弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主          文
 1 原告の請求をいずれも棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告が平成14年6月14日付けで原告に対してなした名古屋市中村区則武○
丁目○番○号所在のソープランドaに係る店舗型性風俗特殊営業の営業廃止を命じ
た処分が無効であることを確認する。
2 被告が平成14年6月14日付けで原告に対してなした名古屋市中村区則武○
丁目○番○号所在のソープランドaに係る店舗型性風俗特殊営業の営業廃止を命じ
た処分を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営法」とい
う。)2条6項1号所定の店舗型性風俗特殊営業を営んでいた原告に対し,被告
が,原告がその従業員をして売春をさせることを内容とする契約を締結させたこと
及び売春の周旋をさせたことを理由として,前掲の営業廃止処分(以下「本件処
分」という。)をしたため,原告が,同処分は,処分理由に重大な事実誤認があ
り,処分基準の事前公表を定めた行政手続法12条等に違反し,また比例原則,平
等原則に違反するなどと主張して,その無効確認及び取消しを求めた抗告訴訟であ
る。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実等)
(1) 原告による個室付浴場の営業について
ア 原告は,かつて,名古屋市中村区則武○丁目○番○号所在の建物において,簡
易旅館を営んでいたものの,宿泊客が減少したことから,いわゆるソープランド営
業に転業することとし,昭和41年3月14日,公衆浴場法2条1項に基づく営業
許可を受け,「ソープランドa(開業当初の名称は「トルコa」であった。以下
「本件店舗」という。)」を開業した(甲5)。
その後,当時の風俗営業等取締法が昭和59年法律第76号によって風営法に改正
された際,本件店舗は,同法2条4項所定の「風俗関連営業」のうち1号のいわゆ
る「個室付浴場業」として規制の対象となったことから,原告は,被告に対し,同
法27条1項,同改正附則4条に基づく届出をした上で,営業を継続していた。
なお,平成10年法律第55号による風営法の改正の結果,改正前の同法2条4項
所定の「風俗関連営業」は,同法2条6項の「店舗型性風俗特殊営業」に変更され
ている。
イ 風営法28条1項は,学校等の敷地の周囲200メートルの区域内では店舗型
性風俗特殊営業を禁止する旨を定め,さらに,同条2項は,都道府県は,善良の風
俗若しくは清浄な風俗環境を害する行為又は少年の健全な育成に障害を及ぼす行為
を防止するために必要があるときは,条例により,地域を定めて,店舗型性風俗特
殊営業を営むことを禁止することができる旨定めているところ,風俗営業等の規制
及び業務の適正化等に関する法律施行条例(昭和59年愛知県条例第36号)12
条1号は,愛知県全域で,店舗型性風俗特殊営業のうち個室付浴場の営業を禁止し
ている。
もっとも,同法28条3項は,同条1項の規定又は同条2項に基づく条例の規定
は,これらの規定の施行又は適用の際現に店舗型性風俗特殊営業の届出書を提出し
てその営業を営んでいる者の当該営業については,適用しない旨定めているとこ
ろ,本件店舗の営業は,上記のいわゆる既得権営業に当たる。
(2) 本件処分及びその聴聞手続について
被告は,平成14年6月11日,愛知県警察本部1階聴聞室において,風営法41
条1項に基づき,別紙「処分の理由」記載の各事実(以下,その1に係る行為を
「本件売春契約」と,その2に係る各行為を総称して「本件周旋」と,両者を併せ
て「本件違反」というほか,本件周旋のうち個別の事実を違反事実一覧表中の番号
に対応させて「本件周旋1」などという。)について,原告に対する聴聞手続を行
った(乙14)ところ,原告が事実は間違いない旨陳述したので,手続は短時間で
終了した(甲5)。
そこで,被告は,同月14日,原告に対し,風営法30条2項に基づき,本件違反
の事実により本件店舗における個室付浴場の営業の廃止を命じる本件処分(甲1)
をした。
(3) 刑事裁判手続について
ア 原告は,平成14年5月29日,甥(戸籍上は弟)であるbと共謀して本件周
旋を行ったとの事実により売春防止法違反の罪で起訴され(甲2),同年7月16
日,名古屋地方裁判所において懲役2年,執行猶予4年の判決を受け,同月31
日,同判決が確定した。
イ 原告の婿養子にして甥でもあるcは,本件売春契約及び16歳の少女との淫行
の事実により売春防止法違反及び愛知県青少年保護育成条例違反の各罪で起訴さ
れ,平成14年6月10日,名古屋地方裁判所において懲役1年6月,執行猶予4
年の判決を受け,同月25日,同判決が確定した。
ウ bは,本件周旋を行ったとの事実により売春防止法違反の罪で起訴され,平成
14年9月3日,名古屋地方裁判所において懲役1年6月,執行猶予5年の判決を
受け,同月18日,同判決が確定した。
(4) 風営法に基づく営業停止命令等の基準(抜粋)について
ア平成13年9月20日付け警察庁丙生環発第25号による改正前の基準(以下
「警察庁旧基準」という。甲3の2)
1ないし3 略
(営業廃止命令)
4 営業廃止命令は,6から9までに定めるところにより,営業停止命令の量定の
長期が8月に達した場合で,10に掲げる処分を加重すべき事由が複数あり,又は
その程度が著しい等の事情から,再び法令違反行為を繰り返すおそれが強い等営業
禁止地域において営業を継続させることが妥当でないと判断されるときに行うもの
とする。
5 略
(営業停止命令等の量定)
6 営業停止命令又は営業禁止命令(以下「営業停止等命令」という。)の基本的
な量定は,別表(本判決添付の別表1)に定めるところによるものとする。
7ないし9 略
(営業停止命令期間等の決定)
10営業停止等命令により営業の停止又は禁止を命ずる期間は,原則として別表に
定める基準期間(7に規定する場合は長期とされる量定について定められた基準期
間の1.5倍の期間を基準期間とし,8に規定する場合は長期とされる量定につい
て定められた基準期間を基準期間とし,9に規定する場合はその量定について定め
られた基準期間の2倍の期間を基準期間とする。)によることとし,次のような事
由があるときは,情状により,6から9までに定める量定の範囲内において加重
し,又は軽減するものとする。
(1) 処分を加重すべき事由とは,例えば,次のようなものである。
イ 最近3年間に同一の法令に違反して行政処分に処せられたこと。
ロ 指示処分中にその処分事由と同一の法令に違反する行為を行ったこと。
ハ 法令違反行為の態様が著しく悪質であること。
ニ 従業者の大多数が法令違反行為に加担していること。
ホ 法令違反行為に対する悔悛の情が見られないこと。
ヘ 付近の住民からの苦情が多数あること。
ト 結果が重大であり,社会的反響が著しく大きいこと。
チ 16歳未満の者の福祉を害する犯罪であること。
(2) 処分を軽減すべき事由とは,例えば,次のようなものである。
イ 他人に強いられて法令違反を行ったこと。
ロ 営業者の関与がほとんどないこと。
ハ 最近3年間に法令違反がなく,悔悛の情が著しいこと。
ニ 具体的な営業の改善措置を違反後自主的に行っていること。
11以下 略
なお,別表は,売春防止法11条2項,12条,13条の罪以外の同法第2章に規
定する罪の量定の区分をBとした上,店舗型性風俗特殊営業等においては,Bにつ
いては30日以上150日以下の営業停止等命令,基準期間を40日としている。
イ 平成13年9月20日付け警察庁丙生環発第25号による改正後の基準(以下
「警察庁新基準」という。乙1)
1ないし3 略
(営業廃止命令)
4 営業廃止命令は,6から9までに定めるところにより,営業停止命令の量定の
長期が8月に達した場合で,10に掲げる処分を加重すべき事由が複数あり,又はそ
の程度が著しい等の事情から,再び法令違反行為を繰り返すおそれが強い等営業禁
止地域において営業を継続させることが妥当でないと判断されるときに行うものと
する。
5 略
(営業停止命令等の量定)
6営業停止命令(略)又は営業禁止命令(以下「営業停止等命令」という。)の
量定の区分は,次のとおりとし,各処分事由に係る量定は,別表(本判決添付の別
表2)に定めるところによるものとする。
(1) 風俗営業,飲食店営業,興行場営業,特定性風俗物品販売等営業,接客業務受
託営業
A 風俗営業にあっては取消し。飲食店営業,興行場営業,特定性風俗物品販売等
営業及び接客業務受託営業にあっては6月の営業停止等命令
B以下 略
(2) 店舗型性風俗特殊営業,無店舗型性風俗特殊営業
A 8月の営業停止等命令
B以下 略
7ないし9略
(営業停止命令期間等の決定)
10 営業停止等命令により営業の停止又は禁止を命ずる期間は,次のとおりとす
る。
(1) 原則として,量定がAに相当するものについて営業停止等命令を行う場合は,
当該営業の種別に応じて6月又は8月とする。
以下 略
11以下 略
なお,別表は,売春防止法第2章に規定する罪の量定区分をAとしている。
ウ平成14年1月18日付け改正後の被告の「風俗営業等の規制及び業務の適正
化等に関する法律に基づく指示及び営業停止命令等の基準」(以下「2月基準」と
いい,改正前の警察庁旧基準に則った基準を「被告旧基準」という。乙2の1)。
1,2 略
3 指示
(1) 指示の基準
ア 指示は,法令又は風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行条例
(略)違反行為(略)が行われた場合で,……行うものとする。ただし,風俗営業
の許可を取消し,又は店舗型性風俗特殊営業の廃止を命ずる場合は指示を行わない
ものとする。
また,次のような場合は,指示を行わず,直ちに取消し,営業停止命令,営業廃止
命令又は営業禁止命令を行っても差し支えない。
(ア),(イ)略
(ウ) 罰則の適用がある法令違反行為によって検挙された場合(起訴相当として送
致した場合に限る。)
以下 略
4 略
5 営業停止命令等
(1) 営業停止命令等を行う場合
営業停止命令又は営業禁止命令(略)は,処分を行うべき事由(以下「処分事由」
という。)について指示を行い,当該指示に違反した場合,又は3の(1)アの(ア)か
ら(エ)に該当した場合に行うものとする。
(2) 量定
ア 本来の量定
風俗営業……については別表第1に,店舗型性風俗特殊営業……については別表第
2(本判決添付の別表3)に定める法令違反行為別量定基準によるものとする。
以下 略
イないしエ 略
(3)略
(4) 期間の加重又は軽減
前記(3)により決定した期間を基準に,次に掲げる事由があるときは,情状により,
前記(2)に定める量定の範囲内において加重し,又は軽減するものとする。
ア 処分を加重すべき事由
(ア) 過去3年間に同一法令に違反して行政処分に処せられたこと。
(イ) 指示期間中にその処分事由と同一の法令に違反する行為を行ったこと。
(ウ) その他法令違反の内容が著しく悪質と認められること。
(エ) 従業者の大多数が法令違反行為に加担していること。
(オ) 法令違反行為に対する改しゅんの情がみられないこと。
(カ) 付近住民,客等から苦情等があること。
(キ) 結果が重大であり,社会的に反響が著しく大きいこと。
(ク) 16歳未満の者の福祉を害する犯罪であること。
イ 処分を軽減すべき事由
(ア) 他人に強いられて法令違反行為を行ったこと。
(イ) 営業者(法人にあっては役員)の関与がほとんどなく,かつ,処分事由に係
る法令違反行為を防止できなかったことについて過失がないと認められること。
(ウ) 最近3年間に法令違反がなく,改しゅんの情が著しいこと。
(エ) 具体的な営業の改善措置を違反後自主的に行っていること。
(オ) その他法令違反の内容が軽微と認められること。
6略
7 営業廃止命令
営業廃止命令は,5の(2)に定めるところにより,営業停止命令の量定の長期が24
0日に達した場合で,同(4)のアに掲げる処分を加重すべき事由が複数あり,又はそ
の程度が著しいなどの事情から,再び法令違反を繰り返すおそれが強いなど,営業
禁止地域において営業を継続させることが妥当でないと判断されるときに行うもの
とする。
8 略
なお,店舗型性風俗特殊営業等に適用される別表第2は,処分事由が売春防止法第
2章に規定する罪の場合の量定基準を営業停止等240日としている。
2 本件の争点
本件処分の違法性の有無(裁量権の逸脱・濫用等の有無)
(1) 重大な事実誤認の存否
(2) 処分基準の事前公表の欠如を理由とする行政手続法12条,憲法31条及び罪
刑法定主義の趣旨違反の有無
(3) 比例原則又は平等原則違反の有無
(4) 本件に適用されるべき処分基準の種別及び処分加重事由の存否
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
ア 被告
(ア) 原告は,捜査官による取調べにおいて,原告がcに対して,本件店舗のいわ
ゆるソープ嬢を採用する権限を全面的に与え,cは原告の指示に従って恒常的にソ
ープ嬢と売春契約を締結していたこと,本件売春契約についても原告とcとの間に
共謀があったこと,原告と共謀したbが,原告の指示に従って本件店舗の店長とし
て売春の周旋を繰り返しており,本件周旋についても共犯となること,これらにつ
いて認める旨供述している。そして,この供述は,c,b及びdらの供述とも整合
しており,本件売春契約及び本件周旋の事実を明らかに認めることができる。
この点について,原告は,少なくとも本件売春契約について共謀した事実はないと
主張するが,下記のとおり,虚偽であることが明白である。
すなわち,原告は,本件店舗において,bが夕食をとる約1時間は,自ら,カウン
ターに立って客に料金の説明をし,入浴料を徴収し,待合室にいるソープ嬢を呼ん
で客に引き合わせるという客付けを行っているところ,この業界においては,ソー
プ嬢に客付けをすることが売春の周旋を行うものであることは常識であり,のみな
らず,本件店舗の各個室内には,売春が行われていたことを推測できる「プレイ料
金」との表題の表や,「エイズの感染を予防するために……衛生器具の使用を徹底
し……」との謹告が掲示されていること,dが,社長(原告)や店長(b)から機
会ある毎に,客を満足させるようにと指示されていたことを供述していることなど
に照らすと,本件店舗の営業がソープ嬢による売春を前提としており,経営者であ
る原告がそのことを
認識していたことは明らかである。
(イ) cは,原告からソープ嬢のスカウトを依頼されてこれに従事していたとこ
ろ,cは,その費用として原告から5万円ないし10万円を受け取っていたほか,
その妻にして原告の娘であるeは,本件店舗において軽微な作業しか行っていない
にもかかわらず,本件店舗の専従者として月額45万円の給与を受けており,これ
は実質的には,cの稼働分に対する対価というべきであるから,cは,本件店舗に
おける原告の従業員に当たる。
したがって,仮に,本件売春契約につき原告との共謀が存在しないとしても,cは
売春防止法14条の「人の代理人,使用人その他の従業者」に該当するから,原告
自身も処罰の対象となり,さらに,風営法30条1項の「店舗型性風俗特殊営業を
営む者若しくはその代理人等」にも該当するから,原告に対して営業の停止を命ず
ることができる。
(ウ) 風営法28条11項2号は,店舗型性風俗特殊営業を営む者に対して,18
歳未満の者を接客業務に従事させることを禁止し,同法49条4項は,「……第2
8条第11項第2号……に掲げる行為をした者は,当該18歳未満の者の年齢を知
らないことを理由として,前項の規定による処罰を免れることはできない。ただ
し,過失のないときは,この限りでない。」と定めているが,過失がないというた
めには,本人の戸籍抄本,住民票等の信頼し得る客観的資料を提出させた上,これ
について正確な調査をするなど,社会通念上,風俗営業を営む者として,その年齢
調査の確実を期するために可能な限りの注意を尽くす必要があるところ,dの採用
に当たり,b及び原告ともに,年齢確認義務を怠っていることは明らかであり,原
告が18歳未満の者の
採用禁止を指示していたとは到底いえない。
(エ) なお,原告は,本件売春契約について起訴されていないものの,そもそも,
刑事訴訟法は,起訴便宜主義を定めており,ある犯罪事実について起訴されなかっ
たからといって,その事実が存在しなかったといえないことは明らかであり,ま
た,刑事訴追の有無をもって常に行政処分の基礎たらしめることは,行政官庁の権
限行使について定めた法律の趣旨を没却することになるところ,風営法の目的を達
するためには,本件違反の事実についての刑事訴追と無関係に,被告独自の立場で
事実を認定し,風営法30条1,2項に定める処分を行うことは何ら差し支えない
というべきである。
ちなみに,原告は,本件処分のための聴聞手続において,本件違反の事実を争うこ
とはなかったし,刑事事件の第1回公判においても,営業廃止処分を覚悟していた
こと,この処分を争うつもりはないことなどを供述しており,原告の主張は,禁反
言の法理に照らしても,到底許されるものではない。
イ 原告
被告は,本件処分の理由として,本件売春契約及び本件周旋の各事実を挙げるが,
原告は,下記のとおり,少なくとも本件売春契約を締結することを共謀した事実は
なく,本件処分には,重大な事実誤認がある。
(ア) 本件店舗における営業は,顧客に個室付きの浴場を提供し,いわゆるソープ
嬢がサービスをすることを基本とするが,ソープ嬢が具体的にいかなるサービスを
行っているかについては,原告は与り知らない。実際にも,少なくとも昭和40年
代前半ころまでは,この業界においていわゆる本番行為が行われることは少なかっ
たし,本件店舗でも行われていなかった。
すなわち,本件店舗は,原告の亡妻fが中心になり,それをbが手伝う形で経営さ
れていたのであり,原告が糖尿病等を患ってからは,bを店長とし,原告は,業務
から離れて経理等を手伝うにすぎなかった。また,ソープ嬢のサービスの指導は先
輩格のソープ嬢が自主的に行っていて,原告が行うことはなかったし,ソープ嬢の
採用もcに依頼して,事後的に知らされる状態であった。それ故,原告がソープ嬢
に売春をするような指示を出すことはなかった。
(イ) 原告は,本件売春契約の相手方であるdの採用について一切関与せず,18
歳未満であることは警察で初めて知らされたにすぎない。かえって,原告は,普段
から,bやcに対し,ソープ嬢を採用するに当たり,18歳未満の未成年は採用し
ないように厳しく注意していた。したがって,dの採用は,cが不用意に決め,d
も姉の氏名と健康保険証を使ってbを騙した結果,行われたものであって,これは
原告の指示を著しく逸脱するものであり,本件売春契約について共謀は成立し得な
い。
(ウ)確かに,原告の供述調書には,本件売春契約についての共謀を認めるかのよ
うな記載がある。しかし,原告は,取調官に対し,売春することを採用条件とする
ようなことを指示したことはない旨申し述べていたにもかかわらず,取調官から,
経営者である以上は知らないはずがない,cは認めている等と言われ,ソープラン
ド営業は警察が所轄官庁であり,c及びbを早く釈放したいという一心で,事実に
反する供述調書が作成されることになったにすぎない。
(エ) また,cは,原告が経営する料理店「g」で料理人として働いており,その
恩義から,娘婿という立場で任意にソープ嬢のスカウトを手伝っていただけであ
り,本件店舗の従業者(使用人)ではないから,cによる本件売春契約を原告の行
為とみなすことは無理がある。それ故,検察官は,前記の供述調書の存在にもかか
わらず,本件売春契約について,原告を起訴することがなかったのである。
(オ)なお,被告は,本件処分に先立つ聴聞手続において,原告が本件違反の事実
を争わなかった旨主張するが,原告は,同手続において,刑事訴追されていなかっ
た本件売春契約が処分の原因となる事実として取り上げられていることについて一
切認識がなかったのであり,仮にそれを認めるがごとき陳述をしたとしても,それ
は錯誤による結果にすぎない。
(2) 争点(2)について
ア 被告
(ア)行政手続法12条が,処分基準の設定・公表を要求しているのは,①不利益
処分の決定過程が公正を疑われることのないように十分に透明でなければならない
こと,②国民に対して,いかなる場合に,どのような不利益処分がなされるかにつ
いて,一定の予見可能性を与えるのが妥当であることなどの理由による。しかしな
がら,処分基準をあらかじめ具体的な形で公表すると,脱法的な行為が助長される
場合があり得る。ところで,本件処分の理由となった本件違反の事実は,いずれも
犯罪行為であるが,「罪を犯してはならない」ということは人間社会における当然
の規範であり,常に予告されているというべきであるから,仮に2月基準があらか
じめ公表されていなくても,国民の予見可能性という観点からは全く不都合はな
く,被告は,どのよう
な罪を犯せばどの程度の処分がなされるかを原告を含む業者に公表する義務はな
い。
(イ)しかるところ,警察庁が,平成13年9月20日,警察庁旧基準を廃止して
警察庁新基準を制定したことを受けて,被告は,平成14年1月18日,施行日を
同年2月1日とする2月基準を制定し,施行日と同日,保安課及び聴聞官室に備え
付け,同月4日,愛知県警察のホームページで公表しているところ,本件処分は,
その2月基準に基づいてなされたものであるから,憲法31条及びその趣旨に違反
せず,適法である。
原告は,平成14年8月16日現在の警察庁のホームページには,警察庁旧基準が
公開されていたから,本件処分は違法であるなどと主張するが,単にホームページ
の更新作業が遅れていたにすぎず,そもそも,本件処分は,警察庁の基準ではな
く,2月基準に基づいてなされたのである上,上記のとおり公表義務はないから,
上記主張は失当である。
イ 原告
(ア) 行政手続法12条1項は,不利益処分をするかどうか又はどのような不利益
処分とするかについてその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準
(処分基準)を定め,かつ,これを公にしておくよう努めなければならないと定め
ている。この定めは,一般に訓示規定と解されているが,不利益処分は,国民に義
務を課し,その権利を制限するための公権力行使を特色とするものであるから,法
律による行政原理が最も厳格に遵守されなければならない領域であり,その決定過
程は,公正さが疑われることがないように透明性が確保される必要があるし,ま
た,国民に対して,いかなる場合に不利益処分がなされるかについて,一定の予見
可能性が与えられる必要がある。その意味では,同法5条の審査基準以上に,その
設定・公表の必要性が高
いといえる。したがって,合理的な理由なくしてこれが適正に行われず,行政庁の
努力義務が尽くされない場合には,当該処分は違法と解すべきである。
また,同法12条が訓示規定であるとしても,誤った処分基準の公表は,処分基準
を公表しないこと以上に,国民に対する予見可能性を狂わせることになるから,そ
の違法性は極めて強いというべきである。
さらに,同法5条3項は,公表の方法につき,原則として行政機関の事務所に備え
付けて,いつでも見られるようにする状態にすることを想定しているが,一定の場
合には,これを超えて,あらかじめその内容について積極的に周知することを求め
ていると解すべきところ,同法12条においても,営業廃止処分が厳しい不利益処
分であることに照らすと,処分基準を対外的に積極的に周知することが必要である
と解すべきである。
(イ)ところで,被告は,本件処分の基準につき,平成13年9月に警察庁新基準
が策定されたのを受けて,平成14年2月に2月基準が制定・実施されたと主張す
る。しかしながら,原告代理人が,本件処分後の平成14年8月16日,被告を訪
れ,処分基準について説明を求めた際,保安課担当者は,①適用した基準(2月基
準)は,警察庁の訓令・通達によって作成され,各県ではそれに従って改訂されて
おり,愛知県の場合には,平成14年2月に改訂されたこと,②新基準の実施は各
県一律ではないが,全国で足並みが揃ったのは同年4月であること,③適用した基
準の内容は,警察庁のホームページを見てほしい旨回答した。そこで,警察庁のホ
ームページを確認したところ,そこで公表されていた基準は,警察庁旧基準であ
り,これによれば,本
件においては,せいぜい数か月の営業停止処分にとどまるはずであった。そうする
と,営業廃止に直結するような重大な処分基準の変更について,誤った基準が公表
されていたことになり,その違法性の程度は重大である。ちなみに,愛知県警のホ
ームページを確認したところ,新基準が公表されていたものの,その作成日は平成
14年4月1日となっており,2月基準は公表されていなかった。
また,愛知県においては,県内全域が風営法28条2項に基づく規制地域とされ,
既得権営業しか認められていないところ,2月基準によれば,売春防止法違反があ
れば,直ちに営業廃止処分の基準に達してしまい,深刻な事態を招きかねないか
ら,被告は,処分基準の変更を積極的に業界団体等を通じて周知する必要があった
というべきである。しかるところ,愛知県には,個室付浴場業者の大部分によって
組織されている愛知県SB防犯協会があり,従前は,法律改正等がある場合には,
所轄の警察署の担当者による注意事項の説明や指導を受けていた。ところが,同協
会に2月基準への改正が知らされたのは,平成14年6月6日が最初であり,2月
基準の実施は,国民(業界)にとって,不意打ちであった。
したがって,それ以前に行われた本件違反に対して,2月基準を適用することは,
行政手続法12条,適正手続を保障する憲法31条及び罪刑法定主義の趣旨に反
し,違法である。
(3) 争点(3)について
ア 被告
(ア)風営法の目的は,同法1条で定めるとおり,「……善良の風俗と清浄な風俗
環境を保持し,及び少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため,風俗営
業及び性風俗関連特殊営業等……の健全化に資するため,その業務の適正化を促進
する等の措置を講ずること」にあり,この目的を達成するため,同法30条は,風
俗環境を害する違法行為を定め,その違法行為を行ったものを排除する手段として
営業停止等の処分を定めている。そして,今日の性風俗の乱れ,とりわけ幼児を含
めた少年に対する性的搾取は世界的に問題となっており,我が国も,平成6年5月
16日,「児童の権利に関する条約」を批准・公布し,平成11年5月26日,
「児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」を制
定し(同年11月1日
施行),さらに,同年6月23日,男女共同参画社会基本法を制定するなど,売買
春に対する厳しい対応が求められている。しかるところ,最近の風俗情勢は悪化の
一途をたどっており,愛知県においても,営業禁止地域に未だ存在しているソープ
ランドにおいて,恒常的に売春が行われ,中には18歳未満の者を使用するなど,
営利至上主義による違法営業に一層拍車がかかっているという実態がある。
そのため,被告は,警察庁新基準に則って風営法の規制対象全般にわたり,一定の
法令違反行為が当該営業に関して行われた場合の量定を引き上げることとし,2月
基準を定めたものである。しかも,2月基準は,同法30条1項で定める違法行為
を行った場合,一律に営業停止240日間の処分をするのではなく,極めて反社会
的な違法行為である売春防止法第2章に定める罪や刑法違反等について,風営法3
0条1項の範囲内である「営業停止240日」と量定しているのであり,適正な処
分基準である。
(イ)原告は,過去の処分例との比較を主張するが,前記のような考えに基づいて
2月基準が策定された以上,今後は,これに基づいた量定基準の適用が積み重ねら
れていくのであり,原告のみに厳しい行政処分が行われるものではないから,過去
の処分例と比較することは相当でない。
なお,原告の指摘する,本件処分と同時期に立件された売春防止法違反の事案は,
平成13年7月に行われた違反を理由とするものであり,そのため被告旧基準が適
用されたのであって,本件処分と比較すべき事案ではない。
イ原告
(ア)風営法30条1項は,店舗型性風俗特殊営業を営む者等が売春防止法第2章
に規定する罪を犯した場合,公安委員会が,8月を超えない範囲内で期間を定めて
当該営業の全部又は一部の停止を命ずることができる旨規定しているにとどまり,
同委員会に対し,常に営業停止処分を命じたり,一律に8月の営業停止を命ずるこ
とを義務付けているものではなく,営業停止命令を課すか否かを含めて,その裁量
に委ねている。そして,処分基準の策定は,実質的には,これを補充するものであ
るので,この法の趣旨を超えて厳罰化することは,違法である。
ところが,同じ売春防止法違反の事由でも,警察庁旧基準や被告旧基準において
は,「基準期間40日間」の営業停止処分であったにもかかわらず,警察庁新基準
や2月基準では,「一律240日」の営業停止処分となり,実質的に6倍以上の長
期となるところ,このような急激な厳罰化は,業界の実態に鑑みても,およそ予測
可能性がなく,酷に過ぎるといわねばならない。しかも,違反者の営業が,いわゆ
る既得権営業の場合には,風営法30条2項が営業の「停止命令に代えて,当該施
設を用いて営む風俗関連営業の廃止を命じることができる。」と規定しており,そ
の結果,2月基準による240日間の営業停止は,そのまま「営業廃止処分」につ
ながる可能性を秘めており,営業の廃止となれば,将来にわたってこれを禁止する
ことを命じる点で,い
わば,営業停止が有期刑であるのに対し,死刑にも比肩する重大な違いがあるので
あるから,このような著しい厳罰化は,全く合理性がなく,比例原則に違反するも
のとして違法である。
(イ)実際にも,警察庁新基準による基準が,全国的に実施されるようになったの
は,平成14年4月以降のことであり,平成14年2月1日段階では,ごく一部の
都府県でしか施行されていなかった上,過去において同様の売春防止法第2章の罪
を犯した他の同業者に対する処分は,すべて数か月の営業停止処分が出されてお
り,本件とほぼ同時期である平成14年2,3月ころに警察によって立件された売
春防止法違反事件でも,営業停止40日間の命令にとどまっていて,本件処分のよ
うな営業の廃止を命じた例は皆無であるから,本件処分は,著しく均衡を失するも
のとして,平等原則にも違反する。
(4)争点(4)について
ア被告
本件違反のうち,本件売春契約と本件周旋1は,被告旧基準が適用される事実であ
るが,本件周旋2ないし5は,2月基準が適用される事実であり,この事実が売春
防止法第2章に規定する罪に該当することから,「営業停止240日」が量定され
ることになる。
ところで,本件においては,以下のとおり,「加重すべき事由の程度が著しい」場
合に該当すると認められ,原告において再び法令違反を繰り返すおそれが強く,営
業禁止地域において営業を継続させることが妥当でないと判断されたものである。
(ア) 本件違反は,経営者である原告を始め,親族であるc及びbの三者によっ
て,組織的,計画的かつ継続して敢行されたものであり,本件店舗の営業が専ら売
春を目的とした営業であったと認められる。
(イ) cは,当時16歳のd自身に対していん行を行った上,原告らは,本件売春
契約に基づき,ソープ嬢として継続的に売春させている。
(ウ) 原告は,本件店舗の営業において,過去にも売春防止法第2章に規定する罪
を犯して摘発された事実があるにもかかわらず,その後も同店舗内において,売春
契約を締結したソープ嬢らに対して売春の周旋を反復して行っている。
イ 原告
2月基準においては,その実施日以前の違反行為については,被告旧基準を適用す
ることとされているところ,本件売春契約は,2月基準実施の1年以上も前のこと
であり,本件周旋1も実施前であり,これらの事実については,被告旧基準が適用
されるべきであり,この意味で,営業廃止を選択すべき事案ではなかったというべ
きである。
また,本件においては,以下のとおり,原告には2月基準で示す加重事由は存在せ
ず,かえって,軽減事由が存するものであって,このような事案について,死刑宣
告ともいえる営業廃止処分を命じることは,加重事由の存否等の判断について,恣
意的な適用があったといわねばらならず,裁量権の濫用あるいは著しく逸脱した違
法がある。
(ア) 争点(1)において主張したとおり,本件売春契約を締結するに当たり,原告が
cと共謀した事実はない。そうでないとしても,dの採用が実質的に原告の意思に
反するものであったことは明らかである。
また,cは,本件店舗の従業員ではなく,単に娘婿という立場でソープ嬢のスカウ
トを手伝っていただけにすぎず,同人の行為を本件店舗の従業員のそれとみなすこ
とは無理がある。
本件周旋についても,実質的にはbの行為であり,原告の与り知らぬことである。
(イ) 本件は,単に売春の事実だけを理由に「著しく悪質」とは評価できず,また
原告の関与は極めて低く,実質的には従業員の一部の違反行為にすぎない。さら
に,dは16歳未満の者には該当しない。まして,「複数の加重事由」が存在する
とは,到底いえない。
(ウ) 逆に,原告自身は,実質的に本件店舗の営業に関与していないこと,最近3
年間に法令違反の事実がなく,改しゅんの情が著しいなどの処分軽減事由が存す
る。
第3 当裁判所の判断
1判断枠組みについて
風営法1条は,「この法律は,善良の風俗と清浄な風俗環境を保持し,及び少年の
健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため,風俗営業及び性風俗関連特殊営業
等について……規制するとともに,風俗営業の健全化に資するため,その業務の適
正化を促進する等の措置を講ずることを目的とする。」と定め,この目的を達成す
るための規制手段として,同法30条1項は,「公安委員会は,店舗型性風俗特殊
営業を営む者若しくはその代理人等が当該営業に関し……売春防止法第2章に規定
する罪……に当たる違法な行為……をしたとき……は,当該店舗型性風俗特殊営業
を営む者に対し,当該施設を用いて営む店舗型性風俗特殊営業について,8月を超
えない範囲内で期間を定めて当該店舗型性風俗特殊営業の全部又は一部の停止を命
ずることができる。
」とし,さらに同条2項は,「公安委員会は,前項の場合において,当該店舗型性
風俗特殊営業を営む者が…(いわゆる既得権営業)を営む者であるときは,その者
に対し,前項の規定による停止の命令に代えて,当該施設を用いて営む店舗型性風
俗特殊営業の廃止を命ずることができる。」と定めている。同条は,その法文の形
式から明らかなとおり,公安委員会に対して,営業廃止命令等を発するか否か,そ
の内容をいかなるものにするかについて裁量権を付与するものであり,換言すれ
ば,営業廃止処分等は,その要件充足を前提として,公安委員会の裁量的判断に委
ねられているということができる。
もっとも,営業廃止処分等が公安委員会の裁量に委ねられているとしても,その行
使が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかな場合,具体的には,①当
該処分の理由となった事実の認定に重大な誤りがあった場合,②当該処分が,憲法
その他の法令から導き出される比例原則,平等原則等のなどの諸原則に反する場
合,③内部的準則として定めた処分基準が著しく合理性を欠く場合,④当該処分が
処分基準を著しく逸脱した場合などは,当該処分は,裁量権を逸脱又は濫用するも
のとして違法性を帯びることがあるのは当然であり,かつその程度が甚だしく,明
白かつ重大といえる段階に達した場合は,無効を来すこともあり得ると解される。
以下,この見地から判断を加える。
2 争点(1)(重大な事実誤認の存否)について
(1) 前記前提事実及び以下に掲記の証拠等によれば,次の事実が認められる。
ア原告は,司法警察員及び検察官に対して,要旨,次のとおり,供述している
(乙10ないし13,26)。
「①原告は,本件店舗の所在地において,かつてビジネス旅館を営業していました
が,昭和39年に新幹線が開通し,日帰りの出張が増えて,利用客が減りました。
そこで,昭和41年に旅館を改築してソープランドを営むようになりました。当初
は,マッサージをさせていましたが,1,2年して,ソープ嬢が個室で売春するよ
うになり,もうかるようになりました。②店のシステムは,客から入泉料を徴収
し,店長らが客にソープ嬢を紹介し,客付けをし,店がソープ嬢に個室の場所を提
供して,ソープ嬢が個室で売春代を徴収して売春するというものです。そして,本
件店舗での料金コースは,原則として50分コースと呼んでいるコース(50分の
間にソープ嬢がお客さんとセックスするコース)しかなく,例外的に午後11時1
0分以降については3
0分コースを設けています。50分コースの場合には,お客が入浴料としてフロン
トで払うお金が7000円で,サービス料つまりセックス代としてソープ嬢に支払
うお金が1万円となっており,このうちフロントで払う7000円が本件店舗の利
益となるので,売春客が増えれば本件店舗の利益が多くなります。③本件店舗が売
春をする場であったことは間違いないため,私は,経営者として,ソープ嬢に対
し,客とセックスをする際には,コンドームを着けて行うよう指導したり,性病や
エイズの検査を受けさせ,その診断書を提出するように注意していました。④店長
のbは,客からの料金の徴収などのフロント業務,ソープ嬢への客付け,ソープ嬢
の出勤管理などの営業活動をしていましたが,私も,ほぼ毎日本件店舗に通い,b
の仕事状況を見,bが
夕食をとる午後5時40分ころから1時間程度の間は,本件店舗で客付けをしてい
ます。bも,20年以上にわたって本件店舗で働き,平成2年には,私と一緒に売
春防止法違反の罪で有罪判決を受けていることからも,本件店舗のソープ嬢たちが
客から金を受け取ってセックスをする売春行為をしていることは分かっていたはず
です。⑤そして,出勤表によると,bが,平成14年3月15日の午後4時10分
ころ,h及びiに,同日午後4時25分ころ,jに,警察の捜索が入ったころ,k
に,それぞれ客付けをしたことは間違いありません。⑥また,cについては,2年
前ころファッションへルスの店が多くなり,広告ではソープ嬢が来ないから,cに
若くて店にお客が来るような女の子をスカウトして採用するよう依頼し,そのころ
から,ソープ嬢の面
接採用を全面的にcに任せるようになりました。」
イ cは,司法警察員に対して,要旨,次のとおり供述している(乙3ないし7)
「原告やbから,平成12年9月ころ,ソープ嬢の数が少なくなったことから,ソ
ープ嬢のスカウトを頼まれました。ファッションヘルス等で私がスカウトしてきた
女の子は,私が面接し,採用を決めていましたが,店に直接面接に来る女の子につ
いても,同年秋ころ以降は,私が面接,採用するようになりました。今までに20
ないし30人の女の子と面接し,そのうち10人位をソープ嬢として採用しまし
た。dは,スカウトを手伝ってくれていたlから紹介された女の子で,最初から1
6歳であることを聞かされていました。原告からは,18歳以上を雇うように言わ
れていたため,本人に確認すると16歳と答えたので,あきらめてもらうために,
ソープは本番するところだけど,お金で割り切れるかと聞いたところ,大丈夫とい
う返事でした。いった
んは帰ってもらいましたが,dから再度,本件店舗で働きたいと言ってきたので,
自分とセックスしてくれたらソープ嬢として雇っていいと言うと,了解したので,
平成13年3月6日午後10時50分ころ,名古屋市中村区名駅南○丁目○番○号
「ホテルm」307号室において,自分とのセックスに応じてくれたdを本件店舗
のソープ嬢として雇うことを約束しました。その際,1週間は店の余ったコンドー
ムを使えるけど,その後は自己負担だ,お客さんが望めば,2回セックスの相手を
すること,客のえり好みはできないこと,セックスのときはコンドームを必ず着け
ることを説明しました。そして,絶対に年齢を言わないように念押ししました。」
ウbは,検察官及び司法警察員に対して,要旨,次のとおり供述している(乙
8,9,16)
「私は,平成2年にも売春防止法違反で捕まっており,ソープ嬢にも,セックスの
時に使用するコンドームを配っていることから,本件店舗では,不特定多数のお客
から入泉料やサービス料といった名目でお金をもらって,店で待機している女の子
達にセックスをさせる,いわゆる売春をしていることは当然知っていました。そし
て,私は,店長として,本件店舗にやって来たお客さんから入泉料を徴収し,ソー
プ嬢に客付けしたり,ソープ嬢の出勤の管理などを行っていました。そして,原告
は,日曜祝日以外はほぼ毎日,本件店舗に顔を出し,本件店舗の利益計算を行って
いましたし,私が食事に出ている午後6時から午後7時ころにかけての時間には,
私に代わって客付けの仕事を行っていました。また,2年ほど前から,本件店舗で
働くソープ嬢の面接
や採用をcが行うようになり,原告から,女の子は全部cに任せたからと言われて
いました。そのため,ここ2年ほどは,私が面接し,採用を決めたソープ嬢はいな
かったと思います。dさんは,cが採用してきたソープ嬢で,平成13年3月ころ
から本件店舗で働いていました。cからは20歳だと聞いていましたし,dさんか
らも20歳だということは確認しています。ただ,私は,dさんに何度も身分証明
書を持ってくるように言ったのですが,持ってくる様子はなかったので,注意した
覚えがあります。そして,出勤表によると,平成14年1月6日は,dさんは出勤
しており,午後5時から午後5時50分の客と,午後9時30分から午後10時2
0分の客がフリーで,午後5時55分から午後6時45分,午後6時50分から午
後7時40分,午後
7時40分から午後8時30分,午後8時35分から午後9時25分の客5名が指
名のあった客ということが分かりますので,dさんやnさんが,その日客付けした
のが私だと確認しているのであれば,dさんに売春の客としてnさんを紹介したこ
とは間違いありません。また,平成14年3月15日午後4時10分ころ,早番で
出勤したhにoという遊客を,午後4時10分ころ,iにpという遊客を,午後4
時25分ころ,jにqという遊客を,午後4時30分ころ,kにrという遊客を,
それぞれ客付けしたことは間違いありません。なお,dの稼働期間は154日間
で,その間の売春客は指名延長を含めて572人です。」
エdは,司法警察員に対し,要旨,次のとおり供述している(乙15)
「①私は,cとホテルでエッチさせられた後,本件店舗でソープ嬢として売春して
働くことが決まり,いつから働くかはcからの連絡を待つことになりました。する
と2,3日後,cから私の携帯電話に今日から働いてもらう,これから迎えに行く
という連絡が入ったので,本件店舗に行きました。②本件店舗に着き,店長から履
歴書のような紙(従業員名簿)を渡され,姉の名前と,cから事前に指示されたと
おり,20歳になるように生年月日を書きました。この名簿の日付けが平成13年
3月9日となっており,その日から働き始めました。平成14年1月22日にいっ
たん辞めて再び働くことになった初日の平成14年2月15日,警察に補導されま
した。③店長から,免許証を持って来てと言われましたが,それっきり何も言って
来ず,やばいからこ
れ以上聞いてこないんだと思っていました。④名簿を書き終えると,新入りとして
紹介され,先輩からマットサービスの仕方を教えてくれました。そして,ベッドは
自分のやり方でやってねと言われました。店のシステムとして,コンドームを必ず
客に着けさせてサービスすること,これは店でまとめ買いするが自前であること,
医者のエイズ検査の結果を月1回提出することを強調されました。私は,店側から
「売春」という言葉は言われたことはなかったが,cは,私が本番,つまり売春す
ると約束したからこそソープ嬢に雇ったのだから,とにかく本番しなければいけな
いと思っていました。⑤原告とは何度も顔を合わせることがあり,私の顔やしぐさ
を見れば18歳未満かもしれないと感じたはずですが,年齢等を確認してくること
はありませんでした
。⑥原告や店長からは,機会あるごとに客を満足させるようにと指示されていまし
た。cは,私がソープ嬢として働き出すと,ちゃんとやらしとるか,できるなら2
回やらせろと時間内に2回本番するように指示していました。平成13年3月9日
から平成14年1月21日までの約11か月間に,最低月の半分働いていたので,
約605回客を取り,ちゃんと契約どおり売春していました。⑦本件店舗には,私
の知る限り,私以外にも18歳未満のソープ嬢が4名いました。」
オ 本件店舗の室内状況は,次のとおりである(乙17の1,2,18)。
本件店舗の1階には,受付カウンター,ソープ嬢待機室,21ないし23,25号
の個室が設けられおり,その2階には,1ないし3,5,7,10,11ないし1
3,15,17号の個室が設けられている。そして,各個室には,ベッド及び風呂
が備え付けられており,ベッド脇には,「プレイ料金 50分17000円 入場
料・指名料 無料!」との掲示と,「入泉の皆様 エイズの感染を予防するため
に,今後入泉頂く皆様には衛生器具の使用を徹底し,お客様が安全で且つ安心感あ
る憩いの,ひと時を過ごして頂くため積極的なご協力を下さるよう,謹んでお願い
申し上げます。平成4年7月 愛知県特殊浴場協会」との謹告が貼られている。そ
して,ソープ嬢待機室には,エイズ・梅毒検査表が掲示されている。
カ 本件に係る刑事手続の概略は,次のとおりである。
(ア) 愛知県中村警察署は,平成14年2月15日,本件店舗に対する立入調査を
実施したところ,17歳の少女であるdがソープ嬢として働いているのを確認した
ので補導し,その供述などを基に,同年3月15日,cを児童買春,児童ポルノに
係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反並びに売春防止法違反の容疑
で,bを売春防止法違反の容疑でそれぞれ逮捕するとともに,本件店舗に対する捜
索差押えを実施するなどの強制捜査を行った。また,同署は,原告についても売春
防止法違反の容疑で,任意の取調べを行った(弁論の全趣旨)。一連の捜査の結
果,名古屋地方検察庁は,平成14年5月29日,原告を売春防止法違反の事実
(本件周旋)で名古屋地方裁判所に起訴した(甲2)。原告は,公訴事実を認め
(乙21の1),同年7月
16日,懲役2年,執行猶予4年の判決を受け,同月31日,同判決が確定してい
る。
(イ) cは,売春防止法違反(本件売春契約)及び愛知県青少年保護育成条例違反
(いん行)で起訴され,平成14年6月10日,名古屋地方裁判所において懲役1
年6月,執行猶予4年の判決を受け,同月25日,同判決が確定した。
(ウ) bは,売春防止法違反(本件周旋)で起訴され,平成14年9月3日,名古
屋地方裁判所において,懲役1年6月,執行猶予5年の判決を受け,同月18日,
同判決が確定している。
キ 本件処分に先立つ聴聞手続の概略は,次のとおりである。
被告は,原告に対し,平成14年5月28日付け聴聞通知書をそのころ送付した
(乙14)。同通知書の聴聞の件名の欄には,「原告に対する店舗型性風俗特殊営
業及び浴場業営業の,廃止又は営業停止に関する件」と,予定される不利益処分の
内容欄には,「店舗型性風俗特殊営業及び浴場業営業の廃止又は営業停止」と,不
利益処分の原因となる事実欄には,「別紙のとおり(1 本件売春契約,2 本件
周旋1をはじめ,合計5回にわたり,女性従業員に対し遊客を売春の相手として紹
介し,売春を周旋した事実)」と各記載されている(乙14)。そして,原告は,
平成14年6月11日,聴聞手続に出頭し,愛知県警察本部1階の聴聞室におい
て,不利益処分の原因となる事実を読み上げられ,間違いない旨陳述した。その
際,刑事弁護を依頼してい
たs弁護士に作成してもらった意見書も提出した(甲5)。
(2) 上記各事実を総合すれば,原告の経営する本件店舗においては,開業後ほどな
くしてソープ嬢による売春が恒常的に行われるようになり,営業システムも,売春
を当然の前提として構築されていたものであるところ,原告は,これを禁止するど
ころか,売春を内容とする顧客サービスを積極的に行うようソープ嬢に対してしょ
うようし,また,これらの実態を熟知している店長のbをして,日常的に客付け行
為を行わしめ,時間帯によっては自ら客付け行為を行っていたというのであるか
ら,共謀による本件周旋の事実が認められることは明らかである。
また,原告は,cに対し,ソープ嬢のスカウトを依頼し,それに要した費用を支給
しているところ,本件店舗の上記営業内容に照らせば,ソープ嬢の採用は,客に対
して売春を中心とする性的サービスを提供させることを目的とするものであったこ
とが明らかであるから,cが,平成13年3月6日ころ,dを本件店舗のソープ嬢
として採用した際,dとの間で,客に売春させる内容の契約を締結したことは,原
告からの依頼の趣旨に沿った当然の行為であり,現に,dは,採用後,多数の客と
売春行為を繰り返し,原告らも,これにより多額の利益を取得していたものであ
る。したがって,本件売春契約についても,原告はcとの共謀に基づく責任を負う
べきことが明らかである。
(3) この点につき,原告は,少なくとも本件売春契約を締結することを共謀した事
実はない旨主張するところ,なるほど,原告提出の証拠(甲5,8ないし11)に
は,①本件店舗では,ソープ嬢が客から受け取ったサービス料については,一切受
け取らないことにしていること,ソープ嬢に対して,売春を禁止するような指示は
していないが,売春行為をするよう指示したり,指導したりすることはないこと,
②dについても,18歳未満の女の子をソープ嬢に採用することは禁止しており,
cからは,dが19歳で今年20歳になると聞いていたため,cと共謀してdにつ
いて売春契約を締結したとされるのは不本意であること,客付け等もbがほとんど
取り仕切っていたこと,③刑事事件での調書は,cとbが認めていることならば間
違いないだろうと思
い,両名を早く警察から出してやりたいと思い,警察官や検察官の話には逆らわな
いようにし,④聴聞手続においても,18歳未満の女性を採用したことについて聞
かれると思っており,営業廃止処分については一切予測していなかったところ,担
当官から何を聞かれたかほとんど覚えていないが,できるだけ逆らわないようにと
考えていたので,本件売春契約と本件周旋の事実とを区別しないまま,間違いあり
ませんと言ったかもしれない旨,その主張に沿った内容の記載がある。
しかしながら,前記のとおり,原告は,ファッションヘルスなどの風俗店との対抗
上,若年の女子を積極的に採用するようにcに申し向けていたこと,店長であるb
は,平成13年3月9日,dに対して,従業員名簿に氏名・住所・生年月日の記載
を求めてその裏付けとなる身分証明書の提示を求めたものの,年齢を証明する客観
的文書の提示がないまま,その日のうちにソープ嬢として働かせていること,原告
も,何度も機会がありながら,自らdの年齢等を確認することがなかったこと,原
告は,本件処分に先立つ聴聞手続において,不利益処分の原因となる本件違反の事
実を自認していること(s弁護士の意見書も,本件違反の事実を争う趣旨のもので
なかったと思料される。),これらの事実を総合すれば,18歳未満の者を雇わな
いとの原告の指示は
,多分に名目的なものにすぎず,cが,原告から,売春行為を行うソープ嬢の採用
について全面的な権限を授与されていたことをも考慮すると,dの採用と本件売春
契約が原告の意思に反するものであるとは到底認め難く,本件売春契約についても
共謀に基づく責任を免れないとの前記判断を覆すには至らない。
さらに,原告は,本件売春契約について公訴を提起されていない旨主張するが,お
よそ法令が,行政庁に対して行政上の規制権限を与えている場合,これを発動する
ための要件充足の認定権限も当該行政庁に委ねているのが原則であるから,本件で
問題とされている風営法30条2項に定める営業廃止処分の要件である売春防止法
第2章に規定する罪の存否も,それが「売春防止法第2章に規定する罪によって公
訴を提起されたとき」とか,「売春防止法第2章に規定する罪によって有罪判決を
受けたとき」というように定められていない以上,刑事訴追の有無等に関わらず,
被告が独自の立場で認定,判断することは当然に許されるというべきところ,本件
売春契約につき,cと原告との共謀の事実が認められることは前記認定のとおりで
ある。
よって,本件処分に重大な事実誤認が存したとの原告の主張は,採用できない。
3 争点(2)(行政手続法12条違反等の有無)について
(1) 行政手続法12条の「不利益処分」とは,「行政庁が,法令に基づき,特定の
者を名あて人として,直接に,これに義務を課し,又はその権利を制限する処分」
(同法2条4号)であるところ,営業廃止処分がこれに当たることはいうまでもな
い。そして,行政手続法12条1項は,「行政庁は,不利益処分をするかどうか又
はどのような不利益処分をするかについてその法令の定めに従って判断するために
必要とされる基準(処分基準)を定め,かつ,これを公表しておくよう努めなけれ
ばならない。」と定めている。
本規定は,その文言からも明らかなように,申請に対する処分をする場合の同法5
条の審査基準の公表と異なって,行政庁の努力義務を定めたものであって,いわゆ
る訓示規定であると解される。すなわち,一般的に処分に関する行政庁の裁量権が
広く認められる上,処分を決定するためには,その原因となる事実の反社会性や対
象者の情状等を個別的,具体的に総合評価しなければならないため,あらかじめ画
一的な処分基準を定めることが困難な場合があり,また,処分基準を公にすること
により,それに達しない程度の違反行為は実害を受けないとして,脱法的な行為を
助長するおそれもあるため,これらの諸点を考慮して,行政庁があらかじめ処分基
準を公表することなく,不利益処分を行ったとしても,それだけでは,直ちに当該
処分の効力に影響を
与えないとしたものである。
しかしながら,そもそも,不利益処分は,公権力の行使として,国民に義務を課
し,その権利を制限するものであるから,その処分に至る過程は,公正さを疑われ
ることのないように,十分に透明でなければならず,また,国民に対し,どのよう
な場合に,どのような不利益処分がなされるかについて,一定の予見可能性を与え
ることが望ましいことはいうまでもない。このような見地からすれば,いったん処
分基準が公表された場合には,それは当該処分に関して基準を策定することが可能
であることの現れであり,かつ公表された処分基準について国民の信頼が生ずるこ
とになるのであるから,行政庁が従前の処分基準を著しく厳格化したにもかかわら
ず,何らの合理的な理由もなく,国民がこの事実を認識し得る方策を講じなかった
場合は,行政庁に与え
られた裁量権を逸脱又は濫用するものとして,当該処分は違法となり得ると解すべ
きである。
もっとも,行政手続法は,公表を義務付けた審査基準についても,「行政上特別の
支障があるときを除き,法令により当該申請の提出先とされている機関の事務所に
おける備付けその他の適当な方法」によって公表しなければならない旨定めている
にとどまる(5条3項)から,上記のように処分基準を厳格な内容に改定する場合
は,国民が新しい処分基準を認識することが可能になると考えられる従前と同程度
の公表措置を講ずることで足りるというべきである。この点について,原告は,一
定の場合には国民に積極的に周知させる必要があるところ,2月基準は被告旧基準
を厳格化するものであるから,愛知県SB防犯協会などを通じて,あらかじめ説明
や指導を行うべきであった旨主張するが,前記のとおり,公表義務のある審査基準
ですら,対外的に積
極的に周知することまで行政庁に義務付けるものではないことに照らせば,本件に
おいて,原告主張のように解する法的根拠は認め難い。
(2) そこで,2月基準の公表経緯について検討するに,前記前提事実及び証拠(甲
4,7の1及び2,乙1,2の1及び2,22ないし25)並びに弁論の全趣旨を
総合すれば,次の事実が認められる。
ア 警察庁生活安全局長は,平成13年9月20日付けで,各都道府県警察の長等
にあてて警察庁丙生環発第25号を発したが,その内容は,警察庁旧基準を廃止
し,警察庁新基準を策定したので,各都道府県警察においては,これを参考とし
て,厳正かつ適切,公平な処分がなされるように配意されたいというものであっ
た。
イ これを受けて,被告は,平成14年1月18日までに,審議の上,被告旧基準
を2月基準に改正し,同年2月1日から適用することを決定した。そして,愛知県
警察本部生活安全部保安課は,同年1月29日,同本部総務部聴聞官室に対し,2
月基準を審査基準一覧表へ掲載するよう依頼し,同室長は同月31日,これを,高
速道路交通警察隊及び各警察署に送付して備え付けさせ,閲覧の求めがあれば随時
これに応ずるように指示するとともに,愛知県警察広報課にホームページの更新を
依頼した。同課は,同年2月1日に,愛知県警察のホームページを更新して,同月
4日以降,2月基準をこれに掲載した。
ウ その後,平成13年6月20日の風営法の一部改正に伴い,店舗型電話異性紹
介営業及び無店舗型電話異性紹介営業に対する愛知県内の営業禁止地域等が,同年
12月21日,「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行条例」の
改正(平成14年4月1日施行)によって定められたため,被告は,これに関する
行政処分の量定を加えた基準を策定した上,平成14年4月1日から実施すること
とし,同基準をホームページにおいても公表した。
エ 原告代理人のt弁護士は,本件処分後の平成14年8月16日,被告を訪れ,
本件処分の基準について問い合わせ,その閲覧・コピーを求めたところ,保安課担
当者は,被告は警察庁の訓令・通達に従って処分基準を平成14年2月に改定した
こと,新しい基準は警察庁のホームページで公表しているので,それを見て欲しい
旨返答した。そこで上記弁護士が,そのころ,警察庁のホームページを確認したと
ころ,警察庁旧基準が掲載されていた。
(3) 以上の事実によれば,警察庁新基準は,少なくとも平成14年8月16日段階
では警察庁のホームページに掲載されていなかったものの,警察庁の示す基準は,
処分権者である各都道府県の公安委員会が策定する処分基準の指針となるものにす
ぎず,直接,国民に対する処分基準として機能するものでないことが明らかである
から,これをもって本件処分の違法を基礎付けるものとはいえない。そして,本件
処分の直接の根拠となった2月基準については,その施行日とされた日以降,愛知
県内の各警察署等へ備え置いて国民からの閲覧に応じる態勢を執っており,また,
愛知県警察のホームページにおいても,実施日から間がない平成14年2月4日に
は,被告旧基準を更新して2月基準が掲載されているところ,本件処分の理由とな
った本件違反のうち
,本件周旋2ないし5の事実は,いずれも上記ホームページ更新の日以後に行われ
ていることに照らせば,被告による2月基準の適用が,行政手続法12条に反して
違法であるとは認められず,また憲法31条の定める適正手続や罪刑法定主義の趣
旨に反するともいえない。
4 争点(3)(比例原則又は平等原則違反の有無)について
(1)前記のとおり,風営法30条1,2項は,善良な風俗と清浄な風俗環境を保持
し,少年の健全育成に障害を及ぼす行為を防止するため,公安委員会に対して営業
停止若しくは営業廃止を命じる権限を付与しているが,反面,その権限行使によっ
て,国民の営業の自由を制約することになるのであるから,同条の定める要件に反
しないことはもとより,その目的を達成するための必要性と合理性を著しく欠いた
処分は,違法となり得るというべきである。
(2) そこで,まず,本件処分の直接の根拠となった2月基準について検討するに,
証拠(甲6の2ないし8,7の2,乙1,2の1及び2)及び弁論の全趣旨によれ
ば,次の事実が認められる。
ア 今日における性風俗の乱れ,とりわけ未成年者に対する性的搾取や女性の性の
商品化は世界的に問題とされており,我が国においても例外ではないため,政府
は,平成6年5月16日,「児童の権利に関する条約」を批准・公布し,平成11
年5月26日には,「児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等
に関する法律」を,さらに,平成11年6月23日には男女共同参画社会基本法を
それぞれ制定するなどして,対策に乗り出している。しかしながら,情勢は悪化の
一途をたどり,児童買春などの悪質な事案や,外国人女性による売春事案の横行,
さらには性風俗店の増加は,大きな問題となっている。
イ 店舗型性風俗特殊営業,中でもソープランド営業は,浴場業の施設として個室
を設け,当該個室において異性の客に接触する役務を提供するものであるから,個
室内においてソープ嬢が遊客を相手に売春をし,これをソープランド営業者が管理
し,利益を上げることが容易に行われやすいという特色を有している。
ウ そこで,警察庁は,これらの情勢に対処し,風営法1条の掲げる目的,すなわ
ち善良の風俗と清浄な風俗環境を保持し,少年の健全な育成に障害を及ぼす行為の
防止を達成すべく,規制内容を全体的に強め,風俗環境を害する違反行為に対する
行政処分を引き上げることを決め,平成13年9月20日付けで,警察庁新基準を
策定し,全国の都道府県警察の長等に通知した。
エ 愛知県内においては,名古屋市でソープランドを営業する業者15者によって
愛知県SB防犯協会が組織され,警察の指導を受けるなどしているが,店舗型性風
俗特殊営業において,18歳未満の子女をして客に接触させる業務に従事させた
り,売春させることを内容とする契約を締結させたり,あるいは売春を行う場所を
提供したりする事案が後を絶たないことから,被告は,平成14年1月18日,警
察庁新基準に則って,2月基準を策定することになった。なお,全国における新基
準への移行状況は,若干の遅速があり,平成14年1月10日ころ,警察庁新基準
を参考にした新処分基準を定めていた都道府県は,東京都,神奈川県,大阪府,北
海道にすぎなかったが,その他の各府県も順次基準の改正が予定されており,概ね
同年4月には足並みが
揃うに至っている。
(3) 以上の認定事実によれば,2月基準は,性風俗環境の悪化に歯止めをかけるべ
く,関係法令の厳正な運用を行い,規制を強化するために策定されたものであり,
その目的,趣旨において合理性があると判断できる。
もっとも,その内容は,売春防止法11条2項,12条,13条以外の同法第2章
に規定する罪を犯した場合について,被告旧基準が営業停止150日を量定基準と
し,その基準期間を40日としていたのに対し,風営法30条1項の上限である8
月以内である営業停止240日に引き上げており,同条2項の営業廃止処分が可能
となったことをも考慮すると,相当な規制強化であることは否定できない。
しかしながら,もともと上記犯罪の法定刑は,軽いものでも6月以下の懲役又は1
万円以下の罰金(5条)であり,重いものでは5年以下の懲役及び20万円以下の
罰金(8条1項)であり,決して罪質の軽い罪ではないこと,営業廃止処分は,本
来は店舗型性風俗特殊営業の許されない地域において行われている営業を対象とす
るものであり,ただ,風営法の施行前から営業を営んでいた者の利益に配慮して,
例外的に許容されてきたものにすぎず,上記のような犯罪が行われた以上,かかる
既得権を剥奪する結果になったとしてもやむを得ないと考えられること,営業廃止
処分は,売春防止法第2章の罪が行われただけでは発動されず,これに複数の加重
事由が加わるなど,法令違反を繰り返すおそれが強いと判断された場合に限って可
能となること,これ
らを総合すれば,上記のように相当な規制強化であるからといって,その必要性,
合理性を欠く過酷な基準と断ずることはできず,比例原則に反するものではないと
いうべきである。また,全国的にも,多少の遅速はあるものの,警察庁新基準に基
づく処分基準によって統一的な規制が実施されていると認められるから,平等原則
に反するともいえない。
(4) 次に,本件処分について検討するに,その根拠となった2月基準が比例原則,
平等原則に反するものといえないことは前記のとおりであり,2月基準における営
業廃止処分の要件充足の有無は,次項で判断するとおりである。
この点につき,原告は,本件と同様の過去の事案においては,すべて営業停止処分
にとどまっており,ほぼ同時期に立件された売春防止法違反等の事例においても,
営業停止処分にとどまっている旨主張するところ,証拠(甲6の2ないし8)によ
れば,被告が,平成12年10月以降の風営法28条11項2号あるいは売春防止
法第2章に規定する罪違反に該当する行為を理由に行った処分は,本件処分を除
き,すべて営業停止処分であったことが認められる。
しかしながら,甲6の2ないし5の事例のように,2月基準が実施される以前の行
為に対しては,被告旧基準が適用されるのであるから,2月基準の実施後の処分で
ある本件処分と比較すること自体が無意味であるし(そもそも,甲6の2ないし4
の違反行為は,風営法28条11項2号違反であるから,2月基準によっても営業
停止30日ないし240日,基準期間60日とされているから,営業廃止処分が行
われないのが通常である。),甲6の7及び8の違反行為が,2月基準実施後に行
われたとしても,前記のとおり,売春防止法第2章に規定する罪に該当しただけで
直ちに営業廃止処分を受けるというものではないから,上記事実だけで,本件処分
が平等原則に反するといえないことは明らかである。
よって,この点に関する原告の主張は採用できない。
5争点(4)(本件に適用されるべき処分基準の種別及び処分加重事由の存否)につ
いて
(1)本件違反のうち,本件売春契約は,平成13年3月6日ころに行われ,本件周
旋1は,平成14年1月6日に行われたものであって,いずれも被告旧基準の適用
対象となる。これに対し,本件周旋2ないし5は,いずれも平成14年3月6日に
行われているから,2月基準が適用されることになる。そうすると,本件違反に対
して,被告旧基準と2月基準がそれぞれ適用され,結果的に重い量定に従って本件
処分が行われたことは当然であって,この点について何らの違法も存しない。
(2) ところで,少なくとも本件周旋2ないし5は,2月基準5(1),3(1)ア(ウ)の
「罰則の適用がある法令違反行為によって検挙された場合(起訴相当として送致し
た場合に限る。)」に該当し,その営業停止命令の量定は,同基準5(2)により,別
表3の処分事由「売春防止法 第2章に規定する罪」欄の240日となり,同基準
7の「5の(2)に定めるところにより,営業停止命令の量定の長期が240日に達し
た場合」に当たることが明らかである。
そして,前記のとおり,本件周旋は,いずれも,原告から店長としての仕事を委ね
られたbによって実行されたものであること,原告も本件店舗において売春が恒常
化していることを認識しており,むしろ利益を上げるためにbとともに売春行為の
周旋を組織的かつ恒常的に推進してきたものであること,また,原告からソープ嬢
の採用を任されていたcは,dが18歳未満であることを認識しながら本件売春契
約を締結しており,しかも,年齢等の確認を任されていたbや原告は,年齢を証明
する客観的書類の提出を待つことなく,ソープ嬢としてdを稼動させ,あるいは稼
動を容認しており,少年に対する健全育成保護の配慮を全く欠いていること,原告
は,本件店舗の利益を上げるため,cに対して若年の女子を積極的にスカウトする
よう依頼していたこ
と,原告は,平成2年にも,本件店舗の営業に関して売春防止法第2章に規定する
罪を犯し,検挙された事実があるにもかかわらず,ほどなくして同種の周旋を再開
し,これを継続してきたこと,これらの事実が認められるところ,これらは,加重
事由(ウ)の「その他法令違反の内容が著しく悪質と認められること」に該当すると
認められる。加えて,前記認定事実及び証拠(乙19の1,26)によれば,本件
店舗の従業員として,売春行為を恒常的に行っていた相当数のソープ嬢のほか,店
長のb及びスカウト役のc,専従者として事務等を担当していたe,清掃係のu,
パート従業員のvらが稼動していたにすぎないから,加重事由(エ)の「従業員の大
多数が法令違反行為に加担していること」に該当すると認められる。そうすると,
複数の加重事由の存
在が認められ,かつ,法令違反を繰り返すおそれが強いといわざるを得ない。
この点につき,原告は,本件においては,処分の軽減事由が存する旨主張するとこ
ろ,確かに,原告には最近3年間に法令違反を理由に検挙されたことはなく,また
聴聞手続や刑事裁判の際,事実関係を争うことがなかったことが認められるもの
の,前記のとおり,平成2年に検挙された後においても,原告やその意を受けたb
が恒常的に売春の周旋を行い,利益を上げてきたことは疑いがないこと,にもかか
わらず,原告は,本件処分後,本件違反につき,関与していないとか関与の程度が
低いなどと主張して,その責任を否定するがごとき言動を示しており,聴聞手続や
刑事裁判における態度は,処分や処罰の軽減を目的とした作為的なものであったと
の疑いを払拭できないことに照らすと,本件違反につき改しゅんの情が著しいと認
めることは困難であっ
て,結局,処分の軽減事由が存するとはいえない。
よって,本件違反に対して,被告が加重事由を認定して営業廃止処分を選択したこ
とにつき,その要件の認定を誤り,あるいは裁量権を逸脱ないし濫用した違法が存
すると認めることはできない。
6 結論
以上の次第で,本件処分は適法というべきであり,原告の本訴各請求はいずれも理
由がないから,棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行訴法7条,民訴法6
1条を適用して,主文のとおり判決する。
 名古屋地方裁判所民事第9部
   裁判長裁判官    加  藤  幸  雄
   裁判官    舟  橋  恭  子
   裁判官  平  山     馨
(別紙添付省略)

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