弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
○ 事実
一 当事者の申立
(一) 原告ら
被告が原告らの昭和四五年一二月二一日付東京都反軍平和条例制定請求代表者証明
書交付申請に対し、昭和四六年一月七日付四五総総文収第四二四号をもつてなした
右証明書交付拒否処分を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
(二) 被告
主文と同旨
二 原告らの請求原因および被告の主張に対する反論
(一) 原告らは、いずれも東京都において東京都議会の議員および都知事の選挙
権を有する者であるところ、昭和四五年一二月二一日地方自治法(以下単に法とい
う。)七四条一項、同法施行令(以下単に令という。)九一条一項により、被告に
対しその代表者として別紙請求の要旨および別紙条例案を添えて条例制定請求代表
者証明書の交付を申請した。
しかし、被告が昭和四六年一月七日付四五総総文収第四二四号をもつて、これが条
例規定事項に該当しないという理由で右証明書交付を拒否した。
(二) 被告の右処分は次の理由により違法である。
1 そもそも、直接請求制度は、法が地方自治体の長あるいは議会による通常の自
治体運営活動のほかに、住民に対し直接その運営に参加する方法を保障することに
よつて、住民と長との間に何らかの不一致が存在し、住民の意思が長や議会に反映
しない事態が生じた場合を予想し、かかる場合の調整のために設けられた制度であ
る。
従つて、本件のような場合において、もし長が条例の制定事項であるか否かをまず
決しうるとすれば、長は自己の見解に添わない住民の直接請求を事前に禁止、抑圧
しうることとなり、住民の意思を代表する議会においてこれを審議する機会は奪わ
れ、直接請求を認めた法の趣旨は全く没却されてしまうことになる。
条例発案権は本来議員および長にあるが、これらの発案権行使についてはその発案
内容が事前に他の機関の審査に服し、議会への提案を阻止されるということは現行
法上全くありえないのに、これらの発案権行使に代る住民の条例制定(改廃)請求
についてのみ行政機関たる長が事前にその内容を審査して議会への提案を阻止しう
ると考えるのは、この制度の趣旨を不当に軽視するものである。
他方、長は、当該条例案が所要の署名を得て議会において審議可決されても、その
条例が違法であると判断すればこれを再議に付し、さらに再度の議決に対しては自
治大臣等に審査を求め(法一七六条)、最終的には裁判所の判断も受けることがで
きるのである。このように、長はその条例の内容を判断し、違法条例の出現を阻止
する権限と機会を十分保障されているのであつて、条例制定請求の最初の手続段階
である代表者証明書交付申請の時点で長が条例の内容を実質審査してその判断によ
りその後の手続の進行を阻止することは到底許されない。
さればこそ、法は条例制定(改廃)請求のこの段階では、長は専ら形式的審査のみ
行いうるものと考えて、令九一条二項に明文をもつて、前項の請求があつたときは
「直ちに」市町村の選挙管理委員会に対し所定の確認を求め、その確認があつたと
きは請求代表者の証明書を交付することと定めているのである。
2 仮に、当該条例案が一見極めて明白に条例で規定しえない事項を定めるときに
限り、長は代表者証明書の交付を拒否できるとしても、右に「一見極めて明白」に
非条例事項であるというのは、例えば憲法改正手続を定めようとする条例案のごと
く、一般通常人がみて直ちに条例非制定事項であると断言できる程度に明白なもの
を指し、本件条例案はこれに該当しない。
何故なら、本件条例案は東京都が所有権又は管理権をもつ建造物、道路、上下水道
その他の公共施設および都職員の使用方法に関する規制であり、かかる事項がいず
れも条例制定事項であることは法二条三項一ないし六号の定め、およびこれに基づ
き実際にいくたの条例が制定されている事実に徴しても明らかである。
本件条例案は原告らの主張するいわゆる武力集団の存在そのものを直接的、積極
的、全面的に規制しようとするものではなく、かかる武力集団が本条例制定によつ
て被るかもしれない活動上の制約は、単に正当な条例制定による反射的効果に過ぎ
ない。
(三) 被告の主張に対する反論
1 上水道使用の制限について、水道法一五条にいう「正当な理由」は必ずしも被
告の主張するように狭く解すべきではない。上水道の使用に対する規制がまず地域
住民に対し、いかにして豊富低廉な水の供給をなすかという観点よりなされるべき
は当然のことながら、地方自治の本質が地域住民の自治を最大限に尊重しつつそこ
に最大の福祉をもたらすことにあるとすれば、当面の水の公平な供給が却つて住民
の生活を侵害し、惨禍をもたらす結果となる虞れのあるとき、まず住民福祉を優先
させてその災禍を防止するため、ある者に対し上水道の使用制限措置をとることは
地方自治体にとり当然の責務である。
例えば、東京都公害研究所長はかつて「公害企業への水の供給をさし止めることを
考えている」と述べ、武蔵野市では日照権問題で市の行政指導に従わないマンシヨ
ンに対して上、下水道施設の利用禁止を実施している。
「日本国憲法第九条に一見明白に違反して現に戦闘活動に従事し、若しくは戦力を
備えた一切の武力集団」が一公害企業やマンシヨンよりもより酷い害毒を住民にま
きちらすことになるのは必至である。それは憲法の平和主義、武器放棄条項を破壊
し、住民生活を脅し、現に騒音、電波障害、地域発展の阻害など住民の生命身体財
産に直接的危害をもたらしている。このような存在に対して住民は自らを守るた
め、与えられた条例制定権の最大限の活用が許されることは当然であつて、その内
容の一つとして上水道の使用制限を定めることは住民福祉のためやむをえないこと
であるから、水道法一五条にいう「正当の理由」にあたる。
このことは都の給水条例にも、給水装置の新設について利害関係人の承諾を要する
ものとしている(四条二項)し、また「管理者が公益上必要あると認めた場合」と
いうような漠然とした要件で給水の停止、使用制限ができると定めている(二〇条
一項)ことからも窺われるし、本条例の定めるような厳格な要件で上水道使用の規
制をなすことが一見極めて明白に違法であると断じえないこと明らかである。
2 下水道使用の制限についても全く同じである。我が国の下水道は先進国都市の
半分程度にしか建設が進んでいない現状で、その利用を切望している納税者たる都
民をさし置き、かかる武力集団に優先使用させなければならない理由はない。
しかも、下水道法には水道法一五条のような締約強制の定めは存在しない。これは
生存に不可欠の水の供給と、なくても生活に不便を感じる程度ですむ下水道施設利
用との本質的相違を反映しているものである。従つて、下水道については上水道よ
りもつと広汎な政治的配慮をもつてその使用規制をなすことが許されるものと解さ
れる。
3 道路使用の制限については、道路が公共用物であつて本来一般公衆の自由な使
用に委ねられていることは被告主張のとおりであるが、これに対する規制が道路法
の定め以外には許されないとするのは不合理である。公共用物についてはその管理
権者がその自由使用の範囲につき限定しうるし、さらに社会公共の秩序に影響を生
ずる虞れのあるときは公物警察権に基づきその使用を制限、禁止できるものと解さ
れるところ、道路法は同法に定める要件以外に何ら規定していないから、条例によ
つて道路法の趣旨に反しない限度で使用制限を設けることは当然許されるのであつ
て、本件条例案は道路法一条の「公共の福祉の増進」によりよく適合するものであ
る。
4 その他の公共施設の使用制限についても前述のことがそのまま当てはまる。こ
れらの施設はその多くが知事の使用承認を規定しており、本件条例案もその承認の
内容を定めようとするものである。各施設の設置目的に照して、本件条例案におけ
る武力集団のごときに使用を禁止すべきは当然である。現に各種の公共施設に関
し、それぞれ条例中にその使用制限規定を設けているものが少くない。例えば、東
京都立病院条例八条は、知事が入、在院を不適当と認めたときは拒絶できる旨定
め、東京都立公園条例一七条は管理のため必要があれば、知事が使用制限できると
し、東京都営住宅条例五条二項は特に必要あるとき知事が、使用申込者の資格を制
限できると定めているなどである。
被告は、かかる施設が一般公開を原則とし、その制限の要件が既に限定されてお
り、それ以外の要件を定めることは違法であると主張するけれども、法律的根拠に
乏しい議論である。
そして、これらの施設に対する使用規制の実際は、被告の主張より広汎な行政目
的、政治目的による裁量を許していること明らかであり、本件条例案のような厳格
な要件をもつて住民の福祉増進の目的から前記の武力集団に対し、一定の規制を加
えることが「一見極めて明白」な違法であるとは到底解されない。
三 被告の認否と主張
(一) 原告ら主張の二(一)の事実のうち、原告らが東京都議会議員および都知
事の選挙権を有する点は不知、その余は認める。同(二)の事実は争う。
(二) 被告のなした本件条例制定請求代表者証明書の交付申請拒否処分は適法で
ある。すなわち、
1 一般に条例制定(改廃)請求にかかる代表者証明書の交付申請については、そ
の条例案が「条例に規定しえない事項」または「条例制定(改廃)請求をなしえな
い事項」に関するものであることが、一見極めて明白で、条例としての同一性を失
わせない範囲で修正を加える可能性がなく、条例制定(改廃)請求制度を利用させ
るに値しないと認められるような場合には、代表者証明書交付申請を受けた長は、
当該申請を拒否できるものと解されるところ、地方公共団体の定める条例は法令の
規定に反しない限度においてのみ制定することができる(法一四条一項)ものであ
るから、現行の法令の規定に反し、また右規定の趣旨に反する内容の条例案は、右
にいわゆる条例に規定しえない事項を定める条例ということになる。
そして、本件条例案の内容は以下に述べるとおり、現行法令の規定に反し、またそ
の規定の趣旨に反するものであることが一見して明白である。
2 原告らの本件条例案は、その内容において、東京都が自ら所有権または財産管
理権をもつ公の施設および都の職員を日本国憲法九条に一見明白に違反する戦力を
そなえた武力集団のために使用し、または使用させてはならないことを規定してい
る(二条)。
しかしながら、そもそも戦力をそなえた武力集団の規制は国の管轄に属することか
らであるから、地方公共団体が右のような集団の存在を前提として条例をもつてこ
れを積極的または消極的に規律する措置を定めることは条例で規定しえない事項を
規定することになつて許されない。
本件条例案は、東京都が原告らの主張する武力集団に対し、一定内容の不利益取扱
いなすべきことを定めているのであるからその規定はこれらの集団に対し一種の消
極的規制を行なうものであり、それは法二条二項、一四条一項に違反して、条例に
より規定しえない事項を規制の対象とする違法なものといわざるをえず、かつ、そ
の違法は一見極めて明白であるといわなければならない。
3 さらに具体的な施設について述べることとする。
(イ) 上水道使用の制限については、もともと上水道施設は清浄にして豊富低廉
な水の供給を図り、もつて公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与するなどの公
共目的に基づいて設置(水道法一、二条)、管理されるものである。そして、同法
一五条によれば、水道事業者たる東京都は水道の使用者に対しては料金の不払、給
水装置の検査の不当拒否その他の正当な理由あるとき以外は給水を停止することは
できず、また、需要者の給水契約申込に対しても正当な理由なくして締約拒否はで
きないのであり、かつ何がこの正当な理由に当るかということも水道法の企図する
右行政目的に照してのみ解釈判断されなければならない。従つて、水道の使用者が
憲法九条に一見明白に違反する武力集団であるとかないとかいうことは給水停止な
いしは制限を正当化する基準とはなりえない。
のみならず、特定の者もしくは集団に対する給水義務を否定するならば、対象者の
生存上および公衆衛生上ゆゆしい事態を招くおそれを生ずることになるので、水道
法にいう前記目的以外の見地からする規制は、明らかに同法一五条に違反する。
都の給水条例四条二項が給水装置の新設につき利害関係人がある場合その承諾を要
することとしているが、これは給水工事に伴う紛争回避のための訓示規定であつ
て、承諾を得られない場合に都の給水義務が消滅するものでもない。
また、同条例二〇条一項が管理者において公益上必要と認めた場合に給水の停止、
使用の制限ができると規定しているが、これも水道法自体の目的に則り、公衆衛生
上の見地などからなされるものであつて、建築基準法違反の建築物に対してさえ、
給水の拒否は許されないものと解する。
(ロ) 下水道の使用制限についても前記同様のことがいえる。下水道法の企図す
る行政目的、すなわち、都市の健全な発達および公衆衛生の向上など下水道施設本
来の公共目的に照してのみ解釈すべきである(同法一条)。
また、同法によれば、公共下水道の使用が開始された場合においては、当該公共下
水道の排水区域内の土地所有者、使用者又は占有者はその土地の下水を公共下水道
に流入させるために必要な排水設備を設置する義務があり(同法一〇条一項)、そ
の反面、公共下水道の管理者たる地方公共団体は、これを利用させる義務を負うの
である。そこで、その管理者は使用者が下水道法の規定に従う限り、公共下水道施
設の工事その他これに準ずるやむをえない理由がある場合でなければその使用を制
限することができない(同法一四条)。
従つて、その使用者が憲法九条に一見明白に違反する武力集団であるという理由で
下水道の使用を拒否するとすれば、それは明らかに下水道法に違反することにな
る。
(ハ) 道路の使用についても、公衆は公共用物一般の場合と同様その本来の用法
に従いこれを自由に使用することができる。ただ、道路法の行政目的に従い、道路
の構造の保全あるいは交通上の危険防止などのために使用禁止、制限がなされうる
に過ぎない(道路法三七、四六条参照)。
従つて、道路の使用者が憲法九条に違反する武力集団であるということを事由にそ
の使用制限をすることは、許されない。
(ニ) その他公の施設たる建造物等も、それぞれの設置目的および管理運営上支
障がない限り、原則として常に一般利用に公開されるべきものであつて、法は正当
な理由がない限り住民の利用を拒絶できない旨規定している(二四四条)。条例を
もつてする利用制限が許されるのは、例えば公会堂や図書館の改築、図書整理のた
めの休館など管理上必要な場合、集会、読書など許された目的以外の使用申込等館
内の秩序をみだす虞れのある場合、使用料を前納しないときなどに限定されるので
ある。
4 このように、本件条例案の内容は、仮に公の施設等の使用方法に対する規制に
止まるものであるとしても、明らかに法令、条理に反するものであつて、「条例で
規定しえない事項」を規定しようとするものであることは一見極めて明白で、かつ
条例として同一性を害することなく修正を加える可能性もないから、原告らの本件
条例制定請求代表者証明書の交付申請を拒否した処分は適法である。
四 証拠(省略)
○ 理由
一 原告らがその主張の日時に被告に対し別紙請求の要旨および条例案を添付して
法七四条、令九一条一項の規定に基づき条例制定請求代表者証明書の交付申請をし
たのに対し、被告が昭和四六年一月七日付をもつて条例制定事項に該当しないとい
う理由により右証明書の交付を拒否したことは当事者間に争いがなく、原告らが東
京都議会議員および都知事の選挙権を有することは、本件口頭弁論の全趣旨からこ
れを認めることができる。
二 そこで、被告の前記拒否処分の当否につき検討する。
(一) まず、条例制定(改廃)請求手続を概観するに、そもそもこの制度は、地
方自治の本旨に則り地方行政に対する民主的住民参加の方法として住民に条例の発
案権を認めるものであつて、令九一条によれば、その請求代表者が長に対し代表者
証明書の交付を申請し、その申請を受けた長は直ちに選挙管理委員会に対し当該請
求代表者が選挙人名簿に記載されていることの確認を求め、その確認を得たときは
これに代表者証明書を交付しなければならない。そして、請求代表者は長から代表
者証明書の交付を受けたうえ、令九二条以下に定めるとおり選挙権を有する住民の
五〇分の一以上の賛成署名を収集しなければならず、また、この署名を得て制定
(改廃)請求しても条例案について議会の審議が行われ、そこで違法なものと判断
されれば否決されるであろうが、仮りに違法を看過して可決されても、長は、これ
を再議に付し、なお違法があれば自治大臣又は知事に審査の申立をなし、その裁決
に対して出訴することもできる旨定められている(法一七六条)。
(二) 従つて、もし請求代表者が長より代表者証明書の交付を得られないときは
以後条例制定(改廃)請求に関する一切の活動をなしえないのであるから、令九一
条による右請求の最初の手続として長による代表者証明書の交付を必要とする趣旨
は、当該地方公共団体の議会の議員および長の選挙権を有する者でなければ条例制
定(改廃)請求をなしえないところから、請求手続の冒頭においてその資格を公に
確認しておくことにより、同請求資格をめぐる無用の紛争を避けるとともに爾後の
手続の明確を期するためであると解される。
(三) そうすると、長が代表者証明書交付申請の段階で条例案の実質的審査をな
し、その内容が条例制定事項ではないことを理由に右証明書の交付を拒否できるか
どうかは、前記のごとき条例制定(改廃)請求制度本来の趣旨のほか住民と議会、
長など各機関相互の関係をも総合的に考慮して決するのほかはない。いまこれを形
式的にみると、代表者証明書の交付手続を定めた令九一条には長がこの段階で条例
案の実質的審査をしてその判断により同証明書の交付を拒否できる旨の規定がな
く、却つて、長が代表者証明書交付申請を受理したときは「直ちに」選挙管理委員
会に対し代表者が選挙人名簿に記載されていることの確認を求め、その確認を得た
ときはこれに代表者証明書を交付すべきことを義務づけている。のみならず、実質
的にみても、もし長に右の実質的審査の権限を肯定するならば、ある事項を規律す
ることが条例制定事項かどうかについて住民と長との間に意見の相違がある場合に
は、住民の発案権がまさにその見解の相違ゆえに手続の最初の段階において阻止さ
れ、条例案について議会の審議を受ける機会が奪われる結果となり、議会制度の本
質にも悖ることとなる。
さらに、議会の違法な議決に対しては長が事後的にこれを是正しうるよう前記の手
段が講じられており、また、本来の発案権者である議員および長の発案権行使につ
いては、事前に他の機関より発案内容の適否につき審査を受けて議会への上程を阻
止されるということは現行法上全く規定されていない。しかるに、これらの発案に
代る住民の条例制定(改廃)請求についてのみ行政機関の長にその実質的審査権を
認めて条例案の事前審査を許すのは直接請求制度の趣旨を没却するものである。
してみると、代表者証明書交付の手続において長がその判断により条例案の内容を
理由に右証明書の交付を拒否することは許されないというのが法の建前であると解
さざるをえない。
しかし、さればといつて、この建前が原告ら主張のようにいかなる例外も許さない
絶対的なものとすることは相当でなく、当該条例案の内容が条例で規定しえない事
項または条例制定(改廃)請求をなしえない事項に亘るものであることが一見極め
て明白で、その瑕疵が条例案としての同一性を失わない範囲で補正することが不可
能であるため、条例制定(改廃)請求制度を利用させるに値しないものと認められ
るような場合は、例外として長はこのことを理由に代表者証明書の交付を拒否でき
るものと解すべきである。
(四) そして、地方公共団体は法令に違反しない限りにおいて、その事務に関し
条例を制定することができる(法一四条)のであつて、条例制定事項に該当しな
い、例えば地方公共団体の事務以外の事項に関するもの(法二条一〇項)、または
条例が法令の規定に違反するもの、あるいは法令が条例にある事項を委任している
場合、その委任の範囲を逸脱したものなどは条例として無効とならざるをえない。
(五) そこで、叙上の見地から本件代表者証明書交付拒否処分について考えてみ
る。
本件条例案は、「東京都が日本国憲法第九四条及び地方自治法第二四四条に基き、
住民の福祉の増進を目的として、所有権又は財産管理権をもつ建造物、道路、上下
水道、その他の公の施設及び都の職員を日本国憲法第九条に一見明白に違反して、
現に戦闘活動に従事し、若しくは戦力を備えた一切の武力集団のために使用し、又
は使用させてはならない」。(二条一項)との規定を骨子とするところ、被告は戦
力を備えた武力集団の規制は国の管理事項であつて、条例制定事項ではないと争う
けれども、東京都が所有権又は財産管理権を有する建造物、道路、上下水道その他
の公の施設や職員の管理に関する事項は地方公共団体たる都の固有の事務に属する
(法二条)から、都は右施設ないしは職員の使用規制に関し法令に違反しない限り
において条例を制定することができるものと解される。
しかしながら、道路、上下水道などいわゆる公共用営造物はいずれも住民の福祉を
増進する目的をもつてその利用に供するために設置されたものであつて、地方公共
団体は正当な理由のない限り住民の利用を拒んではならないし、利用上不当な差別
的取扱いをすることは許されないのである(法二四四条)。これを住民の側からみ
れば、他人の共用を妨害しない限度においてこれらの施設を自由に利用できるのが
原則である。しかも、本件で問題とされている各公共用営造物についてはそれぞれ
の関係法令中に住民の自由使用(一般使用)を明文をもつて規定している。すなわ
ち、
1 水道法は、水道事業が清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もつて公衆衛生
の向上と生活環境の改善とに寄与することを目的とするものであり(同法一条)、
それが住民の保健衛生上影響するところが極めて大であるため、水道事業者は給水
を開始した後においては厚生大臣の許可を受けなければその事業の全部又は一部を
休止し、又は廃止してはならないものとされ(同法一一条)、ことに事業計画に定
める給水区域内の需要者から給水契約の申込みを受けたときは、正当な理由がなけ
れば契約締結を拒絶できないし、給水を受ける者に料金不払い、給水装置の検査拒
否その他正当な理由があるとき以外は給水の停止もできず、原則として常時水を供
給すべきことが義務づけられている(同法一五条)。
2 下水道の使用についても、ほぼ水道の場合と同様であつて、下水道は都市の健
全な発達および公衆衛生の向上に寄与することを目的とし(下水道法一条)、同法
により公共下水道の排水区域内の土地所有者、使用者又は占有者はその土地の下水
を公共下水道に流入させるために必要な排水設備を設置する義務があり(同法一〇
条)、この義務者が他人の土地又は排水設備を利用しなければ公共下水道へ流入さ
せることが困難であるときは他人の土地ないしは排水設備を利用させることもでき
る(同法一一条)。反面、公共下水道の管理者は下水道工事の施行その他これに準
ずるやむをえない理由がある場合のほかその使用を制限することができない(同法
一四条)と定められている。
3 道路の場合は、一般交通の用に供するをもつてその使命とするから(道路法二
条)、公衆は他人の共用使用を妨げない限度で自由に道路の使用ができるのであつ
て、道路の構造の保全あるいは交通の危険防止のために使用を禁止又は制限される
ことがあるに過ぎない(同法三七条、四六条)。
このようにみてくると、右公共用営造物につき、地方公共団体が条例をもつて一部
の者又は特定の集団に対しその利用制限を規定するには、これを必要かつ合理的な
らしめる正当な理由の存在が要求されるところ、何がその正当な理由に当るかは各
施設の設置目的および管理運営上の事由によるものに限定されると解するのが相当
である。
他方、東京都の職員は地方公務員としてすべて全体の奉仕者として公共の利益のた
めに勤務すべき義務を負い(地方公務員法三〇条)、条例をもつて特定の個人又は
集団に対する事務を拒否することは同法に違反して許されないこと明らかである。
三 してみると、本件条例案のように東京都が所有権又は財産管理権をもつ上下水
道、道路、建造物その他の公の施設および職員を、日本国憲法九条に一見明白に違
反して現に戦闘活動に従事しもしくは戦力を備えた武力集団(このような集団が存
在するかどうかの判断をしばらくおくとしても)のために使用することを禁止する
内容の条例を制定することは、前記のごとく地方自治法、水道法、下水道法、道路
法ならびに地方公務員法など関係各法令の明文に違背することが極めて明白であ
る。
そして、叙上のところからすれば、本件については条例案としての同一性を維持し
ながらその瑕疵を補正することは不可能であると認められるから、被告が原告らの
本件条例制定請求代表者証明書交付申請に対し条例制定事項に該当しないという理
由で右証明書の交付を拒否した処分は相当であつて、原告ら指摘のような違法は認
められないので、原告らの本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民
事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高津 環 牧山市治 上田豊三)
(別紙)
東京都反軍平和条例制定請求の要旨
一 請求の要旨(千字以内)
(一) 私たち東京都民は首都の軍事基地(立川、横田、稲城、練馬、市ヵ谷、麻
布等々)を一掃したいと決意しました。
(2) 住民大多数の意思を無視し、住民の福祉の増進を妨げることも意に介する
ことなく、首都内に軍事基地を存続させる政府自民党の軍事政策は、絶対に許すこ
とのできない住民無視の政策であり、私たちは日本国憲法の主柱である平和主義に
反する米軍および自衛隊には「絶対非協力」の態度を貫くことで抗議の意思を表明
いたさねばならない、と考えます。
(3) 日本国憲法は、数百万の尊い血の犠牲の上に立つて「不戦の誓い」を行つ
た日本国民にとつて、一切の政治の基礎となるべきものであり、東京都が口先きで
平和を唱え、実際は首都に多数の巨大な軍事基地を存続させている現状は、到底許
さるべきではありません。
私たちは真に実効ある平和への努力として、少くとも東京都が所有権又は財産管理
権を有する公の施設を、本来の目的である住民の福祉の増進のためにのみ使用する
ため別紙条例案の通り、違憲性の明らかな武力集団の利益のためには一切使用させ
ない方針を確立するべきであると考え、都職員の使用禁止規定をもふくむ東京都反
軍平和条例の制定を請求する次第である。
(4) なお請求代表者らの本条例制定請求の目的は、住民の福祉に反する一見明
白に違憲な武力集団に対し、住民自治の権利に基き、法令の許す範囲内での民主的
コントロールをなそうとするのであるから、右趣旨に添うかぎり立法技術上必要が
あれば、適当な修正を加え、是非とも本条例を適法に成立させるよう、知事ならび
に議会関係者各位の格段の御配慮を切望するものである。
二 請求代表者(省略)
(別紙条例案)
東京都反軍平和条例(案)
第一条 政府の行為により、再び戦争の惨禍に巻きこまれることのないよう、ここ
に東京都を真の平和都市にする東京都民の決意を全世界人民に明らかにするため、
日本国憲法第九条および同第九四条に基きこの条例を制定する。
第二条 東京都が日本国憲法第九四条及び地方自治法第二四四条に基き、住民の福
祉の増進を目的として、所有権又は財産管理権をもつ建造物、道路、上下水道、そ
の他の公の施設及び都の職員を日本国憲法第九条に一見明白に違反して、現に戦闘
活動に従事し、若しくは戦力を備えた一切の武力集団のために使用し、又は使用さ
せてはならない。
二 前項の目的を達するため、知事に直属する調査審議会(以下「反軍平和調査審
議会」という)を設け、必要な参考資料ならびに重要事項の審議を行ない、知事の
執行を補助するものとする。
三 反軍平和調査審議会は、委員一〇名をもつて構成し、委員は毎年一回本条例に
対する意見(千字以内)を付した文書をもつて立候補の意思表示をした成人の都民
の中から必要な審査をして、知事が任命する。
四 反軍平和調査審議会には会長一名、副会長二名をおき、委員の互選に基き知事
が任命する。
五 委員は任期中普通選挙権を有する都民三分の一以上からの罷免請求に基き、知
事が罷免する場合を除いては、その意に反して、辞めさせられることがなく、都議
会の議員に準じて報酬ならびに手当を受けるものとする。
第三条 知事は通常予算の原案を議会に提案するに先立ち、本条例の執行に必要な
予算に関して、反軍平和調査審議会に諮問しなければならない。
二 前項の諮問に対する答申は過半数の委員が出席し、出席委員の過半数により決
定することかできる。
第四条 都民は誰でも委員に対し意見を述べ、その職務について説明を求めること
ができる。
第五条 第二条に違反して都の公の施設又は都の職員を武力集団のために使用し、
又は使用させた者は二年以下の懲役又は禁錮に処する。
第六条 この条例は公布の日より施行する。

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残り応募人数(2019年5月1日現在)
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