弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告人らの上告理由について。
 他人の権利を目的とする売買契約においては、売主はその権利を取得して買主に
移転する義務を負い、売主がこの義務を履行することができない場合には、買主は
売買契約を解除することができ、買主が善意のときはさらに損害の賠償をも請求す
ることができる。他方、売買の目的とされた権利の権利者は、その権利を売主に移
転することを承諾するか否かの自由を有しているのである。
 ところで、他人の権利の売主が死亡し、その権利者において売主を相続した場合
には、権利者は相続により売主の売買契約上の義務ないし地位を承継するが、その
ために権利者自身が売買契約を締結したことになるものでないことはもちろん、こ
れによつて売買の目的とされた権利が当然に買主に移転するものと解すべき根拠も
ない。また、権利者は、その権利により、相続人として承継した売主の履行義務を
直ちに履行することができるが、他面において、権利者としてその権利の移転につ
き諾否の自由を保有しているのであつて、それが相続による売主の義務の承継とい
う偶然の事由によつて左右されるべき理由はなく、また権利者がその権利の移転を
拒否したからといつて買主が不測の不利益を受けるというわけでもない。それゆえ、
権利者は、相続によつて売主の義務ないし地位を承継しても、相続前と同様その権
利の移転につき諾否の自由を保有し、信義則に反すると認められるような特別の事
情のないかぎり、右売買契約上の売主としての履行義務を拒否することができるも
のと解するのが、相当である。
 このことは、もつぱら他人に属する権利を売買の目的とした売主を権利者が相続
した場合のみでなく、売主がその相続人たるべき者と共有している権利を売買の目
的とし、その後相続が生じた場合においても同様であると解される。それゆえ、売
主及びその相続人たるべき者の共有不動産が売買の目的とされた後相続が生じたと
きは、相続人はその持分についても右売買契約における売主の義務の履行を拒みえ
ないとする当裁判所の判例(昭和三七年(オ)第八一〇号同三八年一二月二七日第
二小法廷判決・民集一七巻一二号一八五四頁)は、右判示と牴触する限度において
変更されるべきである。
 そして、他人の権利の売主をその権利者が相続した場合における右の法理は、他
人の権利を代物弁済に供した債務者をその権利者が相続した場合においても、ひと
しく妥当するものといわなければならない。
 しかるに、原判決(その引用する第一審判決を含む。)は、亡Dが被上告人に代
物弁済として供した本件土地建物が、Dの所有に属さず、上告人Aの所有に属して
いたとしても、その後Dの死亡によりAが、共同相続人の一人として、右土地建物
を取得して被上告人に給付すべきDの義務を承継した以上、これにより右物件の所
有権は当然にAから被上告人に移転したものといわなければならないとしているが、
この判断は前述の法理に違背し、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明ら
かである。
 以上のとおりであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れないところ、
本件土地建物がだれの所有に属するか等につきさらに審理を尽くさせる必要がある
ので、本件を原審に差し戻すのを相当とする。
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判
決する。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    村   上   朝   一
            裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    関   根   小   郷
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    岡   原   昌   男
            裁判官    小   川   信   雄
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    天   野   武   一
            裁判官    坂   本   吉   勝
            裁判官    岸   上   康   夫
            裁判官    江 里 口   清   雄
            裁判官    大   塚   喜 一 郎
            裁判官    高   辻   正   己
            裁判官    吉   田       豊

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