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平成15年4月16日判決言渡
平成13年(ワ)第15719号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成14年12月18日
判      決
       原      告     カシオ計算機株式会社
訴訟代理人弁護士     水谷直樹
       同            岩原将文
       補佐人弁理士 牛久健司
       被      告     株式会社ソーテック
       訴訟代理人弁護士 升永英俊
       訴訟復代理人弁護士    上山 浩
補佐人弁理士 谷義一
       同 新開正史
       同 南条雅裕
       同 窪田郁大
主      文
    1 原告の請求をいずれも棄却する。
    2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,別紙イ1号物件目録記載の物件を製造し,販売し,又は使用しては
ならない。
2 被告は,その占有に係る前項記載の物件を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対して,金5億5000万円及びこれに対する平成13年8
月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 原告は,被告に対して,パーソナルコンピュータを販売する被告の行為等が
原告の有するマルチウインドウ表示制御装置に係る特許権を侵害するとして,販売
等の差止めと損害賠償を求めた。
1 争いのない事実
(1) 当事者
 原告は,電子計算機,情報通信機器その他の情報機器の製造,販売等を主
要な業務とする法人である。
 被告は,コンピュータ及びその周辺機器の製造,販売等を主要な業務とす
る法人である。
(2) 原告の特許権
 原告は,以下の特許権(以下,「本件特許権」といい,その発明を「本件
発明」という。)を有している。
出願年月日    昭和61年2月15日
出願公告日    平成8年2月7日
登録年月日    平成10年1月9日
特許番号    特許第2134277号
発明の名称    マルチウィンドウ表示制御装置
特許請求の範囲 
「表示優先順位が決められた複数のウインドウをその表示優先順位に
従って重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手段と,
 メニュー表示の指示があった際に,上記各ウインドウの表示状態を
保ったまま複数のメニューを表示すべく制御するメニュー表示制御手段と,
 上記複数のメニューの中でウインドウ整理表示のメニューを選択す
るメニュー選択手段と,
 上記ウインドウ整理表示のメニュー選択により,上記各ウインドウ
をその表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重ね合わさり,且つその
個々のウインドウを,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔で
ずらして配置することで上記個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるよ
うに表示制御する整理表示制御手段と,
 を具備したことを特徴とするマルチウインドウ表示制御装置。」
(3) 構成要件
 本件発明の構成要件は,次のとおりに分説することができる。
① 表示優先順位が決められた複数のウインドウをその表示優先順位に従っ
て重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手段と,
② メニュー表示の指示があった際に,上記各ウインドウの表示状態を保っ
たまま複数のメニューを表示すべく制御するメニュー表示制御手段と,
③ 上記複数のメニューの中でウインドウ整理表示のメニューを選択するメ
ニュー選択手段と,
④ 上記ウインドウ整理表示のメニュー選択により,上記各ウインドウをそ
の表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重ね合わさり,且つその個々
のウインドウを,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずら
して配置することで上記個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように
表示制御する整理表示制御手段と
⑤ を具備したことを特徴とするマルチウインドウ表示制御装置。
  (4) 被告の行為
 被告は,現在,別紙イ1号物件目録記載の物件を販売又は使用している。
また,被告は,平成12年9月以降,別紙イ2号物件目録記載の物件を販売した
(なお,現在ではその販売を終了した。)
 別紙イ1号物件目録及び別紙イ2号物件目録記載の各物件(以下「イ号物
件」という。)の構成は,いずれも別紙イ1号及びイ2号物件説明書記載のとおり
である。
(5) 構成要件①の充足性
 イ号物件においては,モニタ9の表示画面10上に複数のウインドウを表
示させることが可能であり,表示画面10上に複数のウインドウが重ね合わせて表
示された場合における各ウインドウ間の表示優先順位は,ウインドウ管理メモリ6
b内に記憶されている各ウインドウごとのウインドウ構造データ中の「兄弟ウイン
ドウへのポインタ」の内容により定まっている。
 そして,CPU3及びオペレーティング・システム5aは,各ウインドウご
とのウインドウ構造データ中の上記「兄弟ウインドウへのポインタ」の内容に従っ
て,表示優先順位を制御している。
 したがって,イ号物件は,本件発明の構成要件①を充足する。
2 争点
(1) イ号物件は,構成要件②ないし⑤を充足するか(争点1)
(2) 本件特許は,新規性欠如の明らかな無効理由が存在するか(争点2)
(3) 本件特許は,進歩性欠如の明らかな無効理由が存在するか(争点3)
(4) 損害額はいくらか(争点4)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(構成要件②ないし⑤の充足性)について
(原告の主張)
(1) 構成要件②の充足性
 構成要件②における「メニュー」とは,本件発明の明細書(以下「本件明
細書」という。甲2,3)の発明の詳細な説明(【0021】~【0022】)の
記載によれば,「指示リスト」又は「任意選択機能の一覧」の中の個別の指示項目
を意味するものと解される。
 これに対して,イ号物件においては,表示画面10上に複数のウインドウ
を表示させた状態において,表示画面上に,更に複数のメニュー(指示項目)より
なるショートカットメニューM1を表示することが可能であり,この複数のメニュ
ーの表示制御は,CPU3及びオペレーティング・システム5aにより制御されて
いる。
 したがって,イ号物件は,本件発明の構成要件②を充足する。
(2) 構成要件③の充足性
 イ号物件においては,ポインティングデバイス1の操作等により,前記(1)におい
て表示画面10上に表示された複数のメニュー(指示項目)を表示するショートカ
ットメニューM1中から,ウインドウの表示を表示優先順位に従って整理表示させ
るメニュー(指示項目)である「重ねて表示」メニューM2を選択することが可能
である。そして,これらの選択処理は,CPU3及びオペレーティング・システム
5aにより制御されている。
 したがって,イ号物件は,本件発明の構成要件③を充足する。
(3) 構成要件④の充足性
 イ号物件においては,前記(2)で「重ねて表示」メニューM2が選択された際に
は,表示画面10上に表示されていた複数のウインドウは,その表示優先順位に従
って,表示優先順位が下位のウインドウから上位のウインドウの順に上方向に重ね
合わさり,かつ表示画面上において,表示優先順位の下位のウインドウから順に上
位のウインドウへと,左上位置から右下方向に向かって順次一定間隔でずらして配
置され,これと共に各ウインドウのタイトルバーが識別可能に表示されるように制
御されている。そして,上記「重ねて表示」の処理は,CPU3及びオペレーティ
ング・システム5aにより制御されている。
 したがって,イ号物件は,本件発明の構成要件④を充足する。
(4) 構成要件⑤の充足性
 構成要件⑤における「マルチウインドウ表示制御装置」とは,構成要件①ないし
④の要件を具備している装置を意味する。
 これに対して,イ号物件は,構成要件①ないし④の要件を具備するパーソナルコ
ンピュータである。
 したがって,イ号物件は,本件発明の構成要件⑤を充足する。
(被告の反論)
(1) 構成要件②の非充足性
 構成要件②は「複数のメニュー」と記載されている。「複数」とは「二つ
以上の数」を意味し,「一つ」を含まない。また,「メニュー」とは,コンピュー
タシステムにおいて,「『選択可能な』指示リスト」又は「任意選択機能の一覧」
を意味する(乙14,15)。そうすると,構成要件②における「メニュー表示制
御手段」とは,「『選択可能な』指示リスト」又は「任意選択機能の一覧」を,少
なくとも二つ以上表示するものを指すと解される。
 これに対して,イ号物件は,メニュー表示の指示があった際,ただ一つの
メニューを表示するのみであり,「複数のメニュー」を表示する手段は有していな
い。また,イ号物件においては,マウスのいわゆる右クリックにより表示されるシ
ョートカットメニューはただ一つだけである。
 したがって,イ号物件は,構成要件②を充足しない。
(2) 構成要件③の非充足性
 前記(1)のとおり,コンピュータシステムにおける「メニュー」とは,
「『選択可能な』指示リスト」もしくは「任意選択機能の一覧」を意味する。
 これに対し,イ号物件は,「上記複数のメニュー」を有していない。ま
た,イ号物件は,ショートカットメニューを表示させ,複数のウインドウをカスケ
ード状に整理表示させるコマンドである「重ねて表示」コマンドを選択するように
なっているにすぎないのであるから,「ウインドウ整理表示のメニュー」を有して
いない。
 したがって,イ号物件は,構成要件③を充足しない。
(3) 構成要件④の非充足性
 前記(2)のとおり,イ号物件は,「上記ウインドウのメニュー選択」を有し
ていない。したがって,イ号物件は,構成要件④を充足しない。
(4) 構成要件⑤の非充足性
 イ号物件は,パーソナルコンピュータであって,「マルチウインドウ表示
制御装置」ではないから,構成要件⑤を充足しない。
2 争点2(新規性欠如の明らかな無効理由の存在)について
(被告の主張)
(1) 本件特許出願日前の公知文献
 以下に詳述するとおり,本件発明の構成は,FULLPAINTというアップルコンピュー
タ社製パーソナルコンピュータのマッキントッシュ(Macintosh)向けのグラフィッ
クアプリケーションプレリリースバージョン(version0.9)のマニュアル(乙1,
以下「FULLPAINTマニュアル」という。)にそのすべてが開示されている。そし
て,FULLPAINT(version0.9)は,遅くとも1986年1月16日に米国でその最
初のバージョンが販売された。FULLPAINTマニュアルは,FULLPAINT(version0.9)
のユーザ用操作マニュアルとして,FULLPAINT(version0.9)のパッケージに同梱
されて頒布されたのであって,本件特許出願日よりも前の公知文献である。
 したがって,本件発明は,新規性を欠き,無効事由の存在することが明白であ
る。
(2) FULLPAINTマニュアルの頒布開始日
 FULLPAINTマニュアルは,以下に述べるとおり,遅くとも本件特許出願日
(1986年2月15日)より前の同年1月16日に頒布が開始された。
 すなわち,米国のAnnArborSoftworks,Inc.(以下,「A2S社」とい
う。)は,1986年1月15日,FULLPAINTのプレリリースバージョン(version
0.9)を完成し,同月16日から18日まで米国サンフランシスコで開催された
MACWORLDEXPOSITION(以下「マックワールドエキスポ」という。)に出展した。マ
ックワールドエキスポでは,FULLPAINTのプレリリースバージョン(version0.9)
のフロッピーディスクとFULLPAINTマニュアルを同梱し,シュリンクラップしたパッ
ケージが商品として展示され,99ドルで販売された。なお,FULLPAINTマニュアル
は,A2S社のブースに閲覧可能な状態で展示されて,実際にFULLPAINTを購入する
か否かにかかわらず,ブースを訪れた者であれば誰でも読むことができた。
 以上のとおり,FULLPAINTマニュアルは,遅くともマックワールドエキスポ
初日の1986年1月16日から頒布が開始された。
ア FULLPAINTマニュアルの頒布開始日を裏付ける事実
 以下の(ア)ないし(サ)各事実に照らせば,FULLPAINTのプレリリースバー
ジョン(version0.9)が,1986年1月16ないし18日のマックワールドエキ
スポで販売開始されたこと,及びこのプレリリースバージョンのパッケージ中に
は,FULLPAINTマニュアル(乙1)が同梱されていたことが明らかである。すなわ
ち,
(ア) FULLPAINTマニュアルの記載
 FULLPAINTマニュアルの34頁の次に頁番号の付されていない頁があ
り,そこには以下の記載がある。
「 無料アップグレード及びユーザ登録
 ご購入いただいた製品は,FULLPAINTのプレリリースバージョンで
す。ご購入製品のAnnArborSoftworksへの登録,及び,プログラムとマニュアルの
無料アップデートをお受け取りいただくために,以下のはがきにご記入の上当社ま
でご送付下さい。」
 この記載は,購入者に対して,①このマニュアルとセットで販売され
た製品がFULLPAINTのプレリリースバージョンであることを知らせるとともに,②ア
ップデート版を受け取るためには,ユーザ登録葉書に記入の上返送するよう促す趣
旨のものである。
 この記載は,FULLPAINTマニュアルがFULLPAINTのプレリリースバージ
ョン(version0.9)と同梱されて頒布されたものであることを示すものである。
 したがって,これは,FULLPAINTマニュアルがFULLPAINTのプレリリー
スバージョン(version0.9)とともに,1986年1月16日から18日までマッ
クワールドエキスポで出品,販売されたことを裏付けるものである。
(イ) FULLPAINTのフロッピーディスクのラベル(乙2)
 FULLPAINTのフロッピーディスクのラベルには,“version1.0”,“
©1985AnnArborSoftworks”の文字が印刷されている。これは,A2S社が当
初設定したFULLPAINT(version1.0)の開発完了時期が1985年内であったこと
を示すものである。
 さらに,ラベル(乙2)には,“PRE-RELEASE”の文字が赤色のスタン
プで押印されている。これは,開発作業の遅れのために予定していた機能をすべて
は備えてはいないが,ほぼすべての機能を備えるものをプレリリースバージョンと
して出荷することにしたことを裏付けるものである。すなわち,プレリリースバー
ジョンとして出荷することを決定した時点では,既に“version1.0”,“©1985
AnnArborSoftworks”の文字を印刷したラベルが出来上がっていたため,そのラベ
ルの上に“PRE-RELEASE”の文字を赤色のスタンプで押印することで対応したのであ
る。
(ウ) プレリリースバージョンのソフトウェア情報(乙13)
 マッキントッシュでは,FileメニューのGetInfoコマンドを用いること
で,ソフトウェアのバージョン情報,ファイルの最終更新日等の情報を知ることが
できる。乙13は,FULLPAINTプレリリースバージョン(乙2)のソフトウェア情報
をGetInfoコマンドで表示させたものである。これによれば,①最終更新
日(Modified:)は,1986年1月15日(水)午前10時55分であったこと,
②バージョンは,“Pre-releaseVersion0.9”であったことが分かる。
 これは,FULLPAINT(version1.0)を,マックワールドエキスポへの
出展に間に合わせるため,プレリリースバージョン(すなわちバージョン0.9)とし
て出品・販売することとし,マックワールドエキスポ初日の前日の1986年1月
15日にプレリリースバージョンが完成したことを裏付けるものである。
(エ) MACWORLD1986年1月号の記事(乙6)
 マッキントッシュに関するパソコン雑誌のMACWORLD1986年1月号
には,“Announcingtheonlycomputershowdevotedtoentirelytothe
MacintoshTM
”と題する記事があり,1986年1月16日から18日までサンフラ
ンシスコにおいて開催予定のマックワールドエキスポが紹介されている。そし
て,“HerearesomeofthecompanieswhowillbeshowingMacintosh
products:”(マッキントッシュ製品展示予定企業は以下のとおりです)という箇所
にA2S社の社名が記載されている。
 これは,A2S社が1986年1月16日から18日のマックワール
ドエキスポにおいてFULLPAINTを展示,販売したことを裏付けるものである。
(オ) InfoWorld1986年1月27日版の記事(乙7)
 コンピュータ情報誌のInfoWorld1986年1月27日号の14頁
に“PublishingProductsShownatExpo”と題する記事があり,1986年1月1
6日から18日のマックワールドエキスポでリリースされた印刷用アプリケーショ
ンを紹介している。この記事の最後の部分にFULLPAINTに関する記載があり,新製品
として100ドルで販売されたことが記されている。
 これは,FULLPAINTが1986年1月16日から18日のマックワール
ドエキスポで,新製品として販売されたことを裏付けるものである。
(カ) FULLPAINTの商標登録証(乙11)
 米国特許商標庁による商標登録証(乙11)には,①A2S社
が“FULLPAINT”という商標を登録していること,②指定商品は“COMPUTER
PROGRAMSANDINSTRUCTIONMANUALSSOLDASAUNIT”(ユニットとして販売される
コンピュータプログラムと操作マニュアル)であること,③“FULLPAINT”商標の最
初の使用日は1986年1月15日であること,が記載されている。
 これは,その商標を使用したソフトウェア製品であるFULLPAINTが1986年1月
16日から開催されたマックワールドエキスポで展示,販売されたことを裏付ける
ものである。
(キ) FULLPAINTの著作権登録(乙12)
 米国著作権庁(UnitedStatesCopyrightOffice)の著作権登録(乙
12)には,①著作物はユーザマニュアルの全テキストで,その表題が“Fullpaint
:theprofessionalpaintprogramforthe512KMacintoshandbeyond.”である
こと,②この著作物,すなわちユーザマニュアルは1986年1月15日に発行さ
れたこと,が記されている。
 これは,FULLPAINTが1986年1月16日から18日のマックワール
ドエキスポで販売され,FULLPAINTマニュアルも一般に頒布されたことを裏付けるも
のである。なお,著作権登録された作品のタイトルは“Fullpaint:the
professionalpaintprogramforthe512KMacintoshandbeyond.”であるのに対
し,FULLPAINTマニュアルの表示は“FULLPAINT:Theprofessionalpaintprogram
forthe512KMacintosh”であり,両者のタイトルは異なっている。しかし,著作
権登録されたタイトルのうちの“andbeyond”の部分は,著作権登録出願日(19
88年11月14日,乙12)において,ユーザが利用可能であったマッキントッ
シュには,Macintosh512Kに加え,その後継機種のMacPlus,Macintosh
512Ke,MacSEがあったことから,これらの後継機種を包含する趣旨で表示されたも
のと思われる。米国における著作権登録出願の実務として,プログラム又はマニュ
アルが変更された場合にも,最初のバージョンではないものに基づいて登録される
ことは,珍しいことではない(乙18)。
(ク) FULLPAINTの商標登録出願関係書類(乙19)
 “FULLPAINT”の商標登録出願関係書類(乙19の4~5枚目)中に,米国特許商
標庁長官を名宛人として,FULLPAINTの開発・販売元であるA2S社の経理部長A名
義で作成された文書があり,その中で,Aは,虚偽の陳述は法律に基づく処罰等の
制裁があることを知った上で,「(FULLPAINT)商標は,1986年1月15日に最
初に商品に関して使用され,1986年1月15日に最初に各州間の通商で商品の
販売において使用され」たと述べている。
(ケ) MACWORLD1986年4月号の宣伝広告(乙20)
 MACWORLD1986年4月号(乙20の2~5枚目)には,アイコン・レビュ
ー(IconReview)社のソフトウェア等の宣伝広告が掲載されており,その中
に,FULLPAINTを69ドルで販売していることが記載されている。
 MACWORLD1986年4月号は,同年3月ころには販売されていたと考えられるか
ら,この広告から,FULLPAINTは,1986年3月ころ以前からアイコン・レビュー
社のような一般の販売業者によって販売されていたことが分かる。そし
て,FULLPAINTの紹介には大きなスペースが割かれていることからすれ
ば,FULLPAINTがこの時期,既に一定の知名度を獲得していたことが推察される。
 MACWORLD1986年4月号の広告(乙20)は,FULLPAINTが1986年1月1
6日から開催されたマックワールドエキスポで展示,販売されたこととよく整合す
る事実である。
(コ) MACUSER1986年6月号の製品レビュー記事(乙21)
 パソコン雑誌のMACUSER1986年6月号に掲載されたFULLPAINTに関する製品レ
ビュー記事には,FULLPAINTに対する評価やFULLPAINTの定価が99.95ドルであ
ること等が記載されている。MACUSER1986年6月号は1986年5月ころには
販売されていたと考えられるから,このレビュー記事から,FULLPAINTは,MACUSER
1986年6月号の出版日(1986年5月ころ)の以前から販売されており,マ
ッキントッシュ向けのソフトウェア製品として高い評価を得ていたことが分かる。
この記事の冒頭箇所に記されている5個のマウスの印は,FULLPAINTが5段階のうち
の最高レベルの評価を与えられたことを示すものである。
 MACUSER1986年6月号の記事(乙21)は,FULLPAINTが1986年1月16
日から開催されたマックワールドエキスポで展示,販売されたこととよく整合する
事実である。
(サ) セマフォア・コーポレイションのWEBサイト(乙22)
 セマフォア・コーポレイション(SemaphoreCorporation,米国カリフォルニア
州)のWEBサイトの“Welcometo(Semaphore)Signal!”と題する頁(乙22の1)
及び当該頁からリンクされている“SemaphoreSignal#26,March1986,
circulation45,013”の頁(乙22の2)には,1986年3月ころ,Bという名
の人物が,FULLPAINTのプレリリースバージョンを実際に使用していたことが記載さ
れており,このことから,FULLPAINTのプレリリースバージョンが実際に存在したこ
とが裏付けられる。
 これは,FULLPAINTが1986年1月16日から開催されたマックワールドエキス
ポで展示,販売されたこととよく整合する事実である。
イ FULLPAINTの外箱(甲6)の記載について
 FULLPAINTの外箱(甲6)には,“FULLPAINTisaregistered
trademarkofAnnArborSoftworks,Inc.”と印刷されているが,この記載は,以
下に述べるとおり,誤記であることが明らかである。
 第1に,①甲6の1葉目及び3葉目の“FULLPAINTTM
TheprofessionalPaint
Programforthe512KMacintoshTM
”との記載,②甲6の2葉目のタイトル部の“If
youowna512KMAC,youmustownFULLPAINTTM
”との記載から,同外箱を制作した
時点でA2S社が意識していたマッキントッシュの対象機種は,Macintosh512Kの
みだったことが明白である。
 そして,Macintosh512Kの販売期間は1984年9月10日から1986年4月
14日で,1986年1月16日のマックワールドエキスポ開催直前までは
Macintosh512Kが唯一の現役機種であり,その後継機種であるMacPlusが発売され
たのは,FULLPAINTが頒布開始されたのと同じマックワールドエキスポにおいてであ
った(乙17)。つまり,商標登録日の1987年10月27日の時点では,Mac
Plus,MacSEの2機種が現役機種として販売されていた。一方,Macintosh
512Kは,1986年4月14日に既に販売中止となっており,Macintosh512Keも1
987年9月1日をもって販売が終了していた。
 以上の各事実に照らせば,FULLPAINTの外箱(甲6)が制作されたの
は,Macintosh512Kのみが現役機種として販売されていた1984年9月10日か
ら1986年1月15日の間であったと考えられる。
 したがって,当該外箱が制作された時期は,遅くともMacPlusの発売された19
86年1月16日より前であり,“FULLPAINTisaregisteredtrademarkofAnn
ArborSoftworks,Inc.”の記載は誤記であると解される。
 第2に,“FULLPAINTisaregisteredtrademarkofAnnArbor
Softworks,Inc.”という記載は,2葉目の最下部に小さな文字で記載されている
文章の一部を抽出したものである。当該部分には,FULLPAINT商標は,他
の“MacPaint”,“Macintosh”という商標に関する一連の文章の中に含まれて記述
されているにすぎず,しかも,この文章は,他の部分に比べて一回りも二回りも小
さい文字で記載されており,担当者であっても注意を怠りがちな態様の表記となっ
ている。しかも,記載位置も,下箱部底面の左下隅部に,他の部分から離れて配置
されており,その他の部分と一体性がなく,なかなか注意の向けられにくい表記態
様となっている。このような表記態様にFULLPAINTリリース直前の混乱状況等をあわ
せて考慮すれば,外箱の制作担当者が“FULLPAINTisaregisteredtrademarkof
AnnArborSoftworks,Inc.”の誤記に気付かなかったことは,十分あり得ること
である。
 第3に,米国法(LanhamAct§29,15U.S.C§1111)においては,商標が登録
済であれば“®”マークを付すことが認められており,登録商標権者は“®”マーク
を付すことが慣例である。しかし,甲6の1~3葉目に表示されているFULLPAINT商
標はいずれも“FULLPAINTTM
”と表記されており,“FULLPAINT
®
”とは表記されてい
ない。“TM
”マークは当該標章が何人かの所有に係る商標であることを示すにとど
まり,当該商標が登録されていることを意味しない。したがって,“FULLPAINTTM

との表記は,FULLPAINT商標が未登録であり,“FULLPAINTisaregistered
trademarkofAnnArborSoftworks,Inc.”の記載が誤記であることを示すもので
ある。
 以上の各事実に照らせば,当該外箱が制作された時期は,遅くとも1986年1
月16日より前であり,当該外箱制作時にはFULLPAINT商標は実際には未登録
で,“FULLPAINTisaregisteredtrademarkofAnnArborSoftworks,Inc.”の
記載は誤記であったことが明白である。
 なお,FULLPAINTマニュアルの表紙にも,”FULLPAINTTM
TheprofessionalPaint
Programforthe512KMacintoshTM
”の記載があるが,以上に述べたところ
は,FULLPAINTマニュアルの頒布時期についてもそのまま妥当する。
(3) FULLPAINTマニュアル(乙1)の記載内容及び本件発明の構成との対比
ア 構成要件①について
(ア) FULLPAINTマニュアルの10頁には,以下の記載がある。
「・複数の文書を開く
 Windowsメニューには,ウインドウ表示用に別のオプションが用意さ
れています。最大4個の文書をデスクトップに同時に表示することができます。文
書を保存して閉じて,別の文書を開くという面倒な手順を辿ることなく,複数の文
書で作業することができます。」
 また,上記記載部分の下には,複数のウインドウが表示された画面が
図示されている。
 構成要件①における「表示優先順位」とは,構成要件④の「上記各ウ
インドウをその表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重ね合わさり」
との記載から,「複数のウインドウの重ね合わせの順序」を意味するものと解され
る。
 FULLPAINTマニュアルの12頁の図には4つのウインドウが重ね合わせて表示され
ている様子が示されているが,各ウインドウを重ね合わせて表示するためには,各
ウインドウごとに重ね合わせの順序(=表示優先順位)を定めて,その順序に応じ
て重ね合わせる必要があるから,当業者が当該図を見れば,「表示優先順位」につ
いての概念を明白に把握できる。また,後記のとおり,本件特許出願当時,マッキ
ントッシュにおいては,構成要件①における「表示優先順位」の概念は,慣用技術
であったといえる(MacintoshRevealedの109頁。乙4の120頁)
(イ) したがって,構成要件①,すなわち「表示優先順位が決められた複
数のウインドウをその表示優先順位に従って重ね合わせて表示すべく制御するウイ
ンドウ表示制御手段」は,FULLPAINTマニュアルの前記(ア)の部分に記載されている
といえる。
(ウ) これに対して,原告は,FULLPAINTマニュアルには,4つのドキュメ
ントの配列が,その背後にあるどのような構造の,どのような手順に基づく働きに
より生じたのかについての説明がないと主張する。しかし,構成要件①においても
「表示優先順位が決められた複数のウインドウをその表示優先順位に従って重ね合
わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手段」と記載されているのみで,そ
れ以上に具体的に各ウインドウの配列が,その背後にあるどのような構造の,どの
ような手順に基づく働きにより生じたのかについては記載されていない。前記のと
おり,構成要件①は,すべてFULLPAINTマニュアルに記載されており,構成要件①に
含まれない事項がFULLPAINTマニュアルに記載されているか否かを問題にすることは
無意味であるから,原告の上記主張は主張自体失当である。
イ 構成要件②について
(ア) FULLPAINTマニュアル12頁の図には,画面上部のメニューバー部分
に「Windows」というメニューがあることが示されている。また,FULLPAINTマニュ
アル21頁の図には,メニューバー上の「Font」,「FontSize」,「Style」とい
うメニューを選択し,各メニューから実行可能な複数のコマンドが表示されている
様子(プルダウン表示)が示されている。さらに,マッキントッシュにおいては,
メニューを表示する際は,ウインドウの表示状態が保たれたまま複数のコマンドか
らなるメニューが表示されることは,本件特許出願日の1986(昭和61)年2
月15日において既に技術常識であった(乙5)。
(イ) したがって,構成要件②,すなわち「メニュー表示の指示があった
際に,上記各ウインドウの表示状態を保ったまま複数のメニューを表示すべく制御
するメニュー表示制御手段」は,FULLPAINTマニュアルの上記部分に記載されている
といえる。
ウ 構成要件③について
(ア) FULLPAINTマニュアル10~11頁には,以下の記載がある。
「・文書の配置を変更する
 Windowsメニューには,画面上で複数のウインドウの配置を調整する複
数の方法が用意されています。メニューの最初の4つのコマンドは,現在開いてい
る文書のリストです。メニューから文書タイトルのどれか1つを選択すると,その
文書のウインドウがアクティブになります。現在アクティブでないウインドウをク
リックしてアクティブにしようとするときにウインドウが全部隠れていて見えない
場合に重宝する機能です。
 CleanUp(並べて表示)とStackUp(重ねて表示)コマンドは,複数
の文書ウインドウの配置方法を変えるときに使います。CleanUp(並べて表示)
は,開いているすべての文書を,サイズを小さくして同時に表示します。最後に開
かれた,または作業したウインドウがアクティブなウインドウになります。
 StackUp(重ねて表示)を選択すると,開かれているすべてのウイン
ドウが奥から手前に重ねて表示されます。アクティブなウインドウが一番手前に表
示され,他の開いている文書のタイトル・バーがその上部位置に見えるように表示
されます。ここでも,最後に開かれた,または作業したウインドウが一番手前のア
クティブなウインドウになります。」
 上記記載のStackUp(重ねて表示)コマンドは,「ウインドウ整理表
示メニュー」に相当する。
 そして,上記部分には,「StackUpコマンドの選択」(Choosing
StackUp)という操作が「開かれているすべてのウインドウが奥から手前に重ねて
表示されます。アクティブなウインドウが一番手前に表示され,他の開いている文
書のタイトル・バーがその上部位置に見えるように表示されます。」という構成要
件④に相当するウインドウの整理表示制御を「引き起こす」(causes)ことが明瞭
に記載されている。
(イ) したがって,構成要件③,すなわち「上記複数のメニューの中でウ
インドウ整理表示のメニューを選択するメニュー選択手段」は,FULLPAINTマニュア
ルの上記部分に記載されている。
エ 構成要件④について
(ア) FULLPAINTマニュアル12頁の図には,4つのウインドウが,その表
示優先順位が下位のものから順に上方向に重ね合わされ,且つその個々のウインド
ウが,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置さ
れ,個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように表示されている様子
が示されている。
 また,FULLPAINTマニュアル10~11頁には,上記の図に関する説明として,以
下のとおり,上記のウインドウ整理表示は,StackUpコマンドの実行結果として得
られることが記載されている。
「Stack Up(重ねて表示)を選択すると,開かれているすべてのウイン
ドウが奥から手前に重ねて表示されます。アクティブなウインドウが一番手前に表
示され,他の開いている文書のタイトル・バーがその上部位置に見えるように表示
されます。ここでも,最後に開かれた,または作業したウインドウが一番手前のア
クティブなウインドウになります。」
 したがって,構成要件④,すなわち「上記ウインドウ整理表示のメニ
ュー選択により,上記各ウインドウをその表示優先順位が下位のウインドウから順
に上方向に重ね合わさり,且つその個々のウインドウを,表示領域上の左上位置か
ら右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置することで上記個々のウインドウ
のタイトル表示領域が識別できるように表示制御する整理表示制御手段」
は,FULLPAINTマニュアルの上記部分に記載されているといえる。
(イ) なお,本件明細書の特許請求の範囲の構成要件④に係る部分には,
「上記各ウインドウをその表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重ね
合わさり」と記載されているにすぎず,「各ウインドウの関係の『表示優先順位を
保った状態で』重ね合わせて整理して表示」することは一切記載がなく,本件明細
書の【発明の効果】にその旨の記載があるにすぎない(本件明細書4頁右欄29~
31行)。
 したがって,「表示優先順位を保った状態で」との限定は,本件発明の構成要件
ではないから,本件発明が新規性を欠如するかどうかの問題に関しては,FULLPAINT
マニュアルに「各ウインドウの関係の表示優先順位を保った状態で重ね合わせて整
理して表示」する記載があるか否かは,無関係である。
オ 構成要件⑤について
 原告は,イ号物件のパーソナルコンピュータも「マルチウインドウ表示
制御装置」に該当すると主張する。そうすると,FULLPAINTもマッキントッシュとい
うパーソナルコンピュータ用のソフトウェアであるから,FULLPAINTをインストール
したマッキントッシュも「マルチウインドウ表示制御装置」に該当することにな
る。
 したがって,構成要件⑤,すなわち「を具備したことを特徴とするマル
チウインドウ表示制御装置」も,FULLPAINTマニュアルに記載されている。
(原告の反論)
(1) FULLPAINTマニュアルの頒布開始日
 FULLPAINTマニュアルは,本件特許出願日より前に頒布されたとは認められ
ないから,これにより本件発明が新規性を失うことはない。被告の主張する
FULLPAINTマニュアルの頒布開始日を裏付ける事実は,以下に述べるとお
り,FULLPAINTマニュアルが本件特許出願日より前に頒布されたことを推認させるも
のではない。
ア 乙1の34頁の次の頁について
 乙1の34頁の次頁には,乙1がFULLPAINTのプレリリースバージョンの
マニュアルである旨の記載があるが,それがいつ販売されたのか,どこで頒布され
たのかについては記載がない。したがって,乙1の34頁の次の頁の存在
は,FULLPAINTマニュアルが1986年1月16日から18日に開催されたサンフラ
ンシスコのマックワールドエキスポで頒布されたことを裏付けるものではない。
 また,FULLPAINT(version1.0)は,“specialeffectsfeatures”(特別効果
機能),具体的にはFreeRotate(回転),Skew(スキュー,ゆがみ),Distort
(ねじり),Perspective(透視)の4つの代表的な機能を有しているのに
対して,FULLPAINTプレリリースバージョン(version0.9)は,これらの
機能を欠いている。このような機能を欠いているにもかかわらず,操作マニュアル
中にプレリリースバージョンである旨を表示した1頁を加えただけで,上記機能を
欠いていることを一切明示せず,外箱(甲6)及び操作マニュアル(乙1)の説明
中に上記機能を備えている旨表示したまま同ソフトを販売することなど,まともな
ソフト事業者が行うとは考えられない。
 以上のとおり,このような内容の操作マニュアル(乙1)を,甲6の外箱に同梱
して販売することは,およそ考えられない。
イ 雑誌記事(乙6,7)について
 MACWORLDの1986年1月号(乙6)中には,マックワールドエキスポ
が1986年1月16日から18日にかけてサンフランシスコで開催されることが
掲載されているが,出展企業の1つとしてA2S社の名称が記載されているだけ
で,FULLPAINTについての記載はない。また,InfoWorldの1986年1月27日号
(乙7)中にも,同様にマックワールドエキスポに関係する記事が掲載されている
が,同誌中には「A2S社がフルスクリーン・ペインティングプログラムである
FULLPAINTを出展」と記載されているだけで,それ以上に商品内容の説明やバージョ
ンその他関連事項の記載はない。このことから,マックワールドエキスポでは,単
にFULLPAINTが新製品として販売されることが公表されたに止まり,その内容,機能
等の詳細は公表されなかったというのが実情ではなかったかと推測される。
ウ 米国特許商標庁の商標登録証(乙11)について
 乙11には,“FULLPAINT”が,1987年10月27日に米国特許商標
庁に商標登録され,しかも,FIRSTUSEは1986年1月15日であることが記載さ
れているが,このFIRSTUSEの日付が1986年1月15日であることの具体的根拠
は何ら示されておらず,出願人の申立内容がそのまま記録されているにすぎない。
 ところで,被告がFULLPAINTのプレリリースバージョンであると主張する
ソフトウェアの外箱(甲6)上には“FULLPAINTisaregisteredtrademarkof
AnnArborSoftworks,Inc.”(FULLPAINTはAnnArborSoftworks社の登録商標であ
る)と表示されているが,FULLPAINTが商標登録されたのは,上記のとおり1987
年10月27日とのことであるから,このことからすると,上記の外箱は,同日以
後に頒布された商品の外箱であると考えることが素直である。
 したがって,FULLPAINTのプレリリースバージョンなるものが1986年
1月16日に頒布されたことなどあり得ないことである。
 なお,上記外箱(甲6の2枚目の5,6行)には,“NowFULLPAINTis
here,anamazingfour-document,full-screenpaintingprogramforthe512k
Macandbeyond”と記載されている。このように,FULLPAINTについて“forthe
512kMacandbeyond”と記載されているから,上記外箱(甲6)は1986年1月
16日に頒布されたことなどあり得ず,それよりもずっと後になって作成されたこ
とが裏付けられるものと言うべきである。
エ 著作権登録(乙12)について
 乙12には,Publishedの項に1986年1月15日の日付が記載されて
いるが,これを具体的に裏付ける根拠は何ら示されておらず,登録時の申立内容が
そのまま表示されているというものにすぎない。また,登録されたとされる
FULLPAINTの操作マニュアルが,いずれのバージョンのものであるのかも不明であ
る。すなわち,乙12によれば,著作権登録された作品のタイトル
は“FULLPAINT:theprofessionalpaintprogramforthe512KMacintoshand
beyond”であるが,操作マニュアル(乙1の1枚目)の表示は“FULLPAINT:the
professionalpaintprogramforthe512KMacintosh”であり,両者のタイトル表
示は明らかに異なっている。
 よって,乙12からFULLPAINTマニュアルの頒布開始日を特定することは
できない。
オ ラベル,ソフトウェアー画面情報(乙2,13)について
 乙2は,フロッピーディスクのラベル面のコピーにすぎず,これから
FULLPAINTの頒布開始日が特定されるものではない。また,乙13の写真の画面に
は,FULLPAINTが1986年1月14日に作成され,同年1月15日に改変されたこ
とが表示されているが,このことからFULLPAINTの頒布開始日が特定されるものでは
ない。かえって,A2S社は,当時ミシガン州にあったから,1986年1月15
日に改変したソフトウェアから一夜にして多数の複製物を作成し,これらを
FULLPAINTの操作マニュアルと共に1個ずつ梱包(シュリンクラップの状態にする)
して販売可能な商品の形態にした上で,翌1月16日までに遠く離れたサンフラン
シスコに運んでマックワールドエキスポに展示することは物理的に極めて困難であ
る。
カ WEBサイト(乙22)について
 乙22が1986年3月ころに記載されたものであるかは疑わしい。乙
22の内容をみると,個人ユーザが自己のソフトウエアの使用状況を語ったものに
すぎず,特に重要な情報とはいい難い内容であるところ,このようないわば取るに
足らない類の情報が,1986年3月に書き込まれ,16年もの間インターネット
上に存続しているとは,にわかに信じ難い(書き込み内容は,いつでも改変,加除
が可能である)。
 仮に,乙22が,1986年当時書き込まれたものであったとしても,
その内容は,記入者が,その当時FULLPAINTのプレリリースバージョン(version
0.9)を使用していたことを記入していることが分かるのみであり,それ以上に,同
バージョンが1986年1月16日に販売開始されたことまで裏付けられるもので
はない。
(2) FULLPAINTマニュアル(乙1)の記載内容及び本件発明の構成との対比
 仮にFULLPAINTマニュアルが本件特許出願日より前に頒布された公知文献で
あるとしても,FULLPAINTマニュアルにより本件発明の新規性が否定されることはな
い。
ア 乙1と本件発明の技術的思想の相違
 本件発明の特徴は,マルチウインドウ表示制御装置(構成要件⑤)とし
ての構造が,ウインドウ表示制御手段(構成要件①),メニュー表示制御手段(構
成要件②),メニュー選択手段(構成要件③)及び整理表示制御手段(構成要件
④)の有機的な結合によって構成されているところにある。すなわち,本件発明
は,ハードウエアと協働して本件発明の各手段(構成要件①ないし④)を実現する
ソフトウエアを搭載したコンピュータのマルチウインドウ表示制御装置としての特
徴的構成を規定したものである。
 本件発明のマルチウインドウ表示制御は,ユーザ・インターフェイスの
提供と各種アプリケーションプログラムの管理にまたがる機能のものとして位置付
けられ,その管理範囲は複数のアプリケーションプログラムがそれぞれ開いた複数
のウインドウに及ぶものである。すなわち,構成要件①のウインドウ表示制御手段
が制御対象としている「表示優先順位が決められた複数のウインドウ」は,異なる
複数のアプリケーションプログラムの実行に伴って開かれた複数のウインドウであ
る。
 したがって,構成要件④の整理表示手段は,複数の異なるアプリケーシ
ョンプログラムの実行に伴うウインドウであっても,構成要件①の表示制御の対象
となっているものについては,当然に「各ウインドウをその表示優先順位が下位の
ウインドウから順に上方向に重ね合わさり」かつ「順次一定間隔でずらして配置す
る」表示制御を行なうものである。
 これに対して,FULLPAINTはグラフィック用のアプリケーションプログラ
ムである。FULLPAINTマニュアルの10頁から12頁には,スクリーン図が掲載され
ているが,同図中に表わされた複数のドキュメントウインドウは,FULLPAINT自体が
開いたものと位置付けられる。すなわち,FULLPAINTマニュアルは,単一のアプリケ
ーションプログラムであるFULLPAINTにより開かれる複数のドキュメントウインドウ
のみを制御の前提としているものであり,この点において本件発明とは対象が異な
る。
イ 構成要件①について
 FULLPAINTマニュアルの10頁上段には,「4つまでのドキュメントをデ
スクトップ上に同時に開くことができる」旨,及び4つのドキュメントをずらして
配置した様子を示すスクリーンの図が記載されているが,これは,コンピュータの
表示画面上の表示内容を説明しているにすぎず,4つのドキュメントの配列が,そ
の背後にあるどのような構造の,どのような手順に基づく働きにより生じたのかに
ついての説明は全く記載されていない。
 したがって,FULLPAINTマニュアルは,構成要件①における,「表示優先
順位が決められた複数のウインドウをその表示優先順位に従って重ね合わせて表示
すべく制御するウインドウ表示制御手段」を開示していない。
ウ 構成要件②について
 FULLPAINTマニュアルの21頁のメニューの図は,Font,FontSize及び
Styleのメニューの図であるから,これらのメニューは本件発明の構成要件②とは全
く関係がないものである。また,FULLPAINTマニュアルの12頁の図上には,メニュ
ーなど表示されていない。
 したがって,FULLPAINTマニュアルは,構成要件②における,「メニュー
表示の指示があった際に,上記各ウインドウの表示状態を保ったまま複数のメニュ
ーを表示すべく制御するメニュー表示制御手段」(構成要件②)を開示していな
い。
エ 構成要件③について
 FULLPAINTマニュアルは,10~11頁のStackUpコマンドが,構成要件
④に記載されている整理表示制御手段に相当する「手段」の動作を開始させるもの
であることを示唆する記載は全くない。
オ 構成要件④について
 FULLPAINTマニュアルの11頁には,CleanUpコマンドとStackUpコマン
ドの説明がなされており,11頁に掲載されたスクリーンの図はCleanUpコマンド
によって生じた4つのドキュメントの配列を示しているものと思われ,12頁上部
に掲載されたスクリーンの図はStackUpコマンドによって生じた4つのドキュメン
トの配列を示しているものと思われるが,プログラムのどのような働き(処理と手
順)によって,これらのスクリーンの図が現われるのかの説明はない。
 構成要件④の特徴は,表示優先順位が決められたウインドウを整理表示
の対象とすることであり,複数のウインドウについて,その表示優先順位が下位の
ものから順に,一定方向に順次一定間隔ずらして配置するように表示制御する点に
ある。これにより,複数のウインドウが混在した状態で表示されていたとしても,
「各ウインドウの表示優先順位を保った状態で」重ね合わせて整理して表示させる
ことが可能になる。すなわち,構成要件④における複数のウインドウの整理表示制
御は,「各ウインドウの表示優先順位を保った状態で」重ね合わせて整理して表示
すべく制御することを内容としている。
 したがって,FULLPAINTマニュアルは,構成要件④における,「上記ウイ
ンドウ整理表示のメニュー選択により,上記各ウインドウをその表示優先順位が下
位のウインドウから順に上方向に重ね合わさり,且つその個々のウインドウを,表
示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置することで
上記個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように表示制御する整理表
示制御手段」を開示していない。
カ 構成要件⑤について
 前記のとおり,FULLPAINTマニュアルには,構成要件①ないし④は何ら開
示されていないから,このような各構成要件の有機的結合を導き出すことも全く不
可能である。
 したがって,FULLPAINTマニュアルは,構成要件⑤を開示していない。
3 争点3(進歩性欠如の明らかな無効理由の存在等)について
(被告の主張)
(1) MacintoshRevealed(乙3)の頒布時期
 “MacintoshTM
RevealedVolumeTwoProgrammingwiththeToolbox”
(以下「MacintoshRevealed」という。乙3)は,1985年に米国で第1刷が出
版され,これにより公知になった。
(2) 本件発明の進歩性の有無について
 本件発明は,以下のとおり,「FULLPAINTマニュアル」,「Macintosh
Revealed(乙3)」及び慣用手段によって,出願時において,当業者が容易に発明
することができたものである。
ア 構成要件①について
 MacintoshRevealed(乙3)によれば,構成要件①,すなわち「表示優
先順位が決められた複数のウインドウをその表示優先順位に従って重ね合わせて表
示すべく制御するウインドウ表示制御手段」の複数のウインドウを重ね合わせて表
示する機能は,いわゆるマルチウインドウ機能として,マッキントッシュにおい
て,本件特許出願日より前から標準的に利用されていた機能であったことは明らか
である。
 また,MacintoshRevealedの109頁(MacintoshRevealedの翻訳書で
ある「マッキントッシュの道具箱」(乙4)の120頁)には,すべてのウインド
ウは「ウインドウ・リスト」というデータによって管理され,か
つ,“nextwindow”というデータを用いて「画面に表示された手前から後ろへとい
う順序」で各ウインドウのリンクが管理されることが説明されているが,こ
の“nextwindow”の「画面に表示された手前から後ろへという順序」の管理は,ウ
インドウの「表示優先順位」の管理に他ならない。したがって,本件特許出願当
時,マッキントッシュにおいては,構成要件①における「表示優先順位」の概念
は,慣用技術であったといえる。
 以上から,構成要件①の実現手段は,本件特許出願当時において,慣用技術であ
ったといえる。
イ 構成要件②及び③について
 構成要件②,すなわち「メニュー表示の指示があった際に,上記各ウイ
ンドウの表示状態を保ったまま複数のメニューを表示すべく制御するメニュー表示
制御手段」によるウインドウの表示状態を保ったままメニューを表示する機能,及
び,構成要件③,すなわち「上記複数のメニューの中でウインドウ整理表示のメニ
ューを選択するメニュー選択手段」によるメニューの中からコマンドを選択する手
段は,マッキントッシュにおいて,本件特許出願日より前から標準的に利用されて
いた機能であった(乙3の“Chapter4What’sontheMenu?”137~200
頁。乙4の「第4章メニューの中身は?」152~219頁)。
 以上から,構成要件②,③の実現手段は,本件特許出願当時において,
慣用技術であったといえる。
ウ 構成要件④について
(ア) 構成要件④,すなわち「上記ウインドウ整理表示のメニュー選択に
より,上記各ウインドウをその表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に
重ね合わさり,且つその個々のウインドウを,表示領域上の左上位置から右下方向
にそって順次一定間隔でずらして配置することで上記個々のウインドウのタイトル
表示領域が識別できるように表示制御する整理表示制御手段」によるウインドウを
カスケード状に整理して表示する手段は,MacintoshRevealedの“Nutsand
Bolts”(105~107頁,乙4の116~118頁)に直接的に解説されてお
り,解説に加えてプログラムコードの例(乙3のProgram3-11Offsetnewwindow
,106~107頁。乙4の117~118頁)も示されている。
 さらに,“Figure3-11Offsettingwindows”(105頁)には,複数のウイン
ドウが,表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重ね合わさり,かつ,
その個々のウインドウが,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間
隔でずらして配置され,個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように
なっている状態が図示されている。
 上記解説は,新規にウインドウを開く場合についてのものであるが,既に開かれ
ている複数のウインドウをカスケード状に整理表示する場合も同様の手段を用いる
ことができるから,構成要件④の整理表示手段と実質的に同一の機能を実現する手
段といえる。
 以上から,構成要件④の実現手段は,本件特許出願当時において,慣用技術であ
ったといえる。
(イ) 仮に,乙3及び乙4の該当頁に,構成要件④のすべてが記載されて
いないと解したとしても,当業者であれば,MacintoshRevealedに基づけば,複数
のウインドウが表示されている場合に,ユーザによるコマンドの選択により,各ウ
インドウのタイトル表示領域が識別できるよう各ウインドウを斜めにずらして自動
的に整理表示することを容易に想到できたことは明白である。
 さらに,FULLPAINTマニュアルの10頁,12頁の図にはウインドウの
カスケード状の整理表示状態が明瞭に記されているから,これらの図とMacintosh
Revealedに基づけば,複数のウインドウが表示されている場合に,ユーザによるコ
マンドの選択により,各ウインドウのタイトル表示領域が識別できるよう各ウイン
ドウを斜めにずらして自動的に整理表示することをより一層容易に想到できたこと
も明白である。
 また,既に開かれているウインドウを対象とするのと新規にウインドウを開く場
合とで,両者の課題(=ウインドウが他のウインドウの背後に隠れて見えなくなる
等)は共通し,解決手段も同一(=タイトル・バーが視認できるよう各ウインドウ
をずらして表示する)であり,かつ,実現手段も容易であり,その組合せを困難な
らしめる事情は何ら存在しない。
(3) イ号物件は,いわゆる自由技術を利用したものである。
 被告が実施している技術と等価な技術(FULLPAINT)が本件特許出願当時に
既に実施されていた場合には,原告の有する特許権に基づく権利行使は,いわゆる
自由技術に対する権利行使であり,特許法の法目的に鑑み,許容されるものではな
い。
 本件においては,前記のとおり,イ号物件の技術は,FULLPAINTをインスト
ールしたマッキントッシュにおいて実施されていた技術と等価なものであるから,
そのような技術に対しては特許権の効力は及ばない。
(原告の反論)
(1) MacintoshRevealed(乙3)の頒布時期
 MacintoshRevealed(乙3)の3枚目下部の表示から明らかなとお
り,MacintoshRevealedの刊行時期は,1993年であるから,本件発明の公知文
献たり得ない。
(2) 本件発明の進歩性の有無について
 仮に,FULLPAINTマニュアル及びMacintoshRevealedが本件特許出願日より
前に頒布された公知文献であるとしても,以下のとおり,これらによって本件発明
の進歩性が否定されることはない。
ア 構成要件①について
(ア) MacintoshRevealedの72頁の図は,2つのウインドウのうち,前
にあるウインドウをクローズして,後ろにあるウインドウをアクティブにする操作
の手順を示しているにすぎず,また,97頁の図はアップデート前とアップデート
後の様子を2つのウインドウを示すものにすぎず,さらに,105頁の図は新たに
作成したウインドウについて,位置をずらして表示するときの手順を示すというも
のにすぎない。
 したがって,これらは構成要件①の「表示優先順位が決められた複数
のウインドウをその表示優先順位に従って重ね合わせて表示すべく制御するウイン
ドウ表示制御手段」の実現手段を何ら開示していない。
(イ) また,MacintoshRevealedの68頁には,ウインドウがアクティブ
になると,そのタイトルバーが明るくなる(または強調される)ことが記載されて
いるだけである。93頁ないし97頁は,一部が重なり合っている2つのウインド
ウのうちの後ろのウインドウをアクティブにして前に重ねた表示状態とする場合
に,前に現れるウインドウ内(オーバラップしている領域)の表示の書き直しを行
なう際の手順を示しているにすぎない。120頁ないし121頁の「3.3.3
Front-to-BackOrdering」は,いくつかのプログラム(ルーチン)についての解説
を行なっているにすぎない。
(ウ) したがって,MacintoshRevealedは構成要件①の実現手段を開示し
ていないし,構成要件①そのものを開示しているとはいえない。
イ 構成要件②及び③について
 MacintoshRevealedの137頁ないし200頁は,主にプルダウン・メ
ニューの表示,機能,作り方,使い方等を解説しているにすぎない。
 したがって,MacintoshRevealedは,構成要件②,③の実現手段を開示
しておらず,また,構成要件②,同③それ自体についても開示していない。
ウ 構成要件④について
 MacintoshRevealedの105頁ないし107頁のNutsandBoltsの項
は,新しくウインドウを生成する場合に,GetNewWindowプログラムを使って新しい
ウインドウを作成し(このときウインドウは画面上に表示させないようにする),
その後すみやかに,OffsetWindowプログラムで,作成したウインドウの位置を移動
し,最後に同プログラムでウインドウを見えるようにするというものである。これ
は,一つのウインドウを新たに生成させる場合に関するものであって,表示領域上
に既に表示されている複数のウインドウを対象とするものではない。
 したがって,NutsandBoltsの項に記載された技術は,混在した状態で
表示されている複数のウインドウを重ね合わせて整理して表示する技術とは全く異
なり,これとは結びつかないものであり,しかもこれに加えて,表示優先順位の観
点の開示も示唆もない。
 したがって,構成要件④の実現手段はMacintoshRevealedに全く開示も
示唆もされていないし,構成要件④そのものについても何ら開示されていない。
エ まとめ
 以上のとおり,MacintoshRevealedは構成要件①ないし④と関係のない
個々の技術を解説しているに止まるものであり,また,これらの個別の技術により
本件発明の技術思想を実現できるものではない。
 したがって,FULLPAINTマニュアル,MacintoshRevealed及び慣用技術に
よって本件発明の進歩性が否定されることはない。
(3) イ号物件は,いわゆる自由技術を利用したものであるとの主張について
 出願前の公知技術に基づいたイ号物件に本件特許権の効力は及ばないとの
被告の主張は以下のとおり失当である。
 すなわち,前記のとおり,FULLPAINTをインストールしたマッキントッシュ
が,本件特許出願当時既に存在していたということは何ら裏付けられておらず,被
告の主張は,この点において理由がない。
 4 争点4(損害額)について
(原告の主張)
(1) 被告は,平成12年9月以降現在までの間に,イ号物件を少なくとも合計
38万台製造,販売し,その販売金額の合計は金520億円に達している。
 そして,原告が,被告の上記行為により被った損害額を実施料相当額に基
づき算出すると,その実施料率はイ号物件1台当たりの販売金額の5パーセントが
相当であるから,上記販売金額に上記実施料率を乗ずると,原告が被告の本件特許
権の侵害行為により被った損害額は金26億円と算定される。
(2) 原告は,被告の本件特許権侵害行為に対する訴訟を原告訴訟代理人に委任
したが,その費用としては,上記金額の1割の金5000万円が相当である。
(3) よって,原告は,被告に対して,上記(1)のうちの5億円(一部請求)
と(2)の合計である金5億5000万円及び不法行為の後である平成13年8月31
日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の認否)
 原告の主張のうち,被告が平成12年9月以降現在までの間に,イ号物件を
少なくとも合計38万台販売し,その販売金額の合計は金520億円に達している
こと,原告が本件訴訟を原告代理人に委任したことは認め,その余は否認し,争
う。
第4 当裁判所の判断
1 争点3(進歩性欠如の無効理由の存在)について
 まず,争点3について判断する。
(1) FULLPAINTマニュアルの頒布開始時期
 当裁判所は,FULLPAINT(version0.9)が,遅くとも1986年1月18
日に米国で販売されたこと,FULLPAINTマニュアルが,FULLPAINT(version0.9)の
操作マニュアルとして,パッケージに同梱されて頒布されたことを認定した。その
理由は,以下のとおりである。
ア 証拠(乙1,2,6,7,11ないし13,19,20,22の1~
2,37,検乙6,7,証人C)と弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認めら
れ,これを覆すに足りる証拠はない。
(ア) 米国の雑誌“MACWORLD”の1986年(昭和61年)1月号には,
同年1月16日から同月18日までサンフランシスコでマックワールドエキスポが
開催される旨の記事が掲載されており,その記事の中で,マッキントッシュ製品の
展示予定企業として,A2S社の社名が記載されている。
(イ) 1986年1月16日から同月18日までサンフランシスコでマッ
クワールドエキスポが開催された。マックワールドエキスポは,マッキントッシュ
製品を製造,販売する多くの企業が自社の製品を出展し,宣伝,広告する大規模な
催しである。
(ウ) 米国の新聞“InfoWorld”の1986年1月27日号には,サンフラ
ンシスコで開催されたマックワールドエキスポで展示されたパブリッシング製品に
関する記事が掲載されており,その中に,「また,ミシガンのA2S社の新製品
FULLPAINTもある。100ドルのフルスクリーンのペインティング・プログラムであ
る。」との記載がある。
(エ) A2S社は,1987年3月16日,米国特許商標庁に対し,商品
「ユニットとして販売されるコンピュータ・プログラムと取扱マニュアル」につい
て商標“FULLPAINT”の登録出願をし,同年10月27日,その旨の商標登録がされ
た。その商標登録証には,商標“FULLPAINT”の最初の使用日及び最初の商業的使用
日がいずれも1986年1月15日であると記載されている。また,上記商標登録
出願の添付書類には,商標“FULLPAINT”は1986年1月15日に最初に商品に使
用され,かつ,最初に各州間の通商で商品の販売において使用された旨の記載があ
る。
(オ) FULLPAINTマニュアルは,1988年(昭和63年)11月4日付け
で米国著作権庁に著作権登録された(登録番号TX-2-453-128)。その登録事項であ
るタイトルは「Fullpaint:マッキントッシュ512K及び以降の機種用プロフェッショ
ナル・ペイント・プログラム」,作成日は1986年,発行日は1986年1月1
5日,著者は,ユーザーマニュアルの全テキストについてA2S社,とされてい
る。
(カ) FULLPAINTマニュアルの34頁の次の頁には,「無償アップデートと
ユーザ登録」と題する頁があり,そこには,「お客様にお買い上げいただいたの
は,FULLPAINTのプレリリースバージョンです。AnnArborSoftworksにユーザ登録
し,プログラムとマニュアルの無償アップデートを受け取るには,下のカードに記
入して,弊社にお送りいただくだけで結構です。」との記載がある。
(キ) FULLPAINT(version1.0)のプレリリースバージョン(version0.9)
の収録されたフロッピーディスクのラベルには,“FULLPAINTTM
 Version1.0©1985
AnnArborSoftworks”と印刷されているが,そのラベルには“PRE-RELEASE”の赤
字スタンプが押されている。また,上記フロッピーディスクのソフトウエア情報で
は,最終更新日が1986年1月15日午前10時55分となっている。
(ク) 米国カリフォルニア州所在のセマフォア・コーポレイショ
ン(SemaphoreCorporation)のWEBサイトの“Welcometo(Semaphore)Signal!”
と題するサイトからリンクされている掲示板“SemaphoreSignal#26,March1986,
circulation45,013”には,1986年3月ころ,Bという人物による
FULLPAINT(version1.0)のプレリリースバージョン(version0.9)を使用している
旨の書込みがある。
(ケ) 米国の雑誌“MACWORLD”の1986年4月号にはアイコン・レビュ
ー(IconReview)社のソフトウェア等の広告が掲載されており,その中に,A2S
社製のFULLPAINTを69ドルで販売する旨の記載がある。
イ 以上の認定事実を総合すれば,A2S社は,1986年1月16日から
同月18日までサンフランシスコで開催されたマックワールドエキスポにおいて,
マッキントッシュ用のペインティング・プログラムであるFULLPAINT(version1.0)
のプレリリースバージョン(version0.9)を展示,販売したこと,その
際,FULLPAINTマニュアルがFULLPAINT(version0.9)を収録したフロッピーディス
クと同梱されて販売されたこと,以上の事実を認めることができる。したがっ
て,FULLPAINTマニュアルが最初に頒布されたのは,1986年1月16日,遅くと
も同月18日であると認められる。
ウ これに対して,原告は,以下のとおり主張するので,原告の主張につい
て検討する。
(ア) 原告は,商標“FULLPAINT”の商標登録(乙11)について,乙11
にFIRSTUSEが1986年1月15日であると記載されているが,その具体的根拠は
何ら示されておらず,出願時の申立内容がそのまま記録されているにすぎないの
で,商標登録の記載どおりであると認定することはできない旨主張する。
 確かに,乙19によれば,商標登録(乙11)のFIRSTUSEが1986
年1月15日とされたのは,商標登録の出願書類(乙19)にその旨記載されたこ
とに基づくものと推認される。
しかし,上記出願書類の内容には特段不合理,不自然な点は認められ
ず,しかも,前記ア(ケ)認定の事実によれば,FULLPAINT(version1.0)が1986
年3月ころに販売されていたことは確実であるが,A2S社があえて商
標“FULLPAINT”の最初の使用日を約2か月遡らせ,同年1月15日として商標出願
をしなけらばならない動機は全く窺えない点に鑑みると,商標登録記載どおりの日
に使用されたと認定するのが合理的である。
 したがって,原告の主張は採用できない。
(イ) 原告は,FULLPAINT(version1.0)のプレリリースバージョ
ン(version0.9)の外箱(甲6)について,①上記外箱上には“FULLPAINTisa
registeredtrademarkofAnnArborSoftworks,Inc.”(FULLPAINTはAnnArbor
Softworks社の登録商標である)と表示されているが,FULLPAINTが商標登録された
のは,1987年10月27日であるから,上記の外箱は,同日以後に頒布された
商品の外箱であると考えることが素直である,②上記外箱(甲6の2枚目の5,6
行)には,“NowFULLPAINTishere,anamazingfour-document,full-screen
paintingprogramforthe512kMacandbeyond”というように,FULLPAINTについ
て“forthe512kMacandbeyond”と記載されているから,上記外箱(甲6)は1
986年1月16日に頒布されたことなどあり得ず,それよりも後になって作成さ
れたものであると解するのが合理的である旨主張する。
 確かに,FULLPAINTのプレリリースバージョンの外箱(甲6,検乙6)
には,“FULLPAINTisaregisteredtrademarkofAnnArborSoftworks,
Inc.”(FULLPAINTはAnnArborSoftworks社の登録商標である),“NowFULLPAINT
ishere,anamazingfour-document,full-screenpaintingprogramforthe
512kMacandbeyond”と記載されている。また,FULLPAINTが使用できるマッキン
トッシュ各機種の販売期間を見ると,1986年1月16日当時に販売されていた
のは,Macintosh512K(同年4月14日販売終了)とMacPlus(ただし,同機種
は,同年1月16日,マックワールドエキスポで販売開始し,1990年10月1
5日販売終了)であり,その後,Macintosh512Keが同年4月14日から1987年
9月1日まで販売され,MacintoshSEが1987年3月2日から1989年8月1
日まで販売された(乙17の2~5)。
 しかし,FULLPAINTのプレリリースバージョンの外箱(甲6,検乙6)
の上箱の上面及び側面には,比較的大きな文字で目立つ態様で,“FULLPAINTTM
TheprofessionalPaintProgramforthe512KMacintoshTM
”と記載され,外箱の
下箱の下面に比較的大きな文字で目立つ態様で,“Ifyouowna512KMAC,you
mustownFULLPAINTTM
”と記載されている。このように,上記外箱に目立つ態様で
FULLPAINTのプレリリースバージョンがMacintosh512Kのみを対象とすることが明記
されていることからすれば,A2S社がFULLPAINTのプレリリースバージョンを販売
することを決定した時点で想定した対象機種は,Macintosh512Kであったと考える
のが自然である。そうすると,上記のマッキントッシュの販売期間に照らせば,上
記外箱は,1986年1月16日よりも前に製造されたものといえるから,上記外
箱の“FULLPAINTisaregisteredtrademarkofAnnArborSoftworks,
Inc.”(FULLPAINTはAnnArborSoftworks社の登録商標である)との記載は,明白
な誤記であると認められる。
したがって,原告の①,②の主張は採用できない。
(ウ) 原告は,FULLPAINTマニュアルの著作権登録(乙12)について,①
Publishedの日付が1986年1月15日と記載されているが,これを具体的に裏付
ける根拠は何ら示されておらず,登録時の申立内容がそのまま表示されているとい
うものにすぎない,②著作権登録された作品のタイトルは“Fullpaint:the
professionalpaintprogramforthe512KMacintoshandbeyond”である
が,FULLPAINTマニュアルの表示は“FULLPAINT:theprofessionalpaintprogram
forthe512KMacintosh”であり,両者のタイトル表示は明らかに異なっているか
ら,著作権登録されたFULLPAINTの操作マニュアルが,いずれのバージョンのもので
あるのかも不明である,と主張する。
 確かに,著作権登録された作品のタイトルは“Fullpaint:the
professionalpaintprogramforthe512KMacintoshandbeyond”であるのに対
し,FULLPAINTマニュアルの表示は“FULLPAINTTM
:theProfessionalpaintprogram
forthe512KMacintoshTM
”であり,両者のタイトル表示は異なっている(検乙6,
乙12) 
 しかし,前記のとおり,FULLPAINT(version1.0)が1986年3月こ
ろに販売されていたことは明らかであるが,A2S社があえてFULLPAINTマニュアル
の発行日を約2か月遡らせ,同年1月15日として著作権登録申請をしなけらばな
らない動機は全く窺えない。また,乙18(米国弁護士の意見書)には,米国の著
作権登録の実務上,プログラム又はマニュアルがアップデートされた場合におい
て,1つのバージョンのみを著作権登録するとき,最初のバージョンではないバー
ジョンに基づいて登録することは珍しいことではなく,上記のとおり,FULLPAINTマ
ニュアルについてタイトルが異なるのも,その一例であるとしており,本件全証拠
によるも,同見解を否定するまでの事情は窺われない。
 以上によれば,原告の上記主張は採用できない。
(エ) 原告は,FULLPAINT(version1.0)のプレリリースバージョ
ン(version0.9)は,バージョン1.0で予定されていた機能のうちの4つ
の“specialeffectsfeatures”(特別効果機能)を欠いているが,これらの4つ
の代表的機能を欠いているにもかかわらず,操作マニュアル中にプレリリースバー
ジョンである旨を表示した1頁を加えただけで,上記機能を欠いていることを一切
明示せず,外箱(甲6)及び操作マニュアル(乙1)の説明中に上記機能を備えて
いる旨表示したまま同ソフトを販売することは,まともなソフト事業者が行うとは
考えられないことに鑑みれば,このような内容の操作マニュアル(乙1)が甲6の
外箱に同梱された事実はなかったと推測すべきである旨主張する。
 しかし,FULLPAINT(version1.0)のプレリリースバージョ
ン(version0.9)の購入者は,A2S社からFULLPAINT(version1.0)のプログラム
及びマニュアルについて無償アップデートを受けられること(乙1),マックワー
ルドエキスポのブースにおいて,A2S社の担当者が来場者に対して,プレリリー
スバージョンは上記4つの代表的機能を欠いている旨を口頭で説明していたこと
(証人Cの証言)等の事実に照らすならば,FULLPAINTマニュアルや外箱に上記4つ
の代表的機能を欠いている旨の記載がないという一事をもって,FULLPAINTマニュア
ルがマックワールドエキスポにおける頒布がされなかったと推測すべきであるとす
ることはできない。
 したがって,原告の主張は採用できない。
(オ) その他,原告は乙号証の信用性ないし証明力について縷々主張する
が,前記(1)ア認定の事実に照らし,FULLPAINTマニュアルの頒布開始日が1986
年1月16日,遅くとも同月18日であるとの前記認定を左右するに足りるものは
ない。
エ 以上のとおりであるから,FULLPAINTマニュアルは,本件特許出願前に頒
布された公知文献である。
(2) MacintoshRevealedの頒布開始時期
 証拠(乙31,32)と弁論の全趣旨によれば,MacintoshRevealedは1
985年に出版されたことが認められ,これに反する証拠はない。
 したがって,MacintoshRevealedは,本件特許出願前に頒布された公知文
献である。
(3) FULLPAINTマニュアルの記載内容
 FULLPAINTマニュアルには,以下の記載がある(乙1)。
ア 10頁
「・複数の文書を開く
 Windowsメニューには,ウインドウ表示用に別のオプションが用意されて
います。最大4個の文書をデスクトップに同時に表示することができます。文書を
保存して閉じて,別の文書を開くという面倒な手順を辿ることなく,複数の文書で
作業することができます。」
 上記記載部分の下に,4つのウインドウが,下から順に上方向に重ね合
わされ,かつ,その4つのウインドウが,表示領域の左上位置から右下方向に向け
て順次一定間隔でずらして配置され,個々のウインドウのタイトル・バーが識別で
きるように表示されている状態の画面が図示されている。この図の画面上部のメニ
ューバー部分には,「Windows」,「Font」,「FontSize」,「Style」というメニ
ューがある。
「・文書の配置を変更する
 Windowsメニューには,画面上で複数のウインドウの配置を調整する複数
の方法が用意されています。メニューの最初の4つのコマンドは,現在開いている
文書のリストです。メニューから文書タイトルのどれか1つを選択すると,その文
書のウインドウがアクティブになります。現在アクティブでないウインドウをクリ
ックしてアクティブにしようとするときにウインドウが全部隠れていて見えない場
合に重宝する機能です。」
イ 11頁
「CleanUp(並べて表示)とStackUp(重ねて表示)コマンドは,複数の
文書ウインドウの配置方法を変えるときに使います。CleanUp(並べて表示)は,
開いているすべての文書を,サイズを小さくして同時に表示します。最後に開かれ
た,または作業したウインドウがアクティブなウインドウになります。
 StackUp(重ねて表示)を選択すると,開かれているすべてのウインド
ウが奥から手前に重ねて表示されます。アクティブなウインドウが一番手前に表示
され,他の開いている文書のタイトル・バーがその上部位置に見えるように表示さ
れます。ここでも,最後に開かれた,または作業したウインドウが一番手前のアク
ティブなウインドウになります。」
ウ 12頁
 10頁の図と同一の画面が図示されている。
エ 21頁
 メニューバー上の「Font」,「FontSize」,「Style」というメニューを
選択し,各メニューから実行可能な複数のコマンドが表示されている様子(プルダ
ウン表示)が図示されている。
(4) 本件発明とFULLPAINTマニュアルの記載内容との一致点及び相違点
ア 事実認定
(ア) FULLPAINTマニュアルには,「最大4個の文書をデスクトップに同時
に表示することができ」,「文書を保存して閉じて,別の文書を開くという面倒な
手順を辿ることなく,複数の文書で作業することができ」ることが記載されてい
る。FULLPAINTは,マッキントッシュのOS上で動くソフトウエアであり,文書を作
成し,これを開いてペインティングをするためのペイント・プログラムであ
る。FULLPAINTマニュアルには,FULLPAINTを起動した状態での操作方法が説明され
ているのであるから,上記記載は,FULLPAINTを起動したマッキントッシュにおい
て,複数の文書の表示制御ができることを意味するものと理解できる。ま
た,FULLPAINTマニュアル10頁には,4つの文書を重ね合わせて表示した画面が記
載されている。
 したがって,FULLPAINTマニュアルには,FULLPAINTを起動したマッキ
ントッシュが「複数のウインドウを重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表
示制御手段」を備えることが記載されていると認められる。
(イ) FULLPAINTマニュアルの10頁の図には,4つのウインドウが,下か
ら順に上方向に重ね合わされ,かつ,その4つのウインドウが,表示領域の左上位
置から右下方向に向けて順次一定間隔でずらして配置され,個々のウインドウのタ
イトル・バーが識別できるように表示されている状態の画面が図示されており,そ
の画面上部のメニューバー部分に
は,「Windows」,「Font」,「FontSize」,「Style」というメニューがある。
 また,21頁の図には,メニューバー上
の「Font」,「FontSize」,「Style」というメニューを選択し,各メニューから実
行可能な複数のコマンドが表示されている様子(プルダウン表示)が図示されてい
る。さらに,本件特許出願(昭和61年2月15日)当時,マッキントッシュにお
いては,メニューを表示する際にウインドウの表示状態が保たれたまま複数のコマ
ンドからなるメニューが表示されることは,公知の事項であったと認められる(乙
4,乙5,弁論の全趣旨)。
 したがって,FULLPAINTマニュアルには,FULLPAINT(version0.9)を
起動したマッキントッシュが「メニュー表示の指示があった際に,各ウインドウの
表示状態を保ったまま複数のメニューを表示すべく制御するメニュー表示制御手
段」を備えることが記載されていると認められる。
(ウ) FULLPAINTマニュアルには,「文書の配置を変更する」の項に「 
Windowsメニューには,画面上で複数のウインドウの配置を調整する複数の方法が用
意されています。(中略) CleanUp(並べて表示)とStackUp(重ねて表示)コ
マンドは,複数の文書ウインドウの配置方法を変えるときに使います。(中略) 
StackUp(重ねて表示)を選択すると,開かれているすべてのウインドウが奥から
手前に重ねて表示されます。アクティブなウインドウが一番手前に表示され,他の
開いている文書のタイトル・バーがその上部位置に見えるように表示されます。こ
こでも,最後に開かれた,または作業したウインドウが一番手前のアクティブなウ
インドウになります。」と記載され,これに続けて,4つのウインドウが,下から
順に上方向に重ね合わされ,かつ,その4つのウインドウが,表示領域の左上位置
から右下方向に向けて順次一定間隔でずらして配置され,個々のウインドウのタイ
トル・バーが識別できるように表示されている状態の画面が図示されている。この
画面は,WindowsメニューのStackUpコマンドを実行したときのウインドウの表示状
態を示すものであるから,「WindowsメニューのStackUpコマンド」
は,本件発明の「複数のメニューの中のウインドウ整理表示のメニュー」に相当す
る。
 したがって,FULLPAINTマニュアルには,FULLPAINTを起動したマッキ
ントッシュが「複数のメニューの中でウインドウ整理表示のメニューを選択するメ
ニュー選択手段」と「ウインドウ整理表示のメニューの選択により,複数のウイン
ドウを下から順に上方向に重なり合わせ,且つその個々のウインドウを,表示領域
上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置することで上記個
々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように表示制御する整理表示制御
手段」を備えることが記載されているものと認められる。
(エ) 本件特許出願日より前から,マッキントッシュのパソコンは,ディ
スプレイ上に複数のウインドウを同時に表示する機能を有するパソコンであって
(乙4),FULLPAINT(version0.9)を起動したマッキントッシュにおいても,4つ
のウインドウを同時に表示することができた(乙1)のであるか
ら,FULLPAINT(version0.9)を起動したマッキントッシュは,本件発明の「マルチ
ウインドウ表示制御装置」に相当する。
イ 一致点
 FULLPAINTマニュアルは,本件発明における
「複数のウインドウを重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示
制御手段と,」
「メニュー表示の指示があった際に,各ウインドウの表示状態を保った
まま複数のメニューを表示すべく制御するメニュー表示制御手段と,」
「上記複数のメニューの中でウインドウ整理表示のメニューを選択する
メニュー選択手段と,」
「上記ウインドウ整理表示のメニューの選択により,上記各ウインドウ
を下から順に上方向に重なり合わせ,且つその個々のウインドウを,表示領域上の
左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置することで上記個々の
ウインドウのタイトル表示領域が識別できるように表示制御する整理表示制御手段
と」
「を具備したマルチウインドウ表示制御装置」
が記載されており,この点において両者は一致する。
ウ 相違点
(ア) 本件発明においては,「表示優先順位が決められた複数のウインド
ウをその表示優先順位に従って重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制
御手段」(構成要件①)との構成を有するのに対し,FULLPAINTマニュアルにおいて
は,「複数のウインドウを重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手
段」が開示されているものの,「表示優先順位が決められた」複数のウインドウを
「その表示優先順位に従って」重ね合わせることまでは開示されていない。
(イ) 本件発明においては,「上記ウインドウ整理表示のメニュー選択に
より,上記各ウインドウをその表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に
重ね合わさり,且つその個々のウインドウを,表示領域上の左上位置から右下方向
にそって順次一定間隔でずらして配置することで上記個々のウインドウのタイトル
表示領域が識別できるように表示制御する整理表示制御手段」(構成要件④)との
構成を有するのに対し,FULLPAINTマニュアルにおいては,「上記ウインドウ整理表
示のメニューの選択により,上記各ウインドウを下から順に上方向に重なり合わ
せ,且つその個々のウインドウを,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順
次一定間隔でずらして配置することで上記個々のウインドウのタイトル表示領域が
識別できるように表示制御する整理表示制御手段」が開示されているものの,各ウ
インドウを下から順に上方向に重なり合わせるときの各ウインドウの「表示優先順
位」については開示されていない。
(5) 容易想到性の有無
ア 相違点(ア)について
(ア) MacintoshRevealedの記載
 MacintoshRevealedには,以下の記載がある(乙3,4)
a ウインドウに関する原則
 「ウインドウを画面上にいくつ表示するかは自由で,どんな順序で
オーバーラップ(重ね合わせる)しても構いません。(中略)画面上のウインドウ
が手前にあるとか後ろにあるとかという,ウインドウの位置は「プレイ
ン(plane)」と呼ばれ,各ウインドウには画面上でそれぞれのプレイン(面)があ
ります。画面上で二つのウインドウが重なり合うと,前部にあるウインドウが後部
のウインドウに被さって表示されます。」(乙3の65頁及び67頁,乙4の72
頁)
 「ある一定の時間内において最も手前にあるウインドウを「アクテ
ィブ・ウインドウ」と呼び,皆さんがメニューで選んだものやキーボードから入力
したものはすべて,「アクティブ・ウインドウ」に働きかけます。」(乙3の67
頁,乙4の74頁)
b ウインドウ・レコード
 「ある一定期間内に存在するウインドウはすべて(見えるものでも
見えないものでも),画面上での「プレイン」に応じて,前にあるものから後ろに
あるものという順序で,一つの「ウインドウ・リスト」内でつながれていきます。
リストの先頭はWindowListというシステム・グローバルにキープされ,これは常に
画面上最も手前にあるウインドウを指します。各ウインドウのフィールド
nextWindowは,そのすぐ後ろにあるウインドウを指しています。リストの一番最後
のウインドウは,NILのnextWindowを持ちます。」(乙3の79頁,乙4の87頁)
 「すべてのウインドウはウインドウ・リスト内にキープされ,画面
に表示されるに従って手前から後ろへという順序でフィールドnextWindowを通じて
リンクされる。」(乙3の109頁,乙4の120頁)
(イ) MacintoshRevealedには,画面上に複数のウインドウを表示した場
合,各ウインドウは,画面上で手前にあるか後ろにあるかという位置を意味する
「プレイン」を持ち,画面上での「プレイン」に応じて,前にあるものから後ろに
あるものという順序で,一つの「ウインドウ・リスト」内でつながれて管理されて
いることが開示されている。これによれば,マッキントッシュにおいては,本件特
許出願当時,画面上に複数のウインドウの重ね合わせ表示を行った際の,重ね合わ
せの順序,すなわち本件発明における「表示優先順位」の管理が標準の機能として
実施されていたことが認められる。
 そうすると,FULLPAINTマニュアルを基礎として,Macintosh
Revealedに記載されている技術を組み合わせることによって,当業者であれば,
「複数のウインドウを重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手段」
において,「表示優先順位が決められた」複数のウインドウを「その表示優先順位
に従って」重ね合わせることを容易に想到し得たものということができる。
イ 相違点(イ)について
(ア) 前記アで述べたように,マッキントッシュにおいては,本件特許出
願当時,画面上に複数のウインドウの重ね合わせ表示を行った際に,各ウインドウ
の「表示優先順位」を管理することは標準の機能として実施されていたことが認め
られる。
 そうすると,FULLPAINTマニュアルを基礎として,Macintosh
Revealedに記載されている技術を組み合わせることによって,当業者であれば,
「上記ウインドウ整理表示のメニューの選択により,上記各ウインドウを下から順
に上方向に重なり合わせ,且つその個々のウインドウを,表示領域上の左上位置か
ら右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置することで上記個々のウインドウ
のタイトル表示領域が識別できるように表示制御する整理表示制御手段」におい
て,各ウインドウを「その表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重な
り合わせる」ことは,容易に想到し得たものということができる。
(イ) これに対して,原告は,構成要件④における複数のウインドウの整
理表示制御は,「各ウインドウの表示優先順位を保った状態で」重ね合わせて整理
して表示すべく制御することを特徴とするのであるから,これをFULLPAINTマニュア
ルから想到することはできない旨主張する。
 しかし,構成要件④における複数のウインドウの整理表示制御が「各
ウインドウの表示優先順位を保った状態で」重ね合わせて整理して表示すべく制御
することを要件として含むとしても,この点は,FULLPAINTマニュアルを基礎とし
て,MacintoshRevealedに記載されている上記技術を組み合わせることによって,
当業者であれば,容易に想到し得たものということができるから,原告の主張は採
用できない。
(6) 小括
 したがって,FULLPAINTマニュアルに記載されたマルチウインドウ表示制御
装置において,「ウインドウ表示制御」に際して「表示優先順位が決められた」複
数のウインドウを「その表示優先順位に従って」重ね合わせること及び「整理表示
制御」に際して各ウインドウを「その表示優先順位が下位のウインドウから順に上
方向に重なり合わせる」ことは,いずれも当業者が容易に想到することができる。
 本件発明は,FULLPAINTマニュアル及びMacintoshRevealedに基づいて当業
者が容易に発明することができたものといえるので,特許法29条2項の規定に該
当することは明らかである。
 そうすると,本件特許は無効理由が存在することが明らかであるから,本
件特許権に基づく原告の本訴請求は,権利の濫用に当たり許されない。
2 結論
 以上のとおり,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由
がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
   東京地方裁判所民事第29部
         裁判長裁判官    飯   村   敏   明
            裁判官 榎   戸   道   也
            裁判官 佐   野       信
(別紙)
イ1号物件目録イ2号物件目録イ1号およびイ2号物件説明書第1図第2図第3図
第4図第5図第6図第7図

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71期修習生 72期修習生 求人
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職種 事務職
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