弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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          主    文
   1 本件控訴を棄却する。
   2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
          事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 1 原判決を取り消す。
 2 被控訴人は,A市に対し,金9316万8600円及びこれに対する平成1
1年2月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 1 本件は,A市(以下「市」ともいう。)が市営住宅の建設用地の一部として
土地を買収した際,同時に同土地上のゴルフ練習場の建物及び付属施設を買収
したことに関し,市の住民である控訴人らが,上記建物及び付属施設の買収
は,市長の裁量権を逸脱又は濫用して,市に損害を与えた違法な行為であると
して,市長であった被控訴人に対し,市に代位して,上記建物及び付属施設の
買収代金相当額の損害賠償の支払を求めた住民訴訟の控訴審である。
 2 争いのない事実等及び争点は,次の3のとおり,控訴人らの当審における主
張を補充するほかは,原判決の「第2 事案の概要」欄の「1及び2」記載の
とおりであるから,これを引用する。
   なお,被控訴人は,平成14年のA市長選において,落選した。
 3 控訴人らの当審における補充主張
  (1)地方財政法2条1項,3条1項,4条1項や,地方自治法138条の2の
規定は,地方自治体の長が財産の購入契約等の具体的職務執行にあたる際の
具体的規範となるべきである。そして,財政状況が危機的な状況である地方
自治体の財政運営については,他の財政的余裕のある地方自治体の財政運営
と比較して,地方財政法が定める地方財政の財政健全化の諸原則,特に財政
運営効率化の原則(最小経費最大効果の原則)の要請がより強まる結果,そ
の首長の裁量権もより狭められると考えるべきである。平成8年当時から,
市の財政的状況は極めて悪化しており,被控訴人は市長として,行政改革大
綱を策定して,短期,中期,長期にわたって事業の見直しと各種合理化を実
行することとしていた。被控訴人が本部長となって平成8年9月にまとめた
市の行政改革大綱の内容は,まさしく地方財政法が定める財政健全化の諸原
則を具体化したものとなっている。被控訴人は,このように裁量権が狭めら
れた状況のもとで,行政改革大綱の趣旨に反する本件建物等の購入をしたの
であり,地方財政の原則に違反し,裁量権の逸脱があるというべきである。
  (2)市においては,昭和56年以降,市営住宅用地を購入するときは,更地の
土地を購入するか,土地所有者から市に対して買収の申出があったときは,
土地所有者の同意を得て,その土地上の建物等を土地所有者の費用負担で取
り壊してもらって更地で購入する更地購入の原則が確立しているか,仮に,
更地購入の原則とはいえなくても,そのような事例が積み重ねられており,
こうした原則や事例の積み重ねは十分に根拠があり合理的なものであって,
Bらからの本件土地の購入にあたっても適用されるべきであり,被控訴人の
裁量権行使の際の具体的な基準,規範となるべきものである。
  (3)被控訴人は,本件建物等の買収の合意が成立する見込みとなった平成10
年6月時点においては,本件建物等の管理,運営,利用計画,収支等につい
て全くといっていいほど検討もされていなかったにもかかわらず,本件土地
の買収と同時に本件建物等の買収について意見具申を受けたその場で,具体
的な移転補償の内容や具体的な算定金額等の調査,検討資料がないままに,
また,本件建物等の鑑定価格,買収金額が決まっていないにもかかわらず,
これを了解して買収を指示した。この時,被控訴人は,それまでの市営住宅
用地を買収する際には更地で購入していたことを知っていた。にもかかわら
ず,A市の危機的財政的状況の下で,更地購入の原則に反して,このような
杜撰な経緯で本件建物等の買収を指示した被控訴人の行為は,市長としての
裁量権を大きく逸脱しており,濫用というべきである。
  (4)5年間しか使用予定のない本件建物等を購入する必要性,合理性はなかっ
た。特に,地方財政法が定める財政運営効率化の原則の観点からみると,購
入する必要性,合理性がなかったことは明白である。
    すなわち,本件建物等を購入する際に,本件建物等は本件市営住宅用地に
住宅建設を着工するまで5年間しか使用する予定がなかったのであり,その
ような使用期限のある市営ゴルフ練習場は誰も要望していない。恒久的な市
営ゴルフ練習場の設置や民間施設の借り上げなどの方法による安い料金での
ゴルフ練習場の確保の要請に対して,被控訴人は,本件建物等の購入時点に
おいて,何ら検討せず,5年間の使用予定期間しかない本件建物等を購入す
ることを決定したのである。
    被控訴人は,本件建物等を購入した必要性は,本件土地を敷地とする市営
住宅建設の着工までの間を利用して,平成11年開催の国民体育大会から正
式種目として採用されたゴルフ競技に出場する選手の強化施設として,ま
た,小中高校生のいわゆるジュニア層の練習施設として,さらには,一般市
民の練習施設として使用するためであると主張する。しかし,そのような目
的のために本件建物等を購入したことは,次のとおり,財政運営効率化の原
則に合致していない。
    まず,被控訴人は,本件建物等を購入し運営した時の利用者などの計画書
や予定収支計算書などを作成し,検討しておらず,さらに本件建物等を購入
する以外の方法を何ら検討していないのであるから,最少経費最大効果につ
いては全く考慮していなかったというべきである。また,本件のように5年
という短期間に限定して使用し,かつ,他の各種体育施設と独立したゴルフ
練習場等だけの施設を公営で行うということは,全国でも例がなく極めて異
例の施設の購入と利用方法となっているものである。
第3 当裁判所の判断
 1 当裁判所も控訴人らの請求は理由がないと判断する。その理由は,原判決の
「第3 当裁判所の判断」欄記載のとおりであるから,これを引用する。
 2 控訴人らの当審における補充主張について
  (1)控訴人らは,地方財政法2条1項,3条1項,4条1項や,地方自治法1
38条の2の規定は,地方自治体の長が財産の購入契約等の具体的職務執行
にあたる際の具体的規範となるべきであると主張する。
    しかしながら,原判決が説示するとおり,地方財政法2条1項は,地方公
共団体の財政運営についての基本原則を,同法3条1項は,経費の算定につ
いての基本原則を,同法4条1項は予算の執行面における基本原則をそれぞ
れ定めたものであって,地方自治法138条の2の規定も含め上記いずれの
規定も地方公共団体の購入する財産について具体的規制をするものではない
というべきである。そして,地方公共団体における財政事情の悪化は,なる
ほど,財政運営全般,具体的には予算編成における歳出歳入を制約すること
になるけれども,そのような歳出歳入の枠のなかでは,地方公共団体の長は
事業の選択については裁量権を有するのであり,財政事情の悪化が,その中
での個別の事業の選択や実施内容までも具体的に制約すると解することは相
当でなく,控訴人らのこの点に関する主張を採用することはできない。結
局,原判決が説示するとおり,地方公共団体の財産購入契約は,長の裁量に
委ねられているのであり,長においてその裁量権を逸脱,濫用し,必要性の
ない財産を合理的な理由なく購入し,又は著しく高額な対価で財産を取得し
た場合に限って,当該財産の購入が違法となるものというべきである。
  (2)控訴人らは,当審においても,市においては更地購入の原則が存在してい
たと繰り返し主張している。
    証拠(甲84,92)によると,昭和56年以降市が市営住宅用地として
土地を買収したのは42件である。このうち地上建物のある土地を買収した
のは10件であり,このうち土地の整形を保つなどの必要から建物等に対す
る補償をした3件以外の7件について建物等の補償・買収をすることなく更
地として土地を取得していることが認められる。しかし,そのような実情が
あるからといって,市営住宅用地の取得に際しては,必ず土地・建物所有者
の費用負担において更地にさせなければならないとか建物等の補償・買収を
してはならないという更地購入の原則が法的規範として存在するということ
はできない。
    かえって,憲法29条3項が示すとおり,私有財産については正当な補償
をしなければならないのであり,市が,建物等が存在する用地の取得に関し
て,国の公共用地の取得に伴う損失補償要綱(乙5)を受けて,A市損失補
償基準及びA市細則(乙6,7)を制定し,これを基に地上建物等について
補償を行ったことがあるのも,憲法の趣旨を受けて,私有財産に対する正当
な補償をする必要があると考えられることによるものと解される。
    結局,控訴人らが主張する更地購入の原則なるものは,本来ならば前記基
準及び細則に基づいて補償すべきところを,財政運営効率化のために所有者
に建物等を除去してもらうのが望ましいので,所有者に協力を求めて,極力
更地にしてもらって購入するのが望ましいとの実務の運用が積み重ねられて
きたことを示したものにとどまり,これをもって,控訴人らが主張するよう
な法的規範であるとまでいうことはできないのであり,これと異なる前提に
立つ甲91の内容を採用することはできない。
    そして,本件土地の買収は,Bらと市との任意の交渉による買収であっ
て,市が,Bらに対して,無償で本件建物等の解体撤去を強制することはで
きない場合であったこと,B商事が,金融機関等に多額の債務を負担してい
たこともあって,本件建物等について,当初から補償を希望しており,その
額について2億円以上の金額を考えていたこと,さらに,本件土地買収の交
渉過程において,Bは,市の提示した買収金額に対して被控訴人に苦情を申
し入れるなど,土地の買収金額についても不満をもっていたこと等の事実か
らすれば,市が,Bらに対して本件土地の買収に当たり,本件建物等の無償
での解体撤去を要請したとしても,Bらがこれに応じたであろうとは考え難
く,被控訴人が本件土地買収の交渉過程で,B商事に対して本件建物等を解
体撤去させなかったこと,あるいは解体撤去するよう説得等の努力をしなか
ったことをもって違法であると認めることはできない。また,本件土地の買
収自体は高度の必要性があり,かつ,市がBに対して本件建物等の解体撤去
を強制することができない場合であることに照らすと,Bが,本件建物等の
売買契約成立以前に他のゴルフ練習場の建設に着手していたとしても,その
ことが前記判断を左右するものではない。
  (3)確かに,市は,本件土地を市営住宅用地として買収したのであるから,本
件建物等の買収自体について高度の必要性があったということまではできな
い。
    しかし,本件土地の買収に際して,前記のとおりB商事が任意に本件建物
等の解体撤去をすることが期待できない状況にあったことから,少なくと
も,市営住宅建設の際には,市の費用負担において本件建物等を解体撤去す
べきことは避けられなかったのであり,また,B商事との間で本件建物等の
補償が問題になれば,A市損失補償基準及びA市細則に従って,3億757
4万1000円の移転補償あるいは2億9469万9000円の取得補償を
しなければならない状況でもあったことからすれば,本件土地を市営住宅用
地として購入する高度の必要性が認められる本件においては,それに伴って
本件建物等を買収するという手法を採ること自体も,その買収金額いかんに
よっては,市として採りうべき選択肢の一つとして合理的なものであったと
いうべきである。
    そして,本件建物等の買収金額9316万8600円は,鑑定評価によっ
て算出された金額を採用しており,それ自体適正であったと認められるし,
本件建物等の補償が問題となった場合に予想される移転補償ないし取得補償
の費用と比較して,相当程度に低額となっていることからすると,本件土地
の買収に伴って生じる本件建物等の補償の問題を避けること自体に多大のメ
リットが存在するのであって,本件建物等の利用期間が5年に限定されると
いう制約があったとしても,また,本件建物等の買収を決定するに当たり,
本件建物等の管理,運営,利用計画,収支等について詳細な検討が行われて
いなかったとしても,本件土地を市営住宅用地として購入する高度の必要性
が認められる本件において,本件建物等を買収するという手法を採用したこ
とに不合理な点はないというべきである。そして,原審における証人Cの証
言(48項)によると,市は,平成10年6月当時,移転補償又は取得補償
費の概算は行っていたものと認められるし,被控訴人はC助役に対して「適
正価格であれば買収してよい。」との指示をしたことに照らせば,被控訴人
の買収の指示が裁量権を濫用ないし逸脱するものとはいえない。
    さらに,本件建物等を市営ゴルフ練習場として運営し,また,国体の強化
選手や小中学生等のジュニア層の練習施設として利用することとされたの
は,補償の問題を避けることを目的として本件建物等を購入したとはいえ,
9316万8600円もの買収金額を要した本件建物等それ自体の有効利用
を図る必要があると判断されたことによるものと考えられるのであって,そ
の観点からすると,前記のような利用をすることは合理的な運営方法という
ことができ,市営ゴルフ練習場としての利用対象,利用方法等の詳細が本件
建物等の買収後まで確定していなかったとしても(市営ゴルフ場としての利
用目的については,市民の要望もあって当初から掲げられていた。),その
ことから,本件建物等の取得に全く必要性も合理性もなかったことが基礎づ
けられるとはいえない。
    また,市営ゴルフ練習場の運営期間が5年に限定されるのは,本件土地の
取得目的から必然的に生じる制約であり,高額な移転補償ないし取得補償を
回避するために現に購入した本件建物等が,市民の恒久的なゴルフ練習場の
設置や他の方法によるゴルフ場確保の要望と厳密には合致しないとしても,
また,他の各種体育施設と独立したゴルフ練習場等だけの施設を公営で行う
ということは,全国でも例がないとしても,そのことから,本件建物等の取
得に必要性や合理性がなかったということはできない。
  (4)以上のとおり,被控訴人の行為に地方公共団体の長としての裁量権を濫用
ないし逸脱した点は認められないから,控訴人らの主張を採用することはで
きない。
 3 よって,主文のとおり判決する。
     福岡高等裁判所第1民事部
            裁判長裁判官   宮  良  充  通
               裁判官   藤  本  久  俊
               裁判官   野  島  秀  夫

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