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平成27年第1162号覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件
平成28年5月19日千葉地方裁判所刑事第2部判決
主文
被告人両名は無罪。
理由
1本件公訴事実
本件公訴事実は,「被告人両名は,氏名不詳者らと共謀の上,営利の目
的で,平成27年5月22日(現地時間),タイ王国所在のスワンナプー
ム国際空港において,ジェットアジア・エアウェイズ第988便に搭乗す
る際,覚せい剤1628.53グラムを隠し入れた浄水器用フィルター3
個を収納した箱及び覚せい剤741.14グラムを隠し入れたコーヒーメ
ーカー5個を収納したスーツケースを機内預託手荷物として預けて同航
空機に積み込ませ,同日,千葉県成田市所在の成田国際空港内の駐機場に
おいて,同空港関係作業員に,同箱及び同スーツケースを同空港に到着し
た同航空機から機外に搬出させ,もって覚せい剤取締法が禁止する覚せい
剤の本邦への輸入を行うとともに,同日,同空港内の東京税関成田税関支
署第2旅客ターミナルビル旅具検査場において,同支署税関職員の検査を
受けた際,関税法が輸入してはならない貨物とする前記覚せい剤を携帯し
ているにもかかわらず,その事実を申告しないまま同検査場を通過して輸
入しようとしたが,同職員に前記覚せい剤を発見されたため,これを遂げ
ることができなかったものである。」というものである。
2争点
本件の争点は,被告人両名が,タイから日本に持ち込んだ浄水器用フィ
ルター3個(以下,「本件浄水器」という。)及び判示スーツケース(以
下,「本件スーツケース」という。)に収納されたコーヒーメーカー5個
(以下,「本件コーヒーメーカー」といい,本件浄水器と併せて「本件浄
水器等」という。)内に,覚せい剤を含む違法薬物が隠匿されているとの
認識を有していたか否かである。
3依頼内容の不自然さについて
(1)関係証拠によれば,以下の事実を認定できる。
被告人両名は,平成27年5月2日(現地時間。以下,外国の出来事は
全て現地時間である。また,特に断りのない限り,年については平成27
年のことである。)から同月9日頃までの間に,知人であるCと称する女
性(以下,「C」という。)から,被告人両名が,浄水器等の何らかの商
品見本を,団体ツアーに参加する際に持ち込む方法によりタイから日本へ
運搬すれば,報酬5万バーツを支払う,その際に発生する団体ツアーの旅
行代金を含む渡航費用や日本における滞在費も全て負担する旨の依頼(以
下,「本件依頼」という。)をされたため,これを引き受けることとした。
その後,被告人両名は,遅くとも,5月22日,タイのスワンナプーム国
際空港発の航空機に搭乗するまでに,依頼者側の人物から本件浄水器等を
渡され,これらを機内預託手荷物として同空港に預け,同空港から航空機
で出発し,同日,本邦へ入国した。
(2)そうすると,このような依頼は,商品見本の中身が具体的に明らか
になっていないのに,それをそのまま日本へ持ち込むことを引き受けさえ
すれば,自己資金を一切出さずに日本へ旅行することができ,しかも,帰
国後には高額の報酬が得られるという余りにも怪しげでうまい話なので
あるから,このような内容の依頼をされた者としては,その時点で,依頼
者が述べるとおりの商品見本の運搬が真の目的ではなく,依頼者が述べる
商品見本の中には,多額の渡航費用等をかけてまで人の手で直接外国まで
運搬することに見合う価値のある物品が隠匿されており,その隠匿物の運
搬をさせられるのではないかとの疑いを通常は抱くはずである。そして,
被告人両名は,そのような依頼を引き受けた後に,本件依頼の依頼者等か
ら本件浄水器等を受け取ったことになるのであるから,上記のような物が
本件浄水器等内にそれぞれ隠匿されているかも知れないことに通常であ
れば気付くはずであるし,それらの内部に隠匿して運搬可能な物の一つと
して,覚せい剤を含む違法薬物があり得ることも,容易に思い付くはずで
ある。したがって,被告人両名は,特段の事情がない限り,タイで本件浄
水器等の中に覚せい剤を含む違法薬物が隠匿されているかも知れないと
の認識を有していたものと推認することができる。
4被告人両名の弁解内容
(1)これに対し,被告人両名は,Cからの依頼に応じ,本件浄水器等を
タイから日本へ運搬した経緯について,当公判廷において,要旨,以下の
とおり供述し,Cから本件依頼を受けてから日本へ渡航するまでの間,違
法薬物の運搬ではないかと疑ったことは一度もなかったと主張している。
ア被告人Aは,遊園地の研修生として仕事に就いており,5月下旬頃
には,正式な従業員として雇用され月額約9500バーツの給料を得る予
定であった。また,被告人Aは,生活費が足りなくなると,母親からお金
を借りていた。被告人Bは,レストランの従業員として同月1日から働い
ており,月額約1万バーツの給料が得られることが見込まれており,給料
が出るまでの間は,被告人Aに生活費を出してもらっていた。
被告人両名は,本件犯行の2年前頃に知り合い,しばらくした後,恋人
として交際するようになった。また,被告人Aは,本件以前にラオスに旅
行した以外は国外へ旅行したことがなく,被告人Bは全く国外旅行の経験
がなく,両名とも日本語を全く使えず,英語もほとんど理解することはで
きなかった。
イ被告人Bは,約2年前に職場でCと知り合い,約1年間同僚として
一緒に働いていく中で,Cを姉のように慕うようになっていった。また,
被告人Bは,仕事を辞めた際に,Cからいい仕事があれば紹介する旨言わ
れた。その後もCとの交際は本件犯行に至るまで継続していた。
被告人Aは,被告人BとCの関係を知っており,また,被告人Bを通じ
てCと知り合い,その後,フェイスブックのメッセージ等を利用して連絡
を取り合っていた。
ウ被告人Aは,5月2日,Cから「浄水器等の商品見本を,被告人B
と共にツアー客として日本に行き,恋人の友人の下に届けて欲しい。報酬
のほか,パスポートの取得費用,ツアー代金を含む日本への渡航費用,日
本における滞在費用についても全て支払う。」旨の仕事の勧誘を受けた。
この説明を聞き,被告人Aは,ラオスに旅行した時の経験から脱税の疑い
を持ったが,Cにそのことを伝えて否定され,その疑いがなくなったこと
などから,被告人Bと一緒に行くことを前提にして,本件依頼を引き受け
ることにした。その後,被告人Aは,Cから本件依頼の報酬が被告人両名
で5万バーツ,1人なら3万バーツである旨告げられた。
エ被告人Bは,5月2日,Cから「被告人Aと共に日本へお土産を運
搬して欲しい。報酬は2人で5万バーツ,渡航費用や日本における滞在費
用についても全て支払う。」旨の仕事の勧誘を受けた。被告人Bは,報酬
が高額だと感じ,本当に日本に渡航できるのか半信半疑であったが,被告
人Aと相談し,同人が行くというので,上記の依頼を引き受けることとし
た。
オ被告人両名は,同月11日頃,パスポートを申請した際,Cから日
本へ運搬する物は,浄水器の商品見本である旨告げられた。被告人Bは,
この時点で初めて,日本への渡航が現実の話だと思うようになった。また,
被告人Aは,大きなスーツケースを所持していなかったことから,本件ス
ーツケースをCから借りることにした。
カ同月21日の夜,被告人両名は,ホテルの部屋で,C及びその恋人
に会った。そこには,本件浄水器が在中する箱が袋に包まれた状態で置い
てあったほか,本件コーヒーメーカーや食料品等が収納されていた本件ス
ーツケースも置いてあった。被告人両名は,Cから,本件浄水器は,ツア
ーの日程途中の新宿のデパートで,Cの恋人の友人に渡すように指示さ
れ,また,本件コーヒーメーカーについても,お土産としてその友人に渡
すように指示をされた。被告人両名は,本件浄水器等についてそれ程綿密
に確認することはなかった。
キ同月22日,被告人両名は,Cとともに空港に向かい,本件浄水器
が在中する箱をツアーの添乗員の指示で袋から出し,本件スーツケースと
共に機内預託手荷物として預け,日本へ渡航した。
(2)以上の被告人両名の弁解内容は,少なくとも客観的な事実関係に関
する部分は,相互に整合しており,その信用性を支え合っている上,供述
も一貫しており,被告人AとCとの間におけるフェイスブックのメッセー
ジの連絡状況とも整合するものであるから,信用することができる。よっ
て,渡航経緯に係る客観的な状況については,被告人両名の弁解を前提に,
以下判断する。
5被告人両名の弁解の検討
(1)たしかに,上記の被告人両名の弁解を前提としても,本件浄水器又
はそのイラスト等が記載された外箱等を実際に目にしたならば,それら
は,配送ではなく,わざわざ複数名で,しかもツアー旅行を利用して直接
運搬する必要性を感じさせる物ではないことから,ビジネスとしての合理
性に疑問を抱くのが通常であるし,本来の依頼人であるCの恋人の素性が
分からないことはCへの信頼から生まれる本件依頼への信用度を低下さ
せる事情であるようにも思える。
しかしながら,当裁判所は,本件依頼の誘いを受けてから日本へ渡航す
るまでの間,違法薬物の運搬ではないかと疑ったことは一度もなかったと
いう被告人両名の弁解が必ずしも排斥できないと判断したので,以下その
理由を述べる。
ア被告人両名とCとの関係性
まず,一方で,被告人Bは,本件依頼の誘いを受けた頃,Cと親密な関
係にあり,他方で,被告人Aもそのような関係を知っており,自身もCと
連絡を取り合っていたのであるから,被告人両名が,本件依頼について,
金銭的に余裕があるCが被告人両名のために特別に条件のいい仕事を用
意してくれたものと考えたとしても不自然ではない。このことは,本件依
頼に関するメッセージのやり取りがなされた直後に送られた「私はもうい
い生活ができたから,あなた達にも金持ちになって欲しいわ。」というC
からのメッセージに対し,被告人Aが「優しいですね愛していますう
らやましいです」というメッセージを返していることや,被告人AがCに
対して,「姉さんがベル(被告人B)の知り合いで良かったです。でなけ
れば,このようなチャンスはないと思います。」というメッセージを送っ
ていることとも符合する。そうすると,被告人両名は,本件依頼を経済合
理性に基づく純粋なビジネスとは考えていなかった可能性が高いから,本
件依頼の仕事内容と報酬や経費等が釣り合っていないからといって,直ち
に被告人両名が,本件依頼について,違法薬物の運搬ではないかとの疑問
を持っていたとまで結論付けることはできない。また,被告人両名で日本
へ渡航し,2人で運んだ方が報酬が高額になることやツアー旅行を利用す
ることなど,商品見本の運搬という本来の仕事内容からすれば疑いに結び
つくような事情についても,恋人との旅行というプレゼントとしての意味
合いも持つ依頼と考えていたので,疑念に結びつけなかったというのもあ
り得ないことではない。そして,信頼できるCが具体的な仕事の内容を把
握しており,被告人両名のために便宜を図って仕事の仲介をしてくれてい
るという状況下では,被告人両名が事業主とされているCの恋人に関する
素性を特段気にしなかったというのが不自然であるとまではいえない。
これに対し,検察官は,被告人BとCの関係は,結局のところ,会社の
元同僚以上のものではないから,最終的に被告人Bが本件依頼を何の疑い
も持たずに信じたのはおかしい旨主張する。しかし,被告人BとCが親密
な関係にあったことは,当公判廷における被告人Aの供述や被告人AとC
とのメッセージのやり取りからも裏付けることができ,これを排斥する証
拠は見当たらない。そうすると,被告人Bが,本件依頼について,信頼で
きるCから,以前に話のあった仕事の斡旋を実際に受けたものと考えたと
してもあながち不自然ではない。
また,検察官は,被告人Aは,本件依頼がなされるまでCと一度しか会
ったことがなく,それ程深い関係にはなかったのであるから,脱税である
ことを疑っていた被告人AがCの言葉を何の疑いもなく信じ込むはずが
ない旨主張する。しかしながら,被告人Aは,Cと被告人Bとが前記のよ
うな関係にあることは知っており,また,当公判廷で取り調べられた証拠
だけでも,被告人AとCとの間では,数時間にわたりプライベートな内容
を含んだメッセージのやり取りをしていたことが認められるのであるか
ら,被告人AもCに対し,かなりの程度心を許していたものと窺える。以
上のような被告人AとCとの関係性からすると,一度は脱税を疑っていた
被告人Aであっても,Cの言葉をそのまま信じることがあり得ないとまで
はいえない。なお,実際にも,本件依頼は,商品をそれと分かる状態で運
搬する仕事であったのであるから,最後まで脱税の疑念が生じる余地はな
かったといえる。
イ本件浄水器の価値等に関する被告人両名の認識
加えて,被告人両名は,本件浄水器の値段や価値等については知らされ
ておらず,むしろ,依頼者がそれを使ってコピー商品を作るなどと本件運
搬行為の経済的価値が浄水器本体の値段だけでは決まらない趣旨の説明
をされており,また,本件浄水器を渡航直前に渡され,これを綿密に確認
することもなかったのであるから,本件浄水器を商品見本として日本へ運
搬することで,どの程度の利益が生まれるかは具体的には分かっておら
ず,本件依頼内容と報酬・経費等との経済的な不均衡がどの程度であるの
かについて,終始十分に検討できなかった可能性が高い。
ウ被告人両名が本件依頼を引き受けるに至った動機
さらに,被告人両名は,裕福であったとはいえないものの,本件犯行時
頃に,それぞれ相応の収入又はその具体的な当てを有しており,大金を必
要とするような事情もなかったのであり,また,被告人Aは両親からの相
応の経済的援助を受けることができ,被告人Bは被告人Aの経済力を頼っ
て生活ができていたのであって,被告人両名とも,運び屋としてのリスク
を覚悟した上で,二,三か月分の月収額程度の報酬を目当てに本件依頼を
引き受けなければならない強い動機があったとは,証拠上窺えない。むし
ろ,被告人Bは,当公判廷において,報酬よりも日本に渡航できることを
楽しみにしていたなどと供述しており,当初から本件依頼の報酬内容につ
いて,それ程関心を示していなかったことが窺える。
エ本件依頼に関する連絡状況
そして,被告人両名とC等との関係性に照らせば,仮に被告人両名のい
ずれか一方が,本件依頼について,違法薬物の運搬ではないかとの疑いを
持っていたのであれば,そのことを他方の被告人に伝えたり,あるいはC
等に確認したりするのが通常であるはずなのに,そのようなやり取りがな
されたことは証拠上窺えない。特に被告人AとCとの間では,当公判廷で
取調べられた証拠だけでも5月2日から同月14日にかけてフェイスブ
ック上で頻繁なメッセージのやり取りがなされているのに,その中で,被
告人AがCに対し,タイから日本へ商品見本を運搬することについて疑問
や不安を投げかけるようなメッセージはおろか,運搬対象物について関心
を示すようなメッセージすら送られていない。また,Cにそのような疑問
を伝えられない事情も窺えない。
これに対し,検察官は,被告人Aが,Cから仕事の依頼をされた後,そ
れまで直接会ったことがないDと称する人物(以下,「D」という。)に
対し,「彼女が行くようにさせたとき何をしに行ったんですか?」という
メッセージを送ったことや,Cに対し,「(Bが)行きたがっています。
でも怖いと言いました。」というメッセージを送ったことは,被告人Aが
本件依頼について,疑問に思っていたことを示す事情である旨主張する。
しかしながら,いずれのメッセージも,被告人Aがいうように言葉の問題
等に関する不安を解消するために送ったものとも解釈し得る。なお,この
不安が,ツアーに日本語を話せる添乗員が同行することだけで解消してい
ないことも十分考えられる。また,Dに対して上記メッセージを送ったの
は,実際に日本へ渡航したDに対しそのときの状況を聞く趣旨であるか
ら,依頼者であるCではなく,Dに聞いたとしても何ら不自然なことでは
ない。したがって,上記のメッセージの内容が,必ずしも検察官が主張す
るように被告人Aが本件依頼について疑問に思っていたことを示す事情
であるとまではいえない。
また,検察官は,被告人AがCに対し,「(Bが)行きたがっています。
でも怖いと言いました。」というメッセージを送っていることから,現実
にも被告人Bが被告人Aに対し,本件依頼に関する不安を吐露していた旨
主張する。しかしながら,この点に関しては,被告人両名ともに明確に否
定していることや,被告人AがDに対しても同様に虚偽の内容のメッセー
ジを送って同行を暗に依頼していることからすれば,真実は被告人Bが怖
いなどと言っていないのに,被告人AがCの気をひくために虚偽の事実を
伝えた可能性は十分にあり得る。
オ入国時の被告人両名の様子
加えて,被告人両名は,成田国際空港の検査台における税関検査を受け
る際,外観から一見するだけで浄水器が在中していると判別することがで
き,ツアー旅行客の所持品として不自然な箱をむき出しの状態で持参する
など,本件浄水器を隠そうとした様子は証拠上一切窺えない。この事実は,
被告人両名が,本件浄水器等に違法な物が隠されていると考えていなかっ
たことと整合する。
(2)以上の各事実に,被告人両名が,いずれも若年で社会経験を十分に
有しておらず,海外旅行への期待感に浮足立っていたことも加味すれば,
本件依頼について,Cの言葉を完全に信じてしまったため,違法薬物の運
搬ではないかという疑いは一度も持たなかったという被告人両名の弁解
も一概に不自然,不合理であるとまでいうことはできない。
そして,被告人両名は,Cらから,お土産として本件コーヒーメーカー
を運搬する旨依頼され,これを引き受けているが,本件依頼について疑問
を抱いていないのであれば,本件依頼と同様に,Cに言われるがまま何の
疑問も抱くことなく,本件浄水器の運搬のついでに本件コーヒーメーカー
を運搬することも決してあり得ない話ではない。また,旅行がプレゼント
の意味合いを有していること,本件スーツケースを貸してもらった上でそ
の中にすでに入れられていたことからすれば,本件コーヒーメーカーが,
「ついで」としては多すぎる荷物であるとの点について疑義を感じなかっ
たのも不自然であるとまではいえない。そうだとすると,本件依頼につい
て最終的には何も疑問に思わなかったという被告人両名の弁解を排斥す
ることはできないという本件事情の下においては,本件コーヒーメーカー
についても何も考えずに運搬してしまったという被告人両名の弁解も同
様に不自然,不合理であるとはいえない。
6その他の検察官の主張の検討
(1)被告人Aの母親の忠告について
検察官は,被告人Aは,本件依頼について,違法薬物を運ばされるので
はないかと母親から忠告されたと述べているにもかかわらず,Cを信じて
しまったことについて合理的な理由を説明できていない旨主張する。しか
しながら,前記のとおりの被告人AとCとの関係性に加え,被告人Aがま
だ若く,恋人と2人で海外旅行に行けることで気持ちが高揚していたこと
や,そもそも,母親の忠告も毎日のように電話していた中での一度の出来
事である上,運び屋との疑念以外に人身売買といった明らかに現実離れし
ていると感じられる疑念を含んだものであったことも併せ考えれば,母親
の忠告を単なる杞憂と聞き流し,Cの言葉を一方的に信じてしまうことも
ないとはいえない。このことは,証拠上,脱税の疑いについてはCや被告
人Bに相談していた被告人Aが,母親の忠告については,Cとの頻繁なメ
ッセージのやり取りの中においても全く相談を行っておらず,恋人であり
一緒に日本へ渡航することになる被告人Bに対しても相談した形跡が窺
えないこととも符合する。
(2)税関検査時の言動
検察官は,被告人両名には,税関検査の際,違法薬物の隠匿を疑ってい
たことを示す言動がある旨主張する。すなわち,①被告人両名は,税関検
査の際,確認書等に商品サンプルや他人から預かった物等はない旨の虚偽
の記載をしており,②また,被告人Aは,X線検査の際,本件コーヒーメ
ーカーに影が映し出されていただけで,まだ中身が何か明らかになってい
ない段階で,自分から「きっと悪いやつだわ。薬方面かな。」などと違法
薬物が隠匿されていることを疑っていたことを示す言動をとっており,③
さらに,被告人Bは,X線検査で,本件浄水器や本件コーヒーメーカーに
異影が映し出された時だけでなく,それらの中から白色の薬物が見つかっ
た時も,特に動揺したりする様子はなかったのであるから,違法薬物が隠
されていたことを疑っていたはずであるというのである。
しかしながら,まず,①については,検査の面倒を避けるために預かっ
た物等がない旨虚偽の申告をすることは間々あることであり,また,被告
人両名の英語能力や日本語能力を踏まえれば,通訳人が到着する前の段階
では,タイ語の確認書であったとしても,記載内容がよく分からないまま
申告してしまった可能性もある。むしろ,被告人両名は,タイ語の通訳人
が到着した後は,ほぼ一貫して本件浄水器等が預かり物であり,新宿のデ
パートにいる人に渡すという当公判廷における供述にも沿う言動を採っ
ていることからすれば,なおさら確認書等に虚偽の記載があることをもっ
て,違法薬物の隠匿を疑っていたなどということはできない。また,②に
ついては,被告人Aは,以前に薬物の密輸事件について,ニュースで見聞
きしていた上,予めX線検査の前に税関職員に輸入禁止品の一つとして薬
物の写真が載っている書類を見せられていたのであるから,仮に当初は違
法薬物が隠匿されているとの認識を持っていなかったとしても,X線検査
で異影が発見された段階で,その可能性に気付くことは十分にあり得る。
むしろ,X線検査での異影に関していえば,被告人Aは,異影が発見され
た後,目に涙を溜めたり,預けた人に対する感情を露わにするなど,それ
までは違法薬物の存在を疑っていなかった者として自然な言動を採って
いる。さらに,③についても,内心が態度や表情等にどう表れるかについ
ては,個人差があるのものであるから,被告人Bが動揺しているように見
えなかったからといって,被告人Bが本件浄水器等に違法薬物が隠匿され
ていることを知っていたことを推測させる力は弱いというべきである。
7結論
これまで検討したところによれば,違法薬物の隠匿を通常は疑うべき状
況にあったとは認められるものの,検察官が主張するいずれの点を踏まえ
て考えてみても,それ以上に被告人両名が本件浄水器等に覚せい剤を含む
違法薬物が隠匿されていたことを現に疑っていたことを示す言動があっ
たと認めることはできない上,被告人両名の弁解によれば,そのような疑
いを持つことができなかった特段の事情がないとはいえないから,被告人
両名に違法薬物についての認識があったと認めることには合理的な疑い
が残る。
したがって,本件公訴事実について犯罪の証明がなく,刑事訴訟法33
6条により被告人両名に対し無罪の言渡しをする。
(求刑被告人両名に対し,それぞれ懲役12年,罰金500万円並びに
覚せい剤46袋,現金2万円及び4600タイバーツの没収)
(裁判長裁判官金子武志裁判官岡部絵理子裁判官野上幸久)

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