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裁判例


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(原審・東京地方裁判所平成8年(ワ)第8915号損害賠償請求事件(原審言渡日平成12年9月22
日))
     主      文
1 原判決を次のとおり変更する。
 (1) 一審被告は,一審原告に対し,6325万3514円及びこれに対する平成8年7月31
日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
 (2) 一審原告のその余の請求を棄却する。
2 一審被告の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを5分し,その1を一審原告の,その余を一審被
告の各負担とする。
     事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1一審原告の控訴の趣旨
(1) 原判決を次のとおり変更する。
  一審被告は,一審原告に対し,8085万4105円及びこれに対する平成元年6月25日
から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(2)一審被告の控訴を棄却する。
2一審被告の控訴の趣旨
(1) 原判決中一審被告敗訴の部分を取り消す。
(2) 一審原告の請求を棄却する。
(3)一審原告の控訴を棄却する。
3 一審原告の本訴請求の趣旨
一審被告は,一審原告に対し,8085万4105円及びこれに対する平成元年6月25日か
ら支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 本件事案の概要及び当事者双方の主張
本件は,一審被告を運送人とする国際海上物品運送契約について,運送中に運送品(袋
詰魚粉)の一部に損害が発生したため,荷受人との間で当該運送品につき貨物海上保険
契約を締結していた一審原告が,上記損害について荷受人に保険金を支払い,運送契約
上の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権を保険代位により取得したとし
て,一審被告に対し,上記損害の賠償を求めた事案である。
1 前提事実(証拠の摘示のない項目は,当事者間に争いがない事実である。)
(1) 当事者
ア 一審原告は,貨物海上保険を含む各種損害保険業を目的とする株式会社である。
イ 一審被告は,キプロス共和国法に準拠して設立された海運業を営む法人であり,平成
元年当時,貨物船マノリス号(以下「マノリス号」という。)を所有し,運航していた。
(2) マノリス号の構造
 マノリス号は,1974年に建造された一般貨物船で,全長152.6m,型幅20.4m,型
深11.92m,総トン数9557t,純トン数5986t,夏期載貨重量1万3945tで,船首側か
ら船尾側に向かって,第1船艙,第2船艙,第3船艙,第4船艙の4つの船艙を有している。
第1船艙は,船首楼にあって,1つの艙口(ハッチ)を有し,上部中甲板船艙,下部中甲板
船艙及び下部船艙から成っている。第2船艙及び第3船艙は,いずれもそれぞれ左右両舷
に1つづつ艙口を有し,中甲板船艙及び下部船艙から成っている。第4船艙は,機関室の
後方にあり,1つの艙口を有し,中甲板船艙及び下部船艙から成っている。
(甲29,49,51の1,2,甲52,53,63の1から3まで,乙13)
(3) 本件貨物
ア 三菱商事株式会社は,平成元年5月18日及び同月22日ころ,三菱インターナショナ
ル有限会社から,原判決別紙売買契約目録記載のとおり,袋詰魚粉を買い受けた(以下,
各売買契約の目的物を同目録の番号に従い,順に「本件貨物一」ないし「本件貨物五」と
いい,これらを併せて「本件貨物」という。)。(甲5から9まで)
イ 本件貨物は,平成元年4月13日から同年5月1日にかけて,エクアドル共和国のグア
ヤキル港においてマノリス号に積み付けられた。
 一審被告は,原判決別紙船荷証券目録記載の各船荷証券(以下,右各船荷証券を同目
録の番号に従い,順に「本件船荷証券一」ないし「本件船荷証券五」といい,これらを併せ
て「本件船荷証券」という。これらの各船荷証券に表示された貨物は,それぞれ同じ番号の
本件貨物に対応する。)記載のとおり,各荷送人ら(以下,ネゴシオス・インダストリアレス・
レアル・エス・エイを「レアル」といい,シア・ペスケラ・インテグラル・デル・エクアドル・シー・
エイ・インペスカを「インテグラル」という。)との間で海上物品運送契約(以下,総称して「本
件運送契約」という。)を締結し,各荷送人に本件船荷証券を交付した。
 本件船荷証券には,いずれも,「外観上良好な状態で本船上に船積みされた」旨記載さ
れているほか,「重量,寸法,品質,数量,状態,内容,価格は不知」とのいわゆる不知文
言(以下「不知文言」という。)が付されている。
 (甲11から15まで)
ウ マノリス号は,同年5月1日グアヤキル港を出港したが,出港当時,マノリス号には,本
件貨物のほか原判決別紙積付貨物目録一から一〇まで記載の袋詰魚粉(以下,同目録
の番号に従い,順に「別件貨物一」,「別件貨物二」のようにいう。)合計2625メトリック・ト
ン(以下単に「t」と表記する。)(船荷証券に記載された重量,以下この項において同じ。)
及び同目録一一及び一二記載のばら積み魚粉(以下「別件貨物一一」,「別件貨物一二」
といい,別件貨物一から一二までを併せて,以下「別件貨物」という。)合計3150tも船積
みされ,本件貨物と併せて総合計1万0500tの魚粉(以下「本件船積貨物」という。)が船
積みされていた。
 この船積み期間中である同年4月20日夕方にグアヤキル港に雨が降り(以下「本件降
雨」という。),マノリス号においてはその時点までに船積みされた貨物が濡れるのを防ぐた
め,各船艙のハッチカバーを閉めようとしたが,第4船艙のハッチカバーが故障のため途
中で閉まらなくなり,上記故障を修理し,ハッチカバーを完全に閉めるのに1時間を要した。
当時,第4船艙中甲板船艙には,9450袋の袋詰魚粉が積み付けられていたが,このうち
鹿島向けインテグラル魚粉(以下,本件船積貨物の中の魚粉を個別に引用する場合,そ
の荷送人の名称を用いて特定する。)1119袋が雨濡れを理由に同月22日荷揚げされ,
新品(本件貨物三の一部に当たる。)と交換された。
 さらに,同月24日から同月26日にかけて,第4船艙中甲板船艙から8331袋(本件貨物
三の一部及び別件貨物一又は二のうちの一部が含まれる。),同下部船艙から名古屋向
けインテグラル魚粉503袋(別件貨物一又は二のうちの一部)の合計8834袋が荷揚げさ
れたが,その後ごく一部を除くほとんど全部が再びマノリス号に船積みされた(以下「再船
積貨物」という。)。
エ 本件船荷証券は,上記の荷送人らから,アルフレッド・C・トプファーインターナショナル
有限会社,三菱インターナショナルへと順次交付され,三菱商事は,本件船荷証券一及び
三から五までを三菱インターナショナルから取得し,本件船荷証券二を三菱インターナショ
ナルから交付を受けた株式会社三和銀行から取得した。
(4) 保険契約
 一審原告は,三菱商事との間で,平成元年5月25日及び同月26日,本件貨物につい
て,オールリスクを担保条件とする保険金額総計3億9538万6000円の貨物海上保険契
約を締結した(以下「本件保険契約」という。)。(甲17から21まで)
(5) 本件損害の発生
 マノリス号は,平成元年5月1日,グアヤキル港を出港して,同月26日,鹿島沖に到着
し,同年6月5日,鹿島港南公共埠頭に接岸して,本件船積貨物の荷揚作業が開始され
た。
 マノリス号では,航海中である同年5月22日に第4船艙中甲板船艙から煙が出ているこ
とが発見されるなどし,その後の荷揚作業の際に,第2及び第4船艙の各中甲板船艙並び
に第2及び第3船艙の各下部船艙に積み付けられていた貨物が発熱や焦げ等による損害
を受けていたほか,第1船艙から第4船艙までの各下部船艙に積み付けられていた貨物
が濡れやかびによる損害を受けていたことが発見された(以下,これらの損害を総称して
「本件損害」という。)。
 (甲16,乙3,11の1から6まで,乙13)
(6) 保険金の支払
 一審原告は,三菱商事に対し,本件保険契約に基づき,本件損害に関し,本件貨物に対
する保険金として,平成元年9月29日に554万8744円,同年11月24日に7530万53
61円の合計8085万4105円を支払った。
(7) 準拠法
ア 本件運送契約においては,準拠法について次のように合意されていた。
(ア) 1924年8月25日にブラッセルで署名された船荷証券に関するある規則の統一のた
めの国際条約(同条約は,1921年9月の国際法協会のへーグ会議で定められた「へーグ
規則」に基づき制定されたものであることから,一般に「へーグ規則」と称されている。そこ
で,本判決においても,同条約を以下「ヘーグ規則」という。)が船積地の国において国内
法として制定されている場合には,ヘーグ規則を適用する。
(イ) 船積地においてヘーグ規則の国内法が施行されていない場合には,仕向け国におけ
る対応する法律を適用する。ただし,その法律が強制的に適用されない運送に関しては,
ヘーグ規則を適用する。
イ(ア) 本件貨物の船積地であるエクアドル共和国は,1977年3月23日,ヘーグ規則
に加入し,同年9月23日,エクアドル共和 国について効力を生じた。した
がって,本件運送契約の準拠法は,ヘーグ規則である。
(イ) ヘーグ規則には,次の規定がある。
a 「運送人は,すべての海上物品運送契約において,物品の積込,取扱,積付,運送,保
管及び荷揚に関し責任及び義務を負い,かつ,以下に定める権利及び免責を享受するも
のとする。」(2条本文)
b 「運送人は,航海の前に及び航海の開始に際し,次のことについて相当の注意をしなけ
ればならない。
(a) 船舶を航海に堪える状態におくこと。
(b) 船員の乗組,船舶の艤装及び需品の補給を適切に行うこと。
(c) 船倉,冷気室,冷蔵室その他物品を積み込むすべての場所を物品の受入,運送及び
保存に適する良好な状態におくこと。」(3条1項)
c 「運送人は,運送される物品の積込,取扱,積付,運送,保管及び荷揚を適切かつ慎重
に行わなければならない。ただし,第4条の規定の適用を妨げない。」(3条2項)
d 「運送人,船長又は運送人の代理人は,物品を受け取った後は,荷送人の請求により,
特に次の事項を記載した船荷証券を荷送人に交付しなければならない。
(a) 物品の識別のため必要な主要記号で物品の積込開始前に荷送人が書面で通告した
もの。(以下略)
(b) 荷送人が書面で通告した包若しくは個品の数,容積又は重量
(c) 外部から認められる物品の状態
 ただし,運送人,船長又は運送人の代理人は,この記号,数,容積又は重量が実際に自
己が受け取った物品を正確に表示していないと疑うべき正当な理由があるとき,又はその
正確であることを確認する適当な方法がないときは,これらの事項を船荷証券に記載する
ことを要しない。」(3条3項)
e 「このような船荷証券は,反証がない限り,3項(a),(b)及び(c)の規定に従って当該証券
に記載されているとおりの物品を運送人が受け取ったことを推定する証拠となる。」(3条4
項)
f 「運送人及び船舶は,航海に堪えない状態から生ずる滅失又は損害については,責任
を負わない。ただし,運送人が,前条1項の規定に従い,船舶を航海に堪える状態におき,
船員の乗組,船舶の艤装及び需品の補給を適切に行い,並びに船倉,冷気室,冷蔵室そ
の他物品を積み込むすべての場所を物品の受入,運送及び保存に適する良好な状態に
おくことについて相当の注意をしなかったことにより航海に堪えない状態を生じた場合は,
この限りでない。航海に堪えない状態から滅失又は損害を生じたときは,この条に定める
免責を主張する運送人その他の者は,相当の注意をしたことを立証しなければならない。」
(4条1項)
g 「運送人及び船舶は,次のことから生ずる滅失又は損害については,責任を負わない。
(m) 物品の隠れた欠陥,特殊な性質又は固有の欠陥から生ずる容積又は重量の減少そ
の他のすべての滅失又は損害
(q) その他運送人又はその代理人若しくは使用人の故意又は過失によらない原因。ただ
し,この例外の利益を主張する者は,運送人又はその代理人若しくは使用人の故意又は
過失が滅失又は損害に関係のなかったことを立証しなければならない。
(他の項目は省略)(4条2項)
(ウ) なお,不法行為の準拠法は,法例11条1項により,原因事実発生地すなわち不法行
為地の法律と定められているところ,本件は,マノリス号がエクアドル共和国から公海を経
て日本へ航行した際に起きた事件であるが,本件貨物は日本を仕向地とするものであるこ
と及び日本の領海内において損害が発見されたことから,日本が不法行為地であり,その
準拠法は,日本法である。
2 争点
(1) 本件貨物に生じた損害
(一審原告の主張)
ア 煙損,濡れ損,かび損,発熱・固化損及び焦損
(ア) 本件損害のうち,本件貨物一から三まで(鹿島向け貨物分)に生じた 煙損,濡れ損,
かび損,発熱・固化損及び焦損の量は,次のとおりであり,全損に換算して合計421.64
3tである。
            正味重量(t)  損 率   全損換算数量(t)
  煙損(程度軽) 135.877   20%    27.175
  煙損(程度中) 342.717   40%   137.087
  煙損(程度重) 320.022   60%   192.013
  濡れ損・かび損  38.483   60%   23.090
  発熱・固化損   47.588   70%    33.312
  焦損        11.208   80%     8.966
(イ) 本件損害のうち,本件貨物四及び五(鹿児島向け貨物分)に生じた煙損,濡れ損,か
び損,発熱・固化損,焦損の量は,次のとおりであり,全損に換算して合計471.112tで
ある。
            正味重量(t)  損 率   全損換算数量(t)
  煙損(程度軽)  252.463   20%     50.493
  煙損(程度重)  634.330   43%    272.762
  かび損      158.146    50%    79.073
  発熱・固化損   105.821   65%    68.784
イ 不足ないし不着損害
(ア) 本件貨物一から三まで(鹿島向け貨物分)の船荷証券に記載された総 重量合計は
1575.000tであり,これから袋の重量(3万1395袋。1袋当たり0.2㎏。合計6279㎏)
を差し引いた正味重量は1568.721tであるにもかかわらず,実際に鹿島で荷揚げされ
た総正味重量は1534.651tであり,34.070t不足していた。
(イ) 本件貨物四及び五(鹿児島向け貨物分)の船荷証券に記載された総重量合計は31
50.000tであり,これから袋の重量(6万5214袋。1袋当たり0.2㎏。合計1万3042.
8㎏)を差し引いた正味重量は3136.957tであるにもかかわらず,実際に鹿児島で荷揚
げされた総正味重量は3081.122tであり,55.835tが不足していた。
ウ よって,三菱商事が被った本件貨物の損害は,正味重量に換算して合計982.659t
であった。
(一審被告の主張)
ア かび損について
 各下部船艙で生じたかび損については,袋詰魚粉のうち幾らかがかびにより外面的に影
響を受けたのは事実であるが,これらは全く表面的なものにすぎず,その量も多くなく,ば
らしたり混ぜ合わせたりするうちに失われる程度であったから,かび損は無視できる程度
のものにすぎなかった。
イ 不足ないし不着損害について
 本件貨物の重量が減少したのは,マノリス号においては,航海中を通じて常に通風換気
が適切に行われていたために,本件貨物に含まれる水分が自然蒸発したこと,及び発熱
損の原因となった本件魚粉の燃焼作用によるものである。したがって,不足及び不着によ
る損害はない。
(2) 本件損害の発生原因
(一審被告の主張)
ア 本件船積貨物の特殊な性質
(ア) すべての魚粉は,放置しておけば必然的に自然発火するという特殊な 性質を有す
るものであり,国際海事機関(IMO)の国際海上危険物規程(InternationalMaritime
DangerousGoodsCode。以下「IMDGコード」という。)において危険物に指定されており,
抗酸化剤処理され,一定の条件を満たしたものはクラス9の危険品に,また,抗酸化剤処
理されていないが,必要な外気さらしをされ,一定の条件を満たしたものはクラス4.2の危
険品に分類されている。
本件船積貨物は,クラス9に分類される抗酸化剤処理を施された魚粉であり,一般論とし
て特殊な性質を有する貨物である。
そして,本件船積貨物については抗酸化剤証明書が発行されているが,十分に抗酸化剤
処理がされていても,その効力は,日時の経過により消滅していき,いつかは自然発火す
るものである。
(イ) また,本件船積貨物がIMDGコードクラス9に分類される魚粉であっても,荷送人の
検査人が抗酸化剤証明書を作成するに当たって行った検査は,本件船積貨物の中から無
作為にサンプルを抽出して行ったものであって,場合によっては,2000袋中20袋のみを
検査対象としているにすぎない上に,検査対象となった袋も中身を一部取り出して検査し
ているにすぎない。
よって,抗酸化剤証明書があったからといって,同証明書が対象としている魚粉すべての
部分に抗酸化剤がまんべんなく十分に処理されているということにはならない。
(ウ) 本件損害は,魚粉である本件船積貨物の抗酸化剤処理が不十分であったことが原
因であり,その特殊な性質により生じたものである。
イ 一審原告の主張する発熱原因への反論
(ア) 再船積貨物の雨濡れと再船積みについて
a 発熱発火原因となるような雨濡れ貨物がなかったこと
(a) 一審被告は,本件降雨の後に,第4船艙内の貨物を点検して,雨濡れした貨物を雨濡
れしていない周辺の貨物と共に(合計1119袋)取り除いて新品と交換した。また,再船積
貨物は,積付け場所を誤ったために積み直されたにすぎず,雨濡れしていたわけではない
から,これが過剰の水分を含んでいたために発熱原因となったということはあり得ない。
(b) そもそも,本件貨物は,船積前検査によると1袋が約50㎏,水分含有率が約8%であ
ったところ,グアヤキル港における平成元年4月20日午後1時から午後7時までの降水量
は8.9㎜であり,仮にこれが午後4時45分から午後7時までのものであるとしても,午後4
時45分から第4船艙ハッチカバーが閉じられるまでの午後5時45分までに同船艙内に降
り込んだ雨量は,3.95㎜と推定される。これが平積みされた魚粉の袋の上面(80㎝×5
0㎝)に降り注ぐと,その重量は合計1.58㎏になるが,これを袋詰魚粉が全量吸収したと
しても,水分含有率は約10.82%にしかならない。これは,IMDGコードに定められた水
分量(5%を超え12%以下)の範囲内であるから,発熱発火に至るはずがない。
(c) また,一審原告は,第4船艙中甲板に設けられた十字状の通風溝に降り込んだ雨が,
最下部に積み付けられた魚粉の袋に浸透したため発熱原因になったと主張するが,ハッチ
カバーが閉まらなかったために雨が降り込んだ通風溝部分は,長さ4.4ないし4.5m,幅
約30㎝で1.35㎡にすぎないから,ハッチカバーが閉まるまでの雨量を4㎜としても,全体
で5.4リットルにすぎず,これが一つの魚粉袋に吸収されたとしても水分含有率を10%増
加させるにすぎないから,通風溝へ降り込んだ雨が発熱発火の原因となることはない。
(d) なお,バクテリアの生長には20%の水分含有率が必要であるが,そのような部分が
塊となっていなければならないから,袋詰魚粉が外面層に沿って濡れただけでは不十分で
ある。
b 再船積み場所と発熱発火場所
(a) 再船積貨物の再積付け位置は,次のとおり本件船積貨物の発熱焦損場所と全く異な
っており,一審原告が第2船艙及び第4船艙の雨濡れ貨物と主張する魚粉が発熱焦損の
原因となっていないことが明らかである。
(b) 本件降雨が始まった時点では,第4船艙には合計1万6830袋の魚粉が積み込まれ
ていた。その内訳は,中甲板船艙に,上から,鹿島向けインテグラル6189袋,名古屋向
けインテグラル3261袋があり,下部船艙には,誤って積み付けられた名古屋向けインテ
グラル503袋とその下に鹿児島向けインテグラル6877袋があった。
(c) 本件降雨後,雨濡れを理由に,第4船艙中甲板から鹿島向けインテグラル魚粉のうち
1119袋が荷揚げされた。その際,下部船艙の名古屋向けインテグラル503袋が誤った
場所に積み付けられていたことが判明し,これを積み直すために,中甲板船艙にあった残
りの鹿島向けインテグラル5070袋及び名古屋向けインテグラル3261袋も併せて荷揚げ
され,合計8834袋(再船積貨物)が積み直された。
これらの魚粉の積み直し場所については,まず,鹿島向けインテグラル5070袋について
は,第1船艙中甲板船艙最上部に600袋,及び第4船艙中甲板船艙最上部に4470袋が
積み直され,名古屋向けインテグラル3764袋は,第2船艙中甲板船艙の中層に2層に分
割して再積付けされた。
(d) これに対して,第2船艙中甲板船艙の発熱損の火元は,同船艙最下部の鹿児島向け
貨物であって再船積貨物ではなく,また,第4船艙中甲板船艙の発熱損の火元は,再船積
貨物である最上部の鹿島向けインテグラルよりもはるか下であったから,再船積貨物が発
熱焦損原因でないことは明らかである。
(イ) 積付け不良について
一審原告は,第2船艙中甲板船艙のハッチコーミング(艙口縁材)の高さ一杯にまで十分
な荷敷板をあてがうことなくぎっしりと積み付けたことが同船艙の貨物の熱損の一原因とな
ったと主張するが,同船艙の発熱焦損は,前記のとおり同船艙底部から発生したものであ
るから,同船艙最上部の積付けは発熱焦損とは関係ない。
また,第2船艙中甲板船艙の右舷部側も同様の積付けをしていたにもかかわらず,発熱損
害は生じていないから,これが発熱損害の原因とはいえない。そもそも,IMDGコードで
は,クラス9に該当する魚粉は,ホールド内にチャネル(通風路用のすき間)を作らずに袋
と袋をぎっしり詰めて一つのブロックとして積み付けることができ,通風溝を設ける必要は
ないとされており,空気循環のための荷敷板が不足していることが熱損の発生原因とはな
り得ない。
(ウ) 異常な湿気について
積戻しに際して,第4船艙中甲板船艙には特段の措置を必要とするような水分など存在し
なかった。なお,同船艙最上部の魚粉の濡れは,本件船積貨物が発熱発火したために鹿
島入港前に消火する目的でハッチを封鎖して二酸化炭素を注入したために水滴の凝結が
生じたことが原因である。
(エ) 濡れた荷敷板の再使用について
濡れた荷敷板が再使用されたことはない。
(オ) ハッチカバーの適時閉鎖懈怠による雨濡れについて
第2船艙及び第3船艙は本件降雨の際,ハッチカバーが直ちに閉められており,また,マノ
リス号の積込み作業中を通して,両船艙内に雨が降り込んだ事実はない。仮に,雨が入り
込んだとしても,わずかな量であり,発熱焦損の原因となるほどのものではない。
(カ) 通風換気不足について
本件船積貨物の積付け及び航海中の通風換気が適切に行われていたことは後記3の一
審被告の主張のイ(ウ)のとおりである。
(一審原告の主張)
ア 本件損害の原因
(ア) 再船積貨物の雨濡れと再船積み(第2船艙及び第4船艙の各中甲板船 艙につい
て)
a 本件降雨による雨濡れ
(a) 抗酸化剤処理済みの魚粉であっても,水濡れして部分的にその水分含有率が20%
を超えるとその部分の魚粉の中でバクテリアが繁殖し,その結果発熱し,温度が50ないし
60℃に達する。この温度になると,魚粉中の残存脂肪の酸化が促進され,自ら持続的に
発熱し,やがて焦げないし燻り現象が始まることが知られており,IMDGコードのクラス9に
関する規定においても,濡れた袋は船積みしないことが定められている。
(b) 平成元年4月20日,マノリス号はグアヤキル港において荷役作業中であったが,同日
午後5時から午後6時35分にかけて8.9㎜の降雨(本件降雨)があり,その際第4船艙の
ハッチカバーの故障により同船艙口がしばらくの間閉鎖されなかった。
 マノリス号のハッチカバーは,マクレガー式で,5枚のパネル(1枚のパネル寸法は,2.6
m×11m)で艙口を覆う構造になっていたが,第1パネルの先端部が艙口の中央付近に
達したとき,同パネルの前側の車輪が,後方から3番目のくぼみに陥没したため動かなくな
ったものと推定される。このとき,第1パネルの前方には,パネル2.5枚分の,第2パネル
の後方には,パネル0.5枚分の,併せて3枚分の閉鎖されていない部分が残されており,
その面積は,85.8㎡であった。
 第4船艙のハッチカバーがいつ閉鎖されたのかは不明であるが,前記のとおり,午後5時
から午後6時35分までの間に8.9㎜の降雨があり,第4船艙の艙口寸法は,13m×11
mであるから,同艙口上に降った雨量は1.273tである。
 前述のようにハッチカバーは,半分ほど閉められていたが,ハッチカバーのすき間から雨
水が流れ込むことも十分あり得るから,1.273tを上限とする雨水が第4船艙内に入り込
んだことになる。
(c) このとき第4船艙中甲板船艙には,鹿島向けインテグラル2803袋(133.2t),名古
屋向けインテグラル4405袋(197.5t)及び仕向地不詳(本件貨物に含まれない名古屋
向けインペカ,インデマル又はその双方の魚粉である可能性が高い。)の2242袋の合計
9450袋が積載されており,程度の差こそあれ,全量が雨に濡れた。
 さらに,第4船艙下部船艙の閉鎖中のハッチカバーに滴下した雨水は,同ハッチカバー
のすき間から同船艙最上部に積み付けられていた名古屋向けインテグラル503袋(22.
5t)にも降下し,程度の違いこそあれ,その全量を濡らせた。すなわち,本件船積貨物の袋
はポリプロピレン製編み袋であり,その上に降下した雨水の一部は編み目から袋の内部に
浸透するが,その余は編み袋の表面を滑って下方へ流れ落ちる。そして,本件降雨は,降
り始めは弱かったが,次第にスペイン語でchubascoと呼ばれるしゅう雨となり,グアヤキル
港のすべての積荷作業がまひ状態となったほど激しくなったから,雨水は袋の間を滑り落
ち,中甲板船艙の艙底にまで達し,最下段に直接接して積み付けられた魚粉に吸収され
た。こうして,第4船艙中甲板船艙に積み付けられていた9450袋の中には,内部の魚粉
の一部において水分含有率が20%に達したものが相当数ある状態となった。さらに,第4
船艙下部船艙の閉鎖中のハッチカバー上に流れ落ちた雨水は,すき間から下に落ち,第4
船艙下部船艙最上部に積み付けられた名古屋向けインテグラル503袋をも濡らし,ここで
もその内部の魚粉の一部において水分含有率が20%に達したものが相当数ある状態と
なった。
(d) さらに,第4船艙中甲板船艙の積荷には,十文字の通風溝が設けられていたから,少
なくともハッチカバーに覆われていなかった前半分の積荷は,通風溝の下まで雨濡れした
はずである。開口部直下だけでも,縦の溝に面する袋は1列11袋の14段が2面あり,計3
08袋,横の溝に面する袋は,縦で数えた袋を除くと1列6袋の14段が2面,これが左右に
あるから計336袋で,合計644袋はあった。一審被告が新品と交換した鹿島向けインテグ
ラル1119袋には,このうちの前方の3段134袋と後部の1段14袋が含まれるが,それで
も496袋は残されたことになる。
(e) このように,新品に交換された1119袋以外の魚粉も雨濡れしており,かつ,そのうち
の相当数が,袋内部の一部分において水分含有率が20%に達していたから,発熱焦損
の原因となり得るものであった。
b 再船積み場所と発熱焦損場所
(a) 本件降雨後,第4船艙中甲板船艙には,新品と交換された1119袋のほかに8331
袋が残っており,第4船艙下部船艙の名古屋向けインテグラル503袋と共にいったん荷揚
げされた。
(b) 上記(a)の荷揚げされた貨物のうち,名古屋向けインテグラル4908袋(220t)が第2
船艙中甲板船艙に積み戻され,新品と交換された鹿島向けインテグラル1119袋(53.2
t)は,他の鹿島向けインテグラル魚粉1684袋(80t)と併せて第4船艙中甲板船艙に積み
戻された。そして,残りの2242袋は,インペカ,インデマル又はその双方の魚粉を含んで
いる可能性が高く,これらは第2船艙若しくは第4船艙又はその双方に積み戻された。
 これらの魚粉のうち,雨濡れの程度がひどかった箇所でバクテリアが生長して魚粉の温
度上昇を招き,これが魚粉の抗酸化剤の消費を促進して,ついに魚粉自体が自然発熱を
始めた。
(c) 第2船艙中甲板船艙の発熱発煙箇所は,左舷側艙口区画のうち右前隅部であり,同
区画の底部から貨物表面に至るまでの筒状の範囲で発生した。また,第4船艙中甲板船
艙については,同艙口区画内にあった鹿島向け貨物のうち,左舷後部及び右舷後部の各
中段の魚粉が発熱損を生じており,下段の貨物については,燻り損を生じ,この燻り損を
生じた鹿島向け魚粉に接する若干の鹿児島向け魚粉にも燻り損が及んでいた。
 この損害状況からすれば,本件降雨で雨濡れしたまま再船積みされた魚粉が発熱焦損
の主要な原因であったといえる。
(d) これに対して,一審被告は,第2船艙中甲板船艙最下層に積み付けられていた鹿児
島向けインデマル又は名古屋向けインデマルが発熱源であり,これらの魚粉は,本件降雨
後に第4船艙から荷揚げされて再積付けされた魚粉ではないから,本件降雨による雨濡れ
とは無関係であると主張し,発熱源に関する根拠の一つとして,熱の伝達は上方に早く,
側方にやや早く,下方にはゆっくりと伝達するから,発熱源は発熱団塊の下層部に存在す
ると主張する。しかし,その熱伝導に関する主張は,第2船艙及び第3船艙の各下部船艙
の発熱損害では上方のみに熱が伝わっているわけではないことに照らせば,信用性のあ
るものではなく,ただ焦損が進行して空洞が生じた場所や通風溝に面した場所のように空
気の対流が自由活発な空間でのみ採用できるものにすぎない。
(イ) 積付け不良(第2船艙中甲板船艙について)
 一審被告は,第2船艙中甲板船艙の魚粉をハッチコーミングの最上部から30ないし50
㎝下の高さまでぎっしりと積み付け,十分な通風換気溝を作らなかった。これも第2船艙中
甲板船艙における発熱焦損の一因であった。
(ウ) 異常な湿気(第4船艙中甲板船艙について)
 本件降雨の後,平成元年4月26日午後10時50分に第4船艙からの雨濡れ貨物の陸揚
げが終了した際,同船艙中甲板船艙内の水分を除去する措置が執られないまま直ちに雨
濡れ貨物の積戻し荷役が開始されたため,出港時及び航海中第4船艙内の湿気は異常に
高かった。また,この異常な湿気のため,航海中長時間にわたり,ハッチカバーの下に結
露した水滴が貨物の上に滴下して新たな水濡れを魚粉に生じさせた。これにより,最上部
の魚粉が濡れ損を被り,また,第4船艙中甲板船艙の熱損の一原因となった。
(エ) 濡れた荷敷板の再使用(第4船艙中甲板船艙について)
 第4船艙中甲板船艙で使用されていた荷敷板も本件降雨により濡れたが,貨物を積み戻
す際にそのまま再使用された。これも本件損害の原因の一部である。
(オ) ハッチカバーの適時閉鎖懈怠による雨濡れ(第2船艙及び第3船艙の各下部船艙に
ついて)
 第2船艙については,本件降雨の際ハッチカバーの閉鎖が遅れ,そのときまでに下部船
艙に積み付けられていた門司向けレアルばら積み魚粉1598tの最上部がある程度雨濡
れした。第3船艙についても,本件降雨の際ハッチカバーの閉鎖が遅れ,そのときまでに下
部船艙に積み付けられていた門司向けレアルばら積み魚粉1552tとその上に積み付けら
れていた鹿児島向けインテグラル5892袋(282t)の最上部がある程度雨濡れした。ま
た,ハッチカバーの閉鎖が遅れて多少とも雨に濡れる事態は本件降雨後も生じた。これら
の雨濡れが原因となって第2船艙及び第3船艙の各下部船艙の熱損が生じた。
 この事実は,①第2船艙及び第3船艙の各下部船艙の発熱損害が生じた場所が,艙口
下の区画内,すなわち降雨時にハッチが開放されているとした場合に雨の入り込む区画に
のみ散在していること,②本件降雨時には,第2船艙及び第3船艙の各下部船艙は,門司
向けレアルばら積み魚粉の積載が終わり,第3船艙下部船艙では,鹿島向けインテグラル
袋詰魚粉の積付けが進行中であったが,このときに積み込まれていた袋詰魚粉ないしばら
積み魚粉の最上部の高さが発熱損害が発生している高さと一致することからも裏付けられ
る。
 また,第2船艙下部船艙のばら積み魚粉の中から大量のうじ虫が発見されたが,これも
雨濡れしたことの証拠である。
(カ) 通風換気不足(第1船艙から第4船艙までの各下部船艙について)
 第1船艙から第4船艙までの各下部船艙で生じたかび損は,通風換気が確保されるよう
な積付けがされなかったこと及び航海中適切な通風換気がされなかったことによる結露が
原因である。
イ 本件貨物の抗酸化剤処理不足が原因でないこと
(ア) 抗酸化剤によって適切に処理された魚粉であって,水分含有率が5% を超え12%
以下,脂肪含有率が15%以下のものは,IMDGコードクラス9の「その他の危険物」に分
類されている。そしてIMDGコードは,抗酸化剤処理の方法や輸送船舶積込み時における
エトクシキン(抗酸化剤)濃度や貨物の温度についても規制している。このことは,逆にいう
と,海上輸送に際して積付け及び積荷の管理が積載地において適切にされていれば,発
熱や発煙等の問題を起こすことはないことを意味する。
(イ) 本件貨物は,荷送人から船積みのためマノリス号に引き渡された時点において,IMD
Gコードの定める基準値(水分含有率が5%を超え12%以下,脂肪含有率が15%以下,
船積み時における抗酸化剤有効濃度100ppm以上,船積み時の貨物温度35℃又は気
温に5℃を加えた温度のうち,いずれか高い方の温度以下であること)を満たしていた(な
お,本件貨物五には,貨物温度に関する証明書がなかったが,本件貨物五のうち223tが
第1船艙上部中甲板船艙に,残り302tが第3船艙中甲板船艙に積み付けられており,こ
れらの区画では発熱は生じていないから,本件損害とは関係がない。)。
(ウ) 仮に,一審被告の主張するように抗酸化剤処理が不十分な魚粉の存在が発熱発火
の原因であれば,再積付けとは関係のない第1船艙及び第3船艙の各中甲板船艙及び第
4船艙下部船艙の魚粉も発熱発火する可能性があるが,これらの区画では一切被害がな
かった。このように被害が生じた場所が再積付けと関係のある場所に限られていることに
かんがみれば,発熱発火の原因は,抗酸化剤処理の不足ではなく,雨濡れと考えられる。
(3) 一審被告の責任
 (一審被告の主張)
ア 「隠れた欠陥,特殊な性質又は固有の欠陥」による損害
(ア) 別件貨物を含めた本件船積貨物は,すべて検査上IMDGコードクラ ス9の要件を満
たしており,マノリス号の船長は,荷送人及び荷送人の検査会社からその旨の確認を得て
いる。それにもかかわらず,実際には抗酸化剤が均等に投与されていなかったものであ
り,これは,運送品の「隠れた欠陥,特殊な性質又は固有の欠陥」(以下「隠れた欠陥等」と
いう。)に当たる。そして,本件損害は,上記の隠れた欠陥等により通常生ずべきものであ
るから,一審被告はヘーグ規則4条2項(m)により免責される。
(イ) なお,一審原告は,隠れた欠陥等を理由として一審被告が免責されるのは,本件貨
物中に隠れた欠陥等が存在した場合のみであって,別件貨物に隠れた欠陥等が存在した
場合には免責されるものではないと主張する。しかし,ヘーグ規則4条2項(m)の免責事項
は,運送人の無過失の立証の負担を軽減したものであるから,上記のような場合にも適用
されるべきである。仮に,運送品の種類が複数にわたる場合,運送品の隠れた欠陥等と
は,損害の生じた当該運送品のみについてのものをいうとしても,本件のように運送品の
種類が単一である場合には,隠れた欠陥等は,当該運送品に限らず,同時に運送された
同種の運送品のいずれかに存すれば足りるというべきである。
 仮に,別件貨物に存する隠れた欠陥等がヘーグ規則4条2項(m)に該当しないとしても,
同項(q)の「運送人又はその代理人若しくは使用人の故意・過失によらない原因」に該当
し,上記(ア)のとおり,運送人たる一審 被告,その代理人若しくは使用者に故意,過失は
ない。
イ 一審被告の注意義務違反の不存在
(ア) 本件船積貨物を雨濡れさせない義務及び雨濡れした魚粉を船積みさせない義務
マノリス号の船長は,自ら本件船積貨物の船積みに立ち会って濡れた貨物が積み込まれ
ないように監視し,その旨を荷役作業員に徹底しており,本件降雨の際に濡れた魚粉の袋
は,実際には濡れていないものも含めて,念のため余裕をもって合計1119袋が取り除か
れ,新たな袋と取り替えられた。
 また,マノリス号の航海士及び甲板員は,積込み作業が行われている各船艙に立ち会
い,雨が降り始めると,ハッチカバーは,彼らによって荷役作業員の手助けを借りて何度も
適切に閉鎖されており,本件降雨の際の第4船艙の貨物の雨濡れ以外には,貨物の濡れ
はなかった。
 したがって,一審被告が本件船積貨物を雨濡れさせない義務及び雨濡れした魚粉を船
積みさせない義務に違反していないことは明らかである。
(イ) 本件船積貨物の温度を計測する義務
 マノリス号には,遠隔温度記録センサーがばら積み魚粉の中及びばら積み魚粉の上部
に積み付けた袋詰魚粉の中に合計26個(第2及び第3船艙にそれぞれ13個ずつ)設置さ
れ,それらは航海を通して監視され,正確な記録が維持された。
 また,その他の船艙内の温度は1日3回手動で計測され,その結果は慎重に書き留めら
れたばかりでなく,温度計測のために船艙に入ったときには,発熱の兆候あるいは発熱の
臭いがないかも調べられた。
 したがって,本件船積貨物の温度を計測する義務は尽くされている。
 そもそも,魚粉は,優れて断熱性を有するため,煙が発生している魚粉の1m以内におい
ても正常な温度が記録され得る。したがって,温度を計測しているからといって,早期に温
度上昇を探知できるものではない。
(ウ) 本件船積貨物の積付け・通風換気を適切に行う義務
 IMDGコードでは,袋詰貨物をブロック積付けすることは特別の換気がなくても許されると
規定しており,本件船積貨物についても,船艙内に通風路用のすき間を作らずに袋と袋を
ぎっしり詰めて積み付けることができ,危険性のない吸湿性貨物と同様の通常の通風換気
方法で足りる。
 そして,本件船積貨物は,前後及び船横方向の通風溝を設ける方法により積み付けら
れ,これら通風溝は積み付けられた山の十分な高さに達するまで設けられ,揚げ地に到着
するまでその溝もふさがれたり遮られたりしなかった。
 したがって,本件船積貨物の積付けはIMDGコードに従った適切な方法によるものであ
り,一審被告が本件船積貨物の適切な積付けにつき注意を尽くしたことは明らかである。
 また,マノリス号は,機械による自動換気システムを備えており,航海中,天候の許す限
り毎朝電源を入れて晩に電源を切ることより慎重に通風換気が実施されたから,通風換気
を適切に実施する注意義務も尽くされている(なお,一審原告が主張する各下部船艙のか
び損の程度は,前記のとおり,全く表面的なもので無視できる程度のものにすぎなかった
から,損害は生じていない。また,考慮に値する量のかび損が実際に存在していたとして
も,ある程度のかび損は不可避のものであり,一審被告に過失はない。)。
 局地的な凝結を回避する唯一の手段は,船舶に湿度を管理することができる換気システ
ムを備えることであるが,IMDGコードクラス9に該当する魚粉の輸送に当たっては特別の
換気を必要としないことにかんがみれば,このような特殊な換気システムを備える必要は
ない。IMDGコードクラス9の魚粉の運送については,マノリス号のような船舶が通常備え
ている表面通風システムで十分である。
 以上のとおり,一審被告は注意義務を尽くしたものであるから,一審被告は,ヘーグ規則
4条2項(q)により免責される。
ウ 不足ないし不着損害について
 本件貨物に係る船荷証券には不知文言が付されている。マノリス号には約20万袋,重
量にして1万t以上もの魚粉が船積みされたのであり,それだけの貨物を検量することは時
間的・経済効率的制約からできず,重量が正確であることを確認する適当な方法はなかっ
たし,本件船荷証券に記載されている重量はいずれも端数のない丸い数字であること,「1
袋当たりの重量は約50キロ」と極めて曖昧な記載がされていることからすれば,重量が実
際に自己が受け取った物品を正確に表示していないと疑うべき正当な理由もあるから,上
記不知文言は有効であり,一審被告は,船荷証券記載の重量の正確性について責任を負
わず,不足ないし不着損害について賠償する責任を負わない。
 (一審原告の主張)
ア 「隠れた欠陥等」による損害に該当しないこと
 運送品の隠れた欠陥等を理由として運送人が免責されるのは,損害が生じた当該運送
品に隠れた欠陥等が存在した場合のみであるから,本件貨物以外の運送品に隠れた欠陥
等が存在した場合には,一審被告は免責されるものではない。
 そして,一審被告の主張によれば,第2船艙中甲板船艙では,鹿児島向けインデマル
が,第4船艙中甲板船艙では鹿島向けインペカが,抗酸化剤不足のため発火源になったと
いうのであるが,これらはいずれも本件貨物でないから,一審被告の主張は主張自体失当
である。
イ 運送品に関する注意義務違反
 へーグ規則4条2項(q)の免責を主張する運送人は,自身又はその代理人若しくは使用
人の無過失の証明をするだけでは不十分であり,損害の原因を明らかにした上に,自身の
みならず代理人若しくは使用人の故意又は過失が損害の原因と関係ないことの証明を要
する。
(ア) 雨濡れした魚粉の船積み
 前記のとおり,抗酸化剤処理済みの魚粉であっても,水濡れして部分的にその水分含有
率が20%を超えるとその部分の魚粉の中でバクテリアが繁殖し,その結果発熱し,焦げな
いし燻り現象が始まることが知られており,IMDGコードクラス9に関する規定においても,
濡れた袋は船積みしないことが定められているにもかかわらず,被告は,IMDGコードクラ
ス9に関する規定に違反して,積込み中に雨濡れした貨物を積み戻した。
(イ) 本件船積貨物の積込み及び船内保管作業に欠陥があったこと
 1974年の海上における人命の安全のための国際条約は,荷送人は船積書類を作成す
るに当たり,貨物が運送に適した状態にあることを示す署名ある証明書を添付しなければ
ならないこと,危険物はその性質に応じて安全かつ適切に積み付けられなければならない
こと,危険物を運送する船舶は船内にある危険物及びその位置を示す特別の一覧表を備
えなければならないこと,以上の規定に従わない危険物の運送は禁じられることを定めて
いる。
 本件貨物については,その荷送人は,船積みのためマノリス号に引き渡すに際してIMD
Gコードの定める船積前証明書を提出したが,別件貨物についてみると,一審被告は,別
件貨物三,八及び九については何らの船積前証明書も取り付けず,別件貨物一一及び一
二についても,仮船積前証明書の呈示を受けただけで,以上について抗酸化剤濃度を示
す正規の船積前証明書を取り付けないまま,マノリス号に積み込み,出港した。
 また,一審被告は,EMPRESAPESQUERAPOLARS.A.という得体の知れない袋詰魚粉
も相当数マノリス号に積載している。この袋詰魚粉は,第2船艙中甲板船艙左舷側の焦損
場所の中段付近及び第2船艙中甲板船艙右舷側後部に積み付けられていたが,このよう
な貨物の積付けを見逃したということは,マノリス号には魚粉を積み込むに際しての人的
堪航性も欠落していた。
(ウ) 温度管理について
 IMDGコードクラス9の危険物に適用される規定によれば,貨物船がこのような貨物を海
上運送する場合,1日3回以上温度を計測し,記録すべきものとされている。
 一審被告は,本件貨物を海上運送する際,上記規定に従った温度計測をしなかった。も
し計測していれば,早期に温度上昇を探知し,炭酸ガス等を注入することにより発熱を抑
圧することができたのに,これを怠ったために,損害の発生,拡大を防止できなかった。
(エ) 本件船積貨物の積付け及び通風換気を適切に行う義務
 第1船艙から第4船艙までの各下部船艙に積み付けられていた本件積込貨物について
は,通風換気が確保されるような積付けがされておらず,また,航海中適切な通風換気が
されなかった。第4船艙中甲板船艙は,本件降雨後,いったん貨物が陸揚げされたが,同
区画については,ふき取りも,乾燥させる措置もとられないまま貨物陸揚げの終了と同時
に再積込みが行われ,さらに再積込みされた貨物の一部には雨濡れしたままの貨物も含
まれており,同区画は他の区画に比べ多量の湿気を含んだ状態のまま船積輸送された。
ウ 不足・不着損害
 一審被告は,三菱商事に対し,本件船荷証券の記載通りの運送品を引き渡す義務があ
るから,運送品の不足ないし不着について,債務不履行による損害賠償責任を負う。
 本件船荷証券における不知文言は印刷されたものであるが,不知文言の記載は個別的
にされるべきであるから,このような印刷された不知文言は無効である。また,一審被告
は,本件貨物の重量について疑いを抱いた形跡はなく,もし,荷送人の通告を正確でない
と疑ったのなら,自ら重量を計測するのに何の障害もなかった。したがって,ヘーグ規則3
条3項ただし書の規定にかんがみ,本件船荷証券の不知文言は,少なくとも重量の記載に
関する限り無効である。
エ 予備的主張(不法行為責任)
 前記(2)の一審原告の主張欄記載の事実及び上記イの事実に照らせば,一審被告は,
本件損害について,三菱商事に対し,不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
(4) 損害額について
 (一審原告の主張)
ア本件貨物の損害額   7566万4743円
 本件貨物の平成元年5月末前後における正品市価は,1t当たり7万7000円であるか
ら,これに全損換算の総重量である982.659tを乗じた合計7566万4743円が本件貨
物の損害額となる。
イ 鑑定料   60万円
 三菱商事は,本件事故が発生したために鑑定費用として60万円を支払った。
ウ 弁護士費用   458万9362円
エ 合計     8085万4105円
第3 当裁判所の判断
1 魚粉の性質及び海上輸送における規制
 魚粉は,各種の魚類の全魚体又は一部を,そのまま,又は油脂を分離した後に,乾燥し
て粉末にしたものであり,家畜の飼料に用いられている。
 エクアドルにおける魚粉の製造工程は,原材料のイワシやサバなどを煮沸して圧搾機に
より水分及び油脂分を除去し,粗い粉の状態にまで粉砕し,加熱キルンを通してから乾燥
機に通し,更に風によって粉末状にし,サイロで細かいほこりを除去し,ベルトコンベア等に
載せて液状の抗酸化剤を機械制御によりノズルから撒布し,袋詰めした後,倉庫で貯蔵し
て,自然乾燥を兼ねて温度を常温まで下げるというものである。
 魚粉の原材料であるイワシなどは,油脂(不飽和脂肪)含有量が多く,それを加工した魚
粉も不飽和脂肪の含有量が多くなる傾向があり,通常6から14%の不飽和脂肪を含んで
いる。この不飽和脂肪は常温において容易に酸化し,これが変色等の品質低下をもたらす
ばかりでなく,酸化の過程で発熱し,発火に至る可能性もある。そこで,魚粉に含まれる不
飽和脂肪の酸化現象を抑制するため,製造過程で抗酸化剤が添加される。抗酸化剤のう
ち最も広く用いられているのがエトクシキンである。抗酸化剤は,魚粉中の不飽和脂肪の
酸化が進行するにつれて消費され,袋詰魚粉の場合,通常の保管状態において1か月当
たり約55から60ppmの割合でエトクシキンが減少する。
また,魚粉の水分含有量が低くなると発熱しやすくなるが,逆に,水分含有率が13%を
超えるとかびが生長し,より水分含有率が高くなると(例えば20%程度)バクテリアの生長
が促進される。バクテリアの生長は発熱を伴い,これが脂肪の酸化による自発的な熱発生
を加速させ,抗酸化剤の消耗を引き起こし,発火の危険を増大させる。この場合,1袋全体
が20%程度の水分含有率に達する必要はなく,1袋のうちのある程度の量(数㎏)の魚粉
の塊においてそのような水分含有率に達した場合,発熱発火に至るおそれがある。
このように,魚粉は,発熱発火の潜在的危険性を有していることから,その海上輸送はI
MDGコードによる規制の対象とされており,抗酸化剤処理されていない魚粉は,自然発火
しやすい物質として,クラス4.2に分類されている。また,抗酸化剤処理がされた魚粉はク
ラス9の「その他の危険物及び物品」に分類されているが,クラス9の要件を満たすために
は,水分含有率は5%を超え12%以下,脂肪含有率は15%以下とされ,船積み前の12
か月以内の製造時に400ないし1000ppmの濃度のエトクシキン等の抗酸化剤で有効処
理される必要があり,船積み時における抗酸化剤の有効濃度は100ppm以上であるこ
と,水分含有率,脂肪含有率,船積時における抗酸化剤濃度等が記載された当局からの
証明書を添付すること,濡れた袋又は損傷した袋は船積みしないことなどが要求されてい
る。
 (甲24,29,54,56,63の1,2,甲74,75,乙1,8の2,乙9)
2 本件船積貨物の積付け及び損害の発生状況等
(1) マノリス号は,グアヤキル港を出航後,鹿島,名古屋,鹿児島,門司の順に寄港して各
仕向地あての貨物を荷揚げすることとなっていた。本件船積貨物は,平成元年4月13日
から同年5月1日にかけて船積みされたが,本件貨物一,二及び五(インテグラル)につい
ては,検査機関である SGS Del EcuadorS.A.(以下「SGS」という。)が,本件貨物三及
び四(レアル)については,検査機関である EcuatorianadeSupervisionesC.Ltda.(以下
「EDS」という。)が,船積み前の同年4月4日から同月19日にかけて,それぞれ,水分及
び脂肪の含有率並びに抗酸化剤濃度を検査した次の内容の船積前証明書が存在してい
る。
                水分     脂肪分    抗酸化剤
  本件貨物一      7.16%     8.85%    約450ppm
  本件貨物二      7.16%     8.85%    約450ppm
  本件貨物三      8.77%     7.00%    220.14ppm
  本件貨物四      9.52%     8.31%    325.45ppm
  本件貨物五      7.16%     8.85%    約450ppm
 したがって,本件貨物の船積み前における水分,脂肪分及び抗酸化剤濃度の検査結果
は,いずれもIMDGコードクラス9の要求値を満たしていた。
 一方,別件貨物に対応するものと思われる船積み前の検査結果として本項末尾記載の
内容のものが存在する。このうち,別件貨物一,二,五及び六(インテグラル)はEDSによ
って検査されており,船積前証明書が発行されている。一方,別件貨物三,八及び九(イン
ペカ),四,七及び一〇(インデマル),一一及び一二(レアル)に対応する証明書はSGSに
よって検査されたものとして証明書が発行されているが,このうち,別件貨物三,八,九,
一一及び一二については仮船積前証明書の数値,別件貨物四,七及び一〇については
抗酸化剤証明書記載の数値であり,これらについて,正規の船積前証明書が存在するか
どうかは証拠上明らかでない。また,別件貨物三,八及び九については,証明書記載の数
量が実際の数量と異なっており,真実これら貨物に係る検査結果であるのか疑いがある。
また,上記証明書のほかにも,本件船積貨物と関係があると思われる証明書の類が存在
しており,結局別件貨物については,証明書と船積みされた貨物との対応関係を完全に特
定することはできない。
 マノリス号の危険貨物リストによれば,本件船積貨物すべてについてIMDGコードクラス
9の要件を満たしていた旨の記載があり,マノリス号の船長Aもその旨の船積前証明書が
完備していた旨陳述している(乙12)が,以上の認定に照らし,その内容には疑問が残
る。
                   水分 脂肪分    抗酸化剤
  別件貨物一及び二     9.40%     7.07%    281.5ppm
  別件貨物三,八及び九 記載なし    記載なし    判読不能
  別件貨物四        記載なし    記載なし    610ppm
  別件貨物五         9.02%     10.00%    284.04ppm
  別件貨物六         8.09%      9.79%    302.00ppm
  別件貨物七        記載なし    記載なし    610ppm
  別件貨物一〇      記載なし     記載なし    610ppm
  別件貨物一一       7.16%      8.85%     854ppm
  別件貨物一二       7.16%      8.85%     854ppm
(甲29,33,34,36,38,39,41,42,44,45,63の1,2,甲75,乙13,18の1か
ら3まで,乙19の1から5まで,7,8) 
(2) 平成元年4月20日午後5時ころから降り出した本件降雨のため,マノリス号における
船積作業は中止され,すべてのハッチカバーを閉鎖する作業が始まった。当時,第1船艙
では上部中甲板船艙に鹿児島向け袋詰魚粉が船積み途中であり,第2船艙では下部船
艙の門司向けばら積み魚粉の荷ならしがトラクターを用いて行われており,第3船艙では
下部船艙の門司向けばら積み魚粉の荷ならしの終了後,その上の一部に鹿児島向け袋
詰魚粉の積荷作業が行われていたところであった。
 また,第4船艙においては,中甲板船艙において積荷作業が行われていたところであっ
たが,ハッチカバーが閉鎖作業の途中で故障し,後方約半分は閉鎖したものの,前方約半
分が開いたままの状態で動かなくなってしまい,ハッチカバーが閉鎖された午後5時45分
までの間,第4船艙のハッチの開いた部分から中甲板船艙内に雨が降り込んだ。
 マノリス号の船積作業は,雨がやんだ後の同日午後8時から再開された。
 同月21日,EDSは,インテグラル社を代理して,検査員Bの名で,マノリス号の第4船艙
のハッチカバーの故障で適時に閉まらなかったことにより船艙内にぎっしり詰められていた
魚粉が濡れたことに抗議し,インテグラル社においてはこの魚粉が重大な損害を被り最終
荷受人によって問題とされるかもしれない場合のクレームを留保する旨の「抗議状」をマノ
リス号の代理店トランスオセアニカに発した。
 同日午後3時25分ころ,船主の責任保険者であるノース・オブ・イングランド・プロテクティ
ング・アンド・インデムニティ・アソシエイション・リミテッド(船主責任相互保険会社,以下「P
&Iクラブ」という。)の現地代表者Cが第4船艙の貨物検査のため乗船し,第4船艙のハッ
チが開けられた。Cは,前部の袋詰魚粉について上から3段とその後部の1段の合計約9
10ないし950袋程度を荷揚げすることを船長に指示するとともに,船積み再開前に新しい
検査証明書が発行されることを求めた。この指示に基づき,同日午後3時30分から翌22
日午後2時15分にかけて,鹿島向けインテグラル1119袋が荷揚げされ,新品(本件貨物
三の一部)と取り替えられた。この新品のEDSによる検査結果は,水分含有率7.47%,
脂肪含有率7.54%,抗酸化剤濃度243.26ppmであった。
 この時点で,第4船艙中甲板船艙には8331袋(本件貨物三の一部及び別件貨物一又
は二のうちの一部が含まれる。)が残っていた。P&Iクラブはこの検査をEDSに依頼した
が,EDSは船上では検査できないとして荷揚げを要請した。また,そのころ,第4船艙中甲
板及び下部船艙上部に鹿児島向け貨物の代わりに誤って鹿島向け及び名古屋向け貨物
が積み付けられていたことが判明し,同月24日午後9時から同月26日午後10時50分ま
でにかけて,同船艙中甲板船艙に残っていた上記8331袋及び下部船艙上部に積み付け
られていた名古屋向けインテグラル503袋(別件貨物一又は二のうちの一部)の合計883
3袋(約440t)が荷揚げされ,その20分後の同日午後11時10分から第4船艙下部船艙
に正しい貨物の船積みが開始された。
 上記8833袋については,そのうちひどく水濡れしていた少量の袋が取り除かれたほか
は,新品と取り替えられた上記1119袋と共にマノリス号に再船積みされた。これらのう
ち,名古屋向けインテグラル4908袋は,第2船艙中甲板船艙の中段に2層に分けて積み
付けられ,その他の全部又は大部分が第4船艙中甲板船艙に積み付けられた(一部が第
1船艙上部中甲板船艙の最上部に積み付けられた可能性もある。)。
 なお,再積付貨物のうちインテグラル300tについては,船主側の依頼に基づき同月26
日EDSによって検査され,水分含有率8.00%,脂肪含有率7.60%,船積時抗酸化剤
濃度177.54ppmとの検査結果が得られたが,その証明書には,「マノリス号の4番船艙
下部甲板に鹿児島向けとして積み付けられていて,雨に濡れたためにそこから取り出さ
れ,荷送人の倉庫に戻されていた抗酸化剤処理済みの袋詰め魚粉300t」と記載されてい
る一方,通常のEDSの船積前証明書に記載されている「予定された航海に対し合理的に
安全な状態であると判断した」との文言が記載されていない。
(甲1,26の1,甲28,29,46から48まで,50,59から61まで,63の1,2,乙3,5,8
の1,2,乙12,証人C)
(3) 同年5月1日出港時におけるマノリス号における積付け状況は,次のとおりであった。
ア 第1船艙
(ア) 上部中甲板船艙
 最上部に鹿島向けインテグラル600袋(29t)及び同レアル712袋(36t)が積み付けら
れ,その下に鹿児島向けレアル4400袋(223t)及び同インテグラル1435袋(69t)が積
み付けられていた。
(イ) 下部中甲板船艙
 鹿児島向けインテグラル9600袋(459t)が積み付けられていた。
(ウ) 下部船艙
 鹿児島向けインテグラル9720袋(465t)が積み付けられていた。
イ 第2船艙
(ア) 中甲板船艙
 貨物はハッチ・コーミング(艙口縁材)の最上部より30から50㎝下の高さまでぎっしりと
積み付けられており,鹿島向けレアル1万3816袋(700t)がハッチウェー内部に18~19
段の高さに積み付けられ,その下に名古屋向けインテグラル3463袋(155t),同インデマ
ル4267袋(214t),同インテグラル1445袋(65t),同インペカ2092袋(105t)及び鹿
児島向けインデマル4829袋(242t)が11~12段に積み付けられていた。積み付けの間
には4本(船首尾方向に1本,船横方向に3本)の通風溝が設けられていたが,貨物とハッ
チ・コーミングの間には通風溝が設けられていなかった。上記通風溝で区切られた前方の
2つの区画はいずれも1段当たり約8袋×5袋,その他の6つの区画はいずれも1段当たり
約10袋×5袋が積み付けられていた。
(イ) 下部船艙
 上部に鹿児島向けインデマル762袋(38t)及び同インテグラル1万4526袋(695t)が
12~13段に積み重ねられ,その下に門司向けレアルばら積み1598tが積み付けられて
おり,ばら積み魚粉と袋詰魚粉との間には2層の厚板荷敷が設けられていたほか,袋詰貨
物の2から4段ごとに荷敷板があてがわれていたが,場所によってはないところもあった。
通風溝は,船横方向に1本,船首尾方向に3本設けられていた。
ウ 第3船艙
(ア) 中甲板船艙
最上部に鹿島向けレアル1万1607袋(589t)が積み付けられ,その下に名古屋向けイ
ンテグラル9142袋(410t),同インデマル2000袋(101t)及び鹿児島向けレアル5955
袋(302t)が積み付けられていた。貨物の外縁部に通風溝が設けられていた。
(イ) 下部船艙
 上部に鹿児島向けインテグラル2万1478袋(1028t)が約15段に積み付けられ,その
下に門司向けレアルばら積み1552tが積み付けられており,荷敷板及び通風溝の状況
は,第2船艙下部船艙とほぼ同様であった。
エ 第4船艙
(ア) 中甲板船艙
 貨物は中甲板全部にわたってハッチウェーではハッチ・コーミングまで,他の部分では甲
板下50㎝の高さにまで積み付けられていた。貨物は非常に緊密に積み付けられており,
袋の間の間隔は非常に狭くなっていた。最上部に鹿島向けインテグラル4470袋(221t)
がハッチウェーでは11段,その他の部分では7~8段の高さに積み付けられ,その下に鹿
児島向けインペカ8367袋(420t)及び同インデマル8449袋(422t)が約18段に積み付
けられていた。通風溝は,船横方向に1本,船首尾方向に1本の十字状に設けられ(幅約
30㎝),通風溝によって区切られた4つの区画はいずれも1段当たり約12袋×6袋であ
り,貨物の3,4段毎に荷敷板があてがわれていた。また,前方及び後方のロッカー内にも
11~13段の袋詰魚粉が積み付けられていた。
(イ) 下部船艙
 袋詰魚粉が20段に積み重ねられており,そのうち上部に鹿児島向けインデマル660袋
(33t)が,下部に同インテグラル6877袋(329t)が積み付けられていた。
オ 本件貨物の積付け位置
 上記のアからエまでのように積み付けられた本件船積貨物のうち,本件 貨物は,次のと
おり積み付けられた。
 本件貨物一及び二(鹿島向けレアル)は,第1船艙の上部中甲板船艙,第2船艙の中甲
板船艙及び第3船艙の中甲板船艙の各上部に積み付けられ,本件貨物三(鹿島向けイン
テグラル)は,第1船艙の上部中甲板船艙及び第4船艙の中甲板船艙の各上部に積み付
けられ,本件貨物四(鹿児島向けインテグラル)は,第1船艙の3つの船艙並びに第2船
艙,第3船艙及び第4船艙の各下部船艙に積み付けられ,本件貨物五(鹿児島向けレア
ル)は,第1船艙の上部中甲板船艙及び第3船艙の中甲板船艙下部に積み付けられてい
た。
(甲10,16,29,乙11の5,6)
(4) 航海中の同年5月22日,第4船艙中甲板船艙左舷後部の貨物から煙が出ているの
が発見された。温度は60~70℃で,貨物の6段目から8段目に進むにつれて温度が上昇
しており,直ちに第4船艙中甲板船艙の開口部が閉鎖され,開口部とハッチカバーの密封
が実施され,発熱を抑えるために炭酸ガスが注入された。
 第4船艙中甲板船艙内には,その後も同年6月4日までほぼ毎日炭酸ガスが注入され,
同年5月24日には下部船艙内にも炭酸ガスが注入された。
 鹿島沖に錨泊中の同月27日には,第2船艙中甲板船艙左舷部からも少量の煙が出て
いるのが発見され,同所にも炭酸ガスが注入された。同月30日朝には,第2船艙中甲板
船艙左舷部前方のハッチ・コーミングで70~75℃を計測した。
 同年6月5日,マノリス号は鹿島港南公共埠頭に接岸し,同月7日まで荷揚げ作業が行
われ,同月5日以降,三菱商事が依頼した日本海事検定協会,船主側のP&Iクラブが依
頼したパーフェクト・ランバート・アンド・カンパニー及び新日本検定協会の各検査員による
検査が行われた。
 マノリス号は,同月7日,鹿島港を出港し,同月9日名古屋港に接岸した。名古屋港で荷
揚げをした後,同月13日名古屋港を出港し,同月15日に鹿児島港に到着し,同月24日
まで荷揚げ作業が行われ,同月15日以降,鹿島港におけると同様,日本海事検定協会,
パーフェクト・ランバート・アンド・カンパニー及び新日本検定協会の各検査員による検査が
行われた。その後,マノリス号は,鹿児島港を出港し,同月26日ころまでに門司港に到着
し,ばら積み魚粉を荷揚げした。
(甲16,63の1,70,乙3,6の2,3,乙11の1から3まで,乙12,13,証人D,同E)
(5) 鹿島港において確認された本件船積貨物の状況は次のとおりであった。
ア 第1船艙
 貨物は良好な状態で発熱もかびもなかった。
イ 第2船艙中甲板船艙左舷部
 鹿島向けの貨物の全量,特に最上部に積み付けられた貨物及び積み付けられた貨物の
中の通風溝に沿った場所の貨物が煙により甚だしく汚損され,積付けの右舷前方隅近くに
は1m四方,深さ1.5mの貨物の燻りによって生じた空洞があり,燻りは名古屋向け貨物
の底部にまで達していた。なお,この付近には,EMPRESAPESQUERAPOLARS.Aと袋に
記載された袋詰魚粉が積み付けられていた。
ウ 第2船艙中甲板船艙右舷部
 左舷部と同じように積み付けられており,鹿島向け貨物の全量が煙の影響を受けてお
り,特に通風溝付近の貨物が甚だしく煙により汚損されていた。
エ 第3船艙中甲板船艙
 貨物は良好な状態で発熱もかびもなかった。
オ 第4船艙中甲板船艙
 鹿島向けと鹿児島向けの間に荷敷板が十文字にあてがわれていたが,荷敷板のほとん
どが鹿児島向けの袋の間の隙間の上に並べられていた。最上部の貨物はすべて甲板の
裏面とハッチカバーから滴下した汗によって濡れており,それらの袋のうち多くにはかびが
生じていた。ハッチウェーの後部では鹿島向け貨物の中間層及び下部層の貨物が発熱
し,硬化して褐色に変色していた。その下の鹿児島向け貨物も燻っていた。他の部分の貨
物は外観上正常に見えたが,煙のにおいに染まっていた。
 (甲16,63の1,乙11の2,3,乙13)
(6) 名古屋港,鹿児島港及び門司港において確認された本件船積貨物の状況は次のとお
りであった。
ア 第1船艙
 下部船艙において,船側及び底部の約50tの貨物に結露のためかびが生じていた。
イ 第2船艙中甲板船艙左舷部
 右舷前方隅近くの名古屋向け貨物は,重度の汚れ及び変色を伴って焦げていた。鹿児
島向け貨物(底部から4~5段)は外見上の汚れに限られていた。  
ウ 第2船艙中甲板船艙右舷部
 名古屋,鹿児島向けとも甚だしい煙汚損,熱損がみられ,中央線隔壁近くでは固化し,汚
損していた。
エ 第2船艙下部船艙
 中甲板船艙左舷部の前側のハッチ・コーミングは煙のため汚れていた。鹿児島向け袋詰
め魚粉の下から6~7段が,部分的に発熱,固化の損傷を被っており,その下のばら積み
魚粉も発熱していた。すべての袋が中甲板から侵入した煙の影響を受けていた。その他,
相当数の袋が船側において結露のためかびていた。門司向けばら積み魚粉は,かなり均
一に約30㎝の深さまで甚だしく発熱,変色しており,深さ平均1.25m位まで損害を受け
ていた。ばら積み魚粉の辺縁部にもかびが発生していた。また,ばら積みの魚粉の中に大
量のうじ虫が発見された。
オ 第3船艙中甲板船艙
 貨物は良好な状態であった。
カ 第3船艙下部船艙
 鹿児島向けの袋詰魚粉の下方5,6段が部分的に発熱,固化し,その下のばら積み魚粉
も発熱していた。船側に積み付けられていたほとんどすべての袋が結露のためかびてい
た。ばら積み魚粉は全体にわたって約30㎝の深さまで甚だしく発熱し,深さ平均1.65m
まで損害を受けていた。ばら積み魚粉の外縁部近くや船側付近でかびが発生していた。
キ 第4船艙中甲板船艙
 中央部分を中心に貨物が熱損害を被っていた。側壁に沿って,多くの袋にかびが発生し
ていた。ロッカー内の貨物は外観上正常であった。
ク 第4船艙下部船艙
 発熱した貨物はなかったが,中甲板からアクセス・ハッチを通して煙が侵入し,すべての
袋が煙により軽度に影響されていた。約50tの袋が,船側,底部及び積み付けられた貨物
の中の通風溝の周囲でかびていた。
 (甲16,29,63の1,甲70,乙9,11の4から6まで,乙13,証人E)
(7) 本件貨物の損傷状況については,日本海事検定協会及び新日本検定協会の検査結
果により,以下のとおりと認められる。
ア 本件貨物一から三まで(鹿島向け貨物分)について
                     正味重量(t) 損 率  全損換算数量(t)
  煙損(程度軽)          135.877   20%      27.175
  (第4船艙中甲板船艙)
  煙損(程度中)          342.717   40%     137.087
  (第2船艙中甲板船艙右舷部)
  煙損(程度重)          320.022   60%     192.013
  (第2船艙中甲板船艙左舷部)
  濡れ損・かび損          38.483    60%     23.090
  (第4船艙中甲板船艙)
  発熱・固化損            47.588   70%     33.312
  焦損                 11.208   80%      8.966
                                    合計 421.643
イ 本件貨物四及び五(鹿児島向け貨物分)について
             正味重量(t)  損 率  全損換算数量(t)
  煙損(程度軽)  252.463   20%       50.493
  煙損(程度重)  634.330   43%       272.762
  かび損       158.146   50%       79.073
  発熱・固化損   105.821   65%       68.784
                             合計 471.112
 (甲16,70,乙11の3,5,証人E。Dの陳述書(乙14)における陳述中,以上の認定に
反する部分は採用できない。)
3 本件貨物の損傷の原因についての検討
(1) 一審被告は,本件船積貨物は,検査上IMDGコードクラス9の要件を満たしていたが,
抗酸化剤が均等に添加されておらず,これが発熱焦損等を引き起こしたものであり,雨濡
れが原因ではないと主張し,Fの報告書(乙9,16)及び証人D(鹿児島港及び門司港にお
いて本件船積貨物の損傷状況の検査を行ったパーフェクト・ランバート・アンド・カンパニー
の検査員)の証言及び陳述書(乙8の1,2,乙14)を援用する。
 確かに,本件船積貨物に係る魚粉の製造工場における抗酸化剤の添加方法は,ベルト
コンベア上の魚粉に単一ノズルで直接抗酸化剤を吹き付けるというものであり,不均等が
生じやすい方法であったこと,袋詰魚粉の検査は,1000袋から2000袋ごとに約72袋又
は20袋の標本を選び,その中から検査資料を抽出して行われる標本調査であること,南
米産の抗酸化剤処理済魚粉については,平成元年当時,抗酸化剤処理が不十分であっ
たことが原因と疑われる発熱発火事故が時々発生しており,他に特別の原因が見当たら
ない場合には,抗酸化剤の不足あるいは不均等処理が発熱原因とされていたこと(甲26
の1,29,63の1,甲70,75,乙1,9,14,16,証人E)からすると,本件船積貨物に生
じた発熱焦損等は抗酸化剤処理が不十分であったことによって引き起こされたとの可能性
も否定することができない。
(2) しかしながら,効果的に抗酸化剤処理され,船積時においてIMDGコードクラス9の要
求値を満たす魚粉であれば,損害を及ぼすような発熱のおそれはないのであって(甲29,
63の1,乙1),以下の事情を勘案すると,本件においては,本件降雨により本件船積貨
物及び船艙内が雨濡れしたことにより本件船積貨物に発熱焦損等の損害が生じた可能性
がより高いものと認められる。
ア Bは,本件降雨後マノリス号に乗船したが,魚粉の袋の間を通り抜けて雨水が第4船
艙中甲板船艙の底部に達した可能性があるとの印象を受けた,同船艙から荷揚げされた
貨物のうちの15~20袋がひどく濡れていて,うち3~4袋にはうじ虫が認められた,また,
第2船艙と第3船艙のハッチカバーも迅速に閉鎖されなかったため,両船艙内の貨物も雨
によって濡れた(又は湿った)と聞いた旨を陳述書(甲26の1,甲59)において述べてい
る。
 グアヤキル港における本件降雨の午後5時から午後6時35分までの降雨量は8.9㎜で
あり(甲25,29,68の1,2),この間平均的な強さで降雨があったとすると,第4船艙のハ
ッチがハッチカバーの故障により開いていた約45分間の降雨量は約4.2㎜となる。これ
は並程度の降雨量であり(甲27),トランスオセアニカが当時作成した事実記録(甲4)にお
いてはRAINSHOWER(にわか雨)と表現されている。そして,第4船艙のハッチは幅11
m,長さ13mの長方形(甲30,52,53)であり,その約半分が降雨時に開口していたの
であるから,開口部の面積を71.5㎡とすると,45分間に開口部から船艙内に入った雨の
量は約0.3â(約300㎏)となる。
 本件船積貨物のうちの袋詰魚粉の包装は,ポリプロピレン製の編み袋であるが,積み重
ねられた魚粉入りの袋に水を噴霧した場合,袋の表面に付着している魚粉に含まれる脂
肪分のために雨水が袋の表面を流れ,袋と袋の隙間を伝って順次下段の袋に雨水が達
し,袋に編み目の緩み,破れやくぼみがあると,そこに水がたまり,袋の内部に水分が浸
透しやすいことが認められる。すなわち,袋に水が付着しても,直ちに内部に水分が浸透
するわけではなく,むしろ相当部分は袋の表面を伝って流れ落ちる。
 そして,第4船艙中甲板船艙からは雨濡れしたとして最上部から3段程度鹿島向けインテ
グラル1119袋が荷揚げされているが,第4船艙のハッチカバーが開いていた間に同船艙
内に降り込んだ雨量を考えれば,袋の状態や積付けの状態にもよるが,4段目以下の貨
物の袋にまで雨水が達し,袋内部に水分が浸透する可能性は十分に存在するし,第4船
艙中甲板船艙には十字状に幅約30㎝の通風溝が設けられていたから,通風溝に降り込
んだ雨水が通風溝に接する貨物を濡らしたり,中甲板船艙の底部に達したという可能性も
当然に存在する。
 (甲63の1,甲75,77,78,88,乙7)
 ところで,Bの陳述(甲26の1,59)によると,同人は雨濡れの貨物の存在を認識し,こ
れをマノリス号に積み込むべきではないと考えていたというのに,船主側の依頼に基づい
て発行されたインテグラル300tに係る証明書にはその旨の記載はなく,結果としてこれが
マノリス号に再積付けされている点は不可解といえなくもない。しかし,前記のとおり,上記
証明書には通常のEDSの船積前証明書とは異なる文言が記載されていることに照らせ
ば,上記陳述が信用できないとまではいえない。このほか,第4船艙中甲板船艙及び下部
船艙から荷揚げされた8834袋(440t)のうちから水濡れした少量の袋が取り除かれてい
ることも,再船積貨物中に雨濡れした貨物が含まれている可能性を示唆するものである。
 また,上記300tの検査結果は,水分及び脂肪の含有率,抗酸化濃度ともIMDGコードク
ラス9の要求値を満たしていたのであるが,前記のとおり,発熱を生じさせるためには1袋
全体の水分含有率が20%に達している必要はなく,1袋のうちのある程度の量(数㎏)の
魚粉の塊においてそのような数値に達していれば足りるのであるから,検査結果がクラス
9の要求値を満たしていたからといって,発熱を引き起こすおそれがなかったとはいえな
い。
 以上によれば,第4船艙中甲板船艙内に雨が降り込んだことにより,上記1119袋以外
にも発熱を引き起こす程度に濡れた貨物が相当数存在していたとの可能性は十分に存在
する。
 また,本件降雨により第4船艙中甲板船艙底部や荷敷板に雨水が達した可能性がある
が,同船艙内の水分を拭き取るなどして同船艙内を乾燥させる措置が執られたような事情
もうかがわれないから,同船艙内の湿度は高かったものと推認され,平成元年4月20日
午後5時45分から同月21日午後3時25分ころまでの約22時間,第4船艙のハッチカバ
ーが閉鎖された状態にあったから,その間に第4船艙中甲板船艙内の貨物が水分を吸収
した可能性もある。
イ 本件船積貨物の発熱現象は,雨水が降り込んだ第4船艙中甲板船艙及び再船積貨物
が積み付けられた第2船艙中甲板船艙で発生している一方で,再船積貨物が積み付けら
れなかった第3船艙中甲板船艙では発生していない。一審被告は,再船積貨物は第1船
艙上部中甲板船艙最上部にも積み付けられている(鹿島インテグラル600袋,29t)のに,
同所では発熱が生じていないと主張するが,再船積貨物が同船艙に積み付けられたかど
うかは証拠上明らかではないし,再船積貨物すべてが発熱を起こすほどに濡れていたとも
限らず,仮に第1船艙上部中甲板船艙に積み付けられたとしても,その数は少量であるこ
とに照らすと,このことをもって再船積貨物に雨濡れしたものがなかったとすることの根拠と
なるものではない。
 また,一審被告は,熱は上方へ伝わることを根拠に,第2船艙中甲板船艙左舷部におけ
る発熱源は再船積貨物が積み付けられた箇所(名古屋向けインテグラル)よりも下の鹿児
島向け貨物であると主張し,証人Dの証言及び陳述書(乙8の1,2,乙14)及びFの報告
書(乙16)においてもこれに沿う証言及び陳述があることが認められるが,鹿児島向け貨
物の4~5段に焦損は及んでいなかったものと考えられる(前記2(6)イ)上,同船艙にはハ
ッチ・コーミングの最上部から30から50㎝下の高さまで約30段にわたってぎっしりと積み
付けられていたのであって,Gの報告書(甲63の1,甲72)に記述があるように,このよう
な場合,発熱源に接した部分から上方ばかりでなく下方へも順次熱が伝わるものと考えら
れるから,再積付貨物が発熱源であったとしても矛盾はないと考えられる。
 以上のように,中甲板船艙における発熱箇所と雨濡れした可能性のある再積付貨物の
積付場所との間には,有意な関係があるということができる。
 さらに,第2船艙及び第3船艙の各下部船艙においては,袋詰魚粉とばら積み魚粉との
境目を中心として発熱による損傷が生じているが,本件降雨当時,両船艙においてはばら
積み魚粉の積込みが終了し,このうち第2船艙においては一部袋詰魚粉の積付けが始ま
っていた状況にあった上,上記損傷箇所は概ね両船艙の艙口の真下であると推認される
(乙11の5)ことからすると,上記のような発熱による損傷状況は,具体性には欠けるもの
の,本件降雨の際に両船艙のハッチカバーの閉鎖が遅れ,両船艙内の貨物が雨で濡れた
とするBの陳述にも符合している。
 なお,Dも,同人作成に係るパーフェクト・ランバート・アンド・カンパニーの報告書(乙13)
においては,中甲板船艙の発熱の原因としては水濡れが最もあり得る原因であると結論
付けていたにもかかわらず,その後特段の理由なく上記のとおり見解を変更したものであ
る(証人D)。しかも,同人は,第2,第3船艙下部船艙の熱損については,乙8の1の陳述
書でも水分過剰の可能性を指摘しているところである。また,Fも,甲75の報告書では,相
当に水濡れした幾らかの袋がサンプルから外れた可能性を完全に除去することはできな
いと述べているのである。
ウ 証人Cは,本件降雨後,マノリス号に乗船して第4船艙の貨物検査を行った際,積荷の
表面に一面に魚粉のほこりが付着しており,船首側半分の最上部の貨物上部には雨のし
み跡があったが,船尾側半分の積荷及び下の積荷には雨のしみ跡はなかったと証言及び
陳述(乙7)しており,Aも雨濡れしたおそれのある袋はすべて取り除かれたと陳述書(乙1
2)で述べている。しかし,4段目以下の積荷や船艙底部に雨水が達する可能性も当然に
考えられることは前記のとおりであり,視認による検査では袋の外観から雨濡れの有無・
程度を判断することは困難である(甲75)から,上記の証言及び陳述は採用することはで
きない。
 そして,本件船積貨物の発熱の原因が抗酸化剤処理が不十分であったことを積極的に
裏付ける証拠はない。
(3) さらに,再船積貨物は約440tであるのに対し,EDSの上記検査はインテグラル300t
を対象としていることからすれば,残りの約140tはインテグラル貨物ではなく,インペカ又
はインデマル貨物であった可能性も考えられないではなく,いずれにせよこの約140tに対
応する本件降雨後の検査証明書は存在しておらず,検査がされたかどうかも明らかでな
い。さらに,前記のとおり,第2船艙中甲板船艙には,EMPRESAPESQUERAPOLARS.A
と記された袋詰魚粉が積まれており,この貨物が別件貨物に属さない貨物である可能性も
あるが(乙13),そうとすれば,これが船積み前に検査されたことをうかがわせる証拠は全
くない。
 したがって,これらの魚粉がIMDGコードクラス9の要件を満たしていたかどうかも疑問が
ある。また,上記のとおり,別件貨物すべてについてIMDGコードクラス9の要件を満たす
正規の船積前証明書が添付されていたかどうかについても疑問が残る。
(4) 以上によれば,本件貨物に生じた煙損,発熱・固化損及び焦損は,IMDGコードクラス
9の要件を満たした証明書が添付されている貨物について抗酸化剤処理が不十分であっ
たことにより生じたものと認めるには足りず,むしろ,本件船積貨物が本件降雨によって濡
れたことが原因である可能性がより高いものと認められるから,ヘーグ規則4条2項(m)の
免責事由に該当するものということはできない。そして,本件船積貨物の雨濡れが上記損
害の原因であるとすれば,IMDGコードに照らし,そのような貨物を積み込んだことについ
て一審被告に過失があることは明らかであるし,また,本件貨物以外の本件船積貨物すべ
てがIMDGコードクラス9の要件を満たしていたかについても疑問が残るのであるから,同
項(q)の免責事由にも該当するものと認めることもできない。
(5) 次に,本件貨物に生じた濡れ損及びかび損の原因について検討する。 
 第4船艙中甲板船艙に積み付けられていた本件貨物三に生じた濡れ損及びかび損は,
同船艙内に雨が降り込んだことにより湿度が上昇したことに加えて,発熱を抑えるために
同船艙内に継続的に注入された炭酸ガスにより船艙内の空気中の水分が凝結したことが
原因である可能性が強い(乙8の1,2,14)。したがって,上記(4)と同様に,ヘーグ規則4
条2項(q)の免責事由に該当するものと認めることはできない。
次に,第1船艙から第4船艙までの各下部船艙に積み付けられていた本件貨物四及び五
に生じたかび損については,これらが船側で多く発生していること,かび損が発熱の起こっ
ていない第1船艙及び第4船艙の各下部船艙内でも生じていることからすると,これらのか
び損は,船艙内の水分を含んだ温かい空気が海水によって冷却され,結露が生じたことが
主な原因と認められる(甲29,乙16)。
 ところで,SGSによる魚粉の積付けに関するガイドラインでは,袋詰魚粉に関しては,袋
は隔壁,船側,船殻と中甲板の底から貨物用当て木又は荷敷板を用いていずれも約15㎝
離さなければならないこと,貨物の中に通風路を設けること等を推奨している(甲29,甲6
3の1)。そして,イードン・リディアード・アンド・ヴィンス・カンパニー・リミテッドの報告書(甲
29)及びGの報告書(甲63の1)によれば,上記かび損は適切な通風換気を怠ったことが
原因であると指摘している。しかし,IMDGコードではクラス9の魚粉の積付け方法として,
ブロック積付けが許容され,特別の通風換気は不要であるとされている(甲24)。そして,
ばら積み魚粉については,SGSの上記ガイドラインにおいても通風溝の確保を要求してい
ないが,本件においてはばら積み魚粉についてもかび損が発生していることも勘案すれ
ば,各下部船艙の貨物の積付け方法が不適切であったということはできない(乙1,8の
1,2,乙9,16)。さらに,航海中船艙内は機械による換気が行われていたものと認めら
れ,通風換気の方法について不適切な点があったことも特にうかがわれない(乙8の2,乙
12)。
 以上によれば,本件貨物四及び五に生じたかび損については,一審被告に過失がなか
ったものとして,ヘーグ規則4条2項(q)の免責事由に該当するものと認めるのが相当であ
る。
 4 不足ないし不着損害について
 送り状及び船荷証券に記載された本件貨物一から三までの数量は合計3万1395袋,
重量は合計1575tであり,本件貨物四及び五の数量は合計6万5124袋,重量合計は3
150tである。これに対して,本件貨物一から三までについて鹿島での荷揚げ時に計測し
た結果は,3万1395袋,総重量1540.909t,正味重量1534.651tであり,本件貨物
四及び五について鹿児島での荷揚げ時に計測した結果は,6万5163袋,総重量3094.
154t,正味重量3081.122tであったから,送り状及び船荷証券の記載と比べ,本件貨
物一から三までについては,袋数は同数であるが,総重量において34.091t少ないこと,
本件貨物四及び五については,袋数は39袋多く,総重量において55.846t少ないことが
認められる。また,本件貨物一から三までについては97袋,本件貨物四及び五について
は236袋に袋の破れが認められた。
(甲5から9まで,16から21まで,乙11の3,乙13)
 そして,1袋当たりの重量は50㎏前後であるから,袋が破れたために流出した魚粉の量
は,本件貨物一から三までについては最大限4.85t(50㎏×97袋)程度,本件貨物四及
び五については最大限11.80t(50㎏×236袋)程度にすぎない。そして,上記の総重量
の差は,全体の2%程度にすぎないことからすれば,これは,主として発熱により水分等が
蒸発して軽量化したことにより生じたものと考えられ,破れた袋から内容物が逸失した分が
含まれる可能性も否定できないものの,証拠上これを認めるに足りない。
 したがって,本件貨物について不足及び不着があったことを認めるに足りない。
 5 損害額について
 以上によれば,一審被告は,ヘーグ規則2条,3条1項,2項本文により,本件運送契約
に基づく債務不履行責任として,三菱商事に対し,前記2(7)のうちイのかび損を除いた損
害についてその賠償義務を負うものであり,その全損換算数量は,813.682tである。そ
して,当時における魚粉の1t当たりの市場価格は7万7000円を下回らない(甲16,70,
71の1から8まで)から,上記損害の額は6265万3514円(813.682×77,000)となる。
 また,三菱商事は,本件損害について鑑定費用として60万円を支払った(甲76)が,こ
れも一審被告の債務不履行と相当因果関係を有する損害と認められる。
なお,一審原告は,本訴の提起,追行に要した弁護士費用も損害として請求する。しか
し,前記の認定判断に照らすと,本件損害の発生について一審被告にヘーグ規則所定の
免責事由が認められないというにとどまり,進んで本件損害が一審被告の過失によって生
じたと認めるには足りず,一審被告の不法行為責任を肯定するには不十分であることから
も,上記弁護士費用は一審被告の債務不履行と相当因果関係のある損害と認めることは
できない。
したがって,一審被告には,一審原告に対し,上記損害額の合計6325万3514円及び
これに対する本件訴状が一審被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかな平
成8年7月31日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払
義務がある。
第4 結論
 以上によれば,原判決は一部失当であるから,上記の判断に従ってこれを変更すること
とし,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第15民事部
     裁判長裁判官  近 藤 崇 晴
       裁判官  宇田川   基
       裁判官  加 藤 正 男

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