弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件抗告を棄却する。
         理    由
 本件抗告の趣意は、違憲をいうが、実質は単なる法令違反の主張であって、刑訴
法四三三条の抗告理由に当たらない。
 なお、所論にかんがみ、職権により判断するに、同法三一条一項は、弁護人は弁
護士の中から選任しなければならないと規定し、弁護士でない者を弁護人に選任す
ることを一般的に禁止しており、同条二項は、同条一項の一般的禁止の例外として、
弁護士でない者を弁護人に選任するいわゆる特別弁護人を選任することができる場
合を認めている。同条二項が例外規定であって、同項が「簡易裁判所、家庭裁判所
又は地方裁判所においては、裁判所の許可を得たときは」と規定している趣旨、そ
して、同項ただし書が、地方裁判所において特別弁護人の選任が許可されるのは他
に弁護士の中から選任された弁護人がある場合に限るとし、地方裁判所と簡易裁判
所及び家庭裁判所との間で選任の要件に区別を設けているところ、捜査中の事件に
ついては、右いずれの裁判所に公訴が提起されるかいまだ確定しているとはいえな
いから、簡易裁判所又は家庭裁判所が特別弁護人の選任を許可した後、地方裁判所
に公訴が提起された場合を考えると、他に弁護士の中から選任された弁護人がいな
い限り、同項ただし書に抵触する事態を招く結果となることなどにかんがみると、
特別弁護人の選任が許可されるのは、右各裁判所に公訴が提起された後に限られる
ものと解するのが相当である。
 よって、同法四三四条、四二六条一項により、裁判官大野正男の補足意見がある
ほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
 裁判官大野正男の補足意見は、次のとおりである。
 私は、刑訴法三一条二項が、被疑者に特別弁護人選任権を認めていないとする法
廷意見に賛同するものであるが、申立人の所論が「被疑者の国選弁護人制度のない
現状下においては次善の策たる特別弁護人の選任を許可していただ」きたい旨を強
調していることにかんがみ、法廷意見に加えて、所論を採用し難い実質的理由を補
足したい。
 一 確かに所論の指摘するように、被疑者に国選弁護人制度が設けられていない
ことは、被疑者の権利保護にとって重大な障害となっている。特に、身柄拘束中の
被疑者が、弁護人の援助を全く受けることなく捜査官の取調べの対象とされている
ことが再審無罪事件に共通する重大な原因の一つとなっていることは、既に多くの
識者の指摘しているところである。そして、我が国刑事司法の現状として、「刑事
訴訟の実質は、捜査手続にある」とさえ批判される(平野龍一「現行刑事訴訟の診
断」団藤重光博士古稀祝賀論文集第四巻四〇九頁)くらいである。
 にもかかわらず、捜査段階においては、本件申立人のように身柄不拘束の被疑者
はもとより、身柄拘束中の被疑者でさえ弁護人の選任される者は、ごく少数にすぎ
ない。正確なデータはないが、被疑者の一、二割にすぎないと推量されている(三
井誠「弁護人選任権」(法学教室一五三号))。また、このことは、公判段階にお
ける弁護人の選任率が、簡易裁判所において私選一八・六%に対し国選七八・九%、
地方裁判所において私選三八・八%に対し国選五九・六%である(「平成三年にお
ける刑事事件の概況(上)」法曹時報四五巻二号)ことからも推察されるところで
ある。
 このように、我が国刑事司法中公判手続における刑事弁護の六∼八割が国選弁護
人によってまかなわれているにもかかわらず、その〝実質〟をなす捜査段階におい
ては、国選弁護人制度が設けられていないことは誠に不合理であって、所論のいう
ように次善の策として特別弁護人を認めることによってその欠陥を補充しようとす
る考えも、無下にはこれを否定し難いところである。
 二 しかし、刑事事件の弁護、中でも身柄拘束中の被疑者に対する弁護人の職責
―被疑者との接見交通、証拠収集、事件の見通しの判断、検察官との折衝―は極め
て重大、困難であり、かつ、清廉性を求められるものであって、まさしく専門的知
識と経験を有し、職業倫理の下にある弁護士によって遂行されるにふさわしい弁護
士固有の職務である。これが無資格者によって補充、代替されるべきものではない。
 また、弁護士法七二条が、非弁護士活動を原則として禁止している趣旨からみて
も、特別弁護人選任の範囲を、法律の明文なしに拡張的解釈によって拡大適用する
ことは妥当でないのみならず、被疑者の権利を擁護するに似てかえってこれを害す
る結果ともなりかねないのである。「弁護士による弁護」が捜査段階においても刑
事弁護の正道であり、刑事裁判の適正を確保する上においてもこの原則を尊重すべ
きである。したがって、被疑者に特別弁護人選任権を認めることは相当でないと考
える。
 三 もっとも、従来、弁護士を含む司法界においてこの問題がなおざりにされて
きたが、昨今の再審事件判決による反省もあって、勾留中の被疑者の要請にこたえ
得るよう当番弁護士制度が平成二年に大分県弁護士会・福岡県弁護士会で始められ
て以来、相次いで各地弁護士会に設けられ、弁護活動を開始するに至った。これは、
今まで事実上全く無防御の状態に放置されてきた大多数の勾留中の被疑者の立場を
考えれば画期的なことではあるが、最初の接見、相談が無償とされるのみであるか
ら、経済的余裕のない被疑者の弁護人依頼権を充分に満足させるものとは到底いえ
ない。他方この制度は、今日、篤志の弁護士の正義感と職業上の義務感によって運
用されているといってよいほど財政的裏付けを欠いており、その永続性、発展性に
疑問なしとしない状況である。
 本件特別抗告を棄却するに当たって、弁護士による被疑者弁護人制度の充実が刑
事司法全体としていかに重要であるかを痛感する次第である。
  平成五年一〇月一九日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    大   野   正   男
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    佐   藤   庄 市 郎
            裁判官    可   部   恒   雄
            裁判官    千   種   秀   夫

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