弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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          主     文
      本件各控訴を棄却する。
          理     由
 本件各控訴の趣意は,弁護人大熊裕起作成名義及び検察官上田廣一作成名
義の各控訴趣意書に,これらに対する答弁は検察官尾崎幸廣作成名義及び同弁
護人作成名義の各答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから,これらを引用
する。
第1 弁護人の控訴趣意中,事実誤認の主張について
 所論は,要するに,原判決は,原判示第一において,被告人は,被害者を殺害し
て金品を強取しようと企て,平成9年10月28日午前11時30分ころ,原判示P駐
車場において,同人から現金,預金通帳2冊及び印鑑を強取した上,同人を殺害
したと認定して,強盗殺人の成立を認め,原判示第二において,同日午後6時10
分ころ,原判示HのI駐車場内に駐車中の普通貨物自動車内において,被害者の
死体を遺棄したと認定し,原判示第三の一において,同日午後零時16分ころ,強
取にかかる被害者名義の預金通帳及び印鑑を利用し,払戻請求書を偽造・行使
して銀行から29万円を騙し取った旨認定し,有印私文書偽造,同行使,詐欺の成
立を認めたが,原判示第一については,被告人が被害者を殺害したのは,生存中
の被害者から依頼されて被告人が銀行から29万円を引き出した後の同月29日
午前5時40分ころ,東京都保谷市(現西東京市)内の株式会社M建設の近くの神
社付近においてであり,殺害の時点では金品奪取の目的はなく,殺害後にはじめ
て金品奪取の意思が生じたに過ぎないから,殺人罪と窃盗罪が成立するにとどま
るし,原判示第二についても,死体遺棄の日時は同月29日であり,原判示第三の
一については,前記のように存命中の被害者から依頼を受けて払い戻したもので
あって無罪であるから,前記のように認定した原判決には判決に影響を及ぼすこ
との明らかな事実誤認がある,というのである。
 そこで,原審記録を調査し,当審における事実調べの結果を参酌して検討する
と,原判決が,「事実認定の補足説明」と題して,被告人の供述以外の証拠により
認定できる事実関係,被告人の捜査段階の供述,被告人の公判供述,裁判所の
判断等の順に検討の上で,「罪となるべき事実」欄で認定判示するところはすべて
正当として是認することができ,原判決に所論指摘のような事実誤認は認められ
ない。以下若干補足して説明する。
1 本件殺人の日時・場所について
(一)被告人は,捜査段階における供述調書において,平成9年10月28日午前1
1時30分ころ,P駐車場に止めた車両内で被害者を殺害した旨供述しているとこ
ろ,本件における犯行の日時・場所については,捜査官においてあらかじめ知り得
ない事柄であるから,被告人の供述によってはじめて明らかとなったと推認できる
上,上記日時・場所は犯行に至る経緯及び動機,犯行後の被告人の行動等に照
らしても十分合理性があるほか,被告人が逮捕当日に作成した上申書(当審甲7)
の「平成9年10月末日ころの昼ころ,H1丁目のマンションJ裏の駐車場で被害者
を殺害した」との記載とも符合し,加えて,犯行日時については,保護司A及び被
害者の勤務先であるTサービスの代表取締役Bの供述,すなわち,被害者が10
月28日に電話をかけてこなかったとの供述によっても裏付けられているのであっ
て,上記被告人の捜査段階での供述の信用性は高い。
(二)所論は,被告人の捜査段階における上記供述は,強引な押しつけを伴う取調
べによるものである旨主張してその信用性を争うとともに,上記上申書について,
公判供述と異なる部分の任意性をも争い,被告人は逮捕当日極度の疲労と大声
を伴う取調べに耐えきれず,捜査官のいうままに記載した旨主張し,さらに,上申
書の記載中,殺害場所が「マンションJ裏の駐車場」と記載されている点を捉えて,
同駐車場はP駐車場からは直線で約400メートルも離れているから,そこでいう殺
害場所はP駐車場を意味するものではなく,したがって,上申書でいう殺害場所と
供述調書でいう殺害場所とは食い違うことになるとも主張する。
 なるほど,被告人は,当審公判において,捜査官から机をドンドンと叩かれたり,
大声で怒鳴られたりしたので,殺害の日時及び場所につき虚偽の内容を述べた旨
供述し,他方,証人Cの原審公判における供述によれば,同人は前任者から「被
告人は,大きい声を出すとしゃべらなくなる」との引継ぎを受けたことが認められ
る。しかし,被告人は,机を叩かれたとの主張は原審段階では全く言っておらず,
当審公判に至って突如として言い出したもので,そのこと自体不自然である上,被
告人は逮捕された当日以降詳細な供述を続けているのであるから,少なくとも調
書の作成がなされた日には,大きな声で怒鳴るなどの取調べがなかったことが推
測されるし,被告人は,原審公判において,「M建設の近くの神社で殺したという話
は捜査段階では言わなかったと思う」「調書が押しつけられたとは言っていない」な
どと述べているのであるから,上記Cの前任者が取調べの際,大きい声を出したこ
とがあったにせよ,被告人の供述の任意性及び信用性を損なうほどの事情は存し
なかったものと認められる。
また,内容的にも,具体的かつ詳細である上,当初仲のよかった被害者との間
が険悪となり,遂に同人を殺害して金品を奪うまでの経過などが,被告人の心の
動きにもふれつつ率直に語られており,その供述内容に格別不自然,不合理な点
はなく,他の客観的な証拠ともおおむね符合する。
 さらに,上申書作成の経過をみると,被告人は,平成11年2月10日午後2時45
分に三重県松阪署で逮捕され,同日午後9時30分ころ新宿警察署に引致されて
いるところ,当審における被告人の供述等によれば,本件上申書は,同日午後12
時ころまでに作成を終えていることが認められるのであって,このような逮捕引致
当日の短時間の間に,所論のいうような,捜査官により結論を示した上での無理
な取調べが行われたとは到底考えがたいところである。また,上申書の記載によ
れば,殺害日時が「平成9年10月末日ころの昼ころ」という日にちが特定されてい
ないものであり,殺害場所も「H1丁目のマンションJ裏の駐車場」というにとどまり
「P駐車場」とされていないのであって,これらの点からしても,捜査官による誘導
の形跡はうかがえない。加えて,引当り捜査報告書(甲27)によれば,被告人は,
平成11年2月19日付け上申書に添付した図面において,「被害者を殺害した駐
車場の図」と題して,大まかな地図を書いているところ,同地図によれば,被害者
居住のマンションJと被告人居住のN荘の駐車場との位置が大きく離れているのに
対し,殺害した駐車場(P駐車場のこと)は学校を挟んでいるとはいえマンションJ
に比較的近接して記載されており,N荘の駐車場をも含んだ広範囲でみれば,P
駐車場をマンションJ裏の駐車場と言えないこともない距離関係にあるし,かつて
被害者が本件車両をP駐車場に駐車させていたことがあった事情にも照らせば,
上申書の記載は,内容的にも不自然とはいえない。
(三)これに対し,原審公判及び当審公判における被告人の供述は,「28日朝被
害者から誘われてはじめてM建設へ行くことになった。一旦M建設の近くに車を止
めて話したが,同日昼ころ被害者から銀行預金の払戻しを頼まれ,これを払い戻
して被害者に渡し,その後再び保谷市内のM建設の近くの神社付近に行き,道路
に止めた車両の中で一晩中語りあかし,翌29日午前5時40分ころ,同車両の中
で被害者を殺害した」というのであるが,被告人の各公判供述は,全体的に甚だ
曖昧であったり,前後矛盾することが少なくない上,直前の供述を翻すなど供述態
度に真摯さが認められないほか,供述内容それ自体に不自然かつ不合理な点が
多々存するのであって,総体的に信用性に欠けるといわざるを得ない。
 例えば,被告人が被害者から誘われてM建設に行くことになったという点は,被
害者がA保護司にかけた電話の内容,すなわち,被害者が被告人に誘われて一
緒にかつての勤務先のM建設へ行くことになったとの報告とも齟齬する上,そもそ
も,A保護司に会う約束をしていた被害者が当日朝自ら被告人を誘ってM建設へ
赴くということ自体不可解である。また,被告人は被害者と一緒に28日及び29日
の2回M建設の近くまで赴いたというのに,同会社の担当者等と連絡をとることも
なく,何らの交渉をもしないまま,翌朝まで被害者と雑談等をして過ごしていたなど
というのも,極めて不自然かつ不合理である。さらに,28日朝の時点では,被害
者は被告人の責任を厳しく追及していたはずであり,しかも,被害者は自ら被告人
を誘ってT建設へ赴いたというのに,同日正午ころには被告人に預金の払戻しを
依頼したという点も,当初の態度と余りにもかけ離れた唐突な行為であって,到底
了解しがたい。なるほど,所論が指摘するように,被告人と被害者とは当初は仲が
よく,そのころ被害者は被告人に預金の引出し等を依頼していたことがあったこと
(Dの検察官調書,甲57)が認められるが,そのことを考慮に入れても,被告人が
被害者のキャッシュカードを盗んで無断で引き下ろしたりした後における被害者の
憤懣の念は強く,それらの事実を保護司らに訴えるとともに,逃げ回る被告人に何
度も接触を試みた末,本件当日にはS会で保護司を交えて解決を図る段取りを整
えていたこと等に照らすと,被告人のいうような話合いにより両者間のトラブルが
解決し,被害者が急遽預金の払戻しを被告人に依頼してきたというのは,強い不
自然さを免れない。この点,被告人は,被害者が,銀行へ行くのに適しない服装を
していることや,本屋や雑貨屋での用件を済ませたいことを言って,銀行から預金
を引き出すことを被告人に依頼した旨述べるが,当日の被害者の服装は,黒色ジ
ャンパーに縦縞長袖シャツとズボン,白色スニーカーというものであり,銀行に行く
のに何らの不都合ない服装であるし,本屋や雑貨屋には行けるのに銀行に行け
ない服装であったということ自体も理解しがたく,これまた不自然な弁解というほか
ない。
 以上のとおり,被告人の上記公判供述は到底信用しがたい。
(四)所論は,①被害者がA保護司や勤務先の会社に何の連絡も取らなかったか
らといって,そのこと自体不自然ではなく,被害者が被告人と一緒に飲酒の上酔っ
て連絡を怠ることは十分考えられる,②P駐車場は周囲には民家やアパート等の
ある人目に付きやすい駐車場であり,白昼殺害行為に及ぶにはあまりにもそぐわ
ない不自然な場所であるし,被告人が最初に殺害しようとしたラーメン屋の駐車場
については,引き当たり捜査の際に該当するラーメン屋を発見できなかったという
のであって,当初ラーメン屋の駐車場で殺害しようとしたこと自体疑わしく,ひいて
は,P駐車場で殺害したことにも疑念を生じさせる,③殺害後に預金通帳や印鑑等
を拾ってポケットに入れたのであれば,被告人の手に付着した被害者の血液が当
然これらにもついているはずであるのに,銀行から預金の払戻を受ける際に不審
に思われていないことなどに照らせば,預金通帳等に血液が付着していていなか
ったというべきであり,この点からも,被告人は,被害者の存命中に被害者から預
金の払戻しを依頼されて預金通帳と印鑑を渡されたことが裏付けられる,④殺害
前に保険証も出させた旨供述しながら,その後,「それは間違いで,保険証は被害
者の家具を売り払うときに手に入れた」旨供述を変遷させているのは,捜査官の
言われるがままに供述した証左であるなどと主張する。
 しかしながら,①の点については,Aの供述調書(甲52)によれば,平成9年10
月28日午前9時30分ころ,当日来訪予定の被害者から電話で,「被告人から『M
建設に行くので一緒に行ってくれ』との連絡が入り一緒に行くことになったので,S
会に行くのが遅れます。午前11時ころには行けると思います」との連絡を受けた
ので,Aは被害者に,「まだけりがついてないのはおかしい。午後1時ころ来ればい
いよ」と答えたが,その後は被害者から全く何の連絡もないままであったことが認
められるほか,被害者の勤務先の代表者Bの原審公判における供述によれば,
被害者は10月28日は休暇で翌29日には出勤日となっており,通常は前日,す
なわち同月28日のうちに翌日の仕事の予定の確認をしてくるはずであったのに,
被害者から何の連絡もなかったことが認められ,これらの事実によれば,被害者
において,28日にA保護司及び勤務先会社に電話連絡をすることが不可能となる
ような何らかの事態が発生したことが強くうかがわれる。被害者は,これまで準備
を重ねた末に,10月28日にA保護司立会いの上で被告人と話し合う予定を組ん
だのであり,当日朝も予定の時間に行けないことを同保護司に連絡し,同保護司
から午後1時ころ来ればよいとの指示を受けていたのであるから,被告人と一緒に
飲酒した上酒に酔って保護司や勤務先会社に連絡を忘れるなどということはほと
んど考えられない。
 ②の点については,確かに同所は駐車場であるから当然人や車両の出入りが
あり得る場所であるし,周囲の人家の目も存在する。用意周到に犯行を計画する
のであればこのような場所を殺害場所として選択しないとも思われる。しかし,弁
護人作成の写真撮影報告書を含む関係証拠によれば,同駐車場は,コンビニの
裏側の奧に存し表の道路には面していない場所にある上,駐車場側面には相当
高い壁が続いており,他に駐車車両があれば,民家やアパートからの見通しはお
おむね遮られる状況にある。本件車両の駐車場所に最も近いアパートの2階から
の見通しについても,本件車両が壁に接近することにより運転席付近は壁に遮ら
れて見えなくなる関係にある。しかも,本件殺害は車両の中で助手席に座った被
害者に対するものであるから,近くに人がいれば格別,車両での犯行状況が外部
に容易に判明するともいいがたい。したがって,近くに人や車両の出入りがないと
きを選べば,本件犯行が人目に付きやすいとは必ずしもいえない。また,被告人
の供述調書(乙4)によれば,被告人は当初道路に面したラーメン店の駐車場での
殺害を考えたものの,人目に付きやすいので別の駐車場を選ぶことにし,「P駐車
場はコンビニの裏の奥まったところで人目につかない場所」と思い,同所を選んだ
というものであるところ,上記のようなP駐車場の客観的状況に照らせば,このよう
な意識はさほど不自然ではない。さらに,被告人は殺害した遺体を人目につかな
い山中や海に投棄するでもなく,遺体を自車の助手席に乗せたまま,被告人が利
用していた住宅街のI駐車場に駐車させてこれをそのまま放置しているのであっ
て,近い将来本件殺害が発覚するであろうことは言うまでもなく,その場合当然被
告人に嫌疑がかかると予想される上,実況見分調書(甲1)によれば,遺体は助手
席側のドアを開けるとシートの下から左下肢が見える状態であったことも認めら
れ,したがって,被告人が本件の際極めて用意周到で慎重であったとまではいい
がたいのであり,この点からも,被告人が殺害の犯行現場としてP駐車場を選んだ
ことに不自然さはない。
なお,所論は,当初殺害場所と考えたラーメン屋の場所がその後の引き当たりに
よっても発見できなかったことを指摘し,この点からも,本件犯行場所がP駐車場
であることに疑義を述べるが,被告人は同ラーメン屋に2回しか行ったことはなく,
引き当たりが本件犯行後1年数か月経過したのちであることをも考えると,同ラー
メン屋が引き当たりの際に発見できなかったからといって,本件殺害場所がP駐車
場であるとの上記認定に影響を及ぼすものではない。
 ③の点については,被告人は右手で順次包丁及び小刀を持って被害者を刺して
いるのであるから,血液の付着したのは被告人の右手であることが認められるとこ
ろであり,血の付いていない左手で通帳等を拾うなどすればこれらに血液が付着
しなかったとしても不自然ではない。
 ④の点も,被告人が保険証を奪った時期について記憶違いがあったことに気付
き訂正したと考えられるのであって,かえって,被告人において,当初から自己の
記憶に基づいて供述していたことがうかがわれる。
 以上から,被告人の本件殺人の日時・場所については,信用性が認められる被
告人の捜査段階での供述等により原判示第一のとおり認定することができる。し
たがって,原判示第三の一の犯行についても,被害者の依頼に基づくものではな
く,有罪であることは優に認定できる。所論は,いずれも採用できない。
2 強盗の犯意発生時期について
 関係証拠によれば,被告人は,平成9年5月31日に請負の仕事を外されてから
仕事に就いておらず,同年9月には実家の土地建物の売却代金が入ったとはい
え,競輪や女遊びなどの遊興費等に費消し,サラ金から借金する一方,N荘の家
賃を同年8月分から滞納するなどし,同年10月8日時点においては,被告人の銀
行預金残高の合計はわずか212円に過ぎず,他方同月27日時点の借金は44
万円余であったことなどに照らし,被告人は,本件当時,経済的に極めて逼迫した
状況にあったといえる上,競輪等の遊興に耽る生活から脱却できずにいたこと,現
に,被告人は,本件殺害のわずか1時間も経たないうちに被害者の銀行預金のほ
ぼ全額に当たる29万円を引き出し,その足で競輪に出かけていること等の諸事
情に照らせば,本件殺害の動機には,仮出獄が取り消されることをおそれて,被
害者を逆恨みするとともに,被害者から金品を奪取する意図もあったとの捜査段
階の供述は十分信用できる。
 この点所論は,本件当時,被告人は現金で約70万円を所持しており,経済的に
逼迫していたことはない旨の被告人の公判供述は信用できるとして,殺害後には
じめて財物奪取の犯意が生じた旨主張するが,この点は,前記信用できる捜査官
に対する供述調書と著しく食い違う上,上記のような客観的な家賃の滞納状況や
サラ金からの借入れ状況等に照らせば,当時被告人が困窮していたことは明らか
というべきであり,約70万円の現金を所持していたとの被告人の弁解は信用でき
ない。また,仮に,被告人が数十万円の現金を所持していたとしても,被告人は,
前記のとおり,被害者の預金29万円を引き出すや,その足で競輪場に赴き,約2
0万円勝ったというのに,その翌日の29日には被害者の通帳から7000円,次い
で10月31日には8000円という1万円にも満たない金を引き出していることにも
照らせば,少額でも金員がほしかったことがうかがわれる。
以上の次第であり,本件殺害当時,被告人において,被害者から金品を奪う目
的をも有していたことが認められるから,被害者を殺害した後に初めて金品奪取
の意思が生じた旨の所論,すなわち,殺人と窃盗が成立するに過ぎないとの主張
は採用できない。
 死体遺棄の日時が誤っているとの所論も,前記のように被告人の捜査段階での
供述が信用できるから採用しがたい。
3 その他所論が種々指摘する点を検討してみても,原判決には所論指摘のよう
な事実誤認は認められない。論旨は理由がない。
第2 検察官の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意中の量刑不当の主張について
検察官の所論は,要するに,本件は,殺人事件の前刑仮出獄中に仮出獄後わ
ずか1年3か月足らずで犯した強盗殺人という凶悪重大事犯であり,犯行態様の
残虐性,動機の身勝手性,結果の重大性,社会に与えた衝撃の重大性,遺族の
処罰感情,被告人の反省度,矯正不可能性,罪刑の均衡,一般予防のいずれの
見地からも,極刑をもって臨むほかない事案であるのに,原判決が死刑選択を回
避したのは,国民の健全な法感情から隔離すること甚だしく,死刑が適用された同
種事案と比較しても量刑の均衡を著しく欠き,軽きに失して不当であるから,破棄
を免れないというのであり,他方弁護人の所論は,要するに,原判決の上記量刑
は重すぎて不当であるから,被告人に対しては有期懲役刑を言い渡すべきである
というのである。
 そこで,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果を参酌して検討す
る。
1 本件は,殺人事件等を犯して仮出獄中の被告人が,刑務所で面識があり,ま
た,偶然同じ更生保護会施設に寄宿することとなって交際するようになった被害者
に無断でその郵便貯金の大半を引き出したことなどから,被害者からその責任の
追及を受けるなどしていたところ,同人が保護司や保護観察官に相談したことを知
り仮出獄が取り消されることをおそれるとともに,従前面倒をみてきたつもりの被
害者の行動に憤激して同人の殺害を決意し,同時に金品をも奪おうと企て,普通
貨物自動車の助手席に被害者を乗せ,刺身包丁を突きつけて現金及び通帳等を
強取した上,刺身包丁とくり小刀で被害者を突き刺して殺害し(原判示第一の強盗
殺人),その後,死体を乗せた車を自宅付近の駐車場まで運転し,助手席の死体
の上にビニールシートや脚立を置くなどして死体を隠匿したまま車を駐車場に放
置して死体を遺棄し(原判示第二の死体遺棄),殺害後3回にわたり前記強取に
かかる預金通帳等を利用して銀行から現金を騙し取った(原判示第三の一ないし
三の有印私文書偽造,同行使,詐欺)という事案である。
2 その動機は,前記のとおり,主として被告人が仮出獄の取消しをおそれたこと
にあり,自己に非があるにもかかわらず被害者を逆恨みして安易に殺害を決意し
たものである上,当時競輪等の遊興に耽り所持金がなかったところから金品をも
奪取しようとの利欲目的をも有するものであって,本件は,まことに自己中心的で
卑劣な犯行というほかない。また,被告人は,本件強盗殺人の後に,被害者の通
帳等を利用して現金を引き下ろしたばかりか,被害者の家財道具等をも売却する
といった行為にも出ているのであって,被告人の金銭的欲求が強かったことがうか
がわれる。
 また,被告人は,被害者との話がこじれた場合には被害者を殺害するつもりでか
ねて刺身包丁を購入して,これをくり小刀と一緒に車両内の運転席後ろに隠匿し
ていたものであり,本件当日は,被害者を騙して自己の車両に乗せた上,車両内
で殺害に及んでいることに照らせば,本件強盗殺人については計画性も認められ
る。
 さらに,被告人は,刃体の長さ約21.3センチメートルの鋭利な刺身包丁で被害
者の腹部付近を力一杯突き刺したほか,胸部等を数回突き刺し,被害者の着衣に
引っかかった包丁の刃が柄から抜けるや,刃体の長さ約13.5センチメートルのく
り小刀を取り出し,これで被害者の身体を数回突き刺すなどして被害者に合計17
箇所も損傷を与えているのであって,本件殺害の態様は執拗かつ残忍といわざる
を得ない。
 被害者は,何ら落ち度がないのに,被告人から騙されて呼び出され被告人の車
両に乗せられた上,突然包丁や小刀で身体の枢要部を何度も刺突され,助手席
に座ったままの状態で一命を失ったのであって,その無念さは察するに余りあるも
のがあり,被害者が受けた肉体的苦痛及び恐怖の念にも甚大なものがあったと認
められる。
 また,被害者と長年音信が絶えていたとはいえ元妻や子供ら遺族らの受けた衝
撃も大きく,被害感情が厳しいのは,もとより当然である。
 加えて,被告人は,被害者殺害当日競輪や買春の遊興に耽り,その後1年3か
月余にわたり逃亡生活を続けるなど,犯行後の情状も悪い。
 また,被告人は,離婚した妻を殺害した殺人罪で昭和60年に懲役12年に処せ
られて服役し,平成8年8月6日に仮出獄を許されてわずか1年3か月足らずのう
ちに,本件強盗殺人等の犯行に及んでいるのであって,仮出獄制度に対する一般
人の不信感をも招来しかねず,社会に与えた影響も大きい上,安易にこのような
重大犯罪に及ぶ被告人の規範意識の欠如,反社会性,犯罪性には,看過しがた
いものがある。
3 以上のような,本件犯行の罪質,犯行の動機,犯行の計画性,犯行態様の残
虐性,結果の重大性,遺族の処罰感情,社会に与えた影響,被告人の犯罪傾向
等に照らすと,本件は,有期懲役刑に処すべき事案とは到底認められない。弁護
人の量刑不当の論旨は理由がない。
4 他方,死刑は,人間存在の根本である生命そのものを国家の手によって奪い
去る極刑であり,真にやむを得ない場合における究極の刑罰であるから,その適
用には慎重を期さなければならないのであって,罪刑の均衡の見地からも一般予
防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合にのみ,その選択が許され
るべきものであることは,累次の最高裁判例で示されているところである。
 本件についてこれをみると,本件犯行のうち強盗殺人の事案は,罪質そのもの
が重大悪質であり,被告人の刑事責任はまことに重いというべきであるが,その動
機は,主として,自己の仮出獄の取消しをおそれて,被害者を逆恨みしたことによ
るものであって,財物奪取に主たる目的があったわけではないこと,殺害された被
害者は1名であること,包丁をあらかじめ用意するなど計画性はうかがえるもの
の,前記のとおり,殺害場所や死体の遺棄場所等の点からみて本件が極めて用
意周到で綿密な犯行とまではいいがたいこと,前刑仮出獄中の犯行で強い非難に
値するものの,前科の犯罪は強盗殺人ではなく殺人,窃盗であり,刑も無期懲役
ではなかったこと,被告人は,仮出獄当初は保護司の指導に従い大工仕事に励
むなどしており,原判決指摘のとおり,相当期間更生のために一定の努力をして
いたと評価し得ること,また,被害者との関係においても,被告人は,当初親密な
関係にあった被害者と同居するつもりで借りた住居の敷金や家財道具代等を負担
しながら,自己が同居できなくなった後も,その返還を求めることをしていないので
あって,必ずしも利害打算のみに終始していたわけではないこと,逮捕後は被害
者及び遺族に対し申し訳ない旨述べて被告人なりに反省と懺悔の態度を示してい
ることなどの事情が認められる。これに,同種事案に関する量刑の動向などを併
せ考えると,本件については,いまだ死刑の選択がやむを得ないものとまでは認
めがたいといわざるを得ない。原判決の量刑が軽すぎるとは考えられず,検察官
の論旨も理由がない。
 よって,刑訴法396条により本件各控訴を棄却し,当審における訴訟費用は同
法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし,主文のとおり判
決する。
  平成13年9月26日
    東京高等裁判所第11刑事部
        裁判長裁判官   中  西  武  夫
             裁判官   木   村    烈
             裁判官   林    正   彦

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〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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71期修習生 72期修習生 求人
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職種 事務職
時給 当社規定による
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シフトは週40時間以上
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