弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人赤沢俊一、同本間勢三郎の上告理由第一点について。
 原審確定の事実関係のもとにおいては、商法五二一条の適用あるいは類推適用に
より訴外D株式会社(以下単にDという。)の本件手形に対する商事留置権を認め
ることはできず、原判決もその趣旨を判示するものと解することができる。原判決
に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 同第二点について。
 訴外E業株式会社(以下単にEという。)は、昭和四〇年五月Dから艀五隻の建
造を代金二二〇〇万円で請け負い、Dから前渡金として代金の半額金一一〇〇万円
の交付を受けることとなり、これに対してEは、将来右請負契約の不履行があつた
場合Dに対し負担すべき損害賠償義務を担保するため額面金一一〇〇万円の本件約
束手形をDにあて振り出し、かつ、Dから本件手形の預り証を受け取り、右請負契
約が不履行なくして終了したときは右預り証と引換にDから本件手形の返還を受け
ることを約定していたこと、当時Eの信用状態がかんばしくなかつたため、Eの役
員である被上告人両名が、Dの求めにより、振出人のため本件手形につき手形保証
をしたものであること、その後、右請負契約はすべて履行され、前記請負契約に基
づくEのDに対する損害賠償義務は不発生に確定したこと、以上の事実は原審の適
法に確定するところである。
 思うに、将来発生することあるべき債務の担保のために振り出され、振出人のた
めに手形保証のなされた約束手形の受取人は、手形振出の右原因関係上の債務の不
発生が確定したときは、特別の事情のないかぎり、爾後手形振出人に対してのみな
らず手形保証人に対しても手形上の権利を行使すべき実質的理由を失つたものであ
る。しかるに、手形を返還せず手形が自己の手裡に存するのを奇貨として手形保証
人から手形金の支払を求めようとするが如きは、信義誠実の原則に反して明らかに
不当であり、権利の濫用に該当し、手形保証人は受取人に対し手形金の支払を拒む
ことができるものと解するのが相当である(昭和三八年(オ)第三三〇号同四三年
一二月二五日大法廷判決、民集一三巻二二号三五四八頁参照。)。そして、右受取
人から裏書譲渡を受けた手形所持人につき手形法一七条但書の要件が存するときは、
手形保証人は、右悪意の所持人に対し右権利濫用の抗弁をもつて対抗することがで
きる。
 右の法理に照らし、本件手形の保証人たる被上告人両名は、前示事実関係その他
原審確定の事実関係のもとにおいては、上告人の本件手形金の支払請求を拒むこと
ができるものと解すべきである。なお、上告人はDのEに対する別口債権の存在に
基づいて主張するところがあるが、原審確定の事実関係のもとにおいては、右債権
が本件約束手形金債権と全く法的に関係のない別口債権であるとする原審の判断は
是認できるから、かかる別口債権の存在をもつては、Dならびに上告人の本件手形
上の権利の行使を理由あらしめることはできない。
 以上、右と同旨の原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨
は理由がない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    飯   村   義   美
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    松   本   正   雄
            裁判官    関   根   小   郷

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