弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破毀する。
     本件を金沢地方裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人は原判決を破毀する旨の裁判を求め、その理由として別紙のように主
張した。
 右上告理由は要するに、本件貸金債権については、上告人と被上告人との間に訴
を提起しない旨の特約があつたから、本訴請求は権利保護の利益を欠くものであつ
て許されない、というのである。
 よつて右主張の当否について考えてみるに、およそ或る債権者が現在有し且つ将
来有すべき一切の債権について、裁判所に出訴しない旨の合意を他人となしても、
かかる合意は元来当事者の自由に処分できない出訴権能の制限を目的とするもので
あつて、その無効たることは勿論である。蓋し、右のような一般的出訴権能は憲法
上国民に与えられた人格権的権能であつて、個人の意思によりこれを制限すること
は許されないのであり、このような行為を目的とする合意に効力を認める余地はな
いからである。然しながら、或る債権者がその有する特定の債権について、これを
裁判所に出訴しない旨の合意を債務者となした場合には、その債権が特に権利者の
任意処分を許さない公益的性質のものでない限り、その合意は私法上の契約として
の効力を生じ、債権者は出訴禁止の拘束を受けるものと解すべきである。ただし、
右のような具体的権利について出訴を禁ずる合意が有効と解しても、別段公の秩序
を害する訳でもなく、又民事訴訟制度の目的に背くものでもないからである。この
ことは、現在の民事訴訟法が訴の取下を許し、請求の拡棄認諾を認め、或る範囲に
おいて当事者処分権主義に立つていることから推論しても明かである。そこで次
に、債権者との間に右のような不起訴の合意が成立しているに拘らず、債権者がそ
の義務に違反し敢えて訴を提起して来た場合、債務者はこれに対し如何なる救済を
受け得るであろうか。或いはこの場合、債務者は単に相手方の義務違反を責め別訴
で損害賠償を請求し得るに止まり、当該訴訟においては、なんら債権者にたいし対
抗手段を有しないと説く考え方もあるようである。然しながら、このように債権者
と債務者との間に不起訴の特約があり、この特約に債務者が信頼してい<要旨>る以
上、右債務者に対しもつと直接的効果的な救済方法が与えられて然るべきである。
およそ債権者たる者が、一旦債務者との間に裁判所に出訴しない旨の特約を
結びながら、これをじうりんして敢えて訴を提起するが如きことは、債務者に対す
る背信的裏切行為であり、かかる者に対し国家はその公権力を発動して保護を与え
るに及ばないであろう。このような債権者は裁判所に訴を提起し、その債権の確認
を求め執行力の附与を要求する資格を有しないと云うべきである。即ち裁判所とし
ては、このような出訴に対し、権利保護の利益を欠くものとして、これを排斥すべ
きである。
 ところで原判決を見ると、上告人の右趣旨の抗弁に対し、原裁判所は「仮に上告
人主張のような合意があつたとしても、右は訴権の抛棄と解せられ、訴権の抛棄は
許されないから、合意も無効である」旨判示している。然しながら、不起訴の合意
と訴権の拠棄とは別個の概念であり、その行為の方式も異なる故、これを同一視す
ることはできないのみならず、不起訴の合意により既に前述のような訴訟上の効果
を生ずること明かな以上、訴権の抛棄の許否とは別に、右合意の存否につき証拠に
もとづき判断を与える必要がある。原裁判所が右合意の存否の判断を省略し、直ち
に被上告人の貸金債権の請求を是認したのは不当である。即ち、原審には法律解釈
の誤りがあり、延いては審理不尽に陥つた違法があると云わねばならぬ。
 右のように、原判決には法律解釈の誤りがあり、且つ右は判決主文に影響を及ぼ
すこと明かな法令違反であるから、原判決を破毀し、なお本件には事実認定に関し
審理をなすべき余地があること上述のとおりであるから、これを原裁判所に差し戻
すこととし、民事訴訟法第四百七条によつて主文の如く判決する。
 (裁判長裁判官 山田市平 裁判官 山口正夫 裁判官 黒木美朝)

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