弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人奥野健一、同早瀬川武、同萩原克虎の上告理由第一点及び同奥野彦六
の上告理由第二について
 論旨は、原判決が、本件各手形の振出人である訴外Dの所持人である被上告人に
対する手形金支払義務は消滅時効によつて消滅したとしながら、裏書人である上告
人の被上告人に対する償還義務はなお消滅せず、上告人は被上告人に対して償還義
務を免れるものではないと判断した点について、手形法五〇条一項、七七条一項四
号、七〇条三号及び七七条一項八号の解釈適用を誤つた違法がある、というのであ
る。
 原審の確定した事実によると、(1) 本件各手形は、いずれも、振出人を訴外D
(以下「訴外D」という。)、受取人兼第一裏書人を上告人とし、そのうち最も遅
い満期が昭和四六年八月二九日とされるものであるから、上告人の裏書人としての
償還義務は右同日から一年を経過した同四七年八月二九日を最後として、訴外Dの
振出人としての手形金支払義務は右最後の満期より三年経過した同四九年八月二九
日を最後として、それぞれ消滅時効期間が経過している、(2) 上告人は、本件各
手形がすべて支払拒絶され、かつ、その裏書人の償還義務の消滅時効期間が経過し
たのちの昭和四七年一一月二七日付けで、被上告人に対し、本件各手形に相当する
額面合計二九〇〇万円の約束手形について、自己において絶対に迷惑をかけず責任
をもつて返済する旨の確認書を差し入れたうえ、同四八年三月六日、被上告人の代
理人である弁護士遠藤雄司(以下「遠藤弁護士」という。)に対して右二九〇〇万
円の内金五〇〇万円を支払うとともに、同弁護士との間で、残りの額面合計二四〇
〇万円の約束手形について裏書人としての支払義務があることを再確認し、これを
同月一五日までに支払うべく、もし右期日までに支払をしない場合には、裁判上の
請求手続をとられても一切異議を述べない旨の確認和解書を交わした、右上告人に
よる確認書及び確認和解書の差入れは、上告人において被上告人に対し、本件各手
形についての裏書人としての償還義務を、単に振出人の手形支払義務の存続を前提
とするような二次的、補充的な義務としてではなく、実質関係上の事情をも加味す
ることによつて(記録に徴すると、右の実質関係上の事情とは、本件各手形は訴外
Fの訴外G及び同Hに対する金銭貸付けについての担保手形であつて、右貸付けが
専らEの知人で相当な経歴を有する弁護士である上告人に対する信用に基づいてさ
れた関係上、同人をして連帯保証人として本件各手形にEと特別の関係にあつた被
上告人あての裏書をさせたものであること、そのために本件各手形の不渡りによる
責任追求も専ら上告人に対してされていることを指すものと認められる。)、振出
人の手形金支払義務の存否を問わないか、少なくともこれと併存する一次的かつ終
局的な義務として承認したものとも解される、(3) 上告人は、昭和四八年二月八
日到達の内容証明郵便で遠藤弁護士から本件各手形につき裏書人としての義務履行
を求められたのに対して、同年二月九日付けで同弁護士あてに近日中に返済をする
として暫時の猶予を求める旨の内容証明郵便を発し、同年二月二四日及び上告人が
前記昭和四八年三月六日付けの確認和解書に署名捺印したのちの同月三一日には、
被上告人本人あてに本件各手形の裏書人としての責任を認める旨を明記した私信を
発した、(4) 上記上告人の債務確認行為は、上告人において本件各手形の裏書人
としての償還義務が昭和四七年八月二七日を最後として時効により消滅したことを
知つて時効利益を放棄したかあるいはそれを知らなくとも時効完成後に債務を承認
したことになる、(5) 上告人は、本訴第一審係属中であり(記録によれば、本件
訴えが提起されたのは昭和四八年三月三〇日である。)、かつ、本件各手形の最も
遅い満期から三年の振出人の支払義務の消滅時効期間が経過する直前である昭和四
九年六月二四日に裁判所に提出され、同月二六日に送達された訴訟告知書をもつて
右各手形の振出人である訴外Dに対して訴訟告知をしたが、右振出人の手形金支払
義務の消滅時効期間が経過したのちである昭和五一年一二月一七日に原審裁判所に
訴訟告知取下書を提出し、右Dに対する訴訟告知を撤回した(記録によれば、上告
人は右訴訟告知をしたのち昭和五〇年九月二六日の第一審口頭弁論期日において振
出人Dの債務が時効によつて消滅したのに伴つて自己の債務も消滅した旨の抗弁を
提出し、右抗弁を採用して被上告人の請求を棄却した第一審判決言渡後の前記日に
訴訟告知を撤回したものであること、右訴訟告知の撤回の直後被上告人代理人の遠
藤弁護士において昭和五二年一月一〇日付けの振出人Dに対する訴訟告知書を原審
裁判所に提出していることがそれぞれ認められる。)、(6) 上告人は、本件各手
形金請求を認容する手形判決に対して異議の申立をして通常訴訟に移行させ、上告
人名義の裏書の成立及び債務承認の効力等について引延しとみられる抗争をしたた
め、本訴審理に長期間を費やさせ、かくするうちに振出人の手形金支払義務につい
て三年の消滅時効が経過したものである、というのである。
 思うに、約束手形の振出人の手形金支払義務につき消滅時効が完成した場合には、
裏書人の償還義務もこれに伴つて消滅すると解すべきであるが、前記のように、約
束手形の裏書人自らが所持人に対して、自己の償還義務についてその時効期間経過
後に消滅時効の利益の放棄ないし債務の承認をしたうえ、専ら自己は対する信頼に
基づいて右手形を取得した所持人本人及びその代理人である弁護士に対して、再三
にわたり、しかも右手形振出人の債務とは必ずしも関係なく自己固有の債務として
右手形金の支払義務があることを認めるような態度を示し、同人らに確実にその履
行がされるものとの期待を抱かせながら、のちに右態度をひるがえし、その信頼を
裏切つて償還義務を履行しようとせず、やむなく右所持人より提起された手形金請
求訴訟においても当該手形の裏書自体を否認したりその他種々の主張を提出して引
延しとみられる抗争をすることによりその審理に長期間を費やさせ、その間に所持
人が専ら裏書人を信頼してその義務履行が確実にされるものと期待する余り振出人
に対する手形金請求権についての消滅時効中断の措置を怠つたがために振出人の手
形金支払義務が消滅したのに乗じ、これに伴つて自己の裏書人としての償還義務も
当然消滅するに至つたとして右義務の履行を免れようとする所為にでるようなこと
は、著しく信義則に反し、許されないものと解するのが相当である。
 そうすると、本件において上告人は、振出人Dの手形金支払義務が時効により消
滅し、同人に対する再遡求による失費回復の余地がなくなつたとしても、信義則に
照らし、これを理由として被上告人に対する本件各手形の裏書人としての償還義務
の履行を免れることはできないとした原審の判断は、結局において正当として是認
することができるものというべきである。論旨は、採用することができない。
 上告代理人奥野健一、同早瀬川武、同萩原克虎の上告理由第二点、同奥野彦六の
上告理由第一及び上告人の上告理由第二点について
 所論の点に関する原審の法令の解釈は正当とはいい難いが、本件においては、右
のような解釈によるまでもなく、前記説示の理由により上告人は信義則上被上告人
に対する本件各手形の償還義務を免れることができないと解することができるので
あるから、論旨は、結局、原判決の結論に影響を及ぼさない判示部分に対する不当
をいうものに帰し、採用することができない。
 上告代理人奥野健一、同早瀬川武、同萩原克虎の上告理由第三点及び上告人のそ
の余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当とし
て是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審
の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用するこ
とができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    本   山       亨
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    中   村   治   朗
            裁判官    谷   口   正   孝

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