弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人の負担とする。
         事    実
 一 控訴指定代理人は「原判決を取消す。被控訴人らの請求はいずれも棄却す
る。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控
訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。
 二 当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠関係は、左のとおり訂正・
附加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
 当審において、当事者双方は、原判決二〇枚目裏五行目の「請求原因第三項」と
あるは「請求原因第四項」の誤記につき、その旨訂正すると述べ、また控訴指定代
理人は、原審において述べた控訴人としての答弁及び主張をさらに敷衍して、
 (一) 本件地すべりの規模に関し(原判決事実摘示中、控訴人の答弁及び主張
のうち、一、請求原因第一項について、の項)、本件地すべりが起つたa村bの地
層は、新第三紀八雲層黒松内層とされており、本件地すべりはいわゆる第三紀層地
すべりに当る。その規模は、原審で述べたほか深さは二〇ないし四〇メートル、土
量は約三五〇万立法メートルに及ぶ本邦最大の部類に属し、地すべりの前兆たる事
象が人々の認識の範囲に入つてから三時間程経過して発生したものである。
 (二) 国家賠償法第二条第一項の解釈及び事故直前における所長の認識と処置
に関し(右同二、請求原因第二項について、の(二)の項)、
 (1) 国家賠償法第二条第一項によつて責任が生ずるのは、当該営造物が通常
予見し得べき危険に対して通常有すべき安全性を欠く場合であつて、通常予見し得
ない危険に対する安全性が欠如し、あるいは設置管理上期待し得ない安全性を欠如
していたとしても、そのことをもつて設置管理の瑕疵があるとはいえない。これを
換言すれば、(イ)事故の発生が客観的に予見し得ないような場合には、損害の回
避可能性がないものとして免責され、(ロ)事故の発生が予見されるような場合に
は道路の設置管理に瑕疵はあるが、その場合でも不可抗力ないし回避可能性のない
ときは免責される、といい得る。
 (2) しかして本件地すべり以後においてなされた調査の結果によれば、bの
地すべりには、以前に地すべりを起こしたと推定される個所がいくつか見られる
が、北海道における地域住民の定着の歴史が短く、古い地すべりはよく知られてい
ないうえ、明治以来数十年に亘つて地すべりが発生したことはなく、本件地すべり
の前日までの間、表土の地割れ・移動等の異常はなく、地すべりが発生する兆候も
現れていなかつたのであるから、長期的な立場に立つた予知は不可能であつた。
 (3) また地すべり当日の予測については、所長が事故直前に本件道路の異常
状況について調査した際、原判決の事実摘示欄中、被控訴人らの請求原因のうち、
二の(二)の(1)ないし(8)記載(原判決一三枚目表七行目以降同裏八行目ま
で)の諸兆候が認められたが、これらの諸現象は、波浪、雨水の浸透、岩石の風
化、または地震の際に現れる現象と酷似共通したものがあり、このような現象を現
認した場合に、専門家といえども直ちに地すべりと判定するのは至難の業である。
 なお、前記諸現象のうち、特に注目すべき事象としては、波返し擁壁の倒壊と右
倒壊区間の海側石垣の異常が挙げられるが、若し相当量の地すべりが進行している
のであれば、そのほか山留擁壁にも亀裂を生ずるとか、他の地すべりの際に見られ
た谷の湧水の停止・混濁、林道の一部沈下、家屋・橋梁の隆起、立木・水田の傾斜
等顕著な異常が認められるのが通常であるのに、本件地すべりにおいてはこれがな
くしかもこの地域は前述の如く長期間地すべりの発生ないしは兆候もなく、また地
すべり等防止法による地すべり区域の指定もされておらず、かつ地すべりに対する
関心の薄い地方であつてみれば、道路管理者たる所長において、右のような諸現象
をもつて直ちに地すべりの兆候として想至しなかつたとしても、非難に価しないの
みならず、所長が事故防止のため講じた処置は、当時の道路管理技術上妥当なもの
として是認され得るところである。
 (4) 仮に、所長において事故当日確認し得た前記諸現象によつて、抽象的に
地すべりがあることを予知し得たとしても、当時における地すべりの調査・研究の
実情と経験、すなわち、本邦の地すべりの調査・研究が本格的になつたのは戦後の
ことであるが、これまでに知られている第三紀層地すべり、破砕帯地すべり、温泉
地すべりの中で、本件地すべりは最大なものの一であり、また第三紀層地すべりの
中で、その速度の急激なことは他に例がなく、しかも本件以外の大規模な第三紀層
地すべりにあつては、早いものでは数年前或いは数ケ月前には明瞭な前兆があり、
遅いものでも地すへりの最盛期の前日には飲料水・天然ガスの停止等前述の顕著な
兆候を呈していることと、昭和二六年七月北海道開発局が設置されて以後、本件地
すべりまでに、同局の管理する道路又はその施行にかかる道路工事に関して、地す
べりが発生したのは僅か三例を数えるにすぎず、しかもその規模は小さく、速度も
緩慢であるか中程度であつて相当以前から顕著な兆候があつたことを前提として考
察するときは、所長としては勿論、客観的にも本件のような大規模かつ急激な地す
べり、とりわけその急激な点を予測することは不可能であつたといわざるを得な
い。
 されば本件事故の発生は、道路の設置又は管理の瑕疵若しくは管理者の行為の過
失により発生したものではなく、不時の天災により発生したものと見るのが至当で
あつて、このように不可抗力な事故に対しては、道路管理者としての国の損害賠償
責任の問題は生じない。
 と述べた。
 立証(省略)
         理    由
 第一、 昭和三七年一〇月一七日午前一〇時四〇分頃、本件国道三号隧道出口と
四号隧道入口間の本件道路区間添いの傾斜約二〇度の山地部分が本件地すべりを起
し、その地すべりによる崩土が、右道路区間のうち三号隧道出口付近から四号隧道
入口方向へ約三五〇メートルの間の部分にわたつて道路を越え、海中約八〇メート
ルの範囲まで崩落し、そのときたまたま右道路区間を運行中の本件バスが右崩土と
ともに海中に押し流されて埋没し、そのバスに乗車していた客のうち原判決別表被
害者欄記載の一二名が死亡するに至つたことは当事者間に争いがない。
 而して、成立に争いのない乙第一七、一八号証と原審証人A、同B、同Cの各証
言と弁論の全趣旨を総合すると、本件地すべりは、地下二〇ないし四〇メートルの
深さにわたつて起きたもので、本件地すべり地域の右の深さに海岸に向つて二〇度
内外傾斜して存在していたぎよう灰岩層が、長年の間に雨水等の浸透水を含んで粘
土化してすべり易くなり、かつ、これを右傾斜下部から支える地盤が海に浸蝕され
て不安定となつていたこと等のために発生したものであることが認められ、他に右
認定を覆すに足る証拠はない。
 第二、 そこで右のような地すべりの原因と態様に鑑み、本件事故が本件道路の
設置ないし管理の瑕疵に基づくものであるか否かを検討するが、便宜上、原判決の
例にならい本件道路の設置以後本件事故発生の前日までの管理と本件事故当日の管
理とに区分して検討を加える。
 一、 本件道路の設置ないし本件事故発生の前日までの管理の瑕疵の有無
 成立に争いのない乙第四号証、第一一号証、第一四号証、第二〇号証の一ないし
一四、第二一号証の一ないし三、第二二号証と証人D、同E、同F、同G、同H、
同Iの各原審における証言及び弁論の全趣旨を総合すると、
 (一) 本件道路を含むa町字bとc町d橋との間を海岸添いに走る約二・八キ
ロメートルの道路は。同区間を山沿いに走る屈折、高低差の激しい約四・一キロメ
ートルの旧国道に代わる国道として、昭和二五年より着工されたものであつて、道
路構造令及び道路構造ニ関スル細則改正案に定める規格及び標準に従い、海沿いの
山の斜面を切り開き八ケ所に隧道を設けて昭和二九年末頃開通したものであること
 (二) 控訴人としては本件道路を設置するに際し、その数十メートル山側を走
る旧国道が明治以降地すべりの被害を生じたことはなく、また開設工事にあたつて
切り開いた山の壁面や路面等に多量の出水や表土の地割れ、崩落等地すべりの発生
が予測されるような兆候は認められなかつたので、特に地すべりによる事故を防止
するための措置は講じなかつたが、道路山側部分に路面の水はけをよくするため皿
側溝を設け、四号隧道入口付近に存在する通称e沢に接する道路下にその水を海側
に流すコンクリート管を通し、波浪による道路の浸蝕や土砂の流出を防止するた
め、道路と海岸との間の崖に玉石垣を設ける等、道路の保全に必要な施設を設置し
たこと
 (三) 本件道路の直接の管理者は、北海道開発局函館開発建設部であるが、実
際にはその江差出張所を通してこれを管理し、右出張所においては、所長がその管
理業務を統括し、所長の下に一国道毎に路線長を置き、その指揮監督下に道路工手
が担当区間を毎日巡回して道路の状況を調査し、道路の維持・補修の作業に従事し
ていたものであつて、本件道路に関しては、本件事故の前日まで後記のような落石
や台風による玉石積石垣の破損があつたほかは、格別の異常は認められなかつたこ

 (四) 本件道路の設置後において、切り開いた山の斜面が風化するに従い、三
号隧道寄りの道路上への落石や崩土が多くなり、特に降期雨及び融雪期には絶えず
崩土が路面を覆うに至つたため、昭和三三・三四年の両年にわたり、三号隧道出口
から約二二〇メートルの区間の山側道路脇に、上部に高さ約九〇センチメートルの
金属製の防護網を張つた高さ約三メートル余のコンクリート擁壁(以下山留擁壁と
いう)を設置し、この山留擁壁には、その裏側に山側から流れる水が地下に浸透す
ることを防止するため排水装置が施され、また昭和三五年には台風による高波のた
め破損した玉石積石垣を補修するとともに、さらに石垣の上部に又はこれと独立し
て波返しのためのコンクリート擁壁(以下波返し擁壁という)を構築したこと
 以上の各事実を認定することができる。なお乙第一七号証及び証人Bの証言の中
には本件地すべり地域付近において、かつて地すべりがあつたと推定される旨の部
分も見られるが、前掲各証拠と対比すると、その地すべりも明治以後に発生したも
のではないことが推知されるので右認定の妨げとはならず、また他にこれを覆すに
足る証拠はない。
 次に証人A、同B、同C、同Gの各原審における証言と証人Jの当審における証
言とを総合すると、地すべりに関する科学的な調査と研究は、本件地すべりを契機
としてその後活発となつたが、それまではそれ程研究もすすんでいたわけではな
く、また本件地すべりは、前記のように地下二〇ないし四〇メートルに存在したぎ
よう灰岩層が含水して粘土化したことに起因するものと見られるところ、このよう
に粘土化し易い土壌としては他に砂岩、頁岩等があるが、これらの岩石とても地下
にあれば必ず粘土化するというものでもなく、仮に粘土化したとしても直ちに地す
べりを起す原因となるとは限らず、粘土化の程度、規模、形状、傾斜度、周囲の土
壌との関係等現在の科学をもつてしても未だ解明しきれない複雑な要素が介在して
地すべりの発生を左右するものであり、従つて地すべりを予測するためには、単に
地表面の地質、地形ないし断片的ないくつかの地点の地下の状況の調査のみでは足
りず、広範囲にわたる地域について、深さ数十メートルに及ぶ状況を調査すること
が必要であるが、本件地すべり当時の関係科学技術の水準では、このような調査を
実施しても地盤の移動が現実に始まつていない限り、その発生を予測することは相
当に困難であつたこと、とりわけ本件の如く地下数十メートルの地層に起因する地
すべりについては、表土の地割れ、移動等地すべりの兆候が現実に現われていない
段階においてその発生特に時期・規模・態様を的確に予測することは殆ど不可能で
あつたこと、加えて北海道においては、含水すると粘土化し易いぎよう灰岩層が地
下に存在する地域は全体の数パーセントに及んでいるが、本件のように多くの被害
を伴う地すべりが発生したことは近年見ていないこと、以上の事実を認めることが
でき他に右認定を覆すに足る証拠はない。
 以上認定の経緯に照らせば、本件道路を開設した当時は勿論、その後すくなくと
も本件事故の前日までは、地すべりの発生に伴つて当然生ずると思料されていた諸
兆候は全く見られなかつたのであつて、当該時における我が国の関係科学技術の水
準をもつてしては、一般交通に支障を及ぼすような地すべりの発生を予測すること
はできなかつたものといわざるを得ない。従つて控訴人が本件道路を開設するにあ
たり、又は本件事故の前日まで、本件の如き地すべりの発生に備えた措置を特段講
ずることなく、前記認定のような方法によつてこれが保全に努めて来たことをもつ
て、その設置ないし管理に瑕疵があるとはいえない。
 なお、被控訴人らは、控訴人は地すべり防止法等に基づいて本件地すべりの発生
を予知し、それによる被害を防止するための措置を講ずべきであつたと主張する
が、右法律等の趣旨は、地すべり等の災害の発生が予測され得る地域につき、災害
の防止に必要な調査及び措置を講ずることを定めたものであつて、本件の如く当時
の関係科学技術の水準をもつてしても、その発生を予測し得ない地域についてまで
も、その可能性を調査したうえ必要な措置を講ずることを命じたものとは解されな
いので、これに基づく被控訴人らの主張は採用できない。
 二、 本件事故当日における管理の瑕疵の有無
 A 成立に争いのない甲第四号証、乙第四号証、第五号証、第一一号証、第一四
号証、第一九号証、第二〇号証の一、二及び一四、第二一号証の一ないし三と証人
H、同Iの各原審における証言を総合すると、本件道路は前記認定のとおり、海沿
いの山を切り開いて開設されたものであつて本件事故発生までその東側は山で西側
は高さ数十メートルの崖となつて海に続き、三号隧道出口から四号隧道入口までの
長さは四〇〇・九メートル、有効幅員は五・五メートルないし六・〇メートルで、
三号隧道出口を起点とした測点二〇〇メートル付近において海側にゆるやかに屈曲
し、その間に山が突出しているため右両隧道寄りの間では見通しが不可能であつた
こと、路面は玉石や切石を敷きつめたもので、測点二六メートルから三〇三・八メ
ートルの道路海側の崖には前示の玉石積石垣及び波返し擁壁が、測点二二〇メート
ルまでの道路に沿う山の壁面には前示の防護網のついた山留擁壁がそれぞれ設置さ
れていた事実が認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
 B そこで事故当日における諸現象と、これに対して所長らの執つた措置につい
てみるに、前顕甲第四号証、乙第四号証、第一一号証、第一四号証、第一九号証と
成立に争いのない甲第一ないし三号証、第五号証、第六号証、乙第一〇号証並びに
証人Kの原審における証言、同H、同I、同Lの原審及び当審における各証言(但
し、いずれも後記措信しない部分を除く)を総合すると、
 (一) 本件道路の担当工手であるIが事故前日の午後五時すぎ頃本件道路を巡
回したときには格別の異常は認められず、一方非常勤労務員として工手の補助をし
ているMが同じくその前日同所を通行したときも異常はなく、後記の三号隧道を出
てやや四号隧道に向つた地点にも落石は認められなかつたこと
 (二) 事故当日の午前八時すぎ頃、右Mが八号隧道付近の作業現場へ赴くため
本件道路を通行したところ
 (1) 本件道路の真中よりやや四号隧道寄りと思料される付近の波返しの擁壁
がおよそ三〇メートルにわたつて倒壊し
 (2) 路面には二、三本の亀裂があり、
 (3) 三号隧道の出口の処で直径五〇センチメートルと、それより小さい石
二、三〇個が落ちていたのを発見したが、路肩には格別の異常は認められなかつた
こと
 (三) 右Mは、これを見て担当工手のIに通報したが、Iはたまたま同所を通
過した他の運転手からも同様海浜の異常について連絡を受けていたので直ちに本件
道路へ急行したこと、そして現場において、
 (1) 四号隧道から一〇〇メートル位三号隧道に寄つた地点を端として、さら
に三号隧道の方へおよそ六〇メートルにわたつて波返し擁壁が倒壊し、その上へ粗
石や土砂が崩れ落ちており、
 (2) 波返し擁壁の倒壊した部分にわたつて、路肩が五〇センチメートル幅で
崩落し、
 (3) 路面には短いもので五センチメートル位、長いもので四〇センチメート
ル位の大小合せて二、三〇個所に及ぶ亀裂があり、特に測点二四〇ないし二五〇メ
ートル位の部分が最もひどく、七メートル位の道路幅一杯にかけて一センチメート
ル幅で曲りくねつて割れており、
 (4) 三号隧道出口から一五メートル位四号隧道寄りの地点に、直径一メート
ル位の石一個、同四、五〇センーチメートル位の石三個のほか土砂が若干落ちてい

 事実を現認したこと
 (四) I工手は右の状況を現認し、同日午前八時三〇分頃これを所長宛に電話
報告したのち、八号隧道付近の作業現場で指揮者であるL路線長にも口頭で報告
し、これに基づいて同路線長は午前九時二〇分頃現場へ赴いて概ねI工手が現認し
た状況を確認したが、さらに同路線長が海浜へ降りて波返し擁壁を見分中、さきに
倒壊した部分に接続する擁壁が倒れかかつて来るように見受けられたので注視中、
五分も経過しないうちにその擁壁が二〇メートルにわたつて海側へ倒壊したこと、
そのほか擁壁のコンクリートとその底部の玉石練積の部分に四、五個所の亀裂を発
見したこと
 (五) 午前九時二〇分頃、所長も現場へ到着して調査を開始したが、その調査
の内容と結果は、
 (1) 所長は、測点一五〇メートル付近でジープより下車し、L路線長の先導
により測点二〇八メートル付近で道路から海岸に降り、まず海岸沿いに三号隧道付
近まで歩きながら波返し擁壁等の異常の有無をたしかめ、その結果をN、I両工手
に計測させ、また同行のO主任に命じて写真を撮影させたが、その頃降雨があつた
こともあつて、所長は測点二〇八メートルで再び道路に上り、測点一五〇メートル
と三〇〇メートルの間を徒歩で倒壊した波返し擁壁、路面の亀裂の状況をたしかめ
るとともに右工手両名に主な異常状況を計測させた。しかし前掲以外の区間の路
面、山留擁壁、山の状況については、大した異常はないものと判断し、徒歩で前記
の調査をした際ないしは往復途中のジープ中から望見した程度であつて、それ以上
確認手段を講ずることもせず特にL路線長らに質して報告を求めることもなかつ
た、
 (2) 右調査によつて所長がたしかめた異常な状況は、
 (イ) 測点一四〇メートル付近の波返し擁壁の上端から斜め右下に走る長さ二
メートル、幅二センチメートルの亀裂、
 (ロ) 測点一八〇メートル付近の波返し擁壁とその底部をなす玉石積石垣との
接合部分に走る長さ二メートル、幅約二センチメートルの亀裂、
 (ハ) 測点一九〇メートル付近の波返し擁壁とその底部をなす玉石積石垣との
接合部分に前同様の長さと幅の亀裂があり、かつ石垣の玉石が欠けたために生じた
直経二五センチメートルの穴、
 (ニ) 測点二〇〇メートル付近の玉石積石垣に斜め右下に走る亀裂、
 (ホ) 測点二〇八メートル付近から同三〇〇メートル付近まで九〇メートル余
にわたつて全部海側へ倒壊している波返し擁壁、
 (ヘ) 右波返し擁壁の倒壊した区間にほぼ対応する道路の海側路肩部分に、道
路に沿つて連続した幅約二センチメートルの地割れと、さらに測点一五〇メートル
ないし二〇〇メートルの間に、道路の海側路肩部分から中央線付近にかけて横方向
に走る長さ二メートル位、幅数ミリメートル位の相当数の亀裂、
 (ト) 調査終了の頃には、測点一〇メートルないし二〇メートルの道路上に、
前示の落石、崩土のほかさらに直径三〇センチメートル以上の石数個が落ちてお
り、路上への崩土の量も増加していたが、所長の調査中にも直径五、六〇センチメ
ートル位の石が三、四個落ちて来、
 (チ) 測点二〇メートル付近の山留擁壁の中間部に、直径約一〇センチメート
ルの円形の亀裂及び測点四〇メートル付近の山留擁壁の中間部にも直径約一〇セン
チメートルの円形の穴と、そこから斜めに走る長さ約一メートルの亀裂、
 であること、なおこのうち右(チ)の亀裂は相当以前から存在していたものと認
められること(右の各異常な状況のうち、(イ)ないし(ト)記載の概括的な部分
について所長がこれを確認したことについては、当事者間に争いがない。)、
 (3) 所長は右調査の結果、このような異常な現象を発生せしめるに至つた原
因について考察したが、現場の状況と当時の気象状況等から風雨、波浪、異常乾燥
に基づくものでないことは明白であつたことと、同人自身の以前の経験から推し
て、自らは地震による震動の如きものを何ら感知したわけではなかつたが、これは
地震に基づくものであり、そうだとすれば将来さらにこのような異常現象が発生す
る危険はないものと一応判断したが、念のため帰庁のうえ地震の有無を関係官署に
照会することとして午前一〇時すぎ頃帰庁の途に就いたものの、その際現場に残留
していたL路線長らに対しては、別段車馬の通行禁止を含む緊急事態に対処すべき
事項については指示しなかつたこと
 (六) L路線長とN、I工手の三人は、所長が現場を立去つたのちも残留して
監視に従事していたが、
 (1) たまたま三人が三号隧道付近で休憩中、その場から三〇メートル位先の
波返し擁壁が三〇メートル位にわたつて静かに海側へ倒れ込むように動くのを目撃
した、
 (2) L路線長はそれを見て危険な状況が切迫している気配を感じ、またN工
手もこれについて「山が押して来ているのではないか」と自己の憂慮を披瀝したの
で、同路線長は同工手に山の状況を調査するように指示し、同工手はこれに従つて
山へ登り、一〇分位調査を行つたのち四号隧道入付近の沢の地点で待つていた同路
線長の許へ戻つて、沢から三〇メートル位奥の盤に幅数センチメートルないし一〇
センチメートル(二、三寸)、長さ一〇メートル位もある大きい亀裂(クラツク)
がある旨報告した結果、同路線長も同工手に「危険であるから絶対に人馬や諸車を
通すでない」旨言い残して自ら山へ登つて調査を行つた、
 (3) 一方I工手は、N工手が山を調査するためL路線長と連立つて三号隧道
付近から離れたのちもひとり同隧道出口の処に残つて監視を続けていたが、間もな
く山の調査を終えたN工手もI工手の許へ来て「沢の奥の盤が切れている」旨の話
をし、I工手は咄嗟にはその意味を理解しかねて暖昧な応答をしていた際、測点一
五メートル付近の路面の中央部に直径一メートル位と同六〇センチメートル位の石
が各一個落ちて来たので、I工手は直ちに四号隧道付近に赴き、同所に居たL路線
長に報告し、車馬の通行を止めるか石を寄せるかの指示を仰いだところ、同路線長
は一応石を片側に寄せるよう指示したので、同工手はN工手と協力してこの落石を
道路の海側へ寄せ車馬の通行を図つた、
 (4) その直後、N工手は四号隧道の方へ赴き、三号隧道出口付近にはI工手
ひとりが残つたが、その一五分位経過したのち、測点二〇メートル位の路面中央部
に直径約二メートル位の大石と同三、四〇センチメートル位の石数個が落ちて来、
大型自動車の通行は完全に不能となつた、
 右のような状況、特に(4)記載の落石により大型自動車の通行は不能となつた
ので、これを四号隧道寄りで監視していたN工手に連絡しようとしたが、三号隧道
方向からの通行車両等に備える必要があつたためその場を離れることができなかつ
たこと、
 (七) 前記のように大石の落下により大型自動車の通行が不能となつて間もな
く、本件バスが四号隧道から本件道路を三号隧道方向に進行して来て、測点三〇〇
メートル付近に佇立していたN工手の傍を通り過ぎたが、同工手は運転手に何らの
指示も警告も与えなかつたためバスはそのまま進行を続け、測点二〇〇メートル付
近に至つて漸く落石を発見してバスを停止させ、さらに後退させようとしたときに
本件地すべりによる山崩れが始まり、右バスは崩土とともに海中に押し流されて埋
没し、本件事故を見るに至つたこと、
 以上の各事実を認定することができ、証人佐藤勝実、同L、同Iの原審及び当審
における各証言のうち、右認定に反する部分はいずれも措信し難く、また他にこれ
を覆すに足る証拠はない。
 C、 而して控訴人は、本件地すべりの特徴として、その規模において我が国で
はきわめて大きいものであることと、地すべりの前兆たる事象が人々の認識の範囲
に入つてから僅か三時間位にしてこれが発生するというきわめて急激なものであつ
たことを指摘し、これを前提として、さらに本件地すべりは、その前日までは、他
の地すべりの経験から当然発生して然るべき諸兆候が全く見られなかつたこと、当
日においてさえ地すべりであれば当然あると思われる山留擁壁等には何らの異常も
認められなかつたこと、前記事故当日の異常現象も、波浪、雨水の浸透、岸石の風
化、地震の際に現れるそれと酷似していること、従つて前記のような異常現象のみ
をもつてしては、客観的にも本件地すべりの発生を予測することは不可能であり、
また所長がこれに想至しなかつたとしても非難に価しないのみか、かえつて所長が
現実に執つた控訴人主張のような措置は相当として是認し得るところであり、結局
本件事故は不可抗力による不時の天災であつて、控訴人としては、事故当日におい
ても本件道路の管理に何ら瑕疵は存在しない旨主張する。
 <要旨第一>本件地すべりが、その規模において我が国ではきわめて大きいもので
あり、しかもそのすべりが他の地すべりに比し時間的にきわめて急激な
ものであつたことは、前記認定の各事実から容易に首肯し得るところである。また
本件地すべりそのものは、関係科学技術の粋を結集したとしても、人力をもつてし
ては到底防止し得なかつたものであり、従つて本件地すべりの発生にもかかわら
ず、本件道路についてなお道路としての機能と安全性を確保するための措置は、当
時何人といえども講じ得なかつたことも明白である。
 しかしながら、道路がその機能に鑑みて通常有すべき安全性を欠如するに至つた
原因が、不可抗力の災害に基づくものであつたとしても、その災害の発生を事前に
予測することが可能であつて道路管理者としてこれによる通行者の生命、身体又は
財産への危害の波及を防止するために必要な措置が講じ得られたにもかかわらず、
これがなされなかつたとすればその不作為をもつて道路管理上の瑕疵があつたと<要
旨第二>いうを妨げない。そうして、右の予測が可能であつたか否かおよび道路管理
者が如何なる措置を講ずべきであつたかの判断基準は、災害発生時にお
ける我が国の土木工学、地質学等道路管理上関係を有する科学技術の水準によるべ
きであり、直接の道路管理者又は現場における管理の実務遂行者の知識、経験によ
るべきものではないと解する。けだし、未来の自然現象の発生の有無及びその規
模、形態を概括的にせよ人が合理的な根拠に基づいて予測するものである以上、そ
の時点において利用し得る科学技術上の調査、研究の成果を超えてまでこれを求め
ることは、結局不可能を強いることとなるのは見易い道理であり、他方その時点に
おける我が国の調査、研究の成果は、道路管理上最終的な責任を負う国又は地方公
共団体においてこれを利用することが可能であるのみならず、国民又は住民の福祉
増進のためすすんでこれを利用する責務を負うからである。特に本件道路の如き
は、その直接の管理者は前記のとおり北海道開発局函館開発建設部であり、また現
場における管理の実務は江差出張所長がこれを遂行していたものであるとしても、
これらの機関は上司の指揮を承けてその事務を分掌、補佐するものにすぎず、若し
道路管理に瑕疵があるとされれば、国か国家賠償法によつて損害賠償の義務を負う
べきものであつて見れば、右のような基準を設定してもあながち不合理ということ
にはならないであろう。
 (一) そこでまず前記認定にかかる異常現象から、本件地すべりの発生を事前
に予測することが前記判断基準に照らして可能であつたか否かを判断する。
 前記の各異常現象を相互の関連なく個々に分離し、かつ抽象的に考察すれば、控
訴人のいう如くこれら諸現象のあるもの例えば波返し擁壁の倒壊や路肩の崩落は波
浪や地震により、落石、崩土は雨水の浸透、岸石の風化により、路面の亀裂は異常
乾燥によつても生じ得る現象ではあろうが、しかし現実的かつ具体的な問題として
本件を見た場合、当時このような異常現象の原因となり得る気象上の異変、特に高
浪、豪雨、異常乾燥、地震等は客観的になかつたことは前掲各証拠から明らかであ
るのみならず、例えば波返し擁壁についていえば、これは前記認定の如く昭和三五
年の台風による高波のため破損した石垣を補修した際に新しく構築したものであつ
て、本件地すべりまで僅か二年余しか経過していないこと、しかも構築の経緯と目
的に照らして当然相当年数にわたつて激しい波浪や地震にも耐え得るような構造と
なつている筈であること、全証拠を精査してもこの擁壁に設計上又は工事施行に当
つて欠陥が存したとは認められないこと及び構築後本件地すべりまでの間に、倒壊
を招くような異常な気象状態を経験した事実は記録上窺えないことを併せ考えれ
ば、常識上本件の場合この倒壊が波浪や地震によるものでないかとの疑念をさし挾
む余地はまずないといつても差支えないし、また落石、崩土についていえば、前掲
証人Iの原審における証言によれば、I工手は昭和二七年頃から本件道路を担当区
域としているものであるところ、本件地すべりの直前に落石、崩土のあつた測点一
五メートルないし二〇メートルの地点は、平素他の地区に比し特に落石、崩土が多
かつたわけではなく、また落石の大きさも目に余るようなものはなく概ね小さいも
のであり、本件道路区間において従来の落石のうち最も大きかつたのは直径一メー
トル位のものでこれは同区間を担当して以来ただ一度目撃したのみであり、毎年落
ちるものでは概ね直径五〇センチメートル位を最大とし、一時に落下する量もさし
て多くなく、落石、崩土の時期も春先の融雪期とか長期間に及ぶ降雨の後に多かつ
た事実が認められるのであつて、このような事実を前提として前記認定にかかる落
石、崩土の状態を考えた場合、融雪期でもなくまた長期の雨後でもない時期に、し
かも従来の岩石の風化による落石等とは異つた落下の形態を示していることが看取
されるのであつて、これをもつて従来も往々見られた単純な岩石の風化によるもの
と考えることはかえつて不自然というも過言ではあるまい。
 そしてこれら各異常現象のうち、波返し擁壁の倒壊、亀裂といわゆるe沢の奥の
長大な亀裂は四号隧道に近く、他方落石、崩土は三号隧道に近く、または路面の亀
裂は測点一五〇メートルから二〇〇メートルにわたる区間が最も顕著であつたこと
は前認定のとおりであつて、それぞれの区域によつて生じた現象の形態こそ異なる
とはいうものの、三号隧道出口から四号隧道入口までの区間、すなわち本件道路区
間の全体にわたつて何らかのきわめて異常な現象が相互に関連しながら現に生起し
進行しつつあることを感知するに十分であるのみならず、証人C、同Jの各当審に
おける証言の趣旨から推しても、如上の状況を把握したうえ当時の関係科学技術の
水準をもつて判断すれば、たとえその前日までは何ら異常な現象が認められず、ま
た当日においても山留擁壁等に異常が見られなかつたとしても、さらに本件の如き
規模と形態の地すべり自体の発生を予測することは不可能としても、すくなくとも
本件道路区間の全般又はそのいずれかの区域において、通行者の生命、身体又は財
産に対して危害を及ぼすおそれのあるような地すべり、山崩れ或いはこれに類した
災害の発生を予測することは決して不可能ではなかつたものと認められる。
 さらにその発生の時期的な点についても、まず地すべりの前日までは、本件道路
の区間について異常現象が何ら認められなかつたことは前示のとおりである。しか
しながら、事故当日の午前八時前後頃、異常現象が初めて人々の認識の範囲に入つ
てから、午前一〇時四〇分頃本件地すべりの発生に至るまでの二時間四〇分前後の
間における前記各現象の動きは、時間的にもきわめて急であつたといわざるを得な
い。すなわち、波返し擁壁について見れば、当日午前八時すぎ頃Mが見たときはお
よそ三〇メートル位にわたつて倒壊していたものが、その二、三〇分後I工手が目
撃したときはそれが六〇メートルに、それから時余を経ずしてL路線長の眼前でさ
らに二〇メートル倒壊し、加えて午前一〇時すぎ頃所長が現場を離れ帰庁の途に就
いて間もなく、さらに三〇メートル位が倒れ込むように動いていること、また路肩
についても右Mが通過したときには格別の異常が認められなかつたのに、I工手が
目撃したときは波返し擁壁の倒壊した区間六〇メートルにわたつて五〇センチメー
トル位の幅で崩落していること、落石、崩土も前日までは見られなかつたのに、当
日朝以来平素は見られない大きい石が時を接して落下しているのである。このよう
な事態を見た場合、災害の発生を時間的な正確さをもつて予測することは不可能で
はあろうが、かえつて従前からの兆候が集積されているものではないだけに、すく
なくともその発生がきわめて切迫しつつあることだけは予測することが可能であつ
たといい得るのであつて、現に前記認定の如く、L路線長やI工手は災害発生のお
それが切迫していることを感知しているのである。
 なお証人A、同Bの各原審における証言、同G、同Cの原審及び当審における各
証言、同Jの当審における証言中には、如上説示と相違する部分も存するが、これ
らも仔細に検討すれば、所長が認識した現象を前提として、所長が現に行つた判
断、措置の当否を論ずる立場で述べているものであつて前示の諸現象をもれなくか
つ時間的な推移をも含めて的確に把握したうえでの意見ではなく、かつ山崩れは急
激であるが地すべりは緩慢な進行をするという従来の知識、経験から推して、本件
の場合も地すべりである以上時間的に切迫していたとは見られないというに帰する
ところ、本件の問題は、学術上地すべりというべきか山崩れというべきかその定義
の是非にあるのではなく、これをいずれの範疇に含ましめようとも、通行者の生
命、身体、財産に何らかの危害を及ぼすおそれのある災害の発生が時間的に切迫し
ていたことを客観的に予測し得たか否かにかかつているのであつて、このような見
地に立脚して右の各証言を見た場合、これをもつて前記認定を妨げるに足るものと
は解されない。
 如上の次第であつて、当日現れた前記各異常現象から、特におそくとも測点二〇
メートル位の地点に大石が落下した時点においては、きわめて近い将来本件道路区
間の全般又はそのうちのいずれかの区域において、通行者の生命、身体又は財産に
何らかの危害を及ぼすおそれのある地すべり、山崩れ或いはこれに類した災害の発
生を予測し得たものというべきである。
 (二) そして右のように災害の発生が切迫していることが予測され得る場合に
は、道路管理者としてはまず通行者の生命、身体又は財産の安全を確保するに必要
な措置を講ずべき責務を有することはいうまでもない。勿論道路法による道路は、
一般交通の用に供することを目的として設置された公の営造物であるから、でき得
る限り一般交通の確保に努めるべきは控訴人の主張するとおりであるが、それとて
も通行者の生命、身体又は財産の安全が確保されていることを前提とするものであ
つて、その安全を確保し得ないような状況の下にありながら、これに関する対策を
措いてなお一般交通の確保に腐心することは本末を顛倒した措置というほかはない
であろう。もつとも結果的に見ればそのような措置を必要としなかつた場合も時と
してあり得べく、その際は一般交通の渋滞と混乱を招来しただけに終るとのそしり
は免れないが、これらは所詮回復可能な損害であり、他方通行者の生命、身体又は
財産とりわけ前二者に対する安全の確保は、ひとり道路行政面のみならず国政のす
べての分野にわたつて最も慎重な配慮がなされなければならないものであり、災害
によつて失われ或いは損われた生命、身体は回復不可能なものであることに思いを
致せば、万一の場合に備えたため一般交通上或る程度の犠牲を強いる結果を見るこ
ともまたやむを得ないというべきである。
 いまこれを本件について見るに、前記のように災害の発生が切迫していることが
客観的に予測し得る状況下にあることを前提とすれば、道路管理者としては、通行
者の生命、身体又は財産に対する安全確保のため、自ら又はその事務を分掌、補佐
する部下職員をして、ひとまず直ちに本件道路の全区間にわたつて通行禁止の措置
を講じたうえ、爾後の推移を監視すべき責務を有し、かつ当時このような措置を講
ずることを妨げるような障害は何ら存在していなかつたものと認められ、また右の
措置を講じていれば本件事故は未然に避け得たことは明らかである。それにもかか
わらず、結果においてそのような措置は講ぜられなかつたのであつて、その理由
が、本件道路に対し現場で管理の実務を遂行していた所長が、当時自己の認識した
異常現象は地震によるものと錯覚し、通行者の生命、身体又は財産に対する危険は
すでに去つたものと判断して、現場の状況を最後までもれなく調査、確認する努力
を尽くさずして早目に同所を離れた結果によるものであつたとしても、また同人が
自己の認識したかぎりにおいてなした右の判断が、同人或いはこれと同じ地位にあ
る者の一般的知識、経験に照らしてやむを得なかつたか否か、またその不作為に過
失があるか否かを論ずるまでもなく、事故当日における本件道路の管理に瑕疵があ
つたといわざるを得ない。
 そして本件事故は、右のように本件道路に対する管理の瑕疵に基づいて発生した
ものであるから、控訴人としては国家賠償法によりこれによつて生じた損害を賠償
すべき義務がある。
 第三 被控訴人らが、本件事故により死亡した原判決別表被害者欄記載の者の親
族であつて、被害者の死亡当時の年令及び被控訴人との続柄が同別表のそれぞれ該
当欄に記載してあるとおりであること、訴外亡Pが右被害者のうちQの夫であるこ
とはいずれも当事者間に争いがなく、またPが昭和四三年五月五日死亡し、同人の
子である被控訴人R、同S、同T、同U、同V、同W、同Xの七名が同人の財産に
属する一切の権利義務を相続によつて承継したことは控訴人において明らかに争わ
ないところである。
 そして本件事故の結果、右被害者が死亡したことにより、被控訴人らと訴外亡P
がいずれも甚大な精神的損害を受けたであろうことは一般経験則に照らして容易に
肯認し得るところ、諸般の事情を勘案すれば、控訴人が同人らに対して支払うべき
慰謝料の額は、右Pにつき金三〇万円、被控訴人らについては原判決別表のうち各
々慰謝料欄に記載した金額を下らないものと認める。而して被控訴人Rら七名は、
各自右Pの請求債権額たる金三〇万円の七分の一宛(金四万二、八五七円)を承継
しているので、これと各本人としての請求債権額金一〇万円を合算した金一四万
二、八五七円を請求する権利がある。
 従つて控訴人は、被控訴人らに対してそれぞれ原判決別表慰謝料額欄に記載した
金員(但し、Rら七名に対しては、そのほかそれぞれ金四万二、八五七円を加算し
た額)と、これに対する損害発生後である昭和三八年一月一日以降右支払ずみに至
るまで年五分の民事法定利率による遅延損害金を支払う義務があることは明らかで
あつて、結局被控訴人らの本訴請求はすべて正当であるからこれを認容すべく、而
してこれと同一の結論に出た原判決は相当であるがら、本件控訴は理由なきものと
して民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき
同法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 近藤暁 裁判官 友納治夫 裁判官 岨野悌介)

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