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平成15年(行ケ)第326号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成16年7月20日
判決
原       告    昭和電工株式会社
同訴訟代理人弁理士 武井秀彦
 同吉村康男
被       告    ロシュ ビタミン アーゲー
同訴訟代理人弁理士 津國肇
同齋藤房幸
同 小國泰弘
主文
     1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
 事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
(1) 特許庁が無効2002-35352号事件について平成15年6月12日
にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
 主文と同旨
第2 前提となる事実(当事者間に争いがない。)
1 特許庁における手続の経緯
  (1) 原告は,発明の名称を「水産養殖用固型飼料の製造方法」とする特許第2
800116号(昭和61年6月5日に出願された昭和61年特許願第12928
3号の一部を,新たな特許出願として平成8年4月22日出願。平成10年7月1
0日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
  (2) 被告は,平成14年8月27日,特許庁に対し,本件特許を無効とするこ
とを求めて審判の請求をした。
(3) 特許庁は,上記請求を無効2002-35352号事件として審理をした
上,平成15年6月12日,「特許第2800116号発明の特許を無効とす
る。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は同月24日に原告
に送達された。
2 本件特許に係る発明(以下「本件発明」という。)の要旨は,本件特許に係
る明細書(以下「本件明細書」という。)の「特許請求の範囲」1に記載された,
次のとおりのものである。
「1.水産養殖用飼料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を添加
し,得られた混合物を加圧加熱し造粒することを特徴とするアスコルビン酸活性を
有する水産養殖用固型飼料の製造方法。」
 3 本件審決の理由の要旨は,次のとおりである(甲1)。
(1) 本件発明と特開昭52-136160号公報(甲4。以下「引用例1」と
いう。)に記載の発明(以下「引用発明1」という。)を対比すると,両者は,
「水産養殖用飼料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を添加する」点
で一致するが,本件発明では,水産養殖用飼料にL-アスコルビン酸-2-リン酸
エステルの塩を添加し,得られた混合物を加圧加熱して造粒する,アスコルビン酸
活性を有する水産養殖用固型飼料の製造方法であるのに対し,引用発明1は,アス
コルビン酸活性を有する水産養殖用飼料を得るように,水産養殖用飼料にL-アス
コルビン酸-2-リン酸エステルの塩を添加する補充剤自体であって,該補充剤を
添加する水産養殖用飼料の製造方法は不明な点で相違する(以下「本件相違点」と
いう。)。
(2) 本件相違点について
    本件相違点について検討すると,「荻野珍吉編「魚類の栄養と飼料」1頁
及び292~306頁(昭和55年11月15日㈱恒星社厚生閣発行)」(甲3。
以下「引用例2」という。)には,飼料(原料)を混合して,得られた混合物を加
熱加圧し造粒する水産養殖用固型飼料の製造方法が記載され,固型飼料の製造時に
ビタミンC(L-アスコルビン酸)は熱により損失すること,また,保存時にも経
時的に損失することが記載されているから,引用例1に記載の,優れた熱安定性と
耐酸化性を有し,ビタミンC活性を示す「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステ
ルの塩類を含有する補充剤」を添加する水産養殖用飼料において,該補充剤の優れ
た熱安定性に着目して,高いビタミンC活性を有する固型飼料を得るように,引用
例2記載の水産養殖用固型飼料の製造方法を採用することは当業者であれば容易に
想到し得るものである。
    そして,本件発明の効果も引用発明1,引用例2に記載の発明(以下「引
用発明2」という。)から当業者が予測し得るものであって,格別顕著なものとは
いえない。
(3) 以上のとおり,本件発明は,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に
発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項の規定に
違反してなされたものである。
第3 当事者の主張
 (原告の主張する本件審決の取消事由)
  本件審決は,引用発明1の認定を誤った結果,本件発明と引用発明1との一
致点の認定を誤り(取消事由1),また,本件発明の進歩性の判断を誤った(取消
事由2)ものであり,その誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすものであるから,
本件審決は違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(本件発明と引用発明1との一致点の認定誤り)について
  本件審決は,引用例1に「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類
を含有する魚の餌の補充剤」が記載されていると認定し,その結果,本件発明と引
用発明1とは,「水産養殖用飼料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩
を添加する」点で一致すると認定したが,誤りである。
  (1)ア 引用例1には,「さらには,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートお
よび2-サルフェート誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,動物によって有用
な安定なビタミンC誘導体とされ,このものは例えば魚の餌の補充剤として用いら
れることが知られている。」(3頁左上欄7~12行)との記載があるが,引用発
明1の出願当時,魚の餌の補充剤として用いられることが知られていたのは,L-
アスコルビン酸-2-サルフェートのみであり(甲5の調査報告書,甲6の調査報
告書,FederationofAmericanSocietiesforExperimentalBiology,56th
AnnualMeeting,April9-14,1972,SymposiaandSpecialSessionsAbstracts
ofPapers,2764(甲7),AnnalsoftheNewYorkAcademyofSciences,
vol.258,p.81-101(1975)(甲8)),L-アスコルビン酸-2-ホスフェートを魚
の餌の補充剤に使用した例は全く見いだせない。引用例1の記載事項の認定は,当
業者の技術常識に基づいてなされなければならないから,当業者は,引用例1に,
L-アスコルビン酸-2-ホスフェートを魚の餌の補充剤として使用することは実
質上記載されていないと認識するはずである。
イ引用例1の「魚の餌の補充剤」なる記載は,対応米国特許(米国特許第
4,179,445号)の明細書(甲9)の対応部分について「魚からなる食事の
補充剤」(魚を用いたヒトの食事の補充剤)と訳すべきを誤って訳したものである
(甲43(Aの宣誓書),44(Bの宣誓書),45(Cの宣誓書))。したがっ
て,引用例1の上記記載は事実ではなく,技術常識上信憑性に欠けるものである。
原告の上記主張はこの点からも裏付けられるものである。
  (2) L-アスコルビン酸-2-ホスフェートを魚の餌の補充剤に用いた例が引
用発明1の出願時まで皆無であることから,引用例1の上記記載において,単数形
で記載された「このものは」は,「L-アスコルビン酸-2-サルフェート」を指
しているとするのが当業者の普通の解釈である。また,上記記載における「L-ア
スコルビン酸の2-ホスフェートおよび2-サルフェート誘導体類」とは,「アス
コルビン酸」の「誘導体」である遊離酸を意味しているにすぎず,その塩類を指し
て呼んでいるのではないことは,引用発明1の対応米国特許(米国特許第4,17
9,445号)の明細書(甲9)における対応箇所が「the2-phosphateand
2-sulfatederivativesofL-ascorbicacid」と記載されていることからも明らか
である。「L-アスコルビン酸の2-ホスフェート」は「遊離酸」を指すとするの
が当業者の一般的な用法である。
  (3) 本件審決は,引用例1における「L-アスコルビン酸の2-ホスフェート
および2-サルフェート誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,・・・ホスフェ
ートエステル基を開裂することが知られている酵素が動物の消化系に存在するか
ら,かかる2-ホスフェートエステルは,殆ど全ての動物中で活性を示すと考えら
れる。」(3頁左上欄8~16行)との記載から,引用例1には「L-アスコルビ
ン酸の2-ホスフェート誘導体」は「アスコルビン酸活性を示す有効成分」として
「魚の餌の補充剤」として用いられることが記載されていると認定しているが,引
用例1の上記記載は,L-アスコルベート2-ホスフェートマグネシウム塩を給餌
又は注射したモルモットが尿中にL-アスコルビン酸を排出したことを発表した論
文を根拠とするものであり,これを根拠にL-アスコルビン酸の2-ホスフェート
誘導体が,魚を含む殆ど全ての動物中で活性を示すと考えられるとするのは,以下
の点で非科学的であり合理性を欠く。
  ア 引用発明1の対応米国特許(米国特許第4,179,445号)の明細
書(甲9)中の「alkalinephosphatase」との記載からすれば,「ホスフェートエ
ステル基を開裂することが知られている酵素」がアルカリホスファターゼであるこ
とは疑い得ない。そして,引用発明1の発明者ポール・オウガスタス・セイブを監
修者とする「Chen-Hsiung(Eldon)Lee,"SYNTHESESANDCHARACTERIZATIONOF
L-ASCORBATEPHOSPHATESANDTHEIRSTABILITIESINMODELSYSTEMS"(1976)」(甲
10)には,仔牛腸粘膜アルカリホスファターゼを用いた分解試験が記載されてお
り,引用例1に記載された「全ての動物」とは哺乳動物を指すとするのが妥当であ
る。
    また,アルカリホスファターゼが,その起源,条件にかかわらず,L-
アスコルビン酸2-ホスフェート誘導体を分解し得るとは技術常識上到底いえな
い。たとえば,「JournalofFacultyofFisheries,PrefecturalUniversityof
Mie,Vol.6,No.3,p.303-311(1965)」(甲11)第7表によれば魚類のアルカリ
ホスファターゼの至適pHは9.6であり,「JournalofFacultyofFisheries,
PrefecturalUniversityofMie,Vol.6,No.3,p.291-301(1965)」(甲12)の
図4によれば,アルカリホスファターゼはpH8以下では殆ど活性を示していな
い。しかるところ,「尾崎久雄著「魚類生理学講座」60~63頁(昭和46年1
2月1日・緑書房発行)」(甲13)に記載されているとおり,魚類の消化管のp
Hは例えばハマチの場合高々7.6にすぎず,また,その他の魚でも消化管のpH
はかなり低い。したがって,魚類においては,アルカリホスファターゼは有効な活
性を発揮できず,L-アスコルベート2-ホスフェートを分解できないと考えられ
る。
  イ ある動物に薬剤の誘導体を分解し活性体を生ずる酵素が存在したとして
も,これのみで魚類において有効な活性を有するといえないことは,L-アスコル
ビン酸2-サルフェートの例から明白である。
    すなわち,「ビタミン49巻11号p.439-444(1975年)」(甲1
4),「J.Nutr.108,p.1761-1766(1978)」(甲15),前掲甲8は,上記のL
-アスコルビン酸誘導体がある特定の種類の魚あるいは動物に対して効果があって
も,他の種の魚あるいは動物においても効果を有するとはいえないこと,及び魚と
哺乳動物間では上記のL-アスコルビン酸誘導体あるいはビタミン誘導体の効果は
同様であるとはいえないことが記載されており,「魚に対する給餌及び栄養摂取に
関する第3回国際シンポジウム,ロシュ・ワークショップ(1989年)」(甲16)
によれば,2-サルフェートについては,結局被告自身によって,魚には効果がな
いとの結論が出されている。
  ウ アスコルビン酸2-O-α-グルコシドは,良好な耐酸化,耐熱安定性
を有し,モルモット,ラット中のα-グルコシダーゼによりアスコルビン酸を遊離
する(「化学と生物vol.29,No.11,p.726-733」(甲17))が,養魚飼料原料に
配合した場合にはその中に存在するα-グルコシダーゼにより不安定なアスコルビ
ン酸に変換してしまうため,「魚の餌の補充剤」としては実用化されていない。こ
のことからも明らかなように,アスコルビン酸誘導体が,耐熱性,耐酸化性を有
し,かつ体内で酵素により活性体に変換されるだけでは,水産養殖用固形飼料に配
合して有効な活性を有すると予測することはできない。
  エ アスコルビン酸誘導体が魚を対象とする固型飼料に配合剤として有効で
あると推論するためには,以下のことが知られている必要がある。
   (ア) 原料中の酵素あるいは成分により,分解されないこと
    (イ) 飼料製造中の高温高圧処理により分解されないように耐熱性,耐酸
化性を有すること
    (ウ) アスコルビン酸誘導体あるいはその分解物が消化管を通じて魚の生
体内に吸収されること
    (エ) 魚の生体内においてアスコルビン酸に変換されること
    (オ) アスコルビン酸誘導体あるいはその代謝分解物の毒性がないこと
    (カ) 変換されたアスコルビン酸が機能発現部位に到達しその機能を発揮
すること
     しかるに,引用例1においては,L-アスコルビル2-ホスフェートに
ついては,単に上記(イ)の要件に関して,耐熱性,耐酸化性を有することが記載さ
れているにすぎないものであり,しかも,本件発明の高せん断力が負荷されるペレ
ット飼料の製造工程での耐熱性,耐酸化性については,上記(イ)の要件を充足でき
ると推論することはできない。この程度の知見では,アスコルビン酸2-ホスフェ
ートが養魚用ペレット飼料に配合剤として使用しうると推論することは技術常識を
知る当業者においては到底できない。結局,L-アスコルビル2-ホスフェートが
魚用固形飼料への配合剤として有効か否かは,実際に魚に投与試験をして初めて分
かることである。
(4) アスコルビン酸活性を有する魚の補充剤についての発明は動物医薬の発明
であるから,有効成分としてのL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類
が,現に魚に対して有効であることが立証されていなければならないが,引用例1
には,モルモットについての論文が引用されているにすぎず,魚については何らの
実験データも示されておらず,アルカリホスファターゼが魚の消化管中のpH条件
下でアスコルベート2-ホスフェートを開裂できるとはいえないのであるから,引
用例1には「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する魚の餌の
補充剤」について,完成された発明として記載されていない。
 2 取消事由2(本件発明の進歩性に関する判断誤り)について
  本件審決は,本件発明の構成の容易想到性及び効果の顕著性について誤解
し,結果としてその進歩性に関する判断を誤ったものである。
  (1)アスコルビン酸(ビタミンC)は,養殖魚類等において欠乏又は不足する
と壊血病症状を起こし死に至る等の重大な被害が発生することが知られており,そ
こで,養殖飼料にアスコルビン酸が添加され,給餌されていたが,アスコルビン酸
は不安定で飼料中に添加した場合に分解が起こり,さらに,水産養殖用固型飼料は
高温高圧下に高せん断力が付与されるため,アスコルビン酸は,飼料に添加しても
速やかに失活し,その活性を持続させることはできなかった。こうした状況の中で
高温高圧下でも安定で,しかも,高いアスコルビン酸活性を有する水産養殖用固型
飼料添加物が要求され,このためL-アスコルビン酸-2サルフェート等種々のL
-アスコルビン酸誘導体の使用が試みられてきたが,そのことごとくが上記技術的
要求を満たさず失敗したのである。
    水産養殖用固型飼料の製造方法においては,飼料原料に,たとえば,イカ
ミール,エビミール,北洋魚粉などの魚類(本件発明の実施例1)や北洋魚粉,ア
ミミールなどの魚類や小麦粉(本件発明の実施例2)のようにホスファターゼが存
在している飼料原料が使用されるところ,リン酸エステル基を有するL-アスコル
ビン酸-2-リン酸エステル塩はそれらの飼料原料と混合し製剤化され製剤中で長
期間にわたって接触を受けることになるので,L-アスコルビン酸の2-ホスフェ
ートはL-アスコルビン酸に分解されることが予想され,その場合,アスコルビン
酸は加熱下で更に分解されビタミン活性を発揮できないことになる。したがって,
当業者はそのような魚類などを含む飼料原料にL-アスコルビン酸の2-ホスフェ
ートの塩を使用しようとはしないはずである。しかるに,本件発明は,飼料原料に
L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を配合し加熱加圧し造粒する構成を
採用することにより,上記の問題点を克服し,高い残存率と高いビタミンC効果と
いう顕著な効果を得ることに成功したものである。
    被告は,魚粉中のホスファターゼは熱で失活すると主張するが,ペレット
飼料において,加熱工程を経てもなお魚粉中のホスファターゼ活性は残存するもの
である(甲37の実験成績証明書,甲38の実験成績証明書,APPLIEDAND
ENVIRONMENTALMICROBIOLOGY,VOL.64,Nov.1998,p.4446-4451(甲39))。
  (2) 甲19の報告書によれば,アスコルビン酸誘導体の種類は極めて多く,L
-アスコルビン酸の2-ホスフェートは,少なくとも魚類に対しては,多数存在す
るアスコルビン酸誘導体の中の1つにすぎない。多数のアスコルビン酸誘導体が存
在する中で,特定のアスコルビン酸誘導体が予想できない顕著な効果を有するので
あれば,当然進歩性は認められるべきである。
    しかして,引用例1に記載の誘導体類に含まれる,L-アスコルビン酸の
2-ホスフェートの遊離酸,その塩,同2-サルフェートの遊離酸,その塩のう
ち,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートの塩のみが格別顕著な効果を示すか
ら,本件発明は選択発明として進歩性を有する。
  (3) 本件審決は,単にL-アスコルビン酸の2-ホスフェートの熱安定性のみ
から,その水産養殖用固形飼料製造において,高い残存率が予想でき,本件発明の
効果が予想できるとするものである。
    しかし,特許第2943785号公報(甲20)には,L-アスコルビン
酸誘導体類0.1ミリモルをそれぞれ実施例3のL-アスコルビン酸-2-リン酸
エステルマグネシウム塩のみを除いた同じ組成の飼料に同じ製造方法で成型した後
粉砕し製造直後の飼料中のL-アスコルビン酸誘導体類の残存率を測定し,この飼
料のハマチに対する有効性を調査した比較試験例において,アスコルビン酸-2,
6-ジパルミテートは,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルよりも飼料製造
時の加圧加熱後の残存率が高いのに,ハマチ増重率及び生存率が極めて劣っている
ことが示されている。この結果からみても,熱安定性及び残存率のみから魚に対す
る効果が予想できないことは明らかである。
    また,ハマチのアスコルビン酸-2-リン酸エステルマグネシウム塩の要
求量(対象魚種がビタミン欠乏症を防ぐために必要とする各種ビタミンあるいはそ
の誘導体の量)はアスコルビン酸に比して著しく低い(アスコルビン酸(ビタミン
C)の約1/4~約1/8)が,ビタミンCとしての活性はむしろ高い(「「養
殖」臨時増刊号「添加商品」29巻1号臨(平成4年1月5日)」(甲21),
「「日本水産学会誌」58巻2号337~341頁(平成4年2月)」(甲2
2))。仮に,本件発明のハマチに対するビタミンC活性が,ハマチのホスファタ
ーゼによるものであるとすると,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルマグネ
シウム塩は,L-アスコルビン酸と無機リン酸に分解されてから魚類に作用するの
であるから,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルマグネシウム塩の要求量
は,アスコルビン酸換算すれば,ビタミンC要求量と少なくとも同程度になるはず
である。しかし,上記のとおり,事実はビタミンCの約1/4~約1/8という要
求量であり,その活性はビタミンCよりもむしろ高いという結果を示しており,こ
のことは,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステル塩の効果が,引用例1に示さ
れるような単なるホスファターゼによる分解に基づくものではなく,また,単なる
耐熱性,耐酸化性のみに起因するものでもないことを示す。したがって,少なくと
も,このような効果は,引用例1の記載からは全く予想することはできないことは
明白である。
さらに,引用例1からは,加圧加熱する場合にL-アスコルビン酸2-ホ
スフェートの塩が分解されずに残るか否かは全く予想できないものである。飼料原
料には,タンパク分解酵素,触媒となりうる金属,あるいは酸化還元性物質など様
々なものが配合されるが,このような飼料原料にL-アスコルビン酸-2-リン酸
エステルの塩を配合するとどのような影響が出てくるのかは全く明らかではない。
    以上の点から,本件発明の効果は極めて顕著であり,引用例1の記載から
は予想できないものというべきである。
  (4) 本件発明は,L-アスコルビン酸誘導体を使用するものとして,水産養殖
史上はじめて商業的成功を収めたものである(「「養殖」平成4年7月1日号,7
8頁」(甲23),「「化学工業日報」2000年12月21日号」(甲2
4))。
    原告による商業的成功は,本件発明が安定性及びアスコルビン酸活性にお
いて他に代替できない効果を有することに基づくものであり,そのことは,被告が
最近(平成15年4月)になって,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルナト
リウムカルシウムについて,「飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律」
に基づく飼料添加物として認可を得た(平成14年4月25日付け官報第3349
号(甲25))ことからも裏付けられる。また,甲40の報告書によれば,本件発
明の公開後,原告によりL-アスコルビン酸2-リン酸エステルの塩を水産養殖用
固形飼料に使用することの実用化が達成された後,急速にブリ用固形飼料の生産量
が伸びていることがわかり,甲5の調査報告書によれば,本件特許の公開後,L-
アスコルビン酸2-リン酸エステルの塩を含有する水産養殖用飼料添加物に関する
研究論文が急速に増えていることがわかる。
 (被告の反論)
 1 取消事由1(本件発明と引用発明1との一致点の認定誤り)について
  引用例1には,明確にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類が魚
の餌の補充剤として用いられることが知られていると記載されており,この記載に
接した当業者は,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類が魚の餌の補充
剤として用い得ることを認識できるから,本件審決の引用発明1についての認定,
ひいては本件発明と引用発明1との一致点の認定に誤りはない。
   原告は,本件審決の引用発明1についての認定は誤りであるとして縷々主張
するが,以下に述べるとおり,いずれも理由がない。
  (1)ア 原告は,引用発明1の出願前にL-アスコルビン酸-2-ホスフェート
を魚の餌の補充剤に使用した例は全く見いだせないとするが,そのことは,引用例
1にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類が魚の餌の補充剤として用い
られることが知られていると記載されている事実に何らの影響もない。しかも,原
告の行った文献検索は,限られたデータベースを対象とするもので,検索に用いた
キーワード等の検索条件も完全とは言い切れないことから,原告の上記主張は,そ
の前提すら十分に立証されているとはいえない。
イ 甲43等は,対応米国特許(米国特許第4,179,445号)の明細
書(甲9)の解釈に関するものである。この対応米国特許の明細書は,引用発明1
に係る特許出願の優先権主張の基礎出願(No.683,888)の継続出願(N
o.817,555)の更なる継続出願に係るものである。したがって,引用例1
は,前掲甲43等で解釈された上記対応米国特許の明細書とは無関係である。
     そうすると,甲43等で上記対応米国特許の明細書がいかように解釈さ
れようとも,この解釈が引用例1の記載の解釈に直接的に影響を与えるものではな
い。甲43等は,引用例1に記載の「魚の餌の補充剤」が「魚からなる食事の補充
剤」であることを立証するものではない。
     また,仮に,上記対応米国特許の解釈が引用例1の解釈に影響するとし
ても,上記対応米国特許の明細書の“thedietoffish”は,「魚の餌」と解釈さ
れるものであり,引用例1の「魚の餌の補充剤」なる記載は誤訳ではない。
  (2) 原告は,引用例1における「このもの」は「L-アスコルビン酸-2-サ
ルフェート」を指すと主張するが,「このもの」に相当するのは,複数の「L-ア
スコルビン酸の・・・誘導体類」であり,「このもの」が単数形であるとすると,
これを受ける先行詞が存在しなくなって,この文は解釈不能となる。
    原告は,引用例1の「L-アスコルビン酸の2-ホスフェート誘導体類」
は塩類を含まないと主張するが,引用例1の3頁左上欄下から4行~右上欄5行,
5頁右下欄11~14行,6頁左上欄下から7~5行,実施例の記載から,引用例
1の「L-アスコルベート2-ホスフェート」が「L-アスコルベート2-ホスフ
ェートの塩」をも意味する語として用いられていることは明らかである。
  (3) 原告は,L-アスコルビン酸の2-ホスフェート誘導体が,魚を含む殆ど
全ての動物中で活性を示すと考えられるとするのは,非科学的であり合理性を欠く
として縷々主張するが,次に述べるとおり誤りである。
   ア 引用例1には,酵素をアルカリホスファターゼに限定する記載はない。
ホスファターゼが魚類に広く存在し(Comp.Biochem.Physiol.,1965,vol.16,
pp.317-319(乙1),Actahistochem.Bd.47,S.8-14(1973)(乙2),Acta
histochem.Bd.53,S.206-210(1975)(乙3),Endokrinologie,Band68(1),
1976,S.80-85(乙4),「尾崎久雄著「魚類生理学講座」290~291頁(昭和
53年8月1日・緑書房発行)」(乙5),前掲甲11,12),ホスファターゼ
として酸性ホスファターゼも存在することは,当業者の技術常識である。また,前
掲甲10の記載から引用例1に記載の「動物」の意味内容を原告主張のように決め
つけることこそ,科学的でなく,合理性を欠く。
     原告は,魚類の消化管内のpHは高々7.6であり,このpHでは魚類
のアルカリホスファターゼはほとんど活性がないと主張する。しかし,多くの魚類
の消化管のpHは8~10であり(「板沢靖男他編「魚類生理学」69~70頁
(1991年6月30日(株)恒星社厚生閣発行)」(乙20),「尾崎久雄著
「魚類生理学講座 第4巻/消化の生理(下)」278~283頁,338~33
9頁(昭和53年8月1日・緑書房発行)」(乙21)),前掲甲12の図4がp
H8.5~10でアルカリホスファターゼの活性があることを示しているから,ア
ルカリホスファターゼは魚類の消化管で活性があると理解できる。前掲甲12の図
4はニジマスのアルカリホスファターゼ活性を示したものであるところ,上記乙2
0はニジマスの消化管のpHを記載しているのであるから,魚類におけるアルカリ
ホスファターゼ活性については,異なる魚種(ニジマスとハマチ)に係る前掲甲1
2と前掲甲13の資料を組み合わせるよりは,同じ魚種に係る前掲甲12と上記乙
20の資料を組み合わせて判断する方が合理的である。のみならず,前掲甲12の
図4はpH8.5以下の活性の測定値を示していないだけで,pH7.6でアルカ
リホスファターゼが活性がないとは記載していない。pH6.5~8.0で活性を
示すアルカリホスファターゼは存在している(J.Exp.Zool.,182:47-58
(1972)(乙22))。
     また,前掲甲12の図1ないし5は,ニジマス組織から抽出したホスフ
ァターゼの至適反応条件を検討するため作成されたものであるところ,前掲甲12
の図4は「ニジマス器官から抽出した酵素液」を使用して得られたデータである
が,その器官名は記載されておらず,同図4に示されたホスファターゼが腸のもの
であるとは断定できない。むしろ,前掲甲12の図1の作成については肝臓のホス
ファターゼが,同図2の作成については肝臓抽出物中のホスファターゼがそれぞれ
使用されており,上記の至適反応条件を検討する以上,上記図1~5の作成にあた
って共通の酵素を使用しなければならないことは常識であるから,上記図4を作成
するについても肝臓のホスファターゼが使用されているものと解するのが相当であ
る。したがって,当業者は,上記図4から,魚の消化管のアルカリホスファターゼ
がpH7.6以下では活性を示さないと認識することはあり得ない。
  イ アルカリ性ホスファターゼが広く生物界に分布しており,基質特異性も
広く,ほとんどすべてのリン酸モノエステル結合を加水分解できることは技術常識
である(「「生化学辞典(第2版)」84~85頁,558~559頁(1992
年12月1日㈱東京化学同人発行)」(乙9,10))。
  ウ 前掲甲17,甲18に示されたホスフェートエステル基を有しない物質
についての知見は,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類の魚における
有効性に何ら影響しない。
  (4) ProgressiveFish-Culturist,47,No.1,55-59,1985(乙26)には,
魚(チャネルキャットフィッシュ)においても,L-アスコルベート2-ホスフェ
ートがアスコルビン酸活性を発揮したことが記載されており,乙9は,消化系にお
いてアルカリ性ホスファターゼが作用し得ることを明確に示している。これらの記
載を参酌すると,当業者は,引用例1の記載から,魚においてアルカリ性ホスファ
ターゼが作用し,L-アスコルビン酸2-ホスフェート誘導体を開裂して有効な活
性を発揮しうることを合理的に理解できるということができる。
    また,本件特許出願の経過からしても,当業者は,L-アスコルビン酸2
-リン酸エステルの塩が魚類においてL-アスコルビン酸に開裂されて活性を示す
ことを合理的に理解するというべきである。
本件発明は,水産養殖用に用いられる固形飼料の製造に関する発明であ
り,解決しようとする課題は「高いアスコルビン酸活性を示す」水産養殖用固形飼
料を提供することであり(本件明細書の段落【0005】),発明の効果は生育の
ために特にL-アスコルビン酸が必要とされる水産動物の養殖に有用であることで
ある(同段落【0023】)。すなわち,本件発明で得られる固形飼料は水産動物
に対して高いアスコルビン酸活性を示すことが必要である。しかし,本件明細書で
は,本件発明に係る飼料を使用した飼育試験はクルマエビ(実施例1)及びウシエ
ビ(実施例2)についてしか行われていない(同段落【0013】~【002
2】)。そうすると,本件発明が特許されたのは,クルマエビやウシエビなどの甲
殻類において示されたアスコルビン酸活性から,当業者が技術常識をもって甲殻類
以外の水産動物に対するアスコルビン酸活性を合理的に理解できたからと判断せざ
るを得ない。甲殻類以外の水産動物については,本件明細書中では明記されていな
いが,魚類を含むものとすると,魚類は,モルモットなどの哺乳類と同じ脊椎動物
に属し(乙27の296頁右欄下から13~11行及び乙28の1224頁右欄2
1~22行),一方甲殻類は節足動物に属する(乙29の387頁左欄3~5
行)。つまり,魚類からみれば,モルモットよりもクルマエビやウシエビの方がは
るかに遠い種である(乙30の付録38頁下部の動物界の系統図)。かかる本件特
許の審査経過での判断によれば,実際に実験をしてみなくとも,当業者は,ある生
物種に属する動物に対してアスコルビン酸活性が有効に発揮されるか否かを,他の
生物種の動物に対して示された結果から合理的に理解できる場合もあり得るのは明
らかである。そうすると,引用例1において,甲殻類よりも生物学的にはるかに魚
類に対し近縁であるモルモットにおいてL-アスコルベート2-ホスフェートマグ
ネシウム塩がL-アスコルベートの形に活性化されることが示されている以上,こ
のことが十分な技術的裏付けとなって,当業者をしてL-アスコルビン酸2-リン
酸エステルの塩が魚類においてもL-アスコルビン酸に開裂されて活性を示すこと
を合理的に理解せしめることは明らかである。
  (5) 引用例1には,引用発明1が,当業者が容易に実施することができる程度
の実体を伴った発明として,あるいは少なくとも進歩性に関する判断の際の引用発
明たり得る程度のものとして記載されている。
 2 取消事由2(本件発明の進歩性に関する判断誤り)について
  本件審決の本件発明の進歩性に関する判断にも,誤りはない。
  (1) 原告は,本件発明の水産養殖用固型飼料の製造において飼料原料として使
用される魚粉などの魚類はホスファターゼを有しているため,このような飼料原料
にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を配合すれば,L-アスコルビン
酸に分解され,有効なアスコルビン酸活性を発揮できなくなることが予想されるの
で,当業者は,魚類を含有する飼料原料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステ
ルの塩を使用しないはずであると主張する。
   ア しかしながら,本件発明は,特許請求の範囲の記載からみて,ホスファ
ターゼが存在している魚粉などの原料を配合することを必須の構成とするものでは
ないから,ホスファターゼ存在原料の配合を前提とする原告の上記主張は理由がな
い。
   イ また,本件明細書は,飼料原料の魚類に関しては,「L-アスコルビン
酸-2-リン酸エステルの塩類の使用量は,使用目的などにより異なる。・・・魚
類・・・などを原料とする天然飼料に飼料1kgあたり0.0015ミリモル以上
添加してもへい死率の低下など好結果を発揮することができる」と記載する(段落
【0009】)だけであり,また,飼料原料としての魚粉等に関しては,実施例で
特定の配合成分を有する水産養殖用固型飼料(実施例1および2)と,従来技術と
しての魚粉を含有する市販固型飼料(段落【0004】)とを記載するだけであ
り,魚粉などの飼料原料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を配合し
た場合に,原告主張のような問題点が存在することは何ら記載されていない。加え
て,本件特許の出願当時の技術水準から,魚粉がL-アスコルビン酸-2-リン酸
エステル塩を分解することが自明ともいえない。
     そうすると,上記原告の主張は,本件明細書の記載に基づくものではな
く,本件発明の進歩性の判断に際して,考慮されるべきではない。
ウ さらに,魚粉は養魚用ペレット飼料の慣用成分であること(「荻野珍吉編
「魚類の栄養と飼料」4~11頁(昭和55年11月15日(株)恒星社厚生閣発
行)」(乙13),前掲甲3,「米康夫編「養魚飼料-基礎と応用」111~11
5頁,123~131頁(昭和60年4月15日(株)恒星社厚生閣発行)」(乙
14)),ホスファターゼは熱で失活し易く,得られる魚粉は酵素活性を有してお
らず(「荻野珍吉編「魚類の栄養と飼料」256~257頁(昭和55年11月1
5日(株)恒星社厚生閣発行)」(乙15),「外山健三他編「水産油糧学」8~
13頁,40~43頁(1988年5月30日(株)恒星社厚生閣発行)」(乙1
6),「川島利兵衛編「新水産ハンドブック」588~591頁(1981年2月
10日(株)講談社発行)」(乙17),前掲甲12,「栄養と食糧Vol.18,No.1
(昭和40年5月10日・日本栄養・食糧学会発行)」(乙11)),当業者もそ
のことを当然のこととして認識していること,仮に魚粉にホスファターゼが残存し
ていたとしても,酵素反応が起こるために必要な反応時間,基質濃度,pH,温度
が,飼料中及びその製造工程中に至適状態にないことは当業者の技術常識といえる
こと(前掲甲11,12)から,当業者が飼料原料にL-アスコルビン酸-2-リ
ン酸エステルの塩類との組み合わせを回避することはないと考えられる。
 仮に,魚粉中にホスファターゼ活性が存在するという原告の主張を考慮し
たとしても,当業者が魚粉とL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類との
組み合わせを回避することはしない。
 すなわち,前述したとおり,ホスファターゼは70℃,5分間の加熱で完
全に失活する(前掲乙第11号証64頁右欄下から13~5行)ので,魚粉中にホ
スファターゼが存在するとしても,加熱処理などの前処理をすることによりホスフ
ァターゼを失活させたり,あるいは分解量を見込んでL-アスコルビン酸-2-リ
ン酸エステルの塩類を多少増量したりすることなどで十分有効なビタミンC活性を
有する水産用養殖固型飼料を容易に得ることができる。そして,このような手段を
採用することは当業者であれば容易にできる。
  (2) 本件発明の進歩性に関する判断の際に参酌されるのは,引用発明1と比較
した効果でなければならないから,水産養殖用飼料に有効成分(L-アスコルビン
酸-2-リン酸エステルの塩)を添加し,得られた混合物を加圧加熱して造粒する
という製法に由来する効果が,引用例1に比して有利か否かが問題となるが,引用
例1には,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩が熱安定性と耐酸化性を
有し,魚に対してビタミンC活性を示すことが記載されているから,上記の製造方
法を採用することによる効果は引用例1の記載から当業者が容易に予測しうるもの
である。
    原告は,多数のアスコルビン酸誘導体の中から特定のアスコルビン酸誘導
体を選択することにより顕著な効果を奏する場合には進歩性を認めるべきであると
主張するが,本件発明で使用する特定のアスコルビン酸誘導体とはL-アスコルビ
ン酸-2-リン酸エステルの塩類そのものであり,引用例1にL-アスコルビン酸
-2-リン酸エステルの塩類を含有する魚の餌の補充剤が具体的に記載されている
以上,この点において両者は全く一致している。
  (3) 原告は,アスコルビン酸-2,6-ジパルミテートやアスコルビン酸の試
験結果を挙げて,本件発明の効果が予測できないものであると主張するが,ジパル
ミテートはホスファターゼで開裂されないエステル基であるし,アスコルビン酸と
の比較は,引用発明1との比較ではないから,参酌できない。
  (4) 本件発明について,たとえ商業的に成功したという事実があってもそのこ
とだけでその進歩性が肯定されるものではない。
第4 当裁判所の判断
 1 取消事由1(本件発明と引用発明1との一致点の認定誤り)について
  (1) 引用例1に「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する
魚の餌の補充剤」が記載されているといえるかどうかについて検討する。
   ア 引用例1の記載事項について
    (ア) 引用例1(甲4)には,以下の事項が記載されている。
     a 「本発明は広範囲の食品に使用しうる安定な栄養価値のあるビタミ
ンC源として有用なホスホリル誘導体類を製造するためのモノアスコルビル-およ
びジアスコルビル-2-ホスフェートの合成法に関する。」(2頁右上欄下から5
~1行)
     b 「L-アスコルビン酸は,それを特定の化学誘導体に変えることに
よって,酸素及び熱に対して一層安定化されうることが知られている。特にL-ア
スコルベート2-ホスフェートまたはL-アスコルベート2-サルフェートの如き
アスコルビン酸の2-位置の無機エステル類は,L-アスコルビン酸のようには容
易に酸化されない。さらには,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートおよび2-
サルフェート誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,動物によって有用な安定な
ビタミンC誘導体とされ,このものは例えば魚の餌の補充剤として用いられること
が知られている。ホスフェートエステル基を開裂することが知られている酵素が動
物の消化系に存在するから,かかる2-ホスフェートエステルは,殆ど全ての動物
中で活性を示すと考えられる。」(3頁左上欄1~16行)
    c 「L-アスコルベート2-ホスフェートを合成するいくつかの方法
が過去に提案されてきておりまた該ホスフェートエステルが期待通り高ビタミンC
効力を有することが示されている。例えば,・・・は,モルモット(guineapig)
にL-アスコルベート2-ホスフェトマグネシウム塩を給餌または注射すると,モ
ルモットが尿中にL-アスコルベートを排泄することを発表している[Gazz.Chim.
Ital.91(1961),964]。L-アスコルベート2-ホスフェートを与えられた動物に
よって排泄されたL-アスコルビン酸の量は,当量のL-アスコルビン酸を与えた
動物によつて排泄された量と同じであった。これらの結果は,L-アスコルベート
2-ホスフェートは腸内で定量的にL-アスコルベートと無機燐酸塩とに変化する
ことを示している。」(3頁左上欄17行~右上欄13行)
    d 「従って,本発明の最も重要な目的は,分析化学的に純粋な状態に
容易に回収でき,しかも酸素の存在によりまたは高熱条件下で活性を失うことなく
食品系中におけるビタミンC源またはビタミンプレミックスとして使用しうるアス
コルビン酸のホスフェートエステルを高収率で製造するための工業的に使用しうる
方法を提供することにある。」(3頁左下欄9~15行)
    e 「ホスホリル化反応の完結後,2-ホスフェートモノエステルは,
無定形マグネシウム塩の形でまたは結晶性トリシクロヘキシルアンモニウム塩(T
CHAP)の形で単離することができる。」(5頁右下欄11~14行)
    f 「この時点で,単離されたマグネシウム塩は実質的に純粋なL-ア
スコルベート2-ホスフェートであり,・・・」(6頁左上欄14~16行)
    (イ) 上記(ア)cの「L-アスコルベート2-ホスフェートを合成するい
くつ かの方法が過去に提案されてきておりまた該ホスフェートエステルが期待通
り高ビタミンC効力を有することが示されている。例えば,・・・L-アスコルベ
ート2-ホスフェトマグネシウム塩を・・・」の記載,上記(ア)eの「・・・2-
ホスフェートモノエステルは,・・・塩の形で 単離することができる。」の記
載,上記(ア)fの「単離されたマグネシウ ム塩は実質的に純粋なL-アスコルべ
ート2-ホスフェートであり」の記載から,引用例1においては「L-アスコルベ
ート2-ホスフェート」が,「L-アスコルベート2-ホスフェートの塩」をも意
味する用語として用いられていることは明らかであるといえる。また,上記(ア)d
 に記載されているように,ビタミンC源またはビタミンプレミックスとして使用
し得るアスコルビン酸のホスフェートエステルを高収率で製造することを最も重要
な目的とする引用例1の実施例において,実際に製造されているのが「L-アスコ
ルベート2-ホスフェートの塩」のみであることから,引用例1においては,「L
-アスコルベート2-ホスフェートの塩」がビタミンC源として認識されているも
のと認められる。
      そうすると,上記(ア)bの「L-アスコルビン酸の2-ホスフェート
お よび2-サルフェート誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,動物によって
有用な安定なビタミンC誘導体とされ,このものは例えば魚の餌の補充剤として用
いられることが知られている」との記載においても,「L-アスコルベート2-ホ
スフェートの塩」が,「魚の餌の補充剤に用いられる」ものとして位置づけられて
いると認めるのが相当である。
(ウ)原告は,引用例1の「魚の餌の補充剤」なる記載は,対応米国特許
(米国特許第4,179,445号)の明細書(甲9)の対応部分について「魚か
らなる食事の補充剤」(魚を用いたヒトの食事の補充剤)と訳すべきを誤って訳し
たものであると主張し,その証拠として前掲甲43ないし45を提出する。
      しかしながら,前掲甲43ないし45は,対応米国特許(米国特許第
4,179,445号)の明細書(甲9)の解釈に関するものであるところ,上記
対応米国特許の明細書をいかに解すべきかどうかは別として,この点の解釈は引用
例1の記載の解釈に直接的に影響を与えるものではないというべきである。
      しかして,引用例1の「魚の餌の補充剤」との記載をその文字どおり
解しても,引用例1に記載の一連の文脈に不自然,不合理な点は認められず,同引
用例には上記(イ)で認定した事項が記載されているものと解される。
原告のこの点の主張は採用できない。
   イ(ア) ところで,魚類等におけるホスファターゼの分布等に関して,次の
文献が存在する。
     a 前掲乙2(8頁Summary,1973年発行)には,「Clarias
batrachus(LIXX.)(アルビノクララ),Ophiocephalus(Channa)punctatus(BLOCH)
(インディアンスネークヘッド),Ophiocephalus(Channa)gachua(BLOCH)(ドワー
フスネークヘッド)およびBarbus(Puntius)sophore(HAM.)(Poolbarb)の消化器系の
種々の部分における,アルカリホスファターゼの分布について研究した。胃におい
ては,ホスファターゼは粘膜,固有層,胃腺,毛細血管およびリンパ腔の基底部分
に分布している。・・・Barbusの腸の球および4匹の魚すべての腸において,強力
な活性が,粘膜および固有層の刷子縁で見られる。Ophiocephalusの両種の幽門盲嚢
における分布パターンは,腸と同様である」と記載されている。
    b 前掲乙5(291頁,昭和53年8月第2版発行)には,魚類の酵
素に関して「5.アルカリ性フォスファターゼ Arvy(1960)によると
Scorphthalmusの咽頭から肛門までのすべての消化管の上皮にアルカリフォスフォモ
ノエステラーゼ(alkalinephosphomonoesterase)の作用が存在す
る。・・・Utida(1967)はニジマス(体重70~100g,14℃)の腸粘膜のアル
カリ性フォスファターゼは腸の前半の方が活性が高く,海水へ順応させると活性は
腸全体に高まること,Utida&Isono(1967)とUtida,Oide&Oide(1968)はウナギの腸粘
膜の活性も海水に順応せしめると4~5倍にも高まることをみている。」と記載さ
れている。
    c 前掲甲11(1965年12月発行)には,11種類の養殖魚にお
けるアルカリ性ホスファターゼの分布に関し,「AlkPase[注;アルカリ性ホスフ
ァターゼ]は殆どすべての臓器に高濃度に存在しているが,とりわけ腎臓,腸,幽
門垂に豊富に含まれる。」(305頁)と記載されている。
 d前掲乙9(1984年4月第1刷発行)には,アルカリ性ホスファ
ターゼがほとんどすべてのリン酸モノエステル結合を加水分解する非常に特異性の
広い酵素であることが記載されている。
   (イ) 以上の記載からすれば,本件特許の出願当時(昭和61年6月に遡
及する。),魚の消化管内には,基質特異性が低く,広範囲のリン酸モノエステル
を加水分解できるアルカリ性ホスファターゼが存在することは周知であったと認め
られる。
   そうすると,上記魚類の消化管に存在するアルカリ性ホスファターゼ
は,引用例1における「ホスフェートエステル基を開裂することが知られている酵
素」(上記ア(ア)b)に該当すると解される。
   (ウ) しかして,上記アの引用例1の記載及び上記(イ)の周知の事項を勘
案すれば,L-アスコルベート2-ホスフェートマグネシウム塩が,モルモットの
体内においてL-アスコルベート(=L-アスコルビン酸)の形に活性化される
(上記ア(ア)c)のと同じように,L-アスコルベート2 -ホスフェートの塩
が,ホスファターゼを有する魚の体内でもL-アスコルビン酸に開裂されて活性を
示すことは,当業者が合理的に理解し得ることである。また,前掲乙26(198
5年発行)には,実験の結果,チャネルキャットフィッシュがビタミンC源として
L-アスコルベート2-ホスフェートを利用できるとの結論が開示されている。そ
して,L-アスコルベート2-ホスフェートの塩類も,ホスフェートエステルを有
する以上,同じようにビタミンC源として利用されると解されるというべきであ
る。
甲48(Dの意見書)もこの認定を左右するものではない。
  ウ 以上検討したところによれば,引用例1に接した当業者は,同引用例に
開示された「L-アスコルベート-2-ホスフェートの塩を含有する魚の餌の補充
剤」を,実体を伴った用途として認識することができるから,引用例1に「L-ア
スコルベート-2-ホスフェートの塩を含有する魚の飼料の補充剤」が記載されて
いるとした本件審決の認定に誤りはない。
  (2)ア 原告は,引用発明1の出願当時,L-アスコルビン酸-2-ホスフェー
トを魚に投与することを開示した文献が存在しなかったとし,このことをもって,
引用例1にL-アスコルベート-2-ホスフェートを魚の餌の補充剤として使用す
ることが記載されているとは当業者は認識しないと主張するが,引用例1に接した
当業者がこれに「L-アスコルベート-2-ホスフェートの塩を含有する魚の餌の
補充剤」が開示されていると認識できることは前記(1)ウで説示したとおりであり,
引用発明1の出願当時,L-アスコルビン酸-2-ホスフェートを魚に投与するこ
とを示す文献が存在しないとしても,そのことは前記(1)アの引用例1の記載及び前
記(1)イ(イ)の周知の事項から導かれる上記認定判断に何ら影響を及ぼすものではな
い。
   イ 原告は,引用発明1の対応米国特許(米国特許第4,179,445
号)に係る明細書(甲9)の記載及び当業者の一般的な用語法から,引用例1の
「L-アスコルビン酸の2-ホスフェート」は遊離酸を示す語であるとも主張する
が,上記甲9の記載が引用例1の記載と対応しており,一般的には「L-アスコル
ビン酸の2-ホスフェート」が遊離酸を示す語として用いられるものであるとして
も,引用例1においては,「L-アスコルベート2-ホスフェート」が,「L-ア
スコルベート2-ホスフェートの塩」をも意味する語として用いられていること
は,前記(1)ア(イ)で説示したとおりであるから,原告の主張は採用できない。
   ウ 原告は,引用例1の「L-アスコルビン酸の2-ホスフェートおよび2
-サルフェート誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,・・・ホスフェートエス
テル基を開裂することが知られている酵素が動物の消化系に存在するから,かかる
2-ホスフェートエステルは殆ど全ての動物中で活性を示すと考えられる。」(3
頁左上欄8~16行)との記載を根拠に,L-アスコルビン酸の2-ホスフェート
誘導体が,魚を含む殆ど全ての動物中で活性を示すと考えるのは合理性を欠くとし
て,縷々主張するが,以下に検討するとおり,いずれも理由がない。
   (ア) 原告は,引用発明1の発明者を監修者とする前掲甲10に仔牛腸粘
膜アルカリホスファターゼを用いた分解試験の記載があることから,引用例1にお
ける「全ての動物」とは哺乳動物を指すと解すべきであると主張するが,引用例1
とは異なる文献である前掲甲10に仔牛腸粘膜アルカリホスファターゼを用いた分
解試験の記載があるからといって,引用例1における「全ての動物」が哺乳動物に
限定されると解釈すべき必然性はない。
     また,原告は,魚類のアルカリホスファターゼの至適pHは9.6
(前掲甲11)であり,アルカリホスファターゼはpH8以下では殆ど活性を示し
ていない(前掲甲12)のに対し,魚類の消化管のpHはたとえばハマチで高々
7.6(前掲甲13)で,他の魚でも消化管のpHはかなり低いから,魚類の消化
管においてアルカリホスファターゼは有効な活性を発揮できず,L-アスコルベー
ト2-ホスフェートを分解できないと主張する。
     確かに,前掲甲11の表7には11種類の魚類(ハマチは含まれな
い。)の腸におけるアルカリホスファターゼの至適pHが9.0又は9.6である
ことが記載され,前掲甲12の図4には,ニジマス器官から抽出したアルカリホス
ファターゼのpH8.5~10.5における活性曲線が示されているのに対し,前
掲甲13の表19にはハマチの大腸のpHが高くても7.6であることが示されて
いる。しかしながら,魚種が異なっても,アルカリホスファターゼの至適pHが同
じであること及び魚類の消化管のpHが高々7.6程度であることの前提は証明さ
れておらず,むしろ,前掲乙21の表123に示された諸魚種の腸のpHの測定結
果によれば,魚の種類や胃に内容物があるか否かによって腸のpHは大きく異なる
ことが認められるから,異なる魚種について記載された前掲甲11,12と前掲甲
13を組み合わせて,アルカリホスファターゼが魚の消化管で有効な活性を発揮で
きないと結論づけることはできない。
     加えて,前掲乙21には,無胃魚Fundulusheteroclitusの十二指腸の
pHが8.6~9.0であること(279頁),PleuronectesPlatessaの腸内容が
明らかにアルカリ性であり,pHは7.43~8.65の間にあること(281
頁),Scorpaenaporcusの腸分離領域に海水か非緩衝グルコース液を注入すると,
90分後にはpHが8.5~9.0になること(同),広塩性魚Anguilla
vulgarisの腸のpHは海水にいるものではpH10であること(282
頁),Lumpfishでは胃空虚時の腸のpHが8.6であること(表123)が記載さ
れているから,アルカリホスファターゼの至適pHが魚種によって大きく異ならな
いとの前提が成り立つと仮定しても,腸のpHが,前掲甲12においてアルカリホ
スファターゼの活性があるとされているpH8.5~10.5の範囲内にあり,消
化管内でアルカリホスファターゼが有効な活性を発揮できる魚が存在することは明
らかである。したがって,ハマチのみならず他の魚でも腸のpHがかなり低いこと
を前提とする原告の主張は採用できない。
(イ) 原告は,前掲甲14,15,8の記載に基づいて,L-アスコルビ
ン酸誘導体がある特定の種類の魚あるいは動物に対して効果があっても,他の種類
の魚あるいは動物においても効果を有するとはいえないこと,及び魚と哺乳動物間
ではL-アスコルビン酸誘導体あるいはビタミン誘導体の効果は同様であるとはい
えないことを主張する。
しかしながら,前記(1)イ(イ)のとおり,本件特許の出願当時,魚の消
化管にホスフェートエステル基を開裂する酵素が存在することが周知であったこと
を勘案すると,前記(1)ア(イ)の引用例1の記載からは,L-アスコルビン酸2-リ
ン酸エステルの塩類が魚に対してもモルモットと同様に有効であると認識できると
いうべきである。
  前掲甲14,15,8には次のとおりの記載があるが,これらの記載
は,いずれも,硫酸エステルを分解する酵素が存在するにもかかわらず,アスコル
ビン酸2-硫酸をアスコルビン酸として利用できない生物があることを示すもので
はなく,上記認定に何ら影響を及ぼすものでない。
     a 前掲甲14には,ウサギ,モルモット,マスの肝臓のアスコルベー
ト2-サルフェートを分解する酵素の活性を比較した結果,マスの酵素活性が低か
ったことが記載されるとともに,「しかし魚類については,マスのみしか行ってい
ないうえ実験例も少ないので,更に検討する必要があるが,各動物とも個体差があ
るように思われるので,この点についても更に検討の必要がある。」(443頁右
欄~444頁左欄)と記載されている。
     b 前掲甲15には,「ニジマス幼魚において,L-アスコルビン酸2
-硫酸二カリウム二水和物が,ビタミンC源としてL-アスコルビン酸と同等の効
果をもつと報告されているが,上記事実は,ナマズではその利用効率が低い可能性
があることを示唆している。」と記載されている。
 c 前掲甲8には,「アスコルビン酸2-硫酸はニジマスに於いて生理
活性を示し,迅速にアスコルビン酸欠乏症の症状を阻止した。それ故,この化合物
はビタミンC2と命名された。」,「A博士:あなたはアスコルビン酸2-硫酸に
対し,ビタミンC2という用語を用いた。これは魚には当てはまりそうだと思う
が,モルモットにおいてアスコルビン酸2-硫酸がビタミンCとなるか否かについ
ては決定的で無いと考える。サルについては疑問があり,ヒトについては我々はま
だなにも知らない。」と記載されている。
   (ウ) 原告は,アスコルビン酸誘導体は固形飼料の原料中に存在する酵素
等で分解されることもあり,実際に魚に投与試験をしなければ,アスコルビン酸誘
導体が水産養殖用固形飼料に配合されて有効な活性を有すると予測することはでき
ないなどと主張する。
      しかしながら,本件審決が引用例1の記載から引用発明1として認
定したのは,「L-アスコルベート-2-ホスフェートの塩を含有する,魚の飼料
の補充剤」であり,アスコルビン酸誘導体が固形飼料に配合されて有効な活性を示
す点までをも引用例1に記載された発明として認定したわけではないから,原告の
主張は,本件審決の趣旨を正解しないものであり,失当である。
   エ 原告は,魚類の消化管にホスファターゼが存在するというだけで,基質
特異性について検討することなく,魚類の体内でL-アスコルビン酸の2-ホスフ
ェートが開裂して有効化し得るとはいえないと主張する。
     しかしながら,魚類の消化管に基質特異性が低く,広範囲のリン酸モノ
エステルを加水分解できるアルカリ性ホスファターゼが存在することは前記(1)イ
(イ)のとおりであるところ,それだけでなく,L-アスコルビン酸の2-ホスフェ
ートを開裂してビタミンC源として利用できる魚が実際に存在することも前掲乙2
6により知られていたところであるから,魚類の体内でL-アスコルビン酸の2-
ホスフェートが開裂して有効化されると解するのは,合理的な解釈である。
   オ 原告は,アスコルビン酸活性を有する魚の補充剤についての発明は動物
医薬の発明であるから,有効成分としてのL-アスコルビン酸-2-リン酸エステ
ルの塩類が,現に魚に対して有効であることが立証されていなければならないにも
かかわらず,引用例1には,魚については何らの実験データも示されていないとし
て,引用例1には「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する魚
の餌の補充剤」が,完成された発明として記載されていないとも主張する。
     しかしながら,前記(1)で検討したとおり,前記(1)アの引用例1の記載
及び前記(1)イ(イ)の周知の事項を勘案すれば,L-アスコルベート2-ホスフェー
トの塩が,ホスファターゼを有する魚の体内でもL-アスコルビン酸に開裂されて
活性を示すことは,引用例1に接した当業者が合理的に理解し得ることであり,ま
た,前掲乙26の記載によれば,L-アスコルベート2-ホスフェートの塩類もホ
スフェートエステルを有する以上,それは,魚において,L-アスコルベート2-
ホスフェートと同じようにビタミンC源として利用され得ると解すべきであるか
ら,引用例1に魚についての実験データまで記載されていなくとも,L-アスコル
ビン酸-2-リン酸エステルの塩類が,魚に対して有効であることは明らかという
べきであり,引用例1において「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類
を含有する魚の餌の補充剤」は,完成された発明として記載されていると認められ
る。
 2 取消事由2(本件発明の進歩性に関する判断誤り)について
  (1) 原告は,水産養殖用固型飼料の製造においては飼料原料にホスファターゼ
が存在している飼料原料が使用されていることから,L-アスコルビン酸の2-ホ
スフェートはL-アスコルビン酸に分解されることが予想され,その場合,アスコ
ルビン酸は加熱下で更に分解されビタミン活性を発揮できないことになるから,当
業者はそのような飼料原料にL-アスコルビン酸の2-ホスフェートの塩を使用し
ようとはしないはずであるところ,本件発明は,飼料原料にL-アスコルビン酸-
2-リン酸エステルの塩を配合し加熱加圧し造粒する構成を採用することにより,
上記の問題点を克服し,高い残存率と高いビタミンC効果を奏する顕著な効果を得
ることに成功したものであると主張する。
    しかしながら,前掲乙15ないし17の記載によれば魚粉(フィッシュミ
ール)の製造工程として蒸煮の工程があることが認められ,また,前掲乙11に
は,「キグチについて,その酸性フォスファターゼとアルカリ性フォスファターゼ
の熱安定性をしらべ第2図のような結果を得た。すなわち,いずれも70℃,5分
間の加熱で,ほぼ完全に失活し,・・・」(64頁右欄)と記載されていることか
ら,魚粉などの飼料原料に含まれるホスファターゼは,飼料の製造工程において失
活するものと認められる。仮にその活性が残存していたとしても,酵素反応は温度
やpH等の条件が反応に適していなければ起こらないとの技術常識に照らして考え
ると,飼料原料にL-アスコルビン酸-2-ホスフェートを配合した場合に,その
原料中に存在するホスファターゼがこれをすべて分解してしまうとは認められな
い。したがって,飼料原料にホスファターゼが存在するということが,飼料原料へ
のL-アスコルビン酸-2-ホスフェートの塩の配合を阻害する事由になるとする
ことはできない。
    むしろ,引用例1には,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩が
酸素の存在や高熱条件下で活性を失わないことが記載されている(前記1(1)ア(ア)
d)のであるから,このような耐酸化性と熱安定性に着目して,高いビタミンC活
性を有する固型飼料を得るように,引用例2(甲3)に記載の水産養殖用固型飼料
の製造方法を採用して,本件発明の構成とすることは,当業者であれば容易に想到
し得ることであると認められる。そして,本件発明の効果も,格別顕著なものでな
いことは,後記(3)に説示のとおりである。
  (2) 原告は,引用例1に記載の誘導体類に含まれる,L-アスコルビン酸の2
-ホスフェートの遊離酸,その塩,同2-サルフェートの遊離酸,その塩のうち,
L-アスコルビン酸の2-ホスフェートの塩のみが格別顕著な効果を示すから,本
件発明は選択発明として進歩性を有すると主張する。
    しかしながら,ある発明が,特定の引用発明を出発点として進歩性を有す
るか否かを検討する際に参酌される効果とは,当該引用発明と比較した有利な効果
であると解すべきである。前記1で説示したとおり,引用例1には「L-アスコル
ベート-2-ホスフェートの塩を含有する魚の飼料の補充剤」が記載されていると
認定できる以上,この点において,本件発明は引用例1の発明と一致しているので
あって,本件発明が,引用例1に記載されている複数の誘導体の中から,魚の餌の
補充剤として適したものを選択してなされたものでないことは明らかである。
    「L-アスコルビン酸2-ホスフェートの塩」を他の誘導体と比較した効
果は,引用発明1と比較した効果とはいえず,本件発明の進歩性を裏付けるものと
なり得ない。
  (3) 原告は,アスコルビン酸-2,6-ジパルミテートは,L-アスコルビン
酸-2-リン酸エステルよりも飼料製造時の加圧加熱後の残存率が高いのに,ハマ
チ増重率及び生存率が極めて劣っている(甲20)から,L-アスコルビン酸の2
-ホスフェートの熱安定性のみから,水産養殖用固形飼料製造において,その高い
残存率が予想でき,本件発明の効果が予想できるとする本件審決は誤りであると主
張し,引用例1からは,加圧加熱する場合にL-アスコルビン酸2-ホスフェート
の塩が分解されずに残るか否かは全く予想できないとも主張する。
    確かに,L-アスコルビン酸2-ホスフェートが製造時の熱安定性及び残
存率が高いというだけで,直ちに魚に対して効果があるということはできないが,
アスコルビン酸の2-ホスフェートの塩類は,熱安定性が高いことが引用例1に記
載されているから加熱加圧工程を経てもなお残存率が高いであろうと容易に予想さ
れるばかりでなく,それは魚の消化管でアスコルビン酸に分解されて有効に利用さ
れることが,前記(1)アの引用例1の記載及び前記(1)イ(イ)の周知の事項から読み
とれるのであるから,本件発明の効果は当業者にとって予測の範囲内のものという
ほかはない。
    原告は,タンパク分解酵素,触媒となりうる金属,あるいは酸化還元性物
質などが含まれる飼料原料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を配合
するとどのような影響が出てくるのかは全く明らかではないとも主張するが,原告
の主張する様々な物質が,通常用いられる飼料原料に存在することを認めるに足り
る証拠はないから,原告の主張は採用できない。
    また,原告は,アスコルビン酸-2-リン酸エステルマグネシウム塩の要
求量はアスコルビン酸に比して著しく低いが,ビタミンCとしての活性はむしろ高
いとも主張するが,アスコルビン酸と比較した効果を論じても,本件発明の進歩性
を裏付けるものとなり得ないことは前記(2)で説示したとおりである。
  (4) 原告は,商業的成功についても言及するが,商業的成功には通常様々な要
因が関与しており,本件発明が商業的に成功したということのみでその進歩性を肯
定することはできない。
 3 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところはいずれも理由がな
く,本件審決に他にこれを取り消すべき瑕疵は見出せない。
   よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
  東京高等裁判所知的財産第1部
    裁判長裁判官    北  山  元  章
   裁判官     青  栁     馨
         裁判官   沖  中  康  人

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