弁護士法人ITJ法律事務所

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       主   文
一 原告らがいずれも被告の設置する香川県大手前高松高等学校及び同中学校の教
諭である労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 被告は、原告aに対し金九七二万二〇五九円、原告bに対し金八四九万四〇九
二円、原告cに対し金六九八万八八〇七円、原告dに対し金七五六万八五二五円
を、当該各原告に支払うべき金員に対する昭和六〇年二月二二日から支払済みまで
年五分の割合による金員を付加して支払え。
三 原告c及び原告dのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が原告
aの仮執行につき金三二〇万円、原告bの仮執行につき金二八〇万円、原告cの仮
執行につき金二三〇万円、原告dの仮執行につき金二五〇万円の各担保を供すると
きは、その各仮執行を免れることができる。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一項同旨
2 被告は、原告aに対し金九七二万二〇五九円、原告bに対し金八四九万四〇九
二円、原告cに対し金七〇二万七一四二円及び原告dに対し金七五八万四二九七円
を、当該各原告に支払うべき金員に対する昭和六〇年二月二二日から支払済みまで
年五分の割合による金員を付加して支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 右の2につき、仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1(一) 被告は、私立学校の設置を目的として、私立学校法の定めるところによ
り設立された法人であつて、肩書地において香川県大手前高等学校及び同中学校
(以下「丸亀校」という。)を、高松市<以下略>において香川県大手前高松高等
学校及び同中学校(以下「高松校」という。)を設置している。
(二) 原告a(以下「原告a」という。)は、昭和四六年四月、被告に高松校教
諭として雇用された。
(三) 原告b(以下「原告b」という。)は、昭和四八年四月、被告に高松校教
諭として雇用された。
(四) 原告c(以下「原告c」という。)は、昭和五一年四月、被告に高松校教
諭として雇用された。
(五) 原告d(以下「原告d」という。)は、昭和五一年四月、被告に高松校教
諭として雇用された。
2 被告は、昭和五七年三月三一日、原告ら各自に対し、昭和五七年四月一日付け
で高松校教諭から同校非常勤講師に降職する処分をしたので、原告らが教諭の身分
を失つたと主張し、原告らが高松校教諭の地位にあることを争つている。
3(一) 原告らが高松校教諭として被告から受け取るべき昭和五七年四月分から
昭和六〇年二月分までの賃金等の合計は次の表のとおりである。
<08427-001>
(二) 原告らが被告から非常勤講師として取り扱われて得た昭和五七年四月分か
ら昭和六〇年二月分までの賃金等の合計は次の表のとおりである。
<08427-002>
<08427-003>
4 よつて、原告らは、各自、被告に対し高松校の教諭であることの確認を求める
とともに、各原告に対応する3の(一)の合計金額(A)と同(二)の合計金額
(B)との差額(AーB)(次の表のAーB欄の金額)を、これに対する弁済期経
過後である昭和六〇年二月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による
遅延損害金を付加して支払うことを求める。
<08427-004>
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2の各事実を認める。
2 同3の事実について
(一) その(一)のうち、原告a及び原告bに関する各部分を認める。原告cに
関する部分は、①昭和五七年七月五日、②昭和五八年七月五日、③昭和五九年七月
五日の各一時金の金額の点を除いて、認める。①の一時金は三〇万五八四四円、②
の一時金は三一万八四九一円、③の一時金は三四万三七九三円である。したがつ
て、原告cの賃金等合計は、九二八万八六六七円である。原告dに関する部分は、
①昭和五七年一二月四日、②昭和五八年三月一九日の各一時金の金額の点を除い
て、認める。①の一時金は四四万八七一九円、②の一時金は八万八二二三円であ
る。したがつて、原告dの賃金等合計は、一〇〇二万五〇六一円である。
(二) その(二)を認める。
3 同4は争う。
三 抗弁
1 被告は、昭和五七年三月三一日、原告ら各自に対し、昭和五七年四月一日付け
で高松校教諭から同校非常勤講師(期間一年)に降職する懲戒処分(以下「本件降
職処分」という。)をした。したがつて、原告らは、いずれも高松校教諭の身分を
失つた。
2 ところで、本件降職処分の理由は、次のとおりである。
(一) 被告の高松校の就業規則(抜粋)は、別紙のとおりである。
(二) 原告a及び同bについて
(1) 被告は、昭和五六年四月三日、毎朝登校時の生徒指導上の必要性に照ら
し、就業規則一五条により、原告a及び同bに対し、昭和五六年度の勤務時間につ
き、始業時刻を午前八時三〇分から午前八時一五分に変更する旨命令した。しかる
に、右原告両名は、正当な理由もなく、右指定の時刻に登校せず、連日遅刻した。
そこで、被告は、原告aに対しては昭和五六年五月一日と同月六日、原告bに対し
ては同月一九日、右指定の時間に勤務するよう注意したが、右原告両名は、被告の
右業務命令を無視し、遅刻を続けた。(2) そこで、被告は、右原告両名の行為
は就業規則一四条五号に違反するので、右両名に対し、同規則六八条五号及び九号
により、昭和五六年八月五日から同月一〇日まで出勤停止処分に付した。
 しかるに、原告a及び同bは、その後も昭和五六年度末に至るまで前記業務命令
を無視し、遅刻を続けた。
(3) 原告a及び同bの前記(1)(2)の行為は、いずれも就業規則六八条五
号、九号及び一〇号に該当するので、被告は、右原告らを本件降職処分に付した。
(三) 原告cについて
(1) 原告cは、昭和五六年七月、高松校部活動顧問の立場を利用して「NE
T・IN」と称する冊子(以下「本件冊子」という。)を被告に無断で発行し、同
校生徒及びその父兄に配付した。
(2) 原告cは、本件冊子に、①高松校では、生徒の体育大会出場を、中高六年
制コースの生徒については高一まで、高校三年制コースの生徒については高二ま
で、体育関係の大学専願の生徒に限つて高三までとする方針を採つていること並び
に六年制コースの高の女子生徒の体育大会出場をめぐつて被告と生徒及びその保護
者との間で紛争が生じたことを書き、②原告cが、部顧問として被告の右方針に批
判的見解を有することを書き、③六年制コースのメリツトがあるのか疑問であると
の印象を与えるような文言を記載し、④高松校から丸亀校へ配転となつたeにつき
「e先生早く戻つてきて下さい。」との文言を記載し、⑤eの氏名を名簿上高松校
バドミントン部顧問のように書いた。
(4) 原告cの前記(1)(2)の行為は、被告の許可なく業務外の文書を頒布
して業務上の秘密を漏らし、被告の教育方針を公然と批判し、かつ、被告の信用を
傷つけるものであり、就業規則六八条二号及び九号並びに六九条四号、五号、七号
及び一〇号に該当するので、被告は、原告cを本件降職処分に付した。
(四) 原告dについて
(1) 高松校では、各教科担当者が年次有給休暇等を享受するときは、事前に欠
講時間用の教材を準備することになつており、昭和五六年一〇月三〇日、同校の教
頭及び教科主任が原告dに対しその旨の指示をしたにもかかわらず、原告dは、こ
れに従わず、同年一一月二日、欠講予定時間のための教材準備を怠つたまま欠勤し
た。この件につき、同月四日、校長が原告dを注意したが、原告dは、自分の義務
ではないなどと主張して反抗的態度を示し、指導に従わなかつた。
(2) 原告dは、昭和五六年一一月五日、日直当番に当たつていたが、始業時刻
(午前八時三〇分)に遅れ、午前九時二〇分ころ登校した。校長が注意すると、原
告dは、「自分はいつもこうしている。」と言うばかりで、反省の態度を示さなか
つた。
(3) 原告dは、昭和五七年三月八日、被告に無断で約五〇〇枚のアンケート用
紙を作成し、これを他の数名の教員とともに高松校生徒に配付し、ホームルームの
時間を利用して生徒に記入させた上、これを回収した。この件につき、校長が右ア
ンケート用紙を直ちに提出するよう命令したが、原告dは、これに応じなかつた。
また、校長は、右アンケートの内容や使用目的等につき説明するよう指示したが、
原告dは、これを拒否した。
(4) 原告dは、被告が再三指示したにもかかわらず、出勤簿への捺印を長期に
わたりしばしば怠つた。
(5) 原告dは、学期ごとに提出すべき「学習指導計画・実施記録」の提出を怠
ることが多く、催促により提出することがあつてもその内容が乱雑かつ不備なまま
であつた。
(6) 原告dの担当する授業では、教室内が騒がしく、生徒の管理が不十分であ
つた。それを校長が注意しても、原告dは、反論に終始して反省の態度を示さなか
つた。
(7) 原告dの上記行為は、就業規則六八条二号、五号、七号、八号、九号及び
一〇号並びに六九条七号及び一〇号に該当するので、被告は、原告dを本件降職処
分に付した。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実自体は認める。
 しかしながら、本件降職処分はいずれも原告らと被告との労働契約に違反するも
のであつて無効である。すなわち、本件降職処分は、右労働契約の基本的内容を原
告らに不利益に変更するものであつて、右契約の一方当事者である被告の意思のみ
によつてはなしえないものであるから、本件降職処分は労働契約違反として無効で
ある。
2 抗弁2の事実について
(一) その(一)を認める。
(二) その(二)について
(1) その(1)は、後記の点を除いて、認める。(1)の二文中「正当な理由
もなく……遅刻した。」とある点を否認する。被告のなした勤務時間の変更命令
は、就業規則一五条本文に違反するものであつて、無効である。すなわち、同条但
書で定める勤務時間変更命令は、短期的、一時的な場合にのみ適用され、本件のよ
うに一年間にわたるような勤務時間の変更命令に同条但書は適用されない。
(2) その(2)を認める。しかしながら、勤務時間変更命令が前記(1)のと
おり無効であるから、被告のした出勤停止処分も違法である。
(3) その(3)は争う。
(三) その(三)について
(1) その(1)を認める。
(2) その(2)のうち、原告cが本件冊子に①のこと及び④の文言を記載した
ことを認めるが、その余を否認する。
(3) その(3)を認める。
(4) その(4)は争う。
(四) その(四)について
(1) その(1)のうち、昭和五六年一〇月三〇日に高松校の教頭が原告dに対
し欠講時の教材プリントを準備するよう指示したが、原告dがこれに従わないまま
同年一一月二日欠勤したことを認めるが、その余を否認する。
(2) その(2)のうち、原告dが昭和五六年一一月一五日に始業時刻に遅れ、
校長から遅刻しないよう注意されたことを認めるが、その余を否認する。
(3) その(3)のうち、原告dが被告主張のとおりアンケートを実施したこ
と、その件で校長から右アンケートの内容、使用目的の説明と、右アンケート用紙
の提出を求められたことは認めるが、その余を否認する。
(4) その(4)を否認する。もつとも、原告dが二、三日程度出勤簿への捺印
を怠つたことはある。
(5) その(5)を否認する。もつとも、原告dが昭和五六年度一学期末に「学
習指導計画・実施記録」を提出し忘れたことはある。
(6) その(6)を否認する。
(7) その(7)は争う。
五 再抗弁
1 本件降職処分は、次のような事情に照らし、懲戒権の濫用である。
(一) 原告a及び同bについて
(1) 原告a及び同bの前記三2(二)の(1)及び(2)の行為によつても職
場が混乱したことはなかつたし、教育活動が停滞したこともなかつた。すなわち、
生徒の登校指導については、原告a及び同bの参加した生徒指導部による輪番制が
実施され、これにより効果を上げていた。
(2) 本件始業時刻変更命令は、一年間にわたつて午前八時一五分から高松校玄
関に立つて登校指導に当たることを内容とするものであり、原告a及び同bにとつ
て、私生活上の有効な時間利用ができなくなるばかりでなく、教育上も時間割係と
しての業務ができない上、職員朝礼にも出席できなくなる等多大の支障が生じる。
したがつて、被告は、本件始業時刻変更命令に際し、事前に原告a及び同bと協議
すべきであり、また、事後にも原告a及び同bが右命令を遵守できる条件を整備す
る等の調整をすべきであるのに、これを怠つた。
(二) 原告cについて
(1) 高松校校長は、原告cに対し、前記三2(三)(2)の①の事項が業務上
の秘密事項であるから、他に口外しないよう指導すべきであるのに、これを怠つ
た。
(2) 原告cが本件冊子中「顧問として出してやりたい」と書いたのは、大会の
前日に生徒が出場できなくなつたことでシヨツクを受けていたバドミントン部の部
員らを励ます意図に出たものであつた。
(3) 原告cが本件冊子中「六年制のメリツト? デメリツト?」という標題を
掲げ、「お父さん、お母さんたちはどう思われますか」と書いたのは、六年制コー
スの長所を生かして教育効果を高めるにはどうすればよいかを生徒の父母に問うた
ものであつた。
(4) 原告cが本件冊子中「e先生、早くもどつてきてください」と書き、住所
録にe先生の住所、氏名を記載したのは、e先生が一〇年以上にもわたつてバドミ
ントン部を指導し、部員らと強いきずなで結ばれており、e先生が高松校に戻つて
くることは部員らの願いでもあつたので、それを代弁したものである。
(5) 本件部誌は、高松校高校のバドミントン関係者という特定少数の者に配付
されたにとどまる。
(6) 原告cは、従前、被告の学校教育方針に従つてきた。
(三) 原告dについて
(1) 原告dは、昭和五六年一一月二日の欠講の際、高校一年四組の生徒にはテ
ストを実施したが、同三年五組の生徒に対しては、事前に各自の抱えている課題を
消化するよう指示した。右の措置は、三年五組が私立文科系で数学を受験教科とし
ない生徒が大半を占めており、三か月後に控えた大学入試に向かつて生徒の学習意
欲が高まつていたことを配慮したものであつた。
(2) 高松校では、日曜日直については、始業時刻に出勤することはほとんど守
られていなかつた。原告dも、高松校に赴任の際、当時の数学主任や同僚教師か
ら、出勤時刻は午前九時ころと聞き、以来午前九時ころに出勤しており、その間上
司から注意を受けたことはなかつた。
(3) 原告dが他の数名の教員とともに生徒に対して実施したアンケートは、ホ
ームルーム活動の一環としてなしたものであり、生徒の実態を把握し、教育活動に
役立てる目的でなしたものである。その後、校長からアンケートの提出を求められ
たが、原告dは、高松校高校一年二組の副担任であり、アンケート用紙を保管して
いたのは担任であるf教諭であつたことから「相談する。」と校長に答えた。
(4) 高松校では、職員の多くが出勤簿への捺印をしばしば怠つていたものであ
り、また、職員の出勤状態の確認は、職員室東側にある教務の黒板の出欠欄に書き
出すことや、学校日誌に教頭が記入することでなされているから、二、三日捺印を
怠つたことで業務に特段の支障をきたすことはない。
(5) 原告dは、昭和五六年度一学期末の「学習指導計画・実施記録」の提出を
忘れたことにつき、上司から催促されないまま、同年度二学期末に、一、二学期の
記録と三学期の予定を記載して被告に提出した。また、原告dは、高松校赴任以
来、その内容について注意、指導を受けたこともない。
2 本件降職処分時、原告らはいずれも香川県大手前高松高等(中)学校教職員組
合(以下「組合」という。)の組合員であつた。本件降職処分は、いずれも原告ら
が組合活動を行つていることの故に被告がなした不利益取扱いであるから、不当労
働行為として無効である。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1の事実について
(一) その(一)を否認する。
(二) その(二)を否認する。
(三) その(三)について
(1) その(1)のうち、原告dが昭和五六年一一月二日の欠講の際に高校一年
四組についてはテストを実施したことを認めるが、その余を否認する。
(2) その(2)及び(3)を否認する。
(3) その(4)のうち、高松校で教頭が職員の出勤状態を確認して学校日誌に
記入していることを認めるが、その余を否認する。
2 再抗弁2の事実のうち、本件降職処分時に原告らがいずれも組合の組合員であ
つたことを認めるが、その余を否認する。
第三 証拠(省略)
       理   由
一 請求原因1及び2の各事実は、当事者間に争いがない。
二 抗弁について判断する。
1 抗弁1の事実自体は、当事者間に争いがない。
2 しかしながら、原告らは、本件降職処分は、原告らと被告との間の労働契約の
基本的内容を一方的に変更するものであるから無効である旨主張するので、この点
について検討する。
(一) 被告の高松校の就業規則(抜粋)が別紙のとおりであることは、当事者間
に争いがない。この争いのない事実に、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第
一五号証、第二三三号証、成立に争いのない乙第一号証、第六四号証の一及び弁論
の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 被告は、高松校の職員の懲戒に関し、就業規則の六六条ないし六九条に規
定を設け、懲戒の手段の一つとして、その六七条四号で、身分又は職階を下げる処
分を規定し、職階を下げるのみならず身分を下げることをも降職処分の内容として
いる。
(2) 職員の身分及び職階に関し、被告は、就業規則五二条で、①教育職員、②
その他の職員、③雇員に大別した上、①教育職員については校長、教諭、養護教
諭、助教諭、講師に、②その他の職員については、事務職員、技術職員に細別し、
更に、慣行上、①教育職員につき、校長と教諭との中間に、副校長、教頭、教頭補
佐の職階を設け、講師については、常勤講師と非常勤講師とに区分している。
(3) 教諭は、満六〇歳に達するまでの終身雇用が予定されている。これに対
し、常勤講師も非常勤講師も、雇用期間は一年とされ、更新されない限り、その期
間の経過により講師の身分を失う。なお、常勤講師の待遇は、教諭とほぼ同じで、
賃金も月給であるが、非常勤講師の賃金は、時間計算給である。
(二) ところで、一般に、使用者がその雇用する従業員に対して課する懲戒は、
広く企業秩序を維持確保し、もつて企業の円滑な運営を可能ならしめるための一種
の制裁罰であると解されるが、使用者の懲戒処分の根拠については、以下のように
考えられる。すなわち、使用者とその従業員である労働者との法的な関係は、対等
な当事者としての両者が労働契約を締結することによつて初めて成立するのである
から、使用者の労働者に対する権限も、労働契約上の両者の合意にその根拠を持つ
ものでなければならない。使用者の経営権は、労働者に対する人的支配権をも内容
とするものではないし、従業員に対する指揮命令権も、労働契約に基づいて許され
る範囲でしか行使し得ないはずのものである。したがつて、使用者の懲戒権の行使
は、労働者が労働契約において具体的に同意を与えている限のでのみ可能であると
解するのが相当である。
 もつとも、懲戒について個別の労働契約上の合意や労働協約がなくても、懲戒の
事由と内容が就業規則に定められている場合には、使用者と労働者との間の労働条
件は就業規則によるという事実たる慣習を媒介として、それが労働契約を規律する
と解される。ただし、就業規則に定めさえすれば、どのような事項であれ、使用者
と労働者の間はこれによつて規律されるというような事実たる慣習は存在しないか
ら、就業規則に定められた事項のうち事実たる慣習を媒介として労働契約を規律す
る事項は、労働契約によつて定め得る事項、すなわち、労働契約の内容となり得る
事項に限られるというべきである。そうすると、使用者が一定の場合(懲戒権の行
使の場合も含む。)に雇用としての同一性を失わない範囲内で労働者の職務内容を
一方的に変更し得ることを就業規則に規定することはできるとしても、社会通念上
全く別個の契約に労働契約を変更することは、もはや従来の労働契約の内容の変更
とはいえず、従来の労働契約の終了と新たな労働契約の締結とみるほかはないか
ら、このような事項は、労働契約の内容とはなり得ない事項であると考えられる。
したがつて、就業規則にそのような事項が定められても、それは労働契約を規律す
るものとはなり得ないというべきである。
 そこで、本件についてこれを検討するに、被告が懲戒処分として降職処分を就業
規則に定め得るとしても、それは、同一の労働契約の内容の変更とみられる職種の
変更に限られるというべきである。そうすると、高松校の前記就業規則中、校長か
ら教頭への降職や教頭から教諭への降職に関する部分の規定は、事実たる慣習を媒
介として労働契約を規律し、これを根拠にそのような降職処分をすることは許され
るということができる。しかし、教諭から常勤又は非常勤の講師への降職は、終身
雇用が予定された契約からこれを予定しない契約に変更するものであつて、社会通
念上教諭としての労働契約の内容の変更とみることはとうていできないから、高松
校の前記就業規則を根拠に、教諭を常勤又は非常勤の講師に降職する懲戒処分をす
ることは許されないものというべきである。
(三) そうすると、本件降職処分は、そのような懲戒権発生の根拠を欠く懲戒処
分として無効であるから、その余の点について判断するまでもなく、抗弁は理由が
ない。
三 請求原因3について判断する。
1 その(一)について
(一) 原告a及び同bに関する各部分は、当事者間に争いがない。
(二) 原告cに関する部分は、①昭和五七年七月五日、②昭和五八年七月五日、
③昭和五九年七月五日の各一時金の金額の点を除いて、当事者間に争いがなく、①
の一時金が被告の認める三〇万五八四四円を、②の一時金が被告の認める三一万八
四九一円を、③の時金が被告の認める三四万三七九三円をそれぞれ超えて原告c主
張の各金額であることを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告cが高松校
教諭として被告から受け取るべき昭和五七年四月分から昭和六〇年二月分までの賃
金等の合計は、九二八万八六六七円となる。
(三) 原告dに関する部分は、①昭和五七年一二月四日、②昭和五八年三月一九
日の各一時金の金額の点を除いて、当事者間に争いがなく、①の一時金が被告の認
める四四万八七一九円を、②の一時金が被告の認める八万八二二三円をそれぞれ超
えて原告d主張の各金額であることを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原
告dが高松校教諭として被告から受け取るべき昭和五七年四月分から昭和六〇年二
月分までの賃金等の合計は、一〇〇二万五〇六一円となる。
2 その(二)の事実は、当事者間に争いがない。
四 以上によれば、原告らの地位確認請求並びに原告a及び同bの賃金等の差額請
求はいずれも理由があり、原告cの賃金等の差額請求は、前記三1(二)の九二八
万八六六七円から請求原因3(二)番号3の二二九万九八六〇円を控除した金六九
八万八八〇七円及びこれに対する弁済期経過後である昭和六〇年二月二二日から支
払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において
理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、原告dの賃金等の差額請
求は、前記三1(三)の一〇〇二万五〇六一円から請求原因3(二)番号4の二四
五万六五三六円を控除した金七五六万八五二五円及びこれに対する弁済期経過後で
ある昭和六〇年二月二二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害
金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、
訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条
一項を、仮執行免脱宣言につき同条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決す
る。
(裁判官 渡邊貢 水島和男 畠山稔)
別表第一~第四(省略)
(別紙)
 香川県大手前高松高等(中)学校就業規則
第一条 この規則は香川県大手前高松高等(中)学校(以下単に当校と略称する)
の職員の就業に関する事項を規定するものである。
第二条 この規則で職員とは、当校において就業する教育職員、事務職員、技術職
員及び雇員をいう。非常勤及び臨時雇用の職員に対しては、この規則の一部を適用
しないことがある。
第三条 職員は、この規則を遵守し信義に従い誠実に職務を遂行し、当校の向上発
展に努力しなければならない。
第十条 職員は、教育に関する法令に違反しないことは勿論、特に当校の教育方針
を遵守し、教育事業に尽瘁しなければならない。
第十一条 職員は常に礼節を尊び道義を重んじ、教育事業に従事する者として恥じ
ない態度を堅持しなければならない。
第十二条 職員は、上長の命令及び指示に従い、上長は所属職員の人格を尊重して
懇切に指導し、互に職務に勉励しなければならない。
第十三条 職員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に勉めなければ
ならない。
第十四条 職員は、左の各号を遵守しなければならない。
一 当校の内外を問わず、素行不良風紀紊乱その他不正不義の行為をしないこと。
二 当校の名義、職員の身分又は資格を詐り若しくは之を濫用しないこと。
三 当校内で、自己のための取引をしないこと。
四 業務に関し虚偽の申告又は業務上の事故を隠蔽しないこと。
五 正当な事由なく遅刻、早退又は欠勤をしないこと。
六 当校の所有又は占有する金品を私用又は濫用しないこと。
七 職務に関し、他人から不当な金品その他の利益を受けないこと。
八 当校内で団体活動又は政治活動をしないこと。
九 業務に関する秘密を洩らさないこと。
十 業務を妨害し若しくは当校の名誉又は信用を傷つけないこと。
十一 書面による許可なく、営業又は他に就職をしないこと。
十二 書面による許可なく、当校内で業務外の掲示をし、若しくは図書又は印刷物
等の頒布あるいは貼布をしないこと。
十三 書面による許可なく当校内で業務外の集合、演説、放送又は喧騒にわたる行
為をしないこと。
第十五条 職員の一日の勤務時間は、左の通りとする。但し、当校の都合により全
職員又は一部職員の勤務につき基準勤務時間の範囲内で、始業終業の時刻及び休憩
時間を変更することがある。
一 職員 実働八時間
 始業時刻 午前八時三十分
 終業時刻 午後五時十五分
 休憩時間 四十五分
 午後〇時四十分から午後一時十五分まで
 午後三時五分から午後三時十五分まで
 半日授業日(土曜日)
 始業時刻 午前八時三十分
 終業時刻 午後二時五分
二 雇員 実働八時間
 始業時刻 午前七時三十分
 終業時刻 午後五時三十分
 休憩時間 二時間
 午前十時から十一時まで
 午後〇時三十分から午後一時まで
 午後三時十分から午後三時四十分まで
第五十二条 職員の身分及び職務は左の通りとする。
一 教育職員
イ 校長
 校務を掌り所属職員を監督する。
ロ 教諭
 学生又は生徒を教育する。
ハ 養護教諭
 学生又は生徒を養護する。
ニ 助教諭
 教諭の職務を助ける。
ホ 講師
 教諭の職務を代行する。
二 その他の職員
イ 事務職員
 事務に従事する。
ロ 技術職員
 技術に従事する。
三 雇員
 雑務に従事する。
第六十二条 職員は、満六十歳に達したとき、停年退職となる。
第六十六条 当校は、職員に対しこの規則により懲戒する。
第六十七条 懲戒の種類は左の通りとする。
一 譴責
イ 訓告 書面で注意する。
ロ 戒告 書面で注意し将来を戒める。
ハ 厳告 書面で注意し将来を戒め且つ始末書を提出させる。
二 減給
 始末書を提出させ、労働基準法第九十一条による減給をする。
三 出勤停止
 始末書を提出させ、三十日以内の出勤を停止する。
出勤停止期間は勤続年数に加算しない。
四 降職
 始末書を提出させ、身分又は職階を下げ若しくは剥奪する。
身分又は職階に対し特に支給した給与は、降職により支給しない。
五 懲戒解職
 労働基準法第二十条を適用して解職する。
第六十八条 当校は、職員が左の各号の一に当たる場合には、降職出勤停止、減給
又は譴責に処する。
一 第十四条第一号に違反し不正不義の行為をしたとき。
二 第十四条第二号に違反し、当校の名義職員の身分又は資格を詐り、若しくは之
を濫用したとき。
三 第十四条第三号に違反し、当校内で自己のための取引をしたとき。
四 第十四条第四号に違反し、虚偽の申告又は業務上の事故を隠蔽したとき。
五 第十四条第五号に違反し、正当な事由なく遅刻、早退又は欠勤したとき。
六 第十四条第六号に違反し、当校の所有又は占有する金品を私用又は濫用したと
き。
七 届出、願出、報告又は書類の提出を怠り若しくは、その内容に不正があつたと
き。
八 許可なく職場を離脱し又は勤務時間中に私事を行なつたとき。
九 業務上の命令又は指示に違反したとき。
十 勤務の怠慢により業務を阻害したとき。
十一 火気又は危険物を粗略にしたとき。
十二 故意又は過失により当校に財産上の損害を加えたとき。
十三 その他前各号に準ずる行為があつたとき。
第六十九条 当校は、職員が左の各号の一に当たる場合には、懲戒解職に処する。
但し情状により降職又は出勤停止にとどめることがある。
一 採用の際経歴を詐り、又は不正の方法を用いたことがわかつたとき。
二 第十四条第七号に違反し、金品又は利益を授受したとき。
三 第十四条第八号に違反し、団体活動又は政治活動をしたとき。
四 第十四条第九号に違反し、秘密を洩らしたとき。
五 第十四条第十号に違反し業務を妨害し、若しくは当校の名誉又は信用を傷つけ
たとき。
六 第十四条第十一号に違反し、営業又は他に就職をしたとき。
七 第十四条第十二号に違反し、当校内で業務外の掲示をし、若しくは図書又は印
刷物等の頒布又は貼布をしたとき。
八 第十四条第十三号に違反し、当校内で業務外の集会、演説又は喧騒にわたる行
為をしたとき。
九 正当の事由なく、連続欠勤十四日以上又は二カ月内に十四日以上の欠勤をした
とき。
十 教育に関する法令に違反し、又は当校の教育方針に違反したとき。
十一 生徒を労働争議に参加させ、又は同盟休校をさせたとき。
十二 当校の内外を問わず犯罪行為をしたとき。
十三 二回以上懲戒を受けたにも拘らず、更に懲戒に当たる行為をしたとき。
十四 前条各号に当たる行為でその情状が重いとき。
十五 その他前各号に準ずる行為があつたとき。

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