弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各控訴を棄却する。
     控訴費用は、控訴人らの平等負担とする。
         事    実
 一 控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人ら各自に対し、金二
五〇万円を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判
決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。
 二 当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり附加するほかは、原判決事
実摘示と同一であるから、これを引用する。
 控訴代理人は、次のとおり述べた。
 原判決は、複数の運行供用者が存する場合に、被害運行供用者につき、その具体
的運行に対する無関与ないしは関与性の弱少性、現実的運行利益の不存在ないしは
低位性が認められる場合にあつては、他の運行供用者に対する関係においては、被
害運行供用者の「他人性」が阻却されず、或いは割合的に阻却されるに過ぎないと
の、一般論を展開し乍ら、本件については、亡Cが遊興目的で事故車の無断持出し
をしたとの一事をもつて同人の「他人性」を阻却した。しかしながら、原判決は、
三人の間で小樽までドライブすることになつたこと、運転免許を持つているAが終
始運転を担当し(交替運転ではない)、亡Cは助手席に乗つていたこと、しかも本
件事故発生時には仮眠中であつた事実を認定している。
 かゝる事実から見れば、本件事故は、亡Cに本件事故車の具体的運行に対する無
関与ないし関与性の弱少性が明らかに認められる事案である。それ故本件事故につ
いては、これに直接関与したAと本件事故車の無断持出しにより、これに間接関与
した亡Cとの間には、事故関与度の強弱が認められるので、Aに対する関係におい
て、亡Cの「他人性」は、割合的に阻却されるに過ぎないと判断されるべきであ
る。
         理    由
 一 訴外Bが被控訴人との間でB所有にかかる自家用小型貨物自動車(札○も△
△××。以下、本件事故車という)について保険期間を昭和四四年一一月二五日か
ら同四五年一一月二五日午前一二時までとする自動車損害賠償責任保険(いわゆる
強制保険)契約を締結したこと、控訴人主張の日時場所において、Aの運転してい
た本件事故車が控訴人主張のような態様で対向車と衝突して本件事故が発生したこ
と、本件事故により本件事故車の左助手席に同乗していたCが頭蓋底骨折、脳挫傷
の傷害を受け、同日死亡したことはいずれも当事者間に争いがない。
 二 控訴人らは、Bは、本件事故車を自己のために運行の用に供していた者であ
り、本件事故車の運行により、他人たる亡Cの生命を害したのであるから、自動車
損害賠償保障法(以下、これを「自賠法」という)三条本文の規定により、亡Cの
生命が害されたことによつて生じた損害を賠償する責任を負うものである旨主張す
る。よつて案ずるに、
 (一) Bが本件事故車の所有者であつたことは、当事者間に争いがなく、原審
証人Bの証言によれば、Bは本件事故発生の日の前日迄、本件事故車を自己のため
に運行の用に供していたものであつて、本件事故車の保有者であつたことは明らか
である。
 そこでBが本件事故の発生時において、なお本件事故車につき、自賠法三条本文
にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」(以下、これを「運行供用
者」という)であつたか否かについて考察する。
 自賠法三条本文にいう「自己のために」とは、同法同条所定の責任の本質にかん
がみ、「自己の運行支配のもとに」の趣旨に解するを相当とするので、運行供用者
該当性の有無は、右運行支配の有無によつて決せられることになるが、右にいう運
行支配とは、運行供用者に擬せられた者の当該自動車に対する法律上ないし事実上
の関係、若し当該自動車が運行供用者に擬せられた者以外の者によつて運転されて
いた場合には、右の関係のほかに運行供用者に擬せられた者の当該自動車を運転し
ていた者に対する法律上ないし事実上の関係を基礎として、運行供用者に擬せられ
た者が、当該自動車の運行利益(それが観念的なものであつてもよいし、間接的な
ものであつてもよい)を受けていたか否かないしは当該自動車の運行費用(維持費
用を含む)を負担していたか否か並びに当該自動車の使用に必要な処分力(これ
は、当該自動車につき、向後短くない期間に互る使用予定を立てることのできる力
と言つてよい。当該自動車が運行供用者に擬せられた者以外の者によつて運転され
ていた場合には、右処分力の有無は、当該自動車の運行供用者に擬せられた者が当
該自動車を運転していた者に対して、直接にであれ、第三者を介して間接にであ
れ、当該自動車の運行について指令を発する力―指令事項が運行の時間、場所、方
法の細部にまで及び得るものであることは必ずしも必要ではない。また指令伝達の
手段が現実には与えられていない場合であつても、これが与えられていたものと仮
定して考えてよい―を有していたか否かによつて判定される。当該自動車を運転し
ていた者が運行供用者に擬せられた者に対して、短日時のうちに当該自動車を返還
することを予定していたものと認められるときは、後者は前者に対して、右指令を
発する力を有したものと認められ、従つて右処分力を有したものと認められるのが
通常である。それ故、かゝるものとしての右処分力は、自動車を短日時の間、他人
に貸与したり、或いは無断運転されたとしても、それによつて失われるものではな
いし、他方、自動車を短日時の間、借用したり或いは無断運転したりしても、向後
短くない期間に互るその使用予定を立てることができるわけではないから、それに
よつて右処分力を取得するものではない。)を有していたか否かを規準として、そ
の存否が決定される事実関係である。
 成立に争いのない甲第二号証、乙第四ないし第七号証の各記載および原審証人
A、同Bの各証言を総合すると、亡C(昭和二四年一〇月二〇日生)は、昭和四四
年の秋頃からBの経営する精肉店(本店札幌市ab丁目、支店同市cd丁目)にそ
の店員として勤務(右支店勤務)し、B方(札幌市ef丁目g番地)に住込んでB
らと生活を共にしていたこと、亡Cは昭和四四年一二月頃普通自動車の運転免許を
とり、じ来Bが保有していた中古車(当時、Bは右中古車とこれよりは新らしい本
件事故車との二台を保有していた)を、住込先であるB方から、勤務場所である精
肉店(支店)への通勤のため、或いは右精肉店の業務のため常時運転使用していた
ものであるが、本件事故車についても、前記中古車が故障したときとか、Bに特に
指示されたときにこれを業務上運転使用することがあつたほか、夜間とか休日にパ
チンコ店やボーリング場に遊びに行くときとか、ドライブに出掛けるときにもBの
許しを得てこれを運転使用することがあつたこと、本件事故発生の日の数日前にも
亡CはBに対し、近日中に友人のA(昭和二四年八月二九日生、札幌市cd丁目h
番地で食堂兼布団店を営む訴外D方の住込店員)らと共に小樽方面に行きたいから
本件事故車を使用させてほしいと頼み、Bは亡Cよりも運転に慣れているAが運転
するのならよいと言つてそれを許したこと、本件事故発生の日の前日である昭和四
五年五月二三日(土曜日)の午後七時を大ぶ過ぎた頃、Bは亡Cに対し、Bの兄が
明朝早く筍を取りに行くのに車を貸してほしいと言つているから兄の家(B方から
半丁ほど離れたところに在る)に車(本件事故車)をもつて行くように、と命じて
外出したこと、それで亡Cは同日午後九時頃、本件事故車に同じくB方に勤務して
いる同僚店員のE(昭和二六年九月二四日生)を同乗させて本件事故車を運転して
B方を出たこと、しかし真直にBの兄の家へは行かずに前記D方に赴き、友人の前
記Aを誘い出しEを後部座席に、Aを助手席に同乗させて札幌市内のパチンコ店に
赴き其処で午後一一時頃まで遊んだこと、パチンコ店を出たあと亡CはAに本件事
故車の運転を託し、自分は本件事故車の助手席に座わり、Eを後部座席に同乗させ
て帰宅すべく、一旦前記D方に向つたのであるが、その途中、近日中に出掛ける予
定の釣場を下見しに小樽の海岸まで行つてみようということになり、そのまゝ小樽
築港駅附近まで行つたこと、しかし暗夜のため海岸を見ても判らなかつたので、車
を降りずにそのまゝすぐに引返し、札幌に帰つて来る途中本件事故にあつたもので
あること(本件事故発生の時、亡Cが助手席に坐つていたことは当事者間に争いが
ない)、以上の各事実が認められる。右認定に反する証拠はない。
 右認定の事実関係によれば、亡Cが昭和四五年五月二三日の夜、本件事故車を運
転してB方を出たのは、Bから本件事故車を近くの同人の兄の家にもつていくよう
に命じられたためであつたと推認され、またその機会を利用して、Bに無断で同僚
や友人を誘つて本件事故車でパチンコ店に遊びに行き、その後、Aにその運転を託
し、更に、いきがゝり上小樽までドライブすることになつたものと推認されるので
あるが、この場合本件事故車の運行利益がBに帰属していたか否かについては問題
があるとしても、その運行がBの費用負担のもとに行われていたものであることは
明らかであり、また亡Cは遅くとも同夜々半までには本件事故車をBの兄の家にも
つていくか或いはそのまゝB方に帰宅するかを予定してたものと考えられるのみな
らず、若しBが同人方を出た後の亡Cの右のような行動を知つて亡Cに対して、直
ぐに本件事故車をBの兄の家にもつていくようにとか、或いは直ぐに帰宅するよう
にとかの指令を発したとすれば、亡Cは当然これに従つたものと考えられるから、
Bは亡Cが本件事故車を運転してB方を出たことによつては勿論のこと、亡Cが本
件事故車の運転をAに託したことによつても、本件事故車の保有者として有してい
たその使用に必要な処分力を失つたものとは認められず、従つてその後も依然とし
て本件事故車の運行を支配していたものといわなければならない。
 従つてBは、本件事故発生時において、本件事故車の運行供用者であつたと認め
られる。
 (二) 次に、亡Cが本件事故発生時において自賠法三条本文にいう「他人」で
あつたか否かについて考察する。
 1 自賠法三条本文にいう「他人」の意義ないし範囲については、同法上明文の
定めがない。しかし運行供用者が右「他人」に含まれないことは、同条の規定上明
らかであり、更に同法にいう運転者も亦右「他人」には含まれないものと解するの
が相当である(最高裁昭和三五年(オ)第一四二八号同三七年一二月一四日第二小
法廷判決、民集一六巻一二号二四〇七頁、昭和四三年(オ)第二五九号同四四年三
月二八日第二小法廷判決、民集二三巻三号六八〇頁各参照)。その理由を敷衍すれ
ば、次の(1)、(2)のとおりである。
 (1) 自賠法一三条の規定は、実質上は、「自己のために自動車を運行の用に
供する者は、、そ
の運行により、他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠
償する責に任ずる。」という法規範と「自己のために自動車を運行の用に供する者
は、、その運行によ
り、他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に
任ずる。」という法規範との二つの法規範からなるのであるが、被害者の立証負担
を軽減するため、右各法規範における各傍線部分の立証責任を被害者から運行供用
者に転換して負担させることにしたほか、運行供用者による「自己及び運転者が自
動車の運行に関し注意を怠らなかつたことの証明」の確実性を担保するため、免責
を得ようとする運行供用者に「被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があ
つたことの証明」責任をも付加的に負わせることにし、これを一個の条文として本
文、但し書の形にまとめて立法したものと解することができる。右のように解する
のが正しいとすると、自賠法三条但し書にいう運転者即ち自賠法にいう運転者が、
同条本文にいう「他人」に含まれないことは明らかであるといわなければならな
い。
 (2) 自賠法は、自動車文明を是認することによつて謂わば必然的に多発する
自動車事故の被害者の保護を目的とするものであるが(同法一条参照)、その目的
を達するために同法が制定している主要な制度は、加害者側の損害賠償責任につい
ての強制保険制度(同法第三章の各規定参照)であつて、これは凡そ自動車事故の
犠牲者をすべて社会保障的に保護するというような制度ではない。しかして同法一
一条の規定によれば、右強制保険制度のもとにおける責任保険契約は、加害者側と
して不法行為責任を問われる立場にたつのが通常である保有者(事故発生の場合、
運行供用者となるのが通常である)と同法にいう運転者とを被保険者とし、右被保
険者は被害者には含まれないという前提に立つて―この前提は当然に保険料の額に
関係してくる―締結されるものであることが窺える。そうだとすれば、自賠法は同
条にいう運転者が被害者である場合については、これを自動車事故の被害者として
の保護の対象から除外しているものと解するほかなく、その点、立法論としては問
題の余地なしとしないが、現行法の解釈としては止むを得ないところといわなけれ
ばならない。しかして右のように解するほかない以上、被害者にほかならない自賠
法三条本文にいう「他人」の中に、同法にいう運転者が含まれないことになるの
は、当然の筋合いだといわなければならない。
 2 そこで亡Cが本件事故発生時において、本件事故車につき、自賠法にいう運
転者に該当したか否かについて考えてみる。
 自賠法にいう運転者とは、「他人のために自動車の運転又は運転の補助に従事す
る者をいう」(同法二条四項)のであるが、右にいう「他人のために」とは、「他
人の運行支配のもとに」の趣旨に解するを相当とし、この点同法三条本文にいう
「自己のために」が、前判示の如く「自己の運行支配のもとに」の趣旨に解するを
相当とするのと軌を一にする。
 <要旨>亡Cが昭和四五年五月二三日の夜、本件事故車を運転してB方を出た後
も、Bが本件事故車の運行を支配していたことは、前判示のとおりである
が、前認定の事実関係のもとにおいては、亡Cは同日夜本件事故車を運転してB方
を出た後、本件事故車の運行を支配するに至つたものと認めることはできない。蓋
し、亡Cは、本件事故車を運転してB方を出た後、これを自己の遊興目的に使用し
ていたのであるからその運行による利益を亨受していたことは明らかであるにして
も、本件事故車の使用に必要な処分力を有するに至つたものとは到底認め得ないか
らである。
 そこで前認定の事実関係によれば亡Cは、前同夜本件事故車を運転してB方を出
てパチンコ店に至るまでは、Bのために本件事故車の運転に従事していた者とし
て、自賠法にいう運転者であつたことは明らかであるが、亡CはBの被用者である
のみならず、Bに命じられたことをするために本件事故車を運転してB方を出たの
であるから、たとえその後における遊興目的のための本件事故車の運転使用がBに
無断でなされていたものであるにせよ、Bに対する関係上、本件事故車の運転につ
いて一定の責務を負つていたものといわなければならず、このことはパチンコ店を
出てAに本件事故車の運転を託した後もかわりがなかつたものといわなければなら
ない。現に、亡Cは、Aに運転を託した後も、本件事故車の助手席に同乗していた
こと前判示のとおりであつて、若し必要とあれば、いつでもAに本件事故車の運転
について然るべき助言ないし注意を与えてAを補助することが可能であつたし、ま
たそうしなければならぬ立場に在つたものというべきである。亡Cが本件事故発生
の日の数日前に、Bから、近日中にAらと共に本件事故車で小樽方面に行くことに
ついてAが運転することを条件に許しを得ていたことは前認定のとおりであるが、
たとえかゝる事実があつたとしても、右に説示したところを動かすことはできな
い。それ故、亡Cは、Aに本件事故車の運転を託した後は、たとえ本件事故車の運
転に従事する者ではなくなつたとしても、Bのために、本件事故車の運転の補助に
従事する者に止まつたものといわなければならない。従つて亡Cは、本件事故発生
の時も依然として、自賠法にいう運転者に該当していたものというべきである。
 なお、前示乙第四ないし第六号証の各記載及び前示証人Aの証言によれば、亡C
は本件事故発生のとき本件事故車の助手席に坐つたまゝ眠けのためにうとうとして
いた如くであるが、たとえたまたまそのような事実があつたとしても、前段に説示
したところを左右するには足りないものというべきである。
 3 以上のとおりとすると、亡Cは本件事故発生のとき、自賠法三条本文にいう
「他人」には該当しなかつたものといわざるをえない。
 (三) よつて、亡Cが自賠法三条本文にいう「他人」に該当することを前提と
して、本件事故車の運行供用者であつたBが損害賠償責任を負う旨の控訴人らの前
記主張は、じ余の判断をなすまでもなく、失当である。
 三 控訴人らは、亡Cが本件事故車の広義における保有者に該当することを前提
として、Bが亡Cないし控訴人らの被つた損害につき賠償の責を負う旨を主張する
ものゝ如くであるが、控訴人らの右前提はその趣旨明確を欠くのみならず、亡Cが
本件事故車の保有者であつたと認めるに足りる証拠はなく、却つて前判示の事実関
係によれば、亡Cは、本件事故車の保有者でなかつたことは明らかであるから、そ
の余の判断をなすまでもなく、控訴人らの右主張は、失当である。
 四 控訴人らは、B、A及び亡Cの三名が本件事故車の共同運行供用者であつた
ことを前提として、亡Cは、対内関係上他人性を阻却されない割合において自賠法
上の他人として保護されるべきである旨主張するが、昭和四五年五月二三日の夜亡
Cが本件事故車を運転してB方を出た後、本件事故車の運行を支配するに至つたも
のと認め得ないことは前判示のとおりであり、従つて亡Cが本件事故発生のときに
本件事故車の運行供用者であつたとは認められない。また、同人が本件事故発生の
とき本件事故車についての自賠法にいう運転者に該当し、従つて同法三条本文にい
う「他人」ではなかつたこと前判示のとおりである。それ故、その余の判断をなす
までもなく、控訴人の右主張は失当である。
 五 以上のとおりであるから控訴人らがBに対して自賠法三条本文による損害賠
償請求権を有するものと認められず、従つて右請求権の存在することを前提とする
控訴人らの被控訴人に対する本訴請求は、その余の判断をなすまでもなく、失当で
あつて棄却を免れない。
 六 よつて、右と同旨の原判決は相当であつて、本件各控訴は理由がないから、
民訴法三八四条一項に基づいて、これを棄却することとし、控訴費用の負担につい
て同法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 宮崎富哉 裁判官 長西英三 裁判官 山崎末記)

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