弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役2年に処する。
未決勾留日数中230日をその刑に算入する。
理由
【犯罪事実】
被告人は,平成16年10月27日午後8時20分ころ,当時の山梨県北都留郡
a町bc番地先路上において,A(当時38歳。以下「被害者」ともいう。)に対し,
路上に投げ倒した上,馬乗りになり,その頸部を手で圧迫するなどの暴行を加え,
よって,被害者に甲状軟骨左上角骨折等の傷害を負わせ,そのころ同所から逃走し
た被害者をして冠状動脈硬化症による心筋梗塞を発症させ,同日午後9時40分こ
ろ,同町bd番地B病院において,被害者を上記心筋梗塞により死亡するに至らし
めた。
【証拠】
(省略)
【争点に対する判断】
1被告人及び弁護人は,①被害者に対する暴行のうち,馬乗りになった事実は認
めるものの,被害者を路上に投げ倒した事実及び被害者の頸部を手で絞めた事実
については争うほか,②被告人の暴行と被害者の死亡事実との間に因果関係はな
い旨主張し,また,③被告人の暴行は正当防衛,自救行為,過剰防衛のいずれか
にあたる旨主張している。
2被害者に対する暴行の内容について
(1)被害者の遺体の司法解剖を行ったCの公判廷供述及び同人作成の被害者の死
因等に関する鑑定書(証拠略)は,被害者の首の左右に表皮の剥脱や圧迫痕跡
が認められるほか,甲状軟骨の骨折や筋肉内出血も生じていたとし,これらの
傷が生じた原因としては,首の左右を右手の親指とその他の指で相当強く圧迫
された可能性がある旨結論づけているところ,以上の所見について特段不自然,
不合理な点は認められない上,被害者に対してこのような傷害を生じさせうる
機会があった者は被告人以外にうかがえないことからすれば,被告人が,被害
者に対し,その頸部を強く圧迫する暴行を加えたものと強く推認できる。
(2)また,被告人は,本件犯行直後,D(以下「D証人」という。)を呼びだし
て本件に関する話をしているところ,D証人は,その際,被告人が,背負い投
げの動作や曲げた腕で押さえつける動作をしながら,「こっち来いと言われて,
それで投げて,馬乗りになって,押さえ付けた。」などと告げた旨証言してい
るが,その証言内容は具体的であり,犯行時間の1時間ほど後に被告人から電
話で「胸ぐらを掴まれたので投げ飛ばしちゃいました。」などと告げられたと
いう被告人の雇用主の供述とも符合し,D証人が被告人の約10年来の友人で
あることをも考慮すると,その証言の信用性は高い。
(3)以上に加え,暴行態様に関する被告人の供述自体,「被害者とつかみ合いに
なった後,気がついてみると,仰向けになった被害者の上に馬乗りになり,被
害者の襟付近を掴んでいた。夢中だったのでよく覚えていない。」というもの
であることにも照らすと,被告人が,被害者を路上に投げ倒した上,馬乗りに
なり,その頸部を手で圧迫した事実を優に認定することができる。
3暴行と被害者の死亡の因果関係の有無について
(1)関係各証拠によれば,被害者の死亡に至るまでの経過として,以下の事実が
認められる。
①被告人は,平成16年10月27日午後8時20分ころ,当時の山梨県北
都留郡a町bc番地先路上(以下「暴行現場」という。)において,被害者と掴
み合いになった後,立腹のあまり無我夢中で揉み合ううち,前記認定のとお
り,被害者を路上に投げ倒し,その上に馬乗りになり,手で被害者の頸部を
圧迫するなどの暴行を加えた。被害者の頸部に対する圧迫の程度は,一時的
に窒息状態に陥らせるほどのかなり強いものであった。
②その後,被告人は,被害者が降参する態度を示したため,被害者の体の上
からおりたが,その直後,被害者は,被告人の隙をついて走り出し,被告人
から逃げ出した。
③被告人は,「汚ねえじゃねえか。」などと大声を出しつつ,走ったり歩い
たりしながら被害者の後を追いかけたが,被害者も,走ったり歩いたりしな
がら逃げ続けた。両者の間隔は,当初10メートル以上の距離があったもの
の,その後,両者が非常に接近することもあった。
④このように被告人から逃げ続けるうち,被害者は,暴行現場から約335
メートル離れたa町bd番地先路上において倒れ込んだ。被害者は,間もなく通
行人に発見され救急車で病院に搬送されて救命措置を施されたが,同日午後
9時40分ころに死亡した。死因は,冠状動脈硬化症による心筋梗塞であっ
た。
⑤被害者は冠状動脈硬化症による心筋梗塞に罹患したという既往歴を有し,
通常人の場合に比して心臓が負荷に耐えにくい状態にあった。
(2)以上の事実関係の下では,被告人の被害者に対する暴行が被害者の死因であ
る心筋梗塞の唯一かつ直接の原因であったと断じることはできず,心筋梗塞を
発症しやすいと考えられる体質にあった被害者が300メートル以上の距離を
走るなどしたことも影響して心筋梗塞を発症させたとみる余地がある。しかし,
被害者が,被告人から強度の暴行を受けた後,それから逃がれるべく追いつ追
われつの逃走をしている過程で,しかも,暴行を受けてからさほど経過しない
時間帯に,心筋梗塞を発症して死亡したものである以上は,被害者の死亡結果
は,被告人の暴行によって引き起こされたものと評価するのが相当であって,
両者の間に因果関係を肯認することができる。
4正当防衛,過剰防衛,自救行為の成否について
(1)生命,身体を守るための正当防衛等の成否について
ア弁護人は,被告人の暴行につき,後ろ襟首を掴んで引きずるという被害者
による突然の攻撃から身を守るために行われたものであり,自己の生命・身
体を守るための正当防衛ないし過剰防衛が成立する旨主張し,被告人も当公
判廷でこれに沿う供述をしている。
イ関係各証拠によれば,本件暴行に至る経緯として,以下の事実が認められ
る。
①被告人は,平成15年10月ころに被害者から車(以下「本件車両」と
いう。)を購入したが,本件当時未だ代金のうち一部が未払いの状態であ
ったことから,被害者から,残代金の支払い等を要求されていた。これに
対し,被告人は,本件車両の車検が切れてしまったことなどを理由に,残
代金の支払いに先だって被害者を通じて車検をとってもらうことを希望し
ていた。本件当日に行われたラーメン店における両者の間の話し合いでは,
車検をとるのが先か残代金を支払うのが先か等について意見の応酬があっ
たが,最終的には,被害者が,車検代として13万円を支払うという被告
人の要求を受け入れる形で話し合いを終了し,被告人と被害者は,現金の
受け渡しをすべく,被害者の車で被告人方に向かった(なお,検察官は,
被告人から被害者に手渡すことになった13万円は,これまでの経緯や金
額等に照らし本件車両の残代金の趣旨であったと主張するが,かかる合意
の成立を認めるに足りる根拠に乏しい上,残代金の趣旨であったとみた場
合,その後に被告人と被害者との間で口論等が生じるとは考えがたいので
あって,この点は被告人の供述に沿った認定をするのが相当である。)。
②被告人は,自宅に戻ると,自宅内から13万円を持ち出して,被害者の
車の中で被害者に交付したが,被害者は,現金を受領した後,被告人に対
し,「13万円で軽を買え。」などと車検を取る替わりに手頃な軽自動車
を買うよう持ちかけるなどした。これを聞いた被告人は,被害者に騙され
たと感じ,両者は,そのまま被害者の車の中で口論をした。
③その後,被害者は,被告人の後ろ襟首付近を掴んで引っ張り,「外へ出
ろ。」などと言ったため,被告人も,大事な金を騙し取られたという気持
ちや馬鹿にされたという気持ちから被害者に対し頭に来ていたことから,
被害者の誘いに応じて自分で被害者の車の外に出た。そして,被告人と被
害者が車外で対峙すると,被害者は,「生意気だ。こっち来い。」と言い
ながら,再度被告人の後ろ襟首を掴んで道路の中央付近に引っ張った。被
告人は,自分より若い被害者と喧嘩になるのが怖いという思いもあったも
のの,年下の被害者に馬鹿にされて悔しかったことや,頭に来て興奮して
いたことなどから,意地でも金を取り返してやろうなどと考え,被害者に
引っ張られるままに道路の中央付近まで移動し,被害者に対し,「人を馬
鹿にしやがって。金返せ。」などと怒鳴り返した。そして,両者は,互い
に向き合って掴み合いの喧嘩を始めたが,被告人は,先に認定したとおり,
立腹のあまり無我夢中で揉み合ううち,被害者に対し,路上に投げ倒すな
どの暴行を加え,さらに,隙を見て逃げ出した被害者を追いかけるなどし
た。
なお,以上の事実を認定する上での中心的な証拠である被告人の捜査機関
に対する供述調書について,被告人は,当公判廷で,警察官に罵声を浴びせ
られるなどしたため,自分の言ったことが書かれていない警察官の筋書きど
おりの供述調書に署名指印した旨述べている。しかし,供述調書の作成状況
に関する被告人の公判供述自体曖昧ないし不自然な部分も少なくない上,被
告人の捜査段階の供述調書には,逃走した被害者を追いかけるのを諦めた地
点などにつき被告人に有利な内容が被告人の言い分どおりそのまま調書に記
載されていることなどからすると,かかる被告人の弁解は信用することがで
きない。
ウ以上の認定事実を前提に生命・身体を守る為の正当防衛等にあたるとする
主張について検討すると,確かに,被告人による本件暴行に先立って,被害
者から襟首付近を掴まれるなどの有形力の行使をされた事実が認められるも
のの,被告人は,これらの行為によって暴行現場まで同行を強いられたわけ
ではなく,むしろ,被害者との間の相当な時間にわたる口論の後,被害者の
対応等に腹を立て,意地でも金を取り返そうなどという意図の下,喧嘩に発
展することを十分予期しつつ,被害者の誘いに積極的に応じるつもりで,被
害者に引っ張られるままについていって暴行現場に移動した上,互いに掴み
合いの喧嘩となった挙げ句,判示のとおり積極的かつ強度な暴行を加え,さ
らに,隙を見て逃げる被害者に対し,追いかけるなどまでしていたものであ
る。このような一連の経過に照らすと,被害者が先に被告人の襟首付近を掴
んだとはいえこの点をとらえて正当防衛における急迫性の要件が満たされて
いるとみる余地はなく,被告人の本件暴行行為につき,生命,身体を守るた
めの正当防衛,過剰防衛はいずれも成立しない。
(2)財産を守るための正当防衛,自救行為等の成否について
弁護人は,被告人の暴行について,①被告人は,13万円を被害者に奪われ
まいとするために暴行をしたものであって,自己の財産を守るための正当防衛,
過剰防衛が成立する,②13万円が被害者の占有下に移転していたとしても,
自救行為が成立するとも主張している。
しかし,被告人が,本件暴行に先立ち,自らの意思で被害者に対し13万円
を既に手渡してしまっている以上,これに対する急迫不正の侵害を認めること
はできず,このような観点からの正当防衛,過剰防衛もいずれも成立しないこ
とは明らかであるし,関係各証拠によっても,被告人の暴行を自救行為として
正当化する事情は認められず,自救行為も成立しないことは明らかである。
【法令の適用】
被告人の判示所為は,行為時においては平成16年法律第156号(刑法等の一
部を改正する法律)による改正前の刑法205条(刑の長期はその改正前の刑法1
2条1項による。)に,裁判時においてはその改正後の刑法205条(刑の長期は
その改正後の刑法12条1項による。)に該当するが,これは犯罪後の法令によっ
て刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑
によることとし,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役2年に処し,同法21条を
適用して未決勾留日数中230日をその刑に算入し,訴訟費用については,刑事訴
訟法181条1項ただし書により被告人に負担させないこととする。
【量刑の理由】
本件は,車の売主である被害者と買主である被告人との間で,金の受渡しに関す
るトラブルが発展して喧嘩になった際,被告人が,被害者の頸部を圧迫するなどの
暴行を加えるなどし,それに起因して,被害者が心筋梗塞を発症し,死亡したとい
う傷害致死の事案である。
暴行の態様及び程度は,被害者を投げ倒し,馬乗りになった上,被害者の頸部を
窒息死を引き起してもおかしくないほどの強い力で圧迫するなどしたというもので
あり,危険かつ粗暴で悪質といわなければならない。
被害者は,被告人から上記の暴行を受けた後,追いかけてくる被告人から逃走す
る最中に路上に倒れ,救命措置の甲斐なく約1時間後に絶命したものであるが,暴
行による肉体的苦痛はもとより,人生の半ばにしてその生涯を終えなければならな
かった精神的苦痛や無念さは察するに余りある。また,被害者の遺族の怒りや悲し
みも計り知れず,被害者の実父は厳しい処罰感情を吐露している。にもかかわらず,
被告人は,いまだ被害者の遺族に対し,被害弁償や手紙の送付といった具体的な慰
藉の措置を何ら講じていない。
本件犯行に至る経緯を見ても,被告人は,これまで買主として無責任な対応を続
けてきた自己の行状を省みず,被害者の対応に安易に腹を立てた上,相手が誘いを
掛けてきたからとはいえ,一時の激情にかられて暴力によって物事を解決しようと
したものであって,経緯や動機面において酌量しうる点は多くない。
以上によれば,被告人の刑事責任は重いといわなければならない。
しかしながら,他方で,本件は被害者との間の金銭トラブルに端を発した偶発的
な犯行であること,被害者が先に被告人の後ろ襟首を引っ張るなどした行為が被告
人の暴行を誘発している面があること,被告人の暴行ももみ合いの中で無我夢中で
加えられたものであり,我に返った後被害者が降参する態度を示すと暴行をやめて
いること,被告人の予想もできなかった心筋梗塞の既往歴という被害者の基礎疾患
が存在していたことなどが重なって被害者の死亡という不幸な結果が発生した可能
性があること,被告人の雇用主が情状証人として出廷し,できる範囲で被告人の更
生に助力する旨述べていること,被告人は,被害者及び遺族に対する謝罪の気持ち
を示すなどそれなりに反省の態度を示していること,被告人には古い業務上過失傷
害による罰金前科以外には前科がないことなど,被告人にとって酌むべき事情も認
められる。
そこで,当裁判所は,これらの被告人にとって有利,不利な一切の事情を総合考
慮した上,主文のとおりの刑を量定した次第である。
(検察官千石奈央,国選弁護人川手一郎各出席)
(求刑懲役5年)
平成17年10月27日
甲府地方裁判所刑事部
裁判長裁判官川島利夫
裁判官矢野直邦
裁判官肥田薫

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