満たしていたとは考え難
い。
イまた,本件石けんを製造するために,あえて抗原性が極めて高い小麦グ
ルテンを原材料とするグルパール19S又は他種の加水分解コムギ末を
配合する必要性・必然性は全くなく,他の原材料を配合して同程度の品質
・性能の洗顔石けんを製造することは可能であったから,本件石けんが引
き渡された当時,代替設計の技術的実現可能性は優に認められる。
⑺行政上の安全規制と安全性試験の実施
ア被告フェニックスは,本件石けんが製造承認を得ていることなど行政上
の安全規制に合致している旨を主張する。
しかし,行政上の安全規制は,製品事故防止を目的として製品の製造・
販売に際して充足すべき最低基準を定めた取締規定であるとともに,企業
の製品安全対策や消費者の購入・使用に係る評価のガイドラインとなるも
のであるが,これに対して,製造物責任法上の欠陥は,製品事故が発生し
た場合の被害救済のためのルールを定めるものであり,両者は意義・目的
を異にしている。したがって,行政上の安全規制への合致は,欠陥判断の
考慮事情の一つであるにとどまり,本件石けんが製造承認を得ていること
は直ちに欠陥を否定する理由にはならない。
イそもそも,本件石けんは,①食物アレルギーの原因食物として第3位で
ありアレルギーとの関係では危険性が高いとされる小麦から生成された
加水分解コムギ末を原材料として用い,②その加水分解コムギ末として,
一般的に抗原性が喪失されると想定される分子量1万以下まで加水分解
を行ってエピトープの開裂を進めることなく,平均分子量6万と設定して
製造されたグルパール19Sを配合し,③その配合先が経皮感作リスクを
高める作用のある界面活性剤の塊である石けんであった点において,安全
性を欠くものである。被告フェニックスは,本件石けんについて安全性試
験を実施したなどと主張するが,原告らは安全性試験の有無を問題にして
いるわけではなく,また,同被告が行ったとする安全性試験は,Ⅰ型アレ
ルギーに対する適応が認められないパッチテスト等であって,本件石けん
の上記の安全性に関する問題との関係では的外れというほかない。
⑻まとめ
以上によれば,原告らの本件アレルギー発症は本件石けんの継続的な使用
によるものであるところ,原告らは本件石けんを通常予見される使用形態の
下で使用していたものであるから,本件石けんに欠陥が存在することが事実
上推認される。そして,本件石けんの特性や被害発生の蓋然性とその程度等
の他の考慮要素を踏まえても,上記推認を妨げるべき事情はないから,本件
石けんに欠陥があったものというべきである。
2被告悠香の主張
⑴アレルギーと欠陥との関係
アアレルギーとは,身体にとって有用又は無害な異物が侵入した際に,誤
って過剰な免疫反応が働き,自らの身体を傷つけるなどの不要な反応をし
てしまうことをいう。すなわち,人間の身体は侵入してきた有害な病原体
を効率的に排除するため,一度侵入した物質の特徴を記憶する役割を果た
す免疫グロブリン(Ig)と呼ばれるタンパク質(抗体)を備えており,
再度異物が侵入すると,これを排除する仕組みになっている。このような
仕組みを免疫というが,免疫反応が本来は有用又は無害な異物に対して過
剰に生じてしまうことがあり,これをアレルギーという。また,抗体を作
り出す物質(異物)を抗原といい,アレルギーを生じさせる抗原を特にア
レルゲンという。
イこのようにアレルギーとは,本来,身体にとって有用又は無害な異物に
対して誤って過剰な免疫反応が働くことをいうのであるから,かかる有用
又は無害な異物であるにすぎない本件石けんが欠陥に当たるとはいえな
いし,誤って過剰に引き起こされた免疫反応について製造業者が法的責任
を負わなければならないというものでもない。アレルゲンには,化粧品な
どの化学物質のほか,自然界に存在する動植物,金属など広範な物質が当
たるのであるが,アレルゲンを含むあらゆる商品が全て欠陥に該当すると
すれば,明らかに不都合である。
ウまた,通常であれば,抗原が身体に侵入しても何ら反応が起きないので
あるから,アレルギー発症の主たる原因は過剰な免疫体質ということにな
る。さらに,過剰な免疫体質の原因はいまだ定説がないものの遺伝的要因
又は環境的要因が疑われており,これらは本件石けんの特性とは無関係の
事象である。この点,原告らは,本件アレルギーの原因は本件石けんに配
合されたグルパール19Sであると主張するが,原告らの主張は,「抗原
が何であるか」と「本件アレルギーが生じた原因が何であるか」を混同す
るものである。すなわち,原告らの主張は,本件アレルギーの抗原がグル
パール19Sであるというにすぎず,本件石けんの「欠陥」と本件アレル
ギーが生じたこととの因果関係について何ら主張立証がされていない。
エ以上によれば,本件石けんには欠陥はなく,本件石けんと本件アレルギ
ーの発症との間には因果関係もない。
⑵医薬部外品・化粧品によるアレルギーと欠陥との関係
ア人間は自然界に存在する全ての物質に対してアレルギー反応を起こし得
るから,アレルギー反応を引き起こす可能性がない医薬部外品・化粧品は
考えにくい。そのため,アレルギー反応を引き起こす可能性があることは,
医薬部外品・化粧品の使用に内在する危険性であるといえる。したがって,
このような危険性があるからといって,直ちに当該医薬部外品・化粧品は
「通常有すべき安全性を欠く」ものと解することはできない。この点は,
製造物責任法の立法時の検討において,「医薬部外品,化粧品による皮膚
トラブル等については,消費者の特異な体質,体調と相まって生じる場合
があり,一概にこれを欠陥とすることは適当でない」とされていたことや,
医薬部外品・化粧品の使用によるアレルギー発症が問題とされた過去の裁
判例において,「化粧品を使用した消費者の中にアレルギー反応による皮
膚障害を発生する者がいたとしても,それだけでその化粧品が通常有すべ
き安全性を欠いているということはできない」とされていたことなどに照
らし,一般に共有されている考え方といえる。
イもっとも,医薬部外品・化粧品に内在する危険性を指示警告文言として
表記していなければ,その点についての欠陥は認められ得るものである。
しかし,本件石けんについては,外箱において「お肌に異常がある時,お
肌に合わない時はご使用をお止めください。」,「使用中,赤み,かゆみ,
刺激等の異常が出た場合は,使用を中止し皮膚科専門医へご相談くださ
い。」,包装紙において「お肌に合わないときはご使用をおやめください。」
等と指示警告をしていた。そして,本件アレルギーは,本件石けんの継続
使用により発生し,その初期症状は目のかゆみ,皮膚のかゆみ,鼻炎から
始まるのが典型例であったから,上記の指示警告文言の内容は必要十分で
あった。
ウ以上によれば,本件石けんの使用によりアレルギー反応が発生したとし
ても,本件石けんには必要十分な指示警告文言が付されており,欠陥があ
るとはいえない。
⑶本件アレルギーの発症率等と欠陥との関係
ア本件石けんの使用により本件アレルギーを発症したとして本件診断基準
を満たした者の数は2111例であって,本件石けんを使用した者の数に
占める割合(本件アレルギーの発症率)は,概算で0.03%にすぎない。
これは,平成29年度における全国の裁判官の数(簡易裁判所判事を除
く。)3035名のうち,わずか1名に相当する数値であって,確率的に
極めて低いものであることが容易に理解できる。本件アレルギーの発症者
数が相対的に多くなったのは,本件石けんを被告悠香から直接入手した者
の数が平成22年9月25日までで約455万人であって,我が国の成人
女性の約12人に1人の割合となることからも分かるように,本件石けん
が洗顔用石けんとしてまれにみるほどに爆発的なヒット商品であったこ
とによるものである。
イアレルギーの発症率がどの程度であれば通常有すべき安全性を欠くこと
になるかについては,我が国では裁判例の集積がない。しかし,米国では,
製造者が数少ない消費者の未知の特異体質について責任を負うことにな
るのは,技術革新を妨げ,製品価格を上昇させ,商取引にその他のマイナ
スの影響を与える可能性があって,製造者及び消費者の利益に反すること
から,「相当数」の人にアレルギー反応が生じていない場合には無過失の
製造物責任は適用されないこととされている。そして,「相当数」の判断
においては,アレルギー反応の発生割合が重要な意味を持ち,裁判例の分
析からすると0.1%を上回らなければ無過失の製造物責任は適用されな
いとのことである。我が国の製造物責任法の欠陥の解釈としても,アレル
ゲンとの関係において,通常の消費者が製造物を普通に使用した場合に危
険であるかに着目するのが合理的であり,米国と同様に,発症率が少なく
とも0.1%を上回らなければ,通常の消費者が製造物を普通に使用した
場合にアレルギー反応が生じているとはいえない。そして,本件アレルギ
ーの発症率が約0.03%であることを前提とすると,本件石けんには欠
陥があるとはいえないことになる。
ウまた,本件アレルギーの症状は,本件石けんの使用を中止することによ
り被害が回復する傾向が顕著に認められ,原告らの経口小麦アレルギーが
回復・治癒傾向にあることは明らかであって,大多数がもともと又はその
後の時の経過によって特段の問題なく小麦を摂取することができており,
早期の時点で食事制限・行動制限等は皆無となっていた。
エ以上によれば,本件アレルギーの発症率は極めて低く,そのアレルギー
の程度も顕著な回復可能性が認められているものであるから,本件石けん
に医薬部外品・化粧品として通常有すべき安全性を欠く欠陥があるとまで
はいえない。
⑷その他の事情について
ア本件アレルギーの原因
一般的なアレルギーの原因としては,医学的な定説はないものの,遺伝
的要因又は環境的要因が強く示唆されている。本件アレルギーの原因につ
いても,依然として不明なままであるものの,アレルギー学会特別委員会
委員長の松永佳世子教授によれば,特定の遺伝子の配列が強い影響を与え
たことまでは明らかになったとのことである。したがって,仮に本件アレ
ルギーについて製造業者等に責任を負わせることがあるとすれば,本件ア
レルギーの原因が不明であるにもかかわらず,被害救済の美名のもとに製
造業者等に対して結果責任を強いるものにほかならず,これでは,製造物
責任法が「欠陥」を要件とした法意を明らかに損なうものとなる。
イ本件石けんの引渡時期における知見
小麦成分をどのように加工し,どの程度まで分解すれば経皮・経粘膜感
作を通じて本件アレルギーを発症させることになるのか,また,経皮・経
粘膜感作の成立によって小麦製品との間において交差反応が生ずるのか
といったことについての正確な医学的知見は,本件石けんの引渡時期のみ
ならず,現時点においても存在しない。こうした事情も本件石けんの欠陥
を否定すべき事実といえる。
ウ本件石けんは法令規制に完全に適合していること
本件石けんは,被告フェニックスが厚生労働省の定める薬事法上の所定
の手続に則って適切に承認を得た上で製造販売をしたものであり,このこ
とは欠陥判断における重要な考慮要素の一つとなる。この点も,本件石け
んに欠陥があるとはいえないことを裏付けるものである。
エ本件石けんの効用及び社会的有用性
本件石けんは,主として美容,容貌の変化等の自己実現を目的として使
用される製品であり,歴史的,文化的,社会的に意義を有するものである
から,医薬品に準ずる有用性が認められる。
⑸被告フェニックスの主張の援用
本件石けんの欠陥論に関するその余の点については,被告フェニックスの
主張を援用する。
⑹まとめ
以上によれば,本件石けんの使用により本件アレルギーが発症したとして
も,本件石けんに欠陥があったとは認めることができず,本件石けんと本件
アレルギーの発症との間に因果関係も認められない。
3被告フェニックスの主張
⑴製造物責任法における欠陥の判断枠組み
ア本件石けんの欠陥の有無,すなわち本件石けんが通常有すべき安全性を
欠いているか否かを判断するには,本件石けんの特性,通常予見される使
用形態,本件石けんを引き渡した時期その他の本件石けんに係る事情を総
合考慮する必要がある。
イ原告らは,①被害が当該製造物によって発生したことと②その被害発生
の時点において被害者たる製造物使用者が当該製造物を「通常予見される
使用形態」の下で使用したことの2点を主張立証すれば,欠陥の存在が事
実上推定される旨を主張する。しかし,事実上の推定がされるか否かは当
該製造物の特性等によるのであり,医薬部外品・化粧品については,本来
的にアレルギー反応を引き起こす危険性を内在したものである以上,これ
を使用した消費者の中にアレルギー反応が発生したとしても直ちに欠陥
が存在するとはいえない。したがって,原告らは,主張立証責任の原則ど
おり,本件石けんのどこに欠陥があると主張するのかを特定しなければな
らない。
⑵本件石けんの特性
本件石けんの欠陥の有無を判断する際に,最も重要な点として,①アレル
ギー発症の医学的機序,アレルゲンとなり得る物質及び交差反応の範囲はい
まだ解明されておらず,全ての使用者との関係でアレルゲンとなり得る成分
をあらかじめ排除することは技術的に不可能であるから,人の皮膚などに直
接接触させて使用することを前提とする医薬部外品・化粧品には不可避的に
アレルギー発症の危険性が内在していること,②アレルギー症状は,毒性物
質のように使用する全ての人に発生するものではなく,非毒性物質によって
ある特定の人についてのみ生ずる不利益な作用であり,このようなアレルギ
ー被害の特殊性から,毒性物質のようにあらかじめ排除することは不可能で
あること,が考慮されるべきである。
このような本件石けんの医薬部外品・化粧品としての特性に鑑みれば,単
発的にアレルギー被害が発生したとしても,そのことのみをもって直ちに本
件石けんに欠陥があると評価されることにはならない。
アレルゲンを含有している医薬部外品・化粧品に欠陥があると評価される
ためには,問題となるアレルゲンと他のアレルゲンとの間に有意的差異があ
ること,より具体的には,当該アレルゲンによるアレルギー被害が他のアレ
ルゲンによるアレルギー被害と比較して,①被害の程度において重篤なもの
であり,かつ,②被害発生の蓋然性において発症率が高いものであることが
立証される必要がある。
⑶本件アレルギーに係る被害の程度及び被害発生の蓋然性
ア被害の程度
本件アレルギーは,専門家の医師により,通常の小麦アレルギーとは異
なり,実際に治る可能性のあるアレルギーであると医学的に判断されてい
る。すなわち,大多数の症例では,本件石けんの使用を中止することで,
小麦及びグルテンのIgE抗体値が陰性化し,その後,徐々に小麦含有製
品を摂取することができるようになっている。また,本件アレルギーを発
症した全ての症例でアナフィラキシーショックという重篤な症状が発生
しているわけではなく,アレルギー学会特別委員会の中間報告では,ショ
ック症状を発症したのは全体の約25%程度である。さらに,近時の臨床
研究により,ゾレアを使用することで難治性の患者でも治癒寛解すること
が判明している。
したがって,本件アレルギーの症状が,他のアレルギー症状,特に通常
の小麦アレルギーと比較して治癒が困難な病態であるとはいえない。
イ被害発生の蓋然性
本件石けんの購入者のうち本件アレルギーを発症した者の割合は,約0.
03%である。他の医薬部外品・化粧品におけるアレルギー発症率に関す
る統計データは存在しないが,本件アレルギーと同種のアレルギーである
通常の小麦アレルギーの有病率は0.21%であり,アトピー性皮膚炎の
20~30歳代の有病率は約9%であることからすると,本件アレルギー
の被害発生の蓋然性が他のアレルギーに比較して格別に高いとはいえな
い。
⑷本件石けんの引渡時期における科学技術水準
ア本件石けんの引渡時期における科学技術水準を考慮する必要性
製造物の欠陥の有無を判断する際には,当該製造物の引渡時期における
当該製造物の性能,安全性等に対する社会通念が考慮され,さらに,実用
的な科学技術の水準に照らして被害防止措置の技術的実現可能性があっ
たかも考慮要素となる。本件では,以下のとおり,被告フェニックスが本
件石けんの引渡時期における科学技術水準に照らして十分な安全性確認
を行っていること,原材料であるグルパール19Sの製造業者である被告
片山にその安全性を確認したこと,本件石けんの引渡時期における科学技
術水準では本件アレルギーを回避する代替設計を実施することは不可能
であったことが考慮されなければならない。
イ本件石けんの引渡時期における被告フェニックスの安全性確認
被告フェニックスは,本件石けんについて,薬事法に基づき医薬部外
品としての個別品目に関する製造承認を得ているが,同承認手続では,
実際に製造販売される製品の品質,有効性,安定性及び安全性等に関す
る事項が審査される。本件石けんは,このような審査を経て製造承認が
されたものであるから,当時の安全性の水準を十分に満たしていた。
依頼した第三者機関における試験により,厚生労働省が当時の科学的知
見に基づいて定めた各種安全性試験の種類及び内容と同等以上の水準
で,本件石けんを皮膚上に使用した場合の身体に対する安全性の検査を
行ったが,いずれにおいても異常は認められなかった。
薬事法上の個別品目ごとの製造承認手続では,厚生労働省があらかじ
め医薬部外品・化粧品に配合可能な成分や添加物の公定書として粧外規,
粧配規及び外原規等を公表しており,この公定書に収載された成分を使
用する場合には,安全性等に関する試験結果の添付を省略することがで
きる制度となっている。そして,グルパール19Sは,これらの公定書
に収載された加水分解コムギ末と同一性を有する成分であった。加水分
解コムギ末は,本件石けんの引渡しの当時,20年以上にわたり化粧品
に使用して販売された実績があり,市場において極めて安全な成分であ
ると認識されていた。
ウ被告フェニックスの被告片山に対するグルパール19Sの安全性確認
被告フェニックスは,本件石けんにグルパール19Sを配合することを
決定する前に,その製造業者である被告片山に対し,グルパール19Sの
医薬部外品における使用前例(承認前例)があることを確認した。使用前
例があるということは,過去の医薬部外品製造承認の際に当該成分の安全
性試験の結果が確認されたことを意味するものである。また,被告フェニ
ックスは,被告片山に対し,グルパール19Sが外原規等の公定書に収載
されている加水分解コムギ末と同一性を有する成分であることを確認す
るとともに,グルパール19Sが食品添加物として登録されていることを
確認した。これらの確認により,被告フェニックスは,グルパール19S
の安全性確認を行っていたのであり,被告片山からは,グルパール19S
の危険性の指摘は一切なかった。
エ本件石けんの引渡時期の科学技術水準における代替設計の可能性
製造物の欠陥の有無を判断するに際しては,当該製造物の引渡時期にお
ける実用的な科学技術の水準に照らして,合理的な代替設計によって危険
性を除去又は軽減する措置を講ずる可能性があったか否かも重要な考慮
要素となる。このような代替設計の可能性を検討するに当たっては,単に
製造物の欠陥の原因箇所について短絡的に代替可能かを検討するのでは
なく,製造業者において代替可能性を検討しなければならない状況であっ
たこと,すなわち,代替可能性の前提としての当該原因箇所の危険性の認
識可能性があったことが問題にされなければならない。
本件石けんについても,単にグルパール19Sを他の成分に代替するこ
とが可能であったかを問題にするのではなく,本件石けんの引渡時期にお
いて本件石けんに本件アレルギーを引き起こす何らかの危険性の認識可
能性があったかが問題にされるべきである。そして,小麦由来の成分をど
のように加工,分解すれば,経皮的又は経粘膜的に感作が成立するか,ど
のような成分との間で交差反応が生ずるかに関する正確な医学的知見は,
本件石けんの引渡時期はもとより現時点においても存在しない。また,薬
事法上,医薬部外品に含有される成分の安全性試験において即時型アレル
ギーに関する試験科目はない上に,本件アレルギーは本件石けんの使用開
始から発症まで最短で1か月,長い場合には5年もの期間の経過を要する
とされているところ,感作性に関する検査方法は十分に確立されておら
ず,本件アレルギーを引き起こす危険性を認識できる可能性は技術的に困
難であった。
したがって,本件石けんの引渡時期における科学技術水準では本件アレ
ルギーを回避するような代替設計を実施することは不可能であった。
⑸本件石けんの表示
本件石けんのような医薬部外品・化粧品には不可避的にアレルギー発症の
危険性が内在しており,事前の安全性試験では技術的にアレルギー発症を全
て防ぐことは不可能であることに鑑みれば,本件石けんの引渡当時において
採ることが可能であった安全性確保の方策は,本件石けんの含有成分を表示
すること,仮に本件石けんの使用に際して皮膚等に何らかの異常が認められ
る場合には直ちに使用を中止することを使用者に求める旨の注意表示をする
ことである。
被告フェニックスは,本件石けんの発売当初から,その外箱及び包装紙の
双方に,グルパール19Sを含む全成分の表示をした上,本件石けんの使用
により皮膚に異常が認められた場合には使用中止を求める注意表示を記載し
ていた。なお,被告フェニックスは,本件アレルギーの発症の危険性に関す
る注意表示を記載していないが,当時の石けん製造業者の認識水準に照らせ
ば,本件アレルギーの発症の危険性については予見可能性がなかったから,
被告フェニックスには,本件アレルギーの発症の危険性に関する表示義務は
なかった。また,本件アレルギーの初期症状として目や皮膚の単独症状が生
ずるため,その時点で本件石けんの使用を中止することにより症状の重篤化
を回避することができるから,被告フェニックスが行った上記の注意表示は
適切なものであった。
⑹本件石けんの効用及び社会的有用性
石けんには,一般に,身体の表皮等を清潔に保ち,疾患から守る機能があ
るところ,本件石けんは,抗菌作用,抗酸化作用及び消臭作用を有する茶カ
テキンが含まれる茶葉を配合して製造されたものであり,保湿性,起泡性に
も優れているから,その効用,社会的有用性は大きい。実際に,本件石けん
は総販売個数4650万個という爆発的に販売された商品であり,多くの使
用者にスキンケア商品として有用性を評価されていた。
グルパール19Sが属する加水分解コムギ末は,保湿性,起泡性等に優れ,
かつ,天然由来の成分であるため環境負荷が小さいという点で社会的有用性
が高く,これまで化粧品等にも広く使用されてきており,グルパール19S
についても,化粧品用途としても推奨され,泡の改質剤として優れた効用が
あった。
なお,原告らは,いわゆる危険効用基準により,グルパール19Sは単に
泡の改質程度の効用・有効性しか認められず,これによって重篤な本件アレ
ルギーを引き起こすという重大な危険性が社会的に許容されるはずはない旨
を主張する。しかし,危険効用基準は,単純に危険と効用のみを対比して比
較考量するものではなく,損害発生の蓋然性と被害の重大性,代替製品の入
手可能性,製造者の危険除去能力,使用者の危険回避能力等の諸要素を総合
的に考慮するものであることに留意すべきである。
⑺まとめ
以上によれば,本件石けんに欠陥があったとは認められない。
4被告片山の主張
本件石けんの欠陥に関する被告悠香及び被告フェニックスの主張を援用す
る。
第2争点2(被告悠香は製造物責任法2条3項所定の製造業者等に当たるか)
1原告らの主張
⑴「製造業者等」の解釈
製造物責任法2条3項所定の「製造業者等」の要件は,危険責任(製造物
に内在する危険の実現による責任),報償責任(製造物により利益を得る過程
で他人に損害を及ぼしたことによる責任),信頼責任(製造物に対する消費者
の信頼に反したことによる責任)を踏まえて解釈をすべきものであるところ,
被告悠香は,次のとおり,同項1号から3号までのいずれかに該当する。
⑵1号該当性
本件石けんは,被告悠香の代表取締役社長であるBの両親である
C夫妻が商品の企画をし,原材料となる茶葉を探し,石けんの名匠と呼ば
れる被告フェニックスのD(以下「D」という。)を見いだして製造
されるようになったものである。このような事情からすると,被告悠香は,
被告フェニックスと共同して本件石けんの商品開発・製造をしていたと評価
することができるから,製造物責任法2条3項1号の製造業者に該当する。
⑶2号該当性
「フェイスソープW」の商品の包装には,「発売元/株式会社悠香」,「製造
元/株式会社フェニックス」との表示がされ,「薬用フェイスソープP」の商
品の包装には,「発売元/株式会社悠香」,「製造販売元/株式会社フェニック
ス」との表示がされ,「薬用悠香の石鹸」の商品の包装には,「製造販売元
/株式会社悠香」との表示がされていた。このうち,「薬用悠香の石鹸」に
ついては被告悠香が製造業者として表示されていることに議論の余地はな
く,「フェイスソープW」及び「薬用フェイスソープP」についても,被告悠
香の文字のポイントが被告フェニックスの文字のポイントよりも大きいなど
パッケージ全体の表示と,被告悠香のブランドとしての知名度を踏まえると,
被告悠香は,「当該製造物にその製造業者と誤認させるような氏名等の表示を
した者」に当たるから,いずれの商品についても,被告悠香は,製造物責任
法2条3項2号の表示上の製造業者に当たる。
⑷3号該当性
ア製造物責任法2条3項3号は,「実質的な製造業者と認めることができる
氏名等の表示をした者」も製造物責任を負うべき「製造業者等」に当たる
旨を規定する。3号の「実質的な製造業者」とは,表示のみから実質的製
造業者と社会的に認識される場合に限らず,社会実態として実質的製造業
者と認識できる場合を包含するものであり,製造物の表示以外の社会実態
いかんが判断の基礎事情とされる。したがって,製造物の表示に他の製造
業者が併記されていたとしても,それをもって直ちに実質的製造業者であ
ることを否定する理由にはならない。
イ「フェイスソープW」及び「薬用フェイスソープP」については,①商
品の包装において,被告フェニックスが「製造元」又は「製造販売元」と
して表示されているが,被告悠香も「発売元」と表示され,被告悠香の表
示の方が目立っていること,②被告悠香は,本件石けんの国内における流
通・販売を一手に行っており,本件石けんの安全性に直接関与できる立場
にあったこと,③被告悠香は,平成15年3月4日,「茶の雫/茶のしず
く」という商標登録を出願し,平成16年3月19日に登録を得ていたこ
と,④被告悠香のホームページでは,石けんの販売のみならず,企画・開
発にも主体的に参画していることを表示していたこと,⑤被告悠香は,テ
レビCM,チラシ,パンフレット等の広告資料において,被告悠香の名称
のみを表記し,被告フェニックスの名称を記載していないこと,⑥被告悠
香は,本件石けんの製造・販売の端緒が代表取締役社長の両親であるC
夫妻の考案した「お茶を素材とした石けん製造」であり,両名が商品開発
者であるとしていること,⑦被告フェニックスは,被告悠香が本件石けん
の商品企画と成分組成の決定について被告フェニックスと共同で関与し
た旨回答していることなどといった事実が認められるのであり,これらを
踏まえると,被告悠香が3号の実質的な製造業者に当たることは明らかで
ある。
2被告悠香の主張
⑴「製造業者等」該当性の結論
被告悠香は,本件石けんのうち,110グラムのものについては平成22
年5月13日から,60グラムのものについては同月22日からの出荷分に
ついては,製造販売元であるとの表示をしていたから,被告悠香が製造物責
任法2条3項2号の表示上の製造業者に当たることを争うものではない。し
かし,本件石けんのうち,110グラム及び60グラムのものの上記出荷日
より前の出荷分並びに30グラムのものについては,以下に述べるとおり,
いずれも被告悠香は製造業者等に当たらない。
原告らは,製造物責任法2条3項所定の「製造業者等」の要件は,危険責
任,報償責任,信頼責任の原則を踏まえて解釈をすべきものである旨を主張
するが,製造物責任法は国民経済の発展と消費者保護との調和を目的とする
ものであるから,上記の原則があるからといって,条文を拡大解釈して責任
主体を広く捉えることは許されない。
⑵1号該当性
製造物責任法2条3項1号の「製造業者」とは,製造物の製造,加工等を
行った者を意味するものであって,単に製品の企画・開発に携わったにすぎ
ない者はこれに当たらない。本件石けんを製造していたのは,一貫して被告
フェニックスであって,被告悠香は,一切製造を行っていないから,1号の
製造業者には当たらない。
⑶2号該当性
ア被告悠香が「製造販売元」と表示して本件石けんを販売するようになる
前は,製造物責任法2条3項2号前段(表示製造業者)に当たらないこと
は明らかである。
イまた,2号後段(誤認表示製造業者)とは,明らかに製造業者又は輸入
業者と誤認するような表示をした者を意味するから,製品上に製造業者の
肩書きを付した別の会社の表示がある場合には,それ以外の者の表示があ
ったとしても,明らかに製造業者と誤認するような表示があるとは認め難
い。まして,本件では,被告フェニックスについて「製造元」「製造販売
元」との表示がされているばかりでなく,被告悠香は「発売元」との表示
がされていたのであるから,これを見れば,本件石けんを製造しているの
は被告フェニックスであって,被告悠香は販売業者であるにすぎないこと
は一見して明らかである。したがって,被告悠香は,2号後段の誤認表示
製造業者に当たらない。
⑷3号該当性
ア製造物責任法2条3項3号の「実質的な製造業者」とは,「販売元◯◯」
等の肩書で自己の氏名等の表示を行っているものの,当該表示者が当該製
造物と同種の製造物の製造業者として社会的に認知されており,当該製造
物を一手販売している場合などのことをいう。被告悠香は,その販売する
商品を自ら製造したことはないのであるから,同種の製造物の製造業者と
して社会に認知されている場合に当たらない。
イそもそも,製品上に販売業者とは別に「製造元◯◯」といった表示があ
る場合には,消費者が製造業者を誤認することは通常あり得ないから,販
売業者が実質的製造業者に当たるとされるのは,極めて例外的な場合に限
られる。そして,製造物の一手販売を行っていること,販売に先立って製
造物の検査や小分け,包装を行っていること,製造業者や輸入業者との間
において密接な業務提携や資本関係が存在することなどの事情を考慮し
て,実質的製造業者であるか否かを判断することになる。本件では,被告
悠香は,本件石けんの一手販売を行っていたが,本件石けんの検査や小分
け,包装を行っておらず,被告フェニックスとの間に密接な業務提携や資
本関係も存しないから,実質的製造業者には当たらない。
ウさらに,本件のように,販売業者が単に名称・商号のみにより表示され
るのではなく,「発売元」のような販売業者としての肩書を付して表示さ
れている場合には,販売業者が製造業者と誤認される可能性はより少なく
なるから,販売業者が製造物の検査,小分け,包装など製造に付随する過
程に関与するだけでは足りず,こうした過程を主導し,製造業者に対して
資本関係に基づく指示命令関係が認められる場合に限って,実質的製造業
者であると認められるべきである。そして,被告悠香がこれに当たらない
ことは明らかである。
エ原告らは,被告悠香が実質的製造業者に当たるとして,種々の事情を挙
げるが,①本件石けんの包装において,被告悠香の表示が被告フェニック
スの表示と比べてことさら目立つとはいえず,被告悠香の表示のすぐ上又
は下には「製造元」「製造販売元」として被告フェニックスの表示もされ
ており,この表示も消費者の目にとまるものと想定されること,②被告悠
香は,「茶の雫/茶のしずく」という商標を登録しているが,誰が登録し
た商標かは一般消費者には明らかでない上に,販売業者が商標登録を行う
ことはまれではないから,一般消費者に対して登録者が製造業者であると
の信頼を生じさせるものではないこと,③被告悠香のホームページでは,
事業内容として医薬部外品等の企画・開発を挙げているが,企画・開発は
製造とは異なる上に,ホームページの記述は本件石けんについて述べたも
のではないこと,④広報資料には被告悠香の名称のみを表記し,被告フェ
ニックスの名称を記載していないが,被告悠香は広告物において製造業者
であると名乗ったことはなく,実質的に製造業者であることをうかがわせ
るような表示をしたこともないこと,⑤本件石けんは,被告悠香の代表取
締役社長の両親であるC夫妻が提案したものではあるが,配合成分は被
告フェニックスが決定したものであること,⑥被告フェニックスは,被告
悠香と共同で本件石けんの商品企画と成分組成の決定をした旨述べてい
るが,本件石けんは被告悠香の設立前に完成していたことからしても,事
実誤認があること,などの事情に照らせば,被告悠香は3号の実質的な製
造業者には当たらないものというべきである。
第3争点3(本件石けんの引渡時に欠陥があることを認識できなかったか)
1被告悠香の主張
⑴開発危険の抗弁について
ア開発危険の抗弁
製造物責任法4条1号は,製造業者等は,「当該製造物をその製造業者等
が引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては,当該製造
物にその欠陥があることを認識することができなかったこと」を証明した
ときは,損害賠償の責めに任じないとしており,いわゆる開発危険の抗弁
を規定している。本件では,これまでの製造物責任の事案とは異なり,開
発危険の抗弁の成否が正面から問題となっており,詳細な検討を行い慎重
な判断がされなければならない。
イ「科学又は技術に関する知見」の意義
科学又は技術に関する知見とは,欠陥の有無を判断するに当たって影響
を受け得る程度に確立された知識の全てであり,また,特定の者の有する
ものではなく,客観的に社会に存在する知識の総体を指すものである。そ
して,国会審議における立法担当者の答弁等も斟酌するならば,ここにい
う知見は,あくまで確立された知識であり,特定の一学者が唱えているだ
けのものは含まれない。それゆえ,欠陥の有無の判断に影響を与える論文
が発表されているとしても,当該論文がどの時点で「確立された知見」と
され,「客観的に社会に存在する知識の総体」に組み入れられたのかを検
討する必要がある。特に,生理学・医学の分野では,確立された知見とい
うためには,個体差,特異体質等の影響によるものではないことを確認す
る必要があり,論文は,数例の症例報告→症例報告を見て寄せられた類似
の症例の検討→原因の探究→治療法の探究といった過程の中で,随時,発
表されるものであるところ,数例の症例報告の段階では,個体差,特異体
質等の影響による可能性を排除できず,確立された知見ということはでき
ない。また,既存の通説的見解と相反する知見が提唱された場合には,既
存の通説的見解がなお通説的地位を占めているうちは,これに相反する知
見が確立した知見とされるためには,理論的に正しいことを実証するか,
少なくとも相当数の学者たちから支持を得る必要がある。
ウ欠陥の認識可能性の意義
次に,開発危険の抗弁では,「当該製造物にその欠陥があることを認識す
ることができなかったこと」(欠陥の認識可能性)も要件となり,その判
断基準が問題となる。開発危険の抗弁の趣旨が,製造業者に開発危険につ
いてまで責任を負わせると,研究開発及び技術開発が阻害され,ひいては
消費者の実質的な利益を損なうことになりかねないという点にあること
に鑑みれば,欠陥の抽象的な認識可能性では足りず,当該製造物と同種の
製造物を製造する業者にとって,欠陥を具体的に認識することができたか
という基準を用いるべきである。
⑵経皮感作について
ア経皮・経粘膜感作は起こり得ないと考えられてきたこと
皮膚や粘膜は,体内外の物質を隔てるバリアとしての機能を有している。
すなわち,皮膚は,表皮,真皮及び皮下組織が重なり合うことによって構
成され,表皮の最も外側には10数層以上の角質が積み重なる角層が存在
し,角層の下層に存在する表皮細胞は細胞同士がしっかりと結びついた構
造(シール構造)になっており,このような二重のバリア機能によって一
定以上の大きさの物質が身体内部に侵入することを妨げている。
J.D.BosとM.M.H.M.Meinardiは,2000年(平成12年),分子量が小
さなアレルゲンや薬剤は皮膚を透過し得るが,分子量が大きなアレルゲン
や薬剤は皮膚を透過し得ないこと,具体的には,通常の皮膚では分子量5
00以上,通常の粘膜では分子量1200以上の物質は,皮膚や粘膜を透
過することができないという,いわゆる500Daルールに関する論文(
乙イ11)を発表した。
ところが,Ⅰ型アレルギーの抗原となる物質の分子量は約1万~10万
と言われているから,Ⅰ型アレルギーの抗原に経皮的経粘膜的に感作する
ということは,これまで想定されてこなかった。本件アレルギーの抗原と
なった物質は,グルパール19Sのうち分子量が約2万以上のものである
とされている。したがって,グルパール19Sに経皮的経粘膜的に感作す
るなどということは,全く想定できなかった。
イ経皮・経粘膜感作が起こり得るとの知見が確立した時期
500Daルールは,皮膚科学,アレルギー学の分野で広く知られた見
解であって,発表以来220本の論文で引用され,現在に至るまで広く支
持されている見解である。したがって,500Daルールは,確立された
知見といえる。
久保亮治医師らは,2009年(平成21年)になって,皮膚内部に存
在する抗原認識細胞(ランゲルハンス細胞)が細胞間の接着因子に作用し,
角層の最下層まで進出し,体外から角層の最下層まで到達した物質を細胞
内に取り込むことを発表した。この見解は,物質が皮膚内部に侵入するの
ではなく,角層の最下層に進出した抗原認識細胞がそこにたどり着いた物
質を抗原として認識するという極めて斬新なものである。これによって,
分子量500以上の物質についても経皮・経粘膜感作が起こり得る理論的
可能性が提示されたことになる。なお,この見解でも,タンパク質は特別
な方法を用いなければ角層(外側のバリア)を透過しなかった旨が述べら
れており,タンパク質が角層の最下層まで到達するのは,角層が障害を受
けているか,アトピー性皮膚炎などのために角層の機能が極端に低下して
いる場合に限られる。
したがって,高分子量のタンパク質について経皮・経粘膜感作が起こり
得るという知見は,上記の久保らの論文が発表され,かつ,本件で問題と
なっている1000例を超す事例が集積された平成23年5月以降に初
めて確立したものであるということができる。
ウ原告らの主張に対する反論
原告らは,汗腺口又は毛嚢口を通って吸収されるルートから分子量の
大きな抗原が吸収される可能性がある旨を主張する。
しかし,J.D.BosとM.M.H.M.Meinardiは,皮膚に汗腺口や毛嚢口があ
ることを前提として,これらが皮膚の表面積の0.1%であるため重要
性が低いとして,分子量が大きなアレルゲンや薬剤は皮膚を透過し得な
いという結論を導いているのである。したがって,これらの開口部が理
論上は透過ルートとして考えられるとしても,実際には,分子量の大き
な物質が皮膚を通して感作能や薬理効果を発揮することはないという意
味に解することができるから,原告らの主張には理由がない。
原告らは,「皮膚と免疫・アレルギー」(甲B59)において,抗原性
物質は,皮膚との一定の接触条件の下では体内に大量に侵入すること,
石けんなどの界面活性剤は,アレルゲンの経皮侵入を助けている可能性
が強いことなどが記載されていることを根拠として,抗原の経皮侵入は
認識可能であった旨を主張する。
しかし,上記文献の記述は,500Da未満の抗原を原因とするⅣ型
(遅発型)アレルギーに関するものであり,界面活性剤によって分子量
の小さな抗原の侵入が容易になることを説明したものにすぎない。本件
アレルギーは,Ⅳ型アレルギーとは原因となる抗原,発症のメカニズム
が全く異なるⅠ型(即時型)アレルギーであるから,原告らの主張は根
本的に誤りである。
原告らは,小麦粉を取り扱う職業人に小麦粉アレルギーが見られると
する論文(甲B62,63)が存することを根拠として,小麦粉を吸引
することにより経粘膜で小麦粉中に含まれる小麦タンパクに感作され得
ることを示す知見があった旨を主張する。
しかし,上記論文では,感作経路が特定されていないし,医師の問診
や皮内反応など詳細な検討がされて小麦粉アレルギーと診断されたのは
わずか5名にすぎず,有症率はアンケート調査のみの比較であって客観
的な根拠に基づくものではない。そもそも,吸引された抗原に感作する
ことは,粘膜を透過した抗原に感作することと全く異なる問題である。
したがって,上記論文が発表されていたからといって,経粘膜感作の可
能性を具体的に認識することは不可能であった。
原告らは,美容師がヘアコンディショナー中に含まれるタンパク(コ
ラーゲン)加水分解物に対し,接触性じんま疹を発症した例が報告され
ていること(甲B66)を根拠として,タンパク加水分解物により経皮
的に感作が起こったこと,タンパク加水分解物の抗原性に留意すべきこ
とを示す知見があった旨を主張する。
しかし,上記報告は,加水分解コラーゲンに関するものであって,本
件とは関連性が薄い上に,感作経路の特定もされていない。また,手に
湿疹があるアトピー患者の事案であって,皮膚のバリア機能が完全に崩
壊していたために感作した可能性が高い。さらに,上記報告を見ただけ
では,刺激性ないしⅣ型アレルギーによる接触性皮膚炎を起こしたので
あろうと考えるのが通常である。報告されている症例もわずか2例にす
ぎない。したがって,上記報告が存在するからといって経皮感作の可能
性を具体的に認識することは不可能である。
原告らは,保湿クリーム中の加水分解コムギ末により即時型接触アレ
ルギーを発症した例が報告されていること(甲B67)を根拠として,
この報告は,タンパク質やその加水分解物による感作を念頭に置いて接
触性じんま疹の診療をすることを推奨している旨を主張する。
しかし,この報告は,感作が生じた時点についてはまだ解明されてお
らず,今回の製品を使用する前に既に感作が生じている可能性がある,
とするものである上に,わずか1名の患者の報告にすぎず,特異体質が
介在した特殊な事例であったか,検査の過程で誤りがあったと受け止め
る方が自然である。したがって,上記報告が存在するからといって経皮
感作の可能性を具体的に認識することは不可能である。
原告らは,加水分解コムギタンパクを含む美容クリームの使用により
接触性皮膚炎を発症した例が報告されていること(甲B68)を根拠と
して,化粧品や整髪料に含まれる加水分解コムギ末による接触性感作を
認識することができた旨を主張する。
しかし,上記報告は,陽性反応までに長時間を要しており,報告者は
Ⅳ型アレルギーの可能性を疑っていたと考えるのが自然である。したが
って,上記報告により,分子量の大きな抗原が皮膚を透過し,経皮感作
が起こる可能性を認識することは不可能である。
原告らは,眼瞼クリームとボディー保湿クリームを使用していた女性
が検査の3か月前に接触性じんま疹を発症し,2か月前より小麦グルテ
ンや加水分解コムギタンパク質を含む食品を食べた30分後に全身性じ
んま疹の発作を2度起こした症例が報告されていること(甲B69)を
根拠として,この報告は,化粧品等を使用して加水分解コムギタンパク
質に感作された後に,小麦グルテンや加水分解コムギタンパク質を含有
する食品を食べて全身性じんま疹の発作を起こした可能性があることを
示すものである旨を主張する。
しかし,上記報告は,感作経路の特定をしておらず,感作が最初に生
じた経路については不明であるとしている。また,上記報告は,アトピ
ー患者の事案であって,報告された症例は1例にすぎず,皮膚のバリア
機能が完全に崩壊していたがゆえに感作した可能性が高い。500Da
ルールが確立し,分子量が大きな抗原は皮膚を透過し得ないと考えられ
ていた状況において,上記報告が発表されたからといって,一般的に経
皮感作が生ずるという可能性を具体的に認識することは不可能である。
原告らは,7人の女性が加水分解コムギタンパクを配合した化粧品を
塗布して接触性じんま疹になり,そのうち6名が改質グルテンを含む保
存食品や持ち帰り総菜を食べた後に,アナフィラキシー反応やじんま疹
を起こしたことが報告されていること(甲B70)を根拠として,化粧
品に対するアレルギーが食物アレルギーに先行していることから,化粧
品に対する経皮感作を疑うべきであった旨を主張する。
しかし,上記報告では,経口感作の可能性が否定されているわけでは
なく,患者のアトピー性皮膚炎の有無等の皮膚の状況は明らかにされて
いない。また,従前,角層が崩壊していない通常の皮膚ないし粘膜にお
いて,分子量の大きな抗原が皮膚ないし粘膜を透過するなどということ
はあり得ないと考えられてきた中で,経皮・経粘膜感作が一般的に成立
し得るという見解が説得力を持つためには,相当数の症例を分析し,疫
学的に通常人に対して経皮・経粘膜感作が生じたと考えて差し支えない
ことを示す必要があるが,上記報告は7人の症例にすぎない。したがっ
て,上記報告がされたからといって,経皮感作が生ずる可能性を具体的
に認識することは不可能であった。
原告らは,以上の論文を根拠として,加水分解コムギ末に経皮的経粘
膜的に感作することは認識可能であった旨を主張するが,これらの論文
は,Ⅰ型アレルギーの抗原となる分子量の大きな物質が,皮膚ないし粘
膜を透過する可能性があると明確に述べているわけではない。確かに,
甲B66,67,69,70は,後視的に見れば経皮・経粘膜感作の可
能性を示唆していたという余地があるが,500Daルールが確立した
知見として存在していた中で,これに反する知見であって,論文の内容
も症例報告であって,それぞれの報告症例数は1ないし7例とわずかで
あり,対象者のほとんどがアトピーであった。これらの論文を見ただけ
では,刺激性ないしⅣ型アレルギーによる接触性皮膚炎を疑うのがせい
ぜいであり,経皮・経粘膜感作の可能性を類推することは不可能であっ
た。
エまとめ
以上によれば,本件石けんを引き渡した時において,本件石けんに含有
されていたグルパール19Sが経皮的経粘膜的に感作するという知見又
はこれを類推させる知見は存在しなかったということになるから,開発危
険の抗弁が成立する。
⑶交差反応について
ア交差反応の意義と予見可能性
交差反応とは,ある抗体がその抗体の産生反応を引き起こした原因であ
る抗原以外の別の抗原に結合することをいう。交差反応は,近縁の抗原間
において起こることもあるが,近縁の抗原間だからといって高い確率で起
こるということは全くなく,他方で,全く関係のない抗原間において起こ
ることも少なくない。例えば,豆乳アレルギーは,花粉と豆乳との交差反
応によって生じている可能性が高いことが明らかになっているが,そのほ
ぼ全ての症例で,豆乳のタンパク質を固めただけである豆腐を摂取するこ
とは可能である。抗原となり得る物質は膨大であり,その全容すら把握さ
れていないが,交差反応を起こすことが知られているのは,そのうちごく
わずかのものにすぎない。このように,交差反応は,実際に起こってみな
ければ分からない現象である。
なお,事後的に何と何との間で交差反応が起こったのかを解明すること
自体,決して容易なことではない。例えば,青魚にアレルギーを起こす者
がホルモン料理を食べるとアレルギーを起こすことが報告されているが,
近時,これは,青魚の寄生虫と肉の内臓の回虫との交差反応によるもので
あることが判明した。このように,交差反応を解明することは,事後的に
すら困難なのであるから,事前に予見することは不可能である。
イ加水分解コムギ末と天然小麦との交差反応
加水分解コムギ末とは,天然小麦を構成するタンパク質を酸処理,熱処
理,酵素処理等をしてアミノ酸配列を分解・再構築して作り出された物質
である。物質の性質は分子構造によって決定されるが,加水分解物は,由
来物質(原材料)の分子構造と全く異なる分子構造を有するから,その性
質は由来物質の性質とは全く異なるものになる。本件が問題になるまで,
タンパク加水分解物と由来物質との交差反応が問題とされることはなか
った。これは,由来物質のアミノ酸の結合が断ち切られペプチドに分解さ
れるとともに,これらが再構築され,由来物質とは全く異なる物質になる
ことを裏付けるものである。グルパール19Sについても,由来物質であ
るグルテンを酸処理,熱処理する過程でアミノ酸の結合が断ち切られ,低
分子ペプチドが生成されるとともに,これが再構築されたものであり,グ
ルテンとは全く異なる物質である。
前記のとおり,交差反応は実際に起こってみて初めて分かる現象であり,
事前に予見することなどできないものであるところ,加水分解コムギ末に
感作した者が経口摂取した天然小麦に交差反応を起こすという知見は1
件もなく,これを類推させる知見も1件もなかった。
ウ原告らの主張に対する反論
原告らは,加水分解コムギタンパクで経皮的に感作された後に小麦グ
ルテンや加水分解コムギタンパクを経口摂取して全身性じんま疹の発作
を起こしたとの報告があったこと(甲B69)を根拠として,加水分解
コムギ末と天然小麦との交差反応を予見し得る知見があった旨を主張す
る。
しかし,上記報告の症例は,従前からグルテンに感作していたと読む
のが当然の読み方である。また,上記報告では,パンやペーストリーの
ような穀物ベースの製品は,何ら問題なく摂取できたと記載されており,
加水分解コムギ末と天然小麦との交差反応を疑うことなどできない。さ
らに,報告されている症例もわずか1例にすぎない。他方で,上記報告
と同時期に,加水分解コムギ末に感作した者に対してプリックテストを
行ったところ,小麦に対し陰性反応を示したとする別の報告もされてお
り(甲B67),これは,加水分解コムギ末と天然小麦との交差反応を否
定する知見であった。したがって,甲B69の報告があったからといっ
て,加水分解コムギ末に感作した者が経口摂取した天然小麦と交差反応
を起こすことを認識することは不可能であった。
原告らからは,上記の甲B69以外には,加水分解コムギ末と天然小
麦との交差反応に関する症例報告等は提出されていない。原告ら弁護団
及び全国で同様の訴訟を提起・追行した27の弁護団が,おそらく医師
の協力を得て懸命に検索したであろうにもかかわらず,これ以外の症例
報告等を見つけることができなかったのである。このことは,加水分解
コムギ末に感作した者が経口摂取した天然小麦と交差反応を起こすとい
う知見又はこれを類推させる知見が存在しなかったことを裏付けるもの
である。
原告らは,グルパール19Sは,コムギタンパク分子の一部が修飾さ
れたものにすぎず,別種でも近縁の種でもなく同一のタンパク由来であ
るから,交差反応の予見は十分可能である旨を主張する。
しかし,グルテンなどのタンパク質は,複数のアミノ酸が結合したも
のである。アミノ酸はペプチド結合によってポリペプチド鎖(アミノ酸
が横に並んだ一本のひものような状態)を作る。例えば,グルテンを構
成するグリアジンは1本のポリペプチド鎖から成り,グルテニンは結合
・重合した複数のポリペプチド鎖から成り,それぞれ折りたたまれて立
体的な構造をしている。アレルギーは,抗原が特異的IgE抗体と結合
することによって発症するが,その抗原の特異的IgE抗体は,侵入し
た物質が当該抗原であるかを大きさ,形,特定のアミノ酸配列(エピト
ープ)を有しているかで識別する。抗原の構造は立体的であるから,抗
体が認識するアミノ酸配列は,必ずしも1本のポリペプチド鎖の連続し
た一部ということにはならず,1本のポリペプチド鎖の離れたアミノ酸
であったり,別のポリペプチド鎖を構成するアミノ酸であったりするこ
ともある。しかるに,原告らの上記主張は,グルテンが1本のポリペプ
チド鎖から成り,グルパール19Sはグルテンの加水分解により,グル
テンのアミノ酸配列の一部が残ったものであって,グルパール19S特
異的IgE抗体は,その残った一部のアミノ酸配列に基づいて産生され
たことを前提とするものであるから,誤ったものである。実際には,グ
ルテンのアミノ酸の結合が断ち切られ,これが再構築された結果,たま
たま天然小麦と交差反応を起こすようなアミノ酸配列が作られたのであ
る。
原告らは,タンパク質を分解しても,アミノ酸レベルまで分解しない
限り,エピトープと同一ないし類似のアミノ酸の配列が残る可能性はゼ
ロではなく,それが分かっている以上,開発危険の抗弁が成立する余地
はない旨を主張するもののようである。
しかし,世の中に存在するほとんど全ての物質は,天然成分ないし天
然成分を人工的に分解して作り出した天然由来成分を組み合わせること
によって作られており,全ての天然成分は抗原となり得る可能性を有し
ている以上,原告らの主張を突き詰めれば,天然成分ないしその分解物
の製造業者は全ての交差反応について責任を負わなければならないとい
う結論になりかねない。しかし,そのような抽象的な認識可能性を理由
として開発危険の抗弁を制限するならば,およそ開発危険の抗弁は成立
しないこととなり,不当であることは明らかである。開発危険の抗弁が
制限されるのは,確立した知見から製造物の欠陥が具体的に認識し得る
場合でなければならない。
エまとめ
以上によれば,本件石けんを引き渡した時において,加水分解コムギ末
(グルパール19S)に感作した者が,経口摂取した天然小麦との交差反
応によってアレルギー症状を呈するという事象については,それ自体を示
す知見はもちろん,これを類推させる知見すら存在していなかったのであ
るから,開発危険の抗弁が成立する。
⑷被告フェニックスの主張の援用
開発危険の抗弁に関するその余の点については,被告フェニックスの主張
を援用する。
⑸まとめ
以上によれば,本件石けんを引き渡した時において,本件石けんに含有さ
れていた加水分解コムギ末(グルパール19S)に経皮経粘膜的に感作する
という知見ないしこれを類推させる知見は存在せず,また,加水分解コムギ
末(グルパール19S)に感作した者が経口摂取した天然小麦との交差反応
によってアレルギー症状を呈するという事象を示す知見ないしこれを類推さ
せる知見は存在していなかったのであるから,開発危険の抗弁が成立するこ
とになる。
2被告フェニックスの主張
⑴はじめに
本件は,製造物の引渡当時における科学技術的知見により十分な安全性が
確認された製品により,これまで認識されてこなかった経皮・経粘膜感作と
交差反応による経口食物アレルギーを発症するという,いわば未知の領域の
アレルギーが発生したという点において,これまでに発生した製造物責任の
事案とは根本的に異なるものである。このような未知の領域のアレルギーが
発生したことが製造業者の責任になるとされるのであれば,我が国の民事法
が採用していない結果責任を製造業者に課すことになるといわざるを得な
い。
⑵開発危険の抗弁について
ア開発危険の抗弁の適用
開発危険の抗弁は,新製品の研究開発,技術革新が国民生活の安定向上
と国民経済の発展に寄与することを踏まえ,新製品を製造した業者に製造
物責任を負わせることが科学技術の進歩を不当に阻害することのないよ
うにするために,製造物責任法の制定に当たり採用されたものである。開
発危険の抗弁が認められる事例としては,製造販売時には判明していなか
った副作用等がその後の科学技術により明らかになるといったように長
期間の使用後に初めて欠陥が明らかになる場合などが想定されている。本
件アレルギーは,本件石けんの引渡時の科学又は技術に関する知見によっ
ては認識し得なかった新たな抗原により感作が生じ,当初は皮膚障害等に
とどまっていたものが,その後の相当期間にわたる本件石けんの使用継続
後に,突如としてその症状が発症するという潜伏的性格を有するものであ
るから,本件は,開発危険の抗弁の適用が問題となる典型的な場合である。
イ「科学又は技術に関する知見」の意義
製造物責任法4条1号の「科学又は技術に関する知見」とは,当該製造
物の欠陥の有無を判断するに当たり影響を受ける程度に確立された知識
の全てをいい,知識,経験,実験等によって裏付けられ,特定の科学・技
術の分野において認知される程度に存立しているものであることを要す
る。
本件に関して言えば,アレルギーに関する医学的知見は,まず生の症例
報告レベル(仮説の端緒レベルの症例報告)から始まり,症例が徐々に蓄
積されるに従って症例を統一的に理解するための仮説の提唱が試みられ,
それに対する批判再検証を踏まえ徐々に医学的にある程度合理性を持っ
た仮説が打ち立てられ,更にその仮説を実証する症例報告がされ,これら
のプロセスが繰り返されることにより,その仮説がより強固な説として認
識されるに至る。ここで重要なのは,本件石けんの引渡時には仮説の端緒
レベルの症例報告しかない場合に,その後の科学技術の進歩による批判再
検証を踏まえて成立した仮説や説を前提として上記仮説の端緒レベルの
症例報告を解釈してはならないという点である。このような後付けの解釈
がまかり通るのであれば,本件石けんの引渡当時の世界最高の科学技術の
水準以上の水準で症例報告を解釈することになり,製造物責任法が開発危
険の抗弁を導入した趣旨が没却されてしまう。
ウ本件アレルギーの発症原因
本件アレルギーの発症が確認された当時,本件アレルギーの発症機序,
発症原因は全く不明な状況であった。その後,平成23年に厚生労働省が
厚生労働科学研究班を立ち上げ,同年7月にはアレルギー学会特別委員会
が発足し,研究が進められたことによって少しずつ発症原因の解明がさ
れ,ようやく平成26年になって本件アレルギーはグルパール19Sの製
造工程自体にその抗原性増強の契機があったことが解明されるに至った。
しかし,グルパール19Sがなぜごく一部の使用者のみに対して経皮・経
粘膜感作を生じさせたのかはいまだ解明されているとはいい難く,本件ア
レルギーについては現時点でもなお未解明な点が多い。
エ開発危険の抗弁の対象となる本件石けんの欠陥の特定
開発危険の抗弁の対象は製造物の欠陥であるところ,原告らは本件石け
んの欠陥の特定をしていない。しかし,アレルギーの特殊性を考慮するな
らば,本件石けんに欠陥があるというためには,アレルゲンを含有する他
の製造物との有意的差異として,本件アレルギーが通常のアレルゲンによ
るアレルギーと比較して被害の程度が重篤であり,かつ,被害発生の蓋然
性において発症率が高いことの立証が必要になるものと解される。開発危
険の抗弁の対象となる本件石けんの欠陥についても,本件アレルギーの被
害の程度が重篤であり被害発生の頻度が高いこと,又は本件石けんがその
ような被害の原因となるグルパール19Sを含有したこと(本件石けんの
危険性)と捉えるべきである。
⑶本件石けんの引渡時におけるアレルギーに関する知見
アアレルゲンに関する知見がないこと
アレルギーのアレルゲン自体にはその分子構造(エピトープや分子量)
に共通した特徴はなく,ある物質がアレルゲンとして機能するには,それ
自体の構造や機能のほか,生体内への侵入経路,暴露量,暴露の持続時間
及びホスト側の遺伝的要因が密接に関わっている。したがって,いかなる
成分がアレルゲンとして機能するかについての明確な知見は存在しない。
また,ある成分について感作が成立した場合に,どのような範囲で交差反
応が生ずるかについても解明されていない。アレルギーに関するこれらの
知見を前提にすると,あらかじめアレルゲンとなり得る成分を特定した
上,これを製造物から排除するという措置を講ずることは,現時点におい
ても不可能である。
他方で,加水分解コムギ末は,化粧品やシャンプー等の原材料として広
く使用されているものであるから,アレルゲンとなり得る危険な成分とし
て全て使用を中止するという選択をすることもできない。
イ経皮感作と交差反応に関する知見がなかったこと
本件石けんの引渡時である平成16年3月当時,経口食物アレルギーの
感作経路は腸管膜感作ルートが主体であり,経皮感作を通じて経口食物ア
レルギーが発症するとは考えられていなかった。医学的に経皮感作を通じ
て経口食物アレルギーが発症する可能性を提唱したのは,2008年(平
成20年)の英国の小児科医Lackが初めてであり,それ以前はそのような
知見はなかった。
本件アレルギーは,本件石けん使用時の皮膚障害にとどまらず,小麦含
有食品を経口摂取することにより食物アレルギーを発症する点が特徴で
あるが,仮に加水分解コムギ末に何らかの皮膚障害を発症する感作能があ
るという知見があったとしても,経皮感作に由来して食物アレルギーを発
症するとの知見は存在していなかったのであるから,本件石けんの引渡時
に本件アレルギーの本質的症状である食物アレルギーの発症を認識する
ことは不可能であった。
ウ本件アレルギーは従来型小麦アレルギーとは異なるものであったこと
従来型の小麦による食物依存性運動誘発アナフィラキシー(WDEIA)は,
小麦製品の経口摂取により感作されたものであり,主要抗原はω-5グリ
アジンと高分子量グルテニンであったが,本件アレルギーは従来型の
WDEIAとは感作経路も主要抗原も異なる新たなタイプのアレルギーであ
り,本件石けんの引渡時には知られていなかった。
⑷本件石けんの引渡時における加水分解コムギ末に関する知見
ア加水分解コムギ末の危険性に関する知見がなかったこと
本件アレルギーの症例が確認された当時,発生の機序及び原因は全く
不明であったが,その後に専門家による長期間の調査研究が行われ,加
水分解コムギ末の加水分解の程度と経皮感作性の増大・消失との関連性
に関する試験が実施されるなどした結果,グルパール19Sに高分子量
の抗原性タンパク質が多く含まれていたことがIgE抗体の強い産生に
関与しているものと考えられた。そして,グルテンの酸加水分解の処理
時間を長くすることで分子量が低下し,これに伴ってIgE抗体との反
応性が低下し,分子量1万以下では感作性リスクが低下することが判明
した。
そこで,厚生労働省は,平成29年3月30日付けで外原規を一部改
正する通知を発出し,外原規のうち「加水分解コムギ末」に対する新た
な規格として,「分子量約1万以下の割合が75%以上であること」を示
す安全性試験結果の添付を求めることとされた。
したがって,本件石けんの引渡時には,加水分解コムギ末の分子量が
大きいことにより感作性リスクが高まることを認識することは不可能で
あったことは明らかである。
原告らは,本件石けんの引渡時に加水分解コムギ末は経皮経粘膜で感
作能を有するとの知見が存在していた旨を主張する。
しかし,むしろ加水分解コムギ末は小麦成分を酸・酵素・アルカリな
どの方法により加水分解して得られる成分であるところ,本件石けんの
引渡時には,このような酸分解等によりタンパク質の特性が大きく変化
し,抗原としての能力は失ってしまうという原告らの主張とは正反対の
知見が存在していた(甲B59〔90頁〕)。
原告らは,分子量1万~7万Daのタンパク質は食物アレルギーの発
症原因となるアレルゲンとなり得るとの知見が存在していた旨を主張す
る。
しかし,原告らの主張する分子量は経口アレルギーに関する知見であ
るところ,経口アレルギーでは腸管膜において感作が生ずるのであり,
アレルゲンは,口から摂取され腸管膜に至るまでに,消化器官により分
泌される消化酵素により分解されるが,本件アレルギーは経皮感作であ
るから,そのような消化酵素による分解は生じない。したがって,経口
アレルギーに関する分子量の知見は,本件アレルギーには全く関係がな
い。
イ加水分解コムギ末によるアレルギーの臨床上の知見がなかったこと
本件石けんの引渡時において,石けんを使用した者がその配合成分で
ある加水分解コムギ末に対するアレルギー性接触皮膚炎にとどまらず,
交差反応により食物アレルギーとしての経口小麦アレルギーを発症する
ことを指摘した医学文献は,世界中を見ても存在していなかった。本件
アレルギーは,新しい類型のアレルギー症例であった。
原告らは,欧州での症例報告を指摘し,本件石けんの危険性を認識可
能であった旨を主張する。
しかし,原告らが指摘する欧州での症例報告は,単なる症例報告にと
どまり,発症の機序及び原因について基礎研究として考察を加えたもの
でない上に,交差反応の発現の有無や範囲,症例数において本件アレル
ギーとは異なっている。特に,いずれの症例もパン等の小麦製品を問題
なく摂取することができており,経口小麦アレルギーを発症したという
症例報告はなく,本件アレルギーと同様の機序によるアレルギー症状の
発症を指摘するものは存在しない。そして,これらの症例報告は,仮説
の端緒レベルの症例報告にすぎず,その後の科学技術の進歩による批判
検証を踏まえて成立した仮説や説を前提として,これらの既存の症例報
告を理解してはならない。すなわち,後に成立した「経皮感作に由来し
て経口アレルギーが発症する」との知見を前提として,既存の症例報告
を理解してはならないのであり,このような後付的解釈をせずに,これ
らの症例報告を見る限り,本件石けんの危険性を認識することは不可能
であった。
ウ加水分解コムギ末は安全な成分であると認識されていたこと
加水分解コムギ末は,世界中で古くから食品,シャンプー等にも多く使
用されているほか,化粧品等の原材料として広範に使用されてきており,
我が国でも外原規等に収載されている成分である。本件石けんの引渡当
時,加水分解コムギ末自体は極めて安全な成分であると市場において認識
されていた。文献上も,タンパク質は加水分解により不溶性となり,抗原
としての能力を失う(甲B59〔91頁〕)と言われていた。
グルパール19Sは,加水分解コムギ末の規格基準に適合するものであ
り,所定の安全性検査を経た上で現実の使用実績もあった。これらの知見
からしても,本件石けんの危険性を認識することは不可能であった。
⑸本件石けんの引渡時における抗原性の検査方法に関する知見
ア製造物に含まれるアレルゲンが当該製造物の欠陥に当たるとの評価を基
礎づけるアレルギー被害の重篤性及び発生頻度の高さを認識することが
可能であったというためには,当該抗原に関する安全性試験を行い,その
被害の重篤性及び被害発生の頻度を定量的に測定できたことが必要とな
る。
しかし,本件石けんの引渡時において,世界最高水準であった経済協力
開発機構(OECD)のガイドラインに依拠して定められた日本化粧品工
業連合会の基準では,安全性検査は,皮膚上における感作及びアレルギー
症状発生の有無を確認するものであり,限られた人数について長くても1
か月程度の期間で行われるものであるという限界があり,仮に検査によっ
て一部の者に軽微な皮膚障害が認められたとしても,それだけで直ちに安
全性を欠くと判断されるものではなかった。このような安全性試験の限界
は,欧州共同体や欧州の業界団体のガイドラインでも同様であった。した
がって,本件アレルギーが発症率約0.03%で長期間の潜伏期間があっ
たことを踏まえると,本件石けんの引渡時において安全性試験により本件
石けんの危険性を認識することはできなかった。
また,本件石けんの引渡時において,世界的に動物実験によってアレル
ギーに関する安全性を検査することは制限されており,動物実験によって
本件石けんの危険性を認識することもできなかった。
イ原告らは,福冨友馬医師らが,加水分解コムギ末の経皮感作能について
マウスを使用した感作期間3週間の実験で確認しており,本件石けんの危
険性を認識し得る試験法は容易に考案できる旨を主張する。
しかし,福冨友馬医師らの実験は,本件アレルギーの症例が出て,それ
に対する究明がある程度進んだ段階で,本件アレルギーの発症の機序・原
因等に関して仮説を立て,これを裏付ける再現目的で実験を行ったもので
あり,後付け的な実証実験ということができる。しかも,アレルギー学会
特別委員会では,皮膚感作の動物モデルに抗原を負荷することにより食物
アレルギー症状が発生するかについて検討を行ったが,顕著な影響は認め
られなかったとの報告がされている。したがって,現在でも動物実験によ
って安全性の確認をすることは困難である。
⑹まとめ
以上によれば,本件石けんの引き渡した時において,加水分解コムギ末に
感作して交差反応により食物アレルギーとしての経口小麦アレルギーを発症
し,その被害の程度が重篤であり被害発生の頻度が高いことを認識すること
は不可能であったというべきであるから,開発危険の抗弁が成立することに
なる。
3被告片山の主張
開発危険の抗弁に関する被告悠香及び被告フェニックスの主張を援用する。
4原告らの主張
⑴開発危険の抗弁の適用範囲
ア開発危険の抗弁は,科学又は技術に関する知見をいかに駆使しても当該
製造物に存在する欠陥をおよそ認識することができない場合には,そのよ
うな欠陥による損害の発生も賠償すべき責任の限度も全く予測できない
にもかかわらず,なお製造業者が製造物責任を負担しなければならないと
すると,製造業者においてこのような負担を恐れて新製品の開発意欲が失
われ,研究開発や技術革新が停滞し,ひいては産業活力が損なわれて国民
経済の健全な発展が阻害されると考えられたため,政策的配慮から導入さ
れたものである。
このような開発危険の抗弁の趣旨からすると,極めて限定的・例外的な
範囲で適用されるにすぎない。我が国で製造物責任法が施行された平成7
年以降の約22年間に,6件の裁判例において開発危険の抗弁が主張され
ているが,適用が認められた裁判例はいまだ存在しない。また,欧州諸国
においても,製造物責任に関するEC指令が採択された1985年以降の
約32年間に,開発危険の抗弁の適用が認められた裁判例は,HIVウイ
ルスに汚染された輸血用血液に関するオランダの裁判例及び顎骨の壊死を
引き起こした骨粗鬆症治療薬に関するイタリアの裁判例の2例にすぎず,
前者については,英国では同種事案について開発危険の抗弁の適用を否定
した裁判例が見られる。
イ開発危険の抗弁の適用範囲については,製造物責任を負わせても研究開
発や技術革新の停滞を招かない場面や国民経済の健全な発展が阻害されな
い場面においては,開発危険の抗弁は,そもそも適用されないと解される。
開発危険の抗弁が適用されるのは,原則として,専門知識・技術の発展に
寄与するような最先端の知見が問題となるような事案や,製造業者等にお
いて可能な限りの安全確認を尽くしたとしてもなお危険性が除去できない
ような未知の危険が存在する場合であって当該製品がなければ国民生活上
何らかの不都合を来すほどに社会的効用・有用性が顕著に高い事案に限定
されるべきである。本件石けんやグルパール19Sは,最先端技術の産物
ではないし,代替性がないほどに社会的効用・有用性のある製品でもない
から,そもそも開発危険の抗弁は適用されない。
⑵「科学又は技術に関する知見」の意義
ア仮に本件が開発危険の抗弁の適用範囲に含まれているとしても,抗弁の
要件を満たすものではない。
イ製造物責任法4条1号の「科学又は技術に関する知見」とは,欠陥の有
無を判断するに当たって影響を受け得る程度に確立された知識の全てで
あり,客観的に社会に存在するあらゆる既存の知見の総体であり,既存の
知見から類推可能な知見や知見の組合せによる知見も含まれる。その判断
基準は,当該製造物を製造業者等が引き渡した当時において入手可能な世
界最高の科学技術の水準である。知見の対象は,人類全体として入手可能
な知識の総体であり,海外における専門文献等も含まれる。必ずしも専門
的な被害発生の機序の解明まで求められるものではなく,疫学的・統計学
的な報告も含まれる。また,専門研究者が研究をしていなくても,特定領
域の産業界の製造現場等において一定のデータ集積等に基づいて広く知
られている技術的知見も含まれる。
ウこの点,被告らは,ここにいう知見とは,専門学会等で十分に検証され
た知見であって,最高水準の専門研究者の間である程度の共通認識を得る
程度に確立された知見でなければならないと理解しているようである。
しかし,このように知見の意義を狭く解することは,製造業者等の過失
を要求することにほかならず,ごく一部の研究者が被害発生について警鐘
を鳴らしている状況や,被害発生の科学的・医学的検証は終わっていない
が,疫学的・統計学的に危険の可能性が指摘されている状況が存在したと
しても,開発危険の抗弁によって免責されることとなってしまう。これで
は,入手可能な世界最高の科学技術の水準を考慮したことにならず,人間
をモルモットにすることと全く同じである。
したがって,理論的に危険認識の可能性が認められるような知見は,全
てここにいう知見に当たる。
⑶経皮感作について
ア500Daルール
被告悠香は,Bosらが2000年(平成12年)に公表した論文(乙イ
11)に基づいて,通常の皮膚では分子量500以上,通常の粘膜では分
子量1200以上の物質は,皮膚や粘膜を透過することができないという
500Daルールが,当時の確立した知見であり,経皮感作が起こること
は全く想定できなかった旨を主張する。
しかし,上記論文による500Daルールは,経皮・経粘膜感作の可能
性との関係では,絶対的な科学的知見とはいえない。上記論文は,皮膚に
薬剤等を塗布したときの効果について記載された文献等を集計し,皮膚を
透過する分子量の大きさを推計したレビューにすぎず,経皮・経粘膜を通
過する分子量自体を実験的に立証したものではなく,500Da以上のア
レルゲンによって経皮・経粘膜感作が生ずるか否かにまで言及するもので
はない。また,上記論文は,水溶性分子が汗腺口や毛嚢口を通って皮膚を
透過し得ることを認めつつ,これらの開口部は皮膚表面積の0.1%であ
るため重要度は低いとしているが,薬効発現にとって重要度が低いとして
も,経皮・経粘膜感作の可能性まで否定しているわけではない。さらに,
以下に述べるとおり,500Daルールとは矛盾するような知見が存在し
ているから,経皮・経粘膜感作の可能性を認識することはできたというべ
きである。
イ皮膚や粘膜に異常がある場合
500Daルールは,あくまで皮膚や粘膜が健常で完全な状態にあるこ
とを前提としている。しかし,実際には,人の皮膚には異常が存在するの
であり,ニキビ,吹き出物,傷,しもやけ,ひび割れ,乾燥肌,汗も,か
ぶれ,虫刺され,炎症,やけどなどといった様々な要因により,角層やタ
イトジャンクション・バリアに破綻や脆弱化が容易に生じている。したが
って,500Daルールは,皮膚や粘膜に異常がある場合には当てはまら
ない。
ウラテックスアレルギー等
ラテックスアレルギー(ラテックス・フルーツ症候群)とは,天然ゴム
製品に接触する医療従事者等が交差反応の機序を介してバナナ,アボガド
等の果物を摂取した場合にⅠ型アレルギーを誘発するものであり,その主
たる感作経路は経皮感作である。この症例は,1991年(平成3年)に
米国FDA(FoodandDrugAdministration)が警告を発したものであり,その
時点で1000名以上の発症者がおり,経皮感作の機序は広く知られてい
た。ラテックスアレルギーの主要抗原の一つであるヘパインの分子量は5
000Da程度であるから,この知見により,500Daルールの経皮・
経粘膜感作への妥当性は否定されている。
そのほか,2000年(平成12年)頃から,化粧品添加成分のアレル
ギーが誘因となった食物アレルギーの報告が散見されており,500Da
ルールと相反するような知見の報告があったことになる。
エ疫学的知見
製パン業者や製パン工場従業員等に見られる職業性の小麦粉アレルギー
に関しては,昭和46年及び昭和55年に疫学的な調査結果が発表されて
いた(甲B62,63)。その感作経路は経皮・経粘膜感作であることが
想定される。
オ海外の症例報告
Kousaらは,1990年(平成2年),ヘアコンディショナー中のコラ
ーゲン加水分解物による美容師の全身性じんま疹の症例報告をした(甲
B66)。この症例は,ヘアコンディショナーを使用した後,数分後に全
身性じんま疹を発症したのであるから,Ⅰ型アレルギーによるアナフィ
ラキシーであるが,Ⅰ型アレルギーのアレルゲンは分子量1万Da以上
のタンパク質であるから,分子量の大きな加水分解物が経皮吸収された
ことが推認される。
Varjonenらは,2000年(平成12年),加水分解コムギ末配合の保
湿クリームによる即時型アレルギー性接触性じんま疹の症例報告をした
(甲B67)。この症例も,即時型アレルギーに関するものであり,香粧
品に配合された加水分解コムギ末は経皮感作を生じ得るとする知見の根
拠となるものである。
Sanchez-Pérezらは,2000年(平成12年),加水分解コムギタン
パクを含む美容クリームの使用により接触性皮膚炎を発症したとの症例
報告をした(甲B68)。この症例は,加水分解コムギ末が配合された香
粧品の使用により経皮感作を生ずる可能性があるとの知見の根拠となる
ものである。
Pecquetらは,2002年(平成14年),化粧品中の加水分解コムギ
タンパクに対してじんま疹を発症した後に小麦タンパク質やグルテンを
含む食品によって全身性じんま疹が誘発された3つの症例について報告
した(甲B69)。これらの症例は,加水分解コムギ末による感作であり,
Ⅰ型アレルギーによるアナフィラキシーを発症しており,グルテンにも
陽性反応があり,反応の時系列から皮膚感作の可能性の方が高いとされ
ているなど,病態としては本件アレルギーとほぼ同一と位置づけられる。
Pecquetらは,2004年(平成16年),7名の女性が加水分解コム
ギタンパク配合の化粧品を塗布して接触性じんま疹となり,そのうち6
名が改質グルテンを含む保存食品や持ち帰り総菜を摂取した直後にアナ
フィラキシーやじんま疹を発症した症例について報告した(甲B70)。
この症例も,Ⅰ型アレルギーであり,アレルゲンの分子量は少なくとも
1万以上であることが推認され,加水分解コムギ末配合の香粧品を使用
した場合に経皮・経粘膜感作が生ずるかについては,この論文により完
全に肯定されることとなった。
Lauriere,Pecquetらは,2006年(平成18年),
告を総括して,加水分解コムギタンパクを含有する化粧品は重度のアレ
ルギー反応を惹起することがあり,感作経路としては経皮・経粘膜感作
が想定されることなどを報告した(甲B99)。この論文により,500
Daルールに基づく加水分解コムギ末のような大きな分子量の物質が経
皮感作を生ずることはないとの知見は,完全に否定されることとなった。
カ他の製造業者の技術的知見
製造物責任法4条1号の「技術に関する知見」には,民間事業者におけ
る独自の技術的知見も含まれるところ,加水分解コムギ末の製造業者であ
る株式会社成和化学は,平成17年から23年6月頃まで,自社で製造販
売する加水分解コムギ末の分子量を,数平均分子量400,質量平均分子
量800と設定しており,その理由として,経皮感作のリスクを考慮した
としている。また,福冨友馬医師の論文(甲B88)では,食品改質剤と
しての加水分解コムギ末は分子量が高く5万~7万Daのものもあるの
に対し,化粧品用の加水分解コムギ末の分子量は1万以下のものが多いと
されている。したがって,香粧品製造・販売等に関わる民間事業者の多く
は,経皮感作リスクを回避するため,配合する加水分解コムギ末の分子量
を1万以下に抑えていたといえる。
キ顔面皮膚のバリアの脆弱性
平成13年に開催された日本皮膚科学会総会における報告(甲B107,
108)では,顔面皮膚の角層は10層程度しかなく,全身の中で最も薄
く,角層の細胞は他の部位の細胞よりも小さく,バリア機能は他の部位よ
りもかなり弱いこと,界面活性剤は顔面皮膚に炎症を惹起し,炎症によっ
て破綻した表皮バリアが回復するまでには10日程度を要すること,顔面
の皮膚には付属器が非常に多く,付属器の角層機能は非常に悪く,毛穴か
ら簡単にアレルゲンが吸収されて,普通の皮膚では入り得ない大きな分子
まで入ることなどが指摘された。
クまとめ
以上によれば,本件石けんの引渡時において,食物アレルギーを発症す
るような分子量1万~7万Da程度のアレルゲンが表皮や粘膜のバリア
を超えて体内に侵入し,感作を引き起こすとの知見は存在していた。
⑷交差反応について
ア交差反応性の知見
2002年(平成14年),Pecquetらは,化粧品中の加水分解コムギ
タンパクに対してじんま疹を発症した後に小麦タンパク質やグルテンを
含む食品によって全身性じんま疹が誘発された3つの症例について報告
したが(甲B69),この報告では,加水分解コムギ末とグルテンとの交
差反応が生じたことが示されている。すなわち,グルテンは,小麦のタ
ンパク質のうち不溶性のグリアジンとグルテニンから構成されるもので
あるところ,加水分解コムギ末は,グルテンに対して酸又は酵素による
加水分解の工程により分子量を下げ水溶性を高めた物質であって,グル
テンとは分子量もアミノ酸配列も異なる物質である。そして,上記報告
は,加水分解コムギ末の経皮感作からグルテンの経口アレルギーを発症
した症例に係るものであるから,交差反応そのものの症例にほかならな
い。
2004年(平成16年),Pecquetらは,7名の女性が加水分解コム
ギタンパク配合の化粧品を塗布して接触性じんま疹となり,そのうち6
名が改質グルテンを含む保存食品等を摂取した直後にアナフィラキシー
やじんま疹を発症した症例について報告したが(甲B70),化粧品に配
合されていた加水分解コムギ末と保存食品等に含まれていた加水分解コ
ムギ末とが同一製品であった可能性は極めて低いから,この報告は,一
種の交差反応の症例といえる。
以上のPecquetらの論文が公表される前から,交差反応の現象につい
ては免疫学や食物アレルギーの分野で基礎的知見として知られており,
抗体は,抗原のエピトープとよく似た構造のエピトープとも結合すると
されていた。前記のラテックスアレルギーは,交差反応の一例でもある。
これらの知見を組み合わせて,Pecquetらの論文の知見を解釈すると,本
件石けんの引渡時において,加水分解コムギ末の経皮感作が生じた場合
に交差反応により経口小麦アレルギーを発症する可能性があることは,
認識可能であった。すなわち,グルパール19Sは,小麦グルテンを酸
加熱分解して製造された加水分解コムギ末であり,小麦グルテンに含ま
れるエピトープが保持されていることから,交差反応が生じたものと考
えられ,このような交差反応が生じ得ることは,本件石けんの引渡時の
知見から認識することができたといえる。
イ本件アレルギーにおける新たな抗原に関する知見
被告らは,本件アレルギーは従来型のWDEIAとは主要抗原が異なる新
たなタイプのアレルギーであり,本件石けんの引渡時には知られていなか
った旨を主張する。
しかし,加水分解コムギ末であるグルパール19Sと小麦グルテン(グ
ルテニン・グルアジン)とでは,エピトープの一部が共通する。すなわち,
グルパール19Sは,グルテンの脱アミド化によってグルタミン(Q)が
グルタミン酸(E)に変わったものであり,分子構造を見ると,NH2が
OHに置き換わったにすぎない。このように分子構造が類似していること
から,交差反応が生ずるのである。
開発危険の抗弁における認識可能性は,過失の判断において問題となる
個別具体的事象の発生に係る予見可能性とは異なり,科学又は技術の客観
的水準からみた本件アレルギーの危険性についての理論的な予見可能性
を問題にするものである。したがって,厳密な発症機序の認識まで必要と
されるものではないし,たとえ一つの症例についての報告であっても,危
険認識を可能とするような科学技術的な知見が存在さえすれば,開発危険
の抗弁は否定される。本件においては,症例報告に加えて危険認識を可能
とするような知見があったのであるから,開発危険の抗弁は認められな
い。
⑸被害の重篤性・頻発性について
被告らは,本件石けんの引渡時において,本件石けんの使用による本件ア
レルギーの被害の程度が重篤であり被害発生の頻度が高いこと(本件石けん
の危険性)を認識することは不可能であったから,開発危険の抗弁が成立す
る旨を主張する。
しかし,開発危険の抗弁においては,当該製品の一般社会通念上求められ
る安全性に係る科学技術的な知見の有無が問われるにとどまり,被害発生の
頻度や重篤性の認識可能性についてまで問題とされるものではない。小麦は
三大抗原の一つであり,一度,経口小麦アレルギーを発症した場合には,ア
ナフィラキシーやショックの危険があり,摂取を制限される食品の範囲が広
範に及び,運動制限の必要性や日々の精神的負担が大きいなど,その症状の
重篤性は一般に広く知られている。したがって,経皮感作や交差反応の可能
性のレベルで開発危険の抗弁が成立しない場合には,被害の重篤性・頻発性
に関する知見との関係で開発危険の抗弁が問題となる余地はない。
⑹まとめ
開発危険の抗弁において問題とされるべき科学又は技術に関する知見は,
被告らが主張するように細分化されるべきものではなく,客観的に存在する
入手可能な最高度の知見の総体であり,既存の知見の組合せや類推も加えた
上で総合的に評価すべきものである。本件では,①小麦に含有されるアレル
ゲンは高い感作性を示すこと,②分子量1~7万低度のタンパク質は抗原性
を示すことが多いこと,③小麦,加水分解コムギ末その他のアレルゲンは,
経皮感作を起こす可能性が否定できないこと,④加水分解コムギ末と小麦グ
ルテンのエピトープの一部が共通していれば交差反応の可能性は否定できな
いことの4点の知見が存在していた以上,本件石けんに欠陥があることを客
観的に認識することができなかったとはいえない。
第4争点4(グルパール19Sには欠陥があったか)
1原告らの主張
⑴原材料の欠陥の判断枠組み
ア部品・原材料の欠陥の判断基準
製造物責任法における欠陥の判断基準は,当該製造物が完成品であると
部品・原材料であるとを問わず共通である。したがって,原告らが第1(
争点1=本件石けんの欠陥)の1において主張したことは,グルパール1
9Sの欠陥についても当てはまる。すなわち,原告らは,製品起因性と通
常使用の二つを主張立証すれば欠陥が事実上推認されることになるが,部
品・原材料であることによって,①完成品を使用して被害が発生した場合
に,他原因の存否が問題となり得ること,②「通常予見される使用形態」
が,被害を受けた消費者と完成品製造業者の二段階で評価されることの2
点において異なる。以下では,グルパール19Sの製品起因性と「通常予
見される使用形態」のほか,被告片山の反論に鑑み,グルパール19Sの
「特性」,「引き渡した時期」等についても適宜主張することとする。
イ役割分担論ないし責任領域論について
被告片山は,原材料製造業者である被告片山の責任領域,完成品製造業
者である被告フェニックス・被告悠香の責任領域,製品使用者である消費
者の責任領域を分別し,完成品製造業者の責任領域に含まれる事由につい
ては,原材料製造業者である被告片山は責任を負わないとの独自の理論を
展開する。
しかし,完成品たる本件石けんと原材料たるグルパール19Sは,全く
別個の製造物であり,それぞれ独立して製造物責任法上の欠陥の有無が問
われるべきである。本件石けんの欠陥の有無(完成品製造業者の責任の有
無)と原材料であるグルパール19Sの欠陥の有無(原材料製造業者の責
任の有無)とは,相互排斥的な関係に立つものではなく,それぞれ別個独
立して評価されることになる。したがって,原材料について通常有すべき
安全性を欠いていると認められるのであれば,完成品製造業者の責任が認
められるとしても,原材料製造業者も責任を負うのは当然である。
ウ汎用品論について
被告片山は,グルパール19Sが汎用品であることを強調して,欠陥性
評価の判断枠組みが製造物一般とは全く異なる旨を主張する。
しかし,製造物責任法2条2項は,欠陥の判断の考慮事情として「汎用
品」なる文言を一切使用しておらず,同法には,汎用品であるか否かによ
って欠陥性評価の判断枠組みが異なることをうかがわせるような文言は存
在しないし,汎用品なる概念の明確な定義もない。したがって,欠陥の判
断において汎用品なる概念が独自の領域を構成するものではなく,製造物
が汎用品であることによって,欠陥の評価基準が異なることになるもので
はない。
部品・原材料たる製造物は,特注品でない限り(日常用語としての)汎
用品としての性質を帯びるものではあるが,何の用途に使用されるのか無
限定な純然たる汎用品は存在しない。部品・原材料の汎用性は相対的な程
度問題であり,その製造目的や表示等から何らかの用途が設定されている
のであって,そのような用途が指定された汎用品であることが「製造物の
特性」として考慮され,通常有すべき安全性の有無が問われることになる。
また,完成品製造業者が部品・原材料製造業者として全く想定外の使用を
したために完成品に欠陥が生じたということであるならば,それは完成品
の製造工程において「通常予見される使用形態」の範囲内における使用が
されたかの問題にほかならない。さらに,完成品の製造業者が同一の原材
料を使用して複数の完成品を製造したところ,特定の種類の完成品のみか
ら被害が発生したという事態が生じた場合には,当該原材料が被害発生の
原因であるかという製品起因性(事実的因果関係)の問題となる。
結局のところ,汎用品であることは製造物一般における欠陥の判断枠組
みの中で考慮することができるのであって,被告片山が主張するグルパー
ル19Sの汎用品性については,欠陥の判断において独自の意義を有する
ものとはいえない。
エ技術水準論について
被告片山は,製品を引き渡した時期における科学・技術の水準に従って
製造物のあるべき客観的性状が設定されるのであり,その客観的性状を検
討する過程で予見可能性・回避可能性に関する事情を考慮することは,製
造物責任法の趣旨に反するものではない旨を主張し,グルパール19Sの
欠陥の判断において,技術水準論が最も重要かつ決定的な要素であると強
調する。
しかし,被告片山が引渡時の技術水準として問題にするのは,アレルギ
ー学の最高峰の専門医レベルにおける本件アレルギーによる被害発生の具
体的な予見可能性であって,過失の予見可能性の判断主体をより高度の知
見を有する者に変更した過失論にほかならず,製造物責任法における欠陥
責任が無過失責任・厳格責任であるとの基本構造を有しているのと合致し
ない。技術水準として問題になり得るのは,客観的な技術的実現可能性で
あり,客観的な技術的実現可能性は存在したけれども専門研究者がその危
険性を認識していなかったという場合には,純客観的観点からの結果予見
の技術的実現可能性は認められる以上,欠陥の存在を否定することはでき
ない。また,欠陥を認定する際に被害発生の具体的な予見可能性を要求す
ることになれば,開発危険の抗弁より緩和された判断枠組みにより欠陥の
存否を判断することになり,開発危険の抗弁が問題になる事案では常に欠
陥の存在が否定されることになりかねず,開発危険の抗弁の存在意義は皆
無となるから,この点でも製造物責任法の基本構造と相容れない。
⑵グルパール19Sの「特性」
グルパール19Sは,加水分解コムギ末であって,極めて抗原性の高い小
麦に含まれるタンパク質であるグルテンを原材料とし,95℃で40分間,
酸加水分解を行い,その後,等電点沈殿,脱塩,中和,粉末化という工程を
経て製造される。この工程により,グルテンに含まれるエピトープの開裂が
進むが,なお平均分子量は6万Da程度と高かった。
グルパール19Sの用途は,もともと食品改質剤であったが,その後,石
けん,シャンプー,クリーム,化粧品等の界面活性剤を含む製品への配合へ
と用途が拡大され,その旨が記載された広報,技術資料の提供がされていた。
そのような資料の中には,「化粧品の分野で安心して使用できます。」,「蛋白
質素材で安全性が高い。」,「グルパール19Sは,食品衛生法で定めるところ
の食品であり・・・化粧品,医薬部外品としての利用も可能です。」などとい
った安全性をうたう数々の表示がされている一方で,これを製品に配合した
場合のⅠ型アレルギーの発症リスクに関する言及は一切なかった。
グルパール19Sを製品に配合した場合の推奨濃度としては,0.3%な
いし0.5%とする説明がされており,被告フェニックスは,本件石けんを
含む同社の石けんの多くにおいて,この濃度でグルパール19Sを配合して
いた。
以上のとおり,グルパール19Sは,石けん,シャンプー,クリーム等の
界面活性剤を含む製品に配合されて使用されることを予定した製品なのであ
るから,そのような用途を前提とした安全性が具備されていなければならな
い。
⑶グルパール19Sの製品起因性
ア製品起因性の論点の位置づけ
本件アレルギーはグルパール19Sによって惹起されたかという製品起
因性の問題は,事実的因果関係の問題であるとともに,欠陥の評価根拠事
実の一つとしても位置づけられる。
イ製品起因性が肯定されること
本件アレルギーは,経口小麦アレルギーであるところ,経口小麦アレル
ギーを発症させる可能性があるのは,小麦タンパク質のエピトープのみで
あり,本件石けんの配合成分中ではグルパール19S以外に存在しない。
本件アレルギーの原因物質が本件石けんに配合されたグルパール19S
であることは,無数の専門医学文献に記載されており,生グルテンを原材
料として塩酸によりpHを1程度にし,95℃で40分間という条件の酸
加水分解を行うという製造工程が抗原性の高さを決定づけたとの文献が
多数存在する。このような製造工程により,グルテンのペプチド結合の開
裂が十分に進行せず平均分子量が6万と高いままでありグルテンに含ま
れるエピトープが保持されたままの状態になっている上に,脱アミド化が
生じて,親水性・可溶性・起泡性が高まり,感作能が増強された可能性が
高く,また,脱アミド化修飾残基という新たに抗原性の高いエピトープが
産生されたとする報告もある。したがって,本件アレルギーは,本件石け
んにグルパール19Sが配合されていたことに起因するものであって,製
品起因性について疑問の余地はない。
なお,他の配合成分の作用が本件アレルギーの発症に介在している可能
性については,マウスモデル実験によってグルパール19Sの単独の経皮
感作能が実証されていることから,否定される。
ウ被告片山の主張に対する反論
被告片山は,本件石けん以外のグルパール19Sを配合した石けんで
は同様の症例報告がされていないことを指摘し,グルパール19Sには
欠陥がない旨を主張する。この主張は,本件アレルギーを発症するに至
ったのは,本件石けんの製造工程において他の配合成分や製造方法等の
「他原因」が介在したためであり,グルパール19S自体は通常有すべ
き安全性を有していたとの趣旨の主張と理解される。
しかし,まず,他の石けんにおいても同様の症例報告は,2症例・3
製品とわずかながらではあるものの存在する。他の石けんで症例報告が
わずかにとどまっているのは,本件石けんと他種石けんとでは,販売ロ
ット数に隔絶した開きがあること,本件石けんはテレビCMで有名であ
り知名度が大きく異なること,他種石けんではアレルギーに関する報道
がほとんどされなかったこと,他種石けんのパッケージには「加水分解
コムギ末」等の一般名称の表示は存在してもグルパール19Sとの配合
製品名の表示はされていないこと,他種石けんでは大々的な情報集約の
調査がされていないことなどによるものであり,他種石けんでグルパー
ル19Sの被害が生じていないというには大きな疑問がある。
なお,被告片山は,被告フェニックスが製造した「渋の泡石鹸」は,
170万個もの販売数に及んでいたにもかかわらず同種の被害が発生し
ていない旨を主張するが,「渋の泡石鹸」は,洗顔石けんではなく,男性
の加齢臭対策として身体洗浄を行うための製品として販売されており,
ほとんど洗顔に使用されないために同種の被害が発生していない可能性
がある。したがって,「渋の泡石鹸」で同種被害が出ていないことがグル
パール19Sの欠陥を否定すべき事情となるものではない。
また,仮に本件アレルギーの発症にグルパール19S以外の配合成分
や製造工程等の他の要因が関係しているとしても,グルパール19Sの
製品起因性自体は否定できないのであるから,他の要因との相乗効果に
より発症に至ったことになる。その場合には,他製品で発症が確認され
てないことから直ちにグルパール19Sの欠陥が否定されることになる
わけではなく,被告フェニックスの製造工程が完成品製造業者としての
「通常予見される使用形態」の範囲内か否かとの相関関係によって,グ
ルパール19Sの欠陥の有無が判定されることになる。そして,本件石
けんのグルパール19S以外の配合成分は,いずれも多数の香粧品に配
合されていて安全性に問題がないとされているものばかりであり,被告
フェニックスの製造工程は「通常予見される使用形態」の範囲内である
といえる。したがって,被告フェニックスの製造工程等をもってグルパ
ール19Sの欠陥を否定することはできない。
⑷グルパール19Sの「通常予見される使用形態」
ア原材料の「通常予見される使用形態」の判断枠組み
製造物責任の対象が原材料である場合には,「通常予見される使用形態」
が完成品製造業者における使用形態と最終消費者における使用形態の二
段階において問題となる。完成品製造業者における「通常予見される使用
形態」が問題となる点が,完成品に対する製造物責任の場合と異なる。
被告片山は,完成品製造業者における「通常予見される使用形態」につ
いて,完成品製造業者の判断能力の高さを前提として,完成品製造業者が
安全性試験を実施して危険を把握した上でこれを回避する措置を講ずる
ことや専門的な知識・経験・ノウハウを駆使して完成品に内在する危険を
認識・予見し被害を最小限に食い止めるあらゆる措置を講ずることがなさ
れて初めて適正使用といえる旨を主張し,完成品製造業者の「通常予見さ
れる使用形態」の水準が非常に高いレベルであることを指摘するととも
に,その主張立証責任は消費者にあるとする。
しかし,このような主張立証をするには,完成品製造業者の製造工程等
の事業者水準の使用形態について完全に情報収集を行い専門的知見に基
づく分析をすることが求められるが,これを消費者が行うのは不可能であ
る。消費者は,消費者のレベルにおいて無理なくアクセス可能な外形的情
報の範囲内で特段の問題点が認められない製造過程であることを主張立
証すれば,完成品製造業者における「通常予見される使用形態」であると
の一応の推認がされるべきであり,この推認を破るには,原材料製造業者
において,完成品製造業者の誤使用の介在について具体的に問題点を特定
して主張立証することを要するものと解するのが公平である。
また,完成品製造業者の「通常予見される使用形態」として非常に高い
水準を要求することについても,合理的とはいえない。完成品製造業者で
あるからといって当該原材料について常に相当程度の専門的知見を有し
ているとは限らないのであり,高度技術の産物である原材料に精通するこ
とは不可能である。また,当該原材料が汎用品であればあるほどその品質
を信頼し,自社で独自に安全性について調査確認をすることなく使用する
傾向が強まるといえる。完成品製造業者が,基本的には,原材料製造業者
から積極的に提供された製品情報は全て真実であると理解し,また,積極
的に情報提供又は指示・警告が行われていない製品情報は独自に注意する
までもないと理解して,当該原材料を使用することは,想定可能であるか
ら,「通常予見される使用形態」の範囲内と評価される。
そもそも,「通常予見される使用形態」とは,「正常使用」と同義ではな
く,「正常使用」のほかに「予見可能な誤使用」を含むものであり,これ
に含まれないのは「非常識な誤使用」(異常使用)のみである。したがっ
て,原材料製造業者は,完成品製造業者が非常識な使用をしたことを主張
立証しなければ免責されないことになる。
さらに,「通常予見される使用形態」の範囲は,製造業者から使用者に対
して与えられた製品情報の一切を全体的に評価して社会通念に照らして
客観的に確定されるべきものである。したがって,原材料製造業者が一方
で被害の原因となる事実に関する情報を提供していたとしても,他方で原
材料の安全性や使用実績等の情報も提供していた場合には,これらの製品
情報を総合的に評価して,「通常予見される使用形態」の範囲内か否かを
判断すべきことになる。
加えて,完成品製造業者が原材料について経済的に見て現実的でない措
置を講じた上で使用することを求めるのは社会通念に反するから,そのよ
うな措置を講じなかったとしても,「通常予見される使用形態」から外れ
るものではない。
以上のような判断枠組みにより,「通常予見される使用形態」の評価をす
べきである。
イ判断枠組みに関する被告片山の主張に対する反論
被告片山は,グルパール19Sの使用が「通常予見される使用形態」の
範囲外であるとして欠陥が肯定されるためには,本件石けんの最終消費者
である原告らにおいて,グルパール19Sの使用者である被告フェニック
スがグルパール19Sの用途・用法を工夫しても被害の発生を防止できな
かったことを具体的に主張立証しなければならない旨を主張する。
しかし,用途・用法を工夫しても被害の発生を防止できなかったことと
いう消極的事実の主張立証は,いわゆる悪魔の証明であって,非専門家で
あり部外者でもある原告らにおいてなし得るところではない。消費者に対
してそのような主張立証を求めることは製造物責任法の本旨にもとるも
のであり,このような考え方は被告片山の独自の見解である。
ウ被告片山が公表したグルパール19Sの製品情報
被告片山は,平成2年以降,専門誌の記事や顧客向けの技術資料の中で,
グルパール19Sの製品情報として,化粧品,シャンプー,リンス,クリ
ーム,ローションなどに使用できる旨を記載しており,人肌に直接的に使
用する美容製品としての配合を提案していた。その性能としては,乳化・
保湿・触感改良があり,化粧石けんのひび割れ防止や泡の改良効果もある
などとしていた。また,グルパール19Sが粧外規や外原規等の規格に収
載されている加水分解コムギ末に相当し,医薬部外品としての使用前例が
あることや,乳化力に関するデータとして添加濃度を0.3%とする場合
に最も乳化の状態がよくなることも示していた。したがって,グルパール
19Sを本件石けんのような美容石けんに配合することは,グルパール1
9Sの本来予定されていた主たる用途の一つであったし,0.3%の濃度
で配合することも被告片山によって推奨されていたといえるから,いずれ
も「通常予見される使用形態」の範囲内であったと評価され得る基礎事情
といえる。
他方で,被告片山は,被告フェニックスに対し,グルパール19Sがグ
ルテンを酸分解によって脱アミド化した物質であり,平均分子量が約6万
であることなどの化学的特性について情報提供を行い積極的な効果・効能
を強調していたが,このような化学的特性を有する物質であることによる
危険性については何らの指示・警告をしていなかった。こうした化学的特
性の情報だけでは我が国最高峰の免疫学者であっても本件アレルギーの
発症を認識できなかったのであり,危険性に関する指示・警告が一切され
なかったことは,被告フェニックスの使用が「通常予見される使用形態」
の範囲内であったと評価され得る基礎事情といえる。
これらの事情を総合的に評価すれば,被告フェニックスがグルパール1
9Sの経皮・経粘膜感作の可能性を考えずに本件石けんにそのまま配合し
たことは,「通常予見される使用形態」の範囲内に含まれるというべきで
ある。
エ本件石けんの製造工程
被告フェニックスの本件石けんの製造工程を検討すると,グルパール
19Sが配合されるのは工程の最終段階であり,製造されてきた石けん
素地にグルパール19S等の各種成分を配合し,機械により混練りを行
うというものであり,加熱もせずに単に機械で物理的に練り合わせるだ
けであるから,配合されたグルパール19Sの化学的特性は一切変化し
ない。また,グルパール19S以外の配合成分は,他の同種被害が発生
していない石けんと同様の成分のみであり,本件アレルギーの原因とな
る物質はない。グルパール19Sの配合濃度についても,被告片山が技
術資料等で推奨していた範囲内の0.3%である。
したがって,被告フェニックスの製造工程は,グルパール19Sの「通
常予見される使用形態」の範囲内であるといえる。
石けんは界面活性剤としての性質を有するが,グルパール19Sを界
面活性剤の塊である石けんに配合したことによる相互作用によって感作
が生じた可能性が指摘されている。しかし,グルパール19Sは,その
ような界面活性剤の塊である石けんに配合することが予定されて販売さ
れていたのであるから,これを石けんに配合することが「通常予見され
る使用形態」の範囲内であることは明らかである。石けんに配合される
成分は,初めから界面活性剤との相互作用を考えても安全性が保障され
ているものでなければ,「通常有すべき安全性」を備えているとはいえな
い。
オ本件石けんの使用方法
本件石けんについては,その使用方法としてダブル洗顔や毎日継続的に
使用することが推奨されていた。一般にアレルギー発症においては,抗原
暴露の頻度が高いほど感作リスクが高まるから,高頻度使用が推奨されて
いたことが被害の拡大に影響を与えた可能性は否定できない。
しかし,これを裏付ける客観的なデータがあるわけではないし,そもそ
も,石けんへの配合はグルパール19Sの用途・用法の一つであって,毎
日洗顔に用い,クレンジングのために二度洗いすることが,社会通念に照
らして「通常予見される使用形態」の範囲を逸脱するとはいえない。
カ「感作性:データなし」との記載について
被告片山は,製品安全データシート(乙ハA4)に「感作性:データな
し」との記載がされていたにもかかわらず,被告フェニックスにおいて,
完成品の安全性試験を実施しなかったのが問題である旨を主張する。
しかし,「感作性:データなし」との記載は,感作性試験が実施されてい
ないという趣旨ではなく,感作性試験を行ったけれども感作性を確認でき
なかったとの趣旨にも読むことができる。仮にこの記載が「通常予見され
る使用形態」の一つの認定資料になり得るとしても,被告片山は,被告フ
ェニックスに対し,前記のとおり,グルパール19Sの効能や安全性を強
調し,使用実績を紹介しながら,その化学的特性が有する危険性について
は一切の指示・警告をしていないのであるから,「感作性:データなし」と
の些末な記載があるからといって「通常予見される使用形態」の判断が大
きく動くものではない。また,被告フェニックスは,厳密な抗原性試験(
モルモットを用いる全身性アナフィラキシー試験)を実施していないもの
の,皮膚感作試験(パッチテスト)を実施した上で,本件石けんを製造し
ており,医薬部外品の申請に当たっては,抗原性試験の施行まで要求され
ているようには見えない。そして,「通常予見される使用形態」には「予見
可能な誤使用」も包含されることを踏まえると,抗原性試験を実施してい
ないことが「予見可能な誤使用」を超えて「非常識な誤使用」として「通
常予見される使用形態」から逸脱するものと評価することはできない。な
お,抗原性試験を実施したとしても,直ちにグルパール19Sの経皮・経
粘膜感作を発見できたともいえないから,抗原性試験の不実施と損害の発
生との因果関係はなく,被告フェニックスの抗原性試験の不実施からグル
パール19Sの欠陥の存在を否定することはできない。
⑸被害発生の蓋然性・被害の程度・グルパール19Sの社会的効用等
第1の1⑸における原告らの主張のとおりである。
なお,本件アレルギーのような重篤かつ4000名と推計される多数の被
害者を発生させた危害の状況に照らすと,これを正当化するような社会的効
用がグルパール19Sに存在しないことは多言を要しないところである。
⑹グルパール19Sが「引き渡された時期」
ア被告片山は,グルパール19Sが引き渡された時期における科学・技術
の知見によっては,加水分解コムギ末が配合された石けんの使用によって
経口小麦アレルギーが発症することは,専門家医師においても全く想定で
きなかった旨を主張し,これによってグルパール19Sの欠陥が否定され
るとする。
イしかし,まず,判断基準の問題として,製造物責任法の下では,過失責
任における予見可能性,回避可能性がそのまま考慮されることはなく,科
学・技術の水準は,製品の種類や事故の態様等によっては欠陥の有無の判
断において考慮要素の一つとなり得るものの,唯一の判断基準ではなく決
め手となるものでもない。したがって,欠陥の判断との関係では,具体的
な予見可能性は問題とならず,「もしかしたら相当程度に危険性があるの
ではないか」という一般社会通念としての漠然とした万が一の危険性の認
識が問題となり得るにすぎない。
ウ次に,被告片山は,技術水準論において重視する知見として,①分子量
2000以上の加水分解コムギ末に経皮・経粘膜的に感作することは想定
できなかったこと,②経口摂取した小麦又は小麦成分を含有する食品との
交差反応により小麦アレルギー症状を呈することは想定できなかったこ
と,の2点を挙げるようである。
しかし,加水分解コムギ末の経皮・経粘膜感作のリスクについては,従
来から,小麦タンパク質は,アミノ酸配列の中に感作性の高いエピトープ
を含んでおり,食物アレルギーの原因食物として感作リスクが大きいこ
と,食物アレルギーを惹起するのは分子量1万~7万Da程度のタンパク
質であること,小麦タンパクの加水分解の工程でペプチドの開裂が不十分
な場合には危険なエピトープの構造が維持されてしまうから,完全に感作
リスクを排除するのであれば1万Da以下の分子量まで開裂を進める必
要があること,といった知見は認識し得た。問題は,高分子の加水分解コ
ムギ末が経皮吸収されるかであり,500Daルールとの関係が問題とな
るが,製パン業者等の職業性ぜんそくの症例,欧州の加水分解コムギ末配
合製品による経皮感作のアレルギーの症例,5000Da以上の抗原の経
皮感作によるラテックスアレルギーの症例といった知見が既に存在して
いたのであるから,少なくとも経験的には分子量が大きなタンパク質であ
っても経皮感作を惹起し得ることは示されており,一般社会通念に基づく
経皮感作の危険性については認識可能性があったということができる。
また,交差反応については,そもそも交差反応の現象自体は食物アレル
ギーの分野において極めてありふれた現象であって,問題とされる食物抗
原の一部が共通し,又は類似性があれば発生する可能性がある。そして,
グルパール19Sは,小麦グルテンを酸加熱分解して製造された加水分解
コムギ末であり,平均分子量が6万Daと大きいままであるために小麦グ
ルテンに含まれるエピトープが保持され,交差反応が生じたものであり,
この現象は偶然に生じたものではない。したがって,社会通念に基づく交
差反応の危険性についても認識可能性があったということができる。
なお,その余の反論については,第3(争点3=開発危険の抗弁)の4
に記載したとおりである。
2被告片山の主張
⑴欠陥の判断枠組み
ア製造物責任法上の欠陥の立証責任
製造物責任法における欠陥の立証責任は損害賠償請求をする原告側にあ
り,立法過程でも立証責任の転換はしないこととされている。したがって,
原告側は,当該製造物の特性,その通常予見される使用形態,その製造業
者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考
慮した上で,当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることを立証し
なければならない。
この点,原告らは,①被害が当該製造物によって発生したこと(製品起
因性)と,②その被害発生の時点において被害者たる製造物使用者が当該
製造物を「通常予見される使用形態」の下で使用したこと,の2点を主張
立証すれば,当該製造物の欠陥を認定すべきであるなどと主張するが,製
造物責任法の立法過程の議論を無視するものである。
イ欠陥の判断の基準時
欠陥の有無を判断する基準時は,製造業者等が当該製造物を引き渡した
時点である。
ウ欠陥認定における引渡時の科学・技術水準の考慮
立法担当者の解説によれば,欠陥の認定における考慮事情の一つである
「その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期」(製造物責任法2条2
項)には,引渡時の社会において要請される安全性の程度等の社会通念も
含まれるとされており,引渡時の科学・技術水準は欠陥認定の重要な考慮
要素となる。したがって,グルパール19Sの欠陥の有無を判断する際に
は,グルパール19Sの引渡時の社会通念として,およそ製造業者にとっ
て本件アレルギーが想定可能であったか否かは,重要な考慮要素となる。
この点,原告らは,被告片山の主張が製造物責任法における欠陥責任を
過失責任と混同するものである旨を主張する。しかし,過失責任は,当該
被告において損害の予見可能性があるかというレベルの問題であるのに
対し,欠陥責任は,引渡時の社会通念に照らし,およそ製造業者にとって
損害の予見可能性があるかというレベルの問題であるから,両者は全く次
元の異なる問題である。被告片山は,あくまでグルパール19Sの引渡時
における社会通念として損害の予見可能性がないことを主張しているの
であって,アレルギー学の我が国最高峰の専門医であり日本免疫学会会長
を歴任した奥村康医師(以下「奥村医師」という。)が,意見書等(乙ハ
B12,20,24,25)において,本件アレルギーはアレルギーの専
門医であっても想定不可能であった旨を述べているのは,引渡時の社会通
念として損害の予見可能性がなかったことの裏付けとなるものである。
また,原告らは,被告片山の主張が開発危険の抗弁を設ける製造物責任
法の基本構造と相容れない旨を主張する。しかし,被告片山が欠陥の判断
の際に考慮すべきであると主張する引渡時の科学・技術水準は,開発危険
の抗弁における科学又は技術に関する知見と同じ概念ではないし,開発危
険の抗弁における科学又は技術に関する知見は,これのみを基準として製
造物責任を免責させる効果があるのに対し,欠陥の有無の判断における科
学・技術水準は考慮事情の一つにすぎない。したがって,欠陥の判断の際
に引渡時の科学・技術水準を考慮に入れることは,何ら開発危険の抗弁を
設けた製造物責任法の基本構造に反するものではない。
エ製造物が安全な用途・用法で使用されたことの主張立証
製造物の使用者に用途・用法の違反又は不注意がある場合には,そのこ
とが製品の欠陥を否定する方向で考慮されるとともに,製品と損害発生と
の因果関係を否定する方向で考慮されることになる。その主張立証責任は
損害賠償請求をする原告側が負担するものであり,原告側は,使用者が製
造物を安全な用途・用法で使用したことを具体的に主張立証すべきであ
る。
この問題は,「通常予見される使用形態」の具体的内容としても考慮され
るべきものである。すなわち,「通常予見される使用形態」には,「製造物
の使用者による損害発生防止の可能性」が含まれ,これを検討するに当た
っては,当該製造物に想定される使用者の資格・技能等に鑑みて当該使用
者が事故を回避することが合理的に期待できるか否かが重要な考慮要素
となる。
⑵原材料の欠陥の判断枠組み
ア完成品の欠陥との関係
原材料が使用されて完成品が製造された場合において,当該完成品によ
る事故が発生したとしても,完成品に欠陥が認められなければ,原材料の
欠陥が問題となることはない。したがって,本件石けんに欠陥が認められ
なければ,グルパール19Sの欠陥も認められないことになる。
他方で,完成品に欠陥が認められたとしても,そのことから直ちに被害
発生の原因となった原材料の欠陥が認められるというわけではなく,製造
物の特性,その通常予見される使用形態,その製造業者等が当該製造物を
引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して,当該原材料に
欠陥があることが証明されなければならない。
イ完成品製造業者が安全な用途・用法で使用したことの主張立証
欠陥の考慮事情である「通常予見される使用形態」の内容として,完成
品の欠陥は,消費者の用途・用法が安全なものであることの主張立証がな
ければ認められないが,これと同様に,原材料の欠陥は,原材料の使用者
である完成品製造業者の用途・用法が安全なものであったこと(原材料の
用途・用法の工夫をしても被害を防げなかったこと,危険回避のための工
夫に問題がなかったこと)の主張立証がなければ認められず,その立証責
任は損害賠償請求をする原告側にある。
完成品製造業者は,自己の判断と責任において,原材料の性能,用途,
使用方法,危険性等を考慮して原材料を選択,調達し,完成品の製造を行
うものであるから,完成品の欠陥が認められても,完成品製造業者の誤使
用に起因するとして,原材料に欠陥が認められない場合が多い。したがっ
て,原材料の欠陥認定に当たっては,完成品製造業者が原材料を安全な用
途・用法で使用したものか否かが重要な考慮要素となる。
ウ原材料が汎用品である場合の完成品の製造過程の考慮
欠陥の判断に当たっては,使用者が製造物を安全な用途であるのみなら
ず,安全な用法で使用したことも考慮すべきであるから,完成品製造業者
の製造過程も考慮して判断すべきである。特に,汎用品である原材料を使
用して完成品が製造された場合には,特定の完成品と汎用品である原材料
との間の関係は希薄であり,汎用品を原材料として使用することの選択は
専ら完成品製造業者の判断によるものであるから,完成品の製造過程にお
いて作り出された危険について汎用品製造業者が責任を負う根拠はない。
したがって,原材料が汎用品である場合の完成品の製造過程は,原材料の
欠陥を否定すべき重要な事情として考慮すべきことが多い。
また,完成品製造業者が同一の原材料を使用して複数の種類の完成品を
製造したところ,特定の種類の完成品のみから被害が発生し,他の種類の
完成品からは被害が発生しなかった場合には,特段の事情のない限り,当
該完成品の欠陥が完成品製造業者の製造過程において生じたことが推定
され,他方で,原材料には問題がなかったことが推定される。したがって,
特定の種類の完成品のみから被害が発生したという事情は,原材料の欠陥
を否定する事情として考慮することができ,当該原材料が汎用品である場
合には,原材料の欠陥を否定する重要な事情として考慮すべきである。
エ医薬部外品・化粧品の原材料について
医薬部外品・化粧品の製造業者が原材料を石けん等の想定された用途で
使用した場合であっても,被害が出ない工夫をした上で原材料を使用した
かという用法の適否が問題となる。用法が適正というためには,医薬部外
品・化粧品によるアレルギーが不可避であることを踏まえ,製法の工夫(
配合成分,配合濃度),使用方法等の各種警告の工夫(使用部位の特定,
異常発生時の対処法),販売方法の工夫(対面販売か通信販売か,販売個
数),万全なアフターケア体制の工夫(相談窓口の設置,健康被害の情報
があった際の速やかな製品回収)など,医薬部外品・化粧品の専門業者と
してなすべき被害防止のための様々な工夫(危険回避措置)を講ずること
が必要である。
次に,医薬部外品・化粧品の製造業者が「通常予見される使用形態」に
おいて使用したかを検討するに当たっては,原材料に想定される使用者の
資格・技能等に着目すべきであるから,医薬部外品・化粧品の製造業者が
医薬部外品・化粧品による健康被害防止についての知識・経験・ノウハウ
を有する専門業者であることが重要な考慮要素となる。
⑶グルパール19Sに欠陥が認められない理由
アグルパール19Sの欠陥に固有の考慮事情
以上の判断枠組みを踏まえて,被告片山の製造物責任が認められるかに
ついて検討すると,責任を認めるためには,本件石けんの欠陥とは別にグ
ルパール19Sの欠陥につき主張立証がされなければならない。その欠陥
認定において考慮すべき事情としては,以下のイからカまでがあり,これ
らの事情を総合考慮すればグルパール19Sの欠陥は到底認められない。
イグルパール19Sの引渡時の科学・技術的知見
グルパール19Sの引渡時におけるアレルギーに関する知見
被告片山が被告フェニックスに対してグルパール19Sを最後に引き
渡した平成22年8月4日以前には,グルパール19Sのようなタンパ
ク加水分解物が配合された石けんの使用によって,天然小麦を摂取した
際のアレルギー症状が発生すること,すなわち,①本件石けんに含有さ
れていた分子量2000以上の加水分解コムギ末に経皮・経粘膜的に感
作すること,②仮に感作が成立したとしても,経口摂取した小麦又はコ
ムギ成分を含有する食品との交差反応により小麦アレルギー症状を呈す
ることについては,厚生労働省や専門医においても全く想定できなかっ
たのであり,通常の企業が想定することは更に困難であった。この点が,
グルパール19Sの欠陥を判断する上で極めて大きな要素を占めるもの
である。以下では,引渡時の①及び②の知見について述べることとする。
経皮・経粘膜感作に関する知見(①)について
グルパール19Sの引渡時においては,皮膚については500Da,
粘膜については1200Da以上の物質は透過できないとする,500
Daルールが広く知られており,また,石けんについては皮膚に使用し
ても大部分は直ちに洗い流されることが想定されるため,石けんに含有
されるタンパク質成分が長時間皮膚に付着して透過することはないと考
えられていた。このことは,元日本免疫学会会長である奥村医師の意見
書のほか,アレルギー学会特別委員会の各委員らによる多数の論文から
も明らかである。
それにもかかわらず,本件アレルギーにおいて経皮感作が成立したの
は,石けんに含有されている界面活性剤が皮膚のバリア機能を破壊し加
水分解コムギ末に感作されやすい状態になった可能性が指摘されている
が,このような知見は,可能性にとどまるものであるし,グルパール1
9Sの引渡時には存在しなかった。
したがって,グルパール19Sの引渡時において,グルパール19S
の経皮感作が成立することは想定できなかった。
交差反応に関する知見(②)について
抗原Aが体内に侵入すると抗原A特異的IgE抗体が作られて感作が
成立するが,アレルギー反応は,その後,更に抗原Aが侵入した際に抗
原A特異的IgE抗体が抗原Aのアミノ酸配列(エピトープ)を認識し
て結合することによって生ずるものである。そのため,抗原Aのエピト
ープを含まない抗原Bが侵入しても,アレルギー反応は生じない。とこ
ろが,まれに抗原Bが侵入した場合に抗原A特異的IgE抗体が反応す
る場合があり,これが交差反応である。交差反応が起こるメカニズムは,
抗原Bのアミノ酸配列の一部が抗原Aのエピトープと完全に一致するた
めではないかと考えられている。
本件アレルギーは,加水分解コムギ末であるグルパール19Sに感作
した患者が天然小麦を摂取した際にアレルギー反応を発症するというも
のであり,交差反応の症例である。しかし,本件アレルギーでは,抗体
はグルパール19SのPEEPFPというアミノ酸配列(エピトープ)
を認識していることが後に判明しているが,天然小麦にはこれと一致す
るアミノ酸配列がないので,交差反応は起こらないはずである。にもか
かわらず,交差反応が生じた点に本件アレルギーの特殊性がある。この
ような特殊な交差反応が生じた原因については未解明な点が多く,最近
一つの仮説として,天然小麦のアミノ酸配列QPQQPFPQが体内の
酵素の一種である組織トランスグルタミナーゼによって脱アミド化され
てPEEPFPのアミノ酸配列が生じ,これに患者の抗体が反応したの
ではないかと言われているが,これも一つの可能性にすぎず,確立した
知見と呼べるようなものではない。
この点,原告らは,Pecquetらの症例報告を指摘し,加水分解コムギタ
ンパクで感作された症例においてグルテン特異的IgE抗体が高値とな
っていることから,小麦に対する食物アレルギーを起こし得ることは容
易に認識できるなどと主張する。しかし,Pecquetらの症例報告は,通常
のコムギ製品にアレルギー反応を起こさなかったのに対し,本件アレル
ギーでは,通常のコムギ製品に対するアレルギー反応が起きたという点
で,決定的に異なっているから,上記症例報告をもって本件アレルギー
が予見可能ということはできない。
したがって,グルパール19Sの引渡時において,グルパール19S
と天然小麦との間に交差反応が生ずることを想定することは不可能であ
った。
まとめ
以上によれば,グルパール19Sの引渡時における社会通念として,
グルパール19Sのような分子量6万の加水分解コムギ末に経皮・経粘
膜的に感作し,経口摂取した小麦又はコムギ成分を含有する食品との交
差反応により小麦アレルギー症状を呈することについて,全く想定でき
なかったというべきであるから,グルパール19Sの欠陥は否定される
ことになる。
ウ本件アレルギーの発症率・重篤度
あらゆる製造物は本来的にアレルギー反応を引き起こす危険性を内在し
ているから,一定の有用性が認められる製造物については,アレルギー発
症の危険を内在していたとしても,その危険については指示・警告表示で
対応することで流通に置くことが許容されている。したがって,製造物が
原因となって1件でも重篤なアレルギーが発症すれば,直ちに当該製造物
に欠陥が認められるとの結論は不当であり,当該製造物によるアレルギー
症状が,世の中に通常に流通している他の製造物からも不可避的に発生す
るアレルギーとの比較において,発症率・重篤度が高い場合にはじめて欠
陥を肯定する方向の事情として考慮されることとなる。
そこで,本件アレルギーが使用者に高い頻度で重篤な症状を発症させた
ものといえるかが問題となるが,患者数が2111名であるのは,本件石
けんは類を見ない売れ行きであったことやアレルギー学会が本件診断基準
を発表して積極的に患者数の把握に努めたことによるものであり,小麦ア
レルギーの有病率と比較すると発症率は低く,重篤に至る頻度も通常型の
WDEIAに比べて低い。また,本件アレルギーは,本件石けんの使用中止
により,比較的早期に改善し,小麦摂取可能となる症例が多数を占めてお
り,かつ,少数ある治癒遷延症例についてもオマリズマブ(ゾレア)の投
与により治癒できる可能性が高いと考えられている。
他方で,グルパール19Sは,乳化性・保湿性に優れており,医薬部外
品・化粧品の原材料として広く社会的有用性があり,これまで35種類の
医薬部外品・化粧品に配合されてきた。
以上によれば,本件アレルギーの発症率や重篤度の高さから,グルパー
ル19Sの欠陥を肯定することはできない。
エ本件アレルギーの危険性に関する表示・警告義務
製造物の危険性に関する表示・警告は「製造物の特性」として欠陥の考
慮事情となるが,製造業者において表示・警告を欠いていたことが欠陥を
肯定する事情として考慮されるには,製造業者が表示・警告義務を負うこ
とが前提となる。そして,表示・警告の対象となる危険性が予見不可能な
場合や,製造物の使用者が危険に関して専門知識を有している場合には,
製造業者は,その危険性について表示・警告義務を負わないものと解すべ
きである。
本件では,グルパール19Sの引渡時の科学・技術的知見に照らし本件
アレルギー発症の危険性については想定不能であったし,グルパール19
Sの使用者は医薬部外品・化粧品の製造を専門とする被告フェニックスで
あったのであるから,被告片山は,本件アレルギーの危険性について表示
・警告義務を負わない。
以上によれば,被告片山が本件アレルギーの危険性に関する表示・警告
の義務に反したことを理由として,グルパール19Sの欠陥を肯定するこ
とはできない。
オグルパール19Sの行政上の規制への適合性
行政上の安全規制に適合していたか否かは,欠陥の判断において重要な
考慮事情の一つである。
本件では,被告片山の被告フェニックスに対するグルパール19Sの出
荷期間(平成10年11月30日から平成22年8月4日まで)の全体に
おいて,加水分解コムギ末は,粧外規,粧配規,外原規といった各規格に
収載された成分であり,薬事法上,医薬部外品・化粧品に汎用的に用いる
ことができるものと位置づけられていた。そして,グルパール19Sは加
水分解コムギ末に相当する成分であるから,薬事法上,医薬部外品・化粧
品に用いることができた。
したがって,グルパール19Sは欠陥がないことが事実上推定される。
カ被告フェニックスらが安全な用途・用法で使用したことの主張立証
責任領域論
原材料製造業者において,①汎用的な原材料を製造し,②完成品製造
業者に対する適切な表示・警告をする,という原材料製造業者の責任領
域に属する役割を果たした上で,完成品製造業者に対し,原材料を提供
した場合には,完成品製造業者がその責任領域に属する役割を果たして
安全に使用するものと信頼することが合理的といえる。したがって,完
成品製造業者が安全な用途・用法により原材料を使用したことが主張立
証されない以上,完成品の使用者の下で原材料と事実的因果関係のある
製品事故が発生したとしても,原材料製造業者は,欠陥による責任を負
わない。製造物責任法の立法担当者が,解説の中で,「製造物の使用者に
よる損害発生防止の可能性」が欠陥判断の考慮事情となり,使用者が,
その資格・技能等に鑑みて事故を回避することが合理的に期待できるか
どうかの事情はこれに当たるとしているのも,同趣旨であるものと解さ
れる。
特に,汎用品である原材料の製造業者としては,個別の完成品に応じ
て細かく仕様を変更するのではなく,安全に関する情報・仕様を適切に
開示し,その範囲内で安全性が確保できていれば,自らの責任を全うし
たことになる。その後,原材料をどのように使用して安全に完成品を製
造するかは,完成品製造業者の責任領域であり,原材料製造業者は責任
を負わない。このように解さないとすると,例えば,医薬部外品・化粧
品のための汎用原材料を販売する製造業者は,いかなる化粧品にどのよ
うな使い方をしても安全な原材料を供給すべきということになりかね
ず,原材料が組み込まれる可能性のあるあらゆる完成品を想定して安全
性を担保しなければならないことになってしまい,およそ不可能なこと
を要求するものであって,汎用品を流通させることができなくなってし
まう。
グルパール19Sが汎用品であること
前記⑵ウのとおり,汎用品たる原材料については,完成品との関係が
希薄であるため,完成品の製造過程が原材料の欠陥を否定すべき重要な
事情として考慮されることになる。
そして,被告片山は,グルパール19Sを被告フェニックスに供給し
ていた全期間にわたり,グルパール19Sの仕様を変更していない。ま
た,グルパール19Sをどのような製品にどのような濃度で配合するか
を決めたのは,専ら被告フェニックスであり,被告片山は,その決定に
全く関与していない。さらに,本件石けんの販売開始(平成16年3月)
は,被告片山がグルパール19Sを開発してから14年近くが経過した
後であり,被告フェニックスにグルパール19Sが紹介されてから7年
近くが経過した後であったし,そもそも被告片山は,本件石けんの販売
開始当時,グルパール19Sが配合されていることすら認識しておらず,
これを知ったのは平成18年8月4日であって,販売開始から2年半が
経過した後であった。これらの事情に照らすと,グルパール19Sは汎
用品であったということができる。
他のグルパール19Sを配合した完成品による被害の発生状況
前記⑵ウのとおり,完成品製造業者が同一の原材料を使用して複数の
種類の完成品を製造したところ,特定の種類の完成品のみから被害が発
生した場合には,特段の事情がない限り,当該完成品の欠陥が完成品製
造業者の製造過程において生じたこと及び原材料には問題がなかったこ
とが推定される。
本件では,グルパール19Sは,170万個を超える販売数となった
「渋の泡石鹸」をはじめ,圧倒的多数の種類の化粧品等に配合されたに
もかかわらず,運動誘発性アレルギーを発症したと報告があったのは2
品目で各1例にすぎない。したがって,本件石けんの欠陥は,被告フェ
ニックスによる製造過程において生じたことが推定されるとともに,グ
ルパール19Sには問題がなかったことが推定されるものである。
なお,被告フェニックスは,厚生労働省が平成22年10月15日に
本件アレルギーの症例報告を踏まえて加水分解コムギ末を含有する医薬
部外品・化粧品について注意喚起に努めることなどの指導を要請する旨
の課長通知を発出した後である平成23年3月22日に,被告片山に対
し,グルパール19Sの注文をしているが,これは,被告フェニックス
がこの時点でもなおグルパール19Sを使用して安全な製品を製造でき
ると考えていたためであると考えられる。
グルパール19Sの表示・警告
前記のとおり,原材料製造業者の役割としては,原材料につき適切
な表示・警告をすることが重要である。本件では,被告片山は,被告フ
ェニックスに対し,グルパール19Sに関する表示として,「製品安全デ
ータシート」に「感作性:データなし」との記載をし,感作性について
は被告片山の保証範囲外であることを明記するとともに,グルパール1
9Sが小麦由来であること,平均分子量6万以上であることの記載をし
ており,石けん製造の専門業者である被告フェニックスに対する表示・
警告としては適切であったといえる。
また,被告片山は,被告フェニックスに対し,グルパール19Sにつ
いて,「別紙申請中」,「使用前例あり」,「規格(公定書)の加水分解コム
ギ末に相当」などの記載をした文書を交付しているが,「別紙申請中」と
は株式会社リアルによる「ショーワスベットスクラブクリーム」の製造
販売承認申請が行われている途上であること,「使用前例あり」とは同ク
リームについてかつて製造販売承認を受けたことの情報提供をするもの
であって,これらは,必ずしもグルパール19Sについて感作性試験が
実施されたことを意味するものではなく,規格の加水分解コムギ末に相
当することも,同様に感作性試験の実施を意味するものではないから,
被告フェニックスに対してグルパール19Sの安全性を誤信させるよう
な表示とはいえない。
以上によれば,被告片山は,被告フェニックスに対し,グルパール1
9Sについて適切な表示・警告をしていたということができる。
まとめ
以上を総合すると,原材料製造業者である被告片山は,汎用的な原材
料であるグルパール19Sを製造し,完成品製造業者である被告フェニ
ックスに対して適切な表示・警告をしていたことになるから,被告フェ
ニックスが安全な用途・用法によりグルパール19Sを使用したことが
主張立証されない以上,グルパール19Sの欠陥があったとはいえない。
本件では,原告らにより上記の主張立証はされておらず,かえって,グ
ルパール19Sを配合する圧倒的多数の種類の化粧品等では本件アレル
ギーの発症はわずかにすぎなかったことからすると,本件石けんに欠陥
があるとしても,被告フェニックスの製造過程において生じたものであ
って,グルパール19Sに欠陥がなかったものと推定される。被告フェ
ニックスとしては,自ら感作性試験を実施すること,そもそもグルパー
ル19Sを茶のしずく石けんに配合しないこと,石けんに配合するとし
ても洗顔用ではなく身体用の石けんに配合すること等の工夫をすること
により,本件アレルギーの発症という製品事故を回避することができた
のであり,本件アレルギーに対する責任は専ら被告悠香及び被告フェニ
ックスが負うとするのが妥当な結論である。
第5争点5(グルパール19Sの引渡時に欠陥があることを認識できなかったか)
1被告片山の主張
グルパール19Sの引渡時における科学又は技術の知見によっては,グルパ
ール19Sに欠陥があることを認識できなかった。その理由は,第4の2⑶イ
に記載のとおりである。
2原告らの主張
グルパール19Sの開発危険の抗弁に対する反論は,第3の4に記載のとお
りである。
第6争点6(損害額の算定等)
1原告らの主張
⑴本件アレルギーの被害の実態
ア原告らの本件アレルギーへの罹患
原告らは,洗顔石けんである本件石けんをある程度の期間にわたり継続
的に使用して洗顔等を行ったことにより,顔面の皮膚又は目の粘膜等を通
じて経皮・経粘膜的に加水分解コムギ末であるグルパール19Sに感作
し,小麦アレルギーに罹患した者であり,医師から,アレルギー学会特別
委員会が作成した本件診断基準に基づき本件アレルギーに罹患したとの
診断を受けている。原告らの相当部分の者は,WDEIA(小麦依存性運動誘
発アナフィラキシー)という重篤な症状に至っている。
イ本件アレルギーの症状
本件アレルギーに罹患した者は,わずかでも小麦含有食品を摂取し,
又は何らかの経路から接触・吸引等した上で,数時間以内に身体を動か
すと,極めて強度のアレルギー反応を誘発する危険性がある。アレルギ
ー学会特別委員会の委員らによる報告によれば,小麦食品の摂取後に本
件アレルギーの症例の25%がアナフィラキシーショック,43%が呼
吸困難といった重篤な症状を経験していたほか,77%で眼瞼の腫れ,
60%で蕁麻疹,16%で下痢,14%で吐き気,11%で嘔吐の症状
が出ていた。
本件アレルギーは,含有されている小麦成分がごくわずかでも症状を
誘発する危険があり,しかも,日々の体調(疲労,睡眠不足,ストレス,
飲酒,入浴,生理,解熱鎮痛剤服用等)や諸条件(気温,湿度等)によ
って症状誘発の有無と程度が異なる。
アナフィラキシーの症状に至ると,皮膚,粘膜,呼吸器,消化器,神
経,循環器にわたって多彩な症状を呈し,危険性の高い典型的症状とし
ては,呼吸困難,血圧低下,めまい,ショック,意識障害等がある。生
命に関する危険という観点からは,ショックや呼吸困難の場合だけでは
なく,広く,強度の消化器症状,呼吸苦,絞扼感等も患者の生命が危険
にさらされたと評価すべき徴候である。
ウ本件アレルギーによる日常生活への深刻な影響
本件アレルギーの患者は,日常生活においてわずかでも小麦成分を含
有する食品を摂取することを避けなければならず,少なくとも相当期間
にわたり小麦除去食を余儀なくされ,現時点でも完全な除去食を継続し
ている者もいる。ところが,小麦成分は,単に麦飯,パン,洋菓子類・
和菓子類,パスタ,小麦粉・パン粉,麩などの判別しやすい食品だけに
含有されているわけではなく,例えば,そば,冷や麦,素麺等のつなぎ,
ハンバーグのつなぎ,餃子・焼売・春巻き・ワンタン等の皮,豚カツ・
揚げ物・天ぷら等の衣,シリアル食品,カレーやシチューのルー,ハム
・ソーセージ・かまぼこ等の練り物類,ピザ,お好み焼き・たこ焼き・
もんじゃ焼きなど非常に広汎な食品に用いられており,ほとんど全ての
加工食品,様々な調味料(しょうゆ,ソース,みそ,穀物酢,ケチャッ
プ)や飲料(ビール,麦茶)の一部などにも用いられている。これらを
避けようとすると,事実上,外食はほとんど不可能であり,購入する食
品については成分表示をいちいち注意深く確認しなければならない。そ
れでも,時に思わぬ食品に微量の小麦成分が含有されていることがあり,
製造・調理の段階での予期しない混入(コンタミネーション)のリスク
もあり,予想外のアレルギー症状を発症する危険性が常にある。
また,食品・飲料のほかにも,加水分解コムギ末は保湿成分として利
用されることが多いので,石けん,シャンプー,クリーム,乳液その他
の化粧品やヘアケア製品,洗剤等にも含有されていることがあり,美容
院やエステティック等についても,通常の店舗へ通うのは困難になる。
医薬品のうち非ステロイド系鎮痛剤は,症状誘発の危険性を高めるもの
もあるので注意が必要である。
さらに,調理中に呼吸器から小麦の粉末を吸入したり,両手の皮膚の
傷口や皮膚表面から小麦を吸収したりする可能性もあるため,調理の際
にマスクや手袋をするなどの注意も必要である。
本件アレルギーは,運動によって誘発されるものであるから,もし小
麦成分をわずかでも経口摂取又はその他の経路で吸収してしまった場合
には,その後,数時間以上にわたり体動は差し控えなければならない。
食事の際に誤って小麦成分を摂取している可能性もあるから,食事の後,
数時間は静かに座って過ごすという生活習慣を確立するしかない。この
ような行動制限を強いられると,一般の健常者と同様の生活を送るのは
かなりの困難を伴う。患者の中には,退職又は転職のやむなきに至った
者も少なからず存在する。
以上のとおり,本件アレルギーの患者は,小麦成分を誤って摂取する
と,強度のアレルギー症状を発症し,アナフィラキシーショックにまで
増悪し,最悪の場合には死に至ることもあり,このような危険性に対す
る恐怖感は計り知れない。また,高度の食事制限を受けることから,パ
ン,麺類,ハンバーグ,練り物,揚げ物,菓子類など様々な食品を摂取
できず,外食はほぼ全面的に不可能であり,家族と同じ食事を摂ること
もできず,家族旅行をしても一緒に食べられるものはほとんどない上に,
そのような状態がいつまで続くか分からないという状態に置かれてい
る。さらに,高度の行動制限を受けることから,退職・転職を余儀なく
されたケースもあり,そこまでの事態にはならなくても,仕事や家事を
思うようにできず,また,外食をほとんどできないことから交友関係,
人間関係の構築にも悪影響を及ぼすことになる。これらによって,本件
アレルギーの患者は,継続的かつ重大な精神的負担を負うことになる。
⑵損害評価の基本的な考え方
ア基本的な算定方式
原告らの損害は,日常生活への現実的な影響と継続的かつ重大な精神的
負担という本件アレルギーの被害の実態を踏まえて評価すべきであり,交
通事故や労災等における人身賠償法理で採用されている個別積算方式(治
療費,休業損害,入通院慰謝料,逸失利益,後遺傷害慰謝料等の個別の損
害項目を積み上げる方式)では,正確な評価は困難である上に,多数の原
告らについて個別に積算をすることは煩雑でもある。他方で,原告らの本
件アレルギーの症状は,本件石けんという同一商品に配合されているグル
パール19Sという単一物質によって感作されて症状が惹起された同一
疾患であり,その症状の顕れ方は,軽重・病態の個別性はあるにせよ,基
本的に同様であるから,原告らの損害の内容には共通性があって,類型化
が可能である。原告らが被った共通する損害としては,①身体に対する侵
襲(眼瞼浮腫,嘔吐・腹痛,じんま疹,呼吸困難,意識障害等),②食生
活の苦痛や恐怖,③食事制限・運動制限による仕事や家事労働等の日常生
活の制限,④食事制限による職場や交友関係等の社会生活への影響,⑤ア
レルギー発症に対する著しい恐怖,⑥治癒の見込みが不明なままの症状継
続の苦痛等がある。
このような本件における損害の特質を踏まえると,いわゆる包括一律請
求の方式により損害を評価すべきである。包括一律請求とは,多数の被害
者のそれぞれについて,その被害全てを包括的に総体として把握し,包括
的損害についての賠償を一律(クラス分けをする場合を含む。)に全部請
求する請求方法であり,本件でも,損害の特質に照らし許容されるもので
ある。包括一律請求においては,精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料その
他の損害を包括するものとして,損害賠償を請求することになる。
イ本件アレルギーによる損害の評価
本件アレルギーによる損害を評価する際には,①原告らの症状の重さ
(急性期における重症度),②慢性化した後の症状継続期間,③容態に対
する質的評価の三つの観点からされるべきものである。
まず,重症度については,最も重い時点の症状についての認定を踏ま
えるべきであり,その基準としては,食物アレルギー診療ガイドライン
2012(甲総C29)のアナフィラキシーのグレード分類(別紙1)
と,アナフィラキシーガイドライン(甲総C108)の臨床所見による
重症度分類(別紙2)をベースとして重症度を評価すべきである。その
際に,重症度は,ショックの有無,呼吸困難の有無だけで決するべきで
はなく,咽頭絞扼感,嚥下困難,ぜん鳴,チアノーゼ,不整脈,血圧低
下,持続する強い腹痛,繰り返す嘔吐・便失禁,持続する強い咳き込み,
意識消失等があれば,重症であったというべきである。また,本件アレ
ルギーにおけるアナフィラキシーの初期症状として,眼・顔面のかゆみ
・腫脹が挙げられており,アナフィラキシーの進行期の症状として,消
化器・呼吸器症状,血圧低下が挙げられていること(甲総C112)に
も留意すべきである。
以上のような観点を踏まえ,原告らの事実経過一覧表(口頭弁論終結
時の弁論調書に添付したもの)から原告らの症状を抽出整理したものが,
別紙3「原告ら被害実態整理表」である。この整理表で抽出した所見は,
①アナフィラキシーショック明記(診療記録上にアナフィラキシーショ
ックとの記述が明記されているもの又はこれに準ずるもの),②救急搬送
の明記(診療記録上救急搬送にて来院した記録が残っているもの),③意
識消失・昏倒・麻痺・動けない・車いす等の明記,④呼吸困難・酸素マ
スク,⑤呼吸苦・息苦しさ・絞扼感(呼吸困難には至らないが呼吸器に
異常を生じている容態),⑥消化器症状(嘔気,嘔吐,下痢,腹痛,軟便
等が診療記録上に記載されているもの),⑦アナフィラキシー(全身症状。
局所症状にとどまらず皮膚症状として膨疹,発赤等が体幹部・手足等に
まで広がっているという容態),⑧食物経口負荷試験又は反応検査(チャ
レンジテスト)による陽性記録あり,の8項目であり,各項目に該当す
る原告らについては,該当欄に「1」と記載している(ただし,⑧につ
いては記述式で記載)。なお,以上の整理は診療記録上の記載を手がかり
に行ったものであるが,診療記録の記載には,担当医ごとに記載内容に
ばらつきがあり,原告らの状況から上記項目に当てはまるにもかかわら
ず,診療記録には記載がない症例も相当数存在する。したがって,原告
らの陳述書についても,判断の基礎資料として十分に考慮すべきである。
次に,症状継続期間については,どれだけの期間にわたり患者が本件
アレルギーによる症状誘発によって苦しめられているかという問題であ
る。症状継続の認定においては,小麦摂取状況,症状誘発,食後の運動
制限,薬剤処方の継続が重要である。別紙3「原告ら被害実態整理表」
では,これらを「医師の診断」,「小麦摂取」,「運動制限」,「服用してい
る薬の種類」,「薬の服用状況」,「エピペンの携帯」,「最後の症状発現」
の各項目に記載した。
本件アレルギーの発症時期については,多くの原告らにおいて症状が
出てから本件アレルギーの確定診断に至るまで非常に長期間を要してい
ることから,確定診断の時期を基準とするのではなく,診療記録上アレ
ルギー症状と診断され,その症状として眼瞼腫脹,顔面膨疹が挙げられ
ており,その発症時期が本件石けんをある程度の期間にわたり継続使用
した後の時点である場合には,その時期をもって本件アレルギーの発症
時期と認定されるべきである。各原告らの発症時期については,別紙3
「原告ら被害実態整理表」の「発症時期」欄に記載のとおりである。
症状継続期間の終期については,第一次的には診療記録上の最後の時
点の所見を参照すべきであるが,同時に,本件アレルギーについては,
本件石けん使用中止後5年経過時点の略治率は約40%と推定されてお
り,略治期間の推定中央値は65.3か月であるとの統計資料を補助的
な認定資料として用いるべきであり,症状の重篤性と継続性について相
当程度の裏付けがある症例であれば,少なくとも65.3か月程度は症
状が継続したものと推認すべきである。
さらに,容態に関する質的評価として,現時点においても,小麦成分
を摂取した場合に症状が現に誘発され,又は症状誘発可能性があるため
小麦除去食解除の指示が担当医から出ていないか否か,また,小麦摂取
を再開している場合には,小麦摂取の分量と頻度,運動制限の有無,抗
アレルギー剤の継続的服用の有無等を考慮すべきである。
ウ包括一律請求におけるグループ分け
包括一律請求においては,損害の内容に共通性がある原告ごとにある程
度の類型化を行い,各原告についてグループ分けをすることが許容され
る。本件では,アナフィラキシーのグレード分類(別紙1)のグレード4
以上又は臨床所見による重症度分類(別紙2)のグレード3(重症)の症
状に該当する原告らをAグループとし,それ以外の原告らをBグループと
する。これは,アナフィラキシーのグレード分類のグレード4以上又は臨
床所見による重症度分類のグレード3の症例では,患者は「死の恐怖感」
を感じるとされており,「死の恐怖感」を感じた患者はその後も継続的な
恐怖感を持ち続ける結果として食事や行動について常に精神的負担を負
い続けることになるから,「死の恐怖感」を感じた原告らの慰謝料を増額
すべきであるためである。なお,各原告が属するグループは,別紙3「原
告ら被害実態整理表」の「グループ」欄に記載のとおりである。
⑶損害額の算定
ア総論
以上のとおり,原告らは,「死の恐怖感」と日常的な精神的負担の継続に
よる精神的苦痛を被っているが,これに加えて,例えば,仕事や家事に対
する影響,小麦フリー食材を購入すること,同居の親族らと献立を別にす
ること等により,何らかの経済的損害も被っている。しかし,これらの経
済的損害は客観的な個別評価が困難でもあるから,これも慰謝料の増額事
由の一つとして勘案して損害額の評価を行うべきである。
イ個別積算方式との対比
本件は,包括一律請求の方式によっているが,同じ人身賠償である以
上,個別積算方式と算定結果が大きく乖離するのは権衡を失することに
なるから,個別積算方式との対比をする必要がある。
まず,本件アレルギーにおいて50%の患者が本件石けんの使用中止
から略治に至るまでの期間は65.3か月である。この期間は,傷害慰
謝料の算定期間として捉えることができ,この期間に対応する傷害慰謝
料の額は253万円である。なお,原告らは,アレルギー症状そのもの
による苦痛のほかに,症状発症の不安と小麦を含む食材・調味料を用い
た食事を摂取できないことによる日常生活上の支障に悩まされながら生
活しており,苦痛や損害の発生は継続していたのであるから,傷害慰謝
料の算定に当たり通院頻度を問題にすべきではない。
次に,本件アレルギーの症状は,接触した小麦を消化して体内に正常
に取り込む機能が阻害されている点において,「胸腹部臓器の機能の障
害」と類似している。そして,グループAに属する原告らは,調理関係
の仕事に就けないのはもちろん,食品の製造・販売・輸入等の食品を扱
う職業一般に就くことが困難になり,食育を行う必要がある幼稚園の保
母や小学校の教員としての就労も難しくなることから,「服することがで
きる労務が相当な程度に制限されるもの」(後遺障害別等級表9級11
号)に準じて扱うべきである。また,Bグループに属する原告らは,再
発の恐怖と生活の制限を受けており,勤務先での人間関係の形成が阻害
されるほか,営業において飲食を伴う接待ができないなどの支障が生じ
ていることから,「労務の遂行に相当な程度の支障があるもの」(同11
級10号)に準じて扱うべきである。
したがって,後遺障害慰謝料は,Aグループが690万円,Bグルー
プが420万円と評価される。
さらに,逸失利益は,年収353万9300円(平成26年度賃金セ
ンサス)を基礎とし,労働能力喪失期間を10年(ライプニッツ係数は
7.7217)とすると,Aグループが956万5294円,Bグルー
プが546万5882円となる。
〔計算式〕
Aグループ3,539,300×7.7217×0.35=9,565,294
Bグループ3,539,300×7.7217×0.20=5,465,882
以上によれば,個別積算方式によった場合の損害額は,Aグループが
1899万5294円,Bグループが1219万5882円となる。
ウ治癒・寛解していないこと
原告らの中には,本件アレルギーが治癒・寛解したと診断された者はお
らず,将来的にも治癒するかどうか分からない状態である。アレルギー疾
患が治癒・寛解することを耐性獲得(アウトグロー)というが,耐性獲得
とは,アレルギー症状の誘発を防止するために生体に備わっている3重の
防御機構,すなわち,①消化管の機能的・物理的バリア(消化管の消化作
用によるアレルゲンの分解,消化管の物理的な壁等),②免疫学的バリア
(消化管の粘膜等に存在する分泌型IgAがアレルゲンと結合してその
吸収をブロックする),③経口免疫寛容誘導機構の働き(経口摂取された
抗原であるタンパク質に対して免疫応答が起きないようにすること)の三
つが十全に機能する状態になったことをいう。耐性獲得に至ると,小麦を
大量に摂取し激しい運動をしても発症せず,抗アレルギー薬の服用の必要
がない状態となるが,原告らの中に,このような状態になった例は存在し
ない。成人になってから発症した食物アレルギーは自然寛解による耐性獲
得は基本的に起こらないとされてきたが,本件アレルギーは,従来の成人
の小麦アレルギーとは異なる機序で発症したものであることから,自然寛
解の可能性が論じられている。しかし,今なお本件アレルギーの治癒・寛
解に関する医学上のコンセンサスは確立していないから,被告らは,どの
ような状態に至れば治癒・寛解となり,原告らがその基準を満たしている
ことについて主張立証しなければならない。
この点,被告らは,原告らの小麦特異的IgE抗体価が低下しているこ
とを指摘するが,小麦特異的IgE抗体価と実際の症状との間には医学的
な相関性はないから,被告らの主張は失当である。
エ各グループの損害額
以上の検討を踏まえると,本件アレルギーの罹患により原告らが被った
包括的な損害額としては,Aグループの原告らにつき1500万円,Bグ
ループの原告らにつき1000万円が相当である(なお,原告番号83に
ついては,Aグループに属するとの主張であるが,1000万円を請求し
ている。)。
⑷過失相殺について
被告悠香は,原告らに本件アレルギーの発症・増悪について不注意があっ
たとして,過失相殺をすべきである旨を主張する。
しかし,本件アレルギーの疫学調査によれば,洗顔中や洗顔後に症状がな
く,小麦摂取後に症状がある症例が705例中177例あり,洗顔後にかゆ
み等の症状がないまま,いきなり小麦アレルギーを発症した者も多い。また,
洗顔後にかゆみ等の症状が生じていたとしても,洗顔後すぐに化粧をしたり,
化粧水や乳液を使用したりする者も多く,本件石けんがかゆみ等の原因と思
い当たるまでに時間がかかる場合が多い。したがって,原告らに過失相殺を
すべき落ち度はない。
また,被告悠香は,平成22年10月に厚生労働省が加水分解コムギ末を
含有する化粧品による小麦アレルギーについて注意喚起をした後も,平成2
3年5月まで本件石けんを自主回収しなかったことなども考慮すると,本件
石けんの使用をやめなかったという原告らの不注意を斟酌しなければ不公平
となるとは到底考えられない。
したがって,本件において過失相殺が認められる余地はない。
⑸素因減額について
ア被告悠香及び被告フェニックスは,本件アレルギーの発症・重症化・遷
延化には原告らの遺伝的素因等が影響していたとして,素因減額をすべき
である旨を主張する。
イまず,被告悠香は,本件アレルギーの原因は患者の過剰免疫体質による
ものであり,アレルギー学会特別委員会においても遺伝的素因の関与が指
摘されていると主張するが,そもそも過剰免疫体質という概念が医学的に
何を意味するか明らかではなく,遺伝的素因の関与の指摘もあくまで可能
性の一つとして指摘されているだけである。本件石けんを親子で使用して
いた者は多いが,親子で本件アレルギーを発症した例は少ないことからし
ても,遺伝的要因は否定される。また,被告悠香は,本件アレルギーの発
症率が低いことから遺伝的素因が原因である旨を主張するが,このような
おおざっぱな主張が認められるのであれば,これまでの薬害訴訟などは全
て素因の問題になってしまうことになるから,被告悠香の主張は到底認め
られるものではない。
また,本件アレルギーの発症の機序からしても,遺伝的・体質的素因の
介在を想定することはできない。すなわち,本件アレルギーは,本件石け
んの界面活性剤等により皮膚の角質が取り除かれ,角質バリアが損傷さ
れ,その下にあるランゲルハンス細胞(樹状細胞の一種)が活性化され,
角質層の下にあるタイトジャンクション・バリアを通過してアレルゲンを
取り込み,やがて経皮・経粘膜感作が生ずる,という機序で発症する。し
たがって,専ら外因的な角質バリアの除去等によって生ずるものであっ
て,遺伝的・体質的要因が介在するわけではなく,一般健常者が罹患する
ことは全く不思議ではない。また,本件アレルギーの患者が他のアレルギ
ーを有するとしても,抗原とこれに対応する抗体とは1対1の対応関係に
あるから,交差反応の場合を除けば,本件アレルギーの発症は,別種のア
レルゲンに対する特異的IgE抗体との間に何の関連性もない。
ウ次に,被告フェニックスは,本件アレルギーの重篤化・遷延化には素因
の関与がある旨を主張する。しかし,そのような重篤化・遷延化がいかな
る医学的機序によるものかについての客観的な証拠はなく,仮説を立てた
上での疫学的な立証もされていない。
エ以上によれば,本件において素因減額が認められる余地はない。
⑹個別の原告らに関する主張の骨子
個別の原告らの被害実態については,別紙3「原告ら被害実態整理表」の
とおりである。
2被告悠香の主張
⑴損害の主張立証責任
ア人身賠償請求においては,損害の主張立証責任は原告側にあるから,症
状の残存及び程度については原告らが主張立証しなければならない。した
がって,被告らにおいて治癒・寛解の主張立証責任を負うかのような原告
らの主張は失当である。
また,仮に原告らにおいて治癒・寛解していないことが立証されたとし
ても,具体的な被害の状態・程度,通院の必要性・回数,積極損害額,消
極損害額等について立証されない限り,損害として評価することはできな
い。人身損害賠償請求においては,治療の必要性がある状態にある期間の
治療費,慰謝料等が算定されるのであり,軽微な症状がたまに出る程度の
状態では治療の必要性はなく,損害として評価できない。したがって,重
要なのは,損害と評価できる状態がいつからいつまであったのかであり,
それを原告側が客観的な資料に基づいて立証できない限り,損害額はごく
少額となる。
さらに,原告らは包括一律請求の方式を維持していることから,共通す
る最小限度の損害が問題となる以上,全ての原告らについて包括的慰謝料
の具体的内容,損害額を裏付ける根拠が客観的資料によって立証されない
限り,損害額は極めて低額と評価すべきである。
イ本件において,原告らは,全ての原告らについて共通していつからいつ
までどのような症状が出る状態が継続し,小麦摂取ができない状態にあっ
たのかについて,何ら立証ができていない。
すなわち,食事制限の始期についてみると,原告らはアレルギー学会特
別委員会による本件診断基準を満たすとの診断がされた旨を主張するが,
本件診断基準では,本件石けんを使用して数分後から30分以内に所定の
症状が出現すれば確実例となるとされており,小麦製品摂取後にアレルギ
ー症状が出現していなくても確実例と診断される。また,小麦食品摂取後
にかゆみ,鼻汁の症状が出た程度でも確実例となるが,この場合に食事制
限の必要性が医学上あるとは考え難い。
また,食事制限の終期についてみると,アレルギー学会特別委員会の全
国疫学最終報告(乙イ総C7)等によれば,本件アレルギーの患者の89
%が小麦を摂取しているとされているなど,本件アレルギーの症状は大多
数において早期に治癒する傾向にあることが明らかになっているのであ
るから,原告らは,全ての原告らについて,いつまで小麦製品を摂取でき
ない状態にあったのかを医学的・客観的に証明すべきである。そのために
は,食物アレルギーの最も確実な診断法である食物経口負荷試験によるこ
とが不可欠であって,単なる主訴のレベルでは小麦製品の摂取ができる状
態になかったことは明らかにならない。
⑵包括一律請求について
ア原告らは,本件訴訟において,包括一律請求の方式により請求をしてい
る。仮に本件でこの方式による算定が認められるとしても,包括一律請求
においては,多数の原告につき同一額を請求することから,認容される損
害は,原告間に共通する最低限の損害額が限度となる。
また,包括一律請求では,原告側は個々の損害の立証を厳密には行って
おらず,被告側においても個別積算方式の場合と同レベルで防御権を行使
するのが困難であることを考慮すれば,包括一律請求による損害額は,個
別積算方式による損害額よりも低額とされなければならない。
イ原告らは,食事制限等の程度が重い者を前提として全ての原告らについ
て高額の損害額を主張しているが,症状が軽い原告が個別損害を積み上げ
て計算した場合よりも高額の損害賠償を得ることは,不法行為制度におけ
る損害の公平な分担という趣旨を著しく逸脱し,他の人身損害賠償請求訴
訟との均衡も保つことができないから,このような主張が認められる余地
はない。
原告らは,各原告を2つのグループに分けて損害額を主張するが,この
場合には,各グループにおいて最も症状が軽い者(通院日数が最も少ない
者等)の損害のみが共通する損害となる。そして,各グループの最も症状
が軽い者の個別損害を積み上げた額は,どのように算定しても数十万円程
度を超えるものではない。
⑶小麦特異的IgE抗体価の陰性化
小麦特異的IgE抗体価と小麦摂取による症状とは有意な相関関係が認め
られる。小麦特異的IgE抗体価は,陰性的中率(検査で陰性とされた者の
うち診断が陰性になる割合)が良好であり,95%以上で小麦アレルギーを
否定できる抗体価を設定することができるとされている。本件アレルギーに
おいては,小麦特異的IgE抗体価の減少が臨床症状における回復傾向とも
合致している。国内で有数のアレルギー分野の専門医らは,特異的IgE抗
体価をはじめとする種々の検査等によって本件アレルギーの症例が回復傾向
にあることを述べており,原告らについても,多くの病院でIgE抗体価を
繰り返し測定しているが,これは,IgE抗体価の低下が症状の回復傾向と
合致するからである。そして,ほとんどの原告らについて,小麦特異的Ig
E抗体価は経時的に低下しており,診療記録における回復傾向と相関関係が
読み取れる(原告番号78,89等)。また,原告らの診療記録からは,小麦
特異的IgE抗体価の低下が食物経口負荷試験を行ったり,小麦製品摂取を
勧めたりする目安とされていることもうかがわれる。
したがって,小麦特異的IgE抗体価が陰性である各原告については,症
状が出ているという主張があったとしても,食物経口負荷試験で陽性が確認
された場合を除き,小麦摂取によるアレルギー症状が出ているのか不明であ
るといわざるを得ない。
⑷原告らの主張の問題点
原告らの主張する共通の損害は,不安感という極めて抽象的かつあいまい
なものである。また,原告らは,陳述書や原告本人尋問において様々な被害
を訴えるが,客観的な資料による裏付けがなく,単なる主訴にすぎない。主
訴は,多分に個人の感覚によって左右されるものであり,いくらでも過大に
訴えることができる性質のものである。したがって,原告らの陳述書や原告
本人尋問のみにより,原告らの主張する損害が立証されたとは到底いえない。
さらに,本件アレルギーの症状には個人差が大きいとされており,個々の原
告らが主張する被害は原告らに共通する最小限の損害ではないから,本件訴
訟では考慮される余地がない。
原告らは,急性期における重症度を強調するが,一般に,交通事故におい
て,急性期に死の恐怖感を味わうような事故であったとか,死の恐怖感から
その後は車に乗れなくなったなどと主張したところで,これに対する慰謝料
を独立して計算することはない。これと対比して,本件を特別に扱うことは
他の人身損害賠償請求との間で均衡を著しく損なうものであり,損害の公平
な分担の観点からあり得ないものである。
⑸原告らの損害額算定において考慮すべき事情
ア本件アレルギーの症状について
本件アレルギーの症状は,本件石けんの使用中止後,大多数の患者に
おいて軽くなっており,一度重い症状が出た者においてもその状態が続
くわけではない。アレルギー学会特別委員会座長の松永佳世子教授の報
告(乙イ総C1)等によれば,小麦摂取を継続・再開できるかは,症状
の重症度にはよらないことが明らかになっている。
本件アレルギーは,小麦製品の摂取の種類・量,運動の量,アスピリ
ンを服用しているかなどの諸条件が重なって症状が出るのであり,発症
した当初から日々常に症状が出ているわけではなく,むしろ,軽度な症
状が数回しか出ていない者も相当数含まれている。
アナフィラキシーショックを発症したと原告らが主張する症例の多く
において,診療記録上に記載がないか,記載があっても血圧低下や意識
障害の所見が確認できず,必ずしも重篤な症状であったとは考えられな
い。また,一度,アナフィラキシーショックを発症したとしても,その
後に小麦摂取ができない状態が長期間続くとは限らない。
診療記録上に呼吸困難という記載があったとしても,呼吸困難とは,
医学的にはあくまで自覚症状を指し,必ずしも呼吸機能に問題があるよ
うな重篤な症状を意味するものではない。
イ小麦摂取と運動について
本件アレルギーは運動誘発性であるが,症状を誘発する運動の程度は
個人差があり,軽い運動は問題なくできる患者も多い。したがって,原
告らは,どの程度の運動をした場合にどのような症状が出るのかを立証
しない限り,損害が生ずるような状態であったのか不明である。
また,本件アレルギーが発症した際に摂取した小麦製品は千差万別で
あり,どのような小麦製品によって発症するかは個人差がある。したが
って,原告らは,どのような小麦製品を摂取した場合にどのような症状
が出るのかを立証しなければならない。
原告らの中には,小麦特異的IgE抗体価が陰性化して小麦製品を摂
取することができる状態にあるにもかかわらず,小麦製品を摂取しない
状態に慣れて自主的に小麦製品を摂取しない者や,発症への恐怖心から
小麦製品を摂取しない者もおり,これらの者が小麦を摂取していないこ
とは本件アレルギーとの因果関係がない。したがって,問題とすべきは,
客観的に小麦製品を摂取できない状態にあるかであって,主訴や自己判
断により現に小麦除去をしていることについては,損害の検討に当たっ
て参考にすべきではない。
食物経口負荷試験を行えば小麦製品を摂取することができるか確認で
きるにもかかわらず,自己判断で試験を行わず,小麦製品を摂取しない
場合には,小麦を摂取しないことと本件アレルギーとは因果関係がない。
ウ既往症等について
WDEIAの中には,イネ科花粉症が合併する症例があるとされており,
イネ科花粉症の患者についてはグルパール19Sが原因か否か不明であ
る。そして,原告番号67,94,154,168については,イネ科
花粉症の疑いがある。
原告らの中には,症状と本件アレルギーとの関連性が不明確な者が多
数いる。すなわち,腹痛やじんま疹は,様々な食物や他の要因(寒冷等)
によっても出る可能性がある。また,原告らの診療記録によれば,花粉
症,アトピー性皮膚炎,接触性じんま疹,他の食物アレルギー等の既往
やアレルゲンへの抗体反応があるため,眼の腫れ,かゆみ,じんま疹,
くしゃみ,鼻水,鼻閉,発赤などの症状が本件アレルギーによるものか
不明確であるものもある(原告番号2,8,9,17,56,67,7
4,78,83,94,138,148,154,162,168)。
⑹個別積算方式の場合との比較
ア入通院慰謝料
原告らは,個別積算方式の場合との比較として,50%の患者が本件石
けんの使用中止から略治に至るまでの期間が65.3か月であることか
ら,この期間を入通院慰謝料の算定期間と捉え,この期間に対応する入通
院慰謝料の額は253万円である旨を主張する。
しかし,略治に関する統計データは,カプラン・マイヤー法によるもの
であるところ,カプラン・マイヤー法では,軽微な症状の者や回復・治癒
した者が病院に通院しなくなると,順次分母から外されるのであり,分母
から外れる数が多くなると正確性を失うとされている。本件アレルギーに
ついても,略治している者は通院しなくなるとすれば,その者が分母から
外され,略治率は過小評価されている可能性がある。したがって,50%
の患者が略治に至る期間は上記の65.3か月よりも大幅に短い可能性が
ある。
また,原告らの大多数については,65.3か月の経過までに略治して
いないという具体的な立証はされていない。さらに,患者が医師に対して
主訴として「違和感がある」などと述べれば,担当医としては,略治には
至っていないとの診断をせざるを得ないものと思われるが,人身損害賠償
請求においては,治療の必要性がある状態であることを具体的に立証する
必要があるから,医学的に略治に至っていないとしても,直ちに法的に損
害賠償の対象となるというものではない。加えて,略治に至る前の時点で
あっても,例えば,1年に数回程度,小麦を摂取した後に軽い症状が出る
という場合には,治療の必要性はない状態に至っており,略治に至るまで
の全期間を入通院慰謝料の算定の基礎とすることはできない。
また,原告らの多くは,通院頻度が少ないから,入通院慰謝料は,実通
院日数の3ないし3.5倍の日数を基礎に算定すべきである。そして,入
通院慰謝料の算定基礎になる通院日数は,治療の必要性がある期間におけ
る通院を計上すべきであるところ,小麦特異的IgE抗体価が陽性(クラ
ス2以上)である期間をもって一応の治療の必要性がある期間と捉えるべ
きである。これらを前提とすると,入通院慰謝料の額は低額にとどまる。
イ後遺障害慰謝料及び逸失利益
原告らは,Aグループの各原告について,後遺障害別等級表9級11号
に準ずるものとして,後遺障害慰謝料690万円,逸失利益956万52
94円(労働能力喪失率35%,労働能力喪失期間10年)の損害が発生
しており,Bグループの各原告について,後遺障害別等級表11級10号
に準ずるものとして,後遺障害慰謝料420万円,逸失利益546万58
82円(労働能力喪失率20%,労働能力喪失期間10年)の損害が発生
している旨を主張する。
しかし,後遺障害が認定されるには,客観的資料に基づいて具体的な労
働能力に支障がある状態・症状が常時持続し,それが固定していることの
立証が不可欠となる。本件アレルギーについては,大多数の症例において
症状が早期に軽快していく中で,原告ら全員について,現時点において症
状が残存していること(寛解していないこと),今後回復する可能性がな
いことの医学的・客観的な立証がされていないから,後遺障害に関する損
害が認められる余地はない。
⑺過失相殺
一般に,化粧品,石けん,シャンプー等を使用して肌等にトラブルがあ
れば,使用品による症状であることを疑い,使用を中止する判断をするの
が通常である。
本件石けんの外箱には,「お肌に異常がある時,お肌に合わない時はご使
用をお止めください。」,「使用中,赤み,かゆみ,刺激等の異常が出た場
合は,使用を中止し皮膚科専門医へご相談ください。」,「傷,湿しん等,
お肌に異常のある時は,ご使用にならないでください。」,「使用中,赤み,
かゆみ,刺激および目に異物感が残る場合は,使用を中止し皮膚科専門医
または眼科医にご相談ください。」との指示警告がされており,包装紙に
おいても,「お肌に合わないときはご使用をおやめください。」との指示警
告がされていた。そして,本件アレルギーの典型的な症状は,食物アレル
ギーの症状が出てくる前に,本件石けんの使用時に,眼のかゆみ,皮膚の
かゆみ,鼻炎症状が始まり,その後に,小麦を食べたときに食物アレルギ
ーの症状が出るようになり,本件石けんの使用を継続すると,本件石けん
使用時の症状と食物アレルギーの症状が少しずつ悪くなっていくとされ
ている。そうすると,ほとんどの原告らにおいて,本件石けんの使用時に
肌や眼に異常を感じていたものと考えられる。そうであれば,指示警告に
従って本件石けんの使用を中止する判断をするのが通常であるにもかか
わらず,使用を継続した結果,本件アレルギーを発症させ又は増悪させた
ものといえる。
以上によれば,原告らには,本件アレルギーの発症・増悪について不注
意,落ち度があったと認められ,少なくとも5割程度の過失相殺をすべき
である。
⑻素因減額
不法行為によって損害が発生した場合であっても,損害の発生又は拡大
に被害者の素因が寄与しており,損害賠償責任の全部を加害者に追わせる
ことが衡平を失する場合には,過失相殺の規定の類推適用により,損害額
の算定に当たり被害者の素因を斟酌することができる。被害者の素因には
体質的素因も含まれるが,体質的素因を斟酌するかの判断においては,単
にそれが医学的な疾病に当たるかだけでなく,その態様,程度等に照らし,
加害者に損害の全額を賠償させるのが衡平を失するか否かを考慮する必
要がある。
本件アレルギーは,グルパール19Sを抗原として,過剰な免疫体質を
起こす身体において初めて発症するものであり,本件アレルギーの発症原
因は,原告らの過剰な免疫体質にある。このことは,本件アレルギーの発
症率が本件石けんの使用者の0.03%程度にすぎないことや,本件石け
んの使用個数が1個又は2個と少ないにもかかわらず発症した者が相当
数いること(乙イ総C1)からも,明白である。このような体質が原因と
なって生じたアレルギーによる全損害を被告らだけに負わせることは,衡
平を失するものである。
また,アレルギー学会特別委員会では,繰り返し,本件アレルギーの発
症に遺伝的素因が関与していることが指摘されている。さらに,一般に,
抗原に対して特異的IgE抗体を過剰に産生し,アレルギー疾患を発症し
やすい人が共通して有している特徴的な遺伝子が20以上存在すること
が知られているし,アレルギー疾患の発症や重症化に遺伝子多型(同じ遺
伝子であっても個人差があること)が関与していることも分かってきてい
る。
以上の事情を踏まえると,本件アレルギーの発症において遺伝的素因の
影響は強いものといえるから,被告らに原告らの損害の全額を賠償させる
のが衡平を失することは明らかであって,少なくとも5割程度の素因減額
をすべきである。
⑼損益相殺(既払金の控除)
被告悠香は,一部の原告らに対し,別紙損害金目録の「既払金」欄に記
載のとおり,仮払金として治療費等の一部を支払ったから,損害額から既
払金を控除すべきである。
⑽遅延損害金の起算点
包括一律請求においては,日時の経過に伴う諸事情をも全て含めて最も
新しい時点での総体としての損害を算定すべきものであるから,請求が認
容される場合の遅延損害金の起算点は,口頭弁論終結時とすべきである。
⑾被告フェニックスの主張の援用
損害に関するその余の点については,被告フェニックスの主張を援用す
る。
3被告フェニックスの主張
⑴損害の主張立証責任
原告らは,本件アレルギーを発症したことによって,継続的かつ強度の食
事制限や行動制限等の生活上の多大な不利益を受け,将来にわたって症状が
発症する不安が続くという損害を被った旨を主張するが,原告らは,現時点
の医学的知見に照らして,原告らの症状が治癒・寛解することなく将来にわ
たって続くことを高度の蓋然性をもって立証しなければならない。
⑵包括一律請求について
ア原告らは,本件訴訟において,包括一律請求の方式により請求をし,全
ての原告らに共通する損害として,本件アレルギーの症状が発症する不安
が今後長きにわたり継続し,生活上の多大な不利益を被るとの被害を甘受
しながら生活をし続けなければならない旨を主張する。
しかし,包括一律請求における共通の損害は,単なる主観的な不安感の
みならず,現時点において明確な他覚的所見に基礎づけられた本件アレル
ギーの症状の残存であることを要するところ,本件アレルギーは,全体的
に治癒・寛解の傾向が認められ,原告らの診療記録においても同様の傾向
が見られるから,共通の損害が立証されておらず,包括一律請求の基礎が
認められない。
イ仮に本件において包括一律請求が認められるとしても,損害は,原告ら
全体に「最低限共通する損害」の水準として認定されるべきである。した
がって,包括一律請求における共通の損害は,類型化された原告らのうち,
最も損害の程度が低い水準の原告らの損害をもって認定される必要があ
る。
⑶治癒・寛解傾向
ア全体的傾向
本件アレルギーは,従来型の小麦アレルギーとは異なり,治癒する可能
性があることが指摘されてきた。これまでの臨床研究により,グルパール
19S特異的IgE抗体価の半減期は5.1か月であること,本件石けん
の使用を中止することによりグルパール19S特異的IgE抗体価は逓
減すること,小麦含有食品の摂取を禁止ないし制限することで小麦及びグ
ルテン特異的IgE抗体価が陰性化に向かうこと,その後徐々に小麦含有
食品を食べることができるようになることが判明してきている。そして,
本件訴訟及び全国で提起された同種訴訟において提出された診療記録に
おいても,大多数の原告らについて,本件石けんの使用を中止し小麦含有
食品の摂取を禁止ないし制限することで,小麦及びグルテン特異的IgE
抗体価が陰性化し,その後,徐々に小麦含有食品を食べることができるよ
うになっていることが確認できる。個々の原告らにおいて,本件アレルギ
ーの発症時期,本件石けんの使用を中止した時期等により,こうした全体
的傾向のいずれの時点に至っているかの違いがあることから,現時点では
まだ小麦含有食品が摂取できていないとしても,今後も同様に小麦含有食
品を摂取できないと評価すべきではない。
イ個別の原告らの治癒・寛解状況
小麦及びグルテン特異的IgE抗体価の陰性化
食物アレルギーにおいては,アレルゲンに対する耐性獲得に伴ってI
gE抗体価が陰性化することが多いことは,基礎的な医学的知見である。
本件訴訟及び全国で提起された同種訴訟で提出された診療記録において
も,小麦及びグルテン特異的IgE抗体価の陰性化後に,担当医から小
麦を徐々に摂取することを勧められていることが確認できる。したがっ
て,小麦及びグルテン特異的IgE抗体価の陰性化がその後の小麦摂取
への指標として利用されていることは明らかであり,個々の原告らにお
いて,小麦及びグルテン特異的IgE抗体価の陰性化が確認できる場合
には,小麦含有食品を摂取できるようになる可能性が高い状態になって
いると評価する必要がある。また,最後に症状が誘発された時期から相
当の時間的間隔が経過しているにもかかわらず,格別の症状誘発もなく,
積極的な治療実績も確認できない場合や,再発に備えた抗アレルギー剤
の処方や小麦等の特異的IgE抗体価の経時的検査すらされないように
なった場合には,その間に耐性獲得が進んでいることが事実上推定され
る。
この点について,原告らの中には,小麦及びグルテン特異的IgE抗
体価が陰性化しているのに,グルパール19Sの抗体反応が残存してい
ることを理由に,医師から小麦含有食品の摂取を制限されている者もい
る。しかし,治癒・寛解症例であってもグルパール19Sの抗体反応が
残存している場合があると報告されており,グルパール19Sの抗体反
応が残存していても,そのことから直ちに小麦含有食品を摂取できない
ということにはならない。
なお,グルパール19Sに対する抗体反応がある患者につき本件アレ
ルギーの症状が発生する可能性についてみると,被告片山がグルパール
19S及びこれと同種類の製品の販売を中止しており,グルパール19
Sとの間で交差反応が疑われたクローダ社の加水分解コムギ末も日本に
おける販売を中止していることから,将来的にグルパール19S及びこ
れと類似する加水分解コムギ末を原因として本件アレルギーの症状が発
生する蓋然性は実質的には極めて低い。
小麦含有食品の摂取状況
本件訴訟及び全国で提起された同種訴訟で提出された診療記録を検
討すると,アレグラ等の抗ヒスタミン剤を事前に服用すれば小麦含有食
品を摂取することが可能な者が多い。これらの者は,調味料等の小麦含
有製品の摂取から始まり,うどん・パスタ・パン等の主食的な小麦含有
食品を摂取できるようになりつつある。また,小麦含有食品の摂取後は,
しばらく安静を保つ必要がある者,家事等の軽作業を支障なく行える者,
歩行等の軽い運動もできる者などに分かれる。また,抗ヒスタミン剤を
事前に服用することなく主食的な小麦含有食品を摂取するまでに回復し
た者もいる。このように,小麦含有食品の摂取状況は個別の原告ごとに
差異があるが,上記の治癒・寛解の全体的傾向からすれば,現時点では
まだ調味料等の小麦含有食品を摂取できるにすぎない者も,今後,時間
の経過とともに主食的な小麦含有食品を摂取することができるようにな
る可能性が十分にある。
最終受診時期からの期間の経過
最終受診時期から相当期間が経過している原告については,最終受診
時期以後は,少なくとも通院を要する程度の症状の再発もないことが合
理的に推認できるから,原告らが主張する症状再発の不安感は解消され
たものと推認でき,現在では治癒・寛解しているものと推定される。
⑷ゾレアによる治療
島根大学においてオマリズマブ(商品名ゾレア)の臨床研究が行われてお
り,難治性の小麦アレルギー患者にゾレアを投与したところ,グルパール1
9Sに感作した患者11例のうち10例では,ゾレア投与後7か月経過時点
で小麦を問題なく食べることができるまでに症状が回復したとの報告がされ
ている。この臨床研究により,難治性の本件アレルギーの症例についてもゾ
レアの投与によって治癒する可能性が示された。
⑸素因減額
アレルギー学会特別委員会は,当初から,本件アレルギーの症状の重篤化
には素因が寄与していると指摘していた。また,本件アレルギーの遷延化症
例については,本件アレルギーの罹患前から職業的に小麦に暴露されること
が多かった者,従来型の小麦アレルギーであるω-5グリアジンに陽性反応
を示している者,重度花粉症等のアトピー素因保有者でありアレルギー体質
である者が多いとの指摘がされており,本件訴訟及び全国で提起された同種
訴訟において提出された診療記録においても同様の傾向が確認できる。した
がって,本件アレルギーの症状が重篤化,遷延化している患者については,
上記の事由が当てはまらないか検討し,これらの事由が確認された原告につ
いては,相応の素因減額がされる必要がある。
4被告片山の主張
損害に関する被告悠香及び被告フェニックスの主張を援用する。
第4章当裁判所の判断
第1基礎的事実関係に関する認定事実
前記前提事実及び後掲の証拠並びに弁論の全趣旨によれば,各争点に対する判
断の前提となる基礎的事実関係として,以下の事実が認められる。
1グルパール19Sの概要
⑴小麦タンパク質の加工
近年,食品業界や化粧品業界等において天然素材への志向が高まりを見せ
ており,植物タンパク質の研究が進められ,小麦タンパク質についても,化
学的に加工することにより新たな利用方法が検討されてきた。小麦中のタン
パク質は,一般の小麦粉の約7~13%を占める成分であり,グルテン(約
85%)と非グルテン(約15%。アルブミンとグロブリンが含まれる。)か
ら構成されている。グルテンは,グリアジン(α-,β-,γ-,ω-1,2,ω
-5)とグルテニン(高分子量,低分子量)を主体としたタンパク質であり,
そのままでは分子量が高いため,水に溶解しない性質を有するが,これを部
分的に分解することにより,溶解性を向上させることができ,乳化力,保水
力等の高い素材となる。小麦タンパク質の加水分解の方法としては,酸分解,
アルカリ分解,酵素分解がある。(甲A56,甲総C43,乙ハA29,30)
加水分解コムギ末は,平成6年頃から幅広く化粧品に使用されるようにな
り,日本化粧品工業連合会による30社の調査では,シャンプー,リンス,
洗顔料,染毛料など約300種類の製品で使用されていた。クローダジャパ
ン株式会社によると,同社は,英国に本社があり,小麦タンパクを20年以
上前から化粧品に配合し,国際的な販売実績があるが,1億個の商品の売上
げがあったのに対してアレルギー症例は10件以下の報告にとどまってお
り,アナフィラキシーの症例はなく,ローリスク商品と見られていた。(甲A
60,乙イB14,乙ハA11)
⑵グルパール19Sの開発
ア被告片山は,平成元年4月頃,工業用としてグルテンの加水分解物を研
究する中で,その条件を変えることにより,全く異なった性質を有する加
水分解物を得ることができたことから,これを工業用のみならず加工食品
の品質改良剤や食品・食器の洗浄剤等として利用できることを見いだし,
この加水分解物に「グルパール」との商品名を付けた。グルパールは,一
般に,乳化力,保水力,粒子分散力,表面張力低下能(洗浄力)に優れて
いるとの特徴を有しており,加水分解の条件を変えることにより数種の製
品が開発された。中でも,グルパール19シリーズの5種は,乳化安定性,
保水性,粒子分散性に優れており,用途は食品と化粧品等とされていた。
(甲A55から57まで,乙ハA1,137)
イグルパール19Sは,グルパール19シリーズのうち,平成2年頃に化
粧品・医薬部外品用の素材として開発されたものであり,食品用のグルパ
ール19Hと全く同じ物質である。グルパール19Sは,分子量200万
程度のグルテンをpH1程度の酸(塩酸)によって95℃で40分間の加
水分解をして製造され,その過程でグルテンの構成タンパク質のアミノ酸
残基であるグルタミンやアスパラギンをグルタミン酸やアスパラギン酸に
変化させること(脱アミド化)によって乳化性,親水性を高めていて,そ
の平均分子量は6万程度であった。(乙ロA24,27,乙ハA2,127,
128)
ウ株式会社リアルは,平成3年3月,グルパール19Sを配合した医薬部
外品ショーワスベットスクラブクリームについて製造承認申請を行い,同
年12月1日,厚生省から承認を得た。(乙ハA40,137)
エその後,グルパール19Sは,各社の医薬部外品・化粧品に配合される
ようになった。グルパール19Sを自社の商品に配合していた製造販売業
者は,本件アレルギーの症例報告がされた後の平成23年5月以降に,商
品の自主回収を行ったが,回収対象とされたのは12社で製造販売された
35種類の商品であった。(甲A76)
オグルパール19Sは,平成22年7月8日まで製造されたが,その後は
製造が中止された。(甲A37,38)
⑶加水分解コムギ末の分子量
加水分解コムギ末は,国内外の様々なメーカーが製造しており,その製造
方法も用途も様々である。食品添加用の加水分解コムギ末は,食品改質剤と
して使用される分子量が比較的大きいもの(5万~7万のものもある。)と,
調味目的で使用される分子量が低めのもの(酸加水分解では500以下。酵
素加水分解では1200~1300程度であるが,1万を超えるものもあ
る。)がある。これに対し,化粧品添加用の加水分解コムギ末の分子量は様々
であるが,平均分子量は1万以下のものが多い。
例えば,平成22年9月27日以降に出荷された「薬用悠香の石鹸」に
グルパール19Sに代えて配合された株式会社成和化成のプロモイスWG-
SPは,平均分子量が約700であり,同社が医薬部外品等の原材料として
出荷した加水分解コムギ末の(質量)平均分子量は約800であった。また,
クローダジャパン株式会社が,平成6年頃,化粧品用に販売していた加水分
解コムギ末(商品名:トリティゾール)は,平均分子量25万であったが,
平成17年から平成23年6月にかけて同社が化粧品用に輸入していた加水
分解コムギ末の平均分子量は3500以下であった。さらに,BASFジャ
パン株式会社が平成17年から平成23年6月にかけて化粧品用に製造して
いた加水分解コムギ末の平均分子量は,8万未満のものと2500~500
0のものがあった。株式会社コーセーが同時期に製造していた香粧品に配合
していた加水分解コムギ末の平均分子量は1000未満であった。これらと
比較すると,グルパール19Sの平均分子量が6万程度というのは,化粧品
用の加水分解コムギ末としては大きいものであった。
なお,原告ら訴訟代理人が,上記の各社に対して,弁護士法23条の2に
基づく照会により,医薬部外品・化粧品の原材料として出荷する加水分解コ
ムギ末の分子量の大きさは,経皮感作のリスクを考慮したものであったかを
問い合わせたところ,株式会社成和化成は,加水分解コムギ末の平均分子量
を約800になるようにしていた理由としては,経皮感作のリスクを考慮し
たことを述べつつ,平均分子量を800付近とすることにより,外原規の加
水分解コムギ末の定義にある水溶性の条件を満たすことができることを挙げ
ている。また,株式会社コーセーは,分子量が小さいことにより毛髪への浸
透性が高いと判断したことを挙げている。
(以上につき,甲A9,102から105まで,甲総C41,乙ハA17,3
0)
2本件石けんの概要
⑴本件石けんの開発の経緯
ア被告フェニックスは,かねて石けんの製造販売に携わってきたが,平成
9年頃,石けんにひび割れが生ずる現象を抑制する効能を有する添加成分
を探す中で,化学薬品商社部門を有する篠永化成から,被告片山のグルパ
ール19Sを紹介された。被告フェニックスは,篠永化成から,被告片山
のグルパール19Sに関するパンフレット(乙ハA39),技術資料(乙ロ
A24,25)等の交付を受けるとともに,同年7月16日,被告片山か
らグルパール19Sのサンプル1.5kgの提供を受けた。その後,被告
フェニックスは,グルパール19Sを配合した石けんを試作してみたとこ
ろ,ひび割れ抑制の効果よりも石けんの泡の改質効果があることが判明し
た。そして,被告フェニックスは,遅くとも平成14年4月にはグルパー
ル19Sを配合した石けんの製造販売を開始し(同月に製造販売を開始し
たのは「化粧石けんAB」),複数の医薬部外品・化粧品に配合していた。
なお,被告フェニックスがグルパール19Sを配合した医薬部外品・化粧
品で,本件アレルギーの症例報告がされたことを契機として,平成23年
5月以降に自主回収の対象とされた商品は19種類に及んでいる。(甲A7
6,100,101,乙ロA45,乙ハ124,137)
イ被告悠香が作成したパンフレット等によれば,本件石けんの開発は次の
ような経緯であったとされている。後に設立される被告悠香の代表取締役
社長であるBの両親であるC夫妻(父のC1は被告悠香の
代表取締役,母のC2は取締役)は,美肌をかなえるために茶を素
材とした石けんの製造を思い至った。C夫妻は,平成13年頃,被告フ
ェニックスで30年以上にわたり石けんの研究と製作に携わっており「石
けんの名匠」と呼ばれるDの存在を知り,被告フェニックスを訪問した。
Dから,特別な石けんを開発するために一番必要なのは,無農薬で高濃
度のカテキンを含む良質な茶葉であると言われたことから,C夫妻は,
鹿児島産の二番茶が高濃度のカテキンを含むことを調べ,ようやく鹿児島
で完全無農薬の茶葉を栽培する「茶匠」Eを探し当て,懸命に説得
して茶葉を入手することができた。そして,被告フェニックスは,平成1
4年11月頃には試作品を完成させ,その後,更に数か月を経て,Dは,
肌に負担がかからない洗顔を実現するため,弾力,吸着力,きめ細かさと
いう三つの要素を備えた特色のある泡(もっちり泡)の開発に成功した。
その結果,グルパール19Sは0.3%の濃度で配合することとされた。
(甲A19から21まで,100,101,乙ロA37,45)
ウ被告フェニックスは,平成14年10月2日,奈良県知事に対し,本件
石けん(フェイスソープP)について,化粧品製造製品販売名の届出をし
た。C夫妻の子であるBは,本件石けんの販売を事業として始
めることとし,平成15年5月,被告悠香が設立され,9月から業務を開
始した。平成16年3月19日,被告悠香を権利者として,「茶の雫/茶の
しずく」の商標が登録された。(甲A20,47,乙イA2の1)
エ被告フェニックスは,本件石けん(フェイスソープW)について,化粧
品の製造承認を得て,平成16年2月16日,奈良県知事に対し,化粧品
製造製品販売名の届出を行い,被告悠香の委託により,これを製造するよ
うになった。そして,被告悠香は,同年3月,「茶のしずく」の名称で,通
信販売の方法により本件石けんの販売を開始した。(甲A20,乙イA2の
2)
オ被告フェニックスは,平成16年4月16日,厚生労働大臣に対し,本
件石けん(フェイスソープP)について,医薬部外品製造承認の申請を行
い,厚生労働大臣は,平成17年6月7日,同申請を承認した。これを受
けて,被告フェニックスは,同日以降,本件石けんを医薬部外品として「薬
用フェイスソープP」の商品名で製造することになった。(乙ロA1,45)
カ被告悠香と被告フェニックスは,平成17年4月1日,「化粧品等の製造
販売後安全管理業務委託契約」を締結した。同契約は,被告フェニックス
が製造し被告悠香が販売する本件石けんを含む医薬部外品・化粧品につい
て,被告フェニックスが被告悠香に対し,製造販売後の安全管理に係る業
務を委託するものであり,そのような業務として,①顧客から寄せられる
製品クレーム,身体のトラブルなどの情報(お客さま情報)の収集,②化
粧品等の品質,有効性及び安全性に関する事項等の情報(安全管理情報)
の収集,検討及びその結果に基づく必要な措置(安全確保措置)の実施,
③生産委託商品の安全確保に係る情報の収集と提供を挙げるものである。
(乙ロA19)
キ被告フェニックスのDは,平成17年7月29日,本件石けん(薬用
フェイスソープP)1%水溶液を皮膚に塗布する24時間クローズドパッ
チテストを15名に対して実施したが,全員陰性であった。また,被告フ
ェニックスは,その頃,株式会社消費科学研究所に本件石けんの使用前後
の肌のキメとくすみの変化についての検査を委託した。同年8月30日に
同社から提出された報告書によると,10名のモニターが30日間にわた
り朝晩の2回本件石けんで2度洗顔をするという条件で使用したところ,
キメに対する有効性があった者が4名,くすみに対する有効性があった者
が7名であったが,アレルギー症状が出たなどのトラブルの報告はなかっ
た。(甲A100,101,乙ロA7,8)
ク被告悠香は,平成21年3月19日,「薬用悠香の石鹸」について,薬
事法に基づく医薬部外品製造販売承認申請を行い,同年9月4日,同承認
を取得した。そして,被告悠香は,平成22年,「薬用フェイスソープP」
を「薬用悠香の石鹸」に変更し,被告悠香が自ら製造販売元となって販
売するようになった。もっとも,同石けんを実際に製造していたのは被告
フェニックスの工場であった。(甲A17の2,乙ロA45〔18頁〕,乙
イA16)
ケ被告片山は,平成10年11月30日から平成22年8月4日まで,被
告フェニックスに対し,グルパール19Sを合計10160Kg出荷し,
売上高の合計は3752万7600円であった。(甲A38,乙ハA5)
⑵本件石けんの使用方法と効果
ア被告悠香が発行した「シミなし美肌へ導く手引」(甲A19)では,本件
石けんの「もっちり泡」によってシミのもとであるメラニンを含む古い角
質(垢)などの汚れをしっかりと取り除き,シミのない美肌へ導くなどと
うたわれている。そして,「美肌へ導く泡立て・洗顔方法」が紹介されてお
り,そこでは,化粧をしている場合には,同じ手順を繰り返し1回目に化
粧落とし,2回目に通常の洗顔の2回洗顔(ダブル洗顔)することを求め
ていた。(甲A19〔14頁以下〕)
なお,被告悠香のC2が執筆者の一人となって,本件石けんの肌
ダメージ予防効果について論じた論文では,被験者に対して1日に朝晩2
回,化粧をしている場合にはダブル洗顔を行わせた上で肌の状況を検討し
ていた。(甲A53)
イ被告悠香は,パンフレット等の中で,有名女優や歌手を登場させるなど
して,本件石けんには美肌効果があり,特に顔のシミ対策として有効であ
ることを喧伝していた。また,「肌が弱くてこれまでどんな化粧品も合わず
に困り果てていた娘が本件石けんを使い始めてから肌荒れがやわらいで,
夜もぐっすり眠れるようになり,本当に感謝している。」などと述べる初老
の婦人の話を掲載するとともに,カサカサしていた肌がスベスベになった,
使い始めて肌に透明感が出たなどとする使用者の声を複数紹介していた。
(甲A18,19,22,69,70)
ウ本件石けんの一部については,包装(外箱・袋)に「効能・効果」とし
て「皮膚の洗浄,にきび・肌あれを防ぎます。」と記載されていた。(乙イ
A1の6・9から12まで・14・16・18・20)
⑶本件石けんの表示・警告
ア本件石けんの包装(外箱・袋)には,「お肌に異常がある時,お肌に合わ
ない時はご使用をお止めください。」(乙イA1の1・3・4・6から12
まで・14・16),「お肌に合わないときはご使用をおやめください。」(
乙イA1の2・5),「傷,湿しん等,お肌に異常がある時は,ご使用にな
らないでください。使用中,赤み,かゆみ,刺激等の異常が出た場合は,
使用を中止し皮膚科専門医へご相談ください。」(乙イA1の18・20)
などと表示されていた。(乙イA1)
イまた,成分の一つとして,「加水分解コムギ」又は「水解小麦末」との表
示がされていた。しかし,食物アレルギーが生ずる可能性を想起させる表
示はされていなかった。(乙イA1)
⑷本件石けんの市場での評価
本件石けんの販売実績は,発売から4年間で90億円の売上高となり,そ
の後も,平成20年が94億円(薬用洗顔料に占めるシェアは33.6%),
平成21年が223億3000万円(同56.5%),平成22年が237億
円(同58.5%)の販売金額を記録して,平成22年には,薬用洗顔料市
場全体の動向を左右するまでに成長したなどと評されていた。本件石けんの
顧客総数は454万8000人ないし466万7000人であり,累計販売
個数は4650万8000個に及んだ。本件石けんは,薬用石けんとしては
空前のヒット商品であり,日本人の成人女性の12人に一人が使用したと推
計される。(甲A10,20,甲総C129,乙イA15,乙ハA20の1)
⑸本件アレルギーの症例報告がされた後の対応
本件アレルギーの初めての症例報告は,平成21年10月の日本アレルギ
ー学会秋季学術大会において福冨友馬医師によってされた。その後も複数の
医療機関から症例報告が相次ぎ,被告悠香及び被告フェニックスは,平成2
3年5月,本件石けんの自主回収に踏み切った。また,被告フェニックスは,
同年6月,本件石けん以外のグルパール19Sを含有する医薬部外品及び化
粧品を自主回収することとした。さらに,被告悠香及び被告フェニックス以
外の香粧品メーカーも,同月,厚生労働省の指導により,グルパール19S
を配合する医薬部外品及び化粧品の自主回収を実施した。(甲A4,5,15,
76,甲B10,甲総C112,乙ロB27)
3アレルギーの概要
⑴アレルギーの定義
アレルギーとは,通常は無害な環境中の抗原に対して免疫系が過剰・異常
に反応し,様々な症状を引き起こすことをいう。(乙イB4から10まで)
⑵アレルギーの種類と機序
アレルギーは,Ⅰ型からⅣ型まで4種類の機序のどれが主として働いてい
るかで分類されることがある。
Ⅰ型(即時型)アレルギーでは,粘膜や皮膚などに多数存在する樹状細胞
が体内に侵入したアレルゲンに出会うと,これを異物として認識し,その異
物がウイルスや細菌など有害なものでないと判断した場合には,その異物の
情報を2型ヘルパーT細胞に伝え(抗原提示),2型ヘルパーT細胞はB細胞
に情報を伝え,B細胞はアレルゲン特異的IgE抗体を作る。樹状細胞が取
り込んだ異物情報をヘルパーT細胞に伝えるのは,その異物のタンパク質な
どの分子量が5000以上の分子に限られる。このように細胞がアレルゲン
の情報を認識して記憶することを感作といい,感作が成立すると,IgE抗
体は,皮膚や粘膜に多数存在するマスト細胞の表面にあるIgE受容体に結
合する。そして,アレルゲンが2回目以降に体内に侵入した際に,IgE抗
体はアレルゲンと結合する。すると,マスト細胞は,化学伝達物質の顆粒を
放出し,これによってアレルギー反応が生ずる。抗体がアレルゲンと結合す
るのは,アレルゲンのうちの特定のわずかな部分であり,これをエピトープ
(抗原決定基)という。アレルギーのほとんどはIgE抗体が関与するⅠ型
アレルギーであり,アレルギー性鼻炎,ぜんそく,じんま疹,アナフィラキ
シーがⅠ型アレルギーの代表的疾患である。
これに対し,Ⅳ型(遅延型)アレルギーは,抗体が関与しない細胞性免疫
反応である。リンパ球(T細胞)が抗原と反応すると,リンホカインと総称
される様々な液性因子を産生・放出し,これにより,マクロファージや好中
球が集まってきて,血管透過性が高まり,炎症が生ずる。抗原との反応の後,
1~2日を経て炎症反応が最大となる。接触性皮膚炎はⅣ型アレルギーによ
る疾患であり,分子量500~1000以下のハプテンと呼ばれる抗原によ
って引き起こされる。
(以上につき,甲B24〔16頁以下,31頁以下〕,28〔44頁〕,50,
甲総C94,乙イB5,9,乙ロB1〔19頁以下,29頁,30頁以下〕,
2〔45頁以下〕,13)
⑶アレルゲン
アレルゲンとは,ヒトのⅠ型アレルギー反応の原因となる抗原をいう。す
べてのタンパク質はヒトにとってアレルゲンになる可能性があるが,その中
でも小麦のタンパク質はアレルゲン性の強いものの一つと考えられている。
代表的なアレルゲンの多くは,分子量が約1万~4万に分布している。こ
れは,それ以上の大きさの分子が気道や消化管の粘膜を通過し得ないためで
あると説明されており,鼻粘膜,肺胞粘膜を通過することができる物質の大
きさの上限は,分子量がそれぞれ4万,6万であるとの報告もある。他方で,
分子量が小さな物質は,分子の複雑さが少ないため,十分な免疫原性を持た
ないためにアレルゲンにはなりにくい。アレルゲンになるために必要な分子
量は,3000以上とも5000以上とも言われている。アレルゲンは,ご
く普通のタンパク質であり,その分子構造には共通する明確な特徴は見出さ
れていない。
(以上につき,甲A14,甲B101から103まで,106,甲総C49,
乙ロB12,乙ハA36)
なお,国立医薬品食品衛生研究所が行った加水分解コムギ末の分子量と感
作能との関係に関する調査によれば,分子量1万以下では感作性リスクが低
下することが示唆された。(乙ロB29)
⑷遺伝的要因
アレルギー発症には,遺伝的要因(素因)と環境的要因(アレルゲン,大
気汚染,食品添加物等)が影響するとされている。アレルギー疾患を発症し
やすい遺伝子が存在することは報告されているが,その遺伝子を持っている
と必ずアレルギー疾患になるというようなものは見つかっていない。なお,
食物アレルギーについても,遺伝学的解析が行われており,いくつかの遺伝
子多型(人口の1%以上の頻度で存在する遺伝暗号の違い)が食物アレルギ
ーと関連する可能性が指摘されているものの,対象が異なっても同じような
結果が確認されているものは少なく,また,特定のヒトに特定の食物抗原へ
の食物アレルギーが成立する機序を説明できるだけの関連遺伝子は得られて
おらず,更なる検討が待たれる状況にある。(以上につき,甲総C55から5
7まで,75,乙ロB1〔50頁〕,2〔144頁〕,12)
⑸アレルギー疾患の有病率
平成23年8月に作成された厚生科学審議会疾病対策部会リウマチ・アレ
ルギー対策委員会の報告書によると,全国一般住民の鼻アレルギー(花粉症
を含む。)の頻度は47.2%であり,成人ぜんそく有病率は5.4%,アト
ピー性皮膚炎は20~30代で9%前後となっており,我が国の全人口の約
2人に1人が何らかのアレルギー疾患に罹患しているとされている。(甲総C
17)
4食物アレルギーの概要
⑴定義と類型等
ア食物アレルギーとは,食物中のタンパク質が抗原となるアレルギーをい
い,食物アレルギー診療ガイドライン2012によると,「食物によって引
き起こされる抗原特異的な免疫学的機序を介して生体にとって不利益な症
状が惹起される現象」をいうとされている。臨床的に原因抗原とされる食
物は170種類以上が明らかにされており,小麦は,鶏卵,牛乳に次いで
頻度の高いアレルゲンとされているが,食物アレルギーの原因となる食物
ごとの頻度は年齢によって異なる。食物アレルギーのアレルゲンとなるタ
ンパク質の分子量は10~70kDaとする見解(甲B61〔432頁〕,
乙イB23の1〔30頁〕)10~60kDaとする見解(甲総C50〔6
36頁〕),5~150kDaとする見解(甲総C53〔355頁〕)などが
ある。我が国における食物アレルギーの有病率は,乳児では約10%であ
るが,成長に従って低下し,全年齢を通して1~2%程度と推定されてい
る。(甲B26〔3頁〕,甲総C1,29,50,53,74,88,乙イ
B23の1,乙ロB10)
イ食後おおむね2時間以内に症状が出る食物アレルギーを即時型という。
特殊なタイプとして,原因食物を摂取した後に運動負荷や非ステロイド系
抗炎症薬服用などの二次的な要因が加わったときにアナフィラキシーを起
こすFDEIA(食物依存性運動誘発アナフィラキシー)がある。FDEIAの基
本病態は,食物抗原に対する即時型アレルギーであるとされている。その
原因食物として我が国では小麦が約60%と最も多く,小麦が原因となる
FDEIAをWDEIA(小麦依存性運動誘発アナフィラキシー)という。この
ように二次的な要因として運動負荷が加わると症状が出ることの主たる機
序は,食後に運動負荷を加えると腸管での消化不良を来たし,未消化な小
麦アレルゲンが体内に吸収されて,アレルギー症状を発症するというもの
であると考えられている。また,食事に際して非ステロイド系抗炎症薬を
服用すると,アレルゲンの吸収が促進されるとされている。(甲B27,2
9,34,35,甲総C59〔399頁〕,乙イB23の1〔7頁〕,乙ハ
B10,13)
ウ食物アレルギーはその機序(感作経路)の違いから,3種類に分けられ
る。
クラス1(食物による経消化管感作)は,経口摂取された食物抗原に腸
管粘膜で感作されるタイプであり,感作抗原と誘発抗原は一致する。
クラス2(環境抗原との交差反応)は,気道からの吸入や経皮吸収され
た花粉やラテックスといった環境抗原への感作が先行し,消化管で吸収さ
れた野菜や果物といった食物抗原と交差反応して食物アレルギーを発症
するものである。感作抗原が花粉の場合には花粉食物アレルギー症候群(
その多くは口腔アレルギー症候群という臨床型をとる。)といい,ラテッ
クスの場合にはラテックス・フルーツ症候群という。
クラス3(食物等による経皮感作)は,平成22年に提唱されたもので
あり,経皮吸収された食物タンパク質や石けん等の加水分解タンパク質と
いった抗原に感作され,小麦,魚,果物,野菜などについて食物アレルギ
ーを発症するものである。感作抗原と誘発抗原が一致することもあれば,
交差反応により感作抗原とは異なる食物抗原について発症することもあ
る。本件アレルギーはクラス3の機序によるものである。
(以上につき,甲総C48,50から53まで,82,乙ロB21)
エ経皮感作による食物アレルギーが発症するためには,表皮バリア障害の
下で,食物抗原に頻回に暴露される状況が必要である。表皮バリア障害の
存在は,経皮感作において生体側の最大のリスクファクターとなるが,そ
の内因的要因としては,アトピー素因(特にアトピー性皮膚炎)が重要で
ある。また,外因的要因としては,例えば,界面活性剤等が配合された石
けんや化粧品を頻回に使用するなど,表皮バリアを損ねるような美容品の
使用が挙げられる。(甲総C50から53まで,乙ロB21)
⑵食物アレルギーの症状
ア食物アレルギーの症状としては,まず,皮膚症状が最も頻度が高く,そ
う痒感,じんま疹,血管浮腫,紅斑などが見られる。次に,粘膜症状があ
り,眼症状として,結膜充血,浮腫,そう痒感,流涙,眼瞼浮腫など,鼻
症状として,鼻汁,鼻閉,くしゃみ,口腔粘膜症状として,口腔・口唇・
舌の違和感・主張などがある。また,呼吸器症状があり,上気道症状とし
て,咽喉頭違和感・そう痒感・絞扼感,嗄声,嚥下困難,陥没呼吸,呼吸
困難など,下気道症状として,咳嗽,陥没呼吸,胸部圧迫感,呼吸困難,
チアノーゼなどがある。さらに,消化器症状があり,悪心,嘔吐,腹痛,
下痢などがある。そのほか,神経症状があり,不機嫌,いらいら感,不穏,
活気の低下が見られ,死の恐怖感を感じたり,意識障害に至ったりするこ
ともある。また,循環器症状があり,血圧低下が主徴となる。(甲総C29
〔40頁以下〕)
イアレルゲン等の侵入により,複数臓器に全身性のアレルギー症状が惹起
され,生命に危機を与え得る過敏反応をアナフィラキシーと呼ぶ。欧州及
び米国のアレルギー学会から,次の三つの条件のいずれかに該当する場合
には,アナフィラキシーの可能性が高いとの診断基準が示されている。も
っとも,診断基準には厳密さが欠けており,医師によって判断が異なると
いう問題があるとされている。(甲総C8,29〔43頁〕,30〔792
頁以下〕,31,108〔1頁〕)
皮膚症状(全身の発疹,そう痒又は紅斑)又は粘膜症状(口唇・舌・
口蓋垂の腫脹など)のいずれか,又は両方を伴い,急速に(数分~数時
間以内)発現する症状で,かつ,次の少なくとも一つを伴う。
a呼吸器症状(呼吸困難,気道狭窄,ぜん鳴,低酸素血症)
b循環器症状(血圧低下,意識障害)
その患者にとってアレルゲンと考えられるものへの暴露の後,急速に
(数分~数時間以内)発現する以下の症状のうち,二つ以上を伴う。
a皮膚・粘膜症状(全身の発疹,そう痒,紅斑,浮腫)
b呼吸器症状(呼吸困難,気道狭窄,ぜん鳴,低酸素血症)
c循環器症状(血圧低下,意識障害)
d持続する消化器症状(腹部疝痛,嘔吐)
アレルゲン暴露後(数分~数時間以内)の血圧低下(成人の場合,収
縮期血圧が90mmHg以下又は通常血圧の70%未満)
ウアナフィラキシーの重症度の分類として,アナフィラキシーのグレード
分類(別紙1)や臨床所見による重症度分類(別紙2)がある。アナフィ
ラキシーに血圧低下や意識障害を伴う場合をアナフィラキシーショックと
いい,これに対しては特に迅速な対応が必要である。我が国では,毎年3
名程度が食物アレルギーによるアナフィラキシーショックが原因で亡くな
っている。(甲総C29,108)
⑶食物アレルギーの検査
ア検査方法の概要
食物アレルギーの検査方法には,大きく分けて,①血中抗原特異的Ig
E抗体検査,②皮膚テスト(プリックテスト),③好塩基球ヒスタミン遊
離試験・好塩基球活性化試験,④食物経口負荷試験がある。(甲総C1,
4,乙ロB18,乙ハB10)
イ血中抗原特異的IgE抗体検査
原因物質に対する血液中のIgE抗体の量を調べる検査であり,数種の
測定キットがある。測定キットの一つであるイムノキャップ(Immuno
CAP)では,IgE抗体の量(IgE抗体価)を0から6までにクラス分
けし,クラス0(0.35UA/ml未満)が陰性,クラス1(0.35UA/ml
以上0.7UA/ml未満)が疑陽性,クラス2(0.7UA/ml以上3.5UA/ml
未満)以上が陽性とされる(3.5UA/ml以上17.5UA/ml未満がクラス
3,17.5UA/ml以上50UA/ml未満がクラス4,50UA/ml以上100UA/ml
未満がクラス5,100UA/ml以上がクラス6)。この検査は,あくまで診
断の補助的な位置づけであり,IgE抗体の量が多いとアレルギー症状が
起きやすい傾向があるといえるが,この検査だけで食物アレルギーと診断
することはできない。特に,抗原特異的IgE抗体価が陽性であることは,
その抗原に感作されていることを示すにすぎず,アレルギー疾患にかかっ
ているとは限らない。逆に,抗原特異的IgE抗体価が陰性であるのに,
食物アレルギーに罹患していることがある。これは,検査用のタンパク質
が天然のタンパク質と完全に同一ではない可能性があること,患者の皮膚
や粘膜にIgE抗体があっても血液中に遊離するIgE抗体の濃度が低い
場合があることなどによるものである。
イムノキャップについては,各種の食物に対してプロバビリティーカー
ブが作成されている。プロバビリティーカーブとは,抗原特異的IgE抗
体価と症状出現の可能性を確率で示したものであり,これにより,特異的
IgE抗体価から当該食物摂取後の症状誘発率が推定可能となる。通常型
の小麦アレルギーについては,小麦とω-5グリアジンに対する特異的Ig
E抗体価によるプロバビリティーカーブが作成されている。もっとも,プ
ロバビリティーカーブによる症状誘発率は確率論であるため,個々の患者
の診断や食物経口負荷試験の適応の決定においてはあくまで参考にとど
め,その他の種々の要因を考慮すべきものとされている。
検査が陽性(カットオフ値以上)で食物アレルギーと診断される割合を
陽性的中率といい,検査が陰性(カットオフ値以下)で食物アレルギーと
診断されない割合を陰性的中率という。抗原ごとに的中率は異なるが,小
麦については,特異的IgE抗体価の陰性的中率が良好であり,95%以
上は即時型小麦アレルギーを否定できる抗体価を設定できる。小麦の耐性
獲得に伴って抗体価が陰性化することが多く,経過観察の指標として有用
であるとされている。
(以上につき,甲B106〔16頁〕,甲総C4,35,74,77,78,
乙ロ18)
ウ皮膚テスト(プリックテスト)
アレルゲンエキスを皮膚にのせ,専用の針で小さな傷を付けて皮膚のア
レルギー反応を見る検査である。15分後の膨疹の直径が,対象液である
ヒスタミン二塩酸塩による膨疹の2分の1以上の場合を陽性とする。この
検査も,あくまで診断の補助的な位置づけであり,この検査だけで食物ア
レルギーと診断することはできないが,血中抗原特異的IgE抗体検査よ
りも実際の臨床症状に近いとされている。(甲B107〔17頁〕,甲総C
4,34,乙ロB18)
なお,遅発型アレルギーに対する皮膚テストとしてパッチテストがあり,
絆創膏の上にアレルゲンを置き,48時間貼付してその後の反応(紅斑,
浮腫,水疱等)を基に判定するものである。(甲総C34)
エ好塩基球ヒスタミン遊離試験・好塩基球活性化試験
好塩基球は,末梢白血球の1%前後を占めるにすぎないが,特異的Ig
E抗体を結合している抗原特異細胞である。特異的IgE抗体に抗原が結
合すると,ヒスタミンを遊離する。
好塩基球ヒスタミン遊離試験(HRT)は,血中の好塩基球に抗原を反
応させ,ヒスタミンが遊離されるかどうかを調べる検査である。ヒスタミ
ンが遊離すれば,抗原に対する特異的IgE抗体が存在することが証明さ
れ,遊離のレベルは,実際にアレルギー症状を引き起こす可能性と相関す
ると考えられている。小麦については,診断的有用性があるとされており,
耐性獲得確認のための食物経口負荷試験で陰性となった例において,血中
抗原特異的IgE抗体は陽性であったが,好塩基球ヒスタミン遊離試験で
は陰性化が認められたとの報告もある。
好塩基球活性化試験(BAT)は,好塩基球を抗原に反応させてその活
性化レベルを活性化マーカー(CD203c)により定量する検査である。
感作のみならず細胞自体の反応性を評価するため,実際に生体で起こる反
応や食物経口負荷試験により近い結果が出ることが期待される。
(以上につき,乙イB23の1〔20頁〕,乙ロB18,19)
オ食物経口負荷試験
原因と疑われた食物を食べて症状が出現するかどうかを調べる検査であ
る。この検査は,食物アレルギーの確定診断として最も信頼性が高い検査
法であり,食物アレルギー診断のゴールドスタンダードとされている。ま
た,耐性の獲得を判定する場合にも適応があり,この場合の負荷試験の実
施は,最終の誘発エピソードから1年を目安として免疫学的検査の結果と
合わせて検討する。ただし,1年以内にアナフィラキシー既往がある場合
には,原則として負荷試験を実施しない。なお,負荷試験はアナフィラキ
シーのような重篤な症状が誘発されるおそれがあるため,緊急対応の可能
な専門施設で行われることが望ましいとされている。検査は,総負荷量を
3~6回に分割し,15~30分ごとに摂取量を漸増させて実施するのが
一般的である。FDEIA(食物依存性運動誘発アナフィラキシー)では,食
物摂取とともに運動負荷やアスピリン前投与を組み合わせて実施する。9
歳未満の患者については,平成18年に入院での,平成20年に外来での
食物経口負荷試験が健康保険適応となったが,9歳以上の患者については
保険収載されていない。(甲B106〔19頁〕,甲総C1,4,29,3
4,70〔168頁〕,79,80,乙ロB18)
⑷食物アレルギーの治療
食物アレルギーの治療は,現在のところ原因となっている食物を除去して
症状の出現を抑えることに尽きる。抗ヒスタミン薬等の薬物療法は,あくま
で出現した症状に対する補助的な治療法とされており,食物アレルギーを根
治させる薬物はいまだ存在しない。また,アレルゲンを経口摂取して食物ア
レルギーを積極的に治療する経口免疫療法(減感作療法)が一部で行われて
いるが,我が国では,現時点では専門医により研究的に行われている段階で
あり,一般診療の場において行うことは推奨しないとされている。
食物除去は,的確な診断に基づき必要最小限にとどめるとともに,食べら
れる時期が来たら解除することが重要であり,一般に治癒しにくいとされる
成人の場合であっても必要に応じて定期的に医師に相談して食べられるよう
になっているかを確認することが推奨されている(甲総C2〔5頁〕)。従来
は,疑わしい食物を含めて完全除去をするのが基本であったが,厚生労働研
究班による「食物アレルギーの栄養指導の手引き2011」(甲総C81)で
は,正しい診断に基づいた必要最小限の除去が強調されており,症状が誘発
される食物のみを除去し必要以上に除去する食物を増やさないこと,原因食
物でも症状が誘発されない量までは食べることができることが指摘されてい
る。食物除去の解除に当たっては,原則として,血液検査などでIgE抗体
価を調べ,食物経口負荷試験が可能かを判断した上で,負荷試験を実施し,
解除の可否を判断することになる。
抗ヒスタミン薬は,皮膚のかゆみ,発赤,じんま疹の対症療法として有効
である。アレグラは,鎮静作用の少ない抗ヒスタミン薬の一つである。
アナフィラキシーの際の補助治療薬として,エピペン(アドレナリン)が
あり,アナフィラキシー症状が出た場合に自己注射して使用する。エピペン
は,過去にアナフィラキシーを起こしたことがある場合や,アナフィラキシ
ーを起こす可能性が高いと予想される場合に処方されることがあり,平成2
3年9月から,食物アレルギーによるアナフィラキシーに対して保険適用と
なっている。エピペンは1年ごとの更新が必要であるが,検査結果と臨床症
状から改善していると判断できる症例については,更新せずに経過を観察す
る症例もあるとされる。
(以上につき,甲総C1,2,4,7,29,60,81,91,92,乙イ
B23の1〔24頁以下〕)
⑸食物アレルギーの治癒
乳児から幼児早期に発症した即時型食物アレルギーは,成長とともに6歳
までに80~90%で自然治癒・寛解(アウトグロー)に至る。抗原性を有
する特定の原因食物に対する免疫寛容(食物抗原に対する抗体産生を抑える
制御機構の作用)を獲得することを食物アレルギーの耐性化(耐性の獲得)
という。しかし,学童から成人で新規発症する食物アレルギーの自然治癒の
可能性は,乳児期発症の症例に比べて低いとされている。例えば,小麦アレ
ルギーでは,乳児期の場合は耐性を獲得しやすいが,成人の場合は一般には
耐性を獲得しにくいとされる。もっとも,成人の小麦アレルギーでも,原因
抗原や感作経路により臨床像が異なっており,耐性獲得は,個体側の素因,
抗原の性質や暴露経路・頻度・量などにより決定づけられるものと考えられ
ている。
食物アレルギーの耐性化(治癒・寛解)は,消化器系や免疫系の様々な防
御機構が成熟し又は再構築されることにより生ずるとされる。すなわち,食
物は生体からみると異物(非自己)であって免疫学的には排除されるべきで
あるが,実際には排除されないのは,食物に対してアレルギー反応を生じさ
せないようにする免疫寛容が存在するためであることが示唆される。その機
序としては,食物が消化管で消化,吸収される過程でバリアが働くこと,消
化管から吸収される食物の抗原性を抑制する免疫系のバリアが働くことが挙
げられている。食物アレルギーの発症は,こうした免疫寛容の不成立,又は
いったん成立した免疫寛容の破綻と考えられ,治癒・寛解は,免疫寛容を新
たに獲得し,又は再獲得するものである。もっとも,治癒・寛解の詳しい機
序は,明らかになっていない。
なお,我が国の専門施設で研究的に行われている経口免疫療法の知見によ
れば,症状が出なくなった者の中には耐性化した者のみならず,単に脱感作
状態(原因食物の摂取を中止してしばらく経過すると症状が出る。)になった
にすぎない者も含まれており,相模原病院の例では,3か月以上の摂取中止
後に確認試験を実施したところ,経口免疫療法によって症状が出なくなって
いた小麦アレルギー患者のうち約半数の症例で症状が誘発された。
(以上につき,甲B26〔3頁〕,甲総C40,75,81,87から89ま
で,91,92)
⑹特定原材料の表示義務
厚生労働省は,平成13年3月,食品衛生法施行規則及び乳及び乳製品の
成分規格等に関する省令の一部を改正する省令(平成13年厚生労働省令第
23号)を定め,食品衛生法施行規則(昭和23年厚生省令第23号)別表
第5の2において,食物アレルギーを引き起こすことが明らかになった食品
のうち,特に発症数,重篤度から勘案して表示する必要性の高い小麦,そば,
卵,乳及び落花生の5品目(特定原材料)を掲げ,これらを含む加工食品に
ついては,同規則5条の定めるところにより当該特定原材料を含む旨を記載
しなければならないこととした。この改正規則は平成14年4月に施行され
た。なお,その後,特定原材料には,えびとかにが加えられた。(甲A67)
5本件アレルギーの概要
⑴本件アレルギーの発症機序
本件アレルギーは,本件石けんで繰り返し入念に洗顔をすることにより,
抗原(グルパール19S)が毎日少しずつ瞼や鼻等の皮膚や粘膜を通じて吸
収され,抗原提示細胞によって抗原がリンパ球に提示され,特異的IgE抗
体を産生し,これがマスト細胞の表面に結合し,その後,小麦タンパクとの
交差反応により,経口で小麦を摂取するとアレルギー症状を呈するようにな
ったものと考えられている。(甲A14,甲B38,甲総C112,乙イB1
の1,乙ハA17)
⑵本件アレルギーの症状とその出現までの期間
ア本件アレルギーの症状は,典型的には,まず,本件石けんを使用したと
きに眼瞼の腫脹や顔の皮膚のかゆみ,じんま疹,発赤があり,本件石けん
の使用を継続すると,症状は少しずつ悪化する。その後,小麦を摂取する
と,眼瞼の腫脹,じんま疹,紅斑,かゆみ,吐き気,嘔吐,鼻水,鼻づま
りなどのアレルギー症状が出て,症状が重篤な場合には,腹痛・下痢,血
圧低下,ふらつき,呼吸困難などの様々な症状(アナフィラキシー)が出
現する。このような症状は,小麦を食べた後に運動したときにのみ生ずる
ことも少なくない(WDEIA:小麦依存性運動誘発アナフィラキシー)。食
後の運動は,歩行や日常の家事程度の軽いものでも発症することがあるし,
明らかな運動負荷がなくても誘発されることがある。血圧低下や意識障害
等のショック症状を伴うアナフィラキシーショックを経験した症例は25
%にのぼる。他方で,本件石けん使用中又は使用後の皮膚症状がない症例
が27%存在した。(甲A14,甲B38,甲総C45,112,129,
130,乙イB1の1,乙ハA17,乙ハB26)
小麦摂取時に惹起される最初のアレルギー症状が眼瞼浮腫であること
は,眼周囲の抗原暴露と吸収が多かったことを示唆するものである。(乙ロ
B26)
イ平成24年5月に発表されたアレルギー学会特別委員会の中間報告で
は,情報サイトに寄せられた254の症例について報告がされた。これに
よれば,本件石けんの使用開始の年は,平成16年が3例,平成17年が
22例,平成18年が29例,平成19年が34例,平成20年が64例,
平成21年が60例,平成22年が33例,平成23年が1例となってお
り,本件石けんの使用を中止した年は,多くの症例で平成22年及び平成
23年であって,平成22年10月に厚生労働省から注意喚起がされ,平
成23年5月に本件石けんの自主回収がされた時期に一致していた。ま
た,症状が発生した年は,平成17年が1例,平成18年が6例,平成1
9年が8例,平成20年が36例,平成21年が52例,平成22年が7
3例,平成23年が58例,平成24年が2例であった。(甲B38,乙
イB1の1,乙ハA17)
平成22年1月から平成23年6月までに広島大学病院を受診した患者
29名の調査によると,石けんの使用開始からアレルギー症状が出現する
までの期間は,最も短い症例で1か月以内,最も長い症例で48か月であ
った。また,平成22年から23年にかけて横浜市立大学附属病院を受診
した患者20名の調査によると,石けんの使用開始から接触じんま疹が出
現するまでの期間の平均は1年3か月,経口小麦アレルギーが出現するま
での期間の平均は1年7か月であった。(甲総C46,乙イB1の3)
ウ杉山晃子医師らの報告によれば,国立病院機構福岡病院で診察を受けた
本件アレルギーによる症状を主訴とする41症例について,小麦運動負荷
試験(食物経口負荷試験)を実施したところ,小麦食品1人前摂取とトレ
ッドミルによる運動負荷により32例が陽性となり,アスピリン前負荷後
に小麦食品摂取と運動負荷により7例が陽性となった。以上の39例のう
ち,小麦とグルテンの特異的IgE抗体価がいずれもクラス0(陰性)で
あった症例は11例に及んでおり,特異的IgE抗体価が陰性でも本件ア
レルギーの罹患を否定できるものではないとされている。(甲総C97)
⑶本件アレルギーの発症数
ア本件アレルギーの症例については,厚生労働科学研究費補助金「医薬部
外品・化粧品に含有される成分の安全性確保に関する研究」において,疫
学調査がされた。この疫学調査では,平成24年4月から26年10月ま
で,全国の医療機関の医師から,アレルギー学会特別委員会の定めた本件
診断基準により確実例と診断された症例の登録がされ,2111例が登録
された。ただし,まだ登録が済んでいない症例があると推測する,とされ
ている。(甲A64,甲総C102)
島根大学の森田栄伸医師らは,島根県では,本件石けんが約30万個販
売され登録患者数が36名であったこと,全国では本件石けんが約465
0万個販売されたことから,全国の患者数は4000名以上であり,本件
石けんの購入者の約1000人に一人が発症したものと推計している。(甲
B82,乙ハB15)
イ多数の患者が本件アレルギーに罹患したことは,専門家から,「化粧品の
安全性を大きく揺るがす事件」(松永佳世子医師。乙ロB3),「社会問題に
なっている」,「本邦のアレルギー史上の大問題に発展した」(福冨友馬医師。
甲B78,甲総C41,112,乙ハB17),「アレルギー史上,類を見
ない大きな出来事」(猪又直子医師,相原道子医師。甲総C109)などと
言われている。単一の製品で本件アレルギーのように2000名を超える
多数のアレルギー疾患の患者が出た事例は,国際的にもこれまでに報告が
ない。(甲B92,乙ロB15)
⑷本件アレルギーと通常型WDEIAとの比較
ア成人発症の小麦アレルギーの多くはWDEIAとして発症し,これまでに
知られていたWDEIAの80%は,グルテン中のω-5グリアジンが主要抗
原であり,残りの20%は高分子量グルテニンが主要抗原となっている(
千貫祐子医師らの報告では,成人のω-5グリアジンの特異的IgE抗体価
の陽性率は94.7%,ω-5グリアジンと高分子量グルテニンのいずれか
又は両方の特異的IgE抗体価の陽性率は97.3%であった。)。小麦製
品の経口摂取により消化管で感作されたと考えられ,誘発される症状は全
身性の膨疹が主要なものであった。また,一般には経年的なIgE抗体価
の減少傾向は認められず,寛解に至るのは困難とされる(以下,本件アレ
ルギーの報告がされる前に知られていたWDEIAを「通常型WDEIA」とい
う。)。
これに対し,本件アレルギーは,ω-5グリアジン又は高分子量グルテニ
ンに対するIgE抗体価は極めて低値であり(千貫祐子医師らの報告で
は,ω-5グリアジンの特異的IgE抗体価の陽性率は6.6%,ω-5グ
リアジンと高分子量グルテニンのいずれか又は両方の特異的IgE抗体
価の陽性率は16.6%であった。他の医療機関でも,ω-5グリアジン
の特異的IgE抗体価の陽性率は,平郡真記子医師らの報告では3.4%,
岡田里佳医師らの報告では10%であった。),誘発される症状は眼瞼浮腫
が主要なものであった。アナフィラキシーショックに至る頻度は,通常型
WDEIAよりも低い。また,症例の多くで,本件石けんの使用中止後数か
月の経過により小麦・グルテン特異的IgE抗体価の減少傾向が認めら
れ,臨床的に小麦アレルギー症状も改善傾向に向かう患者が多い。なお,
平郡真記子医師らの報告では,ω-5グリアジンの特異的IgE抗体価が
陽性の症例でも,小麦及びグルテン特異的IgE抗体価はそれ以上に高値
であったとされている。また,杉山晃子医師らの報告では,ω-5グリア
ジンが陽性の患者に関しては,もともと小麦アレルギーの素因を持ってい
た可能性が否定できないとされている。
(以上につき,甲B41,甲総C41から43まで,45,46,乙イB1
の3,乙ロB8,乙ハB7)
イ平成25年に横大路智治医師らが報告したところによると,本件アレル
ギーでは,患者のIgE抗体は主にγ-グリアジンと結合し,結合エピト
ープはQPQQPFPQ(Qはグルタミンを示す。)というアミノ酸配列で
あることが同定され,また,患者のIgE抗体は脱アミド化したPEEP
FP(Eはグルタミン酸を示す。)というアミノ酸配列と強い結合を示した
ことから,本件アレルギーの患者はPEEPFPを含む加水分解タンパク
質に感作され,小麦経口摂取時のアレルギー症状誘発にはγ-グリアジン
が関与している可能性が示唆されたとされている。(甲B74,乙イB26)
⑸グルパール19Sの生化学的特徴とその抗原性
ア福冨友馬医師は,平成25年の論文(甲総C41,乙ハB18),平成2
6年の論文(甲B78,88,乙ハB17)及び平成27年の論文(甲総
C112)において,加水分解コムギ末の中でもグルパール19Sについ
て多くの症例が出た原因として,それまでの知見を整理して,次のように
報告している。
グルテンは,そのままではほとんどIgE反応性がないが,30分の
酸加熱処理で強いIgE反応性を獲得し,12時間以上加水分解をして
低分子化されるとIgE反応性が減弱する。この知見は,95℃で40
分間の酸加水分解を行うことにより製造されているというグルパール1
9Sの製造工程が抗原性の獲得において最も重要であり,分解物の分子
量も重要な役割を果たしていることを示している。
食物タンパク成分の経皮感作のマウスモデルによる実験(甲B91)
では,グルパール19Sはグルテンと同等以上の経皮感作能を有してお
り,界面活性剤SDSが経皮感作のアジュバント(アレルギー反応を増
強させるもの)として重要であることが示された。また,グルパール1
9Sの暴露濃度と感作に量反応関係があり,高濃度の添加の危険性も示
されている。
グルテンの構成タンパク質のアミノ酸残基であるグルタミンやアス
パラギンは,酸加熱処理によりグルタミン酸やアスパラギン酸に変化し
(脱アミド化),グルテンの親水性や乳化性が増す。30分~60分の加
水分解をしても,分解(ペプチドの開裂)による低分子化はほとんど進
行しないが,脱アミド化は進行してIgE反応性が顕著に増加すること
が示されている。
本件アレルギーの患者の血清は,小麦の成分であるγ-グリアジンのI
gE反応性が高く,γ-グリアジンのIgEエピトープのグルタミンがグ
ルタミン酸に置換したことによってIgE反応性が増強することが示さ
れている。
本件アレルギーにおいて,脱アミド化グルテンではなく天然グルテン
の経口摂取によってアレルギー症状が生ずるのは,天然グルテンと脱ア
ミド化グルテンとの間にある程度の交差反応性が存在することのほか,
経口摂取されたグルテンが体内の酵素であるtTGによって脱アミド化
され,天然グルテンがグルパール19Sと類似した抗原性を獲得するこ
とが明らかにされている。
以上の知見を踏まえると,本件石けんにより本件アレルギーに罹患し
た者が多数出た原因は,グルパール19Sの分子量の高さと含有濃度の
高さが関与していたと考えられ,界面活性剤がアジュバントとして機能
していた可能性やグルテンの脱アミド化による抗原性の上昇が関与して
いた可能性が示唆されている。また,本件石けんが洗顔用として使用さ
れたことにより,眼球・鼻粘膜というヒトの最も免疫学的に敏感な組織
に大量に暴露され,これが疾患の大量流行に強く関与していたと考えら
れる。
イまた,千貫祐子医師らは,平成25年の複数の論文において,グルパー
ル19Sにより多くの症例が出た原因として,①患者血清中IgEは加水
分解コムギ末の分子量の大きいタンパク質に強く結合する傾向があり,不
完全な分解による高分子量のタンパク質を含む加水分解コムギ末は感作能
が高いと考えられるところ,グルパール19Sはほかの製品と比較して分
子量1万以上の小麦分解物が多く含まれていたこと,②グルテンを酸分解
すると,グルタミンはグルタミン酸へ,アスパラギンはアスパラギン酸へ
と変化し,生成された分解産物は,かなり小さい分子量のものから,本来
の小麦構成タンパク質よりも大きい分子量の重合体まで含み,その結果,
新しいエピトープが生じて感作され,経口摂取した小麦タンパク質との交
差反応によりWDEIAを発症したものと推察されること,③分子量の大き
な加水分解コムギ末による経皮感作が成立したのは,石けん中の界面活性
剤によって皮膚バリアが障害され,そこから加水分解コムギ末のタンパク
質が侵入した可能性があること,を報告している。(甲B82,甲総C42,
43,乙ハ14,15)
ウ国立医薬品食品衛生研究所の手島玲子部長(当時)は,平成25年と平
成26年の論文において,グルパール19Sでは,従来の小麦タンパク質
に存在するエピトープ(例えば,γ-グリアジン)に加えて,酸部分加水分
解によって新たなエピトープが出現した可能性(例えば,脱アミド化によ
りグルタミンがグルタミン酸になったことにより出現したエピトープには
強いIgE結合活性があることが示されている。)が考えられ,この新たな
エピトープは,経口摂取された小麦グルテンがtTGにより脱アミド化さ
れることで生じたエピトープと交差反応する可能性が考えられると報告し
ている。(甲B83,89,乙イB31)
⑹本件アレルギーの遺伝的要因の可能性
本件アレルギーの症例の約50%に花粉症等のアレルギー疾患の既往症が
ある。他方で,約半数の症例ではアレルギー疾患の既往のない健常人にも感
作が成立しており,アレルギー学会特別委員会委員長の松永佳世子医師の論
文(甲総C131)でも,本件アレルギーとアレルギー疾患の既往との関連
性は特定できなかったとされている。また,福冨友馬医師らは,発症前の気
管支ぜんそく,アトピー性皮膚炎の合併は,オッズ比にして2倍程度の危険
因子であって,本件石けんの使用個数,使用期間,一日使用回数などの石け
んへの暴露の程度が極めて強い危険因子であるのに比して,危険因子として
強いものではないなどと報告している。
アレルギー学会特別委員会では,発症状況から遺伝的素因の関与の可能性
が考えられる,石けんを使用した人のごくわずか(0.1%以下)が発症し
ていることから(遺伝子の)疾患発症に与える影響は強い,などの指摘がさ
れ,遺伝子解析を進めることについて話題になった。
(以上につき,甲B38,甲総C131,乙イB1の1,11,12,18,
乙イ総C4,乙ハA17,123,乙ハB21(MS9-2),26)
⑺本件アレルギーの治療
ア千貫祐子医師らの平成25年の論文によると,島根大学医学部附属病院
では,本件アレルギーの患者のうち,病歴上アナフィラキシーの既往があ
り少量の小麦摂取や歩行などの軽作業との組合せでも発症する患者に対し
ては,原則として小麦製品そのものの摂取を禁止すること,病歴上アナフ
ィラキシーの既往のない患者に対しては,小麦製品の摂取禁止までは行わ
ず,小麦摂取と運動やNSAIDs(非ステロイド系消炎鎮痛剤)内服との組
合せを避けることを指導しており,1~3か月ごとに血清中の小麦,グル
テン特異的IgE抗体検査を中心として種々の検査を行い,病勢の評価を
しているとされている。(甲総C42,乙ハB14)
イ杉山晃子医師らの平成24年の論文によると,国立病院機構福岡病院で
も島根大学医学部附属病院とおおむね同様の指導と経過観察がされてい
る。同論文では,検査結果などから評価して少量ずつの小麦摂取を勧めて
みても,重篤な症状を起こした患者は精神的な不安が強く,なかなか摂取
できないのが現状であるとされている。(甲総C45)
また,杉山晃子医師らの平成25年の論文によると,国立病院機構福岡
病院では,小麦摂取が可能か否かの判断について,①運動誘発が明らかで
ある,②症状が皮膚のみである,③小麦・グルテンの特異的IgE抗体価
がクラス1以下である,のすべての項目を満たすときは,小麦摂取後の安
静やアスピリン様物質との併用に気をつけて摂取するよう指導している。
他方で,①小麦摂取のみで症状が出現する,②アナフィラキシー症状があ
る(特に呼吸困難,鼻閉),③アナフィラキシーショックの既往がある,④
基礎疾患がありアスピリンなどを常用している,⑤小麦・グルテンの特異
的IgE抗体価がクラス2以上である,⑥職業で小麦に接する環境にある,
の各項目に当てはまる症例については,小麦摂取を制限する又は摂取量を
減らすことを指導している。(甲総C60)
ウ長島真由美医師らの平成24年の論文によると,横浜市立大学病院では,
本件アレルギーの患者に対し,小麦摂取後の運動を控え,NSAIDs服用を
禁止するが,症状を誘発される運動の程度は症例により様々であることか
ら,病歴によっては小麦摂取自体の禁止を指導している。(甲総C47)
エ他方で,平郡真記子医師らの平成23年の論文によると,広島大学病院
では,本件アレルギーの患者に対し,完全な小麦の除去ではなく,専ら小
麦と運動又は鎮痛剤の組合せを避けることを指導している。(甲B41,乙
イB1の3,乙ロB8,乙ハB7)
⑻本件アレルギーの治癒・寛解の可能性
アアレルギー学会特別委員会が平成24年5月に公表した中間報告では,
小麦とグルテンに対する特異的IgE抗体価はほぼ全ての症例で減少し
ており,グルパール19Sに対する特異的IgE抗体価も半減期約5.1
か月で減少していること,島根大学医学部附属病院の31症例のうち3例
では運動負荷をかけても小麦製品を摂取できるようになっていることな
どが報告された。(甲B38,乙イB1の1,乙ハA17)
もっとも,小麦とグルテンに対する特異的IgE抗体価が陰性化しても,
小麦製品の摂取により眼瞼の腫脹などのアレルギー症状が見られる症例
(島根大学医学部附属病院。乙ハB10。)や,20gの小麦摂取により
症例が誘発される症例(横浜市立大学医学部附属病院。甲総C46,59。)
もあり,小麦関連抗原特異的IgE抗体価が陰性化しても治癒と判定でき
るかどうかは疑問であるなどとされている。(乙ハB10)
イアレルギー学会特別委員会の委員長である松永佳世子医師は,平成24
年12月頃,小麦摂取状況に関するアンケートを実施した結果を取りまと
めた。その結果,対象者207名中,小麦摂取ありが181名(87%)
であり,そのうち,抗アレルギー剤の服用をせず小麦摂取後の症状がない
との回答が69名(33%),抗アレルギー剤の服用をせず小麦摂取後の症
状があるとの回答が42名(20%),抗アレルギー剤の服用を行い小麦摂
取後の症状がないとの回答が24名(12%),抗アレルギー剤の服用を行
い小麦摂取後の症状があるとの回答が46名(22%)であった。また,
本件アレルギーの重症度別に本件石けんの使用中止から小麦摂取を再開す
るまでの期間をみると,最重度のアナフィラキシーショックの症例33名
中,小麦摂取を継続した者が14名(42%),1年以内に再開した者が8
名,1~2年で再開した者が2名,2~3年で再開した者が1名,3年後
に再開していない者が8名(24%)となっているのに対し,全体では,
症例111名中,小麦摂取を継続した者が59名(53%),3年後に再開
していない者が20名(18%)と報告されており,重症度と小麦摂取再
開までの期間との間には必ずしも相関関係がないことがうかがわれる。(乙
イ総C1)
ウ平成25年8月に開催されたアレルギー学会特別委員会の会合におい
て,各委員から所属医療機関における本件アレルギーの予後について報告
がされ,略治(通常の食事及び日常生活を行い,3か月以上即時型アレル
ギー症状のない場合をいう。)の割合等が紹介された。それによると,島根
大学病院では,経過観察が可能な33例のうち,小麦摂取は16例(うち
13例が略治),条件付き小麦摂取は8例,難治症例は4~5例であった。
相模原病院では,経過観察が可能な64例のうち,夕食時摂取が15例で
あり略治は15~30%であったが,全く食べられない人もいる。福岡病
院では,58例のうち,小麦摂取が67%(39名。従来の摂取量の70
%以上摂取しているのはうち26%),略治は20例程度であり,38%(
39名中15名)が小麦摂取に恐怖心を持っているとされた(詳報として
甲総C96があり,小麦摂取者39名のうち症状があるのが62%である
が,平成24年10月の調査時に比較して軽症化しており,眼瞼腫脹・か
ゆみ,鼻アレルギー症状が主たる症状であり,アナフィラキシー症状はほ
とんど目立たなかったとされている。他方で,「他とのつきあい」が国民標
準より強く制限されている。)。藤田保健衛生大学病院では,経過観察が可
能な57例のうち,小麦摂取は42例であったが,難治例が3例あった。
広島大学病院では,治癒率は1年で1.2%,3年で25%とされたが,
患者自身が小麦を摂取せず治ったか判断できない例も多いとされ,大まか
には3割が食べられるようになり,7割は工夫しながら食べているとされ
た。(甲総C96,乙イ総C4,乙ハA123)
エ中村和子医師らは,横浜市立大学附属市民総合医療センターを受診した
本件アレルギーの患者のうち経過の追跡が可能であった9症例の予後を報
告した。これによると,本件石けんの使用中止後2年以上が経過した平成
25年9月時点において,全ての症例で小麦を摂取しており,うち5症例
では通常量の摂取が可能となっており(ただし,3例は食後の運動を避け
ていた。うち1例は抗ヒスタミン薬を内服していた。),4症例では小麦の
摂取量を少量にとどめていた(4例ともに抗ヒスタミン薬を内服してい
た。)。最近6か月の症状誘発については,少量摂取にとどめている4症例
のうち,3症例で認められ,1症例ではパンを摂取後に走ったところ膨疹
と呼吸苦が生じた。残りの2症例では,ときどき小麦摂取後に眼囲などに
かゆみが出現した。(甲総C110)
オ松永佳世子医師は,本件石けんの使用を中止した後,3年9か月経過時
に把握できた症例の96%で小麦を摂取していることが判明したとしてい
る。また,3年6か月経過する程度で多くの症例でグルパール19S特異
的IgE抗体価が陰性化することが予測できるとした。(甲総C131)
カ厚生労働科学研究「生命予後に関わる重篤な食物アレルギーの実態調査
・新規治療法の開発および治療指針の策定」(研究代表者:島根大学森田栄
伸教授)において,島根大学医学部附属病院,相模原病院,広島大学病院,
福岡病院,藤田保健衛生大学病院を受診した本件アレルギーの患者260
名の予後調査を行ったところ,平成25年10月現在で69例(26%)
が略治と判定された。(甲総C104の2)
キ平成27年5月の日本アレルギー学会学術大会のミニシンポジウムで
は,加水分解小麦タンパクによる食物アレルギーが取り上げられた。その
中で,アレルギー学会特別委員会の委員らは,同委員会に症例登録がされ
たもののうち経過が確認できた192例について,89%の症例で小麦を
摂取しており,グルパール19S特異的IgE抗体価はほとんどの症例で
経時的に減少していることを報告した。また,平群真紀子医師らは,広島
大学病院において平成26年9月に実施されたアンケート調査等の結果を
紹介し,回答者46名のうち,治癒したと考えられた患者は11名であり,
量を制限しながら又は鎮痛剤や運動との併用を避けながら小麦を摂取して
いた患者は29名であったことを報告した。さらに,佐野晶代医師らは,
藤田保健衛生大学病院において診察された本件アレルギーの確実例であっ
て平成26年12月の時点で経過観察が可能な55例のうち,35例は小
麦を摂取しても症状の誘発を認めず,11例は摂取後にじんま疹や眼瞼腫
脹が誘発されると報告した。(乙イ総C7,乙ハB21)
ク厚生労働科学研究「生命予後に関わる重篤な食物アレルギーの実態調査
・新規治療法の開発および治療指針の策定」の委員らは,「特殊型食物アレ
ルギーの診療の手引き2015」を作成した。その中で,本件アレルギー
により手引き作成委員会委員の医療施設を受診した359名の患者のう
ち,経過が観察できた350名の予後調査結果が公表されており,これに
よれば,本件石けんの使用中止から略治に至るまでの期間の中央推定値は
65.3か月であり,累積略治率は24か月(2年)後で12.2%(解
析対象症例数256),36か月(3年)後で21.4%(同173),4
8か月(4年)後で30.5%(同63),60か月(5年)後で41.6
%(同23),72か月(6年)後で51.8%(同9)であった。臓器症
状のあった症例,ショック症例及びω-5グリアジン特異的IgE陽性症
例は,治癒しにくいとされている。(甲総C103)
ケアレルギー学会特別委員会の委員らは,平成29年6月17日,本件ア
レルギーに関する最終的な報告を発表し,日本アレルギー学会は,その要
旨をプレスリリースとして公表した。その中で,本件石けんの使用を中止
したことにより,多くの症例で小麦摂取を再開できるようになっており,
今後もその割合は増えていくことが予想されるとし,他方で,現在も小麦
の摂取を回避している,又は制限のある状況で小麦を摂取している症例も
あるとしている。また,平群真紀子医師らが,本件アレルギーの患者11
0名について,本件石けんの使用中止から60か月後における寛解率が5
6.1%であると報告したことを引用している。(甲総C129,130,
乙ハB26)
⑼オマリズマブ(ゾレア)による本件アレルギーの治癒の可能性
アNPO法人生活習慣病予防研究センターは,平成26年7月,島根大学
医学部の森田栄伸教授らとともに,加水分解コムギアレルギーの治癒遷延
症例を対象として臨床試験「小麦アレルギー患者における抗IgE抗体療
法の有効性の検討」を開始し,被告ら3社からの資金提供により,その経
費を賄うこととした。この臨床試験は,気管支ぜんそくの治療薬であるオ
マリズマブ(商品名ゾレア。以下「ゾレア」という。)を小麦アレルギーの
難治症例患者に対して皮下注射して,アレルギー状態を評価するものであ
る。ゾレアは,本来,難治性の気管支ぜんそくの治療薬であり,IgE抗
体と細胞上の受容体との結合を阻害する働きを有し,好塩基球,マスト細
胞等の活性化を抑制する効果があることから,この臨床試験において小麦
アレルギーへの適応が検討された。(甲総C106,107,124,乙ハ
A126)
イゾレアの臨床試験では,まず,4週ごとに3回にわたりゾレアを注射し
て,3か月後にアレルギー状態を評価するという方法が採用され(以下「ゾ
レア短期臨床試験」という。),本件小麦アレルギーの治癒遷延例の患者1
0名を対象に実施された。うち4例では,好塩基球の活性化がほぼ完全に
抑制されたが,抑制効果が不十分な症例も見られた。これは,投与量を一
定にしたことから,用量不足であった可能性が高い。また,投与終了後3
か月を過ぎると抑制効果が減弱した。(甲総C124,126,128)
そこで,次に,2~4週ごとに44週にわたりゾレアを注射し,投与終
了後24週にわたり追跡調査する試験方法が採用され(以下「ゾレア長期
臨床試験」という。),本件小麦アレルギーの患者11名及び通常の小麦ア
レルギーの患者8名の合計19名を対象に実施された。平成29年7月現
在,19例中11例で投与が終了し,8例で投与中となっている。(甲総
C124,128,乙ハA160)
平成29年6月の日本アレルギー学会学術大会において,鼻岡佳子医師
らが行った報告では,①1年以内に小麦製品摂取によるアレルギー症状の
既往がある等から,小麦製品の摂取を制限している患者4例に対し,ゾレ
ア長期臨床試験を実施したところ,3例は,12回の投与期間中に小麦制
限を全解除できた,②難治な小麦アレルギー患者に対して抗IgE抗体は
過敏性を改善する効果があることが示唆された,③治療中止後の長期予後
についての検討が必要である,とされている。(乙ハA158〔MS43
-3〕)
森田栄伸教授によると,平成29年7月時点で,ほとんどの症例で好塩
基球活性化試験の反応性が低下したので,小麦製品の摂取制限を解除して
いること,12か月のゾレア投与終了後,3か月程度で好塩基球活性化試
験の反応性がいったん上昇しているが,6か月後には再度反応性が低下す
る傾向があること,反応性が上昇した場合も小麦製品を食べても症状はほ
とんど出ておらず,小麦製品を食べた後にバレーボール程度の運動をして
も,アレルギー症状は出ないか,出たとしても目の周りがやや赤くなる程
度ですぐに消失していること,などの効果が出ているとされている。(乙
ハA160,乙ハB23)
ウNPO法人生活習慣病予防研究センターは,平成29年2月,被告片山
からの資金提供により,加水分解コムギアレルギー治癒遷延例に対する抗
IgE抗体(ゾレア)療法の適用外使用の支援を目的として,「片山基金」
を創設した。
島根大学医学部附属病院は,同年5月15日,同病院の医療安全委員会
の承認を得たことから,本件アレルギーの治癒遷延例を対象として,ゾレ
アの適用外使用による治療法を開始し,その費用全額を片山基金から賄う
こととした(遠方の患者については,NPO法人生活習慣病予防研究セン
ターの審議を経て片山基金から交通費が支給される。)。この治療法は,ゾ
レアを2~4週ごとに皮下注射し,3回目の注射が終わったら,小麦製品
の摂取を通常どおり行い,その後,2020年(平成32年)までの範囲
で治療を継続するというものである。森田栄伸教授によると,月一度程度
の通院が必要であるが,この治療法により,ゾレア長期臨床試験と同様の
成果が期待できるとされている。
(以上につき,乙ハA153,156,157,160)
⑽加水分解コムギ末が配合された他の香粧品でのアレルギーの発症
ア厚生労働省は,平成24年2月,「医薬部外品・化粧品の使用による全身
性アレルギー発症について」(医薬品・医療器機等安全性情報288号)(
甲A74)を公表した。それによると,本件石けん以外にも,グルパール
19Sを含有する株式会社コスメナチュラルズのサヴォンアンベリール,
サヴォンアンベリールノワール及び被告フェニックスのはちみつクレンジ
ングソープPでも本件アレルギーと同様の症例が報告されたとされてい
る。
上記のサヴォンアンベリール,サヴォンアンベリールノワールの症例に
ついては,京都府立医科大学の山本祐理子医師らが,「茶のしずく石鹸以外
の加水分解小麦含有石鹸を使用していた患者にみられた小麦アレルギーの
1例」(甲B84)において報告した。患者は,平成21年から上記の2種
類の美容石けんを洗顔に使用していたが,平成23年3月に食パンを摂取
し歩行をしたところ,1時間半後に眼瞼浮腫や呼吸困難感のアレルギー症
状が出現した。この症例は,アレルギー学会特別委員会の本件診断基準を
満たしており,WDEIAと診断された。この石けんには,グルパール19
Sが0.3%配合されていた。
また,上記のはちみつクレンジングソープP(はちみつ石けん)の症例
については,広島大学の平郡真記子医師らが,「茶のしずく以外の加水分解
コムギ含有石けん使用後に発症した小麦依存性運動誘発アナフィラキシー
の1例」(甲A75)において報告したものである。患者は,平成21年か
ら約2年間上記石けんを使用し,平成23年6月にパンを食べた後に自転
車に乗ったところ,顔面浮腫,呼吸困難等のアレルギー(WDEIA)の症状
が出現した。この石けんには,グルパール19Sが0.3%配合されてい
た。(甲A100,101)
イ厚生労働省は,厚生労働科学研究「医薬部外品・化粧品に含有される成
分の安全性確保に関する研究」の中で,「医薬部外品等によるアレルギー発
症例の診断法に関する研究チーム」において,グルパール19Sを含有す
る医薬部外品・化粧品によるアレルギーを発症した症例について詳細調査
を実施することになったとし,診察した医師に対し,症例登録への協力を
依頼した。(甲A76)
ウアレルギー学会特別委員会の委員である藤田保健衛生大学の矢上晶子医
師らは,平成25年1月から3月にかけて,同委員会の症例サイトに登録
されている医療施設(244施設)及び日本皮膚アレルギー・接触皮膚炎
学会会員(1582施設)にアンケートを郵送し,グルパール19S以外
の加水分解コムギ末及び加水分解コムギ末以外の成分による健康被害につ
いて症例情報を収集した。同大学の松永佳世子医師が平成26年1月に発
表した論文(甲総C131)によると,加水分解コムギ末による健康被害
(小麦アレルギー)疑い例は34例あり,臨床症状としてはアナフィラキ
シーが3名,顔面発赤が9名,眼瞼腫脹が5名,じんま疹が4名等であり,
感作源となった可能性のある化粧品は,シャンプー2名,ヘアトリートメ
ント3名,石けん3名,化粧水1名,不明25名であった。また,その他
のタンパク質成分による健康被害(食物アレルギー)疑い例は33例とさ
れ,アナフィラキシーが15名,呼吸困難が2名,じんま疹が7名,眼瞼
腫脹が3名であり,その中ではコチニール色素(カイガラムシ科エンジム
シの乾燥体より水又はエタノールで抽出し精製したもの)によるアレルギ
ー症例が最多であった。したがって,加水分解コムギ末やその他のタンパ
ク質成分による経皮感作により誘発された食物アレルギーの原因となる成
分はグルパール19S以外にも存在することになる。(甲A73,甲総C1
31,乙イ総C1,乙ハA123)
エグルパール19Sが配合された香粧品は,本件石けんを含め全35種類
あり,そのうち20種類は被告フェニックス又は被告悠香(薬用悠香の石
鹸のみ)が製造販売した製品であった。中でも,被告フェニックスが製造
する「渋の泡」石けん(薬用石けんTR-5,薬用スキンケアソープTR
-4)は,中高年男性を対象とした加齢などによる体臭を防止するとの効
能を有する薬用石けんであり,グルパール19Sの配合濃度は本件石けん
と同じ0.3%であり,平成20年4月から平成23年4月までに累計1
70万個を超える個数が販売された。しかし,この「渋の泡」石けんも含
むグルパール19S配合の香粧品については,上記アの2種類3製品を除
き,本件アレルギーと同様の症例報告はされていない。(甲A77,10
0,101,乙ハA18,19)
6行政上の安全規制
⑴薬事法上の許可及び承認
ア薬事法(現・医薬品,医療器機等の品質,有効性及び安全性の確保等に
関する法律)では,医薬部外品とは,①吐きけその他の不快感又は口臭若
しくは体臭の防止,②あせも,ただれ等の防止,③脱毛の防止,育毛又は
除毛,④人又は動物の保健のためにするねずみ,はえ,蚊,のみ等の駆除
又は防止が目的とされており,かつ,人体に対する作用が緩和な物であっ
て器具器械でないもの及びこれらに準ずる物で厚生労働大臣の指定するも
の(染毛剤,パーマネント・ウェーブ用剤,手足のあれ・かさつき等を改
善することが目的とされている物,薬事法所定の目的のほかに,にきび・
肌荒れ・かぶれ・しもやけ等の防止又は皮膚若しくは口腔の殺菌消毒に使
用されることも併せて目的とされている物など)をいい(同法2条2項。
ただし,本件石けんが医薬部外品として承認申請された平成16年4月時
点の文言による。),化粧品とは,人の身体を清潔にし,美化し,魅力を増
し,容貌を変え,又は皮膚若しくは毛髪を健やかに保つために,身体に塗
擦,散布その他これらに類似する方法で使用されることが目的とされてい
る物で,人体に対する作用が緩和なものをいう(同法2条3項)。平成14
年法律第96号による改正により,医薬部外品及び化粧品の製造販売業を
営むには,厚生労働大臣の許可(医薬部外品製造販売業許可,化粧品製造
販売業許可)が必要とされている(同法12条)。また,医薬部外品の製造
販売をしようとする者は,品目ごとにその製造販売についての厚生労働大
臣の承認を受けなければならない(同法14条)。従前は,化粧品について
も,品目によっては同様の承認を受けなければならなかったが,平成13
年4月1日以降は,化粧品製造についての規制緩和により,厚生労働省が
定める化粧品基準に違反しない原料については,化粧品製造業者の自己責
任により,その安全性を確認した上で配合できることとなり,事実上承認
を必要とする化粧品は存在しなくなった。(乙ハA46,47,122,1
40の1)
イ医薬部外品の製造販売業者が,品目ごとの承認申請をするに当たり,新
規原料(医薬部外品として使用された前例すなわち承認前例がなく,外原
規等の公定書に収載されていない原料)を配合することを予定する場合に
は,新規原料についての安全性に関する資料の提出が必要とされている。
安全性に関する資料としては,急性毒性,亜急性毒性,慢性毒性,生殖に
及ぼす影響,抗原性(皮膚感作試験,光感作試験等),変異原性,がん原性,
局所刺激(皮膚刺激試験,粘膜刺激試験等),吸収・分布・代謝・排泄の各
資料が要求される。これに対し,当該医薬部外品が承認前例のある成分か
ら構成される場合には,安全性に関する資料は不要とされている。承認前
例の確認は,①配合する製品のカテゴリーにおいて,その原料を配合した
申請を承認したことがあるか,②配合する原料の規格を承認したことがあ
るか,又は承認したことがある原料の規格と同等の規格とみなすことがで
きるか,③配合する原料の配合量を承認したことがあるか,又は承認した
ことがある配合量を踏まえ,安全性の上から問題がない配合量と判断され
るか,の全てを確認するものである。(乙ハA140の1)
なお,即時型アレルギーの試験は,医薬部外品・化粧品の成分に関する
製造販売前の試験の必要項目に含まれていない。また,経皮感作による即
時型アレルギーについては,動物実験の手法が十分に確立されておらず,
その代替法もない上に,欧州では化粧品成分に対する動物実験は禁止され
ている。(乙ロB3)
ウ厚生労働省が平成20年3月に発出した「医薬部外品の添加物リストに
ついて」(医薬食品局審査管理課長通知)では,医薬部外品の添加物リスト
に◯印が付された成分を医薬部外品の添加物として配合する場合には,原
則としてその承認申請に際して,当該添加物の安全性に関する資料の提出
を求めないこととするが,添加物を配合した製品の安全性については,別
途申請者において十分に確認することとされており,加水分解コムギ末は,
薬用石けん・シャンプー・リンス等,除毛剤の項に◯印が付された成分で
ある。(甲A61,乙ロA40)
⑵公定書への収載
医薬部外品等については,厚生労働省が,あらかじめ原料の規格を定めた
公定書を公表し,これに収載されている原料を用いた医薬部外品等の承認を
申請する場合には,承認手続が簡素化される仕組みが採られていた。公定書
に収載されていない成分を用いる場合には,「別紙規格」として申請書の別紙
に詳細な記載が求められ,審査に医薬部外品については7か月以上,化粧品
については3か月以上を要することになる。このような公定書としては,粧
外規(化粧品原料基準外成分規格。乙ハA7),その改定である粧配規(化粧
品種別配合成分規格。乙ハA8),外原規(医薬部外品原料規格。乙ハA9)
及び外原規を改定し粧配規に収載された成分も収載した外原規2006(医
薬部外品原料規格2006。乙ハA10)などがある。
公定書への収載は,厚生労働省が業界団体を通じて医薬部外品等の製造販
売業者等に対して収載を希望する原料の募集を行い,一定の検討を経て収載
するとの方法による。その際に,承認前例の確認はされるが,成分について
の安全性資料の提出は求められていない。
加水分解コムギ末は,平成6年3月に定められた粧外規1993追補にお
いて,初めて公定書に収載された。加水分解コムギ末は,公定書において,
「コムギの種子の粉を加水分解して得られる水溶性成分の乾燥粉末」と定義
されている。なお,厚生労働省は,国立医薬品食品衛生研究所において分子
量1万以下の加水分解コムギ末は感作性リスクが低下することを示唆する結
果が出されたこと等を受けて検討を行い,平成29年3月30日,外原規2
006を改正した。この改正により,加水分解コムギ末の分子量分布に関す
る項目が設定され,分子量12400のチトクロムcを指標にして,これ以
下の分子量の分子の割合が75%以上になることとされた。
(以上につき,乙ロB29,30,乙ハA7から10まで,48,122,1
40の1)
⑶医薬品・医療器機等安全性報告制度
本件アレルギーの症例報告がされていた平成22年から平成23年当時の
薬事法77条の4の2第1項によれば,医薬部外品等の製造販売業者等は,
その製造販売し又は承認を受けた医薬部外品等について,副作用によるもの
と疑われる疾病,障害の発生等を知ったときは,その旨を厚生労働大臣に報
告しなければならないとされており,薬事法施行規則253条3項により,
医薬部外品等の製造販売業者等は,その製造販売し又は承認を受けた医薬部
外品等について,有害な作用が発生するおそれがあることを示す研究報告を
知ったときは,30日以内に厚生労働大臣に報告しなければならないことと
されていた。(甲A7)
第2争点1(本件石けんには欠陥があったか)について
1製造物責任法における欠陥について
⑴製造物責任法における欠陥とは,「当該製造物が通常有すべき安全性を欠い
ていること」をいい,その判断においては,「当該製造物の特性,その通常予
見される使用形態,その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の
当該製造物に係る事情」を考慮すべきこととされている(同法2条2項)。そ
して,同法の立法当時の経緯に照らすと,欠陥の判断の考慮事情はいずれも
例示であって,「当該製造物の特性」は,製造物の効用・有用性,製造物の表
示,製造物の価格対効果,製造物の通常使用期間・耐用期間,被害発生の蓋
然性とその程度などを含み,「その通常予見される使用形態」は,製造物の合
理的に予期される使用,製造物の使用者による損害発生防止の可能性などを
含み,「その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期」は,製造物が引き渡
された時期,技術的実現可能性などを含むものであり,欠陥の判断に当たっ
ては,これらの全てを考慮する必要はなく,事案ごとに必要な事情を考慮す
れば足り,他方で,事案によってはこれら以外の事情を考慮することも必要
となるものである。
⑵ところで,原告らは,製造物の欠陥に起因して被害を受けた者が損害賠償
請求訴訟を提起するに当たっては,①被害が当該製造物によって発生したこ
と(製品起因性)と,②その被害発生の時点において被害者たる製造物使用
者が当該製造物を「通常予見される使用形態」の下で使用したこと,の2点
を主張立証すれば足り,これらの2点が主張立証されれば,当該製造物に欠
陥が存在することが事実上推定され,被害者は,これ以上に,被害発生の科
学技術的,専門的機序のレベルの詳細にまで立ち入って,製品事故の発生原
因となった当該製造物の技術的欠陥を個別具体的に特定して主張立証するこ
とまで求められるものではない旨を主張する。
確かに,当該製造物に関する科学技術的な情報が製造業者の側に偏在する
ような事案においては,被害者の保護を図るために被害者の側の立証負担を
軽減することが要請される場合もあり得るところであって,そのような目的
から,原告らが主張するような事実上の推定を活用すべき事案が存在するこ
とは否定できない。しかしながら,事実上の推定は,単に裁判官が経験則に
より間接事実から別の要証事実を推認するという心証形成過程を表すものに
すぎないところ,製造物責任における欠陥の認定に当たって考慮すべき事情
は,製品の種類,事故の態様,欠陥の態様等によって異なるものであって,
原告らが主張する①(製品起因性)及び②(通常の使用形態)の二つの事実
が存在すれば欠陥があるとする経験則が常に妥当するとはいい難い。したが
って,欠陥の認定一般において,原告らが主張するような事実上の推定を働
かせることはできないものというべきである。
そして,本件では,本件石けんによるアレルギーの発症が問題となってい
るところ,前記認定(第1の3⑶)のとおり,すべてのタンパク質はヒトに
とってアレルゲンになる可能性があるのであるから,アレルゲンとなり得る
物質を一切配合しないで石けんを製造することは実際上不可能ではないかと
考えられるところである。したがって,①(製品起因性)及び②(通常の使
用形態)の各事実が存在する場合において,本件石けんにアレルギーの原因
となる物質が含まれているからといって,直ちに,当該製造物が通常有すべ
き安全性を欠いているということはできないから,本件において,原告らが
主張するような事実上の推定を働かせることはできない。
⑶そこで,以下では,本件石けんについて問題となり得る欠陥の考慮事情を
検討することとする。
2本件石けんの特性
⑴医薬部外品・化粧品によるアレルギーと欠陥との関係
アアレルギーとは,通常は無害な環境中の抗原に対して免疫系が過剰・異
常に反応し,様々な症状を引き起こすことをいうから(前記第1の3⑴),
アレルギーの原因となる抗原(アレルゲン)は,本来,人体に無害なもの
であって,全ての人の免疫系に異常を来す性質のものではない。そして,
全てのタンパク質は人体にとってアレルゲンとなり得るところ,アレルゲ
ンとなるのはごく普通のタンパク質であってその分子構造には共通する
明確な特徴は見出されていないのであるから(前記第1の3⑶),本件石
けんのような医薬部外品・化粧品について,あらゆるアレルゲンを回避し
て製造することは実際上不可能であると考えられる。このようなアレルギ
ーの性質を踏まえつつ,製造物責任法が,欠陥を「当該製造物が通常有す
べき安全性を欠いていること」と定義していて,製造物に絶対的な安全性
を求めるものではないことにも鑑みると,アレルゲンとなる物質を含有す
るような医薬部外品・化粧品であっても,これによるアレルギーの発症が
まれであって,その症状が軽微なものである場合には,社会通念上許容さ
れたリスクとして消費者が受忍すべきものというべきである。したがっ
て,医薬部外品・化粧品によってアレルギーが発症したとしても,そのこ
とから直ちに当該医薬部外品・化粧品に欠陥があると解するのは相当では
なく,アレルギーの発症数,症状の重症度,回復可能性に照らし,社会通
念上期待される安全性の水準を欠いている場合にのみ欠陥があるといい
得るものと解するのが相当である。この点,中央薬事審議会製造物責任制
度等特別部会は,平成5年10月,製造物責任制度の検討過程において,
「医薬部外品・化粧品による皮膚トラブル等については,消費者の体質,
体調と相まって生じる場合があり,一概にこれを欠陥とすることは妥当で
ない。被害の程度や適切な警告表示の有無などから総合的に判断し,通常
人が正当に期待できる安全性を有しているか否かで欠陥の有無を判断す
べきである。」とする報告書(乙ロB7)を公表したが,これは,上記の
ような考え方に立つものと解される。
イ被告悠香は,アレルギーとは,本来,身体にとって有用又は無害な異物
に対して誤って過剰な免疫反応が働くことをいい,通常であれば抗原が身
体に侵入しても何ら反応は起きないのであるから,本件アレルギーを発症
させた主たる原因はグルパール19S(抗原)ではなく過剰な免疫体質で
あるのであり,グルパール19Sを配合した本件石けんには欠陥はなく,
また,本件石けんと本件アレルギーの発症との間には因果関係もない旨を
主張する。
しかしながら,本件アレルギーの患者が本件石けんを使用することがな
ければ,本件アレルギーを発症することもなかったのであるから,本件石
けんの使用と本件アレルギーの発症との間には事実的因果関係があるこ
とは明らかである。アレルギー発症には,遺伝的要因(素因)と環境的要
因(アレルゲン,大気汚染,食品添加物等)が影響するとされているとこ
ろ(前記第1の3⑷),被告悠香が主張する過剰な免疫体質が発症の要因
となるとしても,あくまで抗原(アレルゲン)と反応して発症に至るので
あるから,抗原と体質は競合して発症の原因となるのであって,抗原と発
症との間の因果関係を否定することはできない。そうすると,被告悠香の
主張は,アレルギー発症の主たる原因ではない本件石けんに欠陥はないと
いうことに帰するものと考えられる。確かに,アレルゲンを含む製造物に
よってアレルギーが発症すれば直ちに当該製造物に欠陥があると解する
ことはできないが,前記説示のとおり,アレルギーの発症数,症状の重症
度,回復可能性に照らし,社会通念上期待される安全性の水準を欠いてい
ると認められる場合には,当該製造物に欠陥があると解すべきである。
したがって,被告悠香の上記主張は採用することができない。
⑵本件アレルギーの発症数・重症度・回復可能性
アそこで,本件石けんによって発症した本件アレルギーの発症数・重症度
・回復可能性について検討する。
イまず,本件アレルギーの発症数については,アレルギー学会特別委員会
の定めた本件診断基準により確実例と診断されたものとして登録された
症例は2111例であり,未登録の症例があると推測されており,同委員
会の委員である島根大学の森田栄伸医師らは,本件石けんの購入者の10
00人に一人が発症したものと推計している(前記第1の5⑶ア)。発症
の頻度という点では0.1%とそれほど高いとはいい難いものの,200
0名を超える症例の登録があり,未登録の症例も含めると,本件石けんに
より多くの使用者に本件アレルギーが発症したということができる。そし
て,発症数が極めて多いことは,本件石けんの欠陥を肯定すべき大きな考
慮事情というべきである。
この点,被告悠香は,本件アレルギーの発症者が相対的に多くなったの
は,本件石けんを被告悠香から直接入手した者の数が約455万人と爆発
的なヒット商品であったことによるものであり,発症率自体は約0.03
%にすぎないから,通常の消費者が製造物を普通に使用した場合にアレル
ギー反応が生じているとはいえず,本件石けんに欠陥があるとはいえない
旨を主張する。
しかしながら,発症率が0.03%にとどまるかは疑問がある上に,発
症率が高いとはいえないとしても,発症数が多い場合には,それ自体とし
て社会通念上期待される安全性の水準を欠くものと評価すべきである。す
なわち,本件アレルギーの発症率が高いとはいえないにもかかわらず発症
数が多いのは,本件石けんが薬用石けんとしては空前ともいえるヒット商
品であったことによるものであるが,そのような使用者の多い商品の製造
業者としては,これを市場に供給する以上,その安全性に対してより重い
責任を負うものというべきであるし,発症者の犠牲の下に高い売上げを実
現しているのであるから,製造物責任を負うことによるコストを容易に売
上げから回収することもできるのである。単一の商品で本件アレルギーの
ように2000名を超える多数のアレルギー疾患の患者が出た事例は,国
際的にもこれまでに報告がなく,本件では,専門家から,「化粧品の安全
性を大きく揺るがす事件」,「本邦のアレルギー史上の大問題に発展した」,
「アレルギー史上,類を見ない大きな出来事」などと評されているが(前
記第1の5⑶イ),これは,後記の本件アレルギーの重篤性もさることな
がら,発症数の多さを背景とするものと考えられる。以上の事情を踏まえ
ると,本件アレルギーの発症数の多さは,本件石けんに社会通念上期待さ
れる安全性の水準を欠くとの評価を支えるものというべきであるから,被
告悠香の上記主張は採用することができない。
ウ次に,本件アレルギーの症状の重症度についてみると,本件アレルギー
により血圧低下や意識障害等のショック症状を伴うアナフィラキシーシ
ョックを経験した症例は25%にのぼっており(前記第1の5⑵ア),幸
いにして本件アレルギーによるアナフィラキシーショックで亡くなった
症例は報告されていないものの,我が国では,毎年3名程度が食物アレル
ギーによるアナフィラキシーショックが原因で亡くなっており,アナフィ
ラキシーショックが生じた場合には特に迅速な対応が必要とされている
(前記第1の4⑵ウ)。これらの事実に照らせば,本件アレルギーはしば
しば死の危険性もあるほどに重症化するものということができ,このこと
も,本件石けんの欠陥を肯定すべき大きな考慮事情というべきである。
エさらに,本件アレルギーの回復可能性についてみると,本件アレルギー
の症状は,本件石けんの使用を中止することにより改善する傾向にあり,
徐々に小麦を摂取することができる者も増加しており,略治(通常の食事
及び日常生活を行い,3か月以上即時型アレルギー症状のないもの)に至
った症例も多数出ており,本件石けんの使用中止から略治に至るまでの期
間の中央推定値は65.3か月であることが認められる(前記第1の5
⑻)。
なお,上記の略治までの期間は,カプラン・マイヤー法により算出され
たものである(乙イ総C7,乙ハB21)。カプラン・マイヤー法は,イベ
ントの発生割合との関係でイベントが発生するまでに経過する時間に関心
がある場合に用いる統計手法であり,追跡調査中に行方不明等により脱落
する症例等(打ち切り例)がある場合に,脱落した症例のデータは脱落直
前の割合の計算には使用されるが,脱落した時点で計算から削除される方
式である。例えば,100名の患者の生存率について統計を取る場合にお
いて,10日目までに10名が死亡,11日目終了前に5名が脱落,11
日目に3名が死亡したときは,11日目の累積生存率は,〔10日目までの
累積生存率×11日目のみの生存率〕=〔(1-10÷100)×(1-3
÷85)〕となる。この統計手法では,打ち切り例について,イベントの発
生とは無関係な理由により打ち切られている場合には結果は正しいが,イ
ベントの発生に関係して打ち切られている場合には結果は正しくないこと
になる。一般に,打ち切り例が多く生じているデータでは,時間の経過に
伴いリスク計算の分母がどんどん減少し,正確性を失うとされている(以
上につき,甲総C118から122まで,乙イ総C8)。
そして,本件アレルギーの略治期間の推定に使用された症例数は,もと
もと調査対象者が350名であったのが5年後には23名にまで激減し
ていることが認められるところ(前記第1の5⑻ク),このように追跡で
きなくなった症例(打ち切り例)の中には,小麦を摂取しても症状が出な
くなったことから通院を中止した者も多く含まれているものと推測され,
イベントである略治の発生に関係して打ち切り例が生じている可能性が
高い。したがって,実際に略治に至った症例は,略治期間の推定に使用さ
れた症例数よりも多いことが見込まれ,実際の略治期間の中央値は上記の
65.3か月よりも短いことが想定される。
以上によれば,本件アレルギーは,不治の病というわけではなく,5年
程度で少なくとも半数以上の者がおおむね回復に至るものということが
できる。しかしながら,その間,患者は,小麦摂取や運動制限を受けるも
のであるから,症状が短時間で解消するような疾病とは異なるものという
べきであって,このような回復困難性も,本件石けんの欠陥を肯定すべき
大きな考慮事情というべきである。
⑶本件石けんの効用・有効性
本件石けんに配合されていたグルパール19Sは,乳化安定性,保水性,
粒子分散力等に優れており(前記第1の1⑵アイ),石けんの泡の改質効果が
あり,弾力,吸着力,きめ細かさという三つの要素を備えた特色のある泡を
発生させるために効果的であったことがうかがわれる(前記第1の2⑴ア
イ)。また,本件石けんは,完全無農薬で高濃度のカテキンを含む良質の茶葉
を配合して製造されたものであり(前記第1の2⑴イ),後記のとおり,通常
の石けんに比べてかなり高価であったにもかかわらず,薬用石けんとして空
前のヒット商品となったのも,有名女優を起用しての宣伝の影響もさること
ながら,本件石けんの使用感の良さ等の有用性自体が市場で高く評価された
ことの現れであると考えられる。したがって,本件石けんには,一定の効用
・有効性があったことは否定できない。
しかしながら,これらの効用・有効性は,例えば,医薬品において,当該
製品が生命や健康を維持するために不可欠なほどの有用性がある場合がある
のと対比すると,せいぜい美容上の効果にとどまるものであって,欠陥を否
定する考慮事情として大きく評価することはできないものといわなければな
らない。
⑷本件石けんの表示と価格
ア本件石けんの包装(外箱・袋)には,「お肌に異常がある時,お肌に合わ
ない時はご使用をお止めください。」,「傷,湿しん等,お肌に異常がある時
は,ご使用にならないでください。使用中,赤み,かゆみ,刺激等の異常
が出た場合は,使用を中止し皮膚科専門医へご相談ください。」などとする
指示・警告がされており,成分の一つとして「加水分解コムギ末」又は「水
解小麦末」との表示がされていたことが認められる(前記第1の2の⑶)。
しかしながら,本件アレルギーの典型的な症状である食物アレルギーが
生ずる可能性を想起させる表示はされておらず,多くの症例において,患
者が小麦アレルギーと診断されてもなお本件石けんが原因であることに
気づかなかったのは,本件石けんの指示・警告が十分でなかったからにほ
かならない。また,本件石けんの指示・警告は,本件アレルギーの初期段
階に現れる皮膚症状には一部対応する表示になっていることが認められ
るけれども,本件石けんの使用中又は使用後の皮膚症状が現れない症例も
27%に及んでいるのであり(前記第1の5⑵ア),本件石けんの使用を
開始してからアレルギー症状が発生するまで長ければ数年の期間が空い
ていたことからすると(同イ),このような表示があっても本件石けんが
本件アレルギーの初期症状の原因であると気づかなくても無理もないと
ころといえる。
イ次に,本件石けんの価格は,1個1050円(30g),1980円(6
0g),3500円(110g)であって,通常の石けんと比べてかなり
高額であった(前記第2章第2の2⑸)。加えて,本件石けんのパンフレ
ット等の中では,本件石けんには美肌効果があり,肌が弱い使用者の肌荒
れがやわらいだなどとする感想を掲載したり,効果・効能として肌荒れを
防ぐことを記載したりしていたものである(前記第1の2の⑵イ,ウ)。
これらの事情は,本件石けんの安全性に対する消費者の期待を高めるもの
といえる。
ウ以上によれば,本件石けんの包装上の表示は,本件アレルギーとの関係
では適切な警告表示になっていなかったものといわざるを得ず,他方で,
本件石けんの価格が高額であったことや肌荒れを防ぐとする宣伝は,本件
石けんの安全性に対する期待を高めるものであったということができるか
ら,本件石けんの表示等は,欠陥を否定する考慮事情として評価すること
はできない。
3被告悠香が本件石けんを引き渡した時期
⑴科学・技術水準の考慮
ア欠陥の判断に当たっては,当該製造物を引き渡した時期が考慮事情とな
ることから,引渡時期における科学・技術水準を考慮すべきかが問題とな
る。当該製造物が引き渡された時点の社会において要請される安全性の程
度に関する社会通念は,引渡時期の考慮事情に含まれるところ,このよう
な社会通念が科学・技術水準によって左右されることは否定できない。ま
た,代替設計の技術的実現可能性も引渡時期の考慮事情に含まれるとこ
ろ,これが科学・技術水準によって定まることは明らかである。したがっ
て,引渡時期の科学・技術水準も欠陥の考慮事情となる場合があるという
べきである。
他方で,引渡時期の科学・技術水準には,引渡時期における欠陥の認識
可能性,予見可能性を基礎づける意味も含まれるように思われるが,その
ような意味での科学・技術水準を考慮するとすれば,欠陥の判断の中に過
失の判断における予見可能性と同様の判断を持ち込むことになりかねな
いから,欠陥の認識可能性,予見可能性を基礎づける意味での科学・技術
水準は,欠陥の判断の考慮事由とならないものというべきである。
イこの点,被告片山は,グルパール19Sの欠陥の有無に関する主張とし
てではあるが,欠陥の判断においては,引渡時の社会通念として,製造業
者にとって本件アレルギーが想定可能であったか否かが重要な考慮要素
になる,引渡時の社会通念としての製造業者にとっての損害の予見可能性
は,過失における予見可能性とは異なるレベルの問題であるから,これを
欠陥の判断において考慮しても過失の判断と混同するものではない旨を
主張する。
しかしながら,引渡時の社会通念として科学・技術水準が考慮されるの
は,あくまで引渡時の科学・技術水準を前提とした安全性の要求水準の文
脈にとどまるものというべきである。例えば,自動車の内装材の難燃性に
ついて,我が国では引渡時に議論されておらず,研究開発もされていなか
ったという状況の下で,内装材が燃焼したことによる事故が発生した場合
に,内装材が燃焼したことは自動車の欠陥に当たらないとされる事例(被
告片山が準備書面において本件の欠陥判断の参考になると主張する事例)
についてみると,確かに引渡時の科学・技術水準を理由として欠陥を否定
することにはなるものの,ここで問題となるのは,安全性に対する科学・
技術面での要求水準であって,製造業者において損害発生の認識可能性,
予見可能性がなかったことを理由に欠陥を否定するものではない。仮に欠
陥の判断において損害発生の認識可能性,予見可能性を考慮するとすれ
ば,抽象化,高度化された過失における予見可能性の判断と異ならないこ
とになりかねず,製造物責任法が不法行為の過失の要件を欠陥の要件に改
めることによって被害者の保護を図った趣旨に適合しないものといわざ
るを得ない。
また,製造物責任法は,開発危険の抗弁(4条1号)として,製造業者
等が,引渡時における科学又は技術に関する知見によっては,当該製造物
に欠陥があることを認識することができなかったことを証明したときは,
免責される旨を定めているが,欠陥の判断において損害発生の認識可能性
がないことが考慮されるとすると,認識可能性の考慮をしても欠陥を否定
できないような事案について,開発危険の抗弁の判断では欠陥の認識可能
性がないとして抗弁を認めることは容易に想定できず,結局のところ,開
発危険の抗弁が機能する場面は考えにくいこととなり,被告片山の主張
は,開発危険を抗弁として規定した製造物責任法の基本構造にそぐわない
ことになるものというべきである。
したがって,製造業者にとって本件アレルギーが想定可能であったか否
かは,引渡時の社会通念として欠陥判断の考慮事情となるものではないか
ら,被告片山の上記主張は採用することができない。
⑵技術的実現可能性
製造物の引渡時における代替設計の技術的実現可能性は,欠陥の考慮事情
となるものであるが,被告悠香は,平成22年9月27日出荷分から,本件
石けんに配合する加水分解コムギ末をグルパール19Sから低分子量のプロ
モイスWG-SPに変更し,同年12月8日出荷分からは加水分解シルクに
変更し,更に平成23年6月20日出荷分からは加水分解シルクの配合もし
なくなったのであるから(前記第2章第2の2⑸),代替設計の技術的実現可
能性はあったというべきである。
この点,被告フェニックスは,代替設計の可能性を検討するに当たっては,
単に製造物の欠陥の原因箇所について短絡的に代替可能かを検討するのでは
なく,製造業者において代替可能性を検討しなければならない状況であった
こと,すなわち,代替可能性の前提としての当該原因箇所の危険性の認識可
能性があったことが問題にされなければならず,本件石けんについても,そ
の引渡時期において本件アレルギーを引き起こす何らかの危険性の認識可能
性があったかが問題にされるべきである旨を主張する。
しかしながら,この被告フェニックスの主張は,欠陥の判断において欠陥
の認識可能性を問題にするものであって,上記⑴イに説示したのと同様に,
欠陥の判断に過失の予見可能性の判断を持ち込むことになりかねず,製造物
責任法が不法行為の過失の要件を欠陥の要件に改めることによって被害者の
保護を図った趣旨に適合しないものといわざるを得ない。
したがって,被告フェニックスの上記主張は採用することができず,本件
石けんの欠陥を否定する事情として代替設計の技術的実現可能性がないこと
を考慮することはできない。
⑶被告フェニックスの安全性確認
被告フェニックスは,本件石けんの製造承認の申請に当たり,本件石けん
の引渡時期における科学・技術水準に照らして十分な安全性確認を行ってい
ること,グルパール19Sの製造業者である被告片山に対してその安全性の
確認をしたことを主張する。
しかしながら,この主張も,本件石けん又はグルパール19Sの危険性に
関する予見可能性がなかったこと,又は予見義務を果たしていたことを主張
するにほかならないものと解され,本件石けんの欠陥を否定する事情として
被告フェニックスが安全性確認をしたことを考慮することはできない。した
がって,被告フェニックスの上記主張は採用することができない。
4行政上の安全規制等
本件石けんは,薬事法上の製造承認等を得て販売されたものであり(前記第
1の2⑴),グルパール19Sは外原規等の公定書に収載されている加水分解コ
ムギ末に相当し(前記第2章第2の2⑴),グルパール19Sには医薬部外品シ
ョーワスベットスクラブクリームについて製造承認の前例があること(前記第
1の1⑵ウ)が認められる。
しかしながら,行政上の安全規制への適合が欠陥の判断における考慮事情と
なる場合があることは否定できないものの,行政上の安全規制は,製造物の製
造販売に際して充足すべき最低基準を定めた取締規定であって,民事上の製造
物責任とは目的を異にしているものであるから,このような行政上の安全規制
に準拠しており,又は行政上の製造承認等を得ているからといって,直ちに欠
陥が否定されることにはならないものというべきである。そして,過去に医薬
部外品として承認された前例がなく,公定書に収載されていない原料(新規原
料)を配合する場合には,医薬部外品の承認申請に当たり,安全性に関する資
料を提出することを要するが,そのような資料には,即時型アレルギーの試験
結果は含まれていない(前記第1の6⑴イ)。また,公定書の収載に当たっては,
承認前例の確認はされるが,成分についての安全性資料の提出は求められない
(前記第1の6⑵)。したがって,上記のように,本件石けんについて行政上の
安全規制に準拠し,又は行政上の製造承認等を得ているとしても,即時型アレ
ルギーとの関係で安全性が確認されたものとはいえないから,本件石けんの欠
陥を否定する事情として考慮することはできない。
5本件石けんの欠陥の有無に関する結論
以上において検討したところを総合すると,本件石けんがアレルゲンとなる
原材料を配合していたことによってアレルギーが発症したとしても,そのこと
から直ちに本件石けんに欠陥があるということはできないが,本件アレルギー
は,その発症数が極めて多いこと,その症状はしばしば死の危険性もあるほど
に重症化するものであること,短期間に回復するものではないことといった特
徴を有するものであって,これらは,本件石けんの欠陥を肯定すべき大きな考
慮事情となる一方で,他に本件石けんの欠陥を否定すべき有力な考慮事情は見
当たらない。そうすると,本件石けんは通常有すべき安全性を欠いているもの
と認められるから,本件石けんには欠陥があるというべきである。
第3争点2(被告悠香は製造物責任法2条3項所定の製造業者等に当たるか)に
ついて
1被告悠香が製造販売元と表示して本件石けんを販売するようになった平成2
2年5月(110gの商品について5月13日,60gの商品について同月2
2日)からの出荷分について,被告悠香が製造物責任法2条3項2号前段所定
の表示製造業者に当たることは当事者間に争いがない。そこで,60g及び1
10gの商品のうち上記より前の出荷分並びに30gの商品について,被告悠
香が同項所定の製造業者等に当たるかについて検討する。
2製造物責任法2条3項は,製造物責任を負う主体として,製造業者(1号),
表示製造業者・誤認表示製造業者(2号)及び実質的製造業者(3号)の三つ
の類型を定める。同項2号は,自ら製造業者として当該製造物に氏名等の表示
をした者又は製造業者と誤認させるような氏名等の表示をした者を責任主体と
するものであるが,これは,製造業者でなくても,製造業者として表示をした
者又は製造業者と誤認させるような表示をした者については,そのような表示
が購入者等の製品選択の場面において当該製造物の安全性・信頼性を高める機
能を果たしていること(信頼責任),また,そのような表示をした者は当該製造
物の販売によって利益を受けているのが通常であるし(報償責任),製造物の製
造業者との関係でも相当の影響力を有しているのが通常であること(危険責任)
から,これらの者を責任主体として規定したものと解される。そして,同項3
号は,「前号に掲げる者のほか,当該製造物の製造,加工,輸入又は販売に係る
形態その他の事情からみて,当該製造物にその実質的な製造業者と認めること
ができる氏名等の表示をした者」を責任主体とするものであるところ,製造物
責任法2条3項が1号及び2号に加えて3号の実質的製造業者を責任主体とし
たのは,主として,当該製造物に製造業者又はこれと誤認される表示(2号の
表示)以外の表示がされた場合であっても,当該製造物の製造,加工,輸入又
は販売に係る形態その他の事情により実質的製造業者と認めることができると
きは,1号の製造業者又は2号の表示をした者と同様の信頼性があり,製造物
の購入者等がその表示を信頼して製品選択をすることも多いと考えられること
によるもの(信頼責任)と解される。したがって,実質的製造業者に当たると
いうためには,当該製造物にされた氏名等の表示の内容,態様のみならず,製
造,加工,輸入又は販売に係る形態その他の事情を考慮して,製造物の購入者
等に対し,社会通念上,当該表示をした者が製造業者(1号)又は2号の表示
をした者と同様の信頼性を与えるものであることを要すると解するのが相当で
ある。
3そこで,被告悠香が実質的製造業者(3号)に当たるかについて検討するに,
前記認定事実及び後掲証拠によれば,次の事実が認められる。
⑴被告悠香が作成した顧客向けのパンフレット等によれば,本件石けんの商
品開発は,被告悠香の代表取締役社長であるBの父であり代表取締
役でもあるC1及び母であり取締役でもあるC2が,美肌をかな
えるために茶を素材とした石けんの製造を思い至ったところに始まる。C
夫妻は,被告フェニックスで30年以上にわたり石けんの研究と製作に携わ
っていたDを訪問して,この着想を説明したところ,Dから特別な石け
んを開発するために一番必要なのは,無農薬で高濃度のカテキンを含む良質
の茶葉であるとの助言を受けたことから,鹿児島で完全無農薬の茶葉を栽培
するEを探し当て,懸命に説得して茶葉を入手した。そして,被告フ
ェニックスは,これを用いて本件石けんを製造するに至ったものである。(前
記第1の2⑴イ)
⑵被告悠香は,平成15年5月,本件石けんの販売を事業として行うことを
目的として設立された。(前記第1の2⑴ウ)
⑶被告悠香は,平成16年3月19日,「茶の雫/茶のしずく」の商標登録を
得た。(前記第1の2⑴ウ)
⑷本件石けんは,被告悠香の委託により,被告フェニックスが一貫して同社
の工場で製造しており,被告悠香は,原則として被告フェニックス以外の者
に本件石けんの製造を委託又は発注してはならず,他方で,国内外を問わず
独占的に販売することができるとされていた。被告悠香は,平成20年12
月12日,被告フェニックスに対し,同社の生産能力を補うため,被告悠香
が購入した製造設備を使用貸借により貸与する旨の契約を締結した。これに
よって,被告フェニックスの工場では本件石けんを製造する生産ラインが3
本から4本に増強された。(前記第1の2⑴,乙ロA20,22,39,45)
⑸本件石けんの外箱や包装には,平成16年3月から平成17年3月までは
「製造元株式会社フェニックス」「発売元株式会社悠香」,同年4月1日
から平成22年5月(110gの商品について同月12日,60gの商品に
ついて同月21日)までは「製造販売元株式会社フェニックス」「発売元株
式会社悠香」との表示がされていた。これらの表示においては,「発売元」欄
の「悠香」以外の文字がほぼ一定のポイントの活字で記載されているのに対
し,多くは「発売元」欄の「悠香」の文字が他の文字より大きく,また,手
書きを模した書体で記載され,又は「発売元」欄の表示とは別に大きく「悠
香」と手書きを模した書体で記載された下に緑の双葉とてんとう虫をあしら
ったロゴマークが記載されており,被告悠香の表示が被告フェニックスの表
示よりも目立つように記載されていた。(乙イA1の1から12まで・14・
16,乙ロA13,16)
⑹被告悠香は,本件石けんの広告資料を多数作成し,その中では,被告悠香
がシミについて重点的に研究する研究所を有していることを記載するととも
に,研究の成果をC2が共同執筆者となって学会論文として発表し,
そのような論文が掲載されたことを広告資料に記載していた。また,被告悠
香は,有名女優を起用して大々的にテレビCMを放映するなどして顧客開拓
に努め,発売開始から4年間の売上げが90億円に達し,その後も,平成2
0年が94億円(薬用洗顔料に占めるシェアは33.6%),平成21年が2
23億3000万円(同56.5%),平成22年が237億円(同58.5
%)の販売金額を記録し,薬用洗顔料のトップのシェアを有するブランドと
なり,薬用洗顔料市場全体の動向を左右するまでに成長した。なお,株式会
社富士経済の医薬部外品マーケティング要覧2011(乙ハA20の1)で
は,被告悠香が製造販売元になった平成22年より前の販売実績も掲載され
ているにもかかわらず,本件石けんの「メーカー」として被告悠香のみが記
載されている。(前記第1の2⑷,甲A18,19,51から53まで,69
から71まで,乙ハA20の1)
4以上の認定事実に基づき,被告悠香が実質的製造業者に当たるかについて判
断する。
被告悠香は,本件石けんの外箱や包装に「発売元」として被告悠香の商号を
表示していたものであるところ,「製造元」又は「製造販売元」として表示され
た被告フェニックスの商号よりも目立つように記載していた。また,本件石け
んは,被告悠香の代表取締役のC1,取締役のC2の夫妻の着想か
ら商品開発されたものであり,被告悠香は,自社でシミについて重点的に研究
する研究所を有し,研究の成果を学会論文として発表するなどしており,これ
らのことを顧客向けのパンフレット等において積極的に宣伝していたほか,被
告フェニックスの生産能力を補うため,同社に対し,被告悠香が購入した製造
設備を使用貸借により貸与して,被告フェニックスの本件石けんの製造に深く
関与していたものである。さらに,被告悠香は,もともと本件石けんの販売を
事業として行うことを目的として設立されたものであるが,原則として被告フ
ェニックスのみに対して本件石けんの製造を委託し,独占的な販売権を有して
おり,製造業者としての被告フェニックスと密接な関係にあって,被告フェニ
ックスと一体となって本件石けんの供給を行っていたということができる。そ
して,被告悠香は,「茶の雫/茶のしずく」の商標登録をするとともに,大々的
に宣伝活動を行って高い知名度を獲得し,薬用洗顔料のトップのシェアを有す
るブランドとなったものである。
これらの事情を踏まえると,被告悠香は,本件石けんの購入者に対し,社会
通念上,被告悠香が本件石けんの企画・製造に相当程度関与するものとして,
製造業者であるのと同様の信頼性を与えるとともに,大々的な宣伝活動と高い
シェアを通じて被告悠香というブランドに対する認知度を高めており,本件石
けんが被告悠香のブランドで製造されているとの信頼性を与えていたものとい
うべきであるから,被告悠香は,実質的製造業者に当たるものと認めるのが相
当である。
5以上の認定判断に対し,被告悠香は,本件のように,製品上に販売業者とは
別に「製造元○○」といった表示がある場合には,消費者が製造業者を誤認す
ることは通常あり得ないから,販売業者が実質的製造業者に当たるとされるの
は,極めて例外的な場合に限られる上に,販売業者が「発売元」の肩書を付し
て表示されている場合には,消費者が製造業者を誤認する可能性はより少なく
なるから,販売業者が実質的製造業者に当たるというためには,販売業者が製
造物の検査,小分け,包装など製造に付随する過程を主導し,製造業者に対し
て資本関係に基づく指揮命令関係があることを要するから,被告悠香は実質的
製造業者に当たらない旨を主張する。
しかしながら,製造物責任法が2条3項3号を定めたのは,製造業者(1号)
ではなく,製造業者又はこれと誤認される表示をした者(2号)でもなく,こ
れとは異なる表示をした者が,製造物の購入者等に対し,社会通念上,製造業
者(1号)又は2号の表示をした者と同様の信頼性を与える場合があるためで
あり,製造物の販売業者として表示する者は,その典型例というべきである。
そして,製造業者の表示が別途されていても,販売業者が上記の信頼性を与え
る場合には,実質的製造業者と認定するのを何ら妨げるものではない。販売業
者の表示と並んで製造業者の表示がされている場合であっても,販売業者と表
示されている者が実質的製造業者に当たる場合があることは,製造物責任法の
立法関与者の著書においても述べられているところである(山本庸幸・注釈製
造物責任法64頁)。したがって,被告悠香の上記主張は採用することができな
い。
6以上によれば,被告悠香は,製造物責任法2条3項3号の実質的製造業者に
当たるというべきである。
第4争点3(本件石けんの引渡時に欠陥があることを認識できなかったか)につ
いて
1開発危険の抗弁の意義
⑴製造物責任法4条1号は,いわゆる開発危険の抗弁を規定するものであり,
製造業者等は,当該製造物を引き渡した時における科学又は技術に関する知
見によっては,当該製造物にその欠陥があることを認識することができなか
ったことを証明したときは,損害賠償の責めに任じない旨を定めている。こ
れは,製造物を流通に置いた時点における科学・技術水準によっては製造物
に内在する欠陥を発見することが不可能な危険(開発危険)についてまで製
造業者に責任を負わせると,研究・開発や技術革新が阻害され,ひいては消
費者の実質的な利益を損なうことになりかねないことから,開発危険につい
ては免責することにしたものである。
ここにいう「科学又は技術に関する知見」とは,科学・技術に関する知識,
経験,実験等によって社会に確立された知識の総体であって,そのような知
識等が公表され,社会において客観的に存在していることが必要である。こ
の知見は,その詳細が科学的に異論なく証明される程度に確立したものであ
ることや,特定の科学・技術の分野で通説となっていることまで必要とする
ものではないが,知識等によって裏付けられ,特定の科学・技術の分野にお
いて認知される程度に確立したものであることは必要である。また,この知
見は,初歩的な知識から世界最高水準の知識までの全てを含んでいるから,
製造業者が免責されるためには,入手可能な世界最高水準の知識に照らし,
欠陥があることを認識することが客観的に見てできなかったことを証明しな
ければならない。
また,認識の対象は,「当該製造物にその欠陥があること」であり,ここに
いう欠陥の内容は,基本的には,被害者が具体的に主張立証した欠陥である
ものの,厳密に全く同一の欠陥について認識可能性を問うとするならば,当
該欠陥の具体的内容までを認識させるような知見がない場合も多く,開発危
険の抗弁がその立法趣旨に反して容易に認められてしまうことになって相当
ではないから,同種又は類似の欠陥の認識可能性を問題にすべきである。し
たがって,製造業者等が開発危険の抗弁によって免責を受けるためには,引
渡時の科学又は技術に関する知見を類推しても,欠陥を認識することができ
なかったことを証明する必要があるものというべきである。
⑵これに対し,被告悠香は,開発危険の抗弁の趣旨が,製造業者に開発危険
についてまで責任を負わせると,研究開発及び技術開発が阻害され,ひいて
は消費者の実質的な利益を損なうことになりかねないという点にあることに
鑑みれば,欠陥の抽象的な認識可能性では足りず,当該製造物と同種の製造
物を製造する業者にとって,欠陥を具体的に認識することができたかという
基準を用いるべきである旨を主張する。
しかしながら,被告悠香が主張するような同業者にとっての欠陥の具体的
認識可能性を問題にするとすれば,開発危険の抗弁は,単に,一般の不法行
為責任において過失の要素となる結果の予見可能性の主張立証責任が被害者
にあるとされているのを,主張立証責任を転換して加害者側の抗弁としたの
とほとんど変わらないことになりかねない。これでは,製造物責任法が不法
行為の過失の要件を欠陥の要件に改めることによって被害者の保護を図った
趣旨に適合しないといわざるを得ない。
したがって,被告悠香の上記主張は採用することができない。
2本件における開発危険の抗弁の適用と判断の枠組み
⑴開発危険の抗弁の適用可能性の有無
原告らは,開発危険の抗弁の適用範囲について,製造物責任を負わせても
研究開発や技術革新の停滞を招かない場面や国民経済の健全な発展が阻害さ
れない場面においては,開発危険の抗弁は,そもそも適用されないものと解
されるとし,本件石けんやグルパール19Sは,最先端技術の産物ではない
し,代替性がないほどに社会的効用・有用性のある製品でもないから,開発
危険の抗弁は適用されない旨を主張する。
しかしながら,製造物責任法4条1号は,開発危険の抗弁の適用範囲につ
いて,最先端技術を用いた製品や代替性がないほどに社会的効用・有用性が
高い製品に限定する趣旨の定めを置いているわけではなく,あくまで製造物
を引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては欠陥を認識で
きない場合であれば適用されるものというべきである。このような場合には,
製造物責任を負わせることによって程度の差はあっても研究・開発や技術革
新が阻害される可能性があるものと考えられる。確かに,ここで問題とされ
る知見は,入手可能な世界最高水準の知識であるから,開発危険の抗弁が認
められる事案は容易に想定されるものではないが,製造物の種類等によって
類型的にその適用の有無が決まるものではない。
したがって,本件石けんについても開発危険の抗弁の適用可能性はあると
いうべきであるから,原告らの上記主張は採用することができない。
⑵本件において問題にすべき知見の対象
ア本件では,本件石けんを使用すると小麦アレルギーを発症させる場合が
あることが欠陥の本質的要素といえる。したがって,本件石けんの欠陥を
認識するためには,①本件石けんに配合された加水分解コムギ末に経皮的
経粘膜的に感作される可能性があること,②交差反応により経口小麦アレ
ルギーが発症する可能性があること,の2点を認識することができるよう
な知見が本件石けんの引渡時に存在していたかが問題となる。前記第2で
説示したとおり,本件石けんの欠陥の有無を判断する際には,本件アレル
ギーの発症数・重症度・回復可能性を重要な考慮事情としたが,これらは
単に欠陥の有無を判断する際の考慮事情であって本件石けんの欠陥その
ものではないから,これらを認識する知見の有無は問題にならないという
べきである。
イこの点について,被告フェニックスは,本件アレルギーの被害の程度が
重篤であり被害発生の頻度が高いことが開発危険の抗弁における認識の
対象となると主張するものと解されるが,これらは欠陥の有無を判断する
際の考慮事情にすぎないから,認識の対象とはならないものというべきで
ある。なお,本件アレルギーの重篤性については,小麦アレルギーに罹患
すれば重篤になる場合があることは一般に知られている知見であること
からも,開発危険の抗弁における認識の対象とはならない。
また,被告フェニックスは,いかなる成分がアレルゲンとして機能する
かについての知見の存在も問題とするようであるが,およそタンパク質で
あればヒトにとってアレルゲンとなる可能性があることから(前記第1の
3⑶),加水分解コムギ末がアレルゲンとなることの認識可能性はあったと
いわざるを得ない。
さらに,被告フェニックスは,本件石けんの引渡時における抗原性の検
査方法に関する知見が存在しなかったことも問題にするが,開発危険の抗
弁が認められるためには,欠陥の抽象的な認識可能性すらないことを要す
るものと解すべきであるから,本件石けんの抗原性が高いことの具体的な
認識を可能にするような抗原性の検査方法に関する知見が存在しなかった
としても,開発危険の抗弁が認められるものではない。
したがって,被告フェニックスの上記各主張はいずれも採用することが
できない。
ウそこで,以下では,①経皮・経粘膜感作,②交差反応の2点に関する本
件石けんの引渡時の知見の状況について検討することとする。
3経皮・経粘膜感作
⑴皮膚表皮の構造とバリア機能
ア身体を覆う皮膚は,外界から生体を守るバリアとしての機能を有する。
陸生脊椎動物の皮膚の構造は,外側から表皮,真皮,皮下組織の大きく三
つに分かれ,表皮は,外側から角層(角質層),顆粒層,有棘層,基底層の
4層から構成される。表皮の95%はケラチノサイト(表皮角化細胞)と
呼ばれる細胞が占めている。(甲総C50,54,94)
イ表皮バリアは,①角質バリアと,②タイトジャンクション・バリアの二
つの要素から構成されている。
まず,角層は,レンガのように配置された角質細胞と,その細胞間をモ
ルタルのように埋める角質細胞間脂質によって構成され,通常の皮膚では
約13層(甲総C94)とも15ないし20層程度(甲B71)ともいわ
れる層状のバリア構造となっている。角質バリアは,空気環境と液性環境
の間を隔てるバリアであり,内側の細胞を乾燥や外力による障害から守っ
ている。角層をテープストリッピング(粘着性テープを皮膚に貼り付け引
きはがす操作)により除去すると,分子量が数十万の物質でも吸収される。
次に,顆粒層は,非常に扁平化したケラチノサイトが複数積み重なって
できた層であり,表面側の2層目の細胞間にタイトジャンクションが水平
に存在しており,バリアを形成している。
(以上につき,甲B71,72,甲総C50,54,94)
ウ健常肌では,角層に20~30%の水分が保持されている。皮膚の保湿
機構として重要なのが角質細胞間脂質である。角質細胞間脂質の働きが十
分でないと,保湿機能が低下し,角層水分量も10%以下となって,角層
の形態が乱れた荒れ肌となり,皮膚のバリア機能が低下する。溶剤により
角質細胞間脂質を除去すると荒れ肌が誘発されるが,この状態は1週間以
上回復しない。(甲B98)
エ顔面の皮膚は,角層が10層以下(甲B72)と一般の皮膚よりも薄く,
物質が透過しやすく物理的刺激を受けやすい部位であることから,バリア
機能が低下しやすい。バリア機能の指標として,経表皮水分喪失量(TE
WL)があるが,正常人の体や腕では5g/㎡/hr前後であるのに対し,
瞼では20g/㎡/hrに近くなり,アトピー性皮膚炎の病変部と同様の
バリア機能を有するにすぎない。特に,眼瞼や口の周りでは,経皮吸収性
が高いとされている。また,顔面の皮膚は,毛孔,汗孔や脂腺などの付属
器が非常に多く発達しており,分子量の大きな物質など普通の皮膚では透
過できないものも透過し,経皮吸収能が高い。(甲B45,72,73,1
07)
オ眼球結膜,鼻粘膜は,ヒトにとって最も免疫学的に敏感な組織である。
(乙ロB15〔59頁〕)
⑵500Daルール
ア500Daルールの内容
J.D.Bosらは,2000年(平成12年)に「化学化合物や医薬の皮膚浸
透(皮膚透過)に関する500Da(ダルトン)ルール」(乙イA11)
を発表した。J.D.Bosらは,この論文の中で,「化合物が経皮吸収されるた
めには,その分子量が500Da未満でなければならず,これより大きい
分子は角層を透過することができない。」とする500Daルールを提唱
した。その根拠として,①主要な接触アレルゲンは事実上全て500Da
未満であり,それより分子量が大きい接触感作物質は知られていないこ
と,②皮膚外用治療において最もよく使用される薬剤はいずれも500D
a未満であること,③経皮薬物送達系で使用される既知の皮膚外用薬はい
ずれも500Da未満であることを挙げ,皮膚外用治療等を目的として医
薬関連の新規化合物を開発する場合には,分子量を500Da未満に抑え
ることが道理にかなっている(なお,この論文の図1によると,粘膜につ
いてはおおむね1200Da以上の分子は透過できない。),としている。
イ500Daルールの評価
J.D.Bosらの論文は,主要な接触アレルゲン,皮膚外用薬等の分子量から
経験的に皮膚の角層を透過する物質の分子量が500Da未満であるこ
とを述べるものであり,皮膚外用薬を新規に開発する場合の基準として5
00Daルールが意味を持つことを明らかにした点で学術的な意義の大
きな論文といえる。しかしながら,経皮・経粘膜により物質が透過する分
子量を実験的に測定したものではないから,およそ500Daを超える抗
原物質によって経皮・経粘膜感作がされる可能性がないとまで述べる趣旨
であるとは解されず,論文自体においても,①ラテックスアレルギーにお
いては,高分子量の分子から成るラテックスに皮膚が暴露されると接触性
じんま疹等が生ずる場合があるが,皮膚表面のプロテアーゼによってラテ
ックスのタンパク質が分解されて生成された小ペプチドが皮膚バリアを
透過してアレルギー反応を引き起こす可能性等があること,②アレルギー
検出のために高分子の抗原物質を皮膚外用により検査するパッチテスト
や皮膚感作試験についても,抗原がまず分解されて低分子を生成し,透過
した低分子が結合分子と結合する可能性や低分子量の分解生成物が大抗
原中にもともと混在している可能性が高いこと,③水溶性分子は角層以外
に汗腺口や毛嚢口を通って皮膚を透過し得るが,これらの開口部は皮膚表
面積の0.1%であるため重要性は低いことが指摘されている。したがっ
て,①及び②と同様の機序により,高分子の抗原が皮膚や粘膜を透過する
可能性は十分に考えられるし,③の開口部からのルートについても,皮膚
外用薬の効果の観点からは重要性が低いとしても,経皮感作の観点からは
無視できない可能性も考えられる。さらに,500Daルールは,通常の
正常な皮膚を前提としているものと考えられるが,バリア機能が正常に働
いていない皮膚や顔面(特に瞼)のようにもともとバリア機能が脆弱で経
皮吸収能が高い皮膚についてまで,当てはまるものであるかは定かでな
い。したがって,500Daルールが存在するからといって,これをもっ
て,高分子量の抗原により経皮・経粘膜感作が生じないとする知見が確立
していたと認めるのは困難である。
⑶経皮・経粘膜感作に関する従来の知見
アラテックスアレルギー(ラテックス・フルーツ症候群)
ラテックスアレルギーとは,天然ゴム製品に接触することによって生
ずるじんま疹,アナフィラキシーショック,ぜん息等の即時型アレルギー
反応をいい,IgE抗体が関与している。1979年(昭和54年)に初
めて医学雑誌において報告され,1990年代に多くの症例が報告され
た。特に,医療用の手袋,カテーテル等に接触する機会の多い医療従事者
に多く発生している。米国では,FDAが1991年にラテックスアレル
ギーの注意勧告をしたが,それまでにアナフィラキシーショックの症例が
1000名以上あり,死亡例も報告されている。ラテックスアレルギーに
罹患すると,患者の一部は,バナナ,アボガド等の特定の食物に含まれる
タンパク質と交差抗原性を示し,これらの食物を摂取することにより,じ
んま疹やアナフィラキシーショックを起こすことがある。これをラテック
ス・フルーツ症候群という。ラテックス・フルーツ症候群は,1994年
(平成6年)に報告されたものである。(甲B76,77,100,甲総
C103)
イ口腔アレルギー症候群
口腔アレルギー症候群は,食物摂取直後に生ずるIgE介在性の即時型
食物アレルギーである。食物に直接触れた口腔,口唇,咽頭部の刺激感,
かゆみ,ひりひり感,つっぱり感などの口腔咽頭粘膜症状を主症状とし,
花粉症症状,消化器症状,皮膚症状,呼吸器症状,更にはアナフィラキシ
ーショックを伴うことがある。果物や野菜が原因となる場合には,先行し
て吸入により感作された花粉との交差反応によって生ずることが多く,花
粉食物アレルギー症候群と呼ばれる。例えば,カバノキ科の花粉が鼻粘膜
や口腔粘膜に付着すると経粘膜感作が成立し,花粉症を発症するが,その
患者の一部において,花粉抗原のエピトープと類似する構造のアミノ酸配
列を有するリンゴ,モモ,サクランボ,セロリ等と交差反応を生じ,これ
らの食物を摂取することによってアレルギーを発症することがある。(甲
B28〔98頁〕,106,甲総C67から69まで,乙ロB12,24)
ウクラス2食物アレルギーの提唱
以上にみたラテックスアレルギーや口腔アレルギー症候群は,環境抗原
への経皮・経粘膜感作の後に交差反応によって食物アレルギーが生ずるも
のであり,クラス2食物アレルギーに分類されるものである(前記第1の
4⑴ウ)。クラス2の分類は,1980年代に提唱された機序である(乙
ロB21〔59頁〕)。そのほか,本件アレルギーが報告される前から,化
粧品等の添加成分による食物アレルギーが報告されており,1990年代
には,コチニールカイガラムシという昆虫から抽出された赤色の色素であ
るコチニール色素を含有する化粧品(口紅,アイシャドウ等)の使用者が
経皮・経粘膜的に感作され,コチニール色素を含有する食品を摂取した際
に全身性即時型アレルギーを発症することが報告されていた(乙ロB15
〔59頁〕)。また,かねて製パン業者の中にぜん息を発症するパン職人ぜ
ん息が報告されているが,我が国でも,同様の報告や,製パン・製菓工場
の従業員に呼吸器,眼,皮膚の症状が多く見られ小麦粉アレルギーが発症
していると考えられる,などとする報告がされている(甲B62,63)。
なお,平成14年に初版が刊行された食物アレルギーの概説書である「最
新食物アレルギー」(95頁)では,食物アレルギーは,即時型症状とし
て,経皮により接触性じんま疹を発症する場合があることが記載されてい
る(甲B28,105)。
エピーナッツアレルギーの疫学調査
英国の小児科医Lackは,2003年(平成15年),1万3971名の
就学前児童のデータを使用して,Ⅰ型アレルギーであるピーナッツアレル
ギーの既往のあった49名を抽出し,そのうち食物負荷試験を実施するこ
とができ陽性となった23名について,ピーナッツアレルギーと関連性の
ある事項を調査した。この調査によると,ピーナッツアレルギーとピーナ
ッツオイルを含有する皮膚用化粧品の使用との間には独立した有意な関
連性があることが明らかとなった(オッズ比6.8,95%信頼区間1.
4~32.9)。他方で,従来,危険因子と想定されてきた妊娠中の母親
のピーナッツ摂取は,ピーナッツアレルギーと有意の関連性がなかった。
この疫学調査では,結論として,ピーナッツオイルを児童の皮膚炎症部に
塗布することで,ピーナッツタンパク質に対する感作が成立し得る,とさ
れている。(乙イB22)
オ近時の海外における症例報告
2000年(平成12年)頃から,コチニール色素以外の化粧品添加成
分によるアレルギーが誘因になって食物アレルギーが発症したとする論
文報告が国際的に散見されるようになっている(甲B106〔13頁〕)。
なお,原告らは,2000年(平成12年)のSanchez-Pérezらの症例報告
(甲B68)を取り上げるが,この症例報告は,30分後にはオープンテ
ストで陰性であったのが,2日後と4日後にはパッチテストで陽性となっ
たというものであるから,抗原の分子量の小さいⅣ型アレルギーである接
触性皮膚炎に関するものであると考えられる(パッチテストがⅣ型アレル
ギーに対する試験であることについては,前記第1の4⑶ウ参照)。した
がって,この症例報告は,本件アレルギーとは機序を異にするから,本件
石けんの欠陥の認識可能性とは関連性のない知見である。
Kousaらは,1990年(平成2年),ヘアコンディショナー中のコラ
ーゲン加水分解物による美容師及びその顧客の全身性じんま疹の症例報
告をした(甲B66)。そのうち一人の症例は,ヘアコンディショナーを
使用した後,数分後に全身性じんま疹を発症したものであるから,Ⅰ型
アレルギーによるアナフィラキシーの症例と考えられ,Ⅰ型アレルギー
を生じさせるような分子量の大きな加水分解物が経皮吸収されたことが
推認される。
この点について,被告悠香は,①上記症例報告は,加水分解コラーゲ
ンに関するものであって,本件とは関連性が薄い上に,感作経路の特定
もされていない,②手に湿疹があるアトピー患者の事案であって,皮膚
のバリア機能が完全に崩壊していたために感作した可能性が高い旨を主
張し,日本免疫学会会長を歴任した順天堂大学医学部の奥村康名誉教授
の意見書(乙ハB12。以下「奥村意見書1」という。)も同旨の指摘を
している。
しかしながら,①上記症例報告は,加水分解コラーゲンが経皮的に吸
収されることを示す知見として本件とも関連性があるというべきである
し,②美容師はともかく顧客の発症は,常識的には手の湿疹ではなく頭
皮から吸収されたヘアコンディショナーによるものと考えられる。
したがって,被告悠香の上記主張は採用することができない。
Varjonenらは,2000年(平成12年),加水分解コムギ末配合の保
湿クリームによる即時型アレルギー性接触性じんま疹の症例報告をした
(甲B67)。この症例は,正常な皮膚で製品のオープン塗布試験をした
ところ15分以内に膨疹が生じ,製品中の加水分解コムギタンパク質の
プリックテストをしたところ陽性反応を示したというものであるから,
即時型アレルギーの症例であり,保湿クリームに配合された加水分解コ
ムギ末により経皮感作が生じ得たとする知見の根拠となるものというべ
きである。なお,この症例報告は,加水分解コムギ末のIgE機序によ
る即時型アレルギーを記した最初の報告として,我が国でも紹介されて
いる(甲B88〔51頁〕)。
この点について,被告悠香は,①この報告は,感作が生じた時点につ
いてはまだ解明されておらず,今回の製品を使用する前に既に感作が生
じている可能性がある,とするものである上に,②わずか1名の患者の
報告にすぎず,特異体質が介在した特殊な事例であったか,検査の過程
で誤りがあったと受け止める方が自然である旨を主張し,①については,
奥村意見書1も同旨の指摘をしている。
しかしながら,①上記報告は,初回塗布の時点では即時反応が観察さ
れなかったことから,患者がこの製品を使っている間に感作が生じた可
能性の方がより高いとしており,製品使用前から感作が生じていたとい
うには無理がある。②また,1名の症例報告であることの限界はあるも
のの,特異体質や検査の誤りを示唆する指摘は一切ないのであるから,
加水分解コムギ末による即時型アレルギーが生じた症例として本件と関
連性のある知見であるというべきである。
したがって,被告悠香の上記主張は採用することができない。
Pecquetらは,2002年(平成14年),眼瞼クリームとボディー保
湿クリーム中の加水分解コムギタンパク質に対してじんま疹を発症した
後に,保存食品(レンズ豆付きソーセージ,フレンチ・カッスーレ)を
食べて30分後に全身性じんま疹が誘発された症例について,報告した
(甲B69)。この症例では,保存食品,これに成分として含まれている
グルテン,2種のクリーム及びこれに含まれている加水分解コムギ末に
ついて,オープン塗布試験とプリックテストを実施したところ,いずれ
も強い陽性反応が得られ,同様に,小麦粉から抽出された純グリアジン
とグルテン成分でも陽性反応が得られた。また,特異的IgE抗体検査
では,小麦,グルテンともクラス3の陽性であった。もっとも,パンや
菓子のような穀物ベースの製品は,何ら問題なく摂取することができた。
この症例報告は,加水分解コムギ末による感作の後,グルテンが含まれ
る保存食品を摂取して,Ⅰ型アレルギーによるアナフィラキシーを発症
したものであり,加水分解コムギ末の経皮感作に関する重要な知見とい
うべきである。
この点について,被告悠香は,①上記報告は,感作経路の特定をして
おらず,感作が最初に生じた経路については不明であるとしている,②
また,上記報告は,アトピー患者の事案であって,報告された症例は1
例にすぎず,皮膚のバリア機能が完全に崩壊していたがゆえに感作した
可能性が高い旨を主張し,被告フェニックスは,上記①に加えて,③パ
ン等は問題なく摂取できたから,症状の内容は本件アレルギーとは異な
る旨を主張し,奥村意見書1も同旨の指摘をする。
しかしながら,①上記報告は,患者が同じ化粧品を長期間使用してお
り,グルテンを含有する食物については何の反応もなく摂取していたこ
とから,反応の時系列からは皮膚感作が最初に生じた可能性が高いとす
るものであり,その推論過程は不合理とはいえない。②また,アトピー
患者の事案であって,1名の症例報告であることの限界はあるものの,
少なくとも皮膚のバリア機能が低下している場合には,加水分解コムギ
末に経皮感作した症例があることを示す知見として本件と関連性がある
ものというべきである。③さらに,パンとの交差反応の症例とはいえな
いとしても,加水分解コムギ末の経皮感作の重要な症例であることには
変わりはない。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
Pecquetらは,2004年(平成16年),7名の女性が加水分解コム
ギタンパク質配合の化粧品を塗布して接触性じんま疹となり,そのうち
6名が改質グルテンを含む保存食品や持ち帰り総菜を摂取した後にアナ
フィラキシーやじんま疹を発症したとして,その症例を報告した(甲B
70)。これらの症例では,化粧品,それらに配合されている加水分解コ
ムギ末,改質グルテンに対する皮膚テストが陽性であった。未改質小麦
粉に対する皮膚テストは陰性であったが,小麦粉に対する特異的IgE
抗体価は2例で陽性であり,グルテンに対する特異的IgE抗体価は3
例で陽性であった。もっとも,パンを摂取後にアレルギー反応を発症し
た患者はいなかった。この症例報告は,加水分解コムギ末を配合する化
粧品を使用した場合に経皮・経粘膜感作が生じ,その後にⅠ型アレルギ
ーを発症したことを示す重要な知見というべきである。
この点について,被告悠香は,①上記報告では,経口感作の可能性が
否定されているわけではなく,②患者のアトピー性皮膚炎の有無等の皮
膚の状況は明らかにされていない,③従前,角層が崩壊していない通常
の皮膚ないし粘膜において,分子量の大きな抗原が皮膚ないし粘膜を透
過するなどということはあり得ないと考えられてきた中で,経皮・経粘
膜感作が一般的に成立し得るという見解が説得力を持つためには,相当
数の症例を分析し,疫学的に通常人に対して経皮・経粘膜感作が生じた
と考えて差し支えないことを示す必要があるが,上記報告は7人の症例
にすぎないなどと主張し,被告フェニックスは,①のほか,④パン等は
問題なく摂取できたから,症状の内容は本件アレルギーとは異なる旨を
主張し,奥村意見書1も②④について同旨の指摘をする。
しかしながら,①上記報告では,既往歴から,化粧品に対するアレル
ギーが食物アレルギーに先行していたとしており,この推論過程は不合
理とはいえないから,経口感作が先行したものとはいえない。②患者の
アトピー性皮膚炎の有無については上記報告に言及はなく,その影響が
あったと認めることはできない。③十分な数の症例数がないことによる
限界はあるものの,加水分解コムギ末に経皮感作した症例が複数あるこ
とを示す知見として本件と関連性があるものというべきである。④さら
に,パンとの交差反応の症例とはいえないとしても,加水分解コムギ末
の経皮感作の重要な症例であることには変わりはない。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
なお,2006年(平成18年),Lauriere,Pecquet
示すとともに,改めて,うち6例について,加水分解コムギタンパク質
を含有する化粧品を使用して接触性じんま疹の発作が出た後に,加水分
解コムギ末を含む保存食品や持ち帰り総菜を摂取してアナフィラキシー
を含むアレルギー症状を発症したことなどを報告した(甲B99)。この
報告では,接触性じんま疹が食物アレルギーに先行していたことを指摘
しており,経皮感作の重要性が結論づけられている。また,経皮感作に
おいて,加水分解による高分子量の凝集体が形成されたことや,脱アミ
ド化による荷電基の形成により溶解性が高まり皮膚バリアを貫通しやす
くなったことが,重要な要因であったと推定されている。
⑷経皮・経粘膜感作に関する最近の知見
アフィラグリン遺伝子変異
Palmerは,2006年(平成18年),表皮バリア構成成分であるフィ
ラグリン遺伝子の変異がアトピー性皮膚炎の発症と関連があることを報
告した。フィラグリン遺伝子変異のあるアトピー性皮膚炎患者は,乳児期
早期にアトピー性皮膚炎を発症し,食物アレルギーを合併するという臨床
像をとりやすく,更にはぜんそくの発症リスクも高くなることが明らかに
された。このような小児期アトピー性皮膚炎の典型像になるには,外来抗
原による経皮感作の影響が大きいとされている。(甲総C50,51,5
4)
イ二重抗原暴露仮説
Lackは,2008年(平成20年),乳児期アトピー性皮膚炎に合併す
る食物アレルギーの発症機序について,二重抗原暴露仮説を提唱し,その
中で,初めて「経皮感作による食物アレルギー」という概念を打ち出した。
すなわち,経口的な抗原暴露は,感作よりもむしろ免疫寛容(抗原に対す
る免疫応答を抑制する作用)を促し,経皮的な抗原暴露こそが感作に大き
な影響を与えるというものである。この仮説は,食物アレルギーの主たる
感作経路は経消化管感作であるとする,それまでの考え方に疑問を投げか
け,経皮感作という新たなメカニズムを提唱するものであった。この仮説
の背景には,上記のピーナッツアレルギーの疫学調査の結果(上記⑶エ)
とフィラグリン遺伝子変異の発見(上記ア)がある。(甲総C49から5
1まで,99,乙ロB21)
ウランゲルハンス細胞による抗原情報の取得
慶應義塾大学医学部の久保亮治医師らは,平成21年,表皮のタイトジ
ャンクションを立体的に可視化することに成功し,普段はタイトジャンク
ションの下に隠れて休止状態にある樹状細胞(ランゲルハンス細胞)が,
角層の一部が剥がされることにより活性化し,樹状突起を表皮の角層側に
向けて伸長させ,タイトジャンクションを突き抜けて角層の直下にまで到
達させ,突起の先端から外来抗原を取り込むことを発見した。それまで抗
原がタイトジャンクション・バリアを乗り越えて体内に侵入すると考えら
れていたのが,この発見により,樹状細胞がタイトジャンクション・バリ
アを保ちながら抗原を外に取りに行くというメカニズムが明らかになっ
た。(乙イB19から21まで)
4交差反応
⑴交差反応に関する従来の知見
ア免疫反応において,抗体は1種類の抗原のみに反応し,他の抗原には反
応しないという対応性(免疫学的特異性)があるが,抗原(アレルゲン)
のタンパク質の分子配列(エピトープ)が別種のアレルゲンと類似してい
るような一定の場合には,その別種のアレルゲンについても反応すること
があり,これを交差反応という(前記第2章第2の3⑷)。交差反応とい
う現象が存在することについては,免疫学やアレルギー学の基礎的知見で
あって,多くの概説書等にも記載されており,例えば,昭和49年刊行の
「皮膚と免疫・アレルギー」(甲B59)329頁,平成12年刊行の「免
疫学イラストレイテッド」(甲B104),平成14年刊行の「最新食物ア
レルギー」(甲B28,105)91頁,平成16年刊行の「総合アレル
ギー学」(乙ロB12)90頁等に記載がある。
イ交差反応の例として有名な症例としては,上記3⑶アのラテックス・フ
ルーツ症候群や同イの花粉食物アレルギー症候群が知られている。
⑵交差反応に関する症例報告

Pecquetらの報告(甲B69)がある。この報告は,加水分解コムギ末に感
作された患者がグルテンの入った保存食品を摂取して全身性じんま疹を
発症したものであり,加水分解コムギ末とは一部異なる分子配列を有する
ものと考えられるグルテンに反応したことになるから,交差反応の例とい
うことができる。
この点,被告悠香は,①上記報告の症例は,従前からグルテンに感作し
ていたと読むのが当然の読み方である,②上記報告では,パンやペースト
リーのような穀物ベースの製品は,何ら問題なく摂取できたと記載されて
おり,加水分解コムギ末と天然小麦との交差反応を疑うことなどできない,
③報告されている症例もわずか1例にすぎない,④上記報告と同時期に,
加水分解コムギ末に感作した者に対してプリックテストを行ったところ,
小麦に対し陰性反応を示したとする別の報告もされており(甲B67),こ
れは,加水分解コムギ末と天然小麦との交差反応を否定する知見であった
などと主張する。
しかしながら,①上記報告は,反応の時系列から皮膚感作が先に生じた
可能性が高いとしており,その推論過程は不合理とはいえないことは前示
のとおりであるから,先にグルテンに感作していたと読むことはできない。
②パンやペーストリーについて食物アレルギーが発症しているわけではな
いものの,小麦特異的IgE抗体価はクラス3の陽性であったのであるか
ら,天然小麦と交差反応が生じていないと断定できるかは疑問があるし,
少なくともグルテンを含有する食品については交差反応が生じていること
は明らかであって,グルテンは小麦タンパク質の成分であるから,小麦と
の交差反応を疑うことができないとはいえない。③症例が1例であること
の限界はあるものの,加水分解コムギ末についてグルテンと交差反応が生
じた症例があることを示す知見として本件と関連性があるものというべき
である。④加水分解コムギ末に感作した患者が小麦のプリックテストに陰
性であった別の報告があるとしても,加水分解コムギ末の方法や程度は製
造業者によって異なるのであるから,ある加水分解コムギ末について小麦
との間で交差反応が生じなかったからといって,およそ全ての加水分解コ
ムギ末と小麦との交差反応性がないとはいえない。
したがって,被告悠香の上記主張は採用することができない。
イ次に,上記3Pecquetらの報告(甲B70)についても,交差
反応の例であるといえる。すなわち,この報告を後に詳説した論文(甲B
99)によれば,実験では,被験者9名が使用していた化粧品は11のブ
ランドの製品であり,試験では異なる製造業者の製造に係る4種類の加水
分解コムギ末を使用しているところ,加水分解の方法や程度は製造業者に
よって異なるとされているのであるから,化粧品に配合されていた加水分
解コムギ末と食物アレルギーの原因となった食品に含有されている加水分
解コムギ末が同一製品であった可能性は低いものというべきである。そう
すると,化粧品に配合されていた加水分解コムギ末と一部異なる分子配列
を有するものと考えられる別の加水分解コムギ末に反応したことになるか
ら,交差反応の例ということができる。
5経皮・経粘膜感作と交差反応の認識可能性に関する検討
以上に認定したところを踏まえ,経皮・経粘膜感作と交差反応の認識可能性
について検討する。
⑴経皮・経粘膜感作
アまず,皮膚には外界から生体を守るバリア機能があり,異物の侵入を妨
げているが,角質細胞間脂質の働きが低下すると荒れ肌となり,バリア機
能が低下する。被告悠香は,本件石けんについて,肌荒れがある人も肌が
スベスベになることを喧伝しており,効果・効能として肌荒れを防ぐこと
等を挙げていたのであるから(前記第1の2⑵),経皮・経粘膜による吸
収については,バリア機能が低下した荒れ肌に対して本件石けんが使用さ
れることを前提としなければならない。また,顔面の皮膚はもともと体の
他の部位の皮膚よりも薄いためにバリア機能が低く,特に眼瞼や口の周り
は経皮吸収性が高いとされている上に,毛孔等の付属器が非常に多く発達
していることから経皮吸収性が高くなっている。加えて,眼球粘膜や鼻粘
膜は,ヒトにとって最も免疫学的に敏感な組織であるとされている。した
がって,顔面,特に眼瞼,口の周りや眼球・鼻粘膜からの経皮・経粘膜吸
収性は極めて高いとする一般的な知見があったものというべきである。
次に,経皮吸収性については,2000年(平成12年)に,化合物が
経皮吸収されるには分子量が500Da未満でなければならないとする
500Daルールが提唱され,おおむね確立した知見となっていたものと
認められる。しかし,500Daルールは,皮膚外用薬を新規に開発する
場合の基準として意味を有するものであるにとどまり,およそ500Da
を超える抗原物質が経皮・経粘膜で透過する可能性がないとまで述べる趣
旨ではないものと解され,バリア機能が正常に働いていない皮膚やもとも
とバリア機能が脆弱で経皮吸収能が高い皮膚についてまで当てはまるも
のは考えにくい。かえって,経皮・経粘膜感作の例として,以前からラテ
ックスアレルギーや口腔アレルギー症候群といったIgE抗体が関与す
る即時型アレルギーが知られており,そのほか,化粧品中のコチニール色
素に経皮・経粘膜感作し,同色素を含有する食品を摂取した際に全身性即
時型アレルギーを発症することなどが報告され,また,ピーナッツアレル
ギーがピーナッツオイルを含有する皮膚用化粧品の使用と有意に相関す
るとの疫学調査もあった。これらのアレルギー疾患の基本病態は,いずれ
もIgE抗体が関与する即時型アレルギーであると考えられる。このよう
な知見に加えて,近時の海外における症例報告によると,化粧品等に配合
された加水分解コムギ末や加水分解コラーゲンが経皮・経粘膜的に吸収さ
れ,即時型アレルギー症状を来す症例が複数報告されていたものである。
そして,これらのアレルギーは,IgE抗体が関与する即時型アレルギー
であることからすると,分類上はⅠ型アレルギーに属するものと考えられ
るところ,従来から,Ⅰ型アレルギーの代表的なアレルゲンの多くは,分
子量が1万以上であったとされている(前記第1の3⑶)。
以上の知見を総合すると,Ⅰ型アレルギーを誘発するような分子量が比
較的大きいアレルゲンであっても経皮・経粘膜感作が成立するとの知見が
確立していたものというべきであり,この知見を踏まえれば,本件石けん
に配合された加水分解コムギ末(グルパール19S)に経皮・経粘膜的に
感作されることを認識できなかったとは考えにくい。
イ以上の認定判断に対し,被告らは次のとおり反論する。
被告悠香は,開発危険の抗弁を検討する際に前提とすべき「確立され
た知見」とは,生理学・医学の分野では,個体差,特異体質等の影響に
よるものではないことを確認する必要があり,数例の症例報告がされた
段階では個体差,特異体質等の影響による可能性を排除できず,確立し
た知見とはいえない旨を主張し,被告フェニックスも,本件石けんの引
渡時にはアレルギーに関する医学的知見として仮説の端緒レベルの症例
報告しか存在せず,経皮感作により食物アレルギーが発症する可能性が
初めて提唱されたのは2008年(平成20年)のことであった旨を主
張する。
確かに,「経皮感作による食物アレルギー」の概念が初めて提唱された
のは,2008年(平成20年)のLackの二重抗原暴露仮説によるもの
であり(前記3⑷イ),経皮感作の機序に関する理論的可能性が提示され
たのは平成21年の久保亮治医師らの論文であり(前記3⑷ウ),クラス
3食物アレルギーの分類が提唱されたのも,平成22年のことであるか
ら(前記第1の4⑴ウ),本件石けんの引渡の当初の時点(平成16年3
月)において,経皮感作による食物アレルギーの概念や経皮感作の機序
に関する知見はいまだ確立していなかったものと認められる。
しかしながら,前記説示のとおり,それ以前から,ラテックスアレル
ギー,口腔アレルギー症候群,コチニール色素アレルギー,ピーナッツ
アレルギーなど,経皮・経粘膜感作によることが疑われるⅠ型アレルギ
ーに関する知見は存在していたのであり,これに加えて,近時,加水分
解コムギ末や加水分解コラーゲンをアレルゲンとする経皮・経粘膜感作
によるⅠ型アレルギーの症例が報告されていたのであるから,本件石け
んの引渡時において,単に数例の仮説の端緒レベルの症例報告が存在し
たにすぎなかったものではなく,Ⅰ型アレルギーを誘発するような分子
量が比較的大きいアレルゲンであっても経皮・経粘膜感作が成立すると
の知見は確立していたものというべきである。上記のとおり,経皮・経
粘膜感作による食物アレルギーの知見が確立していなかったというの
は,食物アレルギーの感作経路として経皮・経粘膜感作ルートの重要性
が十分に認識されていなかったことを意味するにすぎず,既存の知見が
あれば,本件石けんに配合された加水分解コムギ末に経皮・経粘膜的に
感作されることを認識することができなかったとは認められない。また,
欠陥の認識可能性を判断する前提として欠陥の機序にわたる知見が確立
していることは要しないから,久保亮治医師らが発見した経皮感作の機
序に関する知見が確立していなかったとしても,何ら結論を左右するも
のではない。
被告フェニックスは,本件アレルギーの症例が確認された後に,専門
家による長期間の調査研究が行われた結果,グルパール19Sに高分子
量の抗原性タンパク質が多く含まれていたことがIgE抗体の強い産生
に関与しており,分子量1万以下では感作性リスクが低下することが判
明したのであるから,本件石けんの引渡時には,加水分解コムギ末の分
子量が大きいことにより感作性リスクが高まることを認識することがで
きなかった旨を主張する。
しかしながら,即時型アレルギーの抗原の分子量が1万以上であるこ
とは,昭和49年に刊行された概説書である「皮膚と免疫・アレルギー」
(甲B59)89頁において既に記載されている基本的な知見であり,
この知見を前提にすれば,分子量を1万以下にすると感作性リスクが低
下することも当然に認識することができたというべきである。
したがって,被告フェニックスの上記主張は採用することができな
い。
被告フェニックスは,「皮膚と免疫・アレルギー」(甲B59)90頁
において,タンパク質を酸分解等することにより特性が変化し抗原とし
ての能力を失うとの知見が記載されていることを指摘し,加水分解コム
ギ末が経皮・経粘膜で感作能を有するとの知見とは正反対の知見が存在
していた旨を主張する。
しかしながら,上記書籍は,タンパク質の変性はタンパク質の性質に
よって異なるとしており,およそ加水分解すれば抗原性を失うとの知見
を記載するものでないことは明らかである。
したがって,被告フェニックスの上記主張は採用することができな
い。
ウ以上によれば,本件石けんの引渡時において,本件石けんに配合された
グルパール19Sに経皮・経粘膜的に感作される可能性があることを認識
できなかったとはいえない。
⑵交差反応
ア小麦のタンパク質はアレルゲン性の強いタンパク質の一つであり,食品
衛生法施行規則において,小麦を含む加工食品については,特定原材料の
7品目のうちの一つとして,小麦を含む旨を記載しなければならないこと
とされている(前記第1の3⑶,4⑹)。グルパール19Sは,小麦タン
パク質の約85%を占めるグルテンを加水分解して製造されたものであ
り,加水分解によって,分解(ペプチドの開裂)による低分子化とグルテ
ンの構成タンパク質のアミノ酸残基であるグルタミンやアスパラギンを
グルタミン酸やアスパラギン酸に変化させる脱アミド化が生ずることに
なる(前記第1の1⑴,⑵イ)。脱アミド化によって,アミノ酸配列が一
部変化するが,その変化は,グルタミンがグルタミン酸に置き換わるなど
というものであって,グルタミン中のNH2がOHに置き換わるにすぎず,
残りの分子構造は基本的に同一であるから(甲B92),グルテンの加水
分解によって生成される加水分解コムギ末には,アレルゲン性の強いタン
パク質であるグルテンのエピトープと類似のエピトープが存在している
理論的な可能性があったといえる。例えば,本件アレルギーの抗原決定基
(エピトープ)についていえば,患者のIgE抗体は,グルテンを構成す
るγ-グリアジンのQPQQPFPQ(Qはグルタミン)というアミノ酸配
列と強い結合をするとともに,グルパール19SのPEEPFP(Eはグ
ルタミン酸)というアミノ酸配列にも強い結合を示したのであるから(前
記第1の5⑷イ),γ-グリアジンのグルタミン(Q)がグルパール19S
のグルタミン酸(E)に置き換わったものと考えられ,グルタミン中のN
H2がOHに置き換わるにすぎないから,グルパール19Sとグルテンに
は類似のエピトープが存在する理論的な可能性があったといえるのであ
る。
そして,アレルゲンのタンパク質のエピトープが別種のアレルゲンと類
似している場合に,その別種のアレルゲンにもアレルギー反応が生ずる現
象が交差反応であるところ,交差反応の現象が存在すること自体は,免疫
学やアレルギー学の基礎的知見であって,多くの概説書等にも記載があ
り,ラテックス・フルーツ症候群や花粉食物アレルギー症候群は交差反応
の例として知られている。
加えて,加水分解コムギ末に関する交差反応の症例として,加水分解コ
ムギ末とグルテンとの交差反応,加水分解コムギ末と別の加水分解コムギ
末との交差反応の症例が報告されていたものである。
以上の知見を総合すると,グルパール19Sと小麦との交差反応により
小麦アレルギーが発症することを認識することができなかったとは考え
にくい。
イ以上の認定判断に対し,被告らは次のとおり反論する。
被告悠香は,交差反応は実際に起こってみて初めて分かる現象であり,
事前に予見することなどできないものであるところ,加水分解物は由来
物質の分子構造と全く異なる分子構造を有しており,本件が問題になる
までタンパク加水分解物と由来物質との交差反応が問題とされたこと
はなかったのであるから,加水分解コムギ末と天然小麦との交差反応を
認識することはできなかった旨を主張する。
しかしながら,開発危険の抗弁が認められるには,欠陥の抽象的認識
可能性すらないことを要するものと解すべきであるところ,グルテンと
グルパール19Sのアミノ酸配列は分解による低分子化と脱アミド化
が生ずることによる違いがあるものの,類似のエピトープが存在する理
論的な可能性は十分にあり得るのであり,その場合には,既存の知見か
ら交差反応が生ずる可能性があることも抽象的には認識し得たという
べきである。仮に,被告悠香が主張するように,加水分解物と由来物質
との交差反応が問題となった事例がなければ欠陥の認識可能性がない
といえるのだとすると,およそ新規の化学製品であって欠陥が問題とな
ったことがないような製造物については,欠陥の具体的な認識可能性が
ないとして容易に開発危険の抗弁が成立することになりかねないが,こ
れは製造物責任法の趣旨に沿わないものといわざるを得ない。
したがって,被告悠香の上記主張は採用することができない。
被告悠香は,抗原の構造は立体的であって,抗体が認識するアミノ酸
配列は,必ずしも1本のポリペプチド鎖の連続した一部というわけでは
なく,別のポリペプチド鎖を構成するアミノ酸であることもあり,本件
では,加水分解によって,グルテンのアミノ酸の結合が断ち切られ,こ
れが再構築された結果,たまたま天然小麦と交差反応を起こすようなア
ミノ酸配列が作られたのであるから,交差反応の認識は不可能であった
旨を主張する。
しかしながら,本件アレルギーにおいて,問題となるグルパール19
Sのエピトープが,加水分解によって新たに再構築された立体構造にお
いて,たまたま別のポリペプチド鎖を構成するアミノ酸によって構成さ
れていることを裏付ける知見があることは,証拠上うかがうことができ
ないから,被告悠香の主張は前提を欠くものというほかない。
したがって,被告悠香の上記主張は採用することができない。
被告フェニックスは,本件石けんの引渡時において,石けんを使用し
た者がその配合成分である加水分解コムギ末に対するアレルギー性接触
皮膚炎にとどまらず,交差反応により食物アレルギーとしての経口小麦
アレルギーを発症することを指摘した医学文献は,世界中を見ても存在
していなかったとし,海外の症例報告は,単なる仮説の端緒レベルの症
例報告にすぎず,いずれも小麦アレルギーを発症したという症例に係る
ものではないから,本件アレルギーと同様の機序によるアレルギー症状
の発症を指摘するものは存在しない旨を主張する。
しかしながら,開発危険の抗弁における認識の対象は,被告フェニッ
クスが主張するような,加水分解コムギ末に対するアレルギーが交差反
応により食物アレルギーとしての小麦アレルギーを発症することといっ
た具体的なレベルと捉えるのは相当ではない。また,加水分解コムギ末
がグルテン又は小麦と理論的には交差反応の可能性があること,ラテッ
クス・フルーツ症候群や花粉食物アレルギー症候群は交差反応の例とし
て知られていることからすると,海外の症例報告は,単なる仮説の端緒
レベルのものとはいえないし,小麦アレルギーを発症した症例に係るも
のではないにしても,小麦アレルギーにも類推することができる知見で
あるものというべきである。
したがって,被告フェニックスの上記主張は採用することができな
い。
ウ以上によれば,本件石けんの引渡時において,グルパール19Sと小麦
との交差反応により小麦アレルギーが発症することを認識することがで
きなかったとは考えにくい。
⑶まとめ
以上によれば,本件石けんの引渡時において,①本件石けんに配合された
加水分解コムギ末(グルパール19S)に経皮・経粘膜的に感作されること,
②グルパール19Sと小麦との交差反応により小麦アレルギーが発症するこ
とを認識することができなかったとはいえないから,開発危険の抗弁は成立
しないものというべきである。
第5争点4(グルパール19Sには欠陥があったか)について
1部品・原材料の欠陥の判断枠組み
本件石けんは,グルパール19Sを原材料の一つとして配合したものである
ところ,本件アレルギーはグルパール19Sをアレルゲンとして,これに感作
されたことによって発症したものであり,その発症数・重症度・回復可能性な
どを考慮すると,本件石けんには欠陥があるものと認めるべきであることは,
前示のとおりである。
ところで,ある部品・原材料(以下,単に「原材料」という。)を使用して完
成品が製造された場合には,原材料と完成品とは別個の製造物であるから,原
材料の欠陥は,完成品の欠陥とは独立して評価すべきである。したがって,完
成品に欠陥があり,これによって被害が発生した場合であっても,そのことか
ら当然に,被害発生の原因となった原材料の欠陥が認められるというわけでは
なく,原材料の欠陥は,製造物責任法2条2項に基づき,原材料の特性,その
通常予見される使用形態,その製造業者等が当該原材料を引き渡した時期その
他の当該原材料に係る事情を必要に応じて考慮して,当該原材料が通常有すべ
き安全性を欠いているといえる場合に認められることとなる。
そこで,以下では,グルパール19Sについて問題となり得る欠陥の考慮事
情を検討することとする。
2グルパール19Sの特性
⑴汎用的な原材料であること
前記認定事実によれば,グルパール19Sは,被告片山が,平成2年頃に
医薬部外品・化粧品用の素材として開発した加水分解コムギ末であり,その
後,各社の医薬部外品・化粧品に配合されるようになり,平成23年5月時
点では12社が製造する35種類の製品に配合されていたこと(前記第1の
1⑵),被告フェニックスは,平成9年に被告片山からグルパール19Sのサ
ンプルの提供を受け,石けんの試作をし,遅くとも平成14年4月にはグル
パール19Sを配合した石けんの製造販売を開始し,その後,本件石けんを
含む複数の医薬部外品・化粧品に配合しており,平成23年5月の時点でこ
れを配合していた製品は19種類に及んでいたこと(前記第1の2⑴)が認
められる。そうすると,グルパール19Sは,医薬部外品・化粧品のための
汎用的な原材料であるということができる。
汎用的な原材料については,これを使用した製品(以下「完成品」という。)
との関係が希薄であるから,ある完成品について当該原材料が原因となる被
害が発生したからといって,必ずしも常に当該原材料を使用した別の完成品
によって被害が発生するわけではなく,被害が発生するか否かは,原材料の
使用方法等の完成品の製造工程や完成品の用途・用法など製造業者の自由な
選択に委ねられた製品設計によるところが大きいものと考えられる。製造物
責任が認められるには欠陥が製造物の引渡時に存在することを要するものと
解されるところ,汎用的な原材料については製品設計が定まらなければ被害
が発生するか否かが明らかにならないのであるから,原材料の欠陥の有無は,
原材料の引渡後の完成品製造業者の選択によって決定づけられるという側面
を否定することができない。そうすると,原材料が汎用的なものである場合
には,当該原材料の欠陥は,原材料が原因となって被害が発生したからとい
って直ちに認められるわけではなく,製品設計が被害の発生に与えた影響を
も勘案し,当該原材料が完成品の製品設計のいかんにかかわらず社会通念上
期待される安全性の水準を欠いているときに初めて認められるべきものであ
る。
本件では,本件石けんは被告悠香ないし被告フェニックスの自由な選択に
よる製品設計の下で製造されたものであって,その製品設計に被告片山が関
与した形跡はない(甲A36)。なお,原告らは,被告片山がグルパール19
Sを製品に配合する場合の濃度を0.3%ないし0.5%とすることを推奨
していた旨を主張し,確かに,被告片山は,被告フェニックスに対し,乳化
力について0.3%以上の濃度で配合した場合のデータを記載した技術資料
を交付していたことが認められる(乙ロA24,25,乙ハA2等)。しかし,
これは,グルパール19Sの性能に関する一般的なデータにすぎず,被告悠
香ないし被告フェニックスは,このデータを踏まえてグルパール19Sを本
件石けんの原材料として使用するか否かを自由に選択していたのであるか
ら,被告片山が本件石けんの製品設計に関与したと評価することはできない。
したがって,グルパール19Sが汎用的な原材料であることは,その欠陥
を否定する方向に働く可能性がある考慮事情となるものというべきである。
⑵グルパール19Sを配合する他の化粧品等における被害発生の状況
ア次に,被害発生の蓋然性とその程度として,一方では,本件石けんの欠
陥の認定に当たり重視した本件アレルギーの発症数・重症度・回復可能性
は,ここでもグルパール19Sの欠陥を肯定する方向に働く考慮事情とな
る。他方で,グルパール19Sが汎用的な原材料であることから,グルパ
ール19Sを配合する他の医薬部外品・化粧品における被害発生の状況が
問題となる。
グルパール19Sを配合する医薬部外品・化粧品は,平成23年5月時
点で12社が製造する35種類の製品に及んでいたことは前示のとおり
であるところ,厚生労働省が平成24年2月に公表したところによれば,
本件石けん以外で本件アレルギーと同様の症状が発症したのは,3種類の
製品により発症した二つの症例にすぎなかったことが認められる(前記第
1の5⑽ア)。特に,被告フェニックスが製造する「渋の泡」石けんは,
累計170万個を超える売上げがありながら本件アレルギーと同様の症
例報告はなかったが(前記第1の5⑽エ),これは,同石けんが中高年男
性を対象とした加齢などによる体臭を防止するとの効能を有する薬用石
けんであり,洗顔に用いられることが少なかったことによるものと推測さ
れる。
このように,グルパール19Sを配合する他の化粧品等において本件ア
レルギーと同様の症例報告がほとんど見られないことは,原材料であるグ
ルパール19Sの問題というよりは本件石けんの製品設計に問題がある
ことをうかがわせる事実であり,グルパール19Sの欠陥を否定する考慮
事情ということができる。
イこの点について,原告らは,他の石けんでも本件アレルギーと同様の症
例が3製品について報告されているとし,他の石けんで症例報告がわずか
にとどまっているのは,本件石けんと他種石けんとでは,販売ロット数に
隔絶した開きがあること,本件石けんはテレビCMで有名であり知名度が
大きく異なること,他種石けんではアレルギーに関する報道がほとんどさ
れなかったこと,他種石けんのパッケージには「加水分解コムギ末」等の
一般名称の表示は存在してもグルパール19Sとの配合製品名の表示は
されていないこと,他種石けんでは大々的な情報集約の調査がされていな
いことなどによるものであり,他種石けんでグルパール19Sの被害が生
じていないというには大きな疑問がある旨を主張する。
しかしながら,確かに他種石けんの販売ロット数は本件石けんに比べて
圧倒的に少ないものの,例えば,渋の泡石けんにおいて,本件石けんと同
程度の割合でアレルギーの発症があったとすると,70ないし80名程度
の患者が出てもおかしくない(2111名÷4650万個×170万個=
77名)。また,石けんの使用により小麦アレルギーを発症するという本
件アレルギーは,発表当時,大きく報道され社会問題となったものである
から(前記第1の5⑶イ,甲A39から46まで),他種石けんの使用に
よるものであっても同種の重篤なアレルギーを発症すれば相当数の患者
が病院で受診することが考えられ,厚生労働省は厚生労働科学研究を通じ
てグルパール19Sを含有する医薬部外品・化粧品によるアレルギーを発
症した症例について詳細調査を実施していたこと(前記第1の5⑽イ)を
踏まえると,他種石けんについても症例があれば相当数が捕捉されるもの
と考えられる。そうすると,本件石けん以外の症例報告が2症例3製品に
とどまっているのは,他種石けんでは本件アレルギーと同様の症例が発症
していないからであるものと認めるのが相当である。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
⑶本件石けんの製品設計
グルパール19Sが配合された本件石けんは,「フェイスソープ」の名が示
すとおり洗顔を目的とする石けんである。販売促進のための資料では,本件
石けんの「もっちり泡」によってシミのもとであるメラニンを含む古い角質
(垢)などの汚れをしっかりと取り除き,シミのない美肌へ導くなどとうた
われており,「美肌へ導く泡立て・洗顔方法」が紹介されており,そこでは,
化粧をしている場合には,同じ手順を繰り返し1回目に化粧落とし,2回目
に通常の洗顔の2回洗顔(ダブル洗顔)することを求めていた(前記第1の
2⑵ア)。他方で,顔面の皮膚は,一般の皮膚よりも薄いため物質が透過しや
すく,毛孔,汗孔や脂腺などの付属器が非常に多く発達しており,分子量の
大きな物質など普通の皮膚では透過できないものも透過し,経皮吸収能が高
いとされ,特に,眼瞼や口の周りは経皮吸収性が高いとされている。また,
眼球結膜,鼻粘膜は,ヒトにとって最も免疫学的に敏感な組織である(前記
第4の3⑴エオ)。
そうすると,本件石けんは,シミのない美肌を実現する効果をねらった製
品であるが,ただでさえ一般の皮膚よりも物質が透過しやすい顔面の皮膚に
ついて,本件石けんを使用することによって古い角層を除去し,一段と経皮
吸収能を高めた上で,バリア機能が弱まった皮膚にダブル洗顔を推奨するこ
とで,結果的に,経皮感作が生じやすくなったものと推測することができる。
また,本件石けんの泡の一部は眼球や鼻の粘膜に付着し,経粘膜ルートで感
作が生じたことも考えられ,福冨友馬医師は,眼球・鼻粘膜という最も敏感
な組織に大量に暴露されたことが本件アレルギーの大量流行に強く関与して
の製品設計は,容易に経皮・経粘膜感作を生じさせるものとなっていた疑い
があるといえる。このことは,グルパール19Sの問題というよりは本件石
けんの製品設計に問題があったことをうかがわせる事実であり,グルパール
19Sの欠陥を否定する考慮事情ということができる。
⑷グルパール19Sの表示・警告について
ア証拠(乙ロA6,23から25まで,27,28,乙ハA2から4まで,
6,39から41まで)によれば,被告片山は,被告フェニックスに対し,
グルパール19Sの製品情報として,多数の技術資料等を交付しており,
その中で,医薬部外品・化粧品としての利用が可能であり,タンパク質素
材で安全性が高いとしていたこと,石けんのひび割れ防止や泡の改良効果
に言及していたこと(乙ロA23,27),グルパール19Sは,医薬部
外品での使用前例があり,公定書に収載されている加水分解コムギ末に相
当することなどの情報提供をしていたこと,他方で,「製品安全データシ
ート」(乙ハA4)には,有害性情報として,「感作性:データなし」と記
載され,「危険性,有害性の評価は必ずしも十分ではありません。‥‥重
要な決定等に利用される場合には,試験によって確認される事をお勧め致
します。記載内容は情報提供であって,保証するものではありません。」
と記載されていたことが認められる。
これらの製品情報のうち,タンパク質素材で安全性が高いことについて
は,本件アレルギーとの関係ではいささか不正確であったといわざるを得
ないが,一般論としては誤りではなく,そのほかの記載はいずれも内容的
に正しいものであったといえる。また,被告フェニックスが石けん等を製
造する専門業者であったことを踏まえると,「製品安全データシート」に
よって,グルパール19Sのリスク情報については一応の表示がされてい
たものということができる。
イ一方で,上記の技術資料等には,被告片山は,被告フェニックスに対し,
グルパール19Sがグルテンを酸分解によって脱アミド化した物質であ
り,平均分子量が約6万であることなどの化学的特性について情報提供を
していたが,このような特性が重篤なアレルギーを発症させる危険性につ
いては,何らの表示・警告をしていなかったことが認められる。
しかしながら,医療用医薬品について製造物責任法2条2項にいう「通
常有すべき安全性」が確保されるためには,その引渡し時点で予見し得る
副作用に係る情報が添付文書に適切に記載されているべきであるとされ
ているところ(最高裁判所平成25年4月12日判決・民集67巻4号8
99頁参照),このように提供すべき情報を「予見し得る情報」とするの
は,引渡時に知り得ない情報を提供することができないことは当然であ
り,引渡時に知り得る情報が提供されていれば不適切とはいえないことに
よるものと解され,この理は,医薬部外品・化粧品の危険性に係る情報に
ついても当てはまるというべきである。このような考え方に対しては,欠
陥の判断に損害の予見可能性の要素を持ち込むものであるとの批判があ
り得るが,製造物の表示・警告は,製造業者等の作為を問題とする考慮事
情であるところ,当該製造業者等の知り得ない情報を提供するという作為
を要求することは不可能なのであって,そのような不可能な情報提供をし
ていないことをもって欠陥を肯定する考慮事情としないとしても,予見可
能性がないことを積極的に欠陥を否定する事情として考慮するものでは
ないから,何ら製造物責任法の趣旨に反するものではない。
これを本件についてみると,グルパール19Sについて経皮感作により
小麦アレルギーを発症させる危険性があることは,その引渡時に被告片山
において予見することができなかったというべきであるから,こうした危
険性を表示・警告しなかったことが,グルパール19Sの欠陥を肯定すべ
き考慮事情となるものではない。
ウ以上によれば,「安全性データシート」においてグルパール19Sのリス
ク評価の情報提供をしていたことは,グルパール19Sの欠陥を否定すべ
き考慮事情となるが,本件アレルギーのような重篤なアレルギーを発症す
る可能性に言及していないことは,欠陥を肯定すべき考慮事情として評価
することはできないものというべきである。
⑸グルパール19Sの価格
被告片山は,平成10年11月から平成22年8月まで,被告フェニック
スに対し,グルパール19Sを出荷しており,その売上高(本件石けん以外
の医薬部外品・化粧品の原材料とされたものも含む。)は,3752万76
00円であった(前記第1の2⑴ケ)。他方で,本件石けんの実質的な製造
業者である被告悠香の販売実績は,本件石けんの発売から4年間で90億円
であり,その後も,平成20年が94億円,平成21年が223億3000
万円,平成22年が237億円となっていた(前記第1の2⑷)。
製造物責任法が欠陥のある製造物の製造業者等に厳格な責任を課した理由
の一つとして,製造業者等がその製造物の製造等によって利益を受けている
以上は製造物から生じた損害を賠償させるべきであるとする報償責任の考
え方があるものと解される。そして,被告悠香は,被告片山と比べて圧倒的
に高い収益を得ていたものということができるから,報償責任の観点から
は,被告片山をそのことから直ちに免責させるものではないものの,被告悠
香の製品設計により重い責任を認めるべきであるといえる。
したがって,被告片山が被告悠香の収益に比べてわずかな収益を得ていた
にすぎないことは,グルパール19Sの欠陥を否定する考慮事情として評価
し得るというべきである。
3通常予見される使用形態
原材料の欠陥については,原材料を使用する完成品製造業者に関して通常予
見される使用形態を検討すべきことになる。本件では,被告片山が,被告フェ
ニックスに対し,グルパール19Sの製品情報として,多数の技術資料等を交
付する中で,医薬部外品・化粧品としての利用が可能であり,石けんのひび割
れ防止や泡の改良効果に言及していたことは前示のとおりであるから,石けん
への配合はグルパール19Sの用途・用法の一つということができる。他方で,
被告片山は,被告フェニックスに対し,グルパール19Sについて経皮感作に
よるアレルギー発症の危険性に言及したり,洗顔用の石けんに配合しないよう
求めたりした形跡はない。
したがって,被告フェニックスがグルパール19Sを本件石けんに配合した
ことは,通常予見される使用形態に含まれるものであって,このことは,グル
パール19Sの欠陥を肯定する考慮事情として評価することができる。
4グルパール19Sの欠陥の有無に関する結論
以上において検討したところを総合すると,本件アレルギーは,グルパール
19Sをアレルゲンとして,これに感作されたことによって発症したものであ
り,その発症数・重症度・回復可能性に鑑みると重篤な疾患であるといえる上
に,グルパール19Sを本件石けんの原材料の一つとして配合したことは,通
常予見される使用形態に含まれるものであって,これらの事情は,グルパール
19Sの欠陥を肯定する方向に働く考慮事情であるということができる。
しかしながら,他方で,グルパール19Sは,汎用的な原材料であって,被
告悠香ないし被告フェニックスの製品設計いかんによっては,本件アレルギー
と同様の症状を発症させることなく石けん等を製造することができたものであ
るところ,本件石けんは,古い角層を除去してシミを落とす効果をねらった製
品であって,一般の皮膚よりも物質が透過しやすい顔面の皮膚について,古い
角層を除去して一段と経皮吸収性が高まったところへ,ダブル洗顔を推奨する
ことで,経皮感作が生じやすくなっており,また,本件石けんの泡の一部が眼
球や鼻の粘膜という体表で最も敏感な組織に大量に暴露されたことがうかがわ
れ,このような製品設計こそが本件アレルギーの発症の重要な要因となってい
たものというべきである。加えて,被告片山は,被告フェニックスに対し,グ
ルパール19Sの「安全性データシート」において,危険性,有害性に関する
情報が十分でなく,使用者が自ら試験によって確認することを求める旨の情報
提供をしており,被告フェニックスが石けん等の専門業者であったことを踏ま
えると,リスク情報について一応の表示がされていたということができる。
以上の事情を総合すれば,グルパール19Sが完成品の製品設計のいかんに
かかわらず社会通念上期待される安全性の水準を欠いているとまでは認められ
ないから,グルパール19Sには欠陥がないものというべきである。
第6争点6(損害額の算定等)
1損害評価の基本的な考え方
⑴包括一律請求の可否
ア原告らは,本件において,各原告が本件アレルギーに罹患したことによ
って被った損害の内容には共通性があると主張して,いわゆる包括一律請
求の方式により,精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料その他の損害を包括
するものとして損害賠償を請求する。
なお,本件口頭弁論の終結に際して原告らが陳述した原告(全体)準備
書面(32)には,原告らの損害論が「包括請求」である旨の記載があり,
「包括一律請求」との記載はないが,他方で,訴状による損害論の基本的
な評価枠組みに変わりはないとし,包括一律請求について論じたその後の
準備書面を多数引用しており,各原告を二つのグループに分けて各グルー
プについて同一金額を請求することを維持していることからすると,「一
律請求」であることに変わりはないものと解される。
イ一般に人身損害賠償の実務においては,治療費,休業損害,逸失利益,
慰謝料等の個別の損害項目を積み上げる個別積算方式によって損害額の
算定をしている。本件のように原告の数が多数に及ぶ集団訴訟において
も,個別積算方式は,判断基準の明確性,被告らの防御権の確保の観点か
らメリットがあるものであり,原則的な損害算定方式であるといえるが,
他方で,集団訴訟において個別積算方式により損害額の算定をするとすれ
ば,多数の原告全てについて個別の損害項目の主張立証を求めることとな
り,煩瑣であって訴訟の遅延を招きかねないという観点からはデメリット
も大きい。そこで,集団訴訟の実務では,多数の被害者のそれぞれについ
て損害を包括的に総体として把握し,共通する損害についての賠償を一律
(グループ分けをしてグループ内で一律とする場合を含む。)に全部請求
する,いわゆる包括一律請求の方式が採られることがある。これは,集団
訴訟では,各原告が被った精神的苦痛を中心とする損害の内容に同質性が
あることから各原告に共通する損害を抽出しやすく,多数の被害者が原告
となることから共通する損害の立証もしやすいことを背景とするものと
考えられる。そして,原告がそのような共通する損害を抽出して主張立証
することができるのであれば,包括一律請求の方式を否定する理由はな
い。もっとも,包括一律請求の方式で請求された場合には,裁判所は,各
原告(グループ分けする場合にはグループごとの各原告)に共通する損害
として主張立証がされた限度において損害を算定することになるのであ
るから,原告ら全員(グループ分けする場合にはグループに属する原告ら
全員)が等しく,少なくともその程度の損害を被ったという水準において,
損害の算定をすべきものであって,自ずと控え目な算定にならざるを得な
いものというべきである。
本件においては,原告らは,本件石けんの使用によって本件アレルギー
という同一の疾患に罹患したことに伴う損害を主張するものであり,各原
告が被った精神的苦痛を中心とする損害の内容には同質性があるという
ことができる。したがって,原告らが各原告に共通する損害を主張立証す
ることができた限度において包括一律請求を許容することができるもの
というべきである。
ウこの点について,被告悠香は,原告らが,具体的な被害の状態・程度,
通院の必要性・回数,積極損害額,消極損害額等について立証しない限り,
損害として評価することはできない旨を主張する。この被告悠香の主張
は,個別積算方式を前提とするものと考えられるが,原告らは,個別積算
方式とは算定すべき損害の切り口が異なる包括一律請求の方式により損
害の主張立証をするものであるから,個別の損害項目の主張立証がないと
しても,共通する損害の主張立証がある限度において損害として評価する
ことは可能であるものというべきである。
⑵本件アレルギーによる損害の評価の枠組み
ア原告らは,各原告に生じた本件アレルギーによる損害は,①原告らの症
状の重さ(急性期における重症度),②慢性化した後の症状継続期間,③
容態に関する質的評価(現時点における容態の評価)の三つの観点から評
価すべきであるとした上で,特に,上記①の観点から各原告のグループ分
けを行い,アナフィラキシーのグレード分類(別紙1)のグレード4以上
又は臨床所見による重症度分類(別紙2)のグレード3(重症)の症状に
該当する原告らをAグループとし,それ以外の原告らをBグループと分類
する。
イこのように,原告がグループごとに一律の損害を主張しつつ,その他の
損害評価の要素を主張する場合には,裁判所は,弁論主義の趣旨を踏まえ,
損害主張における原告らの自主性を尊重するとともに被告らの不意打ちを
防止するという観点から,原告らのグループ分けが合理性を有する限りに
おいてこれを尊重するとともに,原告らが主張する他の損害評価の要素を
も加味して損害の評価をすべきである。
ウ以上のような観点から,本件における損害評価の枠組みについて検討す
る。
まず,各原告が共通して被ったと認められる損害(以下「共通基礎損
害」という。)を認定する。
次に,上記①(急性期における重症度)の観点から,各原告の急性期
の症状がアナフィラキシーのグレード分類(別紙1)のグレード4以上
又は臨床所見による重症度分類(別紙2)のグレード3の症状に該当す
る場合には,一時的とはいえ生命の危険があり特に迅速な対応を要する
状況に至ったものということができるから,類型的に共通基礎損害を超
える損害を被ったものとして,これを別のグループに区分して増額評価
をすることに合理性がある(以下,①の観点からの増額を「重症加算」
という。)。
アナフィラキシーのグレード分類(別紙1)のグレード4以上又は臨
床所見による重症度分類(別紙2)のグレード3の症状としては,呼吸
器症状として呼吸停止,呼吸困難,咽頭絞扼感,嚥下困難,明らかなぜ
ん鳴,嗄声,チアノーゼ,SpO2≦92%等が,循環器症状として重
篤な徐脈,心停止,不整脈,血圧低下が,神経症状として意識消失,不
穏,失禁,死の恐怖感が挙げられているほか,より軽度の症状と共通す
る症状として,皮膚症状(全身性のそう痒感,発赤,じんま疹,血管性
浮腫等)と消化器症状(繰り返す嘔吐,下痢,便失禁,持続する強い腹
痛等)が挙げられている。
また,上記②(慢性化した後の症状継続期間)の観点からは,口頭弁
論終結時まで本件アレルギーの症状が継続している場合には,長期間に
わたり本件アレルギーの症状が継続していること自体による精神的苦痛
は大きいものというべきであり,日常生活上の不都合,将来への不安な
どといった面も踏まえると,症状の継続が認められない者と比べた場合
に損害評価において増額要素とするのが相当である。ここにいう症状の
継続とは,略治(通常の食事及び日常生活を行い,3か月以上即時型ア
レルギー症状のない状態)に至っていないこと,すなわち,小麦を含む
通常の食事と運動を含む日常生活を行うことにより症状が誘発されるこ
とをいい,例えば,小麦の摂取量を控えたり,食後の運動を控えたりし
なければ,症状が誘発される場合には,症状が継続しているものと見る
べきである(以下,②の観点からの増額を「症状継続加算」という。)。
もっとも,症状継続の有無に関する主張立証責任は原告が負うべきも
のであるところ,前記認定事実(第1の5⑻)によれば,本件アレルギ
ーの患者の中には数年で治癒・寛解する者も多く,本件石けんの使用中
止から略治に至るまでの期間の中央推定値は65.3か月であるとの報
告がされており,前記第2の2⑵エのとおり,実際の略治期間の中央値
はそれよりも短いものと考えられることから,本件口頭弁論終結日であ
る平成29年12月15日までには,半数を超える患者が略治に至って
いることが認められ,これらの事情を踏まえると,症状継続加算をする
ためには,原告らにおいて,各原告につき症状が継続していることを立
証しなければならないというべきである。この点,原告らは,本件アレ
ルギーの略治期間の推定中央値が65.3か月であることから,各原告
について少なくとも65.3か月程度は症状が継続したものと推認すべ
きである旨を主張するが,略治期間の中央推定値は,半数の患者が65.
3か月以下の期間で略治に至ったものと推定されるとの趣旨であるか
ら,全ての原告らについて65.3か月にわたり症状が継続したものと
推認することができないのは明らかである。したがって,例えば,運動
を控えているために最近では症状が誘発されていない原告については,
運動をすれば症状が誘発されることが立証されない限り,症状の継続を
認めることはできない。
なお,甲総C126によれば,略治とは,完治と異なる概念であり,
略治になった患者について今後症状が全く出ないとは言い切れないとさ
れていることが認められるが,本件全証拠によっても,略治の診断を受
けた者について本件アレルギーの症状が出たとする報告は見当たらない
から,略治に至れば症状の継続はないものと見てよい。
そして,後記のとおり,いずれの原告についても,本件アレルギーの
症状が一定期間継続したことが認められるが,本件アレルギーの症状が
一定期間継続することは共通基礎損害として評価すべきものであるか
ら,これを超えて口頭弁論終結時まで症状の継続があったことが認めら
れる原告についてのみ症状継続加算の対象とすべきである。
さらに,上記③(現時点における容態の評価)の観点からは,口頭弁
論終結時においてもなお,医師から小麦又はその成分の摂取を禁止され
ている場合については,症状継続加算の対象となる条件付きで小麦を摂
取することができる者と対比して,小麦の摂取自体を禁止されているこ
とによって一層大きな精神的苦痛を受けているものというべきであり,
これを増額要素とするのが相当である。ただし,しょうゆ等の調味料に
は,小麦成分がわずかに含有されている場合があるが,本件アレルギー
に罹患していても摂取可能な患者が相当数存在することがうかがわれる
ことから,小麦成分を含有する調味料の摂取を許容されているとしても,
調味料以外の小麦摂取を禁止されている者については,③の観点からの
増額を認めることとする(以下,③の観点からの増額を「小麦除去継続
加算」という。)。
なお,直近1年程度の間に医師から小麦摂取を禁止されていないにも
かかわらず,相当程度前に医師から小麦摂取禁止の指示を受けたことに
従って漫然と小麦除去を継続している者や,本件アレルギーによる症状
誘発の恐怖心等から自発的に小麦除去を継続している者については,本
件アレルギーの患者が一般に治癒・寛解の傾向にあることに鑑みると,
そのような原告らの中には,実際には小麦摂取が可能な者も含まれてい
ると考えられるから,小麦除去継続加算をすることはできない。
⑶損害認定の資料
ア原告らの損害認定の証拠としては,各原告の作成に係る陳述書,各原告
に係る医療機関が作成した診断書及び診療記録といった書証と,一部の原
告らについて実施した本人尋問の結果がある。特に加算要素の認定をする
際の証拠評価は,全ての原告らに関わる問題であるので,ここで証拠の評
価に関する基本的考え方について述べておくこととする。
まず,陳述書については,原告らの単なる主訴を記載したものである上
に反対尋問を経ていないことから,診療記録上の裏付けがない限り,証拠
力は低く,加算要素の認定上は参考程度にとどまるものといわざるを得な
い。また,原告本人尋問の結果も,原告らの単なる主訴を述べるものとい
う点では陳述書と変わりはなく,ただ反対尋問を経ていることから証拠力
は陳述書より若干高いものというべきであるが,加算要素の認定上はこれ
を重視することはできない。これに対し,診断書及び診療記録については,
医師等が第三者としてその責任において作成したものであるから,基本的
に証拠力は高いものであり,加算要素の有無について認定する場合には原
則として診療記録による裏付けを要するものというべきである。
イこの点について,原告らは,診療記録の記載には担当医ごとに記載内容
にばらつきがあり,原告らの状況から症状が出ているにもかかわらず,診
療記録には記載がない症例も相当数存在するとし,原告らの陳述書につい
ても判断の基礎資料として十分に考慮すべきである旨を主張する。
確かに,診療記録の記載内容には担当医によって濃淡があることが考え
られるが,例えば,重症加算についてみると,アナフィラキシーのグレー
ド分類のグレード4以上等といった重症に当たる症状については,そのよ
うな症状があれば患者は必ず医師に伝えるであろうし,このような患者の
主訴は,医師にとって,例えばエピペンの処方をする必要があるか否かな
ど今後の治療方針を決めるために重要な事実関係であるから,患者の主訴
があるにもかかわらず医師が診療記録に記載しないことは通常考えにく
い。また,症状継続加算についても,後記の各原告に関する事実認定に供
した診療記録の記載を見ると,小麦の摂取状況が記載されている者も多
く,通院の頻度や薬剤処方の状況など診療記録から認定できる情報は多い
のであるから,基本的に診療記録から認定をすれば足りるものというべき
である。さらに,小麦除去継続加算についても,小麦除去の指示は診療記
録に記載されていることが多い上に,小麦を摂取した際に症状が誘発され
たエピソードに関する主訴や食物経口負荷試験の結果があれば,医師が診
療記録に記載しないことは通常考えにくい。したがって,加算要素の認定
に当たっては,診療記録を中心に検討をすることをもって足り,原告らの
陳述書を判断の基礎資料にするにしても参考程度にとどめるべきである。
ウ被告らは,小麦又はグルテン特異的IgE抗体価が陰性化した各原告に
ついては,食物経口負荷試験で陽性が確認された場合を除き,小麦摂取に
よるアレルギー症状が出ているか不明である旨を主張し,この主張を前提
とすると,IgE抗体価が陰性化した各原告については症状継続加算をす
ることができないことになる。
確かに,前記認定事実(第1の4⑶イ)によれば,小麦特異的IgE抗
体価は,陰性的中率(検査が陰性とされた者のうち食物アレルギーと診断
されない者の割合)が95%以上となるような抗体価を設定でき,小麦の
耐性獲得に伴って抗体価が陰性化することが多いことから,経過観察の指
標として有用であることが認められる。しかし,陰性的中率に関するデー
タは通常型の小麦アレルギーに関するものであって,本件アレルギーにつ
いては,そのようなデータがあるわけではないことがうかがわれ,現に,
前記認定(第1の5⑵ウ,⑻ア)のとおり,福岡病院では,本件アレルギ
ーについて小麦摂取後の運動負荷試験が陽性となった39症例のうち,小
麦とグルテンの特異的IgE抗体価がいずれもクラス0(陰性)であった
ものが11例に及んでいたとの報告がされているほか,小麦とグルテンの
特異的IgE抗体価が陰性化しても,小麦の摂取により症状が誘発された
症例も複数報告されており(島根大学病院,横浜市立大学病院),IgE
抗体価が陰性化しても本件アレルギーが寛解したとまではいえない。
したがって,小麦とグルテンの特異的IgE抗体価が陰性化している原
告についても,別途,症状継続をうかがわせる事実が認定できるのであれ
ば,症状継続加算をするのが相当である。
2損害額の算定
⑴各原告に共通する損害
ア本件アレルギーの症状
前記認定事実(第1の5⑵)によれば,本件アレルギーの症状は,典型
的には,まず,本件石けんを使用したときに,眼瞼の腫脹や顔の皮膚のか
ゆみ,じんま疹,発赤があり,本件石けんの使用を継続すると,症状は少
しずつ悪化すること,その後,小麦を摂取すると,眼瞼の腫脹,じんま疹,
紅斑,かゆみ,吐き気,嘔吐,鼻水,鼻づまりなどのアレルギー症状が出
て,症状が重い場合には,腹痛・下痢,血圧低下,ふらつき,呼吸困難な
どのアナフィラキシーの症状が出現すること,更に重篤になると血圧低下
や意識障害等のショック症状を伴うアナフィラキシーショックになるが,
アナフィラキシーショックを経験した症例は25%にのぼることが認め
られる。本件アレルギーによるアナフィラキシーショックによって患者が
死亡した例は報告されていないが,我が国では,毎年3名程度が食物アレ
ルギーによるアナフィラキシーショックが原因で亡くなっているのであ
り,アナフィラキシーショックの場合には特に迅速な対応が必要であると
されている。
そして,前記認定事実(第1の5⑺)によれば,多くの症例を扱う専門
病院では,本件アレルギーの治療について,おおむね,病歴上アナフィラ
キシーの既往があり少量の小麦摂取や歩行などの軽作業との組合せでも
発症する患者に対しては,原則として小麦製品そのものの摂取を禁止して
おり,病歴上アナフィラキシーの既往がない患者に対しては,小麦製品の
摂取禁止までは行わず,小麦摂取と運動やNSAIDs(非ステロイド系消炎
鎮痛剤)内服との組合せを避けることを指導し,経過観察をしていること
が認められる。そのような経過観察の中で,小麦摂取の再開や運動制限の
解除の時期が検討され,本件石けんの使用中止から遅くとも65.3か月
後には少なくとも半数以上の患者が通常どおり小麦摂取をすることがで
きるまでに回復したことが認められる。
イ本件アレルギーによる日常生活への影響
原告らの陳述書及び本人尋問の結果を総合すれば,原告らは,本件アレ
ルギーの急性期の症状により精神的な苦痛を受けたほかに,日常生活の面
でも,少なくとも相当期間にわたり,次のような影響を受けたことが認め
られる。すなわち,種々の穀物のうち小麦だけがグルテンを含んでおり,
粘弾性を有することから,その特性を生かし広い範囲の食品に利用されて
いて,パン,パスタ,菓子類などの容易に判別することができる食品のほ
か,食肉加工品,水産ねり製品,冷凍食品惣菜などの判別が容易でない食
品にも使用されている(甲B86)。そのため,原告らは,常に食事に小
麦成分が入っていないか注意をすることを余儀なくされており,食品を購
入する場合に成分表示を注意深く確認することや,外食は小麦除去の対応
をしてもらえるようなごく限られた場所でのみすることを強いられ,それ
でも時に予想外の食品に小麦成分が含有されていて,誤食により症状を誘
発してしまう事例も多くの原告らが経験しているところである。また,小
麦食品の摂取自体は可能な場合であっても,食事後の運動を控える必要が
あり,本件アレルギーでは家事や歩行のような比較的軽度の運動でも症状
が誘発されることがあることから,一定の行動制限を受けることになる。
さらに,摂取できる食事に制約があることから,他とのつきあいが制限さ
れていると訴える原告も多く見られる(前記第1の5⑻ウ)。
ウ共通する損害の額
包括一律請求の下では,原告らに共通する損害として立証された限度に
おいて損害を算定すべきであり,原告ら全員が少なくともその程度の損害
を被ったという水準において損害の算定をすべきことは前示のとおりで
あるから,各原告が共通して被った共通基礎損害を算定するに当たって
は,原告ら全員が少なくとも被ったといえる損害の内容を考慮すべきこと
となる。
そして,本件アレルギーの患者は,少なくとも,発症から一定期間につ
いて,病院に何度か通院した上で,小麦食品の摂取量を制限され,摂取後
の運動やNSAIDs(非ステロイド系消炎鎮痛剤)内服を禁止されるなどの
制約を受けていたものといえる。また,発症から一定期間にわたり,一定
程度の食事制限や運動制限に伴う日常生活上の制約を受け,他とのつきあ
いの制限も受けたと考えられる。したがって,このような制約による精神
的苦痛は,全ての原告らに共通する損害であるということができる。
以上の事情を踏まえ共通基礎損害の額について検討するに,食事の楽し
みを奪われるという点では,味覚減退(甘味,塩味,酸味,苦味の4種類
の味覚のうち一つ以上を認知できないもの)と共通する側面があるように
思われるが,後遺障害として味覚減退が認められる場合には,損害賠償実
務において後遺障害等級14級とされ,慰謝料額は110万円とされる例
が多く,逸失利益を認めるかについては事案によって判断が分かれている
状況にある。この場合と対比すると,本件アレルギーによる共通基礎損害
として評価の対象とされるのは,あくまで小麦含有食品のみとの関係で一
定期間について食事制限や運動制限がされるにすぎず,現時点における症
状の継続はなく(症状の継続がある場合には症状継続加算の対象とな
る。),後遺障害として認定される症状ではないことが大きく異なるが,他
方で,原告らは,単なる食事の楽しみを奪われるという以上の日常生活上
の制約も受けているほか,少なくとも,急性期において重篤には至らない
症状の限度で共通して苦痛を受け,一定の期間にわたり通院をしたことに
よる財産的な損害が生じていることも加味すべきである。
これらの要素を総合考慮すると,共通基礎損害の額は100万円とする
のが相当である。
⑵加算要素
ア重症加算
重症加算の対象となるのは,急性期の症状がアナフィラキシーのグレー
ド分類のグレード4以上などの重症であった原告であり,このような原告
は一時的とはいえ生命の危険があり特に迅速な対応を要する状況に至っ
たといえるから,類型的に共通基礎損害を超える精神的苦痛を受けたもの
と評価することができる。そして,前記認定(第1の5⑺)のとおり,重
篤な症状を起こした患者は,その後の小麦摂取に対する精神的な不安も強
く,なかなか摂取できないのが現状であるとされており,重症加算の額を
算定するに当たっては,こうした事情も加味すべきである。
以上の事情を総合考慮すると,重症加算の額は50万円とするのが相当
である。
イ症状継続加算
症状継続加算の対象となるのは,口頭弁論終結時まで本件アレルギーが
略治に至らず,症状が継続している原告であり,小麦の摂取量を控えたり,
食後の運動を控えたりしている者も含まれる。これらの者は,本件アレル
ギーの発症から10年前後が経過しようとしている現時点においてもな
お,症状が残存しているのであるから,これに伴う精神的苦痛を独立の損
害として評価することができる。もっとも,本件アレルギーの症例は一般
的に治癒・寛解の傾向にあることからすると,後遺障害として認定するこ
とは困難である上に,前記認定(第1の5⑼)のとおり,気管支ぜんそく
の治療薬ゾレアを本件アレルギーの治癒遷延症例に適用する臨床試験が
行われ,一定の成果を上げており,今後,ゾレアの適用外使用による治療
法が確立し,片山基金を活用することによって,これを無償で受けられる
ようになることも見込まれる。
以上の事情を総合考慮すると,症状継続加算の額は50万円とするのが
相当である。
ウ小麦除去継続加算
小麦除去継続加算の対象となるのは,口頭弁論終結時においてもなお,
医師から小麦又はその成分の摂取を禁止されている原告である。このよう
な原告は,制限付きで小麦製品を摂取することができる者よりも一層の精
神的苦痛を受けているものといえることから,小麦製品を一切摂取できな
いことに伴う損害を独立の損害として評価することができる。もっとも,
症状継続加算と同様に,本件アレルギーの症例は一般的に治癒・寛解傾向
にある上に,ゾレア療法により,本件アレルギーの治癒遷延症例であって
も,少なくとも制限付きであれば小麦摂取できるようになる可能性は高い
と考えられる。
以上の事情を総合考慮すると,小麦除去継続加算の額は50万円とする
のが相当である。
⑶個別積算方式との対比
ア包括一律請求がされた場合の損害額は,原告ら全員(グループ分けをし
て増額するグループを設ける場合はグループに属する原告ら全員)が少な
くともその程度の損害を被ったという水準において算定をすべきである
から,個別積算方式による場合と比べて控え目に算定される者も生ずるこ
とは避けられない。
イこの点について,原告らは,①本件アレルギーにおいて50%の患者が
本件石けんの使用中止から略治に至るまでの期間は65.3か月であり,
この期間に対応する傷害慰謝料の額は253万円である,②本件アレルギ
ーの症状は,摂取した小麦を消化して体内に正常に取り込む機能が阻害さ
れている点において,「胸腹部臓器の機能の障害」と類似しており,グルー
プAに属する原告らは,「服することができる労務が相当な程度に制限され
るもの」(後遺障害別等級表9級11号)に準じて扱うべきであり,グルー
プBに属する原告らは,「労務の遂行に相当な程度の支障があるもの」(同
11級10号)に準じて扱うべきであるから,後遺傷害慰謝料はAグルー
プが690万円,Bグループが420万円と評価され,逸失利益は,年収
353万9300円(平成26年度賃金センサス)を基礎とし,労働能力
喪失期間を10年とすると,Aグループが956万5294円,Bグルー
プが546万5882円となる旨を主張する。
しかしながら,略治期間の中央推定値が65.3か月であることは,半
数の患者は65.3か月以下の期間で略治に至ったものと推定されること
を意味するものであるから(なお,前記第2の2⑵エのとおり,実際には,
より短期間に略治に至っていることが想定される。),原告ら全員が少なく
ともその程度の損害を被ったという水準として略治期間の中央推定値を基
礎に傷害慰謝料の額を算定することは不合理である。また,個別積算方式
により傷害慰謝料を算定する場合には,実通院日数を問題とし,これに一
定の倍率をかけたものを基礎として算定することが実務上多く見られるの
であるから,単に略治期間を基礎として傷害慰謝料を算定することは相当
ではない。
次に,小麦除去継続加算の対象者については,「胸腹部臓器の機能の障害」
への該当性が問題になり得るが,小麦食品以外の食品については何ら問題
なく摂取することができるのであるから,「胸腹部臓器の機能の障害」に準
じて考えることはできない。また,小麦除去が継続していることによって,
小麦除去継続加算の対象者全てが,「服することができる労務が相当な程度
に制限されるもの」又は「労務の遂行に相当な程度の支障があるもの」に
準ずるものともいえない。さらに,前記のとおり,本件アレルギーの症例
は一般的に治癒・寛解傾向にある上に,ゾレア療法により,本件アレルギ
ーの治癒遷延症例であっても,少なくとも制限付きであれば小麦摂取でき
るようになる可能性は高いと考えられるから,そもそも後遺障害が存在し
ているといえるかは疑問がある。したがって,小麦除去継続加算の対象者
について,後遺障害等級9級又は11級の後遺障害があることを前提に損
害額の算定をすることはできない。
以上によれば,原告らの上記主張は採用することができない。
3過失相殺について
⑴被告悠香は,一般に,化粧品,石けん,シャンプー等を使用して肌等にト
ラブルがあれば,使用品による症状であることを疑い,使用を中止する判断
をするのが通常であるところ,本件石けんの外箱等には,肌に異常がある場
合は使用を中止することなどを求める指示・警告がされており,本件アレル
ギーの典型的な症状は,食物アレルギーの症状が出る前に,本件石けんの使
用時に眼や皮膚のかゆみ,鼻炎症状が始まるのであるから,原告らは,これ
らの症状が出たのであれば,指示・警告に従って本件石けんの使用を中止す
べきであったにもかかわらず,使用を継続した結果,本件アレルギーを発症
させ又は増悪させたものであるとして,5割程度の過失相殺をすべきである
旨を主張する。
⑵しかしながら,本件アレルギーの症例のうち,本件石けんの使用中又は使
用後の皮膚症状がない症例が27%存在する上に(前記第1の5⑵ア),本件
石けんの使用開始から症状が出現するまでには時間が経過しているため,症
状出現の時点で本件石けんとの関係を疑い,本件石けんの使用を中止したの
は少数であって,多くの患者はその後も症状が増悪するまで使用を継続した
との医師による報告がされている(甲総C45)。そして,本件石けんの指示
・警告の内容は,単に肌に異常がある場合には使用をやめるよう求めるとい
うものにすぎず,使用者が,食物アレルギーによる重篤な症状が発生する可
能性を想起させるような表示は一切されていないことも踏まえると,原告ら
の本件石けんの使用継続に大きな不注意があったとはいい難い。
⑶他方で,相模原病院の福冨医師は,本件アレルギーの患者の診察を行い,
本件石けんとの関係を疑い,平成21年9月頃には被告悠香に電話を架けて
報告をしており(福冨医師から被告悠香に電話があったことは原告らと被告
悠香との間に争いがない。),同年10月には福冨医師は本件アレルギーに関
する最初の学会報告をしているのであるから(前記第2章第2の5⑴),被告
悠香は,その頃,福冨医師から本件アレルギーに関する情報を収集しようと
思えば,学会報告と同レベルの情報(甲B10によれば,福冨医師らは,同
一の洗顔石けん中の加水分解コムギ末に経皮・経粘膜感作したことが疑われ
る小麦アナフィラキシーを4例経験したとされている。)を容易に収集するこ
とができたといえる。また,被告悠香は,平成22年2月に島根大学の森田
医師から,小麦アレルギーの患者が本件石けんを使用した実績があるような
ので関連性を調べるため本件石けんを提供してほしいとの申し入れを受けた
こと(平成24年7月13日付け被告悠香の準備書面11頁),被告悠香と被
告フェニックスは,平成22年3月に福冨医師の求めに応じて同医師と面談
してグルパール19Sのサンプルを提供したこと(原告らと被告悠香・被告
フェニックスとの間に争いがない。),島根大学の千貫医師は,同年7月に被
告悠香に対しグルパール19Sと小麦アレルギーとの因果関係の存在を示唆
する研究結果が出たことを報告したこと(原告らと被告悠香との間に争いが
ない。),被告悠香は同年9月には本件石けんに配合する加水分解コムギ末を
グルパール19SからプロモイスWG-SPに変更したこと(原告らと被告
悠香との間に争いがない。)が認められる。これらの事実関係に照らすと,被
告悠香が,本件石けんが本件アレルギーの原因となっている疑いがあること
を認識し得たのは平成21年10月頃であり,遅くとも平成22年7月頃ま
でには本件石けんが本件アレルギーの原因となっている疑いがあることを具
体的に認識したものと認められる。それにもかかわらず,被告悠香が本件石
けんの使用者に対して使用に当たって異常を感じたら医師に相談するよう求
める内容の案内を掲載したのは同年10月20日であり,直近2年間に購入
実績のある顧客を中心にダイレクトメールで注意喚起をしたのは同年11月
であり,本件石けんの自主回収を行ったのは平成23年5月20日であった
ものである(前記第2章第2の5⑶⑷)。アレルギー学会特別委員会の中間報
告では,本件石けんの使用中止の時期が,多くの症例で平成22年及び平成
23年であったとされ,症状が発生した時期も,平成22年及び平成23年
が多かったとされていること(前記第1の5⑵イ)を踏まえると,被告悠香
が早期に適切な対応していれば,ここまで患者数が増えることもなかったの
ではないかと考えられる。本件では,アナフィラキシーショックの可能性も
あるような重篤なアレルギーが問題となっていたのであるから,後にアレル
ギー学会特別委員会の委員に就任し学会での報告をするような影響力のある
医師らから複数の症例情報が寄せられた場合には,当該医師らと緊密な連携
を図り情報収集をするなどして安全サイドに立って,慎重に販売の継続の可
否を検討すべきであったのに,被告悠香の顧客への注意喚起,自主回収は,
いずれも遅きに失したとのそしりを免れない。そして,被告悠香の対応の遅
れは,これによって被害の拡大を招いたものといわざるを得ず,美容と健康
を目的とする商品を扱う企業としての社会的責任を全うしなかったものと評
するほかない。
⑷以上に述べた本件アレルギーの被害拡大における被告悠香の対応の問題性
と対比すると,原告らに過失相殺をすべきような落ち度があったとは認めら
れない。したがって,被告悠香の過失相殺に関する主張は採用することがで
きない。
4素因減額について
被告悠香及び被告フェニックスは,いずれも,本件アレルギーの発症には原
告らの体質的素因の寄与があったとして,素因減額を主張する。
そこで検討するに,被害者に対する加害行為と加害行為の前から存在した被
害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した場合において,当該疾患の態
様,程度等に照らし,加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するとき
は,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,民法722条2項所定の過失
相殺の規定を類推適用して,被害者の疾患を斟酌することができるものという
べきであるが,被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を
有しており,これが,加害行為と共に原因となって身体的被害を発生させ,又
は損害の拡大に寄与したとしても,上記身体的特徴が疾患に当たらないときは,
特段の事情が存しない限り,これを損害賠償の額を定めるに当たり斟酌するこ
とはできないものと解すべきである(最高裁判所平成4年6月25日判決・民
集46巻4号400頁,同平成8年10月29日判決・民集50巻9号247
4頁参照)。
これを本件についてみると,前記認定事実(第1の3⑸,5⑹)によれば,
我が国の全人口のおよそ2人に1人は,鼻アレルギー,気管支ぜんそく,アト
ピー性皮膚炎などの何らかのアレルギー疾患に罹患しているとされているとこ
ろ,本件アレルギーの症例のうち花粉症等のアレルギー疾患の既往症があるも
のは約50%にすぎず,我が国の国民のアレルギー有病率とほぼ同程度にすぎ
ないこと,アレルギー学会特別委員会の委員長及び委員である松永佳世子医師
や福冨医師らも,本件アレルギーとアレルギー疾患の既往との関連性は特定で
きないなどとしていることが認められる。そうすると,現時点においては,本
件アレルギーの発症について,本件石けんのほかにアレルギー疾患の既往症が
共に関与していたとはいえない。
確かに,前記認定事実(第1の5⑹)によれば,アレルギー学会特別委員会
では,本件石けんを使用した者のごくわずか(0.1%以下)についてのみ発
症していることなどから,遺伝子の疾患発症に与える影響は大きいとの指摘が
されており,遺伝子解析が進められたことが認められる。しかしながら,その
ような遺伝子が発見されたとしても,その遺伝子の存在自体は疾患とはいえず,
単なる通常の体質と異なる身体的特徴にすぎないものであるから,これをもっ
て素因減額をすることはできない。
もっとも,個別の原告の中には,通常の小麦アレルギーが合併するなど本件
アレルギーとは別の疾患が関与している症例も見受けられ,そのような症例に
ついては,相応の素因減額をすべきであるが,これについては,後記5におい
て問題となる原告について個別に検討することとする。
5各原告の損害の有無及びその額
⑴原告番号2
ア急性期の重症度
原告番号2は,平成18年9月頃に本件石けんの使用を開始し(甲C2
の3),平成20年5月頃まで使用を継続していたところ(甲C2の1),
平成19年11月2日,夕食を食べた後,鼻がつまり,眼の周りから鼻の
付け根あたりまでが腫れるなどの症状を発症し,同月5日及び8日に,東
京医科大学病院眼科を受診した。同年12月5日,平成20年1月25日,
同年2月4日にも,目や鼻の周りが腫れる症状を発症し,東京医科大学病
院において血液検査を受け,同月18日,食物依存性運動誘発アナフィラ
キシーとの診断を受けた(甲C2の1・7・8)。
その後,半年に2,3回程度,症状が出現することがあったが(甲C2
の8),平成20年2月18日に東京医科大学病院を受診してから,平成2
1年6月18日に同病院を受診するまでの間,原告番号2は,医療機関に
通院しておらず,同日,医師から何かあれば再診を受けるよう指示された
が,その後も,平成23年9月まで,医療機関には通院していない。そし
て,同月28日に,相模原病院において本件アレルギーであると診断され
た(甲C2の2)。
東京医科大学病院及び相模原病院の診療記録を通覧しても,主訴の大半
は,眼瞼を中心とした顔面腫脹であり,そのほかには,顔面の発赤,そう
痒,鼻水,のどがしめつけられる感じ,せきが見られるにとどまっている。
(甲C2の5・6・7・8・10)
したがって,原告番号2の急性期の症状は,アナフィラキシーのグレー
ド分類のグレード2ないし3に相当するものであったことが認められる。
イ症状継続の有無
平成23年9月28日の検査以降,原告番号2の小麦及びグルテンの特
異的IgE抗体価はいずれも陰性化しているが,同日及び平成24年10
月12日,経口負荷試験で麦茶を飲んだところ,目の腫れや咳きなどの症
状が出現した。(甲C2の5)
原告番号2は,平成25年1月頃から,医師の指示により,素麺を1日
1本ずつ,徐々に本数を増やして摂取するようになり,平成26年2月頃
には,1日10本の素麺を摂取しても症状は出ていなかった。また,就寝
前にときどきシュークリームを半分ずつ摂取するようになったが,翌朝顔
が腫れたことが何度かあり,また,同年4月には,クロワッサンを一かけ
ら食べて目が腫れたことがあった。(甲C2の5・6)
原告番号2は,現在,半年に1回程度,相模原病院アレルギー科への受
診を継続しており,医師からは,食べたい時にシュークリームを食べても
よい,麦茶を積極的に飲んでみるようにとの指示を受けているが,平成2
9年4月,就寝前にシュークリームを半分食べたところ,翌朝目の周りが
腫れ,同年8月10日には,鶏そぼろ弁当を食べたところ目の周りが腫れ
た。ただし,同年8月10日に眼瞼が腫れた際の写真(甲C2の11)に
よれば,平成19年や平成20年頃に眼瞼が腫れた際の様子(甲C2の4)
と比べると,腫れ具合は軽減している。(甲C2の10・11)
以上によれば,原告番号2は,平成29年中にも小麦を摂取して眼瞼腫
脹の症状を発症しており,現在もアナフィラキシーのグレード分類のグレ
ード1の症状が継続していると認められる。
ウ損害額
以上によれば,原告番号2は,急性期の症状は重症とはいえないが,現
在まで本件アレルギーの症状が継続しており,共通基礎損害のほか,症状
継続加算が認められるから,損害額は150万円とするのが相当である。
⑵原告番号8
ア急性期の重症度
原告番号8は,平成18年12月頃に本件石けんの使用を開始し(甲C
8の3),平成22年10月頃まで使用を継続していたところ(甲C8の
1),平成19年12月頃から,眼瞼が腫れる等の症状を発症するようにな
り,同年12月25日,平成20年1月29日,同年5月27日,同月3
0日,同年8月1日,柿田眼科を受診した(甲C8の4)。
平成20年8月1日に大谷耳鼻咽喉科において小麦アレルギーであると
の診断を受け(甲C8の5),その後,原告番号8は,小麦の摂取を控えて
いたが,同年10月29日,紅葉を見に行く途中,朝食にそばを食べたと
ころ,両眼瞼の腫れ,のどの痛み等の症状を発症し,東葛病院付属診療所
を受診した(甲C8の6,原告番号8本人)。
また,平成21年5月13日,柏厚生総合病院において,食物負荷試験
として食パン3枚を食べたところ,全身の発赤,そう痒感,眼瞼腫脹など
の症状が発現し,SpO2が94%まで低下した。(甲C8の7)
さらに,原告番号8は,平成22年5月15日,外出先で中華料理を食
べたところ,全身の発赤,目のかゆみ等の症状が現れ,東葛病院付属診療
所の救急外来を受診した。来院時,原告番号8の意識は清明で,血圧や脈
は正常であったが,全身の発赤やむくみ,嗄声,呼吸苦,けいれん等の症
状があり,アナフィラキシーショックと診断され,1日間同病院に入院し
た。(甲C8の6)
原告番号8は,平成22年10月1日,相模原病院を受診し,平成23
年7月29日,同病院において,本件アレルギーであるとの確定診断を受
けた。(甲C8の2)
その後も,平成23年1月1日にチョコレートを食べた後,全身に発疹
が現れたことがあり(甲C8の6),同年10月頃には,旅行先で麩を食べ
たところ,全身の発赤,眼瞼腫脹,呼吸苦などの症状が現れ,抗アレルギ
ー剤を服用して安静にしたことがあった。また,伊豆へ花見に出かけた際,
おにぎりを食べた後アレルギー症状が現れ,抗アレルギー剤を服用して安
静にしていたことがあった(原告番号8本人)。
以上によれば,原告番号8は,平成22年5月15日に全身の発赤・む
くみ,呼吸困難・嗄声等の症状を発症してアナフィラキシーショックと診
断されており,原告番号8の急性期の症状はアナフィラキシーのグレード
分類のグレード4に相当するものであったことが認められる。
イ症状継続の有無
原告番号8は,現在,しょうゆを摂取しているほかは,基本的に小麦を
摂取しておらず,半年に1回程度,経過観察のため相模原病院に通院して
いる。原告番号8は,平成23年1月1日以降,重篤なアレルギー症状は
出ていなかったが,平成26年5月18日に刺身を食べたところ口唇が腫
れ,同年7月,相模原病院で経口負荷試験を受け,食パン16分の1を食
べたところ,目が腫れぼったくなり,目や手のかゆみ,目の充血,全身の
発赤,息苦しさ等の症状が現れたことがあった。また,平成27年12月
15日に誤ってうどんを一口食べた際,眼瞼浮腫,全身のかゆみ,じんま
疹等の症状を発症したことがあるほか,平成28年の秋に寿司屋で食事し
た際,目が腫れたことがある。同病院の医師からは,平成29年1月20
日の受診時,小麦を摂取しないよう指示を受けている。(甲C8の9・11,
乙イC8の1)
そうすると,小麦特異的IgE抗体価は,平成24年7月20日以降の
検査ではクラス2となり,平成28年1月15日以降の検査ではクラス1
となっていること(甲C8の8・11)や,原告番号8がエピペンを最後
に処方された日からは2年以上が経過しており(原告番号8本人),平成2
8年1月15日の受診以降,抗ヒスタミン剤のアレグラの服用は1日1回
に減量され,同年7月15日には,医師から,アレグラは基本的に中止と
し,外食前のみ内服するよう指示を受けていること(甲C8の11)を踏
まえても,現在も本件アレルギーの症状が継続していると認められる。
ウ損害額
以上によれば,原告番号8は,急性期の症状は重症であり,また,現在
も本件アレルギーの症状が継続し,医師から小麦を除去するよう指示され
ており,共通基礎損害のほか,重症加算,症状継続加算,小麦除去継続加
算が認められるから,損害額は250万円とするのが相当である。
⑶原告番号9
ア急性期の重症度
原告番号9は,平成17頃に本件石けんの使用を開始し(甲C9の1・
3),平成23年6月頃まで使用を継続していたところ(甲C9の1),本
件石けんの使用を開始した後しばらくして,くしゃみや鼻水が出るように
なり,鎌倉医院に通院していた(甲C9の7)。
原告番号9は,平成22年10月17日,スパゲッティーを食べた後,
眼瞼の腫脹,全身のじんま疹,呼吸が苦しくなる等の症状を発症し,金町
中央病院へ救急搬送された。救急搬送時の診療記録によれば,全身にじん
ま疹が出現していた上,呼吸困難の症状があり,酸素マスクにより6リッ
トルの酸素投与が行われた。(甲C9の4・9)
その後,原告番号9は,平成23年11月2日,髙野医科クリニックに
おいて,本件アレルギーであるとの確定診断を受けた。(甲C9の2)
以上によれば,原告番号9の急性期の症状は,アナフィラキシーのグレ
ード分類のグレード4に相当するものであったことが認められる。
イ症状継続の有無
原告番号9は,平成26年7月19日以降,平成29年10月17日に
小麦特異的IgE抗体価を検査するために髙野医科クリニックを受診する
までの間,医療機関を受診していない。なお,原告番号9は,平成26年
頃冷やし中華を食べてみたところ,すぐに目の周りが腫れ,くしゃみや鼻
水が出たことがあり,また,パンをひとくち食べてみた際も,目の周りが
痒くなり,くしゃみや鼻水の症状が出たことがあると主張するが,そのよ
うな症状を発症した旨の記載のある診療記録等は提出されていない。平成
29年10月時点において,原告番号9の小麦特異的IgE抗体価及びグ
ルテン特異的IgE抗体価は,いずれもクラス1であり,グルパール19
Sのプリックテストは陽性であるが(甲C9の12・13),上記のとおり,
原告番号9は,平成26年7月19日以降,平成29年10月17日に血
液検査を受けるまで,約3年間医療機関を受診しておらず,また,プリッ
クテストでグルパール19Sに陽性反応が認められても,そのことから直
ちに小麦を摂取することができないということはできないから,原告番号
9について,現在も小麦を摂取すると本件アレルギーの症状が誘発される
ことの立証はないといわざるを得ない。
なお,原告番号9は,平成29年10月17日,医師から今後も小麦を
食べてはいけないなどと告げられたと主張するが,同日の診療記録には,
医師から今後も小麦を除去するよう指示があったことがうかがわれる記載
はなく(甲C9の13),医師から小麦の除去を指示されているとも認めら
れない。
ウ損害額
以上によれば,原告番号9は,急性期の症状は重症であるが,現在まで
本件アレルギーの症状が継続しているとはいえないから,共通基礎損害の
ほか,重症加算が認められ,損害額は150万円とするのが相当である。
⑷原告番号17
ア急性期の重症度
原告番号17は,平成21年6月頃に本件石けんの使用を開始し(甲C
17の3),平成23年4月頃まで使用を継続していたところ(甲C17の
1),平成22年7月10日,眼瞼が腫れ,岸田眼科を受診した(甲C17
の8)。
また,同年8月28日,ハンバーガーを食べた後に頭痛薬を服用したと
ころ,眼瞼の腫脹,じんま疹等の症状を発症し,日本大学附属板橋病院の
救急外来を受診した。(甲C17の4・5)
平成23年2月27日には,旅行中にカレーとナンを食べた後,頭痛薬
を服用したところ,眼瞼が腫れ,全身が痒くなり,目や頚部,手に紅斑が
出る等の症状を発症し,日本大学附属板橋病院の救急外来を受診した。原
告番号17は,このとき気道の腫れによる息苦しさがあったと主張するが,
来院時の診療記録には,呼吸困難や呼吸苦等の記載はなく,原告番号17
が呼吸困難等の症状を発症していたとは認められない。(甲C17の6・7
・11)
その後,原告番号17は,平成23年11月30日,相模原病院におい
て,本件アレルギーであるとの確定診断を受けた。(甲C17の2)
原告番号17の診療記録等を通覧しても,主訴の大半は,眼瞼を中心と
した顔面の腫脹や目のかゆみであり,そのほかには,顔面の発赤,じんま
疹,紅斑,のどのつまり,下痢が見られるにとどまっている。(甲C17の
4から12まで・14,乙イC17の1)
したがって,原告番号17の急性期の症状は,アナフィラキシーのグレ
ード分類のグレード2ないし3に相当するものであったことが認められ
る。
イ症状継続の有無
平成25年9月27日の診療記録によれば,原告番号17は,同年7月
及び8月は,本件アレルギーの症状が出現していなかったものの,平成2
6年6月27日の診療記録によれば,麦芽エキスの使用されているカレー
を食べて腹痛や下痢の症状が出現したり,中華料理を食べて目の上がかゆ
くなったりしたことがあり,医師からは,同日,小麦を摂取しないよう指
示された。(甲C17の12,乙イC17の1)
また,その後も,月に1回程度,小麦が含まれていることを知らずに小
麦を誤食して腹痛が生じたり,目の周囲や四肢にじんま疹が出現したりす
ることがあった。(甲C17の14)
原告番号17の小麦特異的IgE抗体価は平成25年9月27日以降,
グルテン特異的IgE抗体価は平成26年6月27日以降,陰性化し(甲
C17の11・12,乙イC17の1),平成28年5月頃には,医師の指
示を受け抗アレルギー剤の服用を中止したが,症状に顕著な変化はなく,
小麦の経口摂取も検討されているが,その後も,原告番号17は,小麦を
摂取していなくても寝不足時や疲れている時にじんま疹が出ている。平成
29年4月21日時点でも少量の小麦の誤食で症状が出ており,医師から
は,引き続き小麦の摂取を避けるよう指示され,小麦の経口摂取は先送り
となっている(甲C17の14)。
そうすると,原告番号17は,現在もアナフィラキシーのグレード分類
のグレード1ないし2の症状が継続していると認められる。
ウ損害額
以上によれば,原告番号17は,急性期の症状は重症ではないが,現在
まで本件アレルギーの症状が継続し,医師から小麦を除去するよう指示さ
れており,共通基礎損害のほか,症状継続加算及び小麦除去継続加算が認
められるから,損害額は200万円とするのが相当である。
⑸原告番号21
ア急性期の重症度
原告番号21は,平成21年9月頃に本件石けんの使用を開始し(甲C
21の1・3),平成23年6月頃まで使用を継続していたところ(甲C2
1の1),平成21年12月頃から,首や鼻のかゆみ,咽頭の違和感等の症
状が現れるようになり,豊島耳鼻咽頭科クリニックを受診した(甲C21
の5)。
また,平成22年6月23日,ランニング中に,両眼瞼の腫脹やかゆみ
が出現し,斉藤眼科医院を受診した。その後も,ランニング中に度々目の
かゆみや発赤等の症状が現れ,同年7月10日,同年9月24日,平成2
3年2月22日,同年6月10日に同病院を受診した。(甲C21の4)
そして,原告番号21は,平成23年6月22日,相模原病院において,
本件アレルギーであるとの確定診断を受けた。(甲C21の6)
原告番号21の診療記録を通覧しても,主訴の大半は,眼瞼を中心とし
た顔面腫脹及び目のかゆみであり,そのほかには,目の充血,咽頭の違和
感,体がピリピリしのどがつまる感じが見られるにとどまっている。(甲C
21の4・5・6・8・9・11から13まで,乙イC21の1)
なお,原告番号21は,ランニング中,両眼や顔のかゆみ,両眼瞼の腫
脹のほかに,めまいやふらつき,呼吸困難の症状があり,それらの症状は
平成23年1月頃からさらに悪化した旨を主張し,原告番号21本人尋問
の結果及び陳述書(甲C21の1)中にはその旨の供述及び陳述部分があ
るが,原告番号21の診療記録には,呼吸困難等の症状を発症したことを
うかがわせる記載はなく(甲C21の4),呼吸困難等の症状を発症してい
たとは認められない。
したがって,原告番号21の急性期の症状は,アナフィラキシーのグレ
ード分類のグレード1ないし2に相当するものであったことが認められ
る。
イ症状継続の有無
原告番号21は,平成24年4月6日以降,小麦特異的IgE抗体価が
陰性化し,同年6月29日から,パン8分の1切れやクッキーの摂取を開
始したが,摂取後に目のかゆみが出現し,小麦の摂取は中止された。その
後,平成25年10月18日には,パン16分の1切れを食べても本件ア
レルギーの他覚症状は現れず,医師から,パン16分の1切れを毎日食べ
るよう指示されたが,パン16分の1切れを食べ始めると3日目に目のか
ゆみが出現し,再び小麦の摂取は中止となった。また,平成26年3月末
頃にからし明太子とシーザードレッシングを食べたところ,3日後に両眼
のかゆみ,腫れ,充血の症状が出現した。医師からは,しばらく小麦を食
べないようにとの指示を受けた。(甲C21の6・8)
その後も,しょうゆを煮物で使用して眼球結膜が腫れる等の症状が出る
ことがあったことから,医師からは,小麦の摂取はもう少し経過を見てか
ら再開するとの方針が示された。(甲C21の11)
そうすると,平成27年6月26日や平成28年6月24日の診療記録
には,小麦を食べていなくても,白目や眼瞼が浮腫のようになる旨の記載
があること(甲C21の11),原告番号21は,飲料水中の食品添加物で
も目のかゆみ等の症状が出ること(原告番号21本人)を踏まえても,原
告番号21は,現在もアナフィラキシーのグレード分類のグレード1の症
状が継続しているものと認められる。
ウ損害額
以上によれば,原告番号21は,急性期の症状は重症ではないが,現在
まで本件アレルギーの症状が継続し,医師から小麦を除去するよう指示さ
れており,共通基礎損害のほか,症状継続加算及び小麦除去継続加算が認
められるから,損害額は200万円とするのが相当である。
⑹原告番号27
ア急性期の重症度
原告番号27は,平成19年5月頃に本件石けんの使用を開始し(甲C
27の1・4),平成23年10月頃まで使用を継続していたところ(甲C
27の1),平成22年3月頃,両眼のかゆみ,両眼瞼の腫脹,流涙等の症
状が出現して,同月12日,石川眼科を受診し,同月20日,同年5月2
4日,同年10月12日,同年10月27日,同年12月14日にも同様
の症状で同眼科を受診した(甲C27の9)。
また,平成22年4月頃から,目の周囲にじんま疹が出るようになり,
同月20日から同年12月11日まで計6回,実川皮フ科クリニックを受
診した。(甲C27の8)
原告番号27は,平成23年10月10日,昼食にヒレカツやイカの刺
身等を食べた後,歩行中に,両手のかゆみ,眼瞼浮腫,全身の発赤,嘔吐,
呼吸困難,ぜん鳴,けいれん等の症状を発症した上,一時意識を消失し,
東京都立墨東病院に救急搬送された。救急現着時,原告番号27は,意識
レベルがJCSⅠ-1(見当識は保たれているが意識清明ではない状態)
であり,血圧は85/44mmHg,SpO2は94%まで低下してショ
ック状態であった。原告番号27は,搬送先の墨東病院において,アナフ
ィラキシーショックであるとの診断を受け,同病院に1日間入院した。(甲
C27の5)
そして,原告番号27は,平成23年12月9日,石田クリニックにお
いて,グルパール19Sのプリックテストが陽性となり,本件アレルギー
であるとの確定診断を受けた。(甲C27の2)
以上によれば,原告番号27は,平成23年10月10日に呼吸困難,
ぜん鳴,血圧低下,意識消失等の症状を発症してアナフィラキシーショッ
クと診断されており,原告番号27の急性期の症状はアナフィラキシーの
グレード分類のグレード4ないし5に相当するものであったことが認めら
れる。
イ症状継続の有無
原告番号27は,平成23年10月10日のアナフィラキシーショック
の発症後,慢性的にじんま疹が出現していたものの,現在まで小麦を摂取
しておらず,重篤なアレルギー症状は発症していない。そして,原告番号
27は,平成26年8月2日に都立大学駅前すみクリニックを受診した以
降,平成28年5月16日及び平成29年6月16日に血液検査を受けた
ほかは,医療機関を受診していない。(甲C27の6・10,乙イC27の
1)
しかしながら,原告番号27のIgE抗体価は,平成29年6月16日
時点においても,小麦特異的IgE抗体価がクラス2,グルテン特異的I
gE抗体価がクラス3と高い値を示しており,医師は,同月27日,原告
番号27はまだアナフィラキシーを起こす危険性があるレベルであるとし
て,エピペンを処方している(甲C27の10)。そうすると,原告番号2
7は,現在も小麦を摂取することはできず,本件アレルギーが継続してい
ると認めるのが相当である。また,医師は,明確に小麦の除去を指示して
いるものではないが,まだアナフィラキシーを起こす危険性があるレベル
であると判断していることからすれば,医師から小麦の摂取禁止の指示が
あったものと同視することができるというべきである。
ウ素因減額
原告番号27は,平成23年10月11日時点で,小麦特異的IgE抗
体価がクラス3,グルテン特異的IgE抗体価がクラス4であるところ,
ω-5グリアジン特異的IgE抗体価はクラス2であり(甲C27の6),
平成29年6月16日時点でも,小麦特異的IgE抗体価がクラス2,グ
ルテン特異的IgE抗体価がクラス3であるところ,ω-5グリアジン特異
的IgE抗体価はクラス1で(甲C27の10),ω-5グリアジンの特異
的IgE抗体価が擬陽性となっている。また,アナフィラキシーショック
を起こした平成23年10月10日以降の症状について見ると,原告番号
27の主訴の多くは膨疹である(甲C27の6)。
前記認定事実(第1の5⑷ア)のとおり,通常型小麦アレルギーの80
%はω-5グリアジンが主要抗原であるのに対し,本件アレルギーはω-
5グリアジンに対するIgE抗体価は低値であることや,通常型小麦アレ
ルギーにより誘発される主要な症状は全身性の膨疹であるのに対し,本件
アレルギーによる誘発される主要な症状は眼瞼浮腫であることからすれ
ば,原告番号27は,本件アレルギーと通常型小麦アレルギーが相まって
症状を発症しているものと推認するのが相当である。以上の事情に鑑みる
と,原告番号27については,2割の素因減額をするのが相当である。
エ損害額
以上によれば,原告番号27は,急性期の症状は重症であり,また,現
在まで本件アレルギーの症状が継続し,医師から小麦を除去するよう指示
されており,共通基礎損害のほか,重症加算,症状継続加算,小麦除去継
続加算が認められるが,2割の素因減額をし,損害額は200万円とする
のが相当である。
⑺原告番号46
ア急性期の重症度
原告番号46は,平成21年6月頃に本件石けんの使用を開始し(甲C
46の3),平成23年5月頃まで使用を継続していたところ(甲C46の
1),平成22年12月頃,洗顔後にくしゃみや目のかゆみ,腫れ,のどの
違和感等の症状が出現するようになった(甲C46の6)。
平成23年5月19日,昼にしゅうまい弁当を食べアクアビクスをした
ところ,眼瞼浮腫,くしゃみ,鼻水,吐き気,胃痛,呼吸苦等の症状が出
現し,武蔵野赤十字病院に救急搬送された。救急搬送時には,意識は清明
であり,SpO2も98%で呼吸苦は消失していたが,眼瞼浮腫のほか,
胃痛,のどの狭窄音があり,アナフィラキシーショックと診断された。(甲
C46の5)
原告番号46は,平成23年6月,さくら皮膚科スキンケアクリニック
において,小麦アレルギーであると診断され(甲C46の4),その後,平
成23年11月30日,相模原病院において,グルパール19Sのプリッ
クテストが陽性となり,本件アレルギーであるとの確定診断を受けた(甲
C46の2)。
以上によれば,原告番号46の急性期の症状は,アナフィラキシーのグ
レード分類のグレード4に相当するものであったことが認められる。
イ症状継続の有無
原告番号46は,平成25年7月以降,医師から,少しずつ小麦を摂取
してみるよう指示され,しょうゆやパン16分の1切れを10日間摂取し
たが,倦怠感が生じるなどしたため,小麦の摂取は中止された。原告番号
46の主訴は倦怠感にとどまっている上,原告番号46は小麦を食べてい
なくても倦怠感が生じており,倦怠感の出現がすべて本件アレルギーによ
って誘発されたものかは疑問もあるが,原告番号46は,平成27年9月
頃,プリンに入ったスポンジケーキを誤食し,のどが詰まるような状態に
なったことがあり,また,平成29年10月27日,経口負荷試験として
パン16分の1切れを摂取した際には,のどが詰まる感じや首元や頭皮に
軽度のかゆみが出現した。そして,原告番号46は,同日,医師から,少
量の誤食は問題ないが,しょうゆ製品を除き,小麦の除去を継続するよう
指導を受けた。(甲C46の6から9まで)
そうすると,小麦特異的IgE抗体価及びグルテン特異的IgE抗体価
は,平成26年1月10日時点でいずれも陰性化していること(甲C46
の7,乙ロC46の1)を踏まえても,原告番号46は,現在もアナフィ
ラキシーのグレード分類のグレード1の症状が継続していると認められ
る。
ウ素因減額
原告番号46は,平成23年5月19日のアナフィラキシーショック後
の主訴の大半は倦怠感や膨疹であり,そのほかには,のどが詰まる感じ,
かゆみ,くしゃみ等が見られるところ(甲C46の6から9まで),医師は,
平成26年12月12日,原告番号46の小麦に対する症状は非IgE型
の症状である可能性があることを指摘している(甲C46の7)。
また,原告番号46は,平成26年9月頃,小麦が入っていないトロー
チをなめたときに,のどが詰まる感じや咳き込み,呼吸困難が出現したこ
とがある上,小麦を摂取していなくても,プールで泳ぐと鼻や目がかゆく
なり,毎日のように体のだるさが続くなどしており,医師も,同年12月
12日,MCS(化学物質過敏症)の疑いを指摘し,その後,化学物質過
敏症の症状が増悪しているとして,スイミングインストラクターの仕事を
休職してプールの塩素から離れてみることを勧めている。さらに,平成2
9年7月14日には,グルパール19S特異的IgE抗体価は陰性化して
いる。(甲C46の7・8)
そうすると,少なくとも,本件アレルギーの確定診断後の倦怠感や,の
どが詰まる感じ,目のかゆみ等の症状は,原告番号46が罹患している化
学物質過敏症等の他原因が競合して生じているものと認めるのが相当であ
る。以上の事情に鑑みれば,症状継続加算と小麦除去加算について5割の
素因減額をするのが相当である。
エ損害額
以上によれば,原告番号46は,急性期の症状が重症であり,また,現
在まで本件アレルギーの症状が継続し,医師から小麦を除去するよう指示
を受けているから,基礎損害のほか,重症加算,症状継続加算,小麦除去
継続加算が認められるが,症状継続加算と小麦除去加算については5割の
素因減額をし,損害額は200万円とするのが相当である。
⑻原告番号56
ア急性期の重症度
原告番号56は,平成21年12月頃に本件石けんの使用を開始し(甲
C56の1・3),平成23年5月まで使用を継続していたところ(甲C5
6の1),同年5月13日,昼食にパスタとパンを食べて帰宅する途中,眼
瞼浮腫や全身の紅斑等の症状を発症し,河北総合病院の救急外来を受診し
た。原告番号56は,このとき,呼吸が苦しくなり,意識が朦朧としてい
たなどと主張するが,救急外来受診時の診療記録には呼吸困難や意識消失
等の症状が出現していた旨の記載はなく,血圧は146/92,SpO2
は96%であり(甲C56の7),中野総合病院における同月17日の診療
記録にも,発症当日の症状として「のどせばまっている感じ」との記載
があるのみであるから(甲C56の6),原告番号56が呼吸困難や意識障
害の症状を発症していたとは認められない。
その後,原告番号56は,平成24年2月7日,中野総合病院において,
本件アレルギーであるとの確定診断を受けた。(甲C56の2・6)
原告番号56の診療記録を通覧しても,主訴の大半は,腹痛や下痢であ
って,必ずしも本件アレルギーとの関連性は明らかではなく,そのほかに
は,目のかゆみ,眼瞼浮腫,紅斑,咽頭の違和感等が見られるにとどまっ
ている。(甲C56の6から8まで,乙ロC56の1)
したがって,原告番号56の急性期の症状は,アナフィラキシーのグレ
ード分類のグレード2ないし3に相当するものであったことが認められ
る。
イ症状継続の有無
原告番号56は,現在も小麦を摂取していないが,平成24年2月14
日には,医師から小麦の加工製品を少しずつ食べ始めてみるよう指示され
ている。同年3月14日には,朝にパン,昼に麺類を食べて,右眼に違和
感が生じたことがあるが,他覚症状は出現していない。(甲C56の6)
しかしながら,平成27年には,パンを少量誤食して腹痛を発症し,ま
た,平成29年2月には,小麦成分を含んだ粘土を触ってアレルギー症状
が出たことがあるほか,外食をするとたびたび腹痛を生ずることがあった。
(甲C56の8)
そうすると,小麦特異的IgE抗体価及びグルテン特異的IgE抗体価
は,平成24年2月7日以降,陰性となっていること(乙ロC56の1),
平成28年の夏にはカナダに旅行に行ったが,グルテンフリーが徹底され
ていたことから症状は出なかったこと(甲C56の8)を踏まえても,原
告番号56は,現在もアナフィラキシーのグレード分類のグレード1ない
し2の症状が継続していると認められる。
ウ損害額
以上によれば,原告番号56は,急性期の症状は重症ではなく,また,
現在も本件アレルギーの症状が継続しているが,医師から小麦を除去する
よう指示されているものではないから,共通基礎損害のほか,症状継続加
算が認められ,損害額は150万円とするのが相当である。
⑼原告番号58
ア急性期の重症度
原告番号58は,平成21年7月頃に本件石けんの使用を開始し(甲C
58の3),平成22年8月頃まで使用を継続していたところ(甲C58の
1),平成22年3月,同年4月,同年8月に眼瞼の腫脹が出現し,同年8
月6日,さとう眼科を受診した(甲C58の4,原告番号58本人)。
平成23年3月5日,朝食に手打ちうどんとお粥を食べた後,腕を中心
にじんま疹が出現し,吐き気と便意を催してトイレに行ったところ,便座
に座り後ろのタンクにもたれかかった状態で意識を消失し,都立墨東病院
救命救急センターに救急搬送された。救急搬送時の診療記録によれば,原
告番号58は,当時,SpO2は100%であったが,意識レベルはJC
SⅠ-1(見当識は保たれているが意識清明ではない状態)で,総頸動脈
は微弱,両上肢に発赤が出現していた。原告番号58は,同病院において
アナフィラキシーショックと診断され,同病院に1日間入院した。(甲C5
8の5)
そして,原告番号58は,平成23年3月7日,徳重皮膚科内科医院に
おいて小麦アレルギーであると診断され(甲C58の9),同年10月18
日,日本橋内科・アレルギー科クリニックにおいて,本件アレルギーであ
るとの確定診断を受けた(甲C58の2)。
以上によれば,原告番号58の急性期の症状は,アナフィラキシーのグ
レード分類のグレード4ないし5に相当するものであったことが認められ
る。
イ症状継続の有無
原告番号58は,小麦アレルギーであるとの診断を受けた後,現在に至
るまで,調味料を除き小麦を摂取しないようにしており,平成23年11
月24日頃に顔に湿疹が出現し,また,平成24年2月29日頃に眼瞼の
腫脹及びかゆみが出現したことがあるほかは,本件アレルギーの症状を発
症していない(甲C58の6,原告番号58本人)。原告番号58は,平成
24年2月29日に日本橋内科・アレルギー科クリニックを受診して以降,
平成25年8月に血液検査のために同病院を受診するまで,医療機関を受
診しておらず,その後も,平成27年7月及び9月に東京医科大学病院で
血液検査及びプリックテストを受けるまで,医療機関を受診していない(
甲C58の7・8,原告番号58本人)。
なお,原告番号58は,平成27年7月16日時点で,小麦特異的Ig
E抗体価は陰性であったが,グルテン特異的IgE抗体価はクラス1であ
り,また,平成27年9月29日のプリックテストでは,グルパール19
Sについて陽性反応が認められている(甲C58の8)。そして,原告番号
58は,同日のプリックテストの結果を受けて,医師に対し小麦は食べな
い方がよいか聞いたところ,医師は「はい」と答えた旨を供述する(原告
番号58本人)。しかしながら,原告番号58の診療記録には,同日,医師
が原告番号58に対し小麦の除去を指示したことがうかがわれる記載はな
い(甲C58の8)。また,原告番号58は,普段,抗アレルギー剤を服用
せず,また,運動制限もなく食後には家事をしているにもかかわらず(原
告番号58本人),上記のとおり,平成24年2月29日以降,本件アレル
ギーの症状を発症して医療機関を受診したことはない。そうすると,原告
番号58については,現在も小麦摂取すれば本件アレルギーの症状を発症
するという立証がないといわざるを得ない。したがって,原告番号58に
ついて,現在も本件アレルギーの症状が継続しているとは認められない。
ウ損害額
以上によれば,原告番号58は,急性期の症状は重症であるが,現在も
本件アレルギーの症状が継続しているとは認められないから,共通基礎損
害のほか,重症加算が認められ,損害額は150万円とするのが相当であ
る。
⑽原告番号67
ア急性期の重症度
原告番号67は,平成21年9月頃に本件石けんの使用を開始し(甲C
67の3),平成23年4月頃まで使用を継続していたところ(甲C67の
1),平成22年6月17日,購入した鶏の唐揚げを食べて散歩中,顔面の
腫脹,手足のしびれ,じんま疹等の症状を発症し,相模原協同病院に救急
搬送された。救急隊到着時,原告番号67は,意識は清明であったが,拡
張期血圧が88mmHgまで低下していた(甲C67の4・5)。
同年9月22日には,朝食に冷や奴とキムチを食べた後ランニングして
いたところ,顔面や四肢のかゆみ,発赤,顔面の腫脹等の症状を発症し,
東芝林間病院に救急搬送された。(甲C67の6)
また,平成23年2月17日にも,食後にジョギング中,全身発赤,眼
瞼浮腫,息苦しさ等の症状が出現し,川口工業総合病院に救急搬送された。
原告番号67は,緊急搬送時,意識は清明で,SpO2は98%であった
が,血圧は89/52mmHgまで低下しており,同病院においてアナフ
ィラキシーショックであると診断された。(甲C67の7)
そして,原告番号67は,平成24年3月23日,相模原病院において,
本件アレルギーであるとの確定診断を受けた。(甲C67の2)
以上によれば,原告番号67は,平成22年6月17日及び平成23年
2月17日に呼吸困難,血圧低下等の症状を発症しており,原告番号67
の急性期の症状は,アナフィラキシーのグレード分類のグレード4に相当
するものであったことが認められる。
イ症状継続の有無
平成24年3月23日時点で原告番号67の小麦特異的IgE抗体価及
びグルテン特異的IgE抗体価はともに陰性となっている。(甲C67の
4)
しかしながら,原告番号67は,平成25年3月29日頃も,運動で症
状が誘発されるため小麦をほとんど摂取できておらず(甲C67の8),平
成26年11月29日頃も,小麦を少しでも食べると運動と関係なくかゆ
みや腫れ,腹部症状が生じている(乙ロC67の1)。平成28年1月16
日頃は,少しでも小麦を摂取して運動するとかゆみが出現し(甲C67の
10),その後,小麦を摂取しただけでも症状が出ている(甲C67の11)。
原告番号67は,現在も小麦を摂取しておらず,約6か月から8か月に一
度通院し,抗アレルギー剤とエピペンの処方を受けている(甲C67の9
から11まで)。
したがって,原告番号67は,現在もアナフィラキシーのグレード分類
のグレード1ないし2の症状が継続していると認められる。
もっとも,原告番号67の診療記録には,医師から小麦を除去するよう
明確な指示があったことがうかがわれる記載はなく(甲C67の9から1
1まで),医師から小麦の除去を指示されているとは認められない。
ウ損害額
以上によれば,原告番号67は,急性期の症状は重症であり,現在も本
件アレルギーの症状が継続しているが,医師から小麦を除去するよう指示
されているものとは認められないから,共通基礎損害のほか,重症加算及
び症状継続加算が認められ,損害額は200万円とするのが相当である。
⑾原告番号74
ア急性期の重症度
原告番号74は,平成19年6月頃に本件石けんの使用を開始し(甲C
74の3から6まで),平成23年2月頃まで使用を継続していたところ(
甲C74の1),平成22年10月28日,昼食にパンを食べ薬を服用した
後,全身の発赤やそう痒感,眼瞼及び顔面の腫脹,口腔内のしびれ,呼吸
困難等の症状を発症し,医療法人甲辰会海保病院に救急搬送された。原告
番号74は,同病院においてアナフィラキシーショックであると診断され,
同日から同年11月2日まで,同病院に入院した(甲C74の7)。
その後も,原告番号74は,小麦を摂取して眼瞼や顔面の浮腫,顔面の
かゆみ,じんま疹等の症状を発症することがあった。そして,原告番号7
4は,平成24年1月6日,船橋市立医療センターにおいて,本件アレル
ギーであるとの確定診断を受けた。(甲C74の2)
以上によれば,原告番号74の急性期の症状は,アナフィラキシーのグ
レード分類のグレード4に相当するものであったことが認められる。
イ症状継続の有無
原告番号74は,平成24年10月30日,医師から,小麦に関しては,
むやみに摂取しないにこしたことはないが,摂取量が少なく,かつ食後2
~4時間は安静にしていれば摂取できる場合も少なからずあり,エピペン
も携帯しているので,自宅で体調の良い時に注意して摂取してみてはどう
かとのアドバイスをされたが(甲C74の8),小麦製品を食べて顔面の紅
潮が見られたことがあり,医師から小麦の除去をもう少し続けるよう指示
された(乙ロC74の1)。
その後,原告番号74は現在に至るまで小麦を摂取していないが,平成
27年の夏頃,小麦が使用された調味料を摂取した際にアレルギー症状が
現れたことがあり,また,平成28年5月,原告番号74の近所の住民が
原告番号74の家の前の畑で小麦を栽培し始めた頃から,じんま疹やかゆ
み,口唇が腫れる等の症状が出現した。(甲C74の10)
そうすると,原告番号74の小麦特異的IgE抗体価及びグルテン特異
的IgE抗体価は,平成25年12月17日以降陰性化していること(乙
ロC74の1)を踏まえても,現在もアナフィラキシーのグレード分類の
グレード1の症状が継続しているものと認められる。
ウ損害額
以上によれば,原告番号74は,急性期の症状が重症であり,また,現
在も本件アレルギーの症状が継続し,医師から小麦を除去するよう指示さ
れており,共通基礎損害のほか,重症加算,症状継続加算,小麦除去継続
加算が認められるから,損害額は250万円とするのが相当である。
⑿原告番号78
ア急性期の重症度
原告番号78は,平成20年頃に本件石けんの使用を開始し(甲C78
の3・4),平成23年8月頃まで使用を継続していたところ(甲C78の
1),平成22年4月29日,朝食にパン,昼食に焼きそばを食べ,家の掃
除をしていた際,両眼瞼や顔全体が腫れ,橋本眼科クリニックを受診した。
同年7月10日,同年10月16日,平成23年8月22日にも同様に眼
瞼が腫脹した(甲C78の6・7)。
その後,原告番号78は,平成23年11月21日,本件アレルギーを
疑い,東京女子医科大学病院を受診し,平成24年1月23日から同月2
7日の間,同病院に検査入院した。そして,原告番号78は,同年3月1
5日,同病院において,本件アレルギーであるとの確定診断を受けた。(甲
C78の1・2)
原告番号78の診療記録を通覧しても,主訴の大半は,眼瞼浮腫やそう
痒であり,そのほかには,口腔の違和感,目の充血,鼻閉,せき,紅斑,
頭痛,吐き気,腹痛,息苦しさ等が見られるにとどまっている。(甲C78
の5・6・7,乙ロC78の1)
したがって,原告番号78の急性期の症状は,アナフィラキシーのグレ
ード分類のグレード1ないし3に相当するものであったことが認められ
る。
イ症状継続の有無
原告番号78は,平成24年1月24日に小麦負荷試験,同月25日に
小麦及び運動負荷試験を行ったところ,食パン3枚を食べた後に運動をし
ても,眼のそう痒感が現れたほかは,明らかな眼瞼浮腫や呼吸苦等は生じ
ていなかったが,同月26日,アスピリンを服用の上,小麦及び運動負荷
試験を行ったところ,左眼瞼腫張や眼球の充血等の症状を発症した。(甲C
78の5)
原告番号78は,その後,抗アレルギー剤の服用を中止したが,平成2
6年6月26日の診療記録によれば,バターサンドやカレーを食べても,
口腔内にざらざら感が出現したのみであり,同日,医師から,外出先での
小麦の摂取はやめるべきであるが,自宅で安静にしていられる場合には,
食パン1枚,ラーメン半分,パスタ半分,うどん半分,クッキー2,3枚
等を目安に小麦を摂取してよい旨の指示を受けた。その後,同年7月1日
にラーメンを2口食べたところ,直ちに腹痛が生じ,同月8月3日にそう
めんチャンプルー1人前を食べたところ,口腔内の違和感,鼻閉,息苦し
さが現れたことがあったが,医師からは,引き続き,自宅で安静にしてい
られるときには食パン1枚等を目安に小麦を摂取するよう指導されてい
る。(乙ロC78の1)
原告番号78は,現在も基本的に小麦を摂取していないが,平成26年
8月頃に徳島市に転居した後は,平成27年6月に診断書の発行を受けた
ほか,医療機関を受診しておらず,現在も小麦を摂取すると症状が誘発さ
れることの立証はない。原告番号78の小麦特異的IgE抗体価及びグル
テン特異的IgE抗体価は,平成24年9月6日以降陰性化し,平成25
年11月21日にはグルパール19Sの特異的IgE抗体価も陰性化して
いること(乙ロC78の1)も踏まえると,原告番号78について,現在
も本件アレルギーの症状が継続しているとは認められない。
ウ損害額
以上によれば,原告番号78は,急性期の症状が重症ではなく,また,
現在まで本件アレルギーの症状が継続しているとも認められないから,損
害額は共通基礎損害の100万円とするのが相当である。
⒀原告番号83
ア急性期の重症度
原告番号83は,平成19年5月頃に本件石けんの使用を開始し(甲C
83の3),平成22年12月頃まで使用を継続していたところ(甲C83
の1),平成21年4月頃から,顔がむくむようになり(甲C83の6),
同年6月12日,昼食にタンメンを食べて帰宅したところ,眼瞼浮腫,鼻
水,目の充血,目のかゆみ等の症状が出現し,厚生中央病院を受診した(
甲C83の7)。
また,平成21年8月30日頃,懐石料理でうどんや天ぷらを食べたと
ころ,じんま疹が出て,牛山医院を受診した。(甲C83の8)
原告番号83は,平成21年9月,同年11月,同年12月、平成22
年2月にも同様の症状を発症し,同年5月には,同様の症状に加え,息苦
しさを感じるようになった。平成22年7月,クッキーとうどんを食べて
じんま疹等の症状が出現し,東京医科大学病院において血液検査を行った
ところ,小麦アレルギーであることが判明した。(甲C83の6)
そして,平成24年4月24日,東京医科大学病院において,本件アレ
ルギーであるとの確定診断を受けた。(甲C83の2)
原告番号83は,本件訴訟の提訴後の平成24年8月31日,ハンバー
グランチの1口サイズのキッシュを食べた後,歩行中に,眼瞼浮腫,顔面
や胸腹部の発赤,胸苦しさ,吐き気等の症状を発症し,東京医科大学病院
に救急搬送され,アナフィラキシーと診断されて,2日間同病院に入院し
た。救急隊到着時,原告番号83は,意識は清明であったが,胸苦しさを
訴えており,SpO2は89%まで低下していたため,酸素10リットル
を投与された。(甲C83の5・6)
以上によれば,原告番号83は,平成24年8月31日,呼吸困難の症
状を発症していたといえ,原告番号83の急性期の症状は,アナフィラキ
シーのグレード分類のグレード4に相当するものであったことが認められ
る。
イ症状継続の有無
原告番号83は,平成26年2月頃,医師から,少しなら小麦を食べて
みてよいと言われたものの,同年2月4日の検査でも小麦特異的IgE抗
体価及びグルテン特異的IgE抗体価がともにクラス2であったため,医
師から,小麦を摂取しないよう指示された。(甲C83の9)
その後,原告番号83は,自宅でパンを半分程度食べるなどしていると
ころ,小麦を摂取後,運動をせず安静にしていれば,症状は発症していな
い(甲C83の9)。また,平成28年1月26日の診療記録には,「うご
かないとき,時々小麦をたべている。症状なし」との記載があり,また,
同年5月24日の診療記録にも,「家にいるときはパン半分ぐらい食べる」
との記載があるが,症状が誘発された旨の記載はなく,パンを食べても症
状を発症しなかったものと認められる(甲C83の13)。
しかしながら,平成27年5月2日の診療記録によれば,ラーメンを食
べて顔が腫れたことがあり,また,平成29年3月7日の診療記録によれ
ば,同年2月6日にケンタッキーの食品を食べて症状が出現したことがあ
った。(甲C83の13)
そうすると,平成27年5月2日時点においても原告番号83の小麦I
gE抗体価及びグルテン特異的IgE抗体価はクラス2であること(甲C
83の12)も踏まえると,原告番号83は,現在も,小麦を摂取すると
顔の腫れ等の症状を発症することがあり,アナフィラキシーのグレード分
類のグレード1の症状が継続していると認められる。
もっとも,最近症状が出現した旨の記載のある平成27年5月2日の診
療記録や平成29年3月7日の診療記録を見ても,原告番号83が医師か
ら小麦を除去するよう指示を受けた形跡はなく(甲C83の13),医師か
ら小麦の除去を指示されているとは認められない。
ウ損害額
以上によれば,原告番号83は,急性期の症状が重症であり,現在まで
本件アレルギーの症状が継続しているが,医師から小麦を除去するよう指
示されているものとは認められないから,共通基礎損害のほか,重症加算
及び症状継続加算が認められ,損害額は200万円とするのが相当である。
⒁原告番号89
ア急性期の重症度
原告番号89は,平成21年8月頃に本件石けんの使用を開始し(甲C
89の3),平成23年5月まで使用を継続していたところ(甲C89の
1),本件石けんの使用を開始してから,眼瞼や口唇が腫れるようになった
(甲C89の5)。
原告番号89は,平成23年5月9日,昼食にスライスオニオン,プリ
ンケーキ,ナビスコリッツ等を食べ,頭痛薬を服用したところ,眼瞼が腫
脹し,小金井眼科クリニックを受診した。(甲C89の6)
なお,原告番号89は,このとき,鼻がつまり呼吸が苦しくなり,意識
が遠のいた旨を主張するが,小金井眼科クリニックの診療記録には,その
ような症状が出現していた旨の記載はなく(甲C89の6),原告番号89
が呼吸困難や意識障害を発症していたとは認められない。
また,原告番号89は,平成23年5月14日,自宅でシャワーを浴び
ていたところ,血圧が上昇したような感じになり,眼瞼の腫脹,左半身の
痺れ等の症状が出現し,桜町病院に救急搬送され,同月16日まで同病院
に入院したと主張するが,退院証明書が提出されているのみで,同病院の
診療記録は提出されていないため,当日の具体的な症状は明らかではない
(甲C89の4)。また,原告番号89は,その後,平成23年7月及び平
成24年1月にも救急搬送されたことがあると主張するが,小麦の摂取と
の関連性は不明であり,原告番号89の罹患しているパニック障害による
ものである可能性があるから,本件アレルギーの症状を発症したものとは
認められない。
その後,原告番号89は,平成24年6月8日,相模原病院において,
本件アレルギーであるとの確定診断を受けた。(甲C89の2)
以上によれば,原告番号89の症状の大半は,眼瞼腫脹であり,そのほ
かには,目の周囲や頚部の湿疹,かゆみ,発赤等が見られるにとどまって
いる。(甲C89の5から7まで,乙ハC89の1)
したがって,原告番号89の急性期の症状は,アナフィラキシーのグレ
ード分類のグレード1ないし2に相当するものであったことが認められ
る。
イ症状継続の有無
平成25年5月24日の検査以降,原告番号89の小麦特異的IgE抗
体価及びグルテン特異的IgE抗体価はいずれも陰性であり(乙ハC89
の1),平成24年9月14日には,医師から,小麦を摂取後5分くらい歩
いたり,家の掃除をしたりしてよいとの指導をされた。また,平成25年
1月11日の診療記録によれば,ラーメンと焼きそばを食べて手に少し膨
疹が出たが,小麦は普通に食べることができており,医師からは,小麦を
摂取後軽い運動まではしてもよいとの指導をされた(甲C89の5)。
さらに,平成26年6月20日には,医師から,小麦摂取後中程度の運
動ならしてもよく,激しい運動の前以外は自由に小麦を摂取してよい旨の
指導をされた。その後,平成26年11月21日の診療記録によれば,原
告番号89は,小麦を摂取後30分以上歩いたり15分以上自転車に乗っ
たりしても症状を発症しておらず,略治状態であると診断された。(乙ハC
89の1)
その後,原告番号89は,平成27年3月中旬,手首から全身に発赤,
じんま疹が出たことがあるが,これは小麦アレルギーの症状ではなさそう
であると診断されており,平成28年5月13日の診療記録によれば,原
告番号89は,目のかゆみや湿疹が出ることはあるものの,そばやパスタ
などをほぼ毎日食べており,意識的に小麦を避ける場面はない。(甲C89
の7)
原告番号89の診療記録には,原告番号89は,略治状態と診断された
後も,目の周りの湿疹やかゆみが継続しており,平成28年5月に小麦摂
取を中止すると,目の周りや頸部の湿疹が改善した旨の記載がある。しか
しながら,原告番号89は,平成28年8月以降,主食として週に1,2
回小麦を食べているところ,目頭にかゆみがある程度で,他覚的な症状は
発症していない。(甲C89の7)
以上の事情を踏まえれば,原告番号89は,略治に至っているというべ
きであり,本件アレルギーの症状が継続しているとは認められない。
ウ損害額
以上によれば,原告番号89は,急性期の症状は重症とはいえず,また,
現在まで本件アレルギーの症状が継続しているとは認められないから,損
害額は共通基礎損害の100万円とするのが相当である。
⒂原告番号94
ア急性期の重症度
原告番号94は,平成18年9月頃に本件石けんの使用を開始し(甲C
94の3),平成20年9月頃まで使用を継続していたところ(甲C94の
1),使用を開始して1年が経過した頃から,本件石けんを使用して洗顔し
た後,眼の周囲に紅斑,四肢等にじんま疹が出るようになり,同時期から,
小麦を摂取すると,じんま疹や眼の腫れ,軽い呼吸困難感が出現するよう
になった(甲C94の5)。平成20年3月7日及び同年4月23日には,
全身にじんま疹が出現し,ねりま皮フ科クリニックを受診した(甲C94
の6)。また,平成20年7月7日には,昼食にパスタを食べた後歩いて帰
宅したところ,眼瞼の腫脹,全身のじんま疹の症状を発症し,新松戸中央
総合病院の救急外来を受診した(甲C94の7)。その後も,度々眼瞼の腫
張やじんま疹が出現し,小山耳鼻咽喉科アレルギー科医院に通院した(甲
C94の8)。
そして,平成24年1月13日,新松戸中央総合病院を受診し,血液検
査を受けたところ,小麦アレルギーであることが判明した。(甲C94の7)
平成24年3月22日,東京女子医科大学病院において行った小麦とパ
ンのプリックテストはいずれも陰性であった(甲C94の5)。同年4月に
は,同病院において,アスピリンを内服した上で食パン3枚を摂取する試
験をしたところ,皮疹やそう痒,呼吸器症状等は出現しなかったが,アス
ピリンを内服した上で食パン3枚を摂取し運動を行う試験では,強いそう
痒が全身に出現し,背部に膨疹が出るなどの症状が現れた(甲C94の4
・5)。そして,同月16日,同病院において,本件アレルギーであるとの
確定診断を受けた(甲C94の2・5)。
原告番号94の診療記録を通覧しても,主訴の大半は,全身のじんま疹
や眼瞼の腫脹であり,そのほかには,顔面の紅斑,そう痒,鼻水等が見ら
れるにとどまっている。(甲C94の4から8まで)
したがって,原告番号94の急性期の症状は,アナフィラキシーのグレ
ード分類のグレード1ないし2に相当するものであったことが認められ
る。
イ症状継続の有無
平成24年7月5日の診療記録によれば,原告番号94は,小麦を食べ
て顔にそう痒や紅斑が出現しており,また,同年9月20日の診療記録に
よれば,やきそばを食べて目と顔にかゆみが出現したことがあった。(甲C
94の5)
しかしながら,同年11月8日の診療記録によれば,パン1枚やパスタ
1人前程度の小麦を摂取しても,抗アレルギー剤を服用し小麦摂取後の運
動を避ければ症状は誘発されておらず,また,平成25年8月8日の診療
記録によれば,抗アレルギー剤の服用を中止した上で小麦を摂取しても症
状は誘発されていない。医師からは,同日,小麦の摂取後2,3時間程度
は安静にし,また,アスピリン等の非ステロイド性抗炎症薬を内服する際
には,小麦の摂取を控えるよう指示された。(甲C94の5・9)
そして,その後,原告番号94は,小麦を摂取した後の運動を避けてお
り,症状は誘発されていない。(甲C94の9・12)
以上によれば,原告番号94は,少なくとも平成25年8月時点におい
て,小麦を摂取後に運動をせず安静にしていれば,本件アレルギーの症状
を発症しておらず,その後4年以上にわたり本件アレルギーを発症した形
跡がないことから,原告番号94について,現在も小麦を摂取して運動を
すれば症状が誘発されることの立証はないといわざるを得ない。したがっ
て,原告番号94について,現在も本件アレルギーの症状が継続している
とは認められない。
ウ損害額
以上によれば,原告番号94は,急性期の症状は重症とはいえず,また,
現在まで本件アレルギーの症状が継続しているとは認められないから,損
害額は共通基礎損害の100万円とするのが相当である。
⒃原告番号138
ア急性期の重症度
原告番号138は,平成22年1月頃に本件石けんの使用を開始し(甲
C138の3),平成24年2月頃まで使用を継続していたところ(甲C1
38の1),平成22年8月,朝起床すると,手や足の腫れ,じんま疹,全
身のかゆみ,腹痛や吐き気,頭痛が出現し,順天堂大学練馬病院を受診し
た(原告番号138本人)。
また,平成23年3月12日,朝食にパンとグラタンを食べた後,整骨
院でマッサージと鍼を受けた後,吐き気や息苦しさが出現し,国立埼玉病
院に救急搬送された(甲C138の5)。なお,原告番号138は,この時,
呼吸が苦しくなり,頭痛や吐き気が生じ,意識が遠のいていった旨を供述
するが(原告番号138本人),発症当日の診療記録によれば,血圧や脈拍,
酸素飽和度はいずれも正常範囲内であり(甲C138の5),原告番号13
8が呼吸困難や意識障害を発症していた形跡はない。
また,原告番号138は,平成24年5月,公園で昼食にパンを食べジ
ョギングをしたところ,呼吸が苦しくなり,足が腫れ,全身にじんま疹や
かゆみが出現して,翌日に大泉中央クリニックを受診したことがあり,ま
た,同年6月には,登山に行き昼食にパン等を食べたところ,同様の症状
が出現したことがあると主張し,原告番号138本人尋問の結果及び陳述
書(甲C138の1)には,その旨の供述及び陳述部分があるが,平成2
4年5月に症状を発症したときの診療記録等は提出されておらず,また,
同年6月に症状を発症した際も,原告番号138は医療機関を受診してい
ないから,呼吸困難を発症したとまでは認められない。
その後,原告番号138は,平成24年6月,東京医科歯科大学医学部
附属病院において,本件アレルギーであるとの診断を受けた。(甲C138
の2・4)
原告番号138の診療記録を通覧しても,診療記録上は,皮疹やかゆみ,
息苦しさ,くしゃみ,吐き気,発赤,そう痒,下痢等が見られるにとどま
っている。(甲C138の4・5・6・8)
したがって,原告番号138の急性期の症状は,アナフィラキシーのグ
レード分類のグレード1ないし3に相当するものであったことが認められ
る。
イ症状継続の有無
原告番号138の小麦特異的IgE抗体価は,平成25年9月24日以
降陰性化し(甲C138の6),同年4月23日の診療記録によれば,原告
番号138は,小麦が主成分でないものであれば摂取してもむくみや下痢
などの症状は発症しておらず(甲C138の4),同年夏頃にはアメリカに
旅行に行き,グルテンフリーの食事を摂取したことにより症状の出現はな
く,平成26年2月25日には,医師から,少量ずつ安静のもとでの小麦
の経口負荷試験を試行することを勧められている(甲C138の6)。その
後,同年10月14日の診療記録には,「ケンタッキーフライドチキンを一
つ食した。食後は2時間動かないようにした。その間,症状は出なかった。
少し痒いようだったが,気のせいだと思う。」「小麦は多量摂取や食後の運
動は控えていただくが,少量ずつ摂取勧めていく」との記載があり(甲C
138の6),平成28年1月12日の診療記録によれば,原告番号138
は,しょうゆ等の添加物や小麦タンパクを含有するパンを摂取しているが,
パンを摂取しても症状は誘発されておらず,医師からは,徐々に小麦の摂
取量を増やしていくよう指示されている(甲C138の8)。
原告番号138は,平成29年2月,経口負荷試験を実施する前に行っ
たプリックテストで,小麦及びパンは陰性であったものの,グルパール1
9Sのプリックテストで検査部位の発赤,腫脹,そう痒感の症状が出現し
たため,翌日に実施予定であった経口負荷試験は中止された。このプリッ
クテストの結果を受け,医師からは,今後はこれまでと同様,みそやしょ
うゆといった少量の小麦を含むものや従前食べていた小麦タンパクを含む
パンなどは引き続き摂取してよいが,多量の小麦が含まれる食べ物は避け
るよう指導された。(甲C138の8)
しかしながら,原告番号138は,小麦及びパンのプリックテストは陰
性で,平成29年2月の検査当時小麦タンパクを含むパンなどを食べても
症状は誘発されていなかったのであり,グルパール19Sのプリックテス
トで陽性反応が出たからといって直ちに小麦を食べられないわけではない
から,現在も小麦を摂取して運動をすると症状が誘発されることの立証が
ない。以上によれば,原告番号138は,現在も本件アレルギーの症状が
継続しているとは認められない。
ウ損害額
以上によれば,原告番号138は,急性期の症状は重症とはいえず,現
在まで本件アレルギーの症状が継続しているとは認められないから,損害
額は共通基礎損害の100万円とするのが相当である。
⒄原告番号143
ア急性期の重症度
原告番号143は,平成20年10月頃に本件石けんの使用を開始し(
甲C143の3),平成21年10月頃まで使用を継続していたところ(甲
C143の1),平成21年5月14日,仕事後にパンを食べ徒歩で帰宅し
たところ,目の腫れ,くしゃみ,鼻水等の症状が出現し,同年7月12日,
同年11月2日,平成22年1月4日,同年12月18日,平成25年5
月にも目のかゆみや呼吸苦,じんま疹等の症状が出現した(甲C143の
4・7,原告番号143本人)。
そして,原告番号143は,平成24年5月から6月頃,日本橋内科・
アレルギー科クリニックにおいてアレルギーの検査を受けた。小麦特異的
IgE抗体価及びグルテン特異的IgE抗体価は共に陰性であったもの
の,グルパール19Sのプリックテストで陽性反応が出たことから,同年
6月14日,本件アレルギーであるとの確定診断を受けた。(甲C143の
2・4)
原告番号143は,平成21年5月14日の症状はアナフィラキシーシ
ョック症状であり,同年11月2日及び平成22年1月4日,平成25年
5月には呼吸困難の症状も発症していたなどと主張し,原告番号143本
人尋問の結果にはその旨の供述があるが,原告番号143は,いずれの症
状発症時にも医療機関を受診しておらず,呼吸困難等の重篤な症状を発症
していたとは認められない。
以上によれば,原告番号143の急性期の症状は,アナフィラキシーの
グレード分類のグレード1ないし2に相当するものであったことが認めら
れる。
イ症状継続の有無
原告番号143は,平成24年5月から6月頃にアレルギー検査のため
に日本橋内科・アレルギー科クリニックを受診して以降,平成27年7月
3日に,訴訟代理人の指示により現状の評価をするため,東京医科歯科大
学医学部附属病院を受診するまで,約3年以上,医療機関を受診していな
い。(甲C143の7,原告番号143本人)
平成27年7月時点において,原告番号143は,週に1,2度パンや
麺類を食べており,それ以外に小麦が混入しているかもしれない製品につ
いてはあまり気にせずに過ごしていたが,小麦を摂取した後安静にしてい
ても眼瞼に浮腫が出ることがあり,また,たまに眼や体がかゆくなること
があった。医師からは,同年7月3日,安静にしていても症状が出ること
があるのであれば,小麦を除去した方がよいとの指示を受けた。(甲C14
3の7)
しかしながら,原告番号143は,平成27年7月以降は,医療機関を
受診しておらず,抗アレルギー剤の処方も受けていない。また,原告番号
143は,現在,2,3週間に1度,片手に乗るような小さなパンを1度
に2,3個食べたり,揚げ物やカレーを食べたりすることがあるが,小麦
を摂取しても重篤なアレルギー症状は出現していない。なお,原告番号1
43は,小麦を摂取する際には,小麦の摂取前に市販されているムヒのA
Z錠を飲み,できる限り摂取量を少なくし,摂取後は2時間程度運動をせ
ず安静にすることで,症状の発症を防止している,ただし,必ず症状の発
症を防止できるわけではなく,平成29年1月2日,中華料理店で食事を
したところ,手足のかゆみや息苦しさが出現した旨を供述する。しかし,
原告番号143は,平成27年7月に検査のために東京医科歯科大学医学
部附属病院を受診して以降,約2年以上,医療機関を受診していない。(原
告番号143本人)
そうすると,原告番号143について,小麦摂取前に薬を飲まず,小麦
摂取後の運動をした場合に症状が誘発されることの立証はないといわざる
を得ない。したがって,原告番号143について,現在も本件アレルギー
の症状が継続しているとは認められない。
ウ損害額
以上によれば,原告番号143は,急性期の症状は重症とはいえず,現
在まで本件アレルギーの症状が継続しているとは認められないから,損害
額は共通基礎損害の100万円とするのが相当である。
⒅原告番号148
ア急性期の重症度
原告番号148は,平成18年12月頃に本件石けんの使用を開始し(
甲C148の3),平成21年6月頃まで使用を継続していたところ(甲C
148の1),平成20年12月20日,昼食にラーメンを食べ移動中,顔
面が腫れ,喉のかゆみ,ふらつき等の症状が出現し,平成21年5月か6
月頃には,餃子を食べた後,歩行中に,顔面の腫れやふらつき等の症状が
出現した(甲C148の4・7)。
また,同年10月25日,鼻水や目のかゆみ,眼瞼の腫れの症状が現れ,
かねしげクリニックを受診した。(甲C148の6)
その後も,平成22年12月24日,誤ってマカロニを食べて症状が出
現し(甲C148の6),平成24年3月14日にも,夕食にうどんを食べ
たところ,咽頭の違和感や,目や耳のかゆみが出現した。(甲C148の7)
そして,平成25年1月11日,相模原病院において,本件アレルギー
であるとの確定診断を受けた。(甲C148の2)
原告番号148の診療記録を通覧しても,主訴の大半は,眼瞼を中心と
した顔面腫脹であり,そのほかには,そう痒,喉の違和感,部分的なじん
ま疹,鼻水,ふらつきが見られるにとどまっている。(甲C148の4・6
・7・8・10)
したがって,原告番号148の急性期の症状は,アナフィラキシーのグ
レード分類のグレード1ないし3に相当するものであったことが認められ
る。
イ症状継続の有無
平成25年8月9日の診療記録によれば,原告番号148は,同年7月
頃にマクドナルドのパンを食べて目が少しかゆくなったことがあるが,抗
アレルギー剤を服用せずにパン1枚やうどんを食べても症状は出ておら
ず,医師からは,食べた後に安静にしていれば,何でも食べてよいとの指
示を受けた。同年10月14日,ハンバーガーを食べて両目や頭皮のかゆ
み,のどの違和感,目の腫れが現れたが,同年11月28日の診療記録や,
平成26年3月7日の診療記録によれば,原告番号148は,うどんやパ
ン,そうめんは摂取できており,医師は,小麦摂取後に運動をしなければ
小麦は摂取してよいとの指導をしている。(甲C148の7・8)
その後,原告番号148は,平成26年3月23日にラーメンを食べて
目が腫れたことや,同年5月6日にうどんを食べてこめかみに膨疹が出た
こと,同月15日にパスタを食べたところ,翌日顔面が腫れたことがあっ
たことから,一度小麦の摂取は中止した。(甲C148の8)
平成27年1月16日から小麦の摂取を再開したところ,パン16分の
1切れを2週間食べても症状を発症することはなかった。平成27年4月
及び5月にそうめんを食べたところ,咽頭に違和感が生じ,また,同年6
月に餃子を食べたところ,こめかみにじんま疹が現れ,両目や耳がかゆく
なったことがあったが,医師からは,パン8分の1切れを3日に1回食べ
続けるよう指導を受けた。(甲C148の10)
そうすると,原告番号148は,平成25年1月11日以降,小麦特異
的IgE抗体価及びグルテン特異的IgE抗体価が陰性となっていること
や(甲C148の7),平成27年6月以降,医療機関を受診していないこ
とを踏まえると,現在も小麦を摂取すると症状が誘発されるとは認められ
ず,本件アレルギーの症状が継続しているとは認められない。
ウ損害額
以上によれば,原告番号148は,急性期の症状は重症とはいえず,ま
た,現在まで本件アレルギーの症状が継続しているとも認められないから,
損害額は共通基礎損害の100万円とするのが相当である。
⒆原告番号154
ア急性期の重症度
原告番号154は,平成21年6月頃に本件石けんの使用を開始し(甲
C154の3),平成22年4月頃まで使用を継続していたところ(甲C1
54の1),平成22年5月16日,昼食にパンを食べた後,テニスをして
いる最中,目や手足のかゆみ,眼瞼の腫脹,結膜浮腫等の症状を発症し,
日本大学医学部附属板橋医院及び長崎眼科を受診した(甲C154の5)。
また,同年6月頃には,起床後に瞼が腫れたことがあり,くにやクリニ
ックのアレルギー科を受診した。(甲C154の6)
その後も,原告番号154は,テニス中に眼瞼が腫れることがあり,日
本大学医学部附属板橋病院,飯田橋眼科クリニック,柳沢医院,中井駅前
クリニックのアレルギー科,ばば皮膚科を受診した。(甲C154の7から
9まで・12,原告番号154本人)
そして,平成23年12月3日,石田クリニックにおいて,本件アレル
ギーであるとの確定診断を受けた。(甲C154の2)
その後も,原告番号154は,同年12月23日,パンやグラタン,ロ
ーストチキンを食べた後,胃痛やじんま疹の症状を発症し,平成24年1
月には,マクドナルドでチキンタツタを食べた後,胃痛やじんま疹の症状
を発症した。その後もたびたび小麦を食べて腹痛やじんま疹が出現したこ
とがあった。(甲C154の9)
原告番号154の診療記録を通覧しても,主訴の大半は,眼瞼腫脹であ
り,そのほかには,部分的なじんま疹,そう痒,腹痛,胃痛,下痢等が見
られるにとどまっている。(甲C154の5ないし14)
したがって,原告番号154の急性期の症状は,アナフィラキシーのグ
レード分類のグレード1ないし3に相当するものであったことが認められ
る。
イ症状継続の有無
原告番号154は,平成23年12月の確定診断以後も,パンやラーメ
ンなどを食べているところ,平成26年2月15日及び同年3月1日の診
療記録によれば,原告番号154は,平成26年2月に小麦の入ったふり
かけを食べて目が腫れ,医師からは,小麦を除去するよう指示された。ま
た,原告番号154は,現在も,抗アレルギー剤とエピペンを処方されて
いる。(甲C154の11・13,原告番号154本人)
しかしながら,原告番号154は,平成26年2月以降,小麦を摂取し
て本件アレルギーの症状を発症した形跡はなく,抗アレルギー剤の服用を
やめれば本件アレルギーの症状が誘発されることが立証されているとはい
えない。原告番号154の小麦特異的IgE抗体価は,平成27年2月2
1日には擬陽性化し,平成29年3月4日には陰性化していること(甲C
154の13)も踏まえると,原告番号154について,現在も本件アレ
ルギーの症状が継続しているとは認められない。
ウ損害額
以上によれば,原告番号154は,急性期の症状は重症とはいえず,現
在まで本件アレルギーの症状が継続しているとも認められないから,損害
額は共通基礎損害の100万円とするのが相当である。
⒇原告番号162
ア急性期の重症度
原告番号162は,平成18年頃に本件石けんの使用を開始し,平成2
1年7月頃まで使用を継続していたところ(甲C162の1・3),平成1
8年2月頃,頚部,背部,四肢等にじんま疹が出現し,のもと皮膚科を受
診した(甲C162の4)。その後も度々,そう痒を伴うじんま疹,顔面の
発赤等の症状が出現し,平成24年2月14日まで,のもと皮膚科に通院
した(甲C162の4)。
そして,平成24年6月7日,九段坂病院において,本件アレルギーで
あるとの確定診断を受けた。(甲C162の2)
原告番号162は幾度となくアナフィラキシーショック状態になったと
主張するところ,原告番号162の診療記録を通覧すると,原告番号16
2は,手足のしびれ,じんま疹,吐き気,顔の発赤,呼吸困難,ぜん鳴,
ふらつき,血圧が低下する感じがすることなどを訴えているが(甲C16
2の5から7まで・9・12・13),小麦の摂取と関係なくじんま疹が出
現していること(甲C162の6)や,小麦を摂取していなくてもカレー
やうどんの匂いをかいだだけで血圧が下がる感覚が生じていること(甲C
162の12)などからすると,原告番号162の症状と小麦の摂取との
関連性は不明である。また,原告番号162は不安障害の既往があり,医
師も,「小麦アレルギーと症状見極め難い」,「アレルギー症状らしき症状は
小麦とは関係がない可能性が高い。小麦に対する過敏性は低下しているの
で小麦摂取はできそうである」などと診断している(甲C162の5・1
2)。そうすると,本件アレルギーに起因して呼吸困難やぜん鳴,血圧の低
下等の症状を発症したとは認められない。
以上によれば,原告番号162の急性期の症状は,アナフィラキシーの
グレード分類のグレード1ないし2に相当するものであったことが認めら
れる。
イ症状継続の有無
原告番号162は,平成24年6月の確定診断以後,小麦を完全に除去
しているところ,平成25年3月8日の診療記録には,小麦を食べると顔
が赤くなる旨の記載があり,同年12月9日の診療記録には,揚げ物料理
をすると息苦しく顔がかゆくなる旨の記載がある。(甲C162の7)
しかしながら,平成26年4月18日の診療記録によれば,「抗体の面か
らみるとコムギを含む食品を食べられそうであるが,心因反応が起こる可
能性が高い。」とされ,同年8月8日の診療録によれば,「小麦に対する過
敏性は低下しているので小麦摂取はできそうであるが,試みるのはむずか
しい。」とされている。また,原告番号162は,平成27年3月20日に
は,医師から機会をみて小麦を摂取してみるよう指導を受けている。(甲C
162の12)
その後も,原告番号162は,全身のかゆみや呼吸困難等の症状を訴え
ており,小麦の経口負荷試験は実施されていないようであるが,上記のと
おり,原告番号162は不安障害があり,原告番号162の訴える症状が
本件アレルギーに起因するものかは必ずしも明らかではないこと,小麦特
異的IgE抗体価及びグルテン特異的IgE抗体価は,平成25年8月2
2日時点でいずれも陰性となっていること(甲C162の7)を踏まえる
と,原告番号162について,現在も小麦を摂取すると本件アレルギーの
症状が誘発されることの立証はされていないといわざるを得ない。したが
って,原告番号162について,現在も本件アレルギーの症状が継続して
いるとは認められない。
ウ損害額
以上によれば,原告番号162は,急性期の症状は重症とはいえず,現
在まで本件アレルギーの症状が継続しているとも認められないから,損害
額は共通基礎損害の100万円とするのが相当である。
原告番号166
ア急性期の重症度
原告番号166は,平成21年2月頃に本件石けんの使用を開始し(甲
C166の3),平成22年1月頃まで使用を継続していたところ(甲C1
66の1),自転車などの軽い運動後にたびたび全身のじんま疹が出現する
ようになった。原告番号166は,平成23年12月4日,朝食にパンを
食べ,自転車でバイトに向かっていたところ,全身にじんま疹が出現した
上,意識を消失し,その際転倒して後頭部を打撲したため,越谷市立病院
の脳神経外科を受診した(甲C166の7)。
その後,原告番号166は,平成23年12月6日,東京医科歯科大学
附属病院においてアレルギーの検査を受け,その結果,小麦アレルギーの
可能性が高いと診断された。その後,平成25年4月16日に行ったプリ
ックテストでは,グルパール19Sで膨疹が出現したものの,生理食塩水
でも膨疹が出現したため陰性と診断されたが,同年5月9日,同病院にお
いて,好塩基球活性化試験を受けて陽性となり,本件アレルギーであると
の確定診断を受けた。(甲C166の2・7)
以上によれば,原告番号166は,全身のじんま疹,意識消失等の症状
を発症しており,原告番号166の急性期の症状は,アナフィラキシーの
グレード分類のグレード5に相当するものであったことが認められる。
イ症状継続の有無
原告番号166は,確定診断後,小麦の摂取を制限していたが,平成2
7年4月下旬,ビールを飲み,唐揚げを食べたところ,全身にじんま疹が
出現し息苦しくなり,また,同年5月中旬には,カンボジアを旅行中にビ
ールを飲んだところ,腕にじんま疹が出現した。また,同年5月下旬から
6月上旬頃,カレーを食べたところ,全身のじんま疹と息苦しさが出現し
た。さらに,同年9月頃,つくねを食べて10分程度歩いたところ,全身
のじんま疹と息苦しさが出現し,同年10月10日にも,チジミを食べた
後,腕や首にじんま疹が出現した。平成28年2月には,麦焼酎を1杯飲
んだところ,全身のじんま疹,顔面の腫脹が出現した。(甲C166の9)
原告番号166は,ゾレア臨床試験に参加し,平成28年10月31日
に初回のゾレア投与を受けたが,平成28年11月,フランクフルトを食
べた後,20分間プールで泳いだところ,全身のじんま疹,呼吸困難が出
現した上,意識を消失した。その後,原告番号166は,平成28年11
月28日,同年12月26日,平成29年1月16日,同年2月13日,
同年3月27日,同年4月21日,同年5月22日,同年6月23日,同
年7月18日,同年8月16日,同年9月12日にゾレアの投与を受けた。
その間,原告番号166は,平成29年3月にクロワッサンを2つ食べた
後40分歩いたところ,じんま疹が少し出現したこと,同年5月にパンを
食べた後20分歩いたところ,手首に少しじんま疹が出現したことがある
ほかは,症状を発症していない。(甲C166の9)
以上によれば,原告番号166は,ゾレアの投与開始前はたびたび全身
のじんま疹や呼吸困難,意識消失等の症状を発症していたところ,ゾレア
の投与開始後は,症状は小麦の摂取後運動をしたときにしか出現しておら
ず,また,小麦を摂取後に運動をして症状を発症したときも,症状の程度
は,じんま疹が少し出現したにとどまっている。そうすると,原告番号1
66は,ゾレア投与を継続するにつれ,症状を発症する回数が減少し,ま
た,発症する症状の程度も軽くなっており,ゾレアの投与開始前に頻繁に
重い症状を発症していたことと比較すると,ゾレアの投与による効果が上
がっているといえる。
もっとも,平成29年9月12日時点においても,原告番号166の小
麦特異的IgE抗体価はクラス2,グルテン特異的IgE抗体価はクラス
3,ω-5グリアジン特異的IgE抗体価はクラス3であり,平成29年中
にも小麦を摂取して運動をするとじんま疹が出現していることからすれ
ば,現在もアナフィラキシーのグレード分類のグレード1の症状が継続し
ていると認められる。
ウ素因減額
原告番号166は,平成23年12月6日時点で小麦の特異的IgE抗
体価は陰性,ω-5グリアジン特異的IgE抗体価はクラス2であり,平成
25年4月3日時点でも,小麦特異的IgE抗体価は陰性,グルテン特異
的IgE抗体価はクラス1,ω-5グリアジン特異的IgE抗体価はクラス
3と,ω-5グリアジンの特異的IgE抗体価が高い。(甲C166の7)
また,平成28年2月2日の診療記録によれば,原告番号166は,ω-
5グリアジンが陽性で,本件アレルギーとして典型的ではないとされ,ま
た,同年3月22日の診療記録では,原告番号166は,グルパールの好
塩基球活性化試験が陽性で本件アレルギーの確定例と診断されたところ,
経時的評価にて,グルパールによる好塩基球活性化は徐々に軽減し,平成
27年6月時点では活性はほとんど認められないが,一方で小麦関連抗体
価は陽性であり,頻繁に小麦アレルギーの症状を認めている,とされてい
る。そして,ゾレアの臨床研究においては,本件石けんの使用を発端とし
ているが通常型小麦アレルギーとして対応されている。(甲C166の9)
そうすると,原告番号166については,通常型小麦アレルギーにも罹
患しており,原告番号166は,本件アレルギーと通常型小麦アレルギー
が相まって症状を発症しているものと推認できる。
以上の事情に鑑みると,原告番号166については,2割の素因減額を
するのが相当である。
エ損害額
以上によれば,原告番号166は,急性期の症状は重症であり,現在も
本件アレルギーの症状が継続しているが,医師から小麦の除去を指示され
ているものではないから,共通基礎損害のほか,重症加算及び症状継続加
算が認められるが,2割の素因減額をし,損害額は160万円とするのが
相当である。
原告番号168
ア急性期の重症度
原告番号168は,平成21年7月頃に本件石けんの使用を開始し(甲
C168の17),平成22年11月頃まで使用を継続していたところ(甲
C168の1),同年6月18日,メロンパンを食べた後,眼瞼の腫脹,じ
んま疹,そう痒等の症状が出現し,県北医療センター高萩協同病院を受診
した。そして,同病院においてアレルギー検査をし,小麦アレルギーであ
ることが判明した(甲C168の2・3,原告番号168本人)。
その後,平成23年3月23日,夫のために作った焼きそばを味見した
ところ,顔面や全身に紅斑や膨疹が出現し,加藤皮フ科を受診した。また,
同年10月10日,同月24日,同年11月12日にも腹部等に発疹が出
現した。(甲C168の4・5・13)
さらに,平成24年6月12日,しょうが焼き定食を食べたところ,眼
瞼の腫脹,かゆみ,咽頭部の違和感,紅斑,手足のしびれ,動悸等の症状が
出現し,さがみ生協病院を受診した。(甲168の4・5・7・8・14)
そして,原告番号168は,平成24年6月14日,相模原病院を受診
し,同月20日,グルパール19Sのプリックテストが陽性となり,本件
アレルギーであるとの確定診断を受けた。(甲C168の9・10)
その後も,平成25年4月9日,レストランでリゾットを食べたところ,
咽頭の違和感や,首周囲及び上肢の発赤,かゆみ,吐き気,息苦しさ等の
症状が出現し,北里大学病院に救急搬送され,同病院に1日間入院した。
救急隊到着時,原告番号168の意識は清明であり,血圧の低下は見られ
ず,SpO2は99%であった。(甲C168の6・10)
また,平成25年6月7日,アスパラ入りのとり肉団子を食べたところ,
全身のじんま疹,そう痒,手の震え,動悸等の症状が出現したことから,
自分でエピペンを注射した上,相模原病院の救急外来を受診した。原告番
号168は,来院時,意識は清明で,気道狭窄音や息切れ,血圧やSpO
2の低下はなく,四肢の発疹も消失していたが,腹部及び背部の膨疹や戦
慄が見られた。同病院の診療記録には,「アナフィラキシーショック」との
記載があり,原告番号168は,同病院に1日間入院した。(甲C168の
10)
さらに,平成27年1月23日には,中華料理店で酢豚を食べたところ,
全身の発疹,息苦しさ,動悸,手の震え等の症状を発症し,自分でエピペ
ンを注射した後,相模原病院に救急搬送され,同病院に入院した。来院時
の血圧は,114/30に低下していたが,SpO2は100%であった。
(甲C168の15・16)
以上によれば,原告番号168は,平成25年4月9日,同年6月7日,
平成27年1月23日に重篤な症状を発症しているところ,医療機関受診
時には,意識は清明で,SpO2の低下もないことからすれば,アナフィ
ラキシーショックとの評価にはやや疑問もあるものの,アレルギーの専門
施設である相模原病院においてアナフィラキシーショックと評価されてい
ることを踏まえると,原告番号168の急性期の症状は,アナフィラキシ
ーのグレード分類のグレード4に相当するものであったと認めるのが相当
である。
イ症状継続の有無
原告番号168は,現在も約半年に1回,相模原病院に通院しており,
現在に至るまで小麦を摂取していないが,平成25年6月にとり肉団子を
食べて症状を発症して以降,しばらく症状が出ていなかったことから,平
成27年1月頃から,時期をみて小麦負荷試験を実施することが検討され
た。(甲C168の12)
しかし,前記のとおり,平成27年1月23日に酢豚を食べて救急搬送
され,同年7月25日,米飯の中に入っていた麦を誤食し,全身のじんま
疹及び下痢の症状を発症した。原告番号168の小麦特異的IgE抗体価
及びグルテン特異的IgE抗体価は,平成24年6月14日時点でクラス
4であり,その後ゆるやかな低下傾向にあったものの,平成29年2月1
0日時点においても,いずれもクラス3と高い数値を示しており,小麦負
荷試験は,引き続き時期をみて実施を検討するとされ,その後,医師から
具体的な実施の指示はされていない。また,原告番号168は,現在も抗
アレルギー剤とエピペンの処方を受けている。(甲C168の10・12)
なお,原告番号168は,平成27年9月1日,伊豆に旅行に行った際
に,食事後にじんま疹と下痢の症状が出現したことがあり,また,平成2
8年2月には,コンビニで小麦の入っていないおにぎりを食べてじんま疹
が出たことがあるが,これらは,いずれも小麦の摂取との関連性が不明で
あり,本件アレルギーに起因するものとは認められない。(甲C168の1
2)
以上によれば,原告番号168については,平成27年にも本件アレル
ギーの症状を発症しており,小麦特異的IgE抗体価及びグルテン特異的
IgE抗体価は,平成29年2月時点でもいずれもクラス3から下がって
おらず,医療機関への通院を継続していることから,現在も本件アレルギ
ーの症状が継続しており,医師から小麦の摂取を禁止されていると認める
ことができる。
ウ素因減額
原告番号168は,平成24年6月14日時点で小麦特異的IgE抗体
価及びグルテン特異的IgE抗体価がクラス4,ω-5グリアジン特異的
IgE抗体価がクラス3であり,また,平成29年2月10日時点でも,
小麦特異的IgE抗体価及びグルテン特異的IgE抗体価がクラス3,ω
-5グリアジン特異的IgE抗体価がクラス2であって,ω-5グリアジン
特異的IgE抗体価は継続して陽性となっている。そうすると,原告番号
168は通常型小麦アレルギーにも罹患しており,本件アレルギーと通常
型小麦アレルギーが相まって症状を発症しているものと推認できる。(甲
C168の10・12)
また,原告番号168は,平成25年4月9日,レストランでリゾット
を食べて症状を発症したとき,事前にレストランに小麦アレルギーである
ことを伝え小麦を含まない料理を提供してもらっており,原告番号168
が同レストランに電話で確認した際にも小麦は入っていない旨の回答を
受けている(原告番号168本人)。原告番号168が食したリゾットは
大麦やそば米を用いたものであったところ,原告番号168は,翌11日
時点で大麦のIgE抗体価がクラス3,そばのIgE抗体価がクラス2で
あり,大麦やそばの抗体を有している。また,平成27年1月23日の診
療記録には,中華料理店で酢豚を食べて発症した症状に関し,小麦による
アナフィラキシーとの記載があるが,原告番号168は,事前に中華料理
店に小麦アレルギーであることを伝え,アレルギー表示のあるメニューの
中から小麦が入っていない酢豚を注文したものであり,酢豚に小麦が含ま
れていたことは確認されていない(甲C168の15,原告番号168本
人)。
そうすると,原告番号168については,本件アレルギーと通常型小麦
アレルギー又は別のアレルギーが相まって症状が出現しているものと推
認できる。したがって,原告番号168については,3割の素因減額をす
るのが相当である。
エ損害額
以上によれば,原告番号168は,急性期の症状は重症であり,現在ま
で本件アレルギーの症状が継続し,医師から小麦を除去するよう指示され
ているものと認められるから,共通基礎損害のほか,重症加算及び症状継
続加算,小麦除去継続加算が認められるが,3割の素因減額をし,損害額
は175万円とするのが相当である。
原告番号169
ア急性期の重症度
原告番号169は,平成17年12月頃に本件石けんの使用を開始し(
甲C169の2),平成23年2月頃まで使用を継続していたところ(甲C
169の9),平成24年12月以降,目の腫れやかゆみが出現し,涙目に
なることがあり(原告番号169本人),平成27年7月27日,パートの
仕事中,パンとおにぎりを食べたところ,顔面や両上肢,背部のじんま疹,
咽頭のそう痒感等の症状が出現し,中澤医院を受診した。(甲C169の3
・4)
また,原告番号169は,平成27年8月14日,レトルトカレーやパ
ンを食べたところ,顔面及び両上肢,頚部のじんま疹,軽度の呼吸苦やぜ
ん鳴,咽頭のそう痒感の症状を発症し,東京都立墨東病院の救急外来を受
診した。救急外来受診時,原告番号169は,意識は清明で,血圧やSp
O2も正常であったが,顔面,両上肢,頚部に広範な膨疹,そう痒,軽度
のぜん鳴や呼吸苦が見られ,アナフィラキシーショックと診断された。(甲
C169の4・5)
原告番号169は,平成27年8月30日,家族と水族館に行ってクレ
ープを食べたところ,手と頚部の発赤,胃の不快感,呼吸苦,腹痛,下痢,
嘔吐の症状を発症し,東京都立墨東病院の救命救急センターに救急搬送さ
れた。原告番号169は,意識は清明であったが,血圧は98/66mm
Hg,SpO2は95%に低下しており,膨疹はなかったものの上半身と
顔面に発赤が見られた。ぜん鳴や嗄声,咽頭浮腫を疑われる所見はなく,
気道狭窄の緊急性は低いと考えられたものの,息切れがあり,酸素マスク
により酸素10リットルを投与された。原告番号169は,同病院におい
て,アナフィラキシーショックと診断され,1日間同病院に入院した。(甲
C169の5・6)
その後,平成27年9月8日,順天堂病院東京江東高齢者医療センター
において,小麦アレルギーであると診断された(甲C169の6)。そして,
同年10月,東京医科歯科大学医学部附属病院においてグルパール19S
のプリックテストを受けて陽性となり,同年11月16日,本件アレルギ
ーであるとの確定診断を受けた(甲C169の1・7)。
以上によれば,原告番号169は,平成27年8月14日及び同月30
日にアナフィラキシーショックとの診断を受けており,原告番号169の
急性期の症状は,アナフィラキシーのグレード分類のグレード4に相当す
るものであったことが認められる。
イ症状継続の有無
原告番号169は,調味料も含め小麦の摂取を控えており,約3か月に
一回,東京医科歯科大学医学部附属病院に通院している。平成27年12
月1日の診療記録によれば,小麦成分を含む昆布つゆを間違えて舐め,目
の周りが重くぴりぴりした感じが出現したことがあった。また,平成29
年7月11日の診療記録によれば,間違えて通常のしょうゆを摂取し口が
びりびりする感じがし,夫のためにラーメンを作った箸で味噌汁を作った
ところ,呼吸困難感が生じたことがあった。さらに,同年10月3日の診
療記録によれば,職場がパン屋であるため,手に傷があるとその周りが赤
くなり,のどの違和感が生ずることがあり,同日,医師から,小麦の除去
を継続するよう指導されている。(甲C169の11・12)
なお,原告番号169の小麦特異的IgE抗体価は,平成27年8月2
8日時点でクラス5であったところ,平成29年7月11日時点でも,小
麦特異的IgE抗体価はクラス4,グルテン特異的IgE抗体価はクラス
3である。(甲C169の11・12)
以上によれば,原告番号169は,現在もアナフィラキシーのグレード
分類のグレード1の症状が継続しており,医師から小麦除去の指示がされ
ていると認められる。
ウ因果関係及び素因減額
食物で経皮感作される臨床パターンの1つとして成人期の職業性の発症
があり,調理師や主婦など食材を素手で頻繁に触れる職業に従事する者が,
長時間の水仕事や洗剤の使用により手の皮膚のバリアが障害された状態と
なり,素手で食材を頻繁に触るうちに経皮感作する症例がある(乙ロB2
1)。また,小麦については,小麦粉を扱う製パン業者が小麦に感作されて
アレルギー症状を呈する症例が報告されている(甲B62,63)。以上を
踏まえ,本件石けんの使用と原告番号169の本件アレルギーへの罹患と
の因果関係及び素因減額について検討する。
原告番号169は,本件石けんの使用を平成23年2月頃に終えている
ところ,上記のとおり,原告番号169は,本件石けんの使用を中止した
後,目の腫れやかゆみ等の初期症状は出現していたものの,病院に入通院
することを要するような食物アレルギーを発症したのは,本件石けんの使
用を中止してから4年以上経過した後のことである。本件訴訟で提出され
た文献等にも,本件石けんの使用中止後4年以上経過してから本件アレル
ギーを発症した症例が報告されている形跡はなく,本件アレルギーである
とすると異例の経過をたどっているものである。
しかしながら,原告番号169は,平成27年10月19日のグルパー
ル19Sのプリックテストで陽性となっており,原告番号169がグルパ
ール19Sに感作していることは認められる。そうすると,原告番号16
9は,本件アレルギーに罹患していると認めるのが相当である。
もっとも,上記のとおり,食材を素手で頻繁に触れる職業に従事する者
は素手で食材を頻繁に触るうちに経皮感作することがあり得るところ,原
告番号169は,平成12年11月からパンの製造・販売をする会社で働
いており,本件石けんを使い終えてから発症までの間も同社でパンの仕込
み(小麦粉を練って成形する仕事),調理(パンをオーブンで焼いたり,フ
ライヤーであげたり,仕上げのトッピングをする仕事),販売(パンを陳列
して販売する仕事)の仕事をしており,原告番号169は,日常的に小麦
に接し,小麦粉に直接手で触れることも多く,現に,手に傷があるとその
周りが赤くなり,のどの違和感が生ずることがあったことが認められる(
甲C169の9,12,原告番号169本人)。なお,原告番号169は,
本件アレルギーの症状を発症した後,医師からパン屋での仕事は辞めた方
がよいとの説明を受けているが,マスクや手袋を装着するなどして同じ職
場で仕事を継続している(甲C169の7・11)。
そうすると,原告番号169は,職業性の経皮感作により,通常型の小
麦アレルギーにも罹患している可能性が十分にあるといえる。
なお,原告番号169は,ω-5グリアジンの特異的IgE抗体価は陰性
であるが(甲C169の7・11・12),前記認定事実(第1の5⑷ア)
によれば,通常型小麦アレルギーの主要抗原の約20%は高分子量グルテ
ニンであり,ω-5グリアジンが陰性であるからといって通常型小麦アレル
ギーに罹患していないとは断定できない。
したがって,原告番号169は,通常型小麦アレルギーと本件アレルギ
ーが相まって症状を発症していると推認するのが相当である。
以上の事情に鑑みると,原告番号169については,5割の素因減額を
するのが相当である。
エ損害額
以上によれば,原告番号169は,急性期の症状は重症であり,また,
現在も本件アレルギーの症状が継続し,医師から小麦を除去するよう指示
されていると認められるから,共通基礎損害のほか,重症加算,症状継続
加算,小麦除去継続加算が認められるが,5割の素因減額をし,損害額は
125万円とするのが相当である。
6損益相殺について
弁論の全趣旨によれば,原告らのうち,原告番号21,46,154,16
2は,被告悠香から,別紙損害金目録の「既払金」記載の金員を受領している
事実が認められる。上記既払金は,被告悠香が,本件石けんによる本件アレル
ギーが判明した後,被告悠香に対して問い合わせのあった消費者のうち本件ア
レルギーと診断された者から,領収書の提出及び見舞金支払の申請を受け,申
請時までに要した治療費,交通費,各申請者の症状の程度・回数に応じた慰謝
料を算出して見舞金(仮払金)として支払い,また,同見舞金の支払後にさら
に入通院した者については,その領収書等の送付を受け,治療費及び交通費を
支払ったものである。
このような支払の趣旨及び支払金額の算出方法からすれば,上記既払金は,
原告らが本件アレルギーに罹患したことにより被った精神的・肉体的苦痛に対
する慰謝料その他の損害を填補するために支払われたものであるといえるか
ら,原告らに生じた損害は,この支払の限度で填補されたものというべきであ
り,原告らの損害額からこれを控除すべきである。
7遅延損害金の起算点について
原告らは、本件各損害賠償請求の遅延損害金の起算日を,本件石けんの最終
出荷日(原告らは平成22年9月25日とするが,正しくは平成22年9月2
6日)としているが,原告らは,本件口頭弁論終結時まで原告らの被害が継続
していると主張し,症状の継続について記載した陳述書や診療記録を提出して
いることからすれば,原告らは,本件口頭弁論終結時までに生じた精神的・肉
体的苦痛に対する慰謝料その他の損害について包括して損害賠償を求める趣旨
であると解される。そして,当裁判所も,原告らの損害額を算定するに当たっ
ては,本件アレルギーの発症から本件口頭弁論終結時に至るまでの症状の推移
を検討した上で,症状の継続や小麦の除去を継続しなければならないことに伴
う精神的苦痛など本件口頭弁論終結時までの諸事情を斟酌して,本件口頭弁論
終結時における損害額を認定したものである。これらの事情に鑑みると,遅延
損害金請求の起算日は,本件口頭弁論終結の日である平成29年12月15日
とするのが相当である。
第7結論
よって,原告らの請求は,被告悠香及び被告フェニックスに対し,連帯して,
別紙損害金目録の「認容額」欄記載の各金員及びこれに対する平成29年12月
15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求
める限度で理由があるからこれを認容し,被告悠香及び被告フェニックスに対す
るその余の請求並びに被告片山に対する請求は理由がないからこれをいずれも
棄却することとして,主文のとおり判決する。なお,仮執行免脱宣言は,相当で
ないから付さないこととする。
東京地方裁判所民事第6部
裁判長裁判官岡崎克彦
裁判官木村周世
裁判官田邉実は,転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官岡崎克彦
(別紙)当事者目録
本判決の本文中では,第1事件から第7事件までの原告らを単に「原告(ら)」と
表示し,各全事件被告を単に「被告」と表示する。なお,本目録の「第1事件原告」
等の後の()内に記載した番号は,第1事件から第7事件までの通じた原告らの
通し番号(原告番号)であり,本判決の本文及び本目録中では各原告らを氏名では
なく「原告番号◯◯」のように原告番号によって表示することとする。
[以下略(291ページから294ページまで添付省略)]
(別紙)損害金目録
原告番号原告名請求額損害額既払金認容額
2A11000万円150万円0円150万円
8A21500万円250万円0円250万円
9A31500万円150万円0円150万円
17A41000万円200万円0円200万円
21A51000万円200万円49万6470円150万3530円
27A61500万円200万円0円200万円
46A71500万円200万円17万2840円182万7160円
56A81500万円150万円0円150万円
58A91500万円150万円0円150万円
67A101500万円200万円0円200万円
74A111500万円250万円0円250万円
78A121000万円100万円0円100万円
83A131000万円200万円0円200万円
89A141500万円100万円0円100万円
94A151500万円100万円0円100万円
138A161500万円100万円0円100万円
143A171000万円100万円0円100万円
148A181000万円100万円0円100万円
154A191000万円100万円27万0880円72万9120円
162A201500万円100万円20万7080円79万2920円
166A211500万円160万円0円160万円
168A221500万円175万円0円175万円
169A231500万円125万円0円125万円

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