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平成18年(ネ)第10025号職務発明の対価請求控訴事件(原審・大阪地裁平成16年
(ワ)第13073号)
口頭弁論終結日平成18年11月27日
判決
控訴人X
被控訴人積水化学工業株式会社
訴訟代理人弁護士小松陽一郎
同福田あやこ
同辻村和彦
同井崎康孝
同井口喜久治
同川端さとみ
同森本純
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2被控訴人は控訴人に対し,9億9972万2364円を支払え。
3訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
4仮執行宣言
第2事案の概要
1本件は,被控訴人の従業員である控訴人がした職務発明につき,特許法(平
成16年法律第79号による改正前のもの。以下同じ。)35条3項に基づいて,特
許を受ける権利を使用者である被控訴人に承継させたことに対する相当な対価
(以下単に「相当の対価」ということがある。)の未払分及び平成16年11月29
日から支払済みまでの遅延損害金の支払を請求した事案である。
2原審において控訴人は,相当の対価の未払分55億8000万円の一部請求として
20億円の支払を請求したが,原判決(平成18年2月21日言渡)は,27万7636円
の限度でこれを認容した。そこで控訴人は,原判決を不服として,9億9972万
2364円の支払を求める限度で本件控訴を提起した。
第3当事者の主張
1当事者双方の主張は,次のとおり付加するほか,原判決記載のとおりである
から,これを引用する。なお,以下においては,原判決の略語表示は,当審に
おいてもそのまま用いる。
2当審における控訴人の主張
当審における控訴人の主張の要旨は,別紙「控訴理由書」「控訴理由書補正
書」「準備書面甲控1」のとおりであり,その後の控訴人主張書面(口頭弁
論終結時までのもの)を含めた主張の要点は,次のとおりである。
(1)相当の対価の計算方法について
ア基本的な考え方につき
原判決は,次の式①,②に具体的数値を当てはめて,相当の対価を計算
している。
①独占の利益=削減されるコスト額×(1/利益率)×実施料率
②相当の対価=独占の利益×原告らの貢献度×(原告の貢献/原告らの貢献)
特許の利用状況を証拠立てる上で,売上は客観性が高い(立証しやす
い)尺度なので,実施料を決めるに当たって利用される。その基本になる
のは次の式③である。
③実施料=売上×実施料率
原判決は,仮定される実施料によって独占の利益を決めている。即ち,
④独占の利益=実施料
そして,式③,④から,
⑤独占の利益=売上×実施料率
となる。なお,上記式③,④における「実施料」は,控訴人が特許を保有
すると仮定し,被控訴人に実施許諾した場合の実施料に対応すると見るべ
きであり,その実質的効果は独占的な実施許諾といえる。
さて,利益率の定義は,
⑥利益率=利益/売上
であるので,式⑤,⑥から以下の式⑦が導かれる。
⑦独占の利益=利益×(1/利益率)×実施料率
式⑥,⑦の中の「利益」は,あくまで特許が活用される事業(製品売
上)全体の利益であることは言うまでもない。ただし,実施料控除以前の
粗利である。
式⑦を式①と比べると,両者は右辺第1因子のみが異なる式であるが,
「削減されるコスト額」と「利益」とは明らかに別物であるから,式⑦が
正しい以上は,式①は誤りである。また,あくまで式①を用いたいのであ
れば,その右辺第3因子に来るのは,世間で用いられる「実施料率」とは
意味の異なる係数であり,混乱を避けるために別の言葉で呼ばれる係数で
なければならない。
本件発明が関わる製品につき,特許出願から権利が切れるまでの20年間
に見込まれる売上は,1000億円を,また,利益でも●●億円をはるかに超
えるものである(「シード品」は除いてのもの)。ここから「独占の利
益」を求めるとなると,売上及び利益があまりに大きく,また,被控訴人
が主張するように,本件発明,特に,控訴人が関わったところのいわゆる
「改良発明」が貢献するところの部分は,利益が得られている原因の一部
にすぎない可能性は確かにあり,これを算出するための有効な「実施料
率」の根拠を見いだすことは難しい。そこで,やはり「削減されるコスト
額」を算出の基礎としながら,式①ではない,次の式⑧を用いることが提
案される。
⑧独占の利益(=仮定される実施料)=削減されるコスト額×「特許権者還元率」
上記の式⑧で係数として用いている「特許権者還元率」は,削減される
コスト額に付随する利益分の配分割合を定義し,決して100%を超えること
がないものである。なぜなら,これが100%を超えるなら,実施者は,実施
許諾を得るよりは,当該技術を避けて実施した方が,自分の利益を多くで
きるからである。逆に言えば,これが100%を切るならば,実施許諾が申し
込まれる可能性は十分にあり,100%から実施のリスク分等を控除して適当
に決められる率が,この「特許権者還元率」になり得る。また,リスク
(設備投資の必要額等)の多寡にもよるが,「特許権者還元率」がゼロに
近い値になることもまた考えにくい。なぜならば,その場合には,他者に
許諾するよりは,自分が独占実施して利益のすべてを獲得することを考え
るのが自然だからである。
イ削減されるコスト額の認定につき
(ア)生産性向上の倍率
a原判決は,削減されるコスト額を認定するに当たり,その根拠とな
る改良発明による生産性向上率は1.5倍であると認定したが,5倍であ
ると見るのが妥当であって,原判決の認定は誤りである。
控訴人は,原審において,乙第35号証添付書類1の効果計算書にお
けるステップ1に述べられるところの,2002年から2004年までの期間
についての,SP+SPN+SPSの中に占めるSPの割合への疑義を述べてい
る。これらの中で価格の高いのは,より精度の高いSPSといったグレー
ドであるが,その出荷量はこれ程に少なくはないはずであり(乙第26
号証に述べられる生産量は各グレードにつき大差ない。),出荷金額
で重みづけするなら,金額的にはSPSが主位を占め,これに関する生産
性の向上を最も重視しなければならない。原判決は単にその総量が妥
当であるから,主張全体が妥当であるという訳の分からない論理を用
いているが,出荷金額が少ないSPの生産性向上率(それはSPN及びSPS
ほどに向上しているとはいえない。)を根拠に全体の生産性向上率を
評価するのは妥当でない。
被控訴人が生産性向上率として1.5倍を主張し,これを証明しようと
するのであれば,現に然るべき数量のSPが出荷されていること,ま
た,被控訴人から購入している主要な大口ユーザーは,SPを合わせた
全体の中で各1割程度のSPN及びSPSしか購入していないことを,伝票
などから証明すれば十分なわけであり,被控訴人の主張が事実である
なら,その証明は難しいことではない。
生産性を5倍にするということについては,乙第5号証(平成6年
1月24日の第2回微粒子連絡会の記録)において,「現状」●●kg/月
のSPSの生産性を5倍に上げるという目標が述べられている。
b原判決が,改良発明による生産性向上率は1.5倍であると認定するに
当たり,その根拠として用いた生産量等のデータについて,被控訴人
は控訴人の照会に対してなすべき回答をせず,原審裁判所はなすべき
審理をしなかったものである。
生産量と生産性に関する原審における主張立証の経過は下記①∼⑨
のとおりである。

①控訴人は平成17年2月6日付けの「照会書甲1」によって,分級の仕込み
量,回収量,分級操作の延べバッチ数,売上,費用といったデータの開示を求
めたが,被控訴人はこれらを速やかに開示しなかった。今に至っても,売上高
などは,きちんと示されていない。なお,控訴人から被控訴人に照会すべき事
項はその後も生じたが,照会書を再び用いることはなかった。これは,照会書
に対する回答の義務につき原審裁判所が適切な措置を採らないため,さらにこ
うした形式を用いることによる特別な効果は期待できないからであった。
②控訴人が平成17年4月25日ごろ提出した甲第15号証(新聞記事)は,被控訴
人における生産量の示唆を与えるデータを含んでいた。また,同日付けの準備
書面甲2では,分級工程の1ロットの出来高が増えることによって,続く工程
が合理化される可能性を主張した。
③被控訴人が平成17年4月28日ごろ提出した乙第26号証は,同日付けの被告第
2準備書面によれば,「平成13年10月以降現在までの間に,被告が実際に商品
であるスペーサを製造するために行った150L分級器による粒径6ミクロンの粒
子についての分級作業のデータを全てピックアップし」たものとされる。該当
する期間は3年余りである。
④被控訴人が平成17年6月9日ごろ提出した乙第33号証は,上記②の準備書面
甲2の主張に対する反論として,スペーサ製造に関わる各工程の1ロットの出
来高とトータルの出来高とを表にしている。それは,「乾燥解砕機」や「反応
機」の容量が分級器の能力を大きく上回るものではないという主張に基づく議
論であるが,これは,生産量の向上が5倍程度のものであった場合には変わっ
てくる事柄である。また,販売時の1ロットの重量を増やせることによるサー
ビス上の付加価値については,控訴人が明確に主張していなかったこととはい
え,考慮されていない(後処理のバッチが別々であっても,合わせれば良いの
だから)。乙第33号証にはまた,分級の前工程である溶剤置換と分級との各工
程の出来高が含まれる。また,細かに見ると,表中に用いられる矢印は,溶剤
置換機の各バッチの成果物を(直接に)分級器の各バッチの原料としているよ
うに見える。もう一つの留意事項として,同日付けの被告第3準備書面では,
特に4頁の表に,SP,SPN,SPSのグレードごとの粒径範囲と加重平均粒子径と
が記載されている。SPの粒径範囲は●●●●●●●●●●●●●と,他と比べ
て広いことは事実である。
⑤平成17年7月18日付けの準備書面甲4で,控訴人は,分級工程の「歩留ま
り」につき,上記③の乙第26号証に述べられたことと,上記④の乙第33号証の
記載からから導かれるものとの間に矛盾があることを指摘している。
⑥被控訴人が平成17年7月20日ごろ提出した乙第35号証及び同日付けの被告第
4準備書面は,各年におけるSP,SPN,SPSの生産量のデータを含む。おそら
く,既に提出された資料との矛盾を生じないように,かなりの気遣いのもとに
作られてはいる。
⑦被控訴人が平成17年9月30日ごろ提出した乙第40号証及び同日付けの被告第
5準備書面は,上記⑤で控訴人が指摘した点に答えるものである。ここでは,
ある分級バッチの成果物が他の分級バッチの原料とされる使い回しの存在が主
張される。これに基づくなら,上記④の乙第33号証で用いられた矢印の使い方
は正確さを欠くことになる。また,分級バッチの中で,溶剤置換機からの無垢
の原料によらないバッチがあったことになり,上記③の被告第2準備書面2頁
に記述された「全て」という言葉は,こうした再分級の場合を含んでのものか
どうか,改めて不確定となる。仮に,文字どおり「全て」,即ち再分級の場合
が含まれるとしたら,かなり性格の異なるバッチを一まとめに報告しているこ
とになり,乙第26号証を作った時点で,いったい何を説明するつもりで,読者
のどういう理解を狙っていたのか,あわよくば誤読を狙っていなかったか,作
成者の誠意が疑われるものである。このことは,乙第26号証に限らず,本件訴
訟の提起以降に作成された他の資料の多くについても当てはまるものである。
⑧控訴人の平成17年10月29日付け準備書面甲6は,それまでの被控訴人の主張
立証を総合し,被控訴人が主張立証しようとした事実は何であったかを改めて
問うものであった。上記⑥の乙第35号証のデータは,上記③,④のそれぞれと
比較して論理的な矛盾はないようにはなっているが,数値的に相当な無理があ
る。控訴人は準備書面甲6で,被控訴人の主張立証を総合した複雑な推論によ
ってやっと明らかになる事実があることを明らかにするとともに,その事実の
確認と,実際の生産状況及び製品出荷量に関する確認を求めている。製品出荷
量については,「SPに限れば,5∼7ミクロンの範囲では●●kg程度しか出て
いないのに,4ミクロン付近と8ミクロン付近とを合わせて●●kgもの出荷が
なされているということになる」(準備書面甲6の8頁)から,このような無
視できない出荷について,「用途はそれぞれ何か,どのようなユーザーが買う
のか,ぜひとも説明を聞きたくなる」(同9頁)と問を投げ,また,「乙第40
号証の説明は未だ曖昧なものを残す。即ち,この再定義によって,乙第26号証
のデータは被告第2準備書面の2頁に述べられたままに,1.……なのか,それ
とも2.……を示すのかが改めて不確定となる」(同7頁)とも指摘した。
⑨この後,被控訴人が準備書面を提出することがないまま平成17年11月25日の
結審を迎え,裁判官は平成18年2月21日に判決を出すまで,民事訴訟法による
基準の2か月を超える期間,判決文を練りに練った。つまり,事業的な概要が
ほとんど説明されることなく,大きな不明をそのままに,逃げ切るような形で
判決がなされたというべきなのである。
上記の被控訴人の主張立証を総合すれば,乙第35号証においてはSPS
およびSPNを大きく上回る生産量を持つSPに関し,生産の平均は6ミク
ロンであるとしても,粒子径範囲ごと(5ミクロン未満,5∼7ミク
ロン,7ミクロンより上)の生産量を考えた場合,5∼7ミクロンは
全体からすればごくわずかな部分でしかないことが推論されるのであ
る。しかし,実際はそうではないはずで,このことを通じ,被控訴人
の提出したデータの虚偽が濃厚に疑われるものである。
被控訴人は原審において,6ミクロンのスペーサの重量が全体に占
「比較すめる割合等を明らかにする必要性はないと主張し,原判決も,
る適切なデータの存在しない粒径6ミクロンの粒子以外の粒子の分級生産性につい
としている。しかし,控訴人て,さらに資料を提出する必要はない」(48頁)
は,6ミクロン近辺とそれ以外とでは分級器改良による生産性向上率
が大きく違うであろう,などということを主張しているわけではな
い。控訴人は,上記⑧の準備書面甲6で述べた複雑な推論によってや
っと明らかになる事実があることに当然の疑問を抱き,そのことの確
認と,場合によっては,現場における生産状況の確認や,製品出荷量
に関する証拠の提出を求めるものである。
端的にいえば,被控訴人の提出したデータはおかしいというのが控
訴人の主張である。おかしくないと被控訴人が主張するなら,その根
拠たる数字を当然示すことは容易なことであるはずなのに,被控訴人
はそれをしていないのだから,このことが,むしろ控訴人による矛盾
の指摘は正しく,利益に関連して控訴人が提出した数値でさえ,すべ
ての数値が明らかにされた場合と比べれば控え目な見積もりであるこ
とを証拠立てるものである。
cまた,改良発明による生産性向上の倍率を「多粒径回収」に則して
検討すれば5.4倍であり,これが実製造に関わる生産性向上の倍率であ
るから,生産性向上の倍率は,原審以来控訴人が主張してきたとお
り,少なくとも5倍であると考えられる。
すなわち,改良発明の前後において,単一粒径回収と多粒径回収の
場合について妥当と考えられる生産性は下の表のとおりである。この
ように,SPSに関し,単一粒径回収における生産性の向上率は被控
訴人の主張どおり●●倍であるが,被控訴人社内で実際に行われてい
る多粒径回収においては5.4倍であると考えられる。
(表)SPSに関する150L分級器一台当たりの生産性
単一粒径回収多粒径回収
従来型装置●●kg/月0.65kg/月
改良発明の装置●●kg/月3.5kg/月
向上倍率●●倍5.4倍
上記表に示した数値の根拠は下記のとおりである。

①従来型装置で単一粒径回収の場合
乙第4号証,乙第5号証,乙第12号証,乙第27号証,乙第28号証等を通じ,
SPSに関して●●kg/月と見ることができる。
②従来型装置で多粒径回収の場合
従来型装置の運転条件では,回収に多くの時間がかけられている。乙第4号
証の2頁の表によると,所要日数●●の中で回収に占める日数が●●となって
いる。従って,最初の一粒径,即ち,単一粒径の回収に要する日数は●●であ
るが,かなり多くの粒径品を続けて採取できた場合,粒径当たりの日数は最小
で●●となるので,単一粒径と多粒径とで,所要期間の比は●●,生産性の比
は●●になる。単一粒径の生産性●●kg/月に●●を掛けることにより,●●
kg/月と見積もった。
③改良発明の装置で単一粒径回収の場合
被控訴人より乙第26号証などを通じて主張されているとおり,0.724kg/月と
した。
④改良発明の装置で多粒径回収の場合
6ミクロンの単一粒径に限っての生産量は乙第26号証に示されており,これ
は3年間で●●kgであるが,他の粒径も合わせてこの操作で実際に得られてい
るのは,原審の準備書面甲6の7頁で主張したとおり,乙第35号証の表1に
示された●●kgであると考えられる。そうすると,単一粒径回収に対する前記
●●kg/月に●●を掛けることによって得られる3.5kg/月が多粒径回収における
SPSの生産性となり,これが実生産に即した生産性と見られる。
上記のとおり,単一粒径回収における生産性向上の倍率は●●倍で
あっても,多粒径回収における倍率は5.4倍になる。実際の生産に密接
なのは後者なので,後者の倍率が採用されるべきである。
(イ)削減されるコスト額
上記(ア)のとおり,改良発明による生産性向上率は5倍と見るのが相当
であるから,これを前提にして,削減されるコスト額を検討する。
式⑧における「独占の利益」を振り返ると,これはあくまで「改良発
明」に対応するものであるが,生産性向上率の見直しは,「削減された
コスト額」の見直しを促す。もし,従来法が現在も用いられた場合の分
級コスト額は,
⑨従来法の分級コスト額=現在の分級工程コスト額×生産性向上率
であり,また,削減されたコスト額は,
⑩削減されたコスト額=従来法の分級コスト額−現在の分級工程コスト額
であるから,式⑨と⑩から,
⑪削減されたコスト額=現在の分級工程コスト額×(生産性向上率−1)
となる。
式⑪に出てくる因子である,(生産性向上率−1)は,生産性向上率
が1.5の場合は0.5に過ぎないが,生産性向上率が5の場合は4になる。
即ち,8倍にまで違ってくる。
また,この倍率認定は控訴人らの寄与の割合を変えるだけではない。
現在の生産に関わる金額の認定を左右するものである。これは「現在の
分級工程コスト額」が生産性向上率の見直しと平行して見直されるべき
ことに由来する。
ただし,この主張は,出荷される製品の総重量に関して異議を唱える
ものではなく,原判決の48頁や54頁の説示は不当である。すなわち,原
「原告は,同表記載のスペーサの生産量は過小であるなどと主張するが………判決は
と認定したが,これは全く当を得信用し得る数値であると認められる」(54頁)
ないものである。控訴人が製品の総重量に関して異議を唱えていないの
は,初めからである。そして,総重量に問題がないから,その中身の配
分にも問題がない(もしくは考慮する必要がない)とするのが原判決
(54頁)の論旨であるとすれば,そこには,何らの論理的正当性もな
「乙第35号証のデータは,SPSとSPNのデータを過い。原審において,控訴人は,
小申告しながら,全体の数量を新聞記事と整合させるために,量の合わない部分を,価
格の安い(具体的な価格はまだ聞いていないが)SPに持たせることを考えた『力作』で
と主張したのであるが,原判決はこの論旨のツある」(準備書面甲6の11頁)
ボを全く捉えていない。
スペーサ製品はその径のばらつき(CV値)によってグレード分けさ
れ,SP,SPN,SPSに分かれるわけであるが,乙第26号証に主張されてい
る数値には誇張があるとしても,グレード間で分級生産性に差があるこ
とは事実であり,よりばらつきの少ないグレードに利用者側から見たデ
メリットがあるとしたら価格だけであるから,グレード間にはそれなり
の価格差があって当然なのである。まして,乙第35号証に主張されるよ
うにSPSの生産量が少ないとしたら,そうした「高嶺の花」には高い値段
がついて当然である。こうしたことは,どのような分野の製品にも当て
はまることであろう。製造コストが多くかかり,世間の人気が集中する
製品には高い単価がつくという当たり前のことを,原判決は全く考慮し
ていないのである。高い価値の製品を,より少ない手間で製造できるの
が本件発明のメリットであり,発明の価値を判断するに当たっても,製
品の価値の差は欠かせない観点である。原判決は,グレード間の価格差
が主張立証されていないからこれを考慮する必要がないとするが,そも
そも被控訴人にこの点につき主張立証を命じなかったのが裁判官の意図
によるものだから,その結果資料がないので考慮を要しないというので
あれば,裁判を行う意味は,裁判官に賄賂を提供できない立場の者には
ないというのと同じことである。
売上と分級工程の上で最も重きを持つSPSグレード(乙第26号証に示さ
れるバッチ数全体の実に●●%がSPSである)につき,出荷数量と「現在
の分級工程コスト額」との上方修正をするべきなのである。SPSについて
は,5/1.5=3.3倍となる。SPについては若干減るとしても,本来が,
かかる手間の少ないものなので,平均して,全体の「現在の分級工程コ
スト額」につき,少なくとも●倍を見るのが妥当だと考える(ここの論
旨はやや不明朗であろうが,準備書面甲6において,乙第26号証に現れ
ないバッチがかなりあることの指摘をしており,被控訴人はこれに反論
していない。)。
「現在の分級工程コスト額」を●倍に修正し,(生産性向上率−1)
を先に述べたとおり×倍に修正すると,式⑪の左辺である「削減される
コスト額」は●倍に修正すべきことがわかる。判決で認定された同じ額
は,●●億円であるが,これを●倍することにより,次の金額を得る。
⑫削減されるコスト額(訂正値)=●●億円×●●=45.44億円
ウ独占の利益の算定につき
式⑤又は式⑦によって独占の利益を算定する場合,本来,被控訴人が主
張する「実施料率」3.25%を用いるべきものではないが,仮にこれを用い
るとした場合,20年間の売上は1000億円を超えるものである(シード品を
除く。)から,独占の利益は次のようになる。
⑬独占の利益=1000億円×3.25%=32.5億円
式⑧を通じ,式⑫と式⑬とから「特許権者還元率」を逆に見積もると約
72%となる。これは,あり得ないことはない数字である。
エ控訴人らの貢献度につき
原判決は「原告らの貢献度」を5%としたが,この数字自体には根拠が
なく,本来は掛算でなく引算であるものを,あえて掛算の形に書くことを
試みた結果にすぎない。すなわち,判決では「独占の利益」を709万円余り
としているから,ここから,控訴人の仕事に必要であった「Rフロー」の
価格4500万円などを差し引いてなおかつ5%が残るという論理は,裁判官
の温情の結果であると見なければならないが,「独占の利益」を上記ウの
議論で得た32.5億円と考えるなら,この額は原判決に対して桁はずれのも
のであるから,原判決が認定したのと同じ率の貢献度を用いるべき根拠は
全くない。
また,「原告らの貢献度」を規制する理由として,原判決は,控訴人ら
が積水ファインケミカル株式会社で先に実施されていた技術情報に触れた
こと等を指摘する。そのような事実があったことは認めるが,当該事実を
「改良発明」に対する「原告らの貢献度」を割り引く根拠とするならば,
その一方で,控訴人らの貢献による「改良発明」があって初めて,「原発
明」も特許の形になり得た事実をも指摘しなければならない。すなわち,
「原発明」があってこそ控訴人らが「改良発明」をなし得た事実と,「改
良発明」に沿って分級の技術思想が完成されることによって,従来積水フ
ァインケミカル株式会社の社内で秘匿によって実施されていた「原発明」
をも含めて特許出願し得るきっかけが得られたこととは,少なくとも互い
に相殺されるべき留意事項である。「原発明」の価値をもし評価するなら
ば,「改良発明」にも増して莫大なものである。
以上によれば,控訴人らの貢献度は50%を下ることはない。
オ小括
以上述べたところから,
⑭対価=独占の利益×原告らの貢献度×(原告の貢献/原告らの貢献)
⑮=32.5億円×50/100×80/100=13億円
となる。
(2)シード品の価値に関する主張(シード品を原料とする分級は,従来のいわ
ゆる分級品にCV値が匹敵する製品を狙う限り,生産性を全く向上させないこ
と)について
ア被控訴人は,原審において,シード品は,重合時点である程度良好なCV
値を持っているため,ごく短時間の「簡易分級」のみによって,分級作業
は完了する旨主張する。このこと自体は事実であるが,このようにCV値に
優れたシード品を使うことにより分級自体の生産性が大幅に向上するわけ
ではない。
短期間で終了する「簡易分級」においては,粒径の分布において極端な
裾の部分,すなわち,極端に細かい部分と極端に粗い部分のわずかなフラ
クションだけを分離することのみが可能である。裾を除いた実質部分のCV
値を向上させようとすると,もともとの分布が狭い場合には,分布が広い
原料を使った場合にも増して時間が掛かってしまうのである。
このことを,具体的な例で説明すると以下のとおりである。
イ分布が広い原料と狭い原料として次の二つを仮定する。
A:4∼5ミクロン,5∼6ミクロン,6∼7ミクロンに各1kgずつ
均等に分布する原料3kg
B:5∼6ミクロンにのみ均等に分布する原料3kg
ここで,原料A,Bから,それぞれ5.25∼5.75ミクロンという狭い分布
幅の製品を得るとする。
分級においては,分級器の中で,粒子がその径に応じて上から下まで分
布するのを待つ「リードタイム」という期間が必要であり,この期間が分
級日数の大半を占める。この「リードタイム」においては,分級器の中に
は装置からの粒子の流出がないように調整された上昇流が維持され,この
状態で粒子の分離を待つ。
分級器の有効な高さを約●●とすると,「リードタイム」の最終局面に
おいて,原料Aでは,4∼5ミクロン,5∼6ミクロン,6∼7ミクロン
の各フラクションがほぼ均等に,すなわち,約●●ずつ,上,中,下の空
間を占めることになる。原料Bでは,5∼6ミクロンの粒子が約●●の高
さの全体を占める。このような最終局面において,例えば,装置高さの中
央(そこは5.5ミクロンの粒子が落ち着くべき位置である)にたまたま紛れ
込んでいた例えば5.0ミクロンの粒子には,より上の方の層に出て行っても
らわないといけない。
装置内の該当する高さの空間には,その場所のスラリー密度との関連に
おいて,5.5ミクロンの粒子が,それ自体の沈降速度と釣り合い,ちょう
ど,上にも下にも移動しないように支えられるだけの上昇流が存在してい
る。同じ上昇流のもとでは,自身の沈降速度がより小さい5.0ミクロンの粒
子は上昇流に負け,上に移動することになる。しかし,この一定の粒径差
に基づく移動速度は,原料Aの仕込みの場合も,原料Bの仕込みの場合も
変わらない恒数である。
狙いとする,5.25∼5.75ミクロンに対応する層自体が,原料Aの場合は
薄く(●●),原料Bの場合は厚い(●●)ので,邪魔な5.0ミクロンの粒
子が層から出て行ってくれるためには,原料Bの場合の方が,移動すべき
距離が長いだけに,より多くの日数を要する。
このように,仕込みの粒径分布幅が広がると,これに反比例するよう
に,所定の分布幅に対応する分級器中の層は薄くなり,分級の生産性は向
上し,分級に必要な日数は減る。だから,粒径分布の狭い原料Bを原料に
すると,分級生産性はむしろ低くなるのである。
もちろん,原料Bでは分級の1バッチに,より日数がかかるとしても,
5.25∼5.75ミクロンといった単一のフラクションに対する生産性だけを問
題にするのなら,その回収量は多いわけだから,単位時間当たりの生産性
は原料Aの場合と同じである。しかし,原料Aでは,5.25∼5.75ミクロン
を得るのと同じバッチで,4.75∼5.25ミクロン,5.75∼6.25ミクロン等々
の別のフラクションも得られてしまうので,それらに利用価値がなくて捨
てるのでない以上は,原料Aによる方が,単位時間当たりのトータルの生
産性が高くなる。
ウ以上の次第で,分散重合による樹脂を原料とするいわゆる分級品には,
生産性と品質の両面で利用価値があり,シード品は,「簡易分級」のみで
使用に耐えるようなグレードの低い分野以外には,利用は広がらないので
ある。
なお付言すれば,控訴人は原審においてSPグレードの「分級1回」と
「分級3回」とが別に行われているとは思えないと主張したが,これも,
既に品質を高められたフラクションを取り出して再度分級するのは,効率
が悪いやり方だからである。少なくとも経験的に高められているはずの実
工程が極端に不合理なものになっているとは考えにくいがゆえの推定であ
るが,控訴人のこの見方に対して被控訴人の反論は出されていない。
(3)原判決のその他の誤り等について
ア権利範囲につき
「流出口の形状の変更に関しては,原告は職務発明届を提出していない」原判決は,
と摘示するが,職務発明届及び明細書において,すべての図と実施(45頁)
例は変更後の流出口の形状に基づいて記載されている。ただし,その際
に,会社側の要望もあり,変更前の流出口の形状も論理的に含むように請
求項を書いたのである。原判決は,流出口の形状の変更の前と後とについ
て請求項が分かれていないことを,権利範囲が分けられないとする暗黙の
論拠にしているようであるが,誤りである。実務的には,請求項は極力分
けて書かれる場合が多いが,これは,明細書が不特定多数の目に触れるも
のである以上,特許査定の範囲が微妙な場合,一請求項の一部のみが特許
され得るというケースにおいて,公開後に請求項の中身を修正するという
ことが非常にしづらいための配慮である。
本件の場合は全体が特許されると予測されたし,結果的にもそうなった
のだから,本件訴訟において,一請求項の中に立ち入って権利範囲を論じ
ることに意味があるとはいえない。変更前の流出口の形状について明細書
中であえて触れなかったのは,最良でない形状について触れることは読む
側に不必要であるためと,開発の苦労をむしろ表には出さず,いわば,明
細書の内容を極力深みのないものに見せたいとする会社側の戦略的要請に
応えた結果である。本件特許の出願の後において,改良発明の出願がごく
少ないのも,同じ配慮の結果である。
「上部の流出口の形状の工夫について,原告は職務発明届を提出しておら原判決は,
ず……,何ら権利化されずに本件特許の明細書に記載され,平成8年12月17日に発行され
た公開公報によって,流出口を平板状とする技術は,同業他社において公然と知るところ
となったのであり,かかる自由技術には,相当の対価を評価すべき価値はないものという
と説示するが,全く意味不明である。べきである」(64頁)
イ立証責任につき
「流量を一定に保った上での生産性の向上の程度を立証する責任は原告に原判決は,
とするが,●●を使用した分級実験を行うことは,控訴人の自ある」(47頁)
宅では不可能であり,工業地域において敷地を借り,実験設備を建設する
必要がある。しかも,そのようにして実験の結果を得たとしても,その結
果が証拠として証明力を認められるためには,被控訴人の立会いが必要に
なってくるであろう。それなら,被控訴人の既存設備を利用して,両当事
者が立ち会った上で実験をするのがはるかに合理的である。控訴人に実費
が請求されるのは仕方がないことであるが,合理的な司法判断が求められ
るところである。
ウ相当の対価の算定方法につき
(ア)特許法35条1項が定める通常実施権の扱いにつき
「使用者等は,従業者等の職務発明に関する特許権について無償の通常原判決は,
実施権を有し(同条1項),もともと当該特許権に係る特許発明を無償で実施し得る権
とするが,特許法35条1項が定め利を有するから,………」(49頁下第2段落)
る通常実施権の意義についての誤った理解に基づくものである。
すなわち,職務発明について使用者等が通常実施権を有するのは,従
業者等が特許権の自己保有を許される場合に限られ,いわばそのことと
引換えなのであるから,もともと職務発明につき従業員が自己で出願す
ることが許されていない被控訴人社内の状況には,特許法35条1項は直
接には当てはまらない。
(イ)独占の利益の算定方法につき
「独占の利益とは,使用者等が他社に当該特許発明を実施許諾していな原判決は,
い場合には,特許権の効力として他社に当該特許発明の実施を禁止したことに基づいて
使用者等があげた利益がこれに該当するが,その算定方法としては,①使用者等が当該
発明を他社に実施許諾していた場合に予想される売上高と,実施許諾せずに自ら独占し
て実施している場合に上げている売上高とを比較することにより得られる超過売上高に
基づく収益と把握する方法と,②当該特許発明を第三者に実施を許諾したと仮定した場
合に得られる実施料相当額をもって,当該職務発明の実施を排他的に独占し得る地位を
取得したことによって得られる利益とみなすことにより算出する方法が考えられる。」
とするが,①については,上記(ア)に述べた(49頁最終段落∼50頁第1段落)
ところに照らし,「超過売上高に基づく収益」に「通常実施権許諾の実
施料」を少なくとも加える必要があり,②における「実施料」とは,あ
くまで専用実施権の実施料である。
「使用者等が職務発明について特許を受ける権利を承継した場また,原判決は,
合は,特許を受ける前においても実施する権利を黙示に許諾されているのが通常であ
り,この場合において,実施により上げた利益が通常実施権によるものを超えるときに
は,当該発明が貢献した程度を勘案して『その発明により使用者等が受けるべき利益』
とするが,上記(ア)の誤った理解を定めることができる。」(50頁下第2段落)
に起因する誤りがある。ここで「使用者等が受けるべき利益」として
は,原判決が述べているのとは異なり「A.通常実施の実施分」も含む
はずであるし,特許法35条1項では前提となっている従業者等の特許権
を取り上げているわけであるから,「B.従業者等が他社に実施許諾し
て得られたはずの実施料」も加算しなければならない。さらに,使用者
がこれを独占しているのは,(実施料を取って)通常実施を広く許した
場合よりも独占の方がさらに有利であるとの判断によるのであるから,
「C.独占に基づく利益追加分」も当然加算されるべきである。
エ原審における審理の不公正につき
(ア)原審裁判官の審理の偏向
原審裁判官には,別紙「準備書面甲控1」(控6)記載のとおり,①
時効に関する審理,②判決に至るまでの「慎重」な検討と訴訟費用に関
する裁判,③審理の進め方全般等について,それぞれ多くの偏向があっ
た。
(イ)原審裁判官の偏向は違法行為の結果と考えられること
原審裁判官とりわけ田中裁判官には,別紙「準備書面甲控1」(控
7)記載のとおり,一審被告(被控訴人)側から,会食・買収等の汚職
行為を受けた状況証拠がある。
3当審における被控訴人の主張
控訴人の当審における主張の多くは,主として生産及び販売の現場を知らな
いことに起因する誤解に基づくものであり,いちいち反論の必要はないが,念
のため再度主張する部分は,以下のとおりである。
(1)控訴人の主張(1)(相当の対価の計算方法)に対する反論
ア控訴人は,被控訴人が作成した乙26と乙35との間で,生産量の数値に矛
盾があることを指摘するが,そもそも,乙26と乙35とは,立証趣旨を全く
異にしていることから,そこに記載されている数値の意味合いも全く異な
っており,それぞれの数値の間には厳密な意味での対応関係はない。
また,控訴人は,乙26に記載された数値と乙35に記載された数値との差
が,SPS,SPNに比べてSPで特に大きくなっているということを疑問視して
いる。しかし,SPS及びSPNは,●●●●●●●に使用されているため,粒
径6ミクロンがボリュームゾーンとなるのに対して,SPは,他の用途にも
使用されていることから,●●●●●●●といった幅広い粒径のものが生
産されており,このことが,粒径6ミクロンのものを集計した乙26と,す
べての粒径のものを集計した乙35との数値の差になって現われているので
あり,何ら不自然な点はない。
イ控訴人は,多粒径回収に即して本件各発明による生産性向上の倍率を把
握すべきであると主張するが,被控訴人の生産の現場では,多粒径回収に
伴う回収機洗浄の必要をなくす等の配慮から単一粒径回収を基本としてい
るので,多粒径回収に即して生産性向上の倍率を把握すべきものではな
い。
(2)原判決が独占の利益を肯定したことの誤りについて
本件各発明は原発明の利用発明にすぎないから,本件各発明がなくとも原
発明さえあれば,第三者の実施に対する排他的効力を及ぼすことは可能であ
る。そして,原発明は控訴人が全く寄与していない発明であるから,本件各
発明を被控訴人が承継することによって,新たに獲得される独占の利益は全
く存在しないのである。
原判決は,本件各発明の独占の利益を認めているが,その理由として説示
するところは,利用発明の一般論として,抽象的な推論を重ねているにすぎ
ず,具体的に本件各発明に独占の利益が存することを何ら明らかにするもの
ではない。原判決の説示は,本件各発明の独占の利益を肯定したいがため
に,現実的には考えられない仮定を重ねて理論立てているにすぎないものと
思われ,到底承服することはできない。
(3)原審裁判官の措置に関する主張(控訴人の主張(3)エ)に対し
控訴理由書中には,感情的な主張がまま見受けられるが,かかる主張は,
以後,でき得る限り控えられるべきものと思料する。とりわけ,控訴理由書
中に見られる,何らの根拠もなく原審裁判官を個人的に中傷するような内容
の記載については,不穏当であるので陳述を控えられるべきではないかと思
料する。
第4当裁判所の判断
1当裁判所も,控訴人の請求を27万7636円の限度で認容した原判決は相当であ
り,控訴人の控訴は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおり原判
決を訂正し,控訴人及び被控訴人の当審における主張に対する判断を加えるほ
か,原判決の記載のとおりであるから,これを引用する。
2原判決の訂正
原判決46頁2行目「SPSについては1.81倍」とあるを「SPについては1.81倍」
と,49頁6行目に「前記1認定の」とあるを「前記(1)認定の」,56頁7∼8行
目に「平成8年(1995年)」とあるを「平成8年(1996年)」と,それぞれ訂正する。
3当審における控訴人の主張に対する判断
(1)相当の対価の計算方法について
ア基本的な考え方につき
(使用者等が従業者等から特許を控訴人は,原判決が,被控訴人の独占の利益
受ける権利を承継して特許を受けた結果,特許発明の実施を排他的に独占することによっ
を算定するに当たり,本件各発明て得られる利益をいう。原判決49頁下第2段落)
による独占の利益を,下記の式①によって計算したのは誤りであり,正し
くは式⑦又は式⑧を用いるべきであったと主張する。
①独占の利益=削減されるコスト額×(1/利益率)×実施料率
⑦独占の利益=利益×(1/利益率)×実施料率
⑧独占の利益(=仮定される実施料)=削減されるコスト額×「特許権者還元率」
しかし,以下のとおり,控訴人の主張する式⑦又は式⑧によって独占の
利益を算定することは相当なものとはいえない。
すなわち,まず,式⑦のうち,「利益×(1/利益率)」は売上にほか
ならないから,式⑦を用いると,被控訴人のスペーサの売上全体に実施料
率を乗じたものをもって,被控訴人の独占の利益として把握することにな
る。しかし,被控訴人のスペーサの売上全体に実施料率を乗じたものと
は,第三者が本件各発明にかかる特許を保有していると仮定した場合に被
控訴人が控訴人に支払うべき実施料にほかならないから,このような算定
方法は,使用者等が従業者等の職務発明に関する特許権について無償の通
常実施権を有すること(特許法35条1項)と相容れない。
また,式⑧は,「特許権者還元率」を含むものであるが,控訴人の主張
によっても「特許権者還元率」の内容は明らかでなく,このように内容の
不明確な項を含む式によって独占の利益を算定することはできない。
イ削減されるコスト額の認定につき
(ア)生産性向上の倍率
a控訴人は,原判決が,本件各発明によって分級の生産性がおおむね
1.5倍向上したと認定したことにつき,原判決はその計算根拠となるス
ペーサの生産量のデータを被控訴人作成の資料(乙26の1∼3,乙
35)によっているが,データの相互間に矛盾があるからこれらの資料
の内容は信用することはできず,原判決の上記認定は不当であると主
張する。そして,その矛盾の具体的内容としては,乙26の1∼3に示
された粒径6ミクロンのスペーサの生産量に対するSPの生産量の割合
に比べて,乙35に示された全粒径のスペーサの生産量に対するSPの割
合が異常に高い,ということを指摘する。
しかし,証人Aの証言及び同証人の陳述書(乙43)によれば,SPS及
びSPNは●●●を主たる用途とするために粒径6ミクロンがボリューム
ゾーンとなるのに対し,SPは,●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●も用途に含まれ,●●●を用途とするものは一部にとどまると
認められるから,SPについて6ミクロン以外の粒径のものの生産量が
多いことが,格別不自然であるということはできない。
b控訴人は,本件各発明による生産性の向上の倍率は,被控訴人の社
内で実際に行われている多粒径回収に則して検討すべきであり,例え
ばSPSについては,単一粒径回収によれば原判決認定のとおり●●倍と
なるとしても,多粒径回収によれば5.4倍になるから,この点からして
も,生産性向上の倍率は5倍を下らないと主張する。
しかし,証人Aの証言及び同証人の陳述書(乙44)によれば,多粒
径回収を行うと,分級作業終了後に回収機の入念な洗浄が必要になる
上に,実際に需要のない粒径のスペーサを回収すると不要な在庫を抱
えることになるから,経営上も望ましくなく,被控訴人は基本的に多
粒径回収を行っていないことが認められる。したがって,控訴人の上
記主張は前提を欠き,採用することができない。
(イ)削減されるコスト額
控訴人は,本件各発明によって削減されるコスト額は,下記の式⑪に
よって計算すべきであると主張する。
⑪削減されたコスト額=現在の分級工程コスト額×(生産性向上率−1)
その上で控訴人は,式⑪のうち「現在の分級工程コスト額」は原判決の
認定した少なくとも●倍であり,「生産性向上率」は原判決の認定した
1.5倍ではなく5倍であるから「(生産性向上率−1)」は8倍となり,
その結果,本件各発明によって削減されるコスト額は,下記の式⑫のと
おり,原判決の認定した●●億円の●●倍である45.44億円に上ると主張
する。
⑫削減されるコスト額(訂正値)=●●億円×●●=45.44億円
しかし,控訴人の主張する式⑪の計算方法によるとしても,まず,
「現在の分級工程コスト額」が原判決の認定した額の●倍に上るとの点
を認めるに足る証拠はない。控訴人は,乙26の1∼3に現れないバッチ
がかなりあること等を指摘するが,証人Aの証言及び同証人の陳述書
(乙43)によれば,乙26の1∼3は,該当期間における粒径6ミクロン
のスペーサの分級についてすべてのデータをまとめたものであると認め
られ,控訴人の指摘する点は,現在の分級工程コスト額についての原判
決の認定を左右するものではない。
また,「生産性向上率」が原判決の認定した1.5倍ではなく5倍である
との控訴人の主張が採用できないことは,前記(ア)に説示したとおりであ
る。
したがって,削減されるコスト額について,控訴人の上記主張を採用
することはできない。
ウ独占の利益の算定につき
控訴人は,式⑦によって独占の利益を算定する場合,本件特許の存続期
間(20年間)中の売上げは1000億円を超えるものであり,被控訴人の主張
する実施料率3.25%を用いたとしても,独占の利益は下記の式⑬のとおり
32.5億円に上ると主張する。
⑬独占の利益=1000億円×3.25%=32.5億円
しかし,式⑦によって独占の利益を算定するのが相当でないことは,前
記アに説示したとおりであるから,控訴人の上記主張も採用することがで
きない。
エ控訴人らの貢献度につき
控訴人は,本件各発明に対する控訴人ら発明者の貢献度は50%を下るこ
とはなく,原判決が被控訴人の貢献度を95%(発明者の貢献度は5%)と
認定したのは誤りであると主張する。
しかし,本件各発明に至る経過,特に,原判決が①∼⑤として指摘する
事情(64頁最終段落∼65頁第1段落)に照らせば,原判決が被控訴人の貢
献度を95%と認定したのは相当である。控訴人は,原判決が指摘する事情
(「本件各発明は,原発明の改良発明であるところ,原発明は,原告が被告CADセの④
ンターに異動してくる前から被告内で蓄積されてきたノウハウ(営業秘密)であり,原告
はこのノウハウに容易にアクセスすることができたために,本件各発明をするに至ったも
について,控訴人らの本件各発明があったことによって原発のであること」)
明を特許化することができたという事情と相殺して評価されるべきである
と主張するが,当該事情を控訴人の有利に参酌するとしても,原判決が明
示的に指摘する①∼⑤の事情のみならず,本件各発明に至る経過の全体を
参酌して被控訴人の貢献度を95%であるとした原判決の認定は左右される
に足るものではない。
(2)シード品の価値に関する主張について
控訴人は,シード品を原料とする分級は,従来のいわゆる分級品にCV値が
匹敵する製品を狙う限り,生産性を全く向上させないと主張する。原判決
が,シード品を原料とする簡易分級が主流となりつつあるから,懸濁重合に
よる樹脂を原料とするいわゆる分級品について,本件各発明によって分級の
生産性が向上したことの意義が小さいと判断したのであれば,原判決の当否
に影響を及ぼすこととなる。
「シード品や導電性微粒子の占める割合が増加しているという事情しかし,原判決の
はあるものの,生産量が増加しており被告が今後シフトしていく予定であると主張するシー
ド品においても,その製造原価(指数)は,懸濁重合が●であるのに対し,シード重合では
●であるという程度の差に止まっていること,導電性微粒子は既に売上構成比率において高
い割合を占めていることによれば,今後もそれらの製品の製造が増加する傾向が続く可能性
があることを考慮しても,平成27年までには,少なくとも平成16年において必要な分級装置
の台数の2倍の分級装置が必要になると認めるのが相当である」(59頁最終段落∼60頁第1
との判示に照らせば,原判決は,シード品を原料とする簡易分級が主流段落)
となりつつあることを,分級品について本件各発明によって分級の生産性が
向上したことの意義を減殺する事由として評価しているものではない。した
がって,控訴人の上記主張は,原判決の当否に影響を及ぼすものではない。
(3)控訴人のその他の主張について
ア控訴人は,原判決が,控訴人がなした発明のうち流出口の形状変更の点
を相当の対価の算定において考慮しなかったのは不当であると主張する
(控訴人の主張(3)ア)。
確かに,相当の対価の算定の対象となる「発明」は,特許法35条3項の
規定の体裁からして,特許化されたものに限られるわけではなく,使用者
が特許を受ける権利を譲り受けながらあえて特許出願をせずノウハウとし
て秘匿した場合も,相当の対価の算定の対象となり得るものである。しか
し,本件における流出口の形状変更の工夫のように,それ自体について特
許出願もノウハウとしての秘匿もなされず,公開特許公報の図面への記載
によって一般に開放される程度の発明については,使用者の独占の利益は
法律上も事実上も生じないというべきであるから,当該発明について相当
の対価の支払義務が使用者に生じることはないといわざるを得ない。した
がって,原判決の判断に誤りはなく,控訴人の主張は採用することができ
ない。
「流量を一定に保った上での生産性の向上の程度を立証する責イ控訴人は,原判決が
と判示したことについて,実験等によって分級の生任は原告にある」(47頁)
産性を明らかにすることは控訴人にとって事実上不可能であると主張する
(控訴人の主張(3)イ)。
しかし,そのような事情は,立証責任を相手方たる被控訴人に負わせる
ことの根拠となるものではない。また,被控訴人も営利企業である以上,
生産性を最大限向上させるために●●●の流量等の条件を最適化している
ものと推認されるから,原判決が,被控訴人の実際の生産におけるデータ
(乙26)に基づいて生産性向上の程度(倍率)を認定したことに,不合理
な点があるということはできない。
ウ控訴人は,特許法35条1項が定める通常実施権の意義や,独占の利益の
算定方法について,原判決の理解には誤りがあるとも主張するが(控訴人
の主張(3)ウ),これらの点について原判決に誤りがないことは,上記(1)
において説示したとおりである。
エ原審裁判官の審理方法に関する控訴人の主張について
(ア)控訴人は,原審裁判官には,別紙「準備書面甲控1」(控6)記載の
とおり,①時効に関する審理,②判決に至るまでの「慎重」な検討と訴
訟費用に関する裁判,③審理の進め方全般等について,それぞれ多くの
偏向があった旨主張する。
しかし,控訴人の上記主張は,原審裁判所の裁判長であった田中裁判
官の訴訟指揮の当否を問題とするものであるところ,原審記録を精査し
ても,田中裁判官による訴訟指揮権の行使につき,原判決を違法ならし
める訴訟手続違背があったとは到底認めることができない。したがっ
て,控訴人の上記主張は採用しない。
(イ)次に控訴人は,原審裁判官とりわけ田中裁判官には,別紙「準備書面
甲控1」(控7)記載のとおり,一審被告(被控訴人)側から,会食・
買収等の汚職行為を受けた状況証拠がある等と主張する。
しかし,別紙「準備書面甲控1」(控7)の記載及び控訴人X本人尋
問の結果によっても,控訴人の上記主張は,いずれも憶測に基づく主張
の域を出ないものであり,その他本件訴訟記録を精査しても,田中裁判
官等に上記事実があったとは,到底認めることができない。したがっ
て,控訴人の上記主張は採用しない。
4被控訴人の当審における主張について
被控訴人は,本件各発明により被控訴人に独占の利益が生じたという原判決
の判断はそもそも誤りであると主張する。しかし,被控訴人の上記主張を参酌
しても,原判決の判断はこれを変更する必要を認めないと判断する。したがっ
て,被控訴人の上記主張は採用しない。
5結語
以上によれば,原判決は正当として是認することができる。よって,本件控
訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官岡本岳
裁判官上田卓哉

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