弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人井藤誉志雄、同藤原精吾、同前哲夫、同佐伯雄三、同宮崎定邦、同堀
田貢、同前田修、同木村治子、同高橋敬、同吉井正明、同田中秀雄、同持田穣、同
野田底吾、同原田豊、同中村良三、同羽柴修、同山崎満幾美、同野沢涓、同小牧英
夫、同山内康雄、同宮後恵喜、同大音師建三、同田中唯文、同伊東香保、同前田貢、
同山平一彦、同古本英二、同前田貞夫、同川西譲、同木下元二、同垣添誠雄、同上
原邦彦、同足立昌昭、同木村祐司郎、同竹内信一名義、同岩崎豊慶、同橋本敦、同
西元信夫、同松本晶行、同新井章、同大森典子、同高野範城、同渡辺良夫、同四位
直毅、同池田真規、同金住典子、同田中峯子、同門井節夫、同金井清吉の上告理由
について
 一 原審の適法に確定したところによれば、本件の事実関係は次のとおりである。
 上告人は、国民年金法別表記載の一級一号に該当する視力障害者で、同法に基づ
く障害福祉年金を受給しているものであるところ、同人は内縁の夫との間の男子D
(昭和三〇年五月一二日生)を右夫との離別後独力で養育してきた。上告人は、昭
和四五年二月二三日、被上告人に対し、児童扶養手当法に基づく児童扶養手当の受
給資格について認定の請求をしたところ、被上告人は、同年三月二三日付で右請求
を却下する旨の処分をし、上告人が同年五月一八日付で、被上告人に異議申立てを
したのに対し、被上告人は、同年六月九日付で、右異議申立てを棄却する旨の決定
をした。その決定の理由は、上告人が障害福祉年金を受給しているので、昭和四八
年法律第九三号による改正前の児童扶養手当法四条三項三号(以下「本件併給調整
条項」という。)に該当し受給資格を欠くというものであつた。
 二 そこで、まず、本件併給調整条項が憲法二五条に違反するものでないとした
原判決が同条の解釈適用を誤つたものであるかどうかについて検討する。
 憲法二五条一項は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を
有する。」と規定しているが、この規定が、いわゆる福祉国家の理念に基づき、す
べての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきこと
を国の責務として宣言したものであること、また、同条二項は「国は、すべての生
活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければ
ならない。」と規定しているが、この規定が、同じく福祉国家の理念に基づき、社
会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを国の責務として宣言したも
のであること、そして、同条一項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右
のような義務を有することを規定したものではなく、同条二項によつて国の責務で
あるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的・
現実的な生活権が設定充実されてゆくものであると解すべきことは、すでに当裁判
所の判例とするところである(最高裁昭和二三年(れ)第二〇五号同年九月二九日
大法廷判決・刑集二巻一〇号一二三五頁)。
 このように、憲法二五条の規定は、国権の作用に対し、一定の目的を設定しその
実現のための積極的な発動を期待するという性質のものである。しかも、右規定に
いう「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概
念であつて、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社
会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきも
のであるとともに、右規定を現実の立法として具体化するに当たつては、国の財政
事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専
門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。したがつて、
憲法二五条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択
決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らか
に裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するの
に適しない事柄であるといわなければならない。
 そこで、本件において問題とされている併給調整条項の設定について考えるのに、
上告人がすでに受給している国民年金法上の障害福祉年金といい、また、上告人が
その受給資格について認定の請求をした児童扶養手当といい、いずれも憲法二五条
の規定の趣旨を実現する目的をもつて設定された社会保障法上の制度であり、それ
ぞれ所定の事由に該当する者に対して年金又は手当という形で一定額の金員を支給
することをその内容とするものである。ところで、児童扶養手当がいわゆる児童手
当の制度を理念とし将来における右理念の実現の期待のもとに、いわばその萌芽と
して創設されたものであることは、立法の経過に照らし、一概に否定することので
きないところではあるが、国民年金法一条、二条、五六条、六一条、児童扶養手当
法一条、二条、四条の諸規定に示された障害福祉年金、母子福祉年金及び児童扶養
手当の各制度の趣旨・目的及び支給要件の定めを通覧し、かつ、国民年金法六二条、
六三条、六六条三項、同法施行令五条の四第三項及び児童扶養手当法五条、九条、
同法施行令二条の二各所定の支給金額及び支給方法を比較対照した結果等をも参酌
して判断すると、児童扶養手当は、もともと国民年金法六一条所定の母子福祉年金
を補完する制度として設けられたものと見るのを相当とするのであり、児童の養育
者に対する養育に伴う支出についての保障であることが明らかな児童手当法所定の
児童手当とはその性格を異にし、受給者に対する所得保障である点において、前記
母子福祉年金ひいては国民年金法所定の国民年金(公的年金)一般、したがつてそ
の一種である障害福祉年金と基本的に同一の性格を有するもの、と見るのがむしろ
自然である。そして、一般に、社会保障法制上、同一人に同一の性格を有する二以
上の公的年金が支給されることとなるべき、いわゆる複数事故において、そのそれ
ぞれの事故それ自体としては支給原因である稼得能力の喪失又は低下をもたらすも
のであつても、事故が二以上重なつたからといつて稼得能力の喪失又は低下の程度
が必ずしも事故の数に比例して増加するといえないことは明らかである。このよう
な場合について、社会保障給付の全般的公平を図るため公的年金相互間における併
給調整を行うかどうかは、さきに述べたところにより、立法府の裁量の範囲に属す
る事柄と見るべきである。また、この種の立法における給付額の決定も、立法政策
上の裁量事項であり、それが低額であるからといつて当然に憲法二五条違反に結び
つくものということはできない。
 以上の次第であるから、本件併給調整条項が憲法二五条に違反して無効であると
する上告人の主張を排斥した原判決は、結局において正当というべきである。(な
お、児童扶養手当法は、その後の改正により右障害福祉年金と老齢福祉年金の二種
類の福祉年金について児童扶養手当との併給を認めるに至つたが、これは前記立法
政策上の裁量の範囲における改定措置と見るべきであり、このことによつて前記判
断が左右されるわけのものではない。)
 三 次に、本件併給調整条項が上告人のような地位にある者に対してその受給す
る障害福祉年金と児童扶養手当との併給を禁じたことが憲法一四条及び一三条に違
反するかどうかについて見るのに、憲法二五条の規定の要請にこたえて制定された
法令において、受給者の範囲、支給要件、支給金額等につきなんら合理的理由のな
い不当な差別的取扱をしたり、あるいは個人の尊厳を毀損するような内容の定めを
設けているときは、別に所論指摘の憲法一四条及び一三条違反の問題を生じうるこ
とは否定しえないところである。しかしながら、本件併給調整条項の適用により、
上告人のように障害福祉年金を受けることができる地位にある者とそのような地位
にない者との間に児童扶養手当の受給に関して差別を生ずることになるとしても、
さきに説示したところに加えて原判決の指摘した諸点、とりわけ身体障害者、母子
に対する諸施策及び生活保護制度の存在などに照らして総合的に判断すると、右差
別がなんら合理的理由のない不当なものであるとはいえないとした原審の判断は、
正当として是認することができる。また、本件併給調整条項が児童の個人としての
尊厳を害し、憲法一三条に違反する恣意的かつ不合理な立法であるといえないこと
も、上来説示したところに徴して明らかであるから、この点に関する上告人の主張
も理由がない。
 以上の次第であるから、論旨は、いずれも採用することができない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の
意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    服   部   高   顯
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    本   山       亨
            裁判官    中   村   治   朗
            裁判官    横   井   大   三
            裁判官    木   下   忠   良
            裁判官    鹽   野   宜   慶
            裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    宮   崎   梧   一
            裁判官    寺   田   治   郎
            裁判官    谷   口   正   孝
            裁判官    大   橋       進
 裁判官栗本一夫は、退官のため署名押印することができない。
         裁判長裁判官    服   部   高   顯

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