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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人杉本昌純、同笠井治、同小野正典、同遠藤直哉、同横田雄一の上告趣意は、
違憲をいう点を含め、その実質は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑
訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 しかしながら、所論にかんがみ、職権によつて調査すると、原判決は左記の理由
により破棄を免れない。
 一 本件公訴事実は、「被告人は、昭和五一年五月二三日午後四時二五分ころ、
東京都千代田区ab丁目c番d号先路上において、労働者、学生らの集団示威運動
に伴う違法行為を制止、検挙する任務に従事中の警視庁第七機動隊勤務警視庁警部
補Aに対し、右足でその左大腿部を一回足蹴にする暴行を加え、もつて同警察官の
右職務の執行を妨害したものである。」というものである。
 なお、被告人は、第一審判示の集団示威行進において、B会議の梯団(構成員約
二〇名)に参加し、行進の途中から梯団の先頭部列外に位置してハンドマイクを用
いてシユプレヒコールの音頭をとつていたものであること、被告人らの梯団は、シ
ユプレヒコールをしつつ、時には道路中央線付近に及ぶ蛇行進を繰り返すなどしな
がら、東京駅八重洲北口前付近に到達したところ、同所付近で、違法な集団示威運
動の規制と交通確保の任に当たつていた警視庁第七機動隊第一中隊第一小隊(小隊
長A警部補)の規制を受け、同小隊から併進規制されながら公訴事実記載の場所付
近に至つたものであることは、一、二審判決がともに認定するところであり、第一
審公判において、右C小隊長(以下、Cという。)は、被告人から公訴事実のよう
な暴行を受けたとして、第一審判決三丁裏一二行目ないし五丁裏二行目までに記載
のような証言を行つたこと、これに加え、同小隊のD巡査及びE巡査部長(以下、
それぞれD、Fという。)は、被告人の右暴行を目撃した旨証言し、G巡査及び第
七機動隊長H(以下、それぞれG、H隊長という。)も、右暴行の存在を推認する
に足りる被告人及びCの行動を目撃した旨証言したことが、記録上明らかである。
これに対し、被告人は、Cを足蹴にしたことはない旨一貫して主張しているところ
であつて、その主張にかかる事実関係の要旨は、第一審判決二〇丁表五行目ないし
同丁裏一二行目までに記載のとおりであること、B会議の梯団の構成員であつたJ、
K及びLが、被告人の供述に沿う証言をしていることも、記録上明らかである。す
なわち、警察官らの証言と被告人の供述とは、暴行の存否において相対立するばか
りでなく、被告人らの梯団が公訴事実記載の場所付近に来てから被告人が逮捕され
るに至るまでの経緯全般について甚だしく相違しているのである。そして、本件に
おいて、公訴事実記載の暴行を認定することができるかどうかは、一にかかつて前
記警察官らの証言の信用性を認めうるか否かにある。
 二 第一審は、Cらをはじめとする警察官証人らの供述の信憑性については、い
くつかの疑念をさしはさまざるをえないうえ、被告人の供述を単なる弁解として排
斥することはできないとして、被告人に無罪を言い渡した。
 これに対し、原審は、第一審判決が警察官証人らの供述の信用性を疑うべき根拠
として説示するところは、いずれも支持することができず、かえつて各供述はその
大筋において十分信用するに値するものと認められ、また、第一審判決がたやすく
排斥し難いものとしえ被告人の弁解は到底採用することができないとして、検察官
の事実誤認の論旨を容れ、第一審判決を破棄して公訴事実と同一の事実を認定した
うえ、被告人を懲役四月、執行猶予二年に処した。
 三 しかしながら、記録に徴すると、原判決は、少なくとも次の各事項に関する
部分において、証拠の正当な評価に基づかない明らかに不合理な判断等を含むもの
と認めざるをえず、原判断をそのまま是認することは到底できないものといわなけ
ればならない。
 1 まず、第一審判決は、もし被告人らの梯団が、Cらの証言にあるように、東
京駅八重洲北口からMビル入口前付近までの間に道路中央線に達するまでの蛇行進
を二回繰り返したというのであれば、違法な集団示威運動を含む違法行為の採証の
ため写真撮影に従事していた警察官N(以下、Nという。)が、H隊長から違法状
況の撮影を命ぜられていながら、たとえ適当な撮影位置を求めて先行したとはいえ、
右蛇行進の状況を撮影しないはずがないにもかかわらず、その間の写真は右梯団が
左側第一車線に規制された状況を撮影した「N写真24」があるだけであるのは不
自然であるなどとして、右の点に関するCらの証言にはかなりの誇張が含まれてい
るといわざるをえず、このことは被告人の暴行の動機とも密接に関連するとしたの
に対し、原判決は、写真撮影の実際を考えると、第一審判示のような大規模な集団
示威行進の中の一小部分である被告人らの梯団が二回程度の蛇行進をした場合に、
その状況の全容が撮影されていなくても、特に怪しむに足りず、Nの証言にはなん
ら不自然な点はなく、「N写真24」に写つている状況は、むしろCらの証言を裏
付けるものであるなどとして、前記第一審の判断は、警備、採証の実際に思いをい
たさず、事態の正当な理解を欠く明白な誤診であるとした。
 しかし、Nの証言とH隊長らの証言とを対比すると、警察官証人らの述べる道路
中央線に達する蛇行進の状況を撮影した写真が存在しないことは、やはり不自然で
あるといわなければならない。すなわち、Nの証言によれば、同人がH隊長から被
告人梯団の違法行為を撮影するよう指示を受けたのは、「N写真24」撮影の直前
であるというのであるが(記録七冊九九丁裏ないし一〇〇丁)、もし、H隊長、C
らが一致して証言するように(記録一〇冊一一六四丁、一一冊一五五〇丁の同人ら
作成の各図面参照)、同写真に写つている場面の前後において道路中央線に達する
蛇行進をしていたのならば、Nは、指示を受ける前e方面から逆戻りしてきたとい
うのであるから(記録七冊一〇〇丁)、同写真撮影の前にされた蛇行進を目撃して
いてよいはずであるのに、そのような証言を全くしていない。また、右写真撮影の
後にされたという蛇行進について、Nは、ふかん撮影をするなどの必要からe方面
へ先行していて被告人らの梯団を見ておらず、振り向いて見ると歩道上における被
告人の逮捕状況があつたので、写真25を撮影した旨証言しているが、被告人らの
梯団の行動状況を全然見ないで、約二分間(写真24と25との撮影間隔)、数十
メートル(写真24及び25の各撮影場面の間の距離は、弁護人笠井治作成の逮捕
現場付近写真によれば、七七メートル。)も先行するというのは、Nが被告人らの
違法な集団示威行進の状況の撮影を目的としていたことからして、まことに不可解
といわざるをえない。被告人らの梯団の全体像をとらえる必要があるとしても、約
二〇名から成る小規模の梯団にすぎないのであるから、Nの述べるような先行の仕
方をする必要があつたとは思われず、H隊長から命じられた任務を全うするために
は、当然、後ろを振り返るなどして時々刻々変化しうべき梯団の位置状況を確認し
つつ、違法行為を的確にとらえて写真撮影しなければならなかつたはずである。原
判決は、「本件当日行われた第一審判示の集団示威運動のような大規模な行進は、
道幅の広い幹線道路上を、多数の参加者が長大な隊列を組んで刻々と移動行進する
ものであり、その間において、たまたま、隊列中の一小部分が、許可条件に違反し、
蛇行進等の違法行動を敢行するような場合、それが、参加者のどの部分により、ど
の地点で、いつ開始され、いつ終了するかは、一般に容易に予想できないところで
ある。しかるに、このような違法行動の採証のため、沿道全域にわたつてくまなく
写真班を配置するようなことは実際問題として不可能であり、限られた人数の写真
班をもつてしては、その対応できる場面もおのずから限局されることはもちろんで
あるから、違法行動が発生した場合に、写真班員が、ただちにその一部始終を逐一
写真撮影できる地点に位置していることは、必ずしも期待できない。」旨判示して
いるが、右判示は、一般論としては正当であるとしても、現に撮影対象の近傍にい
て特定された目的をもつて行動している本件Nの場合については妥当しない議論で
あるといわなければならない。また、原判決は、撮影者が撮影すべき対象を認識し
た後においても、実際に撮影するまでには種々の準備操作等が必要であつて、その
間にいわゆる決定的瞬間が過ぎ去り、結局、目的物が撮影できないことも少なくな
いというが、Nは、撮影しようとしたが間に合わなかつたと述べているわけではな
いから、右の議論も、本件の場合にはあてはまらない。さらに原判決は、「N写真
24」に写された状況は、被告人らの梯団が「圧縮規制」に素直に従おうとせず、
これがない状態をもたらそうとする態度にほかならず、このことはとりもなおさず
道路中央部に向かつて進出できる態勢に持ち込もうと努めていることを意味すると
して、Cらの証言する蛇行進の存在を裏付けるものと解する余地があるとするとこ
ろ、被告人らの梯団が平穏かつ整然とした行進をしていたものでないことは、右写
真からもうかがえなくはないし規制に反発ないしは突き当たつていることから、蛇
行進をしようとする企図を推認することは不可能ではないが、このことだけをもつ
て、直ちに、現実に規制を排して道路中央線に達する蛇行進が行われたと結論づけ
ることができないことはいうまでもない。Cらの証言のように、「N写真24」が
まさに蛇行進を開始しようとするところであり、現にこののち道路中央線に達する
蛇行進が行われたものであるとすると、Nがその状況を撮影しなかつたことに対す
る疑問は、さらに強いものがあるというべきである。
 そのほか原判決が述べる点を考慮しても、被告人らの梯団が道路中央線に達する
までの蛇行進を二回繰り返した旨のCらの証言にはかなりの誇張が含まれていると
いわざるをえないとした第一審判決の判断には相当な根拠があつたものというべく、
前示のような理由をもつて右判断を明白な誤謬であるとした原判断は、これを是認
することができない。
 2 Cら警察官証人らが証言する被告人の逃走の地点、方向と、被告人の供述す
るそれとが著しく異なつていることは、関係証拠上明らかであるところ、第一審判
決は、「ガードレレルの切れ目を通つて被告人を追跡した」旨のFの証言及び「O
写真18、19」に写つている状況を考慮すると、この点に関する被告人の供述は
一概に否定し去ることはできないのであつて、Cらが一様にこれと異なる証言をし
ているのは、その証言全体の信憑性を疑われてもやむをえないとしたのに対し、原
判決は、被告人の供述は信用性が必ずしも高くなく、被告人の逃走の地点と方向は、
Cらの証言するとおり認定すべきであるとした。
 しかし、原判断のうち、とくにFの証言の評価に関する部分は、十分な証拠上の
根拠を欠如する判断、証拠の正当な評価に基づかない判断、あるいは経験則に反す
る判断を含むものといわざるをえない。原判決は、まず、F証言のうち、「被告人
は、ガードレールを飛び越えた。その際ガードレールにひつかかつてころびそうに
なつた。」「被告人と自分はほぼ同じ経路を走つた。」との部分及び被告人の「ガ
ードレールを飛び越えた際、ちよつとつまづいた。」旨の供述を根拠に、仮に被告
人が配電盤ボツクスのe寄りから歩道に上がつたとすれば、そこにはガードレール
のない部分が二つもあるから、被告人はたやすくここを通り抜けることができ、わ
ざわざガードレールにひつかかつて転倒する危険を冒してまでその付近のガードレ
ールを飛び越す必要は全くないはずであるし、また、被告人が配電盤ボツクスの東
京駅寄りを飛び越えたのであれば、この側にはガードレールの切れ目は全くないか
ら、「被告人とほぼ同じ経路を走つた」Fがガードレールの切れ目を通行するわけ
にはいかないし、被告人は配電盤ボツクスの東京駅寄りを飛び越え、Fはバス停の
乗降口(すなわち、ガードレールのない部分)を通り抜けたとすることも、「被告
人とほぼ同じ経路を走つた」とするF証言と抵触するのであつて、結局、被告人が
配電盤ボツクス付近でガードレールを飛び越えたものと認めることは、現場の状況
及びF証言との間に救い難い矛盾を生じ、まことに不自然の趣を呈するとする。し
かし、Fの証言は、「被告人はガードレールを飛び越えたが、自分はその切れ目を
通つて追跡した。」というものであつて、被告人と全く同じ経路を走つたとするも
のでないことは、その証言自体において自明のことであるから、原判決の右説示は
正当ではない。また、原判決は、F証人の記憶するのが、バス停横のガードレール
のない部分であるのならば、一見してバス停と知られる状況にあるから、「ガード
レールの切れ目」などということなく、当然「バス停」とか「バス乗場」とか述べ
たはずであるというが、十分な論拠に基づかない推論というほかない。次に、原判
決は、警察官証人らが一致して証言するように被告人が飛び越えたガードレールが
Mビル正面入口右端前付近であると認めることに特段の難点がないとし、Fの「ガ
ードレールの切れ目から行つたように覚えている。」旨の供述が、他の場合との混
同その他の思い違いでないとすれば、Fは、たまたま少なくとも同人が通れる程度
に開かれていた可動式ガードレール部分を通り、もしくはみずからこれを開閉して
通り抜けたものと解されるとする。しかし、Fの右供述は、被告人の逃走、Fらに
よるその追跡と結びついた不可分のものであつて、他の場合との混同とみる余地は
ないし、また、供述の具体性からして、これを単なる思い違いとみることも困難で
あるところ、当時可動式ガードレールが開いていたこと、あるいは、Fがみずから
これを開閉したことを認めるべき証拠は皆無であるばかりでなく、「O写真20」
に写つている右ガードレールは閉鎖状態にあるように見えることは原判決も承認す
るところであり、弁護人遠藤直哉作成の写真撮影報告書により認められるその構造
及びその開閉のために必要と思われる操作からして、原判決が述べるような、被告
人を逮捕するため追跡中のFがわざわざこれを開閉し、しかもその開閉になんらの
困難も覚えず、開閉したことについて記憶を失うというがごとき事態は、通常想定
し難い。結局、F証言は、現場付近のガードレールの設置状況からみると、被告人
の逃走地点をMビル正面入口右端前付近とすることと矛盾する証拠であるばかりで
なく、逃走地点が、被告人が供述するとおり、Mビル南端近くの配電盤ボツクス付
近と認める有力な根拠になるものといわなければならない。
 そして、「O写真18、19」に写されている状況は、警察官らの証言と矛盾す
るとまではいえないにしても、逃走経路が被告人供述のとおりであつたとする方が、
より自然に右状況を説明できること、G及びD共同作成にかかる現行犯逮捕手続書
の添付図面及びC作成にかかる昭和五一年五月二八日付の見取図(記録一四冊九四
四丁)では、逃走地点が、警察官らの証言よりもさらにe交差点寄りとされていた
ことなどに徴すると、逃走地点に関する警察官証人らの供述の一致は、果して各証
人の記憶が一致している結果であるのかどうか疑問であり、したがつて右供述の一
致の故に信用性が高いとは必ずしもいえないことをも考慮すると、被告人の逃走地
点・経路が被告人の供述するとおりであると断定できるかどうかはともかく、少な
くとも、この点に関する警察官らの証言の信用性に合理的な疑問を容れる余地があ
ることは明らかであつて、原判断は是認し難いといわざるをえない。
 3 Cは、第一審において、「被告人は右足の靴の爪先で一歩位前方にいたCの
左大腿部前面付近をぽーんと蹴つた。警備終了後、蹴られた箇所を見たところ、一
〇ないし一五センチ四方位の発赤があり黒ずんで痛みも残つていたことから、三日
位の間湿布薬を塗布して自家治療したところ、痛みは一週間位でとれた。」旨証言
した。第一審判決は、右証言につき、当日被告人は爪先の丸くなつているゴム底の
ビニール製レインシユーズを履いていたことが認められるところ、右証言にいうよ
うに一歩位の間隔を置いて右レインシユーズで大腿部を蹴られたとしても、三日間
も湿布薬の塗布を必要とし、痛みが一週間も続くほどの傷害を受けるものか甚だ疑
わしいばかりでなく、仮に右程度の傷害を受けたとすれば、専門医の診察治療を求
め、公務執行妨害罪の証拠として診断書の作成交付を求めるのが捜査官としての常
識であるのに、これをしなかつたのは、傷害が果してあつたのか甚だ疑わしいとい
うにとどまらず、被告人の暴行そのものがあつたかどうかすら疑わしめるものがあ
るとした。これに対し、原判決は、被告人の履いていた靴が運動靴や上履靴のよう
な軟質のものでなかつたことは関係証拠上推認するに足り、本件暴行の態様に関す
るCらの証言によれば、同人の証言のような結果が生じることになんら不自然な点
はないし、医師の診察治療を求めなかつた理由についてのCの説明にも、少しも不
自然、不合理な点がなく、十分に首肯できるとした。
 しかしながら、三日間の湿布薬の塗布を必要とし、痛みが一週間続く程度の傷害
は、本件のような事案において、その原因となつた暴行を公務執行妨害罪として立
件する以上、傷害罪としても立件することがとくに異とされない程度のものである
と考えられるのみならず、仮に立件しないとしても、受傷の事実を立証する証拠は
公務執行妨害罪の重要な客観的証拠となりうるのであるから、いかに複数の警察官
の目撃がある現行犯逮捕の事案であるとはいえ、専門医に診断書の作成交付を求め、
あるいは患部の写真撮影をするなどの証拠保全をしておくのが、警察官として通常
の措置であつたろうと考えられる(本件においては、被告人は本件暴行を認めてい
たわけではないから、なおさらである。)。Cは、医師の診断を受けなかつたこと
につき、「機動隊は、警備出動のたびに多数の隊員らが発赤、かすり傷程度の傷害
を負つており、これらの隊員がその都度休暇をとり医師の診断を受けていたのでは、
警備出動にも支障を来たすところがら、軽微な傷害の場合には、ほとんどの隊員が
自分で手当をして済ませていたもので、Cとしても、小隊長たる職責にかんがみ、
この程度の傷害で警備出動に支障が生じてはならないとの配慮から、あえて医師の
診断を求めることなく、職務を終り帰宅してのち自家治療した」という趣旨の説明
もしているが、事件として立件されていない一般的な受傷については、右のような
説明が成り立ちうるとしても、本件のように被疑者を逮捕した事件にかかわる受傷
については、右の説明は納得できるものであるとはいえない。のみならず、Cが事
件の翌日付で作成した被害届には受傷の事実の記載がなく(なお、原審において弁
護人が刑訴法三二八条の書面として請求したCの検察官に対する昭和五一年五月二
八日付供述調書第九項には、「翌朝まで痛みが続いた」旨の記載があるというので
あるが、そうであるとすると、事件から五日後の時点における右供述の趣旨は、事
件の翌朝を過ぎてからは痛みがなくなつたことを意味すると解するのが当然であつ
て、同人の第一審における「三日間湿布薬を塗布し、痛みが一週間続いた」旨の証
言と明らかに矛盾するものといわなければならない。)、原審において、Cは、「
上司であるP中隊長(以下、Pという。)に傷を見せた。」旨証言したが、Pは、
「Cから傷を見せられた記憶はないが、もし見せられていれば、医者に行けと言つ
ていると思う。」旨証言しているのである(記録一四冊一〇一四丁裏)。なお、C
は、「本件について、Pから取調を受け、供述調書を作成された。」とも証言した
が、Pは、「機動隊に在職中、供述調書を作成したことは一度もない。」旨、この
点についてもCの証言を明確に否定した(記録一四冊一〇一五丁)。このようにP
の証言には、Cの証言の信用性に影響する部分があるのに、原判決がPの証言につ
いてなんらの言及もしていないのは、正当とは思われない。
 右のような諸点にかんがみると、受傷に関するCの証言には相当の疑問を容れる
余地があるものというべく、回証言に少しも不自然、不合理な点がないとした原判
断は首肯し難い。
 四 以上のとおり、原判決は、証拠の正当な評価に基づかない明らかに不合理な
判断等を随所に含み、しかも、これらの判断は、原判文上、第一審の無罪判決を破
棄し有罪の自判をするについて、その理由の重要な部分を占めているものと認めら
れるから、原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認の疑いがあるとい
わざるをえず、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
 よつて、刑訴法四一一条三号により原判決を破棄し、同法四一三条本文に従い、
さらに審理を尽くさせるため、本件を原審である東京高等裁判所に差し戻すことと
し、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 検察官岩下肇 公判出席
  昭和五八年一〇月六日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    和   田   誠   一
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    中   村   治   朗
            裁判官    谷   口   正   孝

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