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裁判例


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平成17年2月21日宣告
平成16年(わ)第8号等 非現住建造物等放火,現住建造物等放火,殺人,器物
損壊,現住建造物等放火未遂被告事件
主文
被告人を死刑に処する。
押収してある使い捨てライター1個(平成16年押第47号の1)を没収する。
理由
(犯行に至る経緯その1)
1 被告人は,千葉県館山市(以下「館山市」という。)内で出生し,地元の中学
校を卒業後,平成2,3年ころから,同市内において,ダンプカーを購入し個人で
運搬業を営んでいたが,収入の多くを飲み代やぱちんこ等に充てたことなどから,
個人で納付すべき税金等を滞納するようになった。その後,仕事が減少しダンプカ
ーを購入した際の借入金の返済も困難となったため,被告人は,平成7年2月こ
ろ,同県内の解体会社に就職し,ダンプカーの運転や家屋等の解体作業に従事した
が,収入や負債の現状を省みず外での飲酒やぱちんこ等を控えなかったため,税金
等の滞納が続くなどし,消費者金融から借り入れてはその支払を続けたものの,次
第に自己の経済状態などについて思い悩むようになった。
 また,被告人は,平成8年4月ころ,解体作業中に足を負傷したのに会社側が労
災申請しなかったことや,その後同社に専務として入社した社長の娘婿による仕事
の進め方などにそれぞれ不満を抱いたが,内向的な性格も影響して社長や専務らに
意見や文句などを言うことができず,勤務先への不満やうっ憤を強めつつも稼働を
続けていた。
 このような中で,被告人は,飲酒やぱちんこなどによりうっ憤等を紛らわせよう
としたが,一時的なものにとどまっていた。
2 被告人は,平成9年ころ,駐車場に止めていた自車のドアガラスを割られる被
害に遭ったため,数日後,飲酒して帰宅する途中,その腹いせと日ごろのうっ憤も
加わり,他人の車両のタイヤをカッターナイフで突き刺したところ,気分が晴れた
ことから,以後同様の憂さ晴らしを繰り返していた。さらに,被告人は,その数か
月後,飲酒して帰宅する途中,カッターナイフがなかったため,ライターでごみ置
き場のごみに点火したところ,誰かに見付かるのではないかといった緊張感を覚え
るとともに,うっ憤も晴れたことから,以来同様の憂さ晴らしをするようになっ
た。
3 被告人は,平成10年2月10日夕方,仕事を終えてぱちんこなどをした後,
自車で館山市内の飲食店街である通称「A銀座」(以下「A銀座」という。)に出
かけ,スナック3軒で飲酒した。翌11日午前4時30分ころ,3軒目のスナック
を出て自車を止めていた駐車場に向かう途中,A銀座の一角にあるキャバレー
「B」(以下「B」ということがある。)の店舗建物と物置との間にある通路の物
置側壁に接する形で新聞紙の束が置かれているのに気付き,火をつけて憂さを晴ら
そうと考えた。
(罪となるべき事実の第1)
第1 被告人は,館山市ab番地c及び同番地d所在のキャバレー「B」敷地内に
おいて,Cらが所有し,同人及びDが現に住居に使用している同店店舗兼居宅(鉄
骨一部木造,スレート,アルミニューム板,鉄板葺二階建て,総床面積約345平
方メートル)を,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない建造物と誤信し
た上,これに放火しようと企て,平成10年2月11日午前4時40分ころ,同店
舗兼居宅とその南西側の上記Cが所有する物置(木造トタン葺平屋建て,床面積約
10平方メートル)との間にあった新聞紙に所携のライターで点火して火を放ち,
その火を同店舗兼居宅及び物置に燃え移らせ,よって,同店舗兼居宅の外壁等約1
09平方メートルを焼損するとともに,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人が
いない上記物置を全焼させて焼損したものである。
(犯行に至る経緯その2)
4 被告人は,判示第1の犯行から間もなくA銀座で飲酒した際,他の客の会話か
ら,判示第1の放火により,Bの建物内で就寝していた同店従業員1名が死亡した
ことを知って衝撃を受け,しばらくの間,A銀座での飲酒を控えるとともに,罪悪
感に駆られ放火行為をやめた。しかし,判示第1の放火について自己が犯人である
と疑われている様子がなく,火をつけて人を死亡させたことなどに対する罪悪感も
次第に薄らぎ始めていたところ,勤務先や自己の経済状況に対する不満,悩みなど
は解消されることなく,かえってうっ憤が強まる一方であったため,しばらくする
とA銀座での飲酒を再開し,数か月後には憂さ晴らしのため再び前同様の放火を行
うようになった。
被告人は,その後,飲酒運転により免許停止処分を受けダンプカー等の運転ができ
なくなったため,平成12年2月ころ勤務先を退職し,かつてアルバイトをしたこ
とのあった館山市内の土木業者で働き始めた。しかし,被告人は,依然として収入
の多くを飲み代やぱちんこ等に充てる生活を続けたため,消費者金融からの借入額
が膨らむ一方,平成14年夏ころからは勤務先の業績悪化により日当を減額された
上稼働日数も減ったことから収入が減少し,消費者金融への返済や税金等の滞納分
の支払が滞りがちになり,以前にも増して頻繁に返済や支払の督促を受けるように
なった。さらに,被告人は,平成14年10月ころ,知人に依頼されて,自己名義
で消費者金融から借り入れた30万円を同人に貸したが,その後,同人が全く返済
しようとしなかったことなどから,腹を立てるとともに,上記30万円の返済につ
いても思い悩むようになった。
5 被告人は,平成15年9月17日夜,A銀座にあるスナックに行ったところ,
同店で前の勤務先の社長と偶然出会い,同社長の連れの男性から「金がないのにこ
んな店に来るな。」などと言われて腹を立てたが,何も言い返すことができなかっ
た。被告人は,その後スナック2軒で飲酒し,翌18日午前2時30分ころ最後の
店を出たが,上記男性の発言に対する怒りが治まらなかった上,自己の経済状況な
どを思い返すうちうっ憤を募らせ,どこかに放火して怒りやうっ憤を晴らそうと考
え,A銀座のスナック「E」(以下「E」ということがある。)とスナック「F」
の各建物との間の通路を奥に進んだところ,Eの建物側に接してタオルのようなも
の(後に足拭きマットと判明した。)が置いてあるのに気付き,放火しようと考え
た。
(罪となるべき事実の第2)
第2 被告人は,館山市ae番地f及び同番地g所在のGらが所有し,Hほか3名
が現に住居に使用している店舗併用住宅(木造トタン葺トタン張一部サイディング
ボード張2階建,延べ床面積合計約369.2平方メートル)に放火しようと企て,
平成15年9月18日午前2時30分ころ,同店舗併用住宅1階南側の飲食店
「E」南西側の勝手口付近に掛けられていた足拭きマットに所携のライターで点火
して火を放ち,その火を同店舗併用住宅に燃え移らせ,よって,同店舗併用住宅を
全焼させて焼損し,さらに,その火を同店舗併用住宅に隣接する同番地h及び同番
地i所在のIらが現に住居に使用している店舗併用住宅(木造トタン葺トタン張一
部サイディングボード張2階建て,延べ床面積合計約266.3平方メートル)に燃
え移らせてこれを全焼させて焼損したものである。
(犯行に至る経緯その3)
6 被告人は,平成15年12月17日夕方,仕事を終えぱちんこなどをした後,
同日午後10時ころから,館山市内の自宅近くの居酒屋やA銀座のスナック合計3
店等で飲酒し,翌18日午前2時45分ころ最後に飲酒したスナックを出たが,所
持金がほとんどなかったことから,自宅まで約2時間の道のりを徒歩で帰ることと
した。その帰宅途中,被告人は,前記のとおり,収入減や消費者金融からの度重な
る支払の督促等のほか,知人が被告人からの借入金を返済しないことなどを思い返
すうちうっ憤を強め,憂さ晴らしのため,火をつけるものがあればこれに火をつけ
ながら帰宅しようと考えた。
(罪となるべき事実の第3ないし第7)
 被告人は,
第3 館山市jk番地のl所在のJが所有し,同人及びその家族が現に住居に使用
している居宅(木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建て,延べ床面積約80平方メートル,
登記名義はK)内にその居住者らが就寝しているかもしれず,同人らが死亡するに
至るかもしれないことを認識しながらあえて,平成15年12月18日午前3時1
5分ころ,同居宅玄関付近の板壁に接着して置かれていた新聞紙の束に所携のライ
ター(平成16年押第47号の1)で点火して火を放ち,その火を同居宅に燃え移
らせ,よって,上記Jらが現に住居に使用している同居宅を全焼させて焼損し,さ
らに,その火を同居宅に隣接するLほか5名が現に住居に使用している居宅等6棟
(延べ床面積合計約386平方メートル)に燃え移らせてこれらを全焼させて焼損
するとともに,そのころ,上記J方居宅内で就寝するなどしていた上記J(当時5
6歳),M(当時52歳),N(当時27歳)及びO(当時25歳)をそれぞれ焼
死させて殺害した
第4 同日午前3時25分ころ,同市jk番地所在の株式会社P(代表取締役Q)
Rホテル大浴場循環室において,同室内に設置された同社所有に係る循環機の配管
上に置かれていたタオルに上記ライターで点火して火を放ち,その火を同配管を被
覆する保温チューブに燃え移らせてその一部を炭化し(被害額2万4000円相
当),もって他人の器物を損壊した
第5 同日午前3時45分ころ,同市mn番地のo所在の株式会社S(代表取締役
T)所有に係る同社館山北店(鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平屋建て,延べ床面積約2
940.5平方メートル)において,同店北西側出入口付近に積まれていた段ボール
箱に在中の正月用しめ飾りに上記ライターで点火して火を放ち,その火を同店建物
の外壁等に燃え移らせ,よって,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない
建造物である同店建物の外壁等約30平方メートルを焼損した
第6 同市pq番地のr所在のUが所有し,同人及びその家族が現に住居に使用し
ている居宅(木造瓦・アルミニューム板葺2階建て,延べ床面積約98.37平方メ
ートル)に放火しようと企て,同日午前4時5分ころ,同居宅1階台所南側勝手口
付近の外壁に接着して置かれていたゴミ袋等に上記ライターで点火して火を放ち,
その火を同居宅に燃え移らせてこれを焼損しようとしたが,自然鎮火したため,上
記勝手口の外壁等をくん焼したにとどまり,その目的を遂げなかった
第7 同市ps番地のt所在のVが所有し,同人が現に住居に使用している居宅
(木造アルミニューム板葺平屋建て,後記車庫(兼倉庫)床面積合計約121.87
平方メートル)に放火しようと企て,同日午前4時10分ころ,同居宅の車庫(兼
倉庫)内に置かれていた発泡スチロールの箱に上記ライターで点火して火を放ち,
その火をその外壁及び屋根等に燃え移らせ,よって,同人が現に住居に使用してい
る同居宅の外壁等約2平方メートルを焼損した
ものである。
(事実認定の補足説明)
弁護人らは,判示第3の罪につき被告人には殺意がなかった旨主張し,被告人も公
判廷においてこれに沿う供述をしているので,判示のとおり認定した理由につい
て,以下,補足して説明する。
1 関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1)平成10年2月11日の判示第1の犯行(以下「Bの放火」ということがあ
る。)により,B2階で就寝中の同店従業員Dが逃げ遅れて死亡した。被告人は,
その後間もなく,A銀座で飲酒した際,他の客の会話から,Bの放火により死者が
出たことを知った。
しかし,被告人は,Bの放火から数か月後には放火行為を再開し,平成15年9月
18日には判示第2の犯行(以下「Eの放火」ということがある。)に及び,その
放火直後,近くに止めていたトラックに戻って眠り込んだが,サイレンの音で目を
覚まして放火現場付近に戻ったところ,建物が燃え上がっているのを目撃した。
(2)判示第3のJ方(以下「J方」ということがある。)周辺は,民家や商店が密
集する古くからの住宅街である。被告人は,過去に何度かJ方周辺の海岸通(道
路)等を通ったことなどから,具体的な位置関係はともかく,同所周辺に飲食店や
不動産会社のほか民家があることを知っていた。
J方は,昭和41年ころJの実兄が新築した木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建ての建物
であり,平成6年2階南側に物置が増築されたため南側2階部分がせり出す構造に
なり,南側1階ガラス戸を挟む形で2本の支柱がこれを支えていた。判示第3の犯
行当時,J方南側1階ガラス戸が玄関として使用されており,ガラス戸の手前には
洗濯機が置かれ,さらに,その脇の棚の上には段ボール箱や新聞紙が積まれてい
た。
(3)判示第3ないし第7の各犯行当時である平成15年12月18日深夜から未明
にかけての天候は晴れで,西寄りのやや強い風が吹いていたが,J方西側がほぼ南
北に延びる海岸通を経て館山湾に面した海岸線となっていたため,いわゆる浜風を
遮るものがなく,判示第3の犯行時刻ころは平均風速にして秒速6メートル以上の
やや強い風が館山湾からJ方に直接吹き付けていた。
被告人は,海岸通を北上しながら飲酒先から帰宅する途中,J方と南隣のW株式会
社事務所との間にある通路に入ったところ,J方の壁に接する形で段ボール箱や新
聞紙等が積まれているのを発見したことから,同日午前3時15分ころ,新聞紙に
所携のライターで点火し,炎が新聞紙に燃え移るのを見届けた後,その場を立ち去
り,さらに海岸通を北上した。
(4)被告人が放った火は,新聞紙から周囲の段ボール箱等に燃え移って火勢を増
し,J方南西側外壁に燃え移り,さらに,2階のせり出した部分に燃え広がるなど
した後,J方を含む合計7棟を全焼させ,同日午前5時25分ころ鎮火した。全焼
したJ方からは,Jほか3名が焼死体で発見された。
2 上記の各事実,殊に,① J方の外観や新聞紙,ガラス戸及び洗濯機の位置関
係のほか,午前3時過ぎという犯行時刻等からして,J方が人の居住する民家であ
ることはもとより家人が就寝中であることも推知できるところ,被告人自身,捜査
段階(乙22,32等)及び公判廷において,J方の外観や新聞紙等の状況につい
ておおむね認識していたことを認めていること(第1回公判の罪状認否において
は,人が寝ているかもしれないと思っていた旨供述している。),② 判示第3の
犯行当時の天候は晴れていた上,犯行現場付近ではやや強い西風が吹いていたにも
かかわらず,被告人は,J方に接着した形で積まれていた新聞紙に点火した後,何
らの延焼防止の措置も講ずることなくその場から立ち去ったこと,③ 被告人が過
去に建造物近くに置かれた新聞紙に火をつけるというほぼ同一の方法により放火し
(前記判示第1),その際,結果的にせよ死者が出たことがあり,被告人自身もこ
れを認識していたこと,以上の各事情に照らせば,被告人は,J方の居住者らが就
寝しており,同人らが火災に巻き込まれて死亡するかもしれないと認識しながら,
あえて判示第3の犯行に及んだものと強く推定される。
3 これに対し,被告人は,公判廷において,次のとおり供述している。すなわ
ち,「放火に及ぶ際には,ごみなどに火が燃え移ることに関心があり,J方に放火
した際にも,新聞紙に火が燃え移るのが見たかっただけで,それ以上のことは考え
ていなかった。建物に近いところに段ボール箱や新聞紙などが積まれていることは
分かったが,建物に燃え移ることは考えなかった。J方には人が住んでいるかなと
思ったし,誰かが寝てるかな,という感じはあったが(第1回公判の罪状認否),
(あるいは)J方が民家かどうかは分からなかったので(第6回公判の被告人質
問),人が死ぬことも考えなかった。Bの放火で火が建物に燃え移り死者が出たこ
とを知っていたし,Eの放火で建物が燃え上がったのを実際に見たが,時間が経っ
ていたので,それらのことは頭になかった。」,「捜査段階で殺意を認める供述を
したのは,前の事件で人が死んでいると言われ納得してしまったからである。勾留
質問時に殺人についても『間違いない。』と答えたのは,自分で勝手に納得しても
う仕方がないとあきらめたからである。」というものである。
 しかしながら,深夜何ら延焼を防止する措置を講ずることなく建物に接着して積
まれた新聞紙等に放火しながら建物に燃え移ることを考えなかった,あるいは,建
物に人が住んでいて就寝中かもしれないと思いながら人が死ぬとは考えなかったな
どという供述は,その内容自体極めて不自然,不合理である。しかも,被告人は,
約5年前のBの放火で建物が燃えて死者まで出た惨事になったことを認識していた
上,約3か月前のEの放火では放火した後,現場に戻り建物が燃え上がったのを現
認したにもかかわらず,J方への放火の際にこれらのことが頭になかったなどとい
うのであって,その不自然さは一層著しい。加えて,被告人は,第1回公判の罪状
認否でJ方の人の現住性や現在性について認識していた旨供述していたのに,第6
回公判ではJ方が民家かどうか分からなかったなどと実質的に供述を変遷させ,こ
れについて合理的な説明をしていないなど,公判供述自体に不合理な変遷が認めら
れる。これらの事情に照らすと,被告人の上記公判供述のうち,第1回公判におけ
る罪状認否を除く部分は,信用できない。
 なお,付言するに,弁護人らは,被告人の上記公判供述を前提に,未必の殺意を
認めた捜査段階における被告人の供述は,理詰めによる取調べによって得られた強
制にわたるものであって,任意性及び信用性がない旨主張する。しかしながら,被
告人の捜査段階における供述は,全体に具体的かつ詳細である上,客観的な事実経
過とも整合していること,被告人自身,公判廷において,捜査段階における取調べ
の際には納得して供述したと述べ,勾留質問でも殺意を認める供述をしていたこと
(乙81)等に照らすと,弁護人らの指摘する被告人の性格特性等を考慮しても,
被告人の捜査段階における供述の任意性はもとより,信用性に疑いを容れる余地は
ない。
4 以上によれば,被告人は,判示第3の犯行当時,J方に居住者らが就寝してお
り,同人らが火災に巻き込まれて死亡するかもしれないと認識しながら,あえて判
示第3の犯行に及んだものであって,居住者らに対する未必の殺意を優に認めるこ
とができる。
なお,弁護人らは,現住建造物等放火が成立する場合,個人の生命・身体に対する
法益侵害結果に対する罪責は当然に同罪の中に評価し尽くされているので,殺人罪
の成立には未必の殺意では足りず,人の死に対する積極的認識・認容が必要である
などと主張するが,独自の見解であって採用できない。
(法令の適用)
罰 条
判示第1及び第5の各所為につき,いずれも刑法109条1項(有期懲役刑の長期
は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項
に,裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることになるが,これは犯
罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により
軽い行為時法の刑による。以下の判示第2,第3,第6,第7の各所為に関する罰
条についても同じ。)
判示第2及び第7の各所為につき,いずれも刑法108条
判示第3の所為のうち
現住建造物等放火の点につき,刑法108条
各殺人の点につき,いずれも行為時においては平成16年法律第156号による改
正前の刑法199条に,裁判時においてはその改正後の刑法199条に該当する
が,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,
10条により軽い行為時法の刑による。
判示第4の所為につき,刑法261条
判示第6の所為につき,刑法112条,108条
観念的競合の処理
判示第3につき,刑法54条1項前段,10条
最も重い現住建造物等放火罪の刑で処断
刑種の選択
判示第2,第6及び第7の各罪につき,いずれも有期懲役刑
判示第3の罪につき,死刑
判示第4の罪につき,懲役刑
併合罪の処理
刑法45条前段,46条1項
最も重い判示第3の罪につき死刑を選択したので,他の刑を科さない。
没 収
刑法19条1項2号,2項本文(判示第3ないし第7の各犯行の用に供した物)
訴訟費用の不負担
刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,いずれも館山市内の市街地において,(1) 平成10年
2月11日深夜,現住建造物を非現住建造物と誤信して同建造物に放火し,同建造
物及び物置を全焼させて焼損した非現住建造物等放火(判示第1。Bの放火),(2)
 平成15年9月18日深夜,現住建造物2棟を全焼させて焼損した現住建造物等
放火(判示第2。Eの放火),(3) 同年12月18日深夜,① J方に放火し同人
方を含む現住建造物等7棟を全焼させて焼損した上,J方において就寝中の4名を
焼死により殺害した現住建造物等放火及び殺人(判示第3),② 2回にわたり,
現住建造物2棟にそれぞれ放火し,うち1棟の一部を焼損させた現住建造物等放火
(判示第7)と,うち1棟を焼損させることなく未遂に終わった現住建造物等放火
未遂(判示第6),③ 非現住建造物1棟に放火し一部を焼損させた非現住建造物
等放火(判示第5),④ ホテル浴場の保温チューブに放火しこれを損壊した器物
損壊(判示第4)の各事案から成る。
2 本件各犯行は,いずれも被告人が勤務先や自己の経済的苦境に対する不満や悩
みなどによるうっ憤を晴らすため敢行したものであって,自身の憂さ晴らしのため
には何ら落ち度のない他人の生命や財産を奪っても意に介さないという身勝手極ま
りない動機に酌むべき点は全くない。被告人の浪費癖等が経済的苦境を招きうっ憤
を募らせる一因になっていたことをも考え併せると,その身勝手さは一層顕著であ
る。
さらに,被告人は,判示第1の犯行により結果的に死者が出たことを知った後,い
ったんは放火をやめたものの,自らの犯行であることが発覚した様子がなく,その
後も勤務先や自己の経済的苦境などに対する不満,悩みなどによるうっ憤を募らせ
る余り,放火行為を再開して判示第2の犯行に及び,同犯行で建物が燃え上がる光
景を実際に目の当たりにしながらも,さらに判示第3ないし第7の各犯行に及んだ
もので,犯行遂行の意思も強固というほかない。
3 本件各犯行は,多数回にわたって敢行されたもので,その態様は,深夜,館山
市内の市街地である建物密集地等で無差別に火を放つという極めて危険かつ悪質な
ものである。一連の犯行により,4名の尊い人命を奪い,全焼の現住建造物だけで
も7棟に及び,多数の被害者らが生活や営業の本拠を失うなど,人的,財産的被害
は甚大であって,遺族や被害に遭った被害者らの処罰感情はいずれも厳しい。以
下,各犯行について個別に検討する。
(1)判示第3の現住建造物等放火,殺人の犯行について
被告人は,Bの放火により,結果的に1名の尊い生命を奪った惨事から放火の危険
性を十分認識しながらも,数か月後には放火行為を再開し,Eの放火の際には建物
が燃え上がっているのを実際に目撃し,放火の危険性を再認識したにもかかわら
ず,それでも思いとどまることなく,Eの放火から約3か月後に無差別の放火行為
に及んだものである。判示第3の犯行現場は民家や店舗等が立ち並ぶ住宅街で,犯
行当時は冬季で現場付近には海からやや強い風が吹いていたのであるから,ひとた
び火災が発生すれば類焼の危険も大きかったと認められる。被告人は,深夜,J方
に家人が就寝している可能性を認識し,同人方に放火すれば,就寝中の家人らが逃
げ遅れ,猛火に巻かれて死亡するかもしれないことを十分認識しながら,同人方出
入口付近に積まれていた新聞紙に点火し平然とその場を立ち去ったもので,極めて
悪質な犯行というほかない。
判示第3の犯行により,J方を含む現住建造物等7棟が全焼し,同人方で就寝中の
被害者4名の尊い生命が奪われるという重大な結果が生じている。とりわけ,J方
で就寝中のJ(当時56歳),その妻M(当時52歳),両名の長男N(当時27
歳)及び二男O(当時25歳)の4名を焼死により殺害した結果は余りにも凄惨か
つ重大である。被害者4名は,いずれも自宅で就寝中に突如炎と大量の煙に襲わ
れ,おそらくは事態をほとんど理解できないまま,全身を焼かれる苦しみと呼吸困
難とにもだえながら,他の家族らの安否を互いに案じつつそれぞれの命を無残にも
奪われ,さらに,猛火により骨まで炭化させられ,身体の一部も欠損した変わり果
てた姿となって発見されたのであって,被害者4名それぞれの苦痛や無念さは想像
を絶する筆舌に尽くし難いものがある。
そして,遺族らの被害感情や被告人に対する処罰感情も峻烈である。亡くなったJ
とMの三男であるXは,犯行当時,アルバイトに出ていたため,放火の直接の犠牲
とはならなかったが,生活の本拠であった自宅を失ったのみならず,突如家族4名
を一挙に奪われた上,無残に変わり果てた4名の遺体との対面を余儀なくされたの
であって,その被った深い悲しみや空虚感等の精神的衝撃は極めて甚大である。X
が,被告人の処罰について激烈な処罰感情を顕わにし,極刑を望んでいるのも,家
族4名を殺害された遺族としてごく当然の感情である。また,Jの実兄であるY
も,被告人に対する厳しい処罰感情を吐露しているが,これも弟夫婦と甥2名を無
残に殺害された遺族として当然の心情というべきである。
さらに,判示第3の犯行では,J方のほか合計6棟を全焼させているところ,焼け
出されて生活や営業の基盤となるべき建物及び家財道具等を失った被害者らの経済
的,精神的打撃は大きく,一様に被告人に対する厳しい処罰感情を示している。加
えて,判示第3の犯行による財産的損害額は,合計約1300万円(うち建物被害
合計額は約1000万円)に達している上,死者4名を出した火災として地域社会
に深刻な衝撃や恐怖感等を及ぼしたもので,その社会的影響も甚大である。
(2)判示第1の非現住建造物等放火の犯行(Bの放火)について
判示第1の犯行は,深夜,多くの飲食店等が軒を連ねる繁華街に所在する店舗兼居
宅に対して放火行為に及んだもので,危険性の高い悪質な犯行である。同犯行によ
り,同建物のほぼ3分の1に相当する約109平方メートルを焼損させるなどした
もので,財産的損害額が約1000万円(うち建物被害額約800万円)に上るな
どその被害は大きく,さらに,被告人に認識がなかったとはいえ,同建物2階で就
寝中の従業員1名の尊い生命が奪われるという取り返しのつかない結果まで生じさ
せている。そのため,被害店舗の経営者や従業員の遺族の被害感情も厳しく,犯行
が近隣住民らに与えた衝撃も大きかったと推察される。
(3)判示第2の現住建造物等放火の犯行(Eの放火)について
判示第2の犯行は,判示第1の犯行と同様,被告人が,深夜,繁華街の中に所在す
る店舗併用住宅に放火したものであるが,同一態様のBの放火で死者が出たことに
より,こうした行為の危険性を十分に認識しながら判示第2の犯行に及んだのであ
って,危険極まりない悪質な犯行というべきである。同犯行により,現住建造物2
棟を全焼させるとともに多数の被害者らが生活の本拠や店舗等を失う結果を生じさ
せており,財産的損害額は,合計約4600万円(うち建物被害合計額約4300
万円)と高額であるとともに,被害者らの精神的衝撃も大きい。被害者らはいずれ
も厳しい被害感情を示しており,さらには,近隣住民らに与えた不安感や恐怖感も
大きかったと推察される。
(4)判示第7の現住建造物等放火の犯行について
判示第7の犯行は,深夜,他人の民家の一部を構成する車庫内に置かれていた発泡
スチロール製の箱に点火してその外壁等を焼損させたもので,消防署員が偶然発見
して上記焼損の程度にとどまったとはいえ,危険性の高い悪質な犯行である。同民
家には,当時86歳の高齢者が単身で就寝しており,発見消火が遅れれば同人の生
命や身体に重大な結果をもたらした可能性も大きく,同人も被告人に対する厳しい
処罰感情を示している。
(5)判示第6の現住建造物等放火未遂の犯行について
判示第6の犯行は,深夜,他人の民家の外壁に接着して置かれていたごみ袋等に点
火し,同外壁等をくん焼させたもので,自然鎮火して未遂にとどまったとはいえ,
危険性の高い犯行であり,被害者の処罰感情も厳しい。
(6)判示第5の非現住建造物等放火の犯行について
判示第5の犯行は,深夜,スーパーマーケットの商品搬入口付近に積まれていた段
ボール箱在中のしめ飾りに点火して,同店外壁等を焼損させたもので,建物被害額
だけでも約650万円に及ぶ上,同店経営者をはじめ関係者らの処罰感情も厳し
い。
(7)判示第4の器物損壊の犯行について
判示第4の犯行は,深夜,ホテルの循環室内にある循環機の配管上に置かれたタオ
ルに点火し,同配管を被覆する保温チューブの一部を炭化させて損壊したもので,
損害額はそれほど多額ではないものの,現場の状況に照らすと,宿泊客をはじめ多
数人の生命等に対する危険も大きく,悪質な犯行というべきである。
4 被告人は,各犯行後,いずれも消火活動等を全く行うことなく現場から立ち去
っており,判示第7の犯行を除いては,犯行後にも同様の放火行為に及んでいるの
であって,犯行後の情状も芳しくない。また,前記のとおり,被告人の一連の犯行
により甚大な人的,財産的被害が生じたにもかかわらず,被害者又は遺族らに対し
被害弁償等の措置が全く講じられていない。なお,放火は,模倣性が高いととも
に,生命等に対する多大な危険を内包する犯罪であり,中でも本件のように連続し
て敢行される放火は,犯人検挙に至るまでの間,近隣住民らに深刻な不安や恐怖感
を与えるものであって,この種事案を抑止する必要性は無視できない。
5 被告人は,判示第1のBの放火により結果的にせよ死者1名が出たことを知っ
たのであるから,二度と再び同様の放火行為をしないように深く自重,自戒すべき
であったのに,犯行が発覚する気配がなかったことなどから,数か月後には身勝手
にも放火行為を再開し,より重大な結果を引き起こすなどしたもので,自らの責任
を省みることなく再度同種の犯行を繰り返した被告人の犯罪性向には顕著なものが
ある。また,判示第3ないし第7の各犯行については,短時間に連続して無差別に
敢行しているところ,途中で消防車とすれ違うなどしたことから,既に一部が大き
な火災となっている可能性を認識できたにもかかわらず,さらに放火を繰り返した
のであって,放火行為に対する執着心も大きい。加えて,最も重大な結果を招いた
判示第3の犯行について,被告人が公判廷で場当たり的に供述を変転させているこ
とも軽視できない。これらの事情を総合考慮すると,被告人のこの種事犯に対する
規範意識は乏しく,その改善,矯正は相当に困難であって,同種犯行のおそれも否
定できない。
6 以上に検討した点,すなわち,本件各犯行の罪質,各犯行に至る経緯及び動
機,各犯行状況及び態様,特に放火殺人の態様,各犯行により生じた甚大な人的及
び財産的被害,特に被害者4名の生命を奪った結果の重大性,遺族や放火の被害者
ら関係者の被害感情,社会的影響,犯行後の情状等の諸般の情状を併せ考慮する
と,本件は,同種の連続放火の犯行と比較しても,その犯情は極めて悪質である。
とりわけ,先に見たとおり,被告人は,結果的にせよ判示第1のBの放火により死
者1名が出た惨事となったことを知りながら,5年半余を経過したとはいえ,判示
第2ないし第7のとおり,深夜の市街地で無差別の連続放火に及び,そのうちJ方
の放火では,未必の殺意にとどまるものの,全く落ち度のない4名もの尊い生命を
一挙に奪うといった悲惨かつ凶悪な犯行を敢行したものであって,被告人の刑事責
任は誠に重い。
 そうすると,本件各犯行が計画的なものではなかったこと,各犯行の動機が保険
金目的や強盗目的等の財産的な利得目的によるものではなかったこと,判示第3の
J方放火の際の居住者らに対する殺意は未必的なものにとどまり,積極的に被害者
4名を殺害する意図はなかったこと,被告人が客観的事実自体をすべて認めた上,
亡くなった被害者らの冥福を祈るとともに,本件各犯行の被害者ら関係者に対して
謝罪の意を表すなど,反省の態度を示していること,これまで平成12年3月酒気
帯び運転の罪により罰金5万円に処せられた以外に前科がなく,本件と同種の犯行
について刑罰による改善・矯正の機会を与えられたことがないこと,その他,弁護
人らの指摘する被告人の生い立ちや性格,稼働状況等のほか,被告人のため斟酌し
得る一切の事情を最大限に考慮し,併せて,死刑が人間存在の根元である生命その
ものを奪う峻厳にして究極の刑罰であって,その適用には慎重が上にも慎重である
べきことを十分に考慮しても,なお被告人の刑事責任は余りにも重大であって,罪
刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも,被告人に対し極刑をもって臨むこと
はやむを得ない。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 死刑及びライターの没収)
平成17年2月21日
千葉地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官 土  屋  靖  之
裁判官 向  野     剛
裁判官 ・  瀬  達  人

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