弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○主文
一原判決を取り消す。
二本件を札幌地方裁判所に差し戻す。
○事実
一当事者の求めた裁判
1控訴の趣旨
主文同旨
2控訴の趣旨に対する答弁
(一)本件控訴を棄却する。
(二)控訴費用は控訴人の負担とする。
二当事者の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同じ
であるから、これを引用する。
1控訴人の主張
(一)普通地方公共団体の長(以下「長」という)は、当該普通地方公共団体を統括。
し、
これを代表し、その事務を管理し、執行する権限を有し、補助機関たる職員を指揮監督す
る責務がある(地方自治法〔以下「法」という)一四七条、一四八条、一五四条。長。)

予算を執行し、出納長又は収入役は、長の命令がなければ支出をすることができない(法
一四九条二号、二三二条の四。)
このような長の広範な権限を長一人で執行処理することが不可能であるため、内部規程等
、、。で専決代決を定め一定の事務を助役以下の職員に補助執行させているのが実情である
専決、代決は、慣習上内部規程によつて行われ、長から執行権限を委任されあるいは代理
しているわけではないので、その責任は当然長が負うものと解すべきである。内部規程で
専決が定められていても、長はその事務についての固有の処理権限を失わず、いつでも補
助機関に専決させている事務を取り上げて自ら処理することができると解すべきである。
(二)仮に、右主張が理由がないとしても、少なくとも、長が受任専決者に対する指揮
監督権の行使を怠つたときは、長も損害賠償責任を負い、住民は住民訴訟によつてその責
任を追及できるものと解すべきである。
(三)なお、最高裁昭和六二年四月一〇日判決は、議会の議長を被告とした事件であつ
て、町長を被告とする本件とは事案を異にするが、被控訴人は、積丹町長(以下「町長」
という)として、右判例にいう財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するも。

とされている者に当たり、受任専決者たる助役とともに、損害賠償責任を負うべきものと
解される。
2被控訴人の主張
(一)法二四二条の二第一項四号に規定する損害賠償請求は、地方公共団体の有する職
員個人に対する損害賠償請求権を住民が訴訟上代位するものであり、右訴訟は、地方公共
団体の内部関係における職務違反行為を対象とするものである。したがつて、右訴訟にお
いては、
地方公共団体と職員との内部関係において当該地方公共団体に損害を与えた実質的当事者
を被告とすべきものであり、損害賠償責任の有無は、形式的、名目的な権限の所在ではな
く、当該処理事項について実質的に権限を行使した職員がその責に任ずべきものである。
(二)積丹町(以下「町」という)における非常勤嘱託医、常勤医師、直診勘定職員。
(以
下「非常勤嘱託医等」という)に対する報酬の支給は、町長から助役に専決委任されて。

る事項であつて(積丹町事務決裁規程二条二号、五条二一号、その限りにおいて被控訴)

は、これらの事項について内部的な関係において決定権限を失つており、右事項の決定に
つき何ら関与していなかつたものである。
(三)一般的に、かかる権限の内部的委任があつた場合には、対外的関係においては、
当該権限は長の名を表示して行使されるから、長が外部に対して責任を負うべきとは勿論
であるが、地方公共団体内部に対する関係においては、当該事項について実質的に権限を
行使した受任専決者がその責に任ずべきであり、長は法二四二条の二第一項四号に基づく
損害賠償責任を負わないと解すべきである。
したがつて、本件において、専決委任された助役がその権限を行使したことにより責任を
問われることはともかく、実質的に何ら関与しなかつた被控訴人が損害賠償を求められる
理由はない。
○理由
一控訴人の本件訴えは、被控訴人が町長に就任した昭和五七年八月一〇日以降、町の非
常勤嘱託医等に対して報酬を支給するに当たり、自ら又は受任専決者たる助役において、
違法に所得税額を源泉徴収することなく、報酬を支給し、又は町長として職員に対する監
督責任を怠つて収入役等の同町職員をして違法に所得税額を源泉徴収することなく非常勤
嘱託医等に対して報酬を支給させ、町長に就任した後の期間中に町に対して金四二三万六
一四円の損害を被らせたので、町の住民である控訴人は、法二四二条の二第一項四号の規
定に基づき、町に代位して、被控訴人に対し右損害を町に賠償すべきことを求める、とい
うものである。したがつて、本件訴えは、法二四二条の二第一項四号所定の代位請求住民
訴訟の一類型である「当該職員」に対する損害賠償の請求として提起されたものと解され
る。
二被控訴人は、本件訴えは不適法であると主張するので検討する。
1普通地方公共団体の予算の執行権は長に専属し(法一四九条二号、その支出は、長)

支出命令に基づいて出納長又は収入役がこれを行うものであり(法二三二条の四、それ)

職員に対する給与又は報酬の支給である場合においては、長は所得税法の規定に基づき、
給与又は報酬から源泉徴収すべき所得税額を明示した上で支出命令を発すべきであり、出
納長又は収入役は、右支出命令を受けて、右所得税額を控除した後の金額を給与又は報酬
として支給すべきものである。
したがつて、職員に対する給与又は報酬の支給に際して所得税額を源泉徴収してこれを所
轄税務署長に納付する事務がすべて収入役の事務であつて、およそ長の事務には属しない
とする被控訴人の主張は、右の点において採用することができない。
2次に、積丹町事務決裁規程(昭和五四年四月一六日規程第一号)によれば「専決」、

は「町長がその責任において、その権限に属する特定の事務の処理について所管の機関に
意思決定をさせることをいう(二条(2)ものであり、専決事項であつても「重要な。」)

項及び異例、若しくは疑義のある事項又は新規な事項については、すべて町長の決裁を受
けなければならない(四条一項)とされ、助役の専決事項として「報酬その他辞令又。」

定額に基づくものの支出に関すること(五条二一号「旅費及び費用弁償の支出に関。」)、

ること(同条二二号)等が定められていることが認められる。したがつて、右事務決。」

規程による専決とは、町長がその責任において、その権限に属する事務処理に関する意思
決定権を補助機関る助役等にゆだねるにとどまるものであり、権限自体を委譲するもので
はないのである(いわゆる内部的委任である。そうだとすれば、本件訴訟においてそ。)

適否が問題とされている控訴人主張の非常勤嘱託医等に対する報酬の支給に関する事務が
助役の専決事項であつても、その事務は町長の権限に属することに変わりはなく、ただ助
役に補助執行させているにすぎないのであるから、町長は、法二四二条の二第一項四号に
いう「当該職員」に該当するものといわねばならない。
この点に関し最高裁判所第二小法廷昭和六二年四月一〇日判決は、法二四二条の二第一項
四号の「当該職員」とは、
「住民訴訟制度が法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は
是正しもつて地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものと解されること
からすると、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限
を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなど
して右権限を有するに至つた者を広く意味すると解するのが相当である」と判示してい。

が、右の判示からも、町長が右の「当該職員」に当たることが肯認されるといえよう。
してみると、被控訴人を被告とする本件訴えは適法であるといわねばならないのであり、
これを不適法であるとする被控訴人の主張は、理由がない。
三以上のとおり、被控訴人を被告として提起された本件訴えは適法であるから、被控訴
人を被告として本訴を提起することは許されないとして本件訴えを却下した原判決は不当
であり、本件控訴は理由がある。
よつて、民事訴訟法三八六条、三八八条に従い、原判決を取り消して本件を原審に差し戻
すこととし、主文のとおり判決する。
(裁判官丹野益男松原直幹岩井俊)
原審判決の主文、事実及び理由
1本件訴えを却下する。
2訴訟費用は原告の負但とする。
○事実
第一当事者の求めた裁判
一原告
1被告は、積丹町に対し、金四二三万六一四四円を支払え。
2訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
二被告
(本案前)
主文と同旨の判決を求める。
(本案)
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二当事者の主張
一原告の請求の原因
1原告は、普通地方公共団体である積丹町の住民であり、被告は、昭和五七年八月一〇
日以降積丹町長の職にあるものである。
2積丹町は、昭和五三年三月一日から昭和五七年一二月三一日までの間、同町の非常勤
嘱託医、常勤医師、直診勘定職員に対して報酬を支給するに当たり、本来源泉徴収すべき
所得税額一二五九万二一二七円を源泉徴収することなく右非常勤嘱託医等に対して報酬を
支給し、その後昭和五八年四月三〇日、所轄税務署長の督促に応じて、未徴収所得税一二
五九万二一二七円、不納付加算税一二五万六二〇〇円及び延滞税八九万八一〇〇円の合計
一四七四万六四二七円を紬付した。
そして、被告は、積丹町長に就任した昭和五七年八月一〇日以降、
右のとおり自ら違法に所得税額を源泉徴収することなく非常勤嘱託医等に対して報酬を支
給し又は積丹町長として職員に対する監督責任を怠つて収入役等の同町職員をして違法に
所得税額を源泉徴収することなく非常勤嘱託医等に対して報酬を支給させ、被告が積丹町
長に就任した後の期間中に積丹町に対して四二三万六一四四円の損害を被らせたものであ
る。
、、、、3原告は昭和五九年一月一〇日積丹町監査委員に対して右所得税額の源泉未徴収
、、町費による所得税等の納付額納税義務者に対する求償関係等について監査請求をしたが
同監査委員は、同年三月七日、直診勘定職員に対する宿日直手当に対する所得税相当額三
一万〇七〇〇円については同職員に対する求償権があるとして適当な措置を採るべきこと
を勧告するにとどまつた(なお、仮に原告が監査請求期間を徒過したとしても、それは積
丹町における行政の情報公開の不十分さのために原告が右の事実を知りえなかつたことに
よるものであるから、原告には正当の理由がある。。)
4よつて、原告は、右監査結果に不服であるので、地方自治法二四二条の二第一項四号
の規定に基づき、積丹町に代位して、被告に対して、右損害金四二三万六一四四円を積丹
町に支払うべきことを求める。
二請求原因事実に対する被告の認否及び主張
1請求原因1の事実は、認める。
同2前段の事実は、認める。
積丹町は、非常勤嘱託医等に対して、報酬のほかに、報償費から旅費及び日当を支給して
いたが、それが役務の提供及び施設の利用等によつて受けた利益に対する代償としての支
出であるとの理解の下に、所得税額の源泉徴収をしていなかつたものである。
同2後段の主張は、争う。
職員に対する報酬等の支給に際して所得税額を源泉徴収してこれを所轄税務署長に納付す
る事務は、独立した権限をもつ収入役の事務であつて、町長の事務ではない。
3同3の事実は認める。
4職員に対する報酬等の支給に際して所得税額を源泉徴収してこれを所轄税務署長に納
付する事務は、前記のとおり、収入役の事務であつて、町長の事務ではないから、本訴請
求について被告には被告適格がないばかりか、音常勤嘱託医等に対して所論の最終の報酬
の支給がされたのは昭和五七年一二月二一日であるから、一年を経過した後にされた原告
の監査請求は不適法であり、したがつて、また、本件訴えは、
適法な監査請求を経ていないものとして、不適法である。
第三証拠関係(省略)
○理由
一普通地方公共団体の支出は、普通地方公共団体の長の支出命令に基づいて出納長又は
収入役がこれを行うものであり(地方自治法二三二条の四、それが職員に対する給与又)

報酬の支給にかかるものである場合においては、普通地方公共団体の長は、源泉徴収をす
べき所得税額等法令の規定に基づいて給与又は報酬から控除すべきものの額を明示したう
えで、その支出命令を発すべく、会計機関としての出納長又は収入役は、右支出命令を受
けて、右のような諸控除を行つた後のいわゆる現金支給額を給与又は報酬として職員に支
給すべきことになる道理である。
したがつて、職員に対する給与又は報酬の支給に際して所得税額を源泉徴収してこれを所
轄税務署長に納付する事務の一切がおよそ普通地方公共団体の長の事務には属しないとす
る被告の主張は、その限りでは、正当ではない。
二しかしながら、積丹町事務決済規程(昭和五四年四月一六日規程第一号)によれば、
「報
酬その他辞令又は定額に基づくものの支出に関すること(五条二一号)及び「旅費及び」

用弁償の支出に関すること(同条二二号)は、いずれも「町長がその責任においてその」

限に属する特定の事務の処理について所管の機関に意志決定させるし(二条二号)ものと
しての意味において同町の助役にいわゆる専決委任されていることが認められ、また、報
酬及び費用弁償等支給条例(昭和三七年三月二三日条例第三号、町職員の給与に関する)

例(昭和三七年一二月二七日条例第二三号)及び町職員の旅費に関する条例(昭和三一年
九月三〇日条例第四号)によれば、所論の積丹町の非常勤嘱託医、常勤医師又は直診勘定
職員に対する報酬、旅費又は日当の支給がいずれも右積丹町事務決済規程にいわゆる「報
酬その他辞令又は定額に基づくものの支出に関すること」又は「旅費及び費用弁償の支出
に関すること」に含まれ、したがつて、積丹町においては、これらの職員に対する給与又
に報酬、旅費及び日当の支出につき、源泉徴収をすべき所得税額等の控除すべきものの額
を明示して支出命令を発することは、同町の助役の専決事項とされていて、被告において
はなんらこれらの決定権を有しなかつたことが明らかである。
三そして、このように、
普通地方公共団体の長がその権限に属する事務を補助職員又は下部機関に専決委任してい
る場合においても、当該地方公共団体の長は、地方自治法一五四条の規定に基づいて又は
委任者として、補助職員又は下部機関に対して指揮監督権を有しており、故意又は過失に
よつてその行使を怠つたときには、当該地方公共団体に対して損害賠償義務を負うことが
あるのはもとより当然のことであるが、住民が地方自治法二四二条の二第一項四号の規定
によつて普通地方公共団体に代位して行う損害賠償の請求の目的となし得るのは、違法な
公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分等のいわゆる財務会計上の行為に直接的に関
与した当該地方公共団体の長又は職員に対する損害賠償請求権に限られるものと解するの
が相当であり、右のような場合において、当該地方公共団体の長に指揮監督権の行使を怠
、、、つた違法がないときにおいてはもとよりそのような違法があるときであつても住民は
前記のようないわゆる財務会計上の行為に直接的に関与していない当該地方公共団体の長
、。を被告として右損害賠償請求の訴えを提起することは許されないものというべきである
四以上のとおりであつて、原告の本件訴えは、既にこの点において不適法であるから、
これを却下することとし、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法
八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

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