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平成22年4月28日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成21年(ネ)第10028号特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・東京地
方裁判所平成20年(ワ)第19469号事件)
口頭弁論終結日平成22年4月14日
判決
控訴人テクノス株式会社
同訴訟代理人弁護士山﨑順一
中山達樹
酒迎明洋
同補佐人弁理士松永宣行
被控訴人三伸機材株式会社
同訴訟代理人弁護士中島和雄
三縄隆
同補佐人弁理士高橋詔男
山崎哲男
主文
1原判決を次のとおり変更する。
(1)被控訴人は,別紙被控訴人製品目録記載の製品
を製造し,貸与し,貸与のために展示し,又は貸与
の申出をしてはならない。
(2)被控訴人は,別紙被控訴人製品目録記載の製品
を廃棄せよ。
(3)被控訴人は,控訴人に対し,39万5658円
及びうち35万5390円に対する平成20年7月
19日から,うち4万0268円に対する平成22
年3月12日から各支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
(4)控訴人のその余の請求を棄却する。
2訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを4分し,そ
の3を控訴人の,その余を被控訴人の各負担とする。
3この判決は,第1項の(1)及び(3)に限り,仮
に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2主文1(1)項同旨
3被控訴人は,別紙被控訴人製品目録記載の製品を回収し,廃棄せよ。
4被控訴人は,控訴人に対し,799万5446円及びうち700万円に対す
る平成20年7月19日から,うち99万5446円に対する平成22年3月12
日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1本件は,控訴人が,別紙被控訴人製品目録記載の製品(以下「被控訴人製品」
といい,原判決にいう「被告製品」をいずれも「被控訴人製品」と読み替える。)
を製造・貸与した被控訴人の行為は,控訴人が2分の1の持分を有する第3499
754号特許権(以下「本件特許権」といい,その特許請求の範囲の請求項1に係
る発明及び同発明に係る特許を「本件発明」及び「本件特許」という。)を侵害す
るものであると主張して,①特許法100条1項に基づく被控訴人製品の製造,貸
与,貸与のための展示及び貸与の申出の差止め,②同条2項に基づく被控訴人製品
の回収及び廃棄,③平成17年7月1日から訴え提起の日の前日である同20年7
月13日までの間の本件特許権侵害に係る民法709条に基づく損害賠償として特
許法102条2項所定の利益相当額の損害520万円及び弁護士費用相当額180
万円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である同年7月19日から支払済み
までの遅延損害金の支払を請求する事案である。
2原判決は,被控訴人の本件特許権の侵害の成否について判断することなく,
本件特許は,特開昭60−112597号公報(乙1。以下「乙1公報」という。)
及び特開平9−189132号公報(甲12。以下「甲12公報」という。)に基づ
いて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許無効審判により無効
にされるべきものと認められるから,特許法104条の3により本件特許権を行使
することができないものである旨判示して,控訴人の請求を棄却したため,控訴人
がこれを不服として控訴した。
控訴人は,当審において,訴えの変更申立書をもって,平成20年7月14日か
ら同21年9月9日までの間の本件特許権侵害に係る民法709条に基づく損害賠
償として特許法102条2項所定の利益相当額の損害99万5446円及びこれに
対する訴えの変更申立書送達の日の翌日である同22年3月12日から支払済みま
での遅延損害金の支払請求を追加した。
3控訴人の本訴請求を判断する前提となる事実は,次のとおり付加・訂正する
ほかは,原判決の事実及び理由の第2の1(原判決2頁15行目∼4頁1行目)の
とおりであるから,これを引用する。
(1)原判決2頁21行目の「(以下」から24行目の「という。)」までを
「,すなわち,本件特許権」に改める。
(2)原判決4頁1行目の次に,改行して,以下を加える。
「(5)被控訴人(ただし,被控訴人が別法人であると主張する本店が名古屋市
所在の三伸機材株式会社(以下「名古屋三伸」という。)取引分を含む。)による
被控訴人製品の賃貸に係る取引開始日,取引終了日及び売上高は,別紙取引一覧表
記載のとおりである。
(6)控訴人とともに本件特許権の各持分2分の1の共有者である株式会社熊
谷組は,被控訴人に対し,本件特許権の共有持分権者として被控訴人に対して現在
及び将来において行使することができる損害賠償,不当利得返還,遅延損害金,利
息,和解金の各請求権を含む一切の金銭上の請求権を控訴人に譲渡した旨の平成2
1年10月16日付け債権譲渡通知書(甲24の1)を発し,同通知書は,同月1
9日,被控訴人に到達した(甲24の2)。」
4本件訴訟の争点
本件訴訟の争点は,以下のとおりである。
(1)充足論
被控訴人製品の構成及び本件発明の構成要件充足性(争点1)
(2)無効論
本件特許は無効にされるべきものか(争点2)
(3)差止請求の可否(争点3)
(4)損害論
控訴人の被った損害額(争点4)
第3当事者の主張
1争点1(被控訴人製品の構成及び本件発明の構成要件充足性)について
この点に関する当事者双方の主張は,原判決の事実及び理由の第3の1(原判決
4頁8行目∼5頁17行目)のとおりであるから,これを引用する。
2争点2(本件特許は無効にされるべきものか)について
〔被控訴人の主張〕
この点に関する被控訴人の主張は,原審における主張を次の(1)ないし(3),
(5),(6)(8),(9)のとおり付加・訂正し,当審における主張を次の(4)
及び(7)のとおり付加するほか,原判決の事実及び理由の第3の2の「被告の主
張」(原判決5頁19行目∼14頁22行目)のとおりであるから,これを引用す
る。
(1)5頁20行目の「出願前公知刊行物の記載」を「乙1公報記載の発明(以
下「乙1発明」という。),特開平9−300246号公報(乙2。以下「乙公報」
という。)記載の周知技術(以下「乙2技術」という。),甲19記載の従来技術
(以下「甲19技術」という。)」と,末行の「無効理由1」を「乙1発明を引用
例とした容易想到性の有無」と,6頁1ないし2行目「を「ア乙1公報の記載」
と訂正する。
(2)6頁12行目の「乙1公報記載の発明」を「乙1発明」と訂正し,以下,
原判決にいう「乙1公報記載の発明」をいずれも「乙1発明」と読み替える。
(3)7頁8行目の「本件明細書」を「本件特許出願に係る明細書(以下「本
件明細書」という。)」と,8頁10行目の「以下『甲11公報』という。」を「以
下『甲11公報』といい,同公報に記載された技術を『甲11技術』という。」と,
15ないし16行目の「特開平9−189132号公報(甲12。以下「甲12公
報」という。)」を「甲12公報」と訂正する。
(4)9頁3行目の次に,改行して,以下を加える。
「オ本件発明と乙1発明との相違点の認定判断の誤りの有無
控訴人は,モータによる操作の要否と対象物を降ろす操作の要否という本件発明
と乙1発明との機械的構造上の相違点を主張するが,上記の各点については,いず
れも本件発明に係る特許請求の範囲において限定されていないから,これらを本件
発明と乙1発明との相違点として挙げ,あるいは乙1発明から本件発明を想到する
ことについての阻害要因になるとする控訴人の主張は採用することができない。
控訴人は,本件発明において対象物を降ろす操作がないと主張するが,これは,
対象物である鉄骨柱のベースプレートがその中心部においてテツダンゴに支えられ
ているからであって,対象物をその上方に配置するナットが,ボルトの上下双方向
に移動可能に構成されていることは,乙1発明の場合と何ら異ならない。そして,
そもそも本件発明は装置の発明であって方法の発明ではないのであるから,作業に
当たり本件装置をどのように操作するかは検討する必要がない問題である。
カ容易想到性の判断の誤りの有無
(ア)甲12公報には,鉄骨柱の建入れ直しにおいて,鉄骨柱を鉛直に姿勢制
御すること,鉄骨柱を鉛直に姿勢制御するに当たって,歪直し用のワイヤを不要と
すること,という技術的課題が開示されており,この課題の解決手段として,鉄骨
柱の建入れ直しにおいて,鉄骨柱の歪みを直すためにジャッキ装置を用いる発明が
開示されている。
そうすると,乙1発明の車両ホイスト(ジャッキ装置)を,甲12公報が開示す
るところにしたがって,鉄骨柱の建入れ直し作業において,鉄骨柱の歪みを直すた
め(鉛直姿勢制御のため)に用いることは,当業者が容易に想到し得たところであ
るというべきであって,このように判断した原判決には誤りはない。
本件発明は,鉄骨柱の建入れ直し方法の発明ではなく,鉄骨柱のベースプレート
を持ち上げるジャッキ装置の発明であるから,重量物の持ち上げのためのジャッキ
装置である乙1発明とは共通の技術分野に属する。
なお,控訴人は,本件発明をジャッキ装置と認定した原判決の認定には誤りがあ
ると主張するが,本件発明の構成要件BないしEが乙1発明に開示されているもの
であるから,これをジャッキと呼ぶか否かは,単なる呼称の問題にすぎず,本件の
結論に影響しない。加えて,本件発明においては,鉄骨柱の重量の大部分はテツダ
ンゴが支えるとしても,鉄骨柱の傾いた側のベースプレートの縁部を持ち上げるた
めに機能させるものであるから,それなりの重量がかかることになること,また,
持上げの機能があれば,持ち降ろしの機能を有さなくともジャッキということがで
きること,さらに,ベースプレートの縁部の持ち降ろしに機能しないのは,ベース
プレートのテツダンゴ上の載置という構造的外因に基づくものであることからして,
本件発明がジャッキの一種であることには疑いの余地はない。
(イ)本件発明の解決課題は,従来から行われていた「基礎コンクリートに固
定されたテツダンゴ上に載置され,かつ,複数のアンカーボルトおよびこれらに螺
合された複数のナットを介して前記基礎コンクリートに仮止めされたベースプレー
トを有する鉄骨柱の建入れ直し」作業において,ワイヤを使用しない建入れ直し手
段を提供するところにある。
他方,甲12公報には,ワイヤに代えて歪直し用のジャッキを使用する鉄骨柱の
建入れ直しが示唆されている。また,その歪直し用ジャッキは,鉄骨柱本体に直接
取り付けられているものではなく,鉄骨柱から横方向に突出させた部材に取り付け
られ,ジャッキが該部材を持ち上げることにより鉄骨柱の姿勢制御をするものと読
み取れる。
そうすれば,従来から行われていた鉄骨柱のベースプレートをテツダンゴ上に載
置する鉄骨柱の建入れにおいて,ワイヤを使用しない建入れ直しという解決課題に
当面した当業者にしてみれば,鉄骨柱の底部から横方向に突出しているベースプレ
ートの縁部をジャッキを用いて持ち上げればよいことに容易に想到し得るところで
あり,しかもこの場合は,ベースプレートの縁部と基礎コンクリートとの間にテツ
ダンゴの高さに見合う間隙があるから,乙1発明のジャッキ機構を採用して,ベー
スプレートの縁部を乙1発明のジャッキ機構のナット(チャリオット)上に配置す
ることも容易ということができ,これが事後分析的判断とか後知恵であるというも
のではない。
(ウ)以上によれば,乙1発明と甲12公報の組合せを否定する控訴人の主張
は採用することができず,原判決の判断に誤りはない。
(エ)また,仮に甲12公報を用いずとも,本件発明の解決課題は,ワイヤロ
ープを使用せずにテツダンゴ上にベースプレートを載置した鉄骨柱の建入れ直し手
段を提供することにあるところ,「鉄骨柱の建入れ直し」とは,要するに,鉄骨柱を
垂直に建て込むことであり,他方,ベースプレートは,鉄骨柱の軸線に対して直交
して取付けられていることが前提であるから(本件明細書【0010】),鉄骨柱に
横方向の力を加えて垂直制御すること(ワイヤロープ法)に支障があるならば,こ
れに替えてベースプレートの縁部を持ち上げて水平制御すればよいだけの話であっ
て,そのような発想自体,当業者にとっては,経験則上自明の理ということができ
る。そして,後は,その持上げの手段として,例えば乙1発明に示されるような周
知のジャッキ構造を採用すれば本件発明に到達するものであって,本件発明は容易
想到であるということができる。
キ本件発明の意義
以下の(ア)ないし(オ)によると,控訴人主張の本件発明の画期的意義を認め
る余地はない。
(ア)およそワイヤを使用しない鉄骨組立ては,甲12公報により知られてい
たのであるから,ワイヤによる作業を不要にする点に画期的意義があるなどという
ことができるものではない。
(イ)本件発明が前提とする公知の鉄骨柱の建入れ方式(構成要件Aの建入れ
方式)においては,鉄骨柱のベースプレートは,「複数のアンカーボルトおよびこれ
らに螺合された複数のナットを介して前記基礎コンクリートに仮止め」されている
関係上,ワイヤ操作によらずとも鉄骨柱が転倒するおそれはもともとなかったもの
であって,本件発明がワイヤを使用した転倒防止作業を不要にしたものではない。
(ウ)控訴人は,ワイヤ不要の鉄骨柱建入れ直しを可能にしたという課題解決
の作用効果は「通常生じ得る効果」ではないとも主張するが,結局,控訴人の主張
するワイヤ不要の作用効果とは,ベースプレートの縁部持上げの作用効果と裏腹の
関係をいうものにすぎず,原判決の判示のとおり,本件発明の構成から通常生じ得
る効果にすぎないことになる。
(エ)控訴人は,ベースプレートはテツダンゴ上でわずかな力を受けて揺れ,
小さな力での小さな動きによる建入れの微量調整が可能となり,この微量調整が可
能であることが,本件発明の構成によってのみ得られるなどと主張するが,微量調
整可能性は,テツダンゴ上に鉄骨柱のベースプレートを載置するという,従前から
の建入れ方式自体に専ら由来するもので,本件発明特有の効果というに値しない。
(オ)本件発明の装置の取付け状況は,方形のベースプレートの4辺にそれぞ
れ配置し,相互に調整操作して建入れ直しを行うものであって(本件明細書【00
26】及び【図1】∼【図4】,甲22),このように配置してはじめて鉄骨柱建入
れ直しの効果を奏し得るものであるにもかかわらず,本件発明に係る特許請求の範
囲には,その点の記載が欠けており,したがって,本件発明の構成から生じ得る効
果とは,結局,単なるベースプレートの縁部持上げの効果を意味するにすぎず,鉄
骨柱建入れ直しの効果すら主張し得るものではない。」
(5)9頁4行目の「無効理由2」を「乙2技術を引用例とした容易想到性の
有無」と,5ないし6行目を「乙2公報の記載」と訂正する。
(6)9頁末行の「乙2公報記載の従来技術」を「乙2技術」と訂正し,以下,
原判決にいう「乙2公報記載の従来技術」をいずれも「乙2技術」と読み替える。
(7)13頁4行目の次に,改行して,以下を加える。
「(3)甲19記載の従来技術を主たる引用例とした容易想到性の有無
本件発明については,甲19記載の従来技術(以下「甲19技術」という。)を主
たる引用例とした場合にも,以下のアないしウのとおり,容易想到性が認められる。
ア甲19技術の内容
控訴人従業員作成に係る平成20年5月12日付け「鉄骨建方工事における従来
工法とワイヤレス工法(本件特許発明装置使用)との比較」(甲19)との説明文書
2頁左側の従来工法の図によれば,「基礎コンクリート上に固定されたテツダンゴ上
に載置され,かつ,複数のアンカーボルトおよびこれらに螺合された複数のナット
を介して前記基礎コンクリートに仮止めされたベースプレートを有する鉄骨柱の柱
頭部に取付けた歪み直し用ワイヤロープを緊張工具を介してコンクリート上のフッ
クに取付けて緊張する鉄骨柱の建入れ直し技術」(甲19技術)が,本件特許出願前
に公然実施されていたことが認められる。
また,本件明細書の【0002】及び【0003】にも,ワイヤロープによる建
入れ直しが従来技術として紹介されている。
イ本件発明と甲19技術との一致点及び相違点
本件発明と甲19技術とを対比すると,両者は,以下の(ア)で一致し,(イ)で
相違する。
(ア)一致点:「基礎コンクリート上に固定されたテツダンゴ上に載置され,か
つ,複数のアンカーボルトおよびこれらに螺合された複数のナットを介して前記基
礎コンクリートに仮止めされたベースプレートを有する鉄骨柱の建入れ直し」にか
かわる技術である点
(イ)相違点:その建入れ直し手段として,甲19技術が「鉄骨柱の柱頭部に
取り付けた歪み直し用ワイヤロープを緊張工具を介してコンクリート上のフックに
取り付けて緊張する」のに対し,本件発明が「B:上部及び下部を有するフレーム
と,C:該フレームの上部を貫通し前記フレームの下部に向けて伸びるボルトと,
D:前記フレームの上部およびその下部間に配置されかつ前記ボルトに螺合され,
前記ボルトの軸線方向にのみ移動可能であるナット」からなるジャッキを用いて,
「E:前記ナットの上方に前記ベースプレートの縁部を配置」する点において相違
する。
ウ相違点についての検討
上記相違点について検討すると,乙1発明のとおり,本件発明の構成要件Bない
しDからなるジャッキ構造が周知技術であることは控訴人の自認するところであ
り,鉄骨柱から横方向に突出する部材をジャッキで持ち上げて歪み直しをする技術
は甲12公報に開示されているから,本件発明において,乙1発明のとおり,鉄骨
柱から横方向に突出するベースプレートの縁部を,上記周知構造からなるジャッキ
のナットの上に配置することにより持ち上げて歪み直し(建入れ直し)をすること
は,当業者にとってみれば想到容易である。
(4)「物の発明」としての新規性欠如の有無
ア本件発明に係る特許請求の範囲の記載において,「物の発明」としての本件発
明の構造を規定する構成要件は,「B:上部および下部を有するフレームと,」,「C:
該フレームの上部を貫通し前記フレームの下部に向けて伸びるボルトと,」及び
「D:前記フレームの上部およびその下部間に配置されかつ前記ボルトに螺合され,
前記ボルトの軸線方向にのみ移動可能であるナットとを含み,」の3要件に尽きると
ころ,この3構成要件からなる構造が周知であることに争いはなく,本件発明の構
成自体において新規性を欠くものである。
イそれにもかかわらず,「物の発明」としての本件発明が特許性を獲得し得るた
めには,それ自体周知構造の装置を「E:前記ナットの上方に前記ベースプレート
の縁部を配置可能である」ような使用態様で,「A:基礎コンクリートに固定された
テツダンゴ上に載置され,かつ,複数のアンカーボルトおよびこれらに螺合された
複数のナットを介して前記基礎コンクリートに仮止めされたベースプレートを有す
る鉄骨柱の建入れ直し装置」としての特定用途に使用する発明として,つまり,い
わゆる用途発明としての特許性が肯定される場合でなければならない。
ウしかしながら,本件発明は,周知構造の装置のある未知の属性を発見した場
合ではなく,周知の構造である上記構成要件BないしDの装置につき,物体を持ち
上げるという既知の属性を構成要件Aの用途に適用したものにすぎない。
エ以上のとおり,本件発明はそもそも用途発明としての適格性を欠くから,「物
の発明」としての新規性を欠くことにより,特許無効審判により無効にされるべき
ものである。」
(8)13頁5行目の「(3)」を「(5)」と,14頁8行目の「(4)」
を「(6)」と訂正する。
(9)14頁15行目の「甲12公報記載の発明」を「甲12公報記載の技術
(以下「甲12技術」という。)」と訂正し,以下,原判決にいう「甲12公報記
載の発明」及び「甲12公報に記載された発明」をいずれも「甲12技術」と読み
替える。
〔控訴人の主張〕
この点に関する控訴人の主張は,原審における主張を次の(1),(3),(5)
のとおり付加・訂正し,当審における主張を次の(2),(4),(6)のとおり
付加するほか,原判決の事実及び理由の第3の2の「原告の主張」(原判決14頁
23行目∼24頁12行目)のとおりであるから,これを引用する。
(1)14頁25行目の「無効理由1」を「乙1発明を引用例とした容易想到
性の有無」と訂正する。
(2)17頁20行目の次に,改行して,以下を加える。
「エ本件発明と乙1発明との相違点の認定判断の誤りの有無
原判決は,本件発明と乙1発明との相違点として,①本件発明がモータを有さず,
モータと垂直軸との係合機構も有しておらず,手動操作によりボルトを回転させて
ナットを上昇させ,それによってベースプレートの縁部を上げることにより鉄骨柱
脚の傾きを調整するものであるのに対し,乙1発明においては,モータグループが
フレームに一体に取り付けられ,モータグループシャフトが歯車と係合し,垂直ね
じを回転させ,手動介入を必要としない自動操作によるものである点,②本件発明
が鉄骨柱のベースプレートの縁を持ち上げるためだけの装置であり,降ろす操作は
一切発生しないから,昇降装置でないのに対し,乙1発明は車体を支持しつつ昇降
する装置である点を看過した。
原判決は,これらの点につき,いずれも,本件発明の特許請求の範囲において限
定されていないから,これらを本件発明と乙1発明との相違点として挙げ,あるい
は乙1発明から本件発明を想到するについての阻害要因になるとする控訴人の主張
は採用できないとした。
しかしながら,本件発明は,その特許請求の範囲に記載のとおり,鉄骨柱の建て
入れ直しという明らかな用途上の限定のある発明であるから,乙1発明との相違点
の認定としては,本件発明の用途が限定されていることが前提とされなければなら
ない。それにもかかわらず,原判決には,これを無視し,乙1発明の構成に含まれ
る機械構造と本件発明の構成に含まれる機械構造とを単純に比較して相違点を認定
判断した誤りがある。
オ容易想到性判断の誤りの有無
(ア)原判決は,相違点1として,本件発明がジャッキ装置を「基礎コンクリ
ートに固定されたテツダンゴ上に載置され,かつ,複数のアンカーボルトおよびこ
れらに螺合された複数のナットを介して前記基礎コンクリートに仮止めされたベー
スプレートを有する鉄骨柱の建入れ直し装置」として用いるのに対し,乙1発明は
ジャッキ装置を「地面からの車両ホイスト(ジャッキ装置)」として用いるという
相違,すなわち,同じ構成を有するジャッキ装置をどのような用途で用いるのかと
いう相違にすぎないことになるとした。
しかしながら,本件発明は,物体をそのまま一体的に上げ降ろしするためのもの
ではなく,テツダンゴ上でベースプレートの縁部を持ち上げて鉄骨柱の傾きを微量
調整することにより,鉄骨柱の垂直度調整をするものであって,重量物の昇降装置
でないから,通常の意味での「ジャッキ装置」ではなく,乙1発明のホイストと本
件発明とが,ジャッキ装置であるという点において一致するものではない。
(イ)本件発明の課題は,「テツダンゴ上に載置されたベースプレートを有す
る鉄骨柱の建入れ直し」において「ワイヤロープの引張によるときの欠点を解消す
る」装置を提供することであり,その解決手段とは,フレーム,ナット,ボルトを
要素とする装置であって,これによりベースプレートの縁部を微量調整可能に持ち
上げることによって姿勢制御することである。
他方,乙1発明は,自動車のホイスト装置であって,本件発明の解決課題につい
ての開示や示唆は一切なく,乙1発明から出発して本件発明に至ることが容易とな
ることはない。
(ウ)甲12公報の工法は,鉄骨柱の本体部にジャッキ(同公報の記載から見
て油圧式ジャッキを想定していることは明らかである。)を取り付けて垂直度調整を
しようとするものであって,ベースプレート縁部をナット上部に配置して垂直度を
調整するものである本件発明とは装置の構造と操作方法において全く異なっている。
すなわち,甲12公報の工法では,鉄骨柱の本体部分,つまり鉄骨柱の重心線に極
めて近い箇所にジャッキを取り付けるため,垂直度調整のためには鉄骨柱全体を持
ち上げたり下げたりしなければならず,重量を支える昇降装置であるジャッキを使
用しなければならないが,本件発明においては,鉄骨柱は,まず,クレーンで吊り
下げられてベースプレートがテツダンゴ上に載置され,ベースプレートが基礎コン
クリートに設けられたアンカーボルトにナットで仮止めされるため,一方に大きく
傾くことはなく,その重心線はほぼテツダンゴの位置を通ることになり,重量のほ
ぼ全部がテツダンゴにかかるので,鉄骨柱の重量を支えながら鉄骨柱の垂直度を調
整するためのジャッキを全く必要としない。垂直度調整は,てこの原理によって,
ベースプレートの低い側の縁部をほんのわずかな力を加え,わずかに持ち上げるこ
とにより行われ,微量調整も可能となる。そして,この微量調整が可能であること
が,本件発明の構成によってのみ得られる本件発明に特有の効果であって,乙1発
明及び甲12公報における工法の組合せによっても得られないものである。
したがって,甲12技術における工法のジャッキと本件発明の装置とを「ジャッ
キ装置」との用語により同一であるかのようにいうことは誤っている。
(エ)甲12公報に記載された建入れ直し作業とは,鉄骨柱のベースプレート
をテツダンゴ上に載置するものではなく,甲12公報の図2からも明らかなとおり,
ベースプレートはその下面に溶接されたナットと,これに螺合されてはいるが基礎
コンクリートの表面には当たっていない調整ボルトを介して基礎コンクリート上に
置かれるもので,ベースプレートと基礎底面との間には隙間がないかあってもごく
わずかであるから,甲12公報記載の建入れ直し作業においては,乙1発明のチャ
リオットのようなものをベースプレート縁部の下方に配しようとしても配すること
は不可能であって,本件発明の構成要件Eの「前記ナットの上方に前記ベースプレ
ートの縁部を配置可能である」ことが充足されることはあり得ない。
したがって,乙1発明に甲12公報に記載された工法を組み合わせられるもので
はない。
カ本件発明の意義
本件発明は,極めて単純な構造の装置によって,従来の鉄骨組立てにおいて不可
欠であったワイヤを使用した転倒防止及び歪直しの作業を不要にするという技術的
な意味での画期的意義を有するものである。ワイヤを使用した転倒防止及び歪直し
の作業の困難性と欠陥は,業界では長らく認識されていたにもかかわらず,その解
決策は知られていなかったところ,本件発明は,これを一挙に解決したものであっ
て,その産業上の効果は大きい。
そして,本件発明を構成するテツダンゴは,てこの支点のような物の揺動の中心
をなすことから,ベースプレートはテツダンゴ上でわずかな力を受けて揺れ,ベー
スプレート上の鉄骨柱の垂直度を変えるもので,これにより,小さな力での小さな
動きによる建入れの微量調整が可能となるが,この微量調整が可能であることが,
本件発明の構成によってのみ得られる本件発明に特有の効果である。
原判決は,このような発明の評価上大切な事実について判断をしないまま,本件
発明の効果は「本件発明の構成から通常生じ得る効果にすぎず,本件発明の進歩性
を基礎付けるに足りるものであるとはいえない」としたが,原判決が「本件発明の
構成から通常生じ得る効果」としているのは,本件発明の構成に含まれる装置の機
械的構造によればベースプレートの縁部を持ち上げることができるという物理的動
作をいうものでしかなく,このような動作を行う装置によってワイヤ不要の鉄骨柱
建入れ直しを可能にしたという本件発明の構成全体から得られる課題解決としての
作用効果は「通常生じ得る効果」ではない。」
(3)17頁21行目の「無効理由2」を「乙2技術を引用例とした容易想到
性の有無」と訂正する。
(4)21頁20行目の次に,改行して,以下を加える。
「(4)甲19技術を主たる引用例とした容易想到性の有無
本件発明は,以下のアないしウのとおり,甲19技術を主たる引用例とした場合
においても容易想到性が認められることはない。
ア甲19技術
甲19技術の記載は,本件発明以前におけるテツダンゴ上に載置された鉄骨柱の
建入れ直し方法を記述したものであるから,被控訴人の無効理由3の主張は,結局
のところ,本件明細書に従来技術として記載された技術から本件発明は容易想到で
あるという無意味なものにすぎない。
イ被控訴人主張にかかる相違点についての検討
被控訴人は,本件発明の構成要件BないしDからなるジャッキ構造が周知技術で
あることは控訴人の自認するところであると主張するが,フレーム,ボルト,ナッ
トを含む本件発明に係る装置が乙1発明の車両ホイストと同一ではなく,本件発明
に係る装置はこれまでに存在しなかったものである。
また,被控訴人は,鉄骨柱から横方向に突出する部材をジャッキで持ち上げて歪
み直しをする技術は,甲12公報に開示されているから,本件発明において,鉄骨
柱から横方向に突出するベースプレートの縁部を,上記周知構造からなるジャッキ
のナットの上に配置することにより持ち上げて歪み直し(建入れ直し)をすること
は,当業者にとってみれば容易想到であると主張するが,甲12公報に示される鉄
骨柱のジャッキ取付部は,鉄骨柱の姿勢制御のため鉄骨柱全体の重量を支えた状態
でその片側を持ち上げるためのジャッキを取り付けるために設けられているにすぎ
ず,鉄骨柱にとって本来無用なものでしかないから,工法上「部材を持ち上げる」
こと及び「横方向に突出させる」ことには鉄骨柱の姿勢制御という本来の目的上格
別の意味がなく,鉄骨柱から横方向に突出する部材をジャッキで持ち上げて歪み直
しをする技術は,甲12公報に開示されているという被控訴人の主張は採用するこ
とができない。甲12公報に開示されている技術とジャッキを組み合わせることに
より,ベースプレートの縁部をジャッキのナット上に配置し建入れ直しをすること
は技術的に不可能である。
ウしたがって,甲19技術から,甲12公報の開示するところに従い,乙1を
組み合わせることによって本件発明への到達が容易想到であるとすることはできな
い。」
(5)21頁21行目の「(4)」を「(5)」と訂正する。
(6)24頁12行目の次に,改行して,以下を加える。
「(6)「物の発明」としての新規性欠如の有無
被控訴人が本件発明に新規性がないとする主張は,本件発明に係る特許請求の範
囲の一部のみを取り出して新規性判断の対象とするものであって理由がない。」
4争点3(差止請求の可否)についての主張
〔被控訴人の主張〕
被控訴人は,継続してきた被控訴人製品のリースを平成21年中にすべて終了し,
現時点においては差止対象である被控訴人製品のリース行為をすべて終了している。
そして,控訴人は,平成17年ころ入手した被控訴人製品のカタログ(甲3)を提
出する以外に被控訴人のリース行為開始・継続の事実をなんら具体的に立証してお
らず,被控訴人が進んで本件リース行為の存在を認めたことに専ら依拠として訴訟
追行してきたにすぎないのであるから,控訴人は,現時点での特段の反対立証をし
ない限り,リース行為終了についての上記の被控訴人主張をそのまま認めてしかる
べき立場にある。
また,被控訴人代表者は,本件特許が有効である限り,被控訴人製品のリースや
販売等を行わないことを誓約し(乙12),また,廃棄業者が廃棄品の台数を数えな
いことから廃棄台数の記載がされた書面は存在しないが,被控訴人及び名古屋三伸
は,その保有するすべての被控訴人製品を廃棄業者に依頼して廃棄済みである(乙
13∼15)。
したがって,差止請求は訴えの利益なしとして却下されるか,若しくは差止対象
不存在として請求が棄却されるべきである。
〔控訴人の主張〕
被控訴人の主張は,被控訴人代表者が被控訴人製品のリースや販売等を行わない
と陳述書に一方的に述べているにすぎないことをもって「誓約」と称したり,被控
訴人製品の廃棄台数は証明できないが,被控訴人製品を全品廃棄したとするあやふ
やなものにすぎない。
差止請求が訴えの利益なしとして却下されるか,若しくは差止対象不存在として
請求棄却されるべきであるとの被控訴人の主張は争う。
5争点4(控訴人の被った損害額)について
〔控訴人の主張〕
ア本件特許権の共有者との関係
(ア)本件特許権は,控訴人と熊谷組とが各2分の1の持分で共有している。
しかしながら,熊谷組は,本件特許権の設定登録以来現在に至るまで,本件発明
の実施品の製造,販売,賃貸等の業務を行ったことはなく,第三者に実施許諾をし
たこともない。また,控訴人は,本件発明を実施するについて,熊谷組に対して名
目のいかんを問わず何らの金銭的債務及び非金銭的債務を負担していない。
なお,本件特許権侵害については,熊谷組についても,特許法102条3項によ
る実施料相当額を自ら被った損害として観念し得るところであるが,熊谷組は,平
成21年10月16日,控訴人に対し,本件特許権の共有持分権者として被控訴人
に対して行使することのできる一切の金銭上の請求権を譲渡し(甲24の1),同譲
渡通知は,同月19日,被控訴人に到達している(甲24の2)。
(イ)特許法102条2項は,侵害者が「その侵害の行為により利益を受けて
いるときは,その利益の額は,特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定
する」と規定している。
そして,熊谷組は,本件発明の実施をしておらず,同項の適用はない。これに対
し,控訴人は,本件特許の実施品を第三者に賃貸することによって本件発明を実施
しており,これは,実施態様として,被控訴人による被控訴人製品の賃貸と同一で
あって,控訴人と被控訴人との業務は直接的競合関係にあり,しかも,他に同種の
鉄骨柱建入れ直し装置の提供者は存在しないので,被控訴人が得た注文はすべて控
訴人が得ることができたはずの注文であって,その場合,控訴人は,被控訴人が得
た全利益を下回らない利益を得ることができた高度の蓋然性がある。
したがって,被控訴人が得た本件特許権侵害行為により得た利益は,すべて控訴
人の損害額として推定すべきものである。
イ必要経費の控除
被控訴人による被控訴人製品の賃貸個数は,控訴人の本件特許実施製品の予備在
庫の範囲内において十分まかなうことのできた程度のものであり,控訴人において,
本件発明の実施製品を追加取得することなく応需することができたものであったか
ら,損害額算定において,被控訴人による被控訴人製品取得費用を必要経費として
当然に控除すべきではない。
また,仮に被控訴人による被控訴人製品取得費用について必要経費性が認められ
るとしても,被控訴人製品の耐用年数は,鉄材からなる構造の単純性に基づくその
堅牢性からすれば,経理上の償却期間のいかんにかかわらず,少なくとも20年は
あるというべきである。そして,この期間に対比すると,被控訴人による本件特許
権侵害行為期間は,平成17年7月ころから平成21年9月までの約4年間である
から,被控訴人取得費の20分の4(5分の1)に限って控除が認められるにすぎ
ないというべきである。
ウ控訴人の損害額
(ア)平成17年7月1日から本件訴訟提起の前日である平成20年7月13
月までの間の被控訴人による被控訴人製品の製造及び貸与による本件特許権侵害に
よる控訴人の損害は520万円であり,また,控訴人と被控訴人との交渉の経緯及
び本件訴訟提起後における和解協議の経緯からすると,本件訴訟に係る弁護士費用
の損害としては180万円が相当である。
また,平成20年7年14日から平成21年9月9日までの間,被控訴人は被控
訴人製品の貸与によって99万5446円の売上げを得ており,これも本件特許権
侵害による控訴人の損害額となる。
したがって,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許権侵害による損害賠償として,
799万5446円の支払を求める。
(イ)なお,被控訴人は,後記のとおり,別紙取引一覧表の対象地区を「大阪」
及び「名古屋」とする取引につき,名古屋市に本店を有する被控訴人とは別会社の
名古屋三伸(甲26)のリース分であって,本件請求に係る損害賠償の対象になら
ないと主張する。
しかしながら,被控訴人と名古屋三伸との役員構成は,代表取締役及び取締役と
も同一であり,また,被控訴人製品のカタログには,被控訴人名古屋支店所在地と
して名古屋三伸の本店所在地が記載されていることなどからすると,被控訴人は,
被控訴人製品の賃貸事業においては,大阪及び名古屋地区の取引においても,被控
訴人の支店名のみを社会的に表示して営業を行い,また,本件訴訟においても,控
訴審における平成22年1月14日付け上申書を提出するまでは,名古屋三伸が存
在し,特許権侵害に関する法的責任は別個であるとの主張を一切行ってこなかった
ものである。
以上によると,被控訴人製品の賃貸事業は,そのすべてを被控訴人が実施してき
たものというべきであって,客観的には,名古屋三伸は被控訴人の手足にすぎない
というべきであるから,被控訴人製品の賃貸の中止及び廃棄並びに損害賠償義務は
すべて被控訴人において負担すべきである。
〔被控訴人の主張〕
ア本件特許権の共有者との関係
本件特許は,控訴人の持分を2分の1とする熊谷組との共有特許であるところ,
共有特許の場合の損害賠償請求一般につき,各共有者は,飽くまでも自己の持分に
応じた額だけを請求できるのであって,当該特許権侵害による損害額全額を請求す
ることはできない。そもそも,特許権者が被った逸失利益の回復を侵害者に請求し
得るのは,特許権の保護があればこそである。特許権の共有者が2分の1の持分し
か有していないのであれば,特許権共有の性質上,当該特許権侵害による逸失利益
のうちの2分の1について当該特許権の保護を求め得るにすぎず,その額は,侵害
者が得た利益額の2分の1と推定されるべきである。共有者の一方のみが実施して
いる場合は,持分いかんにかかわらずその者が侵害者利益の全額を請求できるとす
る控訴人の主張は誤りである。
したがって,控訴人が特許法102条2項に基づいて被控訴人に請求し得べき損
害額は,被控訴人が被控訴人製品のリースによって得た利益額の2分の1であって,
それ以上ではあり得ない。
なお,控訴人は,熊谷組が被控訴人に対して有する金銭上の請求権を控訴人に譲
渡したと主張するが,本件訴訟において同請求権を行使するものでもない。
イ必要経費の控除
控訴人は,被控訴人による被控訴人製品の賃貸個数につき,控訴人において本件
発明の実施製品を追加取得することなく応需することができたものであったから,
損害額算定において,被控訴人による被控訴人製品取得費用を必要経費として当然
に控除すべきではないと主張するが,このような主張は,特許法102条2項の適
用を求める上では失当である。
また,被控訴人製品は,摩耗や汚損を生ずる工具であるところ,その取得単価が
10万円以下であることから取得年度ごとの一括費用処理も許されるべきであるが,
減価償却を問題とするのであれば,公的に認められた経理上ないし税務上の償却期
間である3年によるべきである。そして,被控訴人製品の取得時期の最も遅い平成
18年2月14日からでも既に4年余りが経過しておりすべて償却済みであること
からすると,被控訴人製品取得価格の全額が必要経費として控除されるべきことに
なる。
ウ控訴人の損害額
被控訴人による被控訴人製品の売上高は,別紙取引一覧表のとおりであるが,こ
のうち,対象地区を「大阪」及び「名古屋」と記載されている各工事現場について
は,被控訴人とは別法人である名古屋三伸のリース分であって,これを除外した被
控訴人の売上高合計は134万6106円となる。
他方,被控訴人が賃貸のために仕入れた被控訴人製品の総本数は,サンプルを除
き388本であるところ,その一部を名古屋三伸のリース用に貸与していたことか
ら,被控訴人と名古屋三伸との被控訴人製品売上高比率で按分すると,被控訴人の
売上高に対応する被控訴人製品の本数は236本となり,これに仕入単価5350
円(乙10)を乗ずると,被控訴人は,被控訴人製品の賃貸のために少なくとも1
26万2600円を要していることとなる。
以上によると,被控訴人が被控訴人製品の賃貸により得た利益額は,被控訴人の
売上高134万6106円から被控訴人製品の取得費用126万2600円を控除
した8万3506円となり,控訴人の推定される損害額は,その2分の1である4
万1753円となる。
第4当裁判所の判断
1争点1(被控訴人製品の構成及び本件発明の構成要件充足性)について
(1)被控訴人製品の構成
ア被控訴人製品が,控訴人主張に係る構成aないしd及びfを有することは当
事者間に争いがない。
イ被控訴人は,控訴人主張に係る被控訴人製品の構成e「前記ナットの上方に
前記ベースプレートの縁部(132)を配置可能である」のうち「前記ナットの上
方に」とする点は否認し,被控訴人製品においては,ベースプレートの縁部を配置
可能な部位は,「ナットの上方」ではなく,「ナットの側部下方に形成された突出部
の上方」であると主張する。
しかるところ,甲3によると,被控訴人製品において,ベースプレートの縁部を
配置可能な部位は,ナットの側部下方に形成された突出部の上方であると認めるこ
とができることから,構成eに係る控訴人主張に対応する構成としては,「前記ナッ
トの側部下方に形成された突出部の上方に前記ベースプレートの縁部(132)を
配置可能である」(以下「構成e′」という。)となる。
(2)被控訴人製品と本件発明との対比
被控訴人は,被控訴人製品と本件発明との対比において,控訴人の主張は争わな
いとしながらも,被控訴人製品の構成については,aないしd,e′及びfである
として,被控訴人製品の構成が本件発明の構成要件を充足することについて疑問を
呈する。
しかしながら,本件発明の構成要件Dの「前記フレームの上部およびその下部間
に配置されかつ前記ボルトに螺合され,前記ボルトの軸線方向にのみ移動可能であ
るナット」としては,特にナットの形状を限定するものと認めることができず,被
控訴人製品も,ベースプレートの縁部を配置可能なものとして,ナットの側部下方
に形成された突出物を設けているものであるから,被控訴人製品における「ナット」
とこれに接合して「側部下方に形成された突出部」とを合わせて,構成要件Dの「ナ
ット」に相当するものということができるから,被控訴人製品の構成e′は,構成
要件Eの「前記ナットの上方に前記ベースプレートの縁部を配置可能である」こと
を充足するものということができる。
また,被控訴人製品の構成aないしd及びfが,それぞれ構成要件AないしD及
びFを充足することは当事者間に争いがない。
したがって,被控訴人製品は,本件発明の技術的範囲に属するものということが
できる。
2争点2(本件特許は無効にされるべきものか)について
(1)乙1発明を引用例とした容易想到性の有無
ア本件発明について
本件発明は,特許請求の範囲に記載のとおり,「基礎コンクリートに固定された
テツダンゴ上に載置され,かつ,複数のアンカーボルトおよびこれらに螺合された
複数のナットを介して前記基礎コンクリートに仮止めされたベースプレートを有す
る鉄骨柱の建入れ直し装置であって,上部および下部を有するフレームと,該フレ
ームの上部を貫通し前記フレームの下部に向けて伸びるボルトと,前記フレームの
上部およびその下部間に配置されかつ前記ボルトに螺合され,前記ボルトの軸線方
向にのみ移動可能であるナットとを含み,前記ナットの上方に前記ベースプレート
の縁部を配置可能である,鉄骨柱の建入れ直し装置」である。
イ乙1発明について
(ア)乙1公報の記載
乙1公報の特許請求の範囲には,「1地面からの車両ホイストであって,上記
ホイストをフレーム上でモータグループと一体に取付け,そのシャフトが手段の通
常の運動装置の作動装置において係合状態になることを特徴とする地面からの車両
ホイスト」,「2モータレジューサアセンブリ(2)がフランジ(3)上でフレ
ーム(1)に一体に取付けられ,モータグループシャフトが対応する歯車(6)を有す
る歯車(4,5)と係合し,ホイール,ピン運動が垂直ねじ(7)を回転させ,これ
によりチャリオット(8)が方形断面を有する縦方向シート(9)内で移動し,係
合部分(10)を上方にまたは下方に持って来ることを特徴とする特許請求の範囲
第1項記載の地面からの車両ホイスト。」及び「3使用のためにドライバがホイ
ストをそのベース(11)が地面上にあるようにして置き,部分(10)を車両の
対応係合シートに導入するように調整し,電気制御装置によってドライバが次いで
車輪を持上げてそれに介入し,前記車輪に対する介入が終わったとき,ドライバが
逆回転方向を電気的に制御して車輪を再び地面上に持って来るようにしたことを特
徴とする特許請求の範囲第1項または第2項記載の地面からの車両ホイスト」との
記載がある。
また,乙1公報の発明の詳細な説明には,「本発明は,手動介入を必要とするこ
となく,困窮した車両ドライバが最初に車輪をその交換のために持上げ,次いで再
び地面に降ろすことを実質的に可能にするところの自動操作による地面からの車両
用ホイストに関するものである。」,「現在運転者が腰を曲げ,一般にはひざを地
面上に置いてクランク操作のための所要動力を与えるように仕向けるところの持上
手段の手動使用に起因する苛酷な不快さはよく知られている。」,「図示のように,
モータレジューサアセンブリ2がフランジ3上でフレーム1に一体に取付けられて
いる。モータグループシャフトは対応する歯車6を有する歯車4,5と係合する。
ホイール,ピン運動が垂直ねじ7を回転させ,これによりチャリオット8が方形断
面を有する縦方向シート9内で移動し,係合部分10を上方にまたは下方に持って
来る。使用のために,ドライバはホイストをそのベース11が地面上にあるように
して置き,部分10を車両の対応係合シートに導入するように調整する。電気制御
装置によってドライバは次いで車輪を持上げてそれに介入する。前記車輪に対する
介入が終わったとき,ドライバは逆回転方向を電気的に制御して車輪を再び地面上
に持って来る。」との記載があり,また,FIG.1及びFIG.2に図示された
実施例において,フレーム1の上方が,歯車4,5,6を収容する箱体と一体に連
結されており,垂直ねじ7が前記箱体の底板を貫通して,前記フレーム1の下部に
向けて伸びている。
(イ)乙1発明の内容
以上の記載によれば,乙1発明は,車輪の交換のために,車両を地面から持ち上
げ,交換作業後車輪を地面に降ろす車両ホイスト(ジャッキ装置であって,対象物
を支持しつつ,その位置を上方又は下方に移動させる装置)であって,地面に設置
されるベース11と,ベース11の上方に設けられたフレーム1と,底板がフレー
ム1の上方に一体に連結された箱体と,前記箱体の底板を貫通し前記フレーム1の
下部に向けて伸びる垂直ねじ7と,前記箱体の底板と前記ベース11との間に配置
されかつ垂直ねじ7に螺合され,前記垂直ねじ7の軸線方向にのみ移動可能である
チャリオット8と,チャリオット8に設けられた係合部分10とを含み,係合部分
10の上方に車両を配置可能である,車両ホイスト(ジャッキ装置)と認められる。
また,乙1発明の課題は,運転者が車両の車輪を交換しようとする場合,腰を曲
げ,ひざを地面上に置いてクランク操作のための所要動力を与えるようにするため
の手動による車両持上げ手段に起因する不快さを解消するために,電気制御による
モータによって車両を上下させるホイスト(ジャッキ装置)を提供するものである。
ウ本件発明と乙1発明との対比
(ア)本件発明と乙1発明とを対比すると,乙1発明の「ベース11と,ベー
ス11の上方に設けられたフレーム1と,底板がフレーム1の上方に一体に連結さ
れた箱体」は,本件発明の「上部及び下部を有するフレーム」に,乙1発明の「垂
直ねじ7」は,本件発明の「ボルト」に,乙1発明の「チャリオット8と,チャリ
オット8に設けられた係合部分10」は,本件発明の「ナット」に,それぞれ相当
するということができる。
(イ)したがって,本件発明と乙1発明とは,上部および下部を有するフレー
ムと(構成要件B),該フレームの上部を貫通し前記フレームの下部に向けて伸び
るボルトと(同C),前記フレームの上部およびその下部間に配置されかつ前記ボ
ルトに螺合され,前記ボルトの軸線方向にのみ移動可能であるナットとを含む(同
D)点において一致すると認められる。
他方,本件発明と乙1発明とは,①本件発明は「基礎コンクリートに固定された
テツダンゴ上に載置され,かつ,複数のアンカーボルトおよびこれらに螺合された
複数のナットを介して前記基礎コンクリートに仮止めされたベースプレートを有す
る鉄骨柱の建入れ直し装置」(構成要件A及びF)であるのに対し,乙1発明は「地
面からの車両ホイスト」である点(以下「相違点1」という。),②本件発明は「前
記ナットの上方に前記ベースプレートの縁部を配置可能である」(構成要件E)の
に対し,乙1発明のナットに相当する「係合部分10」の上部に配置を予定してい
るのは車両である点(以下「相違点2」という。)で相違すると認められる。
(ウ)なお,控訴人は,本件発明と乙1発明の相違点として,本件発明がモー
タを有さず,手動操作によりボルトを回転させてナットを上昇させ,それによって
ベースプレートの縁部を上げることにより鉄骨柱脚の傾きを調整するものであるの
に対し,乙1発明においては,モータグループがフレームに一体に取り付けられ,
モータグループシャフトが歯車と係合し,垂直ねじを回転させ,手動介入を必要と
しない自動操作によるものである点をも挙げるべきであると主張するが,本件発明
に係る特許請求の範囲には,モータを有さず手動操作によるものとの記載があるも
のでなく,また,本件発明において,ベースプレートの縁部を持ち上げることによ
って鉄骨柱の傾きを微量調整しようとする際に,精密な動きをするモータによって
これを行うことも考えられるものであって,上記の点について相違点ということは
できず,モータを用いることが阻害要因となるものでもないから,控訴人の主張は
採用することができない。
また,控訴人は,本件発明と乙1発明との更なる相違点として,本件発明が鉄骨
柱のベースプレートの縁を持ち上げるためだけの装置であり,降ろす操作は一切発
生せず昇降装置ではないのに対し,乙1発明は車体を支持しつつ昇降する装置であ
る点を挙げるが,この点についても,本件発明に係る特許請求の範囲においては,
「前記ボルトの軸線方向にのみ移動可能であるナットを含み」と記載され,その移
動方向について上昇のみであると限定するものではないから,この点についての控
訴人の主張も採用することができない。
エ本件明細書の記載
(ア)本件明細書には,以下の記載がある。
a発明が解決しようとする課題についての記載
【0002】【従来の技術】建築予定の建物の一部をなす鉄骨柱は,その底部に取
り付けられたベースプレートを介して,基礎コンクリートに固定されたテツダンゴ
上に載置され,その後,前記基礎コンクリートから伸びる複数のアンカーボルトお
よびこれらに螺合可能の複数のナットで前記ベースプレートを前記基礎コンクリー
トに固定することにより,仮止めされる。仮止めされた鉄骨柱は,その後,その建
入れを矯正または修正される。
【0003】従来,建入れの矯正または修正である建入れ直しは,基礎コンクリー
ト上に仮止めされた複数の鉄骨柱に梁を仮止めした後,予め各鉄骨柱の頂部に固定
されたワイヤロープを引張ることにより行っていた。
【0004】【発明が解決しようとする課題】しかし,ワイヤロープの引張作業に
はこれを行うためのスペースが不可欠である,ワイヤロープの引張作業では鉄骨柱
の建入れ直しのための微調整が困難である等の欠点があった。
【0006】【課題を解決するための手段】本発明は,基礎コンクリートに固定さ
れたテツダンゴ上に載置され,かつ,複数のアンカーボルトおよびこれらに螺合さ
れた複数のナットを介して前記基礎コンクリートに仮止めされたベースプレートを
有する鉄骨柱の建入れ直し装置を提供する。
【0007】前記鉄骨柱の建入れ直し装置は,上部および下部を有するフレームと,
該フレームの上部を貫通し前記フレームの下部に向けて伸びるボルトと,前記フレ
ームの上部およびその下部間に配置されかつ前記ボルトに螺合され,前記ボルトの
軸線方向にのみ移動可能であるナットとを含む。前記ナットの上方に前記ベースプ
レートの縁部を配置可能であり,あるいは前記フレームの上部と前記ナットとがこ
れらの間に前記ベースプレートの縁部を受け入れ可能でありかつ拘束可能である。
【0008】【発明の作用および効果】本発明によれば,フレームを基礎コンクリ
ート上に載置し,ナットの上方に鉄骨柱のベースプレートの縁部を位置させ,ある
いはフレームの上部とナットとの間に鉄骨柱のベースプレートの縁部を受け入れ,
ボルトをその軸線の周りに回転させることにより,前記ボルトに螺合した前記ナッ
トを上昇させ,前記ベースプレートの縁部を持ち上げることができる。前記ボルト
の回転による前記ベースプレート縁部の持ち上げは,微量調節が可能である。また,
ベースプレートの縁部は前記フレームの上部と前記ナットとの間に拘束されること
から,持ち上げの間における鉄骨柱の転倒を防止することができる。
b鉄骨柱の建入れ直し方法についての記載
【0018】鉄骨柱10の建入れ直しは,テツダンゴ20とベースプレート14と
の接点を経てベースプレート14の下面上を伸びる互いに直角な2直線L1,L2
のそれぞれの周りに,テツダンゴ20を支点として,すなわち前記接点を支点とし
て鉄骨柱10を回転させ,傾いた状態にある両直線L1,L2を水平にすることに
より行う。また,鉄骨柱10の回転は,ベースプレート14の縁部を持ち上げるこ
とにより行う。
【0023】ベースプレート14の前記縁部の持ち上げは,液圧ジャッキ,ねじジ
ャッキ等を前記縁部と基礎コンクリート12との間に配置し,これらのジャッキを
作動させることにより,あるいは,本発明に係る図示の装置34を用いて行うこと
ができる。
【0024】本発明に係る装置34は,フレーム36と,フレーム36に回転可能
に支持されたボルト38と,フレーム36内に保持されかつボルト38に螺合され
たナット40とを含む。
【0026】ボルト38はその軸部がフレームの頂板42を貫通して底板44に向
けて伸びかつその先端が底板44に接している。ナット40は,全体にブロック状
を呈し,フレームの両側板46および背板48に摺動可能に接している。このこと
から,ボルト38をその軸線の周りに回転させると,ナット40はボルト38と共
に回転することなく,フレームの両側板46および背板48に沿ってフレーム36
内を上下動する。
【0027】フレームの頂板42およびナット40は,それぞれ,背板48とは反
対の側へ突出する突出部50,52を有する。これらの突出部50,52は,これ
らの間にベースプレート14の各縁部26−32を受け入れかつ上下方向に関して
拘束することができる。
【0029】装置34による例えばベースプレートの縁部26の持ち上げは次のよ
うにして行う。
【0030】まず,図2に示すように,下方レベルにある縁部26が(縁部26に
沿って配置された装置34の)ナット40の突出部52に接し,また,上方レベル
にあって縁部26と相対する縁部28が(縁部28に沿って配置された装置34の)
ナット40よりも上方に位置するように,両装置34のボルト38をその軸線の周
りに回転させる…(操作1)。
【0031】次に,縁部26の側の装置のボルト38を回転させてナット40を上
昇させる。これにより,ナット40の突出部52を介して縁部26が持ち上げられ
る。このとき,縁部26はナット40およびフレームの頂板42の両突出部50,
52間に拘束されるため,鉄骨柱10の転倒が防止される…(操作2)。
【0032】…ナット40の上昇距離は,ボルト38の回転操作による精密な制御
が可能であるため,鉄骨柱10の垂直精度を高いものとすることができる。…(操
作3)。
【0033】次に,前記操作1−3をベースプレート14の互いに相対する他の縁
部30および縁部32について同様に適用する。
【0034】その後,縁部28の側および縁部32の側の各装置34のボルト38
を回転させ,これにより,各装置34のナット40の突出部52を各縁部28,3
2に当接させる。次いで,各アンカーボルト22に螺合した各ナット241,242を
等トルクで締め付け,鉄骨柱10の建入れ直しを完了する。
(イ)本件発明における鉄骨柱の建入れ直し装置の意義
本件明細書の上記記載によると,本件発明は,仮止めされた鉄骨柱の建入れ直し
について,従来,あらかじめ各鉄骨柱の頂部に固定されたワイヤロープを引っ張る
ことにより行っていたが,ワイヤロープの引張り作業には,これを行うためのスペ
ースが必要であり,また,鉄骨柱の建入れ直しのための微調整が困難である等の欠
点があり,これらを解決するための発明であると認められる。
そして,上記建入れ直しのために本件発明を使用することによって,ワイヤロー
プの使用及びワイヤロープの引張り作業が不要となり,また,本件発明のボルトの
回転操作によって精密な制御が可能となり,鉄骨柱の垂直精度を高いものとするこ
とができるようになるものである。本件発明では,鉄骨柱は,その底部に取付けら
れたベースプレートを介して基礎コンクリートに固定されたテツダンゴ上に載置さ
れ,このベースプレートの縁部が本件発明のナットの突出部に接して置かれること
によって鉄骨柱の重量の大半をこのテツダンゴが引き受けることとなり,それ故,
てこの原理によって,ベースプレートの低い側の縁部に,鉄骨柱の重量に対して比
較的小さな力を加えることによって,その縁部を持ち上げて微調整をすることによ
り,上記ベースプレートの縁部の高さについて,精密な制御による微量調整が可能
となり,鉄骨柱の建入れの矯正又は修正がされるというものである。
オ相違点1について
(ア)本件発明と乙1発明の課題等について
相違点1についてみるに,本件発明は鉄骨柱の立て直し装置であるのに対し,引
用発明は車両ホイスト(ジャッキ装置)であって,必ずしも技術分野が共通するも
のということはできない。
また,上記イ及びエによると,本件発明では,鉄骨柱は,その底部に取付けられ
たベースプレートを介して基礎コンクリートに固定されたテツダンゴ上に載置され,
このベースプレートの縁部が本件発明のナットの突出部に接して置かれることによ
って鉄骨柱の重量の大半をこのテツダンゴが引き受けることとなり,それ故,本件
発明に係る装置のボルトを回転操作して上記ナットを上昇させることによって,上
記ベースプレートの縁部の高さについて精密な制御による微量調整が可能となり,
かつ,ワイヤロープも不要で鉄骨柱の建入れの矯正又は修正がされるというもので
あるところ,本件発明は,対象となるベースプレートの縁部を上昇させるという機
能を有しているが,それはベースプレートを水平になるように微調整を含めて調整
をするためであって,そのためにも,鉄骨柱の重量を積極的に引き受けてこれを上
昇させようとするものではなく,てこの原理によって,ベースプレートの低い側の
縁部に,鉄骨柱の重量に対して比較的小さな力を加えることによって,その縁部を
持ち上げて微調整をすることを可能としているということができるのに対し,乙1
発明は,省力化のため,電動モータの力によって,対象物である車両の重量を積極
的に引き受けて車両を上下させようとするホイスト(ジャッキ装置)を提供するも
のであって,発明の課題が異なるものである。
これに対し,被控訴人は,本件発明は,鉄骨柱のベースプレートを持ち上げるジ
ャッキ装置の発明であるから,重量物の持ち上げのためのジャッキ装置である乙1
発明とは共通の技術分野に属し,本件発明は,乙1発明と同様のジャッキ装置の一
種であると主張する。
しかしながら,上記のとおり,本件発明は,ベースプレートの縁部を持ち上げる
装置であるが,それはベースプレートを水平になるように微調整を含めた調整をす
るためであって,鉄骨柱の重量を積極的に引き受けてこれを上昇させようとするも
のではないのに対し,乙1発明は,対象物である車両の重量を積極的に引き受けて
車両を上下させようとするものであって,その課題を異にし,また,それ故,必然
的に,ナット又はチャリオットを上昇させる際に求められる精度,対象物を支える
ために適した大きさや強度についての構造等にも違いが生ずるものであって,本件
発明も乙1発明もジャッキ装置として共通すると直ちにいうことができるものでは
なく,また,このような相違が,当業者にとって適宜考慮し得る単なる設計事項と
いうこともできないというべきである。
(イ)甲11技術について
a甲11公報の発明の詳細な説明には,多層階の鉄骨建築物を建設するに際し
て,基礎コンクリート上に鉄骨柱を精度よく建て込む建柱施工方法とその方法に使
用するための柱底支持装置に関する発明(【0001】)であり,基礎コンクリート
の建柱位置の中心に有底垂直筒体を埋設し,次いで,柱底支持装置となるこの有底
垂直筒体に螺合されたボルト体のボルト頭の高さを建柱レベルに調整した後,柱の
下端に固着しているベースの下面中心部を上記ボルト頭に支持させ,同ベースをア
ンカーボルトを介して基礎コンクリートに固定するとの建柱施工方法(【0005】)
によるものであって,その作用としては,硬化した基礎コンクリートに埋設してい
る有底垂直筒体の開口部に螺合したボルト体を螺進,螺退させてレベル調整をする
ことにより,このボルト体の頭部に受止される柱底面の基礎コンクリート面からの
高さ位置を設定し,次いで,柱を垂直状態にしてその下端に固着しているベースの
中心部をボルト頭上に載置し,金属板及び有底垂直筒体を介して基礎コンクリート
にその荷重を支持させ,そうした後,柱の垂直度を調整しながらベースの外周部複
数箇所を基礎コンクリートにアンカーボルトを介して固定することによって,建柱
作業が完了する(【0007】)との記載がある。また,同詳細な説明には,実施例
として,柱を垂直状態に吊り下げてその下端に固着しているベースの外周部に穿設
した取付孔を対応するアンカーボルトに挿通させながらベースの中心部をボルト体
の頭部上に載置し,この頭部を中心にして柱の垂直度を調整しながら,四方のボル
ト体を上方に螺進させてそれらの頭部をベースの下面四方部に当接させ,柱を所定
の建て込み状態にしてその荷重を強固に支持するものであって(【0018】),柱の
重量をボルト体を介して基礎コンクリートに強固に支持させることができ,その上,
ボルト体の頭部を支点として柱の垂直度の調整も容易かつ正確に設定し得るとの効
果が得られること(【0021】),図5の説明として,柱底支持装置として,金属板
11の中心部下面に固着,垂設している有底垂直筒体2を中央にして,この有底垂
直筒体と概ね同一長さ,同一構造を有する複数個の有底垂直筒体12を金属板11
の外周部四方に垂設するとともに,金属板11の上面側に開口しているこれらの有
底垂直筒体12の開口端部に雌螺子部13を設け,雌螺子部13にボルト体14を
螺通させて有底垂直筒体12内に挿入させ(【0015】),このように構成した柱底
支持装置A′を,図6に示すように,打設した基礎コンクリート6面に金属板11
が密着するようにすべての有底垂直筒体2,12を基礎コンクリート6内に埋設さ
せ,この状態で基礎コンクリート6の硬化によって基礎コンクリート6に固定し,
この際,中央の有底垂直筒体2が鉄骨柱B′の芯だし位置に配設した状態にすると
ともに,金属板11の外周方の基礎コンクリート6に複数本のアンカーボルト7を
固定しておき(【0017】),そうした後,中央部の有底垂直筒体2の雌螺子部に螺
合しているボルト体4を進退させて柱B′の高さ位置調整を行ったのち,ロックナ
ット5によって固定し,次いで,柱B′を垂直状態に吊り下げてその下端に固着し
ているベース8の外周部に穿設した取付孔9を対応するアンカーボルト7に挿通さ
せながらベース8の中心部をボルト体4の頭部4a上に載置し,頭部4aを中心に
して柱B′の垂直度を調整しながら,四方のボルト体14を上方に螺進させてそれ
らの頭部14aをベース8の下面四方部に当接させ,柱B′を所定の建て込み状態
にしてその荷重を強固に支持すること(【0018】)などが記載されている。
b以上によると,甲11技術は,「基礎コンクリートに固定されたボルト上に載
置され,かつ,複数のアンカーボルトおよびこれらに螺合された複数のナットを介
して前記基礎コンクリートに仮止めされたベースプレートを有し,前記ナットの上
方に前記ベースプレートを配置可能である柱底支持装置」であると認められ,また,
このうち,基礎コンクリートに固定されたボルトは,柱の下端に固着しているベー
スの下面中心部を支持するものであるから,本件発明における鉄骨柱のベースプレ
ートを載置するテツダンゴに相当するものということができる。
(ウ)甲12技術について
a甲12公報の詳細な説明には,従来,鉄骨柱の柱脚部を基礎コンクリート上
に固定する工法としては,基礎コンクリートに植設したアンカーボルトを鉄骨柱の
ベースプレートに挿入した状態で同鉄骨柱を建て込み,梁建方を行ってから歪み直
し作業を行い,その後,アンカーボルトを締め付け固定するとともに本締めを行っ
ていたが(【0002】),このような従来の工法では,鉄骨柱の建て入れ精度が
悪いために梁建方が困難であるだけでなく,歪み直し用のワーヤーを必要とする等
の問題点があったところ(【0003】),このような問題点を解決するために,
鉄骨柱の柱脚部固定方法として,①基礎コンクリート上に鉄骨柱を建て込んで,こ
の基礎コンクリートに植設したアンカーボルトを上記鉄骨柱のベースプレートに挿
設するとともに同ベースプレートに調整ボルトを取り付け,上記基礎コンクリート
と鉄骨柱の間に歪直し用ジャッキを取り付けて,鉄骨柱を鉛直に姿勢制御した状態
で,上記アンカーボルトに螺合した締付ナット及び上記調整ボルトにより上記鉄骨
柱を固定すること,②基礎コンクリート上に鉄骨柱を建て込んで,この基礎コンク
リートに植設したアンカーボルトを上記鉄骨柱に付設した固定プレートに取り付け,
上記基礎コンクリートと鉄骨柱の間に歪直し用ジャッキを取り付けて,鉄骨柱を鉛
直に姿勢制御した状態で,上記アンカーボルトに螺合した締付ナットにより上記固
定プレートを締め付けて鉄骨柱を固定すること,③基礎コンクリート上に鉄骨柱を
建て込んで,この基礎コンクリートに植設したアンカーボルトを上記鉄骨柱のベー
スプレートに挿設し,上記基礎コンクリートと鉄骨柱の間に歪直し用ジャッキを取
り付けて,鉄骨柱を鉛直に姿勢制御した状態で,上記アンカーボルトに螺合した締
付ナット及び上記ベースプレートと基礎コンクリートとの間に介挿させたクサビに
より上記鉄骨柱を固定することを特徴とする(【0005】)との記載がある。ま
た,同詳細な説明には,第2の実施例を示す図2の説明として,基礎コンクリート
1に植設したアンカーボルト2を鉄骨柱5のベースプレート5aに挿入するととも
に,このベースプレート5aに溶接等により付設したナット9aに調整ボルト9を
螺合しておき,上記基礎コンクリート1と上記鉄骨柱5との間に,歪直し用ジャッ
キ8を取り付け(【0010】),歪直し用ジャッキ8を作動させて鉄骨柱5を鉛
直に姿勢制御すること(【0011】),第4の実施例を示す図4の説明として,
基礎コンクリート1に植設したアンカーボルト2を鉄骨柱5のベースプレート5a
に挿入するとともに,この鉄骨柱5に付設した固定プレート5bに取り付け,上記
基礎コンクリート1と上記鉄骨柱5との間には歪直し用ジャッキ8を取り付け(【0
014】),続いて,歪直し用ジャッキ8を作動させて鉄骨柱5を鉛直に姿勢制御
すること(【0015】),第6の実施例を示す図6の説明として,基礎コンクリ
ート1に植設されたアンカーボルト2を鉄骨柱5のベースプレート5aに挿入させ
るとともに,このベースプレート5aと上記基礎コンクリート1との間にクサビ1
1を挿設し,また,上記基礎コンクリート1と上記鉄骨柱5との間に,歪直し用ジ
ャッキ8を取り付け(【0018】),この状態で,歪直し用ジャッキ8を作動さ
せて鉄骨柱5を鉛直に姿勢制御すること(【0019】)が記載されている。
b上記記載によれば,甲12公報には,鉄骨柱の建入れ直しにおいて,鉄骨柱
を鉛直に姿勢制御すること,鉄骨柱を鉛直に姿勢制御するに当たって,歪直し用の
ワイヤを不要とすることとの技術課題が開示されており,この課題の解決手段とし
て,鉄骨柱の建入れ直しにおいて,鉄骨柱の歪みを直すためにジャッキ装置を用い
る発明が開示されているということができるが,他方,鉄骨柱のベースプレートが
本件発明のようにその中心においてテツダンゴによって支えられているものではな
く,ジャッキによって鉄骨柱を鉛直に制御するためには,ジャッキ装置に鉄骨柱の
重量の相当な部分が負荷されるものであって,このジャッキは,鉄骨柱の重量を積
極的に引き受けて鉄骨柱の歪みを修正しようとするものということができる。
(エ)甲11及び12技術の乙1発明への適用について
以上によると,甲11技術は,基礎コンクリートに固定されたテツダンゴに相当
するボルト上に載置され,かつ,複数のアンカーボルト及びこれらに螺合され複数
のナットを介して前記基礎コンクリートに仮止めされた柱の下端に固着しているベ
ースプレートを有するものである点で,本件発明の構成要件Aのうちの「基礎コン
クリートに固定されたテツダンゴ上に載置され,かつ,複数のアンカーボルトおよ
びこれらに螺合された複数のナットを介して前記基礎コンクリートに仮止めされた
ベースプレートを有する鉄骨柱」という点で共通するものということができるが,
柱の垂直度の調整方法については,柱を垂直状態に吊り下げてその下端に固着して
いるベースの外周部に穿設した取付孔を対応するアンカーボルトに挿通させながら
ベースの中心部をボルト体の頭部上に載置し,この頭部を中心にして柱の垂直度を
調整しながら,四方のボルト体を上方に螺進させてそれらの頭部をベースの下面四
方部に当接させ,柱を所定の建て込み状態にしてその荷重を強固に支持するとする
ものであって,甲11技術は,本件発明と異なり,柱の垂直度の調整は,柱を垂直
状態に吊り下げた状態において行われるものと判断される。また,甲11技術にお
いては,建柱作業の終了後も,ボルト体はベースの下面四方部に残されるものであ
るのに対して,本件発明の建て直し装置は,建入れ直し装置のナットの上方にベー
スプレートの縁部を配置するものであって,作業終了後には装置を撤去するもので
ある。
また,甲12技術には,鉄骨柱の建入れ直しにおいて,鉄骨柱を鉛直に姿勢制御
すること,鉄骨柱を鉛直に姿勢制御するに当たって,歪直し用のワイヤを不要とす
ることという技術課題が開示されており,この課題の解決手段として,鉄骨柱の建
入れ直しにおいて,鉄骨柱の歪みを直すためにジャッキ装置が鉄骨柱の重量を積極
的に引き受けようとするものであって,本件発明のように,鉄骨柱の重量の大半を
テツダンゴが引き受け,ボルトの軸線方向に移動可能であるナットについては,て
この原理によって,鉄骨柱の重量に対して比較的小さな力を加えることによって,
ベースプレートの縁部を持ち上げてベースプレートが水平になるように微調整をす
ることができるものであって,鉄骨柱の重量を積極的に引き受けるものではないも
のとは,その機能において異なるところがあり,甲12技術と本件発明とでは,そ
れぞれのジャッキ又は建て直し装置に求められる対象物を支えるために適した大き
さや強度についての構造等に違いが生ずるものである。
そうであるから,上(ア)記のとおり,本件発明とは技術分野や課題が異なり,
本件発明とは異なって対象物の重量を積極的に引き受けるホイスト(ジャッキ装置)
についての乙1発明に,鉄骨柱の建入れ直し方法として鉄骨柱の垂直度の調整方法
や作業終了後の建入れ直し装置の取扱が本件発明とは異なっている甲11技術や,
鉄骨柱の鉛直への姿勢制御において,ボルトの軸線方向に移動可能なナットの機能
について鉄骨柱の重量を積極的に引き受けるものではない本件発明とは異なって,
鉄骨柱の重量を積極的に引き受けるジャッキによる甲12技術を適用して,相違点
1を克服することが容易想到であるということはできないというべきである。
なお,被控訴人は,甲12公報には,ワイヤに代えて歪み直し用のジャッキを使
用する鉄骨柱の建入れ直しが示唆されているなどとし,従来から行われていた鉄骨
柱のベースプレートをテツダンゴ上に載置する鉄骨柱の建入れにおいて,ワイヤを
使用しない建入れ直しという解決課題に当面した当業者にしてみれば,鉄骨柱の底
部から横方向に突出しているベースプレートの縁部をジャッキを用いて持ち上げれ
ばよいことは容易に相当し得るところであるなどと主張するが,上記のとおり,甲
12発明のジャッキと本件発明に係る装置とは,鉄骨柱の重量を積極的に引き受け
るか否かという相違があるものであって,また,本件発明は,鉄骨柱の重量を積極
的に引き受けないものであるが故に,ベースプレートの縁部の高さについて精密な
制御による微量調整が可能となるものであることからして,この相違は,本件発明
において重要なものであるということができる点に照らすと,被控訴人の主張は採
用することができない。
カ小括
したがって,相違点2について検討するまでもなく,本件発明は乙1発明を引用
例として容易想到であるという被控訴人の主張は採用することができない。
(2)乙2技術を引用例とした容易想到性の有無
ア乙2技術
乙2公報の発明の詳細な説明には,従来の技術として,一般に,各種製造設備で
は,物体の昇降に昇降装置が広く使用されており,この昇降装置では,装置本体の
基台の中央に送り螺子軸が回転自在に立設されており,送り螺子軸には,送りナッ
トが螺合され,送りナットに昇降部材が連結されていること(【0002】),基
台の送り螺子軸の両側には,一対の案内部材が立設され,この案内部材が昇降部材
に挿通されており,装置本体の上部には,天井部が形成され,この天井部に送り螺
子軸の上端が回転自在に支持され,また,案内部材の上端が固定されていること(【0
003】),天井部の上面には,回転伝達機構及びモータが配置され,回転伝達機
構とモータとが継手を介して連結されていること(【0004】)が記載されてい
る。また,添付の図4には,この従来の昇降装置が図示されている。これが,乙2
公報に記載された従来技術である乙12技術である。
イ本件発明と乙2技術との対比
(ア)一致点
乙2技術は天井部と基台を有し,また,乙2添付の図4の従来の昇降装置では,
上部において天井部に,下部において基台に接合されている装置本体が示されてお
り,乙2技術には,本件発明の構成要件Bが開示されているということができる。
乙2技術の装置本体の基台の中央には,回転自在なものとして送り螺子軸が立設
されており,また,天井部の上面には回転伝達機構及びモータが配設され,これら
が上記送り螺子軸と連結されているものであることからすると,送り螺子軸の上端
は,天井部を貫通しているものとみることができ,乙2技術には,本件発明の構成
要件Cが開示されているということができる。
乙2技術では,送り螺子軸には送りナットが螺合され,送りナットには昇降部材
が連結されているところ,同ナットは,連結されている昇降部材とともに,天井部
と基台との間に配置され,また,基台の送り螺子軸の両側には,一対の案内部材が
立設され,この案内部材が昇降部材に挿通されることによって,ナット及び昇降部
材自体が回転することはなく,送り螺子軸の軸線方向にのみ移動可能となるもので
あるから,乙2技術には,本件発明の構成要件Dが開示されている。
以上によると,本件発明と乙2技術とは,「上部および下部を有するフレームと,
該フレームの上部を貫通し前記フレームの下部に向けて伸びるボルトと,前記フレ
ームの上部およびその下部間に配置されかつ前記ボルトに螺合され,前記ボルトの
軸線方向にのみ移動可能であるナットとを含み」(構成要件B,C及びD対応部分)
との点で一致するということができる。
(イ)相違点
本件発明は,「基礎コンクリートに固定されたテツダンゴ上に載置され,かつ,
複数のアンカーボルトおよびこれらに螺合された複数のナットを介して前記基礎コ
ンクリートに仮止めされたベースプレートを有する鉄骨柱の建入れ直し装置であっ
て」(構成要件A),「前記ナットの上方に前記ベースプレートの縁部を配置可能
である」(同E),「鉄骨柱の建入れ直し装置」(同F)であるのに対し,上記の
とおり,乙2技術は,一般に,各種製造設備で使用される物体の昇降装置である点
において,両者は相違する。
ウ相違点についての検討
乙2技術は,一般に,各種製造設備で使用される物体の昇降装置であるから,昇
降部材が物体の重量を全面的に引き受けて同物体を昇降させるものであるというこ
とができ,前記(1)エ(イ)のとおり,ベースプレートの縁部を持ち上げる装置
であるが,それはベースプレートを水平になるように微調整を含めた調整をするた
めであって,鉄骨柱の重量を積極的に引き受けてこれを上昇させようとするもので
はない本件発明とは,その課題を異にし,また,それ故,昇降部材又はナットを上
昇させる際に求められる精度,対象物を支えるために適した大きさや強度について
の構造等にも違いが生ずるものであるから,本件発明も乙2技術も昇降装置として
共通すると直ちにいうことができるものではなく,また,このような相違が,当業
者にとって適宜考慮し得る単なる設計事項ということもできないというべきである。
そして,前記(1)オのとおりの甲11及び12技術の内容に照らすと,甲11
及び12技術を乙2技術に適用して,上記相違点を克服することが容易想到である
ということはできないというべきである。
エ小括
したがって,本件発明は乙2技術を引用例として容易想到であるという被控訴人
の主張も採用することができない。
(3)甲19技術を主たる引用例とした容易想到性の有無
ア甲19技術
甲19によると,従来工法として,「基礎コンクリート上に固定されたテツダンゴ
上に載置され,かつ,複数のアンカーボルトおよびこれらに螺合された複数のナッ
トを介して前記基礎コンクリートに仮止めされたベースプレートを有する鉄骨柱の
柱頭部に取付けた歪み直し用ワイヤロープを緊張工具を介してコンクリート上のフ
ックに取付けて緊張する鉄骨柱の建入れ直し技術」が公然実施されていたことが認
められる。
イ本件発明と甲19技術との対比
本件発明と甲19技術とを対比すると,両者は,以下の(ア)で一致し,(イ)で
相違する。
(ア)一致点:「基礎コンクリート上に固定されたテツダンゴ上に載置され,か
つ,複数のアンカーボルトおよびこれらに螺合された複数のナットを介して前記基
礎コンクリートに仮止めされたベースプレートを有する鉄骨柱の建入れ直し」にか
かわる技術である点
(イ)相違点:建入れ直し手段として,甲19技術が「鉄骨柱の柱頭部に取り
付けた歪み直し用ワイヤロープを緊張工具を介してコンクリート上のフックに取り
付けて緊張する」のに対し,本件発明が「上部及び下部を有するフレームと,該フ
レームの上部を貫通し前記フレームの下部に向けて伸びるボルトと,前記フレーム
の上部およびその下部間に配置されかつ前記ボルトに螺合され,前記ボルトの軸線
方向にのみ移動可能であるナット」からなる装置を用いて,「前記ナットの上方に前
記ベースプレートの縁部を配置」する点
ウ相違点についての検討
前記(1)エ(イ)のとおり,本件発明に係る装置は,ベースプレートを水平に
なるように微調整を含めた調整をするためにベースプレートの縁部を持ち上げるも
のであって,被控訴人が主張するような単なる昇降装置として周知なジャッキ装置
ということができないものであり,また,甲12技術におけるジャッキ装置とも異
なるものであるから,甲19技術に乙1発明及び甲12を適用して,上記相違点に
ついて容易想到であるということはできないというべきである。
エ小括
したがって,本件発明は甲19技術を主たる引用例として容易想到であるという
被控訴人の主張も採用することができない。
(4)「物の発明」としての新規性欠如の有無
なお,被控訴人は,本件発明に係る特許請求の範囲の記載において,「物の発明」
としての本件発明の構造を規定する構成要件は,「B:上部および下部を有するフレ
ームと,」,「C:該フレームの上部を貫通し前記フレームの下部に向けて伸びるボル
トと,」及び「D:前記フレームの上部およびその下部間に配置されかつ前記ボルト
に螺合され,前記ボルトの軸線方向にのみ移動可能であるナットとを含み,」の3構
成要件に尽きるところ,この3構成要件からなる構造は周知であるから,そもそも
本件発明の構成自体において新規性を欠くように主張する。
しかしながら,本件発明は,構成要件AないしFからなるものであって,構成要
件BないしDの装置についての用途発明でもないから,同BないしDの構造が周知
であることをもって新規性を欠くとする被控訴人の主張は失当というほかなく,採
用することができない。
4争点3(差止請求の可否)について
(1)特許法100条1項の請求
被控訴人は,別紙取引一覧表(ただし,名古屋三伸取引分を除く。)のとおり,平
成21年9月9日取引開始分まで,本件発明の技術的範囲に属する被控訴人製品を
保有して,これを第三者に賃貸してきたものである。
被控訴人は,被控訴人製品を回収して廃棄したと主張するが,その主張を直ちに
首肯することができないことは上記説示のとおりであることに加え,被控訴人製品
の製造それ自体は容易であるとも認められるのであって,被控訴人が,今後,被控
訴人製品を製造して第三者に賃貸するおそれがないとまでいうことはできない。
したがって,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人製品の製造,貸与,貸与のた
めの展示又は貸与の申出の差止めを求める請求も理由がある。
(2)特許法100条2項の請求
被控訴人は,当審の口頭弁論終結期日に至って,被控訴人製品を回収して廃棄し
たと主張し,その証拠として,乙12ないし15を提出するが,これをもって,直
ちに被控訴人製品が完全に回収され,かつ,その全部が廃棄済みになっているとま
では認めるのは困難であって,控訴人が,特許法100条2項に基づき,被控訴人
に対し,本件特許権の侵害品である被控訴人製品の廃棄を求める請求は理由がある。
ただし,上記(1)のとおり,被控訴人製品の貸与の差止めが認められる以上,更
に被控訴人製品の回収を認めるまでの必要はなく,同回収を求める請求は理由がな
い。
5争点4(控訴人の被った損害額)について
(1)被控訴人の売上額
被控訴人は,被控訴人製品を第三者に貸与してきたこと,被控訴人(ただし,被
控訴人において,名古屋三伸取引分であると主張する分を含む。)が,製造した上で
被控訴人製品を第三者に賃貸したことについての取引開始日,取引終了日及び売上
高が別紙取引一覧表記載のとおりであって,本件請求に係る平成17年7月1日か
ら平成21年9月9日までの被控訴人による被控訴人製品の貸与についての売上高
合計は223万4596円となることは,当事者間に争いがない。
(2)被控訴人主張に係る名古屋三伸取引分
証拠及び弁論の全趣旨によると,控訴人の関連会社として,名古屋市に本店を有
する被控訴人とは独立した法人である名古屋三伸が存在すること(甲26,27),
被控訴人は主として静岡県よりも東側を営業範囲とされ,それ以西は名古屋三伸の
営業範囲とし,同社が被控訴人から貸与を受けた被控訴人製品を賃貸していること
(乙6)が認められる。
以上によると,別紙取引一覧表の取引のうち,番号1ないし4,11ないし13
及び20の取引は名古屋三伸が行った取引であって,被控訴人が行った取引と認め
ることはできず,被控訴人の取引による売上高合計額は,これら名古屋三伸の取引
分を控除した134万6106円(内訳として,原審における請求に係る平成20
年7月13日までの取引分が77万9455円,当審における追加請求に係る同月
14日以降の取引分が56万6651円)となる。
なお,控訴人は,被控訴人と名古屋三伸との役員構成が代表取締役及び取締役と
も同一であること(甲26,27),被控訴人製品のカタログには,被控訴人名古屋
支店所在地として名古屋三伸の本店所在地が記載されており(甲3),被控訴人製品
の賃貸事業においては,大阪及び名古屋地区の取引においても,被控訴人の支店名
のみを社会的に表示して営業を行っていること,本件訴訟において,被控訴人が,
控訴審における平成22年1月14日付け上申書を提出するまでは,名古屋三伸が
存在し,特許権侵害に関する法的責任は別個であるとの主張を一切行ってこなかっ
たことなどをもって,被控訴人製品の賃貸事業は,そのすべてを被控訴人が実施し
てきたものというべきであると主張するが,被控訴人と名古屋三伸とは別法人であ
り,また,名古屋三伸の法人格が否認されるべきほどに形骸化しているとか濫用さ
れているとは認められず,被控訴人が,名古屋三伸の賃貸分に係る利益額から推定
される損害額についても賠償義務を負うべきということができるものではなく,控
訴人の主張は採用することができない。
(3)必要経費の控除
ア被控訴人が賃貸のために製造をさせて仕入れた被控訴人製品の総本数は,サ
ンプル1本を除いて388本であり,また,その仕入単価は5350円であるから
(乙10),被控訴人製品の仕入額合計は207万5800円となる。
このうち,被控訴人が名古屋三伸のリース用に使用させている分については,被
控訴人と名古屋三伸との売上高比率によることが相当であるから,別紙取引一覧表
の売上げの比率に基づくと,被控訴人売上げに対応する経費としての仕入額は,上
記仕入額合計207万5800円のうち125万0448円(円未満四捨五入。以
下同じ。)となる。
イなお,控訴人は,被控訴人による被控訴人製品の賃貸個数は,控訴人の本件
特許実施製品の予備在庫の範囲において十分にまかなうことができた程度のもので
あったから,損害額算定において,被控訴人による被控訴人製品取得費用を必要経
費として当然に控除すべきではないと主張する。しかしながら,控訴人は,特許法
102条2項の規定によって,侵害者がその侵害の行為により受けた利益の額を損
害の額と推定することを求めているのであって,侵害者の利益額を算定するにおい
ては,侵害品の製造に要した費用は控除されるべきであるから,控訴人の主張は採
用することができない。
また,控訴人は,仮に被控訴人による被控訴人製品取得費用について必要経費性
が認められるとしても,被控訴人製品の耐用年数は,その鉄材からなる構造の単純
性に基づく堅牢性からすれば,少なくとも20年はあるべきであって,被控訴人に
よる本件特許権侵害行為期間である約4年間と対比すると,取得費の20分の4に
限って必要経費の控除が認められるべきであると主張する。しかしながら,被控訴
人製品は,建築現場等の屋外の工事現場で使用されるものであること,使用を続け
るに従ってボルトとナットとの接合部のねじ山が摩耗していくことなどが考えられ
ることからすると,その耐用年数は,税務上の償却期間である3年(乙11)とす
るのが相当であり,3年を超える本件訴訟における特許権侵害期間との関係におい
ては,被控訴人製品の仕入額全額を必要経費として控除すべきことになる。
また,仕入額のうち被控訴人の売上高比率に対応する125万0448円を,更
に平成20年7月13日の前後の被控訴人の売上高の比率で分けると,同日までが
72万4065円,同月14日以降が52万6383円となる。
ウ以上によると,被控訴人製品の賃貸によって被控訴人が受けた利益額は,被
控訴人による売上高134万6106円から必要経費としての仕入価格125万0
448円を控除した9万5658円(内訳として,平成20年7月13日までが5
万5390円,同月14日以降が4万0268円)となる。
(4)本件特許権の共有者との関係
ア本件特許は,控訴人と熊谷組との持分を各2分の1とする共有特許であると
ころ,控訴人のみが本件特許権を実施しており,熊谷組は本件特許権の実施をして
おらず,第三者に実施許諾を行ったこともないことが認められる(甲25)。
イところで,特許権の共有者は,持分権にかかわらず特許発明全部を実施でき
るものであるから,特許権の侵害行為による損害額も特許権の共有持分に比例する
ものではなく,実施の程度の比に応じて算定されるべきものである。そして,この
ことは,損害額の推定規定である特許法102条2項による場合も同様であるとい
うことができる。
ウもっとも,本件特許権を実施していない熊谷組も,被控訴人に対して,実施
料相当額の損害賠償請求を行うことができるものであったが(特許法102条3項),
熊谷組は,同損害賠償請求権を控訴人に譲渡し,その旨の対抗要件が具備されてお
り(甲24の1・2,甲25),熊谷組から被控訴人に対して本件特許権侵害による
損害賠償請求が行われることはもはやあり得ないことから,控訴人が,本件訴訟に
おいて,本件特許権侵害によって請求し得る損害額は,被控訴人が被控訴人製品を
賃貸したことによって得た利益の全額ということになる。
(5)小括
したがって,控訴人の損害額は9万5658円(内訳として,原審からの請求に
係る平成20年7月13日までの分が5万5390円,当審からの請求に係る同月
14日以降の分が4万0268円)となる。
(6)弁護士費用相当の損害
控訴人は,本件訴訟の提起・追行に伴う弁護士費用相当の損害賠償も併せて求め
るところ,上記のとおり,被控訴人は,被控訴人製品を製造・貸与して本件特許権
を侵害したものであり,その結果,控訴人は弁護士に依頼して本件訴訟を提起せざ
るを得なくなったものであると認められるので,上記損害賠償のほか,前記4のと
おり差止請求が認められること,本件訴訟の難易,被控訴人の応訴の状況等,その
他諸般の事情を考慮すると,弁護士費用相当の損害額は30万円が相当である。
6結論
以上の次第であるから,控訴人の本訴請求を全部棄却した原判決を変更し,被控
訴人製品の製造,貸与,貸与のための展示及び貸与の申出の差止め,被控訴人製品
の廃棄を求める請求はいずれもこれを認容し,被控訴人製品の回収を求める請求は
これを棄却すべきものとし,損害賠償を求める請求については前記9万5658円
に弁護士費用30万円を加えた39万5658円及びこれに対する遅延損害金(起
算日は,原審からの損害賠償については,弁護士費用を含め,訴状送達の日の翌日
である平成20年7月19日,当審からの損害賠償については,訴えの変更申立書
が送達された日の翌日である平成22年3月12日)の支払を求める限度でこれを
認容することとする。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官滝澤孝臣
裁判官本多知成
裁判官荒井章光
(別紙)
被控訴人製品目録
三伸機材株式会社製柱脚用建起し装置(商品名「BASEJACK鉄人ベース
ジャッキ」)
以上

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