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平成29年10月24日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成29年(行ケ)第10070号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成29年10月3日
判決
原告X
被告特許庁長官
同指定代理人伊藤昌哉
森林克郎
森竜介
山村浩
真鍋伸行
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2015-22686号事件について平成29年2月6日にした審
決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
(1)原告は,平成27年1月3日,発明の名称を「荷電粒子ビーム衝突型核融合
炉」とする発明について特許出願(特願2015-7号。優先権主張:平成26年
12月7日・日本。請求項の数10。乙1)をしたが,平成27年9月3日付けで
拒絶査定を受けた。
(2)原告は,平成27年12月24日,上記拒絶査定について不服審判を請求し,
特許庁はこれを不服2015-22686号事件として審理した。
(3)特許庁は,平成29年2月6日,「本件審判の請求は,成り立たない。」と
の別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,
同年3月1日,原告に送達された。
(4)原告は,平成29年3月21日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起
した。
2特許請求の範囲の記載
本件審決が判断の対象とした特許請求の範囲請求項1ないし10の記載は,平成
28年12月20日付け手続補正書(乙2)による補正後の,次のとおりのもので
ある。以下,請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,明細書及び図面
(乙1,2)を併せて「本願明細書」という。なお,文中の「/」は,原文の改行
箇所を示す(以下同じ。)。
【請求項1】対向して打ち出す2本の核融合燃料である荷電粒子ビームが/双方
共に重水素原子核2H(デューテリウムD)であるもの,/重水素原子核2H(デ
ューテリウムD)と三重水素原子核3H(トリチウムT)であるもの,/重水素原
子核2H(デューテリウムD)とヘリウム3原子核3Heであるもの,及び,/双
方共にヘリウム3原子核3Heであるもの,であって,/これらの核融合燃料であ
る荷電粒子をクーロン力により加速してパルス状の荷電粒子ビームのバンチにする
粒子加速器62,荷電粒子ビームを収束する電子レンズ63,及び荷電粒子ビーム
の飛翔方向を変える偏向器64からなる「荷電粒子ビーム発生器」を2組,並びに,
核融合反応を発生する真空容器55を備え,/真空容器55の中心部に荷電粒子ビ
ームを収束し,2つの荷電粒子ビームの軸を合わせて荷電粒子ビームのバンチ全体
が相互に衝突するように飛翔方向を調整し,核融合燃料の組み合わせによって決ま
る核融合反応断面積が大きくなる適切な速度で対向して衝突させて核融合反応を発
生させ,/真空容器55の中心部からパルス状に放射する核融合反応により生成し
た荷電粒子を電磁誘導作用により減速するとともに,荷電粒子の運動エネルギーを
直接電気エネルギーとして取り出す,核融合反応点を取り囲むように配置した回生
減速器65を備え,/炉内から未反応燃料粒子及び核融合生成粒子を回収するイオ
ン回収路68を備え,/地球上に豊富にある重水素(D,2H)を最初の燃料とし
て核融合反応を行い,炉内から回収した核融合生成物である三重水素(T,3H)
を核融合燃料として使用することで消滅させ,ヘリウム3(3He)の生産を行い,
中性子(n)を発生しない核融合燃料ヘリウム3(3He)の生産を行い,核融合
燃料サイクルを構成できること特徴とする荷電粒子ビーム衝突型核融合炉60。
【請求項2】セラミックなどの絶縁材料で作成した一方が細くなったテーパー形
状の容器の外壁面に加速電極(直径が大きい部分には,加速グリッド62aを加え
る。)を軸方向に複数配置し,先に負,次に正の両極性パルスを加え,半導体スイ
ッチを使用して立ち上がり波形を先鋭化するとともに,先行する立下り波形より立
ち上がり波形を早く伝搬する特性を有する遅延回路62dの端子N0~Nnを通し
て,加速電極(グリッド62a)に順次両極性パルスを印加することによって,ク
ーロン力により荷電粒子を進行方向に加速するとともに圧縮し,容器の形状に従い
半径方向にも圧縮して,2本の荷電粒子ビームのバンチを同期して同時に打ち出す
ことができる電界ピストン型粒子加速器62tを備えることを特徴とする,請求項
1の荷電粒子ビーム衝突型核融合炉60。
【請求項3】複数の減速グリッド65bから成る回生減速器65において,核融
合反応により生成したパルス状に飛翔する荷電粒子により個々の減速グリッド65
bに発生する誘導電荷を,荷電粒子の飛行速度より遅延して,次のグリッド65b
に伝達する遅延回路65d(核融合反応点に近い初段の減速グリッドにおいて,分
布定数型のグリッド65fとしたものを含む。)を有する回生減速器65を備える
ことを特徴とする請求項1または2に記載の荷電粒子ビーム衝突型核融合炉60。
【請求項4】核融合反応により生成したパルス状に飛翔する荷電粒子から直接正
電荷を受け取り,飛翔する荷電粒子より早く減速グリッド65bに正パルスを順次
伝達し,効果的に荷電粒子の減速を行う,核融合反応点に近い絶縁されていない先
端部を有する回生減速器65を備えることを特徴とする請求項1から3のいずれか
1項に記載の荷電粒子ビーム衝突型核融合炉60。
【請求項5】対向して打ち出す2本の核融合燃料である荷電粒子ビームが,/双
方共に重水素原子核2H(デューテリウムD)であるもの,及び,/重水素原子核
2H(デューテリウムD)と三重水素原子核3H(トリチウムT)であるものであ
って,/核融合生成粒子のうち,回生減速器65や真空容器55を透過した中性子
を減速するとともに熱に変える中性子減速材10で満たした熱交換室57を備え,
真空容器55を取り囲むように配置したことを特徴とする請求項1から4のいずれ
か1項に記載の荷電粒子ビーム衝突型核融合炉60。
【請求項6】セラミックなどの絶縁材料で作成した筒状の容器の外側に電極を設
け,位相の異なるプラスまたはマイナスの高電圧を一定の周期で加えることで,/
核融合生成粒子である荷電粒子,及び,/対向して打ち出した2本の荷電粒子ビー
ムのうち衝突しなかった未反応粒子を回収して,荷電粒子の状態で移送するイオン
回収チューブ68tを備えることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記
載の荷電粒子ビーム衝突型核融合炉60。
【請求項7】対向して打ち出す2本の核融合燃料である荷電粒子ビームが,/双
方共に重水素原子核2H(デューテリウムD)であるものの核融合生成粒子に含ま
れるヘリウム3原子核3He,及び,三重水素原子核3H(トリチウムT)を,/
重水素原子核2H(デューテリウムD)と三重水素原子核3H(トリチウムT)で
あるものの核融合未反応粒子に含まれる三重水素原子核3H(トリチウムT)を,
並びに,/重水素原子核2H(デューテリウムD)とヘリウム3原子核3Heであ
るもの,及び,双方共にヘリウム3原子核3Heであるものの核融合未反応粒子に
含まれるヘリウム3原子核3Heを,/電荷質量比の違いを利用してそれぞれ他の
荷電粒子から分離する電荷質量分離器64xを備えることを特徴とする請求項1か
ら6のいずれか1項に記載の荷電粒子ビーム衝突型核融合炉60。
【請求項8】核融合反応点を取り囲むように配置した回生減速器65の一部また
は全部を取り去り,/星形の断面形状を有する真空容器55の壁面で荷電粒子を反
射して,先端のイオン回収路68に導き,/荷電粒子の運動エネルギーの一部また
は全部を熱(電磁誘導電流による発熱を含む。)に変換し,/真空容器55及びイ
オン回収路68の壁を通して熱伝導により気体あるいは液体を加熱する熱交換室5
7を備えることを特徴とする請求項1から7のいずれか1項に記載の荷電粒子ビー
ム衝突型核融合炉60。
【請求項9】核融合反応点を取り囲むように配置した回生減速器65の一部また
は全部を取り去り,/星形に成形した真空容器55の壁面で荷電粒子を反射して,
先端に配置したノズルから噴射し,/気体,液体,あるいはこれらと紛体との混合
物とノズルから噴射した荷電粒子とを混合することで,/原子核反応及び分子の分
解並びに加熱膨張を行う混合反応室58を備えることを特徴とする請求項1から9
のいずれか1項に記載の荷電粒子ビーム衝突型核融合炉60。
【請求項10】核融合反応点を取り囲むように配置した回生減速器65の一部,
及び,真空容器55の壁の一部を取り去り,核融合反応による生成粒子の一部を宇
宙空間に放出することにより推進力を得ることを特徴とする請求項1から9のいず
れか1項に記載の荷電粒子ビーム衝突型核融合炉60。
3本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,本願発
明は,発明の詳細な説明の記載が,当業者が発明を実施をすることができる程度に
明確かつ十分に記載したものではなく,特許法36条4項1号に規定する要件を満
たしていないから,拒絶すべきである,というものである。
4取消事由
実施可能要件の判断の誤り
第3当事者の主張
〔原告の主張〕
1イオン回収路をどのように構成するのかについて
(1)イオン回収チューブ68tの接続を示す図は,限られた解像度の中で図面を
作成することに困難を感じ,また,文章の説明で十分と判断したので,省略した。
(2)平均化して荷電粒子を電荷質量分離器に送るために,一例として一筆書き状
に接続することを説明しているが,経路長が異なればいかなる接続であっても荷電
粒子を平均化して送り届けることができる。
放射線を遮蔽しつつ遮蔽体を貫通する方法についても同様の理由で省略した。入
り組んだ形状とすることで放射線を遮断することについては,当業者にとって日常
的に対応する周知の事柄である。
(3)被告の主張について
ア被告は,本願発明は中性子の遮蔽に難点があると主張する。
しかし,熱交換室57は,本来,中性子のエネルギーを熱エネルギーに変換する
手段であり,効率に大きな影響がなければ,ある程度中性子の漏出を許容でき,ま
た,最終的な中性子の遮蔽は,外側に設けたコンクリート壁で行うから,安全性に
問題はない。また,中性子減速材10の厚みを一定以上確保することで,リチウム
製を超える遮蔽を行うことができ,本願発明でもトカマク方式(プラズマ核融合)
の遮蔽能力と遜色なく,中性子の漏出に対して柔軟に対応できる。
イ被告は,イオン回収路が直線状のものしか開示されておらず,曲線部分にお
いて,どのようにイオンを移送すればよいのかが開示されていないと主張する。
しかし,本願明細書は,回収チューブ内部に電位勾配をつけて,ゆっくりと移動
することにより,荷電粒子を誘導することを示したものである。荷電粒子を壁面に
接触させることなく移送し,偏向することができれば,荷電粒子が壁面に帯電する
こともなく,高速に移送できるから,トリチウムTの回収をより速やかに行うこと
ができると期待できる。また,イオン回収チューブ68tは,電界の変化を遅くす
る,磁界と電界の両方を同時に加えるなど,電荷質量比の影響を受けないようにし
て,全ての種類の荷電粒子を移送できるように設計する必要がある。かかる設計に
際しては,荷電粒子のシミュレーションを行うことが有効である。
2粒子を分別する装置をどのように構成するのかについて
(1)本件審決は,電荷質量分離器64xについて,具体的な構成を示していない
とする。
しかし,磁力により荷電粒子を偏向させることは周知事項であり,記述する必要
はない。また,核融合生成粒子の分離方法について,本願発明としては二次的な要
素であるから,全部を回収して分離するという簡単な構成にとどめたものであり,
当業者であれば,①核融合生成粒子と未反応燃料粒子とを混合せずに別々に処理す
る,あるいは,②電荷質量分離器を多数に分割して配置することを検討する。
(2)本件審決は,化学反応により分離するための装置について,具体的な構成方
法が記載されていないとする。
しかし,気体に戻せば,水素ガスとヘリウムガスであり,水素吸蔵合金を用いる,
あるいは,水素ガスを酸化して水にすることにより,酸化しないヘリウムガスを簡
単に分離することができる。このことは,当業者にとって周知であり,記述する必
要はない。
(3)被告の主張について
被告は,三重水素イオンとヘリウム3イオンの分離は困難であると主張する。
しかし,「平均化し電荷質量分離器64xに送る」のであるから,平均化には,
イオン回収チューブ68tで粒子の速度差を小さくすることを含み,また,粒子の
導入方向に対して電界をかけて質量分離を行う,あるいは,電荷質量分離器64x
を磁界偏向と電界偏向とを組み合わせた2段構成にして,粒子の導入速度差の影響
をキャンセルする方法も考えられる。なお,重水素とヘリウム4の分離は核融合燃
料サイクルの対象ではなく,化学的分離方法自体も本願発明の対象ではないので,
記載していない。
3核融合燃料サイクルの構成について
本願発明の当業者は,原子核物理学又は素粒子物理学の分野で使用される機器
(衝突型加速器)を扱う者であり,荷電粒子の挙動をシミュレーションする技術を
保有しているから,イオン回収路及び粒子を分別する装置について,設計するのに
十分な知識を有していると考えられる。この種の機器はシミュレーションを行って
構造を決定し,製造するものであり,シミュレーションが必要であるから「実施で
きる程度に記載されていない」と結論付けることはできない。
〔被告の主張〕
1イオン回収路をどのように構成するのかについて
(1)本願発明は,中性子遮蔽手段(具体的には中性子減速材10)によって中性
子を遮蔽しつつ,三重水素及びヘリウム3を,その中性子遮蔽手段の内側から外側
へ,「核融合燃料サイクルを構成できる」程度に移送させることを念頭に置いたも
のと解される。したがって,本願発明を実施するためには,①中性子を遮蔽するこ
とと,②三重水素及びヘリウム3を,中性子遮蔽手段の内側から外側へ,「核融合
燃料サイクルを構成できる」程度に移送させることとの両立が求められる。
しかし,①を確保しようとすると,②が確保できなくなる関係にあるといえるか
ら,①と②の両立は,一般的には困難である。にもかかわらず,本願明細書には,
「イオン回収路68」,「未反応粒子68n回収路」及び「イオン回収チューブ6
8t」が,三重水素及びヘリウム3を,中性子を遮蔽しつつ,その遮蔽手段の内側
から外側へ,「核融合燃料サイクルを構成できる」程度に移送させることを可能に
するための具体的構成は一切記載されていない。
したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,「核融合燃料サイクル」を構成
するために必要な「イオン回収路をどのように構成するのか」について,当業者が
実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。
(2)本願明細書には,「イオン回収チューブ68t」の曲線部分において,どの
ようにイオンを移送すればよいのかについて一切記載されていない。
本願明細書の「磁気偏向器64m」等の記載からすれば,イオン回収チューブの
曲線部分では,その中を移送する各イオンに磁界や電界により力を与えて,その進
行方向を「イオン回収チューブ68t」の曲線に合わせて曲げることも,考えられ
ないではない。しかし,ある時刻において,例えば,ヘリウム3(3He)の電荷
質量比に合わせた磁界や電界の強さに設定した場合は,同じ時刻に存在する三重水
素(T,3H)は,「イオン回収チューブ68t」の曲線に合わせた方向に曲がら
ない。
以上のとおり,原告の示す一筆書き状に接続する構成では,三重水素(T,3H)
及びヘリウム3(3He)の2種類の粒子を,共に「核融合燃料サイクルを構成で
きる」程度に移送することはできない。
(3)原告の主張する「入り組んだ形状とすることで,放射線を遮断すること」が
当業者に周知の事項であるとしても,数か所の曲線部分を有するジグザグ状の構造
とすれば,前記(2)と同様の問題が生じることは明らかである。
2粒子を分別する装置をどのように構成するのかについて
(1)本願発明は,回収した三重水素イオン及びヘリウム3イオンを分離する構成
を要するものと解されるところ,分離の前の三重水素イオンとヘリウム3イオンは,
「回生減速器65」及び「イオン回収路68」などを通過してきたものであるから,
いずれも,相当程度の範囲に散らばった速度を有する粒子からなるものである。そ
して,本願発明では,「核融合燃料サイクルを構成できる」との観点や副反応の防
止の観点からすれば,相当程度の範囲内の時間において,相当程度の範囲に散らば
った速度を有する粒子からなる,これらのイオンを,互いに混在しないよう厳密に
分離するとともに,分離した各イオンを損失のないように回収することを要するも
のと解される。
しかし,複数の種類の粒子を,そのようにして回収することは,一般的に困難な
ことである。本願明細書では,実施例(図11)において,三重水素イオン及びヘ
リウム3イオンを分離する構成として,「電荷質量分離器64x」が記載されてい
る。この「電荷質量分離器64x」について,本願明細書には,「電荷質量比の違
いを利用して,電荷質量分離器64x(磁気スペクトロメータ)により1H(p),
3H(T),2H(D),4He(α),3Heの順に分離する。」(【009
9】)と記載されるのみで,その具体的な構成は記載されていない。また,「ヘリ
ウム原子核4He(アルファ粒子α)と重水素原子核2H(デューテリウムD)は,
電荷質量比がほぼ同じであるから,分離することが困難である(化学反応により分
離できる。)。」(【0101】)と記載されるのみで,化学反応により分離する
ための装置の具体的な構成は記載されていない。
(2)「電荷質量分離器64x」として扇形磁場型の質量分析器を利用するものと
しても,当該質量分析器は,相当程度の範囲に散らばった速度を有する粒子を分離
することを想定しておらず,さらに,分離した粒子を回収して利用するということ
をも想定していない。
このような装置を,具体的にどのように改変することにより,相当程度の範囲内
の時間において,相当程度の範囲に散らばった速度を有する粒子からなる,これら
のイオンを互いに混在しないよう厳密に分離するとともに,分離した粒子を損失な
く回収して利用することができる装置とすることができるかは,当業者であっても,
その実施ができるとはいえない。
(3)「核融合燃料サイクルを構成できる」ようにするには,相当程度の範囲内の
時間において,相当程度の範囲に散らばった速度を有する粒子を気体に戻し,最終
的に2Hと4Heの厳密な分離と損失のない回収を要する。このような装置が技術
常識ではない以上,原告主張の原理的な手法を本願発明に適合できる程度に具体化
することは,当業者であっても,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から理解で
きるとはいえない。
(4)以上のとおりであるから,本願明細書の詳細な説明の記載は,「粒子を分別
する装置をどのように構成するか」について,当業者が実施できる程度に明確かつ
十分に記載されたものとはいえない。
3核融合燃料サイクルの構成について
原子核物理学又は素粒子物理学の分野で使用される機器を扱う当業者が,荷電粒
子の挙動をシミュレーションする技術を保有しているとしても,イオン回収路及び
粒子を分別する装置については,前記1及び2記載のとおり,原告主張に係る当業
者であっても,本願発明を実施できるとはいえないことが明らかである。
第4当裁判所の判断
1本願発明について
(1)本願発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2のとおりであり,本願明細
書(乙1,2)には,おおむね以下の記載がある(下記記載中に引用する図面につ
いては,別紙参照)。
ア技術分野
本発明は,放射性物質を環境に排出しない,核融合燃料サイクルを構成可能な,
純粋な核融合反応を行う核融合発電装置及び移動体の推進装置に関するものである。
(【0001】)
イ背景技術
核分裂反応を利用する発電については,2011年に発生した福島県における原
子力発電所事故を発端として危険性が強く認識されることとなった。
核融合による原子力発電については世界中で精力的に研究が進められているが,
安全な方式で,実用化の見通しを確立したものは未だ存在していない。(【000
2】)
現在研究が進められている核融合炉の方式は,放射性物質を含む燃料による磁気
プラズマ閉じ込め方式やレーザーなどを照射する慣性核融合方式の開発が行われて
いる。
核融合反応の自己点火を目標としており,実現が容易とされる「D-D」反応
(重水素同士の核融合反応)や「D-T」反応(重水素と三重水素の核融合反応)
といった放射性物質を含む核融合反応の研究が中心である。(【0003】)
荷電粒子ビームを利用する研究も存在しているが,もっぱら磁気閉じ込め方式の
核融合プラズマを加熱するため,あるいは,レーザー光の代わりに慣性核融合方式
のペレットを照射すためであり,荷電粒子ビーム同士を衝突させることで核融合反
応を発生する方式についての研究は見当たらない。(【0004】)
また,プラズマを使用する方法では,プラズマ内に核融合生成物質が蓄積すると,
核融合反応が複雑になり,放射性物質も増えてしまう欠点がある。
また,現在研究されている多くの核融合反応炉は,熱を電気に変換するプロセス
が必要となるため,プラントの規模が大きくなるとともに,電気への変換効率が低
くなる原因となっている。(【0005】)
既に直接電気としてエネルギーを取り出すことができる磁気プラズマ閉じ込め方
式の核融合炉について研究されているが,三重水素など放射性物質を含む反応を利
用しているため,安全性に問題が残る。(【0006】)
ウ発明が解決しようとする課題
解決しようとする課題は,現在研究が進められている多くの核融合炉は,エネル
ギーを膨大な熱として取り出すこと,移動体で利用が困難なこと,並びに,放射性
物質を含む核反応を利用するため,安全性に問題があることである。(【001
0】)
エ課題を解決するための手段
この発明は,放射性物質及び中性子等の危険な放射線を生成しない核融合反応の
みを選択的に利用するとともに,核融合反応により生成したエネルギーを熱以外の
形態に直接変換する手段として,荷電粒子の運動エネルギーから直接電気エネルギ
ーとして取得する手段(電力変換手段),並びに,移動体の推進手段について提案
するものである。(【0011】)
表1は,非特許文献1に示される,重水素原子核2H(デューテリウムD)及び
三重水素原子核3H(トリチウムT)を燃料とする核融合反応と生成エネルギーで
ある。
敢えて三重水素(3H,T)を含む核融合反応をリストしたが,中性子n及び三
重水素原子核3H(T)が含まれ,三重水素は,1gで3.6×1014
Bq,半減
期12.3年の弱いβ線を放出してヘリウム3に崩壊するが,内部被ばくをすると
大変危険な,常温で気体の放射性物質である。
これらの核反応を利用する核融合炉では,非特許文献2によると運転と並行して
炉内のプラズマから三重水素(3H,T)の除去処理を同時に行う必要があるが,
漏えい事故や破壊的な事故が起これば核分裂型原子炉と同様に炉内の三重水素(3
H,T)が飛散する危険がある。(【0012】)
表2は,放射性物質を発生しないヘリウム3原子核3Heを含む燃料を使用する
核融合反応の一覧である。
「D-3He」反応では,約18MeVのエネルギーが,ヘリウム原子核4He
(アルファ粒子α)と水素原子核1H(陽子またはプロトン粒子p)の飛翔という
形で放出される。
「3He-3He」は,約13MeVのエネルギーが,ヘリウム原子核4He
(アルファ粒子α)と2個の水素原子核1H(陽子またはプロトン粒子p)の飛翔
という形で放出される。
この2種類の核融合反応は,放射性物質を含まず,かつ,荷電粒子のみが放出さ
れる核融合反応であるので,非特許文献3,4,9,12等に提案されているよう
に,直接電気エネルギーとして取得する手段が利用できる。(【0015】)
荷電粒子(燃料粒子)ビームを対向して衝突させる方式(以下,「荷電粒子ビー
ム衝突方式」という。)であれば,目的外の核反応を大きく低減し,「D-3He」
反応,または「3He-3He」反応による核融合反応を選択的に発生することが
出来る。
(荷電粒子ビーム衝突方式は,「D-D」反応や「D-T」反応による核融合を
発生することができる。ただし,主反応に放射性物質が含まれるので,放射性物質
の発生を抑制することはできない。)(【0019】)
粒子加速器により核反応を発生することができることは周知のことであるが,原
子核の破壊実験(素粒子に関する探究)が中心であり,エネルギー装置として利用
については,考えられてこなかった。
特定の核融合反応のみを選択的に発生させ,放射性物質の発生を抑制することが
できる。
放射性物質を排出しない「純粋な核融合」を行うため,荷電粒子ビーム衝突方式
による「D-3He」反応若しくは「3He-3He」反応以外に選択肢は無い。
(【0020】)
オ発明の効果
一切の放射性物質を出さない純粋な核融合反応による原子力発電装置,並びに,
宇宙機,航空機,船舶,車両等の推進装置を提供することができる。
エネルギー改革をもたらすとともに,従来の手法とは異なる動力源による移動手
段を提供することができ,廃棄物の処理などに応用できるなど,あらゆる分野での
応用が期待できる。(【0021】)
カ発明の実施の形態
図1は,荷電粒子ビーム衝突型核融合炉の構成図である。
荷電粒子ビーム衝突方式の核融合炉は,重水素(2H,デューテリウムD)及び
ヘリウム3(3He)の燃料ガス52,53,燃料ガスの荷電粒子発生器61,粒
子加速器62,電子レンズ63,磁気偏向器64m,真空容器55,回生減速器6
5,その他,図1には示していないが,イオン回収路68,中和器(電子発生器)
69等からなる。(【0023】)
真空容器55の中には,核融合反応によって生成した荷電粒子1H及び4Heの
運動エネルギーを,電磁誘導作用により電気エネルギーとして取り出す装置である
回生減速器65が,核融合反応点(図中の向かい合う矢印で示す。)を取り囲むよ
うに配置している。
生成粒子1Hと4He(何れも正の電荷を持つ荷電粒子。)が飛び出すので,そ
の運動エネルギーを熱として,そして,電磁誘導作用等により直接電気出力として
エネルギーを得ることができる。(【0027】)
地球上に十分な量の燃料となるヘリウム3(3He)が存在していないことから,
放射性物質を含まない核融合の実現は,極めて困難なものになっている。
「D-D」反応や「D-T」反応は,放射性物質を含む核融合であることから,
実施例として例示しなかったが,本発明の荷電粒子ビーム衝突型核融合装置は,こ
れらの核融合反応についても取り扱うことができる。
核融合における問題点を再度整理する。
1点目は,中性子の生成であり,炉壁の脆化・放射化,人体への影響などが考え
られるが,核分裂炉の技術で,対処可能であり,炉が停止すれば中性子の影響は無
くなる。
2点目は,三重水素原子核3H(トリチウムT)の生成であり,漏えいによる周
辺への影響が深刻な問題であることは,最初に述べたとおりである。(【009
6】)
図11は,1つの炉に異なる角度で3対の「荷電粒子ビーム発生器」を構成した
実施例である。
図の左側は,全て重水素原子核2H(デューテリウムD)を燃料とし,右側は,
上から順に重水素原子核2H(デューテリウムD),三重水素原子核3H(トリチ
ウムT),ヘリウム3原子核3Heを燃料とする。
1つ目の「D-D」と「D」の記号を付した「荷電粒子ビーム発生器」の対で
「D-D」反応を行うが,1.4MeVを必要とし,0.2barnsと反応断面
積が小さい。最初の核融合反応であるから不純物が混入も無いが,二種類の核融合
反応が同時に発生し,4種類の粒子(p,n,T,3He)が飛翔する。(中性子
nは,電荷を持たず透過力が強く,熱交換室57の中性子減速材(水)10により
減速,吸収され,イオン回収路68では回収されない。)
2つ目の「D-T」と「T」の記号を付した「荷電粒子ビーム発生器」の対で
「D-T」反応を行う。
3つ目の「D-3He」と「3He」の記号を付した「荷電粒子ビーム発生器」
の対で「D-3He」反応を行う。
中性子nは,電気エネルギーとして回収できないため,熱として回収するエネル
ギーが増加する。真空容器の外側に減速材(水)10を満たした熱交換室57を設
け,中性子の遮蔽と冷却を行う。(【0098】)
イオン回収路68及び未反応粒子68n回収路から,荷電粒子1H(p),2H
(D),3H(T),3He及び4He(D-D反応以外の反応で生成する。)を
回収する。回収した荷電粒子を粒子加速器62,62tにより10keV程度まで
加速して,電荷質量比の違いを利用して,電荷質量分離器64x(磁気スペクトロ
メータ)により1H(p),3H(T),2H(D),4He(α),3Heの順
に分離する。三重水素原子核3H(トリチウムT)を60keVまで加速し,40
keVに加速した重水素原子核2H(デューテリウムD)と核融合反応を行い,三
重水素原子核3H(トリチウムT)を直ちに消費する。(【0099】)
電荷質量分離器64xで分離された水素原子核1H(p),重水素原子核2H
(D),ヘリウム3原子核3He及びヘリウム原子核4He(α)は,それぞれ中
和してタンクに蓄積する。ヘリウム原子核4He(アルファ粒子α)と重水素原子
核2H(デューテリウムD)は,電荷質量比がほぼ同じであるから,分離すること
が困難である。(化学反応により分離できる。)
「D-3He」と「3He」の記号を付した「荷電粒子ビーム発生器」の対で
「D-3He」反応を行うが,400keV(2H:160keV,3H:240
keV)で衝突することで,「D-3He」反応は,1barns,「D-T」反
応は,0.8barns,「D-D」反応は,0.13barnsであるので,分
離できずに残った不純物の影響が若干減少する。
なお,分離せずに回収した粒子を燃料として使用する場合は,副反応が複雑にな
ること,反応に寄与しない粒子を加速するために余分なエネルギーを要すること,
様々なエネルギーの粒子が同時に飛翔し回生減速器65の設計が困難になる可能性
がある。(【0101】)
図12(a)は,「D-D」反応と「D-T」反応のみを経常的に利用する構成
の核融合炉の実施例である。…
32個(切頂二十面体の形状に組み立てる場合)の回生減速器65に付属するイ
オン回収路68及び2カ所の未反応燃料回収路から,核反応で生成した荷電粒子及
び未反応燃料68n(1H(p),2H(D),3H(T),3He及び4He
(α))を中和せずに,イオン回収チューブ68tを経由して回収し,再度加速し
て電荷質量比の違いから粒子を分別し,三重水素原子核3H(トリチウムT)を1
秒以内に消費するシステムを構成している。
図12(c)に,イオン回収チューブ68tの構成を示す。図6の電界ピストン
型粒子加速器62tを太さが一定の筒状にしたもので,外側に荷電粒子を誘導する
電極を設け,3つの相(φ0,φ1及びφ2)からなるプラスまたはマイナスの高
電圧を一定の周期で順次加えることで,荷電粒子を移送する。
イオン回収チューブ68tは,32カ所のイオン回収路68に一筆書き状に接続
して生成粒子を回収し,パルス状の生成粒子を平均化して電荷質量分離器64xに
送っている。(【0102】)
「D-D」反応と「D-T」反応では,中性子nが多くのエネルギーを持って飛
翔するので,直接電気として取り出せるエネルギーは最大で32.4%までであり,
熱出力が67.6%以上を占める。同一の出力の場合,真空容器55の直径を3
0%程度小さくすることができる。荷電粒子ビーム型核融合炉60を取り囲む熱交
換室57内に減速材(水)10を満たし,中性子nの減速及び熱変換を行う。
図12(b)に,水10による中性子nの遮蔽と熱変換,並びに,熱駆動ポンプ
66(特許文献7)及び発電機88による熱-電気変換器)を,多面体(正五角形
12面,正六角形20面)を構成する32個のユニットで構成した例を示す。各ユ
ニットは,保守のため任意のユニットを取り外すことができる形状に作られている
とともに,異なる角度のかみ合わせとなっており,直線的に進んだ中性子が間隙か
ら漏れない構造としている。
図12(d)に「D-D」反応,(e)に「D-T」反応による粒子飛翔図を示
す。(未反応粒子68nの軌跡は,省略した。)
荷電粒子1H,2H,3H,3He及び4Heは,回生減速器65で,中性子n
は,回生減速器65を透過し,中性子減速材(水)10で減速している。安全のた
め,及び,中性子減速材(水)10,中性子反射材(鉛など)19を透過した中性
子nを遮蔽するため,さらに外側にコンクリート壁が必要である。(【0103】)
キ産業上の利用可能性
放射能を出さない純粋な核融合反応による核融合発電装置,宇宙機,航空機,船
舶,車両等の推進装置を提供することができる。微量の放射性物質を伴うが,安価
な重水素燃料による核融合発電装置を提供できる。高エネルギーの荷電粒子による
廃棄物処理などにも活用できる。(【0106】)
(2)本願発明の特徴
前記(1)によれば,本願発明の特徴は,以下のとおりである。
ア本願発明は,放射性物質を環境に排出しない,核融合燃料サイクルを構成可
能な純粋な核融合反応を行う核融合発電装置に関するものである(【0001】)。
イ核融合による原子力発電については世界中で精力的に研究が進められている
が,安全な方式で,実用化の見通しを確立したものは未だ存在していない。現在研
究が進められている核融合炉の方式は,放射性物質を含む燃料による磁気プラズマ
閉じ込め方式やレーザーなどを照射する慣性核融合方式のものである。荷電粒子ビ
ーム同士を衝突させることで核融合反応を発生する方式についての研究は見当たら
ない(【0002】~【0004】)。
ウ現在研究されている多くの核融合反応炉は,熱を電気に変換するプロセスが
必要となるため,プラントの規模が大きくなるとともに,電気への変換効率が低く
なる原因となっている。直接電気としてエネルギーを取り出すことができる磁気プ
ラズマ閉じ込め方式の核融合炉について研究されているが,三重水素(T)など放
射性物質を含む反応を利用しているため安全性に問題がある(【0005】【00
06】【0010】)
エ本願発明は,上記ウの解決手段として,特許請求の範囲請求項1記載の構成
を採用したものである。とりわけ,本願発明は,核融合反応点を取り囲むように配
置した回生減速器65を備え,真空容器55の中心部からパルス状に放射する核融
合反応により生成した荷電粒子を電磁誘導作用により減速するとともに,荷電粒子
の運動エネルギーを直接電気エネルギーとして取り出すようになっている(【00
23】【0027】【図1】【図11】)。
オまた,本願発明は,炉内から未反応燃料粒子及び核融合生成粒子を回収する
イオン回収路68を備え,回収した核融合生成物である三重水素(T)を核融合燃
料として使用することで消滅させ,中性子(n)を発生しない核融合燃料ヘリウム
3(3He)の生産を行い,核融合燃料サイクルを構成できるようになっている。
具体的には,①32個の回生減速器65に付属するイオン回収路68及び2カ所
の未反応粒子68n回収路から,核反応で生成した荷電粒子及び未反応粒子(1H
(p),2H(D),3H(T),3He及び4He(α))を中和せずに,イオ
ン回収路68に一筆書き状に接続したイオン回収チューブ68tを経由して回収し,
②粒子加速器62,62tにより再度加速し,③電荷質量分離器64xで電荷質量
比の違いから粒子を分別し,④三重水素原子核3H(T)については核融合燃料と
して使用することで直ちに消費する一方で,⑤水素原子核1H(p),重水素原子
核2H(D),ヘリウム3原子核3He及びヘリウム原子核4He(α)は,それ
ぞれ中和してタンクに蓄積する(なお,電荷質量比がほぼ同じであるヘリウム4
(4He)と重水素(D)とは化学反応により分離できる)(【0099】【01
01】【0102】【図11】【図12】)。
カ本願発明は,核融合生成物である三重水素を核融合燃料として使用すること
で消滅させ,中性子を発生しない核融合燃料であるヘリウム3の生産を行うので,
環境に放射性物質を出さない核融合発電装置を提供することができる(【0021】
【0106】)。
2取消事由(実施可能要件の判断の誤り)について
(1)イオン回収路をどのように構成するかについて
ア本願発明におけるイオン回収路の機能について
本願発明は,「対向して打ち出す2本の核融合燃料である荷電粒子ビームが双方
共に重水素原子核2H(デューテリウムD)であるもの,重水素原子核2H(デュ
ーテリウムD)と三重水素原子核3H(トリチウムT)であるもの」であって,
「重水素(D,2H)を最初の燃料として核融合反応を行い,炉内から回収した核
融合生成物である三重水素(T,3H)を核融合燃料として使用する」ものである。
よって,核融合反応として,少なくとも,中性子を発生する「D-D反応」及び
「D-T反応」(【0012】【表1】)を利用するものである。
そして,本願明細書には,「核融合における問題点を再度整理する。1点目は,
中性子の生成であり,炉壁の脆化・放射化,人体への影響などが考えられるが,核
分裂炉の技術で,対処可能であり」(【0096】)とされ,中性子減速材(水)
や中性子反射材(鉛)を設けて中性子の遮蔽を行うことが記載されていることから
すれば(【0098】【0103】【図12(b)】),本願発明は,核融合反応
により発生する中性子を中性子減速材等の中性子遮蔽手段で遮蔽することを当然の
前提としていると認められる。
また,前記1(2)オのとおり,本願発明は,炉内から未反応燃料粒子及び核融合生
成粒子を回収するイオン回収路68を備え,回収した核融合生成物である三重水素
(T)を核融合燃料として使用することで消滅させ,中性子(n)を発生しない核
融合燃料ヘリウム3(3He)の生産を行うことで,核融合燃料サイクルを構成す
るというものである。すなわち,本願発明は,核融合生成物である三重水素(T)
とヘリウム3(3He)を,核融合燃料サイクルを構成できる程度に炉内から回収
するものである。
そうすると,本願発明を実施するに当たっては,①核融合反応により発生する中
性子を中性子遮蔽手段で遮蔽しつつ,②核融合生成物である三重水素(T)とヘリ
ウム3(3He)を,核融合燃料サイクルを構成できる程度に炉内から回収する必
要がある。
イ本願明細書におけるイオン回収路の開示について
本願明細書には,前記アの①について,中性子遮蔽手段として,「真空容器の外
側に減速材(水)10を満たした熱交換室57を設け,中性子の遮蔽と冷却を行う」
(【0098】)こと,中性子減速材(水)10及び中性子反射材(鉛)19等を
1つのユニットとして構成し,32個のユニットを異なる角度の組合せとして中性
子が間隙から漏れない構造とすること(【0103】【図12(b)】)が記載さ
れている。また,前記アの②について,イオン回収路68及び未反応粒子68n回
収路で回収した三重水素(T)及びヘリウム3(3He)を,イオン回収チューブ
68tを介して,中性子遮蔽手段の外側の粒子加速器62,62tや電荷質量分離
器64xに移送することが記載されている(【0099】【0102】【図11】
【図12(a)】)。
前記構成において,イオン回収路68,未反応粒子68n回収路又はイオン回収
チューブ68t(以下,総称して「イオン回収路」ともいう。)は,中性子遮蔽手
段を内側から外側へ貫通するから,物質の透過力の大きい中性子がイオン回収路自
体から漏出する問題が生じることになる。しかし,本願明細書には,イオン回収路
に関し,イオン回収路68にイオン回収チューブ68tを一筆書き状に接続するこ
と(【0102】)及び直線状のイオン回収チューブ68tが図示されているのみ
であり(【図12(c)】),イオン回収路において中性子の漏出を防止する方法
についての記載はない。また,前記構成のみからは,三重水素(T)とヘリウム3
(3He)をどのようにして核融合燃料サイクルを構成できる程度に損失なく移送
するのかも不明である。
そうすると,本願明細書の前記記載は,イオン回収路において中性子の漏出を防
止しつつ,三重水素(T)とヘリウム3(3He)を核融合燃料サイクルが構成で
きる程度に移送する手段,すなわち,上記①と②を両立させる手段を記載したもの
とは認め難い。
したがって,本願明細書には,本願発明を実施するために必要なイオン回収路に
ついての具体的な構成が記載されているとは認め難く,また,この点が当業者にと
って自明の事項であるともいい難い。
ウ原告の主張について
(ア)原告は,本願明細書に記載したイオン回収チューブ68tについて,入り
組んだ形状とすることで放射線を遮蔽することは当業者にとって日常的に対応する
周知の事項であるから,放射線を遮蔽しつつ遮蔽体を貫通する方法は記述する必要
はない,イオン回収チューブ68tは曲げることができるから,熱交換室57の間
隙をジグザグに通すことが可能であるなどと主張する。
しかし,仮に,イオン回収チューブ68tを入り組んだ形状として放射線を遮蔽
することが周知であり,「熱交換室57の間隙をジグザグに通す」ことが可能であ
るとしても,本願明細書には,三重水素(T)とヘリウム3(3He)の双方を,
そのような「入り組んだ形状」ないし「ジグザグ」のイオン回収チューブ68tの
内壁に衝突させることなく「核融合燃料サイクルを構成できる」程度に移送する方
法についての記載はない。そして,電荷質量比の異なる三重水素(T)とヘリウム
3(3He)の双方を電界や磁界によって同時に同じ方向に曲げることは技術上困
難であると認められる。そうすると,仮に,イオン回収チューブ68tを「入り組
んだ形状」として放射線を遮蔽することができたとしても,三重水素(T)とヘリ
ウム3(3He)を,「核融合燃料サイクルを構成できる」程度に損失なく移送す
ることができるとは認め難い。
また,原告は,イオン回収チューブ68tは,電界の変化を遅くする,磁界と電
界の両方を同時に加えるなど,電荷質量比の影響を受けないようにして,全ての種
類の荷電粒子を移送できるように設計する必要があり,イオン回収チューブ68t
や粒子加速器の設計に際して荷電粒子のシミュレーションを行うことが有効である
などと主張する。
しかし,本願明細書には原告の上記主張を裏付ける記載は見当たらない上,その
ような「設計」や「シミュレーション」を要すること自体,当業者が過度な試行錯
誤を必要とするというべきである。
よって,原告の上記主張は理由がない。
(イ)原告は,熱交換室57は,本来,中性子のエネルギーを熱エネルギーに変
換する手段であり,効率に大きな影響が無ければ,ある程度中性子の漏出を許容で
き,また,本願明細書に「安全のため,及び,中性子減速材(水)10,中性子反
射材(鉛など)19を透過した中性子nを遮蔽するため,さらに外側にコンクリー
ト壁が必要である。」(【0103】)と記載されているとおり,最終的な中性子
の遮蔽は,外側に設けたコンクリート壁で行うから,安全性には問題がないなどと
主張する。
しかし,核融合炉の技術分野においては,炉心を囲むように配置された内側のブ
ランケットは,エネルギー変換手段であると同時に中性子の遮蔽手段であり,ブラ
ンケット及び追加の遮蔽構造で中性子を最大限遮蔽することで,外側の各種機器の
中性子による照射損傷,放射化を極めて低いレベルに抑えることが想定されており,
このことは,本願の出願日時点における当業者の技術常識であると認められる(乙
3)。
そして,本願明細書には,「真空容器の外側に減速材(水)10を満たした熱交
換室57を設け,中性子の遮蔽と冷却を行う。」(【0098】),「各ユニット
は,保守のため任意のユニットを取り外すことができる形状に作られているととも
に,異なる角度のかみ合わせとなっており,直線的に進んだ中性子が間隙から漏れ
ない構造としている。」(【0103】)と記載されており,熱交換室57は,エ
ネルギー変換手段であると同時に,中性子の遮蔽手段であることが明らかである。
また,当該実施例において熱交換室57の外側の粒子加速器62等を中性子による
放射化,損傷から保護する必要があることも明らかである。
以上を併せ考慮すれば,本願明細書において,熱交換室57は,中性子を最大限
遮蔽してその外側に漏出させないものであると解するのが相当であり,効率に大き
な影響がなければ,ある程度中性子の漏出を許容できるとは認め難い。
また,原告は,本願発明の方式では,中性子減速材10の厚みを一定以上確保す
ることで,リチウム製を超える遮蔽を行うことができ,本願発明でもトカマク方式
(プラズマ核融合)の遮蔽能力と遜色なく,中性子の漏出に対して柔軟に対応でき
るなどと主張する。
しかし,中性子減速材10の厚みを大きくして中性子の漏出を抑えることとで前
記アの①を確保できたとしても,同②を同時に確保することにはならないから,原
告の上記主張は理由がない。
エ小括
以上のとおりであるから,「イオン回収路をどのように構成するか」について実
施可能要件を満たさない旨の本件審決の判断に誤りはない。
(2)粒子を分別する装置をどのように構成するかについて
ア本願発明における粒子を分別する装置について
前記(1)アのとおり,本願発明は,核融合反応として少なくとも「D-D反応」及
び「D-T反応」を利用し,核融合生成物である三重水素(T)とヘリウム3(3
He)を,核融合燃料サイクルを構成できる程度に回収するものである。
そうすると,本願発明を実施するに当たっては,「D-D反応」及び「D-T反
応」によって生じる三重水素イオンとヘリウム3イオンとを互いに分離し,核融合
燃料サイクルを構成できる程度に損失なく回収する,粒子を分別する装置が必要で
あるものと解される。
ここで,三重水素イオンとヘリウム3イオンは,真空容器55の中心部(未反応
の場合は偏向器64)から種々の速度を有して放射状に飛び出し,回生減速器65
で減速された上,回生減速器65を取り囲むイオン回収路68にて順次回収される
ものであり,個々の粒子は,移送されるに従って進行方向前後に延び,速度も相当
程度にばらつきがある状態になることは明らかである。このような状態で移送され
る個々の粒子を分離し,核融合燃料サイクルを構成できる程度に損失なく回収する
ことが容易ではないことも明らかである。
しかし,本願明細書には,「回収した荷電粒子を粒子加速器62,62tにより
10keV程度まで加速して,電荷質量比の違いを利用して,電荷質量分離器64
x(磁気スペクトロメータ)により1H(p),3H(T),2H(D),4He
(α),3Heの順に分離する。」(【0099】)と記載されているのみである。
「電荷質量分離器64x」が,個々の粒子の速度にばらつきのある三重水素イオン
とヘリウム3イオンを,「電荷質量比の違いを利用して」どのように分離し,核融
合燃料サイクルを構成できる程度に損失なく回収するかについては何ら記載されて
いない。
したがって,本願明細書には,本願発明を実施するために必要な,粒子を分別す
る装置をどのように構成するかについて具体的に記載されているとは認め難く,ま
た,この点が当業者にとって自明の事項であるともいい難い。
イ原告の主張について
(ア)原告は,磁力により荷電粒子を偏向させることは当業者にとって周知の事
項であり,電荷質量分離器64xについて具体的な構成を記述する必要はなく,電
荷質量分離の原理は,実用化された質量分析器と同じであるなどと主張する。
しかし,質量分析器は,荷電粒子が磁場を通過する際の偏向が電荷質量比によっ
て異なることを利用して,ある電荷質量比を有する荷電粒子がどの程度存在するか
を検出器で検出するものであり,分離した荷電粒子を回収して利用するものではな
い。また,荷電粒子の偏向は,磁場への導入速度にも依存するから,複数種類の荷
電粒子がそれぞれ相当程度の速度分布を有する場合,これらの荷電粒子を厳密に分
離することは困難である。よって,質量分析器が周知であるとしても,「電荷質量
分離器64x」で本願発明を実施するために必要な構成が明らかになるわけではな
い。
また,原告は,個々の粒子の速度のばらつきに関し,本願明細書には,イオン回
収チューブ68tは,「パルス状の生成粒子を平均化して電荷質量分離器64xに
送っている。」(【0102】)と記載されており,「平均化」とは,荷電粒子の
速度差等を小さくすることを含む,粒子の導入方向に対して電界をかけて質量分離
を行う,あるいは,電荷質量分離器64xを磁界偏向と電界偏向とを組み合わせた
2段構成にして,粒子の導入速度差の影響をキャンセルする方法も考えられるなど
と主張する。
しかし,本願明細書には,原告の主張を裏付ける具体的な構成についての記載は
ない。
(イ)原告は,核融合生成粒子の分離方法について,本願発明としては二次的な
要素であるから,全部を回収して分離するという簡単な構成にとどめたものであり,
当業者であれば,①核融合生成粒子と未反応燃料粒子とを混合せずに別々に処理す
る,あるいは,②電荷質量分離器を多数に分割して配置することを検討するなどと
主張する。
しかし,前記アのとおり,本願発明を実施するに当たっては,三重水素イオンと
ヘリウム3イオンとを互いに分離し,核融合燃料サイクルを構成できる程度に損失
なく回収する必要があるから,核融合生成粒子の分離方法が二次的な要素などとは
いえない。また,①について,核融合生成粒子と未反応燃料粒子とは真空容器55
の中心部から混合した状態で飛び出すと認められ,最初から混合せずに別々に処理
すること自体がそもそも想定し難いし,②について,電荷質量分離器を多数に分割
して配置したところで,それぞれの電荷質量分離器において個々の粒子の速度にば
らつきのある三重水素イオンとヘリウム3イオンを分離する必要があることに変わ
りはない。
(ウ)したがって,原告の上記主張は,いずれも理由がない。
ウ小括
以上のとおりであるから,「粒子を分別する装置をどのように構成するか」につ
いて実施可能要件を満たさない旨の本件審決の判断に誤りはない。
(3)核融合サイクルの構成について
ア前記(1)及び(2)で検討したとおり,本願明細書には,本願発明を実施するた
めに必要な,イオン回収路及び粒子を分別する装置をどのように構成するかについ
て,具体的に記載されているとは認め難い。また,かかる点が当業者にとって自明
の事項であるともいい難い。
したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明の実施をする
ことができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。
イ原告の主張について
原告は,原子核物理学又は素粒子物理学の分野で使用される機器を扱う当業者で
あれば,荷電粒子の挙動をシミュレーションする技術を保有しているから,イオン
回収路及び粒子を分別する装置について,設計するのに十分な知識を有している,こ
の種の機器は,シミュレーションを行って構造を決定し,製造するものであるから,
シミュレーションが必要なことをもって,本願発明を実施できる程度に明確かつ十
分に記載されていないと結論付けることはできないなどと主張する。
しかし,イオン回収路及び粒子を分別する装置の具体的構成が本願明細書に記載
されていない以上,イオン回収路及び粒子を分別する装置を「荷電粒子の挙動をシ
ミュレーション」して「設計」するための前提を欠いており,そのような「シミュ
レーション」や「設計」は,当業者が過度な試行錯誤を必要とするものである。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
ウ小括
以上のとおりであるから,「核融合サイクルの構成」について実施可能要件を満
たさない旨の本件審決の判断に誤りはない。
3結論
以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がないから,原告の請求を棄却するこ
ととし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官髙部眞規子
裁判官古河謙一
裁判官関根澄子
別紙
【表1】良く知られている核融合反応の例
【表2】純粋な核融合反応の例
【図1】
【図11】
【図12】
以上

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