弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 別紙一記載の水道メーター(口径二〇ミリメートル)購入契約に関する平成四
年度分及び平成五年度分の見積予定価格調書並びに平成六年度分から平成八年度分
までの入札予定価格調書についての原告の公開請求に対し被告が平成九年三月二一
日付け水契第三〇九号の通知書をもってした非公開決定を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
       事実及び理由
第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
一 横浜市は指名競争入札又は随意契約の方法で水道メーター製造業者から水道メ
ーターを購入しているところ、右事務の管理をしている被告が平成四年度から平成
八年度までに締結した水道メーター購入契約に係る予定価格を記載した「予定価格
調書」について、原告は、横浜市公文書の公開等に関する条例に基づき、公開請求
をした。これに対し、被告は、これを公開した場合、指名業者が応札価格の参考に
するなど、横浜市が今後行う契約締結事務の公正若しくは円滑な執行に著しい支障
が生じるなどとして、これを非公開とする決定をした。そこで、原告が右決定の取
消しを求めた。これが、本件事案の概要である。
二 争いのない事実等(末尾に証拠等の記載のないものは当事者間に争いがない事
実である。証拠の記載のあるものは、主に当該証拠により認定した事実である。)
1 当事者
 原告は、横浜市公文書の公開等に関する条例(以下「公開条例」という。)五条
一号の「市の区域内に住所を有する者」であり、同条例二条一号の「実施機関」に
対し公文書の公開を請求することができる。
 被告は、同条例二条一号の「実施機関」の一つである。
2 横浜市による水道メーター購入契約
 横浜市(以下「市」ということがある。)は、口径二〇ミリメートルの水道メー
ター(以下「本件水道メーター」という。)について、別紙一のとおり、平成四年
度及び平成五年度は随意契約の方法により、平成六年度から平成八年度までは指名
競争入札の方法により、これを購入する旨の契約を締結した。
3 本件公開請求
 2の購入契約のうち、平成四年度及び平成五年度に締結した随意契約に係る予定
価格を記載した「見積予定価格調書」並びに平成六年度から平成八年度までの間に
実施した指名競争入札に係る予定価格を記載した「入札予定価格調書」(以下、こ
れらの価格を併せて「本件予定価格」と、これらの調書を併せて「本件予定価格調
書」という。)について、その契約事務の管理者として右調書を保管している被告
に対し、原告は、公開条例に基づき、平成九年三月七日、その公開を請求した(以
下「本件公開請求」という。)。
4 本件非公開決定
 被告は、本件公開請求について、平成九年三月二一日付けで、本件予定価格調書
を非公開とする決定(以下「本件非公開決定」という。)をし、そのころ、その旨
を原告に通知した。非公開とする理由は、「本件予定価格調書を公開することによ
り、指名業者が応札金額の参考にするなど、横浜市が今後行う契約締結事務の公正
若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあり、また情報を得た者と得て
いない者との間に不公平が生じ、特定の者に対し明らかに利益又は不利益を与える
おそれがあると認められ、公開条例九条一項六号に該当する。」というものであっ
た。
5 本件予定価格調書の内容に関する事実等
(一) 市の水道メーター購入契約に関する仕組みと予定価格
(1) 地方自治法の規定と予定価格
 地方自治法二三四条一項は、「地方公共団体の締結する売買その他の契約は、競
争入札、随意契約等の方法により締結する」ものとし、同条三項は、「競争入札に
付する場合、政令の定めるところにより、契約の目的に応じ、予定価格の制限の範
囲内で最高又は最低の価格をもって申込みをした者を契約の相手方とする」旨を規
定する。したがって、地方公共団体が物品購入契約を締結する場合においては、
「予定価格」は、契約金額の上限を画する意味を持つ。
(2) 規程と予定価格調書
 横浜市水道局の契約事務については、地方自治法及び地方自治法施行令その他別
に定めるものを除くほか、横浜市水道局契約規程(以下「規程」という。乙九)に
従うことと定められている(規程一条・二条)。そして、規程三条一項は、競争入
札における予定価格に関し、「予定価格は、入札に付する事項の価格の総額につい
て定めなければならない。」とし、規程一四条は、「水道事業管理者等は、予定価
格を記載した予定価格調書を作成して封書にし、開札の際、開札場所に備えなけれ
ばならない。」とする。また、規程二六条は、「随意契約の場合にも、規程一三条
に準じて予定価格を定めなければならないとした上、原則として予定価格調書を作
成しなければならない。」旨を定めている。
 被告は、規程に基づき、競争入札の予定価格は「入札予定価格調書」に、随意契
約の予定価格は「見積予定価格調書」にそれぞれ記載する扱いをしている。入札予
定価格調書には、入札の件名、入札日、入札予定価格及び入札書比較価格が記載さ
れ、最低制限価格の定めがある場合、その価格及び入札書比較価格が記載される
(この段の事実につき、乙一)。
(二) 水道メーターの性質
 水道メーターは、計量法二条四項及び同法施行令二条に定める「特定計量器」の
一つであり、上水道、工業用水道等の配水管又は給水管中の流水量を計量する目的
で用いられるものである(弁論の全趣旨)。水道メーターには検定に合格し検定証
印を付さなければならないが、その検定証印の有効期間(八年)を経過した水道メ
ーターは法定の計量には使用してはならない(同法一六条一項三号、七二条一項・
二項、同法施行令一八条)。
(三) 水道メーターの種類とその契約内容(対象)からの分類
 水道メーターは、口径にいくつもの種類があり、普通型(計測部分と表示部分が
一体となっているもの)とリモートタイプ型(表示部分が計測部分から離れている
もの)の一体・分離型からする区別がある。
 さらに、被告が市の契約事務者として(以下、「市の契約事務者として」という
点は省略する。)水道メーターを製造業者から購入する契約には、内容(対象)か
ら区分した次のような契約類型がある。
① 新品水道メーターの購入契約(別紙一の「種別」欄では「新」と表示されてい
る。以下「新型類型」という。)
② 使用済みの水道メーターと新品の水道メーターの交換契約(水道メーターの全
部を交換するもの。別紙同欄では「A」と表示されている。以下「A型類型」とい
う。)
③ 使用済みの水道メーターと新品の水道メーターの内部一式を交換する契約(別
紙同欄では「B」と表示されている。以下「B型類型」という。なお、平成八年度
からは「B」型と仕様の若干異なる「B2」型が加わった。これは別紙同欄では
「B2」と表示されている。)
の三類型がある。
 そして、一体・分離型の区別によるリモートタイプのものについての契約類型は
事実上A型類型しかない。別紙一の種別欄で「リモート」と表示されているのは、
リモートタイプのもので契約類型は全部を新品のものと交換するA類型のものとい
う意味であり、同欄の「新」「A」「B」とあるのは、一体タイプ(普通型)のも
ので対象面での契約類型が右①から③に記載の内容のものであることを意味する。
(四) 相手方及び金額確定方法からの契約類型(これまでの契約の類型)
(1) 口径二〇ミリメートルの本件水道メーターと同一のものについて、被告に
よるその購入相手と金額の決定方法は、平成四年度以前は、いわゆる「単価同調方
式」によっていた。その内容は次のようなものである。
 原則として入札を年度当初に一回のみ行い、年度中の納入数量は確定せずに、指
名業者から単価だけの見積りを出させ、水道メーターの全口径及び全契約対象ごと
に予定価格の範囲内で最低の納入単価の見積りを提出した者を契約者とする。最低
の見積価格を提出できなかった者のうち、契約業者となった者に同調した者を同じ
く契約者とする。各業者への発注数量は、前年実績により市水道局において割り振
る。
(2) 平成五年度は、本件水道メーターを含む口径一三ミリメートルから二五ミ
リメートルまでの小径の水道メーターについては、見積り合わせをした日には最低
の見積りを提示したものと契約し、他の業者とは後日個別交渉を行うこととなっ
た。これは、単価同調方式(被告だけに限らない。)に対し、公正取引委員会の指
摘及び自治省財政局公営企業第二課長から改善指導が出されたことを契機としたも
のである。
(3) 平成六年度からは、口径一三ミリメートル以外の水道メーター(本件水道
メーターを含む。)については、年間の発注数量を四期に分け、概算数量による指
名競争入札を実施し、その参加者は、被告が資格要件を満たす登録業者の中から指
名するものとされた。
(4) 平成八年度からは、年間の購入数量の多い口径、種別の水道メーターにつ
いては、適正な在庫を確保するため毎月入札を行うこととし、また、あらかじめ発
注数量を確定し、その総価により入札を行う「総価契約方式」が導入された。
(5) 平成九年度からは、入札の四〇日前に横浜市の公報により指名競争入札の
実施を公告すると同時に登録業者の指名を行うとともに、指名されなかった業者も
入札参加基準を満たす場合には、入札に参加し得ることとした(公表型指名競争入
札)。これは、公正取引委員会が平成九年三月にグループ別指名競争入札に対し抜
本的改善を指導したことが契機となったものである。(以上について、乙二)
(五) 契約価格(単価)
 平成四年三月三一日から平成九年四月二五日までに実施された随意契約又は指名
競争入札に係る本件水道メーターの契約単価(契約単価又は落札単価)の推移は、
別紙二のとおりである。
 なお、平成九年四月二五日に行われた入札においては、本件水道メーターについ
ては、三回の入札を繰り返しても、予定価格を下回る価格で入札した業者がない
(「不調」という。)ため、市は、三回目の入札で最も低い価格で入札した業者と
の間で随意契約を締結した。
三 争点及び当事者の主張
1 争点
 本件の主な争点は、本件予定価格調書(本件予定価格)の事後公表が公開条例九
条一項六号の非公開事由(「将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著
しい支障が生ずる」又は「特定のものに明らかに利益若しくは不利益を与える」)
に該当するか、具体的には、①本件予定価格の公表により、将来の予定価格の推測
が容易となり、また、談合を助長ないし誘発するといえるか、②本件予定価格の公
表を受けた者と受けなかった者との間で、また公表の時期いかんにより、不公平が
生じるかである。
 これらについての当事者双方の主張は、以下のとおりである。
2 被告の主張
(一) 予定価格公表による弊害
(1) 予定価格を事前に公開した場合、各業者は、落札可能な積算の目安を入手
する結果、業務の効率化、経費の縮減を図るなど、価格競争を勝ち抜くための企業
努力をしなくなる。また、そうした場合には、予定価格直下の高値に入札が集中
し、ひいては談合の誘因にもなる。これが入札の公正及び経済性を損なうことは明
らかである。
 さらに、事後公開した場合にも、次のような弊害が生じる。すなわち、水道メー
ターの需要は、ほとんどが自治体の水道事業者に限られるため、事後公開価格と他
の自治体の水道事業者の購入価格等に従って修正を施すことにより、次回の予定価
格を正確に推定することができる。その結果、競争原理が働かなくなる。
 特に、水道メーターには、検定証印の有効期間があるため、各自治体の水道事業
者において、常に適正量の在庫を確保しておく必要があるから、業者は、その発注
時期、種類、数量等を推測することが容易である。
 このように、予定価格を事後公表した場合、これを事前公表した場合と同様に、
談合誘発のおそれが大きく、入札の公正な執行が損なわれる。
(2) また、予定価格を事後公表した場合、情報公開制度を利用した業者のみが
積算の目安を入手することになり、これを利用しなかった者との間で不公平が生じ
る。情報公開制度を利用する機会は平等に与えられているとはいえ、実際にこれを
いつ利用したかどうかによって、不公平な事態が生じることは否定できない。
(3) 以上のことから、本件予定価格調書は、公開条例九条一項六号の非公開事
由に当たる。
(二) 原告の主張に対する反論
(1) 平成九年度の落札価格の下落について
 原告は、平成九年度の入札において、本件水道メーターについての落札価格及び
予定価格が大幅に下落していることから、それ以前の予定価格(本件予定価格)
は、将来の予定価格を推測する上で参考にはならず、これを公表することに弊害は
ないとする。
 しかし、平成九年度の落札価格の下落は一時的なものである。すなわち、平成八
年一一月に、東京都の水道メーターの談合事件について公正取引委員会による告発
するという方針が新聞報道されたことから、平成九年度において、業者の多くが、
指名停止処分により受注の機会が減ることを懸念し、受注確保を優先して採算を度
外視した低価格での入札に走った結果、一時的に落札価格が下落した。さらに全国
の自治体で多くの指名業者が長期間の指名停止処分を受けるに至ったため、全国的
に落札価格の下落の傾向が進んだ。そして、これに連動して、平成九年度の入札に
おいて予定価格も引き下げられたのである。
 このように、平成九年度の落札価格は、採算割れの異常価格であり、そのような
価格動向が今後も続くとは考えられず、将来、再び落札価格が上昇し、予定価格の
見直しが図られることが予想される。したがって、平成八年度以前の価格も将来の
予定価格の参考になり得るのであり、これを公開した場合には前述のような弊害が
生じる。
(2) 事後公表の政府方針について
 原告は、予定価格の事後公表を推進する政府方針が確立しているとする。
 しかし、これは建設工事に関するものであって、物品購入に関するものではな
い。水道メーターは、構成部品や材料に大差がなく、同一仕様品が大量製造される
ものであり、一件ごとに工事の内容、条件等が異なる建設工事とは同列には論じら
れない。
 また、政府方針は、事後公表の具体的方法について今後十分な検討がされること
を前提とするものであるから、そのような方法が明確に示されていない現時点にお
いて、直ちに事後公表を実施することはできない。
3 原告の主張
(一) 本件予定価格公表による弊害の不存在について
(1) 将来の予定価格の予測可能性の不存在
 被告は、「本件予定価格を公表した場合、将来の予定価格を推測することが可能
になり、また、入札価格が予定価格直下に集中し、談合を誘発する。」旨を主張す
る。
 しかし、本件予定価格は、不当に高額に設定されたもので、適正価格とは程遠い
から、将来の予定価格の参考となるものではない。
 平成九年四月二五日に行われた本件水道メーター購入契約は入札不調後に随意契
約で締結されたものであるから、その契約単価は、その入札時の予定価格に近似し
ていると考えられる。そして、その契約単価は、別紙二のとおりそれ以前のものに
比べて格段に低い。したがって、右入札における予定価格は、平成八年度以前の予
定価格(本件予定価格)と比べ約三割も低額に設定されていたことになる。右入札
において落札価格の下落が生じたのは、平成九年二月四日に公正取引委員会が東京
都の水道メーター談合事件を摘発し、指名停止処分をしたため、談合が行われなく
なった結果である。被告も、このことを自覚していたからこそ、平成九年度の入札
において、従来の予定価格を見直し、これを引き下げたものと考えられる。
(2) 談合の誘発との無関係
 談合が成立している場合、落札予定者(いわゆる「本命」)が他の入札参加者よ
り低く、かつ予定価格を上回る価格で入札すれば、不調により随意契約に移行し、
結局予定価格のレベルで契約が可能となるから、そもそも、予定価格を公表するか
どうかは、談合の成否とは無関係である。
(二) 平等違反について
 被告は、本件予定価格調書を公表すると、その公表を受けた者と受けなかった者
との間で不公平が生じるとする。
 しかし、公文書公開の機会は、すべての請求者に公平に与えられているから、公
開を受けた者のみが不当に有利に扱われるとはいえない。右のような理由で公文書
を非公開とし得るとすれば、被告自身が自発的に公開する場合や、請求者全員が一
斉に公開する場合のほかは、およそ公開を拒否できることになり、公文書公開制度
はその存在意義を失う。
(三) 国、自治体の事後公表の方針
(1) 政府、国の方針
 行政改革委員会は、平成九年一二月一二日付けの最終意見書の中で、公共工事の
予定価格の事後公表を積極的に推進すべきであると述べ、同月二〇日付けの閣議決
定「規制緩和の推進等について」は、右「最終意見書」を尊重し、施策を実施に移
すと述べている。
 中央建設業審議会基本問題研究会第一分科会の平成九年一二月二日付け報告書
も、同様の方針を示した。さらに、同審議会は、平成一〇年二月四日付けで「建設
市場の構造に対応した今後の建設業の目指すべき方向について」の建議を提出し、
建設省は、これを受けて、建設省直轄工事について予定価格の事後公表を実施して
いる。
(2) 自治体の動向
 埼玉県がその公共工事の予定価格等の事後公表の方針を発表したのを皮切りに、
平成一〇年五月までに二〇都道府県が同様の方針を明らかにした。
 このように、国、自治体の予定価格の事後公表の方針は、検討段階からすでに実
施の段階に入っている。
(3) 被告は、右方針は建設工事に関するもので、物品購入契約の場合、これと
同一には論じられないとする。しかし、水道メーターのような工業製品の方が建設
工事よりも原価計算が容易であるから、予定価格の推測も容易である。したがっ
て、むしろ、建設工事の場合よりも予定価格を秘密にする理由は乏しいともいえ、
被告の主張は理由がない。
第三 争点に対する判断(証拠により事実を認定する場合は、主な証拠を適宜事実
の前後に略記する。)
一 公開条例九条一項六号の意義
 公開条例(甲二八)九条一項六号は、公開請求に係る公文書に、「市又は国等が
行う…契約…その他の事務事業に関する情報であって、公開することにより、」
「特定のものに明らかに利益若しくは不利益を与えると認められるもの」、「当該
事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が
生ずると認められるもの」に該当する情報が記載されているときは、当該公文書の
公開をしないことができると規定する。右のような規定の文言及び公開条例一条、
三条、五条等が公文書の公開を求める市民の権利を十分に尊重する旨を規定してい
ること等からみて、右非公開事由に当たるといえるためには、右のような要件に該
当する事実が客観的に認められる場合でなければならないのは、もとより当然のこ
とといわなければならない。
 本件予定価格調書が公開条例にいう公文書に当たることは異論がないから、次
に、右調書に右のような非公開事由に当たる情報があるかどうかについて、以下に
検討する。
二 将来の同種事務への支障の有無
1 将来の予定価格の推測可能性の有無
 被告は、本件予定価格調書を公開した場合、これを参考に将来の入札等における
予定価格を高い精度で推測することが可能となると主張する。
 しかし、以下のように、本件予定価格は、そもそも、将来(平成九年度以降)の
予定価格の精度の高い参考資料となるものではなく、また、その公表により将来
(右同)の予定価格の推測の精度が高まるということもできない。
(一) 予定価格の水準の変化
(1) 平成九年四月二五日における変化
 前記「争いのない事実等」の欄に記載のとおり、平成四年度から平成八年度まで
の本件水道メーターの一体タイプ(普通タイプ)の契約単価(落札価格の単価)
は、別紙二のとおり、新型類型のものは概ね八〇〇〇円台、A型類型のものは七〇
〇〇円台、B型類型のものは四〇〇〇円台(平成八年度のB2型類型のものは三六
〇〇円から四三九〇円)であり、右各年度に実施された入札の予定価格(本件予定
価格)が右契約単価を上回る金額であることは制度の仕組上明らかである。
 これに対し、前記のとおり本件水道メーターについて平成九年四月二五日になさ
れた入札は不調となったところ、その場合における再々入札における最も低い申込
価格(単価)は、新型類型が五九〇〇円、A型類型が五八一五円、B型類型が三四
二〇円、B2型類型が三五八○円であり、これらについては入札の際に最も低い価
格を申し出た者との間で随意契約がなされた(この場合に随意契約が可能なこと
は、地方自治法施行令一六七条の二第一項六号)。そして、その随意契約における
単価は、新型類型が五二〇〇円、A型類型が五〇〇〇円、B型類型が三〇〇〇円、
B2型類型が二七〇〇円である。したがって、右随意契約時の見積予定価格(単
価)あるいは不調に終わった入札における入札予定価格は、随意契約に係る契約単
価と同額かこれを若干上回る程度の価格であるはずであるから、それだけ平成八年
度の予定価格より下げられていた(下げられたこと自体は被告において自認してい
る。)ことが推測される。
 そうすると、平成九年度に入ってから、右各類型の予定価格が三割程度引き下げ
られたということができる。
(2) 平成九年六月以降の水準
 また、証拠(乙八の二ないし一三)によれば、平成九年六月二五日から平成一〇
年三月一一日までに実施された入札における本件水道メーター(口径二〇ミリメー
トル)の新型類型のものの契約単価は、別紙三のとおり、平成九年八月までは三〇
〇〇円台で、同年一一月からはほぼ二〇〇〇円台に下落し、そのままの価格水準で
推移していることが認められる。
(3) (1)(2)の特殊性の有無
 ところで、証拠(甲六、乙二の四頁、弁論の全趣旨)によれば、公正取引委員会
は、平成九年二月四日、東京都の発注に係る水道メーターの談合事件について刑事
告発を行い、これに伴い、東京都は、指名業者二四社に対し、同年八月まで指名停
止処分をしたこと、横浜市においても、刑事告発を受けた指名業者二二社のうち二
〇社を同年五月三日まで指名停止処分にしたこと、東京都のほか、大阪市、川崎市
において、指名停止処分解除後の入札において落札価格が前年度に比べ三、四割か
ら半額以下にまで下落している例があること、以上の事実が認められる。
 被告は、後記(三)(1)の冒頭にあるとおり、指名停止処分の影響で受注の機
会が減ることを懸念した業者(東京の入札に参加している業者がかなり横浜の入札
にも参加している。)が採算を度外視した価格で入札を行ったため、一時的に落札
価格が下落し、これに合わせて予定価格が引き下げられた旨を主張する。しかし、
入札価格が低くても、予定価格の範囲内で最も低い価格を申出た者が落札するだけ
のことであるから、適正な価格であるはずの予定価格をあえて下げる必要はないは
ずである。したがって、被告の右主張は不可解である。(1)(2)の事実及び右
のような事実を総合すると、被告自身が、右談合事件の摘発を契機として、それま
での予定価格の水準を見直し、平成九年四月二五日の入札からこれを引き下げたも
のと窺われるところである。したがって、予定価格について、平成九年度以降の
(1)(2)のような価格が異常値で、いずれそれが平成八年度以前のものに戻る
といったことを認めることはできないのであり、他にこれを認めるに足りる的確な
証拠はない。
(二) 結論
 このように、平成九年度から予定価格は大幅に引き下げられ、平成一〇年度に入
っても、落札価格が依然低迷傾向にあり、かつ、それが異常値と認めるに足りる証
拠がないことからすると、少なくとも平成八年度以前の予定価格は、ここしばらく
の将来の入札における予定価格を推測する精度の高い参考資料にはならないと解す
るのが相当である。
(三) 被告の主張等について
(1) 被告は、平成九年度において、指名停止処分の影響で受注の機会が減るこ
とを懸念した業者が採算を度外視した価格で入札を行ったため、一時的に落札価格
が下落し、これに合わせて予定価格が引き下げられたに過ぎず、将来、再び予定価
格が引き上げられることも予想されるから、本件予定価格が将来の予定価格を推測
するための参考とされるおそれがないとはいえないと主張する。
 しかし、平成九年度の入札において予定価格そのものの見直しが行われているこ
と(平成九年度の落札価格の下落が一時的なもので、いずれ元の水準まで回復する
ことが予想されるとすれば、予定価格そのものを引き下げる必要はないといえ
る。)、平成一〇年度に入ってからも、落札価格が上昇する兆候はなく、かえって
下落ないし低迷状態にあることからすれば、今後、少なくとも、本件予定価格が参
考となり得る程度にまで予定価格の水準が引き上げられるとは予想し難いというべ
きである。
 なお、証拠(乙二・六)によれば、横浜市内の水道メーター製造業者には、平成
九年度の落札価格の下落の影響で、会社の解散や右事業からの撤退を余儀なくされ
た者も存することが窺えるが、このことから、直ちに平成九年度の価格状況が異常
なものであるとはいえない。
 よって、被告の主張は採用することができない。
(2) また、横浜市水道局管財部契約課長作成の報告書(乙二)には、本件予定
価格が現在の価格水準とかけ離れているとはいっても、予定価格の数値から積算評
価の概略を把握することが可能であるから、これを現在の価格状況に当てはめるこ
とによって、予定価格の推測が可能になるとの記載部分がある。
 しかし、本件予定価格調書には、予定価格の数値が記載されているに過ぎず、そ
の内訳や積算根拠が記載されているわけではないから、少なくとも、右数値自体か
ら本件予定価格の積算評価の根拠を把握することは容易ではなく、また、本件予定
価格(過去のもの)から現在あるいは将来の予定価格を推測することにも限界があ
るというべきである。
(3) さらに、右報告書(乙二)には、一定期間にわたって予定価格の推移を知
ることができれば、その積算根拠を窺い知ることが可能となるところ、どの時点の
入札に係る予定価格かで公表の可否の扱いを異にすることはできないから、本件予
定価格についても公表を認めることはできないとの記載部分もある。
 しかし、前述のように、予定価格の数値自体からは、たとえそれが一定期間にわ
たるものであっても、その積算評価の根拠が明らかになるわけではない。
(4) 以上のとおり、被告の右の主張等はいずれも採用することはできない。
2 入札の高値集中、談合の誘発・助長
(一) 被告は、予定価格を事後公表した場合、予定価格直下の高値に入札が集中
し、費用の軽減がはかれなくなると主張し、証拠(乙二)にはこれに沿う記載部分
がある。
 なるほど、一般論とすれば、仮に、予定価格が事後公表されると、公表しない場
合に比べ、将来の予定価格の推測が少し位は容易になるといえるかもしれない。し
かし、前記のとおり過去の本件予定価格の価格水準が平成九年度以降の将来の予定
価格水準とかけ離れている以上、本件予定価格の事後公表があっても平成九年度以
降の将来の予定価格に結びつかないのであり、そのため平成九年度以降の将来の予
定価格直下への入札価格の集中が生じるということにはならないはずである。しか
も、そもそも、そのような弊害(予定価格直下への高値の集中)は、入札参加者が
相互に連絡を取り合って談合組織を形成し、より高値での落札を可能とすべく価格
調整が行われる結果はじめてもたらされるもので、予定価格を事後公表するかどう
かとは直接かかわりがないというべきである。
(二) 次に、被告は、予定価格が事後公表されると、談合の価格調整が容易とな
り、談合を誘発ないし助長すると主張し、証拠(乙二)にはこれに沿う記載部分が
ある。また、証拠(乙二、三)によれば、水道メーターの購入契約については、東
京都の談合事件の摘発前から談合の弊害が問題視されてきたところであり、平成四
年一二月には、製造業者二八社が公正取引委員会から排除勧告を受けたこと、平成
五年二月二六日には、自治省が「単価同調方式」を実施している自治体の水道事業
管理者等に対し改善の指導をしたことが認められ、前記のとおり被告も種々の契約
方法の改善を行ってきたところである。このように、水道メーターの購入契約に関
しては、従来から談合が醸成されやすい傾向が存することは否定できない。
 しかし、以下に述べるように、本件予定価格のように将来の予定価格の参考とな
らないものである限り、事後公表されても、必ずしも談合の原因となるとか、談合
を助長することになるとは認められないのである。すなわち、一般に、物品の売り
手の間で談合が行われると、特定の者が安心して確実に落札者の地位を得ることが
できる。また、談合が行われると、落札者としての地位を得るために売値(入札価
格)を低くする必要がなく、結果として高値で売りつけることが可能となる。この
ように、談合があると、少なくともこの二点で、落札者の利益が不公正に確保され
るということができると思われる。ところが、右の前者の点は、入札に参加する事
業者が密かに連絡をすることにより初めて実現することであり、少なくとも本件予
定価格の事後公表により得られることではないと思われる。したがって、本件予定
価格の事後公表は、それ自体として独立に落札者の地位の取得には結びつかない。
次に、後者の高値の売り付けであるが、この点も、談合があることに加え予定価格
が正確に判明していればぎりぎりの高値までに売値を設定することを可能にすると
いえるにとどまる。そして、過去の予定価格の事後公表は、将来の予定価格の予測
を一般論としてはそれがない場合よりはある程度進めるということはできるが、本
件では、1のとおり、平成九年度以降の将来の予定価格の予測にとって本件予定価
格の公表はほとんど参考にならないのであるから、前提を満たさないことになる。
(三) 以上のとおりに考えるのが相当であり、被告の(一)(二)の主張は採用
することができない。そればかりか、反対に次のようなことすら、指摘することが
できる。
 過去の予定価格を事後公表することの問題の核心は、将来の予定価格をどの程度
正確に予想させるかの点にあり、それが精度の高いものであれば、予定価格の事前
公表に等しくなるので、事務への支障も出てくるということができるものと考えら
れる。反対に、この精度が低いのであれば、弊害よりも場合によっては、利点すら
生まれることもあると考えられる。すなわち、将来の予定価格を予想ざせる精度の
低い過去の予定価格であれば、公表することにそれほど支障がない。そして、過去
の予定価格とその過去の入札時の入札価格とを対比することにより談合の成否がう
かがわれる可能性もあろう。そして談合が判明すれば事後は談合なしの競争入札で
適正価格が生み出されていくはずである。そのような意味で本件予定価格について
いえば、その事後公表は利点もあるかと思われる。このように、少なくとも本件予
定価格の事後公表に限っていえば、将来の予測にとってさほどの弊害があるとは認
められず、また、事後公表を禁じてもそれにより談合防止に結びつくとも思われな
いのであり、事後公表の弊害を強調するよりは、むしろ、右の利点を考慮する必要
があるといえるかもしれないのである。
三 特定の者への利益・不利益供与の有無
1 被告は、本件予定価格調書を公開した場合、実際に公文書公開制度を利用して
その公開を受けた者とそうでない者との間で、あるいは、公開を受けた時期いかん
によって、事実上の不平等が生じるから、その公開により「特定の者に明らかに利
益若しくは不利益を与える」(公開条例九条一項六号)と主張する。証拠(乙二)
にもこれに沿う記載部分がある。
2 しかし、本件のような契約に関する情報の公開については、その公開を受ける
と否とで、また、公開の先後等によって、ある程度の事実上の経済的な利益・不利
益が生じ得ることは、通常予想されるところである。ところで、前示の諸点に照ら
すと、本件予定価格調書は、せいぜいそのような通常生ずべき利益・不利益の問題
をもたらすにとどまり、当該情報の公開により特定の者に対してのみ特に利益・不
利益を及ぼすものがあるとはいえないのであり、そうである以上、1に引用の非公
開事由となる情報には当たらないというべきである。
 被告が主張するような利益不利益までを懸念していては、かえって、公文書の公
開を受ける機会が不当に制約される結果となりかねない。
 よって、被告の右主張は採用することができない。
四 結論
1 以上によれば、本件予定価格調書の公開により「事務事業の公正若しくは円滑
な執行に著しい支障」が生じ、又は「特定の者に明らかに利益若しくは不利益」を
与えるとの事実は認められない。そして、他にこれを肯定するに足りる的確な主張
立証もない。したがって、本件予定価格調書を非公開とした決定は違法といわざる
を得ない。
2 なお、本件非公開処分がされたのが平成九年三月のことであり、当裁判所はも
ちろん本件非公開処分の処分時点での適否を判断したのであるが、前記のとおり、
その判断の根拠とした事実の少なからぬものが処分時以降のものであり、かつ、そ
のような事後の確定的事実の重みが、決定的な判断根拠となった点は否定できな
い。これに対し、本件非公開決定をした被告は、処分時にはそのような判断材料を
持ち合わせていなかったので、その点ではやや酷な立場にあったものということも
できる。ただし、判断事項は、本件予定価格の公表が将来の入札へどう影響するか
ということであるから、当裁判所が事後の事実を判断材料とすることには格別問題
はなく、被告にとっても、その当時持ち得た判断材料で当裁判所と同じ判断に到達
することもまったくできないではなかったのであるから、当裁判所が事後的な事実
をも判断材料に使用して、1のとおりの判断をすることに、格別の不合理はない。
 また、この間の本件の論点に関する世間の動きは、まさに変革期そのものといっ
て良い程に大きなものであり、目下その動きが進行中でもある。
 証拠(甲七ないし一〇、甲一四・一五、甲一六・一七の各一・二、甲一八、甲一
九の一・二、甲二〇・二四・二五、甲二六の一・二、甲二七)によるだけでも、国
や自治体が公共工事の入札に関する予定価格の事後公表を積極的に推進することが
近時の趨勢となっていることが認められ、その内容は、原告の主張(第二の三3
(三))のとおりである。物品の購入の場合と公共工事の場合とでは違いもある
が、右のような類似の問題についての動きとそこでの留意点には参考になるものが
ある。
3 以上のとおりであり、本件非公開決定は違法といわざるを得ないと判断する。
よって、原告の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七
条、民事訴法法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
横浜地方裁判所第一民事部
裁判長裁判官 岡光民雄
裁判官 近藤壽邦
裁判官 近藤裕之

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