弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件抗告を棄却する。
         理    由
 本件抗告理由は別紙に記すとおりである。
 当裁判所の判断は次のとおりである。
 一、 本件不動産強制競売事件(静岡地方裁判所昭和三十七年(ヌ)第六号)に
よるとAは同人とBとの間の静岡家庭裁判所昭和三十六年家(イ)第一六三号離婚
等調停事件の調停調書による財産分与金の弁済を受けるため、強制執行として右調
停調書を債務名義としてBの本件建物について有する二分の一の持分に対し競売の
申立をしたところ、同裁判所は昭和三十七年二月一日競売手続の開始決定をし、同
日本件競売建物の登記簿にその旨記入せられて差押の効力が生じた(債務者のBに
は昭和三十七年二月二十三日に送達)ことを認めるにたる。従つて同年二月一日以
後において債務者のBはその所有の本件建物については売買や賃借権、抵当権の設
定、物件の第三者に対する引渡など競売処分を妨げるような如何なる行為をしても
それは競落人に対抗できないものといわねばならない。
 抗告人は昭和三十七年一月末BことB及びA両名から本件建物を一ケ月金四万円
の賃料で賃借し同日右建物の引渡を受けたと主張するがこれを認めるにたる証拠は
なく、却つて前記記録中の賃貸借取調報告書(四四丁)、抗告人提出の営業譲渡契
約証書、委任状、借用証、共同経営契約書(抗告事件記録一七乃至二三丁)等によ
ると抗告人の本件建物占有は少くとも昭和三十七年二月二十日以後に属することが
明かである。前記競売事件記録中の建物評価書(四一丁)の記載によつても右認定
を履えすことはできない。抗告理由第一点の主張事実は認容できないところであ
る。
 二、 本件抗告事件記録中の前記抗告人提出の証拠書類及び同請求書(二六、二
七丁)によると、抗告人は昭和三十七年二月二十日ごろにBから同人が従来本件建
物において営んでいた飲食店業の経営権を譲受ける契約をし爾来右建物の改装のた
め抗告人主張のように相当の費用を投じたことは認め得られるけれども、相手方朝
井弘が本件建物を競落し、引渡命令の申請をしたことを以て特に抗告人の右出費を
無価値ならしめこれを窮地に陥れる目的でなしたものと認められる証拠はない。偶
々Aが正当な債務名義に基いてBの建物持分にたいし競売申立をしその競売手続に
おいて正当に競落人となつたもので右競落人の権利として本件引渡命令の申請をし
たものに過ないというべきであり、相手方の行為を以て権利の乱用となすことはで
きない。抗告理由第二点も採用の限りでない。
 三、 抗告人が本件建物を占有したのは競売関始決定がなされ且つ競売申立登記
のなされた後であることは第一項に認定するとおりであり、その後に右建物を占有
するに至つた抗告人は右占有がBの承諾を得たものであると否とにかかわりなく、
競売申立人及び競落人に対抗できないものである。抗告人の占有が競売開始決定以
前であるとする前提に立つ抗告理由第三点の失当であるこというまでもない。
 四、 相手方はBの本件建物に対する共有持分二分の一を競落により取得したも
のであることは抗告人主張のとおりであるが、共有者の有する所有権も建物の全部
に及ぶものでただ権利の内容が量的に制限せられるにすぎず、権利の保全について
は共有者各自単独に権利を行使できるものであるから相手方が本件建物に対する二
分の一の共有持分に基き本件引渡命令の申請をしたことも違法であるとはいえな
い。抗告人の主張第四点も理由がない。
 <要旨>五、 原裁判所は、抗告人において本件競売申立の登記がなされ建物に差
押の効力が生じた後にこれを占有したことが記録上明白と認め引渡命令を発
したもので、かかる無権原占有者に対し、民事訴訟法第六八七条により引渡命令を
発し得べきものと解するを相当とする。蓋し差押開始決定の登記及び所有者(債務
者)に対する送達以後、所有者が競落人の権限の妨げとなる処分を為し得ないこと
は前述の通りであり、而も競売裁判所は競落人に対抗し得る権利は別として、買受
人たる競落人に対して能うる限り完全な状態に於て目的物を引渡すのが競売の制度
に合致するからである。従つて民事訴訟法第六八七条はその占有が債務者に在るこ
とを通例としての立言たるに止まり、競売開始決定が効力を生じた以後の占有者で
競落人にその占有を対抗し得ない者を除外する趣旨とは解せられないのである。こ
れと同趣旨の下に異議申立を却下した原決定は相当で抗告理由第五点も採用できな
い。
 六、 抗告人は、かりに同人が本件競売開始決定のなされる前にB、Aより本件
建物を賃借したものでないとしても、本件競売開始決定以前から右建物を賃借して
いたCより所有者承諾の下に賃借権を譲受けたものであると主張するけれども、前
記抗告人提出の証拠によつても右Cが本件建物を所有者であるB、Aから賃借して
いた事実は認められず、また右Cが従前から本件建物を使用しておつて、抗告人と
の合意により抗告人に本件建分を使用せしめるに至つたものとしても右抗告人の建
物使用につき所有者が同意をしたと認めるにたる証拠はない(かりに同意をしたと
してもそれは本件建物差押の効力が生じた後に属することであるから同意は無効で
ある)。抗告人の主張第六点も理由がない。
 七、 本件建物に対する所有権二分の一の持分を競落した相手方に右権利を保全
するため引渡命令の申請をする権利のあることは前記四に述べたとおりで、抗告理
由第七点も採用の限りでない。
 八、 抗告人は本件建物の共有者であつたB、Aの承諾の下に建物の必要費有益
費を支出したと主張するけれども右所有者の承諾の事実はこれを認めるを得ず、抗
告人の本件建物の占有は競落人である相手方に対抗し得べき正権原を有しないもの
であることは前記認定のとおりであり、特段の事由のない限り抗告人は右権原ない
ことを知つて建物を占有するものと認められるからたとえ抗告人はその主張のよう
な必要費有益費を支出したとしても本件建物につき留置権を主張することはできな
い。抗告理由第八点も採用するに由ないところである。
 すなわち本件抗告理由はすべて認容し難く、その他記録に徴するも原決定に違法
の点あるを見ないから主文のとおり決定する。
 (裁判長判事 鈴木忠一 判事 谷口茂栄 判事 加藤隆司)

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