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平成22年11月10日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成19年(ワ)第996号損害賠償請求事件
主文
1被告は,原告A1,同A2,同A3,同A4,同A5及び同A6に対し,そ
れぞれ2200円及びこれに対する平成18年6月21日から支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え。
2被告は,亡A7訴訟承継人原告A8及び原告A9に対し,それぞれ1100
円及びこれに対する平成18年6月21日から支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
3原告らのその余の請求を棄却する。
4訴訟費用は原告らの負担とする。
5この判決は,1,2項に限り仮に執行することができる。
事実
第1当事者の求めた裁判
1請求の趣旨
(1)被告は,原告らに対し,それぞれ55万円及びうち50万円に対する平
成18年6月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)訴訟費用は被告の負担とする。
2請求の趣旨に対する答弁
(1)原告らの請求をいずれも棄却する。
(2)訴訟費用は原告らの負担とする。
第2当事者の主張
1請求原因
(1)原告A1,同A2,同A3,同A4,同A5及び同A6(上記の者を併
せて「原告A1ら」という)関係。
ア(ア)関ケ原町立B小学校(以下「B小学校」という)PTA有志一同。
は,平成14年5月ころ,B小学校を廃校にし,関ケ原町立C小学校
(以下「C小学校」という)に吸収統合するという案(以下「B小・。
C小統廃合案」という)に反対するために「B小学校の統廃合を考え。
る会(以下「考える会」という)を発足した。」。
(イ)B小PTAは,平成17年5月12日,B小・C小統廃合案に反対
するために,B小統廃合問題特別委員会(以下「特別委員会」とい
う)を設置した。。
(ウ)関ケ原町議会議員の有志は,平成17年4月ころ,B小・C小統廃
合案に反対するために,B小学校を守る会(以下「守る会」という)。
を発足した。
イ(ア)考える会及びB小PTAは,平成17年5月6日より,B小・C小
統廃合案に反対する署名活動(以下「本件署名活動」という)を開始。
した。
(イ)守る会は,考える会及びB小PTAとともに,本件署名活動を行っ
た。
ウ(ア)原告A1は,考える会の発足当時の代表者で,特別委員会の委員長
も務め,本件署名活動を主導的な立場で行った。
(イ)原告A2は,平成10年以降関ケ原町議会議員の職にあり,守る会
の会員及び考える会の会員で,本件署名活動を行った。
(ウ)原告A3は,B小PTAの会員で,特別委員会の委員を務め,本件
署名活動を行った。
(エ)原告A4,同A5及び同A6は,本件署名活動に賛同し,同署名活
動を行った。
エ(ア)考える会,B小PTA,特別委員会及び守る会(以下「考える会
ら」という)は,平成17年6月6日までに3576筆の署名を集め。
た。
(イ)考える会らは,平成17年6月6日,関ケ原町教育委員会(以下
「教育委員会」という)及び被告町長であるA10(以下「A10町。
長」という)に対し,3576筆の署名が記された署名簿及び統合反。
対の要望書を提出した(第1回署名提出。)
(ウ)考える会らは,第1回署名提出後も本件署名活動を続け,平成17
年9月22日までに,さらに1632筆の署名を集めた。
(エ)考える会らは,平成17年9月22日,教育委員会及びA10町長
に対し,1632筆の署名が記された署名簿(以下「上記第1回署名,
提出の署名簿を併せて「本件署名簿」という)及び第2回の統合反対。
の要望書を提出した(第2回署名提出)。
オ(ア)A10町長は,平成18年6月13日,被告町職員に対し,本件署
名簿に署名した者らの住居を戸別に訪問し,本件署名に関して質問調査
を行う(以下「本件戸別訪問調査」という)よう指示した。。
(イ)被告町職員は,平成18年6月19日ないし同月21日までの間,
本件戸別訪問調査を行った。
カ原告A1らは,本件戸別訪問調査により,違法に表現の自由及び請願権
を侵害された。
(ア)特定の政治課題について署名活動を行うことは,自己の政策的意見
に賛同する者から署名を募り,集めた署名簿を官公署に提出することに
よって,自己の政策的意見を表明するものであるから,署名活動の自由
は表現の自由(憲法21条)によって保障され,署名活動は,その結果
集めた署名簿を官公署に提出することを目的とする以上,請願権(憲法
16条)によっても保障されている。
(イ)署名活動の自由が憲法上保障されることの意味は,署名活動を行っ
たことにより,事前又は事後にわたりいかなる不利益をも被らないとこ
ろにあるところ,原告A1らは,本件戸別訪問調査により,町内の人間
関係に悪影響が生じ,署名者に署名を依頼したことにつき自責の念にか
られ,その結果,今後署名活動を行うことにちゅうちょせざるをえなく
なり,署名活動による意見表明に困難さを感じるという不利益を被った
のであり,表現の自由及び請願権に基づく署名活動の自由を侵害された
というべきである。
(ウ)被告は,本件戸別訪問調査の目的は署名者の真意,意向を確認する
ためであるとして目的の正当性を主張するが,本件戸別訪問調査の態様
は,その目的と合致せず,A10町長が本件戸別訪問調査を指示した真
の目的は,被告町の町議会(以下,単に「議会」という)において統。
廃合案を可決に至らしめるため,統合賛成が被告町住民の民意であると
標榜し,もって本件署名簿の効果を減殺することにあった。
また,仮に,本件戸別訪問調査が被告主張の目的によるものだとして
も,請願署名の性質上,そのような民意確認の必要性はない。
さらに,民意確認の必要性が認められるとしても,戸別訪問調査とい
う方法によることなく,住民投票等により民意を確認することが可能で
あり,本件戸別訪問調査では,署名が署名者の意思に基づくものか否か
ということではなく,C小校区の住民である署名者が,本件戸別訪問調
査時には統廃合に反対していない旨の回答を得ることに力点が置かれて
いたのであって,上記目的を逸脱したものである。
キA10町長は,上記違法な権利侵害結果をもたらすことが明白であるに
もかかわらず,本件戸別訪問調査を被告町の職員に指示して行わせたので
あるから,上記違法な権利侵害は,A10町長の故意又は過失によるもの
というべきである。
ク損害の発生と数額
(ア)慰謝料
本件戸別訪問調査は,署名活動に対する重大な萎縮効果をもたらすも
のであって,原告A1らは,本件署名活動以降に行った署名活動におい
ては,しばしば署名拒否にあっており,とりわけ,被告を提出先とする
署名活動は,事実上不可能な状況にある。
本件戸別訪問調査により,原告A1らと,署名者達との間の人間関係
に亀裂等が生じ,原告A1らは,これらの人間関係修復に苦慮し,署名
活動を行うにあたり,署名提出先からの働きかけに対する危惧等に神経
をすり減らす日々を強いられている。
原告A1らの被った上記精神的苦痛を慰謝する金額はそれぞれ50万
円を下らない。
(イ)弁護士費用
原告A1らは,A10町長及び被告町職員の違法な権利侵害により,
本訴提起を余儀なくされており,その弁護士費用はそれぞれ5万円を下
らない。
(2)亡A7訴訟承継人原告A8及び原告A9関係
ア上記(1)ア,イと同じ。
イ亡A7は平成17年5月ころ,原告A9は平成17年初夏ころ,それぞ
れ本件署名活動に賛同し,署名書に署名した。
ウ違法な権利侵害その1
(ア)被告町の水道環境課課長補佐であったA11ほか被告町職員2名は,
A10町長の指示に基づき,平成18年6月19日又は同月20日,亡
A7方を訪れ,亡A7に対し「B小統廃合の反対署名をしたか,,。」
「直接自分で署名したか「今も気持ちに変わりないか「町内の。」,。」,
説明会に参加したか「署名は誰に頼まれたのか」といった質問を。」,。
した。
(イ)被告町職員3名は,A10町長の指示に基づき,平成18年6月1
9又は20日,原告A9方を訪れ,原告A9に対し「署名をした,
か」などと約2時間にわたり質問をした。。
(ウ)上記各訪問調査はA10町長の指示によるものであるから公権力の
行使であり,これにより,亡A7及び原告A9の表現の自由,請願権及
び思想良心の自由を違法に侵害した。
a署名は,署名活動をする者らの政治的表現行為に賛同するという趣
旨でなされるものであるから,かかる署名行為も一定の政治的な態度
表明ということができ,表現の自由(憲法21条)によって保障され
る。
署名は,署名活動をする者らが官公署に署名簿を提出することに参
加する意味を有するので,かかる署名行為は請願権(憲法16条)に
よって保障される。
署名行為の自由が憲法上保障されることの意味は,署名をしたこと
により,事前又は事後にわたりいかなる不利益をも被らないところに
あるところ,亡A7及び原告A9は,圧迫的,威圧的,不意打ち的な
感情を生ぜしめる訪問調査を受けるという不利益を受けており,表現
の自由及び請願権を侵害されたといえる。
被告町職員が,署名をした時と統廃合に対する気持ちに変わりない
かといった質問をすること自体,質問対象者に対し,その内心につい
て直接表明を求める行為であって,思想良心の自由を侵害するもので
ある。
b請求原因(1)カ(ウ)と同じ。
エ違法な権利侵害その2
(ア)被告町職員は,本件署名簿を受理した後,亡A7及び原告A9を含
む同署名簿に記載された署名者の氏名及び住所という個人情報をコンピ
ュータに入力し,そのデータを保存した上,①重複署名の有無,個数を
コンピュータのソート機能を利用して調査し,②各署名者につき,住民
登録の有無(生存,死亡,転出)の別を調査し,③各署名者につき,家
族構成,世帯,所属自治会を調査し,①ないし③の調査結果をコンピュ
ータに入力し,そのデータを保存した。
(イ)被告町職員は,上記データを所属自治会又は住所によって分類し,
小学校の校区別のデータを作成し,かつ,そのデータを保存し「C小,
校下名簿整理」というデータを作成して保存し,これを印刷して一覧表
(以下「本件一覧表」という)を作成した。。
(ウ)被告町職員は,本件一覧表を本件戸別訪問調査を行った被告町職員
に配布し,同調査に利用した。
被告町職員は,本件一覧表作成にあたり,何らかの方法によって住民
登録基本台帳の住民登録データを検索して調査し,本件一覧表に住民票
の有無等の調査結果を入力した。
(エ)被告町職員は,本件戸別訪問調査により聞き取った内容をコンピュ
ータに入力し,回答によって分類した聞き取り結果集計表のデータを作
成し,これを保存した。
(オ)被告町は,上記各データを本件署名簿を提出した時から2年以上,
本件戸別訪問調査実施から1年以上もの長期間にわたって保有し続けて
いる(以上,(ア)ないし(オ)の各行為を「本件一覧表作成等」とい。
う)。
(カ)本件一覧表は,本件戸別訪問のために作成されたものであり,この
作成,本件戸別訪問調査への利用,同一覧表のもととなったデータを保
有し続けることは,関ケ原個人情報保護条例(以下「情報保護条例」と
いう)6条1項,9条1項3号,12条1項に反し違法である。。
仮に,本件一覧表の作成目的が被告が主張する,①重複署名の存否と
程度を調査すること,②関係区域の住民の署名か否か(町外の署名者は
いないか)を把握することの2点にあるとしても,本件一覧表を作成す
るまでもなく,上記の目的は達成でき,各署名者につき,その所属する
自治会,校区,世帯の別,住民登録の有無,生死の別にわたり調査し,
データをコンピュータに入力して分類するなど極めて詳細な調査を行っ
た上で本件一覧表を作成しており,上記の行為は当該目的を逸脱するも
のであって許されない。
(キ)亡A7及び原告A9は,被告町職員による本件一覧表作成等により,
署名簿に記載した自己の氏名及び住所という個人情報をコントロールす
る権利という意味でのプライバシー権(憲法13条)を違法に侵害され
た。
オA10町長は,上記違法な権利侵害結果をもたらすことが明白であるに
もかかわらず,本件戸別訪問調査を被告町の職員に指示して行わせたので
あるから,上記違法な権利侵害は,A10町長の故意によるものというべ
きである。
カ損害の発生と数額
(ア)慰謝料
亡A7及び原告A9は,本件戸別訪問調査により,非常に不快感を味
わい,本件一覧表作成等を知り,甚大な精神的苦痛を受けた。
亡A7及び原告A9の被った上記精神的苦痛を慰謝する金額は,それ
ぞれ50万円を下らない。
(イ)弁護士費用
亡A7及び原告A9は,A10町長及び被告町職員の違法な権利侵害
により,本訴提起を余儀なくされており,その弁護士費用は,それぞれ
5万円を下らない。
キ亡A7は,平成22年4月16日に死亡し,その相続人は,妻である原
告A8,子であるA12,A13,A14である。
原告A8,A12,A13及びA14は,平成22年6月20日,原告
が亡A7の被告に対する損害賠償請求権を取得する旨の遺産分割協議をし
た。
(3)よって,原告らは,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,それぞ
れ55万円及びうち50万円に対する平成18年6月21日から支払済みま
で民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2請求原因に対する認否及び被告の主張
(1)請求原因(1)アないしウは知らない。
(2)同(1)エ,オは認める。
(3)同(1)カないしクは否認ないし争う。
請願法5条は「この法律に適合する請願は,官公署において,これを受,
理し誠実に処理しなければならない」とし,ここにいう「法律に適合する。
請願」とは,請願者の氏名住所の記載に際して虚偽があってはならないこと
を意味するのであって「請願を誠実に処理する」とは,請願のプロセスに,
疑問があれば,場合によってはこれを調査することも含まれる。
本件署名活動については,その署名の集め方に関して,町役場に対し,町
民から多くの苦情が寄せられており,本件署名簿がB小・C小統廃合に関し
て,町民の民意がどの程度反映されているかわからず,仮に被告町の方針が
理解されていないのであれば,さらに理解を得る努力をする必要があるため,
その前提として,本件署名簿に記載した各署名者の意向を調査する必要があ
った。
本件戸別訪問調査を,C小校区の署名者に対して行ったのは,同区住民に
対して被告町が開催したB小・C小統廃合に関する説明会において,一つの
反対意見もなかったために,特に署名者の真意をはかる必要があると考えた
ためであり,同調査が,そのほかの校区の署名者に対して行われなかったの
は,C小校区に対する調査結果により,署名者中約38%が統廃合賛成者で
あったことが判明したため,それ以上の調査の必要がなくなったためである。
本件戸別訪問調査は,町民の住居や家庭の平穏を害するような態様のもの
ではなく,事前に本人の同意を得てから質問を行うこととするなど,調査方
法も妥当なものだった。
原告らは,住民投票,アンケート調査の実施等により民意を確認する方法
があるため,戸別訪問調査という方法によったのは相当でない旨主張するが,
地方自治の二元的代表民主制の持つ意味や,最小の経費で最大の効果を上げ
る(地方自治法2条)市町村の責務や財政事情,手間等を考慮すれば,戸別
訪問調査の方法によったことも不相当なものではない。
なお,原告A1,同A2,同A4及び同A3は,本件戸別訪問調査後も,
それぞれ署名活動を行っており,署名活動に対する萎縮効果は生じていない。
原告A5及び同A6は,本件署名活動において,子どもを含む家族の分ま
で署名を頼んでいたが,本件戸別訪問調査により,そういった方法による署
名活動を行わなくなったというのであるが,これは,萎縮効果というべきも
のではなく,正当な方法による署名活動を行うようになったというに過ぎな
い。
(4)同(2)アの認否は,同(1)ア,イの認否と同じ。
(5)同(2)イは知らない。
(6)同(2)ウ(ア)は認める。
同(2)ウ(イ)のうち,被告町職員3名が,A10町長の指示に基づき,平
成18年6月19又は20日,原告A9方を訪れ,原告A9に対し「署名,
をしたか」などと質問をしたことは認め,その余は否認する。。
同ウ(ウ)は否認ないし争う。
同ウ(ウ)に対する反論は,上記(3)の2行目以降と同じ。
なお,原告A9は,本件戸別訪問調査時に,被告町職員に対して日ごろか
ら被告町に対して抱いていた町政に対する意見,不満等をぶつけ,当該職員
をたじろがせたほどであって,萎縮したという事実はない。
(7)同(2)エ(ア),(イ)は認め,(ウ)ないし(キ)は否認ないし争う。
本件一覧表作成等を行った目的は,本件署名簿に存在する重複署名の有無,
程度を調査し,関係区域の住民の署名か否か(町外の署名者はいないか)を
把握するためであり,当該目的達成に必要最小限度の範囲で取り扱っている。
原告らは,署名者を手作業によってチェックすればよいというが,520
8個もの署名が綴られた署名簿を手作業によってチェックすることは極めて
非効率であり,誤りをが生じる可能性がある点で非現実的な手法である。
また,本件一覧表を保管しているのは,本訴が継続するなどして,未だ保
有の必要性があるからに過ぎず,何ら情報公開条例に反するものではない。
また,本件一覧表作成等は,本件戸別訪問調査を行う被告町職員によるリ
ストの閲覧であるから,第三者への開示ではなく,プライバシー権の侵害に
はならない。
(8)同(2)オ,カは否認ないし争う。
(9)同(2)キは明らかに争わない。
理由
1請求原因(1)エ,オ,同(2)イ,(2)エ(ア),(イ),被告町職員3名が,A1
0町長の指示に基づき,平成18年6月19又は20日,原告A9方を訪れ,
原告A9に対し「署名をしたか」などと質問をしたことは当事者間に争い,。
がなく,同(2)キは被告において明らかに争わないからこれを自白したものと
みなす。
2証拠(甲36,38,乙4)及び弁論の全趣旨によれば,請求原因(1)アな
いしウ,同(2)ア,イが認められる。
3本件の経緯等
争いのない事実,上記2の認定事実に証拠(甲23の1,24の1・2,2
8,32,36,38,39,乙1,2,4,6,11ないし14,16,2
6,27,検証,証人A15,原告A1本人,被告代表者)及び弁論の全趣旨
を併せれば,次の事実が認められる。
(1)A10町長は,町長就任する前からB小・C小の統廃合案を唱えていた
(甲36。)
(2)考える会らは,平成17年5月6日から同年9月22日までの間,本件
署名活動を行った。
本件署名活動は,原告A1らほか,同活動を行った者達が,原則として被
告町住民に対し戸別訪問を行い,署名書の住所,名前欄に署名をしてもらう
という方法によって行われた。
原告A1らは,署名を頼む相手に対し,年齢を問わず,また,家族の分全
員分の署名を頼むなどして署名をしてもらっていた。
本件署名活動に用いた署名書には「①子どもの教育に関わる事は,地域,
住民・保護者・先生の意見が重視される事を要望します。②C小学校耐震対
策の校舎建築が,B小・C小の統廃合を前提に遅れていく事に反対し,一刻
も早い改築が行われる事を要望します。③私達は,B小学校が廃校される事
に反対です」と記載されており,これに加え「B小学校PTA会長A1。,
6「B小学校PTAB小統廃合問題特別委員会委員長A1」とのみ記載」,
されているものと,さらに「B小学校の統廃合を考える会A17「B小,」,
学校を守る会A18,A19,A2「賛同者A20,A21,A22,」,
A23,A24,A25」と記載されているものとがある。
(以上,甲36,38,39,原告A1本人)
(3)考える会らは,平成17年6月6日及び同年9月22日に,A10町長
及び教育委員会に対し,本件署名簿を提出した。
本件署名簿の署名には,一見して同一筆跡のように見える署名が多数存在
した。その中には,同一住所地及び姓であり同一世帯の者によるものと推測
されるもののほか,異なる住所地及び姓であり,同一世帯の者の手によるも
のと推測されないものも含まれていた。
また,本件署名簿に記された署名のうち,被告町住民分のうち256筆が
。,重複しており,被告町住民でない分のうち5筆が重複となっていた(以上
乙2,6,14,16)
(4)議会の議員であるA19(以下「A19議員」という)は,平成17。
年6月21日に開催された第4回議会定例会において,A10町長に対する
一般質問として「B小・C小統廃合案に反対する旨の要望署名が3265,
名分集まっていることから,同案への町民の理解は得られていないと思うが,
どう思うか,考えに変わりないか」との質問をした。。
A10町長は,これに対し「考えが変わることはない。被告町は,いま,
だB小・C小統廃合案に関して町民に具体的な説明を行っていないため,町
民の理解が得られていないという判断は早計である。本件署名簿に記載され
た署名に重複署名がある。要望意思がないにもかかわらずなされた署名が多
数ある」と回答した(甲23の1,36)。。
(5)A19議員は,平成17年10月5日に開催された第7回議会定例会に
おいて,A10町長に対する一般質問として「B小・C小統廃合案に反対,
する旨の要望署名が町内の署名者分が4508名分集まっており,町民の過
半数を超えており,その数は非常に重いものがあると思う。A10町長は,
これについてどのように受け止めているか」と質問した(甲24の1・。。
2)
(6)原告A2は,上記(5)の定例会において,教育長に対する質問の中で,
「5200名余の統合反対の署名が提出されたわけですが,住民の過半数と
いう数というのは本当に並大抵の数ではありません。ましてや当事者である
PTAがこぞって反対している状況の中で,これは客観的に見ても,これ以
上統合の話を進めるという状態ではないと思います」と述べた(乙1。。
3)
(7)原告A2及び同A4が所属する日本共産党関ケ原支部は,平成17年1
1月6日に発行した民主関ケ原273号において「町長,教育長に520,
8名(全住民の過半数を超える)の賛同署名が提出されています」と記載。
した(乙12)。
(8)原告A1は,考える会代表として,平成18年6月12日付けで,教育
委員会に対し「本件署名活動により,5208名の反対を署名を集めた。,
B小学校の廃止についての議案が出された場合,これを採択しないで欲し
い」との申入書を提出した(乙11)。。
(9)被告町は,B小・C小の統廃合案について,B小,C小校区の住民を対
象に,平成17年7月23日から平成18年5月31日まで,合計19回に
わたり「学校整備計画説明会」を行った(甲24の2,乙16)。
(10)A10町長は,平成18年6月23日の議会において,B小・C小統廃
合案を議題として上程する予定であった(甲28,32,被告代表者)。
(11)A10町長は,平成18年6月13日,企画会議で,被告町職員らに対
し,同月23日までに本件戸別訪問調査を行うよう命じた。
本件戸別訪問調査は「C小とB小の統廃合反対署名運動についての聞き,
取り調査」と題するマニュアルに従い,次の8つの質問を行うこととされ,
調査対象者から回答を拒絶された場合には,回答を強要しないようにするも
のとされた。
①この署名は,いつ頃されましたか。
②この署名は,どこでされましたか。
③この署名活動は,誰が(どなたが)頼みに来られましたか。
④その際に署名活動の趣旨について,どのような説明がされましたか。
⑤ご署名は自記されましたか。
⑥ご家族で署名されている場合,家族一人ひとりの意思は確認されました
か。
⑦先月(5月,町が開催しました学校整備計画説明会には,ご参加いた)
だけましたか。
⑧(⑦で参加したと答えた場合)町よりの説明を聞いていただき,署名,
をされた時と統廃合に対する考え(反対)に,今も変わりはありませんか。
⑨(⑦で不参加と答えた場合)ご署名をされた後,周辺でB,C小学校の,
統廃合について,色々な話などお聞きになっていると思いますが,署名を
された時と統廃合に対する考え(反対)に,今も変わりはありませんか。
A10町長は,上記企画会議において,本件戸別訪問調査時には,調査員
の身分及び調査趣旨を説明するよう求め,統廃合への賛成を誘導するような
説明,説得は行わず,署名者本人の意思を確認するに留めるよう指示した。
また,A10町長は,C小校区で行われた説明会では反対意見がほとんど
なかったのにもかかわらず,署名者が多数いるため,本件戸別訪問調査はC
小校区から行うよう指示した。
(以上,乙1,16,26,27,証人A15,被告代表者)
(12)本件戸別訪問調査において,被告町職員らは,調査対象者に対し,それ
ぞれ上記(11)の各質問を行った(乙1,2,4,16,26,証人A1。
5)
(13)被告町税務課課長補佐であったA15は,平成18年6月19日から同
月21日までの間に,同税務課長A26,同税務係長A27と共に(以下,
A15ら3名を併せて「A15ら」という)原告A9宅に戸別訪問調査を。
行った。
原告A9は,A15らに対し,町村合併や関ケ原病院についての意見につ
いて,長時間にわたり話をし,A15らはこれを遮ることもなく,ただ黙っ
て聞いていた。
A15らは,原告A9が話し終えた後,上記(11)の質問事項について質問
をした。
(14)B小・C小の統廃合案は,平成18年7月10日,議会において賛成5
票,反対4票の賛成多数で可決された。本件戸別訪問調査の結果は議会で報
告されなかった(甲36。。)
4請求原因(1)カ(本件戸別訪問調査による原告A1らに対する違法な権利侵
害)及び同(2)ウ(訪問調査による亡A7及び原告A9に対する違法な権利侵
害)について検討する。
署名は,署名活動をする者らの政治的表現行為に賛同するという趣旨でなさ
れるものであるから,かかる署名行為も一定の政治的な態度表明ということが
でき,表現の自由(憲法21条)によって保障される。また,署名は,署名活
動をする者らが官公署に署名簿を提出することに参加する意味を有するので,
かかる署名行為は請願権(憲法16条)によって保障される。
署名活動とは,一定の目的をもって署名を収集する行為を指すのであって,
特定の政治課題について署名活動を行うことは,自己の政策的意見に賛同する
者から署名を募り,集めた署名簿を官公署等に提出することによって,自己の
政策的意見を表明するものであるから,署名活動の自由は表現の自由(憲法2
1条)によって保障される。また,署名による請願の主体は同署名活動に賛同
し,署名をした各署名者であるが,同署名活動を行った者も,署名活動の結果
集めた署名簿を官公署等に提出することを目的としているから,各署名者同様,
請願権(憲法16条)によってその活動が保障されると解される。
請願とは,官公署に対して,その職務に属する事柄について希望を述べるこ
とであり,何人も,請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない(憲法16
条,請願法6条)が,それには,請願を実質的に萎縮させるような圧力を加え
ることも許されないとの趣旨が当然に含まれると解される。
もっとも,請願が署名活動による署名簿の提出という方法で行われた場合に
は,その請願事項にかかわる多数の国民又は住民が同一内容の請願を行うこと
に意味があり,請願を受けた官公署等は,請願に対し,誠実に処理する義務を
負う(請願法5条)から,提出された署名簿に偽造等,署名の真正を疑わしめ
る事情があったり,請願の趣旨が明瞭でないときに,その真正であることや請
願の趣旨を確認する限度で,各署名者や署名活動者に対し,相当な調査を行う
ことは許されるというべきである。
これを本件についてみるに,本件署名簿のうちには多数の同一筆跡と思しき
署名が含まれていたこと,署名者の多くが統廃合案によって存続されるC小校
区の者であったが,被告町の主催するB小・C小統廃合に関するC小校区での
説明会では反対意見が出されなかったこと,署名書の要望事項は3つあり,そ
のうち2つはB小・C小統廃合案とは直接関係のない要望事項であったこと
(前記2の認定事実)からすると,提出された署名簿に偽造等,署名の真正を
疑わしめる事情がある上に,3つの要望事項のすべてに請願する趣旨か明瞭で
ないといった事情が存在するということができる。そして,原告A2が,本件
署名活動後,議会及び自身の発行する機関誌において,本件署名活動による署
名の筆数が5208筆と被告町の住民数の過半数にのぼることを主張してA1
0町長に統廃合案の見直しを迫っていたこと(前記2(8)の認定事実,署名)
者に郵送で質問するには多額の費用を要する上,必ずその回答が返送されると
はいえないことをも併せ考えると,A10町長が署名者に対し,署名の真正や
3つの要望事項のすべてに請願する趣旨かを確認するため,署名者の同意を得
た上で,回答を強要することのない態様で戸別訪問調査を行うこと自体は許さ
れるというべきである。
しかしながら,本件戸別訪問調査は,署名者に対して署名の真正や請願の趣
旨の確認に留まらず「署名活動は,誰が(どなたが)頼みに来られました,
か「その際に署名活動の趣旨について,どのような説明がされましたか」。」。
「先月(5月,町が開催した学校整備計画説明会には参加しましたか」)。
「参加したと答えた場合)町よりの説明を聞き,署名をした時と統廃合に(,
対する考え(反対)に今も変わりないか「不参加と答えた場合)署名を。」(,
した後,周辺でB,C小学校の統廃合について,色々な話等聞かれていると思
うが,署名をした時と,統廃合に対する考え(反対)に今も変わりないか」。
といった署名の真正や請願の趣旨の確認という目的を超えた質問も行われてお
り,本件戸別訪問調査を受けた署名者や署名活動者に対して不当に圧力を加え
るものであったと認められる。
そうとすると,A10町長は,違法に亡A7,原告A9,原告A1らの請願
権及び表現の自由を侵害したもので,同侵害につき少なくとも過失があると認
められる。
なお,原告A8及び原告A9は,訪問調査により亡A7及び原告A9に対す
る思想良心の自由が侵害された旨主張するが,訪問調査は,調査対象者の同意
を得た上で行われており,回答を強いるものではなかったこと(前記2(10),
(11),(13)の認定事実から推認される,原告A9自身,原告A9が被告町職)
員3名に対し,町政に関する話を2時間近く話し続けた旨供述していることか
らすると,亡A7及び原告A9に対する訪問調査によって同人らの思想良心の
自由が侵害されたとは認められない。
5請求原因(2)エ(本件一覧表作成等による権利侵害)について検討する。
憲法13条は,国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護される
べきことを規定しているものであり,個人の私生活上の自由の一つとして,何
人も,個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有す
るものと解される(最高裁昭和44年12月24日大法廷判決。)
情報保護条例(甲5)は,町における個人情報の収集,管理並びに利用及び
提供についての基本的事項を定め,個人情報の適正な取扱いを確保するととも
に,町民等の自己に関する個人情報の開示,訂正等を請求する権利を明らかに
し,権利利益を保護し,町民と町との信頼関係を深め,一層公正で開かれた町
政を推進することを目的として定められたものであり(1条,町長等の実施)
機関は,個人情報を収集,保管又は利用(以下「収集等」という)に当たっ。
ては,その所管事務の目的達成に必要な最小限の範囲で取り扱わなければなら
),ず(6条1項,個人情報の収集等をするときは,個人情報の保護を図るため
保有する必要のなくなった個人情報(歴史的又は文化的価値が生ずるものと認
められるものを除く)は,速やかに廃棄し,又は消去することとされ(9条。
1項3号,個人情報の収集等の目的を超えた利用又は当該実施機関以外のも)
のに提供してはならない(12条1項)と定めている。
前記2の認定事実及び弁論の全趣旨によれば,5208個もの署名が綴られ
た署名簿を手作業によってチェックすることは極めて非効率で,誤りをが生じ
る可能性があったこと,本件戸別訪問調査のために本件一覧表作成等が必要で
あったことが認められる。
本件戸別訪問調査を行うこと自体が許されることは前記(1)で説示のとおり
であり,また,本訴が提起されたことから,被告において,その証拠として本
件一覧表の保有を継続する必要があることも明らかである。
そうとすると,本件一覧表作成等は,本件戸別訪問調査の目的等の達成のた
めに必要最小限度のものであって,亡A7及び原告A9の私生活上の自由を不
当に侵害するものとは認められない。
なお,原告A8及び原告A9は,被告町職員が,本件一覧表作成等にあたり,
住民基本台帳の住民登録データを検索したと主張するが,これを認めるに足り
る証拠はない。
6損害額(請求原因(1)ク,(2)カ)について
(1)被告町職員による違法な本件戸別訪問調査により,原告A1らが被った
精神的苦痛を慰謝するには,請願権が公的なものであること,本件戸別訪問
調査で行われた質問の内容,本件署名簿のうちには多数の同一筆跡と思しき
署名が含まれていたこと,署名書の要望事項は3つあり,そのうち2つはB
小・C小統廃合案とは直接関係のない要望事項であったことなど本件に現れ
た一切の事情を勘案し,それぞれ2000円をもってするのが相当である。
上記と相当因果関係のある弁護士費用は,それぞれ200円をもってする
のが相当である。
(2)被告町職員による違法な訪問調査により,亡A7及び原告A9が被った
精神的苦痛を慰謝するには,請願権が公的なものであること,被告町職員が
実際に質問に要した時間は比較的短時間であるとみられることなど本件に現
れた一切の事情を勘案し,それぞれ1000円をもってするのが相当である。
上記と相当因果関係のある弁護士費用は,それぞれ100円をもってする
のが相当である。
7結論
以上によれば,原告A1らの請求は,それぞれ2200円及びこれに対する
平成18年6月21日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求め
る限度で理由があるからこれを認容し,その余は棄却すべきである。
原告A8及び原告A9の請求は,それぞれ1100円及びこれに対する平成
18年6月21日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限
度で理由があるからこれを認容し,その余は棄却すべきである。
岐阜地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官内田計一
裁判官永山倫代
裁判官山本菜有子

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