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         主    文
     本件各上告を棄却する。
     各上告費用は各上告人の負担とする。
         理    由
(上告人A1代理人尾崎陞、同風早八十二、同新井章、同荒井誠一郎、同池田眞規、
同岩崎修、同榎本信行、同大森典子、同川村俊紀、同金城睦、同加藤文也、同木村
晋介、同古波倉正偉、同佐藤文彦、同佐藤太勝、同四位直毅、同椎名麻紗枝、同田
村徹、同内藤功、同内藤雅義、同西山明行、同根本孔衛、同彦坂敏尚、同船尾徹、
同松井康浩、同三津橋彬、同水野邦夫、同宮里邦雄、同矢田部理、同山下登司夫の
上告理由と上告人A2代理人渡辺良夫の上告理由とは内容が同一であるので、以下
においては、両者を併せて単に上告理由ということとする。なお、上告理由書冒頭
の総論において主張されている点は、いずれも同第二点以下の各論旨に含まれてい
るので、右各論旨を判断するについて各該当部分を併せて判断することとし、総論
のみを独立して判断することはしない。)
 上告理由第一点について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当とし
て是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審
の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわ
ない事実をまじえ、独自の見解に立つて原判決の違法をいうものにすぎず、採用す
ることができない。
 同第二点の一について
 一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 被上告人国は、関東地区に航空自衛隊の基地を建設する必要を生じ、旧帝国
海軍航空隊の訓練所の所在地で戦後開拓者が入植していた茨城県東茨城郡a町bに
航空自衛隊の基地を建設する計画を立て、昭和三一年五月、その用地の取得につき
a町の当時の町長Dらの協力のもとにその準備を始めたところ、地元に基地建設の
反対運動が起こり、開拓農民や町民の間に反対運動の団体が組織され、リコール運
動が展開され、選挙の結果、昭和三二年四月基地反対派の指導者であつた上告人A
2が町長に当選した。被上告人国は、防衛庁東京建設部の係官を現地に派遣し、土
地所有者らと折衝を重ねて次々と売買契約を成立させ、昭和三三年三月ころには大
部分の用地の買受けを終了した。
 原判決添付第三目録一ないし四記載の土地(以下これらの土地を個別にいうとき
には「本件一の土地」、「本件二の土地」などといい、一括していうときには「本
件土地」という。)は、基地を建設するのに不可欠な場所に存在し、これを所有し
ていた被上告人B1は、当初基地の建設に反対し基地反対派に所属していたが、次
第に反対運動に疑問を抱くようになり、昭和三三年五月には、本件土地を処分して
他に移転したいと考え、防衛庁東京建設部の係官の買収交渉に応ずるようになつた。
 2 これに対し、上告人A2を中心とする基地反対派の者たちは、反対運動の一
環として基地の建設に不可欠な土地を買い取る考えのもとに、被上告人B1との間
で本件土地につき買取交渉を進めた結果、昭和三三年五月一八日、同被上告人から
これを買い取ることで交渉が成立し、上告人A2の使用人で農業を営む上告人A1
を買主として、代金三〇六万円、代金支払の時期を、本件一の土地(宅地)につき
所有権移転登記を経由し、かつ、本件二ないし四の土地につき農地法所定の許可を
停止条件とする所有権移転の仮登記を経由した時期とする約定で売買するとの契約
を締結し、翌一九日、右売買契約に基づいて、本件一の土地につき同日付売買を原
因とする所有権移転登記を、本件二ないし四の土地につき同日付停止条件付売買を
原因とする停止条件付所有権移転の仮登記をそれぞれ経由した。
 ところが、上告人A1は、契約締結時に手附一〇万円及び右各登記を経由した日
に一〇〇万円の合計一一〇万円を支払つたのみで、残代金一九六万円を支払わなか
つた。そこで、被上告人B1は、上告人A1に対し同年六月一三日到達の内容証明
郵便をもつて残代金一九六万円を右到達の日から一〇日以内に支払うよう催告し、
支払わないときは右期間の経過とともに右売買契約を解除する旨の停止条件付契約
解除の意思表示をした。しかるところ、上告人A1の代理人である外山佳昌弁護士
らは、右期間の最終日である同月二三日午後三時ころ、被上告人B1方を訪れ、同
被上告人に対し右残代金一九六万円を額面金額とする小切手を提供し、執拗に残代
金として右小切手を受領するよう迫り、その結果、同被上告人はやむなくこれを残
代金支払の方法として受け取つたが、右小切手は翌二四日預金不足の理由で不渡り
になつた。
 3 このため、被上告人B1は、同日のうちに防衛庁東京建設部建設部長E(支
出担当官)との間で売買交渉を再開し、翌二五日被上告人国に対し本件土地を代金
二七〇万円(離作補償費等を含む。)で売り渡す旨の契約(以下「本件売買契約」
という。)を締結し、同被上告人に対し、本件二及び三の土地については同年七月
一日、本件四の土地については同年一二月二六日、それぞれ本件売買契約に基づく
所有権移転登記を経由した。そして、被上告人B1は、同年六月二六日上告人A1
を債務者として本件一の土地について売買契約の解除を理由として処分禁止の仮処
分を得て、同日のうちにその旨の登記を経由した(以下本件売買契約とこれに先行
して行われた被上告人B1の上告人A1に対する売買契約解除の意思表示を併せて
「本件土地取得行為」ということがある。)。
 4 上告人A2は、もともと本件土地の実質的な買主であり、したがつて、被上
告人B1が上告人A1に対し本件土地についてした売買契約を解除して被上告人国
との間で本件売買契約をし、右解除及び本件売買契約の効力をめぐつて本件訴訟で
争われているなどの一切の事情を知悉した上で、原審係属中の昭和五四年一月六日
上告人A1から本件土地を買い受ける旨の契約を締結し、かつ、同年二月五日右売
買契約に基づき本件一の土地について所有権移転登記を、本件二ないし四の土地に
ついては前記仮登記につき権利移転の附記登記を受けた。
 二 論旨は、憲法九八条一項にいう「国務に関するその他の行為」とは国の行う
すべての行為を意味するのであつて、国が行う行為であれば、私法上の行為もこれ
に含まれ、したがつて、被上告人国がした本件売買契約も国務に関する行為に該当
するから、本件売買契約は憲法九条(前文を含む。以下同じ。)の条規に反する国
務に関する行為としてその効力を有しない、というのである。
 しかしながら、憲法九八条一項は、憲法が国の最高法規であること、すなわち、
憲法が成文法の国法形式として最も強い形式的効力を有し、憲法に違反するその余
の法形式の全部又は一部はその違反する限度において法規範としての本来の効力を
有しないことを定めた規定であるから、同条項にいう「国務に関するその他の行為」
とは、同条項に列挙された法律、命令、詔勅と同一の性質を有する国の行為、言い
換えれば、公権力を行使して法規範を定立する国の行為を意味し、したがつて、行
政処分、裁判などの国の行為は、個別的・具体的ながらも公権力を行使して法規範
を定立する国の行為であるから、かかる法規範を定立する限りにおいて国務に関す
る行為に該当するものというべきであるが、国の行為であつても、私人と対等の立
場で行う国の行為は、右のような法規範の定立を伴わないから憲法九八条一項にい
う「国務に関するその他の行為」に該当しないものと解すべきである。以上のよう
に解すべきことは、最高裁昭和二二年(れ)第一八八号同二三年七月七日大法廷判
決・刑集二巻八号八〇一頁の趣旨に徴して明らかである。そして、原審の適法に確
定した事実関係のもとでは、本件売買契約は、国が行つた行為ではあるが、私人と
対等の立場で行つた私法上の行為であり、右のような法規範の定立を伴わないこと
が明らかであるから、憲法九八条一項にいう「国務に関するその他の行為」には該
当しないものというべきである。これと同旨に帰する原審の判断は、正当として是
認することができる。原判決に所論の違憲はなく、論旨は、以上と異なる見解又は
原審の認定にそわない事実に基づいて原判決を論難するものであつて、採用するこ
とができない。
 同第二点の二の(一)及び(二)について
 論旨は、本件売買契約は、被上告人国がこれをするについての準拠法規である防
衛庁設置法及びその関連法令が憲法九条に違反して無効であるから、準拠法規を欠
くことになり無効である、というのである。
 しかしながら、被上告人国が被上告人B1との間で締結した本件売買契約は、国
がその活動上生ずる個別的な需要を賄うためにした私法上の契約であるから、私法
上の契約の効力発生の要件としては、国がその一方の当事者であつても、一般の私
法上の効力発生要件のほかには、なんらの準拠法規を要しないことは明らかであり、
したがつて、本件売買契約の私法上の効力の有無を判断するについては、防衛庁設
置法及びその関連法令について違憲審査をすることを要するものではない。これと
同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、これと異なる見
解又は原審の認定にそわない事実に基づいて原判決を論難するものであつて、採用
することができない。
 同第二点の二の(三)について
 論旨は、被上告人国の代理人として本件売買契約を締結したEは、組織規範であ
る防衛庁設置法及びその関連法令が憲法九条に違反して無効であることによつて、
被上告人国の支出担当官としての職務権限を欠くことになるから、本件売買契約は、
結局無権限者のした行為として私法上無効である、というのである。
 しかしながら、売買契約の当事者本人が、現にその契約締結行為を行つた者の代
理権限の存在を認めている場合には、第三者が、右契約が無権限者のした行為であ
ると主張してその契約の効力を争うことはできないというべきところ、本件訴訟に
おいて、被上告人国は、Eが被上告人国の代理人としてした本件売買契約が本人で
ある被上告人国と相手方である被上告人B1との間で有効に成立したと主張してい
るのであるから、第三者である上告人らは、右理由による無効を主張することはで
きず、したがつて、Eが本件売買契約の締結当時必要な職務権限を有していたか否
かについて判断する必要はない。これと結論を同じくする原審の判断は首肯するこ
とができる。論旨は、これと異なる見解に立つて原判決を論難するか、又は判決の
結論に影響のない原判決の説示部分の違法をいうものであつて、採用することがで
きない。
 同第三点について
 論旨は、本件売買契約は国がその一方当事者として関与した行為であるから、私
人間で行われた私法上の行為と同視すべきものではないが、仮に私人間で行われた
私法上の行為と同視しうるものであるとしても、憲法の保障する平和主義ないし平
和的生存権に違反し、かつ、憲法九条が直接適用され、これに違反する、というの
である。
 しかしながら、上告人らが平和主義ないし平和的生存権として主張する平和とは、
理念ないし目的としての抽象的概念であつて、それ自体が独立して、具体的訴訟に
おいて私法上の行為の効力の判断基準になるものとはいえず、また、憲法九条は、
その憲法規範として有する性格上、私法上の行為の効力を直接規律することを目的
とした規定ではなく、人権規定と同様、私法上の行為に対しては直接適用されるも
のではないと解するのが相当であり、国が一方当事者として関与した行為であつて
も、たとえば、行政活動上必要となる物品を調達する契約、公共施設に必要な土地
の取得又は国有財産の売払いのためにする契約などのように、国が行政の主体とし
てでなく私人と対等の立場に立つて、私人との間で個々的に締結する私法上の契約
は、当該契約がその成立の経緯及び内容において実質的にみて公権力の発動たる行
為となんら変わりがないといえるような特段の事情のない限り、憲法九条の直接適
用を受けず、私人間の利害関係の公平な調整を目的とする私法の適用を受けるにす
ぎないものと解するのが相当である。以上のように解すべきことは、最高裁昭和四
三年(オ)第九三二号同四八年一二月一二日大法廷判決・民集二七巻一一号一五三
六頁の趣旨に徴して明らかである。
 これを本件についてみると、まず、本件土地取得行為のうち被上告人B1が上告
人A1に対してした契約解除の意思表示については、私人間でされた純粋な私法上
の行為で、被上告人国がなんら関与していない行為であり、しかも、被上告人B1
は、上告人A1が売買残代金を支払わないことから、上告人A1との間の売買契約
を解除する旨の意思表示をするに至つたものであり、かつ、被上告人国とは右解除
の効果が生じた後に本件売買契約を締結したというのであるから、被上告人B1の
した売買契約解除の意思表示は、被上告人国が本件売買契約を締結するについて有
していた自衛隊基地の建設という目的とは直接かかわり合いのないものであり、し
たがつて、憲法九条が直接適用される余地はないものというべきである。
 次に、被上告人B1と被上告人国との間で締結された本件売買契約について憲法
九条の直接適用の有無を検討することにする。原審の確定した前記事実関係によれ
ば、本件売買契約は、行為の形式をみると、私法上の契約として行われており、ま
た、行為の実質をみても、被上告人国が基地予定地内の土地所有者らを相手方とし、
なんら公権力を行使することなく純粋に私人と対等の立場に立つて、個別的な事情
を踏まえて交渉を重ねた結果締結された一連の売買契約の一つであつて、右に説示
したような特段の事情は認められず、したがつて、本件売買契約は、私的自治の原
則に則つて成立した純粋な財産上の取引であるということができ、本件売買契約に
憲法九条が直接適用される余地はないものというべく、これと同趣旨の原審の判断
は、正当として是認することができる。原判決に所論の違憲はなく、論旨は、以上
と異なる見解又は原審の認定にそわない事実に基づいて原判決を論難するものであ
つて、採用することができない。
 同第四点について
 論旨は、憲法九条の規定ないし平和的生存権の保障が私法上の行為である本件売
買契約に直接適用されないとしても、右規定等は民法九〇条の定める公序の内容を
形成し、右規定等に違反する本件売買契約を含む本件土地取得行為は、結局公序良
俗違反として無効である、というのである。
 本件売買契約は、前述のように、被上告人国が自衛隊基地の建設を目的ないし動
機として締結した契約であつて、同被上告人は被上告人B1に対しこの契約を締結
するに当たつて右の目的ないし動機を表示していることは明らかであるから、右の
目的ないし動機は本件売買契約等が公序良俗違反となるか否かを決するについて考
慮されるべき事項であるということができるので、以下自衛隊基地の建設という目
的ないし動機によつて、本件売買契約等が公序良俗違反として無効となるか否かに
ついて判断する。
 まず、憲法九条は、人権規定と同様、国の基本的な法秩序を宣示した規定である
から、憲法より下位の法形式によるすべての法規の解釈適用に当たつて、その指導
原理となりうるものであることはいうまでもないが、憲法九条は、前判示のように
私法上の行為の効力を直接規律することを目的とした規定ではないから、自衛隊基
地の建設という目的ないし動機が直接憲法九条の趣旨に適合するか否かを判断する
ことによつて、本件売買契約が公序良俗違反として無効となるか否かを決すべきで
はないのであつて、自衛隊基地の建設を目的ないし動機として締結された本件売買
契約を全体的に観察して私法的な価値秩序のもとにおいてその効力を否定すべきほ
どの反社会性を有するか否かを判断することによつて、初めて公序良俗違反として
無効となるか否かを決することができるものといわなければならない。すなわち、憲
法九条の宣明する国際平和主義、戦争の放棄、戦力の不保持などの国家の統治活動
に対する規範は、私法的な価値秩序とは本来関係のない優れて公法的な性格を有す
る規範であるから、私法的な価値秩序において、右規範がそのままの内容で民法九
〇条にいう「公ノ秩序」の内容を形成し、それに反する私法上の行為の効力を一律
に否定する法的作用を営むということはないのであつて、右の規範は、私法的な価
値秩序のもとで確立された私的自治の原則、契約における信義則、取引の安全等の
私法上の規範によつて相対化され、民法九〇条にいう「公ノ秩序」の内容の一部を
形成するのであり、したがつて私法的な価値秩序のもとにおいて、社会的に許容さ
れない反社会的な行為であるとの認識が、社会の一般的な観念として確立している
か否かが、私法上の行為の効力の有無を判断する基準になるものというべきである。
 そこで、自衛隊基地の建設という目的ないし動機が右に述べた意義及び程度にお
いて反社会性を有するか否かについて判断するに、自衛隊法及び防衛庁設置法は、
昭和二九年六月憲法九条の有する意義及び内容について自衛のための措置やそのた
めの実力組織の保持は禁止されないとの解釈のもとで制定された法律であつて、自
衛隊は、右のような法律に基づいて設置された組織であるところ、本件売買契約が
締結された昭和三三年当時、私法的な価値秩序のもとにおいては、自衛隊のために
国と私人との間で、売買契約その他の私法上の契約を締結することは、社会的に許
容されない反社会的な行為であるとの認識が、社会の一般的な観念として確立して
いたということはできない。したがつて、自衛隊の基地建設を目的ないし動機とし
て締結された本件売買契約が、その私法上の契約としての効力を否定されるような
行為であつたとはいえない。また、上告人らが平和主義ないし平和的生存権として
主張する平和とは理念ないし目的としての抽象的概念であるから、憲法九条をはな
れてこれとは別に、民法九〇条にいう「公ノ秩序」の内容の一部を形成することは
なく、したがつて私法上の行為の効力の判断基準とはならないものというべきであ
る。
 そうすると、本件売買契約を含む本件土地取得行為が公序良俗違反にはならない
とした原審の判断は、是認することができる。論旨は、これと異なる見解に立つて
原判決を論難するか、又は原判決の認定にそわない事実に基づいてその違法をいう
ものであつて、採用することができない。
 よつて、民訴法三九六条、三八四条一項、九五条、八九条、九三条に従い、裁判
官伊藤正己の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決す
る。
 裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。
 本件は、その訴訟の対象が土地の売買契約の効力の有無という私法上の問題であ
りながら、買主たる国が当該土地を自衛隊の基地の建設という目的で取得したもの
であるところから、憲法前文及び九条をめぐつての論点が提起された訴訟である。
私は、法廷意見の判示するところに異論がないが、事件の性質に鑑み、憲法上の論
点を含め、若干の点について補足をしておくこととしたい。
 一 論旨(上告理由第二点の一)は、原判決が国の行つた私法上の行為である本
件土地の売買契約は憲法九八条一項にいう「国務に関するその他の行為」に当たら
ないとした判断を誤りとするものであり、ここで憲法の右条項の解釈が問題となる。
 (1) 「国務に関するその他の行為」という表現は、その意味が必ずしも明確と
はいえないが、憲法九八条一項の文理、それが最高法規と題する章におかれている
ことからみて、法廷意見の説示するとおり、憲法が成文法の国法形式として最も強
い形式的効力を有するという実定成文法体系において憲法が最高の法規であるとの
法意が示されていると解されるから、そこでいう「国務に関するその他の行為」は、
例示される法律、命令、詔勅のように法規範として国の実定法秩序の一環をなすも
のを定立する行為を意味し、およそ国の行う行為のすべてを意味するものではない
というべきである。そうであるとすると、行政処分や裁判は具体的な国の行為であ
るから、それに含まれないと解する余地があるが、当裁判所は、それらが国務に関
する行為に該当することを承認している(最高裁昭和二二年(れ)第一八八号同二
三年七月七日大法廷判決・刑集二巻八号八〇一頁)。これは、行政処分や裁判のよ
うに具体的な事案に対する国の行為は、当該事案に対する措置という個別的な側面
とともに、それを通じて法規範の定立という意味をもつものであり、そこでこれら
も国の法体系の段階構造のうちの最下位にあるとはいえ、実定法秩序の一環をなす
ものとしての位置づけをもちうるのであつて、その限りで国務に関する行為に当た
ると解するのである。このように考えると、本件売買契約のような国の私法上の行
為は、右のような意味での法規範の定立を伴うものではなく、憲法九八条一項にい
う「国務に関するその他の行為」に該当するものとは解されず、原判決に所論の違
法はないというべきである。なお、最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四
月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁は、その判示のうちに、右条項にい
う国務に関する行為を「国権行為」と表示している。その意味は必ずしも明確では
ないが少なくともそれが国の私法上の行為を含まないと解していることは明らかで
ある。
 (2) 右のように右条項が法規範の定立行為をとらえて憲法の最高法規性を意味
しているものとすれば、そこで法律その他が「効力を有しない」ということもそれ
らが違憲の限度で法規範としての本来の効力を有しないとするものと解される。例
えば行政処分が憲法に反するということによりつねに絶対的に無効となるのではな
く、行政処分は重大かつ明白な瑕疵がある場合に無効となるとされるが、憲法に反
することは重大な瑕疵があるといつても、つねに明白な瑕疵とはいえず、憲法の解
釈いかんによつて違憲かどうかがきめられることが少なくないのであつて、具体的
な行政処分は、違憲であつても、当然無効の場合もあれば、当事者の主張によつて
取り消される場合、相対的な無効の場合もありうると解される。裁判についても同
様であり、ここではいつそう当然無効とされる場合は少なく、法定の手続にそつて
裁判の効力が失わしめられるにとどまると考えられる。法廷意見が「法規範として
本来の効力を有しない」というのは、このように違憲が直ちに当然無効とならない
ことを示すものであり、国務に関する行為が行政処分や裁判のような具体的な法規
範定立行為を含むと解する以上、効力を有しないという規定を右のように解するの
が相当である。なお、右にあげた昭和五一年四月一四日大法廷判決も、九八条一項
を引用しつつ、憲法に反する国権行為がつねに当然無効となるという考え方を否定
していることも参照されてよいであろう。
 二 右のように考えると憲法九八条一項の規定は国の私法上の行為に及ばないと
解されるが、このことは、国の行う私法上の行為のすべてが、私人の行為と同じで
あり、憲法の直接的規律を受けないということではない。憲法的規律がどこまで及
ぶかは、憲法九八条一項に関する問題ではなく、憲法という法規の性質からみてそ
の射程範囲がどこまでか、その名宛人はなんびとかという問題である。この観点か
らは、私人間の私法上の行為であつても、憲法の規律が直接に及ぶと解することも
可能であるし(いわゆる憲法の第三者効力の問題であるが、最高裁昭和四三年(オ)
第九三二号同四八年一二月一二日大法廷判決・民集二七巻一一号一五三六頁は、憲
法一四条、一九条についてこれを消極に解している)、また国が主体でなくとも、
私人を主体とする行為も一定の条件のもとに国の行為とみなして、その私法上の行
為について憲法の適用を認めることもありうる(いわゆる「ステート・アクシヨン
の法理参照)。同様に国の私法上の行為も憲法の直接の規律を受けることがありう
るのである。当裁判所は地方公共団体が地鎮祭のための神官への報酬などの費用を
支出したことの憲法適合性を審査しているが(最高裁昭和四六年(行ツ)第六九号
同五二年七月一三日大法廷判決・民集三一巻四号五三三頁)、この支出行為は私法
的な行為に基づくものとみられるから、右の趣旨を前提としているものと解するこ
とができる。そして、私見によれば、国の行為は、たとえそれが私法上の行為であ
つても、少なくとも一定の行政目的の達成を直接的に目的とするものであるときに
は、それ以外にどこまで及ぶかどうかはともかくとして、私法上の行為であること
を理由として憲法上の拘束を免れることができない場合もありうるものと思われる。
 しかし、右のような憲法の射程範囲を考える場合にみのがしてはならないことは、
私法上の行為が憲法の規定に反するという瑕疵をもつ場合にも、直ちにその私法的
効力が否定されるわけでないことである。もとより国の行為が憲法に反する以上は
その効力を否定する要請が働くけれども、他方で、私法上の行為であるから私的自
治の原則が認められ、私法上の行為によつて生ずる私人の権利や利益が私人の予期
しない事由によつて損なわれることがないように配慮する必要があり、このような
取引の安全保護の見地からは、私法上の効力を肯定する要請が働くことになる。こ
のような点を較量しながら私法上の行為について判断することとなる。
 三 憲法の諸規定は、憲法の性質上、原則として私法上の行為に直接の適用がな
いとしてもすべての憲法規範がそうであるとはいえず、その規定のうちには私人間
で行われた私法上の行為であつても直接に拘束を及ぼすものがあると考えてよい。
例えば、奴隷的拘束を受けない自由(一八条前段)や勤労者の基本権(二八条)は、
それらの規定に反する私的な行為は民法九〇条の公序違反としてその効力を否定す
る考え方もとれなくはないが、むしろ現代社会においては人を奴隷的拘束におく私
人間の契約や、勤労者の団結権などの基本権を違法に制限する私的な行為は、直接
に憲法に反すると判断してよいと思われる。もしそうであれば、これらは、国の私
法的行為についても当然に妥当するであろう。
 それでは憲法九条は、所論(上告理由第三点)のように私的行為に対して直接適
用される規定と解釈すべきであるか。同条は、日本国憲法の基盤をなす平和主義の
原理を正文のなかの一箇条として規範化したものであり、きわめて重要な規定であ
ることはいうまでもないが、それは、国の統治機構ないし統治活動についての基本
的政策を明らかにしたものであつて、国民の私法上の権利義務と直接に関係するも
のとはいえない。所論は、憲法前文及び九条の規定から平和的生存権を保障すると
の解釈を抽出して、その侵害をいうが、平和的生存権をいうものの意味内容は明確
ではなく、それが具体的請求権として、あるいは訴訟における違法性の判断基準と
して、裁判において直接に国の私法上の行為を規律する性質をもつものではないと
解するのが相当である。また所論は、自由権や平等権の諸規定は間接適用されるも
のであるとしても、憲法九条はその法意や位置づけからみてそれらの人権規定と異
なつて直接に適用されるというが、私見によれば、そのような考え方はとるべきで
なく、前述の昭和四八年一二月一二日の当裁判所の判例の判示するように憲法第三
章の基本的人権の保障のような個人の権利自由にかかわる諸規定が間接適用にとど
まるものとすれば、その趣旨からいつて、憲法九条が裁判規範たる性質をもつもの
であるとしても、統治活動にかかわる同条は、もとより国と国民との間の私法上の
行為に直接に適用されるに由ないものというほかはない。
 四 本件土地の売買契約に対して憲法九条の直接の適用がないとしても、同条の
規定は民法九〇条にいう公序をなし憲法九条に違反した動機目的によつて締結され
た本件契約は公序違反として私法上無効であるという論旨(上告理由第四点)につ
いては、法廷意見の述べるところにとくに附加するところはないが、若干の私見を
述べておきたい。
 (1) 憲法は国の基本的秩序を定めているものであるから、それは当然に民法九
〇条にいう公序の一部をなすものといえる。当裁判所が私的な会社における男女の
定年について五年の格差のあることを公序に反すると判示しているが(最高裁昭和
五四年(オ)第七五〇号同五六年三月二四日第三小法廷判決・民集三五巻二号三〇
〇頁)、そこに憲法一四条一項が引用されていることからみても、憲法の規律する
ところが民法上の公序をなすことを示唆しているものと思われる。憲法九条の規定
は統治機構、統治活動に向けられた政治的色彩の濃い規範であるとしても、それが
ために公序と関係がないとはいえず、むしろ憲法秩序として重要なものであるから
社会の公序を形成しているといえるであろう。
 しかし、法廷意見も説示するように、私法的な価値秩序と直接の関係のない憲法
規範は、そのままの内容で私法上の秩序のなかに移されて、これに反する私法上の
行為を直ちに無効とするものではないと解すべきであり、すでに憲法の射程範囲に
ついて論じたところと同様に、ここでも憲法上の規律は、私法上の価値秩序との相
関関係において相対化され、そのうえで民法九〇条のもとでの私法上の効力の存否
を判断しなければならないことになる。とくに憲法九条のような統治機構や統治活
動に密着するきわめて公法的性格の強い規範の場合にそう考えるべきである。
 (2) 右の観点にたつてみるとき、本件土地の売買契約は、民法九〇条の公序違
反として私法上の効力を否定するだけの反社会性をもつ行為といえるか。本件契約
の目的動機として自衛隊基地の建設ということが表示されているが、これが私法的
な価値秩序のもとでどのような反社会性をもつかは、憲法九条の規定について互い
に対立して存在する複数の解釈のうちのいずれが正当なものかを決したうえですべ
き判断とは必ずしもいえないのであつて、同条の解釈について国民各層にどのよう
な解釈が存しているかという社会的状況、自衛隊が現実に存在していること及びそ
の活動に対する社会一般の認識などの実情に即してえられるところの社会通念に照
らして、私法的な価値秩序のもとでその効力を否定されるだけの反社会性を有する
かどうかで判断されるべきものであると考えられる。もとよりこのことは、憲法が
国の基本構造を形成していることからみて、裁判所の判断が社会の実情にそのまま
依存し追従すべきであるというのではないが、このような憲法的規律を考慮に容れ
てもなお、本件契約が民法九〇条に違反しないとした法廷意見の理由づけは正当で
あるというべきである。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    安   岡   滿   彦
            裁判官    坂   上   壽   夫

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