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(原審・東京地方裁判所平成11年(ワ)第15929号(原審言渡日平成12年12月25日))
     主      文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。
     事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一原判決を取り消す。
二被控訴人は、控訴人に対し、金2200万円及びこれに対する平成11年7月23
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三被控訴人は、控訴人に対し、平成11年4月以降1年当たり金300万円の割合
による金員を支払え。
第二 事案の概要
一事案の概要は、原判決9頁3行目の「昭和53年」を「昭和53年5月11日」に、
同14頁9行目の「以上」を「以外」に、同15頁10行目及び同16頁6行目の各「2
月」をいずれも「5月」にそれぞれ改め、控訴人の当審における補充主張を次項のと
おり加えるほかは、原判決「事実及び理由」欄中の「第二 事案の概要」に記載のと
おりであるから、これを引用する。
 なお、本判決においても、原則として原判決と同じ略語を使用することとする。
二 控訴人の当審における主張
1 注射針の交換について
 本件予防接種の際、担当医師又は看護婦が注射針を交換しないまま複数人に対
し連続して注射していたことは、その当時控訴人とともに物質研に勤務していた者
の各陳述書(甲30ないし33)によっても明らかである。なお、乙17の調査報告書に
よれば、支部診療所において看護婦として勤務していたAは、本件予防接種が行わ
れた当時、一般的な医療の場合に患者ごとに注射針を取り換えていたと述べてい
るにすぎず、予防接種の場合についてまでは言及しておらず、また、支部診療所に
移転する以前においては、予防接種の際に注射針を交換しないまま複数人に対し
連続して注射していたことがあったことを認めている。
2 注射筒の交換について
 仮に本件予防接種の際に被接種者ごとに注射針が取り換えられていたとしても、
上記各陳述書及び支部診療所において准看護婦として勤務していたBの証明書
(甲29)のほか、厚生省が、昭和63年に至り、漸く取扱通知により予防接種の実施
に当たっては注射筒も被接種者ごとに取り換えるよう通知したことに鑑みると、昭和
54年の本件予防接種の際には、注射筒を被接種者ごとに取り換えるというようなこ
とが行われていなかったことは明らかである。
3 因果関係について
 控訴人のGOT及びGPT値の推移(甲27、28)のほか、昭和54年9月に物質研
がつくば市に移転した後しばらくして、控訴人にウイルス性肝炎に感染したことを窺
わせる症状が現れたこと、控訴人がHCVに感染した原因は予防接種以外にないと
ころ、前記のとおり、本件予防接種において注射針及び注射筒を交換しないまま複
数の被接種者に連続して注射されていたこと、我が国のHCV感染者は約300万人
に及び、その80パーセント以上が予防接種により感染したと推定できることなどか
らして、控訴人が本件予防接種を受けたことによりHCVに感染したことは明らかで
ある。
4 安全確保義務違反について
 仮に本件予防接種が公権力の行使に当たらないとしても、被控訴人は、定期健
康診断の一環として本件予防接種を実施したのであるから、被接種者の安全を確
保する義務があった。しかるに、被控訴人は、この義務を怠り、注射針及び注射筒
を交換しないまま複数の被接種者に連続して注射した結果、控訴人をHCVに感染
させたのであるから、これにより控訴人が被った損害を賠償する義務がある。
5 薬剤使用についての保険適用上の差別について
 控訴人は、インターフェロンの注射によるC型肝炎の治療を受ける場合、平成11
年3月までは、国家公務員共済組合の組合員又は継続組合員として費用の1割を
負担すれば足りたが、国民健康保険の被保険者となった同年4月以降は、費用の
全額を負担しなければならなくなった。これは、薬剤使用についての保険適用上の
重大な差別であって、法の下の平等を定めた憲法第14条に違反する。
6 異なる疾病についての薬剤使用上の差別について
 慢性骨髄性白血病の治療の場合には、副作用を理由にインターフェロンの使用
が抑制されることはないのに対し、C型肝炎の治療の場合には、副作用を理由にそ
の使用が厳しく抑制されている。そして、保険適用の範囲が拡大された平成12年
通知によっても、控訴人のようにインターフェロンの注射による効果の発生に時日
の経過を要するHCVの2型の患者が、長期にわたりインターフェロンの注射による
治療を受けることを認めていない。これは、異なる疾病についての薬剤使用上の差
別であって、法の下の平等を定めた憲法第14条に違反する。
第三 当裁判所の判断
一当裁判所も、控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきものと判断
する。その理由は、原判決33頁6行目から同34頁1行目までにある「GTP」をいず
れも「GPT」に、同35頁4行目から5行目にかけての「小紫胡湯」を「小柴胡湯」に、
同37頁7行目及び同42頁末行から同43頁1行目にかけての各「2月」をいずれも
「5月」にそれぞれ改め、控訴人の当審における主張に対する判断を次項のとおり
加えるほかは、原判決「事実及び理由」欄中の「第三 当裁判所の判断」一ないし
四に記載のとおりであるから、これを引用する。
二 控訴人の当審における主張に対する判断
1 注射針の交換について
 控訴人は、本件予防接種の際、担当医師又は看護婦が注射針を交換しないまま
複数人に対し連続して注射していたと主張し、甲30ないし33及び原審における控
訴人の供述中には、この主張に沿う部分がある。
 しかしながら、甲29(旧工業技術院診療所に准看護婦として勤務していたB作成
の証明書)には、昭和54、55年度のインフルエンザ予防接種の際、被接種者ごと
に注射針を交換した旨記載され、前掲乙17にも、少なくとも昭和50年以降、注射
針を換えずに複数の人に注射したことはなかった旨記載されていることのほか、本
件予防接種時より20年以上も前に制定された実施規則に、注射針は被接種者ご
とに取り換えなければならない旨規定されていることを併せ考えると、前記陳述記
載及び供述はにわかに採用することができず、他に前記主張事実を認めるに足り
る的確な証拠はない。
 したがって、控訴人の前記主張は採用することができない。
2 注射筒の交換について
 控訴人は、昭和54年の本件予防接種の際には、注射筒を被接種者ごとに取り換
えるというようなことは行われていなかった旨主張し、前掲甲29ないし33のほか、
厚生省が取扱通知により予防接種の実施に当たっては注射筒も被接種者ごとに取
り換えるよう通知したのが昭和63年であったことを総合すると、本件予防接種の際
には、被接種者数人分の注射液を入れた注射筒が使用されていた可能性を否定
することはできない。
 しかしながら、本件全証拠を検討してみても、本件予防接種の実施状況を明らか
にするだけの客観的資料はないといわざるを得ない(前掲甲29ないし33も、各作
成者の記憶に基づくものであって、裏付けを欠くものであるから、十分な証明力を有
するものとはいえない。)ばかりでなく、前記引用に係る原判決認定のとおり、WHO
が、昭和62年11月13日、肝炎ウイルス等の感染を防止する観点から予防接種の
実施に当たって注射針だけでなく注射筒も取り換えるべきである旨の意見を提出し
たのを受けて取扱通知が発せられたのが昭和63年1月27日であること、米国にお
いてHCVが発見、解明されたのが平成元年のことであり、これを受けて、我が国で
輸血用血液のスクリーニングにHCV抗体検査が取り入れられたのが同年11月で
あり、平成4年2月に検査方法が改良されるなど診断方法が確立されて、従来非A
非B型肝炎と診断されていたもののほとんどがC型肝炎であったことが判明するに
至ったことが認められるから、仮に昭和54年の本件予防接種の際に被接種者数人
分の注射液を入れた注射筒が使用されていたとしても、これをもって直ちに違法で
あったということはできない。
3 因果関係について
 控訴人は、控訴人のGOT及びGPT値の推移のほか、昭和54年9月に物質研が
つくば市に移転した後しばらくして、控訴人にウイルス性肝炎に感染したことを窺わ
せる症状が現れたこと、控訴人がHCVに感染した原因は予防接種以外にないとこ
ろ、本件予防接種において注射針及び注射筒を交換しないまま複数の被接種者に
連続して注射されていたこと、約300万人に及ぶ我が国のHCV感染者の80パー
セント以上が予防接種により感染したと推定できることなどを根拠として、控訴人が
本件予防接種を受けたことによりHCVに感染したことは明らかであると主張する。
 確かに、原判決掲記の証拠によれば、控訴人は、平成2年12月にHCV抗体が検
出された上、本件予防接種と時期的に符合するころに、大便が白い粘土様となり、
尿の色が濃い茶色となるなどウイルス性肝炎に罹患した場合に現れるとされている
所見に沿う症状が現れていること、HCVの感染源は人の血液であり、一般に、減
菌不十分な医療器具による医療行為も感染経路の一つとして指摘されていること
が認められるところ、前示のとおり、本件予防接種の際被接種者数人分の注射液
を入れた注射筒が使用されていた可能性を否定することができないことなどからす
ると、控訴人がHCVに感染した原因が本件予防接種であったことは、可能性の一
つとして考え得るところではある。
 しかしながら、①前記引用に係る原判決認定のとおり、C型肝炎患者のGOT、GP
T値は、発症後数年間は大きく変動するが、その後一定期間沈静化し、再び活動性
となることが指摘されているところ、控訴人のGOT、GPT値は、昭和55年5月22
日のGOT値が41と基準値(正常値)をわずかに超えている程度であって、その後
平成元年まで基準値の範囲内で推移しており、多峰性を示すのはそれ以降である
ことが認められるから、これらの数値の推移から見ると、本件予防接種のころにHC
Vに感染したことを窺わせるものであるとはいい難いこと、②前記のとおり、本件予
防接種の実施状況についても、これを明らかにする的確な証拠がないこと、③原判
決掲記の証拠によれば、一般にHCVの感染経路として種々のものが指摘されてお
り、社団法人日本肝臓学会発行の「肝がん白書(平成11年度)」(乙7)によれば、
平成7年度の統計資料に基づく献血者集団におけるHCV抗体陽性率について、5
0歳から64歳までが2.54パーセントであるとされていることが認められるところ、
控訴人のHCV感染経路として本件予防接種以外のものの可能性を否定するだけ
の証拠もないことなどを総合して考えると、前記のような控訴人の症状等をもってし
ても、本件予防接種により控訴人がHCVに感染したという高度の蓋然性があると
は認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠もない。したがって、本件予防接種と控
訴人がHCVに感染したこととの間に相当因果関係があると認めることはできない。
 控訴人の前記主張は、採用することができない。
4 安全確保義務違反について
 控訴人は、被控訴人は本件予防接種の実施に当たり被接種者の安全を確保する
義務を怠ったのであるから、これにより控訴人の被った損害を賠償する義務がある
旨主張するが、原判決が説示するとおり、本件予防接種は、国家賠償法第1条第1
項にいう公権力の行使に当たらないというべきであるし、前示のとおり、本件予防接
種と控訴人がHCVに感染したこととの間に相当因果関係があると認めることができ
ない以上、控訴人の主張は採用することができないというほかない。
5 薬剤使用についての保険適用上の差別について
 控訴人は、国家公務員共済組合の組合員としての身分と国民健康保険の被保険
者としての身分とで、インターフェロンの投与についての保険適用の範囲に重大な
差があると主張するが、加入する保険制度の違いによって控訴人主張のような保
険適用の範囲に差異が生じることを認めるべき証拠はないから、控訴人の主張は
前提を欠き、採用することができない。
6 異なる疾病についての薬剤使用上の差別について
 控訴人は、慢性骨髄性白血病の治療の場合には、副作用を理由にインターフェロ
ンの使用が抑制されることはないのに対し、C型肝炎の治療の場合には、副作用を
理由にその使用が厳しく抑制されていると主張する。
 しかしながら、疾病が異なれば、その治療のために投与される薬剤の種類、使用
方法等が異なるのは当然であり、乙8によれば、同じインターフェロン剤でも、C型
慢性肝炎と慢性骨髄性白血病とでは、投与量、投与時間、投与方法等に相違があ
ることが認められる。そして、原判決が正当に認定説示するとおり、インターフェロン
療法はC型慢性肝炎の根治療法としては唯一の治療方法であって、HCVを駆除す
ることができない場合でもC型慢性肝炎の進行を抑制する効果を示すことがあると
いう点で有用であり、医療関係者等により保険適用を拡大すべきであるとの指摘も
されているが、その反面、インターフェロン療法には各種の副作用が生じるとされて
いるところであり、厚生大臣は、これらの事情や、インターフェロンの効能又は効
果、用法及び用量など薬事法に基づく承認事項を踏まえて、治療効果を確保しつつ
適正かつ効率的な使用を促進するという観点から、平成5年通知により、一定の要
件、投与期間の範囲でインターフェロン療法について保険適用を認めることとし、更
に、平成12年通知により、その対象を拡大し、最長6か月の再投与についても保険
適用の対象とする取扱をするようになったのである。このような厚生大臣のC型慢
性肝炎に対するインターフェロン療法の保険適用上の取扱は、その裁量権の範囲
内のものであって、その取扱によって生じる区別が合理性を欠くものであるというこ
とはできない。
 したがって、慢性骨髄性白血病の治療の場合と対比して上記取扱の不当性ない
しは不平等性をいう控訴人の主張は、採用することができない。
第四 結論
 よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控
訴費用の負担について民事訴訟法第67条第1項、第61条を適用して、主文のと
おり判決する。
  東京高等裁判所第5民事部
     裁判長裁判官  魚 住 庸 夫
          裁判官  飯 田 敏 彦
          裁判官  菅 野 博 之

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